UNDERGROUND SEARCHLIE ◆HOMU.DM5Ns



―――このアーカムという街は多くの噂に溢れている。

人が集団を成し、街といえるだけのコミュニティを築いてる場であれば当然の現象だろう。
だがアーカムのそれはあまりに多すぎた。質と量が膨大に尽きた。
加えて、噂の種類はその全てが陰鬱な、後ろ暗い背景で綴られた内容ばかりだった。


―――曰く、ミスカトニック大学にある禁書指定されたその魔術師を読んだ者は精神を貪られ生きながら亡者と化した。

―――曰く、フンチヒルにいた優れた感性を備えた芸術家は魂を囚われ、今も狂った神を慰撫する演奏を強制され続けている。

―――曰く、太平洋の漁業から帰って来た船乗りは毎夜悪夢に怯え、最期は人間では発音不可なはずの言語を撒き散らし狂死した。

―――曰く、白昼公然のダウンタウンの往来で、不可視の怪物に捕らわれ、恐怖で凍りつく大衆の前で貪り喰われた科学者がいる。


魔術師たる者が都市伝説に気を揉むとはお笑い草、そう受け取るのも当然だろう。
事実私とてかつてはその無知なる哀れな―――そして幸運な―――衆愚の一員だったのだ。
九分九厘噂の出どころは根も葉もない出任せであり、そこに協会が神秘の香りを嗅ぎ取ることは決してない。
才ある者が偶然にも正しい儀式の手順を成功させてしまう事例は少なからずある。しかし百年単位で流布している伝承ならいざ知らず、現代都市で生まれた噂に神秘が付与されるわけもないのだ。
仮に噂が真実であったとしても、問題と受け取りはしない。それこそ魔術師にとっては垂涎ものの話題に他ならない。
禁忌。怪奇。異常。どれも神秘には付き纏う付属物。魔の深奥ほどそれは色濃く増していく。
必要ならば女の血肉を裂く。重要であれば老人の骨を割る。素材なら幼子の臓腑を吐き出させ、獣の脳髄を晒す。
どれも必要なやってのける。人道の外にこそ神秘は存在する。更なる神秘の発見に魔術師は眼を血色に染める。
その解明の足掛かりになるのなら、私は喜んで都市伝説(フォークロア)の蒐集家になっていたであろう。

……今は後悔している。
知ってしまった真実を悔いている。
見つけてしまった闇の底からこちらを覗くふたつの目を、記憶から忘却したくて仕方がない。
噂が真たることは魔術師にとって幸運だ。だが実態が伝聞を遥かに超える領域であった場合、それは不幸と反転する。
源流たる根源が幾つもの魔術体系に枝分かれする度に流れが弱まり幅が狭まるように、噂が恐るべき真実を覆い隠す慈悲なるヴェールであることを私は思い知ったのだ……。


話を最初に戻そう。
このアーカムにある数多ある噂、そのひとつについて。
私が軽率にも足を踏み入れ、その語るもおぞましき狂気の世界を体験する羽目になった話だ。




―――曰く、アーカムには幻の地下鉄道が存在する。





(古ぼけた一冊のノートから抜粋)




◆ ◆ ◆





現在アーカムには三つの路面電車がある。
北部のノースサイドから東のイーストサイドを周回するノースサイド線。
南部のアップタウンからキャンパスを通り川を越え、ノースサイドまで登るチャーチストリート・ホスピタル線。
そして南東部フレンチヒルからダウンタウンまで伸びるフレンチ・ヒル線である。
これら以外にもかつて路線があったが今は廃止され、使われなくなって久しい。
今のアーカムの街並みになってこの三つが使われてるが、五年ほど前に第四の線路の話が持ち上がってきたらしい。
交通の便をより快適にし、アーカムを更なる近代都市に発展させる、地下鉄建造の計画だ。

だがその計画は開始間もなくして水泡に帰した。
莫大なコスト、フレンチヒルにいる旧い名士からの反対、理由は多々あるとされはっきりとしていない。
中には掘り進めた地下から金塊が見つかった、明らかに人為的な空洞が形成されていた、作業員が闇の中で消息を断ったなどの眉唾な噂すら立ち上ってる。
事実として計画は立ち消えとなり、既に着手していた出入り口は撤去されぬまま、奇怪なオブジェとしてアーカムの異物として残っている。

全ては過去の遺物となり、人々の記憶から風化される。
それで終わるはずだった話が蘇ったのが、新しく生まれた噂だった。

始まりは平凡な民家の家主の男。
寝静まった深夜の家の中で、男は振動を感じた。一定の間隔で線路を走る電車のような音を。
路面電車の運航時刻はとっくに過ぎており、またその住まいは路線から離れた位置にある。昼間でも電車の騒音に悩まされたこともない。
しかも音の震源は家の外の街道からではなかった。
男の眠る家の下……即ち地下だ。
始めは物取りが潜んでいるのかと警戒していたが、音は一定周期で通り過ぎ、響いては消えを繰り返すばかり。
そもそも長大で巨大な物体が土を駆けていく音はとても人間が出せるものではありえなかった。
地下鉄の話を知っていた男は、計画が頓挫していることも知っている。地下に電車など通っているはずはないと。
ではこの振動はなんなのか。まるで、人間を丸呑みに出来るほど長く、大きな蟲(ワーム)が這いずっているような音は……。

結局男は恐怖で一睡もできず一夜を明かす。そのまま隣人に相談を求めたが、そこでも驚愕した。
近隣に住んでいた誰も、夜にそんな音を聞いていないと言うのだ。
気のせいだ、仕事のストレスだ、幻聴だ、そう丸め込められその日は引き下がる。
だが次の夜、その次の夜と、地下鉄の通過音は鳴り止まなかった。
何度問い詰めてもやはり誰も知らない。聞こえるのは自分だけ。
孤立は精神の均衡を失わせ、止まない音は剥き出しの精神を軋ませる。
異変が一週間過ぎ、いよいよ友人も病院の勧めを考えた時。男はある場所へ向かった。誘われるように。両の眼を血走らせて。

男の家、商業地域の外れの近くにあるもの。
廃棄路線を撤去し立てたまま放置された、地下鉄に繋がる入口跡だった。



以降、男の姿を見た者はいない。
「家の地下から聞こえてくる男の叫び声」が新たな噂に立ち上ったのは、その後すぐのことだった。





◆ ◆ ◆





『……気が滅入る話ばかりよね、この街って』

念話で呟く三好夏凛は現在、フレンチヒル線の路面バスに揺られていた。

『それは、さっきの女の子から聞いた噂のことか?』
『そう。幻の地下鉄の噂。工事が半端なまま終わったのに巨大な何かが地面の下を通り過ぎる音が聞こえてくる、ってやつ』

問いかける声は他の乗客には届くことはない。
契約したサーヴァント、ライダーの声は、マスターである夏凛にだけ聞こえている。今は姿も見ることはできないが。

霊体化という状態はやはり慣れないと思う。
コストとリスクの面から見れば合理的であると分かっていても、そう思う時がある。
そこに在る筈のものに触れることも出来ず、すぐ傍にいる誰かの声すらも聞こえない。
それはまるで、五感の幾つかが失くしてしまったかのような感覚だから。

『……ふむ、怖かったのか?』
『はあ!?』

反射的に出しそうになった声を手で塞いで抑える。
バスの中の乗客は多い。空に向かって叫ぶ少女と奇異な視線を受ける羽目になってしまう。
それこそ新たな噂に取り込まれかねない。

『こ、怖くなんかないわよ、ばか!あれはホラ、話し手の上手さってやつよ!あの子えらく迫真だったし!』
『そうか?あの時の夏凛の気配を感じていたが、時々震え声が聞こえていたような……』
『あー!知らないったら知らない!もう蒸し返すな!』

口に目に頬はなるべく無表情のまま顔を崩さず念話で叫ぶ、という無駄に高度な真似をして気さくな青年に抗議する。腹話術でもやっている気分だ。
こうしたやり取りは初めてではない。人口の多い場所での連携、遠隔での連絡の手段として念話の感覚は練習している。

『それじゃあ話を変えるが……夏凛はその話を信じてるってことか?』
『……普通なら信じてないでしょうね。だって滅茶苦茶だし、荒唐無稽だし。
 元々アンタのマシンを動かせるか調べてる途中で地下鉄の話を聞いたとこからのオマケみたいなもんでしょ。
 けど実際に行方不明者はいるし、鉄道があるのなら私達にも無関係じゃない。線路が通ってたら、ちゃんとそこでも運転できるんでしょ?』

路線を使ってライダーの宝具が使用できるかの確認と同時に、ダウンタウンのボランティア施設に行き情報を得る。それが今日での夏凛の指針だ。
自分と同じく休校で暇を持て余した学生も来ていたため、広い地域での話を聞くこともできた。
それも施設に向かった理由のひとつ。多様な仕事の人間が集まるからであり、皆一様に不穏な話題を持っていた。
『幻の地下鉄』も、その中に含まれていた噂だ。

『ああ。今回使った線路はライナーガオーで走行可能だが、人の密集する地域では不安がある。フレンチヒルもそういう場所だった。
 地下鉄がありそれが河を超えているのなら、移動の面で俺達にとって大幅に有利になれる』
『本当にあれば、だけどね。残った入口もただの不良のたまり場みたいだし』

件の失踪が発覚してから警察も跡地を調査したが、底は計画が頓挫したままの半端な空洞があるままで線路など通ってるはずもなかった。
現状では噂は噂でしかなく、積極的に調べに行くだけの価値もないというのが夏凛の決定だった。



『まあ、いざとなればドリルガオーで掘り進めばわかるさ』
『……何でもありなのも程があるでしょ』

そのうえ空から行く選択肢もあるのだから、豊富すぎるほど移動手段は備えている。
小規模な市街地戦には向かず、どこにでも瞬時に移動できる機動力がライダーの持ち味なのだと夏凛は理解していた。

「……ん、着いた?ありがと」

同学年くらいのボランティア仲間に呼びかけられ、バスから降りる。
ロウワー・サウスサイドで起きた『事故』の影響か、街全体にピリピリした空気が感じられる。
『白髪の屍食鬼(グール)』の名はアーカム中に知れ渡っている。報道を受け、全体的にボランティア活動も自粛気味である。
安全の為活動は常に複数人で行動し、学生は夜間での活動を禁止することになっている。今も奉仕用の荷物を持った大人たちが保護者役を兼ねて同行している。

住民票もあるか怪しい浮浪者や札付きの不良とはいえ、犠牲者は既に何人も出ている。
にも関わらず『事件』でなく『事故』として報道している。監督役とやらが手を伸ばしたのかもしれないが、それだけではない。
生まれた被害が人為的とは考えられない規模であるのが原因だ。自然災害、爆弾の暴発とでもしなければまともに公表できない程、それは壊滅的な惨状だったのだ。
隠された真実は聖杯戦争による爪痕。その正体を知る者は同じ神秘を携える者。
三好夏凛と同じ、マスターのみである。

―――……けど、今はこっちに集中しないとね。

今確実に聖杯戦争絡みと確定できる場所。しかしそれを知ってなお、夏凛は当初の予定を変えずにいる。
物件が入り組み幅が狭く、ライダーの戦いには向いていない地域。警察や報道後で密集した野次馬。同じように集まる他のマスター達。
統合する状況は全てライダーの不利に働く。交渉の機会を得る可能性はある。しかし未知数の相手に戦闘での枷をかけてまで接触するには時期尚早だ。

以上の判断は夏凛でなく、他ならぬライダーからの助言だった。
これを意外に思ったのが夏凛だ。輝けるほどに熱く勇者を名乗る戦士。
そんな印象で固定されていた夏凛にとっては。時折暑苦しくも感じる炎のような性格でありながら、戦略を冷静に分析する一面を見て気を改められたのだ。
英霊と呼ばれるほどの勇者の、戦士として積み重ねた経験則をここでは信用した。

だからまだ勇み足には遠く、今は地道に歩いていく。
目の前に近づいた孤児院での奉仕活動に精を出すことに、ひとまず夏凛は集中した。





◆ ◆ ◆





フレンチヒルに建つ教会は歴史ある建造物だ。
アーカムが都市という形を取り、やがてミスカトニック大学と名される院が設立され始めるより前に宣教師によって建立されたという。
今でこアーカムに受け入れられてるが、設立時は土着の宗教との対立が絶えなかった。その宗教の痕跡は今も街のそこかしこ残っているという。
孤児院が運営されたのも少し後であり、以後アーカムの風土と共にこの教会はある。
名だたる大学の一に数えられる栄光、魔女狩りを始めとした闇を同時に見てきた。

だが歴史あるということ、年月を重ねてるということは、つまり古いという意味である。
教えを受けている育ちざかりの孤児達の手で痛む箇所は増えるばかり。清貧が旨になる教義故、大規模な改修の目途もままならない。
つまり常に人手を求めており、夏凛達も仕事の荒波に揉まれることになった。
とはいえ中学生(ジュニア)の夏凛にそこまで酷な労働は求められていない。
割り当てられた役目は、夏凛と同学年以下の子供との交流。
年配者の大人が多い運営者にとっては元気が有り余る子供の相手は体力が保たないため、これはこれで重要な役目でもある。
とはいえ一緒に遊んでいれば済むことなの、だが。





「あ"~~…………」

数時間後、施設の遊び場である中庭にある長椅子。
そこには髪をバラバラに乱し、椅子に全てを任せ寄りかかっている少女が出来上がっていた。


「抜かった……演舞にあんなに食いつくとか予想外過ぎた……」

確か折り紙を折って見せるまでは普通に好感触だったはずだった。
雲行きが怪しくなったのは、話題が街の治安の悪さに移り空気が沈みかけた時だった。
子供達に元気を出させようと、適当な木の枝でいつもの訓練の舞を見せたのだが……それが引き金だった。
これが見事に大ウケしたらしく夏凛目がけて殺到。繰り返しねだる、伝授をせがむ、果ては配給の菓子を賭けて対戦を望むと発展してしまった。
あまりに露骨な反応に夏凛は一瞬固まり、熱意に押されるまま律儀にも全ての要望に応え、代償に体力の大幅な消耗を払ったわけだ。
肉体的な体力だけならまだ余裕があるのだが、子供に気を遣いながらの応対は精神的に疲弊した。
全力はもってのほかだし気を抜き過ぎれば子供が不満をこぼす。派手にやらかしてはシスターに大目玉を食らってしまう。
勇者部の活動で子供の扱いには順応していてこの有様だ。以前の夏凛なら投げ出していたかもしれない。


『大人気だったじゃないか夏凛。立派だったぞ』

背後から―――厳密には脳に直接伝わるものだし発言主の姿は消えているのだが、多分後ろにいるのだろう―――ライダーの言葉がかけられる。
……理由もなく、笑っているなと夏凛は想像した。

『立派……か。みんな、やっぱり不安だったのかしらね。
 元気そうにしてたけど、どこか怖がってる気がした』
『ああ。だから皆の不安を一時でも取り除いた夏凛は立派だ。これも勇者の務めのひとつだな。
 本当なら俺も手伝ってやりたいぐらいだが……』

まるで勇者部の面々のような台詞だった。あの部室にライダーが入っている絵面はまるで釣り合いが取れないのは想像に難くない。
だが同時に、あの部屋の面々とはこすぐに馴染むのだろうなと思って微笑ましくなる。

『あんたも……こういうのは勇者にとって必要な活動って思う?』
『もちろん。とても必要で、大切なことだ』

晴れやかな即答だった。
考え無しなのでまかせではない。姿が見えなくともわかる迷いのない断言。
考えるまでもないのだと、ライダーは自分にとって当然の事を言っているのだ。

『勇者は世界の平和を守る為に戦う。体を張るし時には命だって賭ける。それが使命だからな。
 だったら、俺達は世界の平和を知っていなくちゃならない。その街の生活や笑顔。大切な人の姿を。
 戦うだけが目的になればいつか足は止まってしまう。俺達が守っているものが何なのか、何のために守るのか。それを心に刻み込むんだ。
 その思いを憶えていれば理由を見失わなず戦える。いつどこに、どんな敵が相手でも勇気を生み出す源になる。俺はそう信じてるからな』

その声には、表にも裏にも悲観はどこにも感じられない。
ライダーは誇っているのだ。サイボーグと変わった自分の身体を。
鋼鉄のような意志。揺るがぬ迷わぬ不変。敗北の可能性が現実を侵す中で己の勝利を疑わぬだけの根拠に転換している。
本当に純粋に、信じているのだろう。思い出が熾す種火を。それを炎に燃え盛らせる勇気。そこから繋がる勝利を。

「―――っ」

喉元までせり上がった声を押し留めた。決して声にしないように、今度は必死に。
今言おうとしたことは伝えるべきではない言葉だ。
自分の身体が失われても誰かの為に戦えるのか―――
夏凛が言われても良い気はしない。例え答えが分かり切っていてもだ。


若草の香りと、子供の笑い声。
頭の中だけで流れる会話は外に聞かれることなく。穏やかな空気が気まずくて。


『それ、じゃあさ』

切り上げる。無理やりにでも。

『情報、まとめましょうか。もうすぐお昼だし。色々話も聞いてきたしね』

多少不自然であっても、この話題は終わらせたかった。

『ああ、そうだな!』

ライダーはやはりあっさりと同意した。

アーカム内でも歴史のある古い教会。
専門でない夏凛なりに考え、神秘や魔術と結びつきやすい寺院だからということで目星をつけていた施設だ。
マスターとサーヴァントがいたわけでも、その痕跡が発見された等の、分かりやすい成果はまだ見つかってはいなかった。
夏凛の想像を超えていたという、別の意味での成果はあったが。


「頻繁に教会を訪れていた信心深い男性が雷に打たれて死んだ」「今度テストで赤点とったらゲンコツじゃ済まない、勉強を見てくれ」
【日本から来たアイドルがとても可愛い、今度やるコンサートに行きたい】「幽霊とか怪物とかそういう話はアーカムには昔からある。今更起きても飽きるくらいだ」
「リバータウンの河のほとりにある喫茶店のカレーが美味かった」「孤児院出の青年がミスカトニック大学に合格した、お祝いをしよう」
「夜に子供たちが宿舎を抜け出してるらしい。治安も悪いし目を光らせておかねば」「寝ている時地響きがした。地震というより何かが下を通っていくような感じだった」
「教会の何処かに職員でも知らない地下室がある。古株の神父なら知っているかも」【包帯男のビラを拾った。気持ち悪い】
「同じクラスの銀髪の女子を見ると胸が痛くなる。どうすればいいのか」「孤児の一人が富豪の家に養子として引き取られた。今日も院からの友達と遊びに出かけて羨ましい」
「怪しげな男が不遜な言葉を吐きながら施設に入ろうとした。警備を強化しなくては」【『白髪の屍食鬼』を見た。体格の大きい爬虫類じみた顔をしていた】


夏凛は交流した孤児との会話で最近起きた変わった出来事を聞き出し、大人の職員からはスクールでの課題と偽ってアーカムにまつわる逸話を訊ねて回った。
ライダーも霊体化し、存在が露見しない範囲で施設の間を回り調べを進め、集めた情報を二人は揃えて出し合った。

『多いわね……』
『多いな……』

只の世間話の類を除いてもなお余りある「噂」の数々に、夏凛は重く息を吐く。
膨大な情報と目撃証言。聖杯戦争に関係しているかの見極めは難航しそうだった。
アーカムは怪奇と異常に慣れ過ぎている。どんな事態が生まれてもそれを受け入れてしまう空気が出来上がってしまっている。
纏めて当たれば、現実との照らし合わせにどれだけ時間がかかるかも分からなくなる。

『これ全部サーヴァントの仕業なのかしら……多すぎるのにも限度ってものがあるでしょう?』
『……いや、そういうわけでじゃない。聞いた話からすると、噂にも二種類あるように俺は感じる』
『二種類?』
『簡単に分ければ、古い噂と新しい噂、昔から伝わるものと新しく生まれたものだな』

山積みの情報に辟易してた夏凛に先駆けて、なんとライダーは一歩進んだ推論を展開していた。

『多くの噂が伝播し、実際に被害が出た事件が複数存在する。犠牲者が生まれてそれに恐怖した人々が大勢いる。
 俺達英霊とは無関係に、この街には多くの伝説が息づいてるんだ。その恐怖と伝説を―――利用してる奴がいる気がしてならない』
『マスターやサーヴァントの誰かが……自分達のやった事を噂の一つにして隠してるってこと?』

情報操作の一種だ。完全な秘匿の出来ない事象を、一部以外を脚色して表に露出させる。
アーカムという怪奇を受け入れやすい広大な森に紛れれば、無数の噂という木の葉の一枚としてしか外には認識されなくなる。
そう推理する夏凛に、ライダーは更に言葉を上塗りした。

『あるいは、逆かもしれないな』
『逆?』
『自分達を恐れさせる、噂を流す事自体が目的かもしれない。人の感情を媒介に強化される……そういった能力を持つ敵が』
『はあ?』

困惑した夏恋の声も尤もだった。自身を堂々宣伝するサーヴァントなど想像だにしない。
本質的に魔術師ではない夏恋にとっては、英雄ならそんな威風ある真似はするかも知れないと思いはする。だとしてもこんな婉曲的にする意味が分からない。
だがライダーは『人の感情を媒介にする』といやに具体的な例を出してその説を口にした。
それはつまり、彼自身の『前例』を参考にした意見……生前で戦った敵にそれがいたからに他ならない。

『俺達GGGが戦ったゾンダーという敵が似たような力を使っていた。奴らは人間に憑りつき、宿主のストレス……マイナスエネルギーで成長し巨大なロボになるんだ。
 知名度や信仰で英霊が強化される現象があるが、それをより限定的に能力化したものだな。後世の伝聞や風評で姿が変化する、そんなサーヴァントはけっこういるらしい』

勇者の英霊獅子王凱の戦歴を紐解き始めに開かれる敵。宇宙の海を超え地球に現れた機界生命体ゾンダー。
全ての生命体を惑星ごとゾンダー化―――機界昇華する為未曾有の危機を地球に振り撒いた暴走プログラム。
仕事の失敗、将来の不安。猟奇的な噂に溢れ、日々恐怖を抱えて生きる人々を飲み込む怪物(ゾンダー)。
街と市民の様子を観察したライダーはその存在を思い出し、外部からの情報の誘導の可能性を見出したのだ。

『つまり、最近作られた新しい噂は、ソイツが力を強くする為に自分で街に流したものだってアンタは言いたいわけね』
『全部が全部そうだとは限らないが……大体はそんな感じだ。だが直接起きたロウワーでの件は特に強いと俺は見ている』

白髪の屍食鬼の名は今や子供が話題が上がる度に口にする。アーカムの街に信じられない速度で浸透していた。他と比してもその認知度は倍近い。
屍食鬼自体は過去の記録にも載ってる情報であるにも関わらず、だ。明らかに何者かの意図が介在している。
これが今の敵の本命……主力だと、そう睨むのは自然だった。

『……ねえ、やっぱりこれへの対処って優先した方がよくない?』
『ああ、俺も今そう思ってたところだ。ゾンダーに近い特性があるとしたら、時間をかけるほど厄介な敵になるかもしれない』

魔術師であるキャスターのクラスは、陣地を確保し装備を増産し戦力を強化する。長期的なスパンを念頭に置いた戦術を用いやすい傾向がある。
ゾンダーロボも完全体と化せば、一体で星を機界昇華してしまう浸食度だ。
空想も信仰が深まれば幻想に階梯を上げる。ただの噂がそのレベルにまで達すれば、手の付けられない段階にまで成長してしまう危険性がある。


『それに―――勇者として、この惨状を起こした奴を認めるわけにはいかない』
『凱?』

この時、切り替わったという差異を体感した。
姿の見えないライダーの声を聞いてその姿を自然に投影させていた。
傍にいる勇者がいまどのような表情をしているか、夏凛に齟齬がなく伝わった。

『ゾンダーは暴走によって星をも滅ぼしてしまう危険極まりない存在になってしまった。けどその本来の目的は生命体からストレスを無くすという、平和の為のプログラムだった。
 これを起こしてる奴はきっと、根底から違うものだ。無辜の人々を媒体にしながらその人々に牙を剥く。勝利という結果の過程にある、殺戮そのものを愉しんでいる』

聖杯戦争を戦うにあたっては不要な感情が顔から覗く。
サーヴァントと戦う為の戦術ならば否定はしない。マスターを狙うのも一つの選択だ。
ライダーもまた同じく聖杯を求むサーヴァント。相手のやり口を何もかも糾弾する資格はありはしない。

無関係の命を奪う邪悪。それだけは許容できない。
戦いでなく殺しを愛い、伝染病のように一帯に蔓延る恐怖を撒き散らす蠢く影。
それは英霊の誇りを穢す侮辱だ。勇者の使命として立ち向かうべき闇だ。
ただ一人の人間が抱く、原初に根差した場所からこみ上げてくる怒りだった。
獅子王凱の魂が熾す、炎の如し意志だった。
マスターの夏凛すらもがその熱の余波に驚く。恐怖ではなく、垣間見えた火の勢いに。

知らず漏れ出ていた内の感情を戒めるように、ばつが悪そうな口調でライダーは言った。

『……とはいえ、今の俺はサーヴァントだ。マスターの身を護る事が優先される。
 この世界では俺は最終的な判断はお前に任せるつもりだ、夏凛。サーヴァントはマスターに従うものだからな。
 なに、迷ったらすぐ相談してくれればいいさ、だろ?』

召喚されるにあたって、サイボーグ・ガイが連れてこれたのは半身たる愛機のみ。
背中を預け合う勇者ロボ軍団、後方で全面的なサポートを施すGGGスタッフ達はここにはいない。
勇者は孤高なるものに非ず、支え合う仲間と一丸となってこそ勝利した守護者だ。

ここではその道理は通用しない。
外部からの支援が届かない、孤立無援の状況。無数に潜む競合者。
苦い敗北の経験が蘇る。生前(いままで)の調子で戦えば、必ず手が間に合わない事が起きる。
若き勇者に二の轍を踏ませまいと、英霊に慎重な選択を取らせていた。


『……それ、うちの勇者部の条約じゃない』

一方の選択を委ねられた夏凛。
何を選び進むかは自分次第。マスターであり、生きている者である夏凛が決めるべき、そう言われた。
夏凛は当然決めている。告白すれば、初めて聞いた時から何をするかなど分かっていた。
噂を集めた最中の交流は、和やかなものばかりではなかった。
笑い話と受け取る中には、本当に怯え涙を目に滲ませる子供もいた。
自分の住む街の裏に密やかにいる闇。怯えは今も広がっている。

情報が揃った。正体が理解に届き始めた。早急に倒す事が最善と知った。
光明は見えている。この聖杯戦争を勝ち抜く一歩が。
そして―――そんな前提を打ち消せるだけの強い意志が、言葉となって背中を後押ししている。


何故か。問うまでもない。獅子王凱は勇者であり、


『―――叩くわよ、凱。勇者がいる場所で暴れたのが運の尽きだって、分からせてやるんだから』


三好夏凛もまた、勇者であるからだ。


『ああ。了解だ、マスター』

答えるライダー。反応は平静だ。始めから分かっていたように。
生粋の勇者であるライダーにとって後輩勇者ともいえる夏凛の精神の波長は親和性が高い。
双方の勇気こそが、あり得ざる二人の勇者の出会いの縁―――触媒となったのだから。




―――故にこそ、彼らはじき理解する。
古今東西、次元星界を超えて普遍の絶対。
勇者が立ち向かう相手とは、世界を脅かす闇そのものであるという事を。

そして彼らは理解していない。この聖杯戦争を戦う行為の意味を。
アーカムに浸透する底のない沼のような闇。
魔王という渾名、それすら似つかわしくない無明の渾沌を知る事になる。



「あら夏凛さん、ここにいたのね」

そんな時に、霊体ではない生の声が夏凛に呼びかけた。
孤児院で教師もしている年配のシスターだ。職員達を主導する中心的人物で、作業でもしていたのか修道服は脱いでいる。

「あ、すいません。すぐ戻りますから……」
「いえいいの。子供たちとよく遊んでくれたらしいわね。みんな喜んでましたよ」

丁寧な所作でのお辞儀。こういう時夏凛はどうにも困ってしまう。ストレートな感謝に戸惑ってしまうのだ。

「い……いえ。当然のことをしたまででして」
「そんなことないわ。あんな元気な子供達の姿はここ最近見れなかったの。こんな年寄りじゃ運動で相手をするには厳しいし本当に感謝してるわ」

結果、こんなぎこちない返事しか出来なくなる。
友奈なら朗らかに笑って円満に済むものを、と臍を噛む。こればかりは性分なのだろう。少しばかりもどかしい。

「それじゃあ中に入りましょう。もうすぐお昼になりますからね。そうそう、食事時は子供たちにせがまれても暴れてはいけませんよ?」
「も、勿論です。あはは……」

シスターが後ろを向いて遠ざかっていくのを見て、黙っていたライダーも念話を再開した。

『俺はもう少し周りを見ている。教会にも気になる噂はあったしな』
『分かった。私も噂の奴を捜す方法を考えてみるわ』

何処に出現するかが事前に分かれば、ライダーの宝具で早急に現場に向かうことも出来るだろう。
クラスの特性を存分に発揮したやり方だ。こんな所でも鉄道の調査が役に立つ。
施設内の食堂に向かおうとする夏凛を、再びライダーの声が呼び留めた。



『―――夏凛』
『なに?』
『これからは本格的に戦いに介入していくかもしれない、しっかり食べて力をつけておけよ!好き嫌いとかないよな?』
「アンタは私のお父さんかっ!」

肉声で夏凛は怒鳴った。


【フレンチヒル(孤児院)/一日目 午前】


【三好夏凜@結城友奈は勇者である】
[状態]健康
[精神]正常
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]スマホ、ボランティア証、学生証、鞄(にぼしとサプリは入っている)、木刀袋(木刀×2)
[所持金]一人暮らしをするのに十分な金額(仕送り、実家は裕福)
[思考・状況]
基本行動方針:マスターやサーヴァントの噂を調査し判明すれば叩く。戦闘行為はできるだけ広い場所で行う。
1.アーカムに噂を流している敵を倒すための情報を集める。優先は『白髪の屍食鬼』。
2.各エリアのボランティア事務所へ行き、仕事を請け負いつつ敵主従の調査。
3.夕食はリバータウンの喫茶『楽園』で食べる?
[備考]
  • 令呪は右肩に宿っています。
  • ステルスガオーIIで街を上空から確認し、各エリアでの広い土地の位置を把握済です。
  • リバータウン一帯のスクールは休校中。
  • 真壁一騎と出会いましたが、名前も知らず、マスターとは認識していません。一騎カレーの人かもしれないと思っています。
  • 「アーカムで噂を流して市民の不安を煽る事で強化される敵」を仮定しています。


【ライダー(獅子王凱)@勇者王ガオガイガー】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]ガオーブレス
[道具]私服
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの願いを叶える。
0.教会周辺を調査、哨戒。
1.夏凜を守る。
2.ライナーガオーが使えるか、アーカムにある各路線をチェックしたい。
3.『幻の地下鉄』があるかいずれ確かめたい。ドリルガオーでの掘削も検討。
4.無差別に殺戮を愉しむ相手を許してはおけない。
[備考]
  • 真壁一騎を見ましたが、マスターとは認識していません。戦士の匂いがすると思っています。
  • リバータウン線でライナーガオーを走行するのに問題ありません。ただし一部住宅密集地域があります。
  • 「アーカムで噂を流して市民の不安を煽る事で強化される敵」を仮定しています。



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015:Arkham Ghul Alptraum(前編) 投下順 016:BRAND NEW FIELD
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最終更新:2016年03月31日 07:05