「約束だよ、ジュンくん。」
紅い夕日の下、銀髪の少女が少年の手を握った。
彼を見て少女は微笑みを顔に浮かべる。
「ジュンくんは、わたしの事をずっ~と守ります・・・・はい、約束だからね!」
少年はそれをしっかりと握り返し少女に頷く。
「うん!僕はすいぎんとうを守る、僕はすいぎんとうのナイトになる!」
紅い夕日の下、幼い少年と少女は一つの約束をした。それは儚い刹那の記憶。
いつしか約束の色は二人の中でセピアに変わり、
その輝きは次第に失われてっていった。
幼い二人の約束・・・燻(くすぶ)った燈(ひ)に今、灯(ともしび)を点そう
『約束の灯(ともしび)』
十年後
じりりっ、と目覚ましのベルがけたたましく部屋に鳴り響く。
やかましい音に目を覚まし、ジュンは寝ぼけ眼で時計を止める。
ジ「・・・・ったく・・・うるさいんだよこの時計・・・。」
時計に文句をたれながらベッドからはい出るジュン。
それでも高校の支度をして階下に降りる。
リビングに入ると、部活の朝練にでも行ったか既に姉ののりの姿はなく、
テーブルの上に弁当が置いてあった。
それをカバンに詰めるとジュンは冷蔵庫にあった菓子パンをほおばり外に出る。
しかし、学校に向かうその足は極端に遅い。
やって来るアイツと鉢合わせしたくないからだ。
学校にはギリギリでも良いか、ジュンはそう考え、漫画を読もうと
足をコンビニに向ける。しかし、
ジュン「あ・・・・」
方向転換したジュンのすぐ目の前、そこに水銀燈が立っていた。
ジュンの会いたくないアイツ、それは彼女の事である。
肩甲骨辺りまで伸びた他とは珍しい銀髪をフワリと揺らして
水銀燈はジュンに駆け寄ってくる。
銀「おはよぉ~ジュン♪一緒に高校行きましょうよぉ♪」
顔に微笑みを浮かべ、挨拶をして近付いて来る水銀燈、
しかしジュンは答える事なく、
彼女の横をすり抜けようとする。
銀「あ・・・・ジュン、待って!」
ジ「・・・・・・来んな。」
手を伸ばそうとした水銀燈を一喝するとジュンはその場を離れた。
水銀燈が哀しい目をしてジュンを見ていた。
幼い頃は何のしがらみもなく無邪気に遊んでいたジュンと水銀燈。
いつもお互いから離れず、遊ぶ時は片方が来るまでずっと待ち続けていた。
しかし、時が経つと言う事は時として残酷である。
小学校、中学と時が経つにつれ、幼馴染みであった少女はみるみるうちに
美しくなり、今では下手な芸能人より容姿端麗な美貌を持つまでになった。
そして少年は何も変わらない自分を恥じ、彼女に対し引け目を感じ、
それ以外にも異性としての意識が生まれたのであろう、
彼は少女から離れ、
彼女を避けるようになっていった。
しかし幼馴染みの少女、水銀燈は今も変わらずジュンを待ち続けた
毎朝、毎日、ずっと、ずっと・・・・
高校に入った今も彼女はジュンと学校に行こうと
彼を見つけては声をかけてくる。
何度も断られているのに いつも笑顔で。
他の人間にはそんな顔を見せない、ジュンだけに向けられる笑顔、
しかし、それがジュンには苦しかった。
背は高くない、
かっこいい訳じゃない、
運動もあんまり得意じゃない、
取り柄と言えば裁縫くらい・・・何もない。
だからこそ、ジュンには水銀燈の微笑みは辛かった。
ジ「アイツには・・・・・アイツには僕なんかより相応しい奴がいるはずだ・・・
だから・・・・だから・・・・・・」
自分に言い聞かせるように呟くジュン。空は皮肉な程に澄み渡っている。
チャイムが鳴る、学校が終わる。
クラスの人間のほとんどがクラブに向かう中ジュンは下駄箱に向かう。
銀「待って・・・・・!」
下駄箱で靴を履き変えようとして声をかけられ、ジュンはその声の主を見る。
ジ「・・・何だよ・・・・水銀燈。」
銀「い・・・・一緒に帰りましょお?私も帰宅部だし・・・・だから、ね♪」
朝と同じように、何もなかったように微笑む水銀燈。
なぜ・・・・・?何故そんな顔ができるんだ?
ジュンの胸が、心が悲鳴を上げ始める。その間も水銀燈の声は続いていて、
破壊鎚を打ち込むように ジュンの脳内に響きわたる。
銀「一人で帰るのって暇じゃなぁい?真紅達も部活だし・・・・あ、そうだ!
帰りにカフェに寄りましょうよ~♪それで・・・・・」
ジ「・・・・・・やめてくれよ」
耐え切れず、ジュンは無意識に声を上げた。
もう、覚悟は出来ている。
銀「・・・・え?」
水銀燈はジュンの言葉に話をとめる。
ジ「・・・もう止めてくれよ・・・・もう・・・もう沢山だ!!!!!」
響く怒声、水銀燈の顔が凍る、
ジュンは自分の中にあった感情を暴発させる。
ジ「毎朝毎朝僕を待って!!!笑って!!ウンザリなんだ!!誰も・・・・
誰も僕を待ってくれなんて言ってない!!!!」
銀「ジュン・・・・・?」
ジ「避けてるのにしつこい・・・もう嫌だお前の顔なんて見たくない!!!」
言うはずはなかった、けっして言ってはいけない一言、
その一言がジュンの喉から飛びでた。
大 嫌 い だ !!!!
言ってしまった・・・、
後味の悪い感覚がジュンの胸にじんわりと広がる。
しかし、言ってしまった以上後に引ける訳がない。
ジュンは水銀燈の顔におずおずと視線を合わせる。
そして彼女の顔を見た瞬間ジュンの心臓は止まりそうになった。
泣いている
水銀燈は色素の薄い紅い瞳から大粒の涙を頬に伝わらせていた。
予想はしていたはずなのにジュンの胸の鼓動が急速に早くなっていった。
銀「あは・・・・あははは。そ、そうよねぇ・・・嫌、よねぇ・・・・私・・・
しつこい、もんねぇ・・・・はは・・・・」
自嘲するように顔に笑みを浮かべる水銀燈、その姿がとても痛々しい。
銀「・・・・私って・・・・私って・・ほんとお馬鹿さぁん・・・ジュンが私を
嫌いって何で・・・・・・・何で気付けなかったんだろぉ・・・・・
考えたら・・すぐに分かる、のに・・・・・・・馬鹿よねぇ・・・」
もうこの場にいたくない、ジュンの胸がまた悲鳴を上げる。ジュンは
靴を素早く履き変え、水銀燈に背を向けて昇降口に向かって歩きだす。
銀「ジュン・・・・ごめんなさい・・・・・」
ジュンの背中に水銀燈の声がかけられる。胸がズキリと痛んだ。
だけどジュンは振り返ることなく その場を去った。
一体・・・・自分は何を期待していたのだろう。彼に抱いていた
想いが報われると本当に信じていたのだろうか。
一緒に学校に行こうと彼を待っても、何度も避けられ、それなのに
諦めきれずに彼を待った。きっと自分が悪いんだ、そう思った。
だから笑顔を絶やさなかった。
幼い頃から一緒だったんだ、きっとジュンもいつかは自分が
抱いていた気持ちを分かってくれるはず、そう思い続けた。
だが、現実は余りにも無常だった
ジュンから投げかけられた言葉、それはいとも容易く水銀燈の心を
打ち砕いた。彼は自分の事を嫌っていた。
幼い頃の、あの頃の二人はもはや彼の中にはなかったのだ。
自分が好きだった『桜田ジュン』はいなくなっていたのだ。
その瞬間、彼女の中で何かが壊れてしまった。
水銀燈の中を黒い感情が渦巻く。
声が彼女の中を木霊する。
汚せ、汚してしまえ
壊せ、壊してしまえ
全てを壊してしまえ、と
水銀燈の足は、自然と繁華街へ向かっていた。
夜が来ようとしている。人が流れ込み、歓喜と欲望とで街が
溢れかえろうとする時間が来ようとしている。
酒池肉林の世界が繰り広げられる『街』と言う名の大舞台。
そんな中を制服のまま水銀燈は歩いていた。
心の声が命ずるまま彼女は街を歩き、その肢体から滲み出る
フェロモンを男共に振り撒く。男達は17歳とは
思えぬ水銀燈の身体に魅せられ、彼女を
視線で追う。
そう、こうすればいい。こうしてしまえばいい。
心の声は水銀燈につぶやく。気付けば何人かの男達が
水銀燈の後を追うように付いて来ている。
水銀燈は近くにあったファーストフード店に入り、
男たちが声をかけてくるのを待つ。
ジュンに捧げようと思ったその身体、もはや意味はないのなら、
いっそのこと汚し尽くせば良い。
ドス黒い何かが水銀燈を取り巻いている。
と、店に男が入ってきた。さっき後ろから自分を見ていた男の一人だ。
男はチラチラと周りを見つつ水銀燈に近づく。
そして、彼女の横に座り、一言。
「五万で・・・・。」
水銀燈は頷き、男に連れられ店を出た。
水銀燈は男に連れられ、街の奥へと連れられていく。
活気のある表通りからいかがわしい裏通りへ。
これから自分はこうやって汚れていくのか、
水銀燈は感慨もなくただそう思う。
男はこれから自分をラブホテルに連れ込み犯すのだろう。
だが、それで構わない、どうせ、必要のなくなった身体だから。
水銀燈は窓の閉まったラブホテルの一室一室を
見ながらそうなる自分を想像して自嘲した。
男「・・・・・・ここだよ。」
気付けば水銀燈はラブホテルの前に男と立っていた。
これから自分は汚れる、もう後悔はない。
そう思っていた、だけど、
銀「・・・・ごめんなさぁい。・・・やっぱり・・・・無理だわ。」
何故だろう、もう、穢れても良い、全てを捨てるんだ、
そう思っていたはずなのに足が動かない。
こんな事で汚したくない、自分の体を汚したくない、
今頃になってそう思い始めていた自分が出てきた。
男「なんだよそれ。金も払ったんだぞ?それなのに今頃ドタキャンだと?」
突然男の口調が変わった。男は水銀燈の腕を掴み
中に引き込み始めた。
男「入るぞ!!!金は払った!!ちゃんとその分返してもらうぞっ!!」
ドブ川のようににごった目、か弱い女子だというのに力任せにその腕を
引っ張るその態度、さっきまでの紳士のような顔をした男はそこにはなかった。
銀「い・・・嫌よ・・・嫌っ!」
男「黙れ!早く来いって言ってるだろ!!」
銀「い・・・いやぁっ!!離して!!お金・・・返すから帰してぇ!!!」
男「はぁ!?冗談言うなよ、色んな男と寝てるんだろ!?俺じゃダメってか!?」
銀「ち・・・・・違うわ!!わたし・・・魔が・・・魔が差しただけ!!」
男「ほぉ~?なら良いじゃないか!!男の味を覚えさせてやるから来いよ!!」
銀「いやぁ!!」
抵抗を試みるが一歩一歩と水銀燈の身体はホテルへと近づいている。
なんて愚かなんだろう、水銀燈は自分を呪った。
嫌われて、とった挙句の行動の結果がこれ、好きでもない男に
純潔を奪われるという恐怖を味わう事になるとは。
水銀燈の瞳に昼間流したのとは違う、屈辱の涙が流れる。
誰かが助けてくれないかと、辺りを見回すが、周りにいる人は
ただの痴情のもつれかとさして気にも留めない。
男「大丈夫だって、痛くないようにするから!!!」
男の力が一段と強くなった。
銀「いやぁぁぁああ!!」
ホテルに連れ込まれんとしたその瞬間だった。
ゴキュッ
謎の黒い影が男の顔面を殴り飛ばしていた。男の鼻がグシャリと潰れ、
そのまま身体は吹っ飛び 地面にたたきつけられる。
水銀燈は地面にへたり込みながらその光景を見ていた。
?「ふん、雑魚が・・・・・・おい・・・大丈夫か、銀嬢?」
男の手が水銀燈に伸ばされた。彼女を救ったのは・・・
水銀燈「ベ・・・・ベジータ・・・・・・」
銀「ベ・・・ベジータ・・・。あ・・貴方が・・なんでこんな所に?」
水銀燈はベジータに起こされながら聞く。
ベ「ん?・・・それはあちらのお嬢達のおかげさ。」
ベジータは道の向こうに立っている人影を指差した。
水銀燈はその人影に驚き息を呑む。
銀「あ・・・し、真紅!・・・・・それに・・・薔薇水晶!?」
名前を呼ばれ二人は水銀燈に近寄ってくる。
どちらも心配そうな顔をしている。
紅「放課後、貴方の様子がおかしかったからついて来ていたの。」
薔薇「・・・・銀ちゃん・・・泣いてたから・・・・・・だから。」
ベ「それで男手もいるかもしれないって俺様も呼ばれて銀嬢を尾行してたんだ。」
銀「・・・あ・・・あの・・・私・・・」
どう話せばいいのか戸惑う水銀燈の肩に真紅の手が置かれる。
紅「・・・・話は後にしましょう。こんな所で話すのもなんだから。」
薔薇「・・・・落ち着けるトコ・・・・・・いこ?」
二人が水銀燈を両脇から支える。
ベ「それじゃ俺はこの男を少し絞ってくる。銀嬢を怖がらせた報いだ。」
紅「そう、よろしく頼むわベジータ。」
ベ「・・・任せておけ。」
そう言い残し、ベジータは男を脇に抱えると路地裏に消えていった。
紅「・・・・・どう?少しは落ち着いたかしら、水銀燈?」
真紅はカップに入った紅茶を飲みつつ、水銀燈の目を見つめる。
その目は暖かい色を帯び、上質の毛布に包まれるような感じを
水銀燈に与える。
銀「・・・ええ、少しは。」
紅「なら・・・・話してくれるわね?貴方の様な賢い人があんな行動を
取るなんて想像もつかないことだから・・・・。良いわね?」
真紅は紅茶のカップをテーブルに置き、水銀燈の言葉を待った。
薔薇水晶も、ファミレスのパフェを頼む事無く静かに彼女を見ている。
銀「・・・・良いわ。全部・・・・話すわ。」
水銀燈は真紅と薔薇水晶に全てを話した
紅「そう・・・・そういう事だったの。ジュンがそんな事を・・・・」
薔薇「・・・・・変・・・ジュン・・・そういう事・・・言わないのに・・」
二人は意外そうな顔をしている。そういえばこの二人とはジュンは
普通に話していたな、水銀燈は思い出す。
銀「・・・・・でも・・・・本当。あはは・・・私、嫌われてたのねぇ・・・」
紅「早合点はしては駄目よ、水銀燈。」
自嘲の笑みを浮かべる水銀燈をたしなめる真紅。水銀燈は
真紅の顔を見返す。
紅「本当にジュンが貴女を嫌いなのか、それはまだ分からないわ。」
銀「それって・・・・どう言う事なの?」
薔薇「んっとね・・・ジュンは・・・好きなんだよ・・・銀ちゃんの事、きっと。」
薔薇水晶がとんでもないことを言う。
紅「そうね、ジュンは・・・貴女を愛してる。恐らく一番、ね。」
同様に真紅も。
しかし、その事を水銀燈は受け入れる事ができない。
あんなに強い調子で自分の事を拒絶したジュンが、
自分の事を好きだとはまったく思えないのだ。
銀「ふふ・・・・そんなの有り得ないわ。ジュンが、言ったのよ『キライ』って?」
真紅がその言葉に頷く。
紅「ええ、貴女の言葉を疑う気はないわ、水銀燈。だけどそれだけとも思えない。」
銀「・・・・・・・・・。」
紅「余りに近くにいすぎると、かえって物事の本質をを掴み取れない事があるわ。
今の貴女がそう。貴女は小さい頃からジュンといた。だからこそ、
貴女にはジュンが言った言葉全てが事実だと思えてしまう。」
静かに、ただ穏やかに言葉を繋げる真紅。
水銀燈は何も言わず話に耳を傾ける。
薔薇「・・・・・ジュンは・・・・・・不器用・・・・・下手なんだよ。」
紅「・・・・そうね、その通りだわ。あの子はとても感情の表現が下手。
まるで魔法のように繊細に針を扱う事ができるのに、その言葉は
驚くほど拙いわ。本当の思いを伝えようとしても伝えきれないのよ。
その伝え切れなかった相手がたまたま貴女だったのね、水銀燈。」
銀「・・・・・・でも、私は・・・。」
紅「ええ・・・・、今の貴女は迷っているものね、信じろと言っても無駄だわ。
自暴自棄になってあんな行動を取ってしまった後ですもの、無理ないわ。
だけどね、もう少しゆっくりジュンの言葉を考えて見たら?
貴女が今日見たジュンが本当のジュンかどうかを・・・。」
それ以上真紅は何も言わなかった。
離れない、水銀燈のあの顔が
消えない、水銀燈の声が
頬を伝う涙の跡が、
自嘲気味な微笑みが、
ごめんなさいという言葉が
全て・・・全て何もかもが自分の中にある
全てが後悔の鎖になっている
だけど・・・・・これでよかったんだ
ジュンはそう思う。これで水銀燈は自分の事を嫌い、自分を忘れて
新しい道を行くはずだ。自分なんかよりもっとふさわしい
相手が見つかり、もっと幸せになれる。
だけど
本当にこれでよかったのか?ジュンはそう思う。本当にこれでよかったのか?
お前は本当は水銀燈が好きじゃないのか?色んな考えが頭の中に
泡のように浮かぶ。だけど、それを言う事なんてできない。
自分には水銀燈はふさわしくないんだ、そう思う事で
ジュンは自分の思いを封じ込める。
ジュン「これで良いんだ・・・これで・・・これで・・・・・もう良い。」
布団にくるまり、いつしかジュンは眠りに落ちた。
翌日の朝、水銀燈がジュンを待っているという事はなかった。
誰も居ない、ジュンはいつも見慣れたあの顔がいない事に
安心し、後悔した。
学校に着くと、既に水銀燈は自分の席について、雛苺と他愛もない話を
して楽しそうにしていた。
昨日のあの事がまるでなかったように。
その事が何故かひどく哀しく思えたのだが、ジュンはそれを押し殺し、
自分の席について、カバンから教科書を取り出し授業の用意をした。
だが、その間も水銀燈から意識が離れる事はなかった。
昼休みになる。
クラスメイトの半数は机を寄せ合い、仲の良い同士で昼食をとる。
水銀燈も、薔薇水晶や雛苺、真紅といった面々と食事をとる。
それを横に見ながらジュンは教室を後にした。
あの中で食事を取る気にはなれなかった。
ベ「おい、桜田。」
名を呼ばれ、後ろを振り向く。そこにはベジータが腕を組んで
仁王立ちをしている。
ジュン「なんだよ・・・・ベジータ?」
ジュンは溜息をつきながらベジータに言葉を返す。
ベ「なぁに、たまには男同士昼飯でも食わないか?」
ジュン「・・・良いけど。」
ベ「なら話は早いな。屋上は・・・・無理だから食堂に行くぞ。」
ジュン「・・・ああ。」
ベジータに連れられ、ジュンは食堂に向かう。
食堂の一番端の席、そこにベジータとジュンは座った。
ジュン「さて、さっさと昼飯食うか。」
ジュンはのりの作った弁当の包みを解いて弁当のフタを
開けようとする。しかし、それをベジータの手が留めた。
ジュン「おい・・・・なんだよベジータ?」
ベ「昼飯を食う前に桜田、お前に話がある。」
ベジータがジュンの顔を見る。今まで見たことのない
険しい顔つき、背筋に少し寒いものが走る。
ジュン「・・・・な・・なんだよ?」
ベ「お前・・・銀嬢の事をどう思ってるんだ?」
また、いきなり、ジュンは戸惑う。
ジュン「別に・・・・アイツはただの・・・幼馴染み。」
ベ「・・・そうか。何の恋愛感情も持ち合わせていないのか?」
ジュン「・・・・・ああ。」
それにベジータが笑う。
ベ「ない、か・・・・クックックッ・・・嘘だろ?」
それにジュンの眉がピクリと動く。
ジ「・・・・ウソじゃない。」
ベ「幼馴染みなんだろ?ない方がおかしいじゃないか。」
ジ「ないよ・・・・アイツにはそんな感情・・・持ち合わせたことない・・」
ベ「・・・・そうか、それならお前に話せるよ、銀嬢に関わるヤバイ話題。」
ジ「・・・・・どんな?」
ベ「まあ、落ち着いて聞けよ?実はな、銀嬢がある男と付き合うんだ。」
ジ「・・・・それが?良い話じゃないか彼氏ができるなんて。」
ベ「いや、それがな結構そいつ酷い男なんだ。今まで何人もの女子とヤって
その子達を捨てた。しかも写真までとって脅しまでしてたそうだ。」
ジュン「・・・・・・・」
ベ「・・・・・意味はわかるだろ?銀嬢もそうなるんだ。きっと銀嬢だから
そんな写真を売れば儲かるだろうな・・・まあ、お前には関係ない話か。」
ジ「・・・・・ああ、関係ない。」
ベ「情報も廻ってる、今度の日曜、近くの遊園地でだそうだ。」
それだけ言うと二人の会話は終わり昼飯を食べ始めた。
ジ「もう、僕は食べ終わったから・・・・先に教室に帰ってる。」
ジュンはそういい残すと食堂を後にした。
弁当を持つ手が微かに震えているのは気のせいだろうか。
ベジータはそんな事を考える。
と、
紅「貴方も酷い人間ね、ベジータ。」
ジュンがいなくなったのを見計らうように真紅が入ってくきた。
ベジータは真紅の姿を認めるとニヤリと笑った。
ベ「ああいう強情な奴はな、こうまでしてやらないと動かない。」
真紅は溜息をつく。
紅「そうね・・・。確かに貴方の言うとおり。ジュンは感情を表現するのが下手。
だけど、あのウソは少しやりすぎよ?」
ベ「まあ、少しやり過ぎかもしれないが、それくらいのウソの方が良い事もある。」
ヘタレな奴かと思えばこういう所もある、まったく分からない人間だ、
真紅はベジータについて思う。
紅「まったく・・・・貴方という人間の品性を疑うわ。」
ベ「疑ってくれても構わないさ。あの二人を思えばこそ、だからな。」
紅「そうね・・・。あの二人はほんと、不器用。」
ベ「お互い、友達には苦労するようだ。」
紅「ええ・・・・・本当に。」
二人は顔を見合わせ微笑んだ。
ジ「僕は・・・・・僕は、どうすれば良い?」
ジュンは悩んでいた。ベジータの話、もしそれが本当だとすれば
水銀燈が酷い目にあう、泣き叫ぶ水銀燈の顔が頭をよぎる。
だけど、今の自分に何の関係がある?
ジュンは歯を食いしばる。
自分からキライと言ったのに何で水銀燈を助けるんだ?
まるで矛盾だらけじゃないか。
ジュンは時計を見る。針は既に深夜の1時を指している。
後数時間もすれば水銀燈はその男とデートをする事になるのだろう。
そして・・・・・・
ジ「畜生っ!!!!」
ジュンは枕に拳を打ちつけた。自分には何も出来ない。
もはや自分と水銀燈にはなんの関係もない。
もう、自分と水銀燈の絆はなくなったんだ。
そんな時だった。
カシャン
机の横に立てかけた写真たてが落ちた。ジュンはそれを机に
戻そうとして、手を止めた。
その写真たての中から一枚の写真がはみ出していた。
幼稚園の頃の自分と水銀燈、裏に汚い文字で
『ぼくはすいぎんとうのないと』
と書いてある。
何かが胸の中で氷解していくのが分かった。
ジ「そうだ、・・・・・僕は・・・・・僕は・・・・・」
太陽は既に昇り、部屋に幾重もの光線となり差し込む。
そして、それはジュンを照らす。
ジュン「僕は・・・・僕はもう迷わない・・・!」
写真たてに昔の写真を飾り直し、ジュンは拳を握り直した。
幼い頃した、『水銀燈のナイト』になるという約束を守るため
ジュンは家を出る。
すると外にはベジータがバイクにまたがって待ち構えていた。
ベ「フフッ・・・やっぱりそうすると思ったぜ桜田・・・行くんだろ?乗れよ!」
ベジータがジュンにヘルメットを投げて寄越す。
ジ「・・・・・ベジータ・・・・・」
ベ「遠慮をするな・・・・・・・行くんだろ銀嬢の元に!!」
ジ「・・・・悪いベジータ。僕を、遊園地に・・・・いや・・・そうじゃない。
僕を・・・・水銀燈の所に僕を連れて行ってくれ!!!」
ジュンはベジータのバイクの後ろに飛び乗った。
ベ「任せろ!!!」
バイクが爆音を立てて走りだした。
世界が瞬く間に後ろへ流れていく、気付けばそこは目的地。
ベ「・・・よし、着いたぞ桜田。」
ベジータはバイクを止めジュンを下ろす。
ジ「ありがとう・・・・ベジータ。」
ジュンは素直な感謝をベジータに伝える。
ベ「ふん、お前はここからが地獄なんだ、覚悟しておけ!」
照れ隠しに言うベジータ、それに微笑みを残しジュンは遊園地の中へ走って行った。
ベジータはその後ろ姿を見届けるとバイクのエンジンをふかせた。
ベ「・・・・・・頑張れよな、桜田」
ジュンは遊園地の中を走った。がむしゃらに駆け巡り、水銀燈の姿を探した。
ジ「・・・・はぁっ・・・・はぁっ・・・!!!くそぉっ!!!
・・・・何処だ、何処なんだ水銀燈!!」
必死なジュンの思いと裏腹に時間だけが残酷に過ぎていく。気付けば日が傾き始め、
空は紅く色づき始めている。
ジュンは力を使い果たし、遊園地にあった小高い丘にあったベンチに
座りこんでしまった。
ジュン「くそ・・・・何処だよ・・・・何処なんだよ・・・水銀燈・・・・」
ジュンの瞳から涙がこぼれだす。
思い出した約束を果たせない自分がふがいなかった。
だけど諦めきれない、そう思い立ち上がろうとしたその時だった。
「ジュン・・・・・・・?」
待ち望んだ声がジュンの耳に届いた。
銀「ジュン・・・・・よね?」
その声にジュンは顔を上げた。涙でぼやけた視界、その中に水銀燈がいた。
真っ白なワンピースに軽く薄手のパーカーを羽織ってそこに立っていた。
ジ「水銀・・・・・燈・・・・!!!」
ジュンは疲れ切った足の痛みを忘れて水銀燈に近付き、彼女を抱きしめた。
柔らかく暖かい水銀燈の感触が腕から伝わってくる
銀「きゃ!どうしたのジュン?あ・・・・貴方・・・・泣いてるの?」
ジ「良かった・・・水銀燈が無事で・・・・良かった・・・!」
止まらなかった、涙が後から後からでてくる。
自分を強く抱きしめるジュンを水銀燈も抱きしめ返した。
そして微かに囁いた、彼に聞こえない声で。
銀「ねえ・・ジュン・・・私ね・・・・貴方に会いたかった・・・・・・」
真っ赤な夕空の下、水銀燈とジュンは並んでベンチに座った。
かける言葉が見つからず二人に沈黙が流れる。
青かった空のほとんどが紅く変わる頃、ジュンは口を開いた。
ジ「・・・・・彼氏は何処に行ったんだ?今日、一緒にここに来てたんだろ?」
銀「彼氏・・?今日は一人よぉ?真紅に言われて来たの、自分を見つめなおせ、
心を落ち着けろって言われて・・・・・変よね、遊園地でなんて・・・」
ジ「え?でもベジータが・・・・・・・・って、あぁっ!」
銀「・・・・どうかしたの?」
ジ「あ・・・いや何でもない、何でもないんだ。」
ジュンは全てを理解した。自分はベジータに騙されたのだ。
水銀燈が危ないなんていうのはベジータの真っ赤な嘘。
こういう時は普通怒るべきだろう、が
しかし・・・・今となってはそれはもう、どうでも良い。
ジュンは隣に座る水銀燈を見つめた。彼女の銀髪が、
夕日を受け、ルビーのように輝いている。
今なら・・・自分の思いを伝えられる、
ジュンはゆっくりと口を開いた。
真っ赤な夕空、いつかの約束の日と同じ紅い空
いつかの約束の日の少女が横に居る
他人には高飛車で、少し皮肉れた、だけど自分の前では
甘える子猫のように振舞う少女
水銀燈、彼女には幸せになって欲しい、
彼女を守る、だけど、彼女を守ることと好きになることは違う
だから、自分は守ろう、彼女を陽の当たらない場所から守ろう
ナイトとはそう言うものだから、とジュンは思う
かつてした約束の灯火は今燃え上がっている
だけど、隠そう、彼女の幸せのために
燃える想いは胸に、彼女を守るための思いを外に
さあ、言おう
ジ「水銀燈・・・・・僕は君が好きじゃない。」
銀「・・・・・・・・・・」
ジ「だけど・・・・・嫌いでも・・・・ない。」
銀「・・・・・・・それじゃ・・・何?」
ジ「・・・・・・・僕は・・・・水銀燈には似合わない。」
銀「・・・・どうして?」
ジ「水銀燈は綺麗だし、かわいい。だから、幸せになって欲しい。
だけど・・・・僕みたいに何もない奴とじゃ・・・駄目だ。」
銀「そんな事・・・・・ない。」
ジ「だから・・・・・水銀燈が僕を好きなのはずっと・・ちゃんと知ってたけど
・・・・・・・・けど答えられない。」
銀「・・・・違う・・・・・違う・・・違う違う違う違う違う!!!!!」
ジ「・・・・・・水銀燈?」
銀「なによなによなによぉ!!!!私の気持ちなんて何も分かってないじゃない!!!
どうして!!??私はジュンといるから幸せなの!!ジュンだから幸せなの!!!
何で分からないの!?どうして!!??私は好きなのジュンが大好きなの!!!!
教えてよ!!本当のジュン気持ち!!隠してない本当のジュンの気持ち!!!」
ジ「でも・・・・・でも、僕は・・・・」
銀「格好つけてなんてほしくないわ!!!!不恰好でも!!!下手でも!!!
それでも良いの!!!ジュンの本当が聞きたいの!!!!」
分からない、どうすればいい?水銀燈に伝えた思いは本当だ。
だけど、今この胸の中にあるこの熱いモノはなんだ?
今水銀燈に言われてまた奮い立ったこの想い。
しかし、彼女を想えば隠すべきだ。そうだ隠すべきだ。
だけど、本当にそれで良い?
心の中で囁く、誰かの声。
ジ「僕は・・・・僕は・・・・・・・・」
銀「約束の思い出・・・・・憶えてるんでしょ?・・・・だったら・・・守って」
私 の 側 で 私 を 守 っ て !!!!!!
壊れた、何かが壊れた、ガラガラと音を立てて自分の中の何かが決壊した。
ジ「僕は・・・・・・僕は水銀燈が好きだ!!!水銀燈が大好きだ!!!!」
銀「ジュン・・・・・・!」
ジ「力はない!!!何もない!!!だけど守りたい水銀燈を守りたい!!!!」
いつかの約束の空、真っ赤な・・・・真っ赤な紅い空。
その空ももう夜の帳が下りようと紫に染まり始めた。
その下で、二人は真向かいに立っている。
いつかした幼い頃の約束、
約束の灯が二人を照らし出し、
セピアの想いは鮮明な色を取り戻し
二人の心はまた結びつき
二人は、またあの日の二人に戻った
ジ「何もない・・・・・そんな僕でも・・・・水銀燈を守りたい!!!」
銀「ええ・・・・・守って・・・・私の側で・・・・ずっと私を守って。」
ジ「・・・・・本当に・・・・それで良いのか、水銀燈?」
銀「ふふふっ・・・・おばかさぁん・・・・私、ジュン以外に守られたくないのよ?」
ジ「・・・・・・なら、ずっと・・・・僕は、水銀燈を守る。」
銀「それとね・・・ジュンには騎士だけじゃなくて、なって欲しいものがあるの・・」
ジ「・・・・・・・何?」
私 の 王 子 様
もう陽は落ち、あの約束の空の紅はなくなってしまった。
しかし、今の二人にはもう約束の紅はいらない。
今の二人を照らす『約束の灯』は二人の先を指し示す灯台となった
灯された燈(ひ)はいつまでも燃え続けるのか
それは二人次第、だけど今は大きく燃え続けている
紫のベールに包まれた二人の影はゆっくりと重なり合う
ジ「水銀燈・・・なら、僕は・・・なる・・・・水銀燈だけの王子に・・・」
銀「約束よ?・・・・・・ずっと・・・ずっとだからね・・・・」
ジ「・・・・・・うん・・・・ずっとだ・・・・約束する・・・」
銀「私と・・・・貴方の・・・・・・・・」
ジ「僕と・・・水銀燈の・・・・・・・・」
ジ・銀「二人だけの・・・・・・
約束。
fine
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