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 (投稿者:店長様)
 
 *1
 ※KOGOTO氏との合作です
 
 「……」
 
 アイゼネが外をみると、見知らぬ少女が立っている。
 赤い髪の毛をお尻ぐらいまで伸ばしたその子は、髪の毛に似た白いエプロンに臙脂色のワンピースのメイド服をきていた。
 その目は髪の毛と同じ色で、アイゼナをただじぃっと眺めている。
 
 どこの娘だろうか、と首をかしげ……密やかな気配がアイゼナを得心させた。
 なるほど、帝国でこんなに幼い少女がメイドをやっているというのもおかしな話だ。
 一目見て気づくべきであったろう、彼女もまた、M.A.I.D.であると。
 しかも、鼻につく懐かしい香り。彼女にはシンパシーを感じる。そう、あの激戦の時代を潜り抜けた、始まりの世代の共感を。
 
 その荒んだ経験を持っている癖に、その瞳には敵意は感じられない。ただ純粋な好奇心と関心とが注がれているだけだ。
 昔持っていたであろう凶暴な牙も、醜悪な爪も。今は成りを潜めている。
 
  昔はどうであれ、彼女にとって今は幸せを感受しているのか、彼女は自分のことを一体どう思っているんだろうか。
 アイゼネには分からないものの、恐らくは同じ思いを抱いているのだと予想する。
 同時に抱くのは旧く大きな古の兵に募る懐かしさと、いとおしさ。 
 
 なるほど、確かに愛らしい姿である。その少女が姉であるか妹であるかは定かではないものの、少なくとも、正しく愛し慈しまれるに足る資質を備えているといって良いだろう。──この時点で、アイゼナは骨抜きであったといえる。
 
 どうしたものだろう。本音を言うならすぐさま彼女の頭を撫でて思うさまかわいがりたいところなのだが、何しろこの体格差である。相手もM.A.I.D.とはいえ、はたして彼女の馬力で撫でられただけと感じてくれるか否か。
 
  アイゼネがそう無言で思考の海に浸っていると、今まで無言で様子を伺っていた彼女が恐る恐るアイゼネの元に歩み寄ってくる。その仕草は初めての対象を前にした小動物の仕草に似ている。
 トコトコと擬音語が聞えてきそうな感じなのがその愛くるしさを増大させる要因となって。
 3mから2mと次第に、確実にその間隔は狭くなる。後数歩で、長身のアイゼナの(なでれる)射程だ。
 そして、彼女との距離が30センチ未満となる。身長さから、彼女は自然とこちらを見上げる状態となる。──つぶらな瞳に、アイゼネの姿がうっすらと浮かぶ。
 
 「お~…」
 
 見上げた彼女は声を上げる。
 自分の大きさに感嘆した様子をあげているのだろうか。
 
 「おてて、おおきぃ…」
 
 すぅっと、彼女の手が自身の作業用アームに触れる。小さな方のM.A.I.D.の手。
 特有の柔らかさとしなやかさ、そして強靭さを兼ね備えるその筋組織が自身の無骨な重装甲に覆われた手を撫でている。
 そこから熱が伝わってきそうな、そんな不思議な感触であった。
 
 感極まった、とはこういうことか。
 
 他人と触れ合うことなど久しくなかった手に、温もりが与えられるなど。
 しかし、この温かさをあらわすだけの語彙を彼女は持たない。
 こんなにも、伝えたい感謝が胸の中には満ち満ちているのに。
 
 故に──だからこそ、ふと目にとまった鉢植えを手に取ろうとする。
 
 彼女が丹精こめて育てた花。行ってみれば彼女の分身であり、愛情の象徴だ。 
 これを渡すことが、言葉足らずを補ってくれはしないかと、足りない頭で必死に考えた結果がそれだった。
 
 
 *2
 「……おー…」
 
 大きな作業アームが動くのと同時に目がその動きを追う。
 そしてアイゼネが植木鉢を手に取り、眼前の彼女の前に運ばれると。植木鉢とアイゼネの顔を交互に見やる。
 
 「くれるの?」
 「やー」 
 
 それは肯定の言葉。 
 
 「花も、喜ぶから」 
 
 そして──親愛の表れ。 
 精一杯に笑いかけ、アイゼネはそれを手渡した。 
 少女は戸惑いを含んだ瞳で、小さな手にはいささか不釣合いなおおきさの鉢植えを眺めている。
 彼女が目の前の花をしっかりと受け取る。そして浮かべるのは文字通り満面な笑みだ。
 
 「ありがとー♪」
 
 両手でしっかりと、大事そうに。
 アイゼネからその少女へ、受け渡される親愛の証。
 
 「……」
 
  思わず他の鉢植えに目がいったのは、単に照れ隠しだけではないだろう。
 いささか現金な話だが、ある入力にかえされた出力が好ましいものであったなら、たびたび同じ入力を繰り返してしまうのは万人が陥るループである。 
 とはいえ、小さな彼女にこれ以上の鉢植えを押し付けても、持ち帰ることが出来るはずもないのだが。
 そして少女は植木鉢を両手で持ちながら考え事をしているのか、目を瞑り、小首をかしげて唸る。
 
 「んー、そうだ!」
 
 一端丁寧に植木鉢をその場において、自分の長いスカートを翻す。
 
 ──ペイロードポケット?
 
 第二世代から標準装備となった見えざる格納庫を彼女はもっていたのか。そんなアイゼネの思惑など知りもせずに。
 ごそごそと手探りで何かを探す。
 
 「ん、あった♪」
 
 そのままスカートから出てきたのは物騒な火器でも、危険物でもなかった。それは──見間違いようのない段ボール箱である。
 標準的な果物を梱包するための分厚いもので、表面には赤いリンゴの絵とJ区のりんごの名産地である地区の名を記されていた。同時に漂う、果物の発する甘酸っぱい香りに、アイゼネはリンゴの入った箱だと認識した。
 
 「一緒に食べよう?」
 
  零れ落ちる笑顔、零れ落ちる果実の山。多少シュールな光景ではあれ、そんな些細なことに煩わされるような神経など持ち合わせがない。 
 
 「だんけ」 
 
 ひたすらに和んだ空気を駄々もれにしながら、二人のM.A.I.D.は午睡のようにのどかな時間を満喫し始めた。
 
 手ごろな敷地に段ボール箱と植木鉢とを運び、腰掛けると箱を開け、中からリンゴを取り出す彼女。
 無論アイゼネにリンゴを手渡しし、一緒に食する。
 両手でしっかりとリンゴを持ち、忙しなく食べる様子はリスが木の実を食べる様子に似ていた。
 穏やかな天気と相まって、久しく家族以外とは共有しなかった雰囲気にアイゼネは気を良くする。
 暖かさに、無愛想な顔に変化はなけれど、仕草でうれしさを示す。
 
  日傘を指した貴婦人たちが、くすくすと笑いあいながら通り過ぎていった。
 仕方がない。彼女たちの姿は傍目にも幸せにあふれているのだから。
 そこだけは、喧騒に満ちた帝都の中で、時間がことさらゆっくりと流れているようだ。 
 とすれば、幸せは停滞を呼び込むものなのか。 
 ないしは、彼女たちのペースが、駆け足な人々のそれとは根本的に違っているのか。 
 まぁ、それはいいだろう。 
 なににせよ、ここは安息で満ちているのだから。 
 
 「おいしい?」 
 「やー」 
 「……えへへー」
 
  まるで自分が褒められたかのように喜ぶ彼女。
 だが、わからないでもない。その純粋な自尊心を。
 
 「ねーねー、お名前、なあに?」
 
 ふと、体に似合わず複数のリンゴを食し終えた彼女がアイゼネの方をむいて語りかけてくる。
 そういえば──自己紹介していなかったことに気づいた。
 
 「あいぜね」
 
 「そっかー、あいぜね~」
 うれしげに名前を復唱する。
 
 「わたし、ベルゼリア」
 「ベルゼリア」 
 
 一度反芻すると、不思議とその名はすとんと胸の中に納まった。
 据わりがいいというのか、やはり姉妹だからなのだろう。
 
 初対面とはいえ、ごく自然に惹かれあうものがある。 
 わざわざそんな理屈をこね回したわけでもないが、アイゼネもまた気分が弾んだ。
 名前の交換というものは何かしら期待を運んでくるものらしい。
 
 
 *3
 「うん♪……あいぜなはお花を育てるのが好き?」
 「やー。野菜を育てるのも、土をいじるのも」 
 
 もともと、塹壕掘りとして生まれてきたのだ。彼女と土との絆は強い。 
 
 「花はきれい、野菜はおいしい。みんな喜ぶ、いいこと」
 「そっかー。私も好きだよー。皆が喜ぶの♪」
 
 ころころと笑顔で答える。
 
 「けど、あいぜねみたいにお仕事できないの」
 
 ちょっと残念そうにつぶやく。マスターの事情からか、彼女にそういったことを中々させてくれないのだ。
 
 「大丈夫」 
 
 うつむいた顔は、少女には似合わない。 
 
 「え?」 
 
 励ましに素直に顔を上げた。素直は優れた資質だ。やはり、彼女は大丈夫だろう。 
 上を向いた額に、アイゼナは慎重に自分の額を当てる。口下手な彼女の心を、熱が、余さず伝えてくれますようにと。 
 
 「ベルゼリア、笑うといい。笑うと、みんなうれしくなる」
 「…うん!」
 
 近くまで近寄ってきたアイゼナの首にその両手が絡み、抱きついてくる。
 今度は頬同時が触れ合う。
 お日様と花と、果物の良いにおいを纏ったベルゼリアに、アイゼネは硬直する。
 鳥や猫に擦り寄られるのは慣れていたが、ここまで大きい他者に触れられるのはあまりない経験だ。 
 とはいえ、大女ながらもアイゼネとて女性である。
 むしろ図体でかいからこそ小さいものかわいいものに向けられる愛情は大きくもなろうというもの。
 条件反射で抱きしめたくもなるが、さすがにそれをやってしまっては問題がある。
 なにせ、背骨をへし折ってしまいかねないのだから。
 
 「んー、あいぜねー、土と日向のにおいがするー」
 
 そのまますりすり、と頬同士を擦り合わせてくる。
 傍から見ていれば、真の姉妹同士がじゃれあっているように見える。
 彼女の温もりが、じかに伝わってくる。
 
 「ベルゼリアは甘い……いい匂い」 
 
 目を細めて多幸感に酔う。わずかな郷愁さえ、いまは穏やかに感じていられる。はるか先を行く姉妹たちの姿を、まぶたの裏に認めたとき、ふと、ヒューズが落ちたように彼女の意識も飛んだ。
  
 「? あいぜねー?」 
 「すぴー」
 「……ねちゃった」
 
 うーん、っと抱きついたままだったベルゼリアは考える。
 時間はまだある。お日様は沈むには数時間ほどはかかるはずだ
 ベルゼリアはそのまま、アイゼネの膝の上に頭を預ける。
 そのまま、自分もゆっくりとまぶたを下す。
 
 
 *3.5
 ──見慣れない空間にいつの間にかアイゼナはいた。
 真っ白い空間に最初アイゼネが放り出されているのに気づいてからすぐに、その視線の向こうに何か別の領域が広がっていることに気づく
 
 その先に広がっているのは深紅の戦場だった。
 
 空から、地面から、転がる人型の何から何まで、真っ赤に染まった空間。
 その真ん中に、何かが立っている事を把握する。
 
 身長は自分よりは低いものの、M.A.I.D.にしてはそこそこ長身に入る部類の体格で、髪の毛が燃えるような深紅の長髪だ。
 耳に当る部分から3対6本の暗赤色のブレードアンテナにはぎょろり、と睨むような眼球に似た機構が備わっており、アイゼネを見ている。
 そして一番目に付くのはその顔──ブレードアンテナよりも黒い赤で彩られた獣の頭部を模したフェイスガードが禍々しい、と感じた。
 
 だが同時に、どこか悲しげな赤い目が、隙間から覗いているのに気がつく。
 
 「……ようこそ、私の世界へ。アイゼネ──近く遠い私の友人」
 
 その声は外見年齢相当の声。
 きっと、あの小さなベルゼリアが人間みたいに成長すれば、このような声になるかもしれない。似たような声
 
 「私の名前はベルゼリア──貴女が知っているベルゼリアの前の姿であり、残骸……そして眠り続けるもう一人の私」
 
 まるで謎かけのような口調で、自分のことをベルゼリアと告げた
 
 「ベルゼリア、わからないことを言う」 
 
 知恵の足りない彼女では、なぞかけに堪えうるものではないのか、首を傾げるばかり。滑稽か、ベルゼリアは笑う。 ただ、彼女にもわかった。その笑いに潜んだ哀しみに。 
 
 「泣いてる?」
 「──そう、私は泣き続ける。永遠に、私が消え去るその日まで」
 
 ふと、憂いの映る微笑を浮かべる。
 
 「けど、その分表の私は笑い続けれる。ソレが私の望み。私の願い」
 
 その表情に嘘はない。だがアイゼネには何故そうしないといけないのかがわからない。
 
 「なんで?」
 「私が叶えられなかった夢を、表の私が叶えてくれているから。表の私の幸せは。この私の幸せであるから」
 
 わからない。表の私とは何だろう?わからない。表と裏は違うのか?わからない。なぜ涙するのか?わからない。 
 
 「わからない、ベルゼリア、難しい」
 
 ただわかるのは、彼女は今泣いているということ。 慰めたいと思った。笑ってほしいと思った。 
 
 「泣かないで、ベルゼリア。私も、力になるから」
 「──ありがとう、アイゼネ。貴女はとってもやさしい」
 
 泣きそうな笑みから、微笑へと変わる。アイゼネの優しさに、目の前のベルゼリアは癒されていく。
 
 「だけど、私は眠り続けるの……静かに、私が私でいられるように。歌が、聞えてくるまでの間、幸せな夢を見続けれるから。そう、貴女が慕ってくれる人や、もう一人の私と一緒にいるときに、幸せと感じるように」
 
 小さく、祈るようにつぶやく。
 
 「歌が聞えるまで……その歌は滅びを呼ぶの。私が大事なものを守るために、その歌は他の人の大事なものを奪っていくの」
 「……傷つけるのが、怖い?」 
 
 混乱をきたした思考は、無意識に吐き出した疑問で落ち着いた。なんとなく、そこが彼女の問題の本質なのだと、そんな風に理解した。
 
 
 *3.7
 「そう。その通り。私は数え切れないぐらい、人を傷つけたから。これ以上はいやなの……この大地が、ここまで赤く染まるぐらいに──私は、罪を犯したから」
 
 彼女周辺に広がる赤い大地は、彼女の犯してきた罪の重さを示しているらしい。それは自責なのか、与えられた罰なのかは、分からないけれど。その思いが彼女と枷となっている。
 なるほど、まさしくそれが彼女の本質なのだろう。罪の大きさを嘆き、それを償うこと望んで、その結果に、他者の幸せを祈る。 やさしすぎるのだ、彼女は。
 
 「ベルゼリアはやさしい。でも、すこしだけ、頭悪い」 
 「え?」
 
 しかし、それは必ずしも彼女の本質とは合致しない。なるほど確かに近くて遠い。ベルゼリアの言葉は、互いの関係をよく言い表していた。
 
 「なんで、頭悪いっていうの?」
 
 まさかアイゼネからそういわれるとは思っても見なかったのか。目の前のベルゼリアはアイゼネに尋ねる。
 
 「ベルゼリア、私たちはM.A.I.D.。戦うために生まれた、それは哀しいことじゃない」
 
 アイゼネは告げる。自分もまた第一世代。
 そして、戦うためだけに生まれ、戦場を奪われた。
 哀しむべきことがあるとしたら、生まれの意味を失うことだろう。 
 死者を悼むことはいい。敗者を送ることはいい。
 けれど、勝者は、自分を殺してはいけないのだ。
 何よりも、手にかけたものへの礼儀として。
 
  誰かの幸せを望んで、すすんで犠牲を背負うことはないのだ。
 それは美しく優しさにあふれた行為だが、そんな優しさを土台にしては、世界歪んでしまうだろう。
 ベルゼリアの犯した罪は、帝国の多くのM.A.I.D.の犯した罪でもある。
 けれど、彼女たちが幸せになることを、誰も責めたりはしない。
 それが当然なのだ。ごく自然に誰もが帯びる、誰もが期待していい優しさなのだ。
 彼女だけがその恩恵にあずかれないなど、そんな理屈は存在しない。
 
 だからアイゼナは告げるのだ。赦しの言葉を。
 
 「──ベルゼリア。あなただけが償わなくていい。あなただけが優しくなくていい」
 「……ぁ」
 
 そのまま、無言でアイゼネの元に寄り、そっと寄り添う。
 姉の胸を貸してもらって、嗚咽する妹のように。
 
 「ふぁ、ぁ、あぁ……!」
 
 ぎゅっとしがみついて、盛大に泣き始める。
 今まで溜め込んできた、彼女の思いが、その涙に、込められている。
 
 
 アイゼナの胸を借りて大声を上げて暫く泣いていたが、すっきりしたのか。
 
 「……アイゼネ。ありがとう」
 
 嬉し涙を拭うためにフェイスガードをはずしながら、見上げる。
 そこには幼いベルゼリアが見せたような満円な笑みが浮かんでいる。
 
 「ともだちなら、幸せになってほしいと、思っただけ。今のベルゼリアも、私は好き」 
 
 つたない言葉、思いが伝わっただろうか。よくわからない。だから、精一杯、彼女を大事に思う気持ちを応えにこめた。それだけで、相手に分かってもらえると、信じているから。
 
 「うん。もう大丈夫……」
 
 すっきりした様子でフェイスガードをはずした彼女の素顔は晴れ晴れとしている。
 
 「貴女と話せてよかった。アイゼネ」
 「私も、ベルゼリア」 
 
 その表情を見ては、もはや不安など入り込む隙間もない。
 
 「また、会える?」 
 
 だから、それは愚問だっただろうか。
 
 「うん。あなたが望めば……いつでも。夢の中限定だけどね」
 「うぅ、やっぱり、ベルゼリアの言うことは、難しい」 
 
 結局のところ、アイゼナには夢の中だということをついに理解してはいなかったのだろう。
 その様子に、ベルゼリアは微笑を浮かべる。
 
 「うん、むずかしいよね……だけど、そのほうがいいから。……また、ね」
 
 告げるのと同時刻に、ゆっくりと彼女との距離がひとりでに広がっていく。同時に白紙の世界がアイゼネを赤い世界から引き離して、遠く遠くへと遠のいていくのだ。
 だが、アイゼネは最後に見えた。──あの赤い世界の空が、抜けるような青へ変わっていたことに。
 そのまま、意識は次第に別の場所へと引っ張られていくのであった。
 
 
 *4
 「……で、かえってこないと思ったらこんなオチか」 
 
 しばしのときの後、我が家のM.A.I.D.を迎えに来た主人は脱力感にさいなまれていた。 
 もともととっくに耐用年数切れの固体だけに、ある日どこかで機能停止してもおかしくない。
 生来の吝嗇を隠れ蓑に、本音ははらはらと帝都を駆け回った結果がこれとは、喜ぶべきか悲しむべきか。
 
 「んぅ……?」
 
 周囲の音に気づいたのか、アイゼネの膝の上で眠っていたベルゼリアが首をもたげる。
 そのまま、眠気眼のままアイゼネの主人を見つめる。
 
 「……そ、そんなに見つめるなよ、恥ずかしいだろ」
 
 ベルゼリアの純粋無垢な目をそらし、咳払いして居住まいを正す。
 さすがに彼とて社会を構成する一員としての体面がある。戸惑った顔もやに下がった顔も衆目に晒すべきではない。 
 
 「うちのデカブツが世話になったみたいだな。ありがとう」
 「ううん。これもらったから」
 
 そばにおいてあった植木鉢をとって、見せてみる。
 アイゼナが大事に育ててた花の一つだと主人は覚えていた。ソレを差し出すということの意味を、しっかりと受け止める。
 
 「なるほど。コイツ、単なる礼では尽くせないものをもらったみたいだな」 
 
 ふと思いついたように、見上げる頭を撫でながら思案にふける。すでに彼女はアイゼナにとって家族も同然らしい。
 ならば、ちょうどいい時間だ。親睦を深める場を演出するのはやぶさかではない。 
 
 「それじゃちっこいの。そろそろ夕食の時間だけど、うちで食べていかないか? あまりたいしたものは出せないにせよ、精一杯のもてなしはさせてもらうから」
 
 うん、と頷きはしたものの。傍らベルゼリアは考える。
 夕食をもらうのは結構なのだが、受けた恩はちゃんと返す、というのが主であるクリスから教わったことだ。とくに夕食に誘われるといった事情、ただ挨拶だけで済ませるのは忍びないと幼いながらも考えていた。
 
 「うーん……これ」
 
 暫しの思考の結果、先ほどアイゼネといっしょに食べたリンゴの箱を差し出す。
 たくさん食べたとはいえ、まだ中身は十分に残っている。アイゼネの家には他に誰かいるか分からないものの、リンゴは比較的日持ちのいいものだ。それに料理方法も多彩であるのだが、そこまでは流石にベルゼリアは知りはしなかったが。
 
 「これで、おあいこ」
 「おあいこ……ちびの癖にずいぶんと礼儀の仕込がいいな」 
 
 言ってから気付く。彼女の身を包むメイド服、歳相応とは言いがたい。とすれば彼女はメイドではなくM.A.I.D.と見るべきであり、外見相応の歳であるとは限らないだろう。 
 
 「なるほど。なんにしても気遣いっていうか、心がけは立派だよな。ありがたく頂戴する。幸いうちの料理番は性格は最低だけど腕はそこそこなんだ。菓子させるから一緒に食べよう」
 「わーい♪」
 
 彼の申し出に素直に喜ぶ仕草は子供らしいといえた。
 アイゼネと違って、思ったことがそのまま顔に出てくる性質なんだろう。
 アイゼネからもらった植木鉢をもってくるくるとうれしげに回る
 
 「……微笑ましいじゃないか」 
 
 言うや否や、慌てて口元を手で隠す。
 いけない、衆人環視のもとで成人した男子が口元をにやけさせるところなど絶対に見せるわけにはいけない。
 無意味なプライドとはいえ、突っ張ることが男の子としては何より大事な勲章なのだ。
 
 「なんにせよ、まずはコイツを起こさないとな。 ほら、いつまでも寝てないで目を覚ませよ」 
 
 肩に手をかけ前後に揺さぶる。手加減はない。そもそも、生半可な力では彼女は小揺るぎもしないのだから。 
 
 「あふ……」 
 
 しかし、不幸とは足音のしないものである。
 アイゼネが面を上げると、狙ったかのようにその頭頂が彼のあごを打ち抜いた
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