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「『あなたが好きです ~バレンタインの二人~』」(2006/02/17 (金) 20:52:28) の最新版変更点
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<p>『あなたが好きです ~バレンタインの二人~』</p>
<p>バレンタインデー。<br>
それは愛を告白する日。または愛を確認し合う日。<br>
日本では、チョコレートに自分の想いを載せて送るのが専らである。<br>
だが、そんな日が迫っていると言うにも関わらず翠星石は<br>
「ふぁ…日本勢がぱっとしねぇです…」<br>
欠伸をしながらテレビを見ていた。<br>
「姉さん、そろそろバレンタインだけど…準備しなくていいの?」<br>
翠星石はここ2、3日とある競技大会の中継をずっと見ている。<br>
バレンタインも近いと言うのに全くチョコの用意をするそぶりがない翠星石に<br>
蒼星石は心配そうだった。<br>
「うるさいです!チビ人間にはその辺の板チョコでもあげりゃいいのです。」<br>
蒼星石の一言に、翠星石は一瞬で不愉快そうに頬を膨らませた。<br>
「板チョコって…」<br>
そんな翠星石の顔を見ながら、蒼星石はつい先日の翠星石とジュンの喧嘩を思い出した。</p>
<p>それは些細な事だった。<br>
ここ最近、翠星石は学校が終わると、ジュンとも蒼星石とも一緒に帰らずに一人でさっさと帰ってしまう。<br>
蒼星石は、翠星石がバレンタインに向けて何か準備をしているとうすうす思っていたが、ジュンは違った。<br>
翠星石にここの所避けられている。<br>
そんな日々が一週間ほど続いて、ジュンはそう思うようになった。<br>
わけを聞くにも、翠星石はつかまらない。<br>
胸の中に一抹の不安を抱えながらジュンはその一週間を過ごしていた。<br>
やがて<br>
「おい、翠星石!」<br>
蒼星石のところへやってきた翠星石を捕まえて、ジュンはこの一週間の事を問い詰め始めた。<br>
「ここんとこ、どうしたんだよ…僕、何か悪い事したか?」<br>
翠星石を見つめるジュンの顔は怒ったような不安なような複雑な表情だった。<br>
「な、なんでもないです。ちょっと用事が忙しかっただけなのです。」<br>
「一週間だぞ?園芸部も休んでるっていうじゃないか!」<br>
「じ、ジュンには関係ないです。」<br>
段々口論する声が大きくなっていく。<br>
あの日、蒼星石とぶつかりあって、そしてジュンに告白した日から、<br>
二人は口喧嘩をしながらも、ラブラブ全開で周りからのやっかみも多いくらいだった。<br>
それに口喧嘩といってもスキンシップみたいなもので、喧嘩をしていたと思ったらいつのまにかベタベタくっついていたりして、周りからはあきれられてもいた。<br>
だが、今回は何か様子が違った。売り言葉に買い言葉。染み付いた習慣がそうさせるのか、段々と口論は激しくなっていく。<br>
「ち、チビ人間には関係ないですー!」<br>
「ちびっていったな…僕はチビじゃない!」<br>
「チビにチビって言って何が悪いのですか!」<br>
もはや仲直りするどころか険悪ムード一色になっていた。<br>
「ちょっと、姉さん…」<br>
「もう、知らねぇです。もう帰るです!」<br>
「ふん…」</p>
<p>そしてそれ以来、翠星石はジュンとは口も利かずに、<br>
バレンタインのために密かにやっていたらしい準備もしている様子もない。<br>
「翠星石…」<br>
「もう寝るです。」<br>
頬を膨らませたまま、翠星石はどすどすと足音をたてて階段を上っていってしまった。<br>
教室はどこか浮き足立っていた。明日はバレンタインだからであろう。<br>
女子も男子も皆、何かを期待し、また何かに胸躍らせている様子が伺えた。<br>
「翠星石とジュン、喧嘩したらしいじゃなぁい?」<br>
蒼星石にそう声をかけて来る者があった。<br>
水銀燈だ。綺麗な銀髪を、まるでサラサラと音が鳴るように揺らしながら、蒼星石の傍らにくっつくようにしている。<br>
「…銀ちゃん、くっつきすぎ…」<br>
そんな水銀燈の横に、寄り添うようにしている薔薇水晶。<br>
薔薇水晶は蒼星石に接近しすぎな水銀燈の袖を引っ張って自分のところへ引き戻そうとしている。<br>
「薔薇しぃちゃん、ちょっと待っててねぇ、すぐ終わるからぁ。」<br>
水銀燈がにっこりと薔薇水晶に微笑みかけると、薔薇水晶は袖を引っ張るのをやめて、顔をほんのり赤くしてこくんと頷いた。<br>
「翠星石の事だもの、今年はジュンにチョコレートを上げれないかと思ったわぁ…」<br>
「翠星石の独占欲とガードは厳しい、けれど今ならそれもないのだわ。」<br>
いつのまにか、蒼星石を間に挟むようにして真紅がそこにいた。<br>
「あらぁ、真紅。あなたもチョコを上げるつもりだったのぉ?」<br>
「わ、私は…お、幼馴染としての義理なのだわ。」<br>
「ほんとにぃ?翠星石に捕られた、って落ち込んでたわよねぇ?」<br>
「なっ…お黙りなさい!」<br>
蒼星石の目の前で、真紅と水銀燈の視線がぶつかり合って火花が飛ぶ。</p>
<p>
「ふふっ…まぁいいわぁ、チョコ受け取ってもらえるといいわねぇ…」<br>
「銀ちゃん、ジュンにチョコを…?」<br>
真紅と水銀燈が火花を散らすその傍らで、薔薇水晶が不安げな顔で水銀燈の顔を見上げた。<br>
「だ、大丈夫よぉ…恒例の義理チョコだもの。薔薇しぃちゃんにはちゃぁんとしたチョコ、あげるわぁ」<br>
「…よかった。」<br>
薔薇水晶は水銀燈のその言葉にほっと胸をなでおろしたようだった。<br>
「ふん…」<br>
真紅も踵を返して自分の席へと戻っていく。<br>
(そっか…今ってチャンス…なのかな?)<br>
一瞬、蒼星石の心の中にそんな考えが浮かんだが<br>
(だめ、だめだよ。僕は姉さんを応援するって決めたんだ…あの日にそう決めたじゃないか…)<br>
すぐに打ち消した。<br>
「蒼星石、あなたもチャンスかもしれないわねぇ」<br>
水銀燈が顔を覗き込んでいた。今一瞬浮かんだことを見透かされたような気がして、蒼星石は激しく動揺した。<br>
「そ、そ、そ、そんな事は!」<br>
「ふふっ…まぁ、頑張りなさい?」<br>
そんな言葉を残して水銀燈と薔薇水晶も自分の席へと戻っていった。<br>
(チャンス…そ、そんな…僕は翠星石を応援するって…)<br>
揺れ動いていた。蒼星石は翠星石への想いで、ジュンへの想いを打ち消してきた。<br>
だが、水銀燈のその一言は、翠星石への想いを押しのけてジュンへの想いを再度吹き上がらせた。<br>
(僕も…彼にチョコを…)<br>
まだ登校して来ないジュンの机を見つめながら、蒼星石はキュッと唇を噛んだ。</p>
<p>
夕闇が迫る。学校から帰って着替えもそこそこにベッドに倒れこんだ翠星石は、窓から差し込む紅い光の中でじっと机の上のあるものを見ていた。<br>
毛糸玉に作りかけのマフラー。<br>
作りかけといってもそれはほぼ完成しており、あとは仕上げを残すだけであった。<br>
(はぁ…どうして…)<br>
じっと作りかけのマフラーを見ながら、先日のジュンとの喧嘩を思い出す。<br>
(どうして翠星石は素直になれないのですか…もっと上手に…)<br>
上手にジュンの追及をかわすことが出来たかもしれない。それが出来れば、今こんな風にはなっていないのかもしれない。<br>
大きなため息をつく。<br>
(翠星石は…馬鹿です…)<br>
ぎゅっと目を瞑ると、ジュンの顔が浮かぶ。それは楽しくもあり、同時に今の翠星石には辛くもあった。<br>
あの喧嘩以来、口をきくどころかまともに顔さえ合わせていない。<br>
それを察した真紅や水銀燈は虎視眈々とジュンを狙っている事もわかっていた。<br>
(そんなのは、いやですぅ…)<br>
ジュンが真紅、あるいは水銀燈のチョコを受け取ってニコニコする妄想が浮かぶ。<br>
(絶対いやですぅ!)<br>
翠星石がガバッとベッドから起き上がる。すると、甘いいい匂いが翠星石の鼻腔をくすぐった。<br>
「あれ…?」<br>
夕食の匂いではないことはすぐにわかった。<br>
鼻腔をくすぐる甘い匂い。ケーキやチョコレートといった類の匂いがする。<br>
翠星石は部屋を抜け出すと、キッチンに向かい、そっと覗き込んだ。</p>
<p>(…蒼星石?)<br>
蒼星石が忙しそうに何かを作っている。<br>
刻んだチョコと小麦粉、泡だて器やボウルを並べて所狭しと駆け回っている。<br>
明日のためにチョコレートを作っているのは明白だった。<br>
(誰のために?)<br>
翠星石の脳裏に、一人の人物の顔が浮かぶ。<br>
ジュンだ。<br>
蒼星石が自分とジュンの間を応援してくれていたが、<br>
そのどこかでジュンへの想いが消えていない事を、翠星石は薄々気付いていた。<br>
だから、蒼星石が顔と手を粉だらけにして一生懸命作ったチョコの送る先には<br>
ジュンしか思い浮かばなかった。<br>
真紅や水銀燈だけでなく、まさか蒼星石までも乗じてくるとは<br>
翠星石だって思いもしなかった。<br>
本当にジュンのためにチョコをつくっているのか。<br>
真実はわからないが、翠星石にはどうしてもそれがジュンのためだとしか思えなかった。<br>
そっとキッチンを離れて自分の部屋にもどる。<br>
机に座って、ころころと毛糸玉を転がした。<br>
窓の外では夕日が沈んでいく。夜の黒が支配し始めていた。<br>
そんな様子をずっと眺めていた翠星石。<br>
やがて完全に夜の帳が降りたとき、翠星石は音もなくすっと立ち上がった。</p>
<p>バレンタイン当日。ついにこの日がやってきた。<br>
教室の熱気はピークに達している。<br>
あの水銀燈や真紅でさえ、どこかそわそわしている様子だった。<br>
そんな様子を見ながら、蒼星石も自分がそわそわしている事に気がついていた。<br>
カバンの中にそっと忍ばせた小さなチョコレートケーキ。<br>
ジュンは受け取ってくれるだろうか。もはや翠星石の事は頭から消えて、ただジュンがチョコを受け取ってくれるかどうか、<br>
それだけで頭が一杯だった。<br>
教室の様子を見ても、まさに十人十色の心持のようで、<br>
関係ないという顔をしているもの、これからの事に胸躍らせるもの、期待するもの、様々だった。<br>
とにかく教室内は浮き足立っていて、授業が始まってもその雰囲気はおさまらず、授業をする教師もどこかあきれ果てているようだった。<br>
授業が終わり、ついに放課後がやってくる。<br>
蒼星石は意を決して立ち上がった。<br>
だがその傍を一陣、いや二陣の風が通り抜けた。<br>
真紅と水銀燈が同時にジュンの下へチョコをもって駆け寄った。<br>
「あらぁ、真紅。邪魔しないでぇ?」<br>
「邪魔しているのは水銀燈なのだわ。さ、ジュン。ぎ、義理だけれどチョコよ。ありがたく受け取りなさい。」<br>
「義理なんてもらっても嬉しくないわよねぇ。私のは限りなく本命に近いチョコよぉ」<br>
(桜田ジュン…ロックオン。)<br>
そんな水銀燈と真紅の横で薔薇水晶がジュンを睨んでいる。<br>
「ちょ、ちょっと、お前ら…」<br>
目の前に突き出される二つのチョコ、このどちらをとっても血を見るのは明らかだった。<br>
その二人の間から、蒼星石は何が起こったのかわからない様子でジュンの方をみていた。<br>
「ジュン、受け取りなさい!」<br>
「さぁ、どうぞぉ」<br>
迫る真紅と水銀燈、幸せの真っ只中にありながらジュンは絶体絶命のピンチを感じていた。</p>
<p>ガラガラガラッ!<br>
「ジュン!ちょっと来るです!」<br>
そこへ教室の扉を勢いよく開けて、翠星石が飛び込んできた。<br>
「姉さん?」<br>
「翠星石?」<br>
「ちょっとぉ、翠星石、邪魔しないでぇ」<br>
4人の視線が翠星石に集まる。<br>
翠星石はそれを意にも介さず教室へ入ってくると、ジュンの腕をがっしりとつかんで引きずり出した。<br>
「ちょっ、なんだよ翠星石!」<br>
「黙ってついてくるです!」<br>
やがてジュンと翠星石は教室の外へ姿を消した。<br>
残された蒼星石、真紅、水銀燈はぽかんとして二人が消えていった方をしばらく見つめていた。</p>
<p>「な、なんだよ、翠星石!離せよ!」<br>
「とにかく黙ってついてこいです!」<br>
成すがままに連れてこられたのは、誰もいない調理室。<br>
そこでジュンは調理室から漂う甘いにおいに気が付いた。<br>
「さ、座るです。」<br>
「あ、あぁ…」<br>
翠星石に促されるままに調理室の机に腰をおろす。<br>
そして、ジュンの目の前に湯気と甘い香りがたつカップが置かれた。<br>
「あの…翠星石?これは…」<br>
「きょ、今日は冷えるですからそれでも飲んで体をあっためるです!」<br>
何故か翠星石の顔が赤い。<br>
(なんでココアなんだ…?)</p>
<p>
翠星石の行動といい、目の前に出されたココアという何がなんだかわからなかったが、<br>
ジュンはこれをきっかけに仲直りができるのではないか、そう想ってカップを手にとった。<br>
ゆっくりとカップを口へ運んでいく。<br>
翠星石はその様子を俯き加減の上目遣いでじっと見ていた。<br>
一口飲むと、甘い香りが口の中一杯に広がって、そして喉元を過ぎた暖かいココアがじんわりと体中に広がって<br>
体の芯から温まるような気がした。<br>
「ど、どうですか?」<br>
「うん、美味しいよ…でも、なんで…」<br>
何故ココアなのか。<br>
そう聞こうとした瞬間、ジュンははっとした。<br>
ココア、そう確かにこれはココアだが、時に別の名で呼ばれる事もある。<br>
『ホットチョコレート』<br>
そう、これは翠星石からのバレンタインチョコだった。暖かい、ただ一杯だけの翠星石からのチョコ。<br>
「そうか…これ、手作り?」<br>
「も、もちろんです!市販のホッ…ココアなんかつかわねーです!」<br>
「そっか…ありがとう、翠星石…それと…」<br>
「ジュン、この間はごめんです…」<br>
翠星石が先に頭を下げた。いつもの翠星石からは考えられない、そうジュンは想った。<br>
「いや、僕も悪かったよ、ごめん。」<br>
「ジュン…翠星石は素直じゃねーですし、口も悪いですが…その…」<br>
「そこが可愛いとこじゃないか。」<br>
「なっ!?」<br>
ジュンの一言に顔を真っ赤にさせる翠星石。そんな翠星石がジュンは可愛くていとおしくて思わず翠星石を抱き締めた。<br>
「ジュン…」<br>
しばらく抱きしめあった二人。</p>
<p>「あ…」<br>
何かを思い出したように翠星石はジュンから離れるとカバンから紙袋を取り出した。<br>
「こ、これ…あげるです。」<br>
その紙袋をジュンに押し付けると、俯きながらちらちらとジュンの反応をうかがっている。<br>
「お…マフラーか…巻いてもいいかな?」<br>
紙袋の中には翠星石がずっと編んでいたマフラーが入っていた。それを嬉しそうに取り出すと、ジュンはそれを首に巻いた。<br>
「うん…」<br>
「暖かい…でも、ちょっと長すぎじゃないか?」<br>
「そ、そうですか?」<br>
たしかに、首に巻いたあまりのマフラーがでろんとかかっていて、長すぎる。<br>
そこでジュンは何か思いついて、もう一度翠星石を抱き締めた。<br>
「じゅ、ジュン、何するですかっ」<br>
まんざらでもない様子の翠星石にマフラーをかけて、自分ごと巻く。<br>
「こうすれば丁度いいな。」<br>
「は、恥ずかしいです…」<br>
それからジュンと翠星石はホットチョコレートを一緒に飲みながら、ずっと肩を寄せ合ってそこに座っていた。<br>
カーテン越しに差し込む淡い光が、二人を優しく包み込んでいた。<br>
いつまでも――</p>
<p><br>
「はぁ…やっぱり二人の間に入り込む余地なんてなさそうだね…」<br>
調理室でマフラーをして寄り添いあう二人を見ながら蒼星石はチョコレートケーキの入った<br>
袋を見つめて残念そうにため息をついた。<br>
だが、その顔はどこか晴れ晴れとしていた。</p>
<p>~fin~</p>
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