「選択」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

選択」(2015/05/29 (金) 02:45:52) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

*選択 ◆HOMU.DM5Ns ―――初めて母に与えられたものは、自身の否定だった。 呪いを受け子を成せぬ王に代わり、神々と交わる事で国を存続させようとした妻。 その実験の結果として、男は生を受けた。 正しく神の子を産めるのか。自身の術は正しく機能しているのか。 無事産まれたとして、神は果たして親であると認めるだろうか。 初の懐妊に焦燥と不安を抱く、いずれ后となる位とはいえ女の身ならではの理由。 それは邪悪ではないが、同時に不純と見なされても仕方の無い行為だった。 ……恥であると知っていたのは、誰よりも弁えていたのは女自身であったのか。 母であるはずの女は、産まれたばかりの子を川に捨てた。 腹を痛めて初めて産んだ我が子でありながら。 自らの子の認知の証として、神に己が威光を授けるよう嘆願しておきながら。 いずれ王に嫁ぐのが決まっている未婚の女が清らかでないと知られる恐ろしさから、己の所業そのものを水に流し、目を背けた。 女の身勝手により、存在を否定された悲劇の子。 運よく子のいない夫婦に拾われて成長していくが、それより先の人生は本来あるべきだったそれとはかけ離れた過酷さだった。 母が居ないが為に人の機微を学べず、一挙一動は粗暴そのもの。 父の威光こそ身に纏っているものの、その姿は黒く濁っていた。 理解者は当然なく、周囲に煙たがられて生きるのみの日々。 また、カースト制度が全盛の時代にあって、養父の身分である御者は低位にあたる。 その息子として扱われる男もまた、同じ身分で縛られる。 実力がありながらも卑しき身分と蔑まれ、武士との決闘すら認められない。 どれだけ武の証を立てようとも、男を見る目から冷ややかさが消える時はない。 運命の歯車が僅かに狂っただけで、一生を不遇に過ごす事となったのだ。 王族として過ごす華やかな生活。 血を分けた兄弟と手を取り合う未来。 自らを産み落とした母の愛。 その全てを得られないまま、転げ落ちるように天涯孤独の身に追いやられた。 残っているのは、物心つく前から血肉の一部だった、神の血を引いたという証だけ。 聞こえるものは罵りと嘲りの声。 そして弱き物、力無き人々の嘆き。 斜陽が男が辿る事となる末路を照らしている。 栄光など何処にも無い。前に待つのは、苦難と辛苦で敷き詰められた瓦礫のみ。 ……これが物語の始まり。 報われぬ最期、避けられぬ破滅を決定づけられた、やがて英雄と呼ばれる男の―――起源だった。    ◇ いつも通り/いつもと違うベッドの感触。 憶えのない模様替えされた部屋。 最低限の自分のものが詰まったトランクが口を開けている。主にノート。ペン。ノート。雑貨で買った呪具。 薄いカーテンを通して陽射しが目にかかる。眩しい。太陽。 まるで不器用な仕草で頭を撫でられるよう。誰が。彼? 「…………んゅ」 意識が覚醒するが、まだ頭は眠いままだった。 夢の中にいた頃の情景が、離れない。 夢、なのだろうか。今のは。 内容は薄ぼんやりとしていて、当たり前だが現実味がない。 そもそもあれは、自分が見た夢ではない気がする。 他人の記憶、本棚に知らない間に挟まっていた本を開いて読んだ気分だ。 「…………」 起き抜けで働かない思考で考える。 「アレ」は神崎蘭子の夢ではなかった。過去とも未来にも繋がらない可能性の外の話。 闇に飲まれる、話。 その重さ、深さは蘭子が描いた想像とは比べ物にならない闇があった。 余りにも……悲しい導入(はじまり)だった。 華やかだったはずの、光り輝いていた未来が、生まれた赤子の時から失われるなんて。 見ていて悲しかった。苦しかった。 何故ならその中で自分は思ったからだ。 他所から垣間見た自分が胸を打たれる痛みを覚えているのに。 この話の主人公の"彼"の気持ちを、読み取る事が出来なかったのが、悔しかった。 「…………にゅう……」 起こしていた半身が倒れて、再びベッドに収まる。 もう一度眠れば同じ夢の続きを見ていられるかと期待して。 夢見が悪いのあり、本当に瞼が落とされそうになって――― 「そのままではまた寝るが、それでいいのか」 「っ!!」 自分だけが眠っていた部屋で聞こえた別人の声で、麻酔がかかっていた頭が完全に覚醒した。 「にゃ、ぁのっ、いま、の、みて……!」 飛び起こされた顔は、室内には不釣り合い過ぎる雰囲気を放つ男の姿を捉えた。 別に忘れたわけでもないのに、声の主がここに居るのは未だ慣れないものがある。 普段は姿を消してるとはいえ、部屋に男性と二人きりで眠るというのは、多感な少女期にいる当人には些かに強い刺激となっていた。 「~~~え、とその……わ、わずらわ、……!」 気は動転していたが、日数を重ねた甲斐があり常識までは失わなかった。 挨拶はアイドルの資本。朝に合わせた言葉を出そうとして、昨日の記憶がブレーキをかけた。 「あの言葉」を朝に言って、少しだけ彼が表情を曇らせた(ような気がした)時を思い出す。 だが抜かりない。既に昨日の夜のうちに新しい台詞は考え付いている。即興にしては会心の出来だ。 設定上、光を褒め称える言葉は使えない。なのでここはあえて敵対という形で示す。 「に―――日輪よ、闇に随え!」 悪化していた。 「……それは、どのような宝具だ?いつ発動する?」 そして玉砕した。 「………………………………………………………………おはようございます」 もう、彼には普通に喋ってあげた方がいいんじゃないだろうか。 神崎蘭子の矜持は、早くもこの重圧に屈しかけていた。    ◇ 蘭子の役割(ロール)は、この国の外からの来訪者という設定だ。 遠い島国で人気を博しているアイドルグループの海外進出、その急先鋒。 国内においては頂点の一座であるとはいえ、世界で通用するにはまだまだ先が遠い。 ローカル地方だが世界的な有名所でもあるという線で依頼を頼んだところ、この地アーカムに白羽が立った。……らしい。 治安の悪さもあくまで警察の手が届かない地区のみの話。外国にはよくある。 それ以外に幾らでも候補地はあっただろうが、聞くには企画の責任者がここに関わりがあり顔が利くからだそうだ。 以上は、又聞きやプロデューサーからの簡易的な説明のものだ。 治安云々に疑問やおかしい部分は多々あったが、聞いて答えてくれるものでもなさそうなので深くは追及しないで、現状に至る。 「成る程。先ほどのは朝の挨拶のつもりだったのか。夜の闇が朝日の浸食に抗う様を表現していると」 「わ、わざわざ呪文の解読をするでない!…………恥ずかしいから」 朝食後の自由時間。 椅子に座る蘭子の前に立つは槍の英霊、カルナ。 二人分のティーパックの紅茶が置かれた机を挟んでいる。 「オレにはとても理解の及ばぬ領域だが、それがアイドとやらの活動に必要なものなのだろう。ならばオレからは何も言うまい。  存分に闇に飲まれるがいい」 「こ、これは我が魂のみに共鳴せし秘技。何人たりとも届かぬ境地。  同時に我が友達もまた、各々だけの技を会得せし者よ!」 衣食住は好待遇で、外出も許可されている。 ただ外様という設定上、一団はアーカムという町からある意味で浮いている。 町の地理や地元の知り合いにも疎く、浅い境界で隔離されている。 そんな疎外感が昔を思い出させ、蘭子は少しこの役割に不満だった。 なので、交流が盛んになるのは自然同居人同士となる。それも同輩とではなく、蘭子だけが知る新しい隣人とである。 大事な方針もどうでもいい世間話も一緒くたにして、何であっても構わず話題にしていく。 まだやり取りはぎこちないが、数を重ねなければいつまでも距離が近づきはしない。 ランサーを召喚しマスターの資格を得てから二日。 他の部屋や廊下から聞こえないよう注意しながらのやり取りが、この主従の日課となっていた。 「返された砂時計は一刻と終焉に近づく。互いの魂の同調律を高めるのが我らの命題よ……」 アーカムへの滞在期間は、最長で七日間。 その間アーカム内の様々な場所でイベントをこなす予定になっている。無論、治安が保たれてる地区に限るが。 劇場などが多いノースサイド。学生で賑わうキャンパス。エトセトラ。エトセトラ。 自由時間は多いとは言えず、制限のある生活。 もとよりアイドルの活動を続けてきた蘭子にとっては苦ではないが、聖杯戦争に集中し辛い意味では確かに縛りではあった。 ―――もし、七日を経過しても終わってないのなら自分の立場はどうなるのだろうか。 先の見えない益体のない想像を巡らせる。 「ここにいて、大丈夫なのかな……?」 カップを近づけ隠した唇から、虚飾の剥がれた本音が漏れる。 ランサーが可能な限り―――霊体化等、魔力の発露を防ぐように―――哨戒をして、この宿舎にマスターがいないと教えてもらっている。 ただし暗殺者(アサシン)のようにサーヴァントの気配を断つ者、魔術師でないが故にマスターと悟られない者、 洗脳等で傀儡となっている者の存在は否定し切れない、とも。 結局分かったのは何処であろうと安心出来ないという、不安を煽る結果のみだった。 敵、ひょっとしたら味方かもしれない相手と隣り合っている可能性。 共に同じ道を歩むアイドルが、導いてくれるプロデューサーが、裏から支えてくれるスタッフが殺し合いに巻き込まれている可能性。 例え誰も巻き込まれていいないとしても……今度は蘭子が一人きりになってしまう可能性。 自分だけが本物で、他の人は皆真似ただけの泥人形では……いや真か偽であるかは関係ない。 恐いのは、蘭子がマスターだと他に露見した時。 この宿で生活してる事を知られた時だ。 「定められた仮初の役割に沿い身を隠すのも聖杯戦争では一つの選択だ。  そも、ここの庇護なくしてお前一人で生きていく術はあるまい」 「それはそうだが……けど。  我が正体が衆目に晒されればいずれこの地に災いが……友の翼は無惨に折られ、下僕達に暗き炎が燃え移り……」 「殺し合う」。 「人が死ぬ」。 そう、直接言葉に出す事を濁した、意図的に避けた物言い。 自分が死ぬのが恐いのは当たり前だ。 だから知り合いや友人、神崎蘭子を理解し受け入れてくれている人々がいなくなる事の恐れのみを蘭子は口にした。 それらは比べられるものではなくどちらも大事なもの。優先順位など出来ればつけたくない。 優柔不断と思われてしまうだろうか。 けれどどちらか片方でも自分から捨ててしまえば、今の神崎蘭子ではもういられなくなる。 少しずつ溶け合っていくアイドルの頃とは違う、身を引き裂かれるような断絶を。 それは変化ではなく欠落といわれるもの。心の一部を永遠に喪失する傷となる。 何をしようとも、傷つくものは出てきてしまう。 虚飾を外した神崎蘭子は自分の世界以外に臆病な少女だ。 それではいけないと。英雄たるランサーのマスターとして立派に振る舞わなければならないと理解している。そう思い込んでいる。 だから悩む。無理に気負おうとしてしまう。 身を震わせず、心の奥底で怯える蘭子に、ランサーはいつもと変わらない率直な言葉を告げた。 「―――何が善手か悪手かなどは、結果が出るその瞬間まで決めつけられるものではない。  お前が聖杯戦争に関わるのを止めこの部屋に引きこもろうとも、他のマスターが血眼になり調査すればお前に辿り着くかもしれない。  あえて死地に飛び込み名を明かせば、それが新たな縁となり幸運を招く場合もあるだろう。その逆も然りだ。  自分の命を第一にする事、他者の安全を慮る事。得るものと失うものは総体として変わりない。つまりは等価値だ。  どちらを選ぼうと、お前がその選択について責められる謂われはない」 忠告や戒めといった厳しい物ではなく、どちらかといえば道理を教え諭す教師のような、理路整然とした語り。 蘭子はその一言一言を噛みしめるように二度三度頷いた。 「どちらでも、いい……」 自分か他人か。どちらを取っても結果は変わりないとランサーは言う。 どうすればいいかより、どうしたいか。 損得で考える必要はなく、己の心でやりたい事を定めろと。 「そうだ。そしてお前が何を選び、何処に進もうとオレはその道に従おう。  それがお前との契約であり、報酬だ」 契約だからただ従うのか。 契約の縁が生まれたからこそ従うのか。 「お前が決めろ」という提示は蘭子を尊重しているからなのか、無関心なだけなのか。 答えは出ず、直接聞くには、まだ溝を感じていて切り出せない。 両の掌を見やる。 頼りなき細腕の双方に神経を集中させれば、冷気と熱気の相反する感覚が疼きとして出てくる。 これがランサーが言うところの魔力の源、魔術回路であるらしい。 夢見た魔法の力は、思っていたよりも、重かった。 戦いは怖い。 それよりも誰かが傷付く方が怖い、とは言えない。怖いものは怖いままだから。 隠れていれば、きっと楽だ。誓いに偽りがなければ危険からはランサーが守ってくれる。 ランサーもきっと、それに非は唱えないだろう。というか何を言ってもたいていは認めてくれそうな気がする。 けど少なくとも自分には、そこで"選び取る"自由がある。戦いの手段を持っている。 選択肢すらない人がいる中で、自分が選ばないままでいるのは、少しだけ―――少しだけ嫌だった。 アイドルとして称号を得たあの日から、考える時がある。 昔、自分以外の世界が怖かったのは、自分が何も知らなったからだと。 外に出れば、いずれ知るだろう。戦ってでも手に入れたい大事な物を持った人と。 未来。希望。そう名付けられるものに命を懸けようとする強い願いを。 死にたくない理由は山ほどある。けれどそれでは足りないのだろう。 神崎蘭子にとって譲れぬもの、負けられないもの、誇れるもの。 それが脅かされる事になった時、自分は選択をしなければならない。 自分が傷つくか、他人を傷つけるかの岐路を。 猶予は砂時計のように有限だ。 針が進めば、決まったように皆が動き、仕事に向かい蘭子もそれに従って行く。 外の世界で起きる出会いへの不安。恐怖。期待。 同期から呼び声がかかるまで、蘭子はずっとそれらについて考え続けていた。 ガラスの靴を履いた足が階段を鳴らす。 城の扉が開かれる音が、遠くで聞こえていた。 【ノースサイド・宿泊施設(蘭子の部屋)/一日目 朝】 【神崎蘭子@アイドルマスターシンデレラガールズ】 [状態]健康 [精神]正常 [令呪]残り三画 [装備]なし [道具]なし [所持金]中学生としては多め [思考・状況] 基本行動方針:我が覇道に、一片の曇り無き事を! 1.自分の思いを知る為にも、「瞳」の持ち主との邂逅を望む。 2.アイドルの仕事は続けていたいけど、誰かが巻き込まれるようなら――― 3.我が友と魂の同調を高めん! [備考] アイドルとして既に行った活動、今後の活動予定は後の作品に一任します。 【ランサー(カルナ)@Fate/Apocrypha+Fate/EXTRACCC】 [状態]健康 [精神]正常 [装備]「日輪よ、死に随え」「日輪よ、具足となれ」 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:マスターに従い、その命を庇護する。 1.蘭子の選択に是非はない。命令とあらば従うのみ。 2.現代の言葉は難解なのだな。 [備考] |BACK||NEXT| |002:[[首括りの丘へ]]|投下順|004:[[アーカム喰種]]| | :[[ ]]|時系列順|000:[[]]| |BACK|登場キャラ|NEXT| |OP:[[運命の呼び声~Call of Fate~]]|[[神崎蘭子]]&ランサー([[カルナ]])| |
*選択 ◆HOMU.DM5Ns ―――初めて母に与えられたものは、自身の否定だった。 呪いを受け子を成せぬ王に代わり、神々と交わる事で国を存続させようとした妻。 その実験の結果として、男は生を受けた。 正しく神の子を産めるのか。自身の術は正しく機能しているのか。 無事産まれたとして、神は果たして親であると認めるだろうか。 初の懐妊に焦燥と不安を抱く、いずれ后となる位とはいえ女の身ならではの理由。 それは邪悪ではないが、同時に不純と見なされても仕方の無い行為だった。 ……恥であると知っていたのは、誰よりも弁えていたのは女自身であったのか。 母であるはずの女は、産まれたばかりの子を川に捨てた。 腹を痛めて初めて産んだ我が子でありながら。 自らの子の認知の証として、神に己が威光を授けるよう嘆願しておきながら。 いずれ王に嫁ぐのが決まっている未婚の女が清らかでないと知られる恐ろしさから、己の所業そのものを水に流し、目を背けた。 女の身勝手により、存在を否定された悲劇の子。 運よく子のいない夫婦に拾われて成長していくが、それより先の人生は本来あるべきだったそれとはかけ離れた過酷さだった。 母が居ないが為に人の機微を学べず、一挙一動は粗暴そのもの。 父の威光こそ身に纏っているものの、その姿は黒く濁っていた。 理解者は当然なく、周囲に煙たがられて生きるのみの日々。 また、カースト制度が全盛の時代にあって、養父の身分である御者は低位にあたる。 その息子として扱われる男もまた、同じ身分で縛られる。 実力がありながらも卑しき身分と蔑まれ、武士との決闘すら認められない。 どれだけ武の証を立てようとも、男を見る目から冷ややかさが消える時はない。 運命の歯車が僅かに狂っただけで、一生を不遇に過ごす事となったのだ。 王族として過ごす華やかな生活。 血を分けた兄弟と手を取り合う未来。 自らを産み落とした母の愛。 その全てを得られないまま、転げ落ちるように天涯孤独の身に追いやられた。 残っているのは、物心つく前から血肉の一部だった、神の血を引いたという証だけ。 聞こえるものは罵りと嘲りの声。 そして弱き物、力無き人々の嘆き。 斜陽が男が辿る事となる末路を照らしている。 栄光など何処にも無い。前に待つのは、苦難と辛苦で敷き詰められた瓦礫のみ。 ……これが物語の始まり。 報われぬ最期、避けられぬ破滅を決定づけられた、やがて英雄と呼ばれる男の―――起源だった。    ◇ いつも通り/いつもと違うベッドの感触。 憶えのない模様替えされた部屋。 最低限の自分のものが詰まったトランクが口を開けている。主にノート。ペン。ノート。雑貨で買った呪具。 薄いカーテンを通して陽射しが目にかかる。眩しい。太陽。 まるで不器用な仕草で頭を撫でられるよう。誰が。彼? 「…………んゅ」 意識が覚醒するが、まだ頭は眠いままだった。 夢の中にいた頃の情景が、離れない。 夢、なのだろうか。今のは。 内容は薄ぼんやりとしていて、当たり前だが現実味がない。 そもそもあれは、自分が見た夢ではない気がする。 他人の記憶、本棚に知らない間に挟まっていた本を開いて読んだ気分だ。 「…………」 起き抜けで働かない思考で考える。 「アレ」は神崎蘭子の夢ではなかった。過去とも未来にも繋がらない可能性の外の話。 闇に飲まれる、話。 その重さ、深さは蘭子が描いた想像とは比べ物にならない闇があった。 余りにも……悲しい導入(はじまり)だった。 華やかだったはずの、光り輝いていた未来が、生まれた赤子の時から失われるなんて。 見ていて悲しかった。苦しかった。 何故ならその中で自分は思ったからだ。 他所から垣間見た自分が胸を打たれる痛みを覚えているのに。 この話の主人公の"彼"の気持ちを、読み取る事が出来なかったのが、悔しかった。 「…………にゅう……」 起こしていた半身が倒れて、再びベッドに収まる。 もう一度眠れば同じ夢の続きを見ていられるかと期待して。 夢見が悪いのあり、本当に瞼が落とされそうになって――― 「そのままではまた寝るが、それでいいのか」 「っ!!」 自分だけが眠っていた部屋で聞こえた別人の声で、麻酔がかかっていた頭が完全に覚醒した。 「にゃ、ぁのっ、いま、の、みて……!」 飛び起こされた顔は、室内には不釣り合い過ぎる雰囲気を放つ男の姿を捉えた。 別に忘れたわけでもないのに、声の主がここに居るのは未だ慣れないものがある。 普段は姿を消してるとはいえ、部屋に男性と二人きりで眠るというのは、多感な少女期にいる当人には些かに強い刺激となっていた。 「~~~え、とその……わ、わずらわ、……!」 気は動転していたが、日数を重ねた甲斐があり常識までは失わなかった。 挨拶はアイドルの資本。朝に合わせた言葉を出そうとして、昨日の記憶がブレーキをかけた。 「あの言葉」を朝に言って、少しだけ彼が表情を曇らせた(ような気がした)時を思い出す。 だが抜かりない。既に昨日の夜のうちに新しい台詞は考え付いている。即興にしては会心の出来だ。 設定上、光を褒め称える言葉は使えない。なのでここはあえて敵対という形で示す。 「に―――日輪よ、闇に随え!」 悪化していた。 「……それは、どのような宝具だ?いつ発動する?」 そして玉砕した。 「………………………………………………………………おはようございます」 もう、彼には普通に喋ってあげた方がいいんじゃないだろうか。 神崎蘭子の矜持は、早くもこの重圧に屈しかけていた。    ◇ 蘭子の役割(ロール)は、この国の外からの来訪者という設定だ。 遠い島国で人気を博しているアイドルグループの海外進出、その急先鋒。 国内においては頂点の一座であるとはいえ、世界で通用するにはまだまだ先が遠い。 ローカル地方だが世界的な有名所でもあるという線で依頼を頼んだところ、この地アーカムに白羽が立った。……らしい。 治安の悪さもあくまで警察の手が届かない地区のみの話。外国にはよくある。 それ以外に幾らでも候補地はあっただろうが、聞くには企画の責任者がここに関わりがあり顔が利くからだそうだ。 以上は、又聞きやプロデューサーからの簡易的な説明のものだ。 治安云々に疑問やおかしい部分は多々あったが、聞いて答えてくれるものでもなさそうなので深くは追及しないで、現状に至る。 「成る程。先ほどのは朝の挨拶のつもりだったのか。夜の闇が朝日の浸食に抗う様を表現していると」 「わ、わざわざ呪文の解読をするでない!…………恥ずかしいから」 朝食後の自由時間。 椅子に座る蘭子の前に立つは槍の英霊、カルナ。 二人分のティーパックの紅茶が置かれた机を挟んでいる。 「オレにはとても理解の及ばぬ領域だが、それがアイドとやらの活動に必要なものなのだろう。ならばオレからは何も言うまい。  存分に闇に飲まれるがいい」 「こ、これは我が魂のみに共鳴せし秘技。何人たりとも届かぬ境地。  同時に我が友達もまた、各々だけの技を会得せし者よ!」 衣食住は好待遇で、外出も許可されている。 ただ外様という設定上、一団はアーカムという町からある意味で浮いている。 町の地理や地元の知り合いにも疎く、浅い境界で隔離されている。 そんな疎外感が昔を思い出させ、蘭子は少しこの役割に不満だった。 なので、交流が盛んになるのは自然同居人同士となる。それも同輩とではなく、蘭子だけが知る新しい隣人とである。 大事な方針もどうでもいい世間話も一緒くたにして、何であっても構わず話題にしていく。 まだやり取りはぎこちないが、数を重ねなければいつまでも距離が近づきはしない。 ランサーを召喚しマスターの資格を得てから二日。 他の部屋や廊下から聞こえないよう注意しながらのやり取りが、この主従の日課となっていた。 「返された砂時計は一刻と終焉に近づく。互いの魂の同調律を高めるのが我らの命題よ……」 アーカムへの滞在期間は、最長で七日間。 その間アーカム内の様々な場所でイベントをこなす予定になっている。無論、治安が保たれてる地区に限るが。 劇場などが多いノースサイド。学生で賑わうキャンパス。エトセトラ。エトセトラ。 自由時間は多いとは言えず、制限のある生活。 もとよりアイドルの活動を続けてきた蘭子にとっては苦ではないが、聖杯戦争に集中し辛い意味では確かに縛りではあった。 ―――もし、七日を経過しても終わってないのなら自分の立場はどうなるのだろうか。 先の見えない益体のない想像を巡らせる。 「ここにいて、大丈夫なのかな……?」 カップを近づけ隠した唇から、虚飾の剥がれた本音が漏れる。 ランサーが可能な限り―――霊体化等、魔力の発露を防ぐように―――哨戒をして、この宿舎にマスターがいないと教えてもらっている。 ただし暗殺者(アサシン)のようにサーヴァントの気配を断つ者、魔術師でないが故にマスターと悟られない者、 洗脳等で傀儡となっている者の存在は否定し切れない、とも。 結局分かったのは何処であろうと安心出来ないという、不安を煽る結果のみだった。 敵、ひょっとしたら味方かもしれない相手と隣り合っている可能性。 共に同じ道を歩むアイドルが、導いてくれるプロデューサーが、裏から支えてくれるスタッフが殺し合いに巻き込まれている可能性。 例え誰も巻き込まれていいないとしても……今度は蘭子が一人きりになってしまう可能性。 自分だけが本物で、他の人は皆真似ただけの泥人形では……いや真か偽であるかは関係ない。 恐いのは、蘭子がマスターだと他に露見した時。 この宿で生活してる事を知られた時だ。 「定められた仮初の役割に沿い身を隠すのも聖杯戦争では一つの選択だ。  そも、ここの庇護なくしてお前一人で生きていく術はあるまい」 「それはそうだが……けど。  我が正体が衆目に晒されればいずれこの地に災いが……友の翼は無惨に折られ、下僕達に暗き炎が燃え移り……」 「殺し合う」。 「人が死ぬ」。 そう、直接言葉に出す事を濁した、意図的に避けた物言い。 自分が死ぬのが恐いのは当たり前だ。 だから知り合いや友人、神崎蘭子を理解し受け入れてくれている人々がいなくなる事の恐れのみを蘭子は口にした。 それらは比べられるものではなくどちらも大事なもの。優先順位など出来ればつけたくない。 優柔不断と思われてしまうだろうか。 けれどどちらか片方でも自分から捨ててしまえば、今の神崎蘭子ではもういられなくなる。 少しずつ溶け合っていくアイドルの頃とは違う、身を引き裂かれるような断絶を。 それは変化ではなく欠落といわれるもの。心の一部を永遠に喪失する傷となる。 何をしようとも、傷つくものは出てきてしまう。 虚飾を外した神崎蘭子は自分の世界以外に臆病な少女だ。 それではいけないと。英雄たるランサーのマスターとして立派に振る舞わなければならないと理解している。そう思い込んでいる。 だから悩む。無理に気負おうとしてしまう。 身を震わせず、心の奥底で怯える蘭子に、ランサーはいつもと変わらない率直な言葉を告げた。 「―――何が善手か悪手かなどは、結果が出るその瞬間まで決めつけられるものではない。  お前が聖杯戦争に関わるのを止めこの部屋に引きこもろうとも、他のマスターが血眼になり調査すればお前に辿り着くかもしれない。  あえて死地に飛び込み名を明かせば、それが新たな縁となり幸運を招く場合もあるだろう。その逆も然りだ。  自分の命を第一にする事、他者の安全を慮る事。得るものと失うものは総体として変わりない。つまりは等価値だ。  どちらを選ぼうと、お前がその選択について責められる謂われはない」 忠告や戒めといった厳しい物ではなく、どちらかといえば道理を教え諭す教師のような、理路整然とした語り。 蘭子はその一言一言を噛みしめるように二度三度頷いた。 「どちらでも、いい……」 自分か他人か。どちらを取っても結果は変わりないとランサーは言う。 どうすればいいかより、どうしたいか。 損得で考える必要はなく、己の心でやりたい事を定めろと。 「そうだ。そしてお前が何を選び、何処に進もうとオレはその道に従おう。  それがお前との契約であり、報酬だ」 契約だからただ従うのか。 契約の縁が生まれたからこそ従うのか。 「お前が決めろ」という提示は蘭子を尊重しているからなのか、無関心なだけなのか。 答えは出ず、直接聞くには、まだ溝を感じていて切り出せない。 両の掌を見やる。 頼りなき細腕の双方に神経を集中させれば、冷気と熱気の相反する感覚が疼きとして出てくる。 これがランサーが言うところの魔力の源、魔術回路であるらしい。 夢見た魔法の力は、思っていたよりも、重かった。 戦いは怖い。 それよりも誰かが傷付く方が怖い、とは言えない。怖いものは怖いままだから。 隠れていれば、きっと楽だ。誓いに偽りがなければ危険からはランサーが守ってくれる。 ランサーもきっと、それに非は唱えないだろう。というか何を言ってもたいていは認めてくれそうな気がする。 けど少なくとも自分には、そこで"選び取る"自由がある。戦いの手段を持っている。 選択肢すらない人がいる中で、自分が選ばないままでいるのは、少しだけ―――少しだけ嫌だった。 アイドルとして称号を得たあの日から、考える時がある。 昔、自分以外の世界が怖かったのは、自分が何も知らなったからだと。 外に出れば、いずれ知るだろう。戦ってでも手に入れたい大事な物を持った人と。 未来。希望。そう名付けられるものに命を懸けようとする強い願いを。 死にたくない理由は山ほどある。けれどそれでは足りないのだろう。 神崎蘭子にとって譲れぬもの、負けられないもの、誇れるもの。 それが脅かされる事になった時、自分は選択をしなければならない。 自分が傷つくか、他人を傷つけるかの岐路を。 猶予は砂時計のように有限だ。 針が進めば、決まったように皆が動き、仕事に向かい蘭子もそれに従って行く。 外の世界で起きる出会いへの不安。恐怖。期待。 同期から呼び声がかかるまで、蘭子はずっとそれらについて考え続けていた。 ガラスの靴を履いた足が階段を鳴らす。 城の扉が開かれる音が、遠くで聞こえていた。 【ノースサイド・宿泊施設(蘭子の部屋)/一日目 朝】 【神崎蘭子@アイドルマスターシンデレラガールズ】 [状態]健康 [精神]正常 [令呪]残り三画 [装備]なし [道具]なし [所持金]中学生としては多め [思考・状況] 基本行動方針:我が覇道に、一片の曇り無き事を! 1.自分の思いを知る為にも、「瞳」の持ち主との邂逅を望む。 2.アイドルの仕事は続けていたいけど、誰かが巻き込まれるようなら――― 3.我が友と魂の同調を高めん! [備考] アイドルとして既に行った活動、今後の活動予定は後の作品に一任します。 【ランサー(カルナ)@Fate/Apocrypha+Fate/EXTRACCC】 [状態]健康 [精神]正常 [装備]「日輪よ、死に随え」「日輪よ、具足となれ」 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:マスターに従い、その命を庇護する。 1.蘭子の選択に是非はない。命令とあらば従うのみ。 2.現代の言葉は難解なのだな。 [備考] |BACK||NEXT| |002:[[首括りの丘へ]]|投下順|004:[[アーカム喰種]]| |001:[[蒼い空]]|時系列順|004:[[アーカム喰種]]| |BACK|登場キャラ|NEXT| |OP:[[運命の呼び声~Call of Fate~]]|[[神崎蘭子]]&ランサー([[カルナ]])| |

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: