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【思い出になる前に・・・】

いつからだろう、あいつと僕が距離をとるようになったのは。
小さい頃はいつも一緒だった。いや、小さい頃はいつも僕についてきていた。
僕がどんなに意地悪しても、必ず付いてくる。泣きながら涙で顔をぐしゃぐしゃにして。
あいつは昔っからそういう奴だった。
の「ジュンくーん、早くしないと学校に送れちゃうよー?」
J「今行くよー!」
僕は鞄を持って家を出る。
ねーちゃんは門の所で僕を待っていた。
その隣には薔薇水晶が立っていた。
薔「おはよう・・・ジュン」
J「あ、ああ。おはよう」
彼女が見せる陽だまりのように柔らかな微笑みに気恥ずかしさを感じた。
J(何で僕が恥ずかしい思いをしなくちゃならないんだ!?)
胸のうちで生まれた不思議な感情はすぐに憤りへと変化した。
J「行くなら早く行こうぜ!」
憮然とした表情で僕は先を急いだ。
の「待ってよジュン君!歩くの早いよ~」
ねーちゃんと薔薇水晶が小走りで追いかけてくるのを感じながら僕は学校へと急いだ。

巴「おはよう、桜田君、薔薇水晶」
J「ああ、おはよう」
薔「・・・おはよ、巴」
数人の友人達と挨拶を交わしながら僕は自分の席へとつく。
薔薇水晶は何も言わずに僕の隣を通り過ぎ、彼女の席―僕の真後ろ―に腰を下ろした。
いつも通りの朝。
いつも通りの授業風景。

だけど

今日はいつもとは

ちょっとだけ違ったんだ

昼休み。
べ「桜田の弁当はいつも美味そうだよな」
笹「ほんとほんと、作ってくれる人がいるだけでも羨ましいよね」
J「僕はたまには弁当じゃなくて学食とかを食べたくなるけどな」
べ「贅沢言うんじゃねえよ」
昼食も食べ終わり、いつもの三人で馬鹿話に興じていた。
これもまたいつもの風景。
紅「ねえ、ちょっといいかしら?」
笹「真紅さん・・・」
べ「俺たちに何か用か?」
紅「用があるのはジュンだけなのだわ」
J「僕?」
紅「そう。ちょっと話したい事があるから、来てくれないかしら?」
J「ん、まぁいいけど・・・」
僕は真紅について教室を出て行った。
薔「・・・・・・」
銀「どうしたのぉ、薔薇水晶?」
薔「ぁ、ううん・・・なんでもない」
銀「そぉ?――それでね、昨日飲んだヤクルトなんだけど・・・」
薔「・・・・・・」
薔薇水晶が僕達が出て行った扉をずっと見ていたなんて気付くはずもなく。

J「こんな所まで連れてきて、話ってなんだよ」
僕が連れてこられたのは人気のない渡り廊下だった。
昼休みの最中だけあってほとんど誰も通らない。
J「・・・用がないなら、帰るけど?」
紅「待って!」
真紅はさっきからうつむいていて、どんな表情をしているのか分からない。
紅「もうちょっとだけ・・・待って」
真紅はそういうと二度、三度と深呼吸を繰り返す。
紅「言うわね――あなた、わたしと付き合いなさい!」
J「――なっ!?」
真紅の顔は真っ赤に染まり、下唇が震えていた。
ぼくは一言呻いたきり、しばらく何も言えなかった。
紅「どうなの?わたしと・・・付き合ってくれないの?」
J「ぼ、僕は・・・」
紅「それとも・・・好きな人がいるのかしら?」
その言葉で一瞬薔薇水晶の顔が浮かんだが、僕は彼女を心の中から追い出した。
ほんの少し胸が痛んだけど、きっと気のせいだろう。僕も緊張してるんだ。
J「べつに・・・いないけど」
紅「なら問題ないわね?」
J「う、うん」
真紅の強引さに思わず頷いてしまったけど・・・良かったんだろうか、これで。
その答えを出してくれる人は誰もいなかった。

それから数日後。
僕と真紅が付き合うことになったという事実は瞬く間に学園中に広まった。
べ「おい、ジュン!お前、紅嬢と付き合うことになったって本当か!?」
J「あ、ああ・・・」
べ「くうぅー!なんて羨ましいんだ!」
笹「おめでとう、ジュン君・・・ヌッコロス」
銀「ちょっと真紅ぅ!?噂は本当なの?」
紅「ほ、本当なのだわ・・・」
翠「あ、あんなちび人間を選ぶあたり、真紅の目も節穴ですー!」
蒼(ボクは知ってるよ・・・翠星石が昨日一晩中泣いてたのを・・・)
金「策士のカナが真紅に先を越されるなんでショックかしらー!」
薔「・・・・・・」
雛「うゆ?薔薇水晶元気ないの・・・?」
薔「そ、そんな事・・・ない、よ?――おめでとう、真紅」
紅「・・・ありがと」

紅「明日は一日空けておきなさい」
真紅と一緒に通学路を下校していると、真紅はおもむろにそう言った。
J「は?」
紅「聞こえていなかったのかしら?」
J「いや、明日空けとけって話だろ?どうして?」
紅「デ、デートしてあげるのだわ。どうせ暇なんでしょう?」
J「何で俺が暇だって決め付けるんだよ」
紅「・・・ダメなの?」
J「いや・・・いいよ」
紅「そう。なら明日の朝十時に駅前ね。遅刻はダメよ。30分前に来ているのが理想だわ。じゃあねジュン、また明日」
真紅は一息でそう言うと、通学路を一気に駆けて行った。
耳まで真っ赤にした真紅の後姿を僕は呆然と見送るしかなかった。

の「ジュン君!薔薇水晶ちゃんから電話よ!」
夕飯を食べて一息ついた頃、薔薇水晶から電話が来た。
あいつが僕に電話をする時はいつもベストタイミングだ。
昔はいつも最悪のタイミングで電話を寄越してたのにな。
J「もしもし?」
薔「あ、ジュン?・・・こんばんわ」
J「挨拶はいいから、なんの用だ?」
薔「明日なんだけど・・・駅前の店に新商品が――」
J「あー、ごめん。明日はダメだ」
薔「・・・え?――だって、ジュン前から楽しみにしてたじゃない」
J「そうなんだけどな・・・明日は真紅とデートなんだよ」
薔「そう・・・なんだ」
J「あ、お前買っといてくれないか?もともと行くつもりだったんだろ?」
薔「ん・・・分かった。買っておく」
J「悪いな。じゃあ切るぞ?」
薔「うん。お休みなさい」
・・・カチャ
の「なんだったの?」
J「別に、明日駅前に行こうって。でも断った」
の「どうして?薔薇水晶ちゃんの誘いは断った事なかったじゃない」
J「俺にも用事があるんだよ!うるさいな!」
どうしてか、ねーちゃんの一言が酷く痛く胸に刺さった。

J「やばい!遅刻だ!」
僕は急いで準備をして家を出た。
駅まで全力疾走して7分。現在09:54間に合うか間に合わないか、ぎりぎりの所だ。
遮断機の降りかけた踏切を駆け抜け、駅へと走る。
待ち合わせの場所には真紅ともう一人の人影があった。
あれは真紅と・・・薔薇水晶。
時間は09:59ギリギリだった。
紅「遅いわよ!ジュン!・・・薔薇水晶の言ったとおりだったわ」
J「ギリギリ、間に、合ったんだから、いいだろ」
紅「呆れた・・・言い訳まで薔薇水晶から教えられたとおりだわ」
J「で、何でお前がここにいるんだ?」
薔「昨日頼まれたお買い物にきたら・・・真紅がいたから」
紅「ジュンが来るまで話し相手になっててもらったのよ」
J「そっか。じゃあな薔薇水晶。買い物頼むよ」
紅「ちょっとジュン、その言い方は――」
薔「いいの、真紅・・・いつもの事だから」
立ち去る薔薇水晶を見送ってから僕達は隣町へと出かけた。

僕は夕日色に染まった帰り道をテクテクと歩いていた。
正直、真紅とのデートはあまり楽しいものとは言えなかった。
趣味が合うとか合わないとかの問題じゃなくて、何かが足りなかった。
J「なんだかな・・・」
薔「おかえり、ジュン」
J「薔薇水晶・・・」
薔薇水晶は僕の家の前に立っていた。
J「何やってるんだよ、こんな所で」
薔「ジュンに買い物頼まれたから・・・はい、これ」
J「あ、ああ・・・」
僕は薔薇水晶から紙袋を受け取った。
それは駅前の手芸店の紙袋だった。
薔「じゃあ・・・帰るね」
J「あ、薔薇水晶!」
薔「・・・?」
J「ちょっとくらい上がってけよ」
薔「・・・うん」

J「やっぱいい色してるよなー、この会社の刺繍糸は」
薔「うん、ほんとに綺麗・・・」
J「あ、金払わないと。いくらだった?」
薔「いいよ・・・別に」
J「だめだ。その辺はきっちりしないと」
そのあと僕達はねーちゃんも交えて夜が更けるまで話し続けた。
久しぶりに腹の底から笑った気がする。楽しかった。
薔「じゃあ・・・帰ります」
J「夜も遅いし・・・送ってくよ」
薔「大丈夫だよ」
の「ダメよ!女の子がこんな時間に一人で歩くのは絶対ダメ!」
J「家も近いし、気にするなよ」
薔「・・・うん」
僕と薔薇水晶は並んで家を出た。
街灯でぼんやり照らされた夜道を二人で歩く。
薔薇水晶は僕の隣を歩いていた。
薔「久しぶりだね、ジュン君と並んで歩くの・・・」
J「そうか?」
薔「うん。中学一年生の時以来だよ?」

小さい頃、家も近所な事もあって、薔薇水晶と僕はいつも一緒にいた。
とは言っても、彼女は内気で体も小さかったから、いつも僕達の後を一生懸命走っていた。
小学生になって、薔薇水晶のほうが急に大きくなる時期があった。
一時的とは言え僕よりも身長の大きくなった薔薇水晶は、もう僕の後を走る事はなくなり、僕と肩を並べて歩くようになった。
僕と薔薇水晶の仲は相変わらずで、薔薇水晶は僕の秘密の趣味、裁縫についても理解を示してくれた。
中学校の時、僕と薔薇水晶はクラスメイトからからかわれた。
僕はそれを期に、彼女と並んで歩くのをやめた。
それでもおせっかいなねーちゃんが間に入り、僕と薔薇水晶とねーちゃんの奇妙な関係は保たれる事になった。
J「あの時から・・・か」
薔「そうそう、それでジュン君、学校に行く時と、手芸の店に行く時しかわたしと歩かなくなったんだよ」
J「学校は・・・ねーちゃんがいたしな」
薔「手芸店は・・・恥ずかしいからわたしを口実にしたんだよね・・・」
J「う・・・まぁ。でもお前だって、手芸好きなんだろ?」
薔「・・・わたし、見るのは好きだけど・・・自分ではほとんど作らないんだよ?」
J「え・・・?」
薔「あ、ここまででいいよ・・・あとは走っていくから。じゃあね」
薔薇水晶はあっという間に僕の視界から消えた。

真紅と付き合って数週間がたった。
何度かデートを繰り返しているだけあってそれなりにお互いの事を理解し始めていたが、それ以上の仲に進展する事はなかった。
僕の心はいつも物足りなさを感じていた。
薔薇水晶とねーちゃんの三人でいるときのような、あの夜のような充実感はどこにもなかった。
そんなある日。
紅「ジュン・・・あなた、わたしの事、好き?」
J「・・・好きだよ?」
紅「じゃあ、愛してる?――わたしはジュンの事を愛してるわ」
J「俺は・・・」
紅「だから、分かるの。ジュンは確かにわたしの事を好きでいてくれるかもしれない」
真紅は何かを堪えるように下を向いた。
紅「でもね・・・ジュンは決してわたしの事を見てくれないのだわ。だって、ジュンにはわたし以上に身近な女の子がいるんだもの」
J「ねーちゃんは家族だからしょうがないだろ?」
紅「・・・気付いてないのね」
J「?」
紅「このままだときっと誰も幸せになれないわ」
J「何言ってるんだよ、真紅」

紅「別れましょう・・・」

僕はあれからどうやって帰ってきたのか分からない。
今は自分の部屋のベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げていた。
真紅は何を言いたかったんだろう・・・
紅「愛してる?――わたし以上に身近な女の子がいるんだもの――別れましょう」
真紅の言葉が頭の中でぐるぐるしている。
紅「気付いてないのね――このままだときっと誰も幸せになれない」
J「あーもー!!!何が悪いって言うんだよ!」
イライラが頂点に達した僕は引き出しから手芸道具を取り出した。
こういう時は無心で針を繰って心を落ち着けるに限る。
手芸箱を開けた時、薔薇水晶が買ってくれた刺繍糸が目に入った。
萌黄色のシルクの糸。
手にとって、そっと撫でてみる。
ふと、小さい時の事を思い出した。

薔「わたし・・・ジュンがお裁縫するの好き・・・」
J「ぼくのことばっかり見てないで、ばらすいしょうもやってごらんよ」
薔「わたし、みてるほうがすき」
J「へんなの・・・」
薔「・・・」
J「・・・」
薔「ねえ、ジュン?」
J「んー?」
薔「ずっと見てても・・・いい?」
J「いいよ」
薔「・・・」
J「そうだ、いつかばらすいしょうに何か作ってあげる」
薔「ほんとに?――じゃあ、この色のバラ、ハンカチに描いて?」
J「それ、刺繍って言うんだよ。それに、その色の糸だと少なくて出来ないよ」
薔「じゃあ、この色の糸買ってきたら作ってくれる?」
J「うん、いいよ」
あとで分かった事だけど、その糸を作っている会社はもうその色を生産していなかった。
いつの間にか思い出に埋もれてしまった萌黄色の糸。

J「・・・思い出した」
薔薇水晶はずっと楽しみにしていたんだ。萌黄色の糸が再販されるのを。
あの日、僕の事をずっと外で待っていたのも・・・。
僕はなんて馬鹿だったんだろう。
僕は針と糸を手に取った。

それから数日。僕の前には再び真紅が立っていた。
紅「あなたの方から呼び出すなんて、珍しいわねジュン」
J「僕は、真紅に謝らなくちゃいけない。――いい加減な気持ちで付き合ってて、ごめん」
紅「・・・いいのよ。気にしてないと言えば嘘になるけど」
J「本当に、ごめん」
紅「それで、答えは出たのかしら?」
J「・・・ああ。僕は――」
紅「待って!・・・言わなくても分かるわ、あなたの目を見れば」
J「真紅・・・」
紅「そこから先の言葉は、向けるのに相応しい相手がいるはずよ」
真紅は僕の事を真っ直ぐに見据えながら、涙を流していた。
紅「さぁ、行きなさい。もうここには用がないはずだわ」
J「ありがとう、真紅」
僕は真紅の涙を一生忘れないだろう。透明で綺麗な涙を。
きっと思い出すたびに胸を締め付けるけど、これは僕への罰なのだ。
自分の気持ちを無視し続けた自分への。

J「薔薇水晶!」
僕は鞄を持って教室を出ようとしていた薔薇水晶を呼び止めた。
J「今日は一緒に帰らないか?」
薔「ジュン・・・」

僕達は二人で帰り道を歩いていた。無言で。気まずかった。
二人で別れる交差点に差し掛かる。
薔「じゃあ・・・わたし、こっちだから」
J「あ・・・」
薔「何?」
J「・・・その、渡したいものがあるんだ」

僕は鞄の中から小さな包みを取り出した。
どうしてこんなに緊張するんだ!
いつもの僕らしくもない!
それに、どうして薔薇水晶がいつもより綺麗に見えるんだ!?
見慣れてるはずだろ!!
僕は震える手で包みを薔薇水晶に渡した。
薔「・・・開けても?」
J「いいよ」
薔薇水晶はそっと包みを開ける。
薔「!!??」
中から覗いたものに、薔薇水晶は目を丸くした。
薔「萌黄色の・・・薔薇。覚えててくれたんだ・・・」
J「一応・・・って言っても、思い出したのは最近だけど」
薔「うれしい・・・ありがとう」
薔薇水晶はハンカチを胸に抱えて一粒涙を流した。
彼女はポケットの中から自分のハンカチを取り出して、目尻をそっと拭った。
J「馬鹿だなー、どうしてそのハンカチ使わないんだよ!」
薔「だって!勿体無くて使えないよぅ」
J「ぷっ!なんだよそれ」
薔「だってぇ・・・」
僕は二つのハンカチを持っておろおろする薔薇水晶がおかしくて、かわいくて、いとしくて、思わず大声で笑っていた。
薔薇水晶も僕に釣られてくすくすと笑い出した。
二人の笑い声はいつまでも続いていた。

~おわり~