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アーカム喰種[JAM] ◆q4eJ67HsvU







jam 【名詞】1.混雑。雑踏。
       2.故障。機能停止。
       3.困難。窮地。厄介事。
       4.ジャム・セッション。即興合奏。




                    ▼  ▼  ▼



 ――そこは爆心地だった。


 立ち込める土煙。乱然と積み重なる瓦礫。
 その下から滲み出す赤い液体……あるいはその主の残骸。
 ただ無秩序に。ただ紛雑と。破壊の爪跡、などという言葉は生ぬるい。
 喩えるならば、牙を持つ暴風。
 触れるもの全てを食いちぎる、ヒトとよく似た姿をとった暴力の螺旋。
 この街に吹き荒れる理不尽の象徴……実体ある噂、神秘たる都市伝説。


 架空都市アーカム、未明、ロウワー・サウスサイド。この地は今まさに、固有結界“タタリ”の影響下にある。


 キャスター・ワラキアの夜が作り出した、この街の噂を具現化する舞台。
 ウォッチャー・バネ足ジョップリンがばら撒いた、神秘を内包する都市伝説。
 かくして演者は生まれ出でた。
 演じる役は『白髪の喰屍鬼(グール)』。
 共演者はこの架空都市に集ったマスター達。
 そして彼らの従者にして深遠なる宇宙の記憶、サーヴァント達。
 エキストラの役目は常識の埒外にある彼らの戦いに怯え、戸惑い、ただ死ぬことである。

「お、俺は見た! 噂になってるバケモノだ、本当にいたんだよクソったれ!――」
「嘘、嘘よ! あの人が死んだなんて嘘! だって昨日までは、あの部屋で私を待っててくれたのに――」
「ああ、神様! なぜ手を差し伸べてくださらない! 眠っているのですか!――」

 タタリが生み出した『白髪の喰屍鬼』――正確には亜門鋼太朗の記憶から生まれた、安久ナシロを模した一体。
 彼女が引き起こした大規模な破壊行為は、スラム地区の一角にパニックを引き起こしつつあった。
 逃げる者。恐慌する者。泣き叫ぶ者。野次馬。浮浪者。飲んだくれ。エトセトラ、エトセトラ。

 しかし誰もがその破壊の中心には近寄らない。何がその破壊を起こしているのか知ろうとしない。
 まるで火事を遠巻きに見守るように、混沌のるつぼの只中にいながらも、彼らは『それ』を見ようとしない。
 人の持つ本能的な危機感が、『得体の知れない存在』の正体を知ることを恐れるのか。

「誰に訊いてもまるで要領を得ない……! 爆発事故でないならば、別の原因があるはずだろうが」

 そういった怯える人々の輪の中にあって、ひとりその中心を目指そうとしている若者がいた。
 歳はまだ若い。背はそれなりにあり、スマートな出で立ちである。色素の薄い髪をオールバックに撫で付けている。
 本来ならば、美男子と呼ばれてもおかしくはない。そういう雰囲気がある。
 もっとも、本来ならばと注釈を置かれる理由もまた確かに存在するのだが。

「おい! そこのお前! 止まれ!」
「なんだとテメェ……って、な、なんだその妙な仮面は……」

 不躾な呼び止め方をされて不機嫌そうに振り返った小太りの中年の顔が、瞬時に当惑したものへと変わる。
 若者が被っている仮面――蝶の羽のように広がり四つ目にも見える赤いスリットを持つ、青いマスクを見咎めてのことだ。
 実際に『マスク』と名乗っている彼は今更その反応に気を悪くしたふうもなく、懐から身分証をとり出した。

「連邦捜査局……え、FBIかアンタ!?」
「市警が頼りないんでな。手柄は頂戴していいことになっている」
「き、聞いたことあるぞ。アンタか、最近ここいらをガサ入れしてるってのは」

 ふん、とマスクは大袈裟に鼻を鳴らした。
 この反応を見るにおおかたギャングと付き合いのあるような人間か。
 確かにマスクが今ここにいるのは、最近彼が検挙したギャングがアーカムの異常事件に関与しているという証拠を探すためだ。
 怪しい人間に対しては逮捕権を行使することも認められている以上、ガサ入れに来たというのも間違いではない。

 だが、ロウワーのギャングが異常事件に関与しているという点において、市警のお偉方とマスクの見解は正反対にある。
 市警は一連の事件を引き起こす側にギャングが絡んでいると考えている。
 マスクは聖杯戦争のマスターの誰かがここを根城にしていて、ギャングはいいように巻き込まれたのだと推測している。
 だからこの地区の調査はあくまでマスクにとっては建前に過ぎない。
 しかもこうして事件の現場に居合わせたのだ。なんとしてでも聖杯戦争の情報を手にしておきたいところなのだが。

「素直に知っていることを話せば、悪いようにはせん。だがな、我が職務に楯を突くような真似をするならば」
「ど、どうなるってんだよ」
「犯罪の片棒担ぎには、拳銃のライセンスは有効に活用させていただく」

 そう言って凄むと、男はガタイのいい体を縮こまらせて跳ね上がり、堰を切ったように話し出した。
 自分が倒壊した建物のすぐ近くに事務所を構える闇金業者で、この夜は事務所で一夜を明かしたこと。
 何か人の叫び声でうたた寝から目を覚まし、窓の外を見ると何者かが争っているのが見えたとのこと。
 しかしその争いはまともではなく――建物が破壊されるまでに至ったということ。
 そして、未明の暗闇ではよく分からなかったが、どちらか一方が「白髪のやつ」なのは間違いない、とのことだった。

(白髪のやつ……都市伝説のグールか? サーヴァント絡みだろうとは思っていたが)

 男の証言は「他の連中よりはマシ」というレベルではあったが、しかし貴重な情報でもある。
 キーパーの宣言があってからまだ間もない。こうも性急な行動を起こすマスターがいるとは。
 聖杯戦争のマスターとはしたたかさを良しとするものだと考えていたが、認識を改める必要があるのかもしれない。
 まさか、これだけの混乱を引き起こしたのが「狂人だから」などというふざけた理由ではないだろう。

(仮面のセンサーとメモリー機能を活かすためにも直に見たいが、こうも住民どもが混乱を来たしては難しいか。
 おまけにむやみに近付けばこちらまで怪しまれる……とっ散らかった乱戦ならば、他にも偵察がいないとも限らん)
(…………ならば、己れが先行しよう)

 低く響く声。自分の脳内だけに聞こえるその言葉に、マスクは仮面の裏で視線を動かす。
 霊体化で姿を隠すその声の主、マスクと契約したサーヴァントがいるほうへ。

(アサシン。頼めるか)
(任せろ。この入り組んだ都市での隠密行動で、己れを出し抜ける者などそうはいない)

 マスクは頷いた。

 彼のサーヴァント、暗殺者(アサシン)の英霊『傷の男(スカー)』は、市街地でのヒット&アウェイに特化した性能を持つ。
 アサシンならではの気配遮断による接近だけでなく、逃走経路スキルはアーカム市内の九割近い地域で彼の離脱を補助する。
 更に卓越した格闘能力は三騎士にこそ及ばずとも、自衛のためならば十分過ぎるものだ。
 単独行動のスキルこそ持たないものの、かなり斥候に向いた能力を持つと捉えられる英霊だった。

(あくまで目視だ。ちょっかいは出すな。誰と誰が戦っているかだけ確認できればいい)
(了解した。ただし、マスターの身を護る必要がある時は躊躇わず令呪で呼べ)
(命あっての物種、理解しているからこそ宇宙戦争を生き延びた男だ、私はな。よし、行け)

 アサシンの気配が離れたのを確認し、マスクはこっそりと逃げ出そうとしていた小太りの男を小突いた。

「お前には案内役に任じられてもらう。合衆国民ならば捜査協力してもらいたいが?」
「じょ、冗談じゃ……」
「貴様なんぞの余罪洗いに私も余計な時間を掛けたくはないのだ」

 今にも舌打ちしそうな男を先行させ、マスクも現場へと向かう。

 このロウワー・サウスサイドは地図に載っていないような行き止まりや抜け道も多い。
 アサシンの逃走経路スキルがあれば別だが、そうでないなら土地勘のある人間に道案内を頼んだほうが早く着くという判断である。
 意識的に裏路地を通らせて表通りの人の群れを回避させ、雑居ビルの谷間を右へ、左へ。

「つ、次を左に曲がれば近道ですぜ」
「離れすぎるなよ。何と出くわすとも限らん」

 忠告の言葉を掛けるが、実際は逃げ出されると困るからである。
 男も逃げれば余計に面倒なことになると思っているのだろう、渋々ではありながらもマスクよりも先に角を曲がろうと足を進めた。
 足を進めて、そこで曲がり角の先を覗き込んだまま足を止めた。

「おい、どうした。何をぼんやりしている」

 突然男が足を止めたことに不審を感じ、マスクが声を掛ける。
 しかし反応はない。まるでマスクの言葉を認識していないかのようだ。
 いや、動きはあった。動きはあったが、それは反応ではなかった。
 男は一切マスクの言葉に反応せず、しかし結果として動いた。

「こぱっ」

 男の口から漏れたのは、肺に残っていた空気と血液が混ざって吐き出された音だった。
 口元を真っ赤に染めたまま男はたたらを踏むように後退りしたが、その足にはもはや力など入っておらず。
 体を支えているのは彼自身の筋力ではなく、みぞおちあたりを貫通する『赫い捕食器官』だった。

「何ぃっ!?」

 既に絶命した男を投げ捨てるように姿を現した存在を目にして、マスクは思わず呻いた。
 こんなところにいるはずはない。何故ならアサシンがまだ戻ってきていない。
 こいつがここにいるならば、既に偵察は完了しているはずだ。だが、見る限り間違いなく……。

「……白髪のやつ! 貴様がそうか!」

 白髪の喰屍鬼(グール)。
 その名の通り真っ白な髪に、腰辺りから生えた赫い尾のような攻撃器官。
 噂の通りだ。こいつがアーカムを騒がせる噂――力持つ『都市伝説』。

 だが、なぜここにいる。
 別の何者かとの戦闘を切り上げてここまで逃走してきたのか?
 しかしそれにしては、あまりにも戦闘の痕跡が無さ過ぎる。
 まるで今回の破壊を起こした存在とは別人のような、奇妙な違和感。

 固有結界“タタリ”の存在を知らない今のマスクが、真実に到達することはない。
 金木研の記憶の影「ヤモリ」、亜門鋼太朗の記憶の影「村松キエ」「安久ナシロ」、そしてアーカム市民が想像した「名無しの喰屍鬼」。
 それらが『同時に別々に存在できる』というからくりを、種明かし無しに推測するにはマスクには情報が足らなさ過ぎた。
 しかし、目の前にいるのが明確なモデルを持つわけではない漠然とした噂の集合体たる「名無し」であろうとも。
 ただひとつ確かなのは――この存在は純然たる神秘であり、脅威である。

(念話の通じる距離ではない……アサシンを呼ぶには令呪を使わざるを得んか!)

 「名無しの喰屍鬼」がこちらに意識を向けたのを感じながら、魔術師ではない己を悔やむ。
 あの赫い触手のようなものが敵の武器。人間の反射神経を越える速さで急所を一突きにする威力。
 マスクの所持する拳銃では、たとえ仮面のセンサーの補助があってもどうにもなるまい。
 神秘には、神秘をぶつけるしかない。

「……セ。廻セ廻セ」

 名無しの喰屍鬼がにやりと笑う。いや、笑うというのは適切ではない。
 正確には「食欲」を露わにしたのだ――マスクの背筋を冷や汗が滑り落ちる。

(くそっ! やむを得ない……! 令呪を持って命じる、アサシン――)

 マスクの反応は早かった。
 即時即応の決断力がなければ、宇宙戦争時代のパイロットはやれはしない。
 しかし彼にとって不運だったのは、令呪が完全に力を発揮する前に、彼の耳が悲鳴を聞き取ってしまったことだった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」

 バイザー越しに視線を巡らせる。誰だ。誰の声だ。
 完全に事切れて地面に横たわる小太りの男。その傍ら。派手なヒールの足。女だ。
 露出過多の服。濃い化粧に派手な髪型。貧民街の娼婦か、あるいはギャングの愛人か。
 いずれにせよ、アーカムの社会において底辺に位置するような女だ。

 逡巡。
 今、令呪を発動するためには、あの女を見殺しにする必要がある。
 いや、むしろ気を取られている隙にアサシンを呼び戻すことこそが上策であるはずだ。
 あのような女、ひとりやふたり死んだところでこの街には何の影響も出まい。
 虐げられし民クンタラの未来を背負うマスクが、たかが見ず知らずの娼婦の命など秤に掛けるものか。
 不運な女はここで死に、マスクはその生命を盾に確実なる勝利を――



「――――キャピタル・アーミーならば! 市民の命は守らねばならんだろうがぁっ!!!」



 利き腕の令呪が熱を失い、同時にその手で拳銃のグリップを握る。
 そして撃つ。クイックドロー。一発、二発。命中、しかし怯みすらしない。
 出来たのは、女のほうから意識を反らせたこと。もはや完全にマスクを標的としている。

 勝機を蹴るとは、なんたる愚行か。まともなマスターの取る行いではなかった。悔やんでも遅い。
 今からアサシンを呼んで、間に合うか。勝算は薄いが、それ以外にもはや手はない。

 しかし銃弾は効かない。赫い触手は既に動いている。令呪を使うよりも一瞬速く。
 間に合わなければ、これで終わりだというのか。
 自分の無念、クンタラの屈辱、なにひとつ覆すことが出来ないままに――。











「お困りのようだな! 変な仮面くん!」


 ……完全に自分自身に限った生き死にのスケールで現状を認識しようとしていたので、
 場違いに幼い声と共に何かが赫い触腕を防いだのを見て、マスクは硬直した。



                    ▼  ▼  ▼


 Dr.ネクロはロウワー・サウスサイドの闇医者だが、同時に齢百年を超える魔術師でもある。
 この地区の騒乱の原因が魔術にあることはとっくに気付いていたし、だからこそ誰よりも早く行動を開始している。
 使い魔や鏡の魔術を使った遠隔視により手際よく情報を集め、ネクロは既にひとつの結論を下していた。

 ――白髪の喰屍鬼は、複数存在する。

 本格的な戦闘が確認できたのは二箇所。
 白髪の女と、マスターおよびサーヴァントによる戦闘。
 もうひとつは、どういうわけか「白髪」同士が戦っている。
 しかしネクロはそのどちらにも介入しようとしなかった。
 漁夫の利を得られるかもしれない線を捨て、何の役にもならないかもしれない第三の喰屍鬼を追った。

 だからこそ、今、ここにいる。

 ストレートの黒髪とロングコートの裾を翻し、ネクロは仮面の青年へと振り返る。

「しかし見れば見るほど変な仮面だなぁ。都市部ではそんなのが流行ってるのか?」
「な……ば……誰だ貴様ぁ! どこから出てきた!」
「馬鹿って言おうとしたな今、失敬なヤツめ。どこって上だよ、ビルの上からな、ぴょんと」
「そういうことじゃあない! 状況が分かっているのか!」

 マスクの男の指差す方をちらりと見る。
 謎の喰屍鬼の赫い触腕は、今、黒髪の青年――ネクロのサーヴァントが腕力で押さえ込んでいた。

「状況? 分かっているとも。お前は聖杯戦争のマスターで、私は恩を売りに来たんだ」
「恩だと?」
「さっき、令呪でサーヴァントを呼ぼうとしただろう。魔術を使い慣れてないからだろうが、力んでてバレバレだぞ」
「なっ」
「だがあの女を見て躊躇ったな。結果として下策を打ったが、しかし気に入った。それを悔やんでるふうなのも逆にいい」
「ふざけているのか~~~~~~っ!!」

 ふざけてはいないとも、と言ってニヤリと笑う。

「純然たる外道でも、純粋なる善人でもないならば、マスター同士利用し合う相手には悪くないってことだよ。
 まあ見ていろ仮面くん。我がサーヴァントがヤツを始末する。駆け引きはその後に取っておこう」
「……ひとつ言っておくが、妙なあだ名をつけるな。私のコードネームはマスクだ」
「ひねり無いなぁ! 逆にびっくりだよ!」

 軽口を叩きながらも、ネクロの表情は戦闘の予感を前に一変する。

「しかし自己紹介を返さないのは失礼だな。私はDr.ネクロ。そう名乗っている」

 年若い少女のものから、外見年齢にふさわしからぬ闇の気配を纏うものへと。

「サバトを司る者、大いなる蛇の使い、悪魔崇拝者――私は魔女だ」

 流石のバーサーカーも、「変身前」では力負けしかけているようだ。
 ならば真の力を持って叩き潰し、マスクとかいうマスターにも見せつけてやるまで。


「さあ、見せてみろバーサーカー――――お前の、喪われた『序章の続き』を!!」


 戦端を開く一言。
 それを最後まで聞き届けるよりも早く、バーサーカーが吼える。

「■■■■■■■■■■■■■■――――!!!」

 額が裂ける。真紅の「第三の目」がせり出す。

 眉間を突き破って、一対の触覚が勢い良く伸びる。

 両目がどろりとした赤で覆われ、単眼から複眼へと変異する。

 全身の筋肉が膨張し、脈動し、緑色の生体装甲がその表皮を覆う。

 下顎がバクリと左右へ割れ、昆虫然とした捕食器官に置き換わる。

 これが、変身。文字通り、異形なるものへとその身を変ずる能力。

「う、うおぉおおおおお!?」
「直視するなよ、正気を削られる」
「なぜ先に言わない……!」

 瞬間的な恐慌に陥るマスクは捨て置いて、ネウロは自分の従者のその姿を改めて見る。
 お世辞にも、美しい、とは言えない。醜悪である、とすら形容できるかもしれない。

 だが、それと同時に、その異形の姿には生命の輝きがあった。
 エゴによって生み出され、エゴによって戦い、しかしそれによって曇らせられない輝きが。

 その伝承を語られることなき無名の英雄――風祭真、そして――仮面ライダーシン!

「廻セ廻セ廻セ廻セ廻セ廻セ廻セ廻セ廻セ……!」

 乱入者を完全に敵と認識した喰屍鬼の触腕――赫子の一撃は、しかし空中で静止する。
 バーサーカーは指一本すら触れていない。不可視の何かが、力ずくで「名無し」を抑えこんでいる。
 あえて単純な表現を使うならば、サイコキネシス。バーサーカーはただ念じているだけに過ぎない。

「ぶつぶつ五月蝿い奴め。八つ裂きにしてやれ、バーサーカー!」
「■■■■■■■■■■■■――――!」

 咆哮。
 同時に力場の方向が瞬時に真下へと転じた。

 それは舗装のコンクリートか、それとも喰屍鬼の骨格が立てた音か。

 直後に伸びる紅の捕食器官――赫子。その数、二本。
 別々の方向からバーサーカーへと殺到する殺意の槍。
 だがそのうちのひとつは、途中で力とベクトルを失い、宙を舞った。

 斬り落とされている。
 瞬時に。ただバーサーカーが左腕を振るっただけで。
 前腕に生えるノコギリ状の棘、攻撃器官スパイン・カッターは、それ自体が武器であり凶器だ。

 もう一本の赫子は、反対側の腕を差し出して止める。
 手のひらを貫かれるが意に介しすらしない。
 それどころかそのまま握って動きを拘束し、更に勢い良く引き寄せる。

 体勢を崩した喰屍鬼の肩、その無防備な肉をバーサーカーの強靭な顎が食いちぎった。

「■■■■……!」

 バーサーカーが唸る。名無しの喰屍鬼が苦悶の声を上げる。
 ちぎり取られた肩の肉は影へと戻り、捕食されることもなく崩れ落ちた。
 しかしそれよりも先に、バーサーカーの腕は喰屍鬼の首へと伸びていた。
 手のひらで首元を強く拘束する。

 いや、拘束ではない。
 攻撃だ。
 相手を一撃で絶命させるための、攻撃。

 そのままバーサーカーは躊躇なく頚椎を握り潰した。

 体液が飛び散る。
 喰屍鬼の頭が支えを失いぐらぐらと揺れる。
 たとえサーヴァントであろうとも、本来ならば無事では済むはずのないダメージ。

「……そのはずなんだがな。どういう仕掛けだ、こいつ」

 ネクロがぼやいている間も、絶命したかに見えた喰屍鬼は泡立つ影へと姿を転じていた。
 ごぽりごぽりと蠕動しながら、また別個の姿を取ろうとしている。
 生命あるものの動きではない。
 英霊たるものの姿ではない。
 これが英霊の姿だと言うのならば、もはやある種の冒涜だ。

 まさか無限に再生するのか。
 いかに自分の魔力量が一般の魔力量を上回っているとはいえ、バーサーカーで長期戦はまずい。
 宝具や自己再生を使わざるを得ない状況に陥れば、流石に割に合わなすぎる。
 ネクロがそう危惧し始めた矢先、だった。


「――――消えた? 退いたのか?」


 何の前触れもなく。
 影は沈み、名無しの喰屍鬼の残骸は跡形もなく消え去った。
 なぜ消えたのか。あるいは、操っていた者がいるとするなら、なぜ幕を引いたのか。
 この「アーカム喰種」という舞台において、ネクロは末端の役者に過ぎない。
 舞台監督がいかなる理由でひとまずの終幕としたかなど、知る由もない。

「……魔力パスを通じ危機を感じて戻ってきたが。己れがいない間に、何故道連れが増えている」

 マスクのサーヴァントなのだろう、険しい顔つきの褐色の男に、ネクロはあえて軽い口調で「よう」と手を挙げた。



                    ▼  ▼  ▼



「落ち着いたか?」
「ああ。思わぬ失態を見せたと恥じる気持ちはある」
「まぁ、ありゃ注意しなかった私も悪かったといえば悪かった。スマンスマン」

 まるで謝意を示しているように感じない。
 しかし、いくらネクロの不注意で醜態を晒したとはいえ、バーサーカーの「変身」に取り乱したのは結局のところ自分である。
 英霊の神秘を目視すれば正気を失う……そのことを肝に銘じ、恨みは一旦押し出して、マスクは本題を切り出した。

「我がアサシンからの報告で、『白髪の女』が『盾の英霊』と戦闘しているのを確認した」
「私もそれは知ってる。私の診療所が巻き込まれたらどうしようかとヒヤヒヤものだったぞ」
「貴様の診療所なぞどうでもいい。白髪のやつが二箇所に同時にいたことが問題だと言ってるんだ」
「どうでもよくはないだろ。しかし訂正するなら三箇所だ。もう一箇所は両方白髪だったから四人だな」
「四人?」
「もっといるかもしれん。おそらくそういう魔術だ」

 Dr.ネクロが口先だけの魔術師ではないのは、既にマスクも承知している。
 魔力消費が激しいというバーサーカーのサーヴァントを御し、更にマスクの知らない情報まで有している。
 見た目は十代前半の少女にしか見えないというのに、老獪さすら感じさせる佇まいだ。

「つまりだ。『白髪の喰屍鬼』は個人ではなく……それを生み出す魔術が本体だと?」
「ああ。おそらくはサーヴァントの宝具だ。だがあまりにも大規模過ぎる。敵とするなら、難敵も難敵だな」
「知らずに踊らされていたのか」
「だろうな。だが目的が不明瞭だ。数の暴力で殲滅にかかればいいのに……そう出来ない事情とか理由があるのかもな」

 未知のサーヴァントを探りつつ、同時に互いが互いを探り合いながら言葉を交わす。
 これは考察であると同時に交渉だった。
 おそらく相手は百戦錬磨の魔術師。どういう巡り合わせか自分を協力相手と見定め、利用しようとしている。

 Dr.ネクロの魔術知識は、リギルド・センチュリーに生きる一介のパイロットに過ぎないマスクには有用の極みだ。
 それに当面の敵は少ないに越したことはない。たとえ最後は殺し合う定めだとしても。

「単騎で立ち向かうには強大過ぎるからこそ、一時的な『同盟』が必要だと思うんだ、マスクくん」
「馴れ馴れしく呼ぶな。だが、そちらに益があるのか分からんのではな」
「なんだ、可愛い私の知識とバーサーカーの戦力を、そっちが一方的に手にするのは不満なのか?」
「自分の利益を求めないやつを信用し難いと言ってる」

 そう突き放すような言い方をすると、ネクロは「利益ならあるさ」とにやにや笑いをした。

「私は魔術師だし、闇医者として貧民街では顔も利くが、あいにく社会的信用ってやつがなくてな。
 おまけに見た目はどう見ても子供だろう? 公の立場があるやつが味方だと一気に動きやすくなる」
「理解はできるが」
「それにな――余計な犠牲を出すまいとしたお前を見て気に入ったというのは、案外本音でもある」

 そう口にするネクロの表情から、僅かにからかいの空気が引っ込んだ。

「私は魔術師だ。外法の極みを突き詰めた者だ。同じ外道の命を奪おうが、痛む良心などない。
 そして、恐らくはお前もそうだと私は踏んでる。いざとなれば躊躇なく敵を撃てる人間だ」
「褒められているものと解釈するが?」
「褒めてるんだよ。とにかく、それは聖杯戦争のマスターとして当然の心構えってやつだ。
 だが、それはいたずらに犠牲を出すこととイコールではない。闇の儀式だからこそ、決着は闇の住人の手でつける」

 決着は、闇の住人の手で。

 はじめて、Dr.ネクロの人間性が覗いたようにマスクには感じられた。
 人間性を捨てた魔術師であると自覚し、だからこそ世界に光と闇の一線を引いて、あえて闇の側で生きる者。
 その矛盾が、Dr.ネクロの魔術師としての矜持なのだろう。

 完全に信頼はできない。
 だが、誠意ある言葉であるとは理解できるように思えた。

「――いいだろう。『同盟成立』と考えてもらっていい。アサシンも異論はないな?」
「己れから言うことはない。だが裏切りは償わせる。それだけだ」
「それはお互い様だ。これからよろしく頼むぞ、マスクくん」

 握手をせんと手を延ばすネクロを見、マスクは僅かに考えを巡らせた。
 それから腰元の装備に手をやり、片手でネクロの手を握って、もう片方の手で、


 ……ガチャンとその細腕に手錠を掛けた。

「言っていなかったが私は連邦捜査官だ。アーカムの異常事件には逮捕権がある」
「いやそういうことじゃなくてだな」
「事件の関係者として市警にパイプを作る口実作りと理解してくれ」
「それなら情報提供者で良くないか? 手錠いらなくないか?」
「それから教えておくがドクター、私は恨みという感情を大事にする男だ」

 やっぱりさっきのこと怒ってるんじゃないか小さい男だな、というネクロの不平は聞き流す。
 優秀な人間なのは分かっている。署に連れ込む口実さえ与えれば上手く立ちまわってくれるだろう。

 マスクにとっての聖杯戦争の、始まりは突然嵐になった。
 この虐げられし民のための仮面越しに、その先の明日は見通せるか。
 掴むべきサクセスの感触は、まだこの手の中にはない。




【ロウワー・サウスサイド・路地裏/1日目 未明】


【マスク@ガンダム Gのレコンギスタ】
[状態]健康
[精神]一時的ショックから回復
[令呪]残り3画
[装備]マスク、自動拳銃
[道具]FBIの身分証
[所持金]余裕はある
[思考・状況]
基本行動方針:捜査官として情報を収集する。
1.Dr.ネクロを連れてアーカム警察署へ戻る。
2.白髪の食屍鬼を操るサーヴァント(ワラキアの夜)を警戒。
[備考]
※拳銃のライセンスを所持しています。



【アサシン(傷の男(スカー))@鋼の錬金術師】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:基本的にはマスクに従う。
1.Dr.ネクロを警戒しつつ、マスクを護衛する。
[備考]
※盾の英霊(リーズバイフェ)およびそのマスター(亜門)と白髪の食屍鬼の戦闘を目視しています。
 どれだけ詳細に把握しているのかは後続に委ねます。


【Dr.ネクロ(デボネア・ヴァイオレット)@KEYMAN -THE HAND OF JUDGMENT-】
[状態]健康、魔力消費(小)
[精神]正常
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]魔術の各種媒介
[所持金]そこそこ
[思考・状況]
基本行動方針:他のマスターと協力しながらしばらくは様子見。
1.マスクに連れられる形でアーカム警察署へ。
2.白髪の食屍鬼を操るサーヴァント(ワラキアの夜)を警戒。
[備考]
※盾の英霊(リーズバイフェ)およびそのマスター(亜門)と白髪の食屍鬼の戦闘、
 また白髪の食屍鬼同士(金木とヤモリ)の戦闘を把握しています。
 しかしどちらも仔細に観察していたわけではありません。


【バーサーカー(仮面ライダーシン)@真・仮面ライダー序章】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.???
[備考]



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002:首括りの丘へ 時系列順 010:妖怪の賢者と戦姫

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OP:運命の呼び声~Call of Fate~ Dr.ネクロ(デボネア・ヴァイオレット)&バーサーカー(仮面ライダーシン 018:昏濁の坩堝へと
マスク&(アサシン)傷の男(スカー)