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      風の丘


 部屋に入るとまずCDラジカセの電源を入れる。聞くのはラジオ。他の機能はほとんど活用されていない。勉強しているときも、読書しているときも、ぼんやりしているときも……ずっとラジオがかかっている。局も1つに限られている。昔からずっと変わらないわたしの習慣。
 今夜もいつもと同じ。クリスマス・イヴのスペシャル・プログラムでも、基本的にナビゲーターの声と曲とCMの繰り返しなのは変わらない。リスナーからの、大切な人にあてたメッセージが紹介され、リクエストされた曲が流れる。
 勉強がひと段落ついて伸びをした、ちょうどその時だった。
 ナビゲーターが懐かしい名前を読み上げた。年齢はわたしよりひとつ上。19歳。はっとして音量を上げた。昔住んでいた家の近所の、ひとつ歳年下の幼なじみの女の子──初恋の相手へのメッセージ。
 10年以上前の思い出が、一気に頭の中を駆けめぐる。そのうちにメッセージが終わってしまった。受験勉強や、彼自身の目標がどうこうという話と、「宝物」という単語だけが記憶にとどまっている。
たからもの……。相手の女性の名前は分からない。一度も出なかったようにも思う。リクエストされた曲がかかる。彼女が好きだったという曲。わたしが好きな曲。
 ラジオから過去が流れてくる。

 そのころ、わたしが彼の家に遊びに行くことの方がずっと多かった。夏のある日、2人で物置の中から鉱石ラジオの制作キットを見つけた。
 箱の中に必要な材料はすべて入っていた。彼はどこからか工具を持ってきて、それを作り始めた。いつの間にか、わたしのことはすっかり忘れ去られていた。悪戦苦闘している彼の横顔を、わたしは黙って眺めていた。
 次の日、珍しく彼がわたしの家にやってきた。完成させた鉱石ラジオを見せる彼の顔は、自慢げに輝いていた。
 彼の父親いわく、近くの山まで行かないとラジオは電波を拾ってくれないらしい。しかしそこでもノイズがひどかった。わたしが不満を口にすると、鉱石ラジオってのはこういうもんなんだ、と彼は力説した。それでも、いつものように風が吹いているその場所で、彼もわたしも風が音楽を運んでくるような感覚を楽しんでいた。
 夏のあいだ、ひまを見つけては彼と2人でラジオを聞きに出かける日が続いた。よくかかる曲のひとつが、わたしのお気に入りになっていた。町並みを見下ろしながら、風の音と一緒にその曲を聞くのが好きだった。こいつは俺の宝物だからな。彼はいつもそう言って、わたしにラジオをさわらせてくれなかった。
 小学校に入って初めての夏休みは、そうしてすぎていった。
 夏が終わり、秋と冬がすぎて春が来るころ、彼は引っ越していった。
 別れ際にラジオを渡された。その時どんな会話を交わしたのかは覚えていない。ただぎこちなさだけが心に残っている。
 その後、何度か一人でラジオを聞いているうちに、聞こえるのは風の音とノイズだけになった。

 曲が終わるのにあわせて、意識も今へと戻っていった。
 立ち上がって、リビングに向かった。それ以来ずっと聞いているラジオ局だけど、投稿したりリクエストしたりということはいちどもない。ぞれでもホームページは幾度となく訪れている。パソコンの起動を待つあいだ、不安がつのっていった。名前も年齢も好きな曲も同じ。でも、もし別人だったら……。
 おまえ、心配しすぎだぞ。今のわたしを見たら、彼は笑ってそう言うだろうか。彼がラジオを完成させた日、もうすぐ夕ご飯なのにラジオを聞きに行こうと誘われた。山の上まで行くと言われて驚いた。お母さんに怒られちゃうよ、明日にしようよ。わたしは反対した。あの時みたいに、笑って、彼は……。
 結局、怒られたんだけどね。目にかすかに涙が浮かんだ。
 メッセージ・リクエスト受付のページが表示される。緊張しながらメッセージを入力していく。そして最後に、こう付け加えた。
 あなたがくれた宝物、今も大切にしまってあります。初恋の思い出と一緒に。

                                          fin.








  

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