※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「さよなら」ではなくて


 てのひらに伝わる振動で目を覚ました。
 マナーモードにした携帯を握って、いつの間にか眠っていたらしい。
 そのままの体勢で表示を見ると、メールの着信が一件あった。
 メモリには登録されていないが、見覚えのあるアドレスだった。

 急速に眠気が消えていった。体を起こし、本文に目を通す。
<ひさしぶり。ちょっとまよったけど、やっぱり連絡しておくことにします。
 明日、北海道へ出発します。 あずさ>

「なんだよ、それ……」
 言いたいことは分かる。その背景も。ただ、あまりに唐突だった。
 虚空に放り出されたような気分のまま、しばらく動けずにいた。

「あーっ、くそ。いつも急なんだよ、まったく」 メール画面を消して、電話の発信履歴を呼び出す。
 いくつかの名前にまぎれて、090で始まる番号だけの記録があった。
 およそ2ヶ月前の日付。メールはともかく、発信履歴まで消した覚えはなかった。
 これで間違いないだろう。数秒間躊躇した後、思い切って通話ボタンを押した。
 呼び出し音が続くあいだ、胃が締め付けられるような緊張感があった。
 ここまで緊張するのは初めて電話したとき以来だな。そう思った直後、音がやんだ。

 お互い無言のままの一瞬が、やけに長く感じられた。
「も、もしもし」
「神坂くん?」
「あ、うん。そう」
「寝ぼけたみたいな声してるけど、もしかして寝てた?」
「まあ、ね。さっきのメールで起こされた」
「やっぱりね」
 話し声と一緒にかすかな笑いが聞こえた。一人で緊張していたのが馬鹿らしくなった。
「また寝不足で部活やって疲れたとか?」
「そんなとこ。修了式の後、日が暮れるまでやってたから」
「相変わらず厳しい?」
「あずさがマネージャーだった頃から変わってないよ」
「そっか。来年はいい成績残してね」
「おう。……って、今は部活のことなんてどうでもいいんだよ。
 なんだよ、いきなりメールしてきて。明日って急すぎだろ。だいたい、合格したってことも聞いてなかったぞ」
「ごめん、ずっと立ち直れないままだって聞いたから……」
「それだって、そっちがいきなり……」

 始まりを望んだのは俺。終わりを望んだのは彼女だった。
 突然送られてきた「さよなら」のメール。あの時もわけが分からず、すぐに電話をかけた。
 センター試験の得点が志望校のボーダーを下回り、かなり厳しい状況だということだった。
 それでも志望校を変えるつもりはなく、他のすべてを断ち切っても勉強に集中して合格したい。
 そう言われた。
 もちろん俺は反発した。まだ高2だからなのか、受験のためにそこまでする理由が分からなかった。
 しばらく言い合った後、結局彼女に押し切られ、別れることになった。
 1ヶ月近くふさぎ込み続けた俺を気遣ってか、回りも彼女についての話題はずっと出さないままだった。

「……ねえ、まだ怒ってるの?」
 彼女の声で我に返った。
「いや、けっこう前から落ち着いてるよ」
「そう? ごめんって言っても返事なかったから」
「あー、ちょっと考え事してた。悪い。それと……合格おめでとう」
「ありがと。ほんとゴメンね。やっぱり自分でも、勝手すぎたと思う」
「もういいって。合格してくれて、振られたのもむだにならずにすんだし」
「実はまだ気にしてるでしょ」
「ちょ、そんなことないって」
 ふたりで笑った。ようやく前と同じ調子に戻れた気がした。
「じゃあ、さよならだね」
「え……?」
「ギクシャクしてた私たちと、ね」
「まぎらわしい言い方するなよ……。血の気引いたぞ」
「はは、ごめんごめん」
 少しのあいだ、心地よい沈黙が流れた。
「やっぱ飛行機で行くんだよな?」
「うん」
「何時の?」
「ちょっと待って……12時45分ね。見送りに来てくれるの?」
「い、行かねえよ。明日部活あるし。ちょっと気になっただけだって」
「そっか。そうだよね」
「北海道ってまだ寒いんじゃないか? 風邪とかひくなよ」
「うん、気をつける。それと、神坂くんも部活だけじゃなくて勉強もしなさいよ」
「そんな親か先公みたいなこと……」
「先輩からの心のこもった助言よ」
「はいはい。肝に銘じておきます」
「もう志望校とか決めてる?」
「いや、まだ全然」
「目標はちゃんとあったほうが勉強にも力入るよ。私はやりすぎたけど」
「ぼちぼち考えるよ」
「うん。お互い頑張ろうね。じゃあ……」
「なあ、もし……」
 電話を切ろうとする気配に、とっさに声をあげていた。
 もし、また……。
「ん?」
「やっぱいいや。なんでもない。じゃあな」
「うん。それじゃ」
 通話終了のボタンを押し、携帯を置いた。
 また寝転がり、天井を眺めた。
「大学、ねえ」
 ふと一つの考えが浮かんだ。
「やれるか……? つか、やるっきゃないか」

 次の日、俺は空港に来ていた。ただ、直接会うことはせずに、デッキで見送るつもりでいた。
 携帯を取り出し、時間を確認する。12時を少し過ぎたところだった。
 改めて登録しなおしたあずさの番号に電話をかける。
「はい」
 そう言ってすぐ、笑い声が続いて聞こえてきた。
「なに笑ってんだよ」
「だって、やけにうるさいところで電話してるんだな、って思って。まるで飛行場にいるみたい」
「な……!」
「深くは詮索しないであげるね」
「そりゃどうも」
「それで、何か用があったの?」
「大したことじゃないんだけどさ」
「うん」
「さよならは、言わないから」
 飛行機が離陸していくあいだ、会話が途絶えた。
「来年、俺もそっち行くから」
「本気?」
「本気だ。そりゃ今のままの成績じゃ簡単な話じゃないだろうけど、1年あればなんとかなるだろ」
「分かった。待ってる」
「絶対待ってろよ」
「そっちこそ、途中で気変わりしたり落ちたりしないでよ」
「しねえよ」
「もしオープンキャンパス来るんなら、その時はまた言ってね。案内してあげるから」
「了解、覚えとく。それと……あずさ、もうひとつ頼みがあるんだけど」
「何?」
 また飛行機の音が近づいていたが、かまわず送話口に向かって叫んでいた・
「俺が行くまで彼氏つくるなよ!」
 声がちゃんと届いたかどうかは分からなかった。彼女が何か言ったようだが、それも聞き取れなかった。
「じゃあ、さ……じゃなくて、また会いましょう」
「おう。それまでげんきでな」
「うん。バイバイ」

 12時45分。ボーディング・ブリッジから飛行機が離れる。
 滑走路へと移動し、スピードを上げていく。
 ランディングギアが地上から浮き上がる。空へと向かい、上昇していく。
 段々と小さくなる機体が完全に見えなくなるまで、ずっと見送り続けた。
 そのまま視線を真上へ向けた。突き抜けるような青空に飛行機雲がひとつ、どこまでも伸びていた。






  

更新履歴

取得中です。