Rising sun(後編) ◆HOMU.DM5Ns






動と静の視線が対になって交差する。
突き刺さった槍の側に立つカルナは背後に二人のマスターを抱え、この場で最も健常であり、強大であり、戦意を見せびらかしているライダーと向かい合っている。

「この魔力の名残り……そうか貴様だな、下の狼煙を起こしたサーヴァントは!」

新たな乱入者の正体に見当がついたのはエネル。
そもそもわざわざ端を越えたスタジオに赴いたのも、オフィス街から感じ取った濃厚な魔力を感じ取ったのが発端となる。
パチュリーとクリムにしても行動の契機になった点では同じ。狼煙、という言葉は言い得て妙であった。
なんにせよ当てが外れた二人と遊んでるうちに本命が自分から来たのだから願ったりである。

「得物から察するにランサーのサーヴァントか。それにこの気配……ほう、貴様さては神の血なり力を宿しているな?」

初見でありながら出自を的確に言い当てられたカルナの目が細められる。

「なるほど、慧眼だな。クラスはともかく見ただけでオレの血脈まで看破するか」
「当然だ。我は神也、青海以外の神性を見抜くのなどわけもない。
 だが所詮は紛い物だな。真に神足るはこの私のみ、他の神なぞ有象無象の木っ端に過ぎん」

聖杯戦争に呼ばれる数多の英霊には自分と異なる神が集まってくるのをエネルは当然知っている。
さして気にする事でもない。恐れを神に置換するのはどの国でも同じだ。
むしろ、そんな相手を倒し誰が真に神を名乗るのに相応しいかを英霊共に知らしめるのも悪くない。そんな風に思ってすらいた。

「いいぞ、来るがいい。神のゲームは始まったばかりだ。
 丁度よく準備運動も終えて興が乗ってきたところ、貴様も遊戯の駒ならば精々楽しませるがいい!」

挑戦者をエネルは拒まない。神にとって祭は大いに望むところにある。
一騎二綺湧いたところで己は揺るがない。倒れないと豪語して憚らぬ。
それは勿論、集まる衆生でなく自らを愉しませる生贄の祭壇と同義といえたが。
生前スカイピア全土の勢力、神隊、神官、シャンディアの戦士、青海から来訪した海賊一味を含めた争いをサバイバルゲームと評したように。
ひとりひとり追い詰め地に伏せていくのも快感だが、やはり蹂躙とは多勢を纏めて跪かせるのが格別である。


「いや、それには及ばない。オレには此処で戦う意思はない」


だが、完全に戦闘の享楽に傾けていた思考は、カルナの一言で一気に冷や水を浴びせられる格好になった。

「……………貴様は何を言っている?」

などと、心網(マントラ)を使うのも忘れ冷えた声色で問うのも無理からぬことであった。

「言葉通りの意味だが。オレがマスターから受けた命令は、この場で起きた戦闘を止めさせ、巻き込まれる犠牲者を生まない事の一点のみ。
 退けばそれでよし、追いはせん。だが戦いを継続してこれ以上被害を広げるようならば、こちらも手を出させてもらう」

戦う気はない。だがここで続ける気であれば自分も加わり強制的にでも戦闘を止めさせる。
言わんとしている内容はそういうことだ。そういうことだが……それを実際の戦場で告げるのは話が別次元だ。
英霊同士の殺し合い。常在戦場が必然たる聖杯戦争において、勝ち誇るライダー(エネル)に対し、ランサー(カルナ)は戦闘を止めろと言ったのだ。
余程空気を読めてなければ口にすら出来ない発言である。

「……命乞いにしても度を越えたな。期待外れにも程があるぞ。とんだ臆病者のマスターもいたものだ。それに従う貴様もな」
「オレの意思は関係あるまい。マスターが臆病なのは認めるがその上で自らの意思選択をした。その選択を咎めることは誰にもできない。オレはその意のまま動くだけだ」

生真面目に返答するカルナにも、エネルは無関心だった。既にこの相手に戦いを愉しもうという気は萎えていた。

「もういい。貴様は不要だ。即消えろ」

不愉快そうに、虫を払う動作で雷霆を投げる。
出力は一千万。塵を跡形も残さず掃除するためには勿体ないぐらいの破壊力。
白光が迫り、逃れようのない死の洗礼である暴雷を―――――――装甲を張った右腕を軽く振っただけで明後日の方角に飛んでいった。

「それが答えか。いいだろう」

片手で弾かれた雷は儚いまでに霧散した。
振りぬいた右腕には何の痕跡も残っていない。
代わりに燃え上がるのは炎。火傷とは違う、カルナ本人の内から出し揺らめき。

「ならばマスターの命により、お前を此処から退かせる」

地に縫い止められた槍を引き抜く。炎は槍に移り、眠れる神気を顕にした。

「不遜なり!青海の白ザル如きが神に退場を迫るとは!」

怒気に満ちたエネルの叫びが、稲妻となって周囲に飛び散った。
輝く腕が輪郭を解れさせる。悉くを打ち砕く神の弾丸を撃ち出すための大砲の筒へと変化し、溢れる魔力が装填される。

「座興は終わりだ。そこの雑魚諸共消し飛ばしてやろう!"神の裁き(エル・トール)"!!」

鼓膜を破壊する、号砲の快音にしか聞こえない雷鳴。
天頂からの落雷ではなく、真横に吐き出される魔力はまさしく、巨大な大砲の砲撃そのものだった。
カルナのみならず、背後のパチュリー達をも纏めて一網打尽にする規模。サーヴァント二綺を戦闘不能にした雷の大波濤が再び襲いかかる。
そんな必滅の魔力を前に、カルナは見る者の眼を疑う行動を取った。
正確には、動かなかった。
横に避けるでも、迎撃するのでもなく、両腕を交差し仁王立ちの姿勢に構えたのだ。

「愚か者めが!ハエを庇って死に急ぐとはな!!」

余波を食らったに過ぎない胴田貫やリュドミラと直撃の"神の裁き(エル・トール)"とでは話が違う。俄かの防御策や気合で耐えきれるほど温い熱ではない。
誰もが地に横たわるざを得ないからこそこの技は裁きと呼ばれる。サーヴァント一体の壁なぞ容易く貫通してパチュリー達も焼き焦がすだろう。
まして自分のマスターですらない、他のサーヴァントと契約するマスターを守るために残るなど何の意味もない。愚かな自殺行為としてしか映らなかった。
水平方向に撃ち出した"神の裁き(エル・トール)"はランサーを消し、その向こう側の広告塔の看板に風穴を空けて彼方に消えていく。
高所なのだからビル階層でも狙わない限り通行人を巻き込むわけがない。ちゃんと計算に入れての攻撃だった。

……なのにいまだ雷撃はカルナを貫けず、それ以上の前進を押し留められている。
海岸に押し寄せる大波に人が立ち塞がるようなもの。自然の猛威には人間なぞなす術なく一呑みにされるしかない。
けれど、カルナの五体は緻密に計算して積み上げられた防波堤のように立ち塞がり、粛正の雷を抑えていた。
神の裁きを受け止めるカルナの姿は、天の蒼穹を両腕と頭のみで支える巨人の逸話を再現しているようでもあった。

「……!?」

よもやの事態にエネルの思考が乱れた隙に、逆にカルナが前進した。
痩身でありながら踏み出す足の力強さは巨象が豹の速度で駆けるにも等しく、押し込まれた"神の裁き"が遂に臨界に達した。
飛行船並のバルーンにナイフが刺さったみたいに割れる、肝の小さい者であれば心停止に陥るほどの破裂音。
さしたる損傷もないままに"神の裁き(エル・トール)"が通っていた道を抜ける。
エネルが大砲ならば今のカルナは発射された弾丸そのもの。
背に炎を背負ってジェット加速する、一本の槍となってエネルの元へ疾走する。

「2000万V放電(ヴァーリー)!!」

迎撃は素早かった。
両の掌から打ち出された稲妻の檻が徒手の間合いにまで肉薄していたカルナを挟み込んで撃ち抜く。
白雷に絡め取られたのも、しかし一瞬のことだった。
エネルは目の当たりにしたのだ。
浴びせた雷が肉体にまで流れることなく、それより前に表面の鎧を伝って空中に散っていくのを。
まるで宇宙に煌々と燃え盛る太陽に、星の下を走るだけの稲妻が届かないのが当然だと教え込むように。
電流が意思を持ち、その鎧に触れる恐ろしさのあまり我先にと虚空に逃げていく、悪夢のような光景を。














その瞬間のエネルの表情を、どう表したものだろうか。

眼窩から飛び出しそうなほど目を見開き、顎も関節が外れかねないぐらいに大口を開けている。
焦燥と驚愕と困惑と絶望が一斉に押し寄せ、ない混ぜになって処理が追い付かない。
絶対と信じ切っていたものが目の前で音を立てて崩れ去っていくのを目の当たりにした時、こういう顔をするものだろうか。




生前の体験がリフレインされる。
忌まわしき敗北の記憶。
認めがたい屈辱の記録。
無敵を誇り、最強に何の疑問も持たず神の座に君臨していた絶頂の頃に現れた、ある青海の人間。
取るに足らぬいち海賊に過ぎぬはずが、頼りにしていた力が一切通用せず無防備に拳を食らった謎の体質。






エネルは思い出した。
記憶から忘却し封じ込めていた、かつての『恐怖』の感情を。





「貴様、まさか『ゴム人間』……!!!」





それより先を言い切ることは出来なかった。
黄金の手甲とそこに纏われる炎、そしてカルナ自身の燃え上がる『覇気』が込められた拳は。
エネルの生身のままの頬を、すり抜けることなくごく当たり前に打ち抜いた。



「!!!???」



受けた衝撃と痛みへの理解も追いつかぬまま。
エネルの体は殴られた勢いのまま彼方へと飛ばされ、向こう側の広告塔の看板に風穴を空けて落ちていった。







                      ▼  ▼  ▼






炎を背に纏って軽やかにカルナは着地した。
我が手を見つめ、手応えを得たのを確かめる。
肉を打ちすえ、頬骨を砕いた。エーテルの体に記憶と共に染みついている、生前何度も重ねた打撃の感触だ。


鎧で雷撃を受け止め、魔力放出で一息の間に距離を詰め、炎を纏わせた手甲を嵌めた拳で殴る。
以上三手が、カルナがエネルに一撃を喰らわせるに要した工程であった。
瞬間的に魔力を引き出した全開の一発は、無敵を誇っていた神の体に誤魔化しの利かない痛打を与えた。


エネルが有する常時発動型の宝具『神の名は万雷の如く(ゴッド・エネル)』。
悪魔の実『ゴロゴロの実』を食した事で身についた特質こそはエネルの自信の理由。
肉体自体が雷電となり大自然の力を自在に行使でき、凡そ物理的な打撃は透過される。
自然(ロギア)系と呼ばれる強力な悪魔の実でわけても最強に数えられる、神を称するに相応しい能力だ。

しかし全てに例外はある。抜け道のないルールはない。
相互能力の相性。神秘はそれを上回る神秘を前に塗り潰されるという絶対則。明暗を分けたのはその二つだ。

カルナの全身に埋め込まれている防具型宝具、『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』。
父なる太陽神スーリヤの威光が形をとった是こそは、カルナが不死身の英雄と呼ばれた所以。
あらゆる敵対干渉を九割方削減させる神の恩寵は、たとえ神域の雷撃といえど貫けるものではない。
加えて鎧部分が全身に及ぶ以上腕の手甲にも恩恵があるのは自明の理。
降り注ぐ災禍を退ける防備は、単純な神秘性の高さで雷化による透過を防ぐ攻めの一助と機能したのだ。

しかも念の入ったことにカルナは拳に自らの魔力を炎として付与していた。それが第二の相性。
エネルの世界、青海の強豪達が使う"覇気"のうち武装色と呼ばれる種類がある。
拳や武器に力を注入する事で、形なき自然系の能力者を捉える代表的な対抗手段として知られている。
カルナの炎は自然系共有の無敵を破る、武装色と同等の効果に含まれ更なる決定打を与えることに成功していた。

鎧と覇気。期せずしてエネルに対するふたつの特効を併せ持っていた因果。
空島には存在しない絶縁体であるゴム。その特性を悪魔の実で身に着けた『ゴムゴムの実』能力者。
生前自身の天下を脅かした天敵の再来は、その結果すらも再現したのだった。


しかしカルナは表情を崩さず、あくまでも正確に分析する。
神の無敵性を破り痛打を与えたるために、カルナは自ら課していた魔力のセーブを一時解かなくてはならなかった。
ただでさえ超級の宝具を幾つも揃えたサーヴァントとしての現界は劣悪な燃費を要求している。
そこに魔力放出の重ねがけを無遠慮に行えば、未だ発展途上のマスターの蘭子へ命に関わるほどの大きな負担を強いることになる。
強力なサーヴァントほどその実力を発揮するのにより多くの魔力を要する。カルナもまたその例外に漏れないでいた。


"―――そう容易く攻め切れはしないか"


今の一発は運が向いただけだ。油断しきっていた相手の隙に差し込んだ形だけでしかない。
それも魔力放出による加速がなければかわされた可能性がある。
マスターを慮りはしても、戦士であるカルナはエネルの力量を侮らず真摯に向き合う。
弱みにつけ込むのみが能の悪夢(タタリ)とは違う大英雄の観察眼は、此度の相手を易々とねじ伏せられる相手ではないと判じた。






「―――で、どういうつもりなのかしら、貴方」

黙考するカルナに、不愉快さを隠さず冷たく問い詰める声があった。
全身の痺れから復帰を果たしたリュドミラだ。
よく体を見れば、小柄な手足には髪の色と同じ衣服とは違う薄い透明な膜に覆われている。
それに周りの空気も、カルナが発した熱気のせいでほぼ分からなくなってるが雪が降っていてもおかしくない気温にまで落ち込んでいた。
ラヴィアスの常時流している冷気を意識的に放出して、火傷の応急措置を施しているのだ。
これをクリムと、ついでに胴田貫にも施してある。持ち前の継戦力と合わせて回復した胴田貫は唯一雷を受けてないパチュリーを守るように立っている。
二綺が戦端を開いた最中にも、戦姫は抜け目なく再起の手筈は整えていたのだ。

そしてリュドミラは今、もう一人のランサーに対して槍を突き付けている。
結果を見れば、突如として姿を見せたこのランサーに助けられた形だ。
だがそれで安易に気を許して下出に出るべきではない。
付け加えれば、下での火災がこの男の仕業であれば自分達を誘い出す算段の可能性もある。狙いが不明瞭な限りはまだ要警戒対象だ。

「それは戦いに割り込んだことに対してか?
 戦士にとっては斃されるより横やりを入れられる方が誇りに抵触する……その気持ちは理解しているが、これも命令だ。間が悪かったと諦めてもらおう」
「よく回る口ね。それで、見逃せば勝手に消えてくれた敵をわざわざ助けて、どう恩を売るよう命令されたのかしら?」

リュドミラの言には自虐が混じっている。
聖杯戦争がバトルロワイアルの形式を取る以上、落としやすい陣営は早期に落とすのが定石である。
先ほどまでのリュドミラ達は、業腹なことにそれだった。
その絶体絶命の窮地を救ったランサーはまさに天の恵み、差し伸ばされた救いの手に等しかった。
尤もそれは、こちら側から見たのみの場合だ。
他陣営同士の戦闘は初めは見に回るのが定石だ。
遠目から成り行きを観察して情報を得るもよし、潰し合わせて互いに疲弊したところを討つもよし。
そこに割り込んできてひとり戦果を丸ごと掠め取るのなら、野蛮ではあるがまだ理解できる。
だが殺し合う敵、それも初見の相手を体を張って守護しに来たなどと、どうして信じられよう。
だからリュドミラは何らかの利用価値を見出されて助けられたものと真っ先に疑ってかかっていた。
敗死寸前を救われたのだから、何か法外な報酬でもふっかけられるのではないかと内心穏やかではなかった、のだが。

「いや、特には」

簡素に、そしてあっさりと、カルナはそれを否定した。

「マスターの命令は先ほど言った通りだし、それ以外の含みはない。
 そして"守るべきこの館内の者"に、他のマスターやサーヴァントも含まれるのも当然の帰結だ」

事実、本人には含むものなど始めからないのだから、そう言うしか他にないのだった。

「つまり利益も見返りも勘定に入れずに、ただ私達を助けるためだけに動いたとでも言うわけ?」
「ああ」
「…………本気?」
「嘘を言った憶えはない」

開いた口が塞がらない、とはこういうことか。
無私無償。溺れる者の手を掴み義によって助太刀する。
英雄らしいといえばらしい、典型的な行動原理ではあるが、これは限度を超えている。
それでいてお人好し、というわけでもない。マスターの判断らしいがこのサーヴァント自身の感情はどうなのか。リュドミラにはまるで読み取れない。
損得で動かないというのは、悪辣な取引を迫る輩よりもある意味タチが悪いものだ。

「オレにしろ奴にしろ、続けるというならばそれも構わん。
 だが最低でもマスターは遠ざけてからにした方がいい。回った毒が抜けなくなるぞ」

リュドミラの動揺をよそにして、カルナは構わずに言葉を紡ぐ。

「毒ですって?」
「この聖杯戦争が異形であることには気づいているだろう。オレ達サーヴァントの神秘は変質している。
 英雄の光は眼を潰す闇に堕ちた。人の精神を冒す悍ましき狂気に満ちている。
 現に、戦意を向けたわけでもないオレを見ただけでそちらは中てられてしまっている」

そうして視線をリュドミラから外す。
目を向けた方向には、胴田貫の後ろで、膝を折って項垂れたまま動かないパチュリーがいた。
連続して雷と炎の神秘に晒された精神は既に許容量を超え、一時的な虚脱状態に陥ってしまっている。
目の焦点は合わず憔悴し切っている。ここでの会話も聞こえているかどうか。

「奴はこちらで引き受けよう。オレからは以上だ」

そう締め括り、身を翻して未だ煙る広告塔に向き直る。
晒した背中は無防備に見えていて、けれど隙が見当たらない。
舐めているのか。絶対の自信の表れか。それとも本気で疑ってないのか。


……ラヴィアスで冷やした思考の最も凍り付いた部分が計算を組み立てる。
明らかに自陣営は瓦解している。
マスターは傷つき同盟相手は意識が朦朧。態勢の立て直しはどうしても必須だ。
二度に渡る敗北と、助け舟を出される屈辱。舌を唇を噛み切りたくなる激情が今も口腔を満たしている。

しかし、そう……だからこそ見直さなければならない。
二度も起きた幸運。誇りを引き裂かれながらも繋いだ命脈。
マスターに意識があったら、これも己の才智が引き寄せた好機とでも軽口を飛ばすだろうか。
ついた泥を洗い流し家名を穢された罪を清算するためにも、ここで消える訳にはいかない。

「……いいわ。なら殿は任せます。行くわよセイバー」
「おいおい、俺もついていくのかよ」

呼ばれるとは思ってなかった胴田貫は嫌々そうに顔を歪める。

「一度盟を結んだ相手を軽々に捨てはしないわ。まだ価値がある限りはね。
 心配しなくても寝首を搔くなんて下水の鼠じみた真似はしないわよ。貴方一人で今の彼女を守り切れる算段があるのかしら?」

痛いところを突かれて押し黙るしかない。
切った張ったが専門分野の自分であるのに、刃を握るマスターがこの様子のままでいるのに大いに気を揉んでいたところなのだ。
治療を請け負ってくれるというのなら願ったりだ。

「……しゃあねえか。てなわけだ、動けるか大将?」
「……」
「駄目か。後でまた荒れるなあこりゃ」

頬をぺしぺしとはたいても反応を見せないパチュリーを大雑把に肩に担ぐ。
リュドミラは両腕でクリムを抱きかかえて手近なフェンスの上に乗り上げた。


「″赤″のランサー」


リュドミラが呼びかける。
呼称に特に意味はない。せいぜい炎を現出させた点から想起しただけ。
単に、同じランサークラスに区別をつけたかった程度だ。

「必ず生き延びなさい。そして事が済んだら、マスターを連れて会いに来なさい。
 非礼とお礼その他諸々を纏めた茶会で、とっておきの紅茶(チャイ)をご馳走してあげるわ」

あくまで不敵に、誇り高く微笑んで。
自分にとって最大限の敬意を込めた誘いを送り、フェンスを蹴って下に降りて行った。

「じゃあな。縁があったら俺とも一戦交えてくれや」

胴田貫も続いて消える。
これで屋上にはただ一人。カルナも漸く肩の荷が降りる思いになる。
英霊の神秘性が狂気を呼び起こす聖杯戦争でカルナがマスター以外を守るのは不利が大きい。
庇ったマスターにカルナの魔力で脅えが生じる本末転倒になるためだ。
二人も別陣営のマスターを近くに置いて戦うのは枷をはめられるのと同義だ。無論それを不満に思うカルナではないが。


一時の静寂が訪れた空間が俄かに震動、いや鳴動する。
広告塔に空けられた虚空から、魔力の大塊が噴出した。溢れる熱気と怒涛の勢いはまるで間欠泉。
それをカルナは体で受けるのではなく、手にする槍で応じる。
霞をかき消す呆気なさで雷気に満ちた魔力が斬り裂かれた。


「よくも―――やってくれものだなランサァァァァァ!」


稲妻の残像をつけて、激憤の叫びを上げるエネルが帰還した。
拳を受けた左頬はまだ肉体の再構成が追いついておらず、肉も骨も見せず不定形に波打っている。
その形相は憤怒に染まり切っている。怒髪天を突く勢いで周囲に放電が舞い散った。
他の主従の姿が消えている事など完全に頭に入っていなかった。

「神である我の裁きを受け入れず、この身に傷をつけおって!
 あってはならない障害だ、愚かなりゴム人間!英霊となっても性懲りもなく私の道を阻みに来るか!」
「ならば降参するか。前言を違える気はない、退くなら追いはせんぞ」
「―――ッ!調子に乗るのも大概にしろ白ザルが!」

挑発―――エネルにはそうとしか聞こえなかった―――を聞き、雷鳴にも等しい怒号を上げてかき消える。
電速で飛び繰り出す三叉槍を、黄金の槍が猛然と撃ち落とす。
余人を寄せ付けさせない衝撃波の暴風域が形成される。
咲き乱れる雷花。踊り狂う気迫の嵐。衝突した力と力がせめぎ合う。
弾かれては引き合い、触れては弾く槍撃の電流火花。
見えない引力に引っ張られながらも、互いに合一する事を否定するように、二極の英霊は必殺の意志を武器に込めて交差させる。


打ち合いに優勢に立つのはエネル。
やはり"心網(マントラ)"による読心の利は多大なるもので、豪速のカルナの槍を全てかわしていく。
無味乾燥なほどてらいのない、容赦のない一撃は捕えられれば壮絶な威力を誇るだろうが、あくまでも当たった場合だ。
敵の気配を探り、常に"次の一手"を先んじて知れるエネルが、その身に宿る稲妻の速さを以てすれば避けられぬ道理はない。
シビれさせるだけが能ではない。たとえ雷が効かずとも肉弾だけでも他のサーヴァントを制する自信がエネルにはあった。
長大な槍の攻撃のほんの僅か、常人からすれば電流の走りに満たぬ間に次々と刺突がカルナの全身に入っていく。

しかしそれでカルナがなすがまま翻弄されているのかといえば、それは否だ。

「なんだこの硬さは……!貴様、ゴムではないのか!?」
「生憎と、そうした材木とは縁がなくてな」

三つ又の槍には常に手に持つエネルからは、電流とそれに伴う熱が伝導し一種の電熱スピアとして機能している。
ゴム人間も斬撃や熱には肉が焼け血も流れる。いやゴムでないにしても十分脅威になる攻撃だ。
にも拘わらず、当のカルナは一切の痛痒も見せない。
幾度となく刻まれながら、その白い痩躯にはひとつとして傷らしい傷が残らないでいた。

攻撃が当たらず、フェイントにもかからないと見るや、戸惑うどころかより槍の冴え渡らせるカルナ。
守りは最小限に。今は攻勢こそが守勢を上回る生存を切り開く。
動きを読まれているならば、さらにその先を読み予測も追従できぬほどに攻め続けて引き離せばいい。
そんな単純極まる、そして実現はおよそ不可能に見える荒業を槍の英霊は実行しようとしていた。



―――その武練の卓越さは神域に至り。
一息をつき終えるまでに一体どれほどの突きが放たれたのか。時計が針を刻む数瞬にどれだけの戦闘の状況を想定しているのか。
右の薙ぎ払いをかわした次は。雷化して背後に回り込んだ次は。その次を。次を。誰も見通せぬ『次』を。
徒労は感じない。疲労は忘れた。処理が追い付かぬまで走り続ける。
読心があらずとも、己には神話の大戦を潜り抜けて練磨された眼力があり。
燃え盛る列火の絢爛さと、針の穴に糸を通す精密さが一体となった隙の無い体捌き。
一意専心を込めて果断に攻めるカルナの技量は、エネルの想定を遥かに超えていた。攻め手を逸し、回避に専念しなくてはならないほどに。



一方は全身が残像を遅いと嗤って置き去りにし。
一方は手足の末端部分を不可視の術をかけられたかのようにかき消す。
全体の速度ではエネルが勝り、微細な体捌きでの技量ではカルナが上回っている。
実際に電気を走らせ、サーヴァントすら目で追えない領域にまで突入しようかという超高速の斬り合いの中で、ついにたまらずエネルが距離を取る。
技巧の比べ合いを放棄。戦士として相手より劣る証明。
それがどうした。全ては神の力を以て斃せればそれでよい。
背中から太鼓のひとつを柄で叩く。すると太鼓はたちまちに膨張して形ある雷に変わる。

「三千万V、"雷鳥(ヒノ)"!」

迅雷という嘶きを張り上げ、殺戮の猛禽が飛翔する。
翼を広げ迫りくる"雷鳥"は逃げる獲物をどこまでも追いすがる。羽の一枚でも掠ればそこから絡めとり全身を焦熱させてでも狩り取りにくるだろう。
だが既に雷の洗礼を払っているカルナに怯みはない。心臓を啄みに来た嘴を五指で掴み、素の腕力で口腔まで握り潰す。
そのまま地面に叩きつけられてから拳を深く抉り込まれ、"雷鳥"は制御を失いその身を散逸させた。

「やはりな、あくまで弾くのはその鎧か!」

"雷鳥"は囮だ。高出力の技で出方を見て無敵の秘密を看破するのが本来の狙い。
見立て通り、奴は全身が雷を無効化しているわけではない。身に埋め込まれた鎧のある個所で迎えている。
"雷鳥"にかかずらってる隙に接近して、腕と肩の鎧部分に手を置く。

「"雷治金(グローム・パドリング)!!"」

発電熱による金属操作。
自身の「のの様棒」も同様にして矛に精錬させたものだ。
宝具であれ雷流を直接送られれば形状を歪めさせ、引き剥がしてみせるという目論見なのだ。
金属の融点なぞとっくに超え、上昇し続ける熱は周囲にも伝播し大気を浸食する。
おぞましき魔力の捻じれが空間をかき乱す。
繰り広げられる傲岸なる神の処刑場。
狂い悶えるが如く散る火花。


その中でも。



"融けぬか……!?"



なお崩れぬ精神が在る。
原型を留める肉体が大地を踏みしめている。

鎧で分散されてるとしても生身に流れ続ける熱は零にはならない。
骨肉は融け、目玉も落ち、想像を絶する激痛が襲っている筈だ。
それなのにカルナの目はどこまでも清廉で。
苦痛に歪めもせずに。眼前のエネルから決して視線を逸らさず、滾る意志を放つ。


「―――梵天よ、」
「!」


そして前髪から覗く瞳に熱烈なる魔力が充填されていき。


「地を奔れ!」


それまで受けた熱を返すかのように照射された視覚化された眼力が、視界に収めた空間を焼き尽くした。
先ほどエネルが突っ込んだ広告塔は、今度は熱線により看板そのものの存在が滅却される。
咄嗟に上空に飛び難を逃れたエネルだが、予想しえなかった反撃に肝を冷やしたあまり"心網"の精度に陰りが生じる。

「しまっ……ッ!」

一泊置いて危機感に戦慄し下に目をやるが、時既に遅し。
既に敵者は同じく中空まで飛んだ位置から、黄金の左ストレートを腹腔にぶつけた。

「ガフ……ッ!!」

再び、拳の感触。
己の意思と無関係に急降下し、叩きつけられる体。
肉が弾ける衝撃は骨に伝導し臓腑を掻き乱す。思考が濁流に押し流されていく。
受け身も取れず地面に激突した衝撃で意識が霞む脳内は、ただ己が跪かせられているという事実を認識する。

「おのれェェェェ!!」

体を苛む痛み以上の激憤が、落ちかかっていた意識を覚醒させた。
すんでのところで雷化して槍の追撃から退避する。今の一撃をまともに食らっていたら絶命は免れなかっただろう。
一息で追いつかれない距離のフェンスの端で実体化し敵を睨む。
黄金の鎧の隙間から煙が吹いた姿は決して無傷ではない。ダメージは確かに与えている証拠だ。
それなのに安堵できない理由。神の雷霆を受けていながら衰えを見せない鋭い眼光。
神であるエネルを見据える視線には恐怖が全く見えない。
心網で読み取れる心理に偽りはなく、故に虚勢でないと否応なく理解させられ、その事実がより一層忌々しい。

「その槍、その鎧、その炎……そして何よりもその目!貴様の何もかもが私を苛立たせるな。
 『恐怖の否定』は『神の否定』!遍く全ての神は絶対の存在として恐れられるよう出来ている!神の血を引きながらそんな事も分からぬか!!」

留まるところを知らない怒りがそのまま電気に変換され、今や空には邪悪なる樹(クリフォト)が根を張っているかのように稲妻が充満している。
そんな状況でもカルナは至極冷め切った声を返した。

「恐怖こそ信仰の源泉か、それもまたひとつの理だろう。神とは往々にして畏怖される事で信仰を保つものだからな。
 だが神とは超越者であると同時に与えるもの。忌み嫌われる神もその根底には穢れを引き受けてくれる事への感謝がある。
 畏れと敬いは表裏であり、だからこそ神は様々な側面を備えている」

自らを神の零落と謳い後世に真に神と結びつけられる英雄がいる。
偉大な事業を成した事で新たな神に召し上げられた聖者がいる。
エネルはそのどちらにも及んでいない。既存の神話を背景に置くことなく、人を畏怖させ、従えるのみで歪なる神性を得た。
外と分けられた小さな世界において、神(ゴッド)・エネルは正に唯一の君臨者でいられていた。
その信仰を基にして投影されたサーヴァントへの言葉は英霊の瑕―――生前の敗北の歴史を暴き立てる。

「人は理解できない恐怖に呑まれながらも、常にそれに抗い未踏を切り拓いてきた生命である。
 その陥穽に気づいているか、奪う神よ。お前という恐怖に従わぬ者が現れた時点で、その信仰の礎は瓦解しているとな」

黄金の穂先が、証明するようにエネルの首元に向けられる。

「そして―――オレもまた英雄だ。この命ある限り、相手取るのが一国の軍勢でもおぞましき邪神であろうとも、等しく恐れる道理はない」

告げられた声には、決然とした信念。
呼吸の乱れなく佇む姿勢は万夫不当。地を焦がす万雷にも燃え尽きぬ灼熱の陽光を宿らせて、恐怖の象徴に宣言する。



「――――――よく言った。ならば見るがいい」



人の声に聞こえない、それまでの怒気が消え失せたと思えるほど底冷えた声がした。
だがそれも一瞬のこと。ある感情が臨界を超えるほど高まり振り切った時、一端ゼロにまで反転する錯覚でしかない。

「我が真なる裁き―――児戯とは比較にもならん神の力の降臨を!
 そしてその上で聞いてやる、今の痴れ言をもう一度言えるのかをなァ!!」

落雷の衝撃音に匹敵する怒声。
いま二人の頭上で、魔力が渦を巻く雷雲と化し、集合してひとつの形を成そうとしている。
湧き上がる凄絶たる魔力にカルナも目を見張る。言う通り、発揮される力の規模が違うと、顕現するよりも前に眼力が見抜いていた。
ライダークラスのサーヴァントは強大な宝具を乗機にする傾向が強い。
その例に漏れずエネルももうひとつの宝具を所有していた。
肉体そのものである宝具を全力稼働させて初めて機能を解放する、神(ゴッド)・エネルが実行しようとした最大の逸話の象徴を。

暗雲の中で、今度こそ質量ある物体がその実在を確固たるものにする。絶望を乗せたものが錨を下ろす。


「来れ『雷迎』!黒雲を走らせて現れ不出来な大地(ヴァース)を砕き散らし、目映き神の世界への道を開け!
 宝具解放――――――――――」






『そこまでです、ライダー』







最終宝具の解放が行われんとした、まさにその寸前。
玲瓏な声が、聴覚を超えた感覚、精神に向けて直接二人に届いた。

人ならぬ小動物、鳥に羽虫、草花に土、街で起きた殺戮の被害者の霊までもがその声に聞き入った。
それほどまでに遍く存在に、奥深くまで届いていく響きがあった。
まるで、精霊か天使かの歌声の調べ。
そしてその思念の発信源は、二綺の英霊が居合わせるビル屋上のフェンスの上に乗っていた。

赤子ほどの背丈に垂れた尾。
短い手で抱えた分厚い書物と帽子は智慧を司る象徴か。
人の種では到底ありえない霊体的存在には違いない。
しかし規格外に余りある魔力は、実際はサーヴァントのものですらなかった。
それはこの聖杯戦争に召喚された、どのような神に連なるサーヴァントであろうとも絶対に、絶対に持っていない神聖さに満ちていたからだ。

その名をシャマシュ。
メソポタミア神話の太陽神にして、正義の法と裁判の神。
名を借りた神性ではない、英雄跋扈する聖杯戦争においてすらおよそ召喚される可能性のない、純全な神の化身。

『ここでの宝具の開帳は許可いたしません。我がサーヴァントよ、今すぐ戦闘を止め我が許に戻るがいい』

そして童子を通して発される少女の声は、幼げで無垢でありながら容赦のない鉄の苛烈さを伴っている。
霊を操り共に歩む者、シャーマン。
その枠組みの内でも最上級に分類される、神霊すらその身の巫力で実体化させる正真正銘の『神』クラスと称される存在。
十の法を行使するシャーマン組織『X-LAWS』のリーダー。そして今はサーヴァントを率い聖杯を望むマスターの一人。
『聖・少・女』アイアン・メイデン・ジャンヌは、己がサーヴァントに断とした口調で命令した。



「……なんのつもりだ、貴様?」
『汝は、その令呪の効果を忘れたか。無辜の民がいる場所での戦闘行為の一切を私は禁じていたはず』

少女期を超えていない声は、しかしあどけなさというものを感じさせない。
愛らしさが全面に出ているだろう年頃でありながら、宗教の組織の長であるような威厳との落差は恐ろしくすらもある。
そこに人は聖なる信仰を見て、あるいは人間ではないモノへの恐怖を抱くだろう。
幼く、純粋無垢で、穢れを知らない純粋さが想起させる色は白。
万象全てを塗り潰す、絶対の白だ。

「何を言い出すかと思えば……いつまでも物見遊山の気分でいるマスターに代わって自ら敵サーヴァントを探し出してやったのだぞ?
 逃がした二匹とそこの愚か者を含めて都合三匹。首尾よく仕留められたものを邪魔しようとは。
 聖杯を望むマスターの振る舞いとは思えんし、神に対する態度でもないな」

マスターの諫言にも、エネルは傲岸さを改めず鼻を鳴らす。
自分はあくまでサーヴァントの務めを果たしてるだけであり、感謝こそすれ諫言を受ける謂われなどどこにもありはしまいと。

『ならばこの場で続けますか。その英霊との戦いが早々に決着が着くと思っているなら今すぐ改めるがいい。
 そしてこのような街中で宝具を解放しようものなら、如何なる結果が待つか読めないはずもないでしょう』
「……」

口元をひくつかせ、エネルは不快げに下の街を睥睨する。
負けはしない。そこは確信している。だが全力を以てあたる必要はある。
だがそうなれば確実に街の人間にまで影響を与える。それほどまでに秘蔵する宝具は大規模な範囲を誇る。
取るに足らない塵でも、被害を与えた時点で令呪は効果を発揮し身を縛る無数の鎖と化す。
マスターによって冷まされた思考は合理的な言葉を鬱陶しく呟き始める。

「興が削がれた。つまらん」

吐き捨てたその一言と共に、展開されていた魔力が薄れていく。
迸る雷気も、渦を巻く暗雲も、全てが夢幻の如く消え失せた。

「今回はここまでにしてやろう。臆病なマスターに感謝する事だな」

魔力は収まり、しかし視線の険しさだけは残したまま凝縮された殺意でカルナを睨めつける。

「次で終曲(フィナーレ)だ。度重なる屈辱と蛮行、最早貴様の死を以てしか償えん。必ずや神の名の許に我が裁きで誅を下す。
 それまで下らぬ者共に掠め取られてくれるなよ」

絶対の死刑宣告に対してカルナが答えた言葉は―――これまで通りの冷静で、しかしとどこか違う質の意志がこもっていた。
彼をよく知る者でなければ気づく事もできない、些細な変化を。

「その確約、必ず果たそう。どうやら我等は互いに知らずとも切り離せぬ鎖に囚われてるらしい。
 その神(な)を名乗り、その雷(ちから)を振るう以上、オレとお前が相争うのは偶然ではなく、ひとつの宿業だという事だ」

―――その言葉の重さを知る者は、今ここにはいない。
英霊カルナ。インド叙事詩マハーバラタに名を遺す施しの英雄。
太陽神スーリヤより誕生時に賜った鎧と、神々の王インドラから返礼に授かった槍、それらを持つに相応しい器を兼ね備えた男。
その威光に恥じぬ生き方をする事こそを人生の指標とした男が、雷を統べ、唯一の神と奢る英霊(おとこ)と出会った意味を。


「……抜かせよランサー。貴様の最期にはそのご自慢の鎧を剥がし、目の前に揃えた上で殺してやる」

一瞬憎悪を宿らせたエネルだがすぐに感情を醒まして、そのまま放電と共に姿を消した。
甚大な破壊を齎した張本人が消えた事で空間も震えが解けたのか。今度こそ弛緩した空気が流れ出す。
残ったものはただ二人。
カルナとジャンヌのメッセンジャーの役を果たしている、シャマシュだけとなった。

『……感謝します。わたくしの至らなさの為にお手を煩わせてしまい申し訳ありません』

持霊越しの思念でジヤンヌは真摯に謝罪をする。
エネルの行動は全てが間違いとはいえない。
サーヴァントを見つけ戦おうとしたのはジヤンヌも同じ。それをいち早く察知し戦闘を始めたのは結果的に意の通りと言えなくもない。
だがエネルにそのような殊勝な心がけなどはない。
傲岸不遜なあの男は奔放に場を荒らし回り徒にアーカムを危機に陥れようとした。
自らのサーヴァントの制御もできず好き勝手に暴れ回して得た勝利が、ジャンヌの望む正義の道だといえようか。
かつての過ちを認めた今、そのような振る舞いを容認する事はできなかった。

「感謝はこちらがする方だ。オレ一人ではどこまで抑えられたか自信がない」
『ご謙遜を。わたくしが気付くまでに彼の齎す災禍を食い止められたのは、紛れもなくあなたの奮闘のおかげ。
 いずこかの名高き神の血を引く英霊と存じますが、その技量と、無辜の民を守る高潔な精神に感服致します』
「守ると命じたのはマスターだ。その賛辞はオレにでなく我が主にこそ送ってくれ」
「まあ、それは」

互いに礼を尽くし、敬意を欠かさないやり取りは、宮廷の貴族と執事にも近い。
威厳の鎧を脱ぎ捨てたジャンヌの声は柔らかく、年相応のそれになっていた。

「それに、その霊もまた偽りならざる神の化身であるのはオレにも感じ取れている。
 それを付き従えるだけのマスターが令呪を切ったからこそ、あの男も大人しく言葉を聞き入れているのだろう」
『恐れ入ります。あなたのような太陽のごとき素晴らしき英雄が従うとなれば、余程よきマスターなのでしょうね』
「……そうだな、恐らくあちらも大層喜ぶことだろう」

奇妙な構図だった。
今まで激しく首を狙って争ったサーヴァントが、戦ったサーヴァントのマスターとは実に友好的に接する関係にある。
共に神に通じ、神の力をその身に宿す事に通じ合う部分もあったのか。
もしジャンヌがこの場にいてそれを第三者が見ていたとしたら、二人が契約したマスターとサーヴァントだと疑いなく思ってしまうだろう。


『聖杯戦争の舞台である限りはいずれ争う運命ですが、この出会いをわたくしは幸運に思います。 
 ごきげんよう。神の在り方を自らをもって肯定する、輝けるひと。
 どうかあなたとそのマスターに、神の恩寵がありますように」

主の言葉を伝え終わったシャマシュは能面のまま一礼をして、テレビ画面の電源を落とすようにぷつりと消えた。
実際に映ったわけではないが、その寸前に少女がニコリと微笑むイメージを垣間見た。
それは真夏の陽炎のようなもの。虚像でしかないが虚飾ではない。
未だ晴れない雲から差す陽光を見据えて、カルナは呟いた。

「……恩寵か。『オレ達とは違い』汚染されてない神からであれば、その加護も善因に結び付くだろう。
 問題はそれまでにマスターの精神を繋ぎ止められるか……どうやら、オレのすべきことも見えてきたようだ」

そして自らも霊体化し、マスターの元へはせ参じる。
無人になった屋上に転がる残骸。
サーヴァント戦が行われた後、英雄達が消えた今残るものはこれら破壊の痕跡のみだ。
人々は何も知らず、ただ得体の知れない出来事が起きたというだけの、災いの証拠として心に刻まれていく。
ビル風がクスクスと、誰かが忍び笑いをするように妖しく吹いた。





【商業区域・スタジオ"ル・リエー"/一日目 午後】

【パチュリー・ノーレッジ@東方Project】
[状態]魔力消費(小)
[精神]瞬間的ショック(虚脱状態)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]大学生としては余裕あり
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に関わり、神秘を探る。
0.少女呆然中……
1.さっさと大学へ行きたい。行きたいのに……。
2.ランサーのマスター、あるいは他の参加者を探り出す。
3.クリム達を護衛にして立ち回りたい。
[備考]
※ランサー(セーラーサターン)の宝具『沈黙の鎌(サイレンス・グレイブ)』の名を知りました。
※ランサー(カルナ)の宝具発動の魔力を感じ取りました。
※クリム組との同盟を結びました。
※ランサー(カルナ)、ランサー(リュドミラ)、ライダー(エネル)の姿を確認しました。

【セイバー(同田貫正国)@刀剣乱舞】
[状態]全身やけど(冷気による処置)、ダメージ(中)
[精神]正常
[装備]日本刀
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:敵を斬る。ただそれだけ。
1.敵を見つけたら斬る。
2.面倒な考え事は全てマスターに任せる。
[備考]
※ランサー(カルナ)の宝具発動の魔力を感じ取りました。


【クリム・ニック@ガンダム Gのレコンキスタ】
[状態]全身やけど(軽、冷気による処置)
[精神]なぜか正常
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]クレジットカード
[思考・状況]
基本行動方針:天才的直感に従って行動する
0.……
1.パチュリー達と連携し敵を探す。
2.あやめとやら、見つければアサシン主従の貸しにできるな
[備考]
※アサシン(八雲紫)とそのマスター『空目恭一』を確認しました
※空目恭一との間に休戦協定が結ばれています。
 四日目の未明まで彼とそのサーヴァントに関する攻撃や情報漏洩を行うと死にます。
※ランサー(カルナ)の宝具発動の魔力を感じ取りました。
※パチュリー組との同盟を結びました。
※ランサー(カルナ)、セイバー(胴田貫正国)、ライダー(エネル)の姿を確認しました。

【ランサー(リュドミラ=ルリエ)@魔弾の王と戦姫】
[状態]全身やけど(冷気による処置)、ダメージ(中)
[精神]正常
[装備]氷槍ラヴィアス
[道具]紅茶
[所持金]マスターに払わせるから問題ないわ
[思考・状況]
基本行動方針:誇りを取り戻す
0.雪辱は果たすわ、必ず
1.クリムの指示に従う
2.四日目の未明にアサシン主従を倒す
3.それまではマスターの行動に付き合う
4.ランサー(カルナ)とそのマスターが来たら紅茶でも振る舞ってあげましょう
[備考]
※アサシン(八雲紫)とそのマスター『空目恭一』を確認しました
※アサシンの宝具『境界を操る程度の能力』を確認しました。
※空目恭一との間に休戦協定が結ばれています。
 四日目の未明まで彼とそのサーヴァントに関する攻撃や情報漏洩を行うと死にます。
※ランサー(カルナ)の宝具発動の魔力を感じ取りました。


【ランサー(カルナ)@Fate/Apocrypha+Fate/EXTRACCC】
[状態]ダメージ(軽)
[精神]正常
[装備]「日輪よ、死に随え」「日輪よ、具足となれ」
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、その命を庇護する
1.蘭子の選択に是非はない。命令とあらば従うのみ。
2.今後の安全を鑑みれば、あの怪異を生むサーヴァントとマスターは放置できまい。
3.だが、どこにでも現れるのであれば尚更マスターより離れるわけにはいかない
4.ライダー(エネル)との戦いは避けられない。いずれは雌雄を
[備考]
タタリを脅威として認識しました。
タタリの本体が三代目か初代のどちらかだと思っています。
※ライダー(エネル)、ランサー(リュドミラ)、セイバー(胴田貫正国)の姿を確認しました。




【ダウンタウン/1日目 午後】

【アイアンメイデン・ジャンヌ@シャーマンキング】
[状態]健康
[精神]正常
[令呪]残り2画
[装備]持霊(シャマシュ)
[道具]オーバーソウル媒介(アイアンメイデン顔面部、ネジ等)
[所持金]ほとんど持っていない
[思考・状況]
基本行動方針:まずは情報収集。
1.ローズマリー達と共にダウンタウンで過ごしながら情報収集
2.エネルを警戒。必要ならば令呪の使用も辞さない。
3.ランサー(カルナ)に興味の念。
[備考]
※エネルとは長距離の念話が可能です。
※持霊シャマシュの霊格の高さゆえ、サーヴァントにはある程度近付かれれば捕捉される可能性があります。
※ランサー(カルナ)の姿を確認しました。

【ライダー(エネル)@ONE PIECE】
[状態]ダメージ(中)、片側の頬の肉体化が不完全
[精神]憤懣やるかたない
[装備]「のの様棒」
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を大いに楽しみ、勝利する
1.ランサー(カルナ)は必ず倒す。絶対に許せぬ
2.ジャンヌとは距離を取り、敵が現れた場合は気が向いたら戦う
3.「心網(マントラ)」により情報収集(全てをジャンヌに伝えるつもりはない)
4.謎の集団(『鷹の団』)のからくりに興味
[備考]
※令呪によって「聖杯戦争と無関係な人間の殺傷」が禁じられています。
※ジャンヌの場にすぐに駆けつけられる程度(数百m)の距離にいます。
※「心網(マントラ)」により、商業地区周辺でのランサー(カルナ)の炎の魔力を感じ取りました。
※ランサー(カルナ)、ランサー(リュドミラ)、セイバー(胴田貫正国)の姿を確認しました。




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ライダー(エネル
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最終更新:2018年03月10日 20:07