368karasu @Wiki 大神神社(おおみわじんじゃ)


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大神神社

祭神 : 大物主神、大己貴神、少彦名神
創建 : 不明
社格 : 官幣大社、式内社、一の宮
本殿の建築様式:本殿なし。三輪山を御神体とする。
祭事 :
摂末社 :
摂社:狭井坐大神荒魂神社(狭井神社)祭神 大神荒魂神。式内社。病気平癒の神社。
 三輪山への登山口が境内にある摂社 檜原神社 - 祭神 天照大神若御魂神・伊弉諾尊・伊弉册尊。式内社。元伊勢の一つ。
 摂社 綱越神社 - 祭神 祓戸大神。式内社。
 摂社 大直禰子神社(若宮社)祭神 大直禰子・少彦名命・活玉依姫命末社 久延彦社 - 祭神 久延毘古命。合格祈願の神社。
 摂社 神坐日向神社 - 祭神 櫛御方命・飯肩巣見命・建甕槌命。式内社
 摂社 玉列神社 - 祭神 玉列王子神・天照大御神・春日大神。式内社摂社 率川坐大神御子神社 - 祭神 媛蹈鞴五十鈴姫命・玉櫛姫命・狭井大神。式内社。
 摂社 率川阿波神社 - 祭神 事代主神。式内社ほか多数。
 
 崇神天皇七年に天皇が伊香色雄に命じ、大田田根子を祭祀主として大物主神を祀らせたのが始まりとされる。祭神は大物主大神の他、配神として大己貴神(おお なむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)が祀られている。一説では大物主大神は大国主神(=大己貴神)の和魂(にぎみたま)ともされている。大物 主神(または三輪明神)は蛇神であり水神または雷神としての性格を持ち、稲作豊穣、疫病除け、酒造り(醸造)などの神として篤い信仰を集めている。また国 の守護神である一方で、祟りなす強力な神ともされている。

★大和(おおやまと)神社御由緒略誌★
『鎮座地』:奈良県天理市新泉町星山三〇六番地 橘森
『御祭神』:日本大国魂大神(大地主大神) (中央)、八千戈大神(向右)、御年大神(向左)
『例祭』:四月一日(通称チャンチャン祭)
『御由緒』:当神社の主神は、日本の全国土の大地主神に坐します。上古伊勢神宮に坐す天照大神と共に宮中にて親祭され給ひしが、第十代崇神天皇は御神威を畏み給ひ同六年(二千数十年前)当神社の主神を市磯邑に遷御遊ばされ、皇女渟名城入姫を斎王として祀らしめ給う。延喜式に大社大和坐大国魂神社三座とある。 斯様に尊い御由緒は類まれなところで御神威は伊勢神宮に次ぎ、御神封も亦大和を始め尾張、武蔵、常陸、安芸の六カ国に於いて三百二十七戸に及び境内も六十四ヘクタールの広大なりし由にて久しい間御社頭も隆盛を極めたと、古記録に見ゆる。 『御正殿』:宮中三殿式の特異な御社殿【【摂社】】 『朝日神社』:朝日豊明姫神(天照坐皇大神)を祀る。 『増御子神社』:猿田彦神、天細女命、市磯長尾市命を祀る。(知恵の神)勤労祭、就職祈願祭が行はれ、受験合格、就職、産業開発を祈る崇敬者が多い。 『渟名城入姫神社』:渟名城入姫尊を祀る。 【【末社】】 『高[靈(巫→龍)](タカオカミ)神社』:天候・産業を司り水利を授け給ひます。 祈雨、祈晴、暴風除けを祈る賽者多い。例祭 六月一日 『祖霊社』:戦艦大和戦歿英霊を祀り、大国主神氏子崇敬者祖霊が鎮まる。 『事代主神社』 『厳島神社』 『御旅所坐神社』 『歯定神社』:大己貴神、少名彦名神を祀る。
【【年中行事】】
一月一日    歳旦祭 初神楽祈祷 一月四日    御弓始祭(通称 平国広戈乃祭) 一月七日    昭和天皇祭 二月節分    節分祭(午后八時)粥占祭 二月十日    御田植祭(午后二時) 二月十一日   紀元節祭 二月十七日   祈年祭(献米報告祭) 四月一日    例祭(大祭)午后二時 渡御祭・チャンチャン祭 五月一日    神楽祭 六月三十日   大祓式 二百十日    風鎮祭 九月二十三日  秋祭(大祭、豊作感謝祭)午后一時 紅幣踊奉納 十月十七日   神嘗祭 当日祭 十一月一日   交通安全祭 十一月三日   明治節祭 十一月二十三日 新嘗祭 十二月二十三日 天長節祭 十二月三十一日 大祓式、除夜祭  【【特殊信仰】】  主神は大地主神とも申し上げ、地上・地下万物の生育発展、人間及び生物の生命・壽を司り給ひ、日本大八洲の国魂に坐す偉大尊貴なる御神格に坐します。八 千戈大神は顕正除悪を司り給ひ、健康増進・家門繁栄・国内平穏・民族和平を守り給い、勝負の勝運を授け給ひ、御年大神は、五穀豊穣・殖産工業発展を司らせ 給ふ。 1、当神社は、土木建築・地鎮祭の全国の総本社にして、地鎮祭起工式には全国の神職は必ず当社の主神に工事の安全・成就を祈願するのがならわしである。 2、海外渡航の安全守護を給ふ。上古遣唐使の出発の際には特に当神社に交通安全を祈り、途中無事に大任を果して帰国といふ歌が万葉集に「好去好来」といふ 題で詠まれている。 3、国内和平の守護を垂れ給います。源頼朝が国家鎮護を祈念し、報賽に大刀一振を奉納した。(庁中漫録・文治三年) 4、渡御祭、祭りで早いはチャンチャン祭と俗称され、四月一日午后二時より氏子の頭家・稚児を先頭に夫々の町内人供奉し、行列順に各執物を捧持しチャン チャン鐘を合図に成願寺・岸田を経て、中山郷大塚山の御旅所迄約二キロを往復渡御する。御旅所では、翁舞・龍の口の舞の田楽舞が奉納される。 5、当社の橘森には霊鶏が巣くひ、これを食する人は長寿を全うすると云い伝へられる。上古の天皇は当社の霊鶏により長寿をなされたと云ふ。 6、戦艦大和には、当神社の御分霊が祀られた。我が日本の国力を傾注して建造された戦艦大和は、大東亜戦中輝かしい戦果を上げ帰還の度毎に艦長以下幕僚等 奉謝の特別参拝をされた。併し同艦は終戦の昭和二十年四月沖縄本島救援の為特攻艦隊を編成し、出撃されたが空中を守る飛行機は皆無にて九州西南洋上に於い て米国軍機の集中攻撃を受け、激戦二時間余終に戦歿されたが、その際艦と運命を共にせられた故海軍大将伊東整一命以下二七一七柱の英霊は其後末社祖霊社に 合祀せられ、更に昭和四十七年九月廿四日戦闘巡洋艦矢矧外駆逐艦八隻の戦歿将士英霊をも合祀して、三七二一柱は国家鎮護の神として祀られている。
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