「―bullet for my valentine―」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「―bullet for my valentine―」(2006/02/17 (金) 20:50:50) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<p>―bullet for my valentine―<br>
今年もこの日がやってきた。一年で最も憂鬱な日。<br>
2月14日、バレンタインデー。本来別にチョコとか関係ない日。<br>
鬱なのは家族以外から貰えないから、とかじゃあない。<br>
問題は本命の相手がくれる気がしないってことだけだ。<br>
毎年お義理のようにいくらかのチョコは貰っている。<br>
が、今まで彼女――翠星石にだけは一度も貰った記憶がない。<br>
「はぁ……いってきます」<br>
「あ、ジュン君待って」<br>
溜息をつきながら家を出ようとして、のりに引き止められる。<br>
「はい、お姉ちゃんからのチョコレート」<br>
嬉しそうに差し出した、綺麗なラッピングのそれは。<br>
「あ、ああ……ありがとう」<br>
毎年毎年飽きもせずにくれる第一号は姉。悪い気はしないが、憂鬱は加速する。<br>
今日一日のことを考えると、胃が痛くなってきそうだ……<br>
さあ、今年の今日はどんな落ち着かない一日になることやら。</p>
<p>第一号、水銀燈の場合<br>
「ジュン~はい、これ本命よぉ~」<br>
教室の中心でで頬を染めながら楽しそうに愛とか叫ぶ。<br>
周囲から怨嗟や殺気に満ちた視線が飛び交い、いたたまれなくなる。<br>
「あ、ああ……ありがとう」<br>
受け取ったそれを、衆目に触れないよう出来るだけ早く鞄に仕舞った。<br>
「あらぁ、嬉しくない?やっぱりプレゼントはわ・た・し、とかが良かったぁ?」<br>
「大変嬉しゅう御座いました。有難う御座います」<br>
「うふふ、それでいいわぁ」<br>
満足したのか、水銀燈は教壇の上に立ちながらチョコをばら撒きはじめた。<br>
1パック数百円だとかの、ミニサイズの対象不確定の義理チョコだ。<br>
毎年毎年飽きもせず、眼を血走らせてそれを拾う男たち。<br>
クラスどころか学年の違う輩までいるのはどういうことだろう。</p>
<p>第二号、真紅の場合<br>
「下僕には勿体無いくらいなのだわ」<br>
「あーはいはい。ありがとうございます」<br>
なんだかんだでこの娘も毎年くれるみたいです。<br>
既製品のスーパーとかのセールで売ってるような奴を。<br>
「ところでジュン、お返しは」<br>
「紅茶の葉な。まあせいぜい期待しといてくれ……」<br>
こちらも返事に満足した様子。もう周囲の喧騒は関係ないと予習をはじめた。<br>
……高いんだよなあ紅茶って。小遣いでどうにかできるかなあ……<br>
第三号、薔薇水晶の場合<br>
まだざわめきも残る中、無関係に授業は開始された。<br>
教師も理由くらいわかっているのだろう、強く注意することもない。<br>
授業くらい真面目に受けろとは思わないでもないが……<br>
と、ノートを取っていた所、斜め後ろ方向あたりから殺気を感じる。<br>
気付いたときには、風きり音と共に制服の袖あたりに矢が突き刺さっていた。<br>
ビニール製の小さな袋と一緒に。(……何処の刺客だよ)<br>
振り向いた先には親指を立てている薔薇水晶。<br>
袋の中身は四角い箱――たぶんチョコと、手紙?<br>
何が書いてあるのかとファンシーな絵柄の紙に目を通す。<br>
――射撃貴様心臓――(……やっぱり、刺客ですか?)</p>
<p>第四号、金糸雀と雛苺の場合。<br>
「ジュンーこれ巴からなのー」<br>
「みっちゃんが持たせてくれたのかしらー」<br>
「君ら、そういうのはわかってても黙ってるもんですよ」<br>
なんでチョコくれた相手を諭しているんだろう僕は。<br>
いや、まあ最初からこの二人には期待してないですよ?<br>
ま、あとで柏葉にはお礼でも言っておくかな。</p>
<p>第五号、蒼星石の場合<br>
授業も終わり、放課後。結局翠星石からは貰えなかったか。<br>
というか今日一日翠星石は僕の事を避けていたように見えた。<br>
怒らせるような事……には心当たりがありすぎて困るのだが。<br>
「ジュン君、帰りかい?」<br>
「あー、うん。帰る」<br>
生気の抜けたように返事をする僕を見て、蒼星石が苦笑いする。<br>
周囲からすれば羨ましい立場かもしれないが、その実は全然である。<br>
そんな僕の心中を察してくれているのか、彼女だけは控え目に。<br>
「僕はチョコは作ってきてないから、安心して」<br>
ちょっと残念に思ったが、まあそれも彼女なりの気遣いだろう。<br>
「代わり、って言うのもおかしいけど。ちょっと伝言」<br>
「伝言って誰から?」<br>
「放課後、うちに来やがれ、です……だってさ」<br>
「ありがとう、気をつけて帰れよ」<br>
ダッシュで教室を出る。今日一日の疲労を忘れさせるその言葉。<br>
さあ――彼女に会いに行こう。</p>
<p>
――人のいなくなった教室、ポケットの中から包みを出す。<br>
少しだけ惜しむようにそれを見つめてから、少女は自分の口に放り込んだ。<br>
「ま、仕方ないよね。……頑張って、二人とも」<br>
走る、走る。彼女の怒り顔を、笑顔を、泣き顔を思い浮かべて。<br>
彼女のために、僕のために、彼女のところへ走り向かう。<br>
だが――そこに立ち塞がるは、不様な仮面の敗北者。<br>
嫉妬という名の仮面を纏った、怒りに燃える一人の女々しい男。<br>
その手に携えるは、異様なふくらみを見せるコンビニ袋。<br>
「――ベジータ」<br>
「ジュン、大人しく銀嬢のチョコを渡すんだ」<br>
「断る。お前にくれてやる義理がない」<br>
「タダでとは言わん、物々交換と行こうじゃないか」<br>
両手に抱えたコンビニ袋を、僕の前へと投げ出した。<br>
その中身、コンビニにあっただけの安物のチョコレート。<br>
その数量、実に10キロ以上……この漢、負け組の鑑であったか。<br>
「だが断る!!っていうかお前哀しくないか?」<br>
「哀しいわ!!何が哀しくて店員さんに同情の目で見られないといけない!!」<br>
自分でやったことだろうというツッコミは流石に控えた。<br>
ベジータの両の目から流れ落ちる雫は、まるで朱に染まったように見えた。<br>
「……言葉はいらないだろう。さあ、ここを通りたければ」<br>
山となった黒い塊の中から、小さなチョコを鷲掴みに握り締める。<br>
説得の余地はない。この男は、奪い取る気だ。<br>
「本命じゃあない。だが、彼女の想いを渡すわけにはいかん!!」<br>
叫びを開戦の合図と取ったか、両掌が開かれた。<br>
不規則に飛び交い来る、散弾のようなチョコレートの雨霰。<br>
「罷り通る!!」<br>
避けはしない。顔面を庇いながら――正面から突撃する!!</p>
<p>
既に全身は痣だらけ――わかってたけど、チョコって硬いんだね。<br>
息は荒い――泣き叫び追い縋る負け犬を、ダッシュで振り切った。<br>
漸く、着いた。翠星石の家の前。今日の最後の目的地。<br>
何が待っているのかはわからないけれど、彼女と話をしよう。<br>
今日一日まともに顔さえ見れなかった分、たくさん話をしよう。<br>
「……ジュン?」<br>
「あ、すい、翠星石。入ってもいいか?」<br>
「勝手に入りやがれです」<br>
お言葉に甘えて、上がらせてもらう。<br>
久々に見たような気がする翠星石の顔は、怒っているように見えた。<br>
「……一日デレデレして、だらしない顔だったです」<br>
「面目ない。まあ、貰って嬉しいのは嬉しいし……翠星石はくれないからさ」<br>
少なからずの嬉しさの中、今日一日感じていたのは寂しさだった。<br>
欲しい人から貰えない。一昨年も、去年も、そして今年も……<br>
「……です」<br>
「え?」<br>
「作ったけど、失敗したです。それでいいなら、やるです」<br>
顔を真っ赤に染めた、悔しそうで、なのに嬉しそうな翠星石。<br>
一瞬呆けてしまった。だが、断る理由がない。嬉しい。素で。<br>
「あ、うん……その、僕でいいなら。喜んで貰うよ」<br>
「……ジュンが、いいです」</p>
<p>「じゃあ、持ってくるです」<br>
そういって台所に引っ込んでいく彼女を見ながら思った。<br>
嵐のような一日だったが、それを最高の形で締めくくれそうだと。<br>
はじめて貰えるだけに、その感動もひとしおだった。<br>
小さな箱を抱えて翠星石が戻ってきて、俯きがちに告げた。<br>
「目を瞑れです。形が整ってないから、恥ずかしいです」<br>
「え、別にそんなの気にしないよ。翠星石がくれたらなんでも」<br>
「いいから瞑りやがれです!!」<br>
僕の言葉に一瞬明らかに喜びを見せた直後に激昂。<br>
仕方ないので、言われるがままに目を閉じた。<br>
チョコを食べられるように、小さく口を開いて。<br>
「え」<br>
だのに、口に伝わってきたのはチョコ以外の柔らかい感覚。<br>
驚きに目を開いたそこにあったのは、翠星石の可愛い顔。<br>
柔らかな唇が触れ、その中から舌が僕の中に侵入していた。<br>
翠星石の舌が、僕の舌を撫ぜる……そのそばから、甘い香りが伝わってくる。</p>
<p>「ひひ、引っかかりやがったです」<br>
イタズラに成功した子どものような、可愛らしい表情で。<br>
笑う翠星石がぺろりと出した舌の表面に、チョコレートが塗ってあった。<br>
「あー、うん。凄く甘かった。もう1回いいか?」<br>
「な、何言いやがるですか!!そんな恥ずかしい事……」<br>
口篭る彼女を前、幸福を感じながら僕はまた目を閉じる。<br>
そんなに待つ事もない。すぐに、先程以上に柔らかい感触が僕を包んだ。</p>
<p>END</p>
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: