詳細案内

2011-02-25

スパイラル祭式

月例祭


開催時間:10時 ~ 13時 予定
開催場所:天元流之宮 



神式護摩


開催時間:10時 ~ 13時 予定
開催場所:龍王院 修験道場 



阿弥陀三尊供養


開催時間:10時 ~ 13時 予定
開催場所:龍王院 修験道場



神晃講参拝行事

桃の禊


開催時間:10時~12:30
開催場所:枚岡神社



1月参拝行事

伊勢神宮正式参拝


大神宮と言えば、「お伊勢さま」と言われる国家を代表する象徴的天津神のシンボルである。
今や周知の事実である、日本民族の元の神様と唱えられる『天照大御神』が御祭神であり、
また『天照皇大神』とも唱えたて祀られる皇室の祖先に讃えられる神格を有する。
皇祖皇大神宮としての国家原点のシンボルとしても格付けられる。
民族統率の要として、神の子孫たる日本国家国民の自覚と使命を、年の初めに新ためて悟る事は、
日本人としての静やかな心栄えと知るべきである。
日本国神道において御魂のふゆ『冬』を輝振らせてと言うことが示されてあるが、
日本観で言う所の四季は冬から始まり秋に実を結ぶのである。
即ち『冬春夏秋』がアジアも含む稲作民族の自然観そのものであり、祭り事の摂理である。
正に『御魂のふゆ』を頂くべく新年の正式参拝を致しましょう。
なお、修行者一般の心がけとして、
初詣は先ず、自宅近隣の産土神に生活安泰の感謝の参拝を行う事を礼節とわきまえる事が寛容である。
個人と家庭の安泰は産土神こそが守り給う王道であり、
国家の安泰は伊勢神宮において太咒をなすべき事を間違わぬ事を大事として付け加えておきます。



2月参拝行事

笠山荒神・大神神社参拝


笠山荒神社
日本最古の荒神の源とされる。
笠山は、大和平野を見下ろす位置にある事から聖なる山とされ、
山の辺の道に散在する社寺を守る神として太古から栄えた。
聖徳太子・役行者・弘法大師をはじめ多くの行者が参拝、
願をかけたと伝わる。
特に、弘法太子空海が高野山設立のみぎり、火災と疫病に苦しんだ際に、
笠山の荒神下の滝「閼伽井(あかい)の不動」で
水行を取って荒神を感得して守護を頂き、高野山設立を成就させたと伝わる。
その分身を立里山に祭り、有名な立里の荒神と成る。
それらの根元として「日本第一の荒神」と呼ばれる笠山荒神の所以である。

大神神社
大神神社(おおみわじんじゃ) 大和国一之宮 三輪明神
国のまほろばと称えられる大和の東南に位置する円錐型の秀麗な山、
三輪山を御神体として、大物主神をお祀りされている。 



3月参拝行事

竹生島・多賀大社参拝


【生活において『火・水』の神を祀る事の意義】
本来自然信仰である我が国では、神は自然そのものであり、根本的な要素を意味する
火と水を生命の根源と捉えて『かみ(火水)=神』と言う。
火と水が無ければ生命自体の存在が無い大切なものとして、釜戸は『火』、囲戸は
『水』、生きる事の根源を神として敬い奉る事が生活から生み出された。
以来生活の形は変われど台所に三宝荒神を奉り、水辺に弁財天神等を奉るのは、古事
の習わしからである。

神晃講では2月の笠山荒神(日本最古)の火の神、に続いて3月には日本第一の弁財天
水神(竹生島の弁財天)参拝を毎年続けて行なっている。
旧暦の新年にあたる2月〜3月にかけて生活の営みの根本を奉る事によって、活かされ
る大道を得る事が人間としての信仰の基本である。



3月参拝行事

葛ノ葉稲荷神社参拝


神晃講では、祥月命(表 博耀先生)の第一の師匠 故 川原田 千尋尊師の遺言で、
特に葛ノ葉稲荷神社を、旧暦の初午に必ず参る様に言い渡されている。
葛ノ葉稲荷神社の境内右奥に、尊師建立の弘法大師・不動明王・各尊像があり、
下に敷かれた数字入りの礎石は、四国八十八ヶ所の産地の礎石が集め並べてある。
心経を上げながら、数通り踏み回ると、八十八ヶ所巡りと同じ御利益があると言われている。
特に財政に困り、調えたい場合は、
必ず本神社及び右奥の生野石切教会建立の聖地に拝まれたしと伝えられている。



4月参拝行事

高野山参拝 尊師祭礼拝


高野山参拝から尊師祭礼拝は毎年四月に、神晃講開祖 祥月(表博耀)先達の第一の
師匠である、故 川原田千尋尊師の御高徳を尊び奉り,役之行者以来山伏中興の祖 弘
法太子空海の大本山高野山の聖地において、秘密深遠成る真言密を授かり連綿と受け
継がれて止まない法流の尊さを覚り、自己の魂の使命を自覚認識する為の灌頂を受け
継ぐ魂の約束とも言える参拝礼拝行事である。

川原田尊師は病弱な身から一大菩提心を起こし祈願修行する事、生死の境を超えて神
仏に出会い、以後更なる修行の末に神人一体の境地に至り、数々の世人を救い、次な
る神人の育成に終生励まれた聖人であり、世の行者諸氏の鏡とも言う存在である。
尊師は、愛弟子の祥月先達が少年の頃にその稀なる霊性を見抜き、本質たる荒御霊を
紡ぎ出す指導と教化に全霊を注がれた方である。
現在の神晃講の成立と、祥月先達を始めとする行者や修行を志す諸氏にあってもなお恩
恵を授っている。
川原田尊師は帰天前に「全ての行ずる者の脇にあって難儀を救い満願に導く」と言葉を
遺されてお隠れになった。
後に、祥月先達が生駒で難行苦行して三年目に倒れて瀕死の折決死言行の時、不動明
王と共に尊師現れい出て、必ずや同行して守らんと宣いて出現し給いき、以来尊師の
約束通り我が講は元より信心修行する者を護り導く尊神として、常に行ずる者を守護
し、導く存在であらせられる。

もし信仰修行に志す諸氏あらば、弘法太子空海と川原田尊師の墓前に参詣されて守護を
受けて志しを立てられる事を修行の源として勧める次第である。



5月参拝行事

大峰山登拝


吉野と天川洞川を繋ぐ霊峰大峰山は、1300年余前に葛城族の王子である修験道開祖:
役ノ行者(神変大菩薩)が山岳修行の根本道場として開いた神山であり、古来より男
子の行場として受け継がれている。

男子15歳元服の節目には大峯山登拝をして、生死の行である『西ノ覗』絶壁から命綱
で吊される荒行を行い、生まれ変わり、世の為・人の為・国の為に尽くす誓いを立て
る事が日本男子のしきたりとなっている。
女子においても、修行を志す者は隣接する大日岳を目指す稲村ケ岳登拝があります。
女人行場として大日如来(真言密教の根本神)を奉る神山に登拝して、太陽(大日)
の力を頂いて生命を育み養う大母性心を覚り、活性化させる為の行場として、制定さ
れている。

おおよそ修験道とは修じて験ずる道を意味していて、自分自身が修行の道のりを歩み、
数多の体験を積む事により、内在する英知を呼び起こして、天命(生まれて来た意味)
を呼び起こすものである。
男女の修行場は、差別により別けられるのではなく、特性の区別により定められるも
のである。
昨今男子と女子の仕事や役目に区別が無くなりつつあるが、根本的に生命の持つ本質
は性質特性として異なる。
男性は子は宿せず性質が子供であり、また女性は子を宿せる宮をもち性質は母である。
世の中がいかに変転しようとも変わらぬ摂理がある。
自分の特性と分に合わせて行じる事が出来る様に、修験道開祖である役ノ行者は、そ
れらの修行場を後の行者達に示されて、歴代の先達諸氏がしきたりから成る行法を受
け継いで後進に伝え、現在に至る。

心と人間性の荒廃が如実に叫ばれる今、正に人間それぞれが自分の本質を磨きだし、
確立して生きる事こそが全く身近な世直しであり、国創りの実践である。



6月参拝行事

金華山登拝 黄金山神社参拝 陸奥国一之宮塩竃神社参拝


今回の参拝は、記紀神話ではなく、その元とされているホツマツタエにて伝わる、
天照大神「ウヒルキ/アマテル」の宮があった金華山を登拝・黄金山神社である。
ホツマツタエによると、天照大神は「ウヒルキ/アマテル」という男神となっており、また
豊受大神も「トヨウケ・トヨケ」という翁神と伝えられている。
トヨウケ(豊受大神)は、ウヒルキ/アマテル(天照大神)の祖父と記されている。
「ひのきみの みやもるからす こかねはく つひにきかやも こかねさく いさこうみこも
しかしかと なかめたかわす こかねさく ひさみるやま」と たたえたまいき
ウヒルキはトヨウケに学び、金華山にて草木も喜ぶ「まつりごと」を行なったと伝えられている。

鳩山政権も、虚しく崩れ去る今の世相は、計らずもほつまの伝える世相に似たり!
この國の明日を思う時、今に来たりと知るべし!山川草木海魚貝草、迄も喜ぶ御代の
復活を元津宮にて祈る事こそ、急務也と、知るべし。我が天元流之宮津子は、国家守護である。
元の元たる祈りに徹すべし!日本は、世界のひな形につきる故にその祈りは、広大である。



6月参拝行事

夏越しの祓い


1年には、大きく分けて2度の節目がある。
1つは年越しの節目で有る大晦日で、一年間の罪穢れを祓う大祓の行事や年越しそば
等の内浄、外浄を行い清浄を旨として、新たな年を迎える事は、よく知られているが、
6月水無月の上半期の大祓とも言える夏越しの払いは、菌類の繁殖しやすい季節の変
わり目、梅雨頃に大晦日と同じく無病息災を祈り生命力を増長する。
茅の葉を等身大に編んだ、茅の輪くぐりと言う行事が、古来より6月30日に上半期の
払いとして、主要神社にて行われている。
行事方は神社に説明されていると思うが、要約すると、まず茅の輪に向かい、
2礼4拍手1礼して合掌のまま神歌を連唱し乍ら、まず茅の輪をくぐり、左回りから
8の字に3度巡り、1礼4拍手2礼の作法にて行うのである。
季節の極まりわを乗り越えて無病息災を祈ることは、迷信に在らずして真摯な願いで
在り、信仰の表れである。
信じる心と行いから成る免疫力向上については、自らの実践によって試されることを
お勧めするものである。



8月行事

お盆の先祖供養護摩


お盆に際して、神晃講では8月お盆月の護摩行に於いてのみ、
「祈願護摩」に続いて「供養護摩」を執り行う。
お盆の御供養は、仏教行事に依る所のみではなく、
日本古来からの自然観を基軸とする「神」や「祖先」への感謝の祭が、
仏教や密教伝来と共に融合されて我が国独特の先祖への供養感が定着したといえる。
霊魂を「自然意思を持つエネルギー」と捉えた考え方は、実に日本的である。
「神」と「仏」は、「上に上がる者」と「下に下がる者」、即ち法則と方向性の違いを意味する。
分かりやすくいえば、「仏」も広義に於いて「神」と成る者である。
自身の血族から成る故人は、いかに聞き分けなくとも現世の人間からすれば上位に当たり、
残る無念を果たすべく子孫に働きかける事が出来るとされている。
特にお盆と彼岸月は、彼方からの請求が出来るとされており、事故などの多い月まわりである。
供養は、仏の気持ちに立ち返り、よく菩提心を起こして、慰めながら引導に導く事が肝要である。
神様の導きを受けながら、「仏」「先祖」をよく祭り上げれば自ずと地盤が出来上がるものであり、
人間の本来尽くすべき姿である。
「敬神崇祖」とはこの慣わしをいうのである。
今、 自身がある事を感謝出来ずして生きている自覚は無い!
下向きの「仏」や「先祖」を寛容なる強さで神上がらせる事こそが、子孫の役目であり恩返しである。
年次の「供養護摩」では、没後50年を超える「仏」を先祖代々の霊位として、
それ以後の没者は故人として俗名と享年を書き示すものである。
事あるごとに故人や先祖を思い尊ぶ事は自身を思う事と同義であり、我が細胞の始まりを思う事である。
それは、人間の他生物と異なる最大の品格の意義であり、生命の肯定意義であります。
諸氏本来の幸福とは、己が心の本質から発するものと知るべきである。
エゴは己を滅ぼし生命を滅ぼす刀である。
御供養から調和共生をを知る事も、現代に大切な事である。
実践して心を創るべし!



8月参拝行事

御嶽山登拝


霊峰御嶽山は、御神体を「国常立大神」と崇め祀る神山であり、
標高3,000メートルを超える夏でも寒いと歌われる修行のお山である。
登拝前の道中には、「清滝」「新滝」という巨大な滝行場があり、浮世の垢を残さず洗い流してくれる。
総じて厳しい修行場の様相を、現代に伝える事の出来る日本有数の行場である。
「国魂」の尊称である「国常立大神」は、国家を護り万物生命の要として生きとし生けるものの源であり続ける。
厳しくも優しい御神威は、古来より生成化育の摂理を修行者に与えてやまないのである。
今尚顕在なる休火山は、大地の香りを称えて、
天空に限りなく近い御嶽山上には何時も満天の星空と人々の祈りが降注いでいる。
国を思い万物の安寧を祈る者は、是非年に一度の霊峰御嶽山登拝を勧めるものである。



9月参拝行事

伯耆大山登拝・出雲参拝


伯耆大山登拝と出雲参拝は国津神の坐します聖地であり、日本民族の靈のふるさとである。
遠く大陸の文化を宿しながら豊かな国造りを遂げた素戔嗚尊以来、大国主王朝は実に日本の原点である。
「伯耆富士」と呼ばれる大山は古より修行者の神山であり、
日本の根本的な心を携えた霊峰にして今なお大地の霊気が人々を潤している。
神々が集い来る神有月(神無月)10月には、日本の神々が集い来たるほどに重要な神仕組みを持つ根元の神域である。
伊弉諾、伊奘冉を祀る最古の「神魂(かもす)神社」と「熊野大社」等は出雲地方が初元である。
和歌山の熊野等はここを元にするものである。
数有る古えの古社には素朴且つどっしりと深い息吹を感じ入る。
太古の神々にまみえてよみがえりを受ける参拝に浴して命の元を授かりに参るべし。



10月参拝行事

石鎚山登拝・石鎚神社参拝


石鎚山は本州西日本最高峰の神山で、岩場の三角点を持つ天狗岳は、
山岳修行者の聖地とも仰がれる御神体山の高峰である。
遠くは九州九重連山から伯耆大山まで見渡す事が出来る西日本屈指の行場は、
今も夏の御神事の折には、女人禁制を貫いている。
長い岩肌の鎖行場が三カ所もあり、
修験道の行場としての様相を現代にも色濃く残している貴重な御山である。

天狗岳の由来について神晃講 講祖 祥月命の修行実践逸話を挙げておきたい。
天狗は空を飛び修行をする事等逸話として有名であるが、
各地に伝わる天狗伝説は風をよみ空を飛ぶ事を得意とした民族、即ち天宮(てんぐう)族を意味している。
カラス天狗などの伝説が残る山々は、大陸からの精霊信仰と山岳修行等の影響を色濃く残している。
出雲には天宮山と言う神山が現存しており、天宮〜天狗信仰の由来に準える事が出来る。
私たち日本人は、あらゆる古代文化の集積を残して受け継ぐ霊継文明の宿命を宿した民である!
制空権を制した古代天宮族の威光にあやかり、
良い時代の幕開けを空から眺め、世を立て直す明案を頂きたいと欲するものである。



11月参拝行事

高千穂各社参拝


高千穂は、天津神天孫ニニギノ命の降り立った峰を意味する天津神話の諸元発祥地である。
今では、高千穂の峰は大分霧島神社の「霊峰逆鉾の峰」と宮崎の高千穂峡にある
「二上」「三ケ所」「くしふる」の各峰が、初元高千穂の峰であったと伝わっており、
古代の神祭りが密集している高千穂は、正に神の国『筑紫の日向の国』である。
祝詞にある神々の今も住まわれる故郷とも言える自然の里でもある。
国開きの大願を成就なさしめるべく、我が国体と固有民族の安泰を願う西の聖地で祈りを捧げましょう!
平和の体現は祈りから成る!



12月参拝行事

金刀比羅宮参拝


師走に入り、勤労と苦労の狭間を生きながらも、天命と意義を持つ者は幸福である!
本年度の御働きの集大成として、地神の主催神である『大己貴』の御働きを現す讃岐の国、
金刀比羅宮に人民の生業を助けて、国の発展を司る神様を拝する国治めの師走参拝行事がやって参りました。
本来の勤労とは、神自然の元で『足らず無く過ぎずして、健やか成る暮らし振りを体現する』総民族の国体にあります。
動物の首長として人間の動く事、『仕事』に偽りがないか、師走にあえて走らず考える時を持ちながら、
新年を迎える静かな心構えを養いましょう。

地神曰く天に宣う、

『労働多く過ぐれば自己の本分を失い迷妄する。
静粛心にして時として動かざれば自生の本義を得たり』

とて…
修行者として、人間として、心したいものであります。



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