今は鉛の時間

 生き延びた時、記憶に刻まれるだろう──

 凍っていく人が雪を思い出すように──

 最初に冷気──そして麻痺し──そして一切の放棄

                                   エミリ・ディキンソン──『激しい苦痛の後に、形式だけの感情が生まれる』


 鉛色に曇る空。
 木戸野亜紀はナイと名乗った神父の話を確かめるべく、キャンパス郊外よりフレンチヒルへと向かった。
 朝方に事件があったらしく、その影響で市電が一時期停止していたが、時間が経つにつれて混雑が緩和されつつあった。

 ホスピタル線でミスカトニック大学周辺を回り、フレンチヒル線に乗り換えでフレンチヒルを目指す。
 移動の間、スマートフォンを弄りSNSのHastturで「黒い 男」で検索をかける。亜紀の探し人の空目恭一は黒を基調とする服ばかり着るからそれだけで目立つ。
 結果は芳しくない。黒人男性に対するツイートが大量にヒットする。多すぎて絞り込めない。「黒い 少年」でも同じだろう。
 「黒い 少年 アジア人」でもまだ多い。もっと絞りこもうと入力し──────ピタッ。

 スマートフォンを弄っていた指を止め、そこから「黒い 少年 アジア人 ハンサム」と入力していた単語を全て消去した。

「~~~~~~~ッ!」

 ハンサムという俗な単語で検索することが嫌で、そんな理由で検索を中断した自分の愚かしさに嫌気が差す。
 確かに恭の字(空目恭一のこと)は顔がいい。
 だが、自分と彼を引き合わせたのは彼が『特別』だからということだ。誓って美男だからではない。と、誰かにそう言い訳していることに気付き、この事を考えるのを止めた。



       *       *       *



 フレンチヒルで乗り物から降りて周囲に聞き込みを開始する。
 高級住宅街が並ぶフレンチヒルは人の通りは決して多くは無いものの零ではなく、ましてや昼時にもなるとそれなりに人口密度が増えている。
 ランニングをする人、犬の散歩をする人、芝生の手入れをする人、路上でホットドッグを売る人、二時限から講義を受けるミスカトニック大学の学生など様々な人に聞き込む。
 この手の調査には慣れたものだ。歩かにもバス停前や喫茶店等で空目の特徴を伝えると幾つか証言が帰ってくる。だが、今日見た者はいないらしい。

 時刻が既に11時半を過ぎ空腹を覚えたため近くの喫茶店に入り、サンドイッチとコーヒーを注文する。
 待っている間、退屈しのぎに店内に置かれていた雑誌を物色していると今朝の『アーカム・アドヴァタイザー』という地元紙の記事が目に入った。

《ロウアー・サウスサイドで爆発事故!! 死傷者・行方不明者多数》
《ミスカトニック大学にて生徒が自殺!? あり得ない死に方に疑問が》
《ミイラ化した死体が次々と発見! 首元から血を吸われたような痕が!》
《失踪者多数! アーカムで一体何が!?》

 手に取り記事を眺める。
 これらは聖杯戦争の影響だろうか。この辺りはどうやら危険な奴がいるらしい。
 そして亜紀は死傷者多数という文章に目が行く。空目の目撃情報が今日だけ無いという事実を踏まえるとこの事件に巻き込まれた……?

(恭の字が……いや、まさかね)

 空目が巻き込まれるはずが無いと確信している。
 空目や亜紀が所属している文芸部はなんだかんだで怪談の事件に関わることが多いが、自分から首を突っ込んだケースはほとんど無い。たいていは相談者が怪異を持ち込むか、ちょっかいをかけられるのだ。
 しかし、何事にも例外はある。もしかしたら恭の字から動くことがあるかもしれない。かつて神隠しの少女を捕らえた時のように────
 例えば亜紀が今持っている銀の鍵。これを拾った経緯は亜紀が自らの意思で呪(まじな)いを行い、〝自分に足りないもの〟として現れたものだ。

 はぁと溜め息をつく。
 恭の字が止めるように言っていた呪いを敢行した理由。自分としては意地だと強がりをしていたが、今思えば嫉妬だとはっきり分かる。
 神隠しの少女は役に立つ。そして私は役に立たない。だから恭の字の傍にいる彼女に嫉妬し、役に立とうとした。

 獣の意匠が施された銀の鍵。そして聖杯戦争と虚無のサーヴァント。
 呪いの結果は分からず、異国の地で戦争に巻き込まれたのは自業自得だ。思い返せば自分の迂闊さに腹が立つし、仲間に対して恥ずかしい気持ちもある。

 だが、それでも、こんな事態になっても。今は空目に会いたいという気持ちが強い。彼の隣にいて、彼の役に立ちたい。置いて行かれるのは真っ平ごめんだ。
 そうこうしているうちに注文した料理が届く。

 アメリカ合衆国では州ごとにサンドイッチに特徴が出る。
 アーカムが置かれているマサチューセッツ州ではパンの間にピーナッツバターとマシュマロクリーム『フラフ(fluff)』を塗ったフラッファーナッター(fluffernutter)という種類が州の公式サンドイッチとされている。
 出された調味料をパンに塗って口に運ぶと塩味と甘味がハーモニーを奏でる。


       ▽       ▽       ▽


 サンドイッチは甘く、コーヒーは苦い。それは彼女の恋の如く。


       △       △       △


 ──────ドクン。

 霊体化しているサーヴァントがマスターの恋の波動に反応する。
 それは在りし日の禁断の果実であり、彼がバーサーカーに至るきっかけとなった事象だ。

 もしも彼がバーサーカーでなければ恋愛経験について何かしら語ったかもしれない。
 自分がどんな風に恋をしてどんな風に破れたか。

 人に求められようと努力しても得られない苦さを知っている。故に狂う結末を誰よりも知っている。
 唯一の楔が無くなって、最後に誰も彼も憎むのだ。そう世界に仕向けられるのだ。

 しかし、それを語る理性は無い。よって彼は黙ったままだった。



【フレンチヒル・喫茶店/一日目 午前】
【木戸野亜紀@Missing】
[状態]健康
[精神]恋の病
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]鞄(中身はオカルト関係の本など)、スマートフォン
[所持金]一人暮らしに不自由しない程度
[思考・状況]
基本行動方針:脱出する。聖杯戦争など知ったことではない。
1.空目恭一を探す。
[備考]
※キャンパス地区外れのカフェでナイ神父と接触しました。


【バーサーカー(広瀬雄一)@アライブ -最終進化敵少年】
[状態]健康
[精神]狂化
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:――――
1.――――

[備考]
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鉛毒の空の下 木戸野亜紀&バーサーカー(広瀬雄一 :

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最終更新:2016年05月30日 10:08