※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

―bullet for my valentine―
今年もこの日がやってきた。一年で最も憂鬱な日。
2月14日、バレンタインデー。本来別にチョコとか関係ない日。
鬱なのは家族以外から貰えないから、とかじゃあない。
問題は本命の相手がくれる気がしないってことだけだ。
毎年お義理のようにいくらかのチョコは貰っている。
が、今まで彼女――翠星石にだけは一度も貰った記憶がない。
「はぁ……いってきます」
「あ、ジュン君待って」
溜息をつきながら家を出ようとして、のりに引き止められる。
「はい、お姉ちゃんからのチョコレート」
嬉しそうに差し出した、綺麗なラッピングのそれは。
「あ、ああ……ありがとう」
毎年毎年飽きもせずにくれる第一号は姉。悪い気はしないが、憂鬱は加速する。
今日一日のことを考えると、胃が痛くなってきそうだ……
さあ、今年の今日はどんな落ち着かない一日になることやら。

第一号、水銀燈の場合
「ジュン~はい、これ本命よぉ~」
教室の中心でで頬を染めながら楽しそうに愛とか叫ぶ。
周囲から怨嗟や殺気に満ちた視線が飛び交い、いたたまれなくなる。
「あ、ああ……ありがとう」
受け取ったそれを、衆目に触れないよう出来るだけ早く鞄に仕舞った。
「あらぁ、嬉しくない?やっぱりプレゼントはわ・た・し、とかが良かったぁ?」
「大変嬉しゅう御座いました。有難う御座います」
「うふふ、それでいいわぁ」
満足したのか、水銀燈は教壇の上に立ちながらチョコをばら撒きはじめた。
1パック数百円だとかの、ミニサイズの対象不確定の義理チョコだ。
毎年毎年飽きもせず、眼を血走らせてそれを拾う男たち。
クラスどころか学年の違う輩までいるのはどういうことだろう。

第二号、真紅の場合
「下僕には勿体無いくらいなのだわ」
「あーはいはい。ありがとうございます」
なんだかんだでこの娘も毎年くれるみたいです。
既製品のスーパーとかのセールで売ってるような奴を。
「ところでジュン、お返しは」
「紅茶の葉な。まあせいぜい期待しといてくれ……」
こちらも返事に満足した様子。もう周囲の喧騒は関係ないと予習をはじめた。
……高いんだよなあ紅茶って。小遣いでどうにかできるかなあ……
第三号、薔薇水晶の場合
まだざわめきも残る中、無関係に授業は開始された。
教師も理由くらいわかっているのだろう、強く注意することもない。
授業くらい真面目に受けろとは思わないでもないが……
と、ノートを取っていた所、斜め後ろ方向あたりから殺気を感じる。
気付いたときには、風きり音と共に制服の袖あたりに矢が突き刺さっていた。
ビニール製の小さな袋と一緒に。(……何処の刺客だよ)
振り向いた先には親指を立てている薔薇水晶。
袋の中身は四角い箱――たぶんチョコと、手紙?
何が書いてあるのかとファンシーな絵柄の紙に目を通す。
――射撃貴様心臓――(……やっぱり、刺客ですか?)

第四号、金糸雀と雛苺の場合。
「ジュンーこれ巴からなのー」
「みっちゃんが持たせてくれたのかしらー」
「君ら、そういうのはわかってても黙ってるもんですよ」
なんでチョコくれた相手を諭しているんだろう僕は。
いや、まあ最初からこの二人には期待してないですよ?
ま、あとで柏葉にはお礼でも言っておくかな。

第五号、蒼星石の場合
授業も終わり、放課後。結局翠星石からは貰えなかったか。
というか今日一日翠星石は僕の事を避けていたように見えた。
怒らせるような事……には心当たりがありすぎて困るのだが。
「ジュン君、帰りかい?」
「あー、うん。帰る」
生気の抜けたように返事をする僕を見て、蒼星石が苦笑いする。
周囲からすれば羨ましい立場かもしれないが、その実は全然である。
そんな僕の心中を察してくれているのか、彼女だけは控え目に。
「僕はチョコは作ってきてないから、安心して」
ちょっと残念に思ったが、まあそれも彼女なりの気遣いだろう。
「代わり、って言うのもおかしいけど。ちょっと伝言」
「伝言って誰から?」
「放課後、うちに来やがれ、です……だってさ」
「ありがとう、気をつけて帰れよ」
ダッシュで教室を出る。今日一日の疲労を忘れさせるその言葉。
さあ――彼女に会いに行こう。

――人のいなくなった教室、ポケットの中から包みを出す。
少しだけ惜しむようにそれを見つめてから、少女は自分の口に放り込んだ。
「ま、仕方ないよね。……頑張って、二人とも」
走る、走る。彼女の怒り顔を、笑顔を、泣き顔を思い浮かべて。
彼女のために、僕のために、彼女のところへ走り向かう。
だが――そこに立ち塞がるは、不様な仮面の敗北者。
嫉妬という名の仮面を纏った、怒りに燃える一人の女々しい男。
その手に携えるは、異様なふくらみを見せるコンビニ袋。
「――ベジータ」
「ジュン、大人しく銀嬢のチョコを渡すんだ」
「断る。お前にくれてやる義理がない」
「タダでとは言わん、物々交換と行こうじゃないか」
両手に抱えたコンビニ袋を、僕の前へと投げ出した。
その中身、コンビニにあっただけの安物のチョコレート。
その数量、実に10キロ以上……この漢、負け組の鑑であったか。
「だが断る!!っていうかお前哀しくないか?」
「哀しいわ!!何が哀しくて店員さんに同情の目で見られないといけない!!」
自分でやったことだろうというツッコミは流石に控えた。
ベジータの両の目から流れ落ちる雫は、まるで朱に染まったように見えた。
「……言葉はいらないだろう。さあ、ここを通りたければ」
山となった黒い塊の中から、小さなチョコを鷲掴みに握り締める。
説得の余地はない。この男は、奪い取る気だ。
「本命じゃあない。だが、彼女の想いを渡すわけにはいかん!!」
叫びを開戦の合図と取ったか、両掌が開かれた。
不規則に飛び交い来る、散弾のようなチョコレートの雨霰。
「罷り通る!!」
避けはしない。顔面を庇いながら――正面から突撃する!!

既に全身は痣だらけ――わかってたけど、チョコって硬いんだね。
息は荒い――泣き叫び追い縋る負け犬を、ダッシュで振り切った。
漸く、着いた。翠星石の家の前。今日の最後の目的地。
何が待っているのかはわからないけれど、彼女と話をしよう。
今日一日まともに顔さえ見れなかった分、たくさん話をしよう。
「……ジュン?」
「あ、すい、翠星石。入ってもいいか?」
「勝手に入りやがれです」
お言葉に甘えて、上がらせてもらう。
久々に見たような気がする翠星石の顔は、怒っているように見えた。
「……一日デレデレして、だらしない顔だったです」
「面目ない。まあ、貰って嬉しいのは嬉しいし……翠星石はくれないからさ」
少なからずの嬉しさの中、今日一日感じていたのは寂しさだった。
欲しい人から貰えない。一昨年も、去年も、そして今年も……
「……です」
「え?」
「作ったけど、失敗したです。それでいいなら、やるです」
顔を真っ赤に染めた、悔しそうで、なのに嬉しそうな翠星石。
一瞬呆けてしまった。だが、断る理由がない。嬉しい。素で。
「あ、うん……その、僕でいいなら。喜んで貰うよ」
「……ジュンが、いいです」

「じゃあ、持ってくるです」
そういって台所に引っ込んでいく彼女を見ながら思った。
嵐のような一日だったが、それを最高の形で締めくくれそうだと。
はじめて貰えるだけに、その感動もひとしおだった。
小さな箱を抱えて翠星石が戻ってきて、俯きがちに告げた。
「目を瞑れです。形が整ってないから、恥ずかしいです」
「え、別にそんなの気にしないよ。翠星石がくれたらなんでも」
「いいから瞑りやがれです!!」
僕の言葉に一瞬明らかに喜びを見せた直後に激昂。
仕方ないので、言われるがままに目を閉じた。
チョコを食べられるように、小さく口を開いて。
「え」
だのに、口に伝わってきたのはチョコ以外の柔らかい感覚。
驚きに目を開いたそこにあったのは、翠星石の可愛い顔。
柔らかな唇が触れ、その中から舌が僕の中に侵入していた。
翠星石の舌が、僕の舌を撫ぜる……そのそばから、甘い香りが伝わってくる。

「ひひ、引っかかりやがったです」
イタズラに成功した子どものような、可愛らしい表情で。
笑う翠星石がぺろりと出した舌の表面に、チョコレートが塗ってあった。
「あー、うん。凄く甘かった。もう1回いいか?」
「な、何言いやがるですか!!そんな恥ずかしい事……」
口篭る彼女を前、幸福を感じながら僕はまた目を閉じる。
そんなに待つ事もない。すぐに、先程以上に柔らかい感触が僕を包んだ。

END