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───不思議とは、常に日常と隣り合わせですね。

「暇人」と書かれた扉を開くと、扉に取り付けられているベルが静かに鳴った。
 私はゆっくりと奧に進み、一番奥のテーブルについた。
「おや、こんばんは。………ここに来たって事は、私に何か話したいことがありますね?
 私が聞き役です。ゆっくり、全てを話してください」
 目の前の男はそう言ってニコッと笑った。
 そして男はコーヒーを2杯注文した。
「さて………では、コーヒーが来たら、話始めてください。
 いきなりは辛いでしょうからね。落ち着いてからでいいです」
 男は相変わらずニコニコ笑っていた。
 やがて私たちのテーブルに2杯のコーヒーが置かれた。
 男は角砂糖を2つ入れ、スプーンでかき混ぜ始めた。
「では、どうぞ」
 男は静かにそう言った。私はゆっくりと話し始めた。


その夜は曇り空だった。星一つ無く、月も全く見えない。外は薄暗かった。
私はゆっくりと歩いていた。夜の散歩をするには少し肌寒かったが、それでも気持ちがよかった。
私はタバコの火を踏み消し、公園に向かった。
公園には誰もいなかった。暗闇にも目が慣れてきて、まわりがよく見えるようになっていた。
私はベンチに座って、空を見上げた。空には重苦しい雲がかかり、今にも落ちてきそうだった。
私はまたタバコに火を付けようと、視線をおろしていった。そして気づいた。
この公園で一番高い木の下に人がいた。
その人もまた、タバコに火をつけていた。ライターの火に照らされた顔は男のように見える。
その男は帽子を被っているらしい。男はタバコを吸いながら、ボンヤリと木に寄りかかっていた。
私はタバコを吸うのをやめ、彼を観察してみることにした。
彼はタバコを吸いながらボンヤリと空を見ていた。私もボンヤリと彼を見ていた。
彼はタバコを携帯灰皿に捨て入れ、、大きく背伸びをした。
そして、彼はゆっくりと宙に浮かび上がった。私は不思議とは思わなかった。
今考えるとそれが1番不思議なことなのだが、私はそれを当たり前のことのように思っていた。
彼はゆっくりと浮かび上がっていき、木の真ん中あたりの高さで止まった。
彼はそこでまたタバコに火をつけ、ゆっくりとタバコを吸っていた。
しばらくそのままだった。風も吹かなかった。ただただ、時と煙だけが流れていった。
彼はタバコを吸い終えると、両腕を上下に振り始めた。それは滑稽な情景であった。
仮にも大人であろう男が、両手をリズムよく上下に振る。真夜中に、宙に浮いて。
しばらくそうしていたかと思うと、急に彼の体が光に包まれた。私は眩しさに思わず目を瞑った。
そして目を開けると、先程まで男がいたはずのその場所に、一羽の鳥が羽ばたいていた。
鳥は木のまわりを一周して……空へ飛び立っていった。タバコを吸っていた男は、影も形もなくなっていた。


私が黙りだしたためか、目の前の男は口を開いた。
「………それであなたはそれをどう思うのです?」
男はコーヒーを一口飲んだ。私も一口飲んだ。
「……夢でなければ、あの鳥は恐らく、あの男なのだと思います」
私はそう言って、またコーヒーを一口飲んだ。
私たちはお互いに暫く黙っていた。重苦しい沈黙は、永遠にも一瞬にも感じられた。
「………そろそろ、帰ります」
私は耐えきれなくなり、席を立ち、カウンターへと向かった。
「あの、店長さんですよね?会計、お願いします………」
財布から小銭を何枚か出し、顔をあげて店長の顔を見たところで、気づく。
「………あなた、もしかしてあの時の……」
「不思議とは、常に日常と隣り合わせですね」
「え?」
不意をつかれ、私は後ろを振り返った。
「あなたは見てはいけないものを見た。私はそれを忘れさせるためにここにきたんです」
男はそう言って、回り込んでドアの前に立ちふさがった。
「では、よい夢を」
男が私の額を触るのと同時に、私は気を失った。


やれやれ、とでも言うように、男はカウンターの店長に向かって肩をすくめた。
「酒を飲んだ日は散歩を控えろと、いつも言ってますよね?」
店長は苦笑いを浮かべ、口を開く。
「まことに申し訳ない。君にはいつも感謝しているよ」
「顔も覚えられて………本当に悪いと思ってます?」
「ははは………」
男はため息をつき、床に倒れている男を肩に担ぎ上げた。
「では私はこの方を家に送ってきます。店にはまた明日来ますね」
男は笑って、店を出て行った。

外には風が吹いていた。冷たい風が。
  

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