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 (投稿者:神父)
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 ルフトヴァッフェの各員はジュール・ヴァンシの張力式カタパルトから離昇し、いつも通りの隊形を取るためにゆるやかに集合しつつあった。
 隊形と言っても明確な戦闘フォーメーションが定められているわけではない。
 むしろ雁行のようにV型あるいは斜行状に展開して巡航時の疲労を抑える、いわば自然発生的な飛行隊形である。
 並立する第一級三個小隊が居並んでいても、それは変わらない。
 今回の場合は、シーアが先頭に立つ形で赤の部隊が鏃を形成し、その左右に白と黒の部隊が斜行する形を取り始めていた。
 隣同士の隊員で他愛もないお喋りまで始まっている───あまり行儀がいいとは言えないが、それも無理からぬ事である。
 彼らにとって戦闘とは敵を視認してから始まるものであって、それまではただの飛行……心を落ち着かせるための時間のようなものだ。
 
 (対気速度500km/h……彼我の距離はおおよそ3000強、視界が悪いのが気になるな)
 
 隊列の先頭を占めるシーアは隊員たちの会話に相槌を打ちながらも、しっかりと大気の状態を観測していた。
 空戦を行うに当たって重要な事は、第一に空の様子を知る事だ。特に生身を大気に曝して飛行する空戦MAIDにおいてこれは顕著となる。
 大気の状態を掴み損ねれば機動は鈍り、逆にしっかりと把握できていればより機敏な飛行が可能となる。
 戦闘機動で優位に立つ事ができれば、空戦で勝つ事は難しくはない。少なくとも、普段はそうだ。
 
 しかしこの演習における敵は、普段相手にしているGほど甘くはなかった。
 ───空戦の基本、上方占位を行うべくゆるやかに上昇している途中、その惨事は唐突に彼らを襲った。
 
 「SS飛行隊なんて&ruby( ・・・・ ){まがい物}よ」
 「だが、例の飛行隊長は新装備を導入したらしい」
 「新装備?」
 「どうせ大した代物じゃないって」
 「───あれ、今何か……」
 
 雑談の最中に誰かが声を上げ、シーア自身も前方で何かが光を反射したのを認めた───次の瞬間、彼女の隣で悲鳴が上がった。
 とっさに振り向くと、ペイント弾にまみれてくるくると墜ちてゆくコニーが見えた。塗料がエクシリオンの排気管を詰まらせ、制御不能に陥ったらしい。
 彼女は反射的に声を張り上げ、全隊員に命じた。
 
 「散開!」
 
 下では青の部隊や他の支援部隊が待機している。コニーの回収については心配は無用だ……が、問題はそこではない。
 散開を命じてから一瞬と置かず、猛烈な勢いで降り注ぐ弾雨が彼らを襲ったのだ。
 飛翔翼を大きく展開し、コニーの反対側にいたジュードの腕を掴んで引き寄せる。だが、セリヤが見当たらない。
 
 「なっ、あ、隊長!?」
 「喋らない方がいい───舌を噛みたくなければ、だ!」
 
 言うが早いか、急激な回避運動を始める。この時点で、シーアは何が起こったかをほぼ悟っていた───奇襲である。
 SS飛行隊は先手を打ち、戦闘準備も整っていないところへ信じがたいほどの精度と移動予測を以って機関砲を浴びせかけたのだ。
 彼女は唇を噛んだ。彼女はMAID同士の演習という事から、いわば紳士的な、正面からの対決を無意識に期待していた。
 Gとの戦闘も、基本的には正面から叩く事が当たり前だった───少なくとも、ルフトヴァッフェにとっては。
 だが無論、そうでなければならない理由などどこにもないのだ。演習はすでに開始され、およそありとあらゆる攻撃が許可されている。
 開始と同時に砲撃しようが狙撃しようが、それは各MAIDの自由裁量に任される。
 帝都防空飛行隊は、ある種のエントリヒ的合理主義に裏付けられた戦術を以って彼らに一撃を加えたのだ。
 戦争から煌きと魔術的な美が奪われて久しいという事を、彼らは血の対価を払って学んでいた。
 
 「ひ……卑怯者───!」
 
 奇襲されている事に気づいた誰かが叫ぶ。感情的にはシーアもそれに同意したが、卑怯だろうとなんだろうと禁止されているわけではない。
 そもそも、人権を持たない彼らが卑怯だ非人道的だと主張する事自体がナンセンスだ。生体兵器たるMAIDに戦争条約は適用され得ない。
 
 「う、上からも来てる!」
 
 弾幕の隙間を縫って飛ぶ事十秒、今度は腕を掴まれたままのジュードが叫んだ。
 見上げると、確かに大型の飛翔体が複数接近しつつあった。交差する二種の弾幕を限界近い位置取りで回避する。
 時限信管か近接信管か、シーアとすれ違った直後に飛翔体───ロケット砲弾───が炸裂した。またしても後方で悲鳴が上がる。
 そして改めて上空を見上げれば、すでに第二波、第三波が飛来していた。
 初撃とまったく同じ弾数、六発ずつ……そして機関砲弾もいまだ降り注ぎ続けている。
 
 「ジュード、しっかり掴まっていろ!」
 
 これが演習でなければ、血みどろの地獄絵図が繰り広げられていただろう。
 
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 #Ref(091116.jpg)
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 演習開始から二十秒。イェリコは1200発足らずの演習弾を使い果たし、焼け付いたアヴェンジ・ガントの銃爪からようやく指を離した。
 MK101及びMK103機関砲用の30mm×184B弾のラインを流用して急遽生産された30mm×173mm弾は弾倉一つ分しか用意されていなかった。
 とはいえ、ある意味ではそれでも充分だった───射撃の間ずっとフォアグリップを握り締めていた掌が火傷を起こしていたが、まったく気付きもしない。
 奇妙な、あるいは不気味とも言える昂揚した表情を浮かべ、隣に用意されたFlaK18のスリングベルトを掴む。
 
 「いい銃だ、素晴らしい。だがあまり撃ちまくるわけにはいかんのが惜しいな───汎用性はこちらの方が上か」
 「……「銃」? ……「撃ちまくるわけにはいかない」?」
 
 イェリコの砲撃が終わるのを待っていたハヴが信じられないと言わんばかりの顔で呟いた。
 たとえ重機だろうと、何十秒も連射していいものではない。通常はバースト……数秒ごとに発射と冷却を繰り返す射撃法を用いる。
 彼女自身の強化作用がなければ砲身はとうに熔け落ちているはずだ。
 
 「やっと終わり? 外、出るの?」
 
 JaG40kを背負い、MG42-45Vを抱えたシャムレットが問う。
 今回の演習は滅多にない刺激的な催し物───というのが彼女の見解だった。当然、ただ待っているだけというのは性に合わない。
 ジョーヌの砲撃はすでに終わり、第二、第三小隊は共に先行していた。Si387の機内に残っているのは第一小隊の三名のみだ。
 イェリコは照準に専念していたし、ハヴは何をするでもなく陰気に黙りこくっていたのだから彼女にとってはたまったものではなかったろう。
 
 「ああ、出るぞ。先ほど言った通り、高度6000まで上昇する」
 「はいはーい。……でも上に行くって事は向こうにつくのが遅れるよね」
 「……貴様はともかく私は鈍足だ。新型の義翼は受領したが、いずれにしても、元より速度は出ん」
 「ふーん。まいいや、早く行こ!」
 「え? あ、ちょっと待って!」
 
 言うが早いかシャムレットは返事も待たずに飛び出し、ハヴが慌ててその後を追った───
 重装備のシャムレットに対し、彼女はカンプフピストーレ一挺とマガジンポーチがいくつか、という軽装である。
 空戦MAID相手に爆弾は無用という理由からだったが、単装の擲弾銃でも似たようなものだろう。
 大した戦力にはなるまい……まともな戦闘であれば、だが。
 
 「……さて、何人減らせたかが問題だな。人数次第ではまずい事になる」
 
 一人になったイェリコは、演習だろうと糞な事態は御免被る、と呟いて唇を引き締めた。
 彼女は慣れ親しんだFlaKと慣れない新型義翼を担ぎ、二人の後を追って爆弾倉の向こうへと身体を投げ出した。
 
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 「……何人、残った?」
 
 永遠にも思えた悪夢の二十秒が終わり、ようやっと集合をかけられる状況になった。
 当然の事だが、部隊の人数は明らかに減っていた───そして残った者たちも疲労の色を隠せなかった。
 
 「わた、わ、私の部隊は、無事れ……無事、です」
 
 つっかえつっかえ、チューリップが報告する。隊員を失う事はすなわち戦術的敗北である、と言うだけの事はあり、黒の部隊はいまだ健在であった。
 
 「……や、あー、ごめん、二人しか残ってないや。油断したねー」
 
 対して白の部隊はと言うと、生き延びたのは隊長のホルンとアムだけだった。
 とはいえ……シーアが指揮する赤の部隊も結局は同じである。残ったのは彼女とジュードのみだ。
 コニーは彼女が見た通りの結果で、セリヤはロケット弾を迎撃しようとして失敗したらしい。
 
 「……」
 「隊長?」
 
 シーアは考えていた───人数にして一個小隊分の戦力が失われたのだ。それも、わずか二十秒のうちに。
 その結果を受けて何も考えなかったとしたら、それは指揮者として無能であるという事の証左に他ならない。
 
 「で、どうするの? これ、どう考えてもまずいでしょ」
 
 珍しく真面目な声でホルンが問うた。先ほどは冗談めかしていたが、部下を二人も失えば当然隊長としての面子は汚される。
 たとえ実際に命のやり取りが行われない演習でも、汚点は汚点だ。
 
 「……彼らの切り札がこれだけとは考えにくい。むしろこれは牽制のようなものではないかと思う」
 「それで?」
 「牽制の後に態勢を立て直す暇を与えるという事は考えにくい───つまり、間もなく次がやってくる。今から戦術を考えている余裕はないな」
 「じゃ、各個の判断で行動せよ、って事でいいの?」
 「基本的にはそうだ……が、全員がばらばらに行動するのは危険が伴う。小隊単位での行動が望ましいだろう」
 「そういう意味じゃ、いつも通りって事ね」
 「りぇん、れ、連携は重要ですから」
 「そうそう、俺たちは隊長についてくだけ───どしたよ、マシュー」
 
 チューリップの後ろで隊列を組んでいたカイアが口を開き、その途中でマシューに遮られた。
 彼女は無言で腕を伸ばし、下方の一点を指差していた。
 全員がその指し示す方向に注目し───数瞬の後、プロペラ・ブレードが大気をかき乱す騒々しい音が聞こえ始めた。
 黒い機影、翼端を赤く染めたレシプロ機が、主翼上に二名のMAIDを従えて急接近しつつあった。
 シーアは嘆息したいのをこらえ、できるだけ毅然とした声で言った。
 
 「……どうやら、本当に暇はないようだ。各員、迎撃態勢!」
 
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 コクピットにロッサ、その後ろのスペースにレイリ、左右の主翼上にツィダとジョーヌを載せたMe110は、ある意味で積載限界に達していた。
 
 「さあて、とっくに見つかってるだろうけど、ただ突っ込むだけが能じゃないのよね」
 
 まあそんな男も何人かいたけど、と一人ごちて、ロッサはキャノピを開いてツィダとジョーヌに指示を飛ばす。
 
 「ツィダ、五秒間のRATOよろしく。ジョーヌは煙幕ね」
 「了解した。点火指示を頼む」
 「こちらも、準備万端ですのよ」
 「大変結構。それじゃ、お嬢ちゃんたちにもう一泡吹かせましょうか───3、2、1、点火!」
 
 キャノピ枠を掴んで身体を固定したツィダのザトゥルンがRATO、すなわちロケット補助離陸───厳密には「離陸」ではないが───を行った。
 同時にジョーヌが飛翔翼をスタビライザ状に展開し、カウンタートルクを相殺する。
 全開出力で五秒きっかり、それだけでも充分な加速だ。小柄なMe110は急激な上昇線を描き、白煙を後に残した。
 見る間にルフトヴァッフェ側との距離が詰まる───ロッサが数えたところ、残数は八名。
 
 「予想外に残ってるのねえ。先行したのはまずかったかも」
 「……ねえロッサ、突撃しながらそんな事言われても」
 「大丈夫大丈夫、今から減らせばいいんだから。そんな事よりレイリは例のあれ、よろしくね」
 「あ、オッケー、それはわかってるって」
 
 会話は数秒で切り上げられた。敵はすでに射程内にある。ロッサが片手を挙げて再び指示を行う。
 
 「ジョーヌ、今!」
 「言われなくても!」
 
 返事より先にネーベルヴェルファーが火を噴き、六発のロケット弾が敵部隊の中心へと飛び込んだ。
 これが最後だ。その証拠に、ジョーヌは即座に発射器を投棄してパラシュートで降下するに任せている。
 炸裂───しかしペイント弾ではない。すべての弾頭から煙幕が展開され、とっさに散開しようとするルフトヴァッフェの隊員たちを白煙が包んだ。
 視界を奪えばまともな反撃はできない。そしてキャノピからレイリが顔を出し、黒い翼を広げた───無視界でも機能する、第三小隊の強力な耳だ。
 その姿は、傍目には四翼を備えた異形の戦闘機と映った。ある意味でそれは正しい……彼らは一個の戦闘機械として機能するのだから。
 
 「レイリ!」
 「右10度、上4度、距離300!」
 「&ruby( コリジョン・コース ){衝突進路}で行くわよ。本当にぶつかっちゃったらごめんなさい、って事でよろしく」
 
 20mmのモーターカノンと15mmの機首機銃が火を噴き、白煙の中へと殺到した。
 激しい風切り音と発射音の中、ロッサの耳に何かのメロディが聞こえた……振り向くと、ジョーヌが「ワルキューレの騎行」を口ずさんでいる。
 掃射のためにMGを構えつつ、彼女は楽しげに歌っていた───地獄の黙示録はこれからが本番だと言わんばかりに。
 
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 [[SirenenGeheul]]
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