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死なず学ばず、死んで学ぶ者は誰?」(2018/11/02 (金) 21:17:01) の最新版変更点

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 内憂外患と言う言葉がある。 本当に噛み砕いて説明すれば、内にも外にも敵がいると言う状況の事を指す。 言うまでもなく、極めて厄介な状況であると言わざるを得ない。外に敵がいると言うのならば、詮方ない事で納得が出来る。 だが、本来は味方である、と言う想定でなければならない内部にすらも敵がいる。これが厄介なのである。 内部、解りやすい例を挙げるならば、チームと言うべきか。自分のチームにいるのがすべからく自分の味方である、と言う『想定が崩される事』は問題である。 想定の崩壊は猜疑を生み、猜疑が亀裂を生じさせ、亀裂がチームの決裂と言う、最早修復不可能な断裂を生み出す。 こうなってしまえば後は、外敵によるクリティカルの一撃で、敗北、或いは、死が与えられるだけである。  三(にのつぎ)香織――もとい、レイン・ポゥは、基本的には人生の多くを一人で過ごして来た少女である。 但しこの場合の一人と言うのは、親兄弟、一族郎党が死に絶え、友人と言う友人もいない、正真正銘の天涯孤独と言う意味ではない。 心境を理解してくれる人間が、少なかったと言う意味で、一人なのである。 物心ついた時には親がいなかったような気がする。長い間姉と二人きりの生活だった。そして、その姉が、顔も見たくない位の屑だった事は、 サーヴァントとして召喚された今でもよく覚えていた。縫い針で傷にならない程度に刺されたりもした。冬場なのに水風呂にも入れられたりした。 窒息寸前までクッションで顔を抑えつけられたりもしたし、ペンチで舌先を伸ばされたりもした。 姉は、自分が優秀な側面を発揮する事は許さなかった。だから、あらゆる面でレイン・ポゥこと三香織は、姉より劣っていなければならなかった。 姉より優れてはならず、少しでも杭が出ようものなら、姉から手ひどく叩かれる。そんな生活が、何年も続き、その度に彼女は孤独になって行く。 あの小生意気でゲスな妖精であるトコの手で、魔法少女へと転身していなければ、人生の何処かで自殺を敢行していたかも知れない。 その意味では、あの妖精には感謝してもしきれない。魔法少女になってから、彼女の姉は逆に、彼女に頭が上がらなくなった。 『何故か』階段から足を転ばせて三日間会社を休んだ、その日から、である。  親と言う模範が、幼年・思春期の多感な時期に存在せず、唯一頼れる筈だった姉が、そんな調子。 そんな時に、実に下卑た妖精の手により、魔法少女と言う過ぎたオモチャを与えられた人間。それが、彼女、アサシンのサーヴァント、レイン・ポゥなのだ。 まともな人間の筈がない。レイン・ポゥは自分本位で、利己的で、楽して金を稼いで豪奢な生活をしたい。そんな性格の持ち主である。 また送った境遇のせいか、基本的に人は信頼していない。仲間等、以ての外である。彼女は自分の仕事に関しては、殆ど一人で遂行して来た。 仲間なんていた所で、ギャラが減るだけではないか。精々が、盾になるか捨て石になるか程度の役割しか期待出来ない。 そしてそれは、その仲間にしても同じだろうと彼女は考えていた。無能な仲間を数人抱え込むよりは、一人の方が、動き易い。それが彼女の美学だった。  ――そしてその、無能な……と言うよりは、厄介な爆弾と共に、生活せねばならないのだ。 癪に障る話である。如何してこうも自分は、依頼主(クライアント)との星の巡り合わせが悪いのかと、歯軋りをしたくなる。 「アサシン、一つ聞きたいのですけれど」 「何」  ぶっきら棒に、ルーム・サービスの握り鮨を口に運びながら、レイン・ポゥが言った。 「私の腕に換装出来る武器、連射が出来るガトリング式の銃か、一発の威力が高いライフル式、どっちが良いと思うかしら?」 「私が知るかっ」  突き放すようにレイン・ポゥは言った。特に気にする風でもなく、当座の彼女の依頼主……もとい、マスターである少女、 英純恋子は、顎に手を当てて、机の上においてある換装式の銃器の数々を見て、再び考え込み始めた。  朝起きて、聖杯戦争の開催を契約者の鍵から投影されたホログラムで知ってから、純恋子はあの調子であった。 「ついに始まりますのね……」などとのたまう彼女の瞳に、隠し切れない期待の光が輝いていたのを思い出す。頼むから大人しくしていて欲しい。  召喚されてから今日に至るまで、マスターと共に生活し、彼女と触れあい、解った事が一つある。  マスター、英純恋子と、彼女のサーヴァントであるレイン・ポゥは、反りが全く合わない。聖杯戦争に対するスタンスが、正反対と言っても良い。 レイン・ポゥのクラスは、アサシンである。つまりは暗殺者だ。このクラス自体に、不満がある訳ではない。聖杯戦争のクラスに自分を割り当てるとしたら、寧ろ妥当だ。 当然、暗殺者には、暗殺者のやり方と言うものが有る。それは、自分が暗殺者だと如何に気付かれず、そして、如何に自分が今から殺しに掛かるかを気取られないか。 これが重要なのだ。このやり方を忠実に守る事で、生前、自分よりも遥かに格上の魔法少女を葬る事に実際成功している事からも、このやり方がどれ程正しいか窺い知れよう。  如何もこのマスターは、そのやり方の正当性、と言うより、アサシン(レイン・ポゥ)の使い方を分かっていないと見える。 自分も打って出ようとする気概が、身体からこれでもかと言う程に発散されているのだ。 無論、自分から戦おうとする姿勢は一概に駄目と言えるものではなく、寧ろマスターも危険に晒されると言う聖杯戦争の都合上、純恋子の心構えは当然の物である。 このマスターの最大の問題は、アサシンが最もその実力を発揮出来る、不意打ちと言う方法ではなく、真正面から正々堂々彼女を戦わせようとするのである。 アサシンと言うクラスに割り振られた事からも凡その察しはつくかも知れないが、レイン・ポゥの能力は暗殺に特化した魔法少女であり、直接の戦闘は不得手である。 が、彼女自身もそれなりに場数を踏んで来た魔法少女である。対等、或いは少し上程度の実力の魔法少女を、工夫で葬って来た経験はゼロではない。 戦闘も、確かにこなせる。しかしそれは、賢い選択ではない。汗をかかない疲れない、血も流さないしリスクも無い殺しを行うのに、全ての努力を費やす。 それが、魔法少女、三香織のやり方なのである。――そのやり方を、純恋子と言うマスターは全否定していた。 レイン・ポゥは生粋の暗殺者である。言うなれば、生き汚く、狡猾な性格である。対して純恋子は、お嬢様気質でプライドが高い。 自分も戦闘の場に赴かねば気が済まない、レイン・ポゥに言わせればガンガンオラオラ系である。……人は見かけによらない、と言うか何と言うべきか。 お嬢様はお嬢様らしく、こう言った所でのほほんとしているか、出向くにしても、他参加者が見られない所で指示を飛ばして欲しい。  要するに英純恋子は、聖杯戦争と言うステージを軽く見ているのだ。 今も換装可能な銃器を真剣に選ぶ姿からは、アサシンを呼び出し、暗殺に失敗した時の仕切り直しの為のそれを選んでいる、と言うよりは、 自分が直接戦闘に打って出る時に用いる武器を選んでいる、としか見えない。この時点で、聖杯戦争と言うより、殺し合いを舐めている。 レイン・ポゥの見立てでは、この聖杯戦争にも、真正面から戦った場合自分の能力が全く機能しないサーヴァントは、当然いると見ていた。 虹を操る自身の能力は、一度こう言う能力だとタネが割れてしまえば実に攻略が容易い――但しこれは他の魔法少女全般にも言えた事――。 だからこそ、不意打ち闇討ちを、レイン・ポゥは上等としているのだが、それを説明してなお、純恋子は自分に直接戦闘をさせようとしている。  ――何でこう言う女に限ってセイバーとかバーサーカーが来ないんだろうね……――  心の中で愚痴を零すレイン・ポゥ。 こう言う性格の女性にこそ、三騎士やバーサーカー等のサーヴァントが相応しい筈なのに、何故か宛がわれたのは自分である。 余りの適当さに、驚きを通り越して呆れてしまう。  最期は不可抗力で自分を裏切ってしまったとは言え、生前の相棒が懐かしかった。 笑ってしまう程小悪党で、ゲスで、しかし、自身が唯一心を開いていた魔法の妖精。 このような境遇になって、解る事であった。彼女、トコは、自分にとって最優のパートナーだったのだと。  とは言え、全面的に純恋子が使えないマスターなのかと言えば、そんな事はない。 特に優れていると思う面も、彼女にはあった。金である。彼女の最大の武器は、英財閥の令嬢と言う地位から来る、潤沢極まりない財源なのだ。 ハイアットホテルと言う、国内でも随一の超高級ホテルのワンフロアを何日も貸し切りに出来るだけでなく、レイン・ポゥに好きなルームサービスを頼んでも問題ないと、 太鼓判を押して来た。今現在レイン・ポゥが食べている鮨、ルームサービスのサービス表を確認した所、六千円以上するらしい。 値段も一切確認せず、他人の金で寿司が食べられると言うので頼んだが、後から頼んで目が飛び出そうになった。 因みに計算した所、召喚されてから今日まで、レイン・ポゥは十三万弱分のルームサービスを平らげている事になる。彼女も彼女で容赦がなかった。 ホテルのワンフロアを貸し切っている、と言う事実にしたってそうである。高級ホテルを階層一つを貸し切っているのである。 一日に掛かる料金だって、五十、六十万ではきくまい。それに今純恋子達が拠点としている部屋を見てみるが良い。 スイートルームなど、漠然としたイメージしかレイン・ポゥにはなかったが、実際に宿泊して見ると、凄い以外の言葉を失う。 生前の自分の部屋の四倍以上はあるのではないかと言う程広々とした空間、恐ろしく凝った部屋のデザイン、 貴族が使っていると説明されても納得してしまう洒落たバスルーム、使う事はないだろうが業務が捗る事請け合いのワークエリア。 漫画やドラマの中でしか見られなかった全てが、其処にはあった。これ位が当たり前ではなくて? と自分に言っていた純恋子の顔を思い出す。死んでしまえ。  それにしても、金と言うのはある所にはある物だと、レイン・ポゥは世の不条理さを憎んでしまう。 ギャラの為に仕事を遂行する、そんな魔法少女は少なくない。魔法少女などと言うメルヘンな言葉を用いているが、魔法の国と言う組織に組み込まれてしまえば、 人間世界のサラリーマンと全く大差がない。かく言うレイン・ポゥも、結局は金の為に動いていたような物である。 魔法少女になっても、金は入用になる。魔法少女にならなくても、金はある所にはある。解っていた事であるが、こうまでその現実を見せつけられると……何だか釈然としない。 「ねぇマスター」 「何でございましょう?」  散々悩んだ末に、ライフル式の兵装を手に取りながら、純恋子が言葉を返した。その武器で行くんだ、と言う疑問は、この際レイン・ポゥは無視する事とした。 「前言ってたアレさ、結果出た?」 「……あぁ、調査の事ですわね? 勿論、英財閥の調査室を動かしましたわ。ですが……」 「です、が?」 「聖杯戦争の開催が思ったより早かった物ですから、まだ結果の方が出ていませんの」  残念そうな口ぶりで、純恋子が言った。 自分のマスターとしては正直この少女は不適格極まりない人間ではあったが、流石にこれは、責めに帰すべき事柄ではないだろう。  今から二日程前、レイン・ポゥは純恋子にこのような提言を行った事がある。英財閥の力を用いて、<新宿>を調査して見たらどうだ、と。 無論訝しんだ純恋子であったが、この魔法少女は、「マスターが戦うのに相応しい主従を予め知っておくのも良いでしょ」、と丸め込んだ。 その時は純恋子は納得していたが、無論、レイン・ポゥの本心は其処にはない。レイン・ポゥの本当の狙いは、自分が殺せそうな主従に当たりを付ける事であった。 より正確に言えば、マスターである可能性が高い人物を探す事、であろうか。アサシンと言うクラスが主に暗殺のターゲットとする存在は、サーヴァントではない。 その手綱を握る、マスターの暗殺を主だった仕事とするのである。その為、アサシンを引き当てた主従が腐心すべきは、聖杯戦争に参加している主従は誰で、 アジトは何処か、その察知なのである。そもそもサーヴァントと言う存在は、マスターから供給される魔力で世界に顕現している超常存在だ。 つまり、マスターが殺されればサーヴァントを退場する。故に、人よりも遥かに強いサーヴァントを狙うよりも、マスターを狙った方が合理的であると言うのは、レイン・ポゥでなくても誰もが考える事柄であった。  英財閥お抱えの調査室に命じた事は、身体の何処かに『トライバルタトゥー』を刻んだ者は誰かの調査。これは、令呪の発見の意味がある。 <新宿>は、純恋子やレイン・ポゥ、もとい三香織の知る東京都二十三区の一つである新宿区の面影を強く残す都市である。早い話、ファッションも多様だ。 この街でタトゥーを入れている人間などそれこそゴマンといる。それに、聖杯戦争の参加者も馬鹿ではなかろう、令呪が発現すれば、その部位を隠す事は解っていた。 それ故に純恋子達は、『主観から言ってタトゥーを入れている事が考えられないような人物』を発見したら、報告を義務付けるように命令を下していた。 また、経済界や政界にも影響力を持つ英財閥の力を利用し、純恋子は、医療機関にも手を伸ばした。無論、令呪を刻んだ者が診療に来ていないかの調査の為だ。 結果は、今日に至るまでそれらしい報告は、今の所ゼロ。医療機関にしても、入れ墨を刻んだ者はいるにはいたが、それはヤクザ者が刻むようなそれであって、 令呪のそれでは断じてなかった。尤もこう言った結果は、純恋子もレイン・ポゥもある程度は予測出来ていた。 本命は、もう一つの命令。より広義的に、『不審な人物はいないか』、と言う調査命令を下していた。 その最たる例が、今世間を賑わす大量殺人鬼のバーサーカーと遠坂凛、仔細こそは知らないが百名超の人間を殺したバーサーカーとセリュー・ユビキタスと言う外国人達だ。 サーヴァントは見方を変えれば、これ以上とない兵器であり、オモチャである。参加者の中には、聖杯戦争の本戦まで待てず、 無軌道な行動を行っているであろう人物も、当然予測が出来る。現にそう言った主従は、実際に存在した。 尤も、契約者の鍵を通じ、早速主催者なる人物から事実上の指名手配を喰らうような主従は稀であろうが、大抵の場合は世間の話題の俎上にも上がらず、 裏で上手くやっている筈だ。その裏で上手くやっている人物とは、果たして誰なのか。これを、彼女らはあぶり出そうとしたのである。  ――とは言えこれも、簡単に事は運ばないだろうとは、二人も思っていた。 如何に英財閥の調査部と言っても、相手がサーヴァントを従えているとなると、分が悪い。 仮に調べるとしても、ゆっくりと時間を掛ける必要がある。一昨日調査を命じて、早速目星を着けられるのか、と言えば、そう上手くも行くまい。 「結局、自分の足を使うしかないのかね~」  やだやだ、と言った風に、最後の寿司を口に運ぶレイン・ポゥ。 「そうなりますわね」、と口にした純恋子の顔は、何処か嬉しそうであった。本当にこいつは……、と名状しがたい感情が身体の中で燻って行く。 「取り敢えず、進捗の方を聞いて見ましょうか、多少なりとも、進展はある筈でしょうから」 「そね」   二日程度の猶予では大した事は調べ上げられてはいないだろうが、聞いて見ない事には、解らない。 財閥の者を呼び出す為のスマートフォンを取り出す純恋子。「電話終わったらルームサービスになんか甘いデザートとか頼んどいて~」とリクエストするレイン・ポゥ。 はいはい、とそれについて了承する純恋子。幾らでもルームサービスを頼んでよいと言われれば、躊躇なく頼む事が出来る。 他人の金で食べる鮨もステーキも、実に美味しかった。働くのが、それはもう馬鹿らしくなる位に。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「あー……お呼びでしょうか、純恋子お嬢様……」  純恋子の呼び出しに了承し、彼女らが拠点としているフロアーまでやって来たのは、スーツを着た小柄な男だった。 頭は見事なまでに禿げ上がっており、肌は病的なまでに白い。陶磁の様な白と言うよりは、長年陽のあたらない洞窟で生活して来た生物の様な、不健康な白さだ。 彼の名は、霊体化して部屋で待機しているレイン・ポゥも知っている。良くこの場所へとやって来て純恋子に報告を行う事があるからだ。 名をエルセンと言う。日本の財閥に所属する人員なのに、外人なのかと思われるが、グローバル化が進んだ現代、しかも英財閥レベルの組織では、外国人の構成員など珍しくないのだ。 「呼び出した理由は、先程説明した通りです。覚えていますでしょうね、エルセン」 「あ……確か……、入れ墨の事と、不審な人物の……」 「結構。早速ですが、説明なさい」  帝王学を知悉し、極めた風な人間の様な気風を漂わせながら、純恋子は続きを促した。威風堂々、そんな言葉が実に相応しい。 堂々としている事は悪い事ではないが……如何してその気質が、聖杯戦争に於いて好ましくない方向に動くのかと、レイン・ポゥは全く疑問だった。 「あー……、仔細を記した書類を此処に置いておきます……。概要を、ザックリと説明させて貰いますね」 「良いでしょう」  言ってエルセンは、純恋子が足を組んで座る椅子の近くまで歩いて行き、付近のテーブルに、それまで手に持っていたブリーフケースをドンと置いた。 此処に、英財閥が誇る調査部の調査結果が入っているのだろう。全部見るとなると、中々の手間かも知れない。果たして自分のマスターが、 一々精読してくれるのだろうかと、レイン・ポゥの脳裏に一抹の不安が過った。 ケースを置き終えたエルセンは、数歩後ろに下がり、自分達が知り得た情報の報告を行おうとした。彼は立ちっぱ、純恋子は仰々しく座りながら、の関係だった。 「始めに、入れ墨……あっ、トライバルタトゥー、って言うんでしたか……。それに関しては、何と言いますか……、一般的な入れ墨も含めると、 それを彫り入れている人物は<新宿>には相当数いる為に、怪しい……と思える人物のピックアップは、未だに出来ておりません……」  これについては予想出来ていた事だ。目くじらを立てる程ではない。「続けなさい」、冷たく突き放すような口調で純恋子が言った。 「あー……次の、怪しい人物……と言いますか、これに関しても、<新宿>には多いのですが……。此方で、特に妙だな、と思った事を優先してお伝えする、と言う形で……」 「構いません」 「そ、それでは説明させていただきますね……」  ……前々からレイン・ポゥは気になっていたが、如何してこのエルセンと言う男は、人をイラつかせる様な話し方をするのだろうか。 人を騙す演技力には自身のある彼女であったが、そんな自分でも、イライラを隠せないかも知れないとエルセンを見ていてつくづく思う。 そんな人物と話していて、全く怒りの片鱗すらも見せない純恋子は、かなりの大物なのではないか、とも。 「先ず、一番怪しい人物からお教え致します……。し、知らないと言う事はよもやないでしょうが……、あの、遠坂凛と言う女子高校生……」 「えぇ、知っています」  レイン・ポゥもその名前は知っていた。何せ、現状唯一と言っても良い、近代メディアに露出してしまったバーサーカーのマスターであるのだから。 と言うより、二人が聖杯戦争の参加者であると言う事実は、真っ当な情報環境に身を置く人物であるのならば、誰だって推測が出来るであろう。 黒礼服のバーサーカーの、流れるような殺人手腕。あれを見て、サーヴァントだと思わない聖杯戦争の関係者が、どうかしている。 「その遠坂凛が、市ヶ谷に住んでいる事が解りました」 「成程、近づかない方が宜しいですわね」  表面上は至極尤もな事を言って、エルセンの報告に相槌を打つ純恋子。 特に驚いた様子がない事が、レイン・ポゥから見ても解った。と言うより、この魔法少女自身も、さして驚いてはいなかった。 寧ろこの主従に関しては、早期に見つかる方が当然だとすら思っていたのだ。百五十にも超える人物を殺害した、極悪人。 世間の人間が彼女らに抱くイメージがこれである。当然、そんな凶悪犯を警察が野放しにする訳がない。 ましてや今現在この主従は、殺す事が出来れば令呪が一画報酬として貰えると言う、正真正銘の賞金首である。 故に皆、血眼になって捜索するであろう。そして、早期に舞台から退場する事も、十分予測していた。故に、目撃談の一つや二つ、拠点が何処なのか。 それが割れた所で、今更驚くに値しないのである。 【向うの、そこ?】  レイン・ポゥが念話で訊ねた。 【私達が行くには及びませんわ。こんな無軌道な主従、私達がむざむざ足を運ぶまでもありません。他の主従にでも手柄は与えます】  意外そうな目でレイン・ポゥは己がマスターの事を見た。 繊細そうに見えて驚く程好戦的な性格の純恋子の事、絶対に向かうと思っていたのだが、アテが外れた。 臆したと言うよりは、どうやら自分達が戦うにこのバーサーカー主従は相応しいと思っていないように見える。 レイン・ポゥとしては、このバーサーカー達の性質さえわかれば、令呪が貰えるのだから、即座に殺しに行きたかったのだが、生憎、契約者の鍵から投影された情報は、その肝心要のサーヴァントの性質が伏せられている。待ちの一手でも、特に問題はない。 「他に目ぼしい情報は?」 「あー……、次に話す情報は、確定情報と言うか、信憑性は高いが、あくまでも疑い段階の事柄何ですが……」 「お話しなさい」 「わ、解りました……。続いて話す情報は、<新宿>で頻繁に起こる、ヤクザ殺しの情報です。そ、その……ヤクザの意味の説明を、致しましょうか……?」 「それ位は解ります」  解るんだ……、とレイン・ポゥは驚いた。が、後で考えて、この女なら知っててもおかしくないなと考える事にした。  「これはあまり表沙汰になってはいませんが……、<新宿>ではこの頃頻繁に、暴力団が組ごと壊滅される案件が増えています。組の壊滅、つ、つまりは……組員全員皆殺し、です」 「表沙汰になっていない、と仰りましたが、歌舞伎町で起った、マンション住民が全員殺された事件は違いますの?」  今から数日前、歌舞伎町のラブホテル街に建てられたとあるマンション。其処に住んでいた住民が全員、文字通り一人残らず殺される事件があった。 この事件、本来的には世間の話題に上がる事がない事件であった。と言うのもこのマンション、立地場所からおおよその推測がつくだろうが、 住んでいる住民は全員ヤクザやその舎弟達であり、近隣住民やその筋の人間からそのまま、『ヤクザマンション』と呼ばれる程の異次元空間だったのである。 ヤクザは、自分達に間に起った事件を警察に任せる事を非常に嫌う。自分達の間に起った抗争の尻拭いも出来ないのは、面子に関わる事柄だからだ。 だから本来的にはこの事件は、そのヤクザ達が面子に掛けて解決に向かわせるそれであった、筈なのだ。 しかしこのマンションに住んでいた住民は、全てヤクザであったと言う訳ではなく、一割程度、ヤクザと接点のない所謂カタギの住人が生活していた。 ヤクザマンション殺害事件、と現在俗に言われるこの事件が、特に話題になっている理由。それは、その一割のカタギの関係者及び遺族、親族が、 何処かで彼らが殺された事を知り、警察に被害届を出した事から、表社会に露呈したのである。現在ではこの事件は、先の遠坂凛の主従が行った大量虐殺に並んで、特に世間的にも注目が集まる事件となっていた。 「い、今から報告する事柄には、確かに……、そのマンションの事件の犯人、と思われている人物もいます。ですが……それとは別に、裏社会ではもう一つの、ヤクザ関連の事件があるんです……」 「それは?」 「あー……、結局、そのマンションの事件が何で有名になってしまったかと言えば、殺した住民の中に、ヤクザ達と全く接点のない……、俗に言う『カタギ』の人間がいたからです」  これは事実、その通りであった。当該事件がニュースでも取り上げられる経緯を知れば、明らかな事柄だった。 「もう一つの事件が、全く話題にならないのは、そちらの方は……明白に、『ヤクザだけを殺している事件だから』です」  成程、確かにエルセンの言った通りであれば、表沙汰になる事はあるまい。身内だけで粛々と処理が出来るからである。 「警視庁や警察庁とコンタクトを取りました所……、最も有力と考えられる、それぞれの犯人の情報がリークされました」  エルセンが話を続ける。 「先ず、ヤクザマンションの事件ですが……此方の件で犯人だと目されている人物は、『セリュー・ユビキタス』と言う外国人女性です」  今度は純恋子もレイン・ポゥも目を見開いた。繋がった。 遠坂凛とバーサーカーの主従と全く引けを取らない人数を、如何して、バーサーカーを引き当てたとは言えあの主従が殺せたのか。 それは、ヤクザマンションの住民達を全員殺したからである、と考えれば、辻褄は合う。 「如何してその人物が、犯人だと解ったのですか?」 「え、え~っと……何て事は、ありません。押収した監視カメラの映像に、しっかりと殺害の瞬間が映っていました」 「警察の方は、どれ程そのセリューと言う女性の情報を掴めているのです?」 「住所年齢氏名、電話番号、家族構成まで」 「其処まで解っていて、如何して全く捕まらないのですか?」  普通、其処まで情報が掴めているのであれば、今頃は遠坂凛に並ぶ有名人の筈である。 「あー……これは本当に、聞いただけの話なのですが……逮捕に向かった警察関係者が全員、行方不明になっているんです……」 「行方不明……?」  訝しげに顔を顰める純恋子。 「セリュー・ユビキタスが、落合方面に住んでいる事は既に解っています。当然警察も、其処まで覆面パトカーで向かい、住まいのアパートを包囲したんです……が」 「が……?」 「今から逮捕に向かう、と言う連絡を最後に……消息が途絶えたみたいなんです……」 【マスター……】 【バーサーカーが何かやった、とみて間違いありませんわね】  セリュー・ユビキタスと言う女性が既に聖杯戦争参加者であると露見された今、こう考えるのが最も至極真っ当な事柄であろう。此方の主従は、少々知恵が回るらしい。油断は出来ない。 「逮捕に向かった警察関係者の行方不明がニュースにならないのは……、向こうも公言こそしませんでしたが、警察の面子に掛けて職務中に消息不明になった事を表沙汰にさせる訳には行かない……、と言う考えがあるものかと……」  そう考えるのが自然かも知れない。 警察はヤクザ以上に、面子に拘泥する組織だ。バックボーンが国である上に、警察自体が他の組織以上に面子と体裁を気にする組織だからである。 そんな組織が、自分達の恥部を表沙汰にするとは思えない。行方不明になったと言う事実をボカしつつ、セリューを逮捕しようと、今頃は躍起になっているに相違ない。 「セリューに関しての詳しい情報や住所は、先程渡したブリーフケースの中の書類に記載されています」 「解りました。……それで、もう一つの、表沙汰になっていないヤクザ関係の事件とは?」 「あー……、此方の方は、情報源がヤクザなどの裏社会の住民である為、かなりあやふやな所がありますが……」 「問題ありません」  政財界にすら極めて強い影響力を与える事が出来る英財閥は、ある意味でヤクザより怖い組織と言っても良い。 そもそもの保有する財力からして違い過ぎるのだ。きっと、権力と金の力と言う、この世で最もエゲつない力でねじ伏せて、情報を得たんだろうなぁ、とレイン・ポゥは推測した 「此方も、件の犯人は、監視カメラに映っていましたが……これが何とも……」 「何です?」 「あー……、此方に関しては、本名も住所も解っておりません。日本国民であるかどうかも、今のところは解りません」 「……それでは実質、何も掴めていないのと同然ではありませんか?」 「いえ……この話を切り出したのは、その犯人がかなり特徴的な姿をしていたからでして……」 「姿?」 「……メイド服を着用していたんです……」  ――数秒の沈黙の後、眉間を人差し指で軽く押さえながら、純恋子は口を開いた。 「……冗談で言っているようには見えないので、何も言わない事と致しましょう」  純恋子もレイン・ポゥも、そのヤクザ殺しの人物が、何故メイド服を着用していたのか、その理由を考えようとした。 恐らくは、セリューと違い、監視カメラの存在に気づいていた、と言う推測が先ず浮かび上がった。後々特定される可能性を低減させる為に、メイド服を着用し、攪乱したのではないだろうか。 「そのメイド服の人物についての情報はそれで結構です。仔細は、書類に纏めてありますね?」 「はい」 「宜しいでしょう。他に何か情報はありましたか?」 「あー……此処からの報告は、あくまで噂程度の情報、何ですが……」 「構いません」 「では順繰りに説明して行きます……。先ずは、UVM社の社長の噂です」 「UVM」  その言葉を口にする純恋子。純恋子もその会社の事はマークしている。と言うのも、純恋子の知る新宿区に、そんな会社は立っていなかった筈だからだ。 此処が本来の新宿区とは違う歴史を歩んだ、『<新宿>』だからこそ存在する企業なのかも知れないが、それでも、マークするに越した事はない。 「何でもあの会社の社長は、人間ではないと言う噂が少しだけ立っておりまして……」 「人ではない、と言いますと?」 「あー……黒いクラゲめいた姿をしていたような気がする……、と言った、今一要領を得ない目撃談でして……」  なんだそりゃ、とレイン・ポゥも思ったが、既に聖杯戦争は始まっている。何が起きてもおかしくないのが聖杯戦争である。 なれば、芸能界に非常に強い影響力と発言力を持ったUVMの社長が実は悪魔だった、と言う突拍子もない馬鹿らしい話も、途端に無視出来ない話になる。 と言うのも、これは聖杯戦争に関するゴシップに限った事ではないが、噂と言うものには大抵ルーツとなった何かが存在するのである。 話を多くの人々に伝播して行く伝言ゲームの途中で、尾ひれが付いたりするのが、噂の常であるが、大抵はルーツの核となった部分は変わらない。 この場合の噂の核とは、即ちUVM社の社長であるダガー・モールスなる男は、人間とは思えない容姿をしているか、或いは、人間離れした何かを持っているか、 と言う事だった可能性が高い。何れにせよ、そう言った噂がある以上は、マークしておくべきであろう。 「他に何かありますか?」 「あー……そう言えば、『メフィスト病院』なる場所ですが」 「それに関しては結構です」  すぐに純恋子はエルセンの話を打ち切った。 と言うのもこの主従は、エルセンからの報告を受けるまでもなく、その病院の名前を知っていたからだ。 曰く、治せぬ病気などこの世にない病院。曰く、何世紀も先を往く極めて進んだ医療技術と医療装置。曰く、安すぎて逆に法に触れるレベルの診療費。 そして――余りにも美し過ぎるとされる、その院長。その噂は、ネットで調べれば何万件とヒットする程であり、噂の種類に居枚挙に暇がない。 先ず間違いなく、聖杯戦争の主従、それも、キャスターを引き当てたと言う事がすぐに解る。 レイン・ポゥは、街のど真ん中に病院の姿をした拠点を立てる何て、と、そのサーヴァントの判断に訳も解らずにいた。 流石の純恋子も、そのキャスターが何を思っているのか、理解に苦しむ程であった。恐らくは多くの主従が、この病院の存在を認知しているに違いあるまい。 それにも関わらず今の所誰も、この病院に戦闘と言う形でコンタクトを取った形跡がない事を見ると、考える所は皆同じらしい。 それは、『不気味』。度が過ぎたノーガードは、攻め手に逆に不信感を与える事が出来る。このメフィスト病院もまさに、その手合いであった。 何れにしても、英純恋子にとっては、真の女王となるには避けて通れない道。レイン・ポゥにしても、第二の生を受けるには無視出来ない施設。時が進めば戦わねばならない事は、十分に予想出来た。 「他に何かありませんか?」 「他に……ですか。現状我々が調べられた事柄は以上で……あー、一つだけ、報告するべき事が」 「何でしょう?」  「実はどうも……、我々と同じように、<新宿>を調査している人物がいるらしいんです」 「私達の様に……ですか?」  疑問気な調子で純恋子が言った。 「純恋子お嬢様が我々に<新宿>の調査を命じるよりも前に、<新宿>中の記者や公共機関、警察や自治体に金をばら撒いて、情報を自分に伝えるように頼んだ男が……」  この情報に注目したのは寧ろレイン・ポゥの方である。 自分達と同じような手段を用いて情報を集める主従は、冷静に考えればいないとも限らないだろう。 だが、その為に多額の金銭を用いる、と言う手段の方が寧ろこの場合重要であった。それはつまり、この聖杯戦争の舞台である<新宿>には、 純恋子や、一部の大企業の社長を除き、秘密裏に多額の金を持ち合わせた人間が潜伏し、しかもその人物が、戦争関係者である可能性が高いと言うのだ。 今の所結構純恋子の所にも情報が集まるには集まるが、そもそもこのマスター自体が、そう言った情報を蔑ろにする傾向が強い。 情報を積極的に集め、積極的に活用して行く主従は、現状一番警戒せねばならない存在であった。 「その男が何者なのか解りますか?」 「あー……『塞』、と言う名前の男で、黒いスーツに黒いサングラスを付けた男だと言う事は解りましたが……それだけです。 情報の連絡に使う電話番号は本命のものではなく、恐らく複数ある電話番号の一つだと思いますし、メールアドレスも然り、です。 ……また声にしても、元の声に加工するソフトを用いても最早戻す事が不可能なレベルで声質を変えられる、高度なボイスチェンジャーを使っているらしく、 声で特定する事も不可能です。無論……、拠点の発見など、以ての外。相当な手練である事が、予測出来ます……」  ――そう言うマスターと組みたかったんだけど――  話を聞くに、相当狡猾かつやり手のマスターである事が、レイン・ポゥには解る。 そう言う主従と行動を共にしてこそ実力が発揮出来るのに、何で自分のマスターはアサシンクラスの自分を直接戦闘で運用しようとするのか。 そしてその自信が何処から来るのか、全く理解が出来なかった。 「解りました。その塞と言う男の事については、警戒しておくように。現状の情報は、以上ですね」 「あー……はい」 「後の事は書類に目を通しておきます。下がりなさい、エルセン」 「わ、わかりました」  言ってエルセンは、ドアの方まで下がって行き、その場で一礼。すごすごと、部屋から去って行くのであった。 あの男が部屋から去った瞬間、レイン・ポゥは霊体化を解除。ブリーフケースの置いてある机の方まで向かって行く。 「目星はついた?」  とりあえず聞いて見る。 「方針を立てるのには、ある程度役立つかも知れませんわね。そして、解った事はもう一つ」 「何さ」 「大抵の主従は、上手くやっているようだ、と言う事です」 「それが普通なの、普通」  一部の例外を除けば、大抵の主従は自分達が参加者だとバレないように努力する物だし、積極的な戦闘は、通常は控えるものなのだ。 積極的な戦闘にしたって、呼び出したサーヴァント次第では全くの悪手と言う訳でもなくなる。強いサーヴァントを召喚したのならば、そう言った作戦もアリだ。 純恋子の言う通り、<新宿>で行われる聖杯戦争は、皆上手くやり過ごしているような感を覚える。自分達も、それに倣うべきなのだが……。 「……先程エルセンが知らせた情報の内、明白に拠点が割れている所は、遠坂凛、セリュー・ユビキタス、メフィスト病院、UVM社の、四つでしたわね」 「うん」 「どこに行きたいか、アサシンに決めさせてあげますわ」 「ねぇ、私アサシンって言うクラスの使い方、何度説明したっけ?」  自分の演技力を以ってしても、こめかみに浮かぶ青筋が消せないのが、レイン・ポゥには解る。 如何あっても、自分を連れてサーヴァントと直接戦闘をしたいらしい、このマスターは。 「自分の足で目的に向かって得られるものもありますわよ。フィールド・ワークと言う奴ですわね」 「アンタの所の財閥のNPC派遣すりゃいいだけの話でしょこの馬鹿!!」 「アサシン、確かにそれがベターかも知れませんが、冷静に考えて下さいな。彼らはそもそもNPC、サーヴァント達が起こす超常現象について、全て理解する事は難しいのではないのでしょうか? つまり、報告時に認識の齟齬が生まれる可能性があると言う事です」  何が腹ただしいかと言えば、純恋子のこの言葉が正論であると言う事だった。 そう、彼女の主張の通り、NPCによる調査には限界がある。と言うのも彼らには聖杯戦争の知識がなく、サーヴァントを縦しんば目撃したとしても、 全くその現象が理解出来ないか、最悪殺される可能性だってある。故に、聖杯戦争の主従の確実な情報を集めたいなら、ある程度のリスクを侵す必要があるのだ。 「それに、アサシン。そもそもこの調査の目的は、何でしたか、覚えています?」 「は? そりゃアンタ、カモな主従を探そうと――」 「違うでしょう、いい加減になさい」  ……思い出して来た。と同時に、急激に嫌な予感が身体を襲った。 「私が戦うに相応しい主従の選定、それこそが今回の調査の目的だった筈ですわよ」  そう、多額の金をばら撒いてまで、調査部を<新宿>中に派遣した訳は、何だったか。 レイン・ポゥとしては、組しやすいマスター達を探す為であったが、そもそも純恋子に説明した方便は、戦うに相応しい主従を見つける為、であった。 無論この場合の相応しいと言うのは、弱いとか言う意味ではなく、『女王である自分が戦うに相応しいサーヴァント』と言う意味なのは間違いない。此処に来て、完全に方便が裏目に出てしまった。 「遠坂凛の主従は、私としては選んで欲しくはありませんが、アサシンの選択であると言うのであれば、それに従いましょう。さぁ、何処に行きましょうかしら?」 「ナシっての駄目なの?」 「残念ながら」  身体が萎みそうになる程の量の溜息を堪えながら、レイン・ポゥは顔面を右手で抑えた。 選ばねば、ならないようである。その間純恋子は再び、武器の選定に入り始めた。物凄く真剣に選んでいるその姿から、本気である事が窺える。 臓腑を削られるようなストレスを感じながら、レイン・ポゥは相手を選び始める。魔法少女になっても、サーヴァントになっても、ストレスによる内臓系の圧迫は消えないらしい。嫌な知識が、また一つ増えてしまった。 ---- 【西新宿方面(ホテルセンチュリーハイアット)/1日目 午前8:30分】 【英純恋子@悪魔のリドル】 [状態]意気軒昂、健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]サイボーグ化した四肢 [道具]四肢に換装した各種の武器(現在は仕込み式のライフルを主武装としている) [所持金]天然の黄金律 [思考・状況] 基本行動方針:私は女王 1.願いはないが聖杯を勝ち取る 2. 戦うに相応しい主従を選ぶ [備考] ・遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました ・メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました ・自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました ・現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません 【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】 [状態]健康、霊体化、半端じゃないストレス [装備]魔法少女の服装 [道具] [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯獲得 1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠 2.マジ何なのコイツ…… [備考] **時系列順 Back:[[“黒”と『白』]] Next:[[Brand New Days]] **投下順 Back:[[かつて人であった獣たちへ]] Next:[[Brand New Days]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:英純恋子|25:[[虹霓、荊道を往く]]| |~|CENTER:アサシン(レイン・ポゥ)|~| ----
 内憂外患と言う言葉がある。 本当に噛み砕いて説明すれば、内にも外にも敵がいると言う状況の事を指す。 言うまでもなく、極めて厄介な状況であると言わざるを得ない。外に敵がいると言うのならば、詮方ない事で納得が出来る。 だが、本来は味方である、と言う想定でなければならない内部にすらも敵がいる。これが厄介なのである。 内部、解りやすい例を挙げるならば、チームと言うべきか。自分のチームにいるのがすべからく自分の味方である、と言う『想定が崩される事』は問題である。 想定の崩壊は猜疑を生み、猜疑が亀裂を生じさせ、亀裂がチームの決裂と言う、最早修復不可能な断裂を生み出す。 こうなってしまえば後は、外敵によるクリティカルの一撃で、敗北、或いは、死が与えられるだけである。  三(にのつぎ)香織――もとい、レイン・ポゥは、基本的には人生の多くを一人で過ごして来た少女である。 但しこの場合の一人と言うのは、親兄弟、一族郎党が死に絶え、友人と言う友人もいない、正真正銘の天涯孤独と言う意味ではない。 心境を理解してくれる人間が、少なかったと言う意味で、一人なのである。 物心ついた時には親がいなかったような気がする。長い間姉と二人きりの生活だった。そして、その姉が、顔も見たくない位の屑だった事は、 サーヴァントとして召喚された今でもよく覚えていた。縫い針で傷にならない程度に刺されたりもした。冬場なのに水風呂にも入れられたりした。 窒息寸前までクッションで顔を抑えつけられたりもしたし、ペンチで舌先を伸ばされたりもした。 姉は、自分が優秀な側面を発揮する事は許さなかった。だから、あらゆる面でレイン・ポゥこと三香織は、姉より劣っていなければならなかった。 姉より優れてはならず、少しでも杭が出ようものなら、姉から手ひどく叩かれる。そんな生活が、何年も続き、その度に彼女は孤独になって行く。 あの小生意気でゲスな妖精であるトコの手で、魔法少女へと転身していなければ、人生の何処かで自殺を敢行していたかも知れない。 その意味では、あの妖精には感謝してもしきれない。魔法少女になってから、彼女の姉は逆に、彼女に頭が上がらなくなった。 『何故か』階段から足を転ばせて三日間会社を休んだ、その日から、である。  親と言う模範が、幼年・思春期の多感な時期に存在せず、唯一頼れる筈だった姉が、そんな調子。 そんな時に、実に下卑た妖精の手により、魔法少女と言う過ぎたオモチャを与えられた人間。それが、彼女、アサシンのサーヴァント、レイン・ポゥなのだ。 まともな人間の筈がない。レイン・ポゥは自分本位で、利己的で、楽して金を稼いで豪奢な生活をしたい。そんな性格の持ち主である。 また送った境遇のせいか、基本的に人は信頼していない。仲間等、以ての外である。彼女は自分の仕事に関しては、殆ど一人で遂行して来た。 仲間なんていた所で、ギャラが減るだけではないか。精々が、盾になるか捨て石になるか程度の役割しか期待出来ない。 そしてそれは、その仲間にしても同じだろうと彼女は考えていた。無能な仲間を数人抱え込むよりは、一人の方が、動き易い。それが彼女の美学だった。  ――そしてその、無能な……と言うよりは、厄介な爆弾と共に、生活せねばならないのだ。 癪に障る話である。如何してこうも自分は、依頼主(クライアント)との星の巡り合わせが悪いのかと、歯軋りをしたくなる。 「アサシン、一つ聞きたいのですけれど」 「何」  ぶっきら棒に、ルーム・サービスの握り鮨を口に運びながら、レイン・ポゥが言った。 「私の腕に換装出来る武器、連射が出来るガトリング式の銃か、一発の威力が高いライフル式、どっちが良いと思うかしら?」 「私が知るかっ」  突き放すようにレイン・ポゥは言った。特に気にする風でもなく、当座の彼女の依頼主……もとい、マスターである少女、 英純恋子は、顎に手を当てて、机の上においてある換装式の銃器の数々を見て、再び考え込み始めた。  朝起きて、聖杯戦争の開催を契約者の鍵から投影されたホログラムで知ってから、純恋子はあの調子であった。 「ついに始まりますのね……」などとのたまう彼女の瞳に、隠し切れない期待の光が輝いていたのを思い出す。頼むから大人しくしていて欲しい。  召喚されてから今日に至るまで、マスターと共に生活し、彼女と触れあい、解った事が一つある。  マスター、英純恋子と、彼女のサーヴァントであるレイン・ポゥは、反りが全く合わない。聖杯戦争に対するスタンスが、正反対と言っても良い。 レイン・ポゥのクラスは、アサシンである。つまりは暗殺者だ。このクラス自体に、不満がある訳ではない。聖杯戦争のクラスに自分を割り当てるとしたら、寧ろ妥当だ。 当然、暗殺者には、暗殺者のやり方と言うものが有る。それは、自分が暗殺者だと如何に気付かれず、そして、如何に自分が今から殺しに掛かるかを気取られないか。 これが重要なのだ。このやり方を忠実に守る事で、生前、自分よりも遥かに格上の魔法少女を葬る事に実際成功している事からも、このやり方がどれ程正しいか窺い知れよう。  如何もこのマスターは、そのやり方の正当性、と言うより、アサシン(レイン・ポゥ)の使い方を分かっていないと見える。 自分も打って出ようとする気概が、身体からこれでもかと言う程に発散されているのだ。 無論、自分から戦おうとする姿勢は一概に駄目と言えるものではなく、寧ろマスターも危険に晒されると言う聖杯戦争の都合上、純恋子の心構えは当然の物である。 このマスターの最大の問題は、アサシンが最もその実力を発揮出来る、不意打ちと言う方法ではなく、真正面から正々堂々彼女を戦わせようとするのである。 アサシンと言うクラスに割り振られた事からも凡その察しはつくかも知れないが、レイン・ポゥの能力は暗殺に特化した魔法少女であり、直接の戦闘は不得手である。 が、彼女自身もそれなりに場数を踏んで来た魔法少女である。対等、或いは少し上程度の実力の魔法少女を、工夫で葬って来た経験はゼロではない。 戦闘も、確かにこなせる。しかしそれは、賢い選択ではない。汗をかかない疲れない、血も流さないしリスクも無い殺しを行うのに、全ての努力を費やす。 それが、魔法少女、三香織のやり方なのである。――そのやり方を、純恋子と言うマスターは全否定していた。 レイン・ポゥは生粋の暗殺者である。言うなれば、生き汚く、狡猾な性格である。対して純恋子は、お嬢様気質でプライドが高い。 自分も戦闘の場に赴かねば気が済まない、レイン・ポゥに言わせればガンガンオラオラ系である。……人は見かけによらない、と言うか何と言うべきか。 お嬢様はお嬢様らしく、こう言った所でのほほんとしているか、出向くにしても、他参加者が見られない所で指示を飛ばして欲しい。  要するに英純恋子は、聖杯戦争と言うステージを軽く見ているのだ。 今も換装可能な銃器を真剣に選ぶ姿からは、アサシンを呼び出し、暗殺に失敗した時の仕切り直しの為のそれを選んでいる、と言うよりは、 自分が直接戦闘に打って出る時に用いる武器を選んでいる、としか見えない。この時点で、聖杯戦争と言うより、殺し合いを舐めている。 レイン・ポゥの見立てでは、この聖杯戦争にも、真正面から戦った場合自分の能力が全く機能しないサーヴァントは、当然いると見ていた。 虹を操る自身の能力は、一度こう言う能力だとタネが割れてしまえば実に攻略が容易い――但しこれは他の魔法少女全般にも言えた事――。 だからこそ、不意打ち闇討ちを、レイン・ポゥは上等としているのだが、それを説明してなお、純恋子は自分に直接戦闘をさせようとしている。  ――何でこう言う女に限ってセイバーとかバーサーカーが来ないんだろうね……――  心の中で愚痴を零すレイン・ポゥ。 こう言う性格の女性にこそ、三騎士やバーサーカー等のサーヴァントが相応しい筈なのに、何故か宛がわれたのは自分である。 余りの適当さに、驚きを通り越して呆れてしまう。  最期は不可抗力で自分を裏切ってしまったとは言え、生前の相棒が懐かしかった。 笑ってしまう程小悪党で、ゲスで、しかし、自身が唯一心を開いていた魔法の妖精。 このような境遇になって、解る事であった。彼女、トコは、自分にとって最優のパートナーだったのだと。  とは言え、全面的に純恋子が使えないマスターなのかと言えば、そんな事はない。 特に優れていると思う面も、彼女にはあった。金である。彼女の最大の武器は、英財閥の令嬢と言う地位から来る、潤沢極まりない財源なのだ。 ハイアットホテルと言う、国内でも随一の超高級ホテルのワンフロアを何日も貸し切りに出来るだけでなく、レイン・ポゥに好きなルームサービスを頼んでも問題ないと、 太鼓判を押して来た。今現在レイン・ポゥが食べている鮨、ルームサービスのサービス表を確認した所、六千円以上するらしい。 値段も一切確認せず、他人の金で寿司が食べられると言うので頼んだが、後から頼んで目が飛び出そうになった。 因みに計算した所、召喚されてから今日まで、レイン・ポゥは十三万弱分のルームサービスを平らげている事になる。彼女も彼女で容赦がなかった。 ホテルのワンフロアを貸し切っている、と言う事実にしたってそうである。高級ホテルを階層一つを貸し切っているのである。 一日に掛かる料金だって、五十、六十万ではきくまい。それに今純恋子達が拠点としている部屋を見てみるが良い。 スイートルームなど、漠然としたイメージしかレイン・ポゥにはなかったが、実際に宿泊して見ると、凄い以外の言葉を失う。 生前の自分の部屋の四倍以上はあるのではないかと言う程広々とした空間、恐ろしく凝った部屋のデザイン、 貴族が使っていると説明されても納得してしまう洒落たバスルーム、使う事はないだろうが業務が捗る事請け合いのワークエリア。 漫画やドラマの中でしか見られなかった全てが、其処にはあった。これ位が当たり前ではなくて? と自分に言っていた純恋子の顔を思い出す。死んでしまえ。  それにしても、金と言うのはある所にはある物だと、レイン・ポゥは世の不条理さを憎んでしまう。 ギャラの為に仕事を遂行する、そんな魔法少女は少なくない。魔法少女などと言うメルヘンな言葉を用いているが、魔法の国と言う組織に組み込まれてしまえば、 人間世界のサラリーマンと全く大差がない。かく言うレイン・ポゥも、結局は金の為に動いていたような物である。 魔法少女になっても、金は入用になる。魔法少女にならなくても、金はある所にはある。解っていた事であるが、こうまでその現実を見せつけられると……何だか釈然としない。 「ねぇマスター」 「何でございましょう?」  散々悩んだ末に、ライフル式の兵装を手に取りながら、純恋子が言葉を返した。その武器で行くんだ、と言う疑問は、この際レイン・ポゥは無視する事とした。 「前言ってたアレさ、結果出た?」 「……あぁ、調査の事ですわね? 勿論、英財閥の調査室を動かしましたわ。ですが……」 「です、が?」 「聖杯戦争の開催が思ったより早かった物ですから、まだ結果の方が出ていませんの」  残念そうな口ぶりで、純恋子が言った。 自分のマスターとしては正直この少女は不適格極まりない人間ではあったが、流石にこれは、責めに帰すべき事柄ではないだろう。  今から二日程前、レイン・ポゥは純恋子にこのような提言を行った事がある。英財閥の力を用いて、<新宿>を調査して見たらどうだ、と。 無論訝しんだ純恋子であったが、この魔法少女は、「マスターが戦うのに相応しい主従を予め知っておくのも良いでしょ」、と丸め込んだ。 その時は純恋子は納得していたが、無論、レイン・ポゥの本心は其処にはない。レイン・ポゥの本当の狙いは、自分が殺せそうな主従に当たりを付ける事であった。 より正確に言えば、マスターである可能性が高い人物を探す事、であろうか。アサシンと言うクラスが主に暗殺のターゲットとする存在は、サーヴァントではない。 その手綱を握る、マスターの暗殺を主だった仕事とするのである。その為、アサシンを引き当てた主従が腐心すべきは、聖杯戦争に参加している主従は誰で、 アジトは何処か、その察知なのである。そもそもサーヴァントと言う存在は、マスターから供給される魔力で世界に顕現している超常存在だ。 つまり、マスターが殺されればサーヴァントも退場する。故に、人よりも遥かに強いサーヴァントを狙うよりも、マスターを狙った方が合理的であると言うのは、レイン・ポゥでなくても誰もが考える事柄であった。  英財閥お抱えの調査室に命じた事は、身体の何処かに『トライバルタトゥー』を刻んだ者は誰かの調査。これは、令呪の発見の意味がある。 <新宿>は、純恋子やレイン・ポゥ、もとい三香織の知る東京都二十三区の一つである新宿区の面影を強く残す都市である。早い話、ファッションも多様だ。 この街でタトゥーを入れている人間などそれこそゴマンといる。それに、聖杯戦争の参加者も馬鹿ではなかろう、令呪が発現すれば、その部位を隠す事は解っていた。 それ故に純恋子達は、『主観から言ってタトゥーを入れている事が考えられないような人物』を発見したら、報告を義務付けるように命令を下していた。 また、経済界や政界にも影響力を持つ英財閥の力を利用し、純恋子は、医療機関にも手を伸ばした。無論、令呪を刻んだ者が診療に来ていないかの調査の為だ。 結果は、今日に至るまでそれらしい報告は、今の所ゼロ。医療機関にしても、入れ墨を刻んだ者はいるにはいたが、それはヤクザ者が刻むようなそれであって、 令呪のそれでは断じてなかった。尤もこう言った結果は、純恋子もレイン・ポゥもある程度は予測出来ていた。 本命は、もう一つの命令。より広義的に、『不審な人物はいないか』、と言う調査命令を下していた。 その最たる例が、今世間を賑わす大量殺人鬼のバーサーカーと遠坂凛、仔細こそは知らないが百名超の人間を殺したバーサーカーとセリュー・ユビキタスと言う外国人達だ。 サーヴァントは見方を変えれば、これ以上とない兵器であり、オモチャである。参加者の中には、聖杯戦争の本戦まで待てず、 無軌道な行動を行っているであろう人物も、当然予測が出来る。現にそう言った主従は、実際に存在した。 尤も、契約者の鍵を通じ、早速主催者なる人物から事実上の指名手配を喰らうような主従は稀であろうが、大抵の場合は世間の話題の俎上にも上がらず、 裏で上手くやっている筈だ。その裏で上手くやっている人物とは、果たして誰なのか。これを、彼女らはあぶり出そうとしたのである。  ――とは言えこれも、簡単に事は運ばないだろうとは、二人も思っていた。 如何に英財閥の調査部と言っても、相手がサーヴァントを従えているとなると、分が悪い。 仮に調べるとしても、ゆっくりと時間を掛ける必要がある。一昨日調査を命じて、早速目星を着けられるのか、と言えば、そう上手くも行くまい。 「結局、自分の足を使うしかないのかね~」  やだやだ、と言った風に、最後の寿司を口に運ぶレイン・ポゥ。 「そうなりますわね」、と口にした純恋子の顔は、何処か嬉しそうであった。本当にこいつは……、と名状しがたい感情が身体の中で燻って行く。 「取り敢えず、進捗の方を聞いて見ましょうか、多少なりとも、進展はある筈でしょうから」 「そね」   二日程度の猶予では大した事は調べ上げられてはいないだろうが、聞いて見ない事には、解らない。 財閥の者を呼び出す為のスマートフォンを取り出す純恋子。「電話終わったらルームサービスになんか甘いデザートとか頼んどいて~」とリクエストするレイン・ポゥ。 はいはい、とそれについて了承する純恋子。幾らでもルームサービスを頼んでよいと言われれば、躊躇なく頼む事が出来る。 他人の金で食べる鮨もステーキも、実に美味しかった。働くのが、それはもう馬鹿らしくなる位に。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「あー……お呼びでしょうか、純恋子お嬢様……」  純恋子の呼び出しに了承し、彼女らが拠点としているフロアーまでやって来たのは、スーツを着た小柄な男だった。 頭は見事なまでに禿げ上がっており、肌は病的なまでに白い。陶磁の様な白と言うよりは、長年陽のあたらない洞窟で生活して来た生物の様な、不健康な白さだ。 彼の名は、霊体化して部屋で待機しているレイン・ポゥも知っている。良くこの場所へとやって来て純恋子に報告を行う事があるからだ。 名をエルセンと言う。日本の財閥に所属する人員なのに、外人なのかと思われるが、グローバル化が進んだ現代、しかも英財閥レベルの組織では、外国人の構成員など珍しくないのだ。 「呼び出した理由は、先程説明した通りです。覚えていますでしょうね、エルセン」 「あ……確か……、入れ墨の事と、不審な人物の……」 「結構。早速ですが、説明なさい」  帝王学を知悉し、極めた風な人間の様な気風を漂わせながら、純恋子は続きを促した。威風堂々、そんな言葉が実に相応しい。 堂々としている事は悪い事ではないが……如何してその気質が、聖杯戦争に於いて好ましくない方向に動くのかと、レイン・ポゥは全く疑問だった。 「あー……、仔細を記した書類を此処に置いておきます……。概要を、ザックリと説明させて貰いますね」 「良いでしょう」  言ってエルセンは、純恋子が足を組んで座る椅子の近くまで歩いて行き、付近のテーブルに、それまで手に持っていたブリーフケースをドンと置いた。 此処に、英財閥が誇る調査部の調査結果が入っているのだろう。全部見るとなると、中々の手間かも知れない。果たして自分のマスターが、 一々精読してくれるのだろうかと、レイン・ポゥの脳裏に一抹の不安が過った。 ケースを置き終えたエルセンは、数歩後ろに下がり、自分達が知り得た情報の報告を行おうとした。彼は立ちっぱ、純恋子は仰々しく座りながら、の関係だった。 「始めに、入れ墨……あっ、トライバルタトゥー、って言うんでしたか……。それに関しては、何と言いますか……、一般的な入れ墨も含めると、 それを彫り入れている人物は<新宿>には相当数いる為に、怪しい……と思える人物のピックアップは、未だに出来ておりません……」  これについては予想出来ていた事だ。目くじらを立てる程ではない。「続けなさい」、冷たく突き放すような口調で純恋子が言った。 「あー……次の、怪しい人物……と言いますか、これに関しても、<新宿>には多いのですが……。此方で、特に妙だな、と思った事を優先してお伝えする、と言う形で……」 「構いません」 「そ、それでは説明させていただきますね……」  ……前々からレイン・ポゥは気になっていたが、如何してこのエルセンと言う男は、人をイラつかせる様な話し方をするのだろうか。 人を騙す演技力には自身のある彼女であったが、そんな自分でも、イライラを隠せないかも知れないとエルセンを見ていてつくづく思う。 そんな人物と話していて、全く怒りの片鱗すらも見せない純恋子は、かなりの大物なのではないか、とも。 「先ず、一番怪しい人物からお教え致します……。し、知らないと言う事はよもやないでしょうが……、あの、遠坂凛と言う女子高校生……」 「えぇ、知っています」  レイン・ポゥもその名前は知っていた。何せ、現状唯一と言っても良い、近代メディアに露出してしまったバーサーカーのマスターであるのだから。 と言うより、二人が聖杯戦争の参加者であると言う事実は、真っ当な情報環境に身を置く人物であるのならば、誰だって推測が出来るであろう。 黒礼服のバーサーカーの、流れるような殺人手腕。あれを見て、サーヴァントだと思わない聖杯戦争の関係者が、どうかしている。 「その遠坂凛が、市ヶ谷に住んでいる事が解りました」 「成程、近づかない方が宜しいですわね」  表面上は至極尤もな事を言って、エルセンの報告に相槌を打つ純恋子。 特に驚いた様子がない事が、レイン・ポゥから見ても解った。と言うより、この魔法少女自身も、さして驚いてはいなかった。 寧ろこの主従に関しては、早期に見つかる方が当然だとすら思っていたのだ。百五十にも超える人物を殺害した、極悪人。 世間の人間が彼女らに抱くイメージがこれである。当然、そんな凶悪犯を警察が野放しにする訳がない。 ましてや今現在この主従は、殺す事が出来れば令呪が一画報酬として貰えると言う、正真正銘の賞金首である。 故に皆、血眼になって捜索するであろう。そして、早期に舞台から退場する事も、十分予測していた。故に、目撃談の一つや二つ、拠点が何処なのか。 それが割れた所で、今更驚くに値しないのである。 【向うの、そこ?】  レイン・ポゥが念話で訊ねた。 【私達が行くには及びませんわ。こんな無軌道な主従、私達がむざむざ足を運ぶまでもありません。他の主従にでも手柄は与えます】  意外そうな目でレイン・ポゥは己がマスターの事を見た。 繊細そうに見えて驚く程好戦的な性格の純恋子の事、絶対に向かうと思っていたのだが、アテが外れた。 臆したと言うよりは、どうやら自分達が戦うにこのバーサーカー主従は相応しいと思っていないように見える。 レイン・ポゥとしては、このバーサーカー達の性質さえわかれば、令呪が貰えるのだから、即座に殺しに行きたかったのだが、生憎、契約者の鍵から投影された情報は、その肝心要のサーヴァントの性質が伏せられている。待ちの一手でも、特に問題はない。 「他に目ぼしい情報は?」 「あー……、次に話す情報は、確定情報と言うか、信憑性は高いが、あくまでも疑い段階の事柄何ですが……」 「お話しなさい」 「わ、解りました……。続いて話す情報は、<新宿>で頻繁に起こる、ヤクザ殺しの情報です。そ、その……ヤクザの意味の説明を、致しましょうか……?」 「それ位は解ります」  解るんだ……、とレイン・ポゥは驚いた。が、後で考えて、この女なら知っててもおかしくないなと考える事にした。  「これはあまり表沙汰になってはいませんが……、<新宿>ではこの頃頻繁に、暴力団が組ごと壊滅される案件が増えています。組の壊滅、つ、つまりは……組員全員皆殺し、です」 「表沙汰になっていない、と仰りましたが、歌舞伎町で起った、マンション住民が全員殺された事件は違いますの?」  今から数日前、歌舞伎町のラブホテル街に建てられたとあるマンション。其処に住んでいた住民が全員、文字通り一人残らず殺される事件があった。 この事件、本来的には世間の話題に上がる事がない事件であった。と言うのもこのマンション、立地場所からおおよその推測がつくだろうが、 住んでいる住民は全員ヤクザやその舎弟達であり、近隣住民やその筋の人間からそのまま、『ヤクザマンション』と呼ばれる程の異次元空間だったのである。 ヤクザは、自分達に間に起った事件を警察に任せる事を非常に嫌う。自分達の間に起った抗争の尻拭いも出来ないのは、面子に関わる事柄だからだ。 だから本来的にはこの事件は、そのヤクザ達が面子に掛けて解決に向かわせるそれであった、筈なのだ。 しかしこのマンションに住んでいた住民は、全てヤクザであったと言う訳ではなく、一割程度、ヤクザと接点のない所謂カタギの住人が生活していた。 ヤクザマンション殺害事件、と現在俗に言われるこの事件が、特に話題になっている理由。それは、その一割のカタギの関係者及び遺族、親族が、 何処かで彼らが殺された事を知り、警察に被害届を出した事から、表社会に露呈したのである。現在ではこの事件は、先の遠坂凛の主従が行った大量虐殺に並んで、特に世間的にも注目が集まる事件となっていた。 「い、今から報告する事柄には、確かに……、そのマンションの事件の犯人、と思われている人物もいます。ですが……それとは別に、裏社会ではもう一つの、ヤクザ関連の事件があるんです……」 「それは?」 「あー……、結局、そのマンションの事件が何で有名になってしまったかと言えば、殺した住民の中に、ヤクザ達と全く接点のない……、俗に言う『カタギ』の人間がいたからです」  これは事実、その通りであった。当該事件がニュースでも取り上げられる経緯を知れば、明らかな事柄だった。 「もう一つの事件が、全く話題にならないのは、そちらの方は……明白に、『ヤクザだけを殺している事件だから』です」  成程、確かにエルセンの言った通りであれば、表沙汰になる事はあるまい。身内だけで粛々と処理が出来るからである。 「警視庁や警察庁とコンタクトを取りました所……、最も有力と考えられる、それぞれの犯人の情報がリークされました」  エルセンが話を続ける。 「先ず、ヤクザマンションの事件ですが……此方の件で犯人だと目されている人物は、『セリュー・ユビキタス』と言う外国人女性です」  今度は純恋子もレイン・ポゥも目を見開いた。繋がった。 遠坂凛とバーサーカーの主従と全く引けを取らない人数を、如何して、バーサーカーを引き当てたとは言えあの主従が殺せたのか。 それは、ヤクザマンションの住民達を全員殺したからである、と考えれば、辻褄は合う。 「如何してその人物が、犯人だと解ったのですか?」 「え、え~っと……何て事は、ありません。押収した監視カメラの映像に、しっかりと殺害の瞬間が映っていました」 「警察の方は、どれ程そのセリューと言う女性の情報を掴めているのです?」 「住所年齢氏名、電話番号、家族構成まで」 「其処まで解っていて、如何して全く捕まらないのですか?」  普通、其処まで情報が掴めているのであれば、今頃は遠坂凛に並ぶ有名人の筈である。 「あー……これは本当に、聞いただけの話なのですが……逮捕に向かった警察関係者が全員、行方不明になっているんです……」 「行方不明……?」  訝しげに顔を顰める純恋子。 「セリュー・ユビキタスが、落合方面に住んでいる事は既に解っています。当然警察も、其処まで覆面パトカーで向かい、住まいのアパートを包囲したんです……が」 「が……?」 「今から逮捕に向かう、と言う連絡を最後に……消息が途絶えたみたいなんです……」 【マスター……】 【バーサーカーが何かやった、とみて間違いありませんわね】  セリュー・ユビキタスと言う女性が既に聖杯戦争参加者であると露見された今、こう考えるのが最も至極真っ当な事柄であろう。此方の主従は、少々知恵が回るらしい。油断は出来ない。 「逮捕に向かった警察関係者の行方不明がニュースにならないのは……、向こうも公言こそしませんでしたが、警察の面子に掛けて職務中に消息不明になった事を表沙汰にさせる訳には行かない……、と言う考えがあるものかと……」  そう考えるのが自然かも知れない。 警察はヤクザ以上に、面子に拘泥する組織だ。バックボーンが国である上に、警察自体が他の組織以上に面子と体裁を気にする組織だからである。 そんな組織が、自分達の恥部を表沙汰にするとは思えない。行方不明になったと言う事実をボカしつつ、セリューを逮捕しようと、今頃は躍起になっているに相違ない。 「セリューに関しての詳しい情報や住所は、先程渡したブリーフケースの中の書類に記載されています」 「解りました。……それで、もう一つの、表沙汰になっていないヤクザ関係の事件とは?」 「あー……、此方の方は、情報源がヤクザなどの裏社会の住民である為、かなりあやふやな所がありますが……」 「問題ありません」  政財界にすら極めて強い影響力を与える事が出来る英財閥は、ある意味でヤクザより怖い組織と言っても良い。 そもそもの保有する財力からして違い過ぎるのだ。きっと、権力と金の力と言う、この世で最もエゲつない力でねじ伏せて、情報を得たんだろうなぁ、とレイン・ポゥは推測した 「此方も、件の犯人は、監視カメラに映っていましたが……これが何とも……」 「何です?」 「あー……、此方に関しては、本名も住所も解っておりません。日本国民であるかどうかも、今のところは解りません」 「……それでは実質、何も掴めていないのと同然ではありませんか?」 「いえ……この話を切り出したのは、その犯人がかなり特徴的な姿をしていたからでして……」 「姿?」 「……メイド服を着用していたんです……」  ――数秒の沈黙の後、眉間を人差し指で軽く押さえながら、純恋子は口を開いた。 「……冗談で言っているようには見えないので、何も言わない事と致しましょう」  純恋子もレイン・ポゥも、そのヤクザ殺しの人物が、何故メイド服を着用していたのか、その理由を考えようとした。 恐らくは、セリューと違い、監視カメラの存在に気づいていた、と言う推測が先ず浮かび上がった。後々特定される可能性を低減させる為に、メイド服を着用し、攪乱したのではないだろうか。 「そのメイド服の人物についての情報はそれで結構です。仔細は、書類に纏めてありますね?」 「はい」 「宜しいでしょう。他に何か情報はありましたか?」 「あー……此処からの報告は、あくまで噂程度の情報、何ですが……」 「構いません」 「では順繰りに説明して行きます……。先ずは、UVM社の社長の噂です」 「UVM」  その言葉を口にする純恋子。純恋子もその会社の事はマークしている。と言うのも、純恋子の知る新宿区に、そんな会社は立っていなかった筈だからだ。 此処が本来の新宿区とは違う歴史を歩んだ、『<新宿>』だからこそ存在する企業なのかも知れないが、それでも、マークするに越した事はない。 「何でもあの会社の社長は、人間ではないと言う噂が少しだけ立っておりまして……」 「人ではない、と言いますと?」 「あー……黒いクラゲめいた姿をしていたような気がする……、と言った、今一要領を得ない目撃談でして……」  なんだそりゃ、とレイン・ポゥも思ったが、既に聖杯戦争は始まっている。何が起きてもおかしくないのが聖杯戦争である。 なれば、芸能界に非常に強い影響力と発言力を持ったUVMの社長が実は悪魔だった、と言う突拍子もない馬鹿らしい話も、途端に無視出来ない話になる。 と言うのも、これは聖杯戦争に関するゴシップに限った事ではないが、噂と言うものには大抵ルーツとなった何かが存在するのである。 話を多くの人々に伝播して行く伝言ゲームの途中で、尾ひれが付いたりするのが、噂の常であるが、大抵はルーツの核となった部分は変わらない。 この場合の噂の核とは、即ちUVM社の社長であるダガー・モールスなる男は、人間とは思えない容姿をしているか、或いは、人間離れした何かを持っているか、 と言う事だった可能性が高い。何れにせよ、そう言った噂がある以上は、マークしておくべきであろう。 「他に何かありますか?」 「あー……そう言えば、『メフィスト病院』なる場所ですが」 「それに関しては結構です」  すぐに純恋子はエルセンの話を打ち切った。 と言うのもこの主従は、エルセンからの報告を受けるまでもなく、その病院の名前を知っていたからだ。 曰く、治せぬ病気などこの世にない病院。曰く、何世紀も先を往く極めて進んだ医療技術と医療装置。曰く、安すぎて逆に法に触れるレベルの診療費。 そして――余りにも美し過ぎるとされる、その院長。その噂は、ネットで調べれば何万件とヒットする程であり、噂の種類に居枚挙に暇がない。 先ず間違いなく、聖杯戦争の主従、それも、キャスターを引き当てたと言う事がすぐに解る。 レイン・ポゥは、街のど真ん中に病院の姿をした拠点を立てる何て、と、そのサーヴァントの判断に訳も解らずにいた。 流石の純恋子も、そのキャスターが何を思っているのか、理解に苦しむ程であった。恐らくは多くの主従が、この病院の存在を認知しているに違いあるまい。 それにも関わらず今の所誰も、この病院に戦闘と言う形でコンタクトを取った形跡がない事を見ると、考える所は皆同じらしい。 それは、『不気味』。度が過ぎたノーガードは、攻め手に逆に不信感を与える事が出来る。このメフィスト病院もまさに、その手合いであった。 何れにしても、英純恋子にとっては、真の女王となるには避けて通れない道。レイン・ポゥにしても、第二の生を受けるには無視出来ない施設。時が進めば戦わねばならない事は、十分に予想出来た。 「他に何かありませんか?」 「他に……ですか。現状我々が調べられた事柄は以上で……あー、一つだけ、報告するべき事が」 「何でしょう?」  「実はどうも……、我々と同じように、<新宿>を調査している人物がいるらしいんです」 「私達の様に……ですか?」  疑問気な調子で純恋子が言った。 「純恋子お嬢様が我々に<新宿>の調査を命じるよりも前に、<新宿>中の記者や公共機関、警察や自治体に金をばら撒いて、情報を自分に伝えるように頼んだ男が……」  この情報に注目したのは寧ろレイン・ポゥの方である。 自分達と同じような手段を用いて情報を集める主従は、冷静に考えればいないとも限らないだろう。 だが、その為に多額の金銭を用いる、と言う手段の方が寧ろこの場合重要であった。それはつまり、この聖杯戦争の舞台である<新宿>には、 純恋子や、一部の大企業の社長を除き、秘密裏に多額の金を持ち合わせた人間が潜伏し、しかもその人物が、戦争関係者である可能性が高いと言うのだ。 今の所結構純恋子の所にも情報が集まるには集まるが、そもそもこのマスター自体が、そう言った情報を蔑ろにする傾向が強い。 情報を積極的に集め、積極的に活用して行く主従は、現状一番警戒せねばならない存在であった。 「その男が何者なのか解りますか?」 「あー……『塞』、と言う名前の男で、黒いスーツに黒いサングラスを付けた男だと言う事は解りましたが……それだけです。 情報の連絡に使う電話番号は本命のものではなく、恐らく複数ある電話番号の一つだと思いますし、メールアドレスも然り、です。 ……また声にしても、元の声に加工するソフトを用いても最早戻す事が不可能なレベルで声質を変えられる、高度なボイスチェンジャーを使っているらしく、 声で特定する事も不可能です。無論……、拠点の発見など、以ての外。相当な手練である事が、予測出来ます……」  ――そう言うマスターと組みたかったんだけど――  話を聞くに、相当狡猾かつやり手のマスターである事が、レイン・ポゥには解る。 そう言う主従と行動を共にしてこそ実力が発揮出来るのに、何で自分のマスターはアサシンクラスの自分を直接戦闘で運用しようとするのか。 そしてその自信が何処から来るのか、全く理解が出来なかった。 「解りました。その塞と言う男の事については、警戒しておくように。現状の情報は、以上ですね」 「あー……はい」 「後の事は書類に目を通しておきます。下がりなさい、エルセン」 「わ、わかりました」  言ってエルセンは、ドアの方まで下がって行き、その場で一礼。すごすごと、部屋から去って行くのであった。 あの男が部屋から去った瞬間、レイン・ポゥは霊体化を解除。ブリーフケースの置いてある机の方まで向かって行く。 「目星はついた?」  とりあえず聞いて見る。 「方針を立てるのには、ある程度役立つかも知れませんわね。そして、解った事はもう一つ」 「何さ」 「大抵の主従は、上手くやっているようだ、と言う事です」 「それが普通なの、普通」  一部の例外を除けば、大抵の主従は自分達が参加者だとバレないように努力する物だし、積極的な戦闘は、通常は控えるものなのだ。 積極的な戦闘にしたって、呼び出したサーヴァント次第では全くの悪手と言う訳でもなくなる。強いサーヴァントを召喚したのならば、そう言った作戦もアリだ。 純恋子の言う通り、<新宿>で行われる聖杯戦争は、皆上手くやり過ごしているような感を覚える。自分達も、それに倣うべきなのだが……。 「……先程エルセンが知らせた情報の内、明白に拠点が割れている所は、遠坂凛、セリュー・ユビキタス、メフィスト病院、UVM社の、四つでしたわね」 「うん」 「どこに行きたいか、アサシンに決めさせてあげますわ」 「ねぇ、私アサシンって言うクラスの使い方、何度説明したっけ?」  自分の演技力を以ってしても、こめかみに浮かぶ青筋が消せないのが、レイン・ポゥには解る。 如何あっても、自分を連れてサーヴァントと直接戦闘をしたいらしい、このマスターは。 「自分の足で目的に向かって得られるものもありますわよ。フィールド・ワークと言う奴ですわね」 「アンタの所の財閥のNPC派遣すりゃいいだけの話でしょこの馬鹿!!」 「アサシン、確かにそれがベターかも知れませんが、冷静に考えて下さいな。彼らはそもそもNPC、サーヴァント達が起こす超常現象について、全て理解する事は難しいのではないのでしょうか? つまり、報告時に認識の齟齬が生まれる可能性があると言う事です」  何が腹ただしいかと言えば、純恋子のこの言葉が正論であると言う事だった。 そう、彼女の主張の通り、NPCによる調査には限界がある。と言うのも彼らには聖杯戦争の知識がなく、サーヴァントを縦しんば目撃したとしても、 全くその現象が理解出来ないか、最悪殺される可能性だってある。故に、聖杯戦争の主従の確実な情報を集めたいなら、ある程度のリスクを侵す必要があるのだ。 「それに、アサシン。そもそもこの調査の目的は、何でしたか、覚えています?」 「は? そりゃアンタ、カモな主従を探そうと――」 「違うでしょう、いい加減になさい」  ……思い出して来た。と同時に、急激に嫌な予感が身体を襲った。 「私が戦うに相応しい主従の選定、それこそが今回の調査の目的だった筈ですわよ」  そう、多額の金をばら撒いてまで、調査部を<新宿>中に派遣した訳は、何だったか。 レイン・ポゥとしては、組しやすいマスター達を探す為であったが、そもそも純恋子に説明した方便は、戦うに相応しい主従を見つける為、であった。 無論この場合の相応しいと言うのは、弱いとか言う意味ではなく、『女王である自分が戦うに相応しいサーヴァント』と言う意味なのは間違いない。此処に来て、完全に方便が裏目に出てしまった。 「遠坂凛の主従は、私としては選んで欲しくはありませんが、アサシンの選択であると言うのであれば、それに従いましょう。さぁ、何処に行きましょうかしら?」 「ナシっての駄目なの?」 「残念ながら」  身体が萎みそうになる程の量の溜息を堪えながら、レイン・ポゥは顔面を右手で抑えた。 選ばねば、ならないようである。その間純恋子は再び、武器の選定に入り始めた。物凄く真剣に選んでいるその姿から、本気である事が窺える。 臓腑を削られるようなストレスを感じながら、レイン・ポゥは相手を選び始める。魔法少女になっても、サーヴァントになっても、ストレスによる内臓系の圧迫は消えないらしい。嫌な知識が、また一つ増えてしまった。 ---- 【西新宿方面(ホテルセンチュリーハイアット)/1日目 午前8:30分】 【英純恋子@悪魔のリドル】 [状態]意気軒昂、健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]サイボーグ化した四肢 [道具]四肢に換装した各種の武器(現在は仕込み式のライフルを主武装としている) [所持金]天然の黄金律 [思考・状況] 基本行動方針:私は女王 1.願いはないが聖杯を勝ち取る 2. 戦うに相応しい主従を選ぶ [備考] ・遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました ・メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました ・自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました ・現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません 【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】 [状態]健康、霊体化、半端じゃないストレス [装備]魔法少女の服装 [道具] [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯獲得 1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠 2.マジ何なのコイツ…… [備考] **時系列順 Back:[[“黒”と『白』]] Next:[[Brand New Days]] **投下順 Back:[[かつて人であった獣たちへ]] Next:[[Brand New Days]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:英純恋子|25:[[虹霓、荊道を往く]]| |~|CENTER:アサシン(レイン・ポゥ)|~| ----

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