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もう2月―――今年も教室に独特の緊張感が、漂い始める。二週間後には、あの忌まわしいイベントが

あるからだ。日本の菓子会社が生み出した、あの、鬱陶しい日。バレンタインデーが。


「Tempering」

「あれ、降ってきたぞ・・・天気予報では晴れだったはずなのに」

ジュンが外を見て呟く。

「通り雨よ。帰るときまでにはやむわ」
「ならいいんだけどさ。傘持ってきてないからなぁ。全く、この寒いのに雨なんか降るなよな」
「たまには、雨もいいものだわ。恵みの雨とも言うし」
「そうかな・・・・」

つい、人との意見には反対してしまう。本当は「そうだね」と言いたいのに・・・・その一言が言えな

い。いい加減この天の邪鬼な性格を直さないと、彼に愛想を尽かされてしまうんじゃないだろうか、と

最近は不安になる。などと考えながら、決して表情には出さずに、窓を眺めていると、いきなり横から

声がして思考が中断された。

「ねぇ、ジュン?今年のバレンタインは期待していいわよぉ。」

――水銀燈だ。

「へえ、なんで?」
「私、今年のバレンタイの向けて、年明けから特訓してたの。ジュンのためにぃ」
「あら、そういうことは、普通渡すまで黙ってるものじゃないの?」

横槍を入れる。全く、よくもまあこうストレートに愛情表現ができるものだ。でも、少し羨ましい。私にも少しでいいからそんな風な性格が欲しかった。だから余計に邪魔したくなるのかもしれない。

「真紅には、関係ないことでしょ。そういえば、あなたは今年はどうするのかしら?」

ニヤニヤと笑いながら、私に聞いてくる。実は、私と水銀燈は料理関係がまるでダメで、いつも調理実習では二人とも見事に失敗して、食物かどうかわからんようなものを作るほどだ。それを知ってて聞いてきている。

「バレンタインデーにチョコを贈るなんて、日本企業が作り出した儲かるためだけのくだらない風習だ

わ。私には関係ない行事ね。」
「そういえば、去年もお前くれなかったもんな」

・・・・正確には渡さなかったんじゃなくて、渡せなかったのだ。一応こっそり作ってはみたけど、普段できないものが突然できるわけがない。見事に失敗して、渡せなかった。

「今年も同じよ。ジュン、期待しないことね」
「ふーん・・・・」
「授業が始まるわ。水銀燈、あなたも席に戻ったら?」
「はいはぁい・・・・」

「まだ降ってる・・・・」

またジュンが呟く。放課後になっても雨は止むどころか、むしろ強くなっていた。

「やれやれ・・・・どうしたものかしらね」

二人きりで靴箱で外を眺める。・・・・もしかして、これは相合傘っていう流れかしら・・・・・・・

今日は、珍しく水銀燈もいないし。

「ジュ、ジュン。傘は持っているの?」
「え、持ってないよ。天気予報が晴れって言ってたから」
「まったく、使えない下僕ね。し、仕方ないから私の――」

そう言いながら、鞄に手を入れる・・・・

五分後 


「なんだよ!自分だって持ってないんじゃないか!」
「う、うるさいわね!いつもは折り畳み傘持ってるのよ!」

結局、二人で家まで全力疾走する羽目になった。本当に、私はここぞというときに限って、ダメだ。ど

うしていつもこうなんだろうか・・・・

――ちなみに、真紅の傘がどこに言ったのかというと・・・

「薔薇水晶、よく傘なんか持ってきてたな」
「うん・・・・真紅の机の横に落ちてた」
「それ・・・落ちてたっていうのか?」
「さあ・・・・・・それより今日どこ行く?ベジータ・・・・」

「ふう、ようやく着いた。お前、もうウチで着替えるだろ?」
「ええ、そうするわ」

ジュンの家と私の家は隣同士だ。でも、私の家には普段私一人しかいないので、夕食はジュンの家でジュンの姉ののりに作ってもらっている。
おかげで、実質一人暮らしをしているのに、料理が全然上達しない。ついでに、テスト期間なんかのときは夜遅くまでジュンの家で勉強したりするので着替えなんかもある程度ジュンの家においてある。

「お前、先に風呂に入れよ」
「いいのかしら?私が先で?」
「いいよ。珍しいな。いつも下僕が先に入るなとか言ってるのに」
「え、あ、まあ、たまには家主が先に入ってもいいかと思っただけよ。じゃあ、お言葉に甘えてお先に

失礼するわね」

浴槽につかり、ジュンのことを考える。いつまでもこんな風な態度じゃいつ愛想をつかされるかわからない。

「ジュン・・・・」

無意識に彼の名が唇からこぼれる

「呼んだか?」
「!!!!な、なによ!脱衣所になんで断りも無く入ってんのよ!」
「着替え持ってきてやったんじゃないか」
「あ、ああ、それはありが・・・って人の下着とか勝手に取らないでよ!」
「なんだよ、せっかく持ってきてやったのに。かわいくないヤツだな!」

かわいくない――その一言が私の胸を鋭く抉る。ジュンの足音が遠ざかっていく。

「あ・・・ジュン・・・」

ごめんなさい。そう言えばいいのに、その一言を素直に言うことができない。

結局その日は、ジュンとはまともに話すことなく家に帰った。

がらんとした自分の家で、テレビをつける。バレンタイン特集を、ニュースでやっている。よし、決めた。今年のバレンタインひ、今までの分の「ごめんなさい」とそれと――誰よりも愛してるって伝えるそう決めて、自分自身で赤面した。

次の日の放課後。とりあえず、本屋に向かった。わざわざ知り合いに会わないように隣町の本屋に。

「チョコの本・・・・こんなにあるの?」

そこには、うず高く積まれたお菓子の本。頭が痛くなる。

「どれがいいのかしらね・・・うーん・・・どれも同じように見えて、実は何かが違うのかしら。さっぱりわからないのだわ」
「真紅・・・?」
「五月蝿いわね。いま忙しいの。後にして頂戴」
「ごめん・・・・・」
「ああもう、なんでこうたくさん出すのかしら。日本人は、これだから・・・・・?」
「どう・・・したの?」
「あわわ!な、なんで貴女がここにいるのよ!薔薇水晶!」
「え・・・真紅と・・・同じ理由だよ・・たぶん」
「お、お、同じ理由って、私はべつにジュンのためにチョコ作ろうと思って本を見に来たわけじゃないのよ!」
「そんなこと、聞いてないけど・・・」
「あああああ、大体なんでわざわざ隣町までくるのよ!」
「ちょっと、車でこっちにくる用があったから・・・・ついでに」
「はあ・・・ねえ、お願いだから、このことは皆には秘密にしといてくれないかしら。とくにジュンには」
「・・・いいよ。私もこっそり作ろうと思ってたし・・・・それに真紅には・・・お世話になったし」
「ありがとう、薔薇水晶。」
「ねえ・・真紅。真紅って・・・こういうの作るの得意なの?」
「わ、私?そんなの当然なのだ・・・わ・・」
「・・・・本当?」
「・・・・・・わかったわよ。得意じゃないわよ。得意だったら今頃本屋であたふたしてないわ」
「やっぱり・・・・私も初めてなんだ・・・・真紅・・・家で一緒に練習・・・しない?」

突然の申し出に、最初は戸惑ったが、一緒に練習することにした。一人でやるよりも、二人でやったほ

うが味見するときも参考になるだろうし・・・・味見できるようなものができれば、だが。

帰りは、薔薇水晶の家の車で帰った。お抱えの運転手がいるらしい。執事と世話係りもかねているらしい。薔薇水晶の家が
ここまでお金持ちだったなんて・・・・

「これはまた・・・大きい家ね・・・」
「よく言われるよ・・・・さあ、早速調理場に行こう・・・・」

・・・調理「場」ね・・・

「なによ、これ、その辺のレストランよりも凄いんじゃないの・・・」
「まあ・・・・そうかも・・・・ね」

ピカピカに磨き上げられた、無数の調理器具。見たことも無いくらいの大きさのガスコンロ。人間が何人か入れそうな冷蔵庫。etc,etc

「・・・それで、どんなのを作るの?」
「私は・・・このトリュフチョコっての・・・・・」
「ああ、なんかみたことあるわね。私はどれにしようかしら」

パラパラと買って来た本のページをめくる。・・・あるページに目が留まる。

「Sacher Torte(ザッハ・トルテ)・・・・ウィーン菓子・・・」
「え・・・真紅、これ作るの・・・・?」
「これよ・・・紅茶に合いそうだし・・・。それにウィーンってドイツ文化圏だし」
「後のほうの理由は・・・・意味わかんないけど・・・でもさ」
「なに?」
「・・・・・こんなの・・・いきなり・・・作れるの?」
「失礼なこと言ってくれるじゃない・・。まあ、いきなりこれってのは少しきついかもしれないけど、とにかく、出来る出来ないじゃない、作るわ」
「まあ・・・・真紅がそう言うなら・・・始めようか。材料は・・・大抵のものあるから、好きに使って・・・・」
「ええ。遠慮なく使わせてもらうわ。さあ、いくわよ!」

二時間後。
「焼きあがったようね。ふふ、やれば出来るものなのだわ」
「・・・・まだ開けてないから・・・わかんないんじゃ」
「いや、今回は相当の手ごたえを感じるわ。さ、開けるわよ」

そして、オーブンを開けると・・・・

「あれ。なによ、これ」
「・・・・ねえ、真紅・・・・これ何?」

そこには、スポンジとは似ても似つかぬ謎の物体が鎮座していた。スポンジというにはあまりにも硬そうだ。

「変ね・・・・作り方どおりにしたと思ったんだけど」
「ねえ・・・真紅・・・なんか省略したりしなかった・・・・?」
「え?そうね。メレンゲとやらは、泡立てるのが面倒だったからとりあえず短めにアレンジして・・」
「えっ・・・」
「あと・・・そういえば後で気付いたんだけど、予熱ってどういう意味かしら?」
「なっ・・・なんという・・・カオス」
「なによ、カオスって。まあ、これでも食べられ・・・・・ない・・・わね」
「スポンジでミスってたら・・・・ちょっと・・・ヤバイんじゃ・・・」
「・・・・返す言葉もないわ。今日はこれで帰るわ・・・遅くなっちゃたし」

「うん・・・ねえ、真紅・・・?」
「なに?」
「あの・・・お菓子作りっていうのは・・・まずレシピ通りに作るのが・・・大切って・・・」
「・・・・・」
「それと・・・・もっと素直に・・・なってもいいと思うよ・・・失敗したら、やっぱり・・・悔しいでしょ?


「・・・・素直に、ね。わかってるわ。・・・わかってる。それじゃ、今日はありがとう。薔薇水晶」
「うん・・・明日も、来ていいからね・・・・」

私は、振り向かずに手を振って薔薇水晶の家を後にした。素直に・・・・なれれば、今頃苦労なんかしていない

・・・

「素直ってのも、才能なのかしらね・・・」

ジュンの家に帰る。相変わらず、ジュンは怒っているのか私と目を合わせようとしなかった。まあ、こちらとし

てもその方が都合がいいのだけれど。うっかり、チョコ作りの練習してるなんて口走ってしまうことがなくなる

し。バレンタインまで、あと12日

一週間後――

「どう?薔薇水晶。見事なスポンジでしょう!」
「うん・・・・ここまでは完璧・・・だね」
「とうとうここまで来たわ。ふふふ。あともう少しね!といってもあとはチョコを塗るだけだけど。」
「ふふ・・・・」
「どうしたの?」
「真紅も、だいぶ感情を表すようになった・・・・なあって」
「そ、そう?」
「うん・・・・。ところで、チョコ塗るだけって・・・・ほんとに?」
「ええ、溶かして塗るだけでしょ?・・・・あら。なに・・・これ」
「ただ・・・溶かすだけじゃ・・・ないみたいだね」
「なによ、これ。溶かして、大理石にだして、混ぜて、また溶かして・・・・??」
「これ・・・テンパリングっていうのじゃ・・・・ないかな」
「て、テンパリング?なに?それ」
「まあ・・・簡単にいうと・・・艶を出して。壊れにくいチョコを作るために、必要なことっていうか・・・」
「・・・・。まあ、自分で調べとくわ。とにかく、やってみなきゃね」

そうよ。ここまで来たんだもの。ここで止まるわけにはいかない。えーと・・・こんなものかしら。面倒くさい

わね。

「よし。あとは塗るだけだわ」

丁寧に、スポンジにチョコを塗っていく。一回一回に、想いをこめて・・・・

「これでよし・・・冷えるのを待つだけだわ」
「私も・・・」

そういえば、薔薇水晶も練習していたんだっけ。私の相手をしながら、よく自分の分を作れるものだ。

「そういえば、薔薇水晶」
「?」
「あなた、水銀燈と仲がいいんじゃないの?水銀燈とは練習しないの?」
「銀ちゃん・・・とは、仲良しだけど・・・・銀ちゃんは、なんかお菓子教室に通ってるらしいし・・・」

お菓子教室に通っていたのか・・・道理で、自信があるわけだわ。

「それに・・・・最近の真紅は・・・前に私が悩んでたころみたいだったから・・・・」
「・・・・そう・・・さて、冷えたみたいね」

話題を少々強引に断ち切ってケーキに近づくとー

「なんか、本の写真と違うわね・・・・表面がざらざらでベタベタしてる」
「やっぱり、テンパリングが出来てなかったんだよ・・・・・」
「・・・まあ、まだ五日あるのだわ。土日中に出来るようになればいいのよ」
「そうだね・・・・」
「じゃあ、今日はこれで」
「今日は晩御飯食べていかないの?」
「ええ、ちょっと用があるの。それじゃあね」
「ばいばい・・・・」


この一週間は、薔薇水晶の家で夕食を食べさせてもらっていた。別に、今日用事があったわけじゃない。久しぶ

りにジュンと夕食が食べたかった。一週間ぶり・・・なんだか新鮮だ。それに、少し緊張してしまう。ジュンの

家の扉を叩くのが、怖い。すると、突然扉が開いた

「あら、真紅ちゃん。久しぶりねぇ。今日はうちで晩御飯食べるの?」

ジュンの姉ののりだ。ジュンじゃなくて、安心したような、残念なような。

「ちょうどよかったわ。いまからご飯だったの。ジュンくーん!降りてきて!」

しかし、返事は無かった。

「あら・・・?変ね。どうしたのかしら・・・。真紅ちゃん、悪いけど呼んで来てくれない?」
「えっ?あ、ああいいわよ」

・・・・ジュンの部屋の扉の前に立つ。一言声をかければいいのだ。でも、声が出ない。なにしろ、まともに話

すのは一週間ぶりだ。意を決して声を出す

「ジュ・・・」
「後で、食べる」

返事は私が名前を言い終わるまえに帰って来た。

「・・・まだ。怒ってるの?」
「別に。忙しいだけだよ」
「忙しいって・・・ねえ、開けていい?」
「開けるな!」

体がビクリと反応する。前なら、開けるなとか言われようが無視して開けていただろう。でも、今はそれが出来

ない。こんなに扉が、大きくて、重くて、厚いと感じたのは初めてだった。

「とにかく・・・飯は先に食べててくれ」
「・・・・わかったわ」

仕方なく、のりと二人で夕飯を食べる。―――少しも、味がわからない。胸が詰まって、食事がのどを通らないどうして?一週間喋らなかったせい?私が、謝らなかったせい?もう、ずっとこのままなの?それなら、私は何のために頑張ってきたの?なんのために―――

食事中は、のりがいるので、涙は流さなかった。早めに食事を切り上げ、家に戻る。家の扉を閉めた瞬間、体から力が抜けて、そして、堪えていた涙が、溢れた。バレンタインまであと五日――

次の日とりあえず、いつものように放課後は薔薇水晶の家に向かった

「なんだか、真紅・・・元気ないよ」
「そんなこと、ないのだわ。さあ、今日もがんばりましょう」

頑張る・・・・頑張って、どうするの?もう意味が無いのかもしれないのに。もう、どうしようもないかもしれないのに。材料を混ぜる手が止まる。

「真紅・・・?」
「・・・・どうすれば、いいのよ・・・」

だめだ。人前で涙なんて見せたくないのに。堪えきれない。

「どうしたの・・・・・?」
「薔薇水晶・・・わたし・・・もうわからないのだわ・・・」

私は、昨日の出来事を薔薇水晶に話した。泣きながらなので、話がわかりにくかっただろうに彼女は最後まで聞いてくれた。

「・・・・そっか。そんなことが」
「全部・・・無駄だったてことなのだわ・・・」
「違うよ・・・」
「なにが・・・違うのよ」
「まだ無駄かどうかわからない・・・・」
「わかるわよ!もうジュンは私に会ってもくれないのよ!」
「そんなの、まだわからないよ!」

突然、薔薇水晶が叫んだ。あまりに予想外だったので、私は固まってしまった。

「無駄かどうかなんて・・・最後までやり遂げなきゃわかんないよ・・・・前に、真紅・・私に・・・そんなふ

うなこと言ってくれたじゃない。それに・・・真紅と、桜田くんが・・・その程度でおしまいに・・・なるなん

て思えない。桜田くんは、そんな小さい人じゃないって一番よくしってるのは真紅でしょう?それなのに、真紅

が桜田くんのこと信じなくて、どうするの?!」

最後のほうは、一息に喋ったらしく、薔薇水晶の息が荒い。

「私は、真紅に・・・教えてもらって・・・嬉しかったから、助かったから、今度はわたし真紅の手伝いがした

っかた・・・それなのに・・・・こんなとこで諦めるなんて・・・あんまりだよ・・・」
「・・・・・そうね。ごめんなさい、薔薇水晶。私が間違ってた。もう、私逃げない。最後まで・・・・やりぬ

くわ」
「うん・・・それでこそ・・・真紅だよ・・・」
「さあ、今日こそ完成させて見せるのだわ」
「がんばろう・・・!」

バレンタインまで―――あと四日

――今日は、2月13日。明日がとうとう本番。

「いよいよ、明日ねぇ。ジュン」
「え・・・?ああ、バレンタインデーね」
「もぉう・・・ふつう忘れる?」

横でまた水銀燈とジュンが話している。気になるが、口出しが出来ない。あれからいまだにジュンとまともに話してないからだ。でも、明日は見てなさいよ・・・・

学校が終わった瞬間に教室からでる。実は、まだ、完璧には作れないのだ。どうしても、コーティングがうまくいかない、最初と比べれば出来はいいのだが・・・妥協はしたくなかった。自分の気持ちに妥協しているみたいで。

「さあ・・・真紅、今日こそ完成させよう・・・」
「ええ。もう後が無いのだわ。背水の陣ね」

でも・・・気合に反比例するように、出来が悪いものしか出来ない。

「どうしたのかしら・・・・」
「真紅・・・焦らないで。きっと・・・できるよ」
「ありがとう。薔薇水晶・・。諦めないわ。かならず、かならず完成させる!」

もう、時間が無い。気付けば夜があけようとしていた。

「これが、ラストチャンスね・・・」

スポンジの出来は、最高。後は・・・・

「・・・できるよ。真紅」
「ええ、出来るに決まってるわ。さあ、仕上げよ・・・・」

バレンタインデーは・・・・今日――

学校は、騒がしかった。

あちらこちらでチョコを渡したり渡されたりしている。まあ、今渡されているのは、たいてい義理というやつだろう。

そういえば教室にジュンの姿が見えない。何をしているんだろうか。まさか休みってコトはないだろうけど。

結局、ジュンは朝のHRギリギリに学校に来た。

そして、放課後・・・

「ジュン、お待ちかねのチョコよぉ。はい」
「ああ、ありがとう、水銀燈。開けていい?」
「もちろんよぉ。さ、はやく」
「わあ、すごい・・・まるでプロが作ったみたいだ。ありがとう!味わって食べるよ!」

・・・・ほんとに・・・凄い。よっぽど練習したんだろう・・・。でも練習なら、負けないほど私だってしている。

「ところで、ジュンなんだか少し元気ないんじゃなぁい?」
「え、ああ、ちょっと寝不足でさ」
「ふうん・・・期待のし過ぎで眠れなかったとかぁ?」
「はは、まあそんなとこかな」

さて・・・私はどうやって渡そうか・・・あれ?そういえば・・・渡し方、考えてなかった・・・・!だいたいこのままじゃ、ジュンは水銀燈にどっかに連れて行かれるんじゃ・・・・

「ところで、このあとジュン暇ぁ?」

ああ、マズイ。

「・・・ゴメン。ちょっと用があるんだ」

え?

「そう・・・残念ね。じゃ、またメールするわぁ」
「うん、ほんとにありがとう。じゃあね」

水銀燈が教室から出て行く。チャンスは今しかない

「ジュン・・・ちょっと来てくれないかしら?」
「・・・ああ」

旧校舎の屋上――さすがに、旧校舎の屋上なら誰もいないだろうと思って、そこで渡すことにした。

「で、なんの用?」
「わ、渡したいものがあるのだわ」

作ったケーキを入れた、紙箱を取り出す。恥ずかしくて、まともにジュンの顔が見れない

「それは・・・?」
「こ、これは、今日はバレンタインだから、ジュンのために作ってきたザッハトルテっていうケーキなのだわ」
「・・・・・・・」
「・・・・その・・・・一週間、ジュンの家に行かなかったり、帰りが遅かったのは、これの練習をしていたからなのだわ」
「・・・・・・・」
「その・・・この間は、ごめんなさい。ジュンが親切にしてくれたのに・・・つい、はずかしくって」
「・・・・・・・」

ジュンは、何も答えない。どうして?やっぱり・・・もうだめだったの・・・・?

「やっぱり、許してくれないの・・・・?そうよね。ジュンもいつもいつも文句ばっかり言われて、うんざりだったのよね・・。本当に、ごめんなさい・・・」

もう、いい。こうなったのも全部わたしのせい。そして、顔を上げる。

――ジュンは泣いていた。どうして?訳がわからず、呆然としていると、ジュンは喋り始めた

「俺の方こそ・・・ゴメン。真紅がそんなに気にしてるとは、思ってなかった。それに、まさか僕のためにケーキの練習してたなんて、しらなかった。僕はてっきり何にも用意してないとおもってたのに・・・」
「ジュン・・・?」
「最近家に来なかったのもてっきり、嫌われたと思ってた。だから、今日のために、これ、作ってたんだ」

そういうと、ジュンは鞄から白いマフラーを取り出した

「一回、真紅が僕を呼びに部屋の前にきたことがあっただろ?そのときも、これ作ってたから、部屋開けなかったんだ。ごめん、怒鳴ったりして」
「じゃあ、ジュン・・・怒ってなかったの?」
「そうだよ」
「そ、そうだったの・・・・」
「これ作るの大変だったんんだ。裁縫とは勝手が違ってさ。今日の朝までかかったんだ」
「・・・奇遇ね。私も、このケーキ作るのに、朝までかかったのだわ」

――だから今日はあんなに遅く来たのか・・・・

「それにしても、まさかこんな立派なケーキを真紅が作ってきてくれるなんて、本当に驚いたよ」
「ま、まあ、私もやればできるのだわ」

違う。今言うのはそんな強がりじゃない・・・伝えなきゃいけないことが、ある

「ジュン・・・伝えなければならないことがあるの。聞いてくれる?」
「もちろん、いいよ」
「その・・・わたし、この二週間ジュンに嫌われたって思っててで、本当に怖かった。もう、今までの関係が崩れて、もう二度と元に
戻らないんじゃないかって考えたら、苦しくて、苦しくて・・・・でお、それで気付くことができたの。・・・・私は、ジュン、あなたのことが――」

「好き。大好きなの。だから、わたしと・・・」

言葉がさえぎられる。一瞬何が起こったかわからなかった。私は、ジュンに抱きしめられていた。

「真紅。僕も、同じだった。すごく辛かった。僕も、真紅のことが、大好きだ!」

それを聞いて、もう私はそれ以上、言葉を口にすることはできなかった。涙が。止まらなかったから。

その日の、夜。私はジュンの家で、自分の作ったケーキを食べていた

「すごいなあ。真紅が作ったなんて思えないくらい。美味しいよ。これ」
「・・・・言い方が悪いんじゃない?」
「ああ、ごめん・・」
「ねえ、ジュン。チョコレートを溶かしてまた固めるだけじゃ、チョコレートはこんな風に綺麗に固まらないっ

て知ってた?」
「いや、初耳だよ」
「一度溶かしたチョコを元どおりにするには、テンパリングっていうことをしなくちゃいけないの」
「へえ~」
「この作業は、本当に難しいわ。一度バラバラになってしまった、チョコの結晶をもとに戻すんですもの・・・

でも、いちどコツを掴めば、簡単なものよ」
「ふうん・・・」
「勿論、手間はかかるけどね。ねえ、ジュン?わたしたちの関係もこれと同じじゃないかしら・・?」
「え?どういうこと?」
「私たちの思いの結晶も一度バラバラになってしまっていたけど・・・・今は、元通りだわ」
「・・・・うん」
「元に戻すコツもわかっている。だから、これからまた私たちの想いがばらばらになるときがあるとしても」
「手間さえかければ、きっと元にもどせるってこと?」
「ええ・・・。」
「でも、ちょっとそれ違うと思うな」
「どうして?」
「元の関係より、もっと素晴らしい関係に、なれたからさ」

その日は、二人とも徹夜がたたってそのまま、眠ってしまった。

朝、二人で学校へ向かった。久しぶりだ。二人で登校するのは。首にはジュンのくれたマフラーを巻かれている

特に言葉を交わしながら登校したわけじゃなかったけど、とても楽しかった。

「おはよう・・・真紅」
「おはよう、薔薇水晶」
「・・・うまくいった・・・みたいだね」
「ええ・・・薔薇水晶のおかげよ」
「ううん・・・がんばったのは真紅だよ・・・」

今日は、2月15日――私たちの想いの結晶が、再び固まった、あの素晴らしい日の、次の日――

ーFINー