平成喧嘩塾を閉鎖する――――

塾長の口から唐突に放たれたその言葉に、

喧嘩界はドリアンに半殺しにされた加藤がサンドバッグの中からコンニチワした時の神心会以上に激震した。

「4月10日を目処に会員制に移行する!」

という改革発言の矢先のことである。寝耳に水とはまさにこのことだ。

古参新参名無し荒らし問わず、喧嘩師たちには大きなどよめきが走った。

「あの喧嘩塾が・・・?」
「いくら何でも突然すぎる!」
「潰すのはあまりにも勿体ないんじゃないか」
「俺が管理するからパスよろ^^」
「今更?」
「ざわ・・・ざわ・・・」

いくら過疎化気味とはいえ、毒殺天国の閉鎖後、喧嘩界の中心地として

長い間多くの喧嘩師たちが鎬を削った場である。

当然、皆の愛着は深く、言葉では語りつくせないほどの思い出が存在する。

そもそも、喧嘩塾ほどの大手が、半ば放置され荒れ果てはしても、

まさか掲示板を丸ごと畳んで閉鎖するとは誰が予想できただろうか。

変人は増えたし、会員制には移行しなかったけど、なんだかんだで塾はこのまま長続きする。

そんな先入観が、喧嘩師たちの心の奥にはあったに違いない。

だが。

どんなモノであっても、離別というのはいつか必ず訪れる事象だ。

現代喧嘩師たちにとっての故郷、原点とすら言える喧嘩塾。

喧嘩が好きで通っていた者、場を茶化すために通っていた者、

荒らすために通っていたもの、最早惰性で通っていた者、

各々の抱える思いは各人各様であろう。

しかし、どんな人物であろうと、共通する思いが、たった一つ、存在する。

それは。

現代喧嘩界を長きに渡り牽引し、

多くの喧嘩師たちの育成に努めた・・・・・

平成喧嘩塾と、塾長に対する、限りなく大きな感謝の気持ち。

そこで俺も、平成喧嘩塾への恩に精一杯、少しでも報いるため、

ここで声を大にして言いたい。

二度とッ

二度とこんな喧嘩サイトは現れないでしょうッッ

2年以上に亘る歴史の中には―――――――

ただの一スレッドとて凡庸な内容はありませんッ

全ての喧嘩が大勝負ッッ

全ての喧嘩が名試合ッッ

そして全ての塾生が・・・・・・・・・・・・ッッ

イカしてたァッッ

現代社会において「平成喧嘩塾塾生」であったということが―――――――

あるいは無意味との声もあるでしょう

しかし覚悟を決めて書き込む塾生の表情の――――

己の実力が通じず敗北を受け入れる塾生の表情の――――

傷つき勝利を手にしたときの塾生の表情の――――

そのどれもが我々の心を突き動かさずにはおきませんッッ

強くあろうとする姿は――――

かくも美しい!!!

「強い」ことは美しい!!!

「強い」ことはスバラシイ!!!

アリガトウ平成喧嘩塾ッッ

ジュクチョウ イズ ビューティフル!!!
最終更新:2008年04月27日 01:04