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SPIRAL NEMESIS」(2016/05/30 (月) 18:51:07) の最新版変更点

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「アレックスってさぁ」  納豆をかき混ぜながら北上は、テーブルの真向いに座り、目玉焼きに醤油をふりかけている、自らが引き当てたサーヴァントに次の様な言葉を投げ掛けた。 「戦闘得意な方だったりする?」  言葉を聞いて、アレックスは醤油さしを戻し、うーんと考え込み始める。 半熟の黄味の部分と、よく焼けた白身の部分に、これでもかと言う程醤油がぶっかけられていた。長生きは出来そうにない塩分量である。 「勇者だからな。それなりにはこなせる。ただまあ、過度な期待はしないで欲しい。痛いの嫌だしな」 「え~、戦うの嫌って事? 男らしくないぞアレックス~」 「馬鹿言え、平和主義者って言ってくれ。勇者も勧善懲悪じゃもうウケないんだよ」 「勇者にもそんな潮流あるんだ……」 「流行り廃りには敏感何でね」  何と言うべきか、御伽噺の中で、ドラゴンや悪の魔王を倒し、麗しい姫を助けて云々、と言うステロタイプな勇者のイメージが崩れて行くのを北上は感じる。 尤も、マスターのパソコンでエロゲーをtorrentで違法ダウンロードし、日がな一日動画サイトで暇つぶしているアレックスと生活していた時点で、勇者のイメージなど完全に形骸化しているのであるが。  勇者、と言う肩書の通り、アレックスのステータスは、バランスよく纏まっている。 どうしようもない程低いと言う訳でもないし、スキルも悪い物は見た所ない。勇者の面目躍如と言った所であろう。 後はどれだけ、アレックスが戦えるかと言う事であった。率直に言えば北上は、アレックスの練度を知りたかった。 基礎的な身体能力――艦娘風に言わせればスペックか――だけで、戦闘の勝敗は決まらない。此処から、潜り抜けて来た場数の数や経験値、 習得しているした技能や、装備等を総合的に判断する必要があるのだ。このアレックスと言うサーヴァントは未だに、そう言った底を見せない。 未だにサーヴァント同士の戦闘にこの主従が直面した事がないと言う事もそうであるが、彼の口からどれ程荒事に長けているのか、と言う事が語られた事はない。 故に北上は、この辺りで白黒ハッキリ着けておきたかった。どれだけ自分の馬が、デキる存在なのかを。 「他の奴らがどれだけ出来るのかが解らないのがな。いや、俺が最強だとは思いたいが」  アレックスの実力が不透明なのは、結局はこれに終始すると言っても良い ステータスを強さの物差しにするには、彼の強さは平均値で、宝具の方も極端に戦闘に特化しているとは言い難い。 まるで霞か霧の様な強さのサーヴァントであった。彼の強さを推し量る、濃くてハッキリとしたラインが、今の北上には欲しい。 それがサーヴァントとの戦い、なのではあるが、それは余り望むべくものでない。北上は魔力の総量に関して言えば、落第点も良い所のマスターだ。 今はアレックスが常時、自らの宝具によりクラスを『モデルマン』から『アーチャー』のそれにし、単独行動スキルを取得している状態だからこそ、 常時の魔力消費を抑える事に成功しているが、激しい戦闘になれば魔力の枯渇と言う問題は顕在化して来る事であろう。 最小の交戦回数で、最良の結果(聖杯)を。これがモアベターである事は、北上もアレックスも理解はしているが、そう簡単には行くまい。 何せ<新宿>は狭い。この総面積で、最後の二組になるまで誰とも敵性存在に遭遇せずに向える事を想定する等、全く甘っちょろいと言わざるを得ない。 マスターが何故強いサーヴァントを求めるのかと言えば、こう言った事態に対する保険的な意味合いが強い。 もしも戦闘状態に陥ったら? と言う局面を想定するからこそ、誰もが強いサーヴァントを望むのである。 「て言うか、何でやぶからぼうにそんな事聞いて来たんだ? 今まで俺と戦闘についての打ち合わせ何て、積極的にやらなかったのによ」  と、聞いて来るアレックスに対し、納豆をかけた白米を咀嚼し終えてから、北上は口を開く。 「ほら、件のさ、討伐令」 「あぁ。……乗るのかよ? まさか」 「うん」  迷う素振りも見せず即答する北上に、アレックスは重苦しい溜息を吐き出した。 如何もこのサーヴァントは、北上と言うマスターをか弱い少女のマスターだと認識しているフシが見られるのであるが、そもそも彼女は本質的には艦娘。 通常人類とは本質を異にする存在であり、かつ今の北上は、艤装を持ち込む事に成功しているのだ。 つまり彼女は、戦う事に対するプライオリティが高い存在である事を意味し、目的の達成の為ならば戦闘も已む無しなのである。  深夜十二時の段階から既に、二人は聖杯戦争の開催に気づいていた。 と言うのも、深夜までアレックスは起きているから、契約者の鍵の異変には気付きやすいのである。 鍵が放つ光に気づき、それの報告の為にアレックスに起こされた北上は、鍵から投影されるホログラムで、基本的な情報を知る。 即ち、聖杯戦争の開催と、二組の主従の討伐令だ。どうやら本格的に戦端が開かれるよりも早く、『やらかしてしまった』主従が二組もいるらしい。 と言っても、その内一組については、テレビや新聞、ネット環境の整った所に身を置いているのならば、知らない者などいないと言う程の有名人である。 当然北上達もその存在を知っていた。即ち、遠坂凛とバーサーカーのチームの事であるが、彼らについては北上もアレックスも、 まぁ聖杯戦争の参加者なのだろうなと言う事は、ナシを付けることが出来ていた。もう一方の方、セリューらの組については、解らない事が多すぎるが。  基本的に北上は魔力に優れないマスターの為に、サーヴァントを動かし続けるのには限度がある。 だからこそ他の面で優位に立とうとした。つまり、令呪の数である。この討伐令の遂行の暁には、令呪が一画、主催者から贈呈される事になっている。 無論の事、その主催者自体がそもそも信用出来ないと言う事もあるが、流石にこの内容については嘘はあるまい。 此処は、その討伐令に乗る事とした。令呪は、ないよりはあった方が絶対に良いのは明らかな事柄であるのだから。  焼けた目玉焼きを食べ終え、椀に盛られた白米をアレックスが平らげる。 「ごっそーさん」と言いながら、食器を台所まで彼は持って行く。「はいはい、お粗末様」とやる気のない返事を北上は返す。 アレックスに此処までさせるのには苦労した。何せ食べたら食べっぱなしの状態である。とことん、世間常識のなってない勇者様であった。  食器を水洗いする音を聞きながら、北上は食事を続ける。 時刻は七時。聖杯戦争も始まった事であるし、外に出向くか、それとも籠城に徹するか。考えていた、その時であった。 凄まじい勢いで窓際まで走って行くアレックス。カーテンを開け、外を見下ろしている。此処は六階である、全景を見渡すにはもってこいの高さであった。 「水流したままだよー、アレックス」  シャッ、とカーテンを閉め、北上の方にアレックスは向き直る。かつてない程の神妙な顔付きで、彼はゆっくりと口を開いた。 「サーヴァント」 「……把握」  <新宿>は、本当に狭い街であると言う事を北上は実感させられた。 聖杯戦争が開催されてから、七時間弱。初戦の火蓋が今まさに切られたと言う現実を、北上は認識させられるのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  聖杯戦争に参戦している主従の思惑と言うのは、四つに大別された大枠(テンプレート)でラベル分けする事が出来る。 一つに、聖杯だけを狙う者。一つに、超常存在であるサーヴァントの力で自らの享楽を満たす者。一つに、主催者に対する義憤を抱く者。一つに、前三つのどれでもない者。  その主従は、四つの大枠の内一つ、主催者に対抗しようとする勢力の一人であった。 しかしその主従のマスターは、一言で言えば例外中の例外と言っても良い存在でもあった。 主催者に刃向おうとする主従は、確かに存在しよう。しかし、その主催者が一体何者で、何を目的としているのか。初めから理解している者は、極めて稀である。  マーガレットと言う名前を戴いたその麗女は、<新宿>の聖杯戦争を管理・運営する人物の姉に当たる女性だった。 この街を、――マーガレットの引き当てたアサシンが口にする言葉を使うのなら――魔界都市にしようと目論むその人物の名は、『エリザベス』。 マーガレットと同じ、ベルベットルームの住人であり、同じく力を管理する者の一人である。  「世界の果てに、自らを封印のくびきに投じた、一人の少年の魂が眠っている。命の輝きを見失った人々が世界を自滅へ誘うのを、その魂は身を挺して防いでいる」 ……そんな少年を救いに行くのだと、あの愚妹がマーガレットに告げ、ベルベットルームを去って行ったのは、何時の事だっただろうか。 マーガレットは、御伽噺の類だと思っていた。だが去り際に、彼女にそんな事を告白した妹の顔も声音も、真剣そのものだった。 後に主であるイゴールから、その御伽噺の真否を問うてみた所、「彼は最高の御客人であった」と答えるだけであった。 その様な存在が、嘗て世界に存在し、そしてエリザベスと絆を結んだと言う事をその時初めてマーガレットは知った。 そしてその時に初めて、エリザベスが最後に告げたあの言葉に込められた決意の意味を知った。  ……だからこそ、姉には悲しいのだ。こんな方法で、その少年を救おうとする奇跡を成そうとすると言う事が。 マーガレットは、妹を止めに来た。聖杯を、この世界に現出させてはならない。妹は、止めねばならない。 エリザベスが、契約者の鍵……客人をベルベットルームに招く為の文字通りの鍵であり、ベルベットルームの住人であれば当然所有しているこの鍵を、 <新宿>に招く為のアイテムに設定した理由は、何故か? マーガレットは、本当は聖杯戦争が間違っているのだと言う事を、 エリザベスも心の底では理解しているのだと解釈していた。本当は、止めて欲しいのかも知れない。 自らの考えが間違っているのだと言う事を教えてくれる誰かを、此処に招きたかったのかも知れない。それに選ばれた存在こそが……自分なのではないか、と。  ならば、期待通りにその思いを挫く。マーガレットも決意した。 仮に自分の推理が思い違いだとしても問題はない。そもそも自分はエリザベスを止める為に来たのである。 彼女の計画を破壊すると言う当初の目的には、何の揺らぎも無い。彼女の所まで向かい、彼女を完膚なきまで叩きのめすだけであった。  しかし、事はそう簡単には行かなかった。 エリザベスが見つからないと言うのもある、彼女が引き当てであろうサーヴァントの問題もある。 だが一番の『内憂』は――マーガレット自身が引き当てたサーヴァントにあった。 「どうしたのかなマスター。聖杯戦争も始まったのだ、我々も出向くべきではないのか?」  内憂、と言うからには当然、仲間や部下に問題があると言う事である。これは、敵などの外的要因が問題になる事よりも、よっぽどタチが悪かった。 しかも聖杯戦争において、事もあろうに手札であるサーヴァントが最大の問題になると言う事は、致命的なハンディキャップ以外の何物でもない。  マーガレットのサーヴァントである、アサシン・浪蘭幻十は実力だけで言うならば、間違いなく非常に強い部類のサーヴァントだった。 天使の美貌と怪魔の邪悪さを兼ね備えた、悪魔学が説く所の魔王・ベリアルの様な男。分子レベルの細やかさのチタン妖糸を操り敵を切り裂く魔王。 聖杯戦争の主催者に制裁を与えんと燃える魔人。  率直に言えばマーガレットは、この男に対して強い嫌悪感を覚えていた。 美の体現者足らんとする容姿の内部で燻る、頗る邪悪なその魂。何故、このような者が自分のサーヴァントなのかと悩む事も多々あった。 実力だけあれば、良いと言う訳ではない。限度がある。この男は必要以上に人を殺す。無用な殺生を招く。だからこそ、気に食わない。 今でも、令呪で自殺を敢行させたいと言うその気持ちに嘘はない。だが今は、その局面ではない。遺憾と言う他ないが、今はこのサーヴァントの力が必要なのだ。 この<新宿>に集った参加者の全てが、主催に対してその手袋を投げつけるような者ばかりではない。寧ろ殆どの場合、聖杯の奇跡を求める者の方が多いと見るべきだ。 そう言った者達への対策の為に、サーヴァントはどうしても必要になる。こんな男でも、今は生きていなければならないのだ。 それに、強い怒りを覚える。何故自分には、このような外面だけが美しい男を宛がわれたのか、運命を呪った事も一度や二度では済まされないのだ。 「外に出たいのは山々よ。私だって、こんな場所を根城にするのはいやだもの」  周りを見回すマーガレット。 この主従には、定住するべき拠点がない。いわばホームレスと言うべきか。その為彼らは、目立たない下水道を拠点にしているのだ。 片や同じ女性ですら嫉妬の念すら消え失せてしまいそうな美貌の女性。片や天界に満ちる香気と神韻でつくったとしか思えない美貌の男性。 汚水の流れる下水道に住むにはこれ以上相応しくない者があろうかと言う二人であるが、仕方がない事であった。 幻十を外に出す危険性を鑑みれば、それ位の忍耐は、マーガレットには必要なのであるから。 「既に聖杯戦争は始まり、我々が此処にいる間、外は大きく状況も動いているらしい。その流れに乗り遅れたくはないね、僕は」  契約者の鍵経由で、外で起っている事を知ったのは今日の事。 聖杯戦争の開始と同じ程に重要なのが、遠坂凛と言う少女と、セリュー・ユビキタスと言う女性の主従が行った大量殺人についての事柄だ。 マーガレットに限らず、ベルベットルームの住人と言うものは外界の情報に非常に疎い。外の世界が浮足立っている事は察知出来たが、その内容までは解らなかった。 外では世界規模で有名な事件にまで発展している、遠坂凛のサーヴァントが引き起こした大量殺人についても、知ったのはつい先ほどの事だったのだ。  情報面では完全に後手に回っていると見て間違いない。状況が動くのが早すぎる。癪な話であるが、幻十の言っている事は強ち間違ってはいない。 幻十の欲求である大量殺戮と、せつらと呼ばれる男との決着に対する欲求も同時に満たせてしまうが、何時までも下水道には籠っていられない。 マーガレットは一番近くにあったハシゴを昇って行き、外界に出ようとする。 「付近に人はいない、安心してマンホールを外すと良い」、宝具・『浪蘭棺』に腰を下ろして座る幻十。糸で近辺に人がいないか確認していたらしい。 片手でマンホールを押し上げ、マーガレットは外に出る。言葉通り、この住宅街の道路には、人一人通っていなかった。  退けたマンホールを元の場所に戻し終えると、マーガレットの近くに幻十が立ち並んだ。霊体化をした状態で、この場所までやって来たのである。 太陽が輝く晴天の下に佇む幻十の姿は、正しく青年美の純粋なる結晶体であり、天与の詩才を持った吟遊詩人(トルバドゥール)がその姿を見ようものなら、忽ち後世に名を遺す程の名詩を記してしまう事であろう。 「――ほう」  アクアマリンの板を敷き詰めた様な夏の空を見上げ、幻十が嘆息する。 服に付着した埃を払い落しながらその様子を眺めるマーガレット。次の瞬間幻十は、思いもよらぬ事を口にする。 「成程、状況が動くのが確かに早い。『いる』よ、マスター」  ピタッ、と、マーガレットの動きが止まる。瞳だけを、幻十に向ける。鏃の如き鋭い目線を受けて、幻十は微笑みを浮かべ返すだけ。 純粋たる美を極めた末に、人外の美に達したその貌に。邪悪で、狂的な光が瞬いていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  サーヴァントの気配を頼りに、アレックスが霊体化を解いた場所は、北上が住んでいるマンションの住民が使う駐車場であった。 予め用意された駐車スペースが全て、乗用車で埋め尽くされ、満車の状態を見るに、住民は皆北上のマンションにいると見て良かった。  冷や汗が、アレックスの頬を伝って行く。 初めてのサーヴァントとの交戦による緊張、と言うのも確かにある。しかし元居た世界でも、それなりの修羅場は踏んで来た。 台本(ブック)の存在しない、真剣(シュート)の命のやり取りを行って来た数だって、三度四度じゃ利かない程だ。 間違いなく百戦錬磨の勇者であるアレックスが緊張の色を隠せないのは、この駐車場と言う空間が、今まで彼が体験して来たどの戦場とも違う鬼気に満ちていたからだ。 戦場特有の、荒縄で引き結んだような空気と、空気分子に鉛でも含まれているかのような重苦しい気配は、よく知ったるアレックスのそれである。 その中にあって、独特の香気の様なものが含まれているのは、何故なのか? 今から熾烈な死闘が演じられようとしている空間が如何してこうも、華麗に見えるのか? 「来たね」  その声にアレックスが反応する。 黒色のオデッセイのボンネットに腰を下ろすような形で、相手のサーヴァントは霊体化を解いた。  ――ゾッとする程の美貌の持ち主だった。サウンドノベルやライトノベルが語彙の供給元のアレックスには、そのサーヴァントの美を形容する言葉を探せずにいた。 愛くるしいと表現するべきなのだろうか。いや違う。華麗? それもしっくり来ない。美しい? 余りにもチープでありきたり過ぎて、使う事すら躊躇われてしまう。 この男の美を表現する術は、この世の如何なる文筆家にも不可能なような気がしてアレックスにはならない。 神が、この世に満ちる全ての、『美』と言う概念の規矩足らんとして創造したような、このサーヴァントの名を、浪蘭幻十。 魔王になり損ね、枯れ果てた魔界都市<新宿>で暗殺者(アサシン)として生きねばならぬ程に落ちぶれた、宿命の子の一人。 「本当ならば、君を無視しても良かったのだがね」  スッとボンネットから立ち上がり、幻十はアレックスの方に向き直る。 宇宙の闇を裁ち鋏で切り取り、服の形に誂えた様なインバネスコートを、身体の一部の様に見事に着こなす美男子。 先程まで座っていた、ポリマーコーティングの成されたオデッセイの黒い車体が汚れたもののように、アレックスには見えた。 同じ黒でも、纏う者次第で、その格は山や谷の様に上下するのだと言う事を、彼は初めて知った。 「マスターも僕も、有象無象には興味がないんだ。が、君の方から向かって来たのならば話は別だ。目的の達成の妨げになる」 「……嘘は良くないだろ、色男」  漸くアレックスの口から紡がれた言葉が、それだった。 何秒、幻十の美を前に陶然としていただろうか。幻十にはアレックスを殺せる瞬間が幾らでもあった。 それを敢えて行わなかった。これは、幻十の圧倒的な自身の裏打ちであると、アレックスは見ている。 「俺は、アンタが天使って言われても信じはしないが……、悪魔って言われたら、その場で信じられるだろうぜ。俺が此処に来なくても、アンタの方から向かって来たんじゃないのか?」  伊達に、勇者としての生き方を強要されて来た訳ではない。 その人物が善か悪かなど、おおよそであるのならば判別出来る。しかし、アレックスが見てきた人間の中でも、幻十は初めてであった。 大抵の場合、人を善か悪かの二極に分ける場合、その判別には時間が掛かる物である。それはそうだ、人は善性と悪性が入り混じってこそなのだから。  ……珍しい何てものではない。一目見て、悪性であると判断出来る人間など、レアケースなどと言うレベルではないのだ。 この男には邪悪しかない。目的の達成の為ならば、何者でも踏み台に出来、何者の犠牲も厭わない程の人間性の持ち主。アレックスは浪蘭幻十と呼ばれるアサシンを、そう判別した。 「……ハハハッ」  短く、幻十が嗤った。小悪党の笑いではない。魔王の狂喜だった。 「愚鈍な男かと思ったが、それなりには人を見る目はあるようだ」  幻十は悪魔と呼ばれた事について、否定しない。寧ろ誇らしくすら思っていた程だ。 あの街では――魔界都市<新宿>では、悪魔の如き性格の持ち主か、天使の様な強さと苛烈さの持ち主でなければ食い物にされるような街だった。 あの街の住人であるならば、心を鬼にし悪魔とする事が生きる為の必要最低限の条件。この男にとって、悪魔だベリアルだマモンだ、と言う悪罵など、微風ほども堪えないのである。 「幼馴染がね、この街にいるんだ。僕にとって宿敵と言えるような人物は、その男一人だけ。僕が唯一、この世で認める好敵手だ」  その男が如何してこの<新宿>にいるのか、その確証はあるのかと、マスターであるマーガレットに尋ねられた事がある。 確証などない。全て勘だ。<新宿>の成り損ないの街に自分がいて、あの男がいない筈がない。それこそが、浪蘭幻十がこの<新宿>に、秋せつらがいる筈なのだと考えた全てだ。 せつらとの決着は、この男にとっては最も重要な事柄の一つ。自分の唯一の友達、自分に妖糸の技を教えた人の好い青年、やがて争い決着を付けねばならない運命を背負った男。エリザベスと言う女の制裁と同じ程、或いはそれ以上に、それは重要な事柄であるのだ。 「ただ彼は強くてね。生半な実力では少々不安が残るんだ」 「で、俺をウォーミングアップに、ってか?」  シャッ、とアレックスが腰に提げた鞘から、緑色の剣身を持った長剣(ロング・ソード)を引き抜いた。 ドラゴンソードと呼ばれるそれは、鋭利な竜の鱗を何百枚何千枚と繋ぎ合わせて作り上げた、業物中の業物である。 「君に期待出来る役割は、それしかないよ」  ドラゴンソードを中段に構え、アレックスが幻十の方に向き直る。 なるべく目線を、幻十の顔から外している。直視してしまえば、身体から溢れ出る美の瀑布に耐えられそうになかったからである。 「あやとりで、遊んであげよう。セイバーくん」  インバネスの両ポケットから腕を引き抜き、幻十は微笑みを浮かべた。 穢れの知らない子供の様に悪戯っぽく、そして、何百人もの人間を貪り喰らった悪鬼の様な邪悪な空気を醸し出す、危険な笑みであった 「残念だったな、俺はセイバーじゃなくて――」  中段の構えを解かず、アレックスは、叫んだ。 「――『キャスター』なんだよ!!」  そう一喝した瞬間、幻十の頭上で、太陽の光とは全く違う、色のついた光が輝き、弾けた。 ベージュ色とも、クリーム色とも取れる色が、駐車場中のスペースに降り注ぐ。完全に不意を打たれる形となった。 クラスの読み違いをしていた幻十は、水をいきなり浴びせかけられたような表情を浮かべ、目にも留まらぬ速さで左腕を動かす。 アレックスの目が見開かれる。クリーム色の光が、幻十を避けるように逸れて行くのだ。椀をかぶせた様な、透明なドーム状の何かに覆われ、其処に水を流した様であった。  魔術が終わり、光が止んだ。『スターライトⅠ』。アレックスが使った魔術である。 彼はこの魔術を放つにあたり、宝具、『もしもサーヴァントだったら』の効果で自らのクラスをアーチャーからキャスターに変更していた。 魔力ステータスと魔術の威力に補正のかかったこの魔術は、対魔力を保有しないサーヴァントであればそれだけで有効打に成り得る程の威力を秘めていた。 決してそれは、こけおどしでもハッタリでもない。現に、駐車場に止められていた乗用車の車体が、スターライトⅠの光が宿す凄まじい高熱で、火で炙られた飴の様にドロりと溶け始めている程だ。直撃していれば、無事では済まなかったろう。  目に見えぬ力場で、魔術を防いだのか? それとも、この男の美貌の前では、魔術ですらが礼節を弁えるのか? 魔術を防ぐを防いだトリックを看破しようと推理するアレックスであったが、その思考は強制的に中断させられる。  バグンッ、と言う音がアレックスの両サイドから響き渡った。 目線だけを素早く右左に動かす。アレックスを挟むようにして駐車されていた、乗用車二つの車体が、ゴボウか何かみたいに輪切りにされていたのである。 十以上に分けられた、輪切りの車体を見て急激に嫌な予感を感じ取ったアレックス。不可視の斬撃を、目の前の男は操るのか。 そう判断した彼は、敢えて幻十から距離を取って飛び退かず、彼の方へと走って向って行った。 この様な局面では臆して距離を取るより、接近して行った方が良い事が多いのだ。幻十もこう来るとは思わなかったらしく、一瞬だけ目を大きく見開いた。  ロングソードの間合いに、アレックスが入る。 右足で強く地面を踏み抜き、その踏込の勢いを利用、楔を打ち込むが如き勢いの横薙ぎの一撃を、幻十の胴体目掛けて放った。 ――攻撃が、幻十にドラゴンソードの剣身が当たるまで十数cmと言った所で、停止した。いや、停止させられたと言った方が適切か。 見えない壁にでも阻まれているかのように動かない、動かせない。どんなにアレックスが力を込めても、ドラゴンソードの剣身はビクともしなかった。  ――刹那、ドラゴンソードが、数cm程動いた。 違う。アレックスが即座に認識する。これは動いたと言うよりも、『撓んだ』と言う方が適切だ。 今まで彼は、目に見えぬ壁に攻撃を阻まれていたと思っていた。しかしこれは、違う。例えるならばそれは、強い靱性を持った不可視の棒と言うべきか。 それに、アレックスの一撃は防がれていたのだ。その正体を認識するよりも早く、見えない何かの撓みが、戻った。但し、凄まじいまでの力を内包して、と言う冠詞がそれにはつく。  金属バットのクリーンヒットを受けた硬球めいた勢いで、アレックスが真横に吹っ飛んで行く。 ガラスが砕け散る大音が響き渡る。車体が溶け始めている乗用車にアレックスが激突した音であった。 先ず初めにボンネットに衝突したらしい。ハンマーで強く殴打された様にそれは凹み、フロントガラスは人一人這って出られそうな程の大穴が空いていた。 アレックスは車内後部席で苦しそうに呻いており、未だに自分に何が起ったのかと言う事実を認識出来ていなかった。 「いけないなぁ、失点を重ね過ぎた」  一人で、幻十はそんな呟きを漏らし始めた。 後部席から脱出しようと、上体を動かし始めたアレックスは、その言葉を聞き逃さなかった。 「クラスの読み違いと言い、戦術のミスと言い、二つもミスを犯してしまった。これではマスターに叱られてしまうな」  アレックスの方に、困った様な笑みを浮かべて見せながら幻十が言った。 授業に使う教科書を忘れてしまった学生が、友人に対してそれを借りる時に浮かべる様な笑みにそっくりであったが、その表情を浮かべているのがよりにもよって幻十だ。嫌な予感を感じてしまうのも、むべなるかな、と言うものであった。  幻十が独り言を口にしているその間に、アレックスは呪文を完成させていた。  穴の空いたフロントガラスから、バスケットボール大の大きさをした、光り輝く球体が、弾丸並の速度で幻十の方に飛来して行く。 セイントⅡと呼ばれる呪文であり、やはりキャスタークラスで放つ魔術の為に、威力が向上している。 直撃さえすればやはり、無事では済まない威力を誇るそれが、フロントから飛び出してから十数cmと言ったほんの短い所で、粉々に霧散した。 今度と言う今度は、驚きの表情をアレックスは隠せなかった。顔中に驚愕の色が、鑿で彫られた様に刻まれている。 「考察は済ませたかい、キャスターくん」  魔王が一歩、アレックスのいる車へと近付いて行く。 「ならば、逆立ちをしても僕に勝てない事も、解る筈だ」  右腕を前方に突きだして、幻十は口にした。  ――女の指の美しさを表現する定型句に、白魚の様な指、と言う言葉がある。 白くて、細くて、皮膚が透けて見えるようで。そんな指を表現したい時に、世の文筆家はそんな言葉を使う。 だが、突きだされた幻十の右手に連なる五本の指は、そんな言葉では表現が出来ない。 指の関節に集まる皺も、筋肉を包む皮膚も、微かに桃色がかった爪も、確かに人間のそれである。全て人のそれによって構成されているのだ。 なのに、何故、この男の指は此処まで美しい。何故、この男の指は、地球の内奥で精製された高純度の石英を、連想させる?  手入れに何十万と掛けねばならないピアニストの指が、朽ちた白樺の枝にしか見えない程の繊指を、幻十はグッと握り締めた。 それよりもほんのゼロカンマ数秒程早く、アレックスが車内後部席から、消え失せていた。初めから彼の姿など、いなかったかのようであった。 幻十が拳を作った瞬間と全く瞬間に、先程までアレックスがいた自動車が五百七十七の鉄片とシートスポンジの破片に変貌した。 デタラメに、ありとあらゆる方向方角から切り刻まれたそのセダン車。本来ならば、その中にいたアレックスもまた、同じ運命を辿る筈であったのだ。 鉄とスポンジの堆積から漏れ出るのが、ガソリンや不凍液、エンジンオイルだけで、アレックスの血液が全く混じっていないのを見て、幻十は不愉快そうに顔を歪めた。 「逃げられたのかしら?」  駐車場の入口の方から、聞きなれた声が聞こえてくる。 腕を組んだ状態で、浪蘭幻十のマスターであるマーガレットがやって来た。意外な物を見る様な目で、彼女は幻十の事を見ている。 まさかこの男が、サーヴァントを一度で殺せず、取り逃すとは思わなかったからである。 「全く先が思いやられる。言い訳が出来ない程の大失態だ。これではせつらとの決着など夢のまた夢さ」  かぶりを振るい、己の体たらくに呪詛を吐き続ける幻十。 苛立ちが、彼の臓腑で蠢いていた。このまま行けば、嘔吐すらしかねない程であった。 「マスターの姿は見えなかった。外にはいないと思うわ」  マーガレットは、幻十とアレックスが戦っている間、敵サーヴァントのマスターを探し回っていた。 幻十に任せれば、何が起こるか解ったものではない。正味の話、サーヴァントであるのならば、幻十が何をしようがマーガレットは別に構わない。 殺した所で座に還るのが精々なのだから。だが、マスターとなるとそうも行かない。聖杯戦争の開始前に戦ったバーサーカーのマスターを、幻十は、 それこそ筆舌に尽くし難い方法で惨殺した。その様な光景、マーガレットも見たくなかったのだ。 だからこそ、幻十をアレックスに宛がっている間に、マーガレットは敵マスターを捜索、その令呪を破壊せんと駆けずり回っていたのである。 その最中に、戦場である駐車場で一人佇む幻十を見つけ、今に至る。一目見て、相手を倒したと言う様子でない事はすぐに解っていた。 「どんな相手だったのかしら、アサシン」 「剣を振うキャスターだった」 「キャスター? キャスターが、近接戦闘を仕掛けに来たと言うの?」  この言葉には、キャスターに後れを取ったのか、と言う非難の色も籠っている。 「本当にキャスターだったのかどうかは僕には解らないよ。彼がそう言っていただけさ。ただ、魔術に造詣の深いサーヴァントであった事は間違いない。恐らく、空間転移を使えるのだろう。それで逃げられた」  アレックスは確かに自分の事を、キャスターだと言っていた。しかしこれが、幻十には引っかかる。 それは引っ掻き傷の疼きに似て、我慢出来ない痛みではないが、その癖やけに引っかかる、不愉快な感覚であった。 どうにも奥歯に物が挟まる。アレは、本当にキャスターだったのか? 本当にキャスターであれば、マーガレットの言葉通り、 幻十を相手に近接戦闘を仕掛けに来るとは考え難い。相手のサーヴァントのクラスやステータスを視認出来るのはマスターだけ。ブラフを掛けて来た可能性も、認められる。 「……それで。逃げられたのならば、どうするつもりなのかしら、アサシン」 「無論追うさ。顔も見られた上に、僕の使う技術も、ひょっとしたら推察が付いているかも知れない。後顧の憂いは断っておきたいね」 「何処にいるのか、解るのかしら?」  空間転移とは、移動と言うプロセスを経ずに、任意の場所に瞬時に移動する高級技術である。 従って、足跡や臭いと言った、相手を追うのに必要な要素が一切存在しない。 転移で逃げられてしまうと言う事はつまり、最早相手を追跡する事は不可能である事を意味するのだ。しかし幻十は、自信満面な笑みを浮かべ、すぐに言葉を紡いだ。 「問題ない。我が糸は既に――あのキャスターの位置を捉えている」  スッ、と。幻十は頭上を見上げた。朝天に浮かぶ太陽ですらが、恥じらいで赤く燃え上がり、地上を焦土に変えかねない程の美貌は、その空に、ではない。マンションの高階の方に向けられていた。 「我が糸の結界からは何者も逃れられない」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  音もなくアレックスは、北上が住んでいる部屋のリビングへとやって来た。 緑色の業物、ドラゴンソードを引き抜いた状態で、かつ身体の所々に痣と擦り傷をつけてやって来たアレックスを、北上は心配そうに見つめていた。 「無理」  頭を横に振るって、開口一番アレックスは言葉を発した。 「む、無理ってアレックス……」 「初っ端から外れ引いちまったよ。あれは、デタラメに強い」  思い出すだけで、身震いしか出てこないアレックス。 職業柄、様々なモンスターを見聞きしたし、デーモンや死神、ドラゴン、果ては、魔王や魔神とだって一戦を交える事だってあった。 しかしあの美貌のサーヴァントは、別格。今までアレックスが見て、戦って来たどんな敵よりも、彼は強い。 いやそれどころか、聖杯戦争に馳せ参じたサーヴァント全てをひっくるめて考えても、あの男は相当な強さの立ち位置に在るであろう。 到底、アレックスの手におえる相手ではない。此処は早い所、この拠点を捨てて、ほとぼりが冷めるのを待つべきである。 その事を急いで北上に彼は説明した。その事を呑み込んだ北上が、私室へと急いで走って行く。引きこもる訳ではない。 彼女の私室には、彼女を艦娘足らしめている、14cm単装砲と、61cm四連装酸素魚雷を筆頭とした、艦娘としての艤装が安置されている。 これは彼女が聖杯戦争を生きのびる上で、必ずやキーとなる装備であると北上もアレックスも考えているし、到底此処に捨て置いて逃げるべき物でもない。 これを取りに行き、装備して逃げると言う考えは、当然のそれであった。  ドアを開け、北上が艤装を纏った状態で現れる。 何時みても不思議な装備だとアレックスは思う。園芸用のじょうろを思わせる単装砲、腰と脚部に装備された、魚雷の発射機構。 そして、実在の軍艦であると言う北上をモティーフにした、彼には全く名前も思い浮かばないような鉄の背負い物。 「海上だったらもっとかっこつくんだけどね~」、と言って北上は苦笑いを浮かべる。陸の上に、重雷装巡洋艦娘・北上が君臨した瞬間であった。 「準備は出来たよアレックス、表口から逃げる?」 「いや、非常階段から逃げよう。俺が戦った駐車場からは見えない位置にあるからな」 「了解、んじゃ早速――」  北上が其処まで言った瞬間であった。 スルッ、と言う擬音が立ちそうな程スムーズに、アレックスの左腕が肩の付け根の辺りから、下にスライドして行った。 明らかに、腕の稼働区域を超えて左腕は下がって行きそして――地面に落ちた。  北上も、腕を落とされたアレックスも、瞬間、呆然としていた。 遅れて、アレックスの苦悶の声が響いた。北上は両手を口で押える。血が、アレックスの左腕の切断面から凄まじい勢いで噴出。 忽ちフローリングに、褪紅色の水たまりが出来上がって行く。二名の混乱などお構いなしと言った風に、ベランダに面した窓がベニヤの様に切り刻まれて行く。 窓枠ごと切断されたガラス板がフローリングに落ちて砕け散る。切り刻まれたカーテンが、ふわりと舞う、その先の空に男はいた  何もない虚空に、彼は直立していた。 両腕を水平に伸ばした状態で、彼は、北上達がいる部屋に剣呑な笑みを向けている。 北上の動きが、氷の彫像のように停止する。蛇に睨まれた蛙と言うよりは、神の姿を初めて目の当たりにした敬虔な信者と言うべきであろう。 無理もない。超常の存在であるアレックスですら、男の美を見て呆然となる程なのだ。北上が、浪蘭幻十の美を見て、耐えられる筈がないのだ。  北上の心は今や完全に、フリーズの状態にあると言っても良い。 幻十の姿を見て、美しいとすら思っていなかった。彼女が認識する、美の基準点。それを遥か彼方に置き去りにする程の人外の美。 これを見てしまったが為に、北上は、間違いなく美しい筈の幻十の姿を見て、美しいと考える事すら出来なくなっていたのだ。 そんな、今の北上の状態などお構いなしに、幻十はベランダに降り立った。黒いインバネスが風を纏い、ふわりと舞い上がる。 その一連の様子だけを見たら、美しい貌を持つ悪魔が降り立ったようにしか見えないだろう。いや――黒い翼を携えた天使が、舞い降りた、と言うべきか? 「何故僕が、此処に? そう言いたそうだね、キャスターくん」  事実アレックスはそう問いたかった。 北上の部屋から駐車場までは、一般的なサーヴァントの知覚範囲を超えた距離の所にあり、縦しんば知覚能力に優れたとしても、だ。 マンションである以上部屋数が多い為、どの部屋に自分達がいるのかの判別までは難しい筈だ。 それを幻十は、初めからアレックスらが何処にいるのか解っているかのように、二人の拠点を突き止められた。何かのトリックがない限り、到底考えられない探知能力だった。 「魔界都市の住民は執念深いんだ。特に僕とその友人は、地の果てまでも追い詰めるよ」  当然、幻十としては探知のタネを言う訳がない。 しかしそのタネとは、言ってしまえば単純で、それでいて驚くべきものであった。  魔界都市に名の知れた三魔人の内の一人、秋せつらの武器とは、何か? せつらが、絶対に敵に回してはいけない魔人である事は、魔界都市<新宿>でも非常に有名な事柄であった。 彼の恐ろしさは、誰もが知っている事柄である。区内で水商売を営む、口も股も緩い風俗嬢のみならず、命のやり取りを当たり前のように行う極道者、 高田馬場の魔法使いや戸山の吸血鬼連中ですら、魔神の如きその強さを認知していた。 しかし、そのせつらが果たして、どのような武器を用いて敵を葬るのか、と言う事実までを認識出来ていた存在は、極めて少ない。 それは果たして――何故なのか? それはせつらの武器が、千分の一ミクロンと言う細さのチタン妖糸であるからだ。 千分の一ミクロン、つまり、一ナノmである。これは物質を構成する分子一個分の大きさとほぼ同じであり、如何なる生物でも目視が出来ない。 この魔糸は、空気よりも軽い上に、人肌に触れてもその軽さと細さの故に、触れられた事にすら気付かない程細やかな代物である。 指先にほんの少し乗る程度の糸球で、二万㎞、つまり、地球を一巻き以上出来る程の距離を賄う事が出来る。 それ自体は素人が触れてもただの糸であり、そもそも真っ当に操る事だって出来はしない。だが、このチタン妖糸は、せつらと幻十が操る事で、あらゆる生命をも戦慄させる恐るべき武器へと変貌するのである。  幻十が、アレックスの居場所を察知出来たのは、このチタン妖糸を操ったからである。 彼との交戦において、幻十はその局面の全てでチタンの糸を使っていた。 アレックスの詠唱した呪文、スターライトを防いだ時も、自動車を切断した時も、アレックスの剣撃を防いだ時も、だ。 彼と北上のいる部屋を探り当てたのは、糸の応用の一つ、糸による気配察知を利用したからである。幻十が空中に浮いているのは、空中に張り巡らせた魔糸を足場にしているからである。  せつらと幻十に掛かれば、空気中に満ちている毒素の構成や、部屋にいる人間の数や性別、体重身長抱えている病気、人間以外の飼っているペットの犬種猫種。 果ては、財布の中身や、磁気部分に触れてさえいればキャッシュカードの残高すら、張り巡らせた妖糸で把握出来る程である。 幻十は、アレックスとの交戦中に、察知の為のチタン妖糸を、駐車場を中心とした半径四百m全域にばら撒いていた。 必然、引っかかる。これだけの範囲内に糸を張り巡らせたのだ。生半な移動距離では、逃れる事は出来ない。 部屋の中に籠ったとしても、ほぼ無意味である。細さ一ナノmと言う事は、どんな隙間からでも侵入が出来るのだから。 網戸の網目、ドアと床との隙間、サッシとガラスの間……。アレックスは、幻十と対峙したその瞬間から、最早、逃れられぬ運命であったのだ。 「下がってろ、マスター!!」  幻十の美貌に見惚れている北上を後ろに下がらせ、アレックスが幻十目掛けて光の球体を弾丸に近しい速度で飛来させる。 つまらなそうな表情でその様子を見やる幻十。光の球は、たった四十cm進んだ所で、粉々に切り刻まれて、無害な光の粒子となり、空間に溶けて行った。  ――桁が、違い過ぎる!!――  これは、非常によろしくない事態であると言わざるを得なかった。 もしもマスターが北上ではない、もっと魔力も潤沢な人物であったとしても、目の前の美貌の男性には、敵うべくもなかったであろう。 次元違いにも程があるその力を前に、最早アレックスは、戦うと言う考えがなくなっていた。しかし、諦めて命を差し出すと言う訳でもない。 この場は、逃げる他なかった。幻十に先程、セダン車のリアシートまで吹っ飛ばされた時、その時の窮地を凌いだ空間転移。その術の名を、『エスケープ』と言う。 あの時はマスターの北上の下へと戻る為、わざと移動距離を短めに設定していたが、エスケープの転移距離は本来もっと長い。 次に魔術を発動する時は、真実幻十の糸の結界の範囲外まで、北上諸共脱出する。だが果たして――それが出来るのか? エスケープの魔術を発動させて、くれるのか?  そんな事を考えていたアレックスであったが、その狐疑逡巡を、いよいよ断ち切らねばならない時が近づいてしまった。 事態を認識した北上が、装備した単装砲を、幻十目掛けて射出したからである。凄まじい音響が、リビング中を打ち叩く。 発射の際の衝撃と大音で、部屋中の塵と埃の類が舞い飛んだ。さしもの幻十も、マスターがこのような攻撃を行えるとは予想外だったらしい。 サーヴァントは霊体かつ神秘の存在であるが故に、神秘の纏われていない銃弾や砲弾の類による損傷は無効である事を忘れ、直に、妖糸を前面に張り巡らせる。 形成された、糸による即興のネットは、単装砲から放たれた砲弾の運動エネルギーを完全に殺し、無害化。 チタン妖糸に包んだまま幻十は後方にそれを放り捨てる。ベランダから外へと放り出された砲弾は数千もの鉄片に切り刻まれ、爆発を引き起こした。  北上の幻十を見る目が、眉目秀麗な天使や仏を見る目から、怪物を見るようなそれへと変化した。 単装砲の砲弾の射出速度は、初速の時点で時速八百㎞を上回る。それ程までの速度で放たれた砲弾を、高々四m程の距離で幻十は反応。無害化したのだ。 アレックスの言った通りであった。これを、怪物と呼ばずして、何と呼ぶ!! 【マスター、これはもう手に負えない、この場は逃げるぞ!!】 【り、了解!!】  さしもの北上も、現状如何転んでもアレックスに勝ち目がない事を、認識したらしい。大人しく、アレックスの指示に従う事とした。 アレックスはこの期に及んで、幻十の武器自体が何であるのかすら理解出来ていない。いや、理解出来る方が、寧ろおかしいであろう。 何せ幻十が使う武器と言うのは、分子の小ささとほぼ同等の、不可視のチタン魔糸。アレックス本人からして見たら、不可視の何かに斬られたという認識が関の山だ。 おまけにこの糸が、高範囲に渡り張り巡らされていると来ている。故に、普通であるのならば幻十が展開した、妖糸の結界から逃れる術は、ないように思える。 しかし、方策はある。令呪一つを代償に失う事になるだろうが、死ぬよりは断然マシである。このまま状況が推移すれば、北上もろとも切り刻まれ、肉の堆積にされかねない。 【マスター、令――】  其処までアレックスが告げた時、単装砲を持つ北上の右腕の袖が、ハラリ、と地面に落ち始めた。 白く伸びたその腕が露出した瞬間、今度は無数の、朱色の絹糸を巻きつけた様な赤い線が、二頭筋の辺りまで走り始めたのである。 その赤い線に沿って、北上の右腕が、ズル、とズレ始めた。ボタボタッ、と、湿った水っぽい音が地面に連続して響き渡る。 幻十に左腕を切断されたと北上とアレックスが気付いたのは、丁度この時であった。そして同時に北上の、女性らしさの欠片もない絶叫が響いたのも、この時であった。 「――んの野郎、テメェッ!!」  怒りの狂相を露にした表情でアレックスが、やけっぱちの魔術の一つでも放とうと試みたが脇腹の辺りを妖糸で超高速で切断され、片膝を付かされてしまう。 抵抗の一つ、アレックスは満足に出来ずにいる。己の無力さと言う物を、いやがおうにも実感する瞬間だった。 「アサシン、何をしているの!!」  脂汗を浮かべ、アサシンが幻十を睨みつけ、部屋中に北上の悲鳴が響いていると言う、修羅場としか言いようのない状況に、そんな女性の声が響き渡った。 ベランダの方からである。その方には、青色のスーツを着用した、プラチナブロンドの美女がいた。間違いなく美しい女性であるのは事実だが、 天上世界の美の持ち主である幻十と比較してしまえば、酷く価値のない、それこそ路傍の石にしかアレックスには見えなかった。 どうやらこの女性が、憎いアサシンのサーヴァントのマスターであるらしい。このマスターは、如何なる手段を用いてか、マンションの六階まで此処まで跳躍して来たようだ。サーヴァントも怪物なら、マスターも怪物であるらしい。 「敵のマスター自体も、それなりに危険な娘だったからね。たった今、無力化させたところだ」  悪戯っぽい笑みを浮かべ、幻十がマーガレットにそう返した。察するにマーガレットは、北上を痛めつけた理由を糺弾しているらしかった。 しかし幻十としても、全く無意味な理由から北上にダメージを与えていた訳ではない。幻十としては、北上が持つ艤装について、それなりに問題視していた。 無論自分は当然の事、マスターであるマーガレットにすら脅威になり得ない代物ではあったが、危険である事には変わりはない。 故に幻十は、北上の単装砲を妖糸で完璧に破壊したのである。彼女の足元には幻十の仕事の証明と言うべき、百分割以上に分けられた、単装砲だった物の金属片が転がっていた。 ……そのついでに、北上の腕をも破壊する辺りが、実に、幻十らしいのであるが。  部屋の中の状況を確認。少なくとも幻十の言っている事が全て嘘の事柄でない事を、マーガレットは理解する。 今ならば、マスター諸共、サーヴァントを葬り去る事など訳はない状況だ。どうするべきか、彼女は迷っていた。 放っておいても、この状況なら相手のマスターは、出血多量で死ぬであろう。それを、待つべきか、二の足を踏んでいた、その瞬間をアレックスは狙った。 【マスター、令呪だ、令呪を使え!!】  大量出血が招く意識混濁を引き起こし始めた北上に配慮し、アレックスは叫ぶように念話を行った。 涙目になりながら、北上は小さく肯んじる。本当に幸いだった。令呪が、単装砲を持つ右腕でなくて、左腕に発現されていた事が、だ。 旭日のシンボルを模した令呪が、赤く光り輝いた。左手に思念を流し込み、北上は呟いた。酷く、苦しげな様子で。 「令呪を以て命ずる――」  ボソリ、と呟くような言葉。 しかし、この発言を聞き逃す程、幻十もマーガレットも愚かではなかった。驚きに満ちた表情で、二名は北上の方に顔を向け始める。 「私を助けて、モデルマン!!」  バレた、そう思った北上は叫んだ。その瞬間、アレックスが北上の方に飛び掛かり、押し倒した。彼女の左手の甲から、令呪が一画消え失せる。 最早幻十は完全に無視である。今は、マスターである彼女を守る事が、最優先なのだから。そしてこの瞬間アレックスは、自らが信頼する切り札の宝具を、発動していた。 「これで終わりだ」、幻十がそう言って、幾千ものチタン妖糸をアレックスの方に殺到させる。まともに直撃すれば肉片どころか、それすら残さず、肉体が塵になる程の線の殺意が、蛇の大軍めいて襲い掛かる。  この場において唯一、チタン妖糸を視認出来、その行方を認識出来る幻十の表情が愕然とする。 『弾き飛ばされた』のだ。戦車砲すら無傷でやり過ごすパワードアーマーや、焦点温度六十万度のレーザー照射に耐え、地対空ミサイルの直撃も跳ね返すデューム鋼。 果ては霊体や影すらも切断出来るチタン妖糸を全て、アレックスの肉体が斜め右上方向に跳ね飛ばしたのである。 チタン妖糸は必ずしも、無敵の攻撃手段と言う訳ではない。現に幻十は、元居た魔界都市において、自分の糸の技すら無効化する油を身体から分泌する従者を一人知っている。 しかしその従者にしたって、凄まじい潤滑性を誇るその油で、糸を滑らせて防御するだけなのだ。斬る目的で殺到させた糸を弾き飛ばして防御する等、前代未聞だ。 まさかこのキャスター……いや、モデルマンと呼ばれたこのサーヴァントは、自分や、せつらの糸をも無効化する防御の技の持ち主なのか? 幻十は、そう考えていた。  幻十の読みは、結論を言えば当たっていた。 アレックスは北上を押し倒したその瞬間に、宝具を発動させていた。北上――いや、例え魔力が潤沢なマスターを引き当てていたとしても、発動に難がある宝具。 ――『もしも勇者が最強だったら』。元居た世界でアレックスを象徴する宝具であり、この聖杯戦争における彼の切り札。 発動と維持こそ難しいが、一度発動してしまえば、例外なく、全ての干渉を跳ね除ける無敵の防御宝具。 これが発動されている間は、十数秒と言う時間制限付きとは言えど、例え幻十の魔糸であろうともアレックスを害する事が出来なくなる。 つまり今のアレックスは、生きた無敵の盾なのである。これを以てアレックスは、北上を害意から守る肉の壁になる。 そして、この宝具が切れる間、北上の傷を回復させ、エスケープを発動、この場から逃げ切る。そんな算段であった。  アレックス自身の右腕は、形を完璧に保ったまま斬りおとされた為、まだくっ付く可能性があるが、北上の左腕の場合は細切れの為、 元の状態に戻すのは最早不可能であった。故に今は、アレックスは出血を抑える為に、必死に回復の魔術、ヒールⅢを発動させている。 数秒程の時間を掛けて魔術を当て続けた結果、何とか北上の出血は押さえる事が出来た。後は、この場からエスケープで逃げ果せるだけだった。  その間幻十は、ありとあらゆる斬り方で、アレックスにチタン妖糸を殺到させていた。 斬るだけでない、ある時は糸をこより合せ、貫く様な要領での攻撃も試している。 しかしその全てが、弾き飛ばされる。全くと言って良い程干渉が出来ない。何かしらのスキル、ないし宝具を発動させたと結論付けたのは、この時だった。 「マスター、相手のサーヴァントに攻撃が通用しない。敵のマスターに攻撃させるんだ」  幻十はすぐに、無敵の防御が発動している相手が、アレックスだけだと言う事に気づいた。 彼は北上に覆いかぶさるようにして幻十の妖糸を防いでいるが、そもそもその糸の小ささは分子のそれと同じ。 例え覆い被さり抱き着いた所で、彼女を守り通す事は出来ない。被さった隙間から北上に糸を巻き付け、バラバラにする事が幻十には出来るのだ。 それを敢えてやらなかったのは、マスターの不興を、進んで買う事もないと思ったからである。が、今の状況ならこうも言っていられない。 だからこそ今幻十は、マスターの許可を仰ごうとしているのだ。……尤も、この指示を仰ぐ行為は形式的な物であり、幻十はマーガレットが断ったとしても、北上を斬り刻んで殺すつもりで満々だった。  幻十の言っている事は、正しい事だとマーガレットも理解している。 北上がモデルマンと呼んだあのサーヴァントが、何かしらの力場を纏って、幻十の攻撃から北上を守っている事は、マーガレットの目から見ても明らかであった。 だからこそ、その力場の対象外である相手のマスターを攻撃すると言う幻十の判断は、全く理に敵ってと言えるだろう。 だが――本当にやって良いものか。相手を殺す事ならば、マーガレットだって躊躇はない。しかしそれは、明白に自分の敵であり、外道の時にこそありたい。 目の前の少女のマスターが、そうだとは、到底マーガレットには考えられないのだ。  マーガレットは判断に迷う。そして、幻十は、彼女の答えなど待たなかった。 即決即答がこの場においては望ましいのに、マスターの腹が決まるまで待つ、等と言う悠長な真似など出来ない。 幻十が彼女の腹づもりを待つのにかけた時間は、ゼロカンマ七秒程。これ以上待つ気など、幻十には無かった。 北上に巻き付けたチタン妖糸を、収束させる。幻十、せつらの操る妖糸は、二名の、指を筆頭とした身体の筋肉の動きを光速で伝える。 これはつまり、巻き付けてしまえば、指示次第で相手の体など瞬時にバラバラに出来ると言う事なのだ。 指を動かした瞬間、幻十は勝ったとすら思っていた。が、即座にそれは、思い違いだったと自覚する事になる。 妖糸から、筋肉を斬り、骨を断った感触が伝わって来ない。逃げられた。その証拠に、目の前から二名の姿が消失している。 糸の結界も、アレックスと北上を感知出来ていない。張り巡らせた糸の外にまで、転移したのだろう。 収束させた糸にしても、精々が、北上の皮膚の薄皮一枚に溝を作った程度のダメージしか与えられなかったに違いない。 「全く、厄日だな……」  ふぅ、と溜息を吐いた瞬間、北上達が住んでいた部屋の調度品と言う調度品が、幾百幾千もの欠片に、一秒掛からずして分割されて行く。 テレビ、テーブル、パソコン、衣装箪笥、冷蔵庫、台所、食器、ドア、トイレ、ベッド……。部屋にある物と言う物全てが、 部屋に張り巡らせていた妖糸が細切れにして行く。糸の殺意が十秒程部屋を蹂躙した頃には、嘗ての生活スペースには、元が一体何であったのか、判別がつかない程細かく分けられた塵芥しか存在していなかった。  その様子を、冷めた瞳で眺めるマーガレット。 このアサシンは自分の実力に絶対の自信を持っているし、面子と言う物を兎角大事にするサーヴァントだった。 大見得を切っておいて、相手に逃げられたのである。その腸は、酷く煮えくり返っている事であろう。 「お優しい事じゃないかマスター。名も知らない、縁もない。そんな人間に、情でも湧いたかい?」  物に当たる程度では、到底怒りが冷ませないらしい。 いつもマーガレットが幻十に対してやっているように、今度は幻十がマーガレットに対して非難の目線と言葉を投げ掛けた。 「放っておいてもあの調子では、サーヴァントは魔力不足で消滅するわよ。見た所あのマスター、魔力を全く保有していなかったわ」  あの短い交戦時間で、マーガレットは、北上に魔力が全くない事を看破していた。 その様なマスターが、あれだけの手傷を負わせたサーヴァントの傷を回復させるだけの魔力を、補える筈がない。 放っておいても、以て一日、最悪半日程度であの主従は脱落するだろう。それは幻十にも解るのだ。が、彼としては、この場であの主従を殺しておきたかったのである。 「時間を消費したわ、アサシン。この場から早く立ち去るとしましょう」  これ以上この話題は引き摺る事をしない事としたマーガレット。 あれだけの騒ぎになったのだ。此処での交戦が表沙汰になるのも、時間の問題である。 火中に何時までもいる理由はない。早くマーガレットは、エリザベスを探さなければならないのだから。 「……フン。それもそうだな。解ったよ、マスター」  言って幻十は、張り巡らせた糸の結界を右手に収斂させ、粒の様に小さい糸球に戻した後で、霊体化を行いマスターに従順の意を示した。 その時の彼の瞳に燃え盛っていた、マスターに対する叛骨心の強さよ。きっと、『神』に反旗を翻して見せた美しい熾天使、ルシファーにも、 同じような光が宿っていたに違いない。そして、アサシンのそんな心の内奥を、マーガレットもまた認識していた。 せつらとの決着をつけた時。エリザベスとの蟠りを解消した時。二人は果たしてどうなるのか。賽の目はまだ投げられ、その目を決めている最中であった。 ---- 【落合方面(上落合・北上の住んでいたマンション)/1日目 午前7:40分】 【マーガレット@PERSONA4】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]青色のスーツ [道具]ペルソナ全書 [所持金]凄まじい大金持ち [思考・状況] 基本行動方針:エリザベスを止める 1.エリザベスとの決着 2.浪蘭幻十との縁切り [備考] ・浪蘭幻十と早く関係を切りたいと思っています ・<新宿>の聖杯戦争主催者を理解しています。が、エリザベスの引き当てたサーヴァントまでは解りません 【アサシン(浪蘭幻十)@魔界都市ブルース 魔王伝】 [状態]健康 [装備]黒いインバネスコート [道具]チタン妖糸を体内を含めた身体の様々な部位に [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:<新宿>聖杯戦争の主催者の殺害 1.せつらとの決着 [備考] ・北上&モデルマン(アレックス)の主従と交戦しました ・交戦場所には、戦った形跡がしっかりと残されています(車体の溶けた自動車、北上の部屋の騒動) ----  北上はビルの壁に背を預けながら、泣いていた。 腕を失った事に対する事もそうだ。痛みは今も、尾を引いている。だがそれよりも、恐ろしさで彼女は泣いている。  率直に言えば北上は、聖杯戦争を侮っていた。完全に嘗めきった態度で臨んでいたと言っても良い。 自分は曲りなりにも、深海棲艦との、戦争と呼んでも差し支えのない戦いを経験した艦娘である。修羅場には自信がある、そんな思い込みがあった。  それがとんだ思い上がりだと言う事を、骨の髄まで認識させられた。 浪蘭幻十。あの美貌のアサシンの姿は、今も瞼の裏に焼き付いていた。北上の両眼球の水晶体は今や、彼のイメージしか像として結びつけていない。 あの姿を連想する度に、余りの美しさと、性格の悪辣さと恐ろしさに身体が震える。天使の様な美貌を持ちながら、相手を殺し、痛めつける事に何の躊躇もない魔人。 その本質を北上は漸く理解していた。そしてその悲しみを助長させるのが、右腕に走る痛みである。 戦いを舐めて掛かった代償が、二頭筋より先のない右腕である。この手傷では二度と、自分は深海棲艦との戦いに望めないだろう。 二度と、吹雪や大井達が所属する遊撃部隊と戦う事も出来ないであろう。その現実を認識した瞬間、また北上は泣き始めた。 最初に泣いたのは、いつ以来だろう。初めて深海棲艦との戦いで被弾した時だったかもしれない。 あの時はみっともないから、もう泣くまいと心に決めていたのに、今は心とは裏腹に、涙がとめどなく溢れて来る。  気の毒そうな表情で、アレックスはその様子を眺めていた。 幻十に斬り落された右腕の治療は、今終わった所だ。元々サーヴァントは、マスターから供給される魔力や、自己が有する魔力で仮初の肉体を形作った存在。 出血にしたって本当の血液と言う訳ではなく、魔力で形造られた血液なのだ。理屈の上では、霊核が無事で、回復に必要な魔力量と十分な時間があれば、回復は容易い。 だからこそ彼は、自分の治療を後回しにした。テレポートで転移する際に、切断された腕を持って来ていた。 切断面が極めて滑らかだった為に、回復は容易かった。今ではもう人を殴れる程にまで傷は回復している。 ……北上の方は、腕自体が骨ごと細切れにされていた為に、最早回復など出来なかったが。 「……悪いな、マスター。不様な姿を晒した」  この裏路地にきてから、北上は言葉を発する事なく泣き続け、アレックスはその声を耳に、ずっと治療に専念していた。 いつまでも黙っている訳にも行かない。そんな状況下で初めてアレックスが発した言葉が、これであった。 「勇者が笑わせるな。全く相手にならなかったぜ。……本当に悪い」  何が、自分が最強だと思うだ、笑われる。アレックスは心の中で、自分自身の顔面に斧を打ち込んだ。 勇者だ最強だと言っておきながら、結果は散々たるものであった。得られたものは何一つとして存在せず、徒に魔力と令呪、身体の一部を失っただけ。 無能と言う言葉が、アレックスの脳裏を過って行く。 「いいよ、アレックス。私は大丈夫。助けてくれて、ありがとね……」  沈んだ気持ちのアレックスに笑顔を向けようとする北上だったが、全く笑顔の体を成していない。 すぐにその事に気づいたのか、彼女は顔を伏せ、また肩を震わせた。大丈夫な訳がない。腕を失ったのだ。気丈に振る舞える方が、どうかしていた。  巻き付けた鉢巻を目深に下げて、アレックスが物思いに耽る。 勇者と言う役割など、元の世界では飾りも同然で、世界の法則次第では、アレックスは勇者になる事もあれば、 魔王と一切引けを取らない程の悪行を犯す事もある大悪党になる事があったからだ。 ある時は魔王が勇者の代わりに世界を救う事だってあったし、その仲間が代わりに世界を救ったり滅ぼしたり、果ては勇者でなくて何の接点も無いただの村民がその役を負う事だって珍しくなかった。  この世界は、そんな法則の外に在る場所であった。 この世界では、運命も役割も絶えず流転している。定まったロールなど、何一つとしてこの世界には存在しないのだ。 多くの参加者が、己の利害と目的の為に動き、それらが衝突しあう世界。聖杯戦争と言うのはつまり、予め定まった筋書きの存在する話ではない。 個々人の役割や目的が衝突しあう、未知なるシーソーゲームであったのだ。その事にアレックスは、今ようやく気付いた。  そんな世界であったから、元の世界では、本気で人を恨むと言う事自体がアレックスにはなかった。 何故なら憎い人物がいたとしても、所詮その憎悪はその時の世界の法則下での話であり、再びリセットされてしまえば全てがなかった事になる。 恨むと言う行為自体が馬鹿馬鹿しい事柄であったからだ。だが、此処<新宿>には、アレックスが元居た世界の絶対法則である『もしも』が存在しないのだ。 生物の利己と利害、目的とが渦巻く伏魔殿。その事を認識した瞬間、アレックスは、初めて相手を本気で憎んでいた。  ――男女の垣根を超える美貌の持ち主。どんな背景に組み込んでも、世界をその美に統合してしまう程の顔つきの男。 アサシンのサーヴァント、浪蘭幻十。悪を討ち、世界を救う事を宿命づけられた勇者の心に、強い憎悪が燻り始める。  ――……絶対に殺す――  その為だったら、魔王にだって、悪魔になる事だって辞さなかった。 この感情を、今のアレックスは大事にする事とした。この感情がある内は、本気になれるから。マスターを、守れる気がしたから。 二度と、悔しい思いなど、味わう事もなさそうな、予感がしたから。目の前で北上は、今も泣き腫らしているのだった。 ---- 【歌舞伎町、戸山方面(新宿二丁目、裏路地)/1日目 午前7:40分】 【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】 [状態]肉体的損傷(大)、魔力消費(中)、精神的ダメージ(大)、右腕欠損、出血多量 [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]鎮守府時代の緑色の制服 [道具]艤装、61cm四連装(酸素)魚雷 [所持金]一万円程度 [思考・状況] 基本行動方針:元の世界に帰還する 1.なるべくなら殺す事はしたくない 2.戦闘自体をしたくなくなった [備考] ・14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました ・今回の事件がトラウマになりました ・住んでいたマンションの拠点を失いました 【モデルマン(アレックス)@VIPRPG】 [状態]肉体的損傷(大)、魔力消費(中)、憎悪 [装備]軽い服装、鉢巻 [道具]ドラゴンソード [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:北上を帰還させる 1.幻十に対する憎悪 2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る [備考] ・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです ・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。 ・幻十の武器の正体には、まだ気付いていません **時系列順 Back:[[僕は、君と出会えて凄くHighテンションだ]] Next:[[未だ舞台に上がらぬ少女たち]] **投下順 Back:[[鏡像、影に蔽われて]] Next:[[DoomsDay]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:マーガレット|28:[[超越してしまった彼女らと其を生み落した理由]]| |~|CENTER:アサシン(浪蘭幻十)|~| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:北上|24:[[絡み合うアスクレピオス]]| |~|CENTER:モデルマン(アレックス)|16:[[カスに向かって撃て]]| ----
「アレックスってさぁ」  納豆をかき混ぜながら北上は、テーブルの真向いに座り、目玉焼きに醤油をふりかけている、自らが引き当てたサーヴァントに次の様な言葉を投げ掛けた。 「戦闘得意な方だったりする?」  言葉を聞いて、アレックスは醤油さしを戻し、うーんと考え込み始める。 半熟の黄味の部分と、よく焼けた白身の部分に、これでもかと言う程醤油がぶっかけられていた。長生きは出来そうにない塩分量である。 「勇者だからな。それなりにはこなせる。ただまあ、過度な期待はしないで欲しい。痛いの嫌だしな」 「え~、戦うの嫌って事? 男らしくないぞアレックス~」 「馬鹿言え、平和主義者って言ってくれ。勇者も勧善懲悪じゃもうウケないんだよ」 「勇者にもそんな潮流あるんだ……」 「流行り廃りには敏感何でね」  何と言うべきか、御伽噺の中で、ドラゴンや悪の魔王を倒し、麗しい姫を助けて云々、と言うステロタイプな勇者のイメージが崩れて行くのを北上は感じる。 尤も、マスターのパソコンでエロゲーをtorrentで違法ダウンロードし、日がな一日動画サイトで暇つぶしているアレックスと生活していた時点で、勇者のイメージなど完全に形骸化しているのであるが。  勇者、と言う肩書の通り、アレックスのステータスは、バランスよく纏まっている。 どうしようもない程低いと言う訳でもないし、スキルも悪い物は見た所ない。勇者の面目躍如と言った所であろう。 後はどれだけ、アレックスが戦えるかと言う事であった。率直に言えば北上は、アレックスの練度を知りたかった。 基礎的な身体能力――艦娘風に言わせればスペックか――だけで、戦闘の勝敗は決まらない。此処から、潜り抜けて来た場数の数や経験値、 習得しているした技能や、装備等を総合的に判断する必要があるのだ。このアレックスと言うサーヴァントは未だに、そう言った底を見せない。 未だにサーヴァント同士の戦闘にこの主従が直面した事がないと言う事もそうであるが、彼の口からどれ程荒事に長けているのか、と言う事が語られた事はない。 故に北上は、この辺りで白黒ハッキリ着けておきたかった。どれだけ自分の馬が、デキる存在なのかを。 「他の奴らがどれだけ出来るのかが解らないのがな。いや、俺が最強だとは思いたいが」  アレックスの実力が不透明なのは、結局はこれに終始すると言っても良い ステータスを強さの物差しにするには、彼の強さは平均値で、宝具の方も極端に戦闘に特化しているとは言い難い。 まるで霞か霧の様な強さのサーヴァントであった。彼の強さを推し量る、濃くてハッキリとしたラインが、今の北上には欲しい。 それがサーヴァントとの戦い、なのではあるが、それは余り望むべくものでない。北上は魔力の総量に関して言えば、落第点も良い所のマスターだ。 今はアレックスが常時、自らの宝具によりクラスを『モデルマン』から『アーチャー』のそれにし、単独行動スキルを取得している状態だからこそ、 常時の魔力消費を抑える事に成功しているが、激しい戦闘になれば魔力の枯渇と言う問題は顕在化して来る事であろう。 最小の交戦回数で、最良の結果(聖杯)を。これがモアベターである事は、北上もアレックスも理解はしているが、そう簡単には行くまい。 何せ<新宿>は狭い。この総面積で、最後の二組になるまで誰とも敵性存在に遭遇せずに向える事を想定する等、全く甘っちょろいと言わざるを得ない。 マスターが何故強いサーヴァントを求めるのかと言えば、こう言った事態に対する保険的な意味合いが強い。 もしも戦闘状態に陥ったら? と言う局面を想定するからこそ、誰もが強いサーヴァントを望むのである。 「て言うか、何でやぶからぼうにそんな事聞いて来たんだ? 今まで俺と戦闘についての打ち合わせ何て、積極的にやらなかったのによ」  と、聞いて来るアレックスに対し、納豆をかけた白米を咀嚼し終えてから、北上は口を開く。 「ほら、件のさ、討伐令」 「あぁ。……乗るのかよ? まさか」 「うん」  迷う素振りも見せず即答する北上に、アレックスは重苦しい溜息を吐き出した。 如何もこのサーヴァントは、北上と言うマスターをか弱い少女のマスターだと認識しているフシが見られるのであるが、そもそも彼女は本質的には艦娘。 通常人類とは本質を異にする存在であり、かつ今の北上は、艤装を持ち込む事に成功しているのだ。 つまり彼女は、戦う事に対するプライオリティが高い存在である事を意味し、目的の達成の為ならば戦闘も已む無しなのである。  深夜十二時の段階から既に、二人は聖杯戦争の開催に気づいていた。 と言うのも、深夜までアレックスは起きているから、契約者の鍵の異変には気付きやすいのである。 鍵が放つ光に気づき、それの報告の為にアレックスに起こされた北上は、鍵から投影されるホログラムで、基本的な情報を知る。 即ち、聖杯戦争の開催と、二組の主従の討伐令だ。どうやら本格的に戦端が開かれるよりも早く、『やらかしてしまった』主従が二組もいるらしい。 と言っても、その内一組については、テレビや新聞、ネット環境の整った所に身を置いているのならば、知らない者などいないと言う程の有名人である。 当然北上達もその存在を知っていた。即ち、遠坂凛とバーサーカーのチームの事であるが、彼らについては北上もアレックスも、 まぁ聖杯戦争の参加者なのだろうなと言う事は、ナシを付けることが出来ていた。もう一方の方、セリューらの組については、解らない事が多すぎるが。  基本的に北上は魔力に優れないマスターの為に、サーヴァントを動かし続けるのには限度がある。 だからこそ他の面で優位に立とうとした。つまり、令呪の数である。この討伐令の遂行の暁には、令呪が一画、主催者から贈呈される事になっている。 無論の事、その主催者自体がそもそも信用出来ないと言う事もあるが、流石にこの内容については嘘はあるまい。 此処は、その討伐令に乗る事とした。令呪は、ないよりはあった方が絶対に良いのは明らかな事柄であるのだから。  焼けた目玉焼きを食べ終え、椀に盛られた白米をアレックスが平らげる。 「ごっそーさん」と言いながら、食器を台所まで彼は持って行く。「はいはい、お粗末様」とやる気のない返事を北上は返す。 アレックスに此処までさせるのには苦労した。何せ食べたら食べっぱなしの状態である。とことん、世間常識のなってない勇者様であった。  食器を水洗いする音を聞きながら、北上は食事を続ける。 時刻は七時。聖杯戦争も始まった事であるし、外に出向くか、それとも籠城に徹するか。考えていた、その時であった。 凄まじい勢いで窓際まで走って行くアレックス。カーテンを開け、外を見下ろしている。此処は六階である、全景を見渡すにはもってこいの高さであった。 「水流したままだよー、アレックス」  シャッ、とカーテンを閉め、北上の方にアレックスは向き直る。かつてない程の神妙な顔付きで、彼はゆっくりと口を開いた。 「サーヴァント」 「……把握」  <新宿>は、本当に狭い街であると言う事を北上は実感させられた。 聖杯戦争が開催されてから、七時間弱。初戦の火蓋が今まさに切られたと言う現実を、北上は認識させられるのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  聖杯戦争に参戦している主従の思惑と言うのは、四つに大別された大枠(テンプレート)でラベル分けする事が出来る。 一つに、聖杯だけを狙う者。一つに、超常存在であるサーヴァントの力で自らの享楽を満たす者。一つに、主催者に対する義憤を抱く者。一つに、前三つのどれでもない者。  その主従は、四つの大枠の内一つ、主催者に対抗しようとする勢力の一人であった。 しかしその主従のマスターは、一言で言えば例外中の例外と言っても良い存在でもあった。 主催者に刃向おうとする主従は、確かに存在しよう。しかし、その主催者が一体何者で、何を目的としているのか。初めから理解している者は、極めて稀である。  マーガレットと言う名前を戴いたその麗女は、<新宿>の聖杯戦争を管理・運営する人物の姉に当たる女性だった。 この街を、――マーガレットの引き当てたアサシンが口にする言葉を使うのなら――魔界都市にしようと目論むその人物の名は、『エリザベス』。 マーガレットと同じ、ベルベットルームの住人であり、同じく力を管理する者の一人である。  「世界の果てに、自らを封印のくびきに投じた、一人の少年の魂が眠っている。命の輝きを見失った人々が世界を自滅へ誘うのを、その魂は身を挺して防いでいる」 ……そんな少年を救いに行くのだと、あの愚妹がマーガレットに告げ、ベルベットルームを去って行ったのは、何時の事だっただろうか。 マーガレットは、御伽噺の類だと思っていた。だが去り際に、彼女にそんな事を告白した妹の顔も声音も、真剣そのものだった。 後に主であるイゴールから、その御伽噺の真否を問うてみた所、「彼は最高の御客人であった」と答えるだけであった。 その様な存在が、嘗て世界に存在し、そしてエリザベスと絆を結んだと言う事をその時初めてマーガレットは知った。 そしてその時に初めて、エリザベスが最後に告げたあの言葉に込められた決意の意味を知った。  ……だからこそ、姉には悲しいのだ。こんな方法で、その少年を救おうとする奇跡を成そうとすると言う事が。 マーガレットは、妹を止めに来た。聖杯を、この世界に現出させてはならない。妹は、止めねばならない。 エリザベスが、契約者の鍵……客人をベルベットルームに招く為の文字通りの鍵であり、ベルベットルームの住人であれば当然所有しているこの鍵を、 <新宿>に招く為のアイテムに設定した理由は、何故か? マーガレットは、本当は聖杯戦争が間違っているのだと言う事を、 エリザベスも心の底では理解しているのだと解釈していた。本当は、止めて欲しいのかも知れない。 自らの考えが間違っているのだと言う事を教えてくれる誰かを、此処に招きたかったのかも知れない。それに選ばれた存在こそが……自分なのではないか、と。  ならば、期待通りにその思いを挫く。マーガレットも決意した。 仮に自分の推理が思い違いだとしても問題はない。そもそも自分はエリザベスを止める為に来たのである。 彼女の計画を破壊すると言う当初の目的には、何の揺らぎも無い。彼女の所まで向かい、彼女を完膚なきまで叩きのめすだけであった。  しかし、事はそう簡単には行かなかった。 エリザベスが見つからないと言うのもある、彼女が引き当てであろうサーヴァントの問題もある。 だが一番の『内憂』は――マーガレット自身が引き当てたサーヴァントにあった。 「どうしたのかなマスター。聖杯戦争も始まったのだ、我々も出向くべきではないのか?」  内憂、と言うからには当然、仲間や部下に問題があると言う事である。これは、敵などの外的要因が問題になる事よりも、よっぽどタチが悪かった。 しかも聖杯戦争において、事もあろうに手札であるサーヴァントが最大の問題になると言う事は、致命的なハンディキャップ以外の何物でもない。  マーガレットのサーヴァントである、アサシン・浪蘭幻十は実力だけで言うならば、間違いなく非常に強い部類のサーヴァントだった。 天使の美貌と怪魔の邪悪さを兼ね備えた、悪魔学が説く所の魔王・ベリアルの様な男。分子レベルの細やかさのチタン妖糸を操り敵を切り裂く魔王。 聖杯戦争の主催者に制裁を与えんと燃える魔人。  率直に言えばマーガレットは、この男に対して強い嫌悪感を覚えていた。 美の体現者足らんとする容姿の内部で燻る、頗る邪悪なその魂。何故、このような者が自分のサーヴァントなのかと悩む事も多々あった。 実力だけあれば、良いと言う訳ではない。限度がある。この男は必要以上に人を殺す。無用な殺生を招く。だからこそ、気に食わない。 今でも、令呪で自殺を敢行させたいと言うその気持ちに嘘はない。だが今は、その局面ではない。遺憾と言う他ないが、今はこのサーヴァントの力が必要なのだ。 この<新宿>に集った参加者の全てが、主催に対してその手袋を投げつけるような者ばかりではない。寧ろ殆どの場合、聖杯の奇跡を求める者の方が多いと見るべきだ。 そう言った者達への対策の為に、サーヴァントはどうしても必要になる。こんな男でも、今は生きていなければならないのだ。 それに、強い怒りを覚える。何故自分には、このような外面だけが美しい男を宛がわれたのか、運命を呪った事も一度や二度では済まされないのだ。 「外に出たいのは山々よ。私だって、こんな場所を根城にするのはいやだもの」  周りを見回すマーガレット。 この主従には、定住するべき拠点がない。いわばホームレスと言うべきか。その為彼らは、目立たない下水道を拠点にしているのだ。 片や同じ女性ですら嫉妬の念すら消え失せてしまいそうな美貌の女性。片や天界に満ちる香気と神韻でつくったとしか思えない美貌の男性。 汚水の流れる下水道に住むにはこれ以上相応しくない者があろうかと言う二人であるが、仕方がない事であった。 幻十を外に出す危険性を鑑みれば、それ位の忍耐は、マーガレットには必要なのであるから。 「既に聖杯戦争は始まり、我々が此処にいる間、外は大きく状況も動いているらしい。その流れに乗り遅れたくはないね、僕は」  契約者の鍵経由で、外で起っている事を知ったのは今日の事。 聖杯戦争の開始と同じ程に重要なのが、遠坂凛と言う少女と、セリュー・ユビキタスと言う女性の主従が行った大量殺人についての事柄だ。 マーガレットに限らず、ベルベットルームの住人と言うものは外界の情報に非常に疎い。外の世界が浮足立っている事は察知出来たが、その内容までは解らなかった。 外では世界規模で有名な事件にまで発展している、遠坂凛のサーヴァントが引き起こした大量殺人についても、知ったのはつい先ほどの事だったのだ。  情報面では完全に後手に回っていると見て間違いない。状況が動くのが早すぎる。癪な話であるが、幻十の言っている事は強ち間違ってはいない。 幻十の欲求である大量殺戮と、せつらと呼ばれる男との決着に対する欲求も同時に満たせてしまうが、何時までも下水道には籠っていられない。 マーガレットは一番近くにあったハシゴを昇って行き、外界に出ようとする。 「付近に人はいない、安心してマンホールを外すと良い」、宝具・『浪蘭棺』に腰を下ろして座る幻十。糸で近辺に人がいないか確認していたらしい。 片手でマンホールを押し上げ、マーガレットは外に出る。言葉通り、この住宅街の道路には、人一人通っていなかった。  退けたマンホールを元の場所に戻し終えると、マーガレットの近くに幻十が立ち並んだ。霊体化をした状態で、この場所までやって来たのである。 太陽が輝く晴天の下に佇む幻十の姿は、正しく青年美の純粋なる結晶体であり、天与の詩才を持った吟遊詩人(トルバドゥール)がその姿を見ようものなら、忽ち後世に名を遺す程の名詩を記してしまう事であろう。 「――ほう」  アクアマリンの板を敷き詰めた様な夏の空を見上げ、幻十が嘆息する。 服に付着した埃を払い落しながらその様子を眺めるマーガレット。次の瞬間幻十は、思いもよらぬ事を口にする。 「成程、状況が動くのが確かに早い。『いる』よ、マスター」  ピタッ、と、マーガレットの動きが止まる。瞳だけを、幻十に向ける。鏃の如き鋭い目線を受けて、幻十は微笑みを浮かべ返すだけ。 純粋たる美を極めた末に、人外の美に達したその貌に。邪悪で、狂的な光が瞬いていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  サーヴァントの気配を頼りに、アレックスが霊体化を解いた場所は、北上が住んでいるマンションの住民が使う駐車場であった。 予め用意された駐車スペースが全て、乗用車で埋め尽くされ、満車の状態を見るに、住民は皆北上のマンションにいると見て良かった。  冷や汗が、アレックスの頬を伝って行く。 初めてのサーヴァントとの交戦による緊張、と言うのも確かにある。しかし元居た世界でも、それなりの修羅場は踏んで来た。 台本(ブック)の存在しない、真剣(シュート)の命のやり取りを行って来た数だって、三度四度じゃ利かない程だ。 間違いなく百戦錬磨の勇者であるアレックスが緊張の色を隠せないのは、この駐車場と言う空間が、今まで彼が体験して来たどの戦場とも違う鬼気に満ちていたからだ。 戦場特有の、荒縄で引き結んだような空気と、空気分子に鉛でも含まれているかのような重苦しい気配は、よく知ったるアレックスのそれである。 その中にあって、独特の香気の様なものが含まれているのは、何故なのか? 今から熾烈な死闘が演じられようとしている空間が如何してこうも、華麗に見えるのか? 「来たね」  その声にアレックスが反応する。 黒色のオデッセイのボンネットに腰を下ろすような形で、相手のサーヴァントは霊体化を解いた。  ――ゾッとする程の美貌の持ち主だった。サウンドノベルやライトノベルが語彙の供給元のアレックスには、そのサーヴァントの美を形容する言葉を探せずにいた。 愛くるしいと表現するべきなのだろうか。いや違う。華麗? それもしっくり来ない。美しい? 余りにもチープでありきたり過ぎて、使う事すら躊躇われてしまう。 この男の美を表現する術は、この世の如何なる文筆家にも不可能なような気がしてアレックスにはならない。 神が、この世に満ちる全ての、『美』と言う概念の規矩足らんとして創造したような、このサーヴァントの名を、浪蘭幻十。 魔王になり損ね、枯れ果てた魔界都市<新宿>で暗殺者(アサシン)として生きねばならぬ程に落ちぶれた、宿命の子の一人。 「本当ならば、君を無視しても良かったのだがね」  スッとボンネットから立ち上がり、幻十はアレックスの方に向き直る。 宇宙の闇を裁ち鋏で切り取り、服の形に誂えた様なインバネスコートを、身体の一部の様に見事に着こなす美男子。 先程まで座っていた、ポリマーコーティングの成されたオデッセイの黒い車体が汚れたもののように、アレックスには見えた。 同じ黒でも、纏う者次第で、その格は山や谷の様に上下するのだと言う事を、彼は初めて知った。 「マスターも僕も、有象無象には興味がないんだ。が、君の方から向かって来たのならば話は別だ。目的の達成の妨げになる」 「……嘘は良くないだろ、色男」  漸くアレックスの口から紡がれた言葉が、それだった。 何秒、幻十の美を前に陶然としていただろうか。幻十にはアレックスを殺せる瞬間が幾らでもあった。 それを敢えて行わなかった。これは、幻十の圧倒的な自身の裏打ちであると、アレックスは見ている。 「俺は、アンタが天使って言われても信じはしないが……、悪魔って言われたら、その場で信じられるだろうぜ。俺が此処に来なくても、アンタの方から向かって来たんじゃないのか?」  伊達に、勇者としての生き方を強要されて来た訳ではない。 その人物が善か悪かなど、おおよそであるのならば判別出来る。しかし、アレックスが見てきた人間の中でも、幻十は初めてであった。 大抵の場合、人を善か悪かの二極に分ける場合、その判別には時間が掛かる物である。それはそうだ、人は善性と悪性が入り混じってこそなのだから。  ……珍しい何てものではない。一目見て、悪性であると判断出来る人間など、レアケースなどと言うレベルではないのだ。 この男には邪悪しかない。目的の達成の為ならば、何者でも踏み台に出来、何者の犠牲も厭わない程の人間性の持ち主。アレックスは浪蘭幻十と呼ばれるアサシンを、そう判別した。 「……ハハハッ」  短く、幻十が嗤った。小悪党の笑いではない。魔王の狂喜だった。 「愚鈍な男かと思ったが、それなりには人を見る目はあるようだ」  幻十は悪魔と呼ばれた事について、否定しない。寧ろ誇らしくすら思っていた程だ。 あの街では――魔界都市<新宿>では、悪魔の如き性格の持ち主か、天使の様な強さと苛烈さの持ち主でなければ食い物にされるような街だった。 あの街の住人であるならば、心を鬼にし悪魔とする事が生きる為の必要最低限の条件。この男にとって、悪魔だベリアルだマモンだ、と言う悪罵など、微風ほども堪えないのである。 「幼馴染がね、この街にいるんだ。僕にとって宿敵と言えるような人物は、その男一人だけ。僕が唯一、この世で認める好敵手だ」  その男が如何してこの<新宿>にいるのか、その確証はあるのかと、マスターであるマーガレットに尋ねられた事がある。 確証などない。全て勘だ。<新宿>の成り損ないの街に自分がいて、あの男がいない筈がない。それこそが、浪蘭幻十がこの<新宿>に、秋せつらがいる筈なのだと考えた全てだ。 せつらとの決着は、この男にとっては最も重要な事柄の一つ。自分の唯一の友達、自分に妖糸の技を教えた人の好い青年、やがて争い決着を付けねばならない運命を背負った男。エリザベスと言う女の制裁と同じ程、或いはそれ以上に、それは重要な事柄であるのだ。 「ただ彼は強くてね。生半な実力では少々不安が残るんだ」 「で、俺をウォーミングアップに、ってか?」  シャッ、とアレックスが腰に提げた鞘から、緑色の剣身を持った長剣(ロング・ソード)を引き抜いた。 ドラゴンソードと呼ばれるそれは、鋭利な竜の鱗を何百枚何千枚と繋ぎ合わせて作り上げた、業物中の業物である。 「君に期待出来る役割は、それしかないよ」  ドラゴンソードを中段に構え、アレックスが幻十の方に向き直る。 なるべく目線を、幻十の顔から外している。直視してしまえば、身体から溢れ出る美の瀑布に耐えられそうになかったからである。 「あやとりで、遊んであげよう。セイバーくん」  インバネスの両ポケットから腕を引き抜き、幻十は微笑みを浮かべた。 穢れの知らない子供の様に悪戯っぽく、そして、何百人もの人間を貪り喰らった悪鬼の様な邪悪な空気を醸し出す、危険な笑みであった 「残念だったな、俺はセイバーじゃなくて――」  中段の構えを解かず、アレックスは、叫んだ。 「――『キャスター』なんだよ!!」  そう一喝した瞬間、幻十の頭上で、太陽の光とは全く違う、色のついた光が輝き、弾けた。 ベージュ色とも、クリーム色とも取れる色が、駐車場中のスペースに降り注ぐ。完全に不意を打たれる形となった。 クラスの読み違いをしていた幻十は、水をいきなり浴びせかけられたような表情を浮かべ、目にも留まらぬ速さで左腕を動かす。 アレックスの目が見開かれる。クリーム色の光が、幻十を避けるように逸れて行くのだ。椀をかぶせた様な、透明なドーム状の何かに覆われ、其処に水を流した様であった。  魔術が終わり、光が止んだ。『スターライトⅠ』。アレックスが使った魔術である。 彼はこの魔術を放つにあたり、宝具、『もしもサーヴァントだったら』の効果で自らのクラスをアーチャーからキャスターに変更していた。 魔力ステータスと魔術の威力に補正のかかったこの魔術は、対魔力を保有しないサーヴァントであればそれだけで有効打に成り得る程の威力を秘めていた。 決してそれは、こけおどしでもハッタリでもない。現に、駐車場に止められていた乗用車の車体が、スターライトⅠの光が宿す凄まじい高熱で、火で炙られた飴の様にドロりと溶け始めている程だ。直撃していれば、無事では済まなかったろう。  目に見えぬ力場で、魔術を防いだのか? それとも、この男の美貌の前では、魔術ですらが礼節を弁えるのか? 魔術を防ぐを防いだトリックを看破しようと推理するアレックスであったが、その思考は強制的に中断させられる。  バグンッ、と言う音がアレックスの両サイドから響き渡った。 目線だけを素早く右左に動かす。アレックスを挟むようにして駐車されていた、乗用車二つの車体が、ゴボウか何かみたいに輪切りにされていたのである。 十以上に分けられた、輪切りの車体を見て急激に嫌な予感を感じ取ったアレックス。不可視の斬撃を、目の前の男は操るのか。 そう判断した彼は、敢えて幻十から距離を取って飛び退かず、彼の方へと走って向って行った。 この様な局面では臆して距離を取るより、接近して行った方が良い事が多いのだ。幻十もこう来るとは思わなかったらしく、一瞬だけ目を大きく見開いた。  ロングソードの間合いに、アレックスが入る。 右足で強く地面を踏み抜き、その踏込の勢いを利用、楔を打ち込むが如き勢いの横薙ぎの一撃を、幻十の胴体目掛けて放った。 ――攻撃が、幻十にドラゴンソードの剣身が当たるまで十数cmと言った所で、停止した。いや、停止させられたと言った方が適切か。 見えない壁にでも阻まれているかのように動かない、動かせない。どんなにアレックスが力を込めても、ドラゴンソードの剣身はビクともしなかった。  ――刹那、ドラゴンソードが、数cm程動いた。 違う。アレックスが即座に認識する。これは動いたと言うよりも、『撓んだ』と言う方が適切だ。 今まで彼は、目に見えぬ壁に攻撃を阻まれていたと思っていた。しかしこれは、違う。例えるならばそれは、強い靱性を持った不可視の棒と言うべきか。 それに、アレックスの一撃は防がれていたのだ。その正体を認識するよりも早く、見えない何かの撓みが、戻った。但し、凄まじいまでの力を内包して、と言う冠詞がそれにはつく。  金属バットのクリーンヒットを受けた硬球めいた勢いで、アレックスが真横に吹っ飛んで行く。 ガラスが砕け散る大音が響き渡る。車体が溶け始めている乗用車にアレックスが激突した音であった。 先ず初めにボンネットに衝突したらしい。ハンマーで強く殴打された様にそれは凹み、フロントガラスは人一人這って出られそうな程の大穴が空いていた。 アレックスは車内後部席で苦しそうに呻いており、未だに自分に何が起ったのかと言う事実を認識出来ていなかった。 「いけないなぁ、失点を重ね過ぎた」  一人で、幻十はそんな呟きを漏らし始めた。 後部席から脱出しようと、上体を動かし始めたアレックスは、その言葉を聞き逃さなかった。 「クラスの読み違いと言い、戦術のミスと言い、二つもミスを犯してしまった。これではマスターに叱られてしまうな」  アレックスの方に、困った様な笑みを浮かべて見せながら幻十が言った。 授業に使う教科書を忘れてしまった学生が、友人に対してそれを借りる時に浮かべる様な笑みにそっくりであったが、その表情を浮かべているのがよりにもよって幻十だ。嫌な予感を感じてしまうのも、むべなるかな、と言うものであった。  幻十が独り言を口にしているその間に、アレックスは呪文を完成させていた。  穴の空いたフロントガラスから、バスケットボール大の大きさをした、光り輝く球体が、弾丸並の速度で幻十の方に飛来して行く。 セイントⅡと呼ばれる呪文であり、やはりキャスタークラスで放つ魔術の為に、威力が向上している。 直撃さえすればやはり、無事では済まない威力を誇るそれが、フロントから飛び出してから十数cmと言ったほんの短い所で、粉々に霧散した。 今度と言う今度は、驚きの表情をアレックスは隠せなかった。顔中に驚愕の色が、鑿で彫られた様に刻まれている。 「考察は済ませたかい、キャスターくん」  魔王が一歩、アレックスのいる車へと近付いて行く。 「ならば、逆立ちをしても僕に勝てない事も、解る筈だ」  右腕を前方に突きだして、幻十は口にした。  ――女の指の美しさを表現する定型句に、白魚の様な指、と言う言葉がある。 白くて、細くて、皮膚が透けて見えるようで。そんな指を表現したい時に、世の文筆家はそんな言葉を使う。 だが、突きだされた幻十の右手に連なる五本の指は、そんな言葉では表現が出来ない。 指の関節に集まる皺も、筋肉を包む皮膚も、微かに桃色がかった爪も、確かに人間のそれである。全て人のそれによって構成されているのだ。 なのに、何故、この男の指は此処まで美しい。何故、この男の指は、地球の内奥で精製された高純度の石英を、連想させる?  手入れに何十万と掛けねばならないピアニストの指が、朽ちた白樺の枝にしか見えない程の繊指を、幻十はグッと握り締めた。 それよりもほんのゼロカンマ数秒程早く、アレックスが車内後部席から、消え失せていた。初めから彼の姿など、いなかったかのようであった。 幻十が拳を作った瞬間と全く瞬間に、先程までアレックスがいた自動車が五百七十七の鉄片とシートスポンジの破片に変貌した。 デタラメに、ありとあらゆる方向方角から切り刻まれたそのセダン車。本来ならば、その中にいたアレックスもまた、同じ運命を辿る筈であったのだ。 鉄とスポンジの堆積から漏れ出るのが、ガソリンや不凍液、エンジンオイルだけで、アレックスの血液が全く混じっていないのを見て、幻十は不愉快そうに顔を歪めた。 「逃げられたのかしら?」  駐車場の入口の方から、聞きなれた声が聞こえてくる。 腕を組んだ状態で、浪蘭幻十のマスターであるマーガレットがやって来た。意外な物を見る様な目で、彼女は幻十の事を見ている。 まさかこの男が、サーヴァントを一度で殺せず、取り逃すとは思わなかったからである。 「全く先が思いやられる。言い訳が出来ない程の大失態だ。これではせつらとの決着など夢のまた夢さ」  かぶりを振るい、己の体たらくに呪詛を吐き続ける幻十。 苛立ちが、彼の臓腑で蠢いていた。このまま行けば、嘔吐すらしかねない程であった。 「マスターの姿は見えなかった。外にはいないと思うわ」  マーガレットは、幻十とアレックスが戦っている間、敵サーヴァントのマスターを探し回っていた。 幻十に任せれば、何が起こるか解ったものではない。正味の話、サーヴァントであるのならば、幻十が何をしようがマーガレットは別に構わない。 殺した所で座に還るのが精々なのだから。だが、マスターとなるとそうも行かない。聖杯戦争の開始前に戦ったバーサーカーのマスターを、幻十は、 それこそ筆舌に尽くし難い方法で惨殺した。その様な光景、マーガレットも見たくなかったのだ。 だからこそ、幻十をアレックスに宛がっている間に、マーガレットは敵マスターを捜索、その令呪を破壊せんと駆けずり回っていたのである。 その最中に、戦場である駐車場で一人佇む幻十を見つけ、今に至る。一目見て、相手を倒したと言う様子でない事はすぐに解っていた。 「どんな相手だったのかしら、アサシン」 「剣を振うキャスターだった」 「キャスター? キャスターが、近接戦闘を仕掛けに来たと言うの?」  この言葉には、キャスターに後れを取ったのか、と言う非難の色も籠っている。 「本当にキャスターだったのかどうかは僕には解らないよ。彼がそう言っていただけさ。ただ、魔術に造詣の深いサーヴァントであった事は間違いない。恐らく、空間転移を使えるのだろう。それで逃げられた」  アレックスは確かに自分の事を、キャスターだと言っていた。しかしこれが、幻十には引っかかる。 それは引っ掻き傷の疼きに似て、我慢出来ない痛みではないが、その癖やけに引っかかる、不愉快な感覚であった。 どうにも奥歯に物が挟まる。アレは、本当にキャスターだったのか? 本当にキャスターであれば、マーガレットの言葉通り、 幻十を相手に近接戦闘を仕掛けに来るとは考え難い。相手のサーヴァントのクラスやステータスを視認出来るのはマスターだけ。ブラフを掛けて来た可能性も、認められる。 「……それで。逃げられたのならば、どうするつもりなのかしら、アサシン」 「無論追うさ。顔も見られた上に、僕の使う技術も、ひょっとしたら推察が付いているかも知れない。後顧の憂いは断っておきたいね」 「何処にいるのか、解るのかしら?」  空間転移とは、移動と言うプロセスを経ずに、任意の場所に瞬時に移動する高級技術である。 従って、足跡や臭いと言った、相手を追うのに必要な要素が一切存在しない。 転移で逃げられてしまうと言う事はつまり、最早相手を追跡する事は不可能である事を意味するのだ。しかし幻十は、自信満面な笑みを浮かべ、すぐに言葉を紡いだ。 「問題ない。我が糸は既に――あのキャスターの位置を捉えている」  スッ、と。幻十は頭上を見上げた。朝天に浮かぶ太陽ですらが、恥じらいで赤く燃え上がり、地上を焦土に変えかねない程の美貌は、その空に、ではない。マンションの高階の方に向けられていた。 「我が糸の結界からは何者も逃れられない」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  音もなくアレックスは、北上が住んでいる部屋のリビングへとやって来た。 緑色の業物、ドラゴンソードを引き抜いた状態で、かつ身体の所々に痣と擦り傷をつけてやって来たアレックスを、北上は心配そうに見つめていた。 「無理」  頭を横に振るって、開口一番アレックスは言葉を発した。 「む、無理ってアレックス……」 「初っ端から外れ引いちまったよ。あれは、デタラメに強い」  思い出すだけで、身震いしか出てこないアレックス。 職業柄、様々なモンスターを見聞きしたし、デーモンや死神、ドラゴン、果ては、魔王や魔神とだって一戦を交える事だってあった。 しかしあの美貌のサーヴァントは、別格。今までアレックスが見て、戦って来たどんな敵よりも、彼は強い。 いやそれどころか、聖杯戦争に馳せ参じたサーヴァント全てをひっくるめて考えても、あの男は相当な強さの立ち位置に在るであろう。 到底、アレックスの手におえる相手ではない。此処は早い所、この拠点を捨てて、ほとぼりが冷めるのを待つべきである。 その事を急いで北上に彼は説明した。その事を呑み込んだ北上が、私室へと急いで走って行く。引きこもる訳ではない。 彼女の私室には、彼女を艦娘足らしめている、14cm単装砲と、61cm四連装酸素魚雷を筆頭とした、艦娘としての艤装が安置されている。 これは彼女が聖杯戦争を生きのびる上で、必ずやキーとなる装備であると北上もアレックスも考えているし、到底此処に捨て置いて逃げるべき物でもない。 これを取りに行き、装備して逃げると言う考えは、当然のそれであった。  ドアを開け、北上が艤装を纏った状態で現れる。 何時みても不思議な装備だとアレックスは思う。園芸用のじょうろを思わせる単装砲、腰と脚部に装備された、魚雷の発射機構。 そして、実在の軍艦であると言う北上をモティーフにした、彼には全く名前も思い浮かばないような鉄の背負い物。 「海上だったらもっとかっこつくんだけどね~」、と言って北上は苦笑いを浮かべる。陸の上に、重雷装巡洋艦娘・北上が君臨した瞬間であった。 「準備は出来たよアレックス、表口から逃げる?」 「いや、非常階段から逃げよう。俺が戦った駐車場からは見えない位置にあるからな」 「了解、んじゃ早速――」  北上が其処まで言った瞬間であった。 スルッ、と言う擬音が立ちそうな程スムーズに、アレックスの左腕が肩の付け根の辺りから、下にスライドして行った。 明らかに、腕の稼働区域を超えて左腕は下がって行きそして――地面に落ちた。  北上も、腕を落とされたアレックスも、瞬間、呆然としていた。 遅れて、アレックスの苦悶の声が響いた。北上は両手で口を押える。血が、アレックスの左腕の切断面から凄まじい勢いで噴出。 忽ちフローリングに、褪紅色の水たまりが出来上がって行く。二名の混乱などお構いなしと言った風に、ベランダに面した窓がベニヤの様に切り刻まれて行く。 窓枠ごと切断されたガラス板がフローリングに落ちて砕け散る。切り刻まれたカーテンが、ふわりと舞う、その先の空に男はいた  何もない虚空に、彼は直立していた。 両腕を水平に伸ばした状態で、彼は、北上達がいる部屋に剣呑な笑みを向けている。 北上の動きが、氷の彫像のように停止する。蛇に睨まれた蛙と言うよりは、神の姿を初めて目の当たりにした敬虔な信者と言うべきであろう。 無理もない。超常の存在であるアレックスですら、男の美を見て呆然となる程なのだ。北上が、浪蘭幻十の美を見て、耐えられる筈がないのだ。  北上の心は今や完全に、フリーズの状態にあると言っても良い。 幻十の姿を見て、美しいとすら思っていなかった。彼女が認識する、美の基準点。それを遥か彼方に置き去りにする程の人外の美。 これを見てしまったが為に、北上は、間違いなく美しい筈の幻十の姿を見て、美しいと考える事すら出来なくなっていたのだ。 そんな、今の北上の状態などお構いなしに、幻十はベランダに降り立った。黒いインバネスが風を纏い、ふわりと舞い上がる。 その一連の様子だけを見たら、美しい貌を持つ悪魔が降り立ったようにしか見えないだろう。いや――黒い翼を携えた天使が、舞い降りた、と言うべきか? 「何故僕が、此処に? そう言いたそうだね、キャスターくん」  事実アレックスはそう問いたかった。 北上の部屋から駐車場までは、一般的なサーヴァントの知覚範囲を超えた距離の所にあり、縦しんば知覚能力に優れたとしても、だ。 マンションである以上部屋数が多い為、どの部屋に自分達がいるのかの判別までは難しい筈だ。 それを幻十は、初めからアレックスらが何処にいるのか解っているかのように、二人の拠点を突き止められた。何かのトリックがない限り、到底考えられない探知能力だった。 「魔界都市の住民は執念深いんだ。特に僕とその友人は、地の果てまでも追い詰めるよ」  当然、幻十としては探知のタネを言う訳がない。 しかしそのタネとは、言ってしまえば単純で、それでいて驚くべきものであった。  魔界都市に名の知れた三魔人の内の一人、秋せつらの武器とは、何か? せつらが、絶対に敵に回してはいけない魔人である事は、魔界都市<新宿>でも非常に有名な事柄であった。 彼の恐ろしさは、誰もが知っている事柄である。区内で水商売を営む、口も股も緩い風俗嬢のみならず、命のやり取りを当たり前のように行う極道者、 高田馬場の魔法使いや戸山の吸血鬼連中ですら、魔神の如きその強さを認知していた。 しかし、そのせつらが果たして、どのような武器を用いて敵を葬るのか、と言う事実までを認識出来ていた存在は、極めて少ない。 それは果たして――何故なのか? それはせつらの武器が、千分の一ミクロンと言う細さのチタン妖糸であるからだ。 千分の一ミクロン、つまり、一ナノmである。これは物質を構成する分子一個分の大きさとほぼ同じであり、如何なる生物でも目視が出来ない。 この魔糸は、空気よりも軽い上に、人肌に触れてもその軽さと細さの故に、触れられた事にすら気付かない程細やかな代物である。 指先にほんの少し乗る程度の糸球で、二万㎞、つまり、地球を一巻き以上出来る程の距離を賄う事が出来る。 それ自体は素人が触れてもただの糸であり、そもそも真っ当に操る事だって出来はしない。だが、このチタン妖糸は、せつらと幻十が操る事で、あらゆる生命をも戦慄させる恐るべき武器へと変貌するのである。  幻十が、アレックスの居場所を察知出来たのは、このチタン妖糸を操ったからである。 彼との交戦において、幻十はその局面の全てでチタンの糸を使っていた。 アレックスの詠唱した呪文、スターライトを防いだ時も、自動車を切断した時も、アレックスの剣撃を防いだ時も、だ。 彼と北上のいる部屋を探り当てたのは、糸の応用の一つ、糸による気配察知を利用したからである。幻十が空中に浮いているのは、空中に張り巡らせた魔糸を足場にしているからである。  せつらと幻十に掛かれば、空気中に満ちている毒素の構成や、部屋にいる人間の数や性別、体重身長抱えている病気、人間以外の飼っているペットの犬種猫種。 果ては、財布の中身や、磁気部分に触れてさえいればキャッシュカードの残高すら、張り巡らせた妖糸で把握出来る程である。 幻十は、アレックスとの交戦中に、察知の為のチタン妖糸を、駐車場を中心とした半径四百m全域にばら撒いていた。 必然、引っかかる。これだけの範囲内に糸を張り巡らせたのだ。生半な移動距離では、逃れる事は出来ない。 部屋の中に籠ったとしても、ほぼ無意味である。細さ一ナノmと言う事は、どんな隙間からでも侵入が出来るのだから。 網戸の網目、ドアと床との隙間、サッシとガラスの間……。アレックスは、幻十と対峙したその瞬間から、最早、逃れられぬ運命であったのだ。 「下がってろ、マスター!!」  幻十の美貌に見惚れている北上を後ろに下がらせ、アレックスが幻十目掛けて光の球体を弾丸に近しい速度で飛来させる。 つまらなそうな表情でその様子を見やる幻十。光の球は、たった四十cm進んだ所で、粉々に切り刻まれて、無害な光の粒子となり、空間に溶けて行った。  ――桁が、違い過ぎる!!――  これは、非常によろしくない事態であると言わざるを得なかった。 もしもマスターが北上ではない、もっと魔力も潤沢な人物であったとしても、目の前の美貌の男性には、敵うべくもなかったであろう。 次元違いにも程があるその力を前に、最早アレックスは、戦うと言う考えがなくなっていた。しかし、諦めて命を差し出すと言う訳でもない。 この場は、逃げる他なかった。幻十に先程、セダン車のリアシートまで吹っ飛ばされた時、その時の窮地を凌いだ空間転移。その術の名を、『エスケープ』と言う。 あの時はマスターの北上の下へと戻る為、わざと移動距離を短めに設定していたが、エスケープの転移距離は本来もっと長い。 次に魔術を発動する時は、真実幻十の糸の結界の範囲外まで、北上諸共脱出する。だが果たして――それが出来るのか? エスケープの魔術を発動させて、くれるのか?  そんな事を考えていたアレックスであったが、その狐疑逡巡を、いよいよ断ち切らねばならない時が近づいてしまった。 事態を認識した北上が、装備した単装砲を、幻十目掛けて射出したからである。凄まじい音響が、リビング中を打ち叩く。 発射の際の衝撃と大音で、部屋中の塵と埃の類が舞い飛んだ。さしもの幻十も、マスターがこのような攻撃を行えるとは予想外だったらしい。 サーヴァントは霊体かつ神秘の存在であるが故に、神秘の纏われていない銃弾や砲弾の類による損傷は無効である事を忘れ、直に、妖糸を前面に張り巡らせる。 形成された、糸による即興のネットは、単装砲から放たれた砲弾の運動エネルギーを完全に殺し、無害化。 チタン妖糸に包んだまま幻十は後方にそれを放り捨てる。ベランダから外へと放り出された砲弾は数千もの鉄片に切り刻まれ、爆発を引き起こした。  北上の幻十を見る目が、眉目秀麗な天使や仏を見る目から、怪物を見るようなそれへと変化した。 単装砲の砲弾の射出速度は、初速の時点で時速八百㎞を上回る。それ程までの速度で放たれた砲弾を、高々四m程の距離で幻十は反応。無害化したのだ。 アレックスの言った通りであった。これを、怪物と呼ばずして、何と呼ぶ!! 【マスター、これはもう手に負えない、この場は逃げるぞ!!】 【り、了解!!】  さしもの北上も、現状如何転んでもアレックスに勝ち目がない事を、認識したらしい。大人しく、アレックスの指示に従う事とした。 アレックスはこの期に及んで、幻十の武器自体が何であるのかすら理解出来ていない。いや、理解出来る方が、寧ろおかしいであろう。 何せ幻十が使う武器と言うのは、分子の小ささとほぼ同等の、不可視のチタン魔糸。アレックス本人からして見たら、不可視の何かに斬られたという認識が関の山だ。 おまけにこの糸が、高範囲に渡り張り巡らされていると来ている。故に、普通であるのならば幻十が展開した、妖糸の結界から逃れる術は、ないように思える。 しかし、方策はある。令呪一つを代償に失う事になるだろうが、死ぬよりは断然マシである。このまま状況が推移すれば、北上もろとも切り刻まれ、肉の堆積にされかねない。 【マスター、令――】  其処までアレックスが告げた時、単装砲を持つ北上の右腕の袖が、ハラリ、と地面に落ち始めた。 白く伸びたその腕が露出した瞬間、今度は無数の、朱色の絹糸を巻きつけた様な赤い線が、二頭筋の辺りまで走り始めたのである。 その赤い線に沿って、北上の右腕が、ズル、とズレ始めた。ボタボタッ、と、湿った水っぽい音が地面に連続して響き渡る。 幻十に左腕を切断されたと北上とアレックスが気付いたのは、丁度この時であった。そして同時に北上の、女性らしさの欠片もない絶叫が響いたのも、この時であった。 「――んの野郎、テメェッ!!」  怒りの狂相を露にした表情でアレックスが、やけっぱちの魔術の一つでも放とうと試みたが脇腹の辺りを妖糸で超高速で切断され、片膝を付かされてしまう。 抵抗の一つ、アレックスは満足に出来ずにいる。己の無力さと言う物を、いやがおうにも実感する瞬間だった。 「アサシン、何をしているの!!」  脂汗を浮かべ、アサシンが幻十を睨みつけ、部屋中に北上の悲鳴が響いていると言う、修羅場としか言いようのない状況に、そんな女性の声が響き渡った。 ベランダの方からである。その方には、青色のスーツを着用した、プラチナブロンドの美女がいた。間違いなく美しい女性であるのは事実だが、 天上世界の美の持ち主である幻十と比較してしまえば、酷く価値のない、それこそ路傍の石にしかアレックスには見えなかった。 どうやらこの女性が、憎いアサシンのサーヴァントのマスターであるらしい。このマスターは、如何なる手段を用いてか、マンションの六階まで此処まで跳躍して来たようだ。サーヴァントも怪物なら、マスターも怪物であるらしい。 「敵のマスター自体も、それなりに危険な娘だったからね。たった今、無力化させたところだ」  悪戯っぽい笑みを浮かべ、幻十がマーガレットにそう返した。察するにマーガレットは、北上を痛めつけた理由を糺弾しているらしかった。 しかし幻十としても、全く無意味な理由から北上にダメージを与えていた訳ではない。幻十としては、北上が持つ艤装について、それなりに問題視していた。 無論自分は当然の事、マスターであるマーガレットにすら脅威になり得ない代物ではあったが、危険である事には変わりはない。 故に幻十は、北上の単装砲を妖糸で完璧に破壊したのである。彼女の足元には幻十の仕事の証明と言うべき、百分割以上に分けられた、単装砲だった物の金属片が転がっていた。 ……そのついでに、北上の腕をも破壊する辺りが、実に、幻十らしいのであるが。  部屋の中の状況を確認。少なくとも幻十の言っている事が全て嘘の事柄でない事を、マーガレットは理解する。 今ならば、マスター諸共、サーヴァントを葬り去る事など訳はない状況だ。どうするべきか、彼女は迷っていた。 放っておいても、この状況なら相手のマスターは、出血多量で死ぬであろう。それを、待つべきか、二の足を踏んでいた、その瞬間をアレックスは狙った。 【マスター、令呪だ、令呪を使え!!】  大量出血が招く意識混濁を引き起こし始めた北上に配慮し、アレックスは叫ぶように念話を行った。 涙目になりながら、北上は小さく肯んじる。本当に幸いだった。令呪が、単装砲を持つ右腕でなくて、左腕に発現されていた事が、だ。 旭日のシンボルを模した令呪が、赤く光り輝いた。左手に思念を流し込み、北上は呟いた。酷く、苦しげな様子で。 「令呪を以て命ずる――」  ボソリ、と呟くような言葉。 しかし、この発言を聞き逃す程、幻十もマーガレットも愚かではなかった。驚きに満ちた表情で、二名は北上の方に顔を向け始める。 「私を助けて、モデルマン!!」  バレた、そう思った北上は叫んだ。その瞬間、アレックスが北上の方に飛び掛かり、押し倒した。彼女の左手の甲から、令呪が一画消え失せる。 最早幻十は完全に無視である。今は、マスターである彼女を守る事が、最優先なのだから。そしてこの瞬間アレックスは、自らが信頼する切り札の宝具を、発動していた。 「これで終わりだ」、幻十がそう言って、幾千ものチタン妖糸をアレックスの方に殺到させる。まともに直撃すれば肉片どころか、それすら残さず、肉体が塵になる程の線の殺意が、蛇の大軍めいて襲い掛かる。  この場において唯一、チタン妖糸を視認出来、その行方を認識出来る幻十の表情が愕然とする。 『弾き飛ばされた』のだ。戦車砲すら無傷でやり過ごすパワードアーマーや、焦点温度六十万度のレーザー照射に耐え、地対空ミサイルの直撃も跳ね返すデューム鋼。 果ては霊体や影すらも切断出来るチタン妖糸を全て、アレックスの肉体が斜め右上方向に跳ね飛ばしたのである。 チタン妖糸は必ずしも、無敵の攻撃手段と言う訳ではない。現に幻十は、元居た魔界都市において、自分の糸の技すら無効化する油を身体から分泌する従者を一人知っている。 しかしその従者にしたって、凄まじい潤滑性を誇るその油で、糸を滑らせて防御するだけなのだ。斬る目的で殺到させた糸を弾き飛ばして防御する等、前代未聞だ。 まさかこのキャスター……いや、モデルマンと呼ばれたこのサーヴァントは、自分や、せつらの糸をも無効化する防御の技の持ち主なのか? 幻十は、そう考えていた。  幻十の読みは、結論を言えば当たっていた。 アレックスは北上を押し倒したその瞬間に、宝具を発動させていた。北上――いや、例え魔力が潤沢なマスターを引き当てていたとしても、発動に難がある宝具。 ――『もしも勇者が最強だったら』。元居た世界でアレックスを象徴する宝具であり、この聖杯戦争における彼の切り札。 発動と維持こそ難しいが、一度発動してしまえば、例外なく、全ての干渉を跳ね除ける無敵の防御宝具。 これが発動されている間は、十数秒と言う時間制限付きとは言えど、例え幻十の魔糸であろうともアレックスを害する事が出来なくなる。 つまり今のアレックスは、生きた無敵の盾なのである。これを以てアレックスは、北上を害意から守る肉の壁になる。 そして、この宝具が切れる間、北上の傷を回復させ、エスケープを発動、この場から逃げ切る。そんな算段であった。  アレックス自身の右腕は、形を完璧に保ったまま斬りおとされた為、まだくっ付く可能性があるが、北上の左腕の場合は細切れの為、 元の状態に戻すのは最早不可能であった。故に今は、アレックスは出血を抑える為に、必死に回復の魔術、ヒールⅢを発動させている。 数秒程の時間を掛けて魔術を当て続けた結果、何とか北上の出血は押さえる事が出来た。後は、この場からエスケープで逃げ果せるだけだった。  その間幻十は、ありとあらゆる斬り方で、アレックスにチタン妖糸を殺到させていた。 斬るだけでない、ある時は糸をこより合せ、貫く様な要領での攻撃も試している。 しかしその全てが、弾き飛ばされる。全くと言って良い程干渉が出来ない。何かしらのスキル、ないし宝具を発動させたと結論付けたのは、この時だった。 「マスター、相手のサーヴァントに攻撃が通用しない。敵のマスターに攻撃させるんだ」  幻十はすぐに、無敵の防御が発動している相手が、アレックスだけだと言う事に気づいた。 彼は北上に覆いかぶさるようにして幻十の妖糸を防いでいるが、そもそもその糸の小ささは分子のそれと同じ。 例え覆い被さり抱き着いた所で、彼女を守り通す事は出来ない。被さった隙間から北上に糸を巻き付け、バラバラにする事が幻十には出来るのだ。 それを敢えてやらなかったのは、マスターの不興を、進んで買う事もないと思ったからである。が、今の状況ならこうも言っていられない。 だからこそ今幻十は、マスターの許可を仰ごうとしているのだ。……尤も、この指示を仰ぐ行為は形式的な物であり、幻十はマーガレットが断ったとしても、北上を斬り刻んで殺すつもりで満々だった。  幻十の言っている事は、正しい事だとマーガレットも理解している。 北上がモデルマンと呼んだあのサーヴァントが、何かしらの力場を纏って、幻十の攻撃から北上を守っている事は、マーガレットの目から見ても明らかであった。 だからこそ、その力場の対象外である相手のマスターを攻撃すると言う幻十の判断は、全く理に敵ってと言えるだろう。 だが――本当にやって良いものか。相手を殺す事ならば、マーガレットだって躊躇はない。しかしそれは、明白に自分の敵であり、外道の時にこそありたい。 目の前の少女のマスターが、そうだとは、到底マーガレットには考えられないのだ。  マーガレットは判断に迷う。そして、幻十は、彼女の答えなど待たなかった。 即決即答がこの場においては望ましいのに、マスターの腹が決まるまで待つ、等と言う悠長な真似など出来ない。 幻十が彼女の腹づもりを待つのにかけた時間は、ゼロカンマ七秒程。これ以上待つ気など、幻十には無かった。 北上に巻き付けたチタン妖糸を、収束させる。幻十、せつらの操る妖糸は、二名の、指を筆頭とした身体の筋肉の動きを光速で伝える。 これはつまり、巻き付けてしまえば、指示次第で相手の体など瞬時にバラバラに出来ると言う事なのだ。 指を動かした瞬間、幻十は勝ったとすら思っていた。が、即座にそれは、思い違いだったと自覚する事になる。 妖糸から、筋肉を斬り、骨を断った感触が伝わって来ない。逃げられた。その証拠に、目の前から二名の姿が消失している。 糸の結界も、アレックスと北上を感知出来ていない。張り巡らせた糸の外にまで、転移したのだろう。 収束させた糸にしても、精々が、北上の皮膚の薄皮一枚に溝を作った程度のダメージしか与えられなかったに違いない。 「全く、厄日だな……」  ふぅ、と溜息を吐いた瞬間、北上達が住んでいた部屋の調度品と言う調度品が、幾百幾千もの欠片に、一秒掛からずして分割されて行く。 テレビ、テーブル、パソコン、衣装箪笥、冷蔵庫、台所、食器、ドア、トイレ、ベッド……。部屋にある物と言う物全てが、 部屋に張り巡らせていた妖糸が細切れにして行く。糸の殺意が十秒程部屋を蹂躙した頃には、嘗ての生活スペースには、元が一体何であったのか、判別がつかない程細かく分けられた塵芥しか存在していなかった。  その様子を、冷めた瞳で眺めるマーガレット。 このアサシンは自分の実力に絶対の自信を持っているし、面子と言う物を兎角大事にするサーヴァントだった。 大見得を切っておいて、相手に逃げられたのである。その腸は、酷く煮えくり返っている事であろう。 「お優しい事じゃないかマスター。名も知らない、縁もない。そんな人間に、情でも湧いたかい?」  物に当たる程度では、到底怒りが冷ませないらしい。 いつもマーガレットが幻十に対してやっているように、今度は幻十がマーガレットに対して非難の目線と言葉を投げ掛けた。 「放っておいてもあの調子では、サーヴァントは魔力不足で消滅するわよ。見た所あのマスター、魔力を全く保有していなかったわ」  あの短い交戦時間で、マーガレットは、北上に魔力が全くない事を看破していた。 その様なマスターが、あれだけの手傷を負わせたサーヴァントの傷を回復させるだけの魔力を、補える筈がない。 放っておいても、以て一日、最悪半日程度であの主従は脱落するだろう。それは幻十にも解るのだ。が、彼としては、この場であの主従を殺しておきたかったのである。 「時間を消費したわ、アサシン。この場から早く立ち去るとしましょう」  これ以上この話題は引き摺る事をしない事としたマーガレット。 あれだけの騒ぎになったのだ。此処での交戦が表沙汰になるのも、時間の問題である。 火中に何時までもいる理由はない。早くマーガレットは、エリザベスを探さなければならないのだから。 「……フン。それもそうだな。解ったよ、マスター」  言って幻十は、張り巡らせた糸の結界を右手に収斂させ、粒の様に小さい糸球に戻した後で、霊体化を行いマスターに従順の意を示した。 その時の彼の瞳に燃え盛っていた、マスターに対する叛骨心の強さよ。きっと、『神』に反旗を翻して見せた美しい熾天使、ルシファーにも、 同じような光が宿っていたに違いない。そして、アサシンのそんな心の内奥を、マーガレットもまた認識していた。 せつらとの決着をつけた時。エリザベスとの蟠りを解消した時。二人は果たしてどうなるのか。賽の目はまだ投げられ、その目を決めている最中であった。 ---- 【落合方面(上落合・北上の住んでいたマンション)/1日目 午前7:40分】 【マーガレット@PERSONA4】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]青色のスーツ [道具]ペルソナ全書 [所持金]凄まじい大金持ち [思考・状況] 基本行動方針:エリザベスを止める 1.エリザベスとの決着 2.浪蘭幻十との縁切り [備考] ・浪蘭幻十と早く関係を切りたいと思っています ・<新宿>の聖杯戦争主催者を理解しています。が、エリザベスの引き当てたサーヴァントまでは解りません 【アサシン(浪蘭幻十)@魔界都市ブルース 魔王伝】 [状態]健康 [装備]黒いインバネスコート [道具]チタン妖糸を体内を含めた身体の様々な部位に [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:<新宿>聖杯戦争の主催者の殺害 1.せつらとの決着 [備考] ・北上&モデルマン(アレックス)の主従と交戦しました ・交戦場所には、戦った形跡がしっかりと残されています(車体の溶けた自動車、北上の部屋の騒動) ----  北上はビルの壁に背を預けながら、泣いていた。 腕を失った事に対する事もそうだ。痛みは今も、尾を引いている。だがそれよりも、恐ろしさで彼女は泣いている。  率直に言えば北上は、聖杯戦争を侮っていた。完全に嘗めきった態度で臨んでいたと言っても良い。 自分は曲りなりにも、深海棲艦との、戦争と呼んでも差し支えのない戦いを経験した艦娘である。修羅場には自信がある、そんな思い込みがあった。  それがとんだ思い上がりだと言う事を、骨の髄まで認識させられた。 浪蘭幻十。あの美貌のアサシンの姿は、今も瞼の裏に焼き付いていた。北上の両眼球の水晶体は今や、彼のイメージしか像として結びつけていない。 あの姿を連想する度に、余りの美しさと、性格の悪辣さと恐ろしさに身体が震える。天使の様な美貌を持ちながら、相手を殺し、痛めつける事に何の躊躇もない魔人。 その本質を北上は漸く理解していた。そしてその悲しみを助長させるのが、右腕に走る痛みである。 戦いを舐めて掛かった代償が、二頭筋より先のない右腕である。この手傷では二度と、自分は深海棲艦との戦いに望めないだろう。 二度と、吹雪や大井達が所属する遊撃部隊と戦う事も出来ないであろう。その現実を認識した瞬間、また北上は泣き始めた。 最初に泣いたのは、いつ以来だろう。初めて深海棲艦との戦いで被弾した時だったかもしれない。 あの時はみっともないから、もう泣くまいと心に決めていたのに、今は心とは裏腹に、涙がとめどなく溢れて来る。  気の毒そうな表情で、アレックスはその様子を眺めていた。 幻十に斬り落された右腕の治療は、今終わった所だ。元々サーヴァントは、マスターから供給される魔力や、自己が有する魔力で仮初の肉体を形作った存在。 出血にしたって本当の血液と言う訳ではなく、魔力で形造られた血液なのだ。理屈の上では、霊核が無事で、回復に必要な魔力量と十分な時間があれば、回復は容易い。 だからこそ彼は、自分の治療を後回しにした。テレポートで転移する際に、切断された腕を持って来ていた。 切断面が極めて滑らかだった為に、回復は容易かった。今ではもう人を殴れる程にまで傷は回復している。 ……北上の方は、腕自体が骨ごと細切れにされていた為に、最早回復など出来なかったが。 「……悪いな、マスター。不様な姿を晒した」  この裏路地にきてから、北上は言葉を発する事なく泣き続け、アレックスはその声を耳に、ずっと治療に専念していた。 いつまでも黙っている訳にも行かない。そんな状況下で初めてアレックスが発した言葉が、これであった。 「勇者が笑わせるな。全く相手にならなかったぜ。……本当に悪い」  何が、自分が最強だと思うだ、笑われる。アレックスは心の中で、自分自身の顔面に斧を打ち込んだ。 勇者だ最強だと言っておきながら、結果は散々たるものであった。得られたものは何一つとして存在せず、徒に魔力と令呪、身体の一部を失っただけ。 無能と言う言葉が、アレックスの脳裏を過って行く。 「いいよ、アレックス。私は大丈夫。助けてくれて、ありがとね……」  沈んだ気持ちのアレックスに笑顔を向けようとする北上だったが、全く笑顔の体を成していない。 すぐにその事に気づいたのか、彼女は顔を伏せ、また肩を震わせた。大丈夫な訳がない。腕を失ったのだ。気丈に振る舞える方が、どうかしていた。  巻き付けた鉢巻を目深に下げて、アレックスが物思いに耽る。 勇者と言う役割など、元の世界では飾りも同然で、世界の法則次第では、アレックスは勇者になる事もあれば、 魔王と一切引けを取らない程の悪行を犯す事もある大悪党になる事があったからだ。 ある時は魔王が勇者の代わりに世界を救う事だってあったし、その仲間が代わりに世界を救ったり滅ぼしたり、果ては勇者でなくて何の接点も無いただの村民がその役を負う事だって珍しくなかった。  この世界は、そんな法則の外に在る場所であった。 この世界では、運命も役割も絶えず流転している。定まったロールなど、何一つとしてこの世界には存在しないのだ。 多くの参加者が、己の利害と目的の為に動き、それらが衝突しあう世界。聖杯戦争と言うのはつまり、予め定まった筋書きの存在する話ではない。 個々人の役割や目的が衝突しあう、未知なるシーソーゲームであったのだ。その事にアレックスは、今ようやく気付いた。  そんな世界であったから、元の世界では、本気で人を恨むと言う事自体がアレックスにはなかった。 何故なら憎い人物がいたとしても、所詮その憎悪はその時の世界の法則下での話であり、再びリセットされてしまえば全てがなかった事になる。 恨むと言う行為自体が馬鹿馬鹿しい事柄であったからだ。だが、此処<新宿>には、アレックスが元居た世界の絶対法則である『もしも』が存在しないのだ。 生物の利己と利害、目的とが渦巻く伏魔殿。その事を認識した瞬間、アレックスは、初めて相手を本気で憎んでいた。  ――男女の垣根を超える美貌の持ち主。どんな背景に組み込んでも、世界をその美に統合してしまう程の顔つきの男。 アサシンのサーヴァント、浪蘭幻十。悪を討ち、世界を救う事を宿命づけられた勇者の心に、強い憎悪が燻り始める。  ――……絶対に殺す――  その為だったら、魔王にだって、悪魔になる事だって辞さなかった。 この感情を、今のアレックスは大事にする事とした。この感情がある内は、本気になれるから。マスターを、守れる気がしたから。 二度と、悔しい思いなど、味わう事もなさそうな、予感がしたから。目の前で北上は、今も泣き腫らしているのだった。 ---- 【歌舞伎町、戸山方面(新宿二丁目、裏路地)/1日目 午前7:40分】 【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】 [状態]肉体的損傷(大)、魔力消費(中)、精神的ダメージ(大)、右腕欠損、出血多量 [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]鎮守府時代の緑色の制服 [道具]艤装、61cm四連装(酸素)魚雷 [所持金]一万円程度 [思考・状況] 基本行動方針:元の世界に帰還する 1.なるべくなら殺す事はしたくない 2.戦闘自体をしたくなくなった [備考] ・14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました ・今回の事件がトラウマになりました ・住んでいたマンションの拠点を失いました 【モデルマン(アレックス)@VIPRPG】 [状態]肉体的損傷(大)、魔力消費(中)、憎悪 [装備]軽い服装、鉢巻 [道具]ドラゴンソード [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:北上を帰還させる 1.幻十に対する憎悪 2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る [備考] ・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです ・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。 ・幻十の武器の正体には、まだ気付いていません **時系列順 Back:[[僕は、君と出会えて凄くHighテンションだ]] Next:[[未だ舞台に上がらぬ少女たち]] **投下順 Back:[[鏡像、影に蔽われて]] Next:[[DoomsDay]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:マーガレット|28:[[超越してしまった彼女らと其を生み落した理由]]| |~|CENTER:アサシン(浪蘭幻十)|~| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:北上|24:[[絡み合うアスクレピオス]]| |~|CENTER:モデルマン(アレックス)|16:[[カスに向かって撃て]]| ----

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