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餓狼踊る街」(2016/05/30 (月) 18:37:27) の最新版変更点

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 聖杯戦争の始まりを告げる喇叭の音が、契約者の鍵を通じて投影されるホログラムと言う形で嚠喨と<新宿>に轟いたのは、今から数えて六時間と半前の話だった。 この日から、<新宿>で巻き起こる聖杯戦争に纏わる騒動はより激化の一途を辿り、この魔都を覆う黒雲は更に色濃く分厚くなる事であろう。 <新宿>にて胎動する魔の鼓動は、より大きく、より忙しないものになるだろう事は、きっと、契約者の鍵を見た者は思うに間違いあるまい。  ――この主従は、そんな、激戦の予感が齎す緊張感とは、無縁の二人であった。 まるで契約者の鍵が与えた、聖杯戦争の開始の旨など知らぬ存ざぬ、と言った風に、彼らは平然とした態度を崩しもしない。  一人は、神が座る高御座(たかみくら)の如き至上かつ至福の座り心地を与える、エクトプラズム製の椅子をリクライニングさせながら、部屋の天井を見上げる男。 墨の様に黒いブラックスーツを嫌味なく着こなしたその金髪の紳士は、数百m頭上の天井に建て付けられた天窓から差す、夏の朝の光を見ながら、不敵な笑みを浮かべていた。 雲の動きと、風の流れだけで、一日所か一週間、一ヶ月は楽しんで見ていられるのでは、と思わざるを得ない程の、異常な何かが、彼からは感じられた。  もう一人の男は、値段すら付けられない程の価値を誇る、黒檀のデスクに向かって座っていた。 ブラックスーツの男は対照的に、白いケープを身に纏った男……と言うだけならば、それだけである。より詳しく言えば、彼は、二人がいる病院の院長であった。 そして、余りにもその男は美し過ぎた。天の彫刻師が生命を掛けて彫り上げた様な美貌の持ち主と、嘗て魔界都市の住民は彼を見て思った。 白いケープに覆われた右手には魔界の力が宿り、メス所か錆びついたナイフ1本で如何なる悪疫をも治すのだと、魔界の住民は口にした。 男が学んだ技術が、病を祓うのか。それとも――男の美しさが、病魔を灼くのか。この男に関して言えば、美が病を滅ぼすのだと説明しても、皆が納得するであろう。  黒いスーツを着た紳士は、自らの事を『ルイ・サイファー』と呼んでいた。 白いケープを纏う白い魔人は、己のクラスを表す言葉であるキャスターではなく、己を『メフィスト』と名乗っていた。 聖杯戦争の火蓋が正式に切って落とされた、その事を認識してもなお、男達には気負いも緊張感も見られない。 遠坂凛の主従と、セリュー・ユビキタスの主従に纏わる情報も、彼女らを倒せば令呪が貰える事も、勿論把握している。 把握してもなお、ああそうなのか、以上の感慨を彼らは抱かない。現代の服装に身を包んだ王侯貴族こそが、彼らの事なのだ、と感じずにはいられない。 その様な気風が、彼らの身体からは放出されているのであった。 「君の街にも、朝の光は降り注ぐのかね、メフィスト」  エクトプラズムの椅子に大胆に背を預けながら、ルイは訊ねた。 「魔界と呼ばれた都市にも、陽は昇り、暁光は差す。君の故郷は如何だったのだ?」 「遮光性の高い気体で構成された雲に天空が覆われていてね」 「大変な事だ」  口にした言葉は以下の通りだが、毛ほどの感情も籠っていない。本気で受け取っていない事は明白だった。 「他に、言いたい事があるのではないのか? マスター」  敵わないな、と言った風に肩を竦め、ルイは上体を起こしながらこう言った。 「頼んだ物は出来たのかい?」  笑みを絶やさずルイは訊ねるが、そのオッドアイには、一瞬だけ、危険な色の光が宿った気がした。 「二つの内一つは」  ただ単に事実のみを告げるだけの、そんな声音。この男はきっと、癌ですら、このような口ぶりで患者自身に告げるに違いないだろう。 「アダム・カドモン。君は私にこれを所望したな」 「正式名称は『ドリー・カドモン』だ。その名称は改めた方が良い」 「アダム、と言う名前はお嫌いかね?」 「無神論者だからな」  あくまでも、自分は人間である……と言う設定を、この男は貫くらしいな、と。 メフィストは心中で考えた。この男には、ルイの正体など、最早筒抜けであると言うのに。尤も向こうも、そんな事は当然解っているのだろうが。 「メフィスト病院の中であろうとも、流石にこれを作るのは骨が折れた。設計図もない、基本理念も解らない。私の想像と独断で、神の現身を作るのは苦労した。いや、君に言わせれば、魔の雛形と言った方が良いのか」  世界で最も知られている、人類創世神話の雛形の一つである、アダムとイヴ。アダムとは、本来は『赤土』と言う意味の言葉であった。 彼は神が土を捏ね、其処に命を吹き込む事で生まれた存在である事は世に知られる所であるが、この話からも分かる通り、土と命は密接な関係にある。 土とは大地、即ち作物を実らせる畑であり田であり畝の事。この事から、土が命と結び付けられるのは、当然の運びであった。 アダムとイヴの寓話以外には、ギリシャ神話の偉大なる大地母神ガイアは、単体で天空神ウラノスを生み、様々な巨人族を生み出した逸話が象徴的であろうか。 また土とは、肉も象徴していた。大地や天空、果ては星辰や宇宙の起源を、一人の巨人や怪物の肉体で説明した神話は珍しくない。 北欧神話の原初の巨人であるユミル、バビロニア神話の巨龍ティアマト、中国神話に於ける大地の化身である巨人盤古。彼らの身体は、人や神が住まう世界の土台になった。 土とは命であり、肉である。これらのイメージから、土を利用した魔術を、人が編み出すのも当然の理であった。 最も有名なのは、ユダヤの民に伝わる魔術体系であるカバラの奥義、ゴーレムであろう。これは明白に、アダムのエピソードの影響を受けている。  ゴーレムの作成自体は、メフィスト自身は目を瞑っていても出来る程である。 何せこの男は、ホムンクルスを己が意のままに作成し、病院の従業員として補填する事が出来る程なのだ。 土人形の一つや二つ、作る事は訳はない。が、メフィストを呼び出してから幾日か経過した頃、ルイがメフィストにリクエストした品は、そのゴーレムの百歩先を往く代物だった。  アダム・カドモンとはその名が示す通り、聖書に出てくる始まりの男がモチーフになっている。 但しこの代物は、同じカバラの奥義の一つであるゴーレムとは一線を画した、別次元のものなのである。 アダム・カドモンとは即ち、神がアダムを創造する以前に、神が自らを物質界に投影しようと形作った原初的な人間であり、 神の写し身として完璧な知性と能力を兼ね備えた存在なのである。いわば神が宿るに相応しい依代であり、生命の源なのだ。 カバリスト達の究極の目標の一つが、自己研鑽の末のアダム・カドモンとの同一化だ。 アダム・カドモンを目指して、今日もカバリスト達はセフィロトの樹の謎を解き明かそうと。数秘法(ゲマトリア)や省略法(ノタリコン)、文字置換法(テムラー)を学ぼうと、努力を積み重ねているのである。 「ところで、マスターは私にこんな物を作らせて、『神』の罰が恐ろしくないのかね?」 「君らしくないなメフィスト。君も良く解っている筈だ。神は愚かで、つまらん男だ。生命の法は人には犯しえないと、神の方からタカを括っている以上、罰せられる事はあるまい」  この程度のカマかけは無駄かと、メフィストも予想はしていた。 諸人は言う。命を作ると言う領分は、人が絶対に足を踏み入れてはいけないエリアである、と。 生命の創造は造物主(つくりぬし)である神の手によってのみ独占されるべき事柄であり、人が手を出して良い領域ではない。 其処に手を出そうものなら、火傷では済まされない。神から子々孫々、転生の果てまで消えぬ地獄の罰が与えられる。彼らはそう思っているのだ。 しかし、カバリストも錬金術師も、その奥義を学ぶ内に知るのである。神は、人が生命の分野に手を出したとて、罰する事はあり得ないのだと。 理由は単純明快。そもそも生命の法を人は犯せないからである。生命の法を破る、それはつまり、新たなる命を生殖行為を経ずに生み出す事だ。 それが、人間には出来ない事を神はよく知っている。人は己の手で、新たなる命を作れないのだ。そしてそれは、メフィストもよく知っている。 精々人間に出来る事は、既存の動物を繋ぎ合わせて作ったキメラを作るか、ホムンクルスや既存の人間の細胞情報から人造人間をつくる程度の事しか出来ない。 これらの魔術の奥義は、神が新たなる命を生み出す奇跡とは根本から異ならせるものである。神の奇跡には程遠い。 人は命を無から創りだす事は出来はしない。だからこそ、『人』が生命の法を破る事など端から出来ない。神が、そうタカを括っている。故に、人は生命の則(のり)に手を伸ばそうと、人は罰されないのである。  ――だがそれは、『人』が生命の法に手を伸ばした時の話である。 ……この男の場合は、果たして如何に? 黒いスーツの完璧な紳士。いや、六枚の翼を背負った、魔その物であるこの男の場合は。 「それで、メフィスト。君が創りしカドモンの出来栄えを、私に自慢してくれ。君の自慢話は中々に面白い」 「本来の予想された意図のアダム・カドモンは、これと言った製作法も理念も不鮮明が為に、私でも作る事は不可能だった。況してや今はサーヴァントの身。如何に我が病院の中であろうとも、こればかりは私にも出来ないだろうな」  カバリストは何故、アダム・カドモンを作るのか。この人の雛形に宿るのは、神の力と知恵である。つまり、全知全能の一端だ。 これとの合一化が、彼らの目標であるのならば。カバリスト達が求める所も、とどのつまりは一つである。 そこは、真理の地平であり、究極の知識が渦巻く所であり、全ての原因であり、この世総ての事象のゼロ地点である。つまり、『根源』だ。 神の知識を以てすれば、成程確かに、根源と呼ばれる地平に到達する事は、夢物語ではないだろう。しかしそれは、メフィストに言わせれば賢いやり方ではない。 前述の様に人が新たに生命を作り出す事は不可能に等しい事柄であるのだ。しかも此処に、神の知識と力を宿したとなると、不可能に等しいが『不可能』に変わる。 無論、カバリスト達がアダム・カドモンを求める過程で発見した様々な知識と、カバラの奥義自体は素晴らしいものである。 しかし、根源への到達を究極目標とするのであれば、他にやり様はある。生命の法経由でその場所に足を運ぼうとするのは、正しい事柄とは言えなかった。 「だが、近づける事は出来たのだろう?」 「肉体の性能と、初期の知能レベル及び物事に関する習熟度を高め、異能を発現させやすい回路を設定させただけだ。到底、人を作る奇跡には及ばない」 「それでも構わないさ」 「君に語るまでもない事だが、アダム……いや、ドリー・カドモンはこれ単体では触媒以外の何物でもない。アダム・カドモンもドリー・カドモンも。 物の質こそ違えど、結局この二つは、『神或いは高次存在の依代』であると言う共通の目的がある。つまり、『存在の霊的情報』を固着させねば、私の創りしカドモンも、所詮はただの土塊で出来た人形でしかないのだ」 「アテはあるだろう。ドリー・カドモンに、情報と言う名の生命の息吹を与える方策が」 「君の言っている事は正しいし、九割九分九厘の確率で、あの土塊達は命を得るだろう。だが、それを行って何とする?  君の行おうとしている事は、<新宿>に混沌を齎す事だ。現状でも混迷の中にあるこの街に、要らぬ騒動を芽吹かせるつもりかね」 「何時だって歴史は、混沌の後に生まれる。良きにつけ悪しきにつけね。君も理解している所だろう」  玲瓏たる美貌には、何の感情も感慨も見られない。一切の心のうねりを感じさせぬその表情の裏で、この男は何を思うのか。 二往復程、かぶりを振るった後で、メフィストは口を開いた。 「何れにしても、マスターが所望したドリー・カドモンは、情報を固着させる依代としてならば、十分実用に耐えうるものになっている。もとより君が求めるレベルの代物は、これ位が十分なのだろう?」 「その通り。何れにしても、よく仕事をこなしてくれた。流石は、魔界医師と言うだけはある」  霊の椅子から立ち上がり、ルイは、石に刻まれた顔の様に、微笑みから変わる事のない表情をメフィストに向けて、次の言葉を投げ掛けた。 「それで、だ。私が君に頼んだ、二つの内一つ。ドリー・カドモンではない方は、如何なっているのだね」 「思った程上手く行かないと言うのが正直な所だ」 「何故だい?」 「マスターの提供物から供給出来る力の量が、余りにも少なすぎる。毛髪十本では、流石に不足が過ぎると言う物だ」 「ふむ……」  顎に手を当てて、ルイは考え込む。 「やはり、多少は身を切らねばならないか。ちなみに聞くが、現状の提供品での成功率はどれ程になる」 「甘く見積もって二%。低く見積もって一%。補足すると、五mm程の大きさの肉片ならば、成功率は七倍程に跳ね上がる」 「全く、恐ろしい事を言うな君は」  苦笑いを浮かべるルイだったが、対照的にメフィストの方は、網膜に一生その姿が焼きつかんばかりの美相を、毫も動かさずにいた。 「仕方がない、覚悟を決めるか。メフィスト」 「心得た――が、その前に。仕事があるらしい」 「ふむ」  メフィストの方に手を差し伸べたルイだったが、彼の言葉を受けて、腕を下ろした。 メフィストから見て真正面の空間に、溝が刻まれ始めた。横辺五m、縦辺三m程の長方形の形に。 その長方形の中の空間に、過去の遺物であるブラウン管テレビ等で見られた砂嵐の様なものが走り始める。半秒で、それが収まった。 すぐに砂嵐は、まるで健康的な視力の持ち主が肉眼で物を見た様な鮮明な映像に切り替わった。病院に勤務する医療スタッフの男性の一人が、その映像に映し出されていた。 「何用かね」 「外来患者です。但し相手の方は、院長先生に直々に治して頂きたいと」 「ほう。私に、か。我が病院を頼るとは嬉しい次第だが、君達ならば十分治せる筈だろう。自分達で治して見せる、と説得したまえ」  嘗て魔界都市の住民の全員が知る所であったが、メフィスト病院はそれこそありとあらゆる外傷や病魔を癒す奇跡の宮殿だった。 勤務するスタッフ、設置された医療設備。それらが全て優れていると言う所も勿論あるのだが、その中にあって、院長であるメフィストの医療技術は、別格。 撫でるだけで深さ四cmにも達する切傷や刺傷を癒してみせ、メスを使わず脳や心臓、血管やリンパ管を取り出すと言う奇跡を、この男は普通に成して見せる。 この男の手に掛かり、治らなかった患者はデータの上では存在しない事になっていた。しかし同時に、魔界都市の住民は知っている。 メフィスト自身が治療活動に当たる事は、滅多にない事を。メフィスト自身が治療行為に移る瞬間とは、己の興味を引いた病気を患った患者か、医療スタッフでは手に負えない時。 そして偶然メフィストが通りかかった所を、患者が彼に対して救いを求めた時。この三つ以外には存在しない。 <新宿>に顕現した白亜の大医宮の主は、其処で従事する優秀な医者達の事を全面的に信頼している。故に治療は彼らに任せている。そのスタンスはこの街でも変わらない。 この病院に勤務する医者ですら手を出せないか、この魔人自身が気まぐれを起こさない限りは、自分から癒しに掛かる事は、ないのである。 「そう私共も説明しようとしたのですが……」 「何か」 「……『聖杯戦争』。そう院長先生に伝えろ、と」 「成程」  メフィスト自身も、エクトプラズム製の椅子から立ち上がり、鋭い目線を、空間に刻まれたスクリーンに投げかけた。 「応接間に案内させたまえ。私も向かう」 「かしこまりました」  其処でスクリーンの内部の映像はプツンと切れ、空間に刻まれた銀幕自体も音もなく閉じ、元々の空間が広がるだけとなった。 いつものアルカイックスマイルをルイは浮かべ、愉快そうに、メフィストにその顔を向けている。 「楽しそうだな、マスター」 「とても」  短くルイが言葉を返した。キャスターの根城に聖杯戦争の参加者が乗り込んできていると言うのに、二人は至極冷静そのもの。 だからこそ二人は、この街で一番、魔界の側に近しい二人なのである。だからこそ二人は、魔人の主従なのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ――突風にあおられ、岩壁に叩き付けられる記憶。  ――湖に飛び込み、波に流され岸に戻される記憶。  ――拳銃のトリガー引いても、湿った弾丸のせいで弾が射出されない記憶。  ――街を埋め尽くすような勢いで増えて行く、カタツムリの記憶。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  目が覚めるなり、ウェザーは自らのスタンド、ヘビー・ウェザーを顕現させ、窓ガラスをそのサッシごと、風圧を纏った拳で粉々に砕いて見せた。 響き渡るかん高い破砕音。聞くだに、鼓膜が傷付き破損しかねない程の澄んだ高音が鳴り響いた。 シーツもなければ毛布もない。そのまま床に転がった状態で眠っていたウェザーの心を、起床してからの数秒間支配していた感情は、怒りだった。 この街で見る夢は――いや。記憶が取り戻してからウェザーが見る夢は、本当に苛々を助長させるそれであった。 今しがた彼が見た夢は、この世の全てに絶望し自殺を敢行しようにも、能力のコントロールが上手く出来ずにいたヘビー・ウェザーのスタンドでそれが阻止されて来た記憶。 そして、俺は死ぬ事すら許されないと言う絶望が心を埋め尽くした時に発現した、悪魔の虹の力。思い出すだけで、胸糞が悪くなる、ウェザーの見る夢の一つだった  チッ、と舌打ちし、ウェザーが拠点とする、南元町食屍鬼街に住まうチンピラに、そのチンピラの『持ち』で買って来させた缶コーヒーを一気に呷る。 二十秒と掛からずそれを飲み干した彼は、乱暴に空き缶をブン投げた。カランカランと、缶のスチールとリノリウムの床が奏でる虚しい金属音が、狭い個室に鳴り響いた。 「荒れているな」  その言葉と同時に現れたのは、銀色の鎧を身に纏った長身の男だった。食屍鬼街の入口をずっと張っていた所から、戻って来たのだろう。 肘と踵から伸びた、バッタの脚を模した突起。腰に巻き付けられた緑色に光るバックルのベルト。そして、エメラルドに似た輝きの、昆虫の複眼めいた物が取り付けられた兜。 自分の呼び出したサーヴァントであれば、その余りの威圧感と非生物的な姿形に、人々は恐れを感じずにはいられまい。 影の月の名を冠したセイバー、シャドームーンとは、他ならぬこの銀鎧の男の事であった。 「癪に障る夢を見たからな」  自分がこんな夢を見る事は、ウェザーは大分前には解っていた。 こんな腹ただしい気持ちになる位であれば、いっそ眠らぬ方がマシであると思い、一日所か二日も寝ずに過ごしていた事がある。 しかし、情報収集が粗方終わり、平時の拠点である廃墟と化したコンビニエンスストアの店長室で、休憩がてらに、夢を見ない程度に浅い時間は眠って休もうと思い、瞼を閉じたのである。その結果が、あの夢であった。  この夢は、この記憶は。自分がプッチを殺さぬ限り、徐倫達と神父を繋ぐ宿命を断ちきらぬ限り、如何にもならぬと今ウェザーは知った。 聖痕は、何があっても消せないのなら、それを刻んだ者を消せば良い。聖痕による疼きよりも、宿敵を殺した事によって晴れた気持ちの方が、勝ってくれると、ウェザーは、強く信じていたから。 「いっそ眠らん方が、聖杯戦争をスムーズに勝ち進めるかもな」 「貴様自身の意見は知らん。それよりも、情報は集まったか?」 「急くなよ、教えてやる」  二本目の缶コーヒーのプルタブを開けながら、ウェザーが口を開いた。 「結論から言えば、セリュー・ユビキタスの情報は、一切入って来なかった。代わりと言っちゃぁ何なんだが、メイド服の女の話が出て来た」 「メイド……女中の事か」 「そんな所だな。んで、その女が、ヤクザを殺し回ってるらしい」  食屍鬼街にやってくるのは、チンピラやヤクの売人が殆どだ。つまりは、アウトローだ。その中には当然、そっちの筋に関係する者も多い。 ウェザーがこの通りを中心に聞き込みを行った所、その情報を得る事が出来た。情報源は、昔とある組に所属していた若衆の一人であり、組が突如としてなくなった為に、 こんな所でウサを晴らしていたのだと言う。話を聞くに、その男の組は突如として現れたメイド服の女によって壊滅状態にさせられたと言う。 それこそ、組長から末端の構成員に至るまで、全て皆殺しであった。その男が偶然にも難を逃れた訳は、丁度組の資金調達の為シノギの周りをしていたからであり、 如何してその情報を知ったかと言うと、監視カメラに映っていた映像から、だと言う。 更にこの男が言うには、このメイド服のヤクザ殺しは<新宿>の裏社会では現在相当有名な私刑人であるらしく、一説によればもう一人。 その私刑人がいると言われているが、此方に関しては男も知らないらしく、ウェザーがそっちを知りたいと口にしても首を横に振るだけだった。 「瓢箪から駒、と言う所だな」  シャドームーンが冷静に情報を分析した。 「恐らくその女が、聖杯戦争の参加者である事はまず間違いない」 「だろうな、俺もそう思うぜ。その証拠に、簡素な服装を着た少年の二人連れだった、らしい。しかも、馬鹿みたいに凶悪そうで、化物の右腕を持っているときた」 「警戒をしておこう。俺のマイティ・アイにもその情報がない以上……、転々と、拠点を移しているのかも知れない」  「そして」、と、此処でシャドームーンが話を転換させた。 「セリュー・ユビキタスと言う女に関してだが、全く情報が見つからないと言う事実で、解った事が一つある」 「それは?」 「百二十名超も殺しておきながら、俺のマイティ・アイでも姿が見つからず、世間でも話題に全く上がらない、その理由。考えられるだけで二つある。 一つに、痕跡すらも完璧に消し去る程の殺人技術を持ったサーヴァントを従えているか。そしてもう一つ、殺した相手の関係者を全員皆殺しにしているか、だ」 「後の方の推理の理由は何だ?」 「この現代社会において、些細な情報の伝播を完全に遮断する事は、不可能に等しい事柄だ。そして情報の伝達は、常に人が受け持っていると相場が決まっている。 ならば、情報の伝達を完全に遮断するには、如何すれば良い? ……関係者を全員殺せば、当然情報は永遠に闇に葬られる」 「そう簡単に、情報を遮断出来るのか?」 「無理だ」  シャドームーンは即答する。 「余程特殊な能力を持ったサーヴァントを引き当てない限りは、人がこの世にいて、しかも、何時いなくなったかの痕跡を抹消する事は不可能だ。 少なくともこのセリューと、奴が引き当てたサーヴァントにはそのような能力はない。本当にそんな力があるのなら、 何人殺したのかと言う情報をルーラーに知られる訳がないからな。ルーラーと言えどそう言った事実を認識出来るのであれば、当然、 この主従の情報の遮断法には少なからぬ間隙がある。ならば、そう言った存在を相手取る時の調査法で、俺達も情報を洗えば良い。そうすれば、何れは奴にぶつかる」  要するに、より丁寧に情報を捜し回れ、と言う事だった。缶コーヒーを半ばまで飲んでから、ウェザーは口を開く。 「……一先ず、だ。こんな吹き溜まりの街で集められた情報は、以上だよ」 「解った。では、そろそろ時間だ」 「あぁ。解ってる」  シャドームーンが此処にやって来たのは、ウェザーから集まった情報が如何ほどの物か、聞くと言う理由もあった。 だがそれ以上に、本日最初にして、ある意味で最大の目標は、近隣に聳え立つ、無視しようにも出来るわけがない程目立つ、白亜の大病院、 『メフィスト病院』の調査なのだ。事前調査で、生前世紀王として君臨していたゴルゴムに匹敵、或いはそれ以上の脅威だと、シャドームーンは認識している。 あのシャドームーンをして此処まで警戒させる相手なのだ、ウェザーにも当然、警戒心は伝播する。  手に持った缶コーヒーの中身を、ウェザーは自分の右脇にぶちまけて捨てた。 コーヒーの茶色の液体が飛び散った先には、大きめの机の引き出しにならそのまま収容出来るのではないかと言う程、手足を圧し折られ、コンパクトになった少女がいた。 液体をかけられ、ビクッと、小さく彼女は痙攣した。コーヒーを掛けられた時の反射と言うよりは寧ろ、等間隔で起る発作の様な症状に近いだろう。 視神経ごと眼球が零れ落ちてぶら下がっている様子を見たら、余人はきっと、吐くに違いない。これでもまだ、彼女は生きている。 どんな篤志家にも、殺してやった方が寧ろ慈悲であると発言したくなる程に痛めつけられたこの少女は、番場真昼と言う。 彼女はずっと、ウェザーと同じ部屋で、混濁とした意識のまま蹲っていた。  ウェザーとシャドームーンは、死体になった方が寧ろマシである程の傷付いた少女のいた部屋でずっと、集めた情報のやり取りをしていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ガラガラガラガラと、大きめのキャリーバッグを引いて、特徴的な帽子を被った男は、白い宮殿を思わせるその建物の前に突っ立っていた。 黒色の大き目なゴミ袋を、空いた左手に持ったその様は、傍目から見れば浮浪者か何かとしか思えないだろう。 事実、この男の<新宿>における立場は、ホームレスと何ら変わりはない。実際持家もないし仮住まいもない事は事実だったからだ。 地上十階程のその建物の威容は、圧巻される。網膜が洗われるような清潔感溢れる白色で外壁の色は統一されており、シミ一つ見当たらない。 まだ朝も早い時間であるが、既に病院は開いているらしく、入り口の自動ドアにはシャッターが下ろされていない。 シャドームーンに曰く、この病院は二十四時間フルタイムで営業を行っており、深夜でも通常治療を行っているのだと言う。 病院のコンビニエンス・ストア化など聞いた事がない。これだけでもう、異常な環境だと言う事が解る。 そして、そんな異常で、凄まじくよく目立つ病院――神殿――を、こんな街中に建造し、あまつさえ一般患者の為にその門戸を開いていると言う事実が、 ウェザーは愚か、ある程度の事情を把握しているシャドームーンにすら信じられずにいた。  そう、此処こそは、シャドームーンがキャスターだと推測しているサーヴァントが建造した、敵の領地、大神殿。 メフィスト病院と呼ばれるその病院は、信濃町の街中に建てられた、白亜の大医宮なのである。 敵の領地と解ってしまうと、やはり二の足を踏んでしまうと言うものであった。 【落ち着け。患者と病院そのものに危害を加えねば、理屈の上では何の問題もない】  その情報自体は、既にセイバーから聞かされている。 そうと解っていても、やはり、緊張はする。この病院が好意的なのは、聖杯戦争とは何の接点も無い、極々普通のNPCだけなのだ。 聖杯戦争の参加者に対しても、そう言った振る舞いを行うのかどうかと言えば、それは、シャドームーンも解らない。 しかし、この病院自体の性質を見極める事が出来れば、事によっては此度の聖杯戦争を有利に勝ち進めるかも知れないのだ。 虎穴に入らずんば虎児を得ず。意を決し、ウェザーはメフィスト病院内部に足を踏み入れる。 内部の広さと、清掃の行き届いた清潔感溢れる白色の室内と言う事を除けば、其処は病院のロビーそのものであった。 受付で応対されるまで待機する為の席もあれば、ウォーターサーバーもあるし、デジタルサイネージ式の自動販売機もある。コカコーラ社製のものとサントリー製のものだった。  此処が本当に、魔術師のクラスであるキャスターの居城なのかと、疑問に思ったのは寧ろシャドームーンの方であった。 余りにも、現代の文明に染まる事に、躊躇がなさ過ぎている。此処まで開けっ広げだと寧ろ、自分の認識こそがすべて間違っているのでは、そんな思いに駆られてしまう。 【交渉に行って来るぜ】  幸いにも、今は時間帯が時間帯の為に、待合人も受け付け待ちの人間もいない。 ウェザーだけしか、今この病院のロビーにはいなかった。と言うより今は朝の六時四十五分程度だ。この時間ははそもそも、病院は開いていない時間帯だ。 それでも、受付には女性の看護士がしっかりと待機していた。 「初診なんだが」  受付に近付くなりウェザーが言った。 「はい。保険証の方はお持ちでしょうか?」 「ない」 「かしこまりました。それでは本日はどちらの診療科にご用でしょうか?」  保険証がない事を、普通にスル―された。 この病院ではこのような事は日常茶飯事なのか、それとも、サーヴァントが運営する病院だからこそ、保険証など必要がないのだろうか。 恐ろしく胡散臭いので、生前ブラックサンを追い詰めた作戦の一つである、EP党の一件をシャドームーンは思い出していた。 「診療科か……多分、外科とか内科とか、色々だ」  余りにも手ひどく痛めつけてしまった為に、どの診療科に掛かれば良いのか、ウェザーも一瞬迷った程である。 「解りました。それでは、問診から行いますので、どうぞ一階の――」 「あぁ、ちょっと待ってくれ。掛かるのは俺じゃない。それに、院長先生の手で治して貰いたいんだがな」  受付の女性が手慣れた様子で話を進めて行く為に、何時本題を切り出すか迷っていたウェザーだったが、このままでは流されると思い、 すぐに本件に話を移らせた。院長の名を口にしたその瞬間、看護士の顔が、如何にもな業務用スマイルから、怪訝そうなそれに変わって行く。 「院長の、ですか?」  この反応は、メフィスト病院でなくても自然であろう。 勤務する医者をピンポイントで指名するのならばいざ知らず、よりにもよって院長を呼んだのである。 疑い深そうな表情を浮かべて、ウェザーの身なりをまじまじと確認するのは、無理からぬ事であった。 「聖杯戦争、そう院長先生に伝えて欲しい」  言って、ウェザーは待合席の方に向かって行き、自分は何も間違った事は言っていないと言うような態度で、其処に腰を下ろした。 聖杯戦争の名を出すのは、ウェザーは悪手だと思ってはいなかった。事実シャドームーンも、念話でウェザーの事を咎める事を全くしていない。 理由は簡単である、この病院に勤務するスタッフの殆どが人間ではない存在だと言う事が、マイティ・アイの千里眼で割れており、その事実を予め伝えていたからだ。 病院に勤務するスタッフから、外の植え込みを手入れする用務員に至るまで、極めて高度な改造手術で肉体を強化されている。 あのゴルゴムや、クライシス帝国に匹敵する程の技術であると、シャドームーンはこの病院で施された改造手術の程を概算していた。 要するにこの病院の中に存在する全ての『もの』は、この病院を運営するキャスター――院長――と呼ばれる男の支配下にあると言う訳だ。 ならば、自分が何者なのか伝えた方が、伝えずに院長を指名するよりはすんなりと行くと踏んでいたのだった。 「院長先生が、二階応接間でお待ちしております」  そして、目論見は上手く行った。だがこれからが本番なのだ。 椅子から立ち上がり、キャリーバッグを転がしてウェザーは目的の場所へと向かって行く。本当の勝負は寧ろこれからと言った方が良いだろう。 キャリーバッグが転がしにくいのはきっと、その中身が重いだけでは、ないのだろう。そんな事を、ウェザーは思っていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  言外出来ない程の死線を潜り抜け、修羅場を踏んで来た人間が放つ、一種のオーラめいた空気を、何と呼べば良いのだろうか。 気風、覇気、威圧感、鬼気……色々な言葉があるであろうが、ウェザーはこの空気を、凄味と表現する事にしている。  凄味を放つ存在には幾つかの共通項がある。スタンド能力を持っているか、と言う事もそうであるが、それ以上に重要なのは、本体自身の性格だ。 覚悟も気負いも、性格の苛烈さも、彼らは一般の人間とは一線を画する。徐倫もエルメェスもアナスィも、F.Fも、凄味を持っていた。 殺してやりたい位に憎いプッチですらもだ。どんな傷を負おうとも、どんな敵が這い出ても、彼らは折れない、めげない、考える。 自分が成さんとする目的を達成させんと、必死になるのである。其処の気負いの精神が、凄味を生む。恐らく其処には、スタンドのあるなしなど関係なくて。 その精神をこそが、肝要な要素になるのであろう。  ――閉じられた貝のように、自動ドアは沈黙を保ったまま、ウェザーの正面で閉じていた。 案内板の信じる通りであれば、此処が応接間であるらしい。この場所にウェザーが辿り着いたその瞬間、彼の動きは、大気にでも象嵌されたが如く、動かなくなった。 扉越しからでも、凄味と言う言葉ですら生ぬるい程の、最早妖気とも呼ぶべきオーラがウェザーの方に叩き付けられて来たからだ。 この先に、この病院を作り上げたキャスターがいる事は、シャドームーンに聞かずとも解る程であった。 「……此処までとは」、自分の馬であるセイバーが言葉を漏らす。彼の予想すら上回る凄味を放つ、扉の先のキャスターとは、果たして?  この扉の先に足を踏み入れるのは、初めて自殺を敢行した時に必要であった勇気の何十倍もの量のそれが、必要になるとウェザーは確信していた。 しかし、此処で臆病風に吹かれてはいられない。脳裏に神父の姿が過る。断じて、逃げる訳にはいかなかった。 ドアチャイムすら鳴らさず、ウェザーは応接間に足を踏み入れた。それと同時にシャドームーンが、霊体化を解除。銀鎧の姿を顕現させる。  ヨーロッパの宮殿の一室を思わせる、クラシカルな部屋であった。 絨毯から壁に掛けられた油絵、本棚、椅子に机にシャンデリア。全てが全て、中世風の装いで統一されている。 シャドームーンは一目見て、この部屋の広さが、メフィスト病院の外観上の大きさからは考え難い程の広さである事を見抜いた。 恐らくは、空間を弄り、実際上の広さを延長させていると見た。彼が知る怪人でも、此処までの真似を出来る者はいない。気を引き締めた。 そして、ウェザーの方は――客人である彼らを待っていた、この病院の主を見て、凍り付いていた。  美しさを表すのに引き合いに出される言葉は、花や宝石の他に、著名な多神教の神々も含まれている。 アポロンやヴィーナスの二柱の神など、古今の文献を漁れば、果たしてどれ程美しさの比喩表現として使われて来たのだろう。 最早手垢が付き過ぎていて、美しさを表す言葉としては最早時代遅れにも甚だしい言葉となってしまっていると見て間違いはない。 そうと解っていても、ウェザーは、アポロンが地上に顕現した、と錯覚せずにはいられなかった。 秀麗類なきその美貌は、ウェザーとシャドームーンを見ていると言うよりは、空気中を漂う微細な埃の動きを見ているかのようであった。 傍目から見れば到底二人に関心を払っているとは思えない。一切の感情が宿らぬその表情の、何と美しい事か。 この男がいる空間はその美しさの故に、例え汚穢蟠る吹き溜まりの一角ですら、アンブロジアが咲き誇る天国の花園宛らに錯覚する事であろう。 しかし、この男が佇む世界はその美しさの故に、自らの存在自体に世界を統合してしまい、風景や空間の調和と美を殺してしまう事であろう。  何と、罪深い美なのであろうか。 世界の存在意義の一つを奪い去る程の美を持ったこの男が、此処まで大地と天空の怒りを買わずに生きられたのは、その美が地球や星辰すらも宥めるからか? 真実は誰にも解らない。そう、この病院の主であり、チェスターフィールドソファに腰を下ろす、純白のケープを纏った魔人、メフィスト以外には。 「かけたまえ」  顔に違わぬ美しい声で、メフィストはウェザーらに告げた。繊指で音色を奏でられたハープに万倍する、鼓膜に響くのではなく、脳に響く様な声だった。 シャドームーンが有する宝具、シャドーチャージャーの奥に隠されたキングストーンが放つ、微弱な精神波動で、ウェザーは我に返る。 メフィストの顔を見た瞬間から今までの記憶が、全くない。その美しさのせいで、意識すらも奪われていたようだ。 今になってシャドームーンが言っていた、一筋縄ではいかない相手の意味を、その身を以てウェザーは思い知らされた。 意識を回復させたウェザーは、メフィストに言われた通り、彼が座っているようなチェスターフィールドに腰を下ろす。 シャドームーンは、ウェザーの後ろに佇立して控えていた。座っていてからでは、次の動作に移るのに遅滞が生じるからであった。 「一先ずは、申し出を受け入れてくれて、感謝しよう」  ウェザーの後ろに立つシャドームーンが言葉を発した。メフィストとの交渉は、この優秀なセイバーの仕事であった。 理由は単純明快、相手がサーヴァント、特に、権謀術数に秀でた存在が呼び出される傾向にあるキャスターのクラスであるからだ。 「そのキャリーバッグから、患者を出して貰おうか」  世間話をしないタイプの男であるらしかった。 直に本題に切りかかった、だけではない。患者がウェザーでもなければシャドームーンでもない事を見抜き、更に、本当の患者が何処にいるのか、一瞬で看破した。 シャドームーンがウェザーに行動を促した。ウェザーはそれを受けて、キャリーバッグの中を空け、その中身をメフィストに向けて見せつける。 「ほう」、と息を漏らしたのは、メフィストではなかった。彼の背後で佇立していた、黒いスーツの男であった。 この瞬間初めて、ウェザーは、この部屋にいた病院側の人物が、メフィストだけでなかった事を知る。 今まで黒スーツの男、ルイは、奇術を使うでもなく、メフィストの傍にいた。それにすら気付かない程、メフィストと言う男が、目立ち過ぎていたのである。  キャリーバッグの中には、一人の少女が折り畳まれていた。 子供一人ならば身体を丸めるように屈ませられれば何とか入るであろうが、目の前の少女は、如何贔屓目に見ても成長期を半ばも過ぎた十五~六歳の少女であり、 例えウェザーらの持って来たキャリーが一般のそれよりやや大きめであると言う事実を差し引いても、通常は入る訳がなかった。 では何故、其処に少女――番場真昼が入っていられたのか。腕と脚を、人間の関節駆動上絶対に折り曲げられない方向に折り曲げていたからだ。 これにより、キャリーバッグの中に彼女は無理やり押し入れられていた。このバッグに入れる段になって、足がどうしても邪魔だったので、 今朝方もう二回程両脚をウェザーは折って入れていた。最早生きているのか如何かすらも疑わしい。余程、注意して耳を凝らさねば、呼吸の音すら聞こえないだろう。 「この少女を治して貰いたい」  いけしゃあしゃあと言った風に、シャドームーンが要件を告げる。 「君がその現状を招いたのにか」  無論、真昼/真夜に現況を招いた張本人が誰なのか。見抜けぬ程メフィストは馬鹿ではなかった。 一目見ただけでこの男は、この少女に現状の怪我を与えた下手人が誰なのか、知る事が出来た。 少女の身体から漂う魔力の質は、正直だ。それは他ならぬシャドームーンの物であると、彼は即座に看破した。 「霊体化した状態のサーヴァントがこの少女に寄り添っていると言う事は、そう言う事かね」  そして、もう一つの重要な事柄も、メフィストは見抜いている。 今や小刻みに痙攣するだけとなった番場真昼の傍に寄り添う、バーサーカーのサーヴァント、シャドウラビリスの姿を。 令呪を以て下された、真昼を守れと言う命令と、回復に専念せよと言うシャドームーン達が脅して下す事に成功した命令。 その二つの相乗効果によって今やシャドウラビリスは、例え狂化を受けたバーサーカーと言えど、己の身体を自由に動かす事すら難しい状態にあった。 「そうだ」 「このような風になるまで徹底的に痛めつけたと言う事は、君達もこの少女を殺す事に何の躊躇もなかった筈だ。心変わりを起こしたと言うのならばそれでも良いが、態々私を頼った訳を知りたいな」  ……此処まで、此方側が意図した所を見抜かれると、驚くよりも前にいっそ清々しくなるとウェザーもシャドーも感じ入った。 結局、ウェザー達はその真意を全て、目の前の魔界医師に暴かれていたのである。 「私の手札でも確認しに来たか」 「そうと解ったら、治療を断るか。キャスター」  威圧的にシャドームーンが言った。常人ならば心臓が張り裂けんばかりの鬼風を放つシャドームーンを見ても、メフィストは恬淡とした雰囲気を崩さない。 仮に、メフィストが治療を断り、この二名を引き下がらせたとしても、彼らには実害は全くないと言っても良い。 確かに、このキャスターの手札が知れなかったと言う事は痛いかも知れないが、それだけだ。その時は番場とシャドウラビリスを殺せば良いだけだ。 手札は知れないが、聖杯戦争の舞台から一組の主従が脱落する。これだけでも十分過ぎるリターンだ。 このリターンだけでは満足出来ないから、彼らはメフィストに交渉を仕掛けている。シャドウラビリスの情報が組み込まれた契約者の鍵は、ウェザー達が握っている状態だ。 番場組達が縦しんば完治した所で、命綱はウェザーらが握っている。治ろうが治るまいが、ウェザー達のリターンは、既に約束されているのであった。 「そうとは言っていない」  メフィストの言葉は、此処までの流れに至るやり取りとは裏腹に、否、であった。 「例え後に敵に回る事が解っている相手だとしても、患者として私とその病院を頼った者を見捨てるのは、我が信条に悖る行為だ」 「……引き受けるのか、キャスター」  ウェザーが言った。この男との会話は、想像以上にエネルギーを使う。 「――私は病める者が好きだ」  ウェザーの方に向き直り、メフィストは言った。 表情を、此処に来た時から一ミクロンたりとも彼は動かしてはいない。ずっと、変わらない表情だ。 それまでウェザーは、メフィストの美を見て、忘我の域に達する程の恍惚とした感情を憶えていた。――今は、違う。 身体の至る所を氷の螺子で貫かれたような、身体の中の内臓が口から溢れ出んばかりの、恐怖とプレッシャーを憶えていた。 美の性質が、変化した。人を陶酔とさせるそれから、死を連想させる様な、純度の高い恐怖のそれへと。 「私の事を求めてくれるからな。それを袖にする事は、私には出来ん」  体感上の部屋の気温が、一気に零下を割ったような感覚をウェザー達は憶える。 威圧感も、殺意も、メフィストは放出していない。内側が透けて見える様な瑞々しさと透明さの唇から紡がれた、言霊によって、一同を威圧して見せた。 すぐに立ち戻ったのは、シャドームーンの方であった。彼が、メフィストの狂気に気圧されたのは、数百分の一マイクロ秒と言う短い時間に過ぎない。すぐに彼は、こう言った。 「では、早速引き受けてくれ」 「良かろう。では、去りたまえ」 「……何?」 「聞えなかったか、去るのだ」 「理由を、説明して貰おうか」 「君達の役目は、その少女を此処に連れて来た時点でもう終わりだ。健康な人間を此処に留め置く理由はない。病院は、病める者の世界だ。 君達がいては、次に我が病院を頼るであろう者が、治療に与る為の席に座れず困惑する。最後通牒だ、去りたまえ」  シャドームーンはこの言葉の意図を読み取った。 要するに、自分がどのような治療を施すのか、=この病院の設備や自分の技術の事を、やはり知られたくないのである。 治療は施すが、邪魔だからお前達は帰れ。この言葉は恐らくは本心から出ているだろう。 だが同時に、自分の手札を開帳したくないと言う思いもあると、シャドームーンは推測した。だが、予めこのように断られる事を、シャドームーンらも織り込み済みだ。 此処で、ウェザーに持たせた手土産の出番であった。 「マスター」  シャドームーンの言葉に呼応するように、ウェザーは、チェスターフィールドの下に置いてあった黒色のゴミ袋を取り出し、それを開封した。 部屋の中に、血と肉のムッとした臭気が充満する。堪えがたい程の臓器と死者の香り。「ふむ」、とメフィストが口にする。 「何故、部屋に臓器など持って来たのだと思っていたが、それが、交渉材料と言う訳か」  言ってメフィストは、ゴミ袋の中の、種々様々な内臓系を見ながら言った。 臓器を包むゴミ袋はそれ一枚だけと言う訳ではなく、開封した今だから解るが、ゴミ袋の中に更にゴミ袋を入れて縛り、と言った事を九重にしていた。 こうする事で恐ろしく強い血臭と臓器の匂いを遮断しようとしたのだろうが、それで死臭をシャットアウト出来るのならば苦労はしない。 実際此処に来るまで、タクシーの運転手に感付かれ、シャドームーンの洗脳を用いて血臭に気付かないふりをさせねばならなかった程だ。 そして、メフィスト病院内では、その洗脳は使わなかった。いや、使う必要がなかったと言うべきだろう。 理由は単純で、あの受付嬢は、血や臓器の臭いを感じても、眉一つ動かさず、ウェザーに応対したからである。つまり、この病院ではそのような事は慣れっこなのだ。 この瞬間にウェザーは悟り、シャドームーンも再認した。この病院が既に敵の腹の内である、と言う厳然たる事実を。 「肺、肝臓、膵臓、腎臓、消化器……だけじゃない。眼球もある。大脳や心臓以外で、特に有用で需要もあるものを持って来たつもりだ」  と説明するのは、この血塗られた贈答品がメフィストとの交渉に便利だと考えた当の本人である、シャドームーンだ。 ゴミ袋の中にはシャドームーンが言葉で告げた様な臓器が、買い物をした後の様に満たされており、吐き気を催す程の地獄絵図を形成していた。 元々臓器或いは輸血用の血液を交渉材料にすると言う計画を考えており、その為にこれらを持って来た。 メフィスト病院は常に、ドナー用の臓器と輸血用の冷凍血液を求めている、と言う噂を聞いていたからだ。本当は輸血用の血液も用意したかった所であるが、別個に用意せねばならない袋が多くなる為に、臓器だけに今回は絞った。 「殊勝な心掛けだな、メフィスト」  此処に来て初めて、メフィストの背後で佇んでいた黒スーツの紳士が、明白な言葉を投げ掛けた。そして何よりも、普通に真名で会話している。 ウェザーもシャドームーンも、このキャスターの真名については推測出来ていたとは言え、流石にこれは大胆と言うか、愚挙と言うべきか。 「少しは、物事の道理を弁えてはいる」  と言って、メフィストはウェザー達の評価を改めた。 「出所については……興味はないのか、アンタら」  余計な一言であるとは、解っていても、ウェザーは問いたくなった。 真っ当な神経の持ち主であれば、この臓器の提供者が誰なのか、と言う疑問を問い質すのだろうが、この二人に関しては、それが全くなかった。 寧ろメフィストに至っては、この臓器で誰を治すのか、と言う事について、既に思案すら巡らせている風にも思える。 「大方の予想は付く。が、そんな事は些細な事。肝心な事は君達が提供した臓器で、少なからぬ数の患者の命が助かる事だ。我が病院にそれを寄贈してくれるのであれば、私はその善意を有り難く賜る事としよう」  余りの発言に、ウェザーは言葉を失った。 この主従が調達した臓器と言うのは、彼らが拠点としている食屍鬼街で、健康ではあるが聖杯戦争に利用するには適さないNPCのそれである。 シャドームーンのキングストーンで洗脳し、彼が生み出した剣で身体を分解させ、それらを摘出して得たものである。 それについてウェザーは、自分が悪い事をしたなどとは欠片も思っていない。文句なら地獄で聞いてやると、開き直ってすらいた。  しかしそんなウェザーでも、悪い事をした、と言う意識は少しと言えどある。メフィストからは、一切その意識が感じられない。 ウェザーを咎める事もせず、本人の意思など一顧だにせず臓器を摘出されたNPCに感謝をする事もなく。 与えられた臓器で誰を救えるのか、何が出来るか、と言う事をひたすら冷静に、冷徹に分析するだけ。 ウェザーはその姿に、硬質なダイヤモンドを見た。その姿に――人類がアダムの時代から連綿と受け継いできた、経験と知恵が及びもつかない程の『怪物』を見た。 「良いだろう、治療の現場に立ち会う事を許可しよう」  メフィストからの言質を、二名はとった。順調に、事が運んでいる事をウェザーのみならず、シャドームーンも実感していた。 「それじゃあ、集中治療室にでも向かうのか? 専門的な事は解らんが……、施術に立ち会う時は、身体を消毒してから、滅菌服とか言うのを着るんだろ?」 「不要だ」 「は?」  即答されてしまった為に、ウェザーが頓狂な声を上げる。 「サーヴァントは兎も角、この少女は特に損傷が酷い。早急にこの場で治す必要がある」  色々と、突っ込みを入れたい所がウェザーにもシャドームーンにもある。 急ぎの治療が必要であると言うのならば、こんな所で話さずにもっと早く治療を施す必要があったのではないか、と言う事。 そもそも特に神経を使う程酷い外傷の患者に行う治療行為は、このような不潔な場所で行う事は通常ないのでは、と言う事。 死にそうな状態であると言う事が素人目どころか、本業の医者にすら理解出来るような状態で、その医者自身に治療を放置されていた、番場真昼の心境や、果たして如何に。 「その少女を、テーブルの上に」  メフィストの指示に従い、シャドームーンとウェザーは二人で一緒に、弁当箱に敷き詰められた食べ物の如く、 キャリーバッグの中に押し詰められた真昼を掴み、白色のクロスに覆われたテーブルの上に乗せた。ジワリと、白地の布に血が滲む。 「改めて見ると、流石に酷いな」  そんなのは、見りゃ解る。 「視神経が繋がった状態で、左目が外部に垂れている。恐らくは高圧電流で沸騰させられた影響だろう。失明は免れん。 上下含めて、歯が十二……いや、十三本折れているな。通常は差し歯にする必要がある。 両手両足の骨折。これも凄まじい。余程念入りにしなければ、こうまで悪意的には折れんだろう。だがそれ以上に目を瞠るのは、脳の損傷だろうな。 必要以上の頭への衝撃によって齎された頭蓋の破壊で、大脳が実に最悪の状態になっている。大脳に刺さった頭蓋骨の破片、君達の内何れかが放った高圧電流で、 例え治ったとしても、致命的なまでの後遺症が残る事は容易に想像出来る。言語・自律双方の障害、脳障害も最悪免れんだろう」  ――「そう」 「普通の病院であれば」  其処でメフィストはスッと立ち上がり、番場の顔面に、そっと右手を当てた。 一際大きく、彼女の身体が痙攣する。たとえ意識を失おうとも、機能しない神経の方が身体の大多数を占めようとも。 この男が触れれば、人の身体は、それと解るのか、と思わずにはいられない。 「魔界都市に於いては、この程度の外傷など、珍しくもなかった。頭は抉れ、胴体の過半が消滅し、四肢を斬り飛ばされた状態で運ばれる患者など、日常茶飯事だったな」  そう口にするメフィストの言葉は、昔日の日々や、遥かな故郷の事を思うようなそれであった。 額にその繊手を置いたメフィストは、すっ、とその手を額から顎の方へとスライドさせ――ウェザーのみならずシャドームーンも、愕然とした。 傷が、消えている。顔に刻まれた、ウェザーのスタンドが放った高圧電流による電紋やその火傷も、唇や皮膚・筋肉に刻まれた裂傷も、である!! 「だが、それでも問題はない。冥府の神が統治する世界に、魂が足を踏み入れていないのであれば、私は如何なる損傷も治して来た」  零れ落ちた左目を視神経ごと、眼窩に嵌める。奇跡が、起こった。 最早切除以外に道はないそれは、メフィストがポッカリと空いた眼窩に入れ込んだ瞬間、この時を待っていたのだと言わんばかりに見事に収まったのだ。 すっ、と瞼が落ちる。この様な損傷に至る前と全く変わる事のないスムーズさで。  次にメフィストは後頭部や頭頂部をその手でさっと撫でた。 剥がれた皮膚が、流れ出る血液が、頭蓋が砕けた影響で変形した頭が――時間でも回帰して行くように元のそれへと戻って行く。 この時、マイティ・アイと言う科学の千里眼を持ったシャドームーンは、その透視能力で、理解してしまった。 焼き切れた視神経が完全に回復し、メフィストが眼窩に眼球を嵌めただけで、その切れた視神経が完璧な状態で繋がった事。 破壊された頭蓋骨が、独りでに体内を動いてゆく。正確に言えば、メフィストが手を当てた方に戻って行き、破片が元の形に結集されて行き、 破壊される前の頭蓋骨に完全に戻ってしまった事を。  次にメフィストは、懐から何かを取り出し、それをピンと伸ばし始めた。シャドームーンの方が、それが針金だと気付くのが早かった。 メフィストはそれを二m程の長さに切り取った、刹那。彼が断ちきった針金が、意思を持った蛇のように、真昼の骨折に骨折を重ねた右腕に殺到する。 上腕二頭筋の辺りから飛び出た骨の傷から、針金は体内に侵入。一秒程経過した後、真昼の右腕全体が、ブルブルと震え始め、そして、勢いよく伸ばされた。 何が起ったのか、とウェザーは目を丸くする。やはり、マイティ・アイを持つシャドームーンは認識してしまった。 真昼の右腕の中で何が起っているのか、認識出来ていた。メフィストの切り取った針金が、折れた骨と骨を繋ぎ、 体内で作用するギプスの様な役割を果たしているのだ!! これと同じ工程を、残った左腕、右脚、左脚にもメフィストは行い、その後で、 早くに針金を没入させた順に、四肢に手を当てて行く。異常な速度で、折れた骨と骨との継ぎ目が消えて行くのだ。 恐らくメフィスト程の術の持ち主であれば、針金のギプス等使わなくても、骨折など治せるだろう。 なのに彼がギプスを用いたのは、用いた方が、骨が治る速度が速くなるからに他ならない。 二秒と掛からず、四肢の一つの治療が終わり、四肢全ての骨折が完治し終わるまで、十秒と掛からなかった。針金は、骨を形成するカルシウムと溶けて、同化してしまった。  最後にメフィストは、バッと、真昼が着ていた、ウェザーらの戦闘の影響でボロ屑とかした学校制服を剥き取り、その裸体を露にさせた。  露になったのは、きめも細かく、雪の様に白い乙女の柔肌――ではなく。殴打の後と、ウェザーのスタンドが流した高圧電流の電紋と火傷跡、裂傷が刻まれた、 見るも無残な身体であった。しかし、顔と四肢は女の白さと柔かさを残しているのに対し、胴体が此処まで傷だらけであると言う状態が、 ある種のアンビバレンツを生み、独特のエロチシズムを醸し出している、と言う事実もまた否めなかった。  これを、メフィストは解体した。 己の患者には、一切の傷も許さないと言った風に、メフィストは真昼の腹部と背部の外傷を完璧に治し、黒く焦げた皮膚も殴打や斬られた跡も修復させ、 元の白肌に戻した後で、彼女を仰向けに倒し、彼女の胸部にその手を当てた。真昼の肌の白さよりも、メフィストの繊手の白さは、目立っていた。 寧ろウェザーの目には、このバーサーカーのマスターの肌の色が、雑多で汚れたそれにしか見えずにいる。 メフィストの右手が、真昼の体内に没入する。一瞬は驚くウェザーだったが、除倫に惚れているあの男のスタンドの事もあった為、直に平静を取り戻した。 まるで水の中に腕を突っ込んでいるかのように、メフィストは、真昼の胴体に腕を入れたまま縦横無尽に動かしていた。 シャドームーンに念話でどうなっているのか訊ねた所、『筋肉や骨、内臓がメフィストの腕に齎す接触と抵抗を無視して、彼が番場の内臓を一々治療している』、 と返ってきた。最早、驚く事すら疲れてしまう。スッとメフィストが、右腕を真昼の体内から引き抜く。 彼女の薄い皮膚には、嘗て、この美しい男が腕を突き入れ、これでもかと掻き回した跡一つすら、見受ける事が出来ない。元の、生まれたままの身体が、其処にあるだけだった。 「後は」  と言って、メフィストが、真昼の額に人差し指を当て、目を瞑り始めた。 何をやっているのだと、ウェザーが考え、直にシャドームーンにも念話で訊ねるが、【あのマスターの精神に何かを働きかけているが、何をしているかは解らない】、 と言う返事をよこして来た。目を覚まさせるのだろうかと、銀鎧のセイバーは考えたその時、パッとメフィストが目を見開かせ、口を開いた。 「……過去のトラウマから来るであろう、分裂した人格。それを治してやろうかと思ったが……如何やら、向こうにも半分の主導権があるらしい」  歯痒そうな表情で、メフィストはかぶりを振るった。此処に来て初めて見せた、無表情以外の顔の変化がこれであった。 自分の医術に絶対かつ、究極の自信を持つこの男は、その医術を拒否される事に、堪らない敗北感と屈辱感を憶えるらしい。 尤も、彼が果たして、何を治そうとしたのか。ウェザーには、解らないのであったが。 「さしあたっての治療は完了した。後は、足りない魔力を補い、目が覚めるのを待つだけだ」  さしあたって、と言うレベルではない。 誰がどう見た所で、完治である。外傷もないし、シャドームーンには、内臓や神経系すらも元の状態にまで戻されている事も解る。 しかもついでと言わんばかりに、ウェザーらが交戦した時には既に顔面に走っていた、古い切傷すらも治されていた。 即日退院出来るのではないかと言う程、綺麗な状態。今にも目をさまし、立ち上がり、此方に襲い掛かって来るのではと言う位であった。 「次は、そのサーヴァントか」  と言ってメフィストは、虚空に目線を送った。 正確には霊体化、番場真昼/真夜と言うマスターに寄り添った状態のバーサーカー、シャドウラビリスに、だ。 「一目見て解った事だが、霊体、霊核共に、著しい損傷を負っている。実体化する事も、元の形に戻る事すら、出来ない状態だろう」  実際に、其処までして痛めつける必要がシャドームーンにはあったのである。 メフィストがどのようにして、サーヴァント、特に、消滅まで時間の問題と言ったレベルでダメージを負った状態の者を治すのか、と言う興味関心もある。 だがそれ以上に重要だったのが、このサーヴァントがバーサーカーのクラスで召喚されていたと言う事実。 令呪による命令も、狂化の影響で正常に受け付けない事もあるこのクラスで召喚された以上、令呪を以て大人しくしていろ、と言うだけでは、 手綱と言うには余りにか弱く心細い。其処で、徹底的に痛めつけ、実体化は出来ないが辛うじて生きられる状態まで痛めつける事で、 マスターであるウェザーの安全を確保させると同時に、メフィストの治療技術を試す試金石にシャドウラビリスを仕立て上げた、と言う訳なのである。 「……人を試しすぎるのは、長生きしないぞ、銀鎧のサーヴァントよ」 「何の事だ?」 「このサーヴァントを構成している現在の魔力、その殆どが、君に由来するものだ。魔力だけは与えてこの世に留めさせてはいるが、霊核と霊体を傷付け実体化はさせなくしている。何故、こんな事をしたのか、明白だな」 「他意はない、戦略上そうする必要があっただけだ」  と言ってシャドームーンは、惚けてメフィストの追及を躱す。 「まぁ、良い」と言って、それ以上院長の方も問い質す真似はしなかった。追及をした所で、躱されるのがオチだと判断したのだろう 「霊体や霊核を治すなど造作もない事だが、この九割近くを破壊された霊核となると少々面倒だ。門派の技術と、専用の物品が必要になる」  言ってメフィストは、纏うケープを光の礫の如くにはためかせ、ウェザーやシャドームーン、あまつさえ己のマスターでさえ眼中にないような足ぶりで、 嘗てグラハム・ベルが作成したような、骨董品の如き電話の方に近付き、恐らくは病院の内部に何かを告げていた。 用件を病院スタッフに告げると、メフィストは電話を切り、その場に待機する。  沈黙の時間が流れる事、数分。 身体の中に石でも詰め込まれたような居辛いプレッシャーをウェザーは感じる。何せ誰も言葉を口にしないのだ。 自身が引き当てたセイバーのサーヴァントも、元々は寡言気味のサーヴァントだ。今は特にこれと言った危難もない為か、念話で何も告げる事はしない。 恐ろしく奇妙な状況であった。部屋には、人外の美を誇る白ケープのキャスター、銀鎧で身体を覆った飛蝗のセイバー、黒スーツの男、テーブルの上で全裸で横たわる少女。 真っ当に生きていれば先ず出くわす事もないシチュエーション。漂う空気の異質さと、余りの重さ。苦手な状況だと、ウェザーは一人ごちる。  そんなウェザーに出された助け舟の様に、自動ドアが開かれた。 勤務スタッフの一人が、銀色のトレーを持った状態で応接間に現れる。「失礼します」と告げた後で、メフィストの下へと近付いて行きトレーをメフィストに手渡した。 魔術の類なんて此処に来るまではてんで知らなかったウェザーにすら、メフィストが持つトレーに乗せられた代物が、奇妙かつ異常なものであると解る。 拳大程の大きさをした、幽玄な青色の光で燃え上がっているとしか思えない何かであった。燃え上がっているとは言うが、ウェザーの目にはそう見えるだけであって、 本当に熱を伴った燃焼がその物質に起っているのかどうかは、ウェザーにはわからない。 この、チェレンコフ光を思わせる青色に光る物質は、何なのか。メフィストに訊ねようとするが、すぐに彼は、説明に掛かっていた。 「この物質を、我々は、アストラル体と言う」  少なくともウェザーはその人生の中で、聞いた事すらも無い言葉であった。 「物質化された星幽体の結晶だ。通常この霊的粒子は特殊な霊能力者の中でも特に優れた人物にしか見えない。 こう言った、素養のない人物の目に見える形まで純度が高められて物質化されたアストラル体は稀だ。魔術師が喉から手が出る程欲しがる触媒になる」 「……んで、それで何をするんだ?」  ウェザーの反応は尤もだ。凄いものである事は十分伝わったが、其処からどう、あのバーサーカーの治療に派生するのか、てんで解らないのである。 「アストラル体の本質は、極めて高純度の霊魂の凝集体と言う所にある。感情を司るエネルギーである事から、情緒体とも感覚体とも、 『マガツヒ』とも呼ばれるこの物質は、霊や悪魔にとって人間以上に魅力的な餌でもある。これを以て、其処のサーヴァントの身体を補うのだ」 「成程、足りないものは補えば良い、って事か?」 「乱暴な言い方だが、そう言う事になるな」  其処まで言うとメフィストは、アストラル体を持って来たスタッフを部屋の外まで下がらせ、トレーを持った状態で、 テーブルの上で仰向けになった真昼の方へと近付いて行く。左手で、彼が星幽体を持った。 幽玄たる青色の光が、彼の身体を照らす。それでもなお、彼の身体から放出される、神韻にも似た白色の光は、褪せる事もなかった。 幽界の物質ですら侵されざる美を持った男は、アストラル体を持った左腕を、真昼の丁度臍の上に当たる位置まで伸ばし、其処でそれを離した。 白磁の繊手を離れたアストラル体は、引力に従い落下するのではなく、その場に、一切の浮力を伴わず、ふわふわと浮遊を続けている。  それが――異常な程の速度で、何もない空間に色が刻まれ、体積が膨張して行き、質量が満たされて行く。 青色の光を伴った、スライムに似た原形質の何かが番場真昼と言う少女の身体の上で、グネグネと膨張したと見えたのは、二秒と言う短い時間の話。 直にそれは、その原形質の何かがウェザーらの視界に現れるよりも更に早い速度で、極めて大雑把な人間の形を形成して行き――。 やがて、番場真昼の操るバーサーカー、シャドウラビリスと言うサーヴァントを形成した!! 「セイバー!!」  アストラル体を何かが取り込み、シャドウラビリスが実体化を行うと言う過程を呆然と眺めていたウェザーだったが、流石に死闘の場数を多く踏んで来た男だ。 我に戻るのも、危難を認識する能力も早い。背後に控えていたシャドームーンにすぐに指示を飛ばした。 シャドームーンが構える、チェスターフィールドの背もたれに片腕をかけ、その片腕を起点に後方に一回転。シャドームーンの背後に、ウェザーは移動した。 「うぅ、ぐぅ……!?」  真昼を避けて、テーブルの上に降り立ったシャドウラビリス。  自らの両手と身体を、信じられないように、この影は見ていた。狂化されている理性にも、奇妙なものに映っているのだろう。 それまでは霊体化した状態でしか自らを現世に止められずにいた自分が、呼び出された時と寸分違わない十全の状態で実体化させられているのだから。 やや白みがかった銀色の髪も、着用している制服も、元通りであった。 「……」  テーブルから床の絨毯の上に降り立ったシャドウラビリスは、右腕を水平に伸ばす。 その右手に、自身の肉体よりもずっと大きく、ずっと質量も多そうな戦斧が握られた。――途端に、黄金色の瞳が喜悦にわななき、口の端が吊り上った。 「■■■■■■■■■■■ーーー!!!!!!」  そして、心胆を寒からしめる、狂獣の咆哮を上げ始めた。シャンデリアが大きく左右に揺れ、調度品がビリビリと震える程の声量だった。 面白そうな笑みを崩さないルイ、恬淡とした態度で、シャドームーン達の方向を見つめる、メフィスト。 「狂戦士なら狂戦士と、予め説明しておきたまえ」 「失念していた、すまない」 「そう言う事にしておこう」  大気を引き裂き押し潰し、戦斧を大上段からメフィストの方目掛けてシャドウラビリスが振り下ろす。 それに呼応してか、まるで、中世貴族に使える騎士道精神に篤いナイトの精神でも封じ込められているかの如く、メフィストが纏ったいたケープが、一人でに動き始め。 その戦斧を真っ向から受け止めた!! 目の前の状況を、誰が信じられようか。重さにして百kgは下らない、大質量の斧を、総重量一kgにも満たない純白のケープが、 今の力関係が当然なのだと言わんばかりに、受け止めていたのだ。如何なる魔術を用いているのか、ケープは布の柔かさを保ちながら、 鋼の如き硬度を得て、シャドウラビリスが振う斧を動かす事を全く許さない。  魔界医師が、身体の方向を、シャドームーン達の方角から、シャドウラビリスの方向へと向き直らせた。 ――機械の乙女の顔付きから、爆発するような狂気の感情が消え失せた。ハッとしたその少女の、その顔こそが。 狂化と言う枷を取り払い、ネガティヴ・マインドと言う感情から解放された、『ラビリス』と言う少女本来の顔つきなのだと、この場に知る者は誰もいない。 猛る狂った女魔の怒りと狂喜すら消し飛ばせ、あらゆる鬱屈とした感情を、破魔の月光を浴びたガラスの魔城の如く崩れ去らせる。 天界の美、美の概念の超越者。メフィストの美こそが可能とする、ある種の奇跡が其処に在った。 「狂気の枷に束縛され、我が言葉を正しく受け入れられなくなった君に、私の言葉が届くとは思えないが……これだけは、口にしておこう」  刹那、ウェザーやシャドームーンの身体に、宇宙の暗黒が勢いよく叩き付けられた。 体組織が一瞬で凍結し、破壊されそうになる程の冷たさを孕んだ、虚無の昏黒。 それが、ウェザーから見た、メフィストの身体から迸り、己らにぶつけられた何かの正体だった。 殺意とも、高邁な意思とも違う。如何なる感情を伴った波動を、メフィストは、この鋼の乙女に直撃させているのか。ウェザーには、解らずにいた。 「――我が病院とその患者に仇名す者は、『神』であろうともその罪を贖わせる」  絶対零度の冷たさでそう告げた瞬間、ゴゥン、と言う鈍い金属音が、シャドウラビリスから見て右方向から響き渡った。 肩の付け根辺りから切断された彼女の右腕が、あの巨大な戦斧を握った状態で床に落ちているのだ。 自身に何が起ったのか解らないと言った表情で、彼女は己の右腕の在った方向を見ていた。忘我の域に、彼女は在った。 痛みすらも遅れさせる、美貌と言う名のメフィストが使う天然の麻酔に、未だに彼女は酔っていた。  何を以て、シャドウラビリスの腕を切断したのか、ウェザーには解らない。 しかし、世紀王として優れた身体能力を誇り、マイティ・アイと言う千里眼を持ったシャドームーンは、何が起こったのかを理解していた。 番場真昼の四肢を治した、あの針金だ。あの針金を目にも見えない程の速度でシャドウラビリスの腕に巻き付かせ、これを高速で収縮させて彼女の腕を斬り落としたのだ。 彼らは、知らない。メフィストの針金細工と言う名前の技術が、嘗て彼のいた魔界都市<新宿>に於いて、どれ程恐れられ、同様の魔術や奇術を用いる人物から、 尊敬と嫉妬の念で見られていたのかを。彼の腕に掛かれば、ビルですらも容易く輪切りに出来るのだ。 「眠りたまえ。君の主が、その目を覚ますまで」  そう言ってメフィストは、キョトンとするシャドウラビリスの眉間に指先を突き付ける。 彼女の目線が、彼の指先に集中した瞬間、突き付けられた右手全体から、白色の電光がスパークし、彼女の身体を包み込んだ。 「ギィッ……!!」と言う声を上げて、衣服ごと彼女の身体は黒焦げになり、俯せに倒れ込む。 数時間前に消滅一歩手前まで痛めつけられ、再び十全に回復したのに、今また気絶する何て、不器用で哀れな奴だなと、ウェザーは少しだけ同情の念をこのサーヴァントに覚えた。 「必要なものは全て見せた。これ以上は見せん」  ウェザーらの方に向き直りながら、メフィストは告げる。 「この少女とバーサーカーを我が病院に搬送しようと考えたのは、君の入れ知恵だな? セイバー」 「知らんな」 「咎めている訳ではない。対価も頂いた、さしあたっては感謝しよう。但し、肝に銘じておくが良い」 「何だ」 「私と、愛し子とも言うべき我が患者と、我が病院に仇名す者は、神であろうと魔王であろうと、辺獄(リンボ)からゲヘナ、エデンの園に至るまで。 この世の果てに逃げようとも追い詰めて、世界に存在したと言う痕跡すら残さず、私は滅ぼすつもりだ」  メフィストと、シャドームーンを取り巻く空間が、陽炎めいて歪む。 殺気の光波は、歪んだ空間の中を走り始め、その空間の中だけ、黒雲が満ち、稲妻が荒れ狂うのではないかと言う程の、敵意と殺意のぶつかり合い。 まともな人間がこの空間の中に足を踏み入れようものならば、その瞬間、狂死の運命が待ち受けているに相違あるまい。ウェザーですら、正気を保つので精一杯であった。 「帰りたまえ、セイバー、そしてその主よ。次会う時は、敵の関係にならないように祈っておこう。我が腕が、君の力の源である霊石を破壊するような関係にならない事を」 「俺も、その白いケープごとその美しい身体を断ち切らない事を祈るだけだ。その様な関係は、望むべくではない」  本心で言っているのかどうか。誰にもそれは解らない。 「結構。受付に戻りたまえ。代金を払ってな」 「解った。帰るぞ、マスター」 「……ああ」  言ってシャドームーンを霊体化させ、ウェザーは、応接間から去って行った。 その時に一瞬、掛け時計の方にウェザーは少しだけ目線を移動させた。時間にして、朝の七時。 応接間に入ってからメフィストと言葉を交わしてから、十分程度しか経過していない事になる。 とても信じられない。時間の流れが、狂っているとしか思えない。ウェザーは三時間も、あの魔界医師達と話しこんでいたような気分が、今も抜けないのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「二千円か……何て言うか、マジでイカれてるな」  メフィスト病院から外に出るなり、ウェザーは一人ごちた。 二千円、この値段が何を意味するのか。それは、メフィストが直々に、番場真昼とシャドウラビリスを治療した、診療費だ。 保険証を持っていないウェザー……、と言うより、あれだけの治療に本当に保険証が通用するのか疑わしい所であるが、 兎に角、死と消滅の境を彷徨っていた真昼とシャドウラビリスにあの治療を施しておいて掛かった値段が、この料金である。 余りにも良心的過ぎて逆に不気味で、恐怖すら覚えてしまう。この良心の裏に何らかの下心があるのならば、人間的で可愛い方であるが、それすらもない。 人間のエゴや欲求と言うものを極限まで無視した、メフィスト病院の医療対価に、ウェザーは明白な寒気を憶えていた。  しかも、今ウェザーが持っている紙袋よ。 これは本来ならば退院患者のみに与えられるメフィスト病院の贈答品なのだ。今回は特別にメフィストが便宜を計らい、ウェザー達にも与えられた。 中身は『せんべい』だ。オーソドックスな塩せんべいや海苔せんべい、ざらめが塗されたそれ等、様々な種類のせんべいが複数袋詰めにされたそれであった。 余りにも至れり尽くせりなその姿勢。いっその事、完全に敵とした回った方が、まだ納得する主従の方が多いのではないか? 【で、セイバー。お前から見て、あのメフィストって言う男は、どう見えたよ】 【噂を聞くだけでは、破綻者以上のイメージは抱けなかった。実際に言葉を交わした今では――】 【今では?】 【狂人だ。それも、恐ろしく筋骨の通った、な】  シャドームーンですらが、自分と同じイメージを抱いていると知り、ウェザーはほっと胸を撫で下ろした。 このセイバーから大まかな噂を聞くだけでも、頭がおかしいとしか思えなかった、ドクターメフィストの逸話の数々。 その伝説の姿を目の当たりにし、ウェザーが抱いた感想は、狂気の世界の住民以外の何物でもなかった。 自らの病院と、彼に救いを求めた患者のみしか見えておらず。彼らには慈母の如き愛情を与える一方で、健常者には悪魔の如くに一切の容赦もない男。 魔界医師の顔が、ウェザーらの脳裏に過った。瞼を閉じるだけで、あの男の姿が焼き付いているかのようだ。「病める者が好きだ」と言った、あの狂人の相貌が。 【今後、あの先生とコトを争うつもりはあるか?】 【今はない。俺達の、メフィストと言うサーヴァントと奴の神殿である病院の設備がどの程度のものなのかを見極める、と言う目的は確実に見抜かれていた。 これは推測だが、あの男は持てる技術の二割も、バーサーカーとそのマスターの治療に当てていない。俺達の意図を察していたからだろうな】 【……あれで底を見せていないのか】  普通の医者ならば見るだけで匙を投げ、葬式屋にでも連絡をし葬儀のパンフレットを遺族に送るよう催促してしまいそうだった、 真昼の傷をいともたやすく治したあの手腕。アレが全力でないとなると、本気を出せばそれこそ……死者すら蘇生させられるのではと、ウェザーが思うのも、無理はない事だろう。 【あのキャスターは正気ではないが、言った事を絶対に違える性質ではない事は言葉を交わして解った】 【ああ、それは俺も理解した。あのキャスターの言葉に……嘘偽りは、全く感じられなかった】 【これはある種危険な賭けだが……もしかしたらあの施設、怪我を負った際に体の良い治療屋として利用出来るかも知れん】 【……本気か?】  駐車場を歩いて移動していたウェザーが立ち止まり、シャドームーンの正気を今度は疑いに掛かった。 【この病院がサーヴァントの手による者だと言う事は、少し考えれば誰でも解る事だ。そして少し努力すれば、この病院の狂気染みた良心さも解る筈だ。 だが、実際にあのキャスターの姿を見ず、話しこんでもいない人物が、『聖杯戦争の参加者にも同様に振る舞う』と、果たして信じられるか?】  無理である。サーヴァントが運営する病院と解った以上、真っ当な神経の持ち主ならば、入院して無防備な所を殺しに掛かるのでは、と疑うのが当たり前だからだ。 【だが、実際に違うと言う事を俺達は理解している。これは推測だが、メフィスト病院の院長の方針を概ね正しく理解出来ているのは、今の所俺達以外に存在しない。 サーヴァントが運営する病院であると言う事実を忌避して、この病院の世話になりたくない主従も、今後当然出て来るだろう。これは非常に大きい。 お前も見ただろう、あのキャスターの卓越した医療技術。あの男は病院と、自身の患者に手出しさえしなければ、俺達ですら治療し匿うだろう。 あの病院の性質と、その技術の高さから、何が言えるか? それは、『多少無茶な傷を負っても、この病院に来れば治療して貰える』と言う事だ】 【要は、他の主従が手負いになってひいひい言ってる所を、俺達は手傷を負えばこの病院に足を運んで、直に回復させて貰い、また鉄火場にGO出来る、って事か?】 【そうなるな】  成程、確かにそれは凄まじいアドバンテージだ。 聖杯戦争は何日で終結するかも解らない上に、<新宿>のこの狭さだ。交戦回数も数多くなるだろう。 現にウェザーらは聖杯戦争が開催される前に、バーサーカー達と交戦した程である。全員殺し尽すのがこの主従の究極目標だが、同時に、 消耗もなるべく抑える事も念頭に入れておかねばならない。特に終盤戦は、互いに消耗も激しく、切り札である宝具もおいそれと発動出来ない状況が起こるだろう。 そんな中でメフィスト病院の治療を受け、肉体的にも魔力の総量的にも十全となった自分達が、どれ程優位な立ち位置に立てるかは、考えるまでもない。 確かに、こう言う状況は、この主従の理想とする所であろう。 【尤も、俺もあの病院を頼る事を前提とした戦いはしたくない。可能なら手傷を負う事無く、相手を殺す。それが理想だ】 【ああ、そうだな】  だが流石に、シャドームーンは気位の高いサーヴァントだった。 メフィスト病院に甘えるような戦い方を良しとせず、世紀王と謳われたその実力を以て、相手を完膚なきまでに殺戮する。 その様な在り方をこそ、彼は良しとしていた。 【……だが、実際にあの病院の内部に足を踏み入れて、解った事が一つある】 【何だ?】 【真の脅威は、別にあったと】 【……本当の脅威?】 【俺は、今日のこの時に至るまで、あのメフィストと言うキャスターこそが、あの病院を攻略する上で、一番の難敵だと理解していた】  【だが、違う】 【奴も確かに、比類稀なる強敵だ。だが……『奴のマスター』。あれが一番、警戒するべき存在かも知れん】 【メフィストのマスター?】  その姿をウェザーは思い出そうとする。 黄金の糸のように美しい、黄金色の髪型。妖しい光を湛えるオッドアイ。ウェザーが一生涯働いても手に入らない程の値段の、仕立ての良いブラックスーツ。 メフィストを引き当てたマスターだけあり、ただ者ではない感は確かにあったが、それだけ。寧ろあの場においては、メフィストの存在感の強さで、 極限までその存在が薄められた、目立たない人物以外のイメージを、ウェザーは抱けずにいた。 【メフィストがどんな美貌の持ち主だろうが、例え人間ではなかろうが、卓越した魔術と医術の腕前の持ち主だろうが……『奴はサーヴァントだから』。これだけで全て納得が行く】  当然だ。人類の常識の埒外の技術を持った存在こそが英霊になり、そして、サーヴァントとして聖杯戦争に招かれるのだから。 人智を逸脱した魔術と医術の技を持ったメフィストが今更、人間ではないと言われても、誰も驚かない。 【だが……マスターの場合はそうはいかない。マスターが人間以外の存在となると、話は変わってくる】 【あのジェントルマンは、人間じゃないとでも?】 【解らん】 【あ?】 【人間か如何かすらも、解らなかった】  シャドームーンはあの病院の姿を初めて捕捉した時から、今日初めて内部に侵入した時まで、マイティ・アイでつぶさにその内部を見極めようと観察していた。 結果は、失敗。病院自体に、極めて高度な霊的かつ空間・魔術的な防衛措置が施されているせいで、その全貌が全く確認出来ないのだ。 ゴルゴムが十万年以上も培ってきた科学力の結晶体であるシャドームーンですら、一階の様子を透視するだけで精一杯であったと言えば、その恐ろしさが知れよう。 しかしそれも、あの魔界医師が手掛けた病院だから、と言う理由で、乱暴ではあるがまだ説明も出来る。  ――説明が出来なかったのは、マスターであるあの男、ルイ・サイファーをマイティ・アイで観察した時だった。 解らなかった。人間か如何かすらも。ゴルゴムの技術の粋である千里眼が弾き出した、男の正体は『ERROR』。 何を以てその肉体が構成されているのか。そして、男が何を得意とし、如何なる身体的特徴を持っているのか。その全てがエラー。 解析不能だったのだ。これは初めての事柄であった。あのメフィストですら、人間ではないと言う事実が辛うじて理解出来たと言うのに、 あのマスターに関しては、一から百まで全てが解析不能の結果を弾き出したのだ。其処にシャドームーンは、一抹の不安を覚えた。 【あのサーヴァントを呼び出すマスターだ。真っ当な精神の持ち主でない事は容易に想像出来る。真に警戒するべきは、あの男かも知れん。覚えておけ】 【理解した】  このセイバーが言うのであれば、恐らくは本当なのだろう。 不敵な笑みを浮かべるだけで、全く会話にも乗って来なかったあのマスター。あの態度は、演技なのだろうか。 そんな事を思いながら見上げる<新宿>の夏の空は、鬱屈としたウェザーの心境に反して、何処までも澄んで輝いていた。 そう言えば朝飯を食ってないなと思い、メフィスト病院からもらったせんべいを、歩きながらウェザーは取り出した。 その後で、毒が入っていないか、不安に思うウェザー。マイティ・アイで分析した結果、毒は入っていないと、シャドームーンの念話が頭に響いた為、袋を開封。 ざらめのついたせんべいを齧る、ウェザーなのであった。 ---- 【四谷、信濃町(メフィスト病院前)/1日目 午前7:00分】 【ウェス・ブルーマリン(ウェザー・リポート)@ジョジョの奇妙な冒険Part6 ストーンオーシャン】 [状態]健康、魔力消費(小) [令呪]残り三画 [契約者の鍵]無 [装備]普段着 [道具]真夜のハンマー(現在拠点のコンビニエンスストアに放置)、贈答品の煎餅 [所持金]割と多い [思考・状況] 基本行動方針:元の世界に戻り、プッチ神父を殺し、自分も死ぬ。 1.優勝狙い。己のサーヴァントの能力を活用し、容赦なく他参加者は殺す。 2.さしあたって元の拠点に戻る。 [備考] ・セイバー(シャドームーン)が得た数名の主従の情報を得ています。 ・拠点は四ツ谷、信濃町方面(南元町下部・食屍鬼街)です。 ・キャスター(メフィスト)の真名と、そのマスターの存在、そして医療技術の高さを認識しました。 ・メフィストのマスターである、ルイ・サイファーを警戒 【シャドームーン@仮面ライダーBLACK RX】 [状態]魔力消費(小) 、肉体的損傷(小) [装備]レッグトリガー、エルボートリガー [道具]契約者の鍵×2(ウェザー、真昼/真夜) [所持金]少ない [思考・状況] 基本行動方針:全参加者の殺害 1.敵によって臨機応変に対応し、勝ち残る。 2.他の主従の情報収集を行う。 3.ルイ・サイファーを警戒 [備考] ・千里眼(マイティアイ)により、拠点を中心に周辺の数組の主従の情報を得ています。 ・南元町下部・食屍鬼街に住まう不法住居外国人たちを精神操作し、支配下に置いています。 ・"秋月信彦"の側面を極力廃するようにしています。 ・危機に陥ったら、メフィスト病院を利用できないかと考えています。 ・ルイ・サイファーに凄まじい警戒心を抱いています。 ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「中々面白い主従だったじゃないか」  院長室に戻るなり、ルイ・サイファーは面白そうな表情でメフィストの方に語り掛けた。 「人を値踏みする意図が気に食わん。あの性根故に、いつかは滅びるだろう」  黒檀のプレジデント・デスクに向き直り、メフィストが口にした。 此方の医療技術と実力を拝見させて貰おう、と言う意思がありありと伝わる主従であった。 この程度で事を荒立てるメフィストではないが、敵対するとなれば、容赦はしない。幸いにもあのセイバーは相当な切れ者であった為、この場で戦う事を良しとせず、引きさがったが、次出会う時はどうなっているか、想像も出来まい。  番場真昼/真夜は意識を取戻し次第、搬送した病院三階の個室から即日退院させるつもりであった。 通常あれ程の怪我を負った者は一日二日、時間を置いてから退院させるのが常なのだが、メフィストが直々に治療した場合は、意識を取戻し次第即座に退院だ。 理由は簡単で、それだけメフィストの医術が芸術的で、そして、完璧だからだ。健康な者を何時までもこの病院に留め置く必要はない。次の患者の為に、席を譲らせてやるべきである。  一方シャドウラビリスは、メフィスト病院の地下階の一室に、全身に針金を撒き付けた状態で監禁させてある。 暴れられたらコトであるからだ、と言う事は言うまでもない。メフィストが操る針金は、余程筋力に優れた存在ない限りは先ず断ち切れない。 それにあのサーヴァントは、霊体と霊核こそメフィストが用意したアストラル体で回復させられたが、今度はメフィストの手によって、 宝具が発動出来ないレベルまで魔力を徴収されていた。あのバーサーカーの宝具が何かは解らないが、これも暴走対策である。 真昼が退院させる時には返すつもりであるが、それも、シャドウラビリス次第と言うべきだ。 「ところで、メフィスト」 「何か」 「あの主従と戦って、君は勝てると思うかい?」  普通の聖杯戦争に参加した普通のキャスターには到底聞ける訳もない質問だ。余りにも結果が見え透いていて、馬鹿らしい問だからだ。 キャスターは三騎士が固有スキルとして保有する対魔力の影響で、その魔術の殆どが意味を成さないクラスであり、より端的に現実を言い表すのならば、 始る前から勝負の殆どが付いている状態と言っても過言ではないのだ。当然メフィストも、その対魔力スキルの存在を理解していて―― 「この病院の中ならば勝てるだろうな」  理解していてなお、この言葉だった。 「では、病院の外では?」 「良くて半々。悪くて、此方の勝率は四割だろう」  メフィストの目は節穴ではない。 現代科学では、いや、事によったら魔界都市の科学技術を以ってしても再現出来ない程の技術と魔術で、あのセイバーが生み出されている事を、この美貌の医師は見抜いていた。 そして、自分が懸想する、黒コートの魔人。魔界都市を体現する、“僕”と“私”の二つを使い分ける妖糸の男に引けを取らぬ難敵である事を。 それと解っていても、この自信。いや、この男ならば、或いは……? そう思わせる程の凄味が、魔界医師には、満ち満ちていた。 「成程」  それと聞いて、ルイは不敵な笑みを再び浮かべるだけ。 この質問の意図の方が、メフィストには掴めない。悪魔の考える所を理解出来る所は、その悪魔当人か、同じ悪魔のみ。 自分には理解するのはまだ早いのだろうかと、メフィストは静かに思考の海に潜り始めた。 「さて、メフィスト。『先程』の続きだ」 「……フム、そう言えばそうだったな。予定外の客人のせいで、すっかり忘れていた」  それまでエクトプラズムの椅子に腰を下ろしていたルイが立ち上がり、黒檀のデスクの方へと近付いて行く。 メフィストの方に手を差し伸べ、それを見るやメフィストは、ケープの裏地から一本のメスを取り出し、それをルイに手渡した。  ――そしてそれで、何の躊躇いもなく、ルイは己の左小指を斬り落とした。  机の上に湿った音を立てて落ちる小指。 嗚呼、見よ。ルイの小指の切断面を。その切断面は、色の濃い墨を塗った様に真っ黒ではないか。 身体の中に宇宙が広がっているような暗黒が、その切断面から見えるではないか!! 赤い血も溢れ出ない、痛がる素振りも見せはしない。 これこそが、メフィストのマスターである魔人、ルイ・サイファーが、人間ではない事の証左ではあるまいか!! 「ふむ……これだけの大きさの指ならば、先ず失敗する事はなくなるだろうな。それに喜びたまえ、情報の量は作成速度と比例する。この量ならば、一時間程で完成するぞ」  「そうと解っていれば、初めから私の毛髪ではなく、指を差し出すべきだったな」 「全くだ。それ程痛がる素振りも見せないのならば、小指の一つや二つ、訳はないだろう」  凡そ医師が口にする言葉とは思えない発言を受けても、ルイ・サイファーは笑みを強めるだけ 痛覚と言う神経が、初めから身体に通っていないとしか思えない程の豪胆ぶり。それを発揮しているのが、目の前の優男風の紳士であると言う事実。 此処は魔界だった。常人が足を踏み入れるべきではない、異界の理をこそが全てを統べる、事象の外の世界だ。 「エラーのせいで流出し、現実世界と固着してしまった私の固有結界のせいで、不利益を被るマスターの為だ。責任を以て、ドリー・カドモンと共に所望した、もう一つの品。製作をさせて貰おう」 「私に命令されたから製作する、と言う言い方は良くないぞ、メフィスト。君自身も、興味があるのだろう? なぁ、魔界医師。溢れ出る無限の知識欲を抑えきれぬ、欲深き魔人よ」  その繊指が、ルイ・サイファーの小指を摘まんだ。 白く艶やかな指が摘まむのは、人間の身体から分離された一本の小指。そのアンビバレンツが、驚く程グロテスクで、耽美的で、見る者の目線を捉えてやまない。 「悪魔の力の純然たる結晶、『マガタマ』。初めて聞く呪物だが、面白い。それを、況してや、彼の大魔王の身体から創れるのだ。面白くない筈もないだろう」 「おっと、その名前を出すのはルール違反だ。私はただの、君の病院のパトロンだ」  何処までもこの男は、自分を人間だと偽り通すつもりらしい。 先程の応接間の時も、シャドームーンが、信じられないと言った様子で自分達の事を見つめていた事に気づかぬ程、愚鈍な男でもあるまい。 「付いて来たまえ。マガタマを用意するついでに、失った小指の義指を用意しておこう」 「その配慮、有り難く承ろう」  言ってメフィストもルイもその場から立ち上がり、院長室から退室する。 両者の向かう先は、共に暗黒。共に虚無。共に■■。■■■■。 ---- 【四谷、信濃町(メフィスト病院)/1日目 午前7:10分】 【ルイ・サイファー@真・女神転生シリーズ】 [状態]健康、小指の欠損 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]ブラックスーツ [道具]無 [所持金]小金持ちではある [思考・状況] 基本行動方針:聖杯はいらない 1.聖杯戦争を楽しむ 2.???????? [備考] ・院長室から出る事はありません ・曰く、力の大部分を封印している状態らしいです ・セイバー(シャドームーン)とそのマスターであるウェザーの事を認識しました ・メフィストにマガタマ(真・女神転生Ⅲ)とドリー・カドモン(真・女神転生デビルサマナー)の制作を依頼しました ・?????????????? 【キャスター(メフィスト)@魔界都市ブルースシリーズ】 [状態]健康、実体化 [装備]白いケープ [道具]種々様々 [所持金]宝石や黄金を生み出せるので∞に等しい [思考・状況] 基本行動方針:患者の治療 1.求めて来た患者を治す 2.邪魔者には死を [備考] ・この世界でも、患者は治すと言う決意を表明しました。それについては、一切嘘偽りはありません ・ランサー(ファウスト)と、そのマスターの不律については認識しているようです ・ドリー・カドモンの作成を終え、現在ルイ・サイファーの存在情報を基にしたマガタマを制作しようとしています ・そのついでに、ルイ・サイファーの小指も作る予定です。 ・番場真昼/真夜と、そのサーヴァントであるバーサーカー(シャドウラビリス)を入院させています 【番場真昼/真夜@悪魔のリドル】 [状態](魔力消費(絶大) 、各種肉体的損傷(極大) 、気絶、脳損傷、瀕死、自立行動不能)→健康、睡眠中 [令呪]残り零画 [契約者の鍵]無 [装備]ボロボロの制服(現在全裸) [道具] [所持金]学生相応のそれ [思考・状況] 基本行動方針:真昼の幸せを守る。 1.- [備考] ・ウェザー・リポートががセイバー(シャドームーン)のマスターであると認識しました ・本戦開始の告知を聞いていません。 ・拠点は歌舞伎町・戸山方面住宅街。昼間は真昼の人格が周辺の高校に通っています。 ・メフィスト病院三階で眠っています。一日目が終わる頃までには、意識を取り戻すでしょう 【シャドウラビリス@ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ】 [状態](左腕喪失、腹部損壊 霊体損壊(大)、魔力(キングストーン由来)最大充填)                     ↓                    健 康                     ↓    右腕喪失、電撃によるダメージと火傷、全身を針金による束縛、魔力消費(極大) 令呪による命令【真昼を守れ】【真昼を危険に近づけるな】【回復のみに専念せよ】(回復が終了した為事実上消滅) [装備]スラッシュアックス [道具] [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:全参加者及び<新宿>全住人の破壊 1.全てを破壊し、本物になる 2.苦しい [備考] ・セイバー(シャドームーン)と交戦。ウェザーをマスターと認識しました。 ・シャドームーンのキングストーンが生成した魔力を供給されましたが、代償として霊体が損傷しました。 ・霊体の損壊は何の処置も施さなくても、魔力を消費して半日ほどで全回復します。 ・メフィストが何者なのかは、未だに推測出来ていません。 ・現在暴走対策の為に地下で監禁されています。
 聖杯戦争の始まりを告げる喇叭の音が、契約者の鍵を通じて投影されるホログラムと言う形で嚠喨と<新宿>に轟いたのは、今から数えて六時間と半前の話だった。 この日から、<新宿>で巻き起こる聖杯戦争に纏わる騒動はより激化の一途を辿り、この魔都を覆う黒雲は更に色濃く分厚くなる事であろう。 <新宿>にて胎動する魔の鼓動は、より大きく、より忙しないものになるだろう事は、きっと、契約者の鍵を見た者は思うに間違いあるまい。  ――この主従は、そんな、激戦の予感が齎す緊張感とは、無縁の二人であった。 まるで契約者の鍵が与えた、聖杯戦争の開始の旨など知らぬ存ざぬ、と言った風に、彼らは平然とした態度を崩しもしない。  一人は、神が座る高御座(たかみくら)の如き至上かつ至福の座り心地を与える、エクトプラズム製の椅子をリクライニングさせながら、部屋の天井を見上げる男。 墨の様に黒いブラックスーツを嫌味なく着こなしたその金髪の紳士は、数百m頭上の天井に建て付けられた天窓から差す、夏の朝の光を見ながら、不敵な笑みを浮かべていた。 雲の動きと、風の流れだけで、一日所か一週間、一ヶ月は楽しんで見ていられるのでは、と思わざるを得ない程の、異常な何かが、彼からは感じられた。  もう一人の男は、値段すら付けられない程の価値を誇る、黒檀のデスクに向かって座っていた。 ブラックスーツの男は対照的に、白いケープを身に纏った男……と言うだけならば、それだけである。より詳しく言えば、彼は、二人がいる病院の院長であった。 そして、余りにもその男は美し過ぎた。天の彫刻師が生命を掛けて彫り上げた様な美貌の持ち主と、嘗て魔界都市の住民は彼を見て思った。 白いケープに覆われた右手には魔界の力が宿り、メス所か錆びついたナイフ1本で如何なる悪疫をも治すのだと、魔界の住民は口にした。 男が学んだ技術が、病を祓うのか。それとも――男の美しさが、病魔を灼くのか。この男に関して言えば、美が病を滅ぼすのだと説明しても、皆が納得するであろう。  黒いスーツを着た紳士は、自らの事を『ルイ・サイファー』と呼んでいた。 白いケープを纏う白い魔人は、己のクラスを表す言葉であるキャスターではなく、己を『メフィスト』と名乗っていた。 聖杯戦争の火蓋が正式に切って落とされた、その事を認識してもなお、男達には気負いも緊張感も見られない。 遠坂凛の主従と、セリュー・ユビキタスの主従に纏わる情報も、彼女らを倒せば令呪が貰える事も、勿論把握している。 把握してもなお、ああそうなのか、以上の感慨を彼らは抱かない。現代の服装に身を包んだ王侯貴族こそが、彼らの事なのだ、と感じずにはいられない。 その様な気風が、彼らの身体からは放出されているのであった。 「君の街にも、朝の光は降り注ぐのかね、メフィスト」  エクトプラズムの椅子に大胆に背を預けながら、ルイは訊ねた。 「魔界と呼ばれた都市にも、陽は昇り、暁光は差す。君の故郷は如何だったのだ?」 「遮光性の高い気体で構成された雲に天空が覆われていてね」 「大変な事だ」  口にした言葉は以下の通りだが、毛ほどの感情も籠っていない。本気で受け取っていない事は明白だった。 「他に、言いたい事があるのではないのか? マスター」  敵わないな、と言った風に肩を竦め、ルイは上体を起こしながらこう言った。 「頼んだ物は出来たのかい?」  笑みを絶やさずルイは訊ねるが、そのオッドアイには、一瞬だけ、危険な色の光が宿った気がした。 「二つの内一つは」  ただ単に事実のみを告げるだけの、そんな声音。この男はきっと、癌ですら、このような口ぶりで患者自身に告げるに違いないだろう。 「アダム・カドモン。君は私にこれを所望したな」 「正式名称は『ドリー・カドモン』だ。その名称は改めた方が良い」 「アダム、と言う名前はお嫌いかね?」 「無神論者だからな」  あくまでも、自分は人間である……と言う設定を、この男は貫くらしいな、と。 メフィストは心中で考えた。この男には、ルイの正体など、最早筒抜けであると言うのに。尤も向こうも、そんな事は当然解っているのだろうが。 「メフィスト病院の中であろうとも、流石にこれを作るのは骨が折れた。設計図もない、基本理念も解らない。私の想像と独断で、神の現身を作るのは苦労した。いや、君に言わせれば、魔の雛形と言った方が良いのか」  世界で最も知られている、人類創世神話の雛形の一つである、アダムとイヴ。アダムとは、本来は『赤土』と言う意味の言葉であった。 彼は神が土を捏ね、其処に命を吹き込む事で生まれた存在である事は世に知られる所であるが、この話からも分かる通り、土と命は密接な関係にある。 土とは大地、即ち作物を実らせる畑であり田であり畝の事。この事から、土が命と結び付けられるのは、当然の運びであった。 アダムとイヴの寓話以外には、ギリシャ神話の偉大なる大地母神ガイアは、単体で天空神ウラノスを生み、様々な巨人族を生み出した逸話が象徴的であろうか。 また土とは、肉も象徴していた。大地や天空、果ては星辰や宇宙の起源を、一人の巨人や怪物の肉体で説明した神話は珍しくない。 北欧神話の原初の巨人であるユミル、バビロニア神話の巨龍ティアマト、中国神話に於ける大地の化身である巨人盤古。彼らの身体は、人や神が住まう世界の土台になった。 土とは命であり、肉である。これらのイメージから、土を利用した魔術を、人が編み出すのも当然の理であった。 最も有名なのは、ユダヤの民に伝わる魔術体系であるカバラの奥義、ゴーレムであろう。これは明白に、アダムのエピソードの影響を受けている。  ゴーレムの作成自体は、メフィスト自身は目を瞑っていても出来る程である。 何せこの男は、ホムンクルスを己が意のままに作成し、病院の従業員として補填する事が出来る程なのだ。 土人形の一つや二つ、作る事は訳はない。が、メフィストを呼び出してから幾日か経過した頃、ルイがメフィストにリクエストした品は、そのゴーレムの百歩先を往く代物だった。  アダム・カドモンとはその名が示す通り、聖書に出てくる始まりの男がモチーフになっている。 但しこの代物は、同じカバラの奥義の一つであるゴーレムとは一線を画した、別次元のものなのである。 アダム・カドモンとは即ち、神がアダムを創造する以前に、神が自らを物質界に投影しようと形作った原初的な人間であり、 神の写し身として完璧な知性と能力を兼ね備えた存在なのである。いわば神が宿るに相応しい依代であり、生命の源なのだ。 カバリスト達の究極の目標の一つが、自己研鑽の末のアダム・カドモンとの同一化だ。 アダム・カドモンを目指して、今日もカバリスト達はセフィロトの樹の謎を解き明かそうと。数秘法(ゲマトリア)や省略法(ノタリコン)、文字置換法(テムラー)を学ぼうと、努力を積み重ねているのである。 「ところで、マスターは私にこんな物を作らせて、『神』の罰が恐ろしくないのかね?」 「君らしくないなメフィスト。君も良く解っている筈だ。神は愚かで、つまらん男だ。生命の法は人には犯しえないと、神の方からタカを括っている以上、罰せられる事はあるまい」  この程度のカマかけは無駄かと、メフィストも予想はしていた。 諸人は言う。命を作ると言う領分は、人が絶対に足を踏み入れてはいけないエリアである、と。 生命の創造は造物主(つくりぬし)である神の手によってのみ独占されるべき事柄であり、人が手を出して良い領域ではない。 其処に手を出そうものなら、火傷では済まされない。神から子々孫々、転生の果てまで消えぬ地獄の罰が与えられる。彼らはそう思っているのだ。 しかし、カバリストも錬金術師も、その奥義を学ぶ内に知るのである。神は、人が生命の分野に手を出したとて、罰する事はあり得ないのだと。 理由は単純明快。そもそも生命の法を人は犯せないからである。生命の法を破る、それはつまり、新たなる命を生殖行為を経ずに生み出す事だ。 それが、人間には出来ない事を神はよく知っている。人は己の手で、新たなる命を作れないのだ。そしてそれは、メフィストもよく知っている。 精々人間に出来る事は、既存の動物を繋ぎ合わせて作ったキメラを作るか、ホムンクルスや既存の人間の細胞情報から人造人間をつくる程度の事しか出来ない。 これらの魔術の奥義は、神が新たなる命を生み出す奇跡とは根本から異ならせるものである。神の奇跡には程遠い。 人は命を無から創りだす事は出来はしない。だからこそ、『人』が生命の法を破る事など端から出来ない。神が、そうタカを括っている。故に、人は生命の則(のり)に手を伸ばそうと、人は罰されないのである。  ――だがそれは、『人』が生命の法に手を伸ばした時の話である。 ……この男の場合は、果たして如何に? 黒いスーツの完璧な紳士。いや、六枚の翼を背負った、魔その物であるこの男の場合は。 「それで、メフィスト。君が創りしカドモンの出来栄えを、私に自慢してくれ。君の自慢話は中々に面白い」 「本来の予想された意図のアダム・カドモンは、これと言った製作法も理念も不鮮明が為に、私でも作る事は不可能だった。況してや今はサーヴァントの身。如何に我が病院の中であろうとも、こればかりは私にも出来ないだろうな」  カバリストは何故、アダム・カドモンを作るのか。この人の雛形に宿るのは、神の力と知恵である。つまり、全知全能の一端だ。 これとの合一化が、彼らの目標であるのならば。カバリスト達が求める所も、とどのつまりは一つである。 そこは、真理の地平であり、究極の知識が渦巻く所であり、全ての原因であり、この世総ての事象のゼロ地点である。つまり、『根源』だ。 神の知識を以てすれば、成程確かに、根源と呼ばれる地平に到達する事は、夢物語ではないだろう。しかしそれは、メフィストに言わせれば賢いやり方ではない。 前述の様に人が新たに生命を作り出す事は不可能に等しい事柄であるのだ。しかも此処に、神の知識と力を宿したとなると、不可能に等しいが『不可能』に変わる。 無論、カバリスト達がアダム・カドモンを求める過程で発見した様々な知識と、カバラの奥義自体は素晴らしいものである。 しかし、根源への到達を究極目標とするのであれば、他にやり様はある。生命の法経由でその場所に足を運ぼうとするのは、正しい事柄とは言えなかった。 「だが、近づける事は出来たのだろう?」 「肉体の性能と、初期の知能レベル及び物事に関する習熟度を高め、異能を発現させやすい回路を設定させただけだ。到底、人を作る奇跡には及ばない」 「それでも構わないさ」 「君に語るまでもない事だが、アダム……いや、ドリー・カドモンはこれ単体では触媒以外の何物でもない。アダム・カドモンもドリー・カドモンも。 物の質こそ違えど、結局この二つは、『神或いは高次存在の依代』であると言う共通の目的がある。つまり、『存在の霊的情報』を固着させねば、私の創りしカドモンも、所詮はただの土塊で出来た人形でしかないのだ」 「アテはあるだろう。ドリー・カドモンに、情報と言う名の生命の息吹を与える方策が」 「君の言っている事は正しいし、九割九分九厘の確率で、あの土塊達は命を得るだろう。だが、それを行って何とする?  君の行おうとしている事は、<新宿>に混沌を齎す事だ。現状でも混迷の中にあるこの街に、要らぬ騒動を芽吹かせるつもりかね」 「何時だって歴史は、混沌の後に生まれる。良きにつけ悪しきにつけね。君も理解している所だろう」  玲瓏たる美貌には、何の感情も感慨も見られない。一切の心のうねりを感じさせぬその表情の裏で、この男は何を思うのか。 二往復程、かぶりを振るった後で、メフィストは口を開いた。 「何れにしても、マスターが所望したドリー・カドモンは、情報を固着させる依代としてならば、十分実用に耐えうるものになっている。もとより君が求めるレベルの代物は、これ位が十分なのだろう?」 「その通り。何れにしても、よく仕事をこなしてくれた。流石は、魔界医師と言うだけはある」  霊の椅子から立ち上がり、ルイは、石に刻まれた顔の様に、微笑みから変わる事のない表情をメフィストに向けて、次の言葉を投げ掛けた。 「それで、だ。私が君に頼んだ、二つの内一つ。ドリー・カドモンではない方は、如何なっているのだね」 「思った程上手く行かないと言うのが正直な所だ」 「何故だい?」 「マスターの提供物から供給出来る力の量が、余りにも少なすぎる。毛髪十本では、流石に不足が過ぎると言う物だ」 「ふむ……」  顎に手を当てて、ルイは考え込む。 「やはり、多少は身を切らねばならないか。ちなみに聞くが、現状の提供品での成功率はどれ程になる」 「甘く見積もって二%。低く見積もって一%。補足すると、五mm程の大きさの肉片ならば、成功率は七倍程に跳ね上がる」 「全く、恐ろしい事を言うな君は」  苦笑いを浮かべるルイだったが、対照的にメフィストの方は、網膜に一生その姿が焼きつかんばかりの美相を、毫も動かさずにいた。 「仕方がない、覚悟を決めるか。メフィスト」 「心得た――が、その前に。仕事があるらしい」 「ふむ」  メフィストの方に手を差し伸べたルイだったが、彼の言葉を受けて、腕を下ろした。 メフィストから見て真正面の空間に、溝が刻まれ始めた。横辺五m、縦辺三m程の長方形の形に。 その長方形の中の空間に、過去の遺物であるブラウン管テレビ等で見られた砂嵐の様なものが走り始める。半秒で、それが収まった。 すぐに砂嵐は、まるで健康的な視力の持ち主が肉眼で物を見た様な鮮明な映像に切り替わった。病院に勤務する医療スタッフの男性の一人が、その映像に映し出されていた。 「何用かね」 「外来患者です。但し相手の方は、院長先生に直々に治して頂きたいと」 「ほう。私に、か。我が病院を頼るとは嬉しい次第だが、君達ならば十分治せる筈だろう。自分達で治して見せる、と説得したまえ」  嘗て魔界都市の住民の全員が知る所であったが、メフィスト病院はそれこそありとあらゆる外傷や病魔を癒す奇跡の宮殿だった。 勤務するスタッフ、設置された医療設備。それらが全て優れていると言う所も勿論あるのだが、その中にあって、院長であるメフィストの医療技術は、別格。 撫でるだけで深さ四cmにも達する切傷や刺傷を癒してみせ、メスを使わず脳や心臓、血管やリンパ管を取り出すと言う奇跡を、この男は普通に成して見せる。 この男の手に掛かり、治らなかった患者はデータの上では存在しない事になっていた。しかし同時に、魔界都市の住民は知っている。 メフィスト自身が治療活動に当たる事は、滅多にない事を。メフィスト自身が治療行為に移る瞬間とは、己の興味を引いた病気を患った患者か、医療スタッフでは手に負えない時。 そして偶然メフィストが通りかかった所を、患者が彼に対して救いを求めた時。この三つ以外には存在しない。 <新宿>に顕現した白亜の大医宮の主は、其処で従事する優秀な医者達の事を全面的に信頼している。故に治療は彼らに任せている。そのスタンスはこの街でも変わらない。 この病院に勤務する医者ですら手を出せないか、この魔人自身が気まぐれを起こさない限りは、自分から癒しに掛かる事は、ないのである。 「そう私共も説明しようとしたのですが……」 「何か」 「……『聖杯戦争』。そう院長先生に伝えろ、と」 「成程」  メフィスト自身も、エクトプラズム製の椅子から立ち上がり、鋭い目線を、空間に刻まれたスクリーンに投げかけた。 「応接間に案内させたまえ。私も向かう」 「かしこまりました」  其処でスクリーンの内部の映像はプツンと切れ、空間に刻まれた銀幕自体も音もなく閉じ、元々の空間が広がるだけとなった。 いつものアルカイックスマイルをルイは浮かべ、愉快そうに、メフィストにその顔を向けている。 「楽しそうだな、マスター」 「とても」  短くルイが言葉を返した。キャスターの根城に聖杯戦争の参加者が乗り込んできていると言うのに、二人は至極冷静そのもの。 だからこそ二人は、この街で一番、魔界の側に近しい二人なのである。だからこそ二人は、魔人の主従なのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ――突風にあおられ、岩壁に叩き付けられる記憶。  ――湖に飛び込み、波に流され岸に戻される記憶。  ――拳銃のトリガー引いても、湿った弾丸のせいで弾が射出されない記憶。  ――街を埋め尽くすような勢いで増えて行く、カタツムリの記憶。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  目が覚めるなり、ウェザーは自らのスタンド、ヘビー・ウェザーを顕現させ、窓ガラスをそのサッシごと、風圧を纏った拳で粉々に砕いて見せた。 響き渡るかん高い破砕音。聞くだに、鼓膜が傷付き破損しかねない程の澄んだ高音が鳴り響いた。 シーツもなければ毛布もない。そのまま床に転がった状態で眠っていたウェザーの心を、起床してからの数秒間支配していた感情は、怒りだった。 この街で見る夢は――いや。記憶が取り戻してからウェザーが見る夢は、本当に苛々を助長させるそれであった。 今しがた彼が見た夢は、この世の全てに絶望し自殺を敢行しようにも、能力のコントロールが上手く出来ずにいたヘビー・ウェザーのスタンドでそれが阻止されて来た記憶。 そして、俺は死ぬ事すら許されないと言う絶望が心を埋め尽くした時に発現した、悪魔の虹の力。思い出すだけで、胸糞が悪くなる、ウェザーの見る夢の一つだった  チッ、と舌打ちし、ウェザーが拠点とする、南元町食屍鬼街に住まうチンピラに、そのチンピラの『持ち』で買って来させた缶コーヒーを一気に呷る。 二十秒と掛からずそれを飲み干した彼は、乱暴に空き缶をブン投げた。カランカランと、缶のスチールとリノリウムの床が奏でる虚しい金属音が、狭い個室に鳴り響いた。 「荒れているな」  その言葉と同時に現れたのは、銀色の鎧を身に纏った長身の男だった。食屍鬼街の入口をずっと張っていた所から、戻って来たのだろう。 肘と踵から伸びた、バッタの脚を模した突起。腰に巻き付けられた緑色に光るバックルのベルト。そして、エメラルドに似た輝きの、昆虫の複眼めいた物が取り付けられた兜。 自分の呼び出したサーヴァントであれば、その余りの威圧感と非生物的な姿形に、人々は恐れを感じずにはいられまい。 影の月の名を冠したセイバー、シャドームーンとは、他ならぬこの銀鎧の男の事であった。 「癪に障る夢を見たからな」  自分がこんな夢を見る事は、ウェザーは大分前には解っていた。 こんな腹ただしい気持ちになる位であれば、いっそ眠らぬ方がマシであると思い、一日所か二日も寝ずに過ごしていた事がある。 しかし、情報収集が粗方終わり、平時の拠点である廃墟と化したコンビニエンスストアの店長室で、休憩がてらに、夢を見ない程度に浅い時間は眠って休もうと思い、瞼を閉じたのである。その結果が、あの夢であった。  この夢は、この記憶は。自分がプッチを殺さぬ限り、徐倫達と神父を繋ぐ宿命を断ちきらぬ限り、如何にもならぬと今ウェザーは知った。 聖痕は、何があっても消せないのなら、それを刻んだ者を消せば良い。聖痕による疼きよりも、宿敵を殺した事によって晴れた気持ちの方が、勝ってくれると、ウェザーは、強く信じていたから。 「いっそ眠らん方が、聖杯戦争をスムーズに勝ち進めるかもな」 「貴様自身の意見は知らん。それよりも、情報は集まったか?」 「急くなよ、教えてやる」  二本目の缶コーヒーのプルタブを開けながら、ウェザーが口を開いた。 「結論から言えば、セリュー・ユビキタスの情報は、一切入って来なかった。代わりと言っちゃぁ何なんだが、メイド服の女の話が出て来た」 「メイド……女中の事か」 「そんな所だな。んで、その女が、ヤクザを殺し回ってるらしい」  食屍鬼街にやってくるのは、チンピラやヤクの売人が殆どだ。つまりは、アウトローだ。その中には当然、そっちの筋に関係する者も多い。 ウェザーがこの通りを中心に聞き込みを行った所、その情報を得る事が出来た。情報源は、昔とある組に所属していた若衆の一人であり、組が突如としてなくなった為に、 こんな所でウサを晴らしていたのだと言う。話を聞くに、その男の組は突如として現れたメイド服の女によって壊滅状態にさせられたと言う。 それこそ、組長から末端の構成員に至るまで、全て皆殺しであった。その男が偶然にも難を逃れた訳は、丁度組の資金調達の為シノギの周りをしていたからであり、 如何してその情報を知ったかと言うと、監視カメラに映っていた映像から、だと言う。 更にこの男が言うには、このメイド服のヤクザ殺しは<新宿>の裏社会では現在相当有名な私刑人であるらしく、一説によればもう一人。 その私刑人がいると言われているが、此方に関しては男も知らないらしく、ウェザーがそっちを知りたいと口にしても首を横に振るだけだった。 「瓢箪から駒、と言う所だな」  シャドームーンが冷静に情報を分析した。 「恐らくその女が、聖杯戦争の参加者である事はまず間違いない」 「だろうな、俺もそう思うぜ。その証拠に、簡素な服装を着た少年の二人連れだった、らしい。しかも、馬鹿みたいに凶悪そうで、化物の右腕を持っているときた」 「警戒をしておこう。俺のマイティ・アイにもその情報がない以上……、転々と、拠点を移しているのかも知れない」  「そして」、と、此処でシャドームーンが話を転換させた。 「セリュー・ユビキタスと言う女に関してだが、全く情報が見つからないと言う事実で、解った事が一つある」 「それは?」 「百二十名超も殺しておきながら、俺のマイティ・アイでも姿が見つからず、世間でも話題に全く上がらない、その理由。考えられるだけで二つある。 一つに、痕跡すらも完璧に消し去る程の殺人技術を持ったサーヴァントを従えているか。そしてもう一つ、殺した相手の関係者を全員皆殺しにしているか、だ」 「後の方の推理の理由は何だ?」 「この現代社会において、些細な情報の伝播を完全に遮断する事は、不可能に等しい事柄だ。そして情報の伝達は、常に人が受け持っていると相場が決まっている。 ならば、情報の伝達を完全に遮断するには、如何すれば良い? ……関係者を全員殺せば、当然情報は永遠に闇に葬られる」 「そう簡単に、情報を遮断出来るのか?」 「無理だ」  シャドームーンは即答する。 「余程特殊な能力を持ったサーヴァントを引き当てない限りは、人がこの世にいて、しかも、何時いなくなったかの痕跡を抹消する事は不可能だ。 少なくともこのセリューと、奴が引き当てたサーヴァントにはそのような能力はない。本当にそんな力があるのなら、 何人殺したのかと言う情報をルーラーに知られる訳がないからな。ルーラーと言えどそう言った事実を認識出来るのであれば、当然、 この主従の情報の遮断法には少なからぬ間隙がある。ならば、そう言った存在を相手取る時の調査法で、俺達も情報を洗えば良い。そうすれば、何れは奴にぶつかる」  要するに、より丁寧に情報を捜し回れ、と言う事だった。缶コーヒーを半ばまで飲んでから、ウェザーは口を開く。 「……一先ず、だ。こんな吹き溜まりの街で集められた情報は、以上だよ」 「解った。では、そろそろ時間だ」 「あぁ。解ってる」  シャドームーンが此処にやって来たのは、ウェザーから集まった情報が如何ほどの物か、聞くと言う理由もあった。 だがそれ以上に、本日最初にして、ある意味で最大の目標は、近隣に聳え立つ、無視しようにも出来るわけがない程目立つ、白亜の大病院、 『メフィスト病院』の調査なのだ。事前調査で、生前世紀王として君臨していたゴルゴムに匹敵、或いはそれ以上の脅威だと、シャドームーンは認識している。 あのシャドームーンをして此処まで警戒させる相手なのだ、ウェザーにも当然、警戒心は伝播する。  手に持った缶コーヒーの中身を、ウェザーは自分の右脇にぶちまけて捨てた。 コーヒーの茶色の液体が飛び散った先には、大きめの机の引き出しにならそのまま収容出来るのではないかと言う程、手足を圧し折られ、コンパクトになった少女がいた。 液体をかけられ、ビクッと、小さく彼女は痙攣した。コーヒーを掛けられた時の反射と言うよりは寧ろ、等間隔で起る発作の様な症状に近いだろう。 視神経ごと眼球が零れ落ちてぶら下がっている様子を見たら、余人はきっと、吐くに違いない。これでもまだ、彼女は生きている。 どんな篤志家にも、殺してやった方が寧ろ慈悲であると発言したくなる程に痛めつけられたこの少女は、番場真昼と言う。 彼女はずっと、ウェザーと同じ部屋で、混濁とした意識のまま蹲っていた。  ウェザーとシャドームーンは、死体になった方が寧ろマシである程の傷付いた少女のいた部屋でずっと、集めた情報のやり取りをしていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ガラガラガラガラと、大きめのキャリーバッグを引いて、特徴的な帽子を被った男は、白い宮殿を思わせるその建物の前に突っ立っていた。 黒色の大き目なゴミ袋を、空いた左手に持ったその様は、傍目から見れば浮浪者か何かとしか思えないだろう。 事実、この男の<新宿>における立場は、ホームレスと何ら変わりはない。実際持家もないし仮住まいもない事は事実だったからだ。 地上十階程のその建物の威容は、圧巻される。網膜が洗われるような清潔感溢れる白色で外壁の色は統一されており、シミ一つ見当たらない。 まだ朝も早い時間であるが、既に病院は開いているらしく、入り口の自動ドアにはシャッターが下ろされていない。 シャドームーンに曰く、この病院は二十四時間フルタイムで営業を行っており、深夜でも通常治療を行っているのだと言う。 病院のコンビニエンス・ストア化など聞いた事がない。これだけでもう、異常な環境だと言う事が解る。 そして、そんな異常で、凄まじくよく目立つ病院――神殿――を、こんな街中に建造し、あまつさえ一般患者の為にその門戸を開いていると言う事実が、 ウェザーは愚か、ある程度の事情を把握しているシャドームーンにすら信じられずにいた。  そう、此処こそは、シャドームーンがキャスターだと推測しているサーヴァントが建造した、敵の領地、大神殿。 メフィスト病院と呼ばれるその病院は、信濃町の街中に建てられた、白亜の大医宮なのである。 敵の領地と解ってしまうと、やはり二の足を踏んでしまうと言うものであった。 【落ち着け。患者と病院そのものに危害を加えねば、理屈の上では何の問題もない】  その情報自体は、既にセイバーから聞かされている。 そうと解っていても、やはり、緊張はする。この病院が好意的なのは、聖杯戦争とは何の接点も無い、極々普通のNPCだけなのだ。 聖杯戦争の参加者に対しても、そう言った振る舞いを行うのかどうかと言えば、それは、シャドームーンも解らない。 しかし、この病院自体の性質を見極める事が出来れば、事によっては此度の聖杯戦争を有利に勝ち進めるかも知れないのだ。 虎穴に入らずんば虎児を得ず。意を決し、ウェザーはメフィスト病院内部に足を踏み入れる。 内部の広さと、清掃の行き届いた清潔感溢れる白色の室内と言う事を除けば、其処は病院のロビーそのものであった。 受付で応対されるまで待機する為の席もあれば、ウォーターサーバーもあるし、デジタルサイネージ式の自動販売機もある。コカコーラ社製のものとサントリー製のものだった。  此処が本当に、魔術師のクラスであるキャスターの居城なのかと、疑問に思ったのは寧ろシャドームーンの方であった。 余りにも、現代の文明に染まる事に、躊躇がなさ過ぎている。此処まで開けっ広げだと寧ろ、自分の認識こそがすべて間違っているのでは、そんな思いに駆られてしまう。 【交渉に行って来るぜ】  幸いにも、今は時間帯が時間帯の為に、待合人も受け付け待ちの人間もいない。 ウェザーだけしか、今この病院のロビーにはいなかった。と言うより今は朝の六時四十五分程度だ。この時間ははそもそも、病院は開いていない時間帯だ。 それでも、受付には女性の看護士がしっかりと待機していた。 「初診なんだが」  受付に近付くなりウェザーが言った。 「はい。保険証の方はお持ちでしょうか?」 「ない」 「かしこまりました。それでは本日はどちらの診療科にご用でしょうか?」  保険証がない事を、普通にスル―された。 この病院ではこのような事は日常茶飯事なのか、それとも、サーヴァントが運営する病院だからこそ、保険証など必要がないのだろうか。 恐ろしく胡散臭いので、生前ブラックサンを追い詰めた作戦の一つである、EP党の一件をシャドームーンは思い出していた。 「診療科か……多分、外科とか内科とか、色々だ」  余りにも手ひどく痛めつけてしまった為に、どの診療科に掛かれば良いのか、ウェザーも一瞬迷った程である。 「解りました。それでは、問診から行いますので、どうぞ一階の――」 「あぁ、ちょっと待ってくれ。掛かるのは俺じゃない。それに、院長先生の手で治して貰いたいんだがな」  受付の女性が手慣れた様子で話を進めて行く為に、何時本題を切り出すか迷っていたウェザーだったが、このままでは流されると思い、 すぐに本件に話を移らせた。院長の名を口にしたその瞬間、看護士の顔が、如何にもな業務用スマイルから、怪訝そうなそれに変わって行く。 「院長の、ですか?」  この反応は、メフィスト病院でなくても自然であろう。 勤務する医者をピンポイントで指名するのならばいざ知らず、よりにもよって院長を呼んだのである。 疑い深そうな表情を浮かべて、ウェザーの身なりをまじまじと確認するのは、無理からぬ事であった。 「聖杯戦争、そう院長先生に伝えて欲しい」  言って、ウェザーは待合席の方に向かって行き、自分は何も間違った事は言っていないと言うような態度で、其処に腰を下ろした。 聖杯戦争の名を出すのは、ウェザーは悪手だと思ってはいなかった。事実シャドームーンも、念話でウェザーの事を咎める事を全くしていない。 理由は簡単である、この病院に勤務するスタッフの殆どが人間ではない存在だと言う事が、マイティ・アイの千里眼で割れており、その事実を予め伝えていたからだ。 病院に勤務するスタッフから、外の植え込みを手入れする用務員に至るまで、極めて高度な改造手術で肉体を強化されている。 あのゴルゴムや、クライシス帝国に匹敵する程の技術であると、シャドームーンはこの病院で施された改造手術の程を概算していた。 要するにこの病院の中に存在する全ての『もの』は、この病院を運営するキャスター――院長――と呼ばれる男の支配下にあると言う訳だ。 ならば、自分が何者なのか伝えた方が、伝えずに院長を指名するよりはすんなりと行くと踏んでいたのだった。 「院長先生が、二階応接間でお待ちしております」  そして、目論見は上手く行った。だがこれからが本番なのだ。 椅子から立ち上がり、キャリーバッグを転がしてウェザーは目的の場所へと向かって行く。本当の勝負は寧ろこれからと言った方が良いだろう。 キャリーバッグが転がしにくいのはきっと、その中身が重いだけでは、ないのだろう。そんな事を、ウェザーは思っていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  言外出来ない程の死線を潜り抜け、修羅場を踏んで来た人間が放つ、一種のオーラめいた空気を、何と呼べば良いのだろうか。 気風、覇気、威圧感、鬼気……色々な言葉があるであろうが、ウェザーはこの空気を、凄味と表現する事にしている。  凄味を放つ存在には幾つかの共通項がある。スタンド能力を持っているか、と言う事もそうであるが、それ以上に重要なのは、本体自身の性格だ。 覚悟も気負いも、性格の苛烈さも、彼らは一般の人間とは一線を画する。徐倫もエルメェスもアナスィも、F.Fも、凄味を持っていた。 殺してやりたい位に憎いプッチですらもだ。どんな傷を負おうとも、どんな敵が這い出ても、彼らは折れない、めげない、考える。 自分が成さんとする目的を達成させんと、必死になるのである。其処の気負いの精神が、凄味を生む。恐らく其処には、スタンドのあるなしなど関係なくて。 その精神をこそが、肝要な要素になるのであろう。  ――閉じられた貝のように、自動ドアは沈黙を保ったまま、ウェザーの正面で閉じていた。 案内板の信じる通りであれば、此処が応接間であるらしい。この場所にウェザーが辿り着いたその瞬間、彼の動きは、大気にでも象嵌されたが如く、動かなくなった。 扉越しからでも、凄味と言う言葉ですら生ぬるい程の、最早妖気とも呼ぶべきオーラがウェザーの方に叩き付けられて来たからだ。 この先に、この病院を作り上げたキャスターがいる事は、シャドームーンに聞かずとも解る程であった。 「……此処までとは」、自分の馬であるセイバーが言葉を漏らす。彼の予想すら上回る凄味を放つ、扉の先のキャスターとは、果たして?  この扉の先に足を踏み入れるのは、初めて自殺を敢行した時に必要であった勇気の何十倍もの量のそれが、必要になるとウェザーは確信していた。 しかし、此処で臆病風に吹かれてはいられない。脳裏に神父の姿が過る。断じて、逃げる訳にはいかなかった。 ドアチャイムすら鳴らさず、ウェザーは応接間に足を踏み入れた。それと同時にシャドームーンが、霊体化を解除。銀鎧の姿を顕現させる。  ヨーロッパの宮殿の一室を思わせる、クラシカルな部屋であった。 絨毯から壁に掛けられた油絵、本棚、椅子に机にシャンデリア。全てが全て、中世風の装いで統一されている。 シャドームーンは一目見て、この部屋の広さが、メフィスト病院の外観上の大きさからは考え難い程の広さである事を見抜いた。 恐らくは、空間を弄り、実際上の広さを延長させていると見た。彼が知る怪人でも、此処までの真似を出来る者はいない。気を引き締めた。 そして、ウェザーの方は――客人である彼らを待っていた、この病院の主を見て、凍り付いていた。  美しさを表すのに引き合いに出される言葉は、花や宝石の他に、著名な多神教の神々も含まれている。 アポロンやヴィーナスの二柱の神など、古今の文献を漁れば、果たしてどれ程美しさの比喩表現として使われて来たのだろう。 最早手垢が付き過ぎていて、美しさを表す言葉としては最早時代遅れにも甚だしい言葉となってしまっていると見て間違いはない。 そうと解っていても、ウェザーは、アポロンが地上に顕現した、と錯覚せずにはいられなかった。 秀麗類なきその美貌は、ウェザーとシャドームーンを見ていると言うよりは、空気中を漂う微細な埃の動きを見ているかのようであった。 傍目から見れば到底二人に関心を払っているとは思えない。一切の感情が宿らぬその表情の、何と美しい事か。 この男がいる空間はその美しさの故に、例え汚穢蟠る吹き溜まりの一角ですら、アンブロジアが咲き誇る天国の花園宛らに錯覚する事であろう。 しかし、この男が佇む世界はその美しさの故に、自らの存在自体に世界を統合してしまい、風景や空間の調和と美を殺してしまう事であろう。  何と、罪深い美なのであろうか。 世界の存在意義の一つを奪い去る程の美を持ったこの男が、此処まで大地と天空の怒りを買わずに生きられたのは、その美が地球や星辰すらも宥めるからか? 真実は誰にも解らない。そう、この病院の主であり、チェスターフィールドソファに腰を下ろす、純白のケープを纏った魔人、メフィスト以外には。 「かけたまえ」  顔に違わぬ美しい声で、メフィストはウェザーらに告げた。繊指で音色を奏でられたハープに万倍する、鼓膜に響くのではなく、脳に響く様な声だった。 シャドームーンが有する宝具、シャドーチャージャーの奥に隠されたキングストーンが放つ、微弱な精神波動で、ウェザーは我に返る。 メフィストの顔を見た瞬間から今までの記憶が、全くない。その美しさのせいで、意識すらも奪われていたようだ。 今になってシャドームーンが言っていた、一筋縄ではいかない相手の意味を、その身を以てウェザーは思い知らされた。 意識を回復させたウェザーは、メフィストに言われた通り、彼が座っているようなチェスターフィールドに腰を下ろす。 シャドームーンは、ウェザーの後ろに佇立して控えていた。座っていてからでは、次の動作に移るのに遅滞が生じるからであった。 「一先ずは、申し出を受け入れてくれて、感謝しよう」  ウェザーの後ろに立つシャドームーンが言葉を発した。メフィストとの交渉は、この優秀なセイバーの仕事であった。 理由は単純明快、相手がサーヴァント、特に、権謀術数に秀でた存在が呼び出される傾向にあるキャスターのクラスであるからだ。 「そのキャリーバッグから、患者を出して貰おうか」  世間話をしないタイプの男であるらしかった。 直に本題に切りかかった、だけではない。患者がウェザーでもなければシャドームーンでもない事を見抜き、更に、本当の患者が何処にいるのか、一瞬で看破した。 シャドームーンがウェザーに行動を促した。ウェザーはそれを受けて、キャリーバッグの中を空け、その中身をメフィストに向けて見せつける。 「ほう」、と息を漏らしたのは、メフィストではなかった。彼の背後で佇立していた、黒いスーツの男であった。 この瞬間初めて、ウェザーは、この部屋にいた病院側の人物が、メフィストだけでなかった事を知る。 今まで黒スーツの男、ルイは、奇術を使うでもなく、メフィストの傍にいた。それにすら気付かない程、メフィストと言う男が、目立ち過ぎていたのである。  キャリーバッグの中には、一人の少女が折り畳まれていた。 子供一人ならば身体を丸めるように屈ませられれば何とか入るであろうが、目の前の少女は、如何贔屓目に見ても成長期を半ばも過ぎた十五~六歳の少女であり、 例えウェザーらの持って来たキャリーが一般のそれよりやや大きめであると言う事実を差し引いても、通常は入る訳がなかった。 では何故、其処に少女――番場真昼が入っていられたのか。腕と脚を、人間の関節駆動上絶対に折り曲げられない方向に折り曲げていたからだ。 これにより、キャリーバッグの中に彼女は無理やり押し入れられていた。このバッグに入れる段になって、足がどうしても邪魔だったので、 今朝方もう二回程両脚をウェザーは折って入れていた。最早生きているのか如何かすらも疑わしい。余程、注意して耳を凝らさねば、呼吸の音すら聞こえないだろう。 「この少女を治して貰いたい」  いけしゃあしゃあと言った風に、シャドームーンが要件を告げる。 「君がその現状を招いたのにか」  無論、真昼/真夜に現況を招いた張本人が誰なのか。見抜けぬ程メフィストは馬鹿ではなかった。 一目見ただけでこの男は、この少女に現状の怪我を与えた下手人が誰なのか、知る事が出来た。 少女の身体から漂う魔力の質は、正直だ。それは他ならぬシャドームーンの物であると、彼は即座に看破した。 「霊体化した状態のサーヴァントがこの少女に寄り添っていると言う事は、そう言う事かね」  そして、もう一つの重要な事柄も、メフィストは見抜いている。 今や小刻みに痙攣するだけとなった番場真昼の傍に寄り添う、バーサーカーのサーヴァント、シャドウラビリスの姿を。 令呪を以て下された、真昼を守れと言う命令と、回復に専念せよと言うシャドームーン達が脅して下す事に成功した命令。 その二つの相乗効果によって今やシャドウラビリスは、例え狂化を受けたバーサーカーと言えど、己の身体を自由に動かす事すら難しい状態にあった。 「そうだ」 「このような風になるまで徹底的に痛めつけたと言う事は、君達もこの少女を殺す事に何の躊躇もなかった筈だ。心変わりを起こしたと言うのならばそれでも良いが、態々私を頼った訳を知りたいな」  ……此処まで、此方側が意図した所を見抜かれると、驚くよりも前にいっそ清々しくなるとウェザーもシャドーも感じ入った。 結局、ウェザー達はその真意を全て、目の前の魔界医師に暴かれていたのである。 「私の手札でも確認しに来たか」 「そうと解ったら、治療を断るか。キャスター」  威圧的にシャドームーンが言った。常人ならば心臓が張り裂けんばかりの鬼風を放つシャドームーンを見ても、メフィストは恬淡とした雰囲気を崩さない。 仮に、メフィストが治療を断り、この二名を引き下がらせたとしても、彼らには実害は全くないと言っても良い。 確かに、このキャスターの手札が知れなかったと言う事は痛いかも知れないが、それだけだ。その時は番場とシャドウラビリスを殺せば良いだけだ。 手札は知れないが、聖杯戦争の舞台から一組の主従が脱落する。これだけでも十分過ぎるリターンだ。 このリターンだけでは満足出来ないから、彼らはメフィストに交渉を仕掛けている。シャドウラビリスの情報が組み込まれた契約者の鍵は、ウェザー達が握っている状態だ。 番場組達が縦しんば完治した所で、命綱はウェザーらが握っている。治ろうが治るまいが、ウェザー達のリターンは、既に約束されているのであった。 「そうとは言っていない」  メフィストの言葉は、此処までの流れに至るやり取りとは裏腹に、否、であった。 「例え後に敵に回る事が解っている相手だとしても、患者として私とその病院を頼った者を見捨てるのは、我が信条に悖る行為だ」 「……引き受けるのか、キャスター」  ウェザーが言った。この男との会話は、想像以上にエネルギーを使う。 「――私は病める者が好きだ」  ウェザーの方に向き直り、メフィストは言った。 表情を、此処に来た時から一ミクロンたりとも彼は動かしてはいない。ずっと、変わらない表情だ。 それまでウェザーは、メフィストの美を見て、忘我の域に達する程の恍惚とした感情を憶えていた。――今は、違う。 身体の至る所を氷の螺子で貫かれたような、身体の中の内臓が口から溢れ出んばかりの、恐怖とプレッシャーを憶えていた。 美の性質が、変化した。人を陶酔とさせるそれから、死を連想させる様な、純度の高い恐怖のそれへと。 「私の事を求めてくれるからな。それを袖にする事は、私には出来ん」  体感上の部屋の気温が、一気に零下を割ったような感覚をウェザー達は憶える。 威圧感も、殺意も、メフィストは放出していない。内側が透けて見える様な瑞々しさと透明さの唇から紡がれた、言霊によって、一同を威圧して見せた。 すぐに立ち戻ったのは、シャドームーンの方であった。彼が、メフィストの狂気に気圧されたのは、数百分の一マイクロ秒と言う短い時間に過ぎない。すぐに彼は、こう言った。 「では、早速引き受けてくれ」 「良かろう。では、去りたまえ」 「……何?」 「聞えなかったか、去るのだ」 「理由を、説明して貰おうか」 「君達の役目は、その少女を此処に連れて来た時点でもう終わりだ。健康な人間を此処に留め置く理由はない。病院は、病める者の世界だ。 君達がいては、次に我が病院を頼るであろう者が、治療に与る為の席に座れず困惑する。最後通牒だ、去りたまえ」  シャドームーンはこの言葉の意図を読み取った。 要するに、自分がどのような治療を施すのか、=この病院の設備や自分の技術の事を、やはり知られたくないのである。 治療は施すが、邪魔だからお前達は帰れ。この言葉は恐らくは本心から出ているだろう。 だが同時に、自分の手札を開帳したくないと言う思いもあると、シャドームーンは推測した。だが、予めこのように断られる事を、シャドームーンらも織り込み済みだ。 此処で、ウェザーに持たせた手土産の出番であった。 「マスター」  シャドームーンの言葉に呼応するように、ウェザーは、チェスターフィールドの下に置いてあった黒色のゴミ袋を取り出し、それを開封した。 部屋の中に、血と肉のムッとした臭気が充満する。堪えがたい程の臓器と死者の香り。「ふむ」、とメフィストが口にする。 「何故、部屋に臓器など持って来たのだと思っていたが、それが、交渉材料と言う訳か」  言ってメフィストは、ゴミ袋の中の、種々様々な内臓系を見ながら言った。 臓器を包むゴミ袋はそれ一枚だけと言う訳ではなく、開封した今だから解るが、ゴミ袋の中に更にゴミ袋を入れて縛り、と言った事を九重にしていた。 こうする事で恐ろしく強い血臭と臓器の匂いを遮断しようとしたのだろうが、それで死臭をシャットアウト出来るのならば苦労はしない。 実際此処に来るまで、タクシーの運転手に感付かれ、シャドームーンの洗脳を用いて血臭に気付かないふりをさせねばならなかった程だ。 そして、メフィスト病院内では、その洗脳は使わなかった。いや、使う必要がなかったと言うべきだろう。 理由は単純で、あの受付嬢は、血や臓器の臭いを感じても、眉一つ動かさず、ウェザーに応対したからである。つまり、この病院ではそのような事は慣れっこなのだ。 この瞬間にウェザーは悟り、シャドームーンも再認した。この病院が既に敵の腹の内である、と言う厳然たる事実を。 「肺、肝臓、膵臓、腎臓、消化器……だけじゃない。眼球もある。大脳や心臓以外で、特に有用で需要もあるものを持って来たつもりだ」  と説明するのは、この血塗られた贈答品がメフィストとの交渉に便利だと考えた当の本人である、シャドームーンだ。 ゴミ袋の中にはシャドームーンが言葉で告げた様な臓器が、買い物をした後の様に満たされており、吐き気を催す程の地獄絵図を形成していた。 元々臓器或いは輸血用の血液を交渉材料にすると言う計画を考えており、その為にこれらを持って来た。 メフィスト病院は常に、ドナー用の臓器と輸血用の冷凍血液を求めている、と言う噂を聞いていたからだ。本当は輸血用の血液も用意したかった所であるが、別個に用意せねばならない袋が多くなる為に、臓器だけに今回は絞った。 「殊勝な心掛けだな、メフィスト」  此処に来て初めて、メフィストの背後で佇んでいた黒スーツの紳士が、明白な言葉を投げ掛けた。そして何よりも、普通に真名で会話している。 ウェザーもシャドームーンも、このキャスターの真名については推測出来ていたとは言え、流石にこれは大胆と言うか、愚挙と言うべきか。 「少しは、物事の道理を弁えてはいる」  と言って、メフィストはウェザー達の評価を改めた。 「出所については……興味はないのか、アンタら」  余計な一言であるとは、解っていても、ウェザーは問いたくなった。 真っ当な神経の持ち主であれば、この臓器の提供者が誰なのか、と言う疑問を問い質すのだろうが、この二人に関しては、それが全くなかった。 寧ろメフィストに至っては、この臓器で誰を治すのか、と言う事について、既に思案すら巡らせている風にも思える。 「大方の予想は付く。が、そんな事は些細な事。肝心な事は君達が提供した臓器で、少なからぬ数の患者の命が助かる事だ。我が病院にそれを寄贈してくれるのであれば、私はその善意を有り難く賜る事としよう」  余りの発言に、ウェザーは言葉を失った。 この主従が調達した臓器と言うのは、彼らが拠点としている食屍鬼街で、健康ではあるが聖杯戦争に利用するには適さないNPCのそれである。 シャドームーンのキングストーンで洗脳し、彼が生み出した剣で身体を分解させ、それらを摘出して得たものである。 それについてウェザーは、自分が悪い事をしたなどとは欠片も思っていない。文句なら地獄で聞いてやると、開き直ってすらいた。  しかしそんなウェザーでも、悪い事をした、と言う意識は少しと言えどある。メフィストからは、一切その意識が感じられない。 ウェザーを咎める事もせず、本人の意思など一顧だにせず臓器を摘出されたNPCに感謝をする事もなく。 与えられた臓器で誰を救えるのか、何が出来るか、と言う事をひたすら冷静に、冷徹に分析するだけ。 ウェザーはその姿に、硬質なダイヤモンドを見た。その姿に――人類がアダムの時代から連綿と受け継いできた、経験と知恵が及びもつかない程の『怪物』を見た。 「良いだろう、治療の現場に立ち会う事を許可しよう」  メフィストからの言質を、二名はとった。順調に、事が運んでいる事をウェザーのみならず、シャドームーンも実感していた。 「それじゃあ、集中治療室にでも向かうのか? 専門的な事は解らんが……、施術に立ち会う時は、身体を消毒してから、滅菌服とか言うのを着るんだろ?」 「不要だ」 「は?」  即答されてしまった為に、ウェザーが頓狂な声を上げる。 「サーヴァントは兎も角、この少女は特に損傷が酷い。早急にこの場で治す必要がある」  色々と、突っ込みを入れたい所がウェザーにもシャドームーンにもある。 急ぎの治療が必要であると言うのならば、こんな所で話さずにもっと早く治療を施す必要があったのではないか、と言う事。 そもそも特に神経を使う程酷い外傷の患者に行う治療行為は、このような不潔な場所で行う事は通常ないのでは、と言う事。 死にそうな状態であると言う事が素人目どころか、本業の医者にすら理解出来るような状態で、その医者自身に治療を放置されていた、番場真昼の心境や、果たして如何に。 「その少女を、テーブルの上に」  メフィストの指示に従い、シャドームーンとウェザーは二人で一緒に、弁当箱に敷き詰められた食べ物の如く、 キャリーバッグの中に押し詰められた真昼を掴み、白色のクロスに覆われたテーブルの上に乗せた。ジワリと、白地の布に血が滲む。 「改めて見ると、流石に酷いな」  そんなのは、見りゃ解る。 「視神経が繋がった状態で、左目が外部に垂れている。恐らくは高圧電流で沸騰させられた影響だろう。失明は免れん。 上下含めて、歯が十二……いや、十三本折れているな。通常は差し歯にする必要がある。 両手両足の骨折。これも凄まじい。余程念入りにしなければ、こうまで悪意的には折れんだろう。だがそれ以上に目を瞠るのは、脳の損傷だろうな。 必要以上の頭への衝撃によって齎された頭蓋の破壊で、大脳が実に最悪の状態になっている。大脳に刺さった頭蓋骨の破片、君達の内何れかが放った高圧電流で、 例え治ったとしても、致命的なまでの後遺症が残る事は容易に想像出来る。言語・自律双方の障害、脳障害も最悪免れんだろう」  ――「そう」 「普通の病院であれば」  其処でメフィストはスッと立ち上がり、番場の顔面に、そっと右手を当てた。 一際大きく、彼女の身体が痙攣する。たとえ意識を失おうとも、機能しない神経の方が身体の大多数を占めようとも。 この男が触れれば、人の身体は、それと解るのか、と思わずにはいられない。 「魔界都市に於いては、この程度の外傷など、珍しくもなかった。頭は抉れ、胴体の過半が消滅し、四肢を斬り飛ばされた状態で運ばれる患者など、日常茶飯事だったな」  そう口にするメフィストの言葉は、昔日の日々や、遥かな故郷の事を思うようなそれであった。 額にその繊手を置いたメフィストは、すっ、とその手を額から顎の方へとスライドさせ――ウェザーのみならずシャドームーンも、愕然とした。 傷が、消えている。顔に刻まれた、ウェザーのスタンドが放った高圧電流による電紋やその火傷も、唇や皮膚・筋肉に刻まれた裂傷も、である!! 「だが、それでも問題はない。冥府の神が統治する世界に、魂が足を踏み入れていないのであれば、私は如何なる損傷も治して来た」  零れ落ちた左目を視神経ごと、眼窩に嵌める。奇跡が、起こった。 最早切除以外に道はないそれは、メフィストがポッカリと空いた眼窩に入れ込んだ瞬間、この時を待っていたのだと言わんばかりに見事に収まったのだ。 すっ、と瞼が落ちる。この様な損傷に至る前と全く変わる事のないスムーズさで。  次にメフィストは後頭部や頭頂部をその手でさっと撫でた。 剥がれた皮膚が、流れ出る血液が、頭蓋が砕けた影響で変形した頭が――時間でも回帰して行くように元のそれへと戻って行く。 この時、マイティ・アイと言う科学の千里眼を持ったシャドームーンは、その透視能力で、理解してしまった。 焼き切れた視神経が完全に回復し、メフィストが眼窩に眼球を嵌めただけで、その切れた視神経が完璧な状態で繋がった事。 破壊された頭蓋骨が、独りでに体内を動いてゆく。正確に言えば、メフィストが手を当てた方に戻って行き、破片が元の形に結集されて行き、 破壊される前の頭蓋骨に完全に戻ってしまった事を。  次にメフィストは、懐から何かを取り出し、それをピンと伸ばし始めた。シャドームーンの方が、それが針金だと気付くのが早かった。 メフィストはそれを二m程の長さに切り取った、刹那。彼が断ちきった針金が、意思を持った蛇のように、真昼の骨折に骨折を重ねた右腕に殺到する。 上腕二頭筋の辺りから飛び出た骨の傷から、針金は体内に侵入。一秒程経過した後、真昼の右腕全体が、ブルブルと震え始め、そして、勢いよく伸ばされた。 何が起ったのか、とウェザーは目を丸くする。やはり、マイティ・アイを持つシャドームーンは認識してしまった。 真昼の右腕の中で何が起っているのか、認識出来ていた。メフィストの切り取った針金が、折れた骨と骨を繋ぎ、 体内で作用するギプスの様な役割を果たしているのだ!! これと同じ工程を、残った左腕、右脚、左脚にもメフィストは行い、その後で、 早くに針金を没入させた順に、四肢に手を当てて行く。異常な速度で、折れた骨と骨との継ぎ目が消えて行くのだ。 恐らくメフィスト程の術の持ち主であれば、針金のギプス等使わなくても、骨折など治せるだろう。 なのに彼がギプスを用いたのは、用いた方が、骨が治る速度が速くなるからに他ならない。 二秒と掛からず、四肢の一つの治療が終わり、四肢全ての骨折が完治し終わるまで、十秒と掛からなかった。針金は、骨を形成するカルシウムと溶けて、同化してしまった。  最後にメフィストは、バッと、真昼が着ていた、ウェザーらの戦闘の影響でボロ屑とかした学校制服を剥き取り、その裸体を露にさせた。  露になったのは、きめも細かく、雪の様に白い乙女の柔肌――ではなく。殴打の後と、ウェザーのスタンドが流した高圧電流の電紋と火傷跡、裂傷が刻まれた、 見るも無残な身体であった。しかし、顔と四肢は女の白さと柔かさを残しているのに対し、胴体が此処まで傷だらけであると言う状態が、 ある種のアンビバレンツを生み、独特のエロチシズムを醸し出している、と言う事実もまた否めなかった。  これを、メフィストは解体した。 己の患者には、一切の傷も許さないと言った風に、メフィストは真昼の腹部と背部の外傷を完璧に治し、黒く焦げた皮膚も殴打や斬られた跡も修復させ、 元の白肌に戻した後で、彼女を仰向けに倒し、彼女の胸部にその手を当てた。真昼の肌の白さよりも、メフィストの繊手の白さは、目立っていた。 寧ろウェザーの目には、このバーサーカーのマスターの肌の色が、雑多で汚れたそれにしか見えずにいる。 メフィストの右手が、真昼の体内に没入する。一瞬は驚くウェザーだったが、除倫に惚れているあの男のスタンドの事もあった為、直に平静を取り戻した。 まるで水の中に腕を突っ込んでいるかのように、メフィストは、真昼の胴体に腕を入れたまま縦横無尽に動かしていた。 シャドームーンに念話でどうなっているのか訊ねた所、『筋肉や骨、内臓がメフィストの腕に齎す接触と抵抗を無視して、彼が番場の内臓を一々治療している』、 と返ってきた。最早、驚く事すら疲れてしまう。スッとメフィストが、右腕を真昼の体内から引き抜く。 彼女の薄い皮膚には、嘗て、この美しい男が腕を突き入れ、これでもかと掻き回した跡一つすら、見受ける事が出来ない。元の、生まれたままの身体が、其処にあるだけだった。 「後は」  と言って、メフィストが、真昼の額に人差し指を当て、目を瞑り始めた。 何をやっているのだと、ウェザーが考え、直にシャドームーンにも念話で訊ねるが、【あのマスターの精神に何かを働きかけているが、何をしているかは解らない】、 と言う返事をよこして来た。目を覚まさせるのだろうかと、銀鎧のセイバーは考えたその時、パッとメフィストが目を見開かせ、口を開いた。 「……過去のトラウマから来るであろう、分裂した人格。それを治してやろうかと思ったが……如何やら、向こうにも半分の主導権があるらしい」  歯痒そうな表情で、メフィストはかぶりを振るった。此処に来て初めて見せた、無表情以外の顔の変化がこれであった。 自分の医術に絶対かつ、究極の自信を持つこの男は、その医術を拒否される事に、堪らない敗北感と屈辱感を憶えるらしい。 尤も、彼が果たして、何を治そうとしたのか。ウェザーには、解らないのであったが。 「さしあたっての治療は完了した。後は、足りない魔力を補い、目が覚めるのを待つだけだ」  さしあたって、と言うレベルではない。 誰がどう見た所で、完治である。外傷もないし、シャドームーンには、内臓や神経系すらも元の状態にまで戻されている事も解る。 しかもついでと言わんばかりに、ウェザーらが交戦した時には既に顔面に走っていた、古い切傷すらも治されていた。 即日退院出来るのではないかと言う程、綺麗な状態。今にも目をさまし、立ち上がり、此方に襲い掛かって来るのではと言う位であった。 「次は、そのサーヴァントか」  と言ってメフィストは、虚空に目線を送った。 正確には霊体化、番場真昼/真夜と言うマスターに寄り添った状態のバーサーカー、シャドウラビリスに、だ。 「一目見て解った事だが、霊体、霊核共に、著しい損傷を負っている。実体化する事も、元の形に戻る事すら、出来ない状態だろう」  実際に、其処までして痛めつける必要がシャドームーンにはあったのである。 メフィストがどのようにして、サーヴァント、特に、消滅まで時間の問題と言ったレベルでダメージを負った状態の者を治すのか、と言う興味関心もある。 だがそれ以上に重要だったのが、このサーヴァントがバーサーカーのクラスで召喚されていたと言う事実。 令呪による命令も、狂化の影響で正常に受け付けない事もあるこのクラスで召喚された以上、令呪を以て大人しくしていろ、と言うだけでは、 手綱と言うには余りにか弱く心細い。其処で、徹底的に痛めつけ、実体化は出来ないが辛うじて生きられる状態まで痛めつける事で、 マスターであるウェザーの安全を確保させると同時に、メフィストの治療技術を試す試金石にシャドウラビリスを仕立て上げた、と言う訳なのである。 「……人を試しすぎるのは、長生きしないぞ、銀鎧のサーヴァントよ」 「何の事だ?」 「このサーヴァントを構成している現在の魔力、その殆どが、君に由来するものだ。魔力だけは与えてこの世に留めさせてはいるが、霊核と霊体を傷付け実体化はさせなくしている。何故、こんな事をしたのか、明白だな」 「他意はない、戦略上そうする必要があっただけだ」  と言ってシャドームーンは、惚けてメフィストの追及を躱す。 「まぁ、良い」と言って、それ以上院長の方も問い質す真似はしなかった。追及をした所で、躱されるのがオチだと判断したのだろう 「霊体や霊核を治すなど造作もない事だが、この九割近くを破壊された霊核となると少々面倒だ。門派の技術と、専用の物品が必要になる」  言ってメフィストは、纏うケープを光の礫の如くにはためかせ、ウェザーやシャドームーン、あまつさえ己のマスターでさえ眼中にないような足ぶりで、 嘗てグラハム・ベルが作成したような、骨董品の如き電話の方に近付き、恐らくは病院の内部に何かを告げていた。 用件を病院スタッフに告げると、メフィストは電話を切り、その場に待機する。  沈黙の時間が流れる事、数分。 身体の中に石でも詰め込まれたような居辛いプレッシャーをウェザーは感じる。何せ誰も言葉を口にしないのだ。 自身が引き当てたセイバーのサーヴァントも、元々は寡言気味のサーヴァントだ。今は特にこれと言った危難もない為か、念話で何も告げる事はしない。 恐ろしく奇妙な状況であった。部屋には、人外の美を誇る白ケープのキャスター、銀鎧で身体を覆った飛蝗のセイバー、黒スーツの男、テーブルの上で全裸で横たわる少女。 真っ当に生きていれば先ず出くわす事もないシチュエーション。漂う空気の異質さと、余りの重さ。苦手な状況だと、ウェザーは一人ごちる。  そんなウェザーに出された助け舟の様に、自動ドアが開かれた。 勤務スタッフの一人が、銀色のトレーを持った状態で応接間に現れる。「失礼します」と告げた後で、メフィストの下へと近付いて行きトレーをメフィストに手渡した。 魔術の類なんて此処に来るまではてんで知らなかったウェザーにすら、メフィストが持つトレーに乗せられた代物が、奇妙かつ異常なものであると解る。 拳大程の大きさをした、幽玄な青色の光で燃え上がっているとしか思えない何かであった。燃え上がっているとは言うが、ウェザーの目にはそう見えるだけであって、 本当に熱を伴った燃焼がその物質に起っているのかどうかは、ウェザーにはわからない。 この、チェレンコフ光を思わせる青色に光る物質は、何なのか。メフィストに訊ねようとするが、すぐに彼は、説明に掛かっていた。 「この物質を、我々は、アストラル体と言う」  少なくともウェザーはその人生の中で、聞いた事すらも無い言葉であった。 「物質化された星幽体の結晶だ。通常この霊的粒子は特殊な霊能力者の中でも特に優れた人物にしか見えない。 こう言った、素養のない人物の目に見える形まで純度が高められて物質化されたアストラル体は稀だ。魔術師が喉から手が出る程欲しがる触媒になる」 「……んで、それで何をするんだ?」  ウェザーの反応は尤もだ。凄いものである事は十分伝わったが、其処からどう、あのバーサーカーの治療に派生するのか、てんで解らないのである。 「アストラル体の本質は、極めて高純度の霊魂の凝集体と言う所にある。感情を司るエネルギーである事から、情緒体とも感覚体とも、 『マガツヒ』とも呼ばれるこの物質は、霊や悪魔にとって人間以上に魅力的な餌でもある。これを以て、其処のサーヴァントの身体を補うのだ」 「成程、足りないものは補えば良い、って事か?」 「乱暴な言い方だが、そう言う事になるな」  其処まで言うとメフィストは、アストラル体を持って来たスタッフを部屋の外まで下がらせ、トレーを持った状態で、 テーブルの上で仰向けになった真昼の方へと近付いて行く。左手で、彼が星幽体を持った。 幽玄たる青色の光が、彼の身体を照らす。それでもなお、彼の身体から放出される、神韻にも似た白色の光は、褪せる事もなかった。 幽界の物質ですら侵されざる美を持った男は、アストラル体を持った左腕を、真昼の丁度臍の上に当たる位置まで伸ばし、其処でそれを離した。 白磁の繊手を離れたアストラル体は、引力に従い落下するのではなく、その場に、一切の浮力を伴わず、ふわふわと浮遊を続けている。  それが――異常な程の速度で、何もない空間に色が刻まれ、体積が膨張して行き、質量が満たされて行く。 青色の光を伴った、スライムに似た原形質の何かが番場真昼と言う少女の身体の上で、グネグネと膨張したと見えたのは、二秒と言う短い時間の話。 直にそれは、その原形質の何かがウェザーらの視界に現れるよりも更に早い速度で、極めて大雑把な人間の形を形成して行き――。 やがて、番場真昼の操るバーサーカー、シャドウラビリスと言うサーヴァントを形成した!! 「セイバー!!」  アストラル体を何かが取り込み、シャドウラビリスが実体化を行うと言う過程を呆然と眺めていたウェザーだったが、流石に死闘の場数を多く踏んで来た男だ。 我に戻るのも、危難を認識する能力も早い。背後に控えていたシャドームーンにすぐに指示を飛ばした。 シャドームーンが構える、チェスターフィールドの背もたれに片腕をかけ、その片腕を起点に後方に一回転。シャドームーンの背後に、ウェザーは移動した。 「うぅ、ぐぅ……!?」  真昼を避けて、テーブルの上に降り立ったシャドウラビリス。  自らの両手と身体を、信じられないように、この影は見ていた。狂化されている理性にも、奇妙なものに映っているのだろう。 それまでは霊体化した状態でしか自らを現世に止められずにいた自分が、呼び出された時と寸分違わない十全の状態で実体化させられているのだから。 やや白みがかった銀色の髪も、着用している制服も、元通りであった。 「……」  テーブルから床の絨毯の上に降り立ったシャドウラビリスは、右腕を水平に伸ばす。 その右手に、自身の肉体よりもずっと大きく、ずっと質量も多そうな戦斧が握られた。――途端に、黄金色の瞳が喜悦にわななき、口の端が吊り上った。 「■■■■■■■■■■■ーーー!!!!!!」  そして、心胆を寒からしめる、狂獣の咆哮を上げ始めた。シャンデリアが大きく左右に揺れ、調度品がビリビリと震える程の声量だった。 面白そうな笑みを崩さないルイ、恬淡とした態度で、シャドームーン達の方向を見つめる、メフィスト。 「狂戦士なら狂戦士と、予め説明しておきたまえ」 「失念していた、すまない」 「そう言う事にしておこう」  大気を引き裂き押し潰し、戦斧を大上段からメフィストの方目掛けてシャドウラビリスが振り下ろす。 それに呼応してか、まるで、中世貴族に使える騎士道精神に篤いナイトの精神でも封じ込められているかの如く、メフィストが纏ったいたケープが、一人でに動き始め。 その戦斧を真っ向から受け止めた!! 目の前の状況を、誰が信じられようか。重さにして百kgは下らない、大質量の斧を、総重量一kgにも満たない純白のケープが、 今の力関係が当然なのだと言わんばかりに、受け止めていたのだ。如何なる魔術を用いているのか、ケープは布の柔かさを保ちながら、 鋼の如き硬度を得て、シャドウラビリスが振う斧を動かす事を全く許さない。  魔界医師が、身体の方向を、シャドームーン達の方角から、シャドウラビリスの方向へと向き直らせた。 ――機械の乙女の顔付きから、爆発するような狂気の感情が消え失せた。ハッとしたその少女の、その顔こそが。 狂化と言う枷を取り払い、ネガティヴ・マインドと言う感情から解放された、『ラビリス』と言う少女本来の顔つきなのだと、この場に知る者は誰もいない。 猛る狂った女魔の怒りと狂喜すら消し飛ばせ、あらゆる鬱屈とした感情を、破魔の月光を浴びたガラスの魔城の如く崩れ去らせる。 天界の美、美の概念の超越者。メフィストの美こそが可能とする、ある種の奇跡が其処に在った。 「狂気の枷に束縛され、我が言葉を正しく受け入れられなくなった君に、私の言葉が届くとは思えないが……これだけは、口にしておこう」  刹那、ウェザーやシャドームーンの身体に、宇宙の暗黒が勢いよく叩き付けられた。 体組織が一瞬で凍結し、破壊されそうになる程の冷たさを孕んだ、虚無の昏黒。 それが、ウェザーから見た、メフィストの身体から迸り、己らにぶつけられた何かの正体だった。 殺意とも、高邁な意思とも違う。如何なる感情を伴った波動を、メフィストは、この鋼の乙女に直撃させているのか。ウェザーには、解らずにいた。 「――我が病院とその患者に仇名す者は、『神』であろうともその罪を贖わせる」  絶対零度の冷たさでそう告げた瞬間、ゴゥン、と言う鈍い金属音が、シャドウラビリスから見て右方向から響き渡った。 肩の付け根辺りから切断された彼女の右腕が、あの巨大な戦斧を握った状態で床に落ちているのだ。 自身に何が起ったのか解らないと言った表情で、彼女は己の右腕の在った方向を見ていた。忘我の域に、彼女は在った。 痛みすらも遅れさせる、美貌と言う名のメフィストが使う天然の麻酔に、未だに彼女は酔っていた。  何を以て、シャドウラビリスの腕を切断したのか、ウェザーには解らない。 しかし、世紀王として優れた身体能力を誇り、マイティ・アイと言う千里眼を持ったシャドームーンは、何が起こったのかを理解していた。 番場真昼の四肢を治した、あの針金だ。あの針金を目にも見えない程の速度でシャドウラビリスの腕に巻き付かせ、これを高速で収縮させて彼女の腕を斬り落としたのだ。 彼らは、知らない。メフィストの針金細工と言う名前の技術が、嘗て彼のいた魔界都市<新宿>に於いて、どれ程恐れられ、同様の魔術や奇術を用いる人物から、 尊敬と嫉妬の念で見られていたのかを。彼の腕に掛かれば、ビルですらも容易く輪切りに出来るのだ。 「眠りたまえ。君の主が、その目を覚ますまで」  そう言ってメフィストは、キョトンとするシャドウラビリスの眉間に指先を突き付ける。 彼女の目線が、彼の指先に集中した瞬間、突き付けられた右手全体から、白色の電光がスパークし、彼女の身体を包み込んだ。 「ギィッ……!!」と言う声を上げて、衣服ごと彼女の身体は黒焦げになり、俯せに倒れ込む。 数時間前に消滅一歩手前まで痛めつけられ、再び十全に回復したのに、今また気絶する何て、不器用で哀れな奴だなと、ウェザーは少しだけ同情の念をこのサーヴァントに覚えた。 「必要なものは全て見せた。これ以上は見せん」  ウェザーらの方に向き直りながら、メフィストは告げる。 「この少女とバーサーカーを我が病院に搬送しようと考えたのは、君の入れ知恵だな? セイバー」 「知らんな」 「咎めている訳ではない。対価も頂いた、さしあたっては感謝しよう。但し、肝に銘じておくが良い」 「何だ」 「私と、愛し子とも言うべき我が患者と、我が病院に仇名す者は、神であろうと魔王であろうと、辺獄(リンボ)からゲヘナ、エデンの園に至るまで。 この世の果てに逃げようとも追い詰めて、世界に存在したと言う痕跡すら残さず、私は滅ぼすつもりだ」  メフィストと、シャドームーンを取り巻く空間が、陽炎めいて歪む。 殺気の光波は、歪んだ空間の中を走り始め、その空間の中だけ、黒雲が満ち、稲妻が荒れ狂うのではないかと言う程の、敵意と殺意のぶつかり合い。 まともな人間がこの空間の中に足を踏み入れようものならば、その瞬間、狂死の運命が待ち受けているに相違あるまい。ウェザーですら、正気を保つので精一杯であった。 「帰りたまえ、セイバー、そしてその主よ。次会う時は、敵の関係にならないように祈っておこう。我が腕が、君の力の源である霊石を破壊するような関係にならない事を」 「俺も、その白いケープごとその美しい身体を断ち切らない事を祈るだけだ。その様な関係は、望むべくではない」  本心で言っているのかどうか。誰にもそれは解らない。 「結構。受付に戻りたまえ。代金を払ってな」 「解った。帰るぞ、マスター」 「……ああ」  言ってシャドームーンを霊体化させ、ウェザーは、応接間から去って行った。 その時に一瞬、掛け時計の方にウェザーは少しだけ目線を移動させた。時間にして、朝の七時。 応接間に入ってからメフィストと言葉を交わしてから、十分程度しか経過していない事になる。 とても信じられない。時間の流れが、狂っているとしか思えない。ウェザーは三時間も、あの魔界医師達と話しこんでいたような気分が、今も抜けないのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「二千円か……何て言うか、マジでイカれてるな」  メフィスト病院から外に出るなり、ウェザーは一人ごちた。 二千円、この値段が何を意味するのか。それは、メフィストが直々に、番場真昼とシャドウラビリスを治療した、診療費だ。 保険証を持っていないウェザー……、と言うより、あれだけの治療に本当に保険証が通用するのか疑わしい所であるが、 兎に角、死と消滅の境を彷徨っていた真昼とシャドウラビリスにあの治療を施しておいて掛かった値段が、この料金である。 余りにも良心的過ぎて逆に不気味で、恐怖すら覚えてしまう。この良心の裏に何らかの下心があるのならば、人間的で可愛い方であるが、それすらもない。 人間のエゴや欲求と言うものを極限まで無視した、メフィスト病院の医療対価に、ウェザーは明白な寒気を憶えていた。  しかも、今ウェザーが持っている紙袋よ。 これは本来ならば退院患者のみに与えられるメフィスト病院の贈答品なのだ。今回は特別にメフィストが便宜を計らい、ウェザー達にも与えられた。 中身は『せんべい』だ。オーソドックスな塩せんべいや海苔せんべい、ざらめが塗されたそれ等、様々な種類のせんべいが複数袋詰めにされたそれであった。 余りにも至れり尽くせりなその姿勢。いっその事、完全に敵とした回った方が、まだ納得する主従の方が多いのではないか? 【で、セイバー。お前から見て、あのメフィストって言う男は、どう見えたよ】 【噂を聞くだけでは、破綻者以上のイメージは抱けなかった。実際に言葉を交わした今では――】 【今では?】 【狂人だ。それも、恐ろしく筋骨の通った、な】  シャドームーンですらが、自分と同じイメージを抱いていると知り、ウェザーはほっと胸を撫で下ろした。 このセイバーから大まかな噂を聞くだけでも、頭がおかしいとしか思えなかった、ドクターメフィストの逸話の数々。 その伝説の姿を目の当たりにし、ウェザーが抱いた感想は、狂気の世界の住民以外の何物でもなかった。 自らの病院と、彼に救いを求めた患者のみしか見えておらず。彼らには慈母の如き愛情を与える一方で、健常者には悪魔の如くに一切の容赦もない男。 魔界医師の顔が、ウェザーらの脳裏に過った。瞼を閉じるだけで、あの男の姿が焼き付いているかのようだ。「病める者が好きだ」と言った、あの狂人の相貌が。 【今後、あの先生とコトを争うつもりはあるか?】 【今はない。俺達の、メフィストと言うサーヴァントと奴の神殿である病院の設備がどの程度のものなのかを見極める、と言う目的は確実に見抜かれていた。 これは推測だが、あの男は持てる技術の二割も、バーサーカーとそのマスターの治療に当てていない。俺達の意図を察していたからだろうな】 【……あれで底を見せていないのか】  普通の医者ならば見るだけで匙を投げ、葬式屋にでも連絡をし葬儀のパンフレットを遺族に送るよう催促してしまいそうだった、 真昼の傷をいともたやすく治したあの手腕。アレが全力でないとなると、本気を出せばそれこそ……死者すら蘇生させられるのではと、ウェザーが思うのも、無理はない事だろう。 【あのキャスターは正気ではないが、言った事を絶対に違える性質ではない事は言葉を交わして解った】 【ああ、それは俺も理解した。あのキャスターの言葉に……嘘偽りは、全く感じられなかった】 【これはある種危険な賭けだが……もしかしたらあの施設、怪我を負った際に体の良い治療屋として利用出来るかも知れん】 【……本気か?】  駐車場を歩いて移動していたウェザーが立ち止まり、シャドームーンの正気を今度は疑いに掛かった。 【この病院がサーヴァントの手による者だと言う事は、少し考えれば誰でも解る事だ。そして少し努力すれば、この病院の狂気染みた良心さも解る筈だ。 だが、実際にあのキャスターの姿を見ず、話しこんでもいない人物が、『聖杯戦争の参加者にも同様に振る舞う』と、果たして信じられるか?】  無理である。サーヴァントが運営する病院と解った以上、真っ当な神経の持ち主ならば、入院して無防備な所を殺しに掛かるのでは、と疑うのが当たり前だからだ。 【だが、実際に違うと言う事を俺達は理解している。これは推測だが、メフィスト病院の院長の方針を概ね正しく理解出来ているのは、今の所俺達以外に存在しない。 サーヴァントが運営する病院であると言う事実を忌避して、この病院の世話になりたくない主従も、今後当然出て来るだろう。これは非常に大きい。 お前も見ただろう、あのキャスターの卓越した医療技術。あの男は病院と、自身の患者に手出しさえしなければ、俺達ですら治療し匿うだろう。 あの病院の性質と、その技術の高さから、何が言えるか? それは、『多少無茶な傷を負っても、この病院に来れば治療して貰える』と言う事だ】 【要は、他の主従が手負いになってひいひい言ってる所を、俺達は手傷を負えばこの病院に足を運んで、直に回復させて貰い、また鉄火場にGO出来る、って事か?】 【そうなるな】  成程、確かにそれは凄まじいアドバンテージだ。 聖杯戦争は何日で終結するかも解らない上に、<新宿>のこの狭さだ。交戦回数も数多くなるだろう。 現にウェザーらは聖杯戦争が開催される前に、バーサーカー達と交戦した程である。全員殺し尽すのがこの主従の究極目標だが、同時に、 消耗もなるべく抑える事も念頭に入れておかねばならない。特に終盤戦は、互いに消耗も激しく、切り札である宝具もおいそれと発動出来ない状況が起こるだろう。 そんな中でメフィスト病院の治療を受け、肉体的にも魔力の総量的にも十全となった自分達が、どれ程優位な立ち位置に立てるかは、考えるまでもない。 確かに、こう言う状況は、この主従の理想とする所であろう。 【尤も、俺もあの病院を頼る事を前提とした戦いはしたくない。可能なら手傷を負う事無く、相手を殺す。それが理想だ】 【ああ、そうだな】  だが流石に、シャドームーンは気位の高いサーヴァントだった。 メフィスト病院に甘えるような戦い方を良しとせず、世紀王と謳われたその実力を以て、相手を完膚なきまでに殺戮する。 その様な在り方をこそ、彼は良しとしていた。 【……だが、実際にあの病院の内部に足を踏み入れて、解った事が一つある】 【何だ?】 【真の脅威は、別にあったと】 【……本当の脅威?】 【俺は、今日のこの時に至るまで、あのメフィストと言うキャスターこそが、あの病院を攻略する上で、一番の難敵だと理解していた】  【だが、違う】 【奴も確かに、比類稀なる強敵だ。だが……『奴のマスター』。あれが一番、警戒するべき存在かも知れん】 【メフィストのマスター?】  その姿をウェザーは思い出そうとする。 黄金の糸のように美しい、黄金色の髪型。妖しい光を湛えるオッドアイ。ウェザーが一生涯働いても手に入らない程の値段の、仕立ての良いブラックスーツ。 メフィストを引き当てたマスターだけあり、ただ者ではない感は確かにあったが、それだけ。寧ろあの場においては、メフィストの存在感の強さで、 極限までその存在が薄められた、目立たない人物以外のイメージを、ウェザーは抱けずにいた。 【メフィストがどんな美貌の持ち主だろうが、例え人間ではなかろうが、卓越した魔術と医術の腕前の持ち主だろうが……『奴はサーヴァントだから』。これだけで全て納得が行く】  当然だ。人類の常識の埒外の技術を持った存在こそが英霊になり、そして、サーヴァントとして聖杯戦争に招かれるのだから。 人智を逸脱した魔術と医術の技を持ったメフィストが今更、人間ではないと言われても、誰も驚かない。 【だが……マスターの場合はそうはいかない。マスターが人間以外の存在となると、話は変わってくる】 【あのジェントルマンは、人間じゃないとでも?】 【解らん】 【あ?】 【人間か如何かすらも、解らなかった】  シャドームーンはあの病院の姿を初めて捕捉した時から、今日初めて内部に侵入した時まで、マイティ・アイでつぶさにその内部を見極めようと観察していた。 結果は、失敗。病院自体に、極めて高度な霊的かつ空間・魔術的な防衛措置が施されているせいで、その全貌が全く確認出来ないのだ。 ゴルゴムが十万年以上も培ってきた科学力の結晶体であるシャドームーンですら、一階の様子を透視するだけで精一杯であったと言えば、その恐ろしさが知れよう。 しかしそれも、あの魔界医師が手掛けた病院だから、と言う理由で、乱暴ではあるがまだ説明も出来る。  ――説明が出来なかったのは、マスターであるあの男、ルイ・サイファーをマイティ・アイで観察した時だった。 解らなかった。人間か如何かすらも。ゴルゴムの技術の粋である千里眼が弾き出した、男の正体は『ERROR』。 何を以てその肉体が構成されているのか。そして、男が何を得意とし、如何なる身体的特徴を持っているのか。その全てがエラー。 解析不能だったのだ。これは初めての事柄であった。あのメフィストですら、人間ではないと言う事実が辛うじて理解出来たと言うのに、 あのマスターに関しては、一から百まで全てが解析不能の結果を弾き出したのだ。其処にシャドームーンは、一抹の不安を覚えた。 【あのサーヴァントを呼び出すマスターだ。真っ当な精神の持ち主でない事は容易に想像出来る。真に警戒するべきは、あの男かも知れん。覚えておけ】 【理解した】  このセイバーが言うのであれば、恐らくは本当なのだろう。 不敵な笑みを浮かべるだけで、全く会話にも乗って来なかったあのマスター。あの態度は、演技なのだろうか。 そんな事を思いながら見上げる<新宿>の夏の空は、鬱屈としたウェザーの心境に反して、何処までも澄んで輝いていた。 そう言えば朝飯を食ってないなと思い、メフィスト病院からもらったせんべいを、歩きながらウェザーは取り出した。 その後で、毒が入っていないか、不安に思うウェザー。マイティ・アイで分析した結果、毒は入っていないと、シャドームーンの念話が頭に響いた為、袋を開封。 ざらめのついたせんべいを齧る、ウェザーなのであった。 ---- 【四谷、信濃町(メフィスト病院前)/1日目 午前7:00分】 【ウェス・ブルーマリン(ウェザー・リポート)@ジョジョの奇妙な冒険Part6 ストーンオーシャン】 [状態]健康、魔力消費(小) [令呪]残り三画 [契約者の鍵]無 [装備]普段着 [道具]真夜のハンマー(現在拠点のコンビニエンスストアに放置)、贈答品の煎餅 [所持金]割と多い [思考・状況] 基本行動方針:元の世界に戻り、プッチ神父を殺し、自分も死ぬ。 1.優勝狙い。己のサーヴァントの能力を活用し、容赦なく他参加者は殺す。 2.さしあたって元の拠点に戻る。 [備考] ・セイバー(シャドームーン)が得た数名の主従の情報を得ています。 ・拠点は四ツ谷、信濃町方面(南元町下部・食屍鬼街)です。 ・キャスター(メフィスト)の真名と、そのマスターの存在、そして医療技術の高さを認識しました。 ・メフィストのマスターである、ルイ・サイファーを警戒 【シャドームーン@仮面ライダーBLACK RX】 [状態]魔力消費(小) 、肉体的損傷(小) [装備]レッグトリガー、エルボートリガー [道具]契約者の鍵×2(ウェザー、真昼/真夜) [所持金]少ない [思考・状況] 基本行動方針:全参加者の殺害 1.敵によって臨機応変に対応し、勝ち残る。 2.他の主従の情報収集を行う。 3.ルイ・サイファーを警戒 [備考] ・千里眼(マイティアイ)により、拠点を中心に周辺の数組の主従の情報を得ています。 ・南元町下部・食屍鬼街に住まう不法住居外国人たちを精神操作し、支配下に置いています。 ・"秋月信彦"の側面を極力廃するようにしています。 ・危機に陥ったら、メフィスト病院を利用できないかと考えています。 ・ルイ・サイファーに凄まじい警戒心を抱いています。 ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「中々面白い主従だったじゃないか」  院長室に戻るなり、ルイ・サイファーは面白そうな表情でメフィストの方に語り掛けた。 「人を値踏みする意図が気に食わん。あの性根故に、いつかは滅びるだろう」  黒檀のプレジデント・デスクに向き直り、メフィストが口にした。 此方の医療技術と実力を拝見させて貰おう、と言う意思がありありと伝わる主従であった。 この程度で事を荒立てるメフィストではないが、敵対するとなれば、容赦はしない。幸いにもあのセイバーは相当な切れ者であった為、この場で戦う事を良しとせず、引きさがったが、次出会う時はどうなっているか、想像も出来まい。  番場真昼/真夜は意識を取戻し次第、搬送した病院三階の個室から即日退院させるつもりであった。 通常あれ程の怪我を負った者は一日二日、時間を置いてから退院させるのが常なのだが、メフィストが直々に治療した場合は、意識を取戻し次第即座に退院だ。 理由は簡単で、それだけメフィストの医術が芸術的で、そして、完璧だからだ。健康な者を何時までもこの病院に留め置く必要はない。次の患者の為に、席を譲らせてやるべきである。  一方シャドウラビリスは、メフィスト病院の地下階の一室に、全身に針金を撒き付けた状態で監禁させてある。 暴れられたらコトであるからだ、と言う事は言うまでもない。メフィストが操る針金は、余程筋力に優れた存在ない限りは先ず断ち切れない。 それにあのサーヴァントは、霊体と霊核こそメフィストが用意したアストラル体で回復させられたが、今度はメフィストの手によって、 宝具が発動出来ないレベルまで魔力を徴収されていた。あのバーサーカーの宝具が何かは解らないが、これも暴走対策である。 真昼が退院させる時には返すつもりであるが、それも、シャドウラビリス次第と言うべきだ。 「ところで、メフィスト」 「何か」 「あの主従と戦って、君は勝てると思うかい?」  普通の聖杯戦争に参加した普通のキャスターには到底聞ける訳もない質問だ。余りにも結果が見え透いていて、馬鹿らしい問だからだ。 キャスターは三騎士が固有スキルとして保有する対魔力の影響で、その魔術の殆どが意味を成さないクラスであり、より端的に現実を言い表すのならば、 始る前から勝負の殆どが付いている状態と言っても過言ではないのだ。当然メフィストも、その対魔力スキルの存在を理解していて―― 「この病院の中ならば勝てるだろうな」  理解していてなお、この言葉だった。 「では、病院の外では?」 「良くて半々。悪くて、此方の勝率は四割だろう」  メフィストの目は節穴ではない。 現代科学では、いや、事によったら魔界都市の科学技術を以ってしても再現出来ない程の技術と魔術で、あのセイバーが生み出されている事を、この美貌の医師は見抜いていた。 そして、自分が懸想する、黒コートの魔人。魔界都市を体現する、“僕”と“私”の二つを使い分ける妖糸の男に引けを取らぬ難敵である事を。 それと解っていても、この自信。いや、この男ならば、或いは……? そう思わせる程の凄味が、魔界医師には、満ち満ちていた。 「成程」  それと聞いて、ルイは不敵な笑みを再び浮かべるだけ。 この質問の意図の方が、メフィストには掴めない。悪魔の考える所を理解出来る所は、その悪魔当人か、同じ悪魔のみ。 自分には理解するのはまだ早いのだろうかと、メフィストは静かに思考の海に潜り始めた。 「さて、メフィスト。『先程』の続きだ」 「……フム、そう言えばそうだったな。予定外の客人のせいで、すっかり忘れていた」  それまでエクトプラズムの椅子に腰を下ろしていたルイが立ち上がり、黒檀のデスクの方へと近付いて行く。 メフィストの方に手を差し伸べ、それを見るやメフィストは、ケープの裏地から一本のメスを取り出し、それをルイに手渡した。  ――そしてそれで、何の躊躇いもなく、ルイは己の左小指を斬り落とした。  机の上に湿った音を立てて落ちる小指。 嗚呼、見よ。ルイの小指の切断面を。その切断面は、色の濃い墨を塗った様に真っ黒ではないか。 身体の中に宇宙が広がっているような暗黒が、その切断面から見えるではないか!! 赤い血も溢れ出ない、痛がる素振りも見せはしない。 これこそが、メフィストのマスターである魔人、ルイ・サイファーが、人間ではない事の証左ではあるまいか!! 「ふむ……これだけの大きさの指ならば、先ず失敗する事はなくなるだろうな。それに喜びたまえ、情報の量は作成速度と比例する。この量ならば、一時間程で完成するぞ」  「そうと解っていれば、初めから私の毛髪ではなく、指を差し出すべきだったな」 「全くだ。それ程痛がる素振りも見せないのならば、小指の一つや二つ、訳はないだろう」  凡そ医師が口にする言葉とは思えない発言を受けても、ルイ・サイファーは笑みを強めるだけ 痛覚と言う神経が、初めから身体に通っていないとしか思えない程の豪胆ぶり。それを発揮しているのが、目の前の優男風の紳士であると言う事実。 此処は魔界だった。常人が足を踏み入れるべきではない、異界の理をこそが全てを統べる、事象の外の世界だ。 「エラーのせいで流出し、現実世界と固着してしまった私の固有結界のせいで、不利益を被るマスターの為だ。責任を以て、ドリー・カドモンと共に所望した、もう一つの品。製作をさせて貰おう」 「私に命令されたから製作する、と言う言い方は良くないぞ、メフィスト。君自身も、興味があるのだろう? なぁ、魔界医師。溢れ出る無限の知識欲を抑えきれぬ、欲深き魔人よ」  その繊指が、ルイ・サイファーの小指を摘まんだ。 白く艶やかな指が摘まむのは、人間の身体から分離された一本の小指。そのアンビバレンツが、驚く程グロテスクで、耽美的で、見る者の目線を捉えてやまない。 「悪魔の力の純然たる結晶、『マガタマ』。初めて聞く呪物だが、面白い。それを、況してや、彼の大魔王の身体から創れるのだ。面白くない筈もないだろう」 「おっと、その名前を出すのはルール違反だ。私はただの、君の病院のパトロンだ」  何処までもこの男は、自分を人間だと偽り通すつもりらしい。 先程の応接間の時も、シャドームーンが、信じられないと言った様子で自分達の事を見つめていた事に気づかぬ程、愚鈍な男でもあるまい。 「付いて来たまえ。マガタマを用意するついでに、失った小指の義指を用意しておこう」 「その配慮、有り難く承ろう」  言ってメフィストもルイもその場から立ち上がり、院長室から退室する。 両者の向かう先は、共に暗黒。共に虚無。共に■■。■■■■。 ---- 【四谷、信濃町(メフィスト病院)/1日目 午前7:10分】 【ルイ・サイファー@真・女神転生シリーズ】 [状態]健康、小指の欠損 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]ブラックスーツ [道具]無 [所持金]小金持ちではある [思考・状況] 基本行動方針:聖杯はいらない 1.聖杯戦争を楽しむ 2.???????? [備考] ・院長室から出る事はありません ・曰く、力の大部分を封印している状態らしいです ・セイバー(シャドームーン)とそのマスターであるウェザーの事を認識しました ・メフィストにマガタマ(真・女神転生Ⅲ)とドリー・カドモン(真・女神転生デビルサマナー)の制作を依頼しました ・?????????????? 【キャスター(メフィスト)@魔界都市ブルースシリーズ】 [状態]健康、実体化 [装備]白いケープ [道具]種々様々 [所持金]宝石や黄金を生み出せるので∞に等しい [思考・状況] 基本行動方針:患者の治療 1.求めて来た患者を治す 2.邪魔者には死を [備考] ・この世界でも、患者は治すと言う決意を表明しました。それについては、一切嘘偽りはありません ・ランサー(ファウスト)と、そのマスターの不律については認識しているようです ・ドリー・カドモンの作成を終え、現在ルイ・サイファーの存在情報を基にしたマガタマを制作しようとしています ・そのついでに、ルイ・サイファーの小指も作る予定です。 ・番場真昼/真夜と、そのサーヴァントであるバーサーカー(シャドウラビリス)を入院させています 【番場真昼/真夜@悪魔のリドル】 [状態](魔力消費(絶大) 、各種肉体的損傷(極大) 、気絶、脳損傷、瀕死、自立行動不能)→健康、睡眠中 [令呪]残り零画 [契約者の鍵]無 [装備]ボロボロの制服(現在全裸) [道具] [所持金]学生相応のそれ [思考・状況] 基本行動方針:真昼の幸せを守る。 1.- [備考] ・ウェザー・リポートががセイバー(シャドームーン)のマスターであると認識しました ・本戦開始の告知を聞いていません。 ・拠点は歌舞伎町・戸山方面住宅街。昼間は真昼の人格が周辺の高校に通っています。 ・メフィスト病院三階で眠っています。一日目が終わる頃までには、意識を取り戻すでしょう 【シャドウラビリス@ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ】 [状態](左腕喪失、腹部損壊 霊体損壊(大)、魔力(キングストーン由来)最大充填)                     ↓                    健 康                     ↓    右腕喪失、電撃によるダメージと火傷、全身を針金による束縛、魔力消費(極大) 令呪による命令【真昼を守れ】【真昼を危険に近づけるな】【回復のみに専念せよ】(回復が終了した為事実上消滅) [装備]スラッシュアックス [道具] [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:全参加者及び<新宿>全住人の破壊 1.全てを破壊し、本物になる 2.苦しい [備考] ・セイバー(シャドームーン)と交戦。ウェザーをマスターと認識しました。 ・シャドームーンのキングストーンが生成した魔力を供給されましたが、代償として霊体が損傷しました。 ・霊体の損壊は何の処置も施さなくても、魔力を消費して半日ほどで全回復します。 ・メフィストが何者なのかは、未だに推測出来ていません。 ・現在暴走対策の為に地下で監禁されています。 **時系列順 Back:[[全方位喧嘩外交]] Next:[[開戦の朝]] **投下順 Back:[[求ればハイレン]] Next:[[未だ舞台に上がらぬ少女たち]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |11:[[鏡像、影に蔽われて]]|CENTER:ウェス・ブルーマリン|31:[[機の律動]]| |~|CENTER:セイバー(シャドームーン)|~| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:ルイ・サイファー|02:[[“黒”と『白』]]| |~|CENTER:キャスター(メフィスト)|~| |11:[[鏡像、影に蔽われて]]|CENTER:番場真昼/真夜|31:[[機の律動]]| |~|CENTER:バーサーカー(シャドウラビリス)|~| ----

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