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~タイブレーク~

「薔薇学ーファイッオーファイッオー」
可憐な女生徒たちが、夕方の校庭を走り抜ける。
一糸乱れぬランニング、体作りの基礎トレ。
大会の近づく今、それらを終えて彼女たちは本格的な練習を開始する。
私立薔薇学園高等学校――通称薔薇学のテニス部女子たち。
それぞれ開放的な教育により伸び伸びとしたプレイで知られる。
特に有名なトップとして知られるのが、水銀燈と薔薇水晶。
通称、薔薇学のウィリアムズ姉妹である(本人に言うとキレる)
強烈なストロークと繊細なテクニックで責め立てる3年の水銀燈。
トリッキーというか一般人に理解不能な必殺技を持つ2年の薔薇水晶。
能力面、精神面において薔薇学を引っ張るその姿から、薔薇学の柱とも呼ばれている。

「そこ、フットワークが遅れている!!そこ、返球が浅い!!」
顧問不在の多い薔薇学において、実質現在監督は水銀燈と言われる。
勝つ為のプレイをする水銀燈は、練習中非常に厳しい。
それはスール関係だとか噂される薔薇水晶に対しても変わらない。
だがそのアドバイスは的確であり、厳しい練習にも関わらず辞めた人間はいない。
眉目秀麗の素晴らしい先輩として有名な水銀燈。
その日は少しだけ勝手が違っていた。この練習、薔薇水晶は出てきていない。

「先輩っ、お疲れ様でしたー!!」
「ええ、気をつけてお帰りなさい」
練習さえ終われば、水銀燈は普段の優しい先輩である。
後輩たちを送り出しながらも、考えているのは薔薇水晶のこと。
「薔薇水晶、結局今日は来なかったわね」
「あら、真紅。今日はちょっと……事情があるようなの」
同級生の真紅は、薔薇学のナンバー3である。
派手さはないが的確な攻撃で相手を追い詰める様には定評がある。
「相談があるってね、この後待ち合わせをしているのだけど」
そう、思いつめたような表情で薔薇水晶に相談されたのが昼休み。
だが練習を休むとは聞いていなかった。
「そう。あの娘を最近伸び悩んでいたようだから……私で力になれればいいのだけれどね」
副部長としても、個人の人間としても真紅は薔薇水晶を可愛がっている。
「ええ、だから今日は先に帰って頂戴。戸締りは私がするわ」
最後まで心配そうな表情をしたまま帰っていく真紅。
水銀燈は、それを見送った後手早く着替えを済ませ、体育倉庫裏へ急いだ。

「銀姉さま……」
力なく手にラケットを握った薔薇水晶が、そこにいた。
普段の癖で甘やかしそうになるのを抑える。
「見た所体調は悪くなさそうね、何故練習を休んだのかしら」
項垂れる水銀燈。本当の姉妹のように仲はいいが、けじめはつけなければならない。
「……大会が近いっていうのに、勝てるイメージが湧かないんです」
それは意外な言葉だった。こんなに自信のない薔薇水晶は見たことがない。
「私の必殺技も研究されてるだろうし、新しい必殺技を考えたけど……」
いや、アレは少々研究したからって返せるものじゃないと思うんだが。
なんにせよ、彼女も煮詰まっていて、プレッシャーを感じているらしい。
「どうしよう……私が変な負け方したら、銀姉さまにも迷惑が……」
「甘えるなあッ!!」
叫んで、うじうじと悩む薔薇水晶の頬を張った。
信じられないといった表情で、薔薇水晶が水銀燈を見ている。
「運動部員がgdgd悩むなぁっ!!悩むくらいなら球を打て!!」
「で、でも銀姉さ」
「口答えするな!!――忘れないで。来年は、アナタが部長よ。そこに私は居ない」
水銀燈の寂しそうな表情に、薔薇水晶が絶句した。
理解していても、認識はしていなかった現実。来年、彼女は側にいない。

「……アナタはね、今は難しいことは考えなくていいの」
穏やかな表情に戻った水銀燈が、薔薇水晶を抱き締める。
「アナタが本気で戦って負けるなら、それはいいの。後悔するのも今はいいわ」
薔薇水晶の胸に、言葉の一つ一つが染み込んで行く。
「でもね、実力面以外では決して誰にも――私にも負けてはいけない」
メンタルスポーツと言われるテニスにおいて、それが一番難しい。
水銀燈はわかっている。薔薇水晶は間違いなく自分を越える才能の持ち主だと。
「コートの上は戦場よ。ダブルスパートナー以外、そこに味方はいない」
こくこくと、愛ある叱咤に頷く。
「私がいないそこで、世界の強豪にアナタは勝つのよ……やれるかしら?」
いつも側に居てくれた姉がいなくなる日のことを想像する。
正直な話、想像するだけで悲しくなるし、今はまだ自身がない。でも――
「……やります」
その瞳には燃え上がる闘志。一皮剥けた様だと、水銀燈も安心する。
「その意気よ。来年は本当に、アナタが薔薇学の柱。頑張りなさい」
「はいっ!!先輩!!」
そこに立っているのは、自信をなくして俯いていた弱い少女ではない。
自分のために、チームのために戦う一人のテニスプレイヤー。
薔薇学の真のエース、薔薇水晶。

「っ……あ……くすぐった……」
「さっきは急に打って悪かったわね。痛かったでしょう」
赤く染まった薔薇水晶の頬を舐める。赤いのは、腫れのせいだけではない。
「だから、傷は私がこうして治してあげるからぁ」
「あ、ぎんねえ……さまぁ」
「明日からまた、ちゃんと練習にくるのよ……ぺろっ」
眼前で艶かしく喘ぐ薔薇水晶が、魅力的だった。
「は、はい……ねぇさま……あんっ!!」
「可愛いわぁ、本当に食べちゃいたいくらい……」
「ね、ねぇさまになら……たべられてもいい」
「嬉しいこと言ってくれるけど、アナタ今日は練習をサボったから」
「……ぁ……はぁ、ぁぁ……ごめん、なさぃ」
「ダメ。今日はここまで」
水銀燈が離れる。恥ずかしがる薔薇水晶の息が荒い。
「うふふ……続きは、試合に勝ったらねぇ」
「は、はい。頑張ります」

帰り道、薔薇水晶が本屋に寄るのに水銀燈も付き合った。
研究用の資料を購入したらしい。
ちらりと鞄に目を向けるとそこから本が数冊覗いて見えた。
(……の王子様、……uts、……ove。またこの娘は)
必殺技研究用と思しき数冊の漫画に、水銀燈は溜息をつく。
大会で地獄を見ると思う他校の選手に、少しだけ同情した。

大会最終日、個人戦決勝。
その大舞台に上がっているのは、水銀燈と薔薇水晶だった。
「手加減はしないわ――全てを出し切り、私を越えて見せなさい」
「はい、行きます――水銀燈先輩」
仲の良い先輩後輩でなく、ただのテニスプレイヤー一個人として。
周囲も固唾を呑んでこの試合の結末を見守っていた。
サーブは薔薇水晶から。数度ボールを跳ねさせてから、軽く上げる。
ボールを上げた瞬間、薔薇水晶が両手持ちに切り替えた。……来る!!
「U・T・エエエエエエエエエエエエエエス!!」
通常ではありえない回転をかけた打球が襲い掛かる。
ウルトラトップスピン。このサーブは、強烈な跳ねを見せる。
「跳ね上がる前に打つッ!!」
既にその技は知っている。何度も見てきた。
だがそれを返されても薔薇水晶は慌てない。
「ドライブBッ!!」
「それも知ってる!!」
「波動球ッ!!」
「別にそれ必殺技っぽくない!!」
人外魔境な必殺技を繰り出す薔薇水晶、それを只管返す水銀燈。
周囲はそのあまりの光景に絶句していた。

前日、薔薇水晶との試合を終えたある選手はこう語る。
「あんなの、テニスじゃない……」
また、薔薇学のテニス部応援団(非公認)の人物はこう語る。
「テニスコートは、本当の地獄だ」

試合は一進一退の攻防を繰り返し、双方譲らぬままタイブレーク。
全力を出し合って戦った二人は、心身ともに疲労していた。
強豪を完膚なきまでに叩きのめしてきた必殺技の通じない薔薇水晶。
見慣れているとはいえ、そのイカレっぷりに心労を隠しきれない水銀燈。
「……あれを、出すしかない」
「さあ、来なさい!!全てを打ち破って、私が勝つわ!!」
ラケットを薔薇水晶へ向けて、宣言する(マナー違反です)
一つしか空きのない優勝の座へ向け、二人が振り絞るのは最後の力。
リボルバーだのウォーターフォーだのなんとかゾーンだの必殺技はほぼ返した。
地味なストローク戦が続き、勝負に出た薔薇水晶が走りこむ。
強力な返球――だが、届く。手を伸ばした先、ラケットにボールが触れる。
(勝った……!!)
会場の誰もが、水銀燈の勝利を確信した。否、薔薇水晶以外は。

「CO○Lドライブ」
触れたはずの打球が、水銀燈の腕を駆け上っていった……

試合が終わる。どよめき、歓声、雑多な色々を聞きながら。
水銀燈は思った。ああ、ついに負けてしまったと。
ああ、この調子でいけば、来年あたりは死傷者がでるかもしれないと。

終われ