※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

《イカモノ料理》味皇&ビザールコック ◆zzpohGTsas


1:

 先ず初めに思った事が、甚だしく面倒な出来事に巻き込まれた、と言う事であった。
アーカムはダウンタウンを拠点とする、調理師や料理人を目指す人間及び、趣味で料理を学びたい人物の為の学校を運営する人物。
それが、この街においてこの男が演じるべき役柄(ロール)だった。

「元の世界での役職に関連付けられているのか……?」

 バカデカいマホガニーのエグゼクティブデスクに向かい、憂鬱そうな顔をして、その老人は1人口にする。
落着いた茶の絨毯を広い部屋中に敷き詰め、これまた高そうな革張りのソファや、見るからに金をかけて集めていそうな高い骨董品めいた調度品の数々を見ると、
どうやらこの施設は相当に経営が安定、収益も宜しいようである。

 はぁ、と、老人は、70を過ぎた歳にもなると言うのに、10代の若造のような溜息を吐いてしまう。
何の因果で、自分がこんな場所にいるのか、と思うと溜息の1つや2つだって、出てしまうと言う物であった。
改めて、憂鬱な表情で村田源二郎は――いや、本来の名前よりも、世間的にも世界的にも通用する、有名な名前の方が、この男を称呼するに相応しいだろう。
村田源二郎改め、味皇料理会総帥『味皇』は、何故自分がアーカムと呼ばれる街に招聘されてしまったのか、その訳を改めて回顧する。

 味皇料理会と言う組織は庶民レベルだけでなく、政財界レベルにも影響力を持つ組織である。
味皇が贔屓にしている味吉陽一少年は気付きもしないだろうが、本来ならば味皇と呼ばれるこの老人は、
様々なやんごとない身分の人物とのコネクションを無数に持つ雲上人のような存在なのだ。そう言った人物特有の偉ぶった態度を味皇が見せないのは、
ひとえに彼が料理に対して真摯に取り組んでいる料理人を愛する人格者だからに他ならない。だからこそ、彼を慕う者は国内外を問わず多いのである。

 そう言った人物の宿命か、味皇と言う人物は立場上様々な会食やイベントに顔を出さねばならず、その度に関係を深める度に、贈答品と言う物を貰う事がある。
一本数十万もする高級酒程度ならまだ可愛い方である、酷い時には20世紀の時代に『山吹色のお菓子』を貰った時だってある。
味皇と言う人物はそう言った賄賂の類を嫌う人物だ。その様な物を貰う度に、味皇はそれらの処理に頭を悩ませる事が多い。

 陽一少年と出会ってから2回目の味皇グランプリが終わり、嵐のように忙しい大会期から1か月程が過ぎた時の事。
味皇料理会本部の私室で作業事務を行っていた所、秘書の垂目森太郎が、ある物を持って部屋に入室して来た。
味皇が有する無数のコネクションの内の1人からの贈答品であるらしい。ウンザリした様子でその贈答品を確認したが、それは何とも奇妙な、人を惹きつける魔力を持っていた。
香木の箱に入ったそれの中身を見てみると、正真正銘純銀で出来た、鍵だったのである。
それが不思議と気になった味皇は、私邸までそれを持ち運び、一通りその鍵を眺めた後で、床に就いた……そして、起きた時には、この街に居た、と言う訳である。

「自分でも信じられぬぞ……」

 またも独り言を口にする味皇。何が信じられないのか、と言えば、全てである。
まず此処アーカムなる街の事。味皇料理会と呼ばれる、日本のみならず世界中の料理について研究している組織の総帥だけあり、味皇は地理に関しては聡明である。
だから、解る。アメリカ合衆国のマサチューセッツ州に、斯様な街など存在しない筈、と言う事を。
自分を騙す為だけに創り上げられた、張りぼての偽りの街かとも考えたが、街並みや其処を行く人々のリアリティが、それを否定する。この街は真実なのだ。
つまりこの街は、味皇自身が活動していた本当の世界にはないが、何処か知らない別の世界には確かに存在する街だと言う事になるのか。悪夢、としか思えない。
だが味皇がもっと信じられない事柄が、この街でこれから彼が行わなければならない、聖杯戦争なる戦いである。
何でも願いが叶う聖杯を巡り、サーヴァントと呼ばれる存在を駆使して参加者どうしで殺し合う戦争。それが聖杯戦争である。
馬鹿げている、としか言いようがない!! そんな冗談みたいな戦いに、身を投じてなどいられない。味皇は良識ある人物である、そんな事など出来る筈がない。

 ……しかし、味皇がどんなに現実に憂えても、このアーカムから抜け出す手段がないのも、また事実。
味皇はとうに70を過ぎた、ジジイである。老い先の短い人物だ。いつ起こるとも解らない突然の死に備え、時期味皇料理会の総帥を書いておいた遺書も私邸に書き置いている。
陽一少年を初めとした、若きホープの料理人達の成長を中途でしか見られないのが心残りだが、死ぬ準備はもう整っている。
この年になって人を殺す位ならば、自分が死んでやる。味皇こと村田源二郎は、それだけの心もちでいた。

「爺さん、思いつめた顔してるけど、大丈夫かよ?」

 突如、自分の左脇から、如何にもしまりのない、愚鈍そうな男の声が聞こえて来た。
馬鹿な、この部屋には先程まで自分以外の人物は……。驚いて味皇が声のする方向を振り向くと、其処に声の主と見て良い人物が佇立していた。

「こんちゃ」

 黒髪を七三に分けた、学生服の青年だった。彫像が如き涼しい瞳に、スッと筋の通った鼻梁。
口元に皮肉気な笑みでも浮かべ、女性でも口説けば、大抵の人物なら喫茶店に誘えそうな程の好青年だが……何ともまぁ、引き締まりのない顔だろうか。
筋肉にまるっきり締りがなく、瞳も口元も、春のうららの中にいるようにトロけており、今にもよだれでも垂らしそうな程だらしがない。
網膜には恐らく味皇の老体を映してはいるのだろうが、果たしてこの青年が本当に味皇を意識しているのかは、解らない。それ程までに呆けた青年だった。

「君は……」

「爺さんのサーヴァントだよ。名前は、内原富手夫。クラス名は確か……『ビザールコック』だ」

「君が……私の?」

 何ともまぁ、見事なまでにハズレだと解るサーヴァントを宛がわれたものであると、味皇は内心で苦笑いする。
いや、こんな老骨には相応しい人物なのかも知れないと、内原を嘲るのではなく、味皇は自らを嘲った。

「あ、爺さん今ぼくの事笑っただろ」

「い、いやそんな事は……」

「嘘吐くなって、怒ってないから。アンタが正しいよ。名高い戦士や英霊、世界的にも雛に稀なる大悪党どもが呼ばれる中、ぼくの得意技は『料理』だぜ? 見劣りするのは無理ないよ」

「料理……」

 そう言えばこの男のクラス名は、ビザール『コック』。
何故聖杯戦争で用いられる7騎のクラスに該当しないのかは解らないが、料理を得意とするクラスであると言う事は、味皇にも理解が出来た。

「富手夫君、そのクラス名であると言う事は、君は料理が出来るのかね?」

「まね」

「君は……ビザールコック、だったか」

「ぼくあんまり英語とか出来なくてさぁ。爺さん、ビザールって単語の意味解らない?」

「bizarre……これは英語で奇妙なとか信じられないと言う意味で使われる形容詞だ。ビザールコック(Bizarre Cook)……つまり、ゲテモノ料理人と言う意味になるのだが」

「ゲテモノォ!?」

 だらしがないと言うイメージがそのまま服を着た様な青年が初めて、声を荒げた。
精彩を欠いていた瞳には確固とした怒りや意思が渦巻いており、身体の所作もタコの様にふにゃふにゃしたものから、キビキビとしたスポーツマンのそれへと変わっている。

「爺さんよく聞け、俺が作る料理はな、ゲテモノ料理じゃなくて『イカモノ料理』なんだ!! そんじょそこらの、奇抜な食材だけを使って奇をてらい、
衆人の注目をいたずらに集めるだけのゴミ料理なんかとは訳が違う!! 人間が絶対に食えないような食材や、ゴミみたいにマズい食材から、天上の美味を構築する!!
それがイカモノ料理だ!! 間違ってもゲテモノ何て言うんじゃないっ!!」

「う、うむ……」

 内原の予想外の怒りの程に、思わずたじろいでしまう味皇。逆鱗に触れてしまったかと、内心で後悔していた。
料理人や芸術家問わず、一芸に秀でた連中と言うのは、白を黒とする頑固者が多く、付き合う事に苦労する事が多いと言う事を、味皇は知っている。
と言うより、そう言った料理人達が何人も知り合いにいるのである。内原にとっての逆鱗とは、ゲテモノ料理人扱いされる事なのだろう。

「と、ところで……富手夫君」

「なんだい」

「君のその、イカモノ料理だったか。それを私に振る舞ってみてくれないかな」

「爺さんに?」

 怪訝さと面倒くささが綯交ぜになった瞳で、内原が味皇の事を睨めつけた。

「老い先短いジジイの身、聖杯戦争とやらもこれでは乗り切れまい。最後に出会えた人物が、料理人であるのなら幸いだ。
実を言うと私は、元々いた場所では、味皇料理会と言う……まあ、料理人達の育成を行う組織に所属していたのだよ。
料理の事については、人より少しだけ物知りなのだ。だが……私の勉強不足か、イカモノ料理、と言う料理は生まれて初めて聞いた」

「真新しさのない、凡人共が喰いそうなありきたりな物しか食べて来なかったんだろう」

「恥ずかしながら、その通りかも知れん。だから、富手夫君。この長くはないジジイに冥途の土産に、そのイカモノ料理と言う物を、食べさせてくれないか」

「いいよ」

 即座に内原は、その胸襟を開いてくれた。予想以上に呆気なく内原が承諾してくれたせいか、思わず味皇は目を丸くした。
先程のゲテモノ料理の件でヘソを曲げ、作ってくれないのではと思っていたからだ。

「キッチンは何処だい? 爺さん」

 早速その気なのか、内原は味皇になど目もくれず、室外へと続くドアの方に目線をやっていた。
内原少年には最早、最初に味皇が抱いたようなだらしのない青年と言うイメージは全くない。
今の彼は、味吉陽一や堺一馬、中江兵太達のような若い天才料理人達が見せるような、本物のプロフェッショナルの気風で満ち溢れていた。

 ――これは期待出来そうだ――

 密かに内原の料理を楽しみにしつつ、味皇は彼を調理場へと案内しようとする。
その際に霊体化と呼ばれる、他人の目には映らないよう透明化するサーヴァント特有の状態に内原が入った時、味皇は大層驚いたと言う。





2:


 「食材を探して来るから待ってな」、そう言って内原は味皇を1人部屋に残して、イカモノ料理とやらに必要な食材を探しに行った。
場所はアーカムクッキング・スクールの空き教室の1つ。教室と言っても、ジュニアハイスクールやハイスクールなどのそれではなく、料理学校らしく、
調理場と教壇、机が一体化した部屋である。卑近な例えであるが、学校の家庭科室・調理室を思い描けば解りやすい。
この時間帯は使われていない教室であるとは言え、曲りなりにも料理学校の教室である。冷蔵庫の中には、和洋の料理を1品何かしら作れる程度の量の食材は、常に用意されている。
冷蔵庫の中を見るなり、内原はこう一蹴したのだ。「案の定、ゴミのような物しか揃っていないな」、と。どうやらあの気位の高いコックには、お気に召さなかったようだ。
性格や言葉遣いも外見も違うが、味皇は陽一少年の事を思い出す。あの少年も、予め主催者が用意しておいた完璧な食材を使わず、自分で選び抜いた、
その料理で使う事は考えられないような食材を、奇抜かつ理に叶った使い方をして、いつも美味い料理を完成させてきた。
同じ状況に置かれたら陽一もまた、この教室の冷蔵庫の食材に満足する事は、なかったであろう。根っこのところが似ているのだろうな、と味皇は考える。

「待たせたな」

 味皇が教室で待つ事、8分。内原は部屋の中へと入って来た。その左手に紙袋を持って。

「爺さんを待たせるのも悪いって思ってな、余り手の込んだ物を作るのも時間が掛かるからさ。野菜炒めで良いか?」

「構わない」

 味皇は首肯する。野菜炒め。少し料理を学んだ人間であれば誰でも作れそうなものであるが、その実奥が深い料理である事を味皇は知っている。
野菜の目利き及びその切り方と手際の良さ、油や火の使い方、一緒に絡めるソースの目利きや制作能力、炒め時間諸々……。
ありとあらゆる料理のメソッドが詰まった、基本ながらも、料理人の腕が一目で理解出来る品目だ。味皇としても、不服はない。

「んじゃ早速、取りかかるぜ」

 言って内原は、野菜炒めに使う材料を紙袋から取り出し、調理台の上に置いて行った。
目をカッと見開いたのは、味皇だった。炒める段階から驚くのならばまだしも、何故野菜を置いて行く段階で、斯様な反応をするのか。
余程、用意した材料が奇抜だったのか。本当に奇抜だったのだ。内原が置いて行った野菜は、ニンジンや玉ねぎ、キャベツにピーマンなど、一見すれば平凡な野菜である。
しかし、その殆どが予めカット済で、しかも所々が黒く変色し、不気味な緑色の汁を垂れ流しているとなれば、話は別である。
味皇は知っている。内原の用意した野菜が、この学校の料理人が既に料理したのクズ野菜、それも長い事時間を置いたせいで腐ってしまった物であると!!

 腐った野菜を目にして言葉を失っている味皇を見て、内原はニッと笑った。
驚くのはこれからだ、とでも言いたそうな不敵な笑み!! これ以上、何に驚くと言うのだ!!
腐った野菜を用意したのは冗談でも何でもないと言外するように、内原はまな板スタンドからまな板を、台所の収容スペースから野菜切りようの包丁を取り出す。
そして腐った野菜をまな板の上において行き、既に切り刻まれたそれを更にカットして行く。実に鮮やかな手際だった!!
用意した材料は奇抜だが、料理人の基本スキルである食材のカットは、まさしくプロのそれ!! 内原富手夫の技量だけは、本物であった。

 数分足らずで、紙袋に入っていた野菜を全て切り刻み終えた内原は、大きめのフライパンを棚から取り出し、リンナイのガスコンロにそれをセットする。
次は普通であれば、フライパンに油を引き、それを熱する手順である。用意した油は、何なのか。味皇が、内原がこれから何をするのか注視していた、刹那。
彼のやった余りの出来事に、思わず椅子から転げ落ちた。

「な、なにィ!?」

 そう叫んでから、味皇は立ち上がり、内原の様子を改めて確認する。男がやっている事が、見間違いだと信じたかったのだ。

「ば、馬鹿な!? 油ではなく……、フライパンに『台所洗剤』を引いて熱しているだと!?」

 そう、引いているものがサラダ油でも天ぷら油でも、『油』であるなら味皇も驚かなかった。
内原が引いたのは、そのどれでもない、台所洗剤……食器を洗浄するのに使う食器用洗剤だったのだ!!
内原の所作に、油と間違えて洗剤を引いてしまった、と言う、ウッカリさは見られない。余りにも諸々の動作が自信で満ち溢れている。
その証拠に、何の迷いもなく内原はガスコンロに火を点火し始めたのである!!

 70年以上食に関連する香りを嗅いできた味皇ですら、初めて体験する香りが部屋を支配する。
台所洗剤を熱した際に生じる臭いなど、嗅ぎたくても嗅げるものではないだろう。洗剤が熱される塩梅を見切った内原が、野菜をフライパンに一気にぶち込んで行く。
そして、実に見事な腕前で、フライパン上の野菜を炒めて行く。ああ、その手腕の見事なる事!! 
もしも炒めている野菜が極々普通の物で、引いている油が一般的なサラダ油だったのならば、味吉陽一と見事な勝負を繰り広げられたかも知れないのに!!

 狂人の料理を、痴呆の老人の如き様相で見つめる味皇。その間、数分は経過していたらしい。
余りにも酷い臭いである。当たり前だ、腐った野菜を洗剤で炒めているのだから、吐き気を催さないそれの筈がない。
味皇は換気する事も、臭いに吐く事も忘れていた。内原の所作に釘付けだったのだ、この男は、本気で料理していたのだ。

「仕上げだ」

 言って内原は、食器棚から大きめの皿を取り出し、腐った野菜炒めを盛り付けて行く。
しかし、これだけでは終わらない。内原は学生服のズボンポケットから、長方形の箱を取り出した。それは、紙巻きタバコの紙箱だった。
まさかフカすのか? と味皇は思った。流石にそれは美味な料理不味い料理を作る料理人以前の問題である。調理場でタバコを吸うような人間は、最早料理人に非ず。
内原は紙箱のテープを剥ぎ、ビニールを開封。中からタバコ全てを取り出し、刻んだタバコの葉を包んである巻紙を取り外して行く。

「ま、まさか……!!」

 リアクションに疲れてしまい、席に座っていた味皇が、ガタタッ、と立ち上がる。
そして、味皇の思った通りの事を、内原富手夫は実行し始めたのである!!

「た、タバコの葉を……野菜炒めの上にふりかけているだと!?」

 何を思ったか、内原富手夫。紙タバコの巻紙を分解して露になった、茶色のタバコ葉を、パラパラと野菜炒めの上に散らし始めたのだ!!
おかかの様に、野菜炒めの上にまぶされて行くタバコの葉。しかし、本当に驚くべき変化は、この後起ったのだ。

「な、ば、馬鹿な!? 何だこの、余りにもかぐわしい香りは!?」

 内原が野菜炒めの上にタバコの葉を振りかけ終えたその瞬間だった。
それまで、吐き気を催す様な汚怪な悪臭が一転、芳醇かつ馥郁たる、天国の最中にいるような格調高い芳香に変化し始めたのだ。 
信じられない!! あの野菜炒めにタバコの葉をかける事で、如何なる奇跡が、如何なる化学変化が起きたと言うのか!?
生涯の半分以上を料理に費やして来た味皇ですら初めて見る、恐るべき料理形式。恐るべし、イカモノ料理!!

「出来たぜ、爺さん」

 コトッ、と、味皇が待機していた机の方へと内原は足を運び、会心の一作を味皇の目の前に置く。
常ならば「うむ」、と大儀そうに言い、そのまま野菜炒めを口に運ぶのであるが、今回ばかりはそうもいかない。

「ほ、本気で言っているのかね富手夫君!! 君は、自分が如何なる料理を作ったのか解っているのかね!?」

 思わず口に運んでしまいかねない程の魔力を、目の前の黒々とした、一見すれば焦げて失敗してしまったような野菜炒めは放っていた。
しかしそれを、味皇は数十年来の経験と培ってきた精神性の強さで抑え、先ず内原に文句を言い放った。

「イカモノ料理を望んだのはアンタだぜ? 野菜炒めはイカモノ料理においても基本なのは事実だ。その基本中の基本に、ぼくが今持つ全ての技術を詰め込んだ」

「だからと言って、洗剤で炒めるなどあるか!! 愚か者!! これは料理ですらない!!」

 其処まで言い切った瞬間、グワッ、と言う効果音でも浮かび上がりそうな程の勢いで内原は目を見開き、ダァンッ!! と机をぶっ叩いた。
信じられない力だ。この優男風の外見の男に、どれだけの力があると言うのか。机が叩いた所から、破断しそうな程の凄い力であった。

「爺さん。アンタ、ぼくが料理を作る過程をしっかりと見てたよな?」

 ギラリ、と、瞳の中に短剣でも隠し持っているのではないかと疑ってしまう程鋭い眼光を宿した目で、内原は言った。
圧倒的な迫力が孕まれた、物質的圧力すら伴った重い声である。二十歳にも満たない若造の、鬼気迫る態度に、味皇は思わずたじろいだ。

「見てたなら、解るだろ。ぼくが手を抜いて……アンタに不味い料理を喰わせる為にふざけてたように見えたかよ?」

 普通ならば、見えたに決まっていると答える所であろう。味皇は、答えに窮した。
見えなかったのだ。この村田源二郎に不味い料理を喰わせてやろうと、陥れているように、映らなかった。
1000を超え、2000人にも届こうかと言う程の料理人を生涯で目の当たりにして来た味皇には解る。
その人物が、本気で料理に取り組み、本気で人に美味しい料理を食べさせるつもりなのだろうかと言う心意気が、その調理の過程を見れば解るのだ。
この男は、真面目に、味皇こと村田源二郎を喜ばせる料理を作ろうと、本気で取り組んでいた。
味皇は今でも鮮明に思い出せる。網膜に刻み込まれてしまった。内原の、神の手の残像を追っているかのような、華麗な包丁捌きと炒めの技を!!

 内原富手夫は、その調理技術だけで言ったら、間違いなく、味皇が今まで見て来た料理人の中でもトップクラスに位置する人物だろう。
だが、それでも――――――――――

「食べられん!!」

 ……食べられる筈がないのであった。油の代わりに洗剤を引いて炒め、タバコの葉を振りかけた野菜炒めである。
全部食べきってしまえば死ぬどころか、そもそも口に入れた瞬間、脳が危険信号を発し、意思に反して吐きだしてしまう事は必定だろう。

「爺さん、人が作った物を一口も食べずに、って言うのは失礼だろうよ。どんな高慢チキな奴らだって、最低でも1口は口へ運ぶもんだぜ?」

「……富手夫君。私の方から逆に聞きたいが、君はこの料理を食べられるのかね?」

 上手い事を言ったと考える味皇。味皇が今まで見て来た料理人は、全員が卓越した腕前の人物だけと言う訳ではない。
平凡な腕前を持った者、余り美味い料理を作れない者、ひどくマズい料理を作る者など、種々様々だった。
マズい料理を作る人間の特徴と言うのは、大抵は決まっている。それらの人物は、『味見』をしない、或いはそれが甘いのである。
味見は料理の基本中の基本である。料理は生き物、その日の料理人のコンディションや食材の微妙な具合の違いなどで、味に違いが出る事などザラだ。
だから彼らは、味見を欠かさない。味皇及び味皇料理会の一員が、人に料理を教え、その中にマズい料理を作る人物がいた場合、先ず真っ先に確認する事が、味見の有無だ。
其処で気付かせるのだ。自分の料理の何がダメなのかを。そして其処から、まともな料理人の道を歩ませると言う訳だ。この試みは今の所、外れがない。

 此処で、内原が、このイカモノ料理を口に運べなかったら、この勝負は自分の勝ち。
運んで普通に口にしたら富手夫君の――其処まで考えた時だった。内原は箸を棚から取り出し、大きく野菜炒めを摘まみ、それを口へと運び、咀嚼。飲み込んだ。

「自分が作った料理だぜ。自分でマズくて食えないような料理を、他人に提供する何て失礼な真似出来るかよ」

 実に御尤もな意見を口にして、勝ち誇ったように内原が言った。
……最早覚悟を決めるしか、味皇には無かった。今年で齢74にはなろうか。既に涙腺は枯れたかと思ったが、この年になっても涙とは出てしまいかねない物らしい。
恐る恐る野菜炒めを箸で摘まみ、ゆっくりとそれを口に運んで行く。痴呆老人の食事のような、油の切れたロボットのような動作であった。
ままよ、とでも言わんばかりに、味皇がそれを口に運ぶ。恐ろしい味を覚悟して、固く閉じられていた味皇の瞼が、カッと見開かれた。


「こ……これは……ッ!?」

 ニヤリ、と内原が笑った。

「う、美味い!! 何だこの味は!? 元が腐っていた野菜とは思えない、何故だ、何故こんなにも美味いのだ!?」

 最初にこの野菜炒めに抱いていた恐れは、どこへやら。
大好物の物を口にヒョイヒョイと運んで行く子供の様に、味皇は内原作のイカモノ料理を口にして行く。

「そ、そうか、解ったぞ富手夫君!! 洗剤だな? あの洗剤と一緒に炒める事で、野菜の腐った味を吹っ飛ばし、清潔にしたのだな!?」

「御名答」

 推測が合ってるかどうか確認するべく顔を向けてきた味皇に対し、内原はすぐに答えた。
見る目あるぜアンタ、とでも言いたそうな、実に良い笑みだった。

「素晴らしい……この年になるまで、さまざまな油を用いた料理を口にしてきたが、中性洗剤がこんなにも美味しい食材だったとは!!」

 「そして何よりも――」、と味皇は更に言葉を続ける。

「この振りかけたタバコの葉が素晴らしい!! タバコの葉に含まれるニコチンが、この野菜炒めに独特の、野菜由来の物とは違う苦みを演出している!! 何たる料理……コレが、コレがイカモノ料理なのか、富手夫君!?」

「その片鱗に過ぎないさ、爺さん。料理道に終わりはない。ぼくはイカモノ料理の天才だ。インスピレーションが湧いてきて湧いて来て仕方がない。
今でも発想が湧いてくるぐらいさ。爺さん……ぼくは、『聖杯』を料理したい」

「なんと!?」

 これには流石の味皇も驚いた。
万能の願望器である聖杯に願いを叶えて貰うでもなく、聖杯戦争の根源とも言える聖杯を破壊するのでもない。
その聖杯を『料理』するのである。馬鹿な話である。杯と言う名前が付く以上それは器物であり、料理に使う食器の類に使うのならばまだしも、料理する、だ。
凡そ此処まで馬鹿げた話はあるまい。しかし、内原富手夫ならば……? 中性洗剤を此処まで見事に調理するこの男ならば? 
ひょっとしたら、天上の美味を構築出来るのではないか!? 味皇は、高速でそんな結論を弾きだした。

「解った、富手夫君!! 君と私にどれ程の事が出来るか解らん。しかし、出来るのならば、一緒に勝ち残ろう!! そして、聖杯を手に入れよう。それで――」

「解ってるさ爺さん。ぼくの聖杯料理を最初で最後に味わうのは、アンタだ」

「うむ、期待しているぞ、富手夫君!!」

 力強く肯んじながら、味皇は内原の事をじっと見つめた。内原もまた、味皇の事を見つめ返した。

 ……ところで、料理を一口食べた瞬間、味皇の双眸に狂気の色が宿された事に、味皇本人も内原富手夫本人も気付いていなかった。




                            村田源二郎、『精神汚染:E』、取得




【クラス】

ビザールコック

【真名】

内原富手夫@妖神グルメ

【ステータス】

筋力E 耐久E 敏捷E 魔力C 幸運A+++ 宝具EX

【属性】

中立・中庸

【クラススキル】

料理作成(イカモノ):EX
料理人としての腕前。食材を加工し、美味なる料理を作成出来るかと言うスキル。
ビザールコックはゴキブリやタランチュラ、マムシやアオダイショウ、ハブと言った、人間が生理的嫌悪感を抱く生き物や、機械油や中性洗剤、
果ては人間が直接経口摂取したら即死に至る量のニコチンなどと言った人体にとって有害な代物を、美味しい料理へと昇華させる『イカモノ料理』のプロ。
ランクEXは料理の域を超えて最早魔法の領域であり、ビザールコックは生前その料理の腕を以て3柱の邪神を退けている。

【保有スキル】

星の開拓者:E+++
人類史においてターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。 あらゆる難航、難行が“不可能なまま”“実現可能な出来事”になる。
生前深き者どもやインスマウス人が崇拝する海魔[]ゴンを海底に封印し、現世に召喚された全にして一なる門たる妖神███・ソトー■を
行動不能にした後で元の次元に叩き返し、古代都市ルル████と共に海上に浮上、復活した邪神□トゥ□ーの心臓を暴いてそれを料理したビザールコックのスキルランクは、
本来的にはこの程度のランクに収まる事など絶対にありえない、紛う事なき世界の救世主なのだが、彼の偉業を知る人物が余りにも少ない為、このランクに劣化している。

対毒物:D
幼少の頃より毒蛇や毒草を食べ、毒に対する免疫をつけている。これも、イカモノ料理人に必要な素質だからである
大抵の生物毒や科学毒を無効化、或いは、効き目を普通よりも落とす事が出来る。

陣地作成:D
本職の魔術師ではないが、自らの調理活動を円滑に進める場を用意できる。
ビザールコックの場合は、イカモノ料理を調理する事の出来る調理場を形成可能。通常のキッチンでも代用可。

無気力:D(-)
マイナススキル。何にしてもやる気がない。自らの命の危機に瀕した時ですら、「ヤバいなあ」と思う程度で、対処に移る事は非常に少ない。
しかし、イカモノ料理に関わる事象と遭遇した時にのみ、このスキルは一時的に消滅。カリスマイカモノ料理人としての側面を見せつける。

外道の知識:D+++
一般人であれば即座に気が触れ、その道に通暁した魔術師ですら正気を保つ事の難しい冒涜的な知識の数々。
ビザールコックの外道の知識の総量と正確性は、他者から聞いた又聞きのそれの為大した事はないが、生前3柱の邪神達の現界した瞬間を目の当りにし、
その姿を目にしてもなお正気を保っていた事から、規格外の精神耐性と正気の維持能力を持つ。

化身:E-
何らかの神の化身であるかどうか。このランクであれば、該当する神の化身である可能性が、ひょっとしたらあるかもしれない、と疑われる程度。
ビザールコックが神の化身か否か、その真実は彼のみが知る。余談であるがビザールコックの真名の読みは、『ないはらふてお』である。

【宝具】

『食のちからを、人のちからに(妖神グルメ)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
ビザールコックの誇る『イカモノ料理』の腕前が、宝具となったもの。
イカモノ料理の定義は不明であるが、ビザールコックによれば、『必要であればゴミ箱の腐った野菜や野良犬のかじった骨、食いかけのタクアンからでも、天上の美味を構築しなくてはならない』料理体系、それがイカモノ料理であるのだと言う。ビザールコックは自らが作り上げる料理に、決して一般人が想起するところの肉類や野菜、フルーツを使う事はなく、一般人が見たら嫌悪感しか抱かないような、
毒蛇や昆虫類、果ては少量摂取しただけで確実に死に至るような劇薬やそもそも食器洗い用の中性洗剤などと言った、決して料理には使わない物を使用する。
それなのに、何故か、ビザールコックの創る料理は、人間が食しても、人間を遥かに超越した超上位次元の存在や、オーストラリア近辺の海溝に眠る烏賊の邪神が食しても、
余りの美味さに我を忘れる程に、『美味い』のである。必要な材料さえ揃えば全ステータスをランクアップさせる料理や、逆にランクダウンさせる料理も作成可能であるし、
状態異常や精神状態すらも回復させたりそれらを引き起こしたり出来る料理、狙った食中毒を意図的に引き起こす、果ては相手を『殺す』料理も作成可能。
ただし、料理は人を満足させる物でなければならないと言う理念から、ビザールコックもまた外れていない、れきとした料理人である為、意図的に殺したり、
食中毒を引き起こさせたりすると言った手合いの料理は、余程彼が頭に来ていないか、令呪で使って命令でもさせない限りは、作る事はない。
また、正気度を喪失し、正気を保てなくなった人物を平常に戻す料理も作成可能ではあるが、それを作るには、
ビザールコックがそう言う料理を作ると心に決めていなければならず、何も考えずにイカモノ料理を作り、その料理を食した場合には、即座に『精神汚染:E』スキルを取得する。

【weapon】

【人物背景】

東京都内の某高校に通っている、極々普通の高校生。と言うのは仮の姿。その正体は若き天才『イカモノ料理人』。
平時は、自分の命の危機すらもどうでも良いと思っている程に無気力な青年であるが、イカモノ料理に関わる事象が巻き起こると、一度真面目な性格と、高校生とは思えない精神力の強さを発揮。
普段の気の抜けた空気とは真逆の、大の大人や訓練された軍人たち、果ては人間以外の、インスマウス人や深き者共ですら気圧する程の威圧感を放出する。
嘗て、アブドゥル・アルハズレットと呼ばれる男とその一派が画策していた、汚怪都市ルル████に眠る邪神・□トゥ□ー復活計画と、
それを阻止する合衆国軍による熾烈な戦いの中心人物。アルハズレットによる邪神復活計画には内原のイカモノ料理の腕が必要で、
アメリカ軍の側には、地球を破壊させない為にも、内原には料理の腕を振わせないよう内原がルル████に足を運ぶ事を断固として阻止する必要があった
しかしアメリカの計画も虚しく、内原は汚怪都市の最奥に行き、邪神復活の儀式を執り行うべく料理を振る舞おうとするのだが、その料理には『□トゥ□ー』の心臓が必要であると言い……。
その後内原は、□トゥ□ーによって差し出された邪神の心臓を料理、彼の鎗烏賊の邪神にその心臓料理を振る舞い、彼を心の底まで満足させ、次の復活の機会まで封印させてしまうのだった。

『ないはらふてお』、と言う名前から、その正体が千の貌を持つあの邪神、ニャル██ト██████ではないのかと疑われているが、詳細は不明である……。

【サーヴァントとしての願い】

聖杯を料理する

【方針】

爺さんの様子おかしくなっちゃったしなぁ……どうすっかなぁ





【マスター】

味皇(本名:村田源二郎)@ミスター味っ子

【マスターとしての願い】

内原に聖杯料理を振る舞って貰う。

【weapon】

【能力・技能】

料理の技能:
聖杯戦争に参加した時点での時間軸ではまだ明らかになっていないが、実は味皇自身、日本全土を見渡しても最高クラスの料理人である。
その腕前の程は、今まで日本に居た様々な料理人が彼に挑み、その全てを挑戦者側の完敗に終わらせてきた程。
日本の料理界の頂点に立つ、味皇グループの総帥と言う地位は、決して飾りでも何でもない。

精神汚染:E
ビザールコックの料理を食して早速取得してしまった。主に料理に関する価値観がかなり崩れて来ている。

【人物背景】

日本の料理界においてトップに位置する組織、味皇料理会の総統。当料理会の創始者であり、以降30年以上にも渡り日本料理界の顔として君臨している。
料理の味に対しては非常に厳しく、一切の妥協も許さないが、その一方で、真面目でその道に対して必死に取り組んでいる料理人には厳しくも愛情を以て接し、
彼らを育てようとサポートする。そのサポートには人種や年齢などは一切関係なく、同じ料理に奉仕する者として敬う。
その人柄から、数多くの料理人や市場関係者から絶大な敬愛を受けており、そのカリスマ性は非常に高い。
一方で自らの料理の腕前は、日本国の中でも最上級のそれであり、生半な腕前では到底太刀打ち出来ない程高い。

アニメ版ではサーヴァントとして呼ばれかねない程の凄まじいオーバーリアクションを見せる事があったが、今回は漫画版、第2回味皇GPから時を置いてからの参戦である。

【方針】

聖杯戦争を勝ち残り、聖杯料理を食べたい。