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*God bless the child ◆q4eJ67HsvU  祈りの内容は、いつも同じ。 (――世界が、平和でありますように)  孤児院から引き取られて聖・少・女としての使命を帯びるようになってからも。  ここアーカムで再び孤児の役割(ロール)を得て、聖杯戦争のマスターとして暮らすようになってからも。  ただひとつの願いは、ジャンヌにとって不変のものだった。  フレンチ・ヒルの孤児院の一日は、神へと捧げる祈りの時間から始まる。  教会によって運営されている孤児院ならではの宗教的意義だけでなく、子供達の自律精神を育てることも見込んだこの習慣は、  まだ12年にも満たない人生の大半を信仰へと費やしているアイアンメイデン・ジャンヌにとっては、自然の営みそのものに思える。  他の子供たちが寝ぼけ眼をこすりながら形ばかり手を組んでいるのに目もくれず、ジャンヌはただ一心に祈る。  お祈りの時間が済んだら、朝食だ。  フレンチ・ヒルは古い家柄の住民が多く、そこで古くから人々の信仰を支える教会もまた相応の歴史を重ねている。  寄付金は潤沢といってよく、孤児院の経営に支障を来たすことなどありそうもないが、教育方針の関係で食事の内容は質素なものだ。  もっともジャンヌはそれに不満はない。質素倹約もまた、信仰に生きる者にとっては大切なことだ。  贅沢は人の心を肥え太らせる。肥満した心は更なる傲慢を呼び、その心はいずれ『悪』として断ぜられる。  悪は、己の在り方が呼び込むものなのだ。  簡素な食事を済ませると、次は勉強の時間。  ジャンヌを含む孤児院の子供達の大半は、アーカム市内の学校へは通っていない。  アメリカでは義務教育課程においてもホームスクールが合法であり、宗教的理由で教会関係者が教育を行うこともある。この孤児院はまさにそれだった。  基本的には一般的なエレメンタリー・スクールで学ぶ内容に加えて、神学の初歩の初歩を学んでいる。  ジャンヌは決して頭の悪い子供ではない。むしろ、年齢不相応といっていいほどの聡明さをもった少女である。  ならば勉強もその能力相応に出来るかというと……悲しいかな、必ずしもそうとは言い切れない。  そもそもちゃんとした学校に通った経験がないのだ。受けてきた教育も、X-LAWSのリーダーとして立つための、言ってしまえば歪んだものである。  この日もジャンヌは慣れない問題に四苦八苦しながら――ふと、こんなことをしていいのだろうかと思いを巡らせた。 (既に聖杯戦争は始まっている。先生方が話していらした連続衰弱死事件も、恐らくはサーヴァントの仕業なのでしょう。  本来ならば市中に潜む敵マスターを探し出すか、あるいは来たるべき時に備えて巫力を高めるべきなのでしょうが……)  改めて思う。『孤児院の子供』という役割(ロール)は、あまりにも制約が多い。  一日のスケジュールが定められていて、休日でもなければ自由に出歩けそうにない。  夜になれば大人たちの目を誤魔化して抜け出すことも出来るのだろうが、少なくとも日中は正規の手段では難しそうだ。  もちろん強引な手を使えば可能だろう。しかし噂が立てば、最悪こちらがマスターであることまで推測されかねない。   (こういう時に、サーヴァントと役割を分担するのが正しい聖杯戦争の戦い方なのでしょうが……。  あのライダーに頼るのは、危険すぎる。出来ることは、自分自身でしなければ)  アイアンメイデン・ジャンヌは、己のサーヴァントであるライダー――“神(ゴッド)・エネル”を信頼していない。  傲岸不遜。唯我独尊。  畏れ多くも神を僭称し、その偽りの威光の元にあらゆる暴虐を是とする男。  仮に敵味方に分かれていれば、ジャンヌは彼に聖なる裁きを下すことに躊躇いはない。  しかし今は事情が異なる。このアーカムに集うサーヴァント達がいずれも人類史の超常存在ならば、こちらもサーヴァント無しでは戦い抜けない。  たとえジャンヌが神クラスと呼ばれたシャーマンであり、全力ならば法神シャマシュがサーヴァントに通用しうる可能性があるとしてもだ。  認めざるを得ないが、ライダー・エネルは強い。  そもそも「信仰だけをもって神性スキルを得た」というのがまず破格以外の何物でもない。   そしてその神性の拠りどころとなっているであろう、雷そのものを体現する宝具。  常時発動型宝具ゆえの異常な魔力消費を除けば、このアーカムにおいても最上位の一角に位置する英霊だろう。  しかし。それと命を預けるに値する相手かどうかは、別問題だ。 『……ライダー。私が表立って行動していない間、勝手はしていないでしょうね?』 『勝手? ヤハハ、これは異なことを言う。勝手を許したくばもう一画の令呪をもって我が戒めを解くのだな』  念のためにライダーへと念話を送るが、返事は予想通りのもの。  当然ながら「何かした」などと言うはずはない。分かっていたことだ。  しかし、ライダーの異常な魔力消費は、逆に言えば派手に行動すればそれが即座にジャンヌにも伝わるということ。  恐らく、嘘はついていない。恐らくは、だが。 『街へは出たのでしょう? 何か感じたことがあれば、教えていただきたいのですが』 『つまらん。私が生きた時代よりも遥かに技術が進歩しているというから期待していたのだが、人間どもは未だに『神』を克服していない。  いかに科学とやらを信奉しようと、結局のところ自然の暴威を前にしては震えるしか出来んのだ。幾年経とうが人は人だな』  口ではつまらないと言いながら、エネルは何処か愉快そうな様子であった。 『……聞きたいのは、そのようなことではありません』 『ヤハハハ、お堅い娘だ。分かっている、聖杯戦争についてだろう? 既に我が“心網(マントラ)”はサーヴァント共の気配を捉えている。  相手が霊体化している間はどうやら気配感知の効率も落ちるようだが……実体化すれば、誰より早く探り当てよう』  聖杯戦争のための下準備は自分の意思で勝手に進めている、ということか。  ライダーの有する心網スキルは、周囲の人間の心の声を聞くことにより、同ランクの心眼および気配感知と同等の効果を発揮する強力なものだ。  サーヴァントの出現を誰より早く察知できるというのも恐らく嘘ではないだろう。  それに近距離ならば、アサシンの気配遮断スキルを破ることすら可能かもしれない。  やはり優秀なサーヴァントだ……それゆえにタチが悪い。 『分かりました。何か異変があればすぐに報告を』 『何を言ってる、我は神なるぞ。神が何を為すかなど、それこそ神のみぞ知るというやつだ』 『ライダー……!』 『ヤハハ、まあいい。それなりには期待に応えてやろう』  ため息と共に念話を打ち切る。  信頼関係どころではない……こちらが向こうを信頼していないのと同様、向こうもこちらを軽んじている。  ただ互いが互いにとって有益であるということだけによって成り立つ、薄っぺらい関係。  この状態で聖杯戦争を戦い抜くには、いったいどうしたら――。 「……ジャンヌ。あなたが夢見がちな性格なのはよく知っていますが、せめて授業中は勉学に集中なさい」  教師の一言で我に返ったジャンヌは、いつの間にか授業そっちのけで思案に耽っていたことに気付き、子供達の笑い声を浴びて赤面した。                    ▼  ▼  ▼  授業の終わりと教師からの軽い説教を経て、休み時間。  孤児院の廊下を歩いていたジャンヌは、突き当たりの守衛室の前で見覚えのある二人の人影が職員と話しているのを見かけた。  ひとりは壮年の紳士然とした人物で、この孤児院にも少なからぬ寄付をしている人格者と聞いている。  そしてもうひとりの、ジャンヌよりも少しだけ背の高い少女は、彼に引き取られたこの孤児院の出身者で―― 「――――ローズマリー!!」  思わず、駆け出していた。  はしたないと知りながらも、驚いた顔を見せた金髪碧眼の少女へと走り寄り、その胸元へと飛び込む。 「ジャンヌ! 久しぶりね、元気だった?」 「ええ、ローズマリーこそお元気そう。おじ様が良くしてくださっているのですね」  そういってジャンヌが微笑むと、隣のローズマリーの父が余裕のある笑みで応えた。 「今日はスクールが休校になってね。ローズマリーが孤児院に帰りたいと聞かないから、連れて来たのだよ」 「ごめんなさい、お父様。でも来て良かったわ、だってジャンヌに会えたんですもの」  屈託のないローズマリーの言葉に、ジャンヌははにかんだ。  ローズマリーはジャンヌよりも1つか2つ年上の孤児で、しばらく前にフレンチヒルの名家に引き取られたと『記憶している』。  なんでも生き別れの親子だったという話だが、ジャンヌにとってそれはアーカムに辿り着く前の『記憶』であり、詳しい事情は知らなかった。  しかしジャンヌにとっては姉代わりの少女であるという実感は確かにあり、その感覚がジャンヌを柄にもなく高揚させていた。  ……思えば、アイアンメイデン・ジャンヌはこれまでの人生で『友人』とか『家族』というものに縁がなかった。  孤児院にいた頃は孤独だったし、X-LAWSに引き取られて以降は同年代の子供と触れ合う機会すらなかったのだ。  マルコをはじめX-LAWSのメンバーは自分に良くしてくれたが、それはあくまで聖・少・女へと向けられた情であり、ジャンヌという少・女へのものではない。  ジャンヌ自身もそのような繋がりは自分の使命には無縁だと、顧みることすらしなかった。  しかし、こうして『普通の生活』をしてみて、初めて思う。  この暖かい気持ち……友人であり家族でもある、このローズマリーへの気持ち。  これはこの世全ての悪とは対極にある、善なる感情なのだろうと。 (……家族。私に兄を殺された彼にとって、その暖かさは二度と……)  自分の『死』の瞬間に聞いた復讐者アナホルの憤怒の声を、努めて頭から振り払う。  今のジャンヌは聖杯戦争のマスター。世界平和の願いのために戦う身で、これ以上後悔による迷いで足を止めてはいけない。  何より、せっかく会いに来てくれたローズマリーに、暗い顔は見せたくなかった。 「それで、ローズマリーはこれからどうなさるのですか?」 「今日はこれから、お父様たちと川向こうへお出かけする予定だったの」 「……そうなのですか」  顔を出しに来ただけで孤児院に留まってくれるわけではないと知り、遊んでいる場合ではないと自覚しつつもジャンヌの声が沈む。  それだけでジャンヌの気持ちを察したのか、ローズマリーが大げさに手を打った。 「……そうだわ、お父様! ジャンヌも一緒に連れて行ってはいけない?」  驚くジャンヌと、孤児院の先生が許しはしまいと難しい顔をする父。  だがローズマリーが重ねてねだると、渋々といった感じではあるものの、紳士は先生の説得を約束してくれた。 「今アーカムは物騒だって心配かもしれないけれど、大丈夫よジャンヌ。私には頼りになるお友達がたくさんいるもの」  そういって、建物の外に視線を向けるローズマリー。  つられてジャンヌも外を見る。そこには十人ほどの男女が、不動の姿勢で待機していた。  ローズマリーの家の使用人だろうか。それにしてはそれぞれの持つ雰囲気はばらばらで、どことなく統一感に欠ける。  あえて共通点を探すなら、みな胸に鳥の翼を模したような印章を着けていることだろうか。  しかしそんなばらばらな者たちは、ひとつの糸で繋がっているかのように統率されていた。 「あの方たちが、ローズマリーのお友達、ですか?」 「そうよ。みんな、とっても私に良くしてくれるの。私が言えば、ジャンヌにも親切にしてくれるわ」 「…………?」  どこか釈然としないものを感じるが、その違和感の出所が分からずにジャンヌは戸惑った。  ジャンヌは超一流の魔術師、神クラスのシャーマンである。魔術や霊による違和感ならばその原因に気付くことも出来る。  だが彼らの持つ「それ」はただの人間の持つごくごく僅かな不協和音のようなもの。  考えれば考えるほど、気のせいだったように思えてくる。  きっとローズマリーの父親が雇った人達なのだろう。ジャンヌは最終的にそう結論付けた。  先生のところへ話をしにいく紳士の背中を見送り、思いがけない幸運にまた少しだけ明るい気持ちに戻りかけ、 『……フン、お出かけではしゃぐとは。我がマスターは暢気なものだ』 『……ライダー。聞いていたのですか』 『私の“心網”は宝具能力と併用すれば会話も聞けると言っただろう』  他ならぬ己のサーヴァントに冷や水を浴びせられた。  思わず浮かれていたのは事実ではあるので決まりは悪いが、しかしジャンヌも何も遊びに行けることを喜んでいたわけではない。 『外出する口実が出来そうです。ローズマリー達と一緒なのであまり勝手は出来ませんが』 『川向こうとか言っていたな。ならばノースサイドかダウンタウンか。運がよければ他の連中との接触もあり得るか』 『ええ。事件の影響でしばらくは孤児院に軟禁かと思っていましたが、これで街の状況もこの目で見られます』 『物見遊山のついでに、な。ヤハハ、好きにしろ。土産はいらんぞ』  誰が貴方なんかに、と伝えそうになる思考を掻き消し、念話を切ってローズマリーに向き直る。 「ありがとうございますローズマリー、私、お出かけなんて本当に久しぶりで……」 「そうだろうと思ったわ。実は、私あなたのための新しいお洋服も持ってきたの」 「まあ!」  ローズマリーの『友達』の一人からフリルのたくさんついたワンピースを受け取り、ジャンヌは思わず微笑んだ。  聖杯戦争のマスターたる魔術師としてではなく、この瞬間だけは歳相応の少女のように。                     ▼  ▼  ▼ 『……間違いないのね、グリフィス様?』 『ええ。私は探知に長けた英霊ではありませんが、しかしあれだけ強力な神秘ならばどんなサーヴァントにでも分かる。  あの少女は“神霊クラス”の何らかの加護を受けています。サーヴァントではない、別の何か特別な存在の』 『そう……あのジャンヌが……』  新しい洋服を抱えて嬉しそうに駆けてゆくジャンヌの背中を目で追いながら、ローズマリーは呟いた。  念話で彼女のサーヴァント――セイバー“グリフィス”と交わす言葉の色は、先程までの優しい妹想いの少女のものではない。  声だけでなくその視線もまた、昏く鈍い闇の色をもって遠ざかるジャンヌを見つめていた。 『つまり……ジャンヌは特別なのね。神様に愛されているのね?』 『恐らくは。加護という概念が愛によるものと解釈するなら、ですが』 『そんなのはどっちでもいいわ。……ふうん、そう。このアーカムでも、特別なのは私ではないのね』  喩えるならば冬の木枯らしのような、暖かさも鮮やかさも持たない言葉。  運命に選ばれた者を……自分には与えられなかった恩寵を持つ者を、ローズマリーは呪う。  彼女、ローズマリーに割り当てられた役割(ロール)は、実をいうとジャンヌと同じ『孤児院の子供』に過ぎない。  生き別れの父親ということになっているあの男は、グリフィスがそのカリスマをもって味方に引き込んだだけの資産家だ。  喩えるならば、魔性。グリフィスの魅力は、悪魔すら味方につける呪いの域。  男に、表向きは実の娘としてローズマリーを引き取らせるまでに、そう長い時間は掛からなかった。  まずは社会的地位。そして経済基盤、あるいは人脈。  最初の一手でそれらを手にしたローズマリーは、現在アーカムにおいて『フレンチヒルの名家の娘』ということになっている。  だが、それらは偽りのステータスだ。はじめからローズマリーが持っていたものではない。  ローズマリーは聖杯によってすら、選ばれた者としての地位を与えられてはいない。  惨めな孤児、ローズマリー。  元の世界で親友だと思っていたナージャが、運命に選ばれたプリンセスとしてローズマリーに現実を見せつけたように。  このアーカムにおいては、家族のように可愛がっていたジャンヌこそが選ばれたもので、自分はまたしても裏切られるのか。 (……ふふ、うふふふふ)  乾いた笑いが漏れる。  その笑いには数多の感情が混ざり合っていた――嫉妬、羨望、諦観、自嘲、憤怒、あるいは……敵意。  ローズマリーは笑う。笑いながら、算段を立てる。   (ようやく分かったわ、可愛いジャンヌ。お人形さんみたいに白い肌で、レースのカーテンみたいに綺麗な銀色の髪で。  夢見がちで、純粋で、真っ直ぐで、穢れのない宝石みたいな心のあなたが……私、ずぅっと大っ嫌いだったの)  ドス黒い怨念が溢れ出す。  たかだか13歳ほどの少女には似つかわしくないほどの、鬱屈した情念が。  そしてその情念を制御しきれる事こそが、ローズマリーという少女の脅威である。  冷酷さ、残忍さ、そういったものは全て、少女の仮面のもとにひた隠すのだ。 (だからね、ジャンヌ。あなたは餌よ。私があなたを、サーヴァント達の狩場に連れ出してあげる。  神様に愛されたあなたは、他のサーヴァントの格好の獲物。そして私たちにとっては格好の罠。  サメの群れに放り込まれたアザラシみたいに、あなたの白い肌がずたずたに引き裂かれたその時……  私の王子様と、王子様の『鷹の団』が、おびき出された敵を見つけ出すわ……!)  神に愛されているなら利用する。自分を慕っているなら使い潰す。  躊躇はない。はじめから恵まれた者などにな、決して夢の邪魔はさせない。  ローズマリーの夢は、いつも剥き出しの傷口のようなもの。  しかし誰かが近付けば、それは容赦無いナイフに変わる。 (私は、私のお城を手に入れる。あなたはその石垣に埋めてあげるわ、ジャンヌ!)  無邪気な少女の仮面の裏で、漆黒の敵意が牙を向こうとしている。                     ▼  ▼  ▼ 『それでは、王子様。あらかじめ決めた方針に変更はないわ』 『心得ました、我らがプリンセス。鷹の団の団員たちにはその通り指示を出しましょう』 『あのジャンヌは好きに囮に使ってちょうだい。別に死んだって構わないわ』 『御意に』  霊体化したまま、グリフィスは主に向かって頭を垂れた。 『万が一ですが、彼女がマスターである可能性もあります。仮にそうだとしてもサーヴァントは近くにはいないようですが』 『ジャンヌが?』 『はい。もしそうならば例の神霊クラスの加護も、魔術的な守護霊の類であると解釈が出来るかと』 『あら怖い。それじゃ、絶対にジャンヌの前ではボロを出さないようにしないとね?』  他の誰にも見えないように冷酷な笑みを浮かべるローズマリーを、グリフィスは大したものだと冷静に値踏みした。  あの歳であの頭の回転と演技力、そして躊躇なく他人を蹴落とす残忍さ。  年齢を重ねればなかなかの傑物へと成長するかもしれない。  この聖杯戦争の先に彼女の未来があれば、だが。 『もちろんそうと決まったわけではありません。どちらにせよ、囮として有用なのは間違いありますまい』 『おびき出す役割を果たせばよし、もしもサーヴァント連れなら私達の代わりに敵を倒してくれればもっとよし』 『はい。上手く利用できるのならば、プリンセスにとって有益な存在となりましょう』 『簡単よ。あの子ったら、世間知らずで泣き虫で、人の心を疑ったことがなさそうだもの。私には、勝てない』  自身を見せるプリンセスに「油断だけはなさらぬよう」と釘を差し、グリフィスはその場を離れる。  それから人目の付かない場所で実体化し、『鷹の団』団員に指示を飛ばした。  伝える内容とは言うまでもなく、これからローズマリーとグリフィスが川向こうへと出向く本来の目的についてである。  何も遊びに行くのでもなければ、逢引でもない。後者かと聞かれればローズマリーは頬を染めたかも知れないが。  その理由は、彼の持つ特殊な宝具にあった。  グリフィスの宝具『鷹の団』は、少なくとも表向きは「団員の称号を与える」だけの宝具である。  特に魔力的な何かを付与するわけではない。ただ「鷹の団」という名を冠することを許すだけ。  ただそれだけの、それだけ聞けばどうしようもなく使い道のない宝具。  しかし、名は体を表すという言葉があるが、名はまた体をも形作るものだ。  グリフィスの魔的なカリスマに引き込まれた者にとって、「団員として認められる」ということは特別な意味を持つ。  名とは線。「鷹の団」の名を得ることは、線を踏み越えることを許されること。  魔性のセイバー、グリフィスに忠誠を誓うことが許されるということ。  それが宝具『鷹の団』の本質のひとつ。「認められた仲間である」という団員の自覚は、団長であるグリフィスのカリスマを増幅させる。  魔術的な強制力は一切ない。しかしその自覚だけで、団員は命すら投げ出しうる兵となる。  とはいえ、いくら数を揃えたところで個々の団員は非力なアーカム市民に過ぎない。  それぞれの手に武器を持たせればマシとはいえ、アーカムで日常的に手に入るものなどそれこそ包丁などの刃物がいいところだ。  グリフィスが生きた時代の一揆ならばいざ知らず、このアーカムにおいては時代錯誤も甚だしい。  それなら、銃はどうか。  確かに銃器ならば、数を揃えれば敵マスターが魔術師だろうと十分な脅威となるだろう。  しかしアーカムで銃を入手する方法はかなり限られている。  一丁二丁ならばともかく、数十丁を裏ルートで調達しようものならどうしても足が付いてしまう。  ならばどうするか。  グリフィスが出した結論は、至極明確だった。 (武器が手に入りにくいのならば、初めから持っている者を味方につければいい)  この架空都市アーカムにおいて、銃器の所有には特殊なライセンスが必要となる。  しかし職業柄、そのライセンスを確実に所得している者もいる。  言葉にすれば簡単なことだ。丸腰の者に銃を与えるのではなく、銃を使い手ごと手に入れるという発想。 (――聖杯戦争の足掛かりとして、まず我らが『鷹の団』は『アーカム市警』を傘下に収めるべく動く……!)    警察組織。本来ならばこのアーカムの治安を維持する、秩序を司るシステム。  それの一部、あるいは大半を手中にすればどうなるか。  グリフィスに仇なす者は、アーカムという都市全体を敵に回すこととなる。    サーヴァントは人類史に名を刻む超常存在。頭数だけでどうにかできるほど生温いものではない。  グリフィスは剣術の天才だが、あくまでも人としての極限。その上をいく神域の使い手相手に勝ち続けられるはずもない。  だがマスターは、たとえ魔術師だろうとも命ある存在。  いかなる魔術で守ろうとも、いかなる礼装で防ごうとも、死ぬ時は死ぬ。  名を与えるだけであるがゆえに魔術的手段では決して探知されない『鷹の団』ならば、追い詰められる。  この『街』そのものが、鷹の『翼』となるのであれば。 (無論、それだけで終わらせるつもりもないが)  首から下げた真紅のペンダント――歪な瞼の付いた「覇王の卵」を握り、グリフィスは薄く笑った。  ローズマリーの方へ陰から目をやると、新しい洋服に着替え終わったジャンヌが心なしか上気した様子で戻ってきたようだ。  時を同じくしてローズマリーの父親役の「団員」も、孤児院職員の説得を終えて帰ってきた。  フレンチヒルから市街地までは若干の距離があるが、車で移動すればそこまで掛かるまい。 (ここからはあなたの駆け引きの番だ。期待しましょう、我らがプリンセス・ローズマリー)  そう胸の内だけでひとりごち、魔性のセイバー・グリフィスは再び霊体化した。 【フレンチ・ヒル(孤児院)/1日目 早朝】 【ローズマリー・アップルフィールド@明日のナージャ】 [状態]健康 [精神]正常 [装備]なし [道具]なし [所持金]裕福 [思考・状況] 基本行動方針:打算と演技で他のマスターを出し抜く 1.市北部へ向かう(第一目的地はダウンタウンのアーカム警察署) 2.ジャンヌに対しては親身に接し、餌として利用する。 [備考]  ※10人前後の『鷹の団』団員と行動を共にしています。   その中にはローズマリー自身の父親役も含まれています。 【グリフィス@ベルセルク】 [状態]健康 [精神]正常 [装備]サーベル [道具]『深紅に染まった卵は戻らない(ベヘリット)』 [所持金]実体化して行動するに十分な金額 [思考・状況] 基本行動方針:――ただ、その時を待つ。 1.霊体化してローズマリーに随行。 2.鷹の団の団員を増やす。最優先はアーカム市警、ついで市の有力者。 3.ジャンヌは餌として利用する一方、マスターである可能性を警戒。 [備考]                     ▼  ▼  ▼ 「――ヤハハハ、さっそく一人。よりにもよって孤児院に潜り込んでいたか、サーヴァントめ」  ジャンヌ達のいる孤児院から数百メートル離れた高級邸宅地の一角。  そこに植えられた背の高い木の頂点にしゃがみ込むようにしながら、エネルは一人笑い声を上げた。 「我が心網(マントラ)は心の声を聞く……完全な読心ではないが、しかし心がある以上逃れられん。  迂闊に実体化したか、間抜けめ。さて、こちらも堂々と正面から乗り込んでやってもいいが――」  エネルは耳をそばだてた。  心網スキルは広範囲の「心の声」を探知することが出来るが、意識を集中させればより詳細な情報を探ることも可能である。  一時だけ実体化したサーヴァントの、気配が存在した場所を中心にして人間達の意識を感知していく。  サーヴァントがいるならばマスターもいるかもしれない、そう思っての行動だったが。 「……妙だな。意識がやけに統率された連中が紛れ込んでいる。なんなのだ、こいつらは」  僅かに眉を顰める。  通常、心網で捕捉する「声」は個人を特定できるほどにそれぞれの人間固有のものだ。  だが、あの孤児院には――別々の人間なのにも関わらず、奇妙なほどに「心が同じ方向を向いている」者達がいる。  洗脳か暗示の類か。エネルはそう考え、すぐに自ら否定した。 「あの聖・少・女とて無能ではない。魔術ならば自ら見破るだろう。そうでないなら、別の要因によるもの……」  虚空に頬杖をつきながら、エネルは思案した。  何の仕掛けもないのに狂的な統率を見せる一団。その中心にいるであろうサーヴァント。  そして今まさにその渦中に巻き込まれようとしているであろう己がマスター、アイアンメイデン・ジャンヌ。  正体不明の脅威が、エネルのマスターに迫る―― 「……ヤハハハハ、なかなか興が乗ってきたぞ。なるほど、これは種明かしも聞かずに殺してしまってはつまらん」  火花が散る音。  その次の瞬間には、エネルは百メートルを瞬きひとつで移動して別の屋敷の屋根に寝そべっていた。 「この聖杯戦争も所詮は『神の余興』……道化どもには愉快な踊りを見せてもらわねば、召喚された甲斐がないというもの。  そしてあの聖・少・女がいかにして状況を切り抜けるか、それを眺めて楽しむのも悪くない。ヤハハハハ」  当然飽きたら道化は殺すがな、と付け加え、エネルは再び雷速で跳躍した。  所詮は戯れとはいえ、あのアイアンメイデン・ジャンヌは得難いマスターであり死なれては困る。  自分を運用しうるマスターとして、ジャンヌ以上の才能は容易く見つからないであろうことは、エネルも自覚している。  だから、本当に死にそうになったら助けてやろう。あるいは気が向いたら。神のみぞ知る。いい言葉だ。 『――ライダー?』 『どうした、マスター』 『これから、ローズマリー達の車に同乗して市の北部へ向かいます。すぐに駆けつけられる距離を取って付いてきてください』 『了解した。なに、どれだけ離れようが一度捕捉した声を聞き逃したりはせん』 『………………?』 『どうした、私が素直だと具合が悪いか?』  念話を通じてすら戸惑いが感じられるマスターの様子を、エネルはせせら笑った。  協力してやるのではない。『戯れ』だ。『神のゲーム』において、駒は動いてくれたほうが面白いというだけだ。 『いいでしょう。それと、念のための確認です。私の周辺に、何か不審はありませんでしたか?』 『――無いな。有象無象ががやがやと、ろくでもないことを考えているだけだ』 『信じていいのですね?』 『神を信じるか信じないのかは、神を見上げる人間が決めることだ』  当然エネルは知っている。サーヴァントの存在、不審な集団、そしてあるいは、法神シャマシュの異常な気配。  神クラスの霊を連れ回すことに無自覚なのか、覚悟の上か……恐らくは後者だろうが、忠告はしない。  おびき寄せられて、他のサーヴァントがのこのこ出てくれば好都合。  傍観するも良し、興が乗ったら神の名において気まぐれに裁いてやっても面白かろう。 『まあいい、お前は外出を楽しむがいい。心の動きが手に取るように分かるぞ、嬉しいのだろう?』 『な、何を馬鹿なことを! これは聖杯戦争の実情の視察を兼ねた……』 『ヤハハ、神クラスのシャーマンも一皮剥けば子供か。浮かれて足元を掬われるなよ』  エネルは考える。  アイアンメイデン・ジャンヌは、人生経験が歪過ぎる。  悪を裁くために育てられた聖女は、あまりにも普通の生活を知らなさすぎる。  かつてはそれゆえに完全なる断罪装置として機能していた彼女だが、人の心に触れた今はその無垢さが隙となる。  もっとも、エネルにとってはいいハンデだ。付け入る隙に漬け込む者を、更なる力で捻じ伏せるのも悪くない。 (聖・少・女と呼ばれる者なら、神のために役立ってみせろ。くれぐれも退屈させてくれるなよ)  再びの放電音と共に、神を名乗る男の姿はフレンチヒルから消えた。 【フレンチ・ヒル(孤児院)/1日目 早朝】 【アイアンメイデン・ジャンヌ@シャーマンキング】 [状態]健康 [精神]正常 [令呪]残り2画 [装備]持霊(シャマシュ) [道具]オーバーソウル媒介(アイアンメイデン顔面部、ネジ等) [所持金]ほとんど持っていない [思考・状況] 基本行動方針:まずは情報収集。 1.ローズマリー達と共に市北部へ向かう。 2.エネルを警戒。必要ならば令呪の使用も辞さない。 [備考]  ※エネルとは長距離の念話が可能です。  ※持霊シャマシュの霊格の高さゆえ、サーヴァントにはある程度近付かれれば捕捉される可能性があります。 【フレンチ・ヒル(高級邸宅地)/1日目 早朝】 【ライダー(エネル)@ONE PIECE】 [状態]健康 [精神]正常 [装備]「のの様棒」 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を大いに楽しみ、勝利する 1.ジャンヌとは距離を取り、敵が現れた場合は気が向いたら戦う 2.「心網(マントラ)」により情報収集(全てをジャンヌに伝えるつもりはない) 3.謎の集団(『鷹の団』)のからくりに興味 [備考] ※令呪によって「聖杯戦争と無関係な人間の殺傷」が禁じられています。 |BACK||NEXT| |005:[[アーカム喰種[日々]]]|投下順|007:[[接触]]| |005:[[アーカム喰種[日々]]]|時系列順|007:[[接触]]| |OP:[[運命の呼び声~Call of Fate~]]|[[ローズマリー・アップルフィールド]]&セイバー([[グリフィス]])|:[[ ]]| |~|[[アイアンメイデン・ジャンヌ]]&ライダー([[エネル]])|:[[ ]]|
*God bless the child ◆q4eJ67HsvU  祈りの内容は、いつも同じ。 (――世界が、平和でありますように)  孤児院から引き取られて聖・少・女としての使命を帯びるようになってからも。  ここアーカムで再び孤児の役割(ロール)を得て、聖杯戦争のマスターとして暮らすようになってからも。  ただひとつの願いは、ジャンヌにとって不変のものだった。  フレンチ・ヒルの孤児院の一日は、神へと捧げる祈りの時間から始まる。  教会によって運営されている孤児院ならではの宗教的意義だけでなく、子供達の自律精神を育てることも見込んだこの習慣は、  まだ12年にも満たない人生の大半を信仰へと費やしているアイアンメイデン・ジャンヌにとっては、自然の営みそのものに思える。  他の子供たちが寝ぼけ眼をこすりながら形ばかり手を組んでいるのに目もくれず、ジャンヌはただ一心に祈る。  お祈りの時間が済んだら、朝食だ。  フレンチ・ヒルは古い家柄の住民が多く、そこで古くから人々の信仰を支える教会もまた相応の歴史を重ねている。  寄付金は潤沢といってよく、孤児院の経営に支障を来たすことなどありそうもないが、教育方針の関係で食事の内容は質素なものだ。  もっともジャンヌはそれに不満はない。質素倹約もまた、信仰に生きる者にとっては大切なことだ。  贅沢は人の心を肥え太らせる。肥満した心は更なる傲慢を呼び、その心はいずれ『悪』として断ぜられる。  悪は、己の在り方が呼び込むものなのだ。  簡素な食事を済ませると、次は勉強の時間。  ジャンヌを含む孤児院の子供達の大半は、アーカム市内の学校へは通っていない。  アメリカでは義務教育課程においてもホームスクールが合法であり、宗教的理由で教会関係者が教育を行うこともある。この孤児院はまさにそれだった。  基本的には一般的なエレメンタリー・スクールで学ぶ内容に加えて、神学の初歩の初歩を学んでいる。  ジャンヌは決して頭の悪い子供ではない。むしろ、年齢不相応といっていいほどの聡明さをもった少女である。  ならば勉強もその能力相応に出来るかというと……悲しいかな、必ずしもそうとは言い切れない。  そもそもちゃんとした学校に通った経験がないのだ。受けてきた教育も、X-LAWSのリーダーとして立つための、言ってしまえば歪んだものである。  この日もジャンヌは慣れない問題に四苦八苦しながら――ふと、こんなことをしていいのだろうかと思いを巡らせた。 (既に聖杯戦争は始まっている。先生方が話していらした連続衰弱死事件も、恐らくはサーヴァントの仕業なのでしょう。  本来ならば市中に潜む敵マスターを探し出すか、あるいは来たるべき時に備えて巫力を高めるべきなのでしょうが……)  改めて思う。『孤児院の子供』という役割(ロール)は、あまりにも制約が多い。  一日のスケジュールが定められていて、休日でもなければ自由に出歩けそうにない。  夜になれば大人たちの目を誤魔化して抜け出すことも出来るのだろうが、少なくとも日中は正規の手段では難しそうだ。  もちろん強引な手を使えば可能だろう。しかし噂が立てば、最悪こちらがマスターであることまで推測されかねない。   (こういう時に、サーヴァントと役割を分担するのが正しい聖杯戦争の戦い方なのでしょうが……。  あのライダーに頼るのは、危険すぎる。出来ることは、自分自身でしなければ)  アイアンメイデン・ジャンヌは、己のサーヴァントであるライダー――“神(ゴッド)・エネル”を信頼していない。  傲岸不遜。唯我独尊。  畏れ多くも神を僭称し、その偽りの威光の元にあらゆる暴虐を是とする男。  仮に敵味方に分かれていれば、ジャンヌは彼に聖なる裁きを下すことに躊躇いはない。  しかし今は事情が異なる。このアーカムに集うサーヴァント達がいずれも人類史の超常存在ならば、こちらもサーヴァント無しでは戦い抜けない。  たとえジャンヌが神クラスと呼ばれたシャーマンであり、全力ならば法神シャマシュがサーヴァントに通用しうる可能性があるとしてもだ。  認めざるを得ないが、ライダー・エネルは強い。  そもそも「信仰だけをもって神性スキルを得た」というのがまず破格以外の何物でもない。   そしてその神性の拠りどころとなっているであろう、雷そのものを体現する宝具。  常時発動型宝具ゆえの異常な魔力消費を除けば、このアーカムにおいても最上位の一角に位置する英霊だろう。  しかし。それと命を預けるに値する相手かどうかは、別問題だ。 『……ライダー。私が表立って行動していない間、勝手はしていないでしょうね?』 『勝手? ヤハハ、これは異なことを言う。勝手を許したくばもう一画の令呪をもって我が戒めを解くのだな』  念のためにライダーへと念話を送るが、返事は予想通りのもの。  当然ながら「何かした」などと言うはずはない。分かっていたことだ。  しかし、ライダーの異常な魔力消費は、逆に言えば派手に行動すればそれが即座にジャンヌにも伝わるということ。  恐らく、嘘はついていない。恐らくは、だが。 『街へは出たのでしょう? 何か感じたことがあれば、教えていただきたいのですが』 『つまらん。私が生きた時代よりも遥かに技術が進歩しているというから期待していたのだが、人間どもは未だに『神』を克服していない。  いかに科学とやらを信奉しようと、結局のところ自然の暴威を前にしては震えるしか出来んのだ。幾年経とうが人は人だな』  口ではつまらないと言いながら、エネルは何処か愉快そうな様子であった。 『……聞きたいのは、そのようなことではありません』 『ヤハハハ、お堅い娘だ。分かっている、聖杯戦争についてだろう? 既に我が“心網(マントラ)”はサーヴァント共の気配を捉えている。  相手が霊体化している間はどうやら気配感知の効率も落ちるようだが……実体化すれば、誰より早く探り当てよう』  聖杯戦争のための下準備は自分の意思で勝手に進めている、ということか。  ライダーの有する心網スキルは、周囲の人間の心の声を聞くことにより、同ランクの心眼および気配感知と同等の効果を発揮する強力なものだ。  サーヴァントの出現を誰より早く察知できるというのも恐らく嘘ではないだろう。  それに近距離ならば、アサシンの気配遮断スキルを破ることすら可能かもしれない。  やはり優秀なサーヴァントだ……それゆえにタチが悪い。 『分かりました。何か異変があればすぐに報告を』 『何を言ってる、我は神なるぞ。神が何を為すかなど、それこそ神のみぞ知るというやつだ』 『ライダー……!』 『ヤハハ、まあいい。それなりには期待に応えてやろう』  ため息と共に念話を打ち切る。  信頼関係どころではない……こちらが向こうを信頼していないのと同様、向こうもこちらを軽んじている。  ただ互いが互いにとって有益であるということだけによって成り立つ、薄っぺらい関係。  この状態で聖杯戦争を戦い抜くには、いったいどうしたら――。 「……ジャンヌ。あなたが夢見がちな性格なのはよく知っていますが、せめて授業中は勉学に集中なさい」  教師の一言で我に返ったジャンヌは、いつの間にか授業そっちのけで思案に耽っていたことに気付き、子供達の笑い声を浴びて赤面した。                    ▼  ▼  ▼  授業の終わりと教師からの軽い説教を経て、休み時間。  孤児院の廊下を歩いていたジャンヌは、突き当たりの守衛室の前で見覚えのある二人の人影が職員と話しているのを見かけた。  ひとりは壮年の紳士然とした人物で、この孤児院にも少なからぬ寄付をしている人格者と聞いている。  そしてもうひとりの、ジャンヌよりも少しだけ背の高い少女は、彼に引き取られたこの孤児院の出身者で―― 「――――ローズマリー!!」  思わず、駆け出していた。  はしたないと知りながらも、驚いた顔を見せた金髪碧眼の少女へと走り寄り、その胸元へと飛び込む。 「ジャンヌ! 久しぶりね、元気だった?」 「ええ、ローズマリーこそお元気そう。おじ様が良くしてくださっているのですね」  そういってジャンヌが微笑むと、隣のローズマリーの父が余裕のある笑みで応えた。 「今日はスクールが休校になってね。ローズマリーが孤児院に帰りたいと聞かないから、連れて来たのだよ」 「ごめんなさい、お父様。でも来て良かったわ、だってジャンヌに会えたんですもの」  屈託のないローズマリーの言葉に、ジャンヌははにかんだ。  ローズマリーはジャンヌよりも1つか2つ年上の孤児で、しばらく前にフレンチヒルの名家に引き取られたと『記憶している』。  なんでも生き別れの親子だったという話だが、ジャンヌにとってそれはアーカムに辿り着く前の『記憶』であり、詳しい事情は知らなかった。  しかしジャンヌにとっては姉代わりの少女であるという実感は確かにあり、その感覚がジャンヌを柄にもなく高揚させていた。  ……思えば、アイアンメイデン・ジャンヌはこれまでの人生で『友人』とか『家族』というものに縁がなかった。  孤児院にいた頃は孤独だったし、X-LAWSに引き取られて以降は同年代の子供と触れ合う機会すらなかったのだ。  マルコをはじめX-LAWSのメンバーは自分に良くしてくれたが、それはあくまで聖・少・女へと向けられた情であり、ジャンヌという少・女へのものではない。  ジャンヌ自身もそのような繋がりは自分の使命には無縁だと、顧みることすらしなかった。  しかし、こうして『普通の生活』をしてみて、初めて思う。  この暖かい気持ち……友人であり家族でもある、このローズマリーへの気持ち。  これはこの世全ての悪とは対極にある、善なる感情なのだろうと。 (……家族。私に兄を殺された彼にとって、その暖かさは二度と……)  自分の『死』の瞬間に聞いた復讐者アナホルの憤怒の声を、努めて頭から振り払う。  今のジャンヌは聖杯戦争のマスター。世界平和の願いのために戦う身で、これ以上後悔による迷いで足を止めてはいけない。  何より、せっかく会いに来てくれたローズマリーに、暗い顔は見せたくなかった。 「それで、ローズマリーはこれからどうなさるのですか?」 「今日はこれから、お父様たちと川向こうへお出かけする予定だったの」 「……そうなのですか」  顔を出しに来ただけで孤児院に留まってくれるわけではないと知り、遊んでいる場合ではないと自覚しつつもジャンヌの声が沈む。  それだけでジャンヌの気持ちを察したのか、ローズマリーが大げさに手を打った。 「……そうだわ、お父様! ジャンヌも一緒に連れて行ってはいけない?」  驚くジャンヌと、孤児院の先生が許しはしまいと難しい顔をする父。  だがローズマリーが重ねてねだると、渋々といった感じではあるものの、紳士は先生の説得を約束してくれた。 「今アーカムは物騒だって心配かもしれないけれど、大丈夫よジャンヌ。私には頼りになるお友達がたくさんいるもの」  そういって、建物の外に視線を向けるローズマリー。  つられてジャンヌも外を見る。そこには十人ほどの男女が、不動の姿勢で待機していた。  ローズマリーの家の使用人だろうか。それにしてはそれぞれの持つ雰囲気はばらばらで、どことなく統一感に欠ける。  あえて共通点を探すなら、みな胸に鳥の翼を模したような印章を着けていることだろうか。  しかしそんなばらばらな者たちは、ひとつの糸で繋がっているかのように統率されていた。 「あの方たちが、ローズマリーのお友達、ですか?」 「そうよ。みんな、とっても私に良くしてくれるの。私が言えば、ジャンヌにも親切にしてくれるわ」 「…………?」  どこか釈然としないものを感じるが、その違和感の出所が分からずにジャンヌは戸惑った。  ジャンヌは超一流の魔術師、神クラスのシャーマンである。魔術や霊による違和感ならばその原因に気付くことも出来る。  だが彼らの持つ「それ」はただの人間の持つごくごく僅かな不協和音のようなもの。  考えれば考えるほど、気のせいだったように思えてくる。  きっとローズマリーの父親が雇った人達なのだろう。ジャンヌは最終的にそう結論付けた。  先生のところへ話をしにいく紳士の背中を見送り、思いがけない幸運にまた少しだけ明るい気持ちに戻りかけ、 『……フン、お出かけではしゃぐとは。我がマスターは暢気なものだ』 『……ライダー。聞いていたのですか』 『私の“心網”は宝具能力と併用すれば会話も聞けると言っただろう』  他ならぬ己のサーヴァントに冷や水を浴びせられた。  思わず浮かれていたのは事実ではあるので決まりは悪いが、しかしジャンヌも何も遊びに行けることを喜んでいたわけではない。 『外出する口実が出来そうです。ローズマリー達と一緒なのであまり勝手は出来ませんが』 『川向こうとか言っていたな。ならばノースサイドかダウンタウンか。運がよければ他の連中との接触もあり得るか』 『ええ。事件の影響でしばらくは孤児院に軟禁かと思っていましたが、これで街の状況もこの目で見られます』 『物見遊山のついでに、な。ヤハハ、好きにしろ。土産はいらんぞ』  誰が貴方なんかに、と伝えそうになる思考を掻き消し、念話を切ってローズマリーに向き直る。 「ありがとうございますローズマリー、私、お出かけなんて本当に久しぶりで……」 「そうだろうと思ったわ。実は、私あなたのための新しいお洋服も持ってきたの」 「まあ!」  ローズマリーの『友達』の一人からフリルのたくさんついたワンピースを受け取り、ジャンヌは思わず微笑んだ。  聖杯戦争のマスターたる魔術師としてではなく、この瞬間だけは歳相応の少女のように。                     ▼  ▼  ▼ 『……間違いないのね、グリフィス様?』 『ええ。私は探知に長けた英霊ではありませんが、しかしあれだけ強力な神秘ならばどんなサーヴァントにでも分かる。  あの少女は“神霊クラス”の何らかの加護を受けています。サーヴァントではない、別の何か特別な存在の』 『そう……あのジャンヌが……』  新しい洋服を抱えて嬉しそうに駆けてゆくジャンヌの背中を目で追いながら、ローズマリーは呟いた。  念話で彼女のサーヴァント――セイバー“グリフィス”と交わす言葉の色は、先程までの優しい妹想いの少女のものではない。  声だけでなくその視線もまた、昏く鈍い闇の色をもって遠ざかるジャンヌを見つめていた。 『つまり……ジャンヌは特別なのね。神様に愛されているのね?』 『恐らくは。加護という概念が愛によるものと解釈するなら、ですが』 『そんなのはどっちでもいいわ。……ふうん、そう。このアーカムでも、特別なのは私ではないのね』  喩えるならば冬の木枯らしのような、暖かさも鮮やかさも持たない言葉。  運命に選ばれた者を……自分には与えられなかった恩寵を持つ者を、ローズマリーは呪う。  彼女、ローズマリーに割り当てられた役割(ロール)は、実をいうとジャンヌと同じ『孤児院の子供』に過ぎない。  生き別れの父親ということになっているあの男は、グリフィスがそのカリスマをもって味方に引き込んだだけの資産家だ。  喩えるならば、魔性。グリフィスの魅力は、悪魔すら味方につける呪いの域。  男に、表向きは実の娘としてローズマリーを引き取らせるまでに、そう長い時間は掛からなかった。  まずは社会的地位。そして経済基盤、あるいは人脈。  最初の一手でそれらを手にしたローズマリーは、現在アーカムにおいて『フレンチヒルの名家の娘』ということになっている。  だが、それらは偽りのステータスだ。はじめからローズマリーが持っていたものではない。  ローズマリーは聖杯によってすら、選ばれた者としての地位を与えられてはいない。  惨めな孤児、ローズマリー。  元の世界で親友だと思っていたナージャが、運命に選ばれたプリンセスとしてローズマリーに現実を見せつけたように。  このアーカムにおいては、家族のように可愛がっていたジャンヌこそが選ばれたもので、自分はまたしても裏切られるのか。 (……ふふ、うふふふふ)  乾いた笑いが漏れる。  その笑いには数多の感情が混ざり合っていた――嫉妬、羨望、諦観、自嘲、憤怒、あるいは……敵意。  ローズマリーは笑う。笑いながら、算段を立てる。   (ようやく分かったわ、可愛いジャンヌ。お人形さんみたいに白い肌で、レースのカーテンみたいに綺麗な銀色の髪で。  夢見がちで、純粋で、真っ直ぐで、穢れのない宝石みたいな心のあなたが……私、ずぅっと大っ嫌いだったの)  ドス黒い怨念が溢れ出す。  たかだか13歳ほどの少女には似つかわしくないほどの、鬱屈した情念が。  そしてその情念を制御しきれる事こそが、ローズマリーという少女の脅威である。  冷酷さ、残忍さ、そういったものは全て、少女の仮面のもとにひた隠すのだ。 (だからね、ジャンヌ。あなたは餌よ。私があなたを、サーヴァント達の狩場に連れ出してあげる。  神様に愛されたあなたは、他のサーヴァントの格好の獲物。そして私たちにとっては格好の罠。  サメの群れに放り込まれたアザラシみたいに、あなたの白い肌がずたずたに引き裂かれたその時……  私の王子様と、王子様の『鷹の団』が、おびき出された敵を見つけ出すわ……!)  神に愛されているなら利用する。自分を慕っているなら使い潰す。  躊躇はない。はじめから恵まれた者などにな、決して夢の邪魔はさせない。  ローズマリーの夢は、いつも剥き出しの傷口のようなもの。  しかし誰かが近付けば、それは容赦無いナイフに変わる。 (私は、私のお城を手に入れる。あなたはその石垣に埋めてあげるわ、ジャンヌ!)  無邪気な少女の仮面の裏で、漆黒の敵意が牙を向こうとしている。                     ▼  ▼  ▼ 『それでは、王子様。あらかじめ決めた方針に変更はないわ』 『心得ました、我らがプリンセス。鷹の団の団員たちにはその通り指示を出しましょう』 『あのジャンヌは好きに囮に使ってちょうだい。別に死んだって構わないわ』 『御意に』  霊体化したまま、グリフィスは主に向かって頭を垂れた。 『万が一ですが、彼女がマスターである可能性もあります。仮にそうだとしてもサーヴァントは近くにはいないようですが』 『ジャンヌが?』 『はい。もしそうならば例の神霊クラスの加護も、魔術的な守護霊の類であると解釈が出来るかと』 『あら怖い。それじゃ、絶対にジャンヌの前ではボロを出さないようにしないとね?』  他の誰にも見えないように冷酷な笑みを浮かべるローズマリーを、グリフィスは大したものだと冷静に値踏みした。  あの歳であの頭の回転と演技力、そして躊躇なく他人を蹴落とす残忍さ。  年齢を重ねればなかなかの傑物へと成長するかもしれない。  この聖杯戦争の先に彼女の未来があれば、だが。 『もちろんそうと決まったわけではありません。どちらにせよ、囮として有用なのは間違いありますまい』 『おびき出す役割を果たせばよし、もしもサーヴァント連れなら私達の代わりに敵を倒してくれればもっとよし』 『はい。上手く利用できるのならば、プリンセスにとって有益な存在となりましょう』 『簡単よ。あの子ったら、世間知らずで泣き虫で、人の心を疑ったことがなさそうだもの。私には、勝てない』  自身を見せるプリンセスに「油断だけはなさらぬよう」と釘を差し、グリフィスはその場を離れる。  それから人目の付かない場所で実体化し、『鷹の団』団員に指示を飛ばした。  伝える内容とは言うまでもなく、これからローズマリーとグリフィスが川向こうへと出向く本来の目的についてである。  何も遊びに行くのでもなければ、逢引でもない。後者かと聞かれればローズマリーは頬を染めたかも知れないが。  その理由は、彼の持つ特殊な宝具にあった。  グリフィスの宝具『鷹の団』は、少なくとも表向きは「団員の称号を与える」だけの宝具である。  特に魔力的な何かを付与するわけではない。ただ「鷹の団」という名を冠することを許すだけ。  ただそれだけの、それだけ聞けばどうしようもなく使い道のない宝具。  しかし、名は体を表すという言葉があるが、名はまた体をも形作るものだ。  グリフィスの魔的なカリスマに引き込まれた者にとって、「団員として認められる」ということは特別な意味を持つ。  名とは線。「鷹の団」の名を得ることは、線を踏み越えることを許されること。  魔性のセイバー、グリフィスに忠誠を誓うことが許されるということ。  それが宝具『鷹の団』の本質のひとつ。「認められた仲間である」という団員の自覚は、団長であるグリフィスのカリスマを増幅させる。  魔術的な強制力は一切ない。しかしその自覚だけで、団員は命すら投げ出しうる兵となる。  とはいえ、いくら数を揃えたところで個々の団員は非力なアーカム市民に過ぎない。  それぞれの手に武器を持たせればマシとはいえ、アーカムで日常的に手に入るものなどそれこそ包丁などの刃物がいいところだ。  グリフィスが生きた時代の一揆ならばいざ知らず、このアーカムにおいては時代錯誤も甚だしい。  それなら、銃はどうか。  確かに銃器ならば、数を揃えれば敵マスターが魔術師だろうと十分な脅威となるだろう。  しかしアーカムで銃を入手する方法はかなり限られている。  一丁二丁ならばともかく、数十丁を裏ルートで調達しようものならどうしても足が付いてしまう。  ならばどうするか。  グリフィスが出した結論は、至極明確だった。 (武器が手に入りにくいのならば、初めから持っている者を味方につければいい)  この架空都市アーカムにおいて、銃器の所有には特殊なライセンスが必要となる。  しかし職業柄、そのライセンスを確実に所得している者もいる。  言葉にすれば簡単なことだ。丸腰の者に銃を与えるのではなく、銃を使い手ごと手に入れるという発想。 (――聖杯戦争の足掛かりとして、まず我らが『鷹の団』は『アーカム市警』を傘下に収めるべく動く……!)    警察組織。本来ならばこのアーカムの治安を維持する、秩序を司るシステム。  それの一部、あるいは大半を手中にすればどうなるか。  グリフィスに仇なす者は、アーカムという都市全体を敵に回すこととなる。    サーヴァントは人類史に名を刻む超常存在。頭数だけでどうにかできるほど生温いものではない。  グリフィスは剣術の天才だが、あくまでも人としての極限。その上をいく神域の使い手相手に勝ち続けられるはずもない。  だがマスターは、たとえ魔術師だろうとも命ある存在。  いかなる魔術で守ろうとも、いかなる礼装で防ごうとも、死ぬ時は死ぬ。  名を与えるだけであるがゆえに魔術的手段では決して探知されない『鷹の団』ならば、追い詰められる。  この『街』そのものが、鷹の『翼』となるのであれば。 (無論、それだけで終わらせるつもりもないが)  首から下げた真紅のペンダント――歪な瞼の付いた「覇王の卵」を握り、グリフィスは薄く笑った。  ローズマリーの方へ陰から目をやると、新しい洋服に着替え終わったジャンヌが心なしか上気した様子で戻ってきたようだ。  時を同じくしてローズマリーの父親役の「団員」も、孤児院職員の説得を終えて帰ってきた。  フレンチヒルから市街地までは若干の距離があるが、車で移動すればそこまで掛かるまい。 (ここからはあなたの駆け引きの番だ。期待しましょう、我らがプリンセス・ローズマリー)  そう胸の内だけでひとりごち、魔性のセイバー・グリフィスは再び霊体化した。 【フレンチ・ヒル(孤児院)/1日目 早朝】 【ローズマリー・アップルフィールド@明日のナージャ】 [状態]健康 [精神]正常 [装備]なし [道具]なし [所持金]裕福 [思考・状況] 基本行動方針:打算と演技で他のマスターを出し抜く 1.市北部へ向かう(第一目的地はダウンタウンのアーカム警察署) 2.ジャンヌに対しては親身に接し、餌として利用する。 [備考]  ※10人前後の『鷹の団』団員と行動を共にしています。   その中にはローズマリー自身の父親役も含まれています。 【グリフィス@ベルセルク】 [状態]健康 [精神]正常 [装備]サーベル [道具]『深紅に染まった卵は戻らない(ベヘリット)』 [所持金]実体化して行動するに十分な金額 [思考・状況] 基本行動方針:――ただ、その時を待つ。 1.霊体化してローズマリーに随行。 2.鷹の団の団員を増やす。最優先はアーカム市警、ついで市の有力者。 3.ジャンヌは餌として利用する一方、マスターである可能性を警戒。 [備考]                     ▼  ▼  ▼ 「――ヤハハハ、さっそく一人。よりにもよって孤児院に潜り込んでいたか、サーヴァントめ」  ジャンヌ達のいる孤児院から数百メートル離れた高級邸宅地の一角。  そこに植えられた背の高い木の頂点にしゃがみ込むようにしながら、エネルは一人笑い声を上げた。 「我が心網(マントラ)は心の声を聞く……完全な読心ではないが、しかし心がある以上逃れられん。  迂闊に実体化したか、間抜けめ。さて、こちらも堂々と正面から乗り込んでやってもいいが――」  エネルは耳をそばだてた。  心網スキルは広範囲の「心の声」を探知することが出来るが、意識を集中させればより詳細な情報を探ることも可能である。  一時だけ実体化したサーヴァントの、気配が存在した場所を中心にして人間達の意識を感知していく。  サーヴァントがいるならばマスターもいるかもしれない、そう思っての行動だったが。 「……妙だな。意識がやけに統率された連中が紛れ込んでいる。なんなのだ、こいつらは」  僅かに眉を顰める。  通常、心網で捕捉する「声」は個人を特定できるほどにそれぞれの人間固有のものだ。  だが、あの孤児院には――別々の人間なのにも関わらず、奇妙なほどに「心が同じ方向を向いている」者達がいる。  洗脳か暗示の類か。エネルはそう考え、すぐに自ら否定した。 「あの聖・少・女とて無能ではない。魔術ならば自ら見破るだろう。そうでないなら、別の要因によるもの……」  虚空に頬杖をつきながら、エネルは思案した。  何の仕掛けもないのに狂的な統率を見せる一団。その中心にいるであろうサーヴァント。  そして今まさにその渦中に巻き込まれようとしているであろう己がマスター、アイアンメイデン・ジャンヌ。  正体不明の脅威が、エネルのマスターに迫る―― 「……ヤハハハハ、なかなか興が乗ってきたぞ。なるほど、これは種明かしも聞かずに殺してしまってはつまらん」  火花が散る音。  その次の瞬間には、エネルは百メートルを瞬きひとつで移動して別の屋敷の屋根に寝そべっていた。 「この聖杯戦争も所詮は『神の余興』……道化どもには愉快な踊りを見せてもらわねば、召喚された甲斐がないというもの。  そしてあの聖・少・女がいかにして状況を切り抜けるか、それを眺めて楽しむのも悪くない。ヤハハハハ」  当然飽きたら道化は殺すがな、と付け加え、エネルは再び雷速で跳躍した。  所詮は戯れとはいえ、あのアイアンメイデン・ジャンヌは得難いマスターであり死なれては困る。  自分を運用しうるマスターとして、ジャンヌ以上の才能は容易く見つからないであろうことは、エネルも自覚している。  だから、本当に死にそうになったら助けてやろう。あるいは気が向いたら。神のみぞ知る。いい言葉だ。 『――ライダー?』 『どうした、マスター』 『これから、ローズマリー達の車に同乗して市の北部へ向かいます。すぐに駆けつけられる距離を取って付いてきてください』 『了解した。なに、どれだけ離れようが一度捕捉した声を聞き逃したりはせん』 『………………?』 『どうした、私が素直だと具合が悪いか?』  念話を通じてすら戸惑いが感じられるマスターの様子を、エネルはせせら笑った。  協力してやるのではない。『戯れ』だ。『神のゲーム』において、駒は動いてくれたほうが面白いというだけだ。 『いいでしょう。それと、念のための確認です。私の周辺に、何か不審はありませんでしたか?』 『――無いな。有象無象ががやがやと、ろくでもないことを考えているだけだ』 『信じていいのですね?』 『神を信じるか信じないのかは、神を見上げる人間が決めることだ』  当然エネルは知っている。サーヴァントの存在、不審な集団、そしてあるいは、法神シャマシュの異常な気配。  神クラスの霊を連れ回すことに無自覚なのか、覚悟の上か……恐らくは後者だろうが、忠告はしない。  おびき寄せられて、他のサーヴァントがのこのこ出てくれば好都合。  傍観するも良し、興が乗ったら神の名において気まぐれに裁いてやっても面白かろう。 『まあいい、お前は外出を楽しむがいい。心の動きが手に取るように分かるぞ、嬉しいのだろう?』 『な、何を馬鹿なことを! これは聖杯戦争の実情の視察を兼ねた……』 『ヤハハ、神クラスのシャーマンも一皮剥けば子供か。浮かれて足元を掬われるなよ』  エネルは考える。  アイアンメイデン・ジャンヌは、人生経験が歪過ぎる。  悪を裁くために育てられた聖女は、あまりにも普通の生活を知らなさすぎる。  かつてはそれゆえに完全なる断罪装置として機能していた彼女だが、人の心に触れた今はその無垢さが隙となる。  もっとも、エネルにとってはいいハンデだ。付け入る隙に漬け込む者を、更なる力で捻じ伏せるのも悪くない。 (聖・少・女と呼ばれる者なら、神のために役立ってみせろ。くれぐれも退屈させてくれるなよ)  再びの放電音と共に、神を名乗る男の姿はフレンチヒルから消えた。 【フレンチ・ヒル(孤児院)/1日目 早朝】 【アイアンメイデン・ジャンヌ@シャーマンキング】 [状態]健康 [精神]正常 [令呪]残り2画 [装備]持霊(シャマシュ) [道具]オーバーソウル媒介(アイアンメイデン顔面部、ネジ等) [所持金]ほとんど持っていない [思考・状況] 基本行動方針:まずは情報収集。 1.ローズマリー達と共に市北部へ向かう。 2.エネルを警戒。必要ならば令呪の使用も辞さない。 [備考]  ※エネルとは長距離の念話が可能です。  ※持霊シャマシュの霊格の高さゆえ、サーヴァントにはある程度近付かれれば捕捉される可能性があります。 【フレンチ・ヒル(高級邸宅地)/1日目 早朝】 【ライダー(エネル)@ONE PIECE】 [状態]健康 [精神]正常 [装備]「のの様棒」 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を大いに楽しみ、勝利する 1.ジャンヌとは距離を取り、敵が現れた場合は気が向いたら戦う 2.「心網(マントラ)」により情報収集(全てをジャンヌに伝えるつもりはない) 3.謎の集団(『鷹の団』)のからくりに興味 [備考] ※令呪によって「聖杯戦争と無関係な人間の殺傷」が禁じられています。 |BACK||NEXT| |005:[[アーカム喰種[日々]]]|投下順|007:[[接触]]| |005:[[アーカム喰種[日々]]]|時系列順|007:[[接触]]| |OP:[[運命の呼び声~Call of Fate~]]|[[ローズマリー・アップルフィールド]]&セイバー([[グリフィス]])|021:[[Pigeon Blood]]| |~|[[アイアンメイデン・ジャンヌ]]&ライダー([[エネル]])|~|

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