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かつて人であった獣たちへ」(2016/11/03 (木) 18:50:21) の最新版変更点

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 ジャバウォック、高槻涼の威容を見て逃げ惑う市民に混じり、ロベルタは街を走っていた。 最早市民は恐慌状態にあると言っても良く、蹌踉とした足取りで場から遠ざかろうとする者が殆どの中に在って、 ロベルタは、実に確固とした足取りでその場から急いで離れていた。もしも、潰乱状態の市民達の中に、ロベルタの今の状態に気付ける者がいたら、 きっと、妙に思える事であろう。そもそもロベルタは、あの化物が攫って来た人物なのではないのか? そんな、一番恐怖の最前線に立たされていた彼女が何故、一番冷静なのか、と。  ウラを明かしてしまえば何て事はない、高槻とロベルタがグルであった、と言うだけだ。 だが、走り方こそ市井の一般住民のそれとは違うが、何かから逃げている、と言うのは本当の話である。 ジョナサン・ジョースター。自らの爪を拳銃並の速度で射出する、異端のアーチャーのマスター。 初めて言葉を交わした時、ロベルタは、何と甘い男なのだろうかと彼を嘲笑していた。 血が香り、死神が魂を刈り取らんと彷徨う、戦場の住民であったロベルタは、ジョナサンはこの聖杯戦争を生き残れはしないだろうと踏んでいた。 理想主義者と平和主義者は、買えないおもちゃを親にねだる駄々っ子と同じである。叶わぬ願いを求めて走る個人など、馬鹿を通り越して愚かである。  ……だと、思っていたが。 糖蜜よりも甘い男だと侮っていた男から、情けも甘えも一切消え失せ、無慈悲で、それでいて激流の様な怒りが露になった瞬間、ロベルタは反射的に、 逃走の姿勢を取ってしまっていた。柔弱な平和主義者だと思っていた男の皮膚が剥がれてみれば、現れたのはロベルタも知ったる戦士の顔。 但し、戦士は戦士でも、彼女が掃いて捨てるほど見て来た、相手を絶対に殺し、自分だけは絶対に生き残って利益を掠め取りたいと言う、 カスにも劣る狗の如き戦士ではない。もっと別の、ロベルタの語彙と経験では表現出来ない程、高尚な物の為に戦う戦士。そんな印象を、彼女は抱いた。 その訳の解らなさと、今まで彼女が見て来た、如何なる男よりも明白な、『殺す』と言う意思をぶつけられた瞬間、彼女は逃げていたのだ。  人生の多くをゲリラとして、殺しと戦いの世界に生きて来たロベルタは、聖杯戦争に参加しているマスターの中で、自身は屈指の実力者だと言う自負があった。 耐えて来た訓練の果てに得た戦闘能力、それをフルに生かした実戦経験。魔力の少なさと言う点が痛いが、他のマスターにはない重要な個性だと強く思ってもいた。 それを、粉々に打ち砕かれた。ジョナサンが放った殺意と敵意は、伊達ではない。こう言った敵意と言うものは、放つ存在の『強さ』に比例する。 先ず間違いなく、あの男と戦って、無事には済まない。ロベルタが下した結論が、これだった。一矢報いる事は、出来よう。 しかし、それでは意味がないのだ。ロベルタは絶対にこの聖杯戦争を生き残らねばならない。汚れた灰色の狐を地獄に叩き落とすその日まで、 ロベルタは、泥水を啜り、野草を喰らってでも生きる覚悟であった。  逃走ルートを、市民が逃げ惑う大通りから、入り組んだ裏路地のルートへと変更する。 いや、逃走、と言う言い方は使うべきではないのかも知れない。より正確に言えば、『高槻涼の回収ルート』と言うべきなのだろう。 聖杯戦争の参加者、否、魔術師の特権と言うべきか。彼らには念話と呼ばれる、会話やノートテイクとは違う、思った事を口に出さず、 心の中で伝達させると言う技術が使えるようになっている。便利である事は言うまでもない、軍事技術に転用出来ればどれ程の変革を齎せるか。 わざと迂遠なルートで<新宿>二丁目を移動し、少々の時間が経過してから、高槻達が戦っている所に戻り、念話を以て高槻に戦闘の終了を報告、この場から立ち去る、と言うのが、ロベルタが考えた計画であった。  しかし、これは危険な綱渡りである。態々火事場に飛び込むと言う事もそうであるが、念話自体にも問題があるのだ。 先ず、引き当てたサーヴァントがバーサーカーと言うのが悪い。狂化により理性が大幅に欠如、言語は喪失と、コミュニケーションに致命的な難がある。 多少の意思疎通は出来る事は確認済みであるが、戦闘の昂揚に入った高槻に、念話による命令が通じるかどうか。 そしてもう一つの問題が、念話が有効に働く距離。ごく簡単な実験で試した事があったが、高槻に念話による命令が有効に働きうる範囲は、 彼を中心とした半径十m程度でしかない。それを超えた範囲での念話は、狂化した高槻にはほぼ意味を成さない。 半径十mにまで近づかねば念話に意味がなくなる。これは、何を意味するのか。それは、高槻を回収するには、ロベルタは鉄火場まで自分の足で行かねばならないのだ。 高槻涼と言うサーヴァントがその暴力を発散すれば、自分自身ですら粉砕しかねない。その暴力が直撃する、その範囲まで彼女は向かうのである。 リスクが、高すぎる。しかし、此処で令呪と言う切り札を切るのも、気が早すぎる。此処は、多少のリスクを覚悟せねばならない時であった。  一年通して陽が一番高く上る夏の時期ではあるが、<新宿>の裏路地では、真昼にでもならない限り日は差さない。 <新宿>で聖杯戦争をするにあたりロベルタは、この街の裏路地、と言う名の、彼女自身がその暴威を余す事無く振える場所に既に目星を付けていた。 当然、道順はその際に覚えている。市街戦に於いて、ルートを頭に叩き込むなど基本中の基本。 今ではロベルタは、<新宿>どの道を行けば何処に繋がっているのか、と言う事を完全に把握している。今走るルートで、今のペースで走り続ければ、数分の内にジャバウォックの下へと到達出来る。  もう少し、ペースを上げるか、と思い速度を上げ始めた、その時であった。 ロベルタの前方十m先の地点に、何かが頭上から勢いよく落下して来た。其処で勢いよく立ち止まるロベルタ。 着地の際に一切の音こそ立てなかったが、それは、人間だった。それも、頭が黒く、黒い紳士服を着用した、大柄なアングロサクソン。  ジョナサンは、ロベルタと言う女性が裏路地を通るであろう事は予測出来ていた。 日の当たらない、日陰の世界の住人であるヤクザを狙って襲うと言う手口からの、簡単な憶測である。 仮にそれが嘘だったとしても、今回に限って言えば、裏路地を移動ルートに選ぶであろう事は予測していた。 ロベルタは確実に、バーサーカーのサーヴァントを後で呼び戻すであろうとジョナサンも思っていたのだ。必然的に、ジョナサンを撒いた後、 高槻のもとまで戻る必要がある。だが、今も市井の住民がてんやわんやの状態の大通りで、バーサーカーの下に戻るのは、要らぬ誤解を生む。 だからこそ、一端路地裏を経由する必要がある、こう考えたのだ。結局、この憶測はロベルタの心理を完璧に等しく読み当てていた。 もしもロベルタが、多少のリスクを覚悟で、来た道である大通りからジャバウォックを回収しに行っていれば、きっとジョナサンに出会う事もなかったであろう。  尤も、ジョナサンにしてもこのような移動ルートを辿る様な事になるとは、思わなかった。 ロベルタの移動速度が、見た目の割には想像以上に速かったせいで、予想だにしなかったショートカットを選ばざるを得なくなった。まさか彼女が過去、厳しい軍事訓練の末に人間の限界の閾値に近しい身体能力を得た女などとは、 誰も思わないだろう。この結果、ジョナサンは仕方なく、建物の屋上をそれこそ忍者か猿の様に跳躍して、ロベルタを追い詰めねばならなかった程だ。 「お――」  追い詰めた、そう言おうとしたジョナサンであったが、その続きは、けたたましい銃声がかき消した。 コンマ一秒に迫る程の速度で、ヤクザから奪い取った拳銃を懐から取り出し、ロベルタが躊躇なくジョナサンの額目掛けて発砲したからである。 しかし、ジョナサンはロベルタのこう言った行動を読めなかった訳ではない。ヤクザの事務所を襲撃し、躊躇なく自分達を狙撃する人間である事は確認済み。 不意打ちの一発は、十分予測出来ていた。だからこそ、上体を大きく横に傾ける事でジョナサンは銃弾を回避して見せた。 「君がその気なら、僕は君の影すらも灼いてみせよう」  堅く拳を握り締め、ジョナサンは口にした。 凛冽たる決意に満ちたジョナサンの顔つきとは対照的に、ロベルタの表情には、羅刹と見紛う程の殺意と敵意が鑿を当てて見せた様に刻まれていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  市街や室内で銃撃戦を行う上で、特に警戒するべきは跳弾である。 跳弾とは一般人が認識している以上に頻繁に起こる現象で、敵に向かって撃った銃弾が、跳弾で味方に直撃すると言う事故は、珍しくも何ともないのである。 銃とは、こと生身の生物相手にはこれ以上とない有効武器であるが、これが物質、特に石や金属に対しての破壊力となると、大きくその有効性が落ちる。 と言うのも、銃は弾道の角度と言うものに恐ろしく左右される武器であり、下手な角度で物に対して撃てば、日干し煉瓦ですら跳弾が起きる程である。  だから本来、<新宿>、特に、ロベルタが今いる建物と建物との幅が三mもなさそうな狭い路地で、銃弾を撃つ事は好ましくないのだ。 この狭いルート、しかも鉄筋コンクリートの壁が両サイドに聳える場所で銃を撃てば、ほぼ確実に跳弾が起きるのだから。 ――そんな事などお構いなし、と言わんばかりに、ロベルタは、ありったけの殺意を秘めてジョナサン相手に拳銃を撃ちまくっていた。 周りに味方がいるのならばいざ知らず、一対一の戦いで、跳弾を恐れて発砲を控えるようならば、殺されるのは自分自身なのだ。 躊躇も何もない。発砲音を恐れて人が集まろうが、知った事か。今は、目の前の敵を殺す事に、ロベルタは全意識を集中させている。  腹部目掛けて銃弾を発砲するロベルタ。 腹部は一般的には急所に類する部位と言う認識は薄いが、人間の腹には大腸と言う部位が当然収まっており、其処には大便が溜められている。 此処を銃弾で撃ち抜かれると体内に便が飛び散り、感染症で死ぬリスクが増大する。戦場で撃ち抜かれればほぼ死んだも同然なのだ。 おまけに的も頭に比べて大きく狙いやすい。狙えるのであれば、頭よりも積極的に狙うべき箇所であった。 しかし、未来でも予測出来ているかのような直感力で、ジョナサンは弾丸を回避。その後、壁の方を『垂直』に駆け上がり、一定の高さまで到達した所で、 壁を勢いよく蹴り、ロベルタの方へと急降下。彼女の頸椎目掛けて、強烈な浴びせ蹴りを見舞おうとする。 彼女は、ジョナサンのこの一撃に、巨大な斧が振り下ろされるイメージを見た。バッと身体を勢いよく屈ませ、寸での所で蹴りを躱す。 髪の毛が数本、彼の靴に持って行かれた。反応が遅れたら持って行かれたのは、髪ではなく首の方であったろう。 毛根が頭皮から引き抜かれた、その痛みの電気信号で、ロベルタは反射的に、膝を勢いよく伸ばし、その勢いを利用して前方に向かって飛び込んだ。  蹴りが躱され、地面にジョナサンが着地する。 飛び込んだ先でロベルタは膝立ちの状態になっており、ジョナサンの背中に銃弾を発砲した。狙いは肺である。 だが、まるで後頭部にも目があるのかと疑る程の勘の良い男だった。着地した、膝の力だけでジョナサンは何mも跳躍。 背面飛びの要領で、彼は銃弾を避け、ロベルタを飛び越し、彼女の三m背後に着地。信じられないものを見る様な目で、ロベルタは背後のジョナサンの方を振り返った。  ジョナサンが地を蹴り此方に向かって来る。 殆ど反射的に飛び退くロベルタ。ジョナサンが拳を引いた。殴り飛ばす気なのだろうか。彼我の距離は四m程も離れている、当たる筈はない。 しかし、軍人として培ってきた彼女の勘が、告げていた、何処でも良いから身体を動かせと。それに従い、右側の壁に身体を動かした、その時だった。 見間違いでも何でもない。ジョナサンの右腕が、直線状に『伸びた』。腕の長さ自体が、それこそ熱したチーズのように、二m程も伸びたのだ。 驚きに目を見開かせた時にはもう遅い、伸びた右拳が、彼女の左肩に突き刺さる。ゴキャッ、と言う厭な男が響いた。肩の骨を、砕かれた痛みが全身に伝播する。 ぐっ、と口から苦悶の声が上がる。拷問された時の訓練も受けている為、この程度では音を上げない。 寧ろ、利き腕が破壊されなかっただけ、まだ好都合だと考えた。伸びた腕――ズームパンチに使用した右腕を元に戻しているジョナサン目掛けて、 ロベルタは発砲。弾丸は、ジョナサンの鳩尾に吸い込まれ――刺さった!! だが、ロベルタの目にはどうにもおかしく映った。 彼の鳩尾に弾丸は命中したが、様子がおかしいのだ。背中を突き抜けた訳でもなければ、体内に残ったと言う訳でもない。 クラシカルな黒い紳士服でどうにも、弾の様子が掴み難い。目を凝らしたその瞬間、ジョナサンが勢いよく飛び出して来た。 ハッとした表情で、彼女は思いっきり身体を屈ませ、不様に横転。その場から距離を離す。彼女が先程まで背を預けていたビル壁に、ジョナサンの左拳がめり込んでいた。  予め、はじく性質の波紋を身体に流しておいて良かったと、つくづくジョナサンは思っていた。 これがなければ、銃弾で致命傷を負っていたであろう。実際、彼に向かって放たれた銃弾は、刺さり、ダメージを受けたが、肉体を突き抜けるには至らなかった。 並の波紋戦士であれば、体内にまで弾が侵入していただろう。それを許さなかったのは、ひとえにジョナサンが極めて優れた波紋戦士だからに他ならない。  そう言った、ジョナサンの素性を知らないロベルタは、化物でも見るような目で彼の事を睨んでいた。この程度のオモチャでは殺すには至らないのかと、歯噛みする。  ロベルタが保有している拳銃は、ベレッタ92F。向こう――合衆国――ではメジャーな現行器である。 警官のみならず軍部でも採用している事で有名で、ロベルタもゲリラ時代使った事がある。そして、好きな銃ではない。 好ましくない国家である合衆国製の物であると言うのもそうだが、そもそもロベルタは重く、威力の高い銃を好む傾向が強い女性だ。 そう言った宗旨を曲げて、この銃を使う理由は、ただ一つ。これしか使える武器がなかったからである。 銃規制が非常に厳重な日本においては、ヤクザやマフィアの類が銃を持ちこむ事すら一苦労だ。ロアナプラと違い治安にはうるさいのである。 サブマシンガンやアサルトライフル、グレネードの保持など以ての外。従って、このようなケチな拳銃しかロベルタは奪えていないのである。  ――金だけはある癖にケチなアウトロー……――  と、何度この国のマフィアの類に愚痴ったかは解らない。 彼女が愛用するミニミやグレネードさえ入手できていれば、目の前の気取った男など、そのまま挽肉であった。 それが出来ない事に、イライラが募って行く。左肩を砕かれた痛みですら、忘れられそうな程であった。  マガジンに込められた弾丸は、残り数少ない。 アジトに行けば数十丁もの拳銃が保存されているが、今は二丁だけ。弾薬もあるにはあるが、目の前の男が相手では、装填している間に殺されるのがオチだ。 だからここは彼女は――逃げる事にした。但し、尋常の方法では逃げられないので――尋常じゃない方法で逃げる事とした 出来るかどうかは微妙な線ではあるが、やるしかない。ロベルタの目線は、ビルに備え付けられたクーラーの室外機に向けられていた。 ジョナサンとロベルタを挟む二つのビルは雑居ビルであるらしく、二階部分にも三階部分にも、室外機は露出されている状態だった。 彼女は、最初の跳躍で一階部分の室外機の上に乗り、其処でまた、室外機が凹む程の勢いでジャンプ。 二階部分の室外機に、片手の力だけでしがみ付いた。彼女の意図する所を知ったジョナサンが、追いかけようとするが、その頃には彼女は二階の室外機の上に上っていた。 其処で彼女は、ベレッタを発砲し、地上のジョナサンを迎撃する。これを彼は回避。再びロベルタが室外機から跳躍、三階部分のそれにしがみ付き、 再びその上に一秒経たずしてよじ登る。追い縋ろうとするジョナサンであったが、ベレッタで牽制射撃をロベルタは行い、行動を封殺する。 両サイドの建物の階数自体は、屋上部分を含めて五階まで。つまり、室外機はあと一つしかない。 其処目掛けてロベルタは最後の跳躍を行い、しがみ付き、室外機の上に降り立つ。此処まで来たら、もうしがみ付く為の室外機を探す必要などない。 これを蹴り抜き、思いっきり跳躍。凄まじい脚部の筋力で蹴り抜かれた室外機は、ガコンッ、と言う音を立てて接続部から外れ、地面へと落下して行く。 ガシッ、と、屋上の柵部分をロベルタが握り締める。片腕の腕力だけで、鉄柵をよじ登って行き、ある高さまで着た瞬間、鉄棒競技の大車輪の要領で、 大きく一回転。雑居ビルの屋上に降り立った。――その瞬間だった。  ガクンッ、と、腰が抜けるよう感覚をロベルタは憶えた。一瞬膝を付きそうになるが、柵を掴む事で何とか免れる。 FARCに志願入隊して間もない頃を思い出す。あの頃は地獄の様なシゴキと訓練にも耐性がなく、訓練が終わったその時など、膝や腰がガクガクになり、 全身を襲う筋肉痛で死ぬような思いであった。あの日の感覚と今の感覚は似ていた。 動くのが気怠い。しかし此処で動くのを止めては殺される。自らの身体に喝を入れ、その場から逃げ去ろうとしたその時――見た。 目線の先百と余m程先の交差点地点で戦う、ジョナサンのサーヴァントと正体不明の乱入者のサーヴァント。 そして、あと一人。自分が全く見た事もない姿をした、巨大な鬼の様な姿をした何かを。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  口から火を吐く生き物、と言うものは、国を問わず、どの人物も昔から抱くイメージの一つである。 あり得ないものを呼気として吐き出す、その事に非日常性と、幻想性を感じるのかも知れない。 アレックスは口から火を吐く生物の典型例、それこそドラゴンやキメラとも戦った事があるが、ジョニィはそう言った存在と対峙するのは、初めてだ。 そしてジョニィは――叶う物なら、そう言った存在と戦うのは今日で最後にしてほしいものだと、心の底から思っていた。  タスクACT3の能力を用い、黄金回転の渦の中に潜航するジョニィ。 渦の中から見える風景は、熾烈と言う言葉ですら生ぬるい、戦場の風景だった。  嘗て高槻涼の姿をしていた、自らをジャバウォックだと名乗るバーサーカーは、その口から紅蓮の炎を吐き出していた。 炎は地面の砂粒を一瞬でガス蒸発を引き起こす程の温度で、この炎が車体に当たった瞬間、内部のエンジンとガソリンに引火、大爆発を引き起こす。 車の爆発につられてまた、後ろの車両も爆発し――と、地獄とは、まさに此処の事を言うのだと言われても、ジョニィは信じる事が出来た。 魔獣が吐き出す地獄の業火を、アレックスは回避し続ける。走る、跳ねる。最早、防げる威力の範疇を超えた温度の為、槍で弾く事すら彼はしていなかった。  黄金回転の時間が切れそうになったジョニィは、渦から飛び出し、その姿を露見させる。 ジャバウォックとの距離は二十m弱も離れており、交差点からかなり先の場所だ。此処からジョニィは、ACT2の爪弾を左手から射出させまくる。 魔獣は、避けない。そして、身体に何の変化もない。銃創すら出来上がっていないのだ。 アーチャーとして現界し、優れた視力を持つに至ったジョニィは、何が起ったのか見えていた。爪弾が、気体になって消滅したのである。 何かの熱を纏っているのか、と考えたジョニィの考えは正しい。今のジャバウォックの体温は、飛来した弾丸すらも一瞬で気化させる、八千六百度。 バーサーカーは本来対魔力を持たないサーヴァントであるが、この熱源により、物理的な干渉力に対する防御力をも兼ねた、天然の対魔力スキルを保有しているに等しい状態と言っても良い。  身体に纏われた温度の故に、アレックスは完全に攻めあぐねている状態にあると言っても良く、接近の為に近付いたその瞬間、 彼は膨大な熱によるダメージを受ける、と言うやり取りを何度も繰り返していた。損傷覚悟での一撃を何度か加えはしたが、ジャバウォックの肉体自身が埒外の耐久力を誇る為に、全く決定打には至らない。 「目障りな羽虫め」  言ってジャバウォックは、その右腕を、竜巻の様な勢いで振るい、アレックスを迎撃する。 攻撃の予兆を読んだアレックスは、何とか数m程飛び退いて攻撃を躱すが、衣服の腹部分をバッサリと斬り飛ばされていた。 攻撃の『おこり』を読んでいて、かつ無造作な攻撃ですらこれなのだ。本腰を入れて攻撃を入れていたどうなっていたのか、解ったものではない。  自らの身体の魔力を燃焼させ、アレックスは、自分が戦っている地点を中心とした直径二十m地点全体に、クリーム色の光を浴びせ掛ける。 アレックスが使う光の魔術は、単体を攻撃するものはセイント、複数体を攻撃するものはスターライトとラベル分けがしてあり、この攻撃は後者のものだった。 これまでアレックスが全体のものを放たなかったのは、ジョニィが近くにいた事もそうなのだが、自分が範囲攻撃を使えないとジャバウォックに誤認させたかったからだ。 目論見通り、不意を打たれた形になった魔獣は、直にスターライトの神秘の熱光を浴びせられ、ダメージを負った……筈である。  ――効いてるのかよ……これ――  直撃は、絶対にした。客観的に見てもアレックスの目から見ても、それは確実だ。 全くダメージを与えられているように見えないのも、客観的に見てもアレックスの目から見てもその通りであった。 ジャバウォックの灰銅色の身体、その表面の薄皮一枚、溶かす事も出来ていない。スターライトは神聖な熱光で相手を焼く、神秘の一撃と言っても良い。 しかし、神威の光とて目の前の、莫大な灼熱を纏った存在には効果が薄いと言うのか。 接近し、強烈な一撃を叩き込む他ないのだろうが、超高熱を纏っているため、それも難しい。流れは、完全に悪い方向に変えられていた。今やアレックス、そして、ジョニィの共通見解である。    相手の攻撃手段を完全に封殺したと認識したジャバウォックは、右手の爪を大きく開き、その掌を開放させる。 ジャバウォックの掌にはカメラの『絞り』に似た器官が取りつけられており、その事に気づけたのは、その絞り部分をバッと見せつけられたアレックスのみ。 空気の弾丸が放たれる物かと思い、槍を構えるアレックス。しかして、魔獣の右手に収束するエネルギーを見て、何かがおかしいと思い始めた。 光る砂粒めいたエネルギーが、絞りの部分に集まって行くそれを見て、急激に嫌な予感を感じ始める。この間、コンマ二秒にも満たない。 そう思った時には、既にアレックスの身体は横っ飛びに移動せんと砂地の地面を蹴り抜いていた。 それと同時に、ジャバウォックの右掌からエネルギーを収束した光線――俗に、荷電粒子砲と呼ばれる白色の熱線が放たれた。  アレックスの幸運は、荷電粒子砲が放たれるより前に、地面を蹴って跳躍する、と言うアクションを起こせていた事であろう。 そしてそもそもの不幸は、放たれた攻撃が、空気砲ではなく、荷電粒子砲そのものだった、と言う事であろう。  円周六十cm程の荷電粒子砲は、アレックスの右脇腹を半ば近くまで抉り飛ばして消滅させ、背後に列を成して駐車されていた、 嘗て市民が乗り捨て逃げ出した車両を、渋滞の最後尾まで貫いた。焦点温度六十万度を容易く超えるその粒子砲に貫かれ、 それが通った側の車線の車は全て、内部のガソリンやエンジン機構ごと車両が大爆発。あっと言う間にその車線は、ガソリンの燃える臭いと溶けた金属、 そして炎だけが敷き詰められた地獄の回廊さながらの風景に変貌した。 「ごあがっ……!!」  地面に槍を突き立て、バランスを失って倒れそうになるのをアレックスは防いだ。 肉体の一割近くを今のアレックスは消滅している状態と言っても良く、これにより急激に体重が低下。 突如として体重が十%程も消えてしまった事と、体中が燃えあがる様な激痛の為に、直立姿勢を維持する事が難しくなってしまったのだ。  この程度で済む事が出来たのは、せめてもの幸いと言うべきだったろう。 あのアーチャーのサーヴァントは、自身の事をランサーと呼んでいたが、それは間違ってはいない。 今のアレックスは宝具の力で、自身のクラスをランサーに変えているのだから。聖杯戦争の基本七クラスに自由に変身出来、その性質をとっかえひっかえ出来る宝具。 その中で、最も敏捷性に優れたランサーのクラスで戦っていたからこそ荷電粒子砲に反応出来、避ける体勢に移行出来たのだ。 それ以外のクラスであれば、もっと大きな風穴が身体の何処かに空いて、今度こそ本当に消滅していた事は間違いなかった。  しかし、アレックスの幸いなど、その程度だ。九死に一生を、程度に過ぎない。 死に掛けの状態なのは厳然たる事実であるし、そもそも危難は全く去っていない。ジャバウォックは依然として此方に標的を定めている。 腹部の消滅部に治療の為の魔術を当て、痛みを先ずは和らげる。アレックスが出来るのはそれだけで、全力で動くには、圧倒的に治癒に掛けられる時間と魔力が足りない。 クソが、と悪態が口から漏れる。こんな所で死ぬ訳には行かないのだ。あの美貌のアサシンをこの手で葬り去るまで。 北上を元の世界に戻すまでは。聖杯戦争が始まってから一日と経っていない時に退場なんて、したくない。  ジャバウォックが一歩一歩、大地を踏みしめるようにアレックスの方に向かって行く。 八千六百度の体温を持った鉱物の怪物が近付いてくる、と言われればアレックスが直面している状況の絶望さが伝わるかも知れない。 地面は物理法則の埒外にある体温によりマグマ化した後、一瞬で気化し、長い間その体温の持ち主がその場にいるせいか、 <新宿>二丁目地点の交差点は酷い陽炎で、酷い立ち眩みでも起こしているかのような歪みが起り始めるのみならず、気温も何十度も上昇していた。  爆熱を伴った死が、アレックスの方に近付いてくる。チリチリと衣服が焦げだし、皮膚が凄い勢いで乾いて行く。 最早これまで、と言った言葉がこれ以上となく相応しい、とアレックスの中の冷静な何かが考え始めた、その時であった。 ――ボグオォンッ!!、と言う音が五度連続で鳴り響いた。 ジャバウォックの方からである。何故、その音が生じたのか、その経過を目を開けて目の当たりにしたアレックスには解る。 地面を移動し、魔獣の足元から胴体部まで伝って行く、渦上の弾痕。それが、胴体に三つ、首に一つ、顎部分に一つ移動した瞬間、 本物の弾痕になり、貫かれたようなダメージを彼に与える事に成功したのである。 これはそれなりのダメージを与える事には成功したらしく、ジャバウォックの表情が歪んだ。 いや、痛がっていると言うよりは、不愉快そうに思っているだけかも知れない。それだけでも十分な成果だ。 周りを見渡すと、ジャバウォック達から十m程離れた地点で、黒い渦から上半身だけを露出させたジョニィが、乱暴にハーブ類を口にしていた。 よく見ると、この爪を射出するアーチャーの両手には、最早爪と言う爪が殆ど存在しない状態であった。 ACT3を自身に使うのに左手の爪を二つ、先程のACT2の弾痕をジャバウォックに全て見舞うのに右手の爪を全部撃ち尽くしたのだ。 ACT2の『爪弾そのもの』を命中させても、爪が到達する前に高熱で燃え尽きる。では、ACT2が生んだ『弾痕』は、その高熱で燃えるのか? 結論を言えば、燃えなかった事はジャバウォックの鉱物の身体に空いた本物の弾痕を見れば明白な事。つまり、損傷を与えられはしたのだ。  全弾命中した事は、客観的にはサルにでも解る。 しかし、それが有効打になったかどうかは、優れた射手、或いは、その弾丸を射出した者にしか解らない。 賭けても良かった。間違いなくあのバーサーカーは、大したダメージを受けていない。ジョニィの見解が、それであった。 「……遊びが過ぎた様だな、我も、貴様らも」  メキ、メキ、と、固着された金属の棒を、絶対に曲がらない方向に無理やり曲げてみた時の様な音が、ジャバウォックから鳴り響いた。 ジャバウォックが纏う超高熱の体温が発生させる、空間の揺らぎが最高潮に達する。 サウナとほぼ同等の温度を得るに至った、<新宿>二丁目交差点。ジョニィとアレックスの身体からはこれでもかと汗が噴き出してくる。 真っ当な人間ならその気温で意識が朦朧として来る所だろうが、今の二人はそれ所ではなかった。 「おためごかしはここまでだ。詰まらぬ破壊ではない――」  言った瞬間、ジャバウォックの右掌の絞り部分に、キィン、と言う音を立ててエネルギーが収束して行く。 直感的に、アレックスは考えた。違う、と。あれは先程放った、荷電粒子砲のエネルギーとは全く異質かつ別次元。 収束して行くエネルギーの一粒一粒に、先程放った粒子砲の全エネルギー量に倍する威力が凝集されており、それが彼の掌に集まって行くのだ。 もしもこのエネルギーを、『破壊』のみに利用したとしたら? もしもこのエネルギーが、自分達に放たれたら? 自分達は、この世に存在したと言う証すらも残さず消滅するだけでなく、この<新宿>と言う街自体が、いや、東京その物が消滅してしまうのではないか。  アレックスの見立ては、全く正しいと言わざるを得ない。 それは科学的な見地から言えば、握り拳一つ分程集める事が出来れば、地球上の全文明を地球ごと消滅させるに足る程のエネルギー体で、 現代技術ではティー・スプーン一杯分生み出すのにも莫大な電力と大層な化学装置がなければならない程の物質であった。 俗にいう、『反物質』。彼はこれを、人間が己の身体の中で血液を生み出すような感覚で、自身の体内で生成させる事が出来るのだ。 「我が本物の破壊とやらを見せてやろう!!」  アレックスはこの攻撃を破壊するには、もしもの力が必要だと悟った。 ジョニィは、このバーサーカーを葬り去るには、自らの切り札である牙の殺意を極限まで高めたあのスタンドが必要だと悟った。 しかし、それらを行うには最早、遅すぎて―――――――― ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ――なんて、力強い姿。 遠くで戦うジャバウォックを見て、ほう、とロベルタは息を吐いた。 高槻涼と言うバーサーカーは、あの人間の時の姿が真の姿だと思っていなかった。彼女が視認出来る、高槻のステータスやスキル、宝具を見ればそれは解っていた。 あれこそが。あの交差点地点で戦う灰銅色の鬼こそが、高槻自身の『真の姿』なのだと、彼女は信じていた。 百m以上離れていても解る、溢れんばかりの殺意。数々の死線を掻い潜って来た、ロベルタの骨の髄をも振わせる程の覇風。 以前ロベルタは高槻を見て、米国の全兵力全兵装と彼の力は同等以上、だと言う認識でいた。今は、違う。 今の彼であれば、地球上の全国家が保有する軍事力に、大きな差を着けられる事だろう。それは夢想でも何でもない。このロベルタ自身が保証している事なのだ。間違いは、全くなかった。 「アレが、魔力消費の……!!」  強力なサーヴァント程、魔力消費が甚大になる。聖杯戦争の基本である。 高槻は基本的にはロベルタに対しては忠実なバーサーカーであった。霊体化をしろと言われればするし、大人しくしろと言われればその殺意の片鱗も見せない。 正真正銘の魔獣と化した高槻の魔力消費量は、平時の倍以上に跳ね上がっており、魂喰いを済ませたロベルタにも相当な負担になっていた。 このままでは、魂喰いして補充した分の魔力も、危ういかも知れない。中々の荒馬のようだと、自身が引き当てたバーサーカーについて考えていたその時だった。 ダンッ、ダンッ、と言う音が、ロベルタが先程、室外機を利用して屋上まで昇って来た側から聞こえて来たのだ。  ――その音が途切れた、と同時に。 ジョナサン・ジョースターが宙を躍った。彼は壁を蹴って上空に、また壁を蹴っては上空を移動を繰り返し、ロベルタが現在佇立するビルの屋上までやって来たのだ。 ジョナサンが着地するよりも速く、腰のベルトに差していたベレッタを引き抜き、セーフティを解除、顔面目掛けて発砲する。マガジンの弾丸はこれで切れた。 そんな事など御見通しであると言わんばかりに、ジョナサンは顔面の辺りを、丸太と見紛う様な太い両手で多い、弾丸を防御。 ロベルタの側からは解らないであろうが、彼女の撃ち放った弾丸はジョナサンの腕に刺さりこそしたが、纏わせた弾く波紋の影響で、 中に食い込むまでには、至らなかった。どちらにしても、弾丸が決定打になっていない事だけは理解したらしく、ジョナサンの着地と同時に、 大きく距離を取ろうと飛び退いた。ジョナサンが疾風の様な速度で迫る。その巨体と搭載した筋肉の量も相まって、鋼の塊が素っ飛んでくるようなプレッシャーを、 ロベルタは感じた。牽制がてらに、ロベルタは右手に握っていた『拳銃自体』をジョナサンの方目掛けて放擲した。 発砲されると思ったジョナサンは慌てて両腕によるガードを行おうとするが、飛来するものが銃弾ではなく、それを放つ為の拳銃であった事を知り、 怪訝そうな表情を浮かべた。その隙を、ロベルタは狙う。懐に隠し持っていた、もう一つのベレッタを引き抜き、ジョナサンの心臓目掛けて発砲する!! これが狙いだったと気付いたジョナサンは、銃口の照準から急いで弾道を計算、右手甲を其処に配置する。 石のようなジョナサンの拳に、弾丸が完全に没入した。じくじくと、血が甲を流れ、伝い落ちてゆく。  破裂するような発砲音が、二回響き渡った。 ロベルタが握る拳銃は、ジョナサンの脚部に狙いを定めていた。急所は当然警戒されている為、余程上手く不意を撃たない限り、 ジョナサンは被弾してくれない。ならば、足を狙撃し、動きだけでも鈍らせておこうと、作戦を変更したのである。 意図に気付いたジョナサンは、やや膝を曲げてから、跳躍。弾く波紋の応用である。人体のちょっとしたアクションだけでも、驚くべき身体能力を発揮出来るのだ。 貫くべき対象を失った弾丸は、地面のコンクリートに当たり、跳弾。チィンッ、と言う音を立てて、屋上の金属柵の一本にカチ当たる。 少しの屈伸運動からの跳躍で、何mも飛び上がったジョナサンは、七m程背後に存在する給水タンクの上に着地――そして。信じられないような表情を浮かべ始めた。  ロベルタは一瞬だけ奇妙に思ったが、ジョナサンの目線の先にあるものが、何だったのかを即座に思い出す。 彼の目にはきっと、力強くて、雄々しい姿に変身した自身のバーサーカーの姿が映っているに相違あるまい。 そして、その極めて暴威的で、圧倒的な、力そのものと言っても良い勇姿に、身震いをしているのだろう。 唖然としているジョナサンの姿に隙を見出したロベルタは、ベレッタを発砲。だが、流石に何時までも呆けているジョナサンではなかった。 弾丸はスカを食い、遥か彼方へと一直線に飛来して行く。弾の軌道から言って、数㎞先まで、貫くべき対象は、空気以外には存在しない。  ジョナサンが如何移動するのかそのルートを即自的に計算。 予測した移動ルートの方へと身体を向けたその時――気付いてしまった。 掠めた視界に映ったのは、自らが操るバーサーカー、高槻涼の姿。狙撃用ライフルで遠方の相手を狙撃する事も多かったロベルタは、視力に非常に優れる。 故に、遠方視には自信がある。と言っても、あの目立つ姿のバーサーカーは、常人並の視力の持ち主でも、数百m以上離れていたとしてもそれと気づけるだろう。 常人の倍以上優れた視力を持ったロベルタが、非常に目立つ姿をした現在の高槻涼の姿を見たからこそ、異変に気づけたのである。  ――彼の右手に収束して行く、莫大なエネルギーを。  それを見た時ロベルタが先ずイメージしたのは、C-4や手榴弾などと言った、軍人にはお馴染みと言っても良い爆弾の類であった。 だがそれでは、まだ威力が足りない。次に浮かび上がったのは、爆撃機が投下する砲弾やクラスター爆弾等の大威力のそれであった。 まだ、足りない。次に浮かび上がったのは、大陸間弾道ミサイルなどいった、一発で首都や国家に甚大な被害を与えられるレベルの火器であった。 それでも、まだ。次に浮かび上がったのは、核弾頭。正真正銘一国、下手したら世界その物を終わらせかねない、人類が生み出したソドムとゴモラの業火。  ――尚、その威力は計れなかった。 核以上のエネルギーが、其処に収束していると、ロベルタは一発で理解出来た。 人類が生み出した神の雷霆、それ以上の威力の兵器とは、果たして何か。それを放てば、どうなるのか。星が割れるのか? そして自分は、無事で済むのか? 確かな予感が、彼女にはあった。あれを放てば、間違いなくジャバウォックは勝利する。 そして、自分を含めた<新宿>の街及び、東京全土が滅び去ると。其処に広がるのは魔獣の勝利と瓦礫の山だけであって、其処には自分がいないのだと言う事を。 彼女は、即座に理解してしまった。 「――令呪を以て命じるッ!!」  理解してからの行動は速かった、 ロベルタの右上腕二頭筋の辺りに刻まれた、三本の爪痕に似た形をした令呪が、激しく光り輝いた。 あれを放たれれば、間違いなく自分は終わる。決して、あれだけは放たせては行けない、空虚な一撃だ。 「その姿を解除した後、私の下まで来いッ!!」  ロベルタの言葉を直に認識したジョナサンも、即座に行動に移った。 右腕前腕部に刻まれた、水面に生じた波紋めいた形をした令呪に意思を込め、彼も叫んだ。 「ジョナサン・ジョースターが命じる――」  波紋の一画が、激しく揮発し始めた。 「この場に来るんだ、アーチャー!!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  急激に、ジャバウォックの右掌に収束して行くエネルギーが、散り散りに消失して行く。 東京を破壊してなお余りある力を秘めた、エネルギーの収束体は、完全に無害なそれに変貌し、虚空へと散って行く。 それと同時に、ジャバウォックが雄叫びを上げ始めた。苦しんでいるとか、痛がっていると言うよりはむしろ、激怒している、と言った印象を、 ジョニィとアレックスは憶えた。魔力切れでも起ったのか、と考えてしまったのも、無理からぬ事であったろう。 「おのれぇ……、我と、我が主の意思を縛る売女めが!! 我が破壊を妨げると言うか!!」  誰に対して言っているのか、即座にジョニィもアレックスも理解した。間違いなく、ジャバウォック自身のマスターについて言及している。 どうやら、人間時のバーサーカーの意思と、今の姿になったジャバウォックの意思は、根本的に違うものであるらしいと、この時になって初めて彼らは気付いた。 「憎し!! 憎し憎し!! 我の破壊は我の意思のみに非ず!! 我と、我が主である高槻涼の――」  其処まで告げた瞬間、ジャバウォックの金属的かつ大柄な身体は、風化した様に粉々になり、宙を舞い飛んで行った。 其処に現れたのは、あの魔獣よりも一回り小柄な、あの青年の姿。ジャバウォックに変身した時に衣服は弾け飛んでしまったらしく、 完全な全裸の姿で、彼は佇立していた。青年の身体つきは決して貧相ではなかったが、先のジャバウォックの姿と比較すると、痩せた子供にしか見えなかった。 青年がジャバウォックに変身していたと言うよりも、ジャバウォックと言う大きな着ぐるみの中に青年が入っていた、と言う言い方の方がまだ信憑性がある。 この青年、高槻涼が、本当に、肺腑を抉る様な恐怖を見る者に与えるあの魔獣に変身していたとは、ジョニィやアレックスには信じられなかった。  そして、彼の姿がまばたきするよりも速く、その場から消え失せた。 移動した、とジョニィは思ったが、アレックスはランサーに変身し、優れた敏捷性と反射神経を保有していると言う現在性から、違うと解っていた。 アレは移動と言うよりも転移と言った方が良い。高槻自体は、何処にも移動しようとする素振りを見せていなかった。佇立した状態のまま消えたのである。となれば、転移以外に、ありえない。  高槻が消えてから、二秒程経過したその時であった。 ジョニィの姿もまた、その場から消え失せていた。ACT3が生み出した、黄金回転の渦ごと、何処ぞに消え失せた。 その場にただ一人、アレックスだけが、残される形になる。よろよろと槍を杖代わりに立ち上がり、右脇腹の傷を、彼は癒し続ける。 「ヘッ、仲間……外れかよ」  今は、それの方が良いかも知れない。 のろのろとした動作で霊体化を行い、アレックスはその場から消え失せる。今は、北上が心配であった。  マグマ化した地面。片側の車道を舐め尽くすように埋め尽くされたガソリンの炎。局所的に凄まじい勢いで跳ね上がった気温。 圧縮空気により砕かれたビル壁の数々。砂地になった交差点。無政府状態の国家宛らのこの風景は、誰が信じられようか。日本の首都の風景の一つであった。 凄惨な爪痕だけが、其処に残される体となった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  高槻が、先ず現れた。 突然の出来事に、狂化した表情なりに混乱した様子が彼に浮かび上がっていた。 事情を把握しているその最中に、ジョニィがジョナサンの近くに現れたのは、僥倖であった。 彼らが、自らのマスターが令呪を用いてこの場に呼び寄せたと気付いたのは、殆ど同時の出来事である。  最初に行動に移ったのは、黄金回転の渦から上半身だけを露出させたジョニィの方だ。 再生を終えていた左手の爪を四本、ロベルタの足元に射出させる。弾丸が床に着弾してから、ロベルタは、自分が攻撃された事を知る。 だが、渦上の弾痕が、コンクリートの剥げた床に刻まれ、それが自身の方に近付いている事を、彼女はまだ知らない。 ジョニィが意図する所を理解した高槻は、即座に彼女を抱き抱え、柵の上にまで飛び上がり、その上に絶妙なバランス感覚で直立する。 彼は先程の交差点で、ACT2の弾痕が地面を這って、生物の身体を伝うのを見た。この弾痕を以て、マスターを殺害しようとした事は御見通しであった。  再生を終えた右手の小指、薬指、親指の爪を射出し、高槻の脚部を狙撃するジョニィ。 ダンッ、と言う音と同時に、高槻が弾丸の射線上から消えていた。足場になっていた金属柵は、圧し折れ破断している。 彼は後ろ向きの状態のまま、建物の屋上と言う屋上を次々と跳躍して移動して行き、その場から離れて行く。 呼吸を三回終える頃には、高槻達は豆粒の様に小さくなって行き、彼我の距離はACT2では最早狙撃が不可能な程の距離にまでなっていた。 「逃げられたな」  ACT3の黄金回転が終わり、渦から全身を引っ張り出すジョニィ。その瞳には、若干の悔しさと、黒い炎の様な殺意が燃えたぎっていた。 「君の落ち度じゃないさ、ジョニィ。僕達には情報が少なすぎた」  それは、ジョナサン自身を戒める言葉でもあった。 予想外に苦戦してしまった。波紋法を習得していないにも関わらず、凄まじいまでの運動神経であった。 今は亡き師から波紋を学ぶ前の自分であったら、どうなっていたかは全く分からない。ツェペリには全く、感謝してもしきれなかった。 ロベルタの身体能力が予想外のそれであったとは言え、もう少し自身にもやり方があったのではないかと、ジョナサンは思わずにいられない。 取り逃した事を悔しがっているのは、ジョナサンもまた、同じ事であった。 「次は僕も、『本気』を出す。彼女らを野放しにする訳には行かないからね」  と、言うのはジョニィの言。彼もまた自分と同じく、大敵を逃した事を悔しがっているのだろうとジョナサンは判断した。 尤も……それは、当たらずとも遠からず、と言った所であり、必ずしも正鵠を射ている訳ではないのだが。 「――そうだ、ジョニィ。あの時一緒に戦っていたサーヴァントは?」 「彼か。あのバーサーカーとの戦いでかなりの重傷を負っていたよ。放っておいたら、拙いかも知れない」 「そうか。直に向かおう、ジョニィ」  言外に、助けに向かおうと言っているような物であった。 一時とは言え、ジョニィの方に加勢してくれたのである。ひょっとしたら、同盟を組めるかも知れないと、ジョナサンは考えたのだ。 ……無論ジョナサンも、あの時アレックスの瞳に燃えていた、個人に対する憎悪の炎を、忘れていた訳ではない。 あれ程強烈な負の意思など、中々忘れられるものではない。だが、何にしても最初に話し合う事は、重要であった。 例え無駄だと解っていても、ジョナサンはロベルタを相手に最初に交渉に移った男である。こう言ったスタンスは、今も変わりはない。 「君がそう言うのであれば、僕もやぶさかじゃあないんだが……中々難しいかも知れないな」  言ってジョニィは親指である方向を指差した。彼が指差す方向に目線をやったジョナサンは、得心した。 主戦場となった<新宿>二丁目交差点付近に、続々と、この国の警察官達が集まって来ているのだ。 更に良く目を凝らすと警察官達がこれから現場検証をしようとしている所を取り巻く様に、たくさんの野次馬達が集まっている。  考えてみれば、当たり前の事であった。 衆目の目線が集まる所で、馬に乗って競争劇を行った挙句、往来のど真ん中でサーヴァント同士の戦いを隠さず披露したのである。人が集まらない方が、どうかしている、と言うものであった。 「……なるべく、人に見つからないように工夫しようか、ジョニィ」 「言われなくても」  言ってジョニィは霊体化を行い、それをジョナサンが確認するや、裏路地方面にビルから飛び降りた。 出来れば、御苑の子供達やその母親に、事がバレなければ良いなと思うも、直にそれは無駄なのだろうな、と諦めるジョナサンであった。 ついつい、十九世紀のイギリスにいるつもりで馬に乗ってしまったが、それが悪手だった事に、漸く彼は気付くのであった。 ---- 【歌舞伎町、戸山方面(<新宿>二丁目)/1日目 早朝8:10分】 【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]左腕、鳩尾に銃弾直撃(鳩尾のものは既に銃弾が抜けたが、左腕には没入)、肉体的損傷(小)、魔力消費(小)、激しい義憤 [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]不明 [道具]不明 [所持金]かなり少ない。 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。 2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。 3.外道に対しては2.の限りではない。 [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 ・ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました ・<新宿>二丁目近辺に、謎のサーヴァント(アレックス)及び、彼のマスターがいるであろうと推測。彼を助けに行こうと思っています 【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]魔力消費(小)、両手指の爪を幾つか消失 [装備] [道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類 [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する 2.マスターと自分の意思に従う 3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。 ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 ・ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました ・ランサーだと誤認したアレックスの下に、現在向っています 【モデルマン(アレックス)@VIPRPG】 [状態]肉体的損傷(大)、魔力消費(大)、憎悪、右脇腹消失、霊体化 [装備]軽い服装、鉢巻 [道具]ドラゴンソード [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:北上を帰還させる 1.幻十に対する憎悪 2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る [備考] ・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです ・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。 ・幻十の武器の正体には、まだ気付いていません ・バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました ・現在北上の下へと向かっています ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「貴方を責めている訳じゃないわ、ジャバウォック」  今自らを抱き抱えて、突風のような速度で移動する全裸の青年に対して投げ掛けられた声は、非常に優しいものであった。 そして熱と同時に、脊椎を突き刺すような凄まじい狂気で、その声が彩られていた。 「ただ少し、驚いてしまっただけ。私をも葬り去る程の火力を持った貴方に、ね」  高槻の表情は仮面の様に動かない。ただ、ロベルタを抱えて、遠くに移動するだけ。 屋根から屋根へ、時には裏路地に降り立ち、また跳躍。再び屋上かその一つ下の階の、転落防止のためのフェンスか給水タンク、クーラーの室外機の上に降り立ち、 再び跳躍。再び遠くへと移動する。一足で二十~三十mもの距離を跳躍する、高槻涼の脚力よ。  ロベルタは全く、高槻、いや、正真正銘の魔獣――ジャバウォック――と化し、破滅の一打を<新宿>に加えようとした事に、怒りの様子を見せていなかった。 寧ろ、脊髄が熱っぽく燃え上がり、陰唇が濡れそぼる程の興奮を覚えていた。このサーヴァントは、自分がまだまだ知らぬ、真の切り札を有していたと思うと。 その切り札が、この<新宿>に集うサーヴァントの中で最強に等しい力を持っていると思うと。怒りよりも先に、褒めて称えたくなるのだ。  核より凄まじい兵器。それは、軍人上がりのロベルタにとってどんな意味を持った言葉であるか。 それは即ち、軍人を含めた諸人が連想する所の、最強の兵器。ありとあらゆる行為に対する抑止力。 高槻涼は、それを個人で成す者。高槻涼は、それを個人で上回る威力の兵器を生成出来る究極の生命体。神とは正しく、このサーヴァントの事を指すのだと、ロベルタは強く信じていた。  高槻涼を上手く操れば、自分は絶対に、この聖杯戦争を勝ち抜ける。 誰が来ようとも、魔獣の圧倒的な暴威で粉砕出来る。そう思えば思う程、ロベルタは酔ってくる。 どんなバーボンやウィスキーよりも、強烈な酩酊感と多幸感を味わえる存在。それこそが、このバーサーカーなのだ。  砕かれた左肩の痛みも、この感情の前には和らげられる。 だが、あの気取った紳士服の男に対する怒りを、ロベルタは忘れていない。今は、状況が悪すぎたから逃げ出した。 しかし、高槻涼の使い方を学び、その力を完璧に理解した瞬間こそが、あの主従の最期である。 あの男は、自分の影すらも灼いて見せると言って見せた。ならば自分は、影すらも破壊して見せるのだ。 今自分を抱き抱える、暴力の権化たる魔獣・高槻涼、もとい、ジャバウォックの爪と炎によりて、だ。 「次は、絶対に殺して見せましょう、ジャバウォック。私と貴方なら、きっと……」  右手で高槻涼の頬を撫でながら、熱っぽくロベルタが言って見せた。 高槻は何も答えない。ロベルタを危難から遠ざける為に、今も跳躍を続ける。……本当に、それだけか? 高槻涼と言う男の人格の一抹、その百分の、いや、千分の一の、人格の一分子が、そんな疑問を抱いた。 自分はもしかしたら、マスターを遠ざける為じゃなく、別の何かからも逃げているのではないのか?  自分の中に眠るのは、あの魔獣だけの筈である。  ――では、瞳を閉じた自分の瞼の裏に映る、自分のマスターの様な狂相を浮かべる金髪の少女は、果たして誰なのか? ---- 【四谷、信濃町方面(四ツ谷駅周辺)/1日目 早朝8:10分】 【ロベルタ@BLACK LAGOON】 [状態]左肩甲骨破壊、魔力消費(中)、肉体的損傷(中) [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]銃火器類多数(現在所持している物はベレッタ92F) [道具]不明 [所持金]かなり多い [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を獲るために全マスターを殺害する。 1.ジョナサンを殺害する為の状況を整える。 2.勝ち残る為には手段は選ばない。 [備考] ・現在所持している銃火器はベレッタ92Fです。もしかしたらこの他にも、何処かに銃器を隠しているかもしれません ・高槻涼の中に眠るARMS、ジャバウォックを認識しました。また彼の危険性も、理解しました ・モデルマン(アレックス)のサーヴァントの存在を認識しました 【バーサーカー(高槻涼)@ARMS】 [状態]異形化 宝具『魔獣』発動(10%) [装備]なし [道具]なし [所持金] マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:狂化 1.マスターに従う 2.破壊(ジャバウォック) 2.BAKED APPLE(???) [備考] ・『魔獣』は100%発動で完全体化します。 ・黄金の回転を憶えました ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「チッ、見えなくなっちまったな」  目を細めて、般若か鬼女と言われても納得する程の、恐ろしい風貌の女と彼女の馬であるバーサーカーと、 彼らを追うジョナサン・ジョースターとそのサーヴァントのアーチャーの行方を探す十兵衛であったが、全く見つからない。 京王プラザホテル周辺で戦うかと思いきや、そのまま彼らは、自らのバーサーカーに乗り、また呼び出した馬に乗り、此処から遠ざかって行った。 十兵衛は京王プラザの結構高層部分の非常階段から、階下の風景を眺めている。非常階段からでも、その風景は圧巻である。 大抵の建物が、十兵衛の目線の下に来るのだから。そこからでも、馬に乗ったジョナサン組と、ロベルタ組の姿は見えない。 それ程までに彼らは遠くに向かったのである。ある程度の進路方向までは、十兵衛も確認出来ていた。 しかし、<新宿>駅周辺の辺りまで彼らが向かった瞬間、もうお手上げであった。理由は単純明快、建物が入り組んでいて最早物理的に見えなくなったからである。 建物に阻害されては、例え天体望遠鏡を持って来たとて見えはしないだろう。何処か見える所まで移動してくれないものかと、 ジョナサンらが消えて行った方向から推測した、現在彼らがいるであろう地点に向けて十兵衛は目を凝らすが、無理なものは無理だった。  まさかあのお人よしの男に、『自分達の戦いぶりが見られないよう』に、と言った配慮は出来はしないだろう。 一言二言喋っただけだから如何ともし難いが、あのジョナサン・ジョースターと言う男はかなり人が良い。 十兵衛にとって、自分にとって友好的なスタンスの人格者と言う存在は、=骨の髄まで利用してやっても良い人間と言う事である。 もっと言えばただの馬鹿だ。でなければ白昼堂々宝具と思しき馬を展開させ、公道のど真ん中を疾駆させる筈がない。 見た所、あのバーサーカーの移動速度は相当な物であった。対して馬に乗ったジョナサン達の移動速度は、馬の生態的な移動速度相応。 追っている内に、意図せずして十兵衛が視認不可能な所まで向ってしまった、と言うのが真相なのであろう。それが十兵衛にとって厄介な結果を齎してしまった事に、彼らは気付いていなかった。 「はぁ~、クッソ。サーヴァント同士の戦いを見れると思ったんだがな」  無駄な努力はしない、漁夫の利、濡れ手に粟、ゴネ得。 それが、佐藤十兵衛の行動方針である。要するに、自分の手を汚さない。これが一番重要なのだ。 しかも、彼が引き当てたサーヴァントはセイバー、一般的には最優――あれを見る限りとてもそうは思えない――のサーヴァントであり、 その最優のサーヴァントで、このような手汚い作戦を取る事に意味があるのだ。佐藤十兵衛の喧嘩は驚く程考えられており、それ自体が一種の舞台の様なものである。 こう言った喧嘩を展開する上で、最も重要なファクターとなるのが、情報量だ。前もって情報を制している物は、喧嘩の――殺し合いの趨勢すらも制する。 十兵衛は肉体こそは完成されているが、格闘技経験と実戦経験が、『プロ』と呼ばれる存在に比べて希薄である。だからこそ、狡猾に狡猾に進めるのだ。 強いサーヴァントを引き当てました、ならばそのサーヴァントの力を十分に発揮するよう真正面から戦いましょう。 そんな事は十兵衛に言わせれば偏差値二十五の人間がする事であり、勝率を高めたいのであれば、強い上に情報や舞台すらも制する必要があるのだ。  それを初っ端から挫かれた十兵衛は、かなりトーンダウンしていた。 自分達が血と汗を流して、サーヴァント同士の戦いを経験してみよう、等と言う事は十兵衛はしたくない。 他人に血と汗を流させて、聖杯戦争におけるサーヴァント同士の戦いとはどのような物なのか、それを彼は知りたかったのだ。 このような機会、早々訪れはしないだろう。その千載一遇のチャンスを逃してしまった十兵衛は、かなり残念な物であった。  ――と言うか 「あのベニヤ板は何やってんだよオラァ!!!!」(此処に墨文字がフキダシ外に表示される漫画的表現が挿入される)  そうである。自分の引き当てた馬である、セイバーのサーヴァント、比那名居天子が来ないのである。 飛行が出来るサーヴァントではあるが、その移動速度は大して速くはない――それでも、十兵衛の全力疾走よりは遥かに速い――事は、確認済みである。 それを加味しても、遅い。あの移動速度で、障害物のない空を移動し続ければ、今頃は十兵衛の下に到着している筈なのだ。 なのに、来ない。なめてんじゃねーぞ。  これはもうセイバーと同棲して、痛いほど解った事であるが、比那名居天子は相当な不良娘である。 この場合の不良と言うのは、非行少女と言う意味でなく、我儘と意味である。 話を聞くに、どうやらあのセイバーは元々はやんごとなき御家の令嬢と言った立場に近しい存在であり、傅く者もそれなりにいた身分であると言う。 早い話が、お嬢様気質であり、箱入り娘であると言うべきか。つまり、外部の事情に特に疎い。 特にこの<新宿>は、そもそも彼女が住んでいた所に曰く、外界と呼ばれる世界に近しい場所であり、常々天子が行ってみたいと思っていた所でもあるのだと言う。 その様な所であるから、彼女は家の中にいるより、外へ外へ、と言ったアウトドア指向の傾向が強いのである。 話だけを聞くのであれば、外に興味を持った深窓の令嬢、と言った風に思えるかも知れないが、実態はそんな可憐なものでなく。 兎に角我儘、兎に角自分の実力に自信あり、兎に角目立ちたがり屋。恐ろしく我が強いのである。 十兵衛のちょっとした発言で臍を曲げる、今は十兵衛の方が金を持ってるのだからなんか奢れ、 自分が目立てるような異変――これの意味が十兵衛には解らない――解決の筋道を立てろだの、かなりの無理難題を吹っ掛けて来る。かぐや姫かお前は。 自身の境遇を語る時に、天子は自分が他の天人達から、不良天人呼ばわりされた事について随分とご立腹だった事を聞いた事がある。 ……その性格を見る限り、そりゃそんな扱いになるだろうとは、面倒くさいから十兵衛は言わなかったが。  いよいよもって、余りにも暇だから、最近携帯に落とし込んだ音ゲーアプリ。 DB69(シックスナイン)でもプレイしようかと思い立ち、スマートフォンを取り出した、その時であった。 「ごめ~ん十兵衛、待った?」  きっと、別れたくなるような彼女と言うのは、自分から待ち合わせの時間に遅れたらこんな事を言うのだろうな、と十兵衛は考えた。 非常階段の手すりの外側を、ふわふわと浮かびながら、布製のハンドバッグを持って、比那名居天子が霊体化を解き始めた。 「今来た所だよ」  誰が聞いても大嘘と解る様な発言。 しかし、此処でマスターの意を汲まないのが比那名居天子と言うセイバーである。 「あそ、ならよかった。いやーごめんね十兵衛、お菓子選んでたのと、サーヴァント同士の戦いを観戦してたら、ついつい忘れちゃった」 「テメーとくし丸に買い出し行ってて遅れた癖に、その上悠長に菓子なんて――っておい、ちょっと待て」 「何?」 「サーヴァント同士の戦いを見てたってのは……」 「言葉の通りよ。此処から結構離れてた所で、サーヴァント同士が戦ってたのよ」  ――捨てる神あれば何とやら。だった 結果的に天子が遅れた事により、自分が一番知りたかった情報を入手出来る機会が得られそうである。 「それで、どんな奴が戦ってたよ」 「ん~、余り遠くを見るのには自信ないけど、全員若い男だったわよ」  手すりの外側から内側に移動し、踊り場部分から上の踊り場に移動する為の階段の一段に腰を下ろしながら、天子は話し始める。 此処までは十兵衛の見たアーチャーとバーサーカーの特徴と完全に一致する。 「んで、遠目から見て、解りやすい特徴とかなかったか?」 「解りやすい? ん~……あっ、一人は何か馬に乗ってたわ。途中で降りたけど」  ビンゴであった。それは確実に、ジョナサン・ジョースターと言う男に従っていたアーチャーのサーヴァントだ。 「一人は確か、凄いうるさい声で叫んでたから、多分バーサーカーじゃないかしら? それで、そのバーサーカーを相手に、二人で――」 「待て」 「何よ、話してる所じゃない」  話を途中で遮られ、むくれる天子。 「単刀直入に言って、セイバーが見たサーヴァントは俺がさっき見たサーヴァントとみて間違いない。だが、俺が見たのは二人だった」  そう、数が合わないのだ。サーヴァントが三人いたなど、と言うのは。 「あそう? でも確かに三人居たし……あの場所にもう一人、サーヴァントの主従がいたんじゃない?」  んな適当な、と思ったが、確かにその通りかもしれない。 東京都二十三区全域ならいざ知らず、新宿区一つに限定するのであれば、佐藤十兵衛が元居た<新宿>も、狭い所であった。 となれば、ジョナサン達が移動した先に新手のサーヴァントがいると言う事も、確かにおかしくはない。 「遮って悪かったな、続けてくれないか」  その後、天子から語られた事柄は、こう言う事になった。 件のバーサーカーを相手に、アーチャーと思しきサーヴァントと、新手のサーヴァントは手を組んで戦っていた事。 途中でバーサーカーが、元の姿とは似ても似つかない、チープな表現であるが、鬼の様な姿をした怪物に変身した事。 それまでは上手く追い詰めていた二名であったが、変身された瞬間戦況が変化した事。 その鬼は火を噴き、マスタースパーク――何の事は十兵衛は解らない――よりも凄まじい光線を放った事。 誰がどう見ても二人を殺せた筈なのに、そのバーサーカーが変身を解き、もう一人のサーヴァントごと何処ぞに消え失せた事。  そんな事を、十兵衛に天子は話した。 「……成程ね」  言って、顎に手を当てて十兵衛は考え込む。 その様子を真顔で、天子は注視していた。……その手に、小ぶりの真空パックを持ちながら。 ビニール製のその真空パックには、『コ口口』と書かれていた。巷で話題の、本物の果実宛らの触感が楽しめる、新感覚のグミ菓子である。 それを噛みながら、天子は今までの事を報告していた。非常階段がまことにグレープ臭い。  先ず天子が語った事柄から解る事の中で兎角重要なのが、そのバーサーカーは絶対に真正面から戦ってはいけない事だ。 人間状態の時の戦闘力は兎も角、その『鬼』と呼ばれる姿をした時には、どうなるものか解ったものではない。 そして次に重要視するべきなのが、アーチャーと共闘した謎のサーヴァントの存在である。ひょっとしたら、このサーヴァントも利用出来るのではと十兵衛は思っていた。 こう思った訳は簡単で、あのお人よしのジョナサンのサーヴァントであるジョニィと、一瞬たりとも共闘したと言う事実があるからだ。 事と次第によっては、互いに手を結ぶ程度の柔軟性があるサーヴァント。と言う事を知れただけでも、十分過ぎる程の収穫であった。  そして、謎も多い。 一つが、ジョナサンが呼び出したアーチャーの存在だ。そもそもアーチャークラスなのに馬に騎乗していた、と言う事も十兵衛には謎であったが、 実際の彼の戦い方も、天子からして見たら謎が多かったと言う。辛うじて爪を飛ばしていた事だけは彼女も理解していたが、 訳の解らない技術でバーサーカーを追い詰めたり、自分に爪弾を撃つ事で、自分の姿を消していた等、その発言は何処か要領を得ない。 尤も、これは例え十兵衛が見たとて、サーヴァントのやる事。原理不明であるのには代わりはないので、責めるのは酷だと思いそれ以上の追及はしなかった。 気がかりな点のもう一つに、ジョナサンとバーサーカーのマスターの行方がある。天子に、二名の行方を聞いても、それは解らないと返って来た。 十兵衛はジョナサンの事を過小評価しているが、それは性格面での話である。正直な話、あの男と本気で喧嘩をした場合――自分は確実に殺られる、と言う確信があった。 それ程までに、ジョナサンと十兵衛の戦力差は掛け離れている。恐らくは師である入江文学ですら、勝てる保証はゼロだろう。 だからこそ、ジョナサンがどんな戦い方をするのか知りたい所ではあったが、天子は見失った、と言う。 恐らくは彼女もまた、複雑に入り組んだ<新宿>の建物に阻害され、マスター同士の戦いを見れなかったのだろう。故にこの話題は、これ以上追求しない事とした。 収穫はゼロじゃない。それだけでも、合格点と言うものであった。 「どう、解ってた事だけど、私ってば凄い役立つでしょ?」 「あぁ、すっげぇ役立つ。イングランドのジョン王並だわ」 「誰それ?」 「イギリスじゃ並ぶ者がいない君主だよ」 「へぇ博識ね」 「その時歴史は動いたを図書館で見まくったからな」  真実を語れば間違いなく激怒するので、十兵衛は黙っておいた。  十兵衛は、天子が持って来た手提げ袋に手を突っ込み、適当な菓子を一つ手に取る。 ハードな触感が売りの、梅味のグミとやらを開封し、それを口に運んだ、その時であった。 カン、カン、と、階段を下りる音が聞こえて来た。【従業員みたいだな、霊体化しとけ】、十兵衛が天子に念話を行う。 これについては特に異論はなかったらしく、大人しく天子は霊体化を始めた。  梅味のグミを噛み締めていると、その人物が、先程まで天子が座っていた階段から降りて来た。 遮光度の極めて高いサングラスを着用した、全身ブラックスーツの長身男性。 タモさんの出来損ないみてーな奴だな、と十兵衛は思っていた。そして同時に、明らかに従業員ではねーな、とも。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ――このホテルにサーヴァントがいる。 そう鈴仙に言われた時、塞は本気で腰を抜かしそうになった。 ホテルを拠点に聖杯戦争の主従が、と言う可能性は当然塞も考えた。 だからこそ、自分達が拠点としている京王プラザは、特に重点的にその存在がいるかどうか炙り出した。 結果は、安心出来るものであった。この主従にとって、此処京王プラザに聖杯戦争の関係者がいないと言うのは、当然の認識であったのだ。  それが、突如として崩された。 <新宿>二丁目で起ったと言う、謎の怪奇現象及び、怪人物達の激しい戦闘。 こう言った現象があったと、塞と協力関係にある警察関係者のリーク情報を聞いていた、その最中であった。 鈴仙の口から、このホテルにサーヴァントがいると聞かされたのは。  戦闘を行ったとされる現場に足を運ぶ予定でいた塞であったが、予定を急遽変更。 遠くの鉄火場より、近くの危難だ。この拠点を失うのは、塞としても得策ではなかった。 早急に対策を打つべく、塞達は、そのサーヴァントの気配が感じられる地点――三十九階非常階段へと、実体化した鈴仙を引き連れて足を運んだのである。  そうして足を運んだ先に居たのは、菓子を口に運んでいる、学ラン姿の青年であった。 皮膚の張り具合から言ってハイティーン・エイジである事が解る。だが同時に、そうと感じられない雰囲気にも溢れていた。 簡単な話で、学ランの下からでも解る、その筋肉の量であった。本物の中国拳法を学んだ塞には、解る。 この青年の筋肉が、生来の物であり、それに加えて厳しいトレーニングを積んで得た、本物のそれであると。  この青年を、塞は知っている。 父親は官僚、母親は栃木県の都知事、と言う超エリートの血筋。ちょっとした情報通を突けば、出てくる情報であった。 佐藤十兵衛。それが、この青年の名前である。そして、<新宿>の街に散らばっている、通称佐藤クルセイダーズと言う意味不明な一団のボスであった。  塞は、今の今まで、この青年の事はさして重要ではないと思っていた。 マークするべき対象の一人として数えてはいたが、佐藤クルセイダーズにしたって、単なるガキが粋がっているだけだと思い、その優先順位は下の方に設定していた。 ――今は、違う。何故、このホテルの非常階段に、この男がいるのか? 偶然にしたって、出来過ぎているし、考えられない。 日本はテロにうるさい国である。こう言った著名な宿泊施設は、危険物の持ち込みには神経質なのだ。 不届き者の侵入経路として、下水道と非常階段はオーソドックスかつ鉄板過ぎて、真っ先に警戒される箇所である。当然ホテルの側も、此処に警備を配置している。 それを掻い潜って、この男が此処にいると言うのは、ハッキリ言って、キナ臭いを超えて、限りなく黒に近しいグレーに等しい領域であった。 「子供が遊ぶ所じゃねーぜ、坊や。高い所は好きなのは解るがな」 「良い眺めだろ? 此処で菓子を食うのが好きなんだ」  言って十兵衛が、菓子を口に運びながら塞に対して返した。 「どうやって此処までやって来たんだ、坊や。非常階段に居たら怪しまれるぜ、とっとと帰んな」 「やけに突っ掛って来るな、オッサン。従業員には見えねーが、何もんだアンタ」 「通りすがりの、メン・イン・ブラックって奴だな。このホテルには仕事で来てる」 「へぇ、そりゃド偉い身分で。俺には、オラついたタモリにしか見えなかったぜ」  話して見て、解る事もあるものだとつくづく塞は思う。 かなり生意気で、そして、社会的ステータスに恵まれた両親を持っている為か、かなりイキがっている。 要するに、何処にでもいる、親の威を借りた生意気なガキ、と言う認識であった。 【塞】 【油断はするなよ、アーチャー。此処で戦うのは、正直得策じゃねぇ】  非常階段と言う現在地点からでも解る通り、非常に狭い。 人二人、ギリギリ横に並んで通れるかと言う程狭いのだ。此処でサーヴァント同士の戦いを繰り広げようものなら、双方共倒れになりかねない。 身体能力には自信がある塞ではあったが、流石にこんな最悪のフィールドで戦う程ではない。何とか、落としどころを発見しなければならなかった。 ――そんな、時であった。 「――あ、アンタ思い出した。あの時の兎でしょ」 「えっ」  今の今まで、塞の後ろで大人しく立ち構えていた鈴仙が、素っ頓狂な声を上げ始めた。 は? と、間抜けな声を十兵衛が上げると、彼の隣に、超絶ウルトラ問題児、天界が誇る不良天人、比那名居天子が霊体化を解いて、その姿を現した。 余りにも唐突な出来事だった為に、十兵衛や鈴仙は愚か、努めて大人の態度で振る舞っていた塞ですら、間抜けな表情を隠せない。  腰まで届く、青空の様に透き通った青さをしたロングヘア。 桃の葉っぱと果実の意匠がこらされた特徴的な帽子。そして、オーロラを模した飾りのついたロングスカート。 鈴仙には見覚えのある人物である。と言うより、あって当たり前であった。何故なら嘗て、彼女はこの少女と戦った事があるのだから。 幻想郷で嘗て起った異変の中で、特に自分本位かつ、自作自演の気が強かったあの事件。博麗神社の倒壊事件の黒幕だった天人――比那名居天子その人だった。 「どっかで見た事ある顔だと思ってたけど……思い出してみれば確かにそうだわ。確かえ~っと……あぁ、鈴仙・優曇華院・イナバだっけ? 本当に長い名前よね」  ――真名を、当てられた。 「アーチャーッ!!」  その事を認識した瞬間、バッと塞は飛び退き、踊り場付近まで飛び退いた。 正体を当てられた鈴仙は、直に臨戦態勢を取り、手すりの向こう側の空中を浮遊。瞳を赤く輝かせ、指先を十兵衛の方に向け始めた。  佐藤十兵衛は、黒だった。 自分が今まで保有していた情報の中で、最も優先順位の低かった青年が、ぶっちぎって一番高い序列に変動した瞬間であった。 「馬鹿!! 何でいきなり正体表すのこのペチャパイ!!」  十兵衛としても、自らのサーヴァントが唐突に霊体化を解くとは思ってなかったらしく、心の底から悪態をつきはじめた。 「どうせシラ突き通しても気付かれるわよ。相手は確か、波長を操る能力だった筈だから、サーヴァントの索敵範囲も広いし……って言うか此処に来たって事は、私達が主従だって気付いているからだろうしね。あと、最後の発言は訂正しなさい!! もう聞き逃さないわよそれ!!」  凄まじくどうでも良い事で癇を起こし出す、佐藤十兵衛のサーヴァント。だが、それは本当にどうでも良い事だった。 あろう事か、鈴仙と言うサーヴァントの本質まで当てられた流石に妙に思った塞は、即座に念話を以て鈴仙を問い質しに掛かる。 【アーチャー、目の前の存在を知ってるか?】 【……比那名居天子。私が元々住んでた所の住民の一人よ。恐らく該当クラスは……セイバーか、ライダー。かなり短絡的で我慢が効かない子供だけど、実力だけは確かよ。注意して】 【お前の能力について、どれ程知ってる?】 【紺珠の薬以外の全て、って言う認識で差し支えないわ】 【結構。まともにやり合うのは危険だな】  塞が鈴仙の能力を優秀だと思っている最大の理由は、その能力が一目見ただけでは、どのような能力なのか判別が付き難いと言う事がある。 相手の攻撃を防ぐ宝具、障壁波動だけを見たら、奇特な魔術を操るアーチャーだと錯覚するだろう。 精神干渉を行う面から見たら、極めて強力な精神攻撃を得意とするアーチャーだとも誤認するだろう。 常に実体化をしていてもサーヴァントだと認識されない所からも、認識阻害に優れたアーチャーだとも思うだろう。 しかしその実、それら全ては鈴仙と言うアーチャーが操る特殊能力、『波長を操る程度の能力』の応用であり、結局は一つの能力に収斂されるのだ。 まさか相手は、実は一つの能力で、極めて幅広い分野を賄えている等とは、余程の確証がない限り辿り着けないだろう。  ――その確証を掴まれてしまえば、アーチャーとしての鈴仙の実力が損なわれるのは、当然の理であった。 サーヴァントだと認識され難く、かつ、攻撃の正体が掴み難いのが最大のメリットである鈴仙の長所が、完全に潰されていた。 理由は単純明快。鈴仙と目の前のサーヴァント、比那名居天子が生前知り合いだった、と言う、鈴仙も塞も、そして、十兵衛ですらも予想外のエラーで、 塞の聖杯戦争を潜り抜ける計画は、早速翳りを見せ始めたのだ。確かに、生前から鈴仙と言う存在を知っていれば、秘匿性等無意味極まりない。 こんな現象、予想も出来ないし、回避も出来る筈がなかった。  この場で十兵衛を逃す訳には行かない。 隠密性に特に優れたアーチャー、という利点が、早くも崩れ去ろうとしている分水嶺なのだ。 『千里の堤も蟻の穴から崩れる』と言う言葉があるが、今空いた穴は蟻の穴所ではない。何とかして、塞がねば拙い穴であった。 だが、口封じに殺すのは、この状況下では得策ではない。相手も恐らく、それは同じ事だと考えているだろう。  腹の探り合い状態。 機先を制すべく動いたのは、塞の方であった。 「落ち着けよ坊や、お前も解ってるだろ。此処で戦えば、双方無事じゃすまねーだろ」  まずは、戦闘を回避する事が重要であった。 その為には、この場で戦う危険性に訴える必要があったが、これに関しては、短い言葉で相手も理解するだろう。 こんな場所で戦えば、魔術も何も持たないマスターだ。待っているのは転落死という、これ以上と無くつまらない結末だけだった。 「安心しろよ、タモリのオッサン。こんな場所で戦う程、俺も馬鹿じゃねぇ」  これについては、十兵衛も同意だったらしい。諸手を上げて、従順の意を示した。  ――これで、懸念の一つはクリアー出来た。その次に問題となるのは、この男の処遇だった。 【アーチャー、目の前のサーヴァントは強いか?】 【強いわよ。直接的な戦闘になったら、私ですら敵わないわ。精神を操ろうにも……、変に頑固だし、正直難しいわね】 【成程。つまりは、こう言う事か】  表情には億尾にも出さないが、心の中で塞は、ニヤリと笑って見せた。 【『優秀なサーヴァント』、で間違いはない訳か】 【まぁ、一応はね】 【解った。なら後は確かめるべくは……】  其処でいったん、塞は念話を打ち切った。 「坊や、俺もお前も、結構拙い状況なの、解るかい?」 「何がだ?」 「お前はその気になれば、俺のサーヴァントの能力が何なのか、何が出来るのか知れる。俺もその気になれば、お前のサーヴァントが何なのか、何が出来るのか理解出来る」 「……そりゃそうだな。如何も、俺の所の馬と、アンタの所の馬は同郷出身らしいしな」 「どうだ、此処で、『同盟』を組んでみないか?」  鈴仙が、目を見開いた。十兵衛と天子が、ピクッと反応を見せた。 「悪い事じゃあないだろう。互いに手札が解っちまう状態なんだ。このまま争うのは、馬鹿のする事だ。此処は穏便に手を結ぼうぜ」 「お前の事を信用出来ない」  こんな事を言われる等、塞には織り込み済み。此処からが、塞の手腕の見せ所だった。 「そう言うなよ、『佐藤十兵衛くん』」 「――!!」  こう言う時、フルネームで相手の事を呼ぶ、と言うのは、思わぬ一撃になる。 このような、互いに名前を知らない状況だと、相手が思い込んでいる時には、思考領域に空白を与える、良い一撃になるのだ。 「佐藤クルセイダーズだっけか。十字軍は最終的には失敗に終わっただろ、験が悪いから名前を変えた方が良い」 「……どこで知ったんだ? そんな情報をよ」 「同盟を組んでから教えてやるよ。今は互いに信用が出来ないからな」  其処で塞は、両ポケットに手を突っ込み、十兵衛など興味もない、と言った風情で、階段を上って行く。 つられて鈴仙も、手すりの内側の踊り場へと降り立ち、彼の後を追う。 「意思が決まったら、四十一階の非常階段の所まできな。それで、さしあたっての商談は成立だ」  そう告げて、塞達は非常階段を上って行く。少なくとも、考える時間はやる。それが、大人と言うものであった。 【……本当に、あれと同盟を組むつもり? 塞】  念話で、心配そうな声音で鈴仙が訊ねて来る。 今回の一件で、死にかけていた不安感が呼び戻されたらしい。数多の英霊が登録されていると言う、英霊の座。 その数は千を超え、万にも届こうか。その中から、同郷の者が同じ舞台に呼び出されているのだ。天文学的確率であろう。 そんな、悪い意味で奇跡的な出来事に出くわしたのだ。不安になるのも、無理はない。 【俺だって組みたくはないな。だが、あれは俺達の監視下に置いておかなきゃ、かなり拙い】  先程も述べた通り、鈴仙の能力はかなり攻略も特定も難しい、強力な力なのだ。 特定がし難い、と言う利点が潰されるのは、非常に宜しくない。だからこそ、この利点が潰されると言う恐れを、逆に潰しておく必要があった。 これから築き上げられるのは、同盟ではない。どちらかと言えば、互いに手札を知り尽くした者同士が行う、相互監視に近しい関係であった。 【鈴仙、あのサーヴァントは、間違いなく強いんだな?】 【性格を除けば】 【それで妥協はしてやる。俺がさっき言った、『同盟を行うに相応しい条件』を辛うじて満たしている】  それは、先程塞達の宿泊する部屋で、彼が言っていた、聖杯戦争を潜り抜ける上で、自分達にとって有利になる同盟相手の条件。 『マスターが適度な無能で、サーヴァントが優秀』、と言う組み合わせ。鈴仙はそれを憶えていた。 【あのマスターは、無能だと】 【一言二言喋って解った。官僚の親父さん、都知事のおふくろ。つまりはお坊ちゃんだな。かなりプライドが高い】  それは鈴仙も見ていて思った。波長を観測せずとも解る程、解りやすい性格だ。 【んで、人より優位に立とうとする。俺をタモリだ何だと挑発したろ? あの時から、此処に俺が来る事がおかしい事だって認識してたと思ってる。 だから、カマを掛けてみたんだろうな。ああやって、解りやすい挑発で、俺が馬脚を現すのを期待したんだろうよ】  確かに、真っ当な人間ならば、そんな事を行う必要性がない。 【そして、決定的な事は、やっぱりガキだって事さ。佐藤クルセイダーズの事を当てられた時、かなり驚いてたろ? まぁ解ってた事だが、情報量については、俺の方に分があるって事さ】  比較する事自体が、酷な事であろう。 片やイギリスの調査室に所属する、本物のエージェント。片や何て事はない、ボンボンの子供。 情報収集能力に、どっちが秀でていますかと聞かれて、後者であると答える人間は、百人中四人もいないのではないか? 【プライドが高くて、人より上じゃないと気が済まなくて、そして、情報量に乏しい。だけど、少しは頭が回る。つまりは――適度な無能の条件を満たしたマスターだ】 【……来ると思う?】 【来るさ。ちょっとは頭が回るんだ。情報の重要性位は、解る筈さ】  本当にぶっちぎった馬鹿だったら、この非常階段で戦おうとするだろうし、塞の提案を蹴って此処から逃げ出そうともするだろう。 本音を言えば、そのどちらもが、塞にとって非常に困る選択であり、もしもやられていたら、聖杯戦争から退場していたのは塞達の方だったかもしれない。 それを行う事は先ずないだろうと、塞は踏んでいた。何故なら相手は、適度に小狡い無能だから。それ位のリスク計算位は、出来るから。 適度にリスクが計算出来るよりも、全くリスクが計算出来ない馬鹿の方が、時として予想外の行動をおこし、厄介な結果を招く事が間々ある。 そう言った存在の行動を予測する事は、難しい。だが、適度に頭の良い無能なら、ある程度行動の幅が予測出来る。  これならば――同盟相手としても相応しい。優秀なサーヴァントを動かしつつ、マスターを手練手管で操れる。 同盟を組む理由としては、余りにも予想外のエラーで、塞としても正直不服であったが、そんな事を言っている場合ではない。 一先ずの危難は、クリアー出来そうかと、静かに、ほう、と息を吐く塞であった。 ---- 【西新宿方面(京王プラザホテル非常階段41階)/1日目 午前8:15分】 【塞@エヌアイン完全世界】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]黒いスーツとサングラス [道具]集めた情報の入ったノートPC、<新宿>の地図 [所持金]あらかじめ持ち込んでいた大金の残り(まだ賄賂をできる程度には残っている) [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を獲り、イギリス情報局へ持ち帰る 1.無益な戦闘はせず、情報収集に徹する 2.集めた情報や噂を調査し、マスターをあぶり出す 3.『紺珠の薬』を利用して敵サーヴァントの情報を一方的に収集する 4.鈴仙とのコンタクトはできる限り念話で行う [備考] ・拠点は西新宿方面の京王プラザホテルの一室です。 ・<新宿>に関するありとあらゆる分野の情報を手に入れています(地理歴史、下水道の所在、裏社会の事情に天気情報など) ・<新宿>のあらゆる噂を把握しています ・警察と新宿区役所に協力者がおり、そこから市民の知り得ない事件の詳細や、マスターと思しき人物の個人情報を得ています ・その他、聞き込みなどの調査によってマスターと思しき人物にある程度目星をつけています。ジョナサンと佐藤以外の人物を把握しているかは後続の書き手にお任せします ・バーサーカー(黒贄礼太郎)を確認、真名を把握しました ・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました ・佐藤十兵衛の主従と遭遇。セイバー(比那名居天子)の真名を把握しました。そして、そのスキルや強さも把握しました 【アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)@東方project】 [状態]魔力消費(小)、若干の恐怖 [装備]黒のパンツスーツとサングラス [道具]ルナティックガン及び自身の能力で生成する弾幕、『紺珠の薬』 [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:サーヴァントとしての仕事を果たす 1.塞の指示に従って情報を集める 2.『紺珠の薬』はあまり使いたくないんだけど… 3.黒贄礼太郎は恐ろしいサーヴァント 4.本当に天子と組んで大丈夫……? [備考] ・念話の有効範囲は約2kmです(だいたい1エリアをまたぐ程度) ・未来視によりバーサーカー(黒贄礼太郎)を交戦、真名を把握しました。 ・この聖杯戦争に同郷の出身がいる事に、動揺を隠せません ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「本当に組んでよかったの? 十兵衛」  天子が此方の顔を見上げて来る。 正直彼女の方は、同盟を組む事について、かなり不服だったらしい。それが、身振りと表情に実に良く表れている。 【念話で話せ、声で話すのは危険だ】 【……わかった】  素直に天子が呑んだ。 【互いに尻尾を掴まれてるからな。掴まれちまった者同士、組んだ方が賢いと思ってね】 【馬鹿ね、向こうの言葉聞いたでしょ? 『佐藤クルセイダーズ』の事、向こうは完璧に把握してたのよ? 情報網は圧倒的にあっちの方が上よ】  天子は不良天人、と言う極めて不名誉な綽名を賜っているが、頭が悪いと言う訳ではない。 あの時塞が口にしていた、佐藤クルセイダーズ。その意味をしっかりと理解していた。 つまりは、十兵衛に同盟を組ませるよう、釘を刺して置く、と言う意味があの言葉にあったのは火を見るより明らかだ。 イニシアチブは、完璧に向こうに握られている状態だ。これは、プライドの高い天子には許せる事柄ではなかった。イニシアチブは、握りたい側なのだ。 【セイバー、一つお前さんのイメージを聞きたいんだがよ】  天子の質問に答える前に、十兵衛がそんな事を言い始めて来た 【一般的に、人間年齢の十七歳って聞いたら、どう思うよ】 【子供】  天子の方が見た目的には子供に見えるだろうが、彼女は天人である。 地上の人間の時間の物差しでは計り難いだろうが、何百年と生きている人物なのだ。そんな彼女にしてみれば、人間の十七歳等、ガキも同然であろう。 【だろうな。お前の認識が正しい。だが人間ってのは妙な奴でよ、高校生は中防をガキって認識して、大学生は高校生をガキと認識する。 んでもって二十歳超えた、特に大学卒業した奴ってのは、自分より年下を押しなべてガキと見做す。向こうのタモリが幾つかは解らねーが、向こうもそう思ったろうよ】  それは、十兵衛の事を坊やと呼んでいた事からも、窺える。 【聖杯戦争に参加した、十七歳のガキ。ついでに質問に付き合ってほしいが、これについてのイメージはどう思うね】 【そりゃもう足手まといの無能よ。何で参戦したの? って感じ】 【そのイメージを利用させて貰ったよ】  ニッと、十兵衛が、恐ろしく厭らしい笑みを浮かべて、更に続けた。 【そりゃそうだよな、俺だって、同じ年齢の奴が聖杯戦争に参加したら、利用しようと努力するさ。大の大人が、そう考えない筈がない。 あのイキったタモリは、何て言った? 佐藤クルセイダーズって言ったよな? 正直言われた時は俺も驚いたが、その意図を考えたらその発言を何でしたか、答えは一つしかねぇ」 【それは……?】  グミを一つ口に持って行き、咀嚼。飲み下してから十兵衛は言った。 【情報面で優位に立っているのは自分の方だと、思わせたいからに決まってるだろ】  あの状況下で、あんな発言をする下心など、一つに決まっている。 自分の方がお前より優位な所にいるのだと、アピールしたいからに他ならない。 そして、そのアピールの末に、何を得たいのか? 佐藤十兵衛と言う主従を操れるイニシアチブ、より言えば、手綱である。 【事実、情報面での優位は、アイツにあるのは事実だろう。佐藤クルセイダーズ何て言う少人数グループの名前を知ってるんだからな。だが、それは悪手だったな】  危機に直面した生物は、通常、闘争、或いは、逃避のどちらかを取る傾向にある。 だが、それが全く同種の生物と対峙した場合、此処に、威嚇と降伏が加わり、実質的には四つの選択肢を取捨する事となる。 あの時塞は、情報面で自分達がどれ程有利だったか、と言う事を十兵衛に示した。これは、四つの分類の内、『威嚇』に相当する事となる。 非常階段と言う狭い空間に於いて、空を飛べる上に、アーチャー、つまり、飛び道具を放てるクラスは、戦闘を行う上で多少なりとも有利の筈。 この利を活かさず、最初に取った行動が威嚇である、と言う事はだ。この時点において、塞達には勝算はかなり低く、楽してこの場を納め、後々有利に事を運びたい、と言う下心があったからに他ならない。 【あの時、あいつらは逃げるか、自滅覚悟で俺を殺してれば、もっと別の結末があったのかもな】  京王プラザホテルから眺める、<新宿>の街並みは壮観であった。何と言うべきか、<新宿>が自分のものになり、全てが己の足元にあるような錯覚すら憶える。 【……何がしたい訳? 十兵衛】  此処で初めて、天子は、十兵衛が意図する所を単刀直入に訊ねに来た。 【忠臣蔵で有名な大石内蔵助は、義に篤い切れ者と言うイメージがある一方で、キチガイみてーな放蕩振りだったと言う。遊郭に行っては女を買って、傍目から見たら狂ってる位女を囲ってたらしいな。つまりは、『佯狂』だ】  空になったグミの袋を放り捨て、十兵衛は更に続ける。 【誰が見たって、とても切れ者には思えない振りを続ける事幾年、油断しきった吉良上野介を、赤穂浪士四十七名引き連れて、見事討ち入り成功しました、とさ】 【馬鹿のフリして、取り入るって訳?】 【出来れば深入りして共依存するような関係は、避けたい所だな。俺が理想とする所はそうだな……】  側頭部を指先でポリポリと掻きながら、十兵衛は、上手い表現を探ろうとする。 【ある程度の日数が経過するまであのタモリと付き合って、んで情報だけをある程度得たら、トンズラこくって所】 【結局、情報だけは利用するのね。……それはつまり】 【タダ乗り】  フリーライダー。要するに、義務を果たさず、利益だけを得ようとする卑怯な人間である。 要するに十兵衛は、塞から情報だけを頂いて、用が済んだら即おさらばすると言うのである。 その用が済んだ時とは即ち――向こうが絶体絶命のピンチに陥った時であろう。つまりは見捨てるのだ。尤もそれは、向こうとしても同じ事なのだろうが。 何せこちらは、サーヴァントの真名と宝具を、掴んでいるに等しい状態なのだ。タダで逃がす訳には、行く筈がない。 【向こうは俺の事を、ガキだ無能だと信頼してくれてるからこそ、同盟を申込んで来てくれた】  十兵衛は一歩一歩、確かな足取りで非常階段を上って行く。 【期待に応えてやらなきゃ、スゴイシツレイ、って奴だぜ? セイバー】  ニヤリ、と言う擬音が付きそうな程良い笑みを、十兵衛は浮かべ始めた。 二秒程真顔だった天子だったが、彼女も、ニヤリ、と言う笑みを浮かべた。 【この悪党】 【褒めても何もでねーよ】  天子も、十兵衛の後を追うように、非常階段を上り始めた。 遥か高みから眺める<新宿>の風景と青空は、とても空闊としていて、清々しい気分にさせてくれるのだった。 ---- 【西新宿方面(京王プラザホテル非常階段41階/1日目 早朝8:15分】 【佐藤十兵衛@喧嘩商売、喧嘩稼業】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵] 有 [装備]不明 [道具]要石(小)、佐藤クルセイダーズ(10/10) [所持金] 極めて多い [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争から生還する。勝利した場合はGoogle買収。 1.セイバーと合流する。 2.聖杯戦争の黒幕と接触し、真意を知りたい。 3.勝ち残る為には手段は選ばない。 [備考] ・ジョナサン・ジョースターがマスターであると知りました。 ・拠点は市ヶ谷・河田町方面です。 ・金田@喧嘩商売の悲鳴をDL販売し、ちょっとした小金持ちになりました。 ・セイバー(天子)の要石の一握を、新宿駅地下に埋め込みました。 ・佐藤クルセイダーズの構成人員は基本的に十兵衛が通う高校の学生。 ・セイバー(天子)経由で、アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、バーサーカー(高槻涼)、謎のサーヴァント(アレックス)の戦い方をある程度は知りました ・アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在と、真名を認識しました ・塞と同盟を組む予定でいます  高野照久@喧嘩商売、喧嘩稼業が所属させられていますが、原作ほどの格闘能力はありません。 【比那名居天子@東方Project】 [状態]健康 [装備]なし [道具]スーパーの買い物袋、携帯電話 [所持金]相当少ない [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を異変として楽しみ、解決する。 1.一旦家に帰ってからマスターと合流する。 2.自分の意思に従う。 [備考] ・拠点は市ヶ谷・河田町方面です **時系列順 Back:[[カスに向かって撃て]] Next:[[求ればハイレン]] **投下順 Back:[[カスに向かって撃て]] Next:[[死なず学ばず、死んで学ぶ者は誰?]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:佐藤十兵衛|34:[[太だ盛んなれば守り難し]]| |~|CENTER:セイバー(比那名居天子)|~| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:塞|34:[[太だ盛んなれば守り難し]]| |~|CENTER:アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)|~| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:ジョナサン・ジョースター|24:[[絡み合うアスクレピオス]]| |~|CENTER:セイバー(ジョニィ・ジョースター)|~| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:ロベルタ|16:[[She`s so Happy☆]]| |~|CENTER:バーサーカー(高槻涼)|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:モデルマン(アレックス)|24:[[絡み合うアスクレピオス]]| ----
 ジャバウォック、高槻涼の威容を見て逃げ惑う市民に混じり、ロベルタは街を走っていた。 最早市民は恐慌状態にあると言っても良く、蹌踉とした足取りで場から遠ざかろうとする者が殆どの中に在って、 ロベルタは、実に確固とした足取りでその場から急いで離れていた。もしも、潰乱状態の市民達の中に、ロベルタの今の状態に気付ける者がいたら、 きっと、妙に思える事であろう。そもそもロベルタは、あの化物が攫って来た人物なのではないのか? そんな、一番恐怖の最前線に立たされていた彼女が何故、一番冷静なのか、と。  ウラを明かしてしまえば何て事はない、高槻とロベルタがグルであった、と言うだけだ。 だが、走り方こそ市井の一般住民のそれとは違うが、何かから逃げている、と言うのは本当の話である。 ジョナサン・ジョースター。自らの爪を拳銃並の速度で射出する、異端のアーチャーのマスター。 初めて言葉を交わした時、ロベルタは、何と甘い男なのだろうかと彼を嘲笑していた。 血が香り、死神が魂を刈り取らんと彷徨う、戦場の住民であったロベルタは、ジョナサンはこの聖杯戦争を生き残れはしないだろうと踏んでいた。 理想主義者と平和主義者は、買えないおもちゃを親にねだる駄々っ子と同じである。叶わぬ願いを求めて走る個人など、馬鹿を通り越して愚かである。  ……だと、思っていたが。 糖蜜よりも甘い男だと侮っていた男から、情けも甘えも一切消え失せ、無慈悲で、それでいて激流の様な怒りが露になった瞬間、ロベルタは反射的に、 逃走の姿勢を取ってしまっていた。柔弱な平和主義者だと思っていた男の皮膚が剥がれてみれば、現れたのはロベルタも知ったる戦士の顔。 但し、戦士は戦士でも、彼女が掃いて捨てるほど見て来た、相手を絶対に殺し、自分だけは絶対に生き残って利益を掠め取りたいと言う、 カスにも劣る狗の如き戦士ではない。もっと別の、ロベルタの語彙と経験では表現出来ない程、高尚な物の為に戦う戦士。そんな印象を、彼女は抱いた。 その訳の解らなさと、今まで彼女が見て来た、如何なる男よりも明白な、『殺す』と言う意思をぶつけられた瞬間、彼女は逃げていたのだ。  人生の多くをゲリラとして、殺しと戦いの世界に生きて来たロベルタは、聖杯戦争に参加しているマスターの中で、自身は屈指の実力者だと言う自負があった。 耐えて来た訓練の果てに得た戦闘能力、それをフルに生かした実戦経験。魔力の少なさと言う点が痛いが、他のマスターにはない重要な個性だと強く思ってもいた。 それを、粉々に打ち砕かれた。ジョナサンが放った殺意と敵意は、伊達ではない。こう言った敵意と言うものは、放つ存在の『強さ』に比例する。 先ず間違いなく、あの男と戦って、無事には済まない。ロベルタが下した結論が、これだった。一矢報いる事は、出来よう。 しかし、それでは意味がないのだ。ロベルタは絶対にこの聖杯戦争を生き残らねばならない。汚れた灰色の狐を地獄に叩き落とすその日まで、 ロベルタは、泥水を啜り、野草を喰らってでも生きる覚悟であった。  逃走ルートを、市民が逃げ惑う大通りから、入り組んだ裏路地のルートへと変更する。 いや、逃走、と言う言い方は使うべきではないのかも知れない。より正確に言えば、『高槻涼の回収ルート』と言うべきなのだろう。 聖杯戦争の参加者、否、魔術師の特権と言うべきか。彼らには念話と呼ばれる、会話やノートテイクとは違う、思った事を口に出さず、 心の中で伝達させると言う技術が使えるようになっている。便利である事は言うまでもない、軍事技術に転用出来ればどれ程の変革を齎せるか。 わざと迂遠なルートで<新宿>二丁目を移動し、少々の時間が経過してから、高槻達が戦っている所に戻り、念話を以て高槻に戦闘の終了を報告、この場から立ち去る、と言うのが、ロベルタが考えた計画であった。  しかし、これは危険な綱渡りである。態々火事場に飛び込むと言う事もそうであるが、念話自体にも問題があるのだ。 先ず、引き当てたサーヴァントがバーサーカーと言うのが悪い。狂化により理性が大幅に欠如、言語は喪失と、コミュニケーションに致命的な難がある。 多少の意思疎通は出来る事は確認済みであるが、戦闘の昂揚に入った高槻に、念話による命令が通じるかどうか。 そしてもう一つの問題が、念話が有効に働く距離。ごく簡単な実験で試した事があったが、高槻に念話による命令が有効に働きうる範囲は、 彼を中心とした半径十m程度でしかない。それを超えた範囲での念話は、狂化した高槻にはほぼ意味を成さない。 半径十mにまで近づかねば念話に意味がなくなる。これは、何を意味するのか。それは、高槻を回収するには、ロベルタは鉄火場まで自分の足で行かねばならないのだ。 高槻涼と言うサーヴァントがその暴力を発散すれば、自分自身ですら粉砕しかねない。その暴力が直撃する、その範囲まで彼女は向かうのである。 リスクが、高すぎる。しかし、此処で令呪と言う切り札を切るのも、気が早すぎる。此処は、多少のリスクを覚悟せねばならない時であった。  一年通して陽が一番高く上る夏の時期ではあるが、<新宿>の裏路地では、真昼にでもならない限り日は差さない。 <新宿>で聖杯戦争をするにあたりロベルタは、この街の裏路地、と言う名の、彼女自身がその暴威を余す事無く振える場所に既に目星を付けていた。 当然、道順はその際に覚えている。市街戦に於いて、ルートを頭に叩き込むなど基本中の基本。 今ではロベルタは、<新宿>どの道を行けば何処に繋がっているのか、と言う事を完全に把握している。今走るルートで、今のペースで走り続ければ、数分の内にジャバウォックの下へと到達出来る。  もう少し、ペースを上げるか、と思い速度を上げ始めた、その時であった。 ロベルタの前方十m先の地点に、何かが頭上から勢いよく落下して来た。其処で勢いよく立ち止まるロベルタ。 着地の際に一切の音こそ立てなかったが、それは、人間だった。それも、頭が黒く、黒い紳士服を着用した、大柄なアングロサクソン。  ジョナサンは、ロベルタと言う女性が裏路地を通るであろう事は予測出来ていた。 日の当たらない、日陰の世界の住人であるヤクザを狙って襲うと言う手口からの、簡単な憶測である。 仮にそれが嘘だったとしても、今回に限って言えば、裏路地を移動ルートに選ぶであろう事は予測していた。 ロベルタは確実に、バーサーカーのサーヴァントを後で呼び戻すであろうとジョナサンも思っていたのだ。必然的に、ジョナサンを撒いた後、 高槻のもとまで戻る必要がある。だが、今も市井の住民がてんやわんやの状態の大通りで、バーサーカーの下に戻るのは、要らぬ誤解を生む。 だからこそ、一端路地裏を経由する必要がある、こう考えたのだ。結局、この憶測はロベルタの心理を完璧に等しく読み当てていた。 もしもロベルタが、多少のリスクを覚悟で、来た道である大通りからジャバウォックを回収しに行っていれば、きっとジョナサンに出会う事もなかったであろう。  尤も、ジョナサンにしてもこのような移動ルートを辿る様な事になるとは、思わなかった。 ロベルタの移動速度が、見た目の割には想像以上に速かったせいで、予想だにしなかったショートカットを選ばざるを得なくなった。まさか彼女が過去、厳しい軍事訓練の末に人間の限界の閾値に近しい身体能力を得た女などとは、 誰も思わないだろう。この結果、ジョナサンは仕方なく、建物の屋上をそれこそ忍者か猿の様に跳躍して、ロベルタを追い詰めねばならなかった程だ。 「お――」  追い詰めた、そう言おうとしたジョナサンであったが、その続きは、けたたましい銃声がかき消した。 コンマ一秒に迫る程の速度で、ヤクザから奪い取った拳銃を懐から取り出し、ロベルタが躊躇なくジョナサンの額目掛けて発砲したからである。 しかし、ジョナサンはロベルタのこう言った行動を読めなかった訳ではない。ヤクザの事務所を襲撃し、躊躇なく自分達を狙撃する人間である事は確認済み。 不意打ちの一発は、十分予測出来ていた。だからこそ、上体を大きく横に傾ける事でジョナサンは銃弾を回避して見せた。 「君がその気なら、僕は君の影すらも灼いてみせよう」  堅く拳を握り締め、ジョナサンは口にした。 凛冽たる決意に満ちたジョナサンの顔つきとは対照的に、ロベルタの表情には、羅刹と見紛う程の殺意と敵意が鑿を当てて見せた様に刻まれていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  市街や室内で銃撃戦を行う上で、特に警戒するべきは跳弾である。 跳弾とは一般人が認識している以上に頻繁に起こる現象で、敵に向かって撃った銃弾が、跳弾で味方に直撃すると言う事故は、珍しくも何ともないのである。 銃とは、こと生身の生物相手にはこれ以上とない有効武器であるが、これが物質、特に石や金属に対しての破壊力となると、大きくその有効性が落ちる。 と言うのも、銃は弾道の角度と言うものに恐ろしく左右される武器であり、下手な角度で物に対して撃てば、日干し煉瓦ですら跳弾が起きる程である。  だから本来、<新宿>、特に、ロベルタが今いる建物と建物との幅が三mもなさそうな狭い路地で、銃弾を撃つ事は好ましくないのだ。 この狭いルート、しかも鉄筋コンクリートの壁が両サイドに聳える場所で銃を撃てば、ほぼ確実に跳弾が起きるのだから。 ――そんな事などお構いなし、と言わんばかりに、ロベルタは、ありったけの殺意を秘めてジョナサン相手に拳銃を撃ちまくっていた。 周りに味方がいるのならばいざ知らず、一対一の戦いで、跳弾を恐れて発砲を控えるようならば、殺されるのは自分自身なのだ。 躊躇も何もない。発砲音を恐れて人が集まろうが、知った事か。今は、目の前の敵を殺す事に、ロベルタは全意識を集中させている。  腹部目掛けて銃弾を発砲するロベルタ。 腹部は一般的には急所に類する部位と言う認識は薄いが、人間の腹には大腸と言う部位が当然収まっており、其処には大便が溜められている。 此処を銃弾で撃ち抜かれると体内に便が飛び散り、感染症で死ぬリスクが増大する。戦場で撃ち抜かれればほぼ死んだも同然なのだ。 おまけに的も頭に比べて大きく狙いやすい。狙えるのであれば、頭よりも積極的に狙うべき箇所であった。 しかし、未来でも予測出来ているかのような直感力で、ジョナサンは弾丸を回避。その後、壁の方を『垂直』に駆け上がり、一定の高さまで到達した所で、 壁を勢いよく蹴り、ロベルタの方へと急降下。彼女の頸椎目掛けて、強烈な浴びせ蹴りを見舞おうとする。 彼女は、ジョナサンのこの一撃に、巨大な斧が振り下ろされるイメージを見た。バッと身体を勢いよく屈ませ、寸での所で蹴りを躱す。 髪の毛が数本、彼の靴に持って行かれた。反応が遅れたら持って行かれたのは、髪ではなく首の方であったろう。 毛根が頭皮から引き抜かれた、その痛みの電気信号で、ロベルタは反射的に、膝を勢いよく伸ばし、その勢いを利用して前方に向かって飛び込んだ。  蹴りが躱され、地面にジョナサンが着地する。 飛び込んだ先でロベルタは膝立ちの状態になっており、ジョナサンの背中に銃弾を発砲した。狙いは肺である。 だが、まるで後頭部にも目があるのかと疑る程の勘の良い男だった。着地した、膝の力だけでジョナサンは何mも跳躍。 背面飛びの要領で、彼は銃弾を避け、ロベルタを飛び越し、彼女の三m背後に着地。信じられないものを見る様な目で、ロベルタは背後のジョナサンの方を振り返った。  ジョナサンが地を蹴り此方に向かって来る。 殆ど反射的に飛び退くロベルタ。ジョナサンが拳を引いた。殴り飛ばす気なのだろうか。彼我の距離は四m程も離れている、当たる筈はない。 しかし、軍人として培ってきた彼女の勘が、告げていた、何処でも良いから身体を動かせと。それに従い、右側の壁に身体を動かした、その時だった。 見間違いでも何でもない。ジョナサンの右腕が、直線状に『伸びた』。腕の長さ自体が、それこそ熱したチーズのように、二m程も伸びたのだ。 驚きに目を見開かせた時にはもう遅い、伸びた右拳が、彼女の左肩に突き刺さる。ゴキャッ、と言う厭な音が響いた。肩の骨を、砕かれた痛みが全身に伝播する。 ぐっ、と口から苦悶の声が上がる。拷問された時の訓練も受けている為、この程度では音を上げない。 寧ろ、利き腕が破壊されなかっただけ、まだ好都合だと考えた。伸びた腕――ズームパンチに使用した右腕を元に戻しているジョナサン目掛けて、 ロベルタは発砲。弾丸は、ジョナサンの鳩尾に吸い込まれ――刺さった!! だが、ロベルタの目にはどうにもおかしく映った。 彼の鳩尾に弾丸は命中したが、様子がおかしいのだ。背中を突き抜けた訳でもなければ、体内に残ったと言う訳でもない。 クラシカルな黒い紳士服でどうにも、弾の様子が掴み難い。目を凝らしたその瞬間、ジョナサンが勢いよく飛び出して来た。 ハッとした表情で、彼女は思いっきり身体を屈ませ、不様に横転。その場から距離を離す。彼女が先程まで背を預けていたビル壁に、ジョナサンの左拳がめり込んでいた。  予め、はじく性質の波紋を身体に流しておいて良かったと、つくづくジョナサンは思っていた。 これがなければ、銃弾で致命傷を負っていたであろう。実際、彼に向かって放たれた銃弾は、刺さり、ダメージを受けたが、肉体を突き抜けるには至らなかった。 並の波紋戦士であれば、体内にまで弾が侵入していただろう。それを許さなかったのは、ひとえにジョナサンが極めて優れた波紋戦士だからに他ならない。  そう言った、ジョナサンの素性を知らないロベルタは、化物でも見るような目で彼の事を睨んでいた。この程度のオモチャでは殺すには至らないのかと、歯噛みする。  ロベルタが保有している拳銃は、ベレッタ92F。向こう――合衆国――ではメジャーな現行器である。 警官のみならず軍部でも採用している事で有名で、ロベルタもゲリラ時代使った事がある。そして、好きな銃ではない。 好ましくない国家である合衆国製の物であると言うのもそうだが、そもそもロベルタは重く、威力の高い銃を好む傾向が強い女性だ。 そう言った宗旨を曲げて、この銃を使う理由は、ただ一つ。これしか使える武器がなかったからである。 銃規制が非常に厳重な日本においては、ヤクザやマフィアの類が銃を持ちこむ事すら一苦労だ。ロアナプラと違い治安にはうるさいのである。 サブマシンガンやアサルトライフル、グレネードの保持など以ての外。従って、このようなケチな拳銃しかロベルタは奪えていないのである。  ――金だけはある癖にケチなアウトロー……――  と、何度この国のマフィアの類に愚痴ったかは解らない。 彼女が愛用するミニミやグレネードさえ入手できていれば、目の前の気取った男など、そのまま挽肉であった。 それが出来ない事に、イライラが募って行く。左肩を砕かれた痛みですら、忘れられそうな程であった。  マガジンに込められた弾丸は、残り数少ない。 アジトに行けば数十丁もの拳銃が保存されているが、今は二丁だけ。弾薬もあるにはあるが、目の前の男が相手では、装填している間に殺されるのがオチだ。 だからここは彼女は――逃げる事にした。但し、尋常の方法では逃げられないので――尋常じゃない方法で逃げる事とした 出来るかどうかは微妙な線ではあるが、やるしかない。ロベルタの目線は、ビルに備え付けられたクーラーの室外機に向けられていた。 ジョナサンとロベルタを挟む二つのビルは雑居ビルであるらしく、二階部分にも三階部分にも、室外機は露出されている状態だった。 彼女は、最初の跳躍で一階部分の室外機の上に乗り、其処でまた、室外機が凹む程の勢いでジャンプ。 二階部分の室外機に、片手の力だけでしがみ付いた。彼女の意図する所を知ったジョナサンが、追いかけようとするが、その頃には彼女は二階の室外機の上に上っていた。 其処で彼女は、ベレッタを発砲し、地上のジョナサンを迎撃する。これを彼は回避。再びロベルタが室外機から跳躍、三階部分のそれにしがみ付き、 再びその上に一秒経たずしてよじ登る。追い縋ろうとするジョナサンであったが、ベレッタで牽制射撃をロベルタは行い、行動を封殺する。 両サイドの建物の階数自体は、屋上部分を含めて五階まで。つまり、室外機はあと一つしかない。 其処目掛けてロベルタは最後の跳躍を行い、しがみ付き、室外機の上に降り立つ。此処まで来たら、もうしがみ付く為の室外機を探す必要などない。 これを蹴り抜き、思いっきり跳躍。凄まじい脚部の筋力で蹴り抜かれた室外機は、ガコンッ、と言う音を立てて接続部から外れ、地面へと落下して行く。 ガシッ、と、屋上の柵部分をロベルタが握り締める。片腕の腕力だけで、鉄柵をよじ登って行き、ある高さまで着た瞬間、鉄棒競技の大車輪の要領で、 大きく一回転。雑居ビルの屋上に降り立った。――その瞬間だった。  ガクンッ、と、腰が抜けるよう感覚をロベルタは憶えた。一瞬膝を付きそうになるが、柵を掴む事で何とか免れる。 FARCに志願入隊して間もない頃を思い出す。あの頃は地獄の様なシゴキと訓練にも耐性がなく、訓練が終わったその時など、膝や腰がガクガクになり、 全身を襲う筋肉痛で死ぬような思いであった。あの日の感覚と今の感覚は似ていた。 動くのが気怠い。しかし此処で動くのを止めては殺される。自らの身体に喝を入れ、その場から逃げ去ろうとしたその時――見た。 目線の先百と余m程先の交差点地点で戦う、ジョナサンのサーヴァントと正体不明の乱入者のサーヴァント。 そして、あと一人。自分が全く見た事もない姿をした、巨大な鬼の様な姿をした何かを。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  口から火を吐く生き物、と言うものは、国を問わず、どの人物も昔から抱くイメージの一つである。 あり得ないものを呼気として吐き出す、その事に非日常性と、幻想性を感じるのかも知れない。 アレックスは口から火を吐く生物の典型例、それこそドラゴンやキメラとも戦った事があるが、ジョニィはそう言った存在と対峙するのは、初めてだ。 そしてジョニィは――叶う物なら、そう言った存在と戦うのは今日で最後にしてほしいものだと、心の底から思っていた。  タスクACT3の能力を用い、黄金回転の渦の中に潜航するジョニィ。 渦の中から見える風景は、熾烈と言う言葉ですら生ぬるい、戦場の風景だった。  嘗て高槻涼の姿をしていた、自らをジャバウォックだと名乗るバーサーカーは、その口から紅蓮の炎を吐き出していた。 炎は地面の砂粒を一瞬でガス蒸発を引き起こす程の温度で、この炎が車体に当たった瞬間、内部のエンジンとガソリンに引火、大爆発を引き起こす。 車の爆発につられてまた、後ろの車両も爆発し――と、地獄とは、まさに此処の事を言うのだと言われても、ジョニィは信じる事が出来た。 魔獣が吐き出す地獄の業火を、アレックスは回避し続ける。走る、跳ねる。最早、防げる威力の範疇を超えた温度の為、槍で弾く事すら彼はしていなかった。  黄金回転の時間が切れそうになったジョニィは、渦から飛び出し、その姿を露見させる。 ジャバウォックとの距離は二十m弱も離れており、交差点からかなり先の場所だ。此処からジョニィは、ACT2の爪弾を左手から射出させまくる。 魔獣は、避けない。そして、身体に何の変化もない。銃創すら出来上がっていないのだ。 アーチャーとして現界し、優れた視力を持つに至ったジョニィは、何が起ったのか見えていた。爪弾が、気体になって消滅したのである。 何かの熱を纏っているのか、と考えたジョニィの考えは正しい。今のジャバウォックの体温は、飛来した弾丸すらも一瞬で気化させる、八千六百度。 バーサーカーは本来対魔力を持たないサーヴァントであるが、この熱源により、物理的な干渉力に対する防御力をも兼ねた、天然の対魔力スキルを保有しているに等しい状態と言っても良い。  身体に纏われた温度の故に、アレックスは完全に攻めあぐねている状態にあると言っても良く、接近の為に近付いたその瞬間、 彼は膨大な熱によるダメージを受ける、と言うやり取りを何度も繰り返していた。損傷覚悟での一撃を何度か加えはしたが、ジャバウォックの肉体自身が埒外の耐久力を誇る為に、全く決定打には至らない。 「目障りな羽虫め」  言ってジャバウォックは、その右腕を、竜巻の様な勢いで振るい、アレックスを迎撃する。 攻撃の予兆を読んだアレックスは、何とか数m程飛び退いて攻撃を躱すが、衣服の腹部分をバッサリと斬り飛ばされていた。 攻撃の『おこり』を読んでいて、かつ無造作な攻撃ですらこれなのだ。本腰を入れて攻撃を入れていたどうなっていたのか、解ったものではない。  自らの身体の魔力を燃焼させ、アレックスは、自分が戦っている地点を中心とした直径二十m地点全体に、クリーム色の光を浴びせ掛ける。 アレックスが使う光の魔術は、単体を攻撃するものはセイント、複数体を攻撃するものはスターライトとラベル分けがしてあり、この攻撃は後者のものだった。 これまでアレックスが全体のものを放たなかったのは、ジョニィが近くにいた事もそうなのだが、自分が範囲攻撃を使えないとジャバウォックに誤認させたかったからだ。 目論見通り、不意を打たれた形になった魔獣は、直にスターライトの神秘の熱光を浴びせられ、ダメージを負った……筈である。  ――効いてるのかよ……これ――  直撃は、絶対にした。客観的に見てもアレックスの目から見ても、それは確実だ。 全くダメージを与えられているように見えないのも、客観的に見てもアレックスの目から見てもその通りであった。 ジャバウォックの灰銅色の身体、その表面の薄皮一枚、溶かす事も出来ていない。スターライトは神聖な熱光で相手を焼く、神秘の一撃と言っても良い。 しかし、神威の光とて目の前の、莫大な灼熱を纏った存在には効果が薄いと言うのか。 接近し、強烈な一撃を叩き込む他ないのだろうが、超高熱を纏っているため、それも難しい。流れは、完全に悪い方向に変えられていた。今やアレックス、そして、ジョニィの共通見解である。    相手の攻撃手段を完全に封殺したと認識したジャバウォックは、右手の爪を大きく開き、その掌を開放させる。 ジャバウォックの掌にはカメラの『絞り』に似た器官が取りつけられており、その事に気づけたのは、その絞り部分をバッと見せつけられたアレックスのみ。 空気の弾丸が放たれる物かと思い、槍を構えるアレックス。しかして、魔獣の右手に収束するエネルギーを見て、何かがおかしいと思い始めた。 光る砂粒めいたエネルギーが、絞りの部分に集まって行くそれを見て、急激に嫌な予感を感じ始める。この間、コンマ二秒にも満たない。 そう思った時には、既にアレックスの身体は横っ飛びに移動せんと砂地の地面を蹴り抜いていた。 それと同時に、ジャバウォックの右掌からエネルギーを収束した光線――俗に、荷電粒子砲と呼ばれる白色の熱線が放たれた。  アレックスの幸運は、荷電粒子砲が放たれるより前に、地面を蹴って跳躍する、と言うアクションを起こせていた事であろう。 そしてそもそもの不幸は、放たれた攻撃が、空気砲ではなく、荷電粒子砲そのものだった、と言う事であろう。  円周六十cm程の荷電粒子砲は、アレックスの右脇腹を半ば近くまで抉り飛ばして消滅させ、背後に列を成して駐車されていた、 嘗て市民が乗り捨て逃げ出した車両を、渋滞の最後尾まで貫いた。焦点温度六十万度を容易く超えるその粒子砲に貫かれ、 それが通った側の車線の車は全て、内部のガソリンやエンジン機構ごと車両が大爆発。あっと言う間にその車線は、ガソリンの燃える臭いと溶けた金属、 そして炎だけが敷き詰められた地獄の回廊さながらの風景に変貌した。 「ごあがっ……!!」  地面に槍を突き立て、バランスを失って倒れそうになるのをアレックスは防いだ。 肉体の一割近くを今のアレックスは消滅している状態と言っても良く、これにより急激に体重が低下。 突如として体重が十%程も消えてしまった事と、体中が燃えあがる様な激痛の為に、直立姿勢を維持する事が難しくなってしまったのだ。  この程度で済む事が出来たのは、せめてもの幸いと言うべきだったろう。 あのアーチャーのサーヴァントは、自身の事をランサーと呼んでいたが、それは間違ってはいない。 今のアレックスは宝具の力で、自身のクラスをランサーに変えているのだから。聖杯戦争の基本七クラスに自由に変身出来、その性質をとっかえひっかえ出来る宝具。 その中で、最も敏捷性に優れたランサーのクラスで戦っていたからこそ荷電粒子砲に反応出来、避ける体勢に移行出来たのだ。 それ以外のクラスであれば、もっと大きな風穴が身体の何処かに空いて、今度こそ本当に消滅していた事は間違いなかった。  しかし、アレックスの幸いなど、その程度だ。九死に一生を、程度に過ぎない。 死に掛けの状態なのは厳然たる事実であるし、そもそも危難は全く去っていない。ジャバウォックは依然として此方に標的を定めている。 腹部の消滅部に治療の為の魔術を当て、痛みを先ずは和らげる。アレックスが出来るのはそれだけで、全力で動くには、圧倒的に治癒に掛けられる時間と魔力が足りない。 クソが、と悪態が口から漏れる。こんな所で死ぬ訳には行かないのだ。あの美貌のアサシンをこの手で葬り去るまで。 北上を元の世界に戻すまでは。聖杯戦争が始まってから一日と経っていない時に退場なんて、したくない。  ジャバウォックが一歩一歩、大地を踏みしめるようにアレックスの方に向かって行く。 八千六百度の体温を持った鉱物の怪物が近付いてくる、と言われればアレックスが直面している状況の絶望さが伝わるかも知れない。 地面は物理法則の埒外にある体温によりマグマ化した後、一瞬で気化し、長い間その体温の持ち主がその場にいるせいか、 <新宿>二丁目地点の交差点は酷い陽炎で、酷い立ち眩みでも起こしているかのような歪みが起り始めるのみならず、気温も何十度も上昇していた。  爆熱を伴った死が、アレックスの方に近付いてくる。チリチリと衣服が焦げだし、皮膚が凄い勢いで乾いて行く。 最早これまで、と言った言葉がこれ以上となく相応しい、とアレックスの中の冷静な何かが考え始めた、その時であった。 ――ボグオォンッ!!、と言う音が五度連続で鳴り響いた。 ジャバウォックの方からである。何故、その音が生じたのか、その経過を目を開けて目の当たりにしたアレックスには解る。 地面を移動し、魔獣の足元から胴体部まで伝って行く、渦上の弾痕。それが、胴体に三つ、首に一つ、顎部分に一つ移動した瞬間、 本物の弾痕になり、貫かれたようなダメージを彼に与える事に成功したのである。 これはそれなりのダメージを与える事には成功したらしく、ジャバウォックの表情が歪んだ。 いや、痛がっていると言うよりは、不愉快そうに思っているだけかも知れない。それだけでも十分な成果だ。 周りを見渡すと、ジャバウォック達から十m程離れた地点で、黒い渦から上半身だけを露出させたジョニィが、乱暴にハーブ類を口にしていた。 よく見ると、この爪を射出するアーチャーの両手には、最早爪と言う爪が殆ど存在しない状態であった。 ACT3を自身に使うのに左手の爪を二つ、先程のACT2の弾痕をジャバウォックに全て見舞うのに右手の爪を全部撃ち尽くしたのだ。 ACT2の『爪弾そのもの』を命中させても、爪が到達する前に高熱で燃え尽きる。では、ACT2が生んだ『弾痕』は、その高熱で燃えるのか? 結論を言えば、燃えなかった事はジャバウォックの鉱物の身体に空いた本物の弾痕を見れば明白な事。つまり、損傷を与えられはしたのだ。  全弾命中した事は、客観的にはサルにでも解る。 しかし、それが有効打になったかどうかは、優れた射手、或いは、その弾丸を射出した者にしか解らない。 賭けても良かった。間違いなくあのバーサーカーは、大したダメージを受けていない。ジョニィの見解が、それであった。 「……遊びが過ぎた様だな、我も、貴様らも」  メキ、メキ、と、固着された金属の棒を、絶対に曲がらない方向に無理やり曲げてみた時の様な音が、ジャバウォックから鳴り響いた。 ジャバウォックが纏う超高熱の体温が発生させる、空間の揺らぎが最高潮に達する。 サウナとほぼ同等の温度を得るに至った、<新宿>二丁目交差点。ジョニィとアレックスの身体からはこれでもかと汗が噴き出してくる。 真っ当な人間ならその気温で意識が朦朧として来る所だろうが、今の二人はそれ所ではなかった。 「おためごかしはここまでだ。詰まらぬ破壊ではない――」  言った瞬間、ジャバウォックの右掌の絞り部分に、キィン、と言う音を立ててエネルギーが収束して行く。 直感的に、アレックスは考えた。違う、と。あれは先程放った、荷電粒子砲のエネルギーとは全く異質かつ別次元。 収束して行くエネルギーの一粒一粒に、先程放った粒子砲の全エネルギー量に倍する威力が凝集されており、それが彼の掌に集まって行くのだ。 もしもこのエネルギーを、『破壊』のみに利用したとしたら? もしもこのエネルギーが、自分達に放たれたら? 自分達は、この世に存在したと言う証すらも残さず消滅するだけでなく、この<新宿>と言う街自体が、いや、東京その物が消滅してしまうのではないか。  アレックスの見立ては、全く正しいと言わざるを得ない。 それは科学的な見地から言えば、握り拳一つ分程集める事が出来れば、地球上の全文明を地球ごと消滅させるに足る程のエネルギー体で、 現代技術ではティー・スプーン一杯分生み出すのにも莫大な電力と大層な化学装置がなければならない程の物質であった。 俗にいう、『反物質』。彼はこれを、人間が己の身体の中で血液を生み出すような感覚で、自身の体内で生成させる事が出来るのだ。 「我が本物の破壊とやらを見せてやろう!!」  アレックスはこの攻撃を破壊するには、もしもの力が必要だと悟った。 ジョニィは、このバーサーカーを葬り去るには、自らの切り札である牙の殺意を極限まで高めたあのスタンドが必要だと悟った。 しかし、それらを行うには最早、遅すぎて―――――――― ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ――なんて、力強い姿。 遠くで戦うジャバウォックを見て、ほう、とロベルタは息を吐いた。 高槻涼と言うバーサーカーは、あの人間の時の姿が真の姿だと思っていなかった。彼女が視認出来る、高槻のステータスやスキル、宝具を見ればそれは解っていた。 あれこそが。あの交差点地点で戦う灰銅色の鬼こそが、高槻自身の『真の姿』なのだと、彼女は信じていた。 百m以上離れていても解る、溢れんばかりの殺意。数々の死線を掻い潜って来た、ロベルタの骨の髄をも振わせる程の覇風。 以前ロベルタは高槻を見て、米国の全兵力全兵装と彼の力は同等以上、だと言う認識でいた。今は、違う。 今の彼であれば、地球上の全国家が保有する軍事力に、大きな差を着けられる事だろう。それは夢想でも何でもない。このロベルタ自身が保証している事なのだ。間違いは、全くなかった。 「アレが、魔力消費の……!!」  強力なサーヴァント程、魔力消費が甚大になる。聖杯戦争の基本である。 高槻は基本的にはロベルタに対しては忠実なバーサーカーであった。霊体化をしろと言われればするし、大人しくしろと言われればその殺意の片鱗も見せない。 正真正銘の魔獣と化した高槻の魔力消費量は、平時の倍以上に跳ね上がっており、魂喰いを済ませたロベルタにも相当な負担になっていた。 このままでは、魂喰いして補充した分の魔力も、危ういかも知れない。中々の荒馬のようだと、自身が引き当てたバーサーカーについて考えていたその時だった。 ダンッ、ダンッ、と言う音が、ロベルタが先程、室外機を利用して屋上まで昇って来た側から聞こえて来たのだ。  ――その音が途切れた、と同時に。 ジョナサン・ジョースターが宙を躍った。彼は壁を蹴って上空に、また壁を蹴っては上空を移動を繰り返し、ロベルタが現在佇立するビルの屋上までやって来たのだ。 ジョナサンが着地するよりも速く、腰のベルトに差していたベレッタを引き抜き、セーフティを解除、顔面目掛けて発砲する。マガジンの弾丸はこれで切れた。 そんな事など御見通しであると言わんばかりに、ジョナサンは顔面の辺りを、丸太と見紛う様な太い両手で多い、弾丸を防御。 ロベルタの側からは解らないであろうが、彼女の撃ち放った弾丸はジョナサンの腕に刺さりこそしたが、纏わせた弾く波紋の影響で、 中に食い込むまでには、至らなかった。どちらにしても、弾丸が決定打になっていない事だけは理解したらしく、ジョナサンの着地と同時に、 大きく距離を取ろうと飛び退いた。ジョナサンが疾風の様な速度で迫る。その巨体と搭載した筋肉の量も相まって、鋼の塊が素っ飛んでくるようなプレッシャーを、 ロベルタは感じた。牽制がてらに、ロベルタは右手に握っていた『拳銃自体』をジョナサンの方目掛けて放擲した。 発砲されると思ったジョナサンは慌てて両腕によるガードを行おうとするが、飛来するものが銃弾ではなく、それを放つ為の拳銃であった事を知り、 怪訝そうな表情を浮かべた。その隙を、ロベルタは狙う。懐に隠し持っていた、もう一つのベレッタを引き抜き、ジョナサンの心臓目掛けて発砲する!! これが狙いだったと気付いたジョナサンは、銃口の照準から急いで弾道を計算、右手甲を其処に配置する。 石のようなジョナサンの拳に、弾丸が完全に没入した。じくじくと、血が甲を流れ、伝い落ちてゆく。  破裂するような発砲音が、二回響き渡った。 ロベルタが握る拳銃は、ジョナサンの脚部に狙いを定めていた。急所は当然警戒されている為、余程上手く不意を撃たない限り、 ジョナサンは被弾してくれない。ならば、足を狙撃し、動きだけでも鈍らせておこうと、作戦を変更したのである。 意図に気付いたジョナサンは、やや膝を曲げてから、跳躍。弾く波紋の応用である。人体のちょっとしたアクションだけでも、驚くべき身体能力を発揮出来るのだ。 貫くべき対象を失った弾丸は、地面のコンクリートに当たり、跳弾。チィンッ、と言う音を立てて、屋上の金属柵の一本にカチ当たる。 少しの屈伸運動からの跳躍で、何mも飛び上がったジョナサンは、七m程背後に存在する給水タンクの上に着地――そして。信じられないような表情を浮かべ始めた。  ロベルタは一瞬だけ奇妙に思ったが、ジョナサンの目線の先にあるものが、何だったのかを即座に思い出す。 彼の目にはきっと、力強くて、雄々しい姿に変身した自身のバーサーカーの姿が映っているに相違あるまい。 そして、その極めて暴威的で、圧倒的な、力そのものと言っても良い勇姿に、身震いをしているのだろう。 唖然としているジョナサンの姿に隙を見出したロベルタは、ベレッタを発砲。だが、流石に何時までも呆けているジョナサンではなかった。 弾丸はスカを食い、遥か彼方へと一直線に飛来して行く。弾の軌道から言って、数㎞先まで、貫くべき対象は、空気以外には存在しない。  ジョナサンが如何移動するのかそのルートを即自的に計算。 予測した移動ルートの方へと身体を向けたその時――気付いてしまった。 掠めた視界に映ったのは、自らが操るバーサーカー、高槻涼の姿。狙撃用ライフルで遠方の相手を狙撃する事も多かったロベルタは、視力に非常に優れる。 故に、遠方視には自信がある。と言っても、あの目立つ姿のバーサーカーは、常人並の視力の持ち主でも、数百m以上離れていたとしてもそれと気づけるだろう。 常人の倍以上優れた視力を持ったロベルタが、非常に目立つ姿をした現在の高槻涼の姿を見たからこそ、異変に気づけたのである。  ――彼の右手に収束して行く、莫大なエネルギーを。  それを見た時ロベルタが先ずイメージしたのは、C-4や手榴弾などと言った、軍人にはお馴染みと言っても良い爆弾の類であった。 だがそれでは、まだ威力が足りない。次に浮かび上がったのは、爆撃機が投下する砲弾やクラスター爆弾等の大威力のそれであった。 まだ、足りない。次に浮かび上がったのは、大陸間弾道ミサイルなどいった、一発で首都や国家に甚大な被害を与えられるレベルの火器であった。 それでも、まだ。次に浮かび上がったのは、核弾頭。正真正銘一国、下手したら世界その物を終わらせかねない、人類が生み出したソドムとゴモラの業火。  ――尚、その威力は計れなかった。 核以上のエネルギーが、其処に収束していると、ロベルタは一発で理解出来た。 人類が生み出した神の雷霆、それ以上の威力の兵器とは、果たして何か。それを放てば、どうなるのか。星が割れるのか? そして自分は、無事で済むのか? 確かな予感が、彼女にはあった。あれを放てば、間違いなくジャバウォックは勝利する。 そして、自分を含めた<新宿>の街及び、東京全土が滅び去ると。其処に広がるのは魔獣の勝利と瓦礫の山だけであって、其処には自分がいないのだと言う事を。 彼女は、即座に理解してしまった。 「――令呪を以て命じるッ!!」  理解してからの行動は速かった、 ロベルタの右上腕二頭筋の辺りに刻まれた、三本の爪痕に似た形をした令呪が、激しく光り輝いた。 あれを放たれれば、間違いなく自分は終わる。決して、あれだけは放たせては行けない、空虚な一撃だ。 「その姿を解除した後、私の下まで来いッ!!」  ロベルタの言葉を直に認識したジョナサンも、即座に行動に移った。 右腕前腕部に刻まれた、水面に生じた波紋めいた形をした令呪に意思を込め、彼も叫んだ。 「ジョナサン・ジョースターが命じる――」  波紋の一画が、激しく揮発し始めた。 「この場に来るんだ、アーチャー!!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  急激に、ジャバウォックの右掌に収束して行くエネルギーが、散り散りに消失して行く。 東京を破壊してなお余りある力を秘めた、エネルギーの収束体は、完全に無害なそれに変貌し、虚空へと散って行く。 それと同時に、ジャバウォックが雄叫びを上げ始めた。苦しんでいるとか、痛がっていると言うよりはむしろ、激怒している、と言った印象を、 ジョニィとアレックスは憶えた。魔力切れでも起ったのか、と考えてしまったのも、無理からぬ事であったろう。 「おのれぇ……、我と、我が主の意思を縛る売女めが!! 我が破壊を妨げると言うか!!」  誰に対して言っているのか、即座にジョニィもアレックスも理解した。間違いなく、ジャバウォック自身のマスターについて言及している。 どうやら、人間時のバーサーカーの意思と、今の姿になったジャバウォックの意思は、根本的に違うものであるらしいと、この時になって初めて彼らは気付いた。 「憎し!! 憎し憎し!! 我の破壊は我の意思のみに非ず!! 我と、我が主である高槻涼の――」  其処まで告げた瞬間、ジャバウォックの金属的かつ大柄な身体は、風化した様に粉々になり、宙を舞い飛んで行った。 其処に現れたのは、あの魔獣よりも一回り小柄な、あの青年の姿。ジャバウォックに変身した時に衣服は弾け飛んでしまったらしく、 完全な全裸の姿で、彼は佇立していた。青年の身体つきは決して貧相ではなかったが、先のジャバウォックの姿と比較すると、痩せた子供にしか見えなかった。 青年がジャバウォックに変身していたと言うよりも、ジャバウォックと言う大きな着ぐるみの中に青年が入っていた、と言う言い方の方がまだ信憑性がある。 この青年、高槻涼が、本当に、肺腑を抉る様な恐怖を見る者に与えるあの魔獣に変身していたとは、ジョニィやアレックスには信じられなかった。  そして、彼の姿がまばたきするよりも速く、その場から消え失せた。 移動した、とジョニィは思ったが、アレックスはランサーに変身し、優れた敏捷性と反射神経を保有していると言う現在性から、違うと解っていた。 アレは移動と言うよりも転移と言った方が良い。高槻自体は、何処にも移動しようとする素振りを見せていなかった。佇立した状態のまま消えたのである。となれば、転移以外に、ありえない。  高槻が消えてから、二秒程経過したその時であった。 ジョニィの姿もまた、その場から消え失せていた。ACT3が生み出した、黄金回転の渦ごと、何処ぞに消え失せた。 その場にただ一人、アレックスだけが、残される形になる。よろよろと槍を杖代わりに立ち上がり、右脇腹の傷を、彼は癒し続ける。 「ヘッ、仲間……外れかよ」  今は、それの方が良いかも知れない。 のろのろとした動作で霊体化を行い、アレックスはその場から消え失せる。今は、北上が心配であった。  マグマ化した地面。片側の車道を舐め尽くすように埋め尽くされたガソリンの炎。局所的に凄まじい勢いで跳ね上がった気温。 圧縮空気により砕かれたビル壁の数々。砂地になった交差点。無政府状態の国家宛らのこの風景は、誰が信じられようか。日本の首都の風景の一つであった。 凄惨な爪痕だけが、其処に残される体となった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  高槻が、先ず現れた。 突然の出来事に、狂化した表情なりに混乱した様子が彼に浮かび上がっていた。 事情を把握しているその最中に、ジョニィがジョナサンの近くに現れたのは、僥倖であった。 彼らが、自らのマスターが令呪を用いてこの場に呼び寄せたと気付いたのは、殆ど同時の出来事である。  最初に行動に移ったのは、黄金回転の渦から上半身だけを露出させたジョニィの方だ。 再生を終えていた左手の爪を四本、ロベルタの足元に射出させる。弾丸が床に着弾してから、ロベルタは、自分が攻撃された事を知る。 だが、渦上の弾痕が、コンクリートの剥げた床に刻まれ、それが自身の方に近付いている事を、彼女はまだ知らない。 ジョニィが意図する所を理解した高槻は、即座に彼女を抱き抱え、柵の上にまで飛び上がり、その上に絶妙なバランス感覚で直立する。 彼は先程の交差点で、ACT2の弾痕が地面を這って、生物の身体を伝うのを見た。この弾痕を以て、マスターを殺害しようとした事は御見通しであった。  再生を終えた右手の小指、薬指、親指の爪を射出し、高槻の脚部を狙撃するジョニィ。 ダンッ、と言う音と同時に、高槻が弾丸の射線上から消えていた。足場になっていた金属柵は、圧し折れ破断している。 彼は後ろ向きの状態のまま、建物の屋上と言う屋上を次々と跳躍して移動して行き、その場から離れて行く。 呼吸を三回終える頃には、高槻達は豆粒の様に小さくなって行き、彼我の距離はACT2では最早狙撃が不可能な程の距離にまでなっていた。 「逃げられたな」  ACT3の黄金回転が終わり、渦から全身を引っ張り出すジョニィ。その瞳には、若干の悔しさと、黒い炎の様な殺意が燃えたぎっていた。 「君の落ち度じゃないさ、ジョニィ。僕達には情報が少なすぎた」  それは、ジョナサン自身を戒める言葉でもあった。 予想外に苦戦してしまった。波紋法を習得していないにも関わらず、凄まじいまでの運動神経であった。 今は亡き師から波紋を学ぶ前の自分であったら、どうなっていたかは全く分からない。ツェペリには全く、感謝してもしきれなかった。 ロベルタの身体能力が予想外のそれであったとは言え、もう少し自身にもやり方があったのではないかと、ジョナサンは思わずにいられない。 取り逃した事を悔しがっているのは、ジョナサンもまた、同じ事であった。 「次は僕も、『本気』を出す。彼女らを野放しにする訳には行かないからね」  と、言うのはジョニィの言。彼もまた自分と同じく、大敵を逃した事を悔しがっているのだろうとジョナサンは判断した。 尤も……それは、当たらずとも遠からず、と言った所であり、必ずしも正鵠を射ている訳ではないのだが。 「――そうだ、ジョニィ。あの時一緒に戦っていたサーヴァントは?」 「彼か。あのバーサーカーとの戦いでかなりの重傷を負っていたよ。放っておいたら、拙いかも知れない」 「そうか。直に向かおう、ジョニィ」  言外に、助けに向かおうと言っているような物であった。 一時とは言え、ジョニィの方に加勢してくれたのである。ひょっとしたら、同盟を組めるかも知れないと、ジョナサンは考えたのだ。 ……無論ジョナサンも、あの時アレックスの瞳に燃えていた、個人に対する憎悪の炎を、忘れていた訳ではない。 あれ程強烈な負の意思など、中々忘れられるものではない。だが、何にしても最初に話し合う事は、重要であった。 例え無駄だと解っていても、ジョナサンはロベルタを相手に最初に交渉に移った男である。こう言ったスタンスは、今も変わりはない。 「君がそう言うのであれば、僕もやぶさかじゃあないんだが……中々難しいかも知れないな」  言ってジョニィは親指である方向を指差した。彼が指差す方向に目線をやったジョナサンは、得心した。 主戦場となった<新宿>二丁目交差点付近に、続々と、この国の警察官達が集まって来ているのだ。 更に良く目を凝らすと警察官達がこれから現場検証をしようとしている所を取り巻く様に、たくさんの野次馬達が集まっている。  考えてみれば、当たり前の事であった。 衆目の目線が集まる所で、馬に乗って競争劇を行った挙句、往来のど真ん中でサーヴァント同士の戦いを隠さず披露したのである。人が集まらない方が、どうかしている、と言うものであった。 「……なるべく、人に見つからないように工夫しようか、ジョニィ」 「言われなくても」  言ってジョニィは霊体化を行い、それをジョナサンが確認するや、裏路地方面にビルから飛び降りた。 出来れば、御苑の子供達やその母親に、事がバレなければ良いなと思うも、直にそれは無駄なのだろうな、と諦めるジョナサンであった。 ついつい、十九世紀のイギリスにいるつもりで馬に乗ってしまったが、それが悪手だった事に、漸く彼は気付くのであった。 ---- 【歌舞伎町、戸山方面(<新宿>二丁目)/1日目 早朝8:10分】 【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]左腕、鳩尾に銃弾直撃(鳩尾のものは既に銃弾が抜けたが、左腕には没入)、肉体的損傷(小)、魔力消費(小)、激しい義憤 [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]不明 [道具]不明 [所持金]かなり少ない。 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。 2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。 3.外道に対しては2.の限りではない。 [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 ・ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました ・<新宿>二丁目近辺に、謎のサーヴァント(アレックス)及び、彼のマスターがいるであろうと推測。彼を助けに行こうと思っています 【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]魔力消費(小)、両手指の爪を幾つか消失 [装備] [道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類 [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する 2.マスターと自分の意思に従う 3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。 ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 ・ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました ・ランサーだと誤認したアレックスの下に、現在向っています 【モデルマン(アレックス)@VIPRPG】 [状態]肉体的損傷(大)、魔力消費(大)、憎悪、右脇腹消失、霊体化 [装備]軽い服装、鉢巻 [道具]ドラゴンソード [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:北上を帰還させる 1.幻十に対する憎悪 2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る [備考] ・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです ・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。 ・幻十の武器の正体には、まだ気付いていません ・バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました ・現在北上の下へと向かっています ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「貴方を責めている訳じゃないわ、ジャバウォック」  今自らを抱き抱えて、突風のような速度で移動する全裸の青年に対して投げ掛けられた声は、非常に優しいものであった。 そして熱と同時に、脊椎を突き刺すような凄まじい狂気で、その声が彩られていた。 「ただ少し、驚いてしまっただけ。私をも葬り去る程の火力を持った貴方に、ね」  高槻の表情は仮面の様に動かない。ただ、ロベルタを抱えて、遠くに移動するだけ。 屋根から屋根へ、時には裏路地に降り立ち、また跳躍。再び屋上かその一つ下の階の、転落防止のためのフェンスか給水タンク、クーラーの室外機の上に降り立ち、 再び跳躍。再び遠くへと移動する。一足で二十~三十mもの距離を跳躍する、高槻涼の脚力よ。  ロベルタは全く、高槻、いや、正真正銘の魔獣――ジャバウォック――と化し、破滅の一打を<新宿>に加えようとした事に、怒りの様子を見せていなかった。 寧ろ、脊髄が熱っぽく燃え上がり、陰唇が濡れそぼる程の興奮を覚えていた。このサーヴァントは、自分がまだまだ知らぬ、真の切り札を有していたと思うと。 その切り札が、この<新宿>に集うサーヴァントの中で最強に等しい力を持っていると思うと。怒りよりも先に、褒めて称えたくなるのだ。  核より凄まじい兵器。それは、軍人上がりのロベルタにとってどんな意味を持った言葉であるか。 それは即ち、軍人を含めた諸人が連想する所の、最強の兵器。ありとあらゆる行為に対する抑止力。 高槻涼は、それを個人で成す者。高槻涼は、それを個人で上回る威力の兵器を生成出来る究極の生命体。神とは正しく、このサーヴァントの事を指すのだと、ロベルタは強く信じていた。  高槻涼を上手く操れば、自分は絶対に、この聖杯戦争を勝ち抜ける。 誰が来ようとも、魔獣の圧倒的な暴威で粉砕出来る。そう思えば思う程、ロベルタは酔ってくる。 どんなバーボンやウィスキーよりも、強烈な酩酊感と多幸感を味わえる存在。それこそが、このバーサーカーなのだ。  砕かれた左肩の痛みも、この感情の前には和らげられる。 だが、あの気取った紳士服の男に対する怒りを、ロベルタは忘れていない。今は、状況が悪すぎたから逃げ出した。 しかし、高槻涼の使い方を学び、その力を完璧に理解した瞬間こそが、あの主従の最期である。 あの男は、自分の影すらも灼いて見せると言って見せた。ならば自分は、影すらも破壊して見せるのだ。 今自分を抱き抱える、暴力の権化たる魔獣・高槻涼、もとい、ジャバウォックの爪と炎によりて、だ。 「次は、絶対に殺して見せましょう、ジャバウォック。私と貴方なら、きっと……」  右手で高槻涼の頬を撫でながら、熱っぽくロベルタが言って見せた。 高槻は何も答えない。ロベルタを危難から遠ざける為に、今も跳躍を続ける。……本当に、それだけか? 高槻涼と言う男の人格の一抹、その百分の、いや、千分の一の、人格の一分子が、そんな疑問を抱いた。 自分はもしかしたら、マスターを遠ざける為じゃなく、別の何かからも逃げているのではないのか?  自分の中に眠るのは、あの魔獣だけの筈である。  ――では、瞳を閉じた自分の瞼の裏に映る、自分のマスターの様な狂相を浮かべる金髪の少女は、果たして誰なのか? ---- 【四谷、信濃町方面(四ツ谷駅周辺)/1日目 早朝8:10分】 【ロベルタ@BLACK LAGOON】 [状態]左肩甲骨破壊、魔力消費(中)、肉体的損傷(中) [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]銃火器類多数(現在所持している物はベレッタ92F) [道具]不明 [所持金]かなり多い [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を獲るために全マスターを殺害する。 1.ジョナサンを殺害する為の状況を整える。 2.勝ち残る為には手段は選ばない。 [備考] ・現在所持している銃火器はベレッタ92Fです。もしかしたらこの他にも、何処かに銃器を隠しているかもしれません ・高槻涼の中に眠るARMS、ジャバウォックを認識しました。また彼の危険性も、理解しました ・モデルマン(アレックス)のサーヴァントの存在を認識しました 【バーサーカー(高槻涼)@ARMS】 [状態]異形化 宝具『魔獣』発動(10%) [装備]なし [道具]なし [所持金] マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:狂化 1.マスターに従う 2.破壊(ジャバウォック) 2.BAKED APPLE(???) [備考] ・『魔獣』は100%発動で完全体化します。 ・黄金の回転を憶えました ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「チッ、見えなくなっちまったな」  目を細めて、般若か鬼女と言われても納得する程の、恐ろしい風貌の女と彼女の馬であるバーサーカーと、 彼らを追うジョナサン・ジョースターとそのサーヴァントのアーチャーの行方を探す十兵衛であったが、全く見つからない。 京王プラザホテル周辺で戦うかと思いきや、そのまま彼らは、自らのバーサーカーに乗り、また呼び出した馬に乗り、此処から遠ざかって行った。 十兵衛は京王プラザの結構高層部分の非常階段から、階下の風景を眺めている。非常階段からでも、その風景は圧巻である。 大抵の建物が、十兵衛の目線の下に来るのだから。そこからでも、馬に乗ったジョナサン組と、ロベルタ組の姿は見えない。 それ程までに彼らは遠くに向かったのである。ある程度の進路方向までは、十兵衛も確認出来ていた。 しかし、<新宿>駅周辺の辺りまで彼らが向かった瞬間、もうお手上げであった。理由は単純明快、建物が入り組んでいて最早物理的に見えなくなったからである。 建物に阻害されては、例え天体望遠鏡を持って来たとて見えはしないだろう。何処か見える所まで移動してくれないものかと、 ジョナサンらが消えて行った方向から推測した、現在彼らがいるであろう地点に向けて十兵衛は目を凝らすが、無理なものは無理だった。  まさかあのお人よしの男に、『自分達の戦いぶりが見られないよう』に、と言った配慮は出来はしないだろう。 一言二言喋っただけだから如何ともし難いが、あのジョナサン・ジョースターと言う男はかなり人が良い。 十兵衛にとって、自分にとって友好的なスタンスの人格者と言う存在は、=骨の髄まで利用してやっても良い人間と言う事である。 もっと言えばただの馬鹿だ。でなければ白昼堂々宝具と思しき馬を展開させ、公道のど真ん中を疾駆させる筈がない。 見た所、あのバーサーカーの移動速度は相当な物であった。対して馬に乗ったジョナサン達の移動速度は、馬の生態的な移動速度相応。 追っている内に、意図せずして十兵衛が視認不可能な所まで向ってしまった、と言うのが真相なのであろう。それが十兵衛にとって厄介な結果を齎してしまった事に、彼らは気付いていなかった。 「はぁ~、クッソ。サーヴァント同士の戦いを見れると思ったんだがな」  無駄な努力はしない、漁夫の利、濡れ手に粟、ゴネ得。 それが、佐藤十兵衛の行動方針である。要するに、自分の手を汚さない。これが一番重要なのだ。 しかも、彼が引き当てたサーヴァントはセイバー、一般的には最優――あれを見る限りとてもそうは思えない――のサーヴァントであり、 その最優のサーヴァントで、このような手汚い作戦を取る事に意味があるのだ。佐藤十兵衛の喧嘩は驚く程考えられており、それ自体が一種の舞台の様なものである。 こう言った喧嘩を展開する上で、最も重要なファクターとなるのが、情報量だ。前もって情報を制している物は、喧嘩の――殺し合いの趨勢すらも制する。 十兵衛は肉体こそは完成されているが、格闘技経験と実戦経験が、『プロ』と呼ばれる存在に比べて希薄である。だからこそ、狡猾に狡猾に進めるのだ。 強いサーヴァントを引き当てました、ならばそのサーヴァントの力を十分に発揮するよう真正面から戦いましょう。 そんな事は十兵衛に言わせれば偏差値二十五の人間がする事であり、勝率を高めたいのであれば、強い上に情報や舞台すらも制する必要があるのだ。  それを初っ端から挫かれた十兵衛は、かなりトーンダウンしていた。 自分達が血と汗を流して、サーヴァント同士の戦いを経験してみよう、等と言う事は十兵衛はしたくない。 他人に血と汗を流させて、聖杯戦争におけるサーヴァント同士の戦いとはどのような物なのか、それを彼は知りたかったのだ。 このような機会、早々訪れはしないだろう。その千載一遇のチャンスを逃してしまった十兵衛は、かなり残念な物であった。  ――と言うか 「あのベニヤ板は何やってんだよオラァ!!!!」(此処に墨文字がフキダシ外に表示される漫画的表現が挿入される)  そうである。自分の引き当てた馬である、セイバーのサーヴァント、比那名居天子が来ないのである。 飛行が出来るサーヴァントではあるが、その移動速度は大して速くはない――それでも、十兵衛の全力疾走よりは遥かに速い――事は、確認済みである。 それを加味しても、遅い。あの移動速度で、障害物のない空を移動し続ければ、今頃は十兵衛の下に到着している筈なのだ。 なのに、来ない。なめてんじゃねーぞ。  これはもうセイバーと同棲して、痛いほど解った事であるが、比那名居天子は相当な不良娘である。 この場合の不良と言うのは、非行少女と言う意味でなく、我儘と意味である。 話を聞くに、どうやらあのセイバーは元々はやんごとなき御家の令嬢と言った立場に近しい存在であり、傅く者もそれなりにいた身分であると言う。 早い話が、お嬢様気質であり、箱入り娘であると言うべきか。つまり、外部の事情に特に疎い。 特にこの<新宿>は、そもそも彼女が住んでいた所に曰く、外界と呼ばれる世界に近しい場所であり、常々天子が行ってみたいと思っていた所でもあるのだと言う。 その様な所であるから、彼女は家の中にいるより、外へ外へ、と言ったアウトドア指向の傾向が強いのである。 話だけを聞くのであれば、外に興味を持った深窓の令嬢、と言った風に思えるかも知れないが、実態はそんな可憐なものでなく。 兎に角我儘、兎に角自分の実力に自信あり、兎に角目立ちたがり屋。恐ろしく我が強いのである。 十兵衛のちょっとした発言で臍を曲げる、今は十兵衛の方が金を持ってるのだからなんか奢れ、 自分が目立てるような異変――これの意味が十兵衛には解らない――解決の筋道を立てろだの、かなりの無理難題を吹っ掛けて来る。かぐや姫かお前は。 自身の境遇を語る時に、天子は自分が他の天人達から、不良天人呼ばわりされた事について随分とご立腹だった事を聞いた事がある。 ……その性格を見る限り、そりゃそんな扱いになるだろうとは、面倒くさいから十兵衛は言わなかったが。  いよいよもって、余りにも暇だから、最近携帯に落とし込んだ音ゲーアプリ。 DB69(シックスナイン)でもプレイしようかと思い立ち、スマートフォンを取り出した、その時であった。 「ごめ~ん十兵衛、待った?」  きっと、別れたくなるような彼女と言うのは、自分から待ち合わせの時間に遅れたらこんな事を言うのだろうな、と十兵衛は考えた。 非常階段の手すりの外側を、ふわふわと浮かびながら、布製のハンドバッグを持って、比那名居天子が霊体化を解き始めた。 「今来た所だよ」  誰が聞いても大嘘と解る様な発言。 しかし、此処でマスターの意を汲まないのが比那名居天子と言うセイバーである。 「あそ、ならよかった。いやーごめんね十兵衛、お菓子選んでたのと、サーヴァント同士の戦いを観戦してたら、ついつい忘れちゃった」 「テメーとくし丸に買い出し行ってて遅れた癖に、その上悠長に菓子なんて――っておい、ちょっと待て」 「何?」 「サーヴァント同士の戦いを見てたってのは……」 「言葉の通りよ。此処から結構離れてた所で、サーヴァント同士が戦ってたのよ」  ――捨てる神あれば何とやら。だった 結果的に天子が遅れた事により、自分が一番知りたかった情報を入手出来る機会が得られそうである。 「それで、どんな奴が戦ってたよ」 「ん~、余り遠くを見るのには自信ないけど、全員若い男だったわよ」  手すりの外側から内側に移動し、踊り場部分から上の踊り場に移動する為の階段の一段に腰を下ろしながら、天子は話し始める。 此処までは十兵衛の見たアーチャーとバーサーカーの特徴と完全に一致する。 「んで、遠目から見て、解りやすい特徴とかなかったか?」 「解りやすい? ん~……あっ、一人は何か馬に乗ってたわ。途中で降りたけど」  ビンゴであった。それは確実に、ジョナサン・ジョースターと言う男に従っていたアーチャーのサーヴァントだ。 「一人は確か、凄いうるさい声で叫んでたから、多分バーサーカーじゃないかしら? それで、そのバーサーカーを相手に、二人で――」 「待て」 「何よ、話してる所じゃない」  話を途中で遮られ、むくれる天子。 「単刀直入に言って、セイバーが見たサーヴァントは俺がさっき見たサーヴァントとみて間違いない。だが、俺が見たのは二人だった」  そう、数が合わないのだ。サーヴァントが三人いたなど、と言うのは。 「あそう? でも確かに三人居たし……あの場所にもう一人、サーヴァントの主従がいたんじゃない?」  んな適当な、と思ったが、確かにその通りかもしれない。 東京都二十三区全域ならいざ知らず、新宿区一つに限定するのであれば、佐藤十兵衛が元居た<新宿>も、狭い所であった。 となれば、ジョナサン達が移動した先に新手のサーヴァントがいると言う事も、確かにおかしくはない。 「遮って悪かったな、続けてくれないか」  その後、天子から語られた事柄は、こう言う事になった。 件のバーサーカーを相手に、アーチャーと思しきサーヴァントと、新手のサーヴァントは手を組んで戦っていた事。 途中でバーサーカーが、元の姿とは似ても似つかない、チープな表現であるが、鬼の様な姿をした怪物に変身した事。 それまでは上手く追い詰めていた二名であったが、変身された瞬間戦況が変化した事。 その鬼は火を噴き、マスタースパーク――何の事は十兵衛は解らない――よりも凄まじい光線を放った事。 誰がどう見ても二人を殺せた筈なのに、そのバーサーカーが変身を解き、もう一人のサーヴァントごと何処ぞに消え失せた事。  そんな事を、十兵衛に天子は話した。 「……成程ね」  言って、顎に手を当てて十兵衛は考え込む。 その様子を真顔で、天子は注視していた。……その手に、小ぶりの真空パックを持ちながら。 ビニール製のその真空パックには、『コ口口』と書かれていた。巷で話題の、本物の果実宛らの触感が楽しめる、新感覚のグミ菓子である。 それを噛みながら、天子は今までの事を報告していた。非常階段がまことにグレープ臭い。  先ず天子が語った事柄から解る事の中で兎角重要なのが、そのバーサーカーは絶対に真正面から戦ってはいけない事だ。 人間状態の時の戦闘力は兎も角、その『鬼』と呼ばれる姿をした時には、どうなるものか解ったものではない。 そして次に重要視するべきなのが、アーチャーと共闘した謎のサーヴァントの存在である。ひょっとしたら、このサーヴァントも利用出来るのではと十兵衛は思っていた。 こう思った訳は簡単で、あのお人よしのジョナサンのサーヴァントであるジョニィと、一瞬たりとも共闘したと言う事実があるからだ。 事と次第によっては、互いに手を結ぶ程度の柔軟性があるサーヴァント。と言う事を知れただけでも、十分過ぎる程の収穫であった。  そして、謎も多い。 一つが、ジョナサンが呼び出したアーチャーの存在だ。そもそもアーチャークラスなのに馬に騎乗していた、と言う事も十兵衛には謎であったが、 実際の彼の戦い方も、天子からして見たら謎が多かったと言う。辛うじて爪を飛ばしていた事だけは彼女も理解していたが、 訳の解らない技術でバーサーカーを追い詰めたり、自分に爪弾を撃つ事で、自分の姿を消していた等、その発言は何処か要領を得ない。 尤も、これは例え十兵衛が見たとて、サーヴァントのやる事。原理不明であるのには代わりはないので、責めるのは酷だと思いそれ以上の追及はしなかった。 気がかりな点のもう一つに、ジョナサンとバーサーカーのマスターの行方がある。天子に、二名の行方を聞いても、それは解らないと返って来た。 十兵衛はジョナサンの事を過小評価しているが、それは性格面での話である。正直な話、あの男と本気で喧嘩をした場合――自分は確実に殺られる、と言う確信があった。 それ程までに、ジョナサンと十兵衛の戦力差は掛け離れている。恐らくは師である入江文学ですら、勝てる保証はゼロだろう。 だからこそ、ジョナサンがどんな戦い方をするのか知りたい所ではあったが、天子は見失った、と言う。 恐らくは彼女もまた、複雑に入り組んだ<新宿>の建物に阻害され、マスター同士の戦いを見れなかったのだろう。故にこの話題は、これ以上追求しない事とした。 収穫はゼロじゃない。それだけでも、合格点と言うものであった。 「どう、解ってた事だけど、私ってば凄い役立つでしょ?」 「あぁ、すっげぇ役立つ。イングランドのジョン王並だわ」 「誰それ?」 「イギリスじゃ並ぶ者がいない君主だよ」 「へぇ博識ね」 「その時歴史は動いたを図書館で見まくったからな」  真実を語れば間違いなく激怒するので、十兵衛は黙っておいた。  十兵衛は、天子が持って来た手提げ袋に手を突っ込み、適当な菓子を一つ手に取る。 ハードな触感が売りの、梅味のグミとやらを開封し、それを口に運んだ、その時であった。 カン、カン、と、階段を下りる音が聞こえて来た。【従業員みたいだな、霊体化しとけ】、十兵衛が天子に念話を行う。 これについては特に異論はなかったらしく、大人しく天子は霊体化を始めた。  梅味のグミを噛み締めていると、その人物が、先程まで天子が座っていた階段から降りて来た。 遮光度の極めて高いサングラスを着用した、全身ブラックスーツの長身男性。 タモさんの出来損ないみてーな奴だな、と十兵衛は思っていた。そして同時に、明らかに従業員ではねーな、とも。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ――このホテルにサーヴァントがいる。 そう鈴仙に言われた時、塞は本気で腰を抜かしそうになった。 ホテルを拠点に聖杯戦争の主従が、と言う可能性は当然塞も考えた。 だからこそ、自分達が拠点としている京王プラザは、特に重点的にその存在がいるかどうか炙り出した。 結果は、安心出来るものであった。この主従にとって、此処京王プラザに聖杯戦争の関係者がいないと言うのは、当然の認識であったのだ。  それが、突如として崩された。 <新宿>二丁目で起ったと言う、謎の怪奇現象及び、怪人物達の激しい戦闘。 こう言った現象があったと、塞と協力関係にある警察関係者のリーク情報を聞いていた、その最中であった。 鈴仙の口から、このホテルにサーヴァントがいると聞かされたのは。  戦闘を行ったとされる現場に足を運ぶ予定でいた塞であったが、予定を急遽変更。 遠くの鉄火場より、近くの危難だ。この拠点を失うのは、塞としても得策ではなかった。 早急に対策を打つべく、塞達は、そのサーヴァントの気配が感じられる地点――三十九階非常階段へと、実体化した鈴仙を引き連れて足を運んだのである。  そうして足を運んだ先に居たのは、菓子を口に運んでいる、学ラン姿の青年であった。 皮膚の張り具合から言ってハイティーン・エイジである事が解る。だが同時に、そうと感じられない雰囲気にも溢れていた。 簡単な話で、学ランの下からでも解る、その筋肉の量であった。本物の中国拳法を学んだ塞には、解る。 この青年の筋肉が、生来の物であり、それに加えて厳しいトレーニングを積んで得た、本物のそれであると。  この青年を、塞は知っている。 父親は官僚、母親は栃木県の都知事、と言う超エリートの血筋。ちょっとした情報通を突けば、出てくる情報であった。 佐藤十兵衛。それが、この青年の名前である。そして、<新宿>の街に散らばっている、通称佐藤クルセイダーズと言う意味不明な一団のボスであった。  塞は、今の今まで、この青年の事はさして重要ではないと思っていた。 マークするべき対象の一人として数えてはいたが、佐藤クルセイダーズにしたって、単なるガキが粋がっているだけだと思い、その優先順位は下の方に設定していた。 ――今は、違う。何故、このホテルの非常階段に、この男がいるのか? 偶然にしたって、出来過ぎているし、考えられない。 日本はテロにうるさい国である。こう言った著名な宿泊施設は、危険物の持ち込みには神経質なのだ。 不届き者の侵入経路として、下水道と非常階段はオーソドックスかつ鉄板過ぎて、真っ先に警戒される箇所である。当然ホテルの側も、此処に警備を配置している。 それを掻い潜って、この男が此処にいると言うのは、ハッキリ言って、キナ臭いを超えて、限りなく黒に近しいグレーに等しい領域であった。 「子供が遊ぶ所じゃねーぜ、坊や。高い所は好きなのは解るがな」 「良い眺めだろ? 此処で菓子を食うのが好きなんだ」  言って十兵衛が、菓子を口に運びながら塞に対して返した。 「どうやって此処までやって来たんだ、坊や。非常階段に居たら怪しまれるぜ、とっとと帰んな」 「やけに突っ掛って来るな、オッサン。従業員には見えねーが、何もんだアンタ」 「通りすがりの、メン・イン・ブラックって奴だな。このホテルには仕事で来てる」 「へぇ、そりゃド偉い身分で。俺には、オラついたタモリにしか見えなかったぜ」  話して見て、解る事もあるものだとつくづく塞は思う。 かなり生意気で、そして、社会的ステータスに恵まれた両親を持っている為か、かなりイキがっている。 要するに、何処にでもいる、親の威を借りた生意気なガキ、と言う認識であった。 【塞】 【油断はするなよ、アーチャー。此処で戦うのは、正直得策じゃねぇ】  非常階段と言う現在地点からでも解る通り、非常に狭い。 人二人、ギリギリ横に並んで通れるかと言う程狭いのだ。此処でサーヴァント同士の戦いを繰り広げようものなら、双方共倒れになりかねない。 身体能力には自信がある塞ではあったが、流石にこんな最悪のフィールドで戦う程ではない。何とか、落としどころを発見しなければならなかった。 ――そんな、時であった。 「――あ、アンタ思い出した。あの時の兎でしょ」 「えっ」  今の今まで、塞の後ろで大人しく立ち構えていた鈴仙が、素っ頓狂な声を上げ始めた。 は? と、間抜けな声を十兵衛が上げると、彼の隣に、超絶ウルトラ問題児、天界が誇る不良天人、比那名居天子が霊体化を解いて、その姿を現した。 余りにも唐突な出来事だった為に、十兵衛や鈴仙は愚か、努めて大人の態度で振る舞っていた塞ですら、間抜けな表情を隠せない。  腰まで届く、青空の様に透き通った青さをしたロングヘア。 桃の葉っぱと果実の意匠がこらされた特徴的な帽子。そして、オーロラを模した飾りのついたロングスカート。 鈴仙には見覚えのある人物である。と言うより、あって当たり前であった。何故なら嘗て、彼女はこの少女と戦った事があるのだから。 幻想郷で嘗て起った異変の中で、特に自分本位かつ、自作自演の気が強かったあの事件。博麗神社の倒壊事件の黒幕だった天人――比那名居天子その人だった。 「どっかで見た事ある顔だと思ってたけど……思い出してみれば確かにそうだわ。確かえ~っと……あぁ、鈴仙・優曇華院・イナバだっけ? 本当に長い名前よね」  ――真名を、当てられた。 「アーチャーッ!!」  その事を認識した瞬間、バッと塞は飛び退き、踊り場付近まで飛び退いた。 正体を当てられた鈴仙は、直に臨戦態勢を取り、手すりの向こう側の空中を浮遊。瞳を赤く輝かせ、指先を十兵衛の方に向け始めた。  佐藤十兵衛は、黒だった。 自分が今まで保有していた情報の中で、最も優先順位の低かった青年が、ぶっちぎって一番高い序列に変動した瞬間であった。 「馬鹿!! 何でいきなり正体表すのこのペチャパイ!!」  十兵衛としても、自らのサーヴァントが唐突に霊体化を解くとは思ってなかったらしく、心の底から悪態をつきはじめた。 「どうせシラ突き通しても気付かれるわよ。相手は確か、波長を操る能力だった筈だから、サーヴァントの索敵範囲も広いし……って言うか此処に来たって事は、私達が主従だって気付いているからだろうしね。あと、最後の発言は訂正しなさい!! もう聞き逃さないわよそれ!!」  凄まじくどうでも良い事で癇を起こし出す、佐藤十兵衛のサーヴァント。だが、それは本当にどうでも良い事だった。 あろう事か、鈴仙と言うサーヴァントの本質まで当てられた流石に妙に思った塞は、即座に念話を以て鈴仙を問い質しに掛かる。 【アーチャー、目の前の存在を知ってるか?】 【……比那名居天子。私が元々住んでた所の住民の一人よ。恐らく該当クラスは……セイバーか、ライダー。かなり短絡的で我慢が効かない子供だけど、実力だけは確かよ。注意して】 【お前の能力について、どれ程知ってる?】 【紺珠の薬以外の全て、って言う認識で差し支えないわ】 【結構。まともにやり合うのは危険だな】  塞が鈴仙の能力を優秀だと思っている最大の理由は、その能力が一目見ただけでは、どのような能力なのか判別が付き難いと言う事がある。 相手の攻撃を防ぐ宝具、障壁波動だけを見たら、奇特な魔術を操るアーチャーだと錯覚するだろう。 精神干渉を行う面から見たら、極めて強力な精神攻撃を得意とするアーチャーだとも誤認するだろう。 常に実体化をしていてもサーヴァントだと認識されない所からも、認識阻害に優れたアーチャーだとも思うだろう。 しかしその実、それら全ては鈴仙と言うアーチャーが操る特殊能力、『波長を操る程度の能力』の応用であり、結局は一つの能力に収斂されるのだ。 まさか相手は、実は一つの能力で、極めて幅広い分野を賄えている等とは、余程の確証がない限り辿り着けないだろう。  ――その確証を掴まれてしまえば、アーチャーとしての鈴仙の実力が損なわれるのは、当然の理であった。 サーヴァントだと認識され難く、かつ、攻撃の正体が掴み難いのが最大のメリットである鈴仙の長所が、完全に潰されていた。 理由は単純明快。鈴仙と目の前のサーヴァント、比那名居天子が生前知り合いだった、と言う、鈴仙も塞も、そして、十兵衛ですらも予想外のエラーで、 塞の聖杯戦争を潜り抜ける計画は、早速翳りを見せ始めたのだ。確かに、生前から鈴仙と言う存在を知っていれば、秘匿性等無意味極まりない。 こんな現象、予想も出来ないし、回避も出来る筈がなかった。  この場で十兵衛を逃す訳には行かない。 隠密性に特に優れたアーチャー、という利点が、早くも崩れ去ろうとしている分水嶺なのだ。 『千里の堤も蟻の穴から崩れる』と言う言葉があるが、今空いた穴は蟻の穴所ではない。何とかして、塞がねば拙い穴であった。 だが、口封じに殺すのは、この状況下では得策ではない。相手も恐らく、それは同じ事だと考えているだろう。  腹の探り合い状態。 機先を制すべく動いたのは、塞の方であった。 「落ち着けよ坊や、お前も解ってるだろ。此処で戦えば、双方無事じゃすまねーだろ」  まずは、戦闘を回避する事が重要であった。 その為には、この場で戦う危険性に訴える必要があったが、これに関しては、短い言葉で相手も理解するだろう。 こんな場所で戦えば、魔術も何も持たないマスターだ。待っているのは転落死という、これ以上と無くつまらない結末だけだった。 「安心しろよ、タモリのオッサン。こんな場所で戦う程、俺も馬鹿じゃねぇ」  これについては、十兵衛も同意だったらしい。諸手を上げて、従順の意を示した。  ――これで、懸念の一つはクリアー出来た。その次に問題となるのは、この男の処遇だった。 【アーチャー、目の前のサーヴァントは強いか?】 【強いわよ。直接的な戦闘になったら、私ですら敵わないわ。精神を操ろうにも……、変に頑固だし、正直難しいわね】 【成程。つまりは、こう言う事か】  表情には億尾にも出さないが、心の中で塞は、ニヤリと笑って見せた。 【『優秀なサーヴァント』、で間違いはない訳か】 【まぁ、一応はね】 【解った。なら後は確かめるべくは……】  其処でいったん、塞は念話を打ち切った。 「坊や、俺もお前も、結構拙い状況なの、解るかい?」 「何がだ?」 「お前はその気になれば、俺のサーヴァントの能力が何なのか、何が出来るのか知れる。俺もその気になれば、お前のサーヴァントが何なのか、何が出来るのか理解出来る」 「……そりゃそうだな。如何も、俺の所の馬と、アンタの所の馬は同郷出身らしいしな」 「どうだ、此処で、『同盟』を組んでみないか?」  鈴仙が、目を見開いた。十兵衛と天子が、ピクッと反応を見せた。 「悪い事じゃあないだろう。互いに手札が解っちまう状態なんだ。このまま争うのは、馬鹿のする事だ。此処は穏便に手を結ぼうぜ」 「お前の事を信用出来ない」  こんな事を言われる等、塞には織り込み済み。此処からが、塞の手腕の見せ所だった。 「そう言うなよ、『佐藤十兵衛くん』」 「――!!」  こう言う時、フルネームで相手の事を呼ぶ、と言うのは、思わぬ一撃になる。 このような、互いに名前を知らない状況だと、相手が思い込んでいる時には、思考領域に空白を与える、良い一撃になるのだ。 「佐藤クルセイダーズだっけか。十字軍は最終的には失敗に終わっただろ、験が悪いから名前を変えた方が良い」 「……どこで知ったんだ? そんな情報をよ」 「同盟を組んでから教えてやるよ。今は互いに信用が出来ないからな」  其処で塞は、両ポケットに手を突っ込み、十兵衛など興味もない、と言った風情で、階段を上って行く。 つられて鈴仙も、手すりの内側の踊り場へと降り立ち、彼の後を追う。 「意思が決まったら、四十一階の非常階段の所まできな。それで、さしあたっての商談は成立だ」  そう告げて、塞達は非常階段を上って行く。少なくとも、考える時間はやる。それが、大人と言うものであった。 【……本当に、あれと同盟を組むつもり? 塞】  念話で、心配そうな声音で鈴仙が訊ねて来る。 今回の一件で、死にかけていた不安感が呼び戻されたらしい。数多の英霊が登録されていると言う、英霊の座。 その数は千を超え、万にも届こうか。その中から、同郷の者が同じ舞台に呼び出されているのだ。天文学的確率であろう。 そんな、悪い意味で奇跡的な出来事に出くわしたのだ。不安になるのも、無理はない。 【俺だって組みたくはないな。だが、あれは俺達の監視下に置いておかなきゃ、かなり拙い】  先程も述べた通り、鈴仙の能力はかなり攻略も特定も難しい、強力な力なのだ。 特定がし難い、と言う利点が潰されるのは、非常に宜しくない。だからこそ、この利点が潰されると言う恐れを、逆に潰しておく必要があった。 これから築き上げられるのは、同盟ではない。どちらかと言えば、互いに手札を知り尽くした者同士が行う、相互監視に近しい関係であった。 【鈴仙、あのサーヴァントは、間違いなく強いんだな?】 【性格を除けば】 【それで妥協はしてやる。俺がさっき言った、『同盟を行うに相応しい条件』を辛うじて満たしている】  それは、先程塞達の宿泊する部屋で、彼が言っていた、聖杯戦争を潜り抜ける上で、自分達にとって有利になる同盟相手の条件。 『マスターが適度な無能で、サーヴァントが優秀』、と言う組み合わせ。鈴仙はそれを憶えていた。 【あのマスターは、無能だと】 【一言二言喋って解った。官僚の親父さん、都知事のおふくろ。つまりはお坊ちゃんだな。かなりプライドが高い】  それは鈴仙も見ていて思った。波長を観測せずとも解る程、解りやすい性格だ。 【んで、人より優位に立とうとする。俺をタモリだ何だと挑発したろ? あの時から、此処に俺が来る事がおかしい事だって認識してたと思ってる。 だから、カマを掛けてみたんだろうな。ああやって、解りやすい挑発で、俺が馬脚を現すのを期待したんだろうよ】  確かに、真っ当な人間ならば、そんな事を行う必要性がない。 【そして、決定的な事は、やっぱりガキだって事さ。佐藤クルセイダーズの事を当てられた時、かなり驚いてたろ? まぁ解ってた事だが、情報量については、俺の方に分があるって事さ】  比較する事自体が、酷な事であろう。 片やイギリスの調査室に所属する、本物のエージェント。片や何て事はない、ボンボンの子供。 情報収集能力に、どっちが秀でていますかと聞かれて、後者であると答える人間は、百人中四人もいないのではないか? 【プライドが高くて、人より上じゃないと気が済まなくて、そして、情報量に乏しい。だけど、少しは頭が回る。つまりは――適度な無能の条件を満たしたマスターだ】 【……来ると思う?】 【来るさ。ちょっとは頭が回るんだ。情報の重要性位は、解る筈さ】  本当にぶっちぎった馬鹿だったら、この非常階段で戦おうとするだろうし、塞の提案を蹴って此処から逃げ出そうともするだろう。 本音を言えば、そのどちらもが、塞にとって非常に困る選択であり、もしもやられていたら、聖杯戦争から退場していたのは塞達の方だったかもしれない。 それを行う事は先ずないだろうと、塞は踏んでいた。何故なら相手は、適度に小狡い無能だから。それ位のリスク計算位は、出来るから。 適度にリスクが計算出来るよりも、全くリスクが計算出来ない馬鹿の方が、時として予想外の行動をおこし、厄介な結果を招く事が間々ある。 そう言った存在の行動を予測する事は、難しい。だが、適度に頭の良い無能なら、ある程度行動の幅が予測出来る。  これならば――同盟相手としても相応しい。優秀なサーヴァントを動かしつつ、マスターを手練手管で操れる。 同盟を組む理由としては、余りにも予想外のエラーで、塞としても正直不服であったが、そんな事を言っている場合ではない。 一先ずの危難は、クリアー出来そうかと、静かに、ほう、と息を吐く塞であった。 ---- 【西新宿方面(京王プラザホテル非常階段41階)/1日目 午前8:15分】 【塞@エヌアイン完全世界】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]黒いスーツとサングラス [道具]集めた情報の入ったノートPC、<新宿>の地図 [所持金]あらかじめ持ち込んでいた大金の残り(まだ賄賂をできる程度には残っている) [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を獲り、イギリス情報局へ持ち帰る 1.無益な戦闘はせず、情報収集に徹する 2.集めた情報や噂を調査し、マスターをあぶり出す 3.『紺珠の薬』を利用して敵サーヴァントの情報を一方的に収集する 4.鈴仙とのコンタクトはできる限り念話で行う [備考] ・拠点は西新宿方面の京王プラザホテルの一室です。 ・<新宿>に関するありとあらゆる分野の情報を手に入れています(地理歴史、下水道の所在、裏社会の事情に天気情報など) ・<新宿>のあらゆる噂を把握しています ・警察と新宿区役所に協力者がおり、そこから市民の知り得ない事件の詳細や、マスターと思しき人物の個人情報を得ています ・その他、聞き込みなどの調査によってマスターと思しき人物にある程度目星をつけています。ジョナサンと佐藤以外の人物を把握しているかは後続の書き手にお任せします ・バーサーカー(黒贄礼太郎)を確認、真名を把握しました ・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました ・佐藤十兵衛の主従と遭遇。セイバー(比那名居天子)の真名を把握しました。そして、そのスキルや強さも把握しました 【アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)@東方project】 [状態]魔力消費(小)、若干の恐怖 [装備]黒のパンツスーツとサングラス [道具]ルナティックガン及び自身の能力で生成する弾幕、『紺珠の薬』 [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:サーヴァントとしての仕事を果たす 1.塞の指示に従って情報を集める 2.『紺珠の薬』はあまり使いたくないんだけど… 3.黒贄礼太郎は恐ろしいサーヴァント 4.本当に天子と組んで大丈夫……? [備考] ・念話の有効範囲は約2kmです(だいたい1エリアをまたぐ程度) ・未来視によりバーサーカー(黒贄礼太郎)を交戦、真名を把握しました。 ・この聖杯戦争に同郷の出身がいる事に、動揺を隠せません ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「本当に組んでよかったの? 十兵衛」  天子が此方の顔を見上げて来る。 正直彼女の方は、同盟を組む事について、かなり不服だったらしい。それが、身振りと表情に実に良く表れている。 【念話で話せ、声で話すのは危険だ】 【……わかった】  素直に天子が呑んだ。 【互いに尻尾を掴まれてるからな。掴まれちまった者同士、組んだ方が賢いと思ってね】 【馬鹿ね、向こうの言葉聞いたでしょ? 『佐藤クルセイダーズ』の事、向こうは完璧に把握してたのよ? 情報網は圧倒的にあっちの方が上よ】  天子は不良天人、と言う極めて不名誉な綽名を賜っているが、頭が悪いと言う訳ではない。 あの時塞が口にしていた、佐藤クルセイダーズ。その意味をしっかりと理解していた。 つまりは、十兵衛に同盟を組ませるよう、釘を刺して置く、と言う意味があの言葉にあったのは火を見るより明らかだ。 イニシアチブは、完璧に向こうに握られている状態だ。これは、プライドの高い天子には許せる事柄ではなかった。イニシアチブは、握りたい側なのだ。 【セイバー、一つお前さんのイメージを聞きたいんだがよ】  天子の質問に答える前に、十兵衛がそんな事を言い始めて来た 【一般的に、人間年齢の十七歳って聞いたら、どう思うよ】 【子供】  天子の方が見た目的には子供に見えるだろうが、彼女は天人である。 地上の人間の時間の物差しでは計り難いだろうが、何百年と生きている人物なのだ。そんな彼女にしてみれば、人間の十七歳等、ガキも同然であろう。 【だろうな。お前の認識が正しい。だが人間ってのは妙な奴でよ、高校生は中防をガキって認識して、大学生は高校生をガキと認識する。 んでもって二十歳超えた、特に大学卒業した奴ってのは、自分より年下を押しなべてガキと見做す。向こうのタモリが幾つかは解らねーが、向こうもそう思ったろうよ】  それは、十兵衛の事を坊やと呼んでいた事からも、窺える。 【聖杯戦争に参加した、十七歳のガキ。ついでに質問に付き合ってほしいが、これについてのイメージはどう思うね】 【そりゃもう足手まといの無能よ。何で参戦したの? って感じ】 【そのイメージを利用させて貰ったよ】  ニッと、十兵衛が、恐ろしく厭らしい笑みを浮かべて、更に続けた。 【そりゃそうだよな、俺だって、同じ年齢の奴が聖杯戦争に参加したら、利用しようと努力するさ。大の大人が、そう考えない筈がない。 あのイキったタモリは、何て言った? 佐藤クルセイダーズって言ったよな? 正直言われた時は俺も驚いたが、その意図を考えたらその発言を何でしたか、答えは一つしかねぇ」 【それは……?】  グミを一つ口に持って行き、咀嚼。飲み下してから十兵衛は言った。 【情報面で優位に立っているのは自分の方だと、思わせたいからに決まってるだろ】  あの状況下で、あんな発言をする下心など、一つに決まっている。 自分の方がお前より優位な所にいるのだと、アピールしたいからに他ならない。 そして、そのアピールの末に、何を得たいのか? 佐藤十兵衛と言う主従を操れるイニシアチブ、より言えば、手綱である。 【事実、情報面での優位は、アイツにあるのは事実だろう。佐藤クルセイダーズ何て言う少人数グループの名前を知ってるんだからな。だが、それは悪手だったな】  危機に直面した生物は、通常、闘争、或いは、逃避のどちらかを取る傾向にある。 だが、それが全く同種の生物と対峙した場合、此処に、威嚇と降伏が加わり、実質的には四つの選択肢を取捨する事となる。 あの時塞は、情報面で自分達がどれ程有利だったか、と言う事を十兵衛に示した。これは、四つの分類の内、『威嚇』に相当する事となる。 非常階段と言う狭い空間に於いて、空を飛べる上に、アーチャー、つまり、飛び道具を放てるクラスは、戦闘を行う上で多少なりとも有利の筈。 この利を活かさず、最初に取った行動が威嚇である、と言う事はだ。この時点において、塞達には勝算はかなり低く、楽してこの場を納め、後々有利に事を運びたい、と言う下心があったからに他ならない。 【あの時、あいつらは逃げるか、自滅覚悟で俺を殺してれば、もっと別の結末があったのかもな】  京王プラザホテルから眺める、<新宿>の街並みは壮観であった。何と言うべきか、<新宿>が自分のものになり、全てが己の足元にあるような錯覚すら憶える。 【……何がしたい訳? 十兵衛】  此処で初めて、天子は、十兵衛が意図する所を単刀直入に訊ねに来た。 【忠臣蔵で有名な大石内蔵助は、義に篤い切れ者と言うイメージがある一方で、キチガイみてーな放蕩振りだったと言う。遊郭に行っては女を買って、傍目から見たら狂ってる位女を囲ってたらしいな。つまりは、『佯狂』だ】  空になったグミの袋を放り捨て、十兵衛は更に続ける。 【誰が見たって、とても切れ者には思えない振りを続ける事幾年、油断しきった吉良上野介を、赤穂浪士四十七名引き連れて、見事討ち入り成功しました、とさ】 【馬鹿のフリして、取り入るって訳?】 【出来れば深入りして共依存するような関係は、避けたい所だな。俺が理想とする所はそうだな……】  側頭部を指先でポリポリと掻きながら、十兵衛は、上手い表現を探ろうとする。 【ある程度の日数が経過するまであのタモリと付き合って、んで情報だけをある程度得たら、トンズラこくって所】 【結局、情報だけは利用するのね。……それはつまり】 【タダ乗り】  フリーライダー。要するに、義務を果たさず、利益だけを得ようとする卑怯な人間である。 要するに十兵衛は、塞から情報だけを頂いて、用が済んだら即おさらばすると言うのである。 その用が済んだ時とは即ち――向こうが絶体絶命のピンチに陥った時であろう。つまりは見捨てるのだ。尤もそれは、向こうとしても同じ事なのだろうが。 何せこちらは、サーヴァントの真名と宝具を、掴んでいるに等しい状態なのだ。タダで逃がす訳には、行く筈がない。 【向こうは俺の事を、ガキだ無能だと信頼してくれてるからこそ、同盟を申込んで来てくれた】  十兵衛は一歩一歩、確かな足取りで非常階段を上って行く。 【期待に応えてやらなきゃ、スゴイシツレイ、って奴だぜ? セイバー】  ニヤリ、と言う擬音が付きそうな程良い笑みを、十兵衛は浮かべ始めた。 二秒程真顔だった天子だったが、彼女も、ニヤリ、と言う笑みを浮かべた。 【この悪党】 【褒めても何もでねーよ】  天子も、十兵衛の後を追うように、非常階段を上り始めた。 遥か高みから眺める<新宿>の風景と青空は、とても空闊としていて、清々しい気分にさせてくれるのだった。 ---- 【西新宿方面(京王プラザホテル非常階段41階/1日目 早朝8:15分】 【佐藤十兵衛@喧嘩商売、喧嘩稼業】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵] 有 [装備]不明 [道具]要石(小)、佐藤クルセイダーズ(10/10) [所持金] 極めて多い [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争から生還する。勝利した場合はGoogle買収。 1.セイバーと合流する。 2.聖杯戦争の黒幕と接触し、真意を知りたい。 3.勝ち残る為には手段は選ばない。 [備考] ・ジョナサン・ジョースターがマスターであると知りました。 ・拠点は市ヶ谷・河田町方面です。 ・金田@喧嘩商売の悲鳴をDL販売し、ちょっとした小金持ちになりました。 ・セイバー(天子)の要石の一握を、新宿駅地下に埋め込みました。 ・佐藤クルセイダーズの構成人員は基本的に十兵衛が通う高校の学生。 ・セイバー(天子)経由で、アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、バーサーカー(高槻涼)、謎のサーヴァント(アレックス)の戦い方をある程度は知りました ・アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在と、真名を認識しました ・塞と同盟を組む予定でいます  高野照久@喧嘩商売、喧嘩稼業が所属させられていますが、原作ほどの格闘能力はありません。 【比那名居天子@東方Project】 [状態]健康 [装備]なし [道具]スーパーの買い物袋、携帯電話 [所持金]相当少ない [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を異変として楽しみ、解決する。 1.一旦家に帰ってからマスターと合流する。 2.自分の意思に従う。 [備考] ・拠点は市ヶ谷・河田町方面です **時系列順 Back:[[カスに向かって撃て]] Next:[[求ればハイレン]] **投下順 Back:[[カスに向かって撃て]] Next:[[死なず学ばず、死んで学ぶ者は誰?]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:佐藤十兵衛|34:[[太だ盛んなれば守り難し]]| |~|CENTER:セイバー(比那名居天子)|~| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:塞|34:[[太だ盛んなれば守り難し]]| |~|CENTER:アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)|~| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:ジョナサン・ジョースター|24:[[絡み合うアスクレピオス]]| |~|CENTER:セイバー(ジョニィ・ジョースター)|~| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:ロベルタ|16:[[She`s so Happy☆]]| |~|CENTER:バーサーカー(高槻涼)|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |16:[[カスに向かって撃て]]|CENTER:モデルマン(アレックス)|24:[[絡み合うアスクレピオス]]| ----

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