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-柔らかい首輪-

本格的な冬も近い11月のある日。家庭科の授業の課題が出された。
手編みのマフラーを作ること。ただそれだけが、実に難しい。
皆が悪戦苦闘しながらそれを作り上げていく中、完成していない僅かな残り。
「ん?銀嬢まだ出来てなかったのか……って全然進んでないじゃないか」
ヘラヘラ笑いながらベジータが話しかけてくる。うだつの上がらない奴だ。
「何よ、アナタはもう出来たワケ?」
「ハハハ、王子たるこの俺にとっちゃ縫い物なんて楽勝だよ」
見た目に寄らない、というかちょっとムカついた。ベジータ以下か私は。
「ハァ……こういう細かい作業は苦手なのよ」
ちまちまとした手作業は性に合っていない。というよりモチベーションが保てない。
相乗効果で作業効率は全く上がらない。結果的には嫌いなタイプの課題だ。
「ふむ、それじゃあ……おーい、ジュン」
「ん?何だベジータ」
何でそこでジュンを呼ぶのか……いや、すぐ理由は察せた。
「お前こういうの得意だろ、銀嬢手伝ってやれよ」
ジュンのこの分野の腕前は趣味が高じて既にプロ顔負けの技術力。
確かに手伝って貰えればすぐ終わるのかもしれないが……

目的を考えると、少々釈然としない所はあった。
どうでもいい、本当にただ課題として作るだけならここまで時間はかからない。
初めて作るマフラーくらい……一生懸命作って、好きな人にあげたいから。
そんな風に考えている私を煮え切らないと見たか、ベジータが耳元で囁いてくる。
「誰にあげたいのかは知らないが、早くしないと冬が終わるぜ?」
笑いながら去っていくベジータ。勘だけは妙にいい男のようだ。
「あー、どうする?水銀燈が嫌なら僕は」
「いえ、お願いするわ。宜しくね、先生」
からかうように恭しくお辞儀する私に、ジュンが照れているのが少しおかしかった。
善は急げ、授業以外の時間を活用しようと今日にでもジュンの家で教わることにした。

……ちなみにベジータは、既製品のマフラーを買ってきて提出したことが値札で発覚。
課題としてマフラー×5が義務付けられた。1週間以内に。
「ジュ、ジュン!!俺にも教えてくれ!!」
「頑張れ。ファイト」
「……ここからが本当の地獄だ!!」

「お邪魔しま~す」
学校の帰りにジュンの家に寄り、お姉さんに挨拶して二階へ上がる。
通された先のジュンの部屋は、意外というほどでもなく、綺麗に整理されていた。
「へぇ……今日日の男の子の部屋にしては珍しいわねぇ」
部屋の中身を見られているのが恥ずかしいらしく、また頬を染めるジュン。
少し可愛いと思ったので、嗜虐心が鎌首をもたげた。
「エロ本は何処に隠してるの?」
「なっ!!ね、ねえよそんなもん!!」
「怪しいわぁ、本当は隠してるんじゃないの?」
本当に真っ赤になって否定する。ああ、面白い。
「く……冗談は終了。あんまり人のことからかうと教えないぞ」
「はいはい、ごめんなさい。反省してます、せ・ん・せ・い」
あまりやりすぎて機嫌を損ねる意味もないだろう。
大人しくジュンの言うことを聞き、作業に取り掛かろう。

教え方がいいのか、単に自分のモチベーションの違いか。
作業は着々と進んでいた。悪戦苦闘することもなく、編みながら話す余裕もあるほどに。
「結構な勢いで出来上がってきたわ。これも先生のご指導の賜物ね」
「僕は別に大したことはやってないけどな。ちょいちょいアドバイスしてるだけだ」
つかの間のこんな談笑も、心地よいものがあった。
「そう言えばジュンが作ったマフラーはどうしたの?」
「え、ああ……アレは人にあげた」
何気なく呟いた一言の返答が、ほんの一瞬だけ私の心を凍りつかせる。
一瞬。ほんの一瞬だけ。だから動揺など決して見せはしない。
「へぇ~……あ、女の子?スミにおけないわねぇ」
へらへらと笑いながら、内心違うよなんて答えてくれると少しだけ期待していた。
「ああ……まあ、一応そうかな」
ばつの悪そうに、そんな風に言う。わかりきっていたじゃないかそんなこと。
わざわざ男子にマフラーをプレゼントなんかしてやる必要もないだろう。
ああ、側に少しの間いられただけで――今日は、楽しかった。
「あ、もうこんな時間?私そろそろ帰るわぁ」
「そ、そう?送っていこうか」
そんな風に親切に言ってくれるのを断って、私は一人で帰った。
帰り際、少しだけ泣きそうになったけど堪えた。

それからも、何度かジュンの家に行って教えてもらった。
急に態度を変えたりしても変だと思ったから、いつも通りに。
適当に彼をからかって、恥ずかしがる彼をまたからかって。
楽しかった。それ以上に、悔しくて哀しかった。

そしてある日、学校帰りにジュンの姿を見かけた。
声をかけようとしたけど、店の中に入っていくのが見えて、やめた。
近所の、編み物の専門店。今度は、手袋でも誰かに編んであげるのか。
いたたまれなくなって、走って家に帰った。……もう、やめよう。
学校の連絡帳を見て、彼の家に電話した。
本当は携帯の番号を知っているけど、履歴が残ることが嫌だった。
「もしもし、桜田さんのお宅ですか?」
「ああ、水銀燈?どうしたんだ」
「……今まで、ありがとうね。もう、完成したから」
嘘だ。編みあがってなんていない。完成なんてしていない。
少しでも長く一緒にいたかったから、わざと完成させなかった。
「え?ああ、マフラーか……その、もういいのか?」
どうやら信じてくれたらしい。毎日のように見られていたから、気付かれるかとも思ったが。
「ええ。話はそれだけ。それじゃあまた明日、学校でね」
電話を切ろうとした……なのに、彼がそれを許してくれない。
「ま、待て水銀燈」
「……何ぃ?まだ何かあるの」
面倒くさそうな声を出す。鏡を見たら、酷く卑屈な顔をしているだろう。
「……いや、やっぱいいや。また明日」
電話が切れた。今、耳に響くのは暖かい彼の声じゃなく、無機質な電子音。

「私って、ホントにおばかさぁん」
自嘲する。少しだけ期待していた自分が、酷く愚かしい。
あー、イタイイタイ。まあ、こんなものだろう。
さあ――網かけの不出来なこのマフラーをどうしよう。
考えているうちに、電話がかかってきた。
ハクバーノーオウジサマーナンテー(着信音)
「はい、どうしたの薔薇水晶」
「料理が余ったから、お裾分け」
どうやら既に玄関前らしい。私がいなかったらどうしたのだろう。
……手にマフラーを抱えて、彼女を迎えに外に出た。
「いつもありがとう、上がっていく?」
「ううん、すぐ帰るって言ったから」
ふるふると首を振る薔薇水晶。少しだけ、肌寒そうに見えた。
「……寒そうね、薔薇水晶。これアナタにあげるわぁ」
あのマフラーを、差し出した。課題だとかはもうどうでも良かった。
どうしてもダメだったら、薔薇水晶にちょっとだけ返してもらって提出しよう。
きょとんとした表情の薔薇水晶はマフラーと私の顔を交互に見て……
「いらない」
冷たく、そう言った。
「え、そう……そうよね、ゴメンなさい。こんな出来が悪いの押し付けようとして」
それはそうだ。こんな風に無駄に長くて、しかも完成していないもの。
薔薇水晶が優しくたって、こんなもの喜んで受け取ってくれるはずない。
でも、その言葉を否定するように薔薇水晶は首を横に振った。
「いっぱい、想いが溢れてるから。私はもらえないよ」
「おも……い。そう、そんなふうに、見える?」
わからない。この不様なマフラーが彼女にどんな風に見えたかが。
「だから、これは銀ちゃんが本当にあげたい人にあげてね」
マフラーを私に返して、小さな体で薔薇水晶が私のことを抱き締めてくれた。
何故だか、涙が出そうになった。優しすぎて、今の私には少し眩しかった。
「……頑張るわ。もう迷わない。ありがとう、薔薇水晶」
抱き締めてくれたその小さな胸の温もりに身をゆだねながら、考えていた。
これを編んでいたときの気持ちを。どうしてこんなに時間がかかったのかと。
答えは決まっている。だから、編み上げよう。
完成させてから、本当に彼にありがとうを言おう。

マフラーの代わりに、私のコートを薔薇水晶に貸してあげた。
あったかいと、私の体温が残ったそれを喜んでくれていた。
……さあ、もう少しだけ頑張ろう。

編みあがったマフラーを家庭科の先生に見せた。
技術は拙いが、努力のあとが見えると言われた。
味のある作品だ、とも。正直褒められているようには思えなかったが。

その放課後、近所の公園のベンチにジュンを呼んだ。
どう思われても構わない。だけど、このマフラーを渡そう。
勇気をくれた薔薇水晶に感謝しながら、待つ。
どれだけ不様でも、不恰好でも、他の誰でもない彼に渡そう。

「悪い、待ったか?」
「そうねぇ、1時間ほど待ったわぁ。ホント寒かったのよ」
「げ、マジで?申し訳ございませんでした……」
「冗談よぉ。ホントは30分くらい」
「……時間の守れる男になろうと思います」
「うふふ。精進しないと彼女も守れないわよ」

マフラーを。漸く完成した長い長いマフラーを、彼に見せた。
「ああ、完成してたんだ。おめでとう」
「ありがとう。ね、ちょっと長いけどこれ……受け取ってくれないかしらぁ」
差し出す。彼はちょっと驚いた表情。イタズラに成功したようで、楽しかった。
「え、でも……僕がもらっていいのか?」
私はそれに笑顔で答えた。ちょっと恥ずかしがりながらそれを手に取るジュン。
「あ、ありがとう。大事にするよ……」

「光栄だわぁ。でもちょっと長すぎて使いにくいかも」
受け取ってもらえただけで、嬉しかった。報われた気がした。
謙遜でもなんでもなく、本当にマフラーとしては半端なく長い。
使いにくくて仕方がないに違いない。まあ、初心者だからということで許してもらおう。
「……確かに長いけど。こうすれば丁度いいよ」
「え?」
ジュンが、私のすぐ隣に座った。
長い長いマフラーを、ジュンが自分の首と……それと一緒に、私の首に巻きつけた。
距離が近い、というより完全に引っ付いている。私の頭が彼の肩に乗るくらい。
「……ほら、ぴったり」
「……こんなとこ見られたら勘違いされるわよ?」
「勘違いしているのは君の方じゃないかな?」
「え?」
「マフラーをあげたのは、のりに。一応姉でも女の子だよな」
……ああ、そうか。勝手に勘違いしていたのは、私なのか。
本当に、本当におばかさぁん。
「それと、これは僕からのプレゼント」
彼が鞄から取り出して差し出してくれたのは、毛糸の手袋。
「あ……」
綺麗に、丁寧に編まれた暖かそうな手袋。これを、私に?
「まあ、付けてみて。たぶん暖かいと思うからさ」

言われるままに手袋を身に着けてみる。
確かに言うとおり、本当に暖かい。それはきっと、想いが篭められているから。
「うん、あったかいわ。ありがとう、ジュン」
手袋で覆われた両手を慈しむように見つめて、それから彼の両手を握り締めた。
「え、ちょ」
「……あったかい?」
「ああ、あったかいよ。ありがとう」
照れる彼の表情が、可愛らしかった。
私の今の表情も、彼にそんな風に見えているだろうか。
ジュンの冷たい手に、私の体温がゆっくり移っていく。
「ああ、本当に。冬だって言うのにあったかい」
「ええ、そうね。こんな風にあったかいなんて、気付かなかったわ」
冬場の公園のベンチ。マフラーに二人包まれて。手袋で二人包まれて。
暖かかった。幸せだった。嬉しかった。
ずっとずっと、この暖かさが続けばいいなと、そう思った。