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運命の呼び声~Call of Fate~◆q4eJ67HsvU






 探索者(マスター)たちよ。そして銀鍵の守り手(サーヴァント)たちよ。

 運命の呼び声の時ですと、シオン・エルトナム・アトラシアの姿をした者は、そう言った。




                    ▼  ▼  ▼




 ――すべてを始めるにあたってまず、このアーカムという街についていくつか語っておく必要がある。


 マサチューセッツの州都ボストンより北東20マイル、ミスカトニック河の下流に位置するこのアーカムは、
 港町として知られるキングスポートから程近くに位置し、悪名高い魔女狩りの街セイラムからもまた近い。
 事実、17世紀末のセイラム魔女裁判を逃れた魔女共がアーカムに流れ着き、隠れ潜んでいたという噂もある。
 二人の魔女のうち一人は行方をくらまし、もう一人は街の住民によって縛り首にされたと言われるが、今や知る者は少ない。
 ともあれアーカムという街の起こりは概ねその時期であり、現在のフレンチ・ヒル周辺が最初の集落だったと言われている。

 港町としてのアーカムの発展は近郊のキングスポートの影に隠れて遅々として進まなかったが、
 アメリカ独立戦争においては私掠船の停泊地として、また長距離交易の中継港として、そこそこの賑わいは見せた。
 戦争が終わると貿易拠点としてのアーカムの価値は地に落ちたが、しかしアーカムの真の発展は19世紀に入ってからとなる。
 海上交易が廃れることを予見した人々によって繊維工場が相次いで建てられ、農業や貿易の衰えと反比例するかのように工業が盛んとなった。
 新聞社が設立され、電話線が通り、南北戦争の後にはガス灯が灯り、市警察が設立され、タクシーが走るようになっていた。

 そして何より、この街を支えているのはミスカトニック大学の存在だった。
 18世紀末に貿易商の遺産と蔵書を元に設立されたこの大学はアーカムの中心として成長し、年々その規模を大きくしていった。
 蔵書の充実が魅力となってか市外から名のある学者たちが続々と集まり、ミスカトニック大学の教授陣に名を連ねた。
 19世紀になってニューイングランド一帯を襲った景気の停滞も、ことアーカムにおいては大学の存在がその影響を和らげた。
 ミスカトニック大学を中心とした人の往来が、閉塞した地方都市にありがちな行き詰まりを打破したのである。
 今日に至るまでミスカトニック大学の名は広く知られ続け、アーカムもまた大学街として隆盛を誇っている。

 しかし、このアーカムという街の底には、未だに仄暗い何かが横たわっているように思える。
 旧い魔女狩りの時代から続く陰鬱な空気は、アーカムが経済的に発展した今なお、石畳の下で息づいているのだ。

 曰く、ミスカトニック大学の大図書館には、禁じられた魔導書の写本が眠るという。
 曰く、かつて書庫に忍び込もうとして番犬に噛み殺された青年は、人ならざる異形であったという。
 曰く、魔女の隠れ家と伝えられる場所で寝泊まりしていた学生が、何者かによって心臓を抉り取られて死んだという。
 曰く、街の郊外に存在する廃屋にはおぞましく飛び跳ねる名状しがたいものがおり、近付く者を襲ったという。
 曰く、呪われた漁村インスマウスからこの街に来た者どもは、みな一様に魚めいた異相をしていたという。
 曰く――――

 いずれもただの風聞に過ぎない。だが、これ以上語る必要もないだろう。
 このアーカムで真実に近付くことは、この世ならざる神秘にその身を晒すことに他ならない。
 深淵を覗き込むのならば、心せよ。誰もお前の精神を守ってはくれないのだから……。



                    ▼  ▼  ▼


                  【 01: Library Use 】


 ミスカトニック大学キャンパス内、大学図書館。
 今しがた架空都市アーカムの歴史に関する本を読み終え、《鷺沢 文香》はほうと一息ついた。

「伝説に満ちた街、その裏側に潜むもの……このアーカムは、ただの舞台装置ではないのでしょうか」

 文香は、自分がこの場所にいる意味を今までずっと考え続けている。
 ただの偶然で片付けてしまえば気が楽なのかもしれない。それでも、思案を止められないのが文香の性分だった。
 銀の鍵。聖杯戦争。サーヴァント。そして万能の願望器。
 自分が巻き込まれたそれらについて何も知らないままでは、きっと何も出来ずに終わってしまいそうで。

 ……終わる、というのが自分の死を意味することを思い出し、文香は肩掛けの裾をぎゅっと掴んだ。
 未だに戦争を実感できたとは言いがたい文香にとっても、死を想像するのは恐ろしい。
 きっとこの街で文香が命を落としたとして、誰一人として悼んではくれないだろう。
 家族も、やっと打ち解けてきた事務所の仲間も、そして自分を新しい世界に連れ出してくれたプロデューサーも。
 文香にとって大切だと思える人たちの誰もが、文香の死にすら気付かない。
 こんな見知らぬ街で、孤独に、ただ孤独に、ひとりで……。

「アーチャーさん……っ」

 文香の漏らした呟きに答えるように、叛逆者の英霊《ジョン・プレストン》が実体化した。
 まるで機械のように冷徹な男。文香は未だに彼への潜在的な恐怖心を拭い切れていない。
 それでも、彼が詩の美しさに揺さぶられるような感受性を持つこともまた分かっているから。
 その感受性が自分と彼との縁だったのではないかと、そう感じているから。
 彼がいれば自分は孤独ではないと、ひとりぼっちではないのだと、そう思おうとした。

「……書物もいい。だが、周りにも目を向けろ。もうじき、始まるぞ」

 プレストンは多くを語らない。その言葉は常に端的だ。
 ゆえに人一倍内側に考えを篭もらせるタイプの文香は、無意識に言葉の裏を考えようとしてしまう。
 始まるとは無論、聖杯戦争のことだろう。いよいよ役者が出揃い、戦いの幕が切って落とされる。
 知識を得るのがいかに大事なことでも、いずれ自分の世界で思案を巡らせるだけではいられなくなる。

(私ももっと、他の人と関わるべきなのでしょうか)

 思えばミスカトニック大学に「通い始めて」以来、文香はあまり他の学生と話した記憶が無い。
 人との関わりがなければ、このアーカムで埋もれてしまいそうな、そういう感覚がある。
 試しにこの大学図書館に通う学生とでも、話をしてみるのもいいのかもしれない。

 そういえば、この図書館には講義にも出ないでずっと入り浸っている学生がいると聞いたような気がする。
 あだ名は確か、図書館の魔女――。




                    ▼  ▼  ▼


                 【 02: Natural History 】


 表面上は魔術とは無縁の生活を送っているはずなのに、いつの間にか魔女と呼ばれるようになってしまったことについて、
 正直なところ《パチュリー・ノーレッジ》はかなり辟易としている。

 これでも幻想郷と勝手の違う近代社会へ溶け込もうと、最低限の注意は払っているはずなのだが。
 服装だっていつもの装束では目立ちすぎると考え、自分なりに現代風の格好を揃えてみたのだ。
 いくら現代のアーカムについての知識は持っているとはいえ、流行風俗についてはどうしようもない。

 まぁ、少なくとも目をつけられなければいい。まだ目立つには早過ぎる。
 この聖杯戦争において、自分の正確な立ち位置を定めていない今のうちは、まだ。

「ったく、ようやく戦の臭いがしてきたってのに、辛気臭い顔してんじゃねえよ」
「辛気臭いは余計よ、セイバー。貴方の戦馬鹿に付き合わされたら、こっちの身が持たないわ」

 まだ早すぎる、と言っているのに。
 パチュリーのサーヴァント、《同田貫正国》は好戦的な姿勢を一向に崩そうとしない。
 武者震いというのだろうか、近付く戦いの予感に沸き立っているのがそばにいるだけで分かる。
 刀剣の付喪神のようなものなのだから、武者震いというのもおかしな話だが。

「時が来れば戦わせると言ったでしょう。今は待ちなさい」

 今のパチュリーは魔術師というより猛獣使いだ。
 目を離せば鎖をちぎって獲物に飛びかかりそうな獣を、なだめすかして飼い慣らしている状況。
 猛獣が自分にとりあえずは忠実なのが、救いといえば救いだが。

(戦うことだけがプライド、か。魔法使いとはつくづく無縁の生き様ね)

 彼の在り方を受け入れるには、まだしばらく時間が掛かりそうだ。
 だが、そんなことは関係ない。ここが何処であろうと、相手が誰であろうと。
 パチュリー・ノーレッジのプライドが魔術にある以上は、当面は魔術師の流儀でいかせてもらう。




                    ▼  ▼  ▼


                   【 03: Pilot 】


 戦いの中で、己の力を示すこと。
 それこそが、《クリム・ニック》にとってのプライドである。
 宇宙世紀から幾千年の時をおいたリギルド・センチュリーにおいても、モビルスーツパイロットの矜持は変わらない。
 もちろんそれは、モビルスーツを降りて本来の世界ではまったく無縁だったはずの戦争に加わることになってもだ。

 聖杯戦争。万能の願望器を賭けた、魔術師同士の決闘儀式。
 その手のオカルティズムなるものに対してクリムは造詣など深くはないが、だからこそ奮い立つ。
 トライする。チャレンジだ。運試しに賭けてみる。
 クリム・ニックはそういう事柄に命を懸けられる男である。

「……相変わらず、呑気な様子ね。緊張感というものを教わらなかったのかしら」
「緊張? していますよ。私は常に緊張を保ち、それと同時に緩和を実現しているのだ。
 それが戦場に立つ者の流儀というもの。そうでしょう? 戦姫さま」
「否定はしないけれどね。ある意味大物なのかしら、まったく」
「そうとも。私は大物なのです。稀代の傑物と呼んでいただいて構わない」

 そう言うと、槍の英霊《リュドミラ=ルリエ》は呆れたと言わんばかりに首を振った。
 決して関係が険悪なわけではないのだが、どうも変な奴だと思われているようなのがクリムには不満である。
 とはいえ、それも戦場に出る前までのこととなるだろう。
 モビルスーツの操縦桿を握らなくとも、天才と呼ばれるに足る男であると証明するまで。

「戦姫さまにも近々ご覧に入れましょう。この天才クリムの目の冴える采配ぶりを」
「はいはい、期待はしておくわ」
「これはつれない。だがこのクリム・ニック、大統領の息子という生まれで評価されてきたわけではない。
 この血ではなく己の実力で名を挙げて来たのだ。それはいずれ分かっていただく」

 自信満々に言い切るクリムに、リュドミラは何処か思うところのあるような視線を向けた。




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                  【 04: Credit Rating 】


 生まれひとつで、人を取り巻く世界は何もかもが一変してしまう。
 みすぼらしいボロを纏った自分と、きらびやかなドレスを身につけたかつての親友。
 認められるはずがない、そんなことは。
 私は「選ばれた側」なのだ。「ドレスを身につける側」でなければならないのだ。

「その通りでございます、プリンセス・ローズマリー」
「あなた様こそが本当の姫です、プリンセス・ローズマリー」
「真に高貴な血統はあなたから生まれるのです、プリンセス・ローズマリー」

 自分を称える言葉と共にかしずく者達を《ローズマリー・アップルフィールド》は見下ろした。
 少なくともこのアーカムにおいて、ローズマリーはみすぼらしい孤児ではない。
 歴史ある屋敷に住み、綺麗な服を着て、豪華な食事を口にする。
 まるで貴族のようだ。まるで。

「王子様?」
「ここにおります、プリンセス・ローズマリー」

 銀髪をなびかせて進み出る、この館で誰よりも美しい剣士。
 己のサーヴァント、《グリフィス》の声を聞くたびに、ローズマリーは陶酔感すら覚える。
 この完璧な殿方が、自分のためだけに尽くしてくれるという事実。
 実のところ、この屋敷も、服も、食事も、全て彼の宝具『鷹の団』の一員となった者達に与えられたものに過ぎない。
 しかし、グリフィスだけは別だ。彼だけは本当にローズマリーが所有しているのだ。
 これこそがプリンセスの特権なのだ。

「私、この借り物の暮らしじゃ満足できないの」
「分かっております。あなたに相応しいのは、あなたの為だけに造られた王国」
「なら、貴方のその美しい剣で、私の夢を遠ざける人達を皆殺しにしてみせて?」
「仰せのままに。我が鷹の団が、必ずやプリンセスの敵の在り処を暴き立てましょう」

 その頼もしい言葉に、ローズマリーは頬が熱くなるのを感じた。
 この忠実な騎士は、自分のためなら誰だって殺してくれるだろう。
 そんな男を従える自分は、やはり「選ばれた側」の人間なのだろう。

 ――今この瞬間もグリフィスが嗤いを噛み殺していることに、ローズマリーは気付かない。




                    ▼  ▼  ▼


                   【 05: Law 】


 悪意に満ちた笑みに、《アイアンメイデン・ジャンヌ》は不信の眼差しでもって応える。
 世界に平和をもたらすために聖杯戦争を戦い抜こうとしているジャンヌにとって、眼前の存在はあまりに耐え難い。
 傲岸不遜の極みにして、残虐非道の化身たるもの。
 このような男が『神』を名乗ること自体が、法神を従えるシャーマンであるジャンヌには許せずにいる。

「ヤハハハ、随分と嫌ってくれるではないか。この神を率いる栄誉に浴しているのだ、誇るべきだぞ聖・少・女」
「……戯言を。私のために力を尽くす気など無いのは初めから分かっています、ライダー」
「貴様のためだろうがそうでなかろうが、何も変わらん。我は神なり、神の前に立つ者はただ滅ぶのみ。
 最後に立っているのが我らであれば、どのみち聖杯は降臨し願いは叶う。ヤハハハハ、違うか?」

 違いはしない。しかし、それとこれとは話が別である。
 確かにこのライダー――《エネル》は、此度の聖杯戦争において最強の英霊の一角だろうとジャンヌは考えている。
 自然の猛威そのものを宝具として持つこの男は、その過剰なまでの自信に相応しい戦果をもたらし得るだろう。
 だが、このような英霊に――悪意に満ち満ちた「神」に、自分の運命を預けることが出来るだろうか?

「まあいい。貴様の下らぬ令呪で気晴らしも出来ずにいたが、これでようやく興も乗るというもの」
「……殺しを愉しむなと言ったはずです」
「愉しむのはついでだ。魔術師だろうがサーヴァントだろうが、この神・エネルに無礼を働く以上は当然死んでもらう……。
 どのみち殺すならば、愉しまずば損というものではないか。なに、木っ端英霊ごときでも道化役は務まる」
「……………………っ」

 ジャンヌは奥歯を噛み締めた。
 耐えなければならない。法の秩序があまねく行き渡る、完全平和の世界をもたらすために。
 聖杯戦争集結まで耐えて、耐えて、耐えて……全ての縛りから解き放たれるであろう、聖杯降臨のその時には。
 必ずやこの神を名乗る不遜な男に、法神シャマシュの名において正義の裁きを下してみせる。
 だがそれまでは――この男を、上辺だけでも神と認めなければならないのか。



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                   【 06: Occult 】


 神様は信じるものでも、すがるものでも、ましてや畏れるものでもなく、ただ心の中に想像しては楽しむもの。
 つまるところ《神崎蘭子》にとっての神とは、今までずっと信仰とは遠い概念だった。
 神の実在を心の底から信じなくても生きていけるし、だからこそ光と闇の夢想に遊ぶことも出来たのだ。
 いるかいないか分からない。でも、いたらちょっとだけ楽しいかもしれない。
 空想を好む内気な少女の、それが神に対する認識だった。

 だから、太陽神の血を引くという大英雄《カルナ》を実際に目の当たりにして、蘭子は内心の戸惑いを捨てきれずにいる。
 神の子がいるのなら当然神様も、もしかしたら魔王もいるのかもしれない。
 遠い世界の話だと思っていた存在が、自分と地続きのところにいるという事実。
 確かに存在するのならば、それはきっと、確かに向き合わなければならないもののはず、なのだけれど。

「どうした、主。いつもにも増して顔色が悪いぞ」
「わ、我が白き肌は生まれ落ちし刻よりのもの! 決して心の内なる泉に翳りが生まれるなどということは――」
「そうか。ならいいが」
「…………うぅ」

 率直に言えばまだ分からないのだ、彼のことが。
 太陽神スーリヤの息子、不死身の大英雄カルナ。
 彼はあまりにも、己を語らない。今だって、自分を心配してくれたのか、ただ気になったことを口に出しただけなのかすら分からない。
 蘭子も、自分の気持ちを人に伝えるのが苦手だ。尊大な態度のポーズは、弱気な自分を奮起させるためでもある。
 だからこそ、自分の気持ちが伝わらないのが、彼の気持ちが届いてこないのが、怖い。
 カルナが自分を主として認めてくれている、そのことだけは確かだ。
 ならば蘭子も、この神代の大英雄の主として相応しいように振る舞い、彼の期待に応えないといけないのに。

「我が力は未だ翼を広げぬ雛……太陽を纏って羽撃くにはあまりに幼い、か……」
「オレの鎧のことなら案ずるな。常時展開してはお前の魔力では保つまい、切り札として留めおく」
「あぁっ、太陽を纏うとはそのような意味では……なくもない、けど……」

 その冷徹にすら見える姿の裏で何を考えているにせよ、彼が自分を気にかけてくれているのははっきりと理解できる。
 だったら、成長しなければいけないのだろう、きっと。
 それはきっととても辛く、苦しく、困難な道のりなのかもしれないけれど。

 神崎蘭子はアイドルだ。だからこそ、夢は夢で終われない。




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                    【 07: Hide 】


 夢に潜る魔を殻として生まれ出で、夢と現のハザマでたゆたうように存在するもの。
 オリジナルの夢魔との区別を考えるのならば彼女のことは《白レン》と呼ぶべきだが、ここは単にレンと呼ぼう。
 彼女はここしばらく、白猫の姿をとってアーカムの市街地を、商店街を、裏路地を駆けていた。
 猫の姿のほうが都合がいいというのもある、しかしそれだけが理由でもない。
 レンは今、己のサーヴァントの宝具の影響を受け、自分の世界「真夏の雪原」の中でしか力を振るえない。
 アーカムの通常空間では、白の少女の姿を取ることすら一苦労だった。

『首尾はどうだい、マスター?』
「良くも悪くもないわね。そう簡単に尻尾を出す馬鹿ばかりではないか」
『そんなこと言って、こないだ一組仕留めたばかりじゃないか』
「あれはたまたま……というより、既に淘汰が始まっているのかも」
『淘汰?』
「私達以外にも動いてる奴らがいて、実力のない連中はあらかた狩られた後、ってことよ」

 霊体化して付き従うサーヴァントに、猫の姿のままで言葉を返すレン。
 キャスター――《ドッペルゲンガーアルル》はふーんと気のない返事をし、それから思いついたように言葉を足した。

『あれ、良くも『悪くも』ないっていうのは?』
「いくつか気になる噂は耳にしたわ。あとで教えてあげる」
『あはは、流石に猫に聞かれてるとは思わないだろうね。でも、噂かぁ』
「あら、噂は馬鹿にならないものよ? 他ならぬタタリから生まれた私が保証してあげる」

 レンは、自分達に正面切って他のサーヴァントとやり合える力があるとは思っていない。
 アルルの魔術師としての能力がいくら高かろうが三騎士には通用しないし、自分の力だって今やこのザマだ。
 だが、いくらでもやりようはある。
 夢魔の力。タタリの力。あらゆる認識を曖昧(ファジー)にするという、ドッペルゲンガーの力。
 邪道こそが我らの正道。相手の裏を掻き、隙を潜り、真夏の雪原に引きずり込んで始末してやる。

『そーいえば、マスターが聖杯に懸ける願いってボク聞いたっけ?』
「はぁ? とっくに話したじゃない、のうみそぷーは貴女じゃないの?」
『あーっ、ひどいなぁ』
「もうこれっきりだからちゃんと聞きなさい、私はね――」

 ひとりから分かれたひとりの片割れが、ふたり並んでアーカムの街を往く。




                    ▼  ▼  ▼


                   【 08: Listen 】


 一人から分かれた二人の片割れ。
 アーチャーとして現界した虚の世界の英霊《ストレングス》の出自は複雑なものだ。
 このアーカムで出会って以来少なからぬ言葉を交わしたが、彼女のことをちゃんと理解出来ているのかは分からない。
 もっとも、彼女にとっての自分も同じかもしれない。分かり合うというのは、難しいことだから。

「はい、一騎カレーお待たせ」

 喫茶店『楽園』――アーカムの下町、リバータウンで最近評判の店だ。
 商業地区から少し離れているにも関わらず客足が途絶えないのは、コーヒーや紅茶よりも名物の料理にある。
 雇われ調理師である《真壁一騎》の作るカレーやケーキは絶品だと、密かな評判になっているのだ。
 それを目当てに、リバータウンだけでなく河向こうの市街地からも客が訪れている。
 結果、一騎は彼らの注目の的となり――否応なしに、彼らの生活を見せ付けられている。

「……このアーカムに暮らす人達にも、それぞれの暮らしがあるんだよな」

 呟く。
 聖杯戦争などという血で血を洗う儀式の只中にいながら、一騎は穏やかな人々の暮らしと共にあった。
 最初こそはストレングスの勧めで店内の客の話に聞き耳を立て、情報収集を図ってみたのだが。
 話される内容はどれも当たり前の日常のことばかりで――それが今の一騎には愛おしく、そして辛い。

 友人の結婚式が近い。取引先の役員が横暴だ。次のテストのヤマはどこだろう。
 ここのところ天気が悪い。このカレー美味しい。ダウンタウンで怪人騒ぎが。子育てについて悩んでいる。
 隣のクラスの子に告白したい。最近暇だ、何か面白いことでも起こらないだろうか――

 平和だ。少なくとも表向きは、戦争なんて遠い世界のことのようだ。
 彼らは何のためにいるのだろう。このアーカムが架空都市なら、彼らもまた他の世界から呼ばれたのだろうか。
 そして架空都市が聖杯戦争のために存在するのなら、彼らの役割は目くらまし……そして、生け贄。

『一騎……』
「……分かってる、アーチャー。これはきっと、余計な感傷なんだ。でもさ」
『うん。言いたいこと、分かるよ。あの人達も、きっと……』
「ここにいたい。存在したいはずなんだ。俺が、俺達がそうであるように」

 存在することの重み、そして痛み。
 真壁一騎は、竜宮島を離れてなお、その頚木(くびき)から逃れられずにいる。




                    ▼  ▼  ▼



                   【 09: Psychology 】


 そこにいるのに、そこにいない。
 そこにいないのに、そこにいる。
 確かにそこに存在するはずなのに、その存在は何処までも虚ろで、何処までも空っぽで、何処までも「無」だ。

 バーサーカーとして召喚された虚空の英霊――かつて《広瀬雄一》と呼ばれていた少年を形容する術は、それしかない。
 遥か外宇宙から来たりし精神体をその身に宿し、万物を消し去る力を手にした、しかし元を辿ればただの少年。
 彼の物語は最悪の災厄であると同時に、ある意味ではありふれた、存在の痛みを巡る叫びでもあった。

『――――』

 彼は何も語らない。
 狂化スキルによって言語能力を奪われたからなのか、もともと言葉を持たない英霊なのか。
 何も語らず、何も表さず。その整った容姿からも、「虚ろ」以外の何物も感じ取れはしない。
 媒介を用いないサーヴァントの召喚は、マスターとの縁によるものであることが多いらしい。
 それが《木戸野亜紀》にとっては、自分でも不可解なほどに不愉快だった。

「……姿だけじゃなく、完全に私の前から消えてくれればいいのに」

 こめかみに指をやり、溜め息をつく。
 あの少年を見ると無性に苛立つのは、被虐体質スキルとやらのせいなのか、それともそれ以外の何かか。
 夢で見た彼の過去……亜紀の過去ともどこか重なる、あの虐げられた記憶のせいか。
 同属嫌悪。その陳腐な言葉が頭をよぎり、亜紀はかぶりを振ってその考えを払った。

「ただでさえ魔力消費で体が重いのに、まったく……」

 非戦闘時でこれならバーサーカーの力を戦いの中で使いこなすのは困難かもしれないが、亜紀にとってはどうでもよかった。
 自分はこのアーカムに聖杯を求めてやってきたわけではない。
 元の世界に戻れさえすればいいのだ。文芸部のメンバーが待つであろう、あの世界に。

 恭の字ならこんな時どうするだろう、と無意識に考えてしまった自分に気付き、亜紀は自嘲した。
 万能の願望器を巡る聖杯戦争。
 願いを叶えるための戦いの中で彼のことを考えていたら――いずれはやましい考えまで、一緒に浮かんでしまいそうだ。




                    ▼  ▼  ▼


                  【 10: Navigate 】


 《空目恭一》は、確かに親しい人間には魔王陛下と呼ばれている。
 しかし、自分と契約したというこの神隠しの主犯に繰り返しその名で呼ばれると、流石に鬱陶しげな表情にもなる。

「つまり私がそう呼ぶのが不満ですのね、魔王陛下?」
「そうではない。お前が俺のことをなんと呼ぼうが、どのみち愉快なことにはならん」
「あら、それならば何がお望み?」
「端的に言おう。必要もないのに口を開くな」
「それは残念。でもね、必要と不必要の境界は曖昧なもの。分かるでしょう、魔王陛下」
「…………」

 「彼女」ではないもう一人の神隠し――《八雲紫》にまともに取り合ってはいけないということは、既に思い知っている。
 意味のない戯言を弄ぶことを何よりも楽しむような妖怪だ。理由を求めようとすれば余計な労力を消費するだけだ。
 かといって、黙れといって黙るタマでもない……このやり取りも、もう何度目か。

「それにしても、大学生に紛れても意外とばれないものねぇ」
「別に大学側がいちいち学生のチェックをしているわけでもあるまい。図書館の稀覯書は流石に許可がいるようだが」
「欲しいなら、私が境界をいじって忍び込む?」
「どうしても必要になればな」

 身分上はハイスクールの学生になってはいるが、空目はほとんどの時間をミスカトニック大学で費やしている。
 知識を得るにはこれ以上の場所はない――「彼女」を取り戻すために、知るべきことは多い。
 聖杯戦争に積極的に関与するつもりがなくても、いずれはそれについての知識も得る必要があるだろう。

「神隠しとしての本分を果たすのは先になりそうね。それで、魔王陛下はこれから何をするおつもり?」
「そうだな――」

 そういえば、ミスカトニック大にはオカルトめいた講義をするという民俗学の教授がいると聞く。
 会ってみるのもひとつの選択肢かもしれないと考えながら、空目は神隠しを引き連れて講義堂の影に消えた。




                    ▼  ▼  ▼


                 【 11: Psychoanalysis 】


 《竹内多聞》はミスカトニック大学でそこそこ人気のある講師だが、学生の熱心さがその人気に比例するとは断言しにくいものがある。
 現に今日の講義に参加している学生たちも、講義でいかに突拍子もない説が飛び出すかを期待している節がある。
 無論、竹内は何の考えもなしにオカルトを吹聴するつもりがあるわけではないし、不真面目な聴講者には相応の課題を持ち帰らせている。
 とはいえ……アーカムに来る以前に比べて、より講義の内容が思索に寄ったものになっているのは否めない。
 他でもない、竹内自身が自分の考えを纏め上げるために、講義を利用しているからでもあるのだが。

「それで、真実には少しは近づいたかね、マスター? おお、言わずとも分かる。分かるとも。
 そのぶんでは遠いな、実際遠い。真実はすぐそこにあるのだ、マスター、手が届くほど近い。
 しかしこのままでは5マイル先まで霧だ。私が導いてもいいが、しかし、ふふふ」
「アサシン……突然現れてまくしたてるのはやめてくれと言ったはずだ」

 ……竹内にとって、講義の間はこの狂ったサーヴァントに話しかけられないで済む貴重な時間でもある。
 アサシン、ニンジャ真実に辿り着いたと嘯くこの《メンタリスト》は、言葉を交わすだけで人間の精神を引きずり込む力があるようだ。
 竹内にとって彼は貴重な協力者である。邪険にするつもりはない。いざとなれば彼の力を頼ることにもなるだろう。
 しかし、彼の言葉に耳を傾けすぎると、自分自身の自我境界が不安定になっていくのを感じるのだ。

「私はマスターに真実に到達して欲しいのだ。何かおかしいことがありますか? ありませんね?
 なのに、ふふふ、マスターは私の力を使おうとしない。視界を奪えるのでしょう? 見たくないかね?
 私の見ているものをマスターが見る。そうすれば真実は近いぞ。ふふふ、試してみては?」
「……遠慮しておこう」
「ふふ、残念だ。そうとも、大いに残念だとも。マスターにも私の視界を、ふふふ、いつでも言ってくれたまえ」

 実際のところ、アサシンに視界ジャックを使うというのは、客観的に見れば有効な手なのかもしれないが。
 竹内には当面それを行うつもりはなかった。理由は言うまでもない。
 有名な警句だ。深淵を覗く時、その深淵もまた、お前を――

(このアーカムで真実にもっとも近いのは、おそらくキーパーのサーヴァントだろうが。さて)

 アサシンの言葉をほどほどに聞き流しながら、民俗学者は考え込む。




                    ▼  ▼  ▼


                 【 12: Martial Arts 】


(それでは、君はあのキーパーの声に聞き覚えがあると?)
『あ、ああ……済まない、もう少し考えが纏まってから話す』

 今までの彼女――槍の英霊《リーズバイフェ・ストリンドヴァリ》らしからぬ歯切れの悪い返事に、
 《亜門鋼太朗》は僅かな困惑を含んだ眼差しを返した。
 彼女が清廉潔白な英霊であることは、他ならぬ亜門自身がよく知っている。
 亜門自身が背中を預けてもいいと言い切れるほどに。
 だからこそ、話せないのならば今は信じるしかない。彼女が自分を同じように信頼してくれていることを。

「何をガタイに似合わないシケた顔をしてるんだね、亜門君」
「す、すみません署長」
「HAHAHA、よいよい。男はたまにはミステリアスなところも見せたほうがいいからな」
「はは……」

 署長の声で、亜門は会議という現実に引き戻された。
 聖杯戦争のことは一旦頭から締め出し、手元の資料へ目をやる。
 あの連続衰弱死事件については首謀者のマスターとサーヴァントを始末したはずだが、
 ここアーカムではそれ以外にも不審な事件が起こっているらしい。
 イーストタウンではチンピラが外傷なしの謎の不審死を遂げているという報告もある。
 亜門にとってそれ以上に気になるのはロウワーのスラム街で起こっているという殺人だが。

「まるでグールだな」
「"喰種(グール)"……!?」
「"喰屍鬼(グール)"だよ。地下鉄に棲んでいて、人間を捕まえて食うという」
「は、はあ。都市伝説か何かですか」

 ともあれ魔術師絡みの線も捨てきれない。亜門が自ら志願すると、上司はそう言うだろうと笑った。

「例の捜査官に手柄を掻っ攫われないように気をつけたまえよ、亜門君」
「FBIから出向してきたという彼ですか。外見と言動こそ奇矯ですが、有能な男だと聞いていますが」
「だからだよ。アーカム市警がこれ以上舐められるわけにもいかんのでな。頼むぞ亜門君」

 上司の励ましを背に、会議室を後にする。
 リーズバイフェの沈黙も気になるが、亜門には考えるべき問題が山積みのようだ。




                    ▼  ▼  ▼


                   【 13: Track 】


「ひどい有様だな。山火事とハリケーンが同時にでも来たのか?」

 ロウワー・サウスサイド。スラム街の一角、廃ビル内の事務所を見回しながら、青年は呆れた声を出した。
 外見も、声も、まだ若い。色素の薄い髪をすべて後ろに撫でつけている。
 しかし彼と対面した者は、すべて彼のとある一点に視線が吸い寄せられることになるだろう。
 それは彼が被っているマスクである。視覚補助と記録媒体を兼ねているというその仮面は、しかしまともな人間が被るものではない。
 その仮面がそのままコードネームとなり、彼は《マスク》と呼ばれている。本名は公にしていない。

「おっと、動くなよギャングども。貴様らには別件の手配状が出ているのだ。
 つまりは私には捜査権限がある! もっともその有様で暴れられるようならだがな」

 縛られた状態で汚れた床に転がったギャング達を見下ろし、マスクはオーバーに肩をすくめて見せた。
 間抜けな話だが、ギャングの事務所が押し込み強盗にあったらしい。
 FBI捜査官として別の事件を追ってロウワーに乗り込んだマスクがこの現場を見つけたのは、実際のところただの偶然だった。
 もっとも、使えるものは使わせてもらう。これでアーカム市警に恩を売れば、もっと市内で動きやすくなるというものだ。
 それに。

(どう思う、アサシン?)
『明らかに錬金術……聖杯戦争の流儀に合わせるならば、魔術によるものだ。自然ではない』
(やはりか。ただの物盗りではないな)

 アサシンのサーヴァント、《傷の男(スカー)》の答えにマスクは頷いた。
 マスクは魔術に明るくない。そちらの方面にそれなりの知識を持つアサシンを召喚できたことを感謝する。
 やはりこれは魔術師が……十中八九、聖杯戦争の関係者が何らかの目的をもってやったこと。
 ならば追跡すれば、いずれは何らかの情報を得られるかもしれない。

(運が巡ってきたか。見ていろ、聖杯に連なるサクセスは私が掴む!)

 ギャング達が不審げな視線を向けるのも構わず、マスクは好戦的な笑みを浮かべた。





                    ▼  ▼  ▼


                  【 14: Fast Talk 】


「ね、ねえリナさん。本当に、あんなに派手にやっちゃって大丈夫だったのかな……?」
「なによ、今になってあたしのやり方に不満が出てきたってわけ?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど」
「だったらこう、ドーン!と構えてなさいよ。男の子でしょ?」

 彼女――キャスター《リナ=インバース》はそういうが、流石にギャングを丸ごとひとつ潰したのはやりすぎではなかろうか。
 流石に魔術を使ったなどとは思わないだろうが、アーカム市警も馬鹿ではないだろう。
 自分は鎧を着ていたから顔は見られてはいないだろうが、もしも素顔だったら手配書が出回っていたと考えると気が滅入る。
 《アルフォンス・エルリック》が召喚したサーヴァントは本当に規格外だった。魔力量も、その行動力もだ。
 ドラゴンすらまたいで通る――その逸話が嘘偽りではないことを、アルフォンスはこれまでの時間で散々思い知らされている。

「肝っ玉が小さいわねぇ。それでもあたしのマスターなわけ?」
「リナさんに付き合える肝っ玉の持ち主がいたら見てみたいですよ……」
「何か言った?」
「言ってません!」
「ならばよし! だいたい、あたし達がしたのは悪党退治! 何一つ恥じることなんてないわ!」
(勢いで言いくるめられてる気がする……)

 リナに見つからないように溜め息をつく。
 どうやらアルフォンスは、勢いで振り回される星の下に生まれてきたようだ。
 今は覚えていないけれど、兄――エドワード・エルリックも弟の自分を散々振り回しながら旅を続けていたようで。
 記憶がないとはいえ、今のリナとの関係にどこか懐かしさのようなものを感じているのもまた事実だった。

(兄さん、か)

 アルフォンスにとっての聖杯戦争は、すべてエドワードともう一度出会うためのもの。
 もしも旅の記憶が戻れば、今よりもっと兄に、聖杯に近づけるのだろうか。



                    ▼  ▼  ▼


               【 15: Operate Heavy Machinery 】



 勇者、《三好夏凜》には兄がいる。
 文武両道で、完璧超人で、それなのに自分のことをいつも気にかけてくれて。
 そんな兄と自分を比べて、どうしても追いつきたくて、認めてほしくて。
 それが夏凜にとっての出発点であり、勇者に選ばれるための努力を始めた最初のきっかけだった。
 だけど、今はそれだけじゃない。認められたいから戦うんじゃない。
 勇者であること、それがみんなとの絆だから。
 大切な人を守るために勇者になったんだって、今なら胸を張って言えるから。
 だから、あの時『満開』したことにも、後悔はきっと無い。

「考え事か、夏凜?」
「そういうんじゃないけど。まぁ、勇者の憂鬱ってやつよ」
「そうだな。勇者であろうとも、時には思い悩むこともあるさ」
「何よ、凱! 勝手に理解者みたいな顔しないでくれる!」

 夏凜と凱、すなわちライダーのサーヴァント《獅子王凱》は今、アーカムの上空にいる。
 といっても飛行機をチャーターしたわけでも、魔術的な手段を使って飛んでいるわけでもない。
 凱の最終宝具、『勇気ある者たちの王(ガオガイガー)』の部分展開。
 本来莫大な魔力を必要とする宝具ではあるが、ファイナルフュージョンを伴わない場合、実は個々のマシンの神秘性は低い。
 あくまでガオガイガーの神秘は凱・ギャレオン・Gストーンの三位一体にあり、あくまでガオーマシンはテクノロジーの産物。
 ゆえに例えばこのように、航空機ステルスガオーⅡを召喚し、騎乗スキルで操縦することは可能である。

「それにしても、こうして上から見ると、本当に普通の街ね……ここで戦争が起きてるなんて信じられない」
「だが、事実だ。夏凜と俺は、夏凜の世界と友達を守るために戦う。そうだろ?」
「もちろんよ。私の世界は……私の友達は、絶対に助けて見せるんだから」
「その意気だ。だが、お前一人で戦うんじゃない。俺たちの勇気を信じろ」

 最初は暑苦しくて馴れ馴れしい奴だと思ったけれど、凱の言葉には確かに人の心を勇気付ける力があるようだ。
 これが、自分だけでなく人にまで勇気を与えられるのが、本物の勇者なのだろうか。
 友奈が、夏凜に戦う勇気をくれたように。

(まだ一人倒しただけ。この街にはまだまだ戦うべき相手はたくさんいる。でも、勝たなくちゃ)

 そういえば、凱が最初に倒したあのサーヴァントのマスターはどうなったんだろうと、夏凜は頭の片隅で考えた。



                    ▼  ▼  ▼


                  【 16: Biology 】


「き、きんいろのらいおんがくるの……わたしをいじめにくるのよ、おかあさん……」

 駄目だな、これは。
 《Dr.ネクロ》は、拾った女魔術師から証言を聞き出すのを早々に諦めた。
 このアーカムにおいてネクロに割り振られた役職は、ロウワー・サウスサイドの闇医者である。
 医術の心得はあるし、この少女の姿では他の地区では大っぴらに動きにくい。
 治安の悪さゆえに余計な詮索を済むロウワーを拠点と出来たのはネクロにとってありがたいことだった。
 おまけに闇医者ともなれば、公にしにくい理由で怪我をした者が勝手に寄ってくる。
 聖杯戦争においては悪くないポジションなのではないか……そう思っていたのだが。

「かくいう私も精神科の心得は無いんだよなぁ……こいつはミスカトニックの精神病院にでも放り込むか」

 ぶつぶつとうわ言を言いながら歩く女からネクロのサーヴァントが魔力の残滓を嗅ぎ取って、
 雑居ビルの診療室に引きずり込んだまではいいものの。
 どうやら彼女は完全に精神に異常をきたしているらしく、まるでまともな証言が取れはしない。
 聖杯戦争の関係者なのは間違いないのだろうが、こうなってはお手上げだ。

「そう上手くは事は運ばないか……どうした、シン」

 部屋の隅に目をやる。
 精悍な、しかし眼光の鋭い黒髪の青年、《仮面ライダーシン》に人間体・風祭真が、静かに唸り声を発していた。
 彼が感じているのは、怒りだろう。狂化し感情を抑えきれなくなった結果、怒りだけが表出している。

「許せないのか、シン。命を弄ぶ魔術師が」
「…………」

 答えは無い。だが、仮に答えられたらイエスと言うだろうということは、ネクロにも分かっていた。

「……なぁ、シン。私もきっと、お前にとっては極悪非道の魔術師だぞ。お前の怒りは、私にも向いているのか?」

 答えは無い。だが、仮に答えられたら。

(……アレックス。やはり、私には正義の味方の相棒をやるのは向いていないのかもな)

 かつての相棒へと向けた呟きは、幸い、今の相棒へは届いていないようだ。




                    ▼  ▼  ▼


                  【 17: Persuade 】


「……それで? 私に何が言いたいの?」

 マスターの冷酷な声にその小さな肩をピクリと震わせながら、それでも槍の英霊《セーラーサターン》は毅然として言った。

「お願いです、マスター……不必要に、命を弄ぶのはやめてください……!」

 しかし彼女の呼びかけに、マスターたる魔術師《プレシア・テスタロッサ》は溜め息だけで応える。
 二人の間には、気を失った少女が一人。このミスカトニック大学の学生である。
 彼女は、応用科学部の教授であるプレシアを追って、『工房』のあるこの研究棟まで足を踏み入れた。
 勉強熱心な学生なのだろう。手元には講義の資料やノートが束になっている。
 恐らくは、プレシアを研究棟で捕まえて、質問攻めにするつもりだったに違いない。
 もっとも、猜疑に歪んだプレシアの目にはそうは映らなかったようだが。

「この人は、聖杯戦争の関係者じゃありません……! 命を奪う必要なんて、ないはずです……!」
「私の周りに付き纏っていたのは確かだわ。誰かに暗示を掛けられていた可能性も十分にあるはず」
「で、でも……! 何も殺すことは……それに、あんな」
「あんな? 『魂食い』の対象とする、その命令が貴女にとっては不満なの、ランサー?」

 その単語を聞き、サターンは唇を噛んだ。

「……マスターからの魔力供給は十分です。魂食いで魔力を補給する必要なんてないはずです」
「いざという時のこともある。一人分でどれだけの魔力を補給できるのか、知っておく必要はあるわ」
「それでも……!」
「くどいわね! やりなさいと言っているの! 貴女、私に令呪を使わせるつもり!?」

 プレシアは激昂し、サターンはただ項垂れる。
 それからどれくらいの時間が経ったか、サターンはよろよろと歩き、その槍の先端を少女に向けた。
 次に起こったことは、時間にすれば一瞬だった。だが、それだけで済ませてはならない行いだった。
 サターンは槍を取り落とし、呆然自失の表情を両手で覆い、その隙間から嗚咽だけを漏らした。

「あはははっ! いいわサターン……貴女のそういうところが見たかったの。これからもアリシアのために尽くしなさい、英霊様!」

 死すら気に掛けない魔術師と、優しく気高い英霊の、決定的な断裂がそこにあった。




                    ▼  ▼  ▼


                   【 18: Sneak 】


 死すら超克する。
 冥界の管理者たる亡霊姫、《西行寺幽々子》にはそれだけの力がある。
 死者に生を与えるのではなく、死者を死によってすら開放させない、という意味でだが。

「ガンバルゾー!」
「ガンバルゾー!」
「はいはい、頑張ってね」

 気合の叫びを挙げているヨタモノ二人は、数日前に彼女が魂を奪ったチンピラである。
 宝具『反魂蝶』で命を抜き取られた者は成仏することは出来ない。
 この世とあの世の中間に囚われたまま、幽々子の死霊統率スキルで使い魔として使役される運命である。

「えげつないもんだな、まったく」
「あら、宝具を試せって言ったのはあなたよ?」
「そりゃそうだ。だがな、まさかサンズ・リバーを渡れもしないようになるとは」
「思わなかった?」
「ああ」
「他人の生き死ににそんなに興味のなさそうな顔してるのに」
「そりゃあいい。メンポ越しでも分かるのか」
「分かるわよ。あなた、半分は死んでるようなものだから」

 死人か。まったくもってその通りだ、と《シルバーカラス》は自嘲する。
 半分死んでいる、ではなく、完全に死んでいるはずだ。それがどういうわけかここにいる。
 このアーカムの住人のメンポを被り、聖杯戦争という新たなイクサに身を投じようとしている。
 これもまたブッダ殿の思し召しなら、随分と人生というものを弄んでくれるものだが。

(イクサの中で生き、イクサの中で死ぬ。それが少しばかり延びた。それだけのことだ)

 シルバーカラスの心中に感慨というものはない。
 他人の生き死にどころか……今は自分の生き死ににすら。
 振り返った幽々子が、これから妖怪桜を植える場所を探さないとね、と言った。




                    ▼  ▼  ▼


                   【 19: Ride 】


 サクラ咲く未来、恋、夢。高まる鼓動、抑えずに。
 初音島――枯れない桜が咲き誇ったあの島から、この街までいったいどれくらいの距離があるのだろう。
 この高らかに響く蹄の音が、《芳乃さくら》の心をアーカムから遠く、故郷へと誘おうとする。
 だって彼は……剣の英霊である彼女のサーヴァントは、さくらにとっては昔からずっと英雄だったのだから。

「揺れるか、我が主よ」
「い、いえ! そんなことは全然無くて、その、光栄です、新さん!」
「はっはっは、ならばよい。そのまま掴まっておれ」
「はいっ!」

 端的に言えば、夢のようだ。
 徳田新之助、もとい、英霊《徳川吉宗》はさくらが幼い頃から憧れ続けた人物で。
 彼の白馬にこうして一緒に跨っているという事実が、自分を舞い上がらせてしまう。
 あくまでこれはアーカム市の外縁がどうなっているかの確認のため。
 それは分かっているのだが、逸る心は抑えきれないものなのだ。

「……ふむ。どうやら地図の外側は森になっているようだが。魔性の気配がするな」
「魔性の気配?」
「踏み込めば取って食われるかもしれん……なに、物の喩えよ」
「つまり外まで出れば逃げられるわけじゃないのか。まぁ、ボクは元々逃げる気なんてないけど」

 しかし、浮かれてばかりはいられない。
 このアーカムは、確かに聖杯戦争のために作られた舞台のようだ。
 逃げ出そうとすれば、何らかの手段でマスターを抹殺してこようとするに違いない。
 マスターである以上は、もはや戦うしかないのだ。

「あの、そういえばなんですけど、新さん」
「どうした、我が主?」
「その、恐れ多くも八代将軍ともあろうお方に主と呼ばれるのはなって……」
「なるほどな。あい分かった。ならば、これよりは『さくら』と呼ばせてもらおうか」
「さ、さくら!!!」

 ――負ける気がしないと、さくらは思った。
 この英霊と一緒なら、自分はどんなに過酷な戦争であろうとも、負ける気がしない。 
 だって彼は……暴れん坊将軍は、ずっとヒーローだったから。
 どんな神話の英雄にだって、物語の英雄が負ける道理は、ない。




                    ▼  ▼  ▼


                    【 20: Art 】


 嗤う。嗤う。物語を嗤う。


 嗤う。嗤う。舞台を嗤う。


 嗤う。嗤う。役者を嗤う。


 演出家は誰だ。脚本家は誰だ。舞台監督は誰だ。


 狂人《シュバルツ・バルト》は嗤う。


 この馬鹿げた舞台に上がったすべての物どもを、嗤う。


 まだ気付いていないのか。自分たちの滑稽さに。


 何も知らずにいるのか。そんなにも愚かなままで。


 ならばいい。知らしめてやろう。この聖杯戦争という舞台のおぞましさを。


 黒き森(シュバルツ・バルト)とは、暴き立てることを恐れる深き森を指す。


 近づかなければ、何も知らずに済んだのに。だが、もう遅い。もう遅い!


 寄り添う影が、《ワラキアの夜》が、小さくカットと呟き、嗤った。


 この物語を、嗤った。




                    ▼  ▼  ▼


                   【 21: Conceal 】






 ――彼を主役に物語を書くとすれば、それはきっと、悲劇だ。






 《金木研》――彼の足取りは、彼自身を除いて誰にも掴めていない。

 ただ彼の通った後には、ウォッチャー――《バネ足ジョップリン》の撒き散らす都市伝説が残るだけ。

 曰く。

 アーカムには、『白髪の喰屍鬼(グール)』がいる、と。





 ――この物語をもって、舞台の幕は上がる。









                    ▼  ▼  ▼


                【 ???: Chutulhu Mythos 】



「これでマスター、サーヴァント、共に二十一。すべての主従が出揃ったわけか」

 男の声に、秘匿者(キーパー)《オシリスの砂》は、正しくは26騎です、と応えた。

「既にセイバーが大英雄カルナに、ランサーが勇者王・獅子王凱に、アサシンがドッペルゲンガー・アルルに敗れています。
 キャスターに至っては……リーズバイフェのマスターに始末されたようです。ウォッチャーの宝具が彼の礼装に神秘を付与したようですね」
「そしてアーチャーのマスターは戦うことなく発狂、その死は君が見届けたそうだね?」
「ええ。ですから21騎でも間違いは無いといえば、その通りですが」

 オシリスの砂が振り返ると、そこにいた赤いローブの男は大げさに頷いた。
 奇妙なほど肌の黒い男だった。黒色人種というだけでは説明の付かないほど、漆黒の男。
 それだけにその赤い衣装と真っ白な手袋が目を引く。
 物腰は紳士的だが、決して心を無条件に許せる男ではないような、奇妙な違和感があった。

「ナイ神父」

 オシリスの砂が彼の名を呼んだ。

「当初の予定通り、私は監督役としてアーカムに出よう。何、聖杯戦争では神父が場を監督するものなのだろう?」
「私の邪魔はしないと、約束していただけますね?」
「当然だとも。私の目的は最初から、この舞台を最後まで見届けることなのだから」

 神父がそう言って歩き去ると、オシリスの砂は無感情に掃き捨てた。

「……這い寄る混沌め。この聖杯戦争をあざ笑うつもりなのでしょうが、せいぜい見ているがいい」

 背後に彼女の宝具たる巨像、『永劫刻む霊長の碑(モニュメント・トライヘルメス)』が出現する。
 その手のひらの上で、オシリスの砂は告げる。
 アーカムの聖杯戦争、それに関わるすべての人間、そして英霊に向かって。

「探索者(マスター)たちよ。そして銀鍵の守り手(サーヴァント)たちよ――運命の呼び声の時です」

 賽(ダイス)は投げられた。

 探索者ならば、今こそ、狂うまで戦え――運命の呼び声と。


【邪神聖杯黙示録~Call of Fate~ ――開幕】


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