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さよならレイ・ペンバー」(2016/05/30 (月) 19:06:08) の最新版変更点

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「じゃあ、行ってくるから。手はず通りに頼むぜ。あとスーパー行くとかいって外には出ないようにな」 「はいはい。うっかり死なないようにね」 はいは一回、と心中で呟きながら、俺はあばら家を出る。鍵の束をポケットにねじ込み、庭に置いてる自転車を脇目に歩き始めた。 ここ<新宿>で俺に与えられた日常は、かって佐藤十兵衛という人間が過ごしたそれと似ているが、何処かが致命的に違うというもの。 学校はある。学友もいる。教師もいる。ケータイだって普通に使えるし、ネットも当たり前に繋がる。社会活動に不自由は一切感じない。 何故か俺と会わないように立ち回っていたが、先日ついに発見し佐藤十字軍(クルセイダーズ)高位聖職者という己の役職を再認識させてやった親友・高野くんもいる。その最愛のビクトリアもな。 俺の知る人物の皮を被ったNPCは俺に関する記憶を大幅に削減されていたが、元から深く心が繋がった連中というわけでもない。僅かな時間で、俺に心服あるいは屈服させる事は容易だった。 だが俺の家はなかった。当然妹の萌(もえ)もおらず、俺の頭が『自分の家がある』と認識している場所にはグレードがだいぶ落ちた一軒家が建っていた。 富田流の道場もなく、文さんもいなかった。こればかりは、正直こたえる。あんなおせちを作れてしまうようなオッサンでも、俺の中では大きな存在になっていたんだなって……。 「ってそんな事思わんわ! 喋り相手が減っただけだっちゅうの!」 気持ち悪う!(『喧嘩商売&喧嘩稼業』を読破し、たまに出てくる墨文字がフキダシ外に表示される漫画的表現を想像してください) 色々と環境が変わったとはいえやる事は同じだ。目的達成の為に頭を回し、実行手段として喧嘩を選ぶ。喧嘩には良心はいらず、貴卑の取捨も不要。 とはいえこの聖杯戦争、俺の視点からすれば『色々と』で片付けられるほど些細な変事ではない。 先ほど俺を見送ったセイバー……比那名居天子をおだてて聞き出した、サーヴァントや聖杯戦争に関する知識を思い返す。 新宿に来た時点で頭の中に基本的な知識が入ってくる感覚を覚えたが……あまりに突拍子もない内容で、同じく突拍子もない存在のセイバーに裏付けてもらう必要があったのだ。 どうもこの聖杯戦争、本来は魔法使いや魔法少女のような連中が行う闘争らしい。 事前知識もなくいきなり巻き込まれた俺のような奴が何人いるかはわからないが、基本的にはマスターたる者は魔術に類する神秘を学んでいるはず。 例えば化学を超越した現象の突発、例えば効能が実在する呪術、例えば異形の怪物の使役。その他、思いもよらぬ術を使う相手もいるだろう。 俺の喧嘩相手にも、流石に脇からビームを出すような敵はいなかった。 戦闘において俺にはその手の神秘に対する心構えが出来ていない。早急にマスター達の戦力がどの程度のもので、俺をどれだけ上回っているのかを把握する必要があるだろう。 ポケットの中の鍵の一つに意識が移る。昨夜、この不思議な鍵を通して告げられた本戦開始の通知は、全てのマスターに届いている事だろう。 目の前の往来に広がる通勤通学途中の人間の中にも、俺と同じように息を潜めて獲物を狙うマスターが存在するかもしれないのだ。 「簡単に尻尾を出してくれる馬鹿が多けりゃいいんだが」 連日ニュースで報道され、開始直後に討伐令を出されるほど派手に動き回る者ばかりでもないだろう。 二組の愚か者たちがやらかした凶事に共通するのは、NPC100人以上の殺害。 各マスターが魂食いをやらなければならない状況に陥ったとしても、これを目安に極力行為を抑えるはずだ。 もっともサーヴァントは埒外の存在。自分の存在維持が危うくなればマスターの抑えが利かなくなることも十分にありうる。 遠坂凛とセリュー・ユビキタスの擁するサーヴァントは特に制御が難しいであろうバーサーカー。暴走の原因も大方想像はつく。 「持ち馬の手綱の握り方にも気を遣わなきゃならんが、相手の馬と鉢合わせたらどうにもならないってのがな……」 実はこの俺、サーヴァントという存在がどの程度頼りになるのか試した経験があった。 セイバーに「一日実体化してていいから、隙が出来たときに攻撃してみていい?」と提案したら自信満々で快諾してきたので、寝ている時に忍び寄って金剛を打ち込んでみたのだ。 打ち込んだ瞬間、巨岩……それも金剛石の感触を"金剛"を放った俺の拳の方が感じた。冷や汗をかく俺にセイバーは片目を開け、「もう、寝てる時はやめてよ。次は怒るわよ」とだけ告げて二度寝。 対人間の技術では、文字通り蚊に刺されたほどにもダメージを受けない怪物。マスターの数がわからない以上、こんな化け物が新宿にどれだけ潜んでいるかもわからないのだ。 金剛が効かない事に、自信の喪失すら起きない程の絶対的な差。俺は聖杯戦争において、戦略が意味を成さないことを即座に理解した。 全ての主従を撃破し、聖杯を手にする必勝戦略を構築したとしても、サーヴァントの持つ突出した多様な力はその戦略を飴細工のように粉砕するだろう。まさしく神話の英雄や怪物のように。 一戦に勝利する為の戦術が役に立たないとは思わないが、長期的な視点に拘る事はかえって敗北を招く予感がある。 「ま、ビビってても何にもならんわな。……おっ、いたいたスライムベス」 定刻通りにいつもの横断歩道で信号待ちをしている赤シャツのヤクザを発見し、背後に忍び寄る。 ヤクザが振り向く前に、背中にセイバーから預かった二つの小岩の片方を突きつけて囁く。 「振り返ったら殺す」 「!? その声……テメー、妻夫木聡似の……」 「今は向井理と名乗っている」 赤シャツが硬直し、俺の一挙一動に集中する。向かい合うよりこの体勢の方が、情報を引き出すには都合がいい。 室内に踏み込む前に俺とセイバーの会話を盗み聞く抜け目なさを持ち、その他愛ない会話の内容も覚えているこの赤シャツ、やはり俺が襲撃した事務所にいた連中のブレイン役のようだ。 佐藤クルセイダーズを動員し、こいつと他2名ほどに絞って素行調査を進めさせたのは正解だったか。 赤シャツが硬直し、俺の一挙一動に集中する。向かい合うよりこの体勢の方が、情報を引き出すには都合がいい。 室内に踏み込む前に俺とセイバーの会話を盗み聞く抜け目なさを持ち、その他愛ない会話の内容も覚えているこの赤シャツ、やはり俺が襲撃した事務所にいた連中のブレイン役のようだ。 佐藤クルセイダーズを動員し、こいつと他2名ほどに絞って素行調査を進めさせたのは正解だったか。 「お前ら、筋モンにあんな真似してタダで済むと」 「そういう定型文はいいから。もう聞き慣れてるから。今日はちょっと聞きたいことがあってお邪魔しました」 「何を聞きたいか知らねーが脅されたくらいで答えるとでも……」 「そんな事言っていいんですかな? 倒れているあなたたちを見かねて救急車を呼んであげたのはこの向井理なんですよ」 倒したのもテメーだろ、と言いたそうな気配が伝わってくるが、続く俺の声を聞いて赤シャツはその言葉を飲み込んだ。 「襲撃の際に暴漢に組員全ての携帯を盗み見られ、全員の家族構成や交友関係を抜かれたかもしれないというのに大した自信だな」 「……ま、まさか」 「今日は俺の相棒である胸板だけ成宮くんにそっくりなダークナイトちゃんはここにはいない。誰のそばにいると思う?」 「良子に手を出す気か……」 良子というのが誰かは知らないが、勝手に勘違いしてくれたようで何よりだ。 俺は信号が変わったのを確認し、「歩けよ」と促して横断歩道をゆっくりと渡りながら情報を引き出す。 赤シャツは俺の望む情報を持っていた。とある事件の噂の真偽と、事件が起きた場所の情報だ。 都合のいい事に、セイバーからの"おつかい"の帰りに寄れる位置にある。 俺はスライムベスを解放し、振り向く事が出来ず歩いていく雑魚モンスターが視界から消えるのを確認して目的地へと向かった。 ◇ "おつかい"を終えた俺は、先ほど得た情報を頼りに一棟のビルに辿り着いた。 <新宿>にまことしやかに流れるゴシップの一つ、『メイドがヤクザを壊滅させた』という噂の出所がここだと知る人間はそう多くないだろう。 赤シャツの情報が正しければ、その噂は大筋で真実。同系列の組連中の必死の隠蔽も虚しく拡散されたが、なんとか噂で止められた、という話だ。 たった一人に事務所に乗り込まれて組員皆殺しとなれば、面子以前に親組織の面目さえ立たない。警察はもちろん、商売敵にも内密に処理する必要があったのだろう。 赤シャツからスリ盗った金バッジをビルの管理人に見せ付けて入れてもらった事務所は完全に清掃されていたし、清掃の際にも下手人の身元特定に繋がるような物証は見つからなかったらしい。 実際に現場に入った赤シャツの話では、その虐殺ぶりは人間業とは思えなかったとの事だ。唯一の手がかりとなるのは監視カメラの映像。 残念ながら事務所内には設置されていなかったが、エントランスのカメラがメイド服を着た女と飾り気のない服装の少年の姿を捉えていた。 管理人室でその映像を見ながら、その容姿と挙動を記憶する中、ふと疑問が浮かんだ。 「……ねえおじさん、このホールのカメラってこれ映したときと今で何か変わりある? 映してる場所から見えないように隠してたかって質問だけど」 「いえいえ! 何もいじっちゃいません、取り付けてからずっと、カメラはむき出しのままです」 「ま、予想的中か」 俺の言葉の意味が分からず困惑する管理人をよそに、俺は映像を再生し続ける。 女の視線が、カメラを射抜き……そのまま歩き去る。監視に気付いていながら放置しているのだ。 ヤクザの溜まり場を襲撃して武器を奪っておきながら、あえて映像を残していく。つまり、身元が割れる心配をハナからしていない。 圧倒的な戦闘力と合わせて考えれば、間違いなく外からこの<新宿>に足を踏み入れたマスターとそのサーヴァントと見ていいだろう。 さらに言えば……と、俺の思考が止まる。ケータイが甲高いソプラノの悲鳴を上げた。かって打ち負かした柔道家、金田保の絶叫というイカした着メロだ。 「あっ、若衆さんもそれDL購買したんですね。ネットで流行ってるやつ」 「流行には敏感でね」 管理人が反応したように、金田の悲鳴は某サイトで着メロとして好評発売中。俺の為の軍資金稼ぎとして役立っている。 これが相当数売れる事が、この街が少しずつ暗い雰囲気になってきているひとつの証明と言えるのかも知れないな。 着信相手を確認すると、まさにこの着メロの販売サイトの運営を任せている佐藤十字軍の男からだった。 彼には俺がビルに入った後の周辺の監視を任せていた。回線を繋ぎ、報告を無言で聞いて「ご苦労」と労い立ち上がる。 「うちの組系統の人間以外で、嗅ぎつけてここまで来た奴っていたかな?」 「はい、外国人の男が一人、つい昨日。追い返しましたけどね」 「多分同じ奴だと思うんだけど、そいつが外に来てるってさ。俺が追い払うから、おじさんは仕事に戻ってね」 返事を待たず、部屋を出る。懐から小岩を取り出して握り締め、一応カメラに映らないように考慮しながら、エントランスから外に出た。 自動ドアが開いて外に一歩踏み出してすぐ、来訪者の姿は発見できた。 俺から見てもとんでもなくガタイのいい、屈強な男。喧嘩も強そうだ。マスターとしての目で見れば、サーヴァントでないことだけは分かる。アサシンといった様子でもない。 表情と服の下に隠れた筋肉の緊張具合から即刻の交戦意思がない事を察し、臆せず歩み寄ってくる俺を、男は驚いたように見つめていた。だが隙はない。 「魔術師って感じじゃねえな」 「君は……」 「現代格闘富田流。セイバーのマスター、佐藤十兵衛だ」 躊躇なく名乗った俺に、男の驚きの表情が更に深まる。まだ、決定的な隙は生まれない。半端な修羅場をくぐってきた奴ではないらしい。 ポケットに突っ込んだ両手を握りこみ、いかなる事態にも即応する為、『無極』による自己暗示で外面には出ない部分を研ぎ澄ます。 だが男は豹変して牙を剥くこともなく、朗らかな笑顔を浮かべて名乗り返してきた。同時に、空間が歪んで二人目の男が姿を現す。 「僕はジョナサン・ジョースター! 彼はアーチャーのサーヴァント、ジ……」 「マスター、真名は隠さないとダメだ。出会ったばかりの敵マスターには特にな」 「日本語上手いな……しかしアンタ、サーヴァントを連れ歩いてるのかよ」 霊体化させても、優れたマスターならば発見しそのサーヴァントのマスターを特定できるかもしれないと危惧して一人でここまで来たが、流石に無用心だったか。 一応の緊急避難策はあるが、相手がサーヴァントでは殆ど役には立たない。今後は慎もう、と心に決め、俺はジョナサンに話しかけた。 「戦いに来たってわけじゃなさそうだけど、聖杯戦争の参加者同士だ。聖杯を求めて殺し合うってんならこっちもサーヴァントを呼ぶが……」 「安心してくれていい。僕には聖杯を求めるつもりは一切ないからね。ここには、別の用事があって来たんだ」 「んん? 聖杯欲しくないのに聖杯戦争に参加してるの? なんで?」 「参加したのは偶然だよ。僕はこの聖杯戦争を止めたいと思っている」 「キリストの血を受けた杯が、教圏でもない場所に出現して敬虔な教徒でもない人間を相争わせ、勝ち残ればなんでも願いを叶えると言い出す。どう考えても信用に足らないと思わないか。  聖杯の力は本物だとしても、その力を発揮する為の手段にしても、本当に持ち手の為に力を発揮するのかどうかも、はっきり言って疑わしい」 ……予想はしていたが、"志願して参加している人間"ばかりでない以上、願いがないマスターもいるのか。 俺にしたって、負けるのは絶対に嫌だが欲しくもないニンジンを餌に走らされるのは面白くない。 ジョナサンは感情で、そのサーヴァントは理屈で、この聖杯戦争を頭から否定しようとしている。 俺達を呼び寄せた存在の詳細さえ明確になれば、他のサーヴァントを全て打倒して聖杯に至るよりはむしろ現実的で理性的な考えといえるだろう。だが……。 「今、このビルの中で他のマスターとサーヴァントが映った録画を見てきた。ヤクザを皆殺しにしたふざけた服装の女と、俺とそう変わらない歳の男だ」 「……僕たちも、その噂の真偽を確かめにここに来た。十兵衛君はよくあの管理人さんから聞き出せたね」 「まあ、ちょっとしたコネでね。で、聖杯を獲るためなら魂喰いもやるような奴が、最低三人はいると分かったわけだ。願い事が叶うと言われりゃ、すがる奴はもっと大勢いるだろう」 「そうだろうな。それで?」 「それでってアーチさん。言わなくても分かるでしょ……俺だってアンタらが本気で聖杯戦争止めたい!言ってるのは分かるけどさ、そういう連中は納得しないだろってこと。  そいつらはどうするの? 言う事聞かない奴はドンドンぶっ倒していくってんなら、結局聖杯戦争やってる事にならないのかな?」 「大丈夫! 願いは結局、自分の力で叶えないと叶ったことにはならない。万能の願望器を獲得する為だけに手段を選ばず努力するという事は、願いを自分の手で叶える事への諦め……いや冒涜だ。  そうやって叶えられた願いは、必ず本人を不幸にする。それを分かってもらうまで、僕は夢や祈りを持つ人たちに何度でも語りかけるよ。一人の男として、その為の労を怠るつもりはない!」 こいつ……マジモンじゃねーか……。正直憧れるほどカッコよくはあるが、実際に目の前にいると非常に扱いに困るタイプの人間だな。 ジョナサンさんにはジョナサンさんなりに、こういう言葉をスッと吐けるに至るまでの悟りや経験があったんだろうが、正論をぶつけられれば、歪んだ人間はよりその歪みを増す。 諭された人間の大半はジョナサンの真意を理解しようとせず怒り狂い、その怒りを周囲にぶつけるだろう。傍にいて愉快な事になる人間とは思えんな。 俺はなるべく彼と深く関わることを避ける事を避けるべく、「管理人さんに映像を見せてもらえるようお繋ぎしましょうか?」と敬語で提案する。 「いや……その必要はなさそうだ」 「ん? うおっ」 空中で、何かが弾ける音。音を立てた物が何なのか認識して、生理的嫌悪感が湧き上がる。 一つは銃弾。地面にめり込み、アスファルトを砕いて砂煙を上げる。そして空中で銃弾の軌道を変えたのは……爪。 もう一つは誇張なしに、人間の爪だった。発砲音がしなかった事から、消音器を付けた銃から撃ち出されたであろう凶弾に"自分で"反応できたのはこの場において一人だけ。 アーチャーのサーヴァントを見れば、左手薬指の爪が剥がれていた。恐らくは、サーヴァントとしての能力だろうな。 銃弾を撃った人間が狙ったのは、どうやらジョナサンだったらしい。アーチャーの視線をなぞり、襲撃者の姿を探す。 見つけた。"普通"の格好をしていたので一瞬気付くのが遅れたが、ヤクザ事務所が入っていたビルの向かいの建物の3階……マンションの一室のベランダから銃を突き出す女は、間違いなくあのメイド。 狙撃の失敗を気にする事なく不適に嗤いながら、一息に飛び降りる。空中で不自然に減速し、着地と同時に背後に少年……サーヴァントを実体化させて。 「50m圏内にサーヴァントがいるのは分かっていたが、マスターの方から姿を現してくれるとはな」 「やっぱり張ってたか……わざわざメイド服着てカメラに映って、噂も自分で流してマスター釣りってとこかな?」 「彼女がそうか。十兵衛君、サーヴァントを呼ぶか、逃げるかした方がいい」 「はいはいっと。じゃあ逃げさせてもらおうかな」 『金剛』を撃つべく握り締めていた右手を開き、ポケットから抜く。同時に小岩を握る左手も抜いて宙に掲げ、意識を集中させた。 次の瞬間、未体験の感覚が体に走る。高所から飛び降りた時の逆、言わば浮遊感か。同時に視界も、地上が急激に離れていくという生身の人間には一生視れないものへと広がっていく。 唖然とするジョナサン達を見下す俺を、力場を纏った小岩が上へ上へ運ぶ。やがてビルの屋上、さらにその上空へ達した所で、体を振って小岩を放す。 かなり危うかったが、なんとかフェンスを掴んで屋上に辿りつくことが出来た。流石に足の震えを自覚しながらも携帯を取り出し、通話履歴を遡る。 「さて、どうなることやら……」 コール音を聞きながら、俺は眼下を注視した。 ◇ 「凄いな……吸血鬼だってあんなには跳べないぞ」 「あのマスターが魔力を発した感じはなかった。彼のサーヴァントの恩恵だろうね。それよりこっちだ、マスター」 感嘆するジョナサンに注意を促して、アーチャー……『ジョニィ・ジョースター』は敵対者を睨みつけた。 同じように舞い上がる十兵衛を見上げていた女も、銃を仕舞ってバーサーカーを一歩前に出させる。 相対した状態では、魔力を帯びない銃弾などサーヴァントに対しては無力。 マスターを狙おうとする僅かな隙でさえ、サーヴァントに突かれれば即座に死が待っている。 臨戦態勢に入った女の名は『ロベルタ』。人間として限界値に達したと言っても過言ではない軍事技術を持つ猟犬であり、聖杯に連なる神秘などとは無縁の存在。 しかしバーサーカーのサーヴァント『高槻涼』と共に、討伐令を出された二名に迫る量のNPCと交戦した経験から、ロベルタはサーヴァントの逸脱した力を十全に理解していた。 やり場のない憎悪を滾らせた瞳でジョナサンとアーチャーへの殺意を噴出させるその姿は、猟犬というより狂犬か。 一方のマスター、ジョナサンは従者の忠言にも関わらず、その視線をロベルタたちに向けていない。ビルの屋上から、ロベルタが飛び降りてきたマンションの一室を注視している。 「ジャバウォック。殺しなさい、過分な程に」 「マスター! 目の前の敵に……マスター?」 「君は、何故NPCを殺した?」 ビキビキと体格を変貌させて怪物じみた姿に変わっていくバーサーカーを恐れる事もなく、ジョナサンは静かに問いかけた。 アーチャーが気付く。ロベルタがいた部屋からは死臭が漂い、ベランダには生新しい血痕が残されている。 問われたロベルタは鼻で笑う。どのNPCの事か、と。 「武器を奪う為。狙撃に適したポイントを確保する為。聖杯戦争に勝つ為に、羊も狐も狼も、殺す理由しかないわ」 「その殺戮は本当に必要だったのか? 他人を害せずに同じ成果を上げる事は出来た筈だ。聖杯戦争における闘争とは違って」 「必要かどうか、なんて考える必要こそない。私の道に転がっていたものを排除しただけ――――」 「そうか」 ロベルタの悪辣な嘲弄が止まる。理想論を振りかざす偽善者を哂わんとする表情が凍りつく。 初めてロベルタを見据えたジョナサンの顔には、甘さなど一片もなかった。 ジョナサンが件の噂とその出所を知ったのは、拠点とする新宿御苑で子供達と遊んでいたある日、少女の一人を迎えに来た母親が暗い顔をしていたのを気にして話しかけた時だった。 セリュー・ユビキタスと違い、ロベルタは魂喰いをやりすぎることには注意を払っていたが、殺したNPCの縁者を根絶やしにするほど徹底していなかった。 故に、"家を飛び出してヤクザの舎弟になった息子を心配して定期的に連絡を取っていた母親"が"息子と連絡が取れなくなり、他人に助けを求める"イベントの発生を防げなかった。 NPC……否、自分と関わりのない人間などいくら殺しても心は痛まない、という境地に達しているロベルタには、それが理解できない。 ジョナサンの、彼が闘争の人生において見てきた"他人を踏みつける事自体に快楽を覚える外道"への率直な殺意……宿敵からも「完全に甘さを捨てた」と言われたその"熱"を理解できない。 「君に言葉は通じない。君が擁し、殺戮に利用されるサーヴァントは傀儡。ならば僕は、君を殺そう。聖杯戦争も君の願いも関係なく、君が他人に流させる涙をこれ以上増やさない為に」 「―――ッ!! バーサーカーッ!!!」 ロベルタには、もはや余裕は微塵もない。殺戮者として"死"に深く接してきた彼女の直感は、己の死を明確に予感させていた。 ジャバウォック、と親しみを込めて己のサーヴァントの愛称を呼ぶことさえなく念話を走らせる。バーサーカーの行動は素早い。 ロベルタの体を掴み、眼にも止まらぬ速度で走り出す。人気のない陰闘に適した場所から、往来へ向けて走り出す。 聖杯戦争のセオリーに明らかに反した暴挙は、しかし決して暴走ではない。 「逃げたのか!?」 「いや、違うな。ここで戦えば負ける、と察して僕たちが全力を出せない場所に誘いこもうとしている。周囲にサーヴァントに触れただけで死ぬような人間が大勢いるところへね」 「ジョニィ! 力を貸してくれ!」 「ああ。行こう、ジョジョ」 即座に顕現させた宝具……『スローダンサー』に跨ったアーチャーはジョナサンを同乗させ、死してなお共にある愛馬を疾走させる。 アーチャーにとっても、ロベルタは救うべき、諭すべき迷い人ではない。己の道を過ったのみならず、その過ちを誇り正義と信じて疑わない者にかける慈悲はない。 聖杯を破壊するためでも、聖杯を求めるためでもなく対象に向けられる二つの殺意は、押並べて漆黒にして黄金。 ---- 【西新宿方面(京王プラザホテル周辺)/1日目 早朝8時】 【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態] 健康、激しい義憤 [令呪] 残り三画 [契約者の鍵] 有 [装備] 不明 [道具] 不明 [所持金] かなり少ない。 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。 2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。 3.外道に対しては2.の限りではない。 [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。 ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態] 左手薬指の爪喪失 [装備] 宝具『スローダンサー』展開中 [道具] なし [所持金] マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。 2.マスターと自分の意思に従う。 [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。 ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 【ロベルタ@BLACK LAGOON】 [状態] 健康 [令呪] 残り三画 [契約者の鍵] 有 [装備] 銃火器類多数(詳細不明) [道具] 不明 [所持金] かなり多い。 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を獲るために全マスターを殺害する。 1.ジョナサンを殺害する為の状況を整える。 2.勝ち残る為には手段は選ばない。 [備考] 特になし。 【バーサーカー(高槻涼)@ARMS】 [状態] 異形化 宝具『魔獣』発動(55%) [装備] なし [道具] なし [所持金] マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:狂化。 1.マスターに従う。 [備考] ・『魔獣』は100%発動で完全体化します。 ---- ◇ 「ん? 移動するのか?」 『ちょっと十兵衛聞いてる? これちゃんと声通じてるのかな? 私の電話の着信音変えてよ。趣味悪すぎ……』 俺の携帯からわざわざ移してやった着メロへの文句を言い出したセイバーからの苦情を聞き流しながら眼下を眺めていたが、状況が動いた。 かなりの速度で移動し始めたが、通勤通学ラッシュの時間は過ぎたとはいえ何故人気の多い方でドンパチやろうというのか。 ともあれここから視認できない場所で戦闘を始められては貴重な観戦のチャンスを逃す事になる、と俺はセイバーから預かった"小型の要石"を拾い、電話口に要請を飛ばす。 「わかったよ。お経みたいな感じの曲を探してやるから今日は我慢してくれ。それよりまた石の操縦頼むぜ。さっきは上昇しか出来なかったけど、電話で細かい指示しながらなら違うだろ」 『契約のパスが繋がってるのを利用して、要石を握るマスターからの信号を受けて適当に操作しただけだもの。こちらからは見えないんだから、それに頼ってるとどんな事故が起きるか分からないわよ』 「そりゃそうだ。うーん……仕方ない。霊体化して、こっちに来てくれよ。一回、サーヴァント戦は二人で見といた方がいいと思ってたしな」 『そうね。アーチャーとバーサーカーなんて相手にするにはちょっと物足りないけど、いい宝具や暴れっぷりを見るのはきっと楽しいわ』 聖杯戦争の本戦が始まった初日に、俺が一人で出歩いたのはこの要石を使った緊急避難が上手くいくか試すためでもあった。 情報を得てすぐ、罠がありそうなところに飛び込んだ勇み足も窮地に作用しなけりゃどうせ役に立たないと思っての賭け。 結果として、要石を遠隔操作して俺の護身や逃走に使うのは無理があると分かった。 さっきの狙撃の際も、俺が狙われていればこの要石は防壁として銃弾の前に飛び出すはずだったが、多分間に合わなかっただろう。 先ほどの場面を生き残れたのは運によるもの。この運に頼るようでは、喧嘩稼業は名乗れまい。 「俺らしくもなくちょっと焦っちゃったかな。ま、切り替えていこーか」 『すぐ行くから、ゆっくりしてなさい』 「ああ……ところでなんか、めっちゃ環境音聞こえるんだけど。家の中にいるんだよね?」 『……』 「ちょっと。ねえ、なんか"とっくとっくと~くとっくしまる"って聞こえるんだけど。遠ざかっていく感じなんだけど」 『それはそうでしょうね。降りて、家に買い物袋を持っていってる途中だから。置いたらすぐ行くからゆっくりしてなさい……あっ、とくしまるが走り出した。ふふん、面白い』 「新宿にもやってきた移動スーパーとくし丸に行ってんじゃねえか!!」 『愉快な音楽が聞こえてきたから窓から覗いたら……なんとスーパーまで出かけなくても買い物が出来る大権能が家の前を走っていたわ』 「走っていたわじゃなくて!! スーパーに行くなってとこじゃなくて外出するなってとこが大事なの!」 チッ、と舌打ちが聞こえた。このセイバー、不良天人と名乗るだけあって性格が非常に悪い。いや悪いというよりはタチが悪い。子供だ。一体何故この俺にこのサーヴァントが……。 チッチッと舌打ちを繰り返すセイバーに戦慄しながら、忘れていた"おつかい"の報告を思い出す。 このまま電話を切ってしまうと経験上、セイバーは約束は守って合流しに来るだろうがかなり不機嫌になっていて報告しても流れてしまう可能性が高い。 おつかいと言っても俺が気になって申し出た事だけに、セイバーの意識がそこから逸れてしまうのは避けたかった。 「まあ、たまにはいいよ」と小さく呟いて(ここで恩着せがましく許可を出すと、さらにこじれる)、「金ももっと渡しとこうかと思ってたし」(これはやや大きめに)と追撃して、セイバーが息を飲むのを確認。 畳み掛けるように、"おつかい"の報告を行った。 「預かった要石、1個だけ新宿駅に沈めてきたぜ」 『ああ、そういえばそんなことするって言ってたわね。どうだった? やっぱり邪魔、入ったかしら』 「今のところは、何の接触もない。俺の勘が外れたか、当たってても様子見されてるか。それとも関心すらないほどセイバーの能力を舐めてるかだな」 『……最後はないわね。十兵衛、言葉には気をつけなさい』 「俺だってセイバーの能力の凄さは信用してるさ。大天使ミカエルみてーなお人だもんな」 本心から、そう発言する。日本に住んでて、地震を甘く見るような奴は救いようのない楽観主義者くらいだ。 その地震を司る神様の手下となれば、比那名居天子を敬う事に微塵の疑問もない。俺個人が実際敬うかどうかは別として、だが。 ミカエルにしては若干胸囲が寂しいセイバーは俺の言葉が満更でもないらしく、「じゃあね」と言ってから電話を切った。 より詳しい返答は、サーヴァント戦を見終わってから一緒に新宿駅に寄れば期待できるだろう。 「あのサーヴァントの言う通り、聖杯戦争をやれと言われて聖杯戦争だけやるのは馬鹿らしいからな」 負けるのは絶対に嫌だが、欲しくもないニンジンを餌に走らされるのは面白くない。 聖杯戦争から生還するにあたって、知らなければならない事は何か? 己が使い魔との最善の関係構築法? 強敵に勝つ為のサーヴァント戦の骨子? 聖杯と呼ばれる物が具体的に何なのか、その正体? 俺の答えは、それら全てに○をつける、だ。その上で、もう一つ付け加えよう。 「黒幕の思惑」 最初からそれが示されている陰陽トーナメントやアンダー・グラウンドとはワケが違う、姿も声も見せない相手の真意を探る。 その為に俺が注目したのが、この新宿という偽りの街。何故、現実の新宿ではいけなかったのか。 わざわざ街の住民をNPCとして作り出し、個々の意思を持たせて活動させる必要がどこにあったのか? 疑問に思った俺は、この新宿を方々歩き回って調べ、俺が知る現実の世界に存在しない要素を探した。 現実になく、偽りの新宿にだけある物を探せば、聖杯戦争を"ここ"で行う理趣も読めるのではないか、との期待を込めた放浪。 見つけたものは多くある。だがその中で最も大きかったのは―――歴史。 「"魔震"。過ぎた事、みてーに謂れているが……こんな震災は、この<新宿>にしかないはずだ」 隠しようにも隠し切れない、未だ傷痕を残す大災害。 このフィールドがそれによって壊滅的被害を受け、復興の目処すら立たない魔界だったのならば、この歴史設定にも意味があるだろう。 聖杯戦争は今よりもっと単純で、人目を気にすることすらない激戦が毎朝毎夜繰り広げられる真の意味での"戦争"となっていたはずだ。 だが、ここ<新宿>は人目では現実の新宿と変わらないほどに復興している。現実と同じように誂えた世界で、"なかった事にした"要素を何故盛り込んだのか。 「聖杯が顕現する、という現実離れした要素を誘発するため。復興させて取繕ったのは"現実離れしすぎないようにするため"だ」 ならば、セイバーの……大地を操る程度の能力で、その隠蔽に―――"魔震"の震源地である新宿駅の地下に―――介入しようとすればどうなるか。 間違いなく、黒幕は姿を現す。明確に禁則としていない以上、建前の罰則ではなく本音の接触をせん、と。 どのような形であれ、その過程を経なければ俺は掌の上で踊らされるだけ。そんな事なら死んだ方がマシ、とまでは決して言わんが……。 「頭を抑えつけられるのだけは、どうにも我慢がならん」 せめて抑える相手の顔は知りたいもんだ、と一人ごち、俺はビルの非常階段を降りはじめた。 ---- 【西新宿方面(京王プラザホテル周辺 ビル非常階段)/1日目 早朝8時】 【佐藤十兵衛@喧嘩商売、喧嘩稼業】 [状態] 健康 [令呪] 残り三画 [契約者の鍵] 有 [装備] 不明 [道具] 要石(小)、佐藤クルセイダーズ(10/10) [所持金] 極めて多い [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争から生還する。勝利した場合はGoogle買収。 1.セイバーと合流する。 2.アーチャー(ジョニィ)とバーサーカー(涼)のサーヴァント戦を見学。 3.聖杯戦争の黒幕と接触し、真意を知りたい。 4.勝ち残る為には手段は選ばない。 [備考] ・ジョナサン・ジョースターがマスターであると知りました。 ・拠点は市ヶ谷・河田町方面です。 ・金田@喧嘩商売の悲鳴をDL販売し、ちょっとした小金持ちになりました。 ・セイバー(天子)の要石の一握を、新宿駅地下に埋め込みました。 ・佐藤クルセイダーズの構成人員は基本的に十兵衛が通う高校の学生。  高野照久@喧嘩商売、喧嘩稼業が所属させられていますが、原作ほどの格闘能力はありません。 【市ヶ谷・河田町方面/1日目 早朝8時】 【比那名居天子@東方Project】 [状態] 健康 [装備] なし [道具] スーパーの買い物袋、携帯電話 [所持金] 相当少ない [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を異変として楽しみ、解決する。 1.一旦家に帰ってからマスターと合流する。 2.自分の意思に従う。 [備考] ・拠点は市ヶ谷・河田町方面です。
「じゃあ、行ってくるから。手はず通りに頼むぜ。あとスーパー行くとかいって外には出ないようにな」 「はいはい。うっかり死なないようにね」 はいは一回、と心中で呟きながら、俺はあばら家を出る。鍵の束をポケットにねじ込み、庭に置いてる自転車を脇目に歩き始めた。 ここ<新宿>で俺に与えられた日常は、かって佐藤十兵衛という人間が過ごしたそれと似ているが、何処かが致命的に違うというもの。 学校はある。学友もいる。教師もいる。ケータイだって普通に使えるし、ネットも当たり前に繋がる。社会活動に不自由は一切感じない。 何故か俺と会わないように立ち回っていたが、先日ついに発見し佐藤十字軍(クルセイダーズ)高位聖職者という己の役職を再認識させてやった親友・高野くんもいる。その最愛のビクトリアもな。 俺の知る人物の皮を被ったNPCは俺に関する記憶を大幅に削減されていたが、元から深く心が繋がった連中というわけでもない。僅かな時間で、俺に心服あるいは屈服させる事は容易だった。 だが俺の家はなかった。当然妹の萌(もえ)もおらず、俺の頭が『自分の家がある』と認識している場所にはグレードがだいぶ落ちた一軒家が建っていた。 富田流の道場もなく、文さんもいなかった。こればかりは、正直こたえる。あんなおせちを作れてしまうようなオッサンでも、俺の中では大きな存在になっていたんだなって……。 「ってそんな事思わんわ! 喋り相手が減っただけだっちゅうの!」 気持ち悪う!(『喧嘩商売&喧嘩稼業』を読破し、たまに出てくる墨文字がフキダシ外に表示される漫画的表現を想像してください) 色々と環境が変わったとはいえやる事は同じだ。目的達成の為に頭を回し、実行手段として喧嘩を選ぶ。喧嘩には良心はいらず、貴卑の取捨も不要。 とはいえこの聖杯戦争、俺の視点からすれば『色々と』で片付けられるほど些細な変事ではない。 先ほど俺を見送ったセイバー……比那名居天子をおだてて聞き出した、サーヴァントや聖杯戦争に関する知識を思い返す。 新宿に来た時点で頭の中に基本的な知識が入ってくる感覚を覚えたが……あまりに突拍子もない内容で、同じく突拍子もない存在のセイバーに裏付けてもらう必要があったのだ。 どうもこの聖杯戦争、本来は魔法使いや魔法少女のような連中が行う闘争らしい。 事前知識もなくいきなり巻き込まれた俺のような奴が何人いるかはわからないが、基本的にはマスターたる者は魔術に類する神秘を学んでいるはず。 例えば化学を超越した現象の突発、例えば効能が実在する呪術、例えば異形の怪物の使役。その他、思いもよらぬ術を使う相手もいるだろう。 俺の喧嘩相手にも、流石に脇からビームを出すような敵はいなかった。 戦闘において俺にはその手の神秘に対する心構えが出来ていない。早急にマスター達の戦力がどの程度のもので、俺をどれだけ上回っているのかを把握する必要があるだろう。 ポケットの中の鍵の一つに意識が移る。昨夜、この不思議な鍵を通して告げられた本戦開始の通知は、全てのマスターに届いている事だろう。 目の前の往来に広がる通勤通学途中の人間の中にも、俺と同じように息を潜めて獲物を狙うマスターが存在するかもしれないのだ。 「簡単に尻尾を出してくれる馬鹿が多けりゃいいんだが」 連日ニュースで報道され、開始直後に討伐令を出されるほど派手に動き回る者ばかりでもないだろう。 二組の愚か者たちがやらかした凶事に共通するのは、NPC100人以上の殺害。 各マスターが魂食いをやらなければならない状況に陥ったとしても、これを目安に極力行為を抑えるはずだ。 もっともサーヴァントは埒外の存在。自分の存在維持が危うくなればマスターの抑えが利かなくなることも十分にありうる。 遠坂凛とセリュー・ユビキタスの擁するサーヴァントは特に制御が難しいであろうバーサーカー。暴走の原因も大方想像はつく。 「持ち馬の手綱の握り方にも気を遣わなきゃならんが、相手の馬と鉢合わせたらどうにもならないってのがな……」 実はこの俺、サーヴァントという存在がどの程度頼りになるのか試した経験があった。 セイバーに「一日実体化してていいから、隙が出来たときに攻撃してみていい?」と提案したら自信満々で快諾してきたので、寝ている時に忍び寄って金剛を打ち込んでみたのだ。 打ち込んだ瞬間、巨岩……それも金剛石の感触を"金剛"を放った俺の拳の方が感じた。冷や汗をかく俺にセイバーは片目を開け、「もう、寝てる時はやめてよ。次は怒るわよ」とだけ告げて二度寝。 対人間の技術では、文字通り蚊に刺されたほどにもダメージを受けない怪物。マスターの数がわからない以上、こんな化け物が新宿にどれだけ潜んでいるかもわからないのだ。 金剛が効かない事に、自信の喪失すら起きない程の絶対的な差。俺は聖杯戦争において、戦略が意味を成さないことを即座に理解した。 全ての主従を撃破し、聖杯を手にする必勝戦略を構築したとしても、サーヴァントの持つ突出した多様な力はその戦略を飴細工のように粉砕するだろう。まさしく神話の英雄や怪物のように。 一戦に勝利する為の戦術が役に立たないとは思わないが、長期的な視点に拘る事はかえって敗北を招く予感がある。 「ま、ビビってても何にもならんわな。……おっ、いたいたスライムベス」 定刻通りにいつもの横断歩道で信号待ちをしている赤シャツのヤクザを発見し、背後に忍び寄る。 ヤクザが振り向く前に、背中にセイバーから預かった二つの小岩の片方を突きつけて囁く。 「振り返ったら殺す」 「!? その声……テメー、妻夫木聡似の……」 「今は向井理と名乗っている」 赤シャツが硬直し、俺の一挙一動に集中する。向かい合うよりこの体勢の方が、情報を引き出すには都合がいい。 室内に踏み込む前に俺とセイバーの会話を盗み聞く抜け目なさを持ち、その他愛ない会話の内容も覚えているこの赤シャツ、やはり俺が襲撃した事務所にいた連中のブレイン役のようだ。 佐藤クルセイダーズを動員し、こいつと他2名ほどに絞って素行調査を進めさせたのは正解だったか。 赤シャツが硬直し、俺の一挙一動に集中する。向かい合うよりこの体勢の方が、情報を引き出すには都合がいい。 室内に踏み込む前に俺とセイバーの会話を盗み聞く抜け目なさを持ち、その他愛ない会話の内容も覚えているこの赤シャツ、やはり俺が襲撃した事務所にいた連中のブレイン役のようだ。 佐藤クルセイダーズを動員し、こいつと他2名ほどに絞って素行調査を進めさせたのは正解だったか。 「お前ら、筋モンにあんな真似してタダで済むと」 「そういう定型文はいいから。もう聞き慣れてるから。今日はちょっと聞きたいことがあってお邪魔しました」 「何を聞きたいか知らねーが脅されたくらいで答えるとでも……」 「そんな事言っていいんですかな? 倒れているあなたたちを見かねて救急車を呼んであげたのはこの向井理なんですよ」 倒したのもテメーだろ、と言いたそうな気配が伝わってくるが、続く俺の声を聞いて赤シャツはその言葉を飲み込んだ。 「襲撃の際に暴漢に組員全ての携帯を盗み見られ、全員の家族構成や交友関係を抜かれたかもしれないというのに大した自信だな」 「……ま、まさか」 「今日は俺の相棒である胸板だけ成宮くんにそっくりなダークナイトちゃんはここにはいない。誰のそばにいると思う?」 「良子に手を出す気か……」 良子というのが誰かは知らないが、勝手に勘違いしてくれたようで何よりだ。 俺は信号が変わったのを確認し、「歩けよ」と促して横断歩道をゆっくりと渡りながら情報を引き出す。 赤シャツは俺の望む情報を持っていた。とある事件の噂の真偽と、事件が起きた場所の情報だ。 都合のいい事に、セイバーからの"おつかい"の帰りに寄れる位置にある。 俺はスライムベスを解放し、振り向く事が出来ず歩いていく雑魚モンスターが視界から消えるのを確認して目的地へと向かった。 ◇ "おつかい"を終えた俺は、先ほど得た情報を頼りに一棟のビルに辿り着いた。 <新宿>にまことしやかに流れるゴシップの一つ、『メイドがヤクザを壊滅させた』という噂の出所がここだと知る人間はそう多くないだろう。 赤シャツの情報が正しければ、その噂は大筋で真実。同系列の組連中の必死の隠蔽も虚しく拡散されたが、なんとか噂で止められた、という話だ。 たった一人に事務所に乗り込まれて組員皆殺しとなれば、面子以前に親組織の面目さえ立たない。警察はもちろん、商売敵にも内密に処理する必要があったのだろう。 赤シャツからスリ盗った金バッジをビルの管理人に見せ付けて入れてもらった事務所は完全に清掃されていたし、清掃の際にも下手人の身元特定に繋がるような物証は見つからなかったらしい。 実際に現場に入った赤シャツの話では、その虐殺ぶりは人間業とは思えなかったとの事だ。唯一の手がかりとなるのは監視カメラの映像。 残念ながら事務所内には設置されていなかったが、エントランスのカメラがメイド服を着た女と飾り気のない服装の少年の姿を捉えていた。 管理人室でその映像を見ながら、その容姿と挙動を記憶する中、ふと疑問が浮かんだ。 「……ねえおじさん、このホールのカメラってこれ映したときと今で何か変わりある? 映してる場所から見えないように隠してたかって質問だけど」 「いえいえ! 何もいじっちゃいません、取り付けてからずっと、カメラはむき出しのままです」 「ま、予想的中か」 俺の言葉の意味が分からず困惑する管理人をよそに、俺は映像を再生し続ける。 女の視線が、カメラを射抜き……そのまま歩き去る。監視に気付いていながら放置しているのだ。 ヤクザの溜まり場を襲撃して武器を奪っておきながら、あえて映像を残していく。つまり、身元が割れる心配をハナからしていない。 圧倒的な戦闘力と合わせて考えれば、間違いなく外からこの<新宿>に足を踏み入れたマスターとそのサーヴァントと見ていいだろう。 さらに言えば……と、俺の思考が止まる。ケータイが甲高いソプラノの悲鳴を上げた。かって打ち負かした柔道家、金田保の絶叫というイカした着メロだ。 「あっ、若衆さんもそれDL購買したんですね。ネットで流行ってるやつ」 「流行には敏感でね」 管理人が反応したように、金田の悲鳴は某サイトで着メロとして好評発売中。俺の為の軍資金稼ぎとして役立っている。 これが相当数売れる事が、この街が少しずつ暗い雰囲気になってきているひとつの証明と言えるのかも知れないな。 着信相手を確認すると、まさにこの着メロの販売サイトの運営を任せている佐藤十字軍の男からだった。 彼には俺がビルに入った後の周辺の監視を任せていた。回線を繋ぎ、報告を無言で聞いて「ご苦労」と労い立ち上がる。 「うちの組系統の人間以外で、嗅ぎつけてここまで来た奴っていたかな?」 「はい、外国人の男が一人、つい昨日。追い返しましたけどね」 「多分同じ奴だと思うんだけど、そいつが外に来てるってさ。俺が追い払うから、おじさんは仕事に戻ってね」 返事を待たず、部屋を出る。懐から小岩を取り出して握り締め、一応カメラに映らないように考慮しながら、エントランスから外に出た。 自動ドアが開いて外に一歩踏み出してすぐ、来訪者の姿は発見できた。 俺から見てもとんでもなくガタイのいい、屈強な男。喧嘩も強そうだ。マスターとしての目で見れば、サーヴァントでないことだけは分かる。アサシンといった様子でもない。 表情と服の下に隠れた筋肉の緊張具合から即刻の交戦意思がない事を察し、臆せず歩み寄ってくる俺を、男は驚いたように見つめていた。だが隙はない。 「魔術師って感じじゃねえな」 「君は……」 「現代格闘富田流。セイバーのマスター、佐藤十兵衛だ」 躊躇なく名乗った俺に、男の驚きの表情が更に深まる。まだ、決定的な隙は生まれない。半端な修羅場をくぐってきた奴ではないらしい。 ポケットに突っ込んだ両手を握りこみ、いかなる事態にも即応する為、『無極』による自己暗示で外面には出ない部分を研ぎ澄ます。 だが男は豹変して牙を剥くこともなく、朗らかな笑顔を浮かべて名乗り返してきた。同時に、空間が歪んで二人目の男が姿を現す。 「僕はジョナサン・ジョースター! 彼はアーチャーのサーヴァント、ジ……」 「マスター、真名は隠さないとダメだ。出会ったばかりの敵マスターには特にな」 「日本語上手いな……しかしアンタ、サーヴァントを連れ歩いてるのかよ」 霊体化させても、優れたマスターならば発見しそのサーヴァントのマスターを特定できるかもしれないと危惧して一人でここまで来たが、流石に無用心だったか。 一応の緊急避難策はあるが、相手がサーヴァントでは殆ど役には立たない。今後は慎もう、と心に決め、俺はジョナサンに話しかけた。 「戦いに来たってわけじゃなさそうだけど、聖杯戦争の参加者同士だ。聖杯を求めて殺し合うってんならこっちもサーヴァントを呼ぶが……」 「安心してくれていい。僕には聖杯を求めるつもりは一切ないからね。ここには、別の用事があって来たんだ」 「んん? 聖杯欲しくないのに聖杯戦争に参加してるの? なんで?」 「参加したのは偶然だよ。僕はこの聖杯戦争を止めたいと思っている」 「キリストの血を受けた杯が、教圏でもない場所に出現して敬虔な教徒でもない人間を相争わせ、勝ち残ればなんでも願いを叶えると言い出す。どう考えても信用に足らないと思わないか。  聖杯の力は本物だとしても、その力を発揮する為の手段にしても、本当に持ち手の為に力を発揮するのかどうかも、はっきり言って疑わしい」 ……予想はしていたが、"志願して参加している人間"ばかりでない以上、願いがないマスターもいるのか。 俺にしたって、負けるのは絶対に嫌だが欲しくもないニンジンを餌に走らされるのは面白くない。 ジョナサンは感情で、そのサーヴァントは理屈で、この聖杯戦争を頭から否定しようとしている。 俺達を呼び寄せた存在の詳細さえ明確になれば、他のサーヴァントを全て打倒して聖杯に至るよりはむしろ現実的で理性的な考えといえるだろう。だが……。 「今、このビルの中で他のマスターとサーヴァントが映った録画を見てきた。ヤクザを皆殺しにしたふざけた服装の女と、俺とそう変わらない歳の男だ」 「……僕たちも、その噂の真偽を確かめにここに来た。十兵衛君はよくあの管理人さんから聞き出せたね」 「まあ、ちょっとしたコネでね。で、聖杯を獲るためなら魂喰いもやるような奴が、最低三人はいると分かったわけだ。願い事が叶うと言われりゃ、すがる奴はもっと大勢いるだろう」 「そうだろうな。それで?」 「それでってアーチさん。言わなくても分かるでしょ……俺だってアンタらが本気で聖杯戦争止めたい!言ってるのは分かるけどさ、そういう連中は納得しないだろってこと。  そいつらはどうするの? 言う事聞かない奴はドンドンぶっ倒していくってんなら、結局聖杯戦争やってる事にならないのかな?」 「大丈夫! 願いは結局、自分の力で叶えないと叶ったことにはならない。万能の願望器を獲得する為だけに手段を選ばず努力するという事は、願いを自分の手で叶える事への諦め……いや冒涜だ。  そうやって叶えられた願いは、必ず本人を不幸にする。それを分かってもらうまで、僕は夢や祈りを持つ人たちに何度でも語りかけるよ。一人の男として、その為の労を怠るつもりはない!」 こいつ……マジモンじゃねーか……。正直憧れるほどカッコよくはあるが、実際に目の前にいると非常に扱いに困るタイプの人間だな。 ジョナサンさんにはジョナサンさんなりに、こういう言葉をスッと吐けるに至るまでの悟りや経験があったんだろうが、正論をぶつけられれば、歪んだ人間はよりその歪みを増す。 諭された人間の大半はジョナサンの真意を理解しようとせず怒り狂い、その怒りを周囲にぶつけるだろう。傍にいて愉快な事になる人間とは思えんな。 俺はなるべく彼と深く関わることを避ける事を避けるべく、「管理人さんに映像を見せてもらえるようお繋ぎしましょうか?」と敬語で提案する。 「いや……その必要はなさそうだ」 「ん? うおっ」 空中で、何かが弾ける音。音を立てた物が何なのか認識して、生理的嫌悪感が湧き上がる。 一つは銃弾。地面にめり込み、アスファルトを砕いて砂煙を上げる。そして空中で銃弾の軌道を変えたのは……爪。 もう一つは誇張なしに、人間の爪だった。発砲音がしなかった事から、消音器を付けた銃から撃ち出されたであろう凶弾に"自分で"反応できたのはこの場において一人だけ。 アーチャーのサーヴァントを見れば、左手薬指の爪が剥がれていた。恐らくは、サーヴァントとしての能力だろうな。 銃弾を撃った人間が狙ったのは、どうやらジョナサンだったらしい。アーチャーの視線をなぞり、襲撃者の姿を探す。 見つけた。"普通"の格好をしていたので一瞬気付くのが遅れたが、ヤクザ事務所が入っていたビルの向かいの建物の3階……マンションの一室のベランダから銃を突き出す女は、間違いなくあのメイド。 狙撃の失敗を気にする事なく不適に嗤いながら、一息に飛び降りる。空中で不自然に減速し、着地と同時に背後に少年……サーヴァントを実体化させて。 「50m圏内にサーヴァントがいるのは分かっていたが、マスターの方から姿を現してくれるとはな」 「やっぱり張ってたか……わざわざメイド服着てカメラに映って、噂も自分で流してマスター釣りってとこかな?」 「彼女がそうか。十兵衛君、サーヴァントを呼ぶか、逃げるかした方がいい」 「はいはいっと。じゃあ逃げさせてもらおうかな」 『金剛』を撃つべく握り締めていた右手を開き、ポケットから抜く。同時に小岩を握る左手も抜いて宙に掲げ、意識を集中させた。 次の瞬間、未体験の感覚が体に走る。高所から飛び降りた時の逆、言わば浮遊感か。同時に視界も、地上が急激に離れていくという生身の人間には一生視れないものへと広がっていく。 唖然とするジョナサン達を見下す俺を、力場を纏った小岩が上へ上へ運ぶ。やがてビルの屋上、さらにその上空へ達した所で、体を振って小岩を放す。 かなり危うかったが、なんとかフェンスを掴んで屋上に辿りつくことが出来た。流石に足の震えを自覚しながらも携帯を取り出し、通話履歴を遡る。 「さて、どうなることやら……」 コール音を聞きながら、俺は眼下を注視した。 ◇ 「凄いな……吸血鬼だってあんなには跳べないぞ」 「あのマスターが魔力を発した感じはなかった。彼のサーヴァントの恩恵だろうね。それよりこっちだ、マスター」 感嘆するジョナサンに注意を促して、アーチャー……『ジョニィ・ジョースター』は敵対者を睨みつけた。 同じように舞い上がる十兵衛を見上げていた女も、銃を仕舞ってバーサーカーを一歩前に出させる。 相対した状態では、魔力を帯びない銃弾などサーヴァントに対しては無力。 マスターを狙おうとする僅かな隙でさえ、サーヴァントに突かれれば即座に死が待っている。 臨戦態勢に入った女の名は『ロベルタ』。人間として限界値に達したと言っても過言ではない軍事技術を持つ猟犬であり、聖杯に連なる神秘などとは無縁の存在。 しかしバーサーカーのサーヴァント『高槻涼』と共に、討伐令を出された二名に迫る量のNPCと交戦した経験から、ロベルタはサーヴァントの逸脱した力を十全に理解していた。 やり場のない憎悪を滾らせた瞳でジョナサンとアーチャーへの殺意を噴出させるその姿は、猟犬というより狂犬か。 一方のマスター、ジョナサンは従者の忠言にも関わらず、その視線をロベルタたちに向けていない。ビルの屋上から、ロベルタが飛び降りてきたマンションの一室を注視している。 「ジャバウォック。殺しなさい、過分な程に」 「マスター! 目の前の敵に……マスター?」 「君は、何故NPCを殺した?」 ビキビキと体格を変貌させて怪物じみた姿に変わっていくバーサーカーを恐れる事もなく、ジョナサンは静かに問いかけた。 アーチャーが気付く。ロベルタがいた部屋からは死臭が漂い、ベランダには生新しい血痕が残されている。 問われたロベルタは鼻で笑う。どのNPCの事か、と。 「武器を奪う為。狙撃に適したポイントを確保する為。聖杯戦争に勝つ為に、羊も狐も狼も、殺す理由しかないわ」 「その殺戮は本当に必要だったのか? 他人を害せずに同じ成果を上げる事は出来た筈だ。聖杯戦争における闘争とは違って」 「必要かどうか、なんて考える必要こそない。私の道に転がっていたものを排除しただけ――――」 「そうか」 ロベルタの悪辣な嘲弄が止まる。理想論を振りかざす偽善者を哂わんとする表情が凍りつく。 初めてロベルタを見据えたジョナサンの顔には、甘さなど一片もなかった。 ジョナサンが件の噂とその出所を知ったのは、拠点とする新宿御苑で子供達と遊んでいたある日、少女の一人を迎えに来た母親が暗い顔をしていたのを気にして話しかけた時だった。 セリュー・ユビキタスと違い、ロベルタは魂喰いをやりすぎることには注意を払っていたが、殺したNPCの縁者を根絶やしにするほど徹底していなかった。 故に、"家を飛び出してヤクザの舎弟になった息子を心配して定期的に連絡を取っていた母親"が"息子と連絡が取れなくなり、他人に助けを求める"イベントの発生を防げなかった。 NPC……否、自分と関わりのない人間などいくら殺しても心は痛まない、という境地に達しているロベルタには、それが理解できない。 ジョナサンの、彼が闘争の人生において見てきた"他人を踏みつける事自体に快楽を覚える外道"への率直な殺意……宿敵からも「完全に甘さを捨てた」と言われたその"熱"を理解できない。 「君に言葉は通じない。君が擁し、殺戮に利用されるサーヴァントは傀儡。ならば僕は、君を殺そう。聖杯戦争も君の願いも関係なく、君が他人に流させる涙をこれ以上増やさない為に」 「―――ッ!! バーサーカーッ!!!」 ロベルタには、もはや余裕は微塵もない。殺戮者として"死"に深く接してきた彼女の直感は、己の死を明確に予感させていた。 ジャバウォック、と親しみを込めて己のサーヴァントの愛称を呼ぶことさえなく念話を走らせる。バーサーカーの行動は素早い。 ロベルタの体を掴み、眼にも止まらぬ速度で走り出す。人気のない陰闘に適した場所から、往来へ向けて走り出す。 聖杯戦争のセオリーに明らかに反した暴挙は、しかし決して暴走ではない。 「逃げたのか!?」 「いや、違うな。ここで戦えば負ける、と察して僕たちが全力を出せない場所に誘いこもうとしている。周囲にサーヴァントに触れただけで死ぬような人間が大勢いるところへね」 「ジョニィ! 力を貸してくれ!」 「ああ。行こう、ジョジョ」 即座に顕現させた宝具……『スローダンサー』に跨ったアーチャーはジョナサンを同乗させ、死してなお共にある愛馬を疾走させる。 アーチャーにとっても、ロベルタは救うべき、諭すべき迷い人ではない。己の道を過ったのみならず、その過ちを誇り正義と信じて疑わない者にかける慈悲はない。 聖杯を破壊するためでも、聖杯を求めるためでもなく対象に向けられる二つの殺意は、押並べて漆黒にして黄金。 ---- 【西新宿方面(京王プラザホテル周辺)/1日目 早朝8時】 【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態] 健康、激しい義憤 [令呪] 残り三画 [契約者の鍵] 有 [装備] 不明 [道具] 不明 [所持金] かなり少ない。 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。 2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。 3.外道に対しては2.の限りではない。 [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。 ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態] 左手薬指の爪喪失 [装備] 宝具『スローダンサー』展開中 [道具] なし [所持金] マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。 2.マスターと自分の意思に従う。 [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。 ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 【ロベルタ@BLACK LAGOON】 [状態] 健康 [令呪] 残り三画 [契約者の鍵] 有 [装備] 銃火器類多数(詳細不明) [道具] 不明 [所持金] かなり多い。 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を獲るために全マスターを殺害する。 1.ジョナサンを殺害する為の状況を整える。 2.勝ち残る為には手段は選ばない。 [備考] 特になし。 【バーサーカー(高槻涼)@ARMS】 [状態] 異形化 宝具『魔獣』発動(55%) [装備] なし [道具] なし [所持金] マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:狂化。 1.マスターに従う。 [備考] ・『魔獣』は100%発動で完全体化します。 ---- ◇ 「ん? 移動するのか?」 『ちょっと十兵衛聞いてる? これちゃんと声通じてるのかな? 私の電話の着信音変えてよ。趣味悪すぎ……』 俺の携帯からわざわざ移してやった着メロへの文句を言い出したセイバーからの苦情を聞き流しながら眼下を眺めていたが、状況が動いた。 かなりの速度で移動し始めたが、通勤通学ラッシュの時間は過ぎたとはいえ何故人気の多い方でドンパチやろうというのか。 ともあれここから視認できない場所で戦闘を始められては貴重な観戦のチャンスを逃す事になる、と俺はセイバーから預かった"小型の要石"を拾い、電話口に要請を飛ばす。 「わかったよ。お経みたいな感じの曲を探してやるから今日は我慢してくれ。それよりまた石の操縦頼むぜ。さっきは上昇しか出来なかったけど、電話で細かい指示しながらなら違うだろ」 『契約のパスが繋がってるのを利用して、要石を握るマスターからの信号を受けて適当に操作しただけだもの。こちらからは見えないんだから、それに頼ってるとどんな事故が起きるか分からないわよ』 「そりゃそうだ。うーん……仕方ない。霊体化して、こっちに来てくれよ。一回、サーヴァント戦は二人で見といた方がいいと思ってたしな」 『そうね。アーチャーとバーサーカーなんて相手にするにはちょっと物足りないけど、いい宝具や暴れっぷりを見るのはきっと楽しいわ』 聖杯戦争の本戦が始まった初日に、俺が一人で出歩いたのはこの要石を使った緊急避難が上手くいくか試すためでもあった。 情報を得てすぐ、罠がありそうなところに飛び込んだ勇み足も窮地に作用しなけりゃどうせ役に立たないと思っての賭け。 結果として、要石を遠隔操作して俺の護身や逃走に使うのは無理があると分かった。 さっきの狙撃の際も、俺が狙われていればこの要石は防壁として銃弾の前に飛び出すはずだったが、多分間に合わなかっただろう。 先ほどの場面を生き残れたのは運によるもの。この運に頼るようでは、喧嘩稼業は名乗れまい。 「俺らしくもなくちょっと焦っちゃったかな。ま、切り替えていこーか」 『すぐ行くから、ゆっくりしてなさい』 「ああ……ところでなんか、めっちゃ環境音聞こえるんだけど。家の中にいるんだよね?」 『……』 「ちょっと。ねえ、なんか"とっくとっくと~くとっくしまる"って聞こえるんだけど。遠ざかっていく感じなんだけど」 『それはそうでしょうね。降りて、家に買い物袋を持っていってる途中だから。置いたらすぐ行くからゆっくりしてなさい……あっ、とくしまるが走り出した。ふふん、面白い』 「新宿にもやってきた移動スーパーとくし丸に行ってんじゃねえか!!」 『愉快な音楽が聞こえてきたから窓から覗いたら……なんとスーパーまで出かけなくても買い物が出来る大権能が家の前を走っていたわ』 「走っていたわじゃなくて!! スーパーに行くなってとこじゃなくて外出するなってとこが大事なの!」 チッ、と舌打ちが聞こえた。このセイバー、不良天人と名乗るだけあって性格が非常に悪い。いや悪いというよりはタチが悪い。子供だ。一体何故この俺にこのサーヴァントが……。 チッチッと舌打ちを繰り返すセイバーに戦慄しながら、忘れていた"おつかい"の報告を思い出す。 このまま電話を切ってしまうと経験上、セイバーは約束は守って合流しに来るだろうがかなり不機嫌になっていて報告しても流れてしまう可能性が高い。 おつかいと言っても俺が気になって申し出た事だけに、セイバーの意識がそこから逸れてしまうのは避けたかった。 「まあ、たまにはいいよ」と小さく呟いて(ここで恩着せがましく許可を出すと、さらにこじれる)、「金ももっと渡しとこうかと思ってたし」(これはやや大きめに)と追撃して、セイバーが息を飲むのを確認。 畳み掛けるように、"おつかい"の報告を行った。 「預かった要石、1個だけ新宿駅に沈めてきたぜ」 『ああ、そういえばそんなことするって言ってたわね。どうだった? やっぱり邪魔、入ったかしら』 「今のところは、何の接触もない。俺の勘が外れたか、当たってても様子見されてるか。それとも関心すらないほどセイバーの能力を舐めてるかだな」 『……最後はないわね。十兵衛、言葉には気をつけなさい』 「俺だってセイバーの能力の凄さは信用してるさ。大天使ミカエルみてーなお人だもんな」 本心から、そう発言する。日本に住んでて、地震を甘く見るような奴は救いようのない楽観主義者くらいだ。 その地震を司る神様の手下となれば、比那名居天子を敬う事に微塵の疑問もない。俺個人が実際敬うかどうかは別として、だが。 ミカエルにしては若干胸囲が寂しいセイバーは俺の言葉が満更でもないらしく、「じゃあね」と言ってから電話を切った。 より詳しい返答は、サーヴァント戦を見終わってから一緒に新宿駅に寄れば期待できるだろう。 「あのサーヴァントの言う通り、聖杯戦争をやれと言われて聖杯戦争だけやるのは馬鹿らしいからな」 負けるのは絶対に嫌だが、欲しくもないニンジンを餌に走らされるのは面白くない。 聖杯戦争から生還するにあたって、知らなければならない事は何か? 己が使い魔との最善の関係構築法? 強敵に勝つ為のサーヴァント戦の骨子? 聖杯と呼ばれる物が具体的に何なのか、その正体? 俺の答えは、それら全てに○をつける、だ。その上で、もう一つ付け加えよう。 「黒幕の思惑」 最初からそれが示されている陰陽トーナメントやアンダー・グラウンドとはワケが違う、姿も声も見せない相手の真意を探る。 その為に俺が注目したのが、この新宿という偽りの街。何故、現実の新宿ではいけなかったのか。 わざわざ街の住民をNPCとして作り出し、個々の意思を持たせて活動させる必要がどこにあったのか? 疑問に思った俺は、この新宿を方々歩き回って調べ、俺が知る現実の世界に存在しない要素を探した。 現実になく、偽りの新宿にだけある物を探せば、聖杯戦争を"ここ"で行う理趣も読めるのではないか、との期待を込めた放浪。 見つけたものは多くある。だがその中で最も大きかったのは―――歴史。 「"魔震"。過ぎた事、みてーに謂れているが……こんな震災は、この<新宿>にしかないはずだ」 隠しようにも隠し切れない、未だ傷痕を残す大災害。 このフィールドがそれによって壊滅的被害を受け、復興の目処すら立たない魔界だったのならば、この歴史設定にも意味があるだろう。 聖杯戦争は今よりもっと単純で、人目を気にすることすらない激戦が毎朝毎夜繰り広げられる真の意味での"戦争"となっていたはずだ。 だが、ここ<新宿>は人目では現実の新宿と変わらないほどに復興している。現実と同じように誂えた世界で、"なかった事にした"要素を何故盛り込んだのか。 「聖杯が顕現する、という現実離れした要素を誘発するため。復興させて取繕ったのは"現実離れしすぎないようにするため"だ」 ならば、セイバーの……大地を操る程度の能力で、その隠蔽に―――"魔震"の震源地である新宿駅の地下に―――介入しようとすればどうなるか。 間違いなく、黒幕は姿を現す。明確に禁則としていない以上、建前の罰則ではなく本音の接触をせん、と。 どのような形であれ、その過程を経なければ俺は掌の上で踊らされるだけ。そんな事なら死んだ方がマシ、とまでは決して言わんが……。 「頭を抑えつけられるのだけは、どうにも我慢がならん」 せめて抑える相手の顔は知りたいもんだ、と一人ごち、俺はビルの非常階段を降りはじめた。 ---- 【西新宿方面(京王プラザホテル周辺 ビル非常階段)/1日目 早朝8時】 【佐藤十兵衛@喧嘩商売、喧嘩稼業】 [状態] 健康 [令呪] 残り三画 [契約者の鍵] 有 [装備] 不明 [道具] 要石(小)、佐藤クルセイダーズ(10/10) [所持金] 極めて多い [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争から生還する。勝利した場合はGoogle買収。 1.セイバーと合流する。 2.アーチャー(ジョニィ)とバーサーカー(涼)のサーヴァント戦を見学。 3.聖杯戦争の黒幕と接触し、真意を知りたい。 4.勝ち残る為には手段は選ばない。 [備考] ・ジョナサン・ジョースターがマスターであると知りました。 ・拠点は市ヶ谷・河田町方面です。 ・金田@喧嘩商売の悲鳴をDL販売し、ちょっとした小金持ちになりました。 ・セイバー(天子)の要石の一握を、新宿駅地下に埋め込みました。 ・佐藤クルセイダーズの構成人員は基本的に十兵衛が通う高校の学生。  高野照久@喧嘩商売、喧嘩稼業が所属させられていますが、原作ほどの格闘能力はありません。 【市ヶ谷・河田町方面/1日目 早朝8時】 【比那名居天子@東方Project】 [状態] 健康 [装備] なし [道具] スーパーの買い物袋、携帯電話 [所持金] 相当少ない [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を異変として楽しみ、解決する。 1.一旦家に帰ってからマスターと合流する。 2.自分の意思に従う。 [備考] ・拠点は市ヶ谷・河田町方面です。 **時系列順 Back:[[DoomsDay]] Next:[[征服-ハンティング-]] **投下順 Back:[[“黒”と『白』]] Next:[[Turbulence]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:佐藤十兵衛|16:[[カスに向かって撃て]]| |~|CENTER:セイバー(比那名居天子)|~| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:ジョナサン・ジョースター|16:[[カスに向かって撃て]]| |~|CENTER:アーチャー(ジョニィ・ジョースター)|~| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:ロベルタ|16:[[カスに向かって撃て]]| |~|CENTER:バーサーカー(高槻涼)|~| ----

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