向日葵の手紙
雛苺が、死んだ。
初めは信じれなかった。
「うそでしょう?」
何度も聞きなおした。それこそ、壊れたラジカセみたいに。
だが、返ってくる答えは
「事実なんです」
これも、まるで録音された台詞のように繰り返された。
あんなに元気だった雛苺。いつも笑顔で、皆の人気者、元気の素だった雛苺。それが急にいなくなった。
交通事故に巻き込まれたのだ。酒に酔ったドライバーが、道を歩いていた雛苺に一直線に突っ込んだ。
事故現場には、ブレーキ痕がなかったらしい。恐らく、ものすごいスピードではねられたのだろう。
殆ど即死の状態に近かったのではないか、医者はそう言っていた。もしそれが本当なら、苦しんでいなかったのなら
せめてもの救いだろう。
それでも納得いかない。
何であんないい子が死ななきゃならないの?
誰に聞いても、ただ俯いて押し黙るだけだった。
広いお寺。お堂の中に黒い服を着た人が多くいる。
皆一様に押し黙っている。いや、泣いている人のほうが多い。
そのお堂の中心に菊の花が多く敷き詰められた祭壇の真ん中に、周りの状況とはまるで似合わない、向日葵のような
笑顔をした少女の写真がある。
だが、彼女はもう2度と笑うことは無い。動くことも、喋ることもない。
今日は、その彼女とのお別れの日。彼女の体は、空へと還るのだ。
そして、彼女を失った人たちがまた新たに歩み始めるための、決別の日。
いい加減、現実を受け止めなければならない。彼女のためにも、皆のためにも。
プワァァァァン…
仏壇を象った様な車が、クラクションを鳴らす。
これから、空へ帰るための場所へ彼女を運んで行くのだ。
自分の左隣にいる翠星石はずっと泣きっぱなしだった。金糸雀もだ。蒼星石は、そんな2人の背中を無言でたたいている。
そんな蒼星石も泣く寸前のように見える。薔薇水晶はずっと黙ったままだ。
ジュンもずっと黙ったままだ。ただ、目が腫れているのを見ると恐らくずっと泣いていたのだろう。
「ねぇ、真紅…」
右隣にいた水銀燈が呟いた。
銀「ねぇ、真紅…。何で雛苺が死なないといけないの?」
彼女は肩を震わせながらそう言った。
銀「何で?ねぇ、何でよ!?」
そう言うと水銀燈は真紅の肩をつかんだ。
銀「何で…。ねぇ…。」
そう言うと、ついに水銀燈はヒックヒックと泣き始めてしまった。
それを見て真紅は水銀燈を優しく抱き寄せる。
紅「そうね…。雛苺が死ぬのはおかしいわ。でも、いくら叫んでも雛苺は還ってこないの」
諭すように言う真紅。
銀「真紅…、真紅ぅーーー!!!」
真紅に抱きつき、大声で泣き始めた水銀燈。真紅は泣くのを堪えた。
ここで泣くと立ち直れなくなる。そう直感的に思った。
泣く代わりに、真紅は水銀燈の背中を優しく撫でた。
葬儀から2週間が過ぎた。
いつもと変わらない町並み。いつもと変わらない校舎。いつもと少しだけ違う教室。
彼女のいた席には花が置かれていた。学年度が替わるまで使うであったろう、その机の主はもういない。
代わりに、今は花瓶が主になっていた。
キーン♪コーン♪カーン♪コーン♪
いつもと変わらない音で、今日の授業終了を告げている。
皆、帰り支度に急いでいる。ただ、その姿はどこかぎこちない。彼らにとってもまた、彼女の存在は大きかったのだろう。
そんな彼らと同様、真紅も帰り支度をしていた。
銀「真紅、ちょっといいかしら…」
教室の入り口から水銀燈が呼びかけてきた。
紅(珍しいわね…)
彼女がいなくなってからずっと落ち込んでいた水銀燈。それもそのはず、水銀燈が彼女を誰よりも可愛がり、誰よりも
大切にしていたのだ。
その水銀燈が、真紅を呼んだのだ。
水銀燈の様子が気になっていた真紅は、水銀燈の元へ歩んでいった。
校舎の屋上。
11月にしては暖かい日和だった。風も殆ど吹いてない。
その屋上で、景色を眺めるようにして真紅と水銀燈がいた。
銀「ねぇ、真紅。今になってやっと分かったわ。雛苺は、もう還ってこない。どんなに願っても。」
遠くを見ながら水銀燈は呟いた。
銀「私っておばかさぁん。そんなことを理解するのに2週間もかかっちゃうんだから…」
自分を嘲笑するように笑う水銀燈。真紅はただ黙ることしか出来なかった。
銀「だから、雛苺のことを引きずるのはやめる!」
決心したように言い、真紅のほうへ向く。
銀「明日からいつもの水銀燈に戻るわ」
笑顔を浮かべたまま、涙を流す水銀燈。
銀「あれ?何で涙が?もう出ないと思ってたのに…」
そういいながらどんどんクシャクシャな顔になっていく水銀燈。
銀「ごめんなさい真紅。これで最後にするから…」
水銀燈は、2週間前と同じように真紅の胸の中で泣いた。
その日の夜、真紅は夢を見た。
(ここは、どこ…?)
何処かの公園。ブランコと滑り台、ジャングルジムがあるだけの小さな公園。
(あぁ、ここは…)
ここは幼い頃にに、雛苺と初めて出会った場所だ。
(懐かしいわね…)
その公園はもう取り壊されてない。かわりにマンションが建っている。
?「ねぇ、真紅ぅ…」
夢を「夢」と認知できる不思議な空間。その中で彼女に話しかけられた真紅はとても驚いた。
紅「その声は、雛苺!?」
振り返ると、2週間前までは元気に動いていた雛苺が、そのままの姿でいた。
雛「うん、ヒナなのー…」
紅「あぁ、雛苺!!」
彼女に駆け寄ると、真紅は力いっぱい抱きしめた。
雛「真紅ぅ、苦しいの…」
彼女の抗議を無視し、真紅は問いかけた。
紅「可哀相な雛苺…。痛くなかった?寂しくなかった?」
今にも泣きそうな声で呟く真紅。
雛「ヒナ、何があったか分からなかったのー」
その答えを聞いた真紅は、少しだけ安心した。苦しんで死んでしまったのなら、どうしていいか分からなくなる。
紅「そう…」
真紅は彼女を解放した。
雛「えへへ。真紅、ありがとうね」
いつもの向日葵のような笑顔で、彼女はお礼を言った。
紅「…何が?」
いまいち理解出来ない真紅は彼女にそう聞いた。
雛「いままでヒナにいっぱい優しくしてくれたでしょ?だから、そのお礼」
それを聞いた真紅は胸が痛くなった。
紅「お礼を言われる事なんか何もしてないわ。いや、出来てないわ。だって、最後まで貴女を守れなかった…」
それは真紅がずっと思っていた事だった。真紅の時計もまた、あの日から止まっていた。
雛「ヒナが死ぬのはね、なんとなく分かってたの…」
雛苺の口から、想像を絶する言葉が発せられた。
紅「……じゃあ、何で言ってくれなかったのよ。何で死ぬのを避けようとしなかったのよ!何で…」
そこまで言うとついに真紅は泣き始めてしまった。
雛「雛もはっきりとは分かってなかったの。けど、あの日の1週間前から嫌な夢を見てたの」
紅「…夢?」
泣きながら、辛うじて聞くことが出来た。
雛「うん。ヒナが道を歩いてるとね、いきなり真っ暗になるの。そして、真紅や水銀燈、蒼星石、翠星石、金糸雀
薔薇水晶がヒナの周りで泣いてるの。ヒナが『何で泣いてるの?』って聞いても、誰も答えてくれなかったの…」
さぞ怖い夢だったのだろう。そう思うと真紅は胸が苦しくなった。
雛「でもヒナね、みんなと一緒にいて楽しかったの。いっぱいいっぱい思い出をもらったの。ヒナはちょっと早く
お空に行くだけ。だから別れじゃないの!またみんなと会えるの!!」
いつもの向日葵のような笑顔に、涙を浮かべて言う雛苺。
そんな雛苺の体が、どんどん透けて行く。
紅「雛苺!!」
慌てて彼女を抱きしめようとしたが、腕はむなしく空を切るだけだった。
雛「だからね、真紅。もう泣かないでぇ。またお話できるの!」
どんどん消えて行く雛苺の体。そんな姿をまともに見ていられず、真紅は泣き伏せてしまった。
雛「そうだ、最後に一つだけ。真紅の部屋にある机、右下の引き出しをよく見て欲しいの」
そう言うと雛苺は完全に消えてしまった。
「はっ!!!」
真紅は自分の涙で目が覚める。デジタル時計は3:20と表示していた。
(そうだ、右下の引き出し…)
部屋の明かりをつけると、夢の中の雛苺が言っていた場所をひっくり返してみる。
(…?)
その中から便箋が1通出てきた。見慣れた雛苺の字だ。
(!!)
真紅は心臓の止まる思いがした。手が震え、便箋を上手くあけることができない。
それでも必死に便箋をあけ、中身を取り出した。
『真紅へ
いつも遊んでくれてありがとうなの。でも、この手紙を見てる時にはヒナもういないの。ヒナ、多分死んじゃってるの。
でもいいの。みんなと出会えて、遊んで、たまに喧嘩もしたけど…。でも、とっても楽しかった!みんなとの思い出、
いっぱいあるの!だからヒナ、一人でも寂しくないの!!
でも、ヒナ死んじゃったらどうなるんだろう?天国ってあるのかな?暗くて寒いところだったらやだな…。ヒナ、死ぬ
のは怖い。死にたくない!でも、仕方が無いの…。
もし生きてたら、この手紙はヒナが破って捨てるの。それで「ヒナはばかだね」っていいながらまたみんなと遊ぶの。
ずーっと、ずーーーっと一緒だよ、真紅…。
おばかなヒナより』
end