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満たされるヒュギエイア」(2016/11/04 (金) 14:29:26) の最新版変更点

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 佇むだけで、その場の空気と雰囲気を支配し、自らの中に統合する男であった。 この男の眼前で、例え誰が騒ぎを起こそうとも、問題にならないだろう。例え近くで爆弾が発破されたとしても、注目を浴びるのは、 爆音でもなければ爆発した後の跡地でもなく、この白いケープの魔人であろう。人の目を引き、獣を注視させ、星辰の目線すらも掻き集める美の男。 魔界医師・メフィストだからこそ、その場に現れるだけで場の雰囲気を制する事が出来るのだ。例え、超常の存在の見本市であるサーヴァントが集う、この場に於いてすらも。  ハッ、と。一番最初に正気に戻ったのは永琳の方であった。 数千年の時を伊達に生きてはいない。何時までも魅了された状態の訳ではないのだ。 まだ顔が赤らめられている状態のまま、チラッ、と目線を、自身のマスターである志希の方にやった。 全身の細胞が完全に凍結してしまっているかのように、表情も身体も動いていない。美しいものを見て、顔を赤らめる、と言う極めて人間的な反応をした永琳は、 マシな方だったのだ。耐性のない人間は、メフィストの美を見ただけで、固まる。アイドルと言えど、所詮は一介の人間の女が、 狐狸妖怪、悪魔や天使の類すら忘我の境地へと誘う彼の美貌に、耐えられる訳がなかった。そしてそれは――波紋使いとして、筆舌に尽くし難い死闘を潜り抜けたジョナサンや、スタンド使いと熾烈な争いを繰り広げたジョニィにしても、同じ事だった。  何らの強化措置も手術も施していないにもかかわらず、百分の一マイクロ秒を超える程の高速思考能力を有するに至った、その月の脳髄が、次に移るべき行動を弾き出す。 メフィストの気配に気付かなかったとは、迂闊だったと言う他ない。そして、メフィストが此処まで断固としたプロフェッショナリズム、いや、 此処まで独占欲の強い医者だとは、予想だにしていなかった。自分が治すべき患者を、他の医者に横取りされると言うのは、確かに永琳としてもカチンと来る。 しかし、メフィストのそれは常軌を逸していると言わざるを得ない。横取りされれば、その医者には死で贖わせる。これを独占欲が強いと言わずして、何と呼ぶ。 虎の尾を期せずして踏んでしまった事を、永琳は素直に認める。となれば、此処から何を成すべきか。 【マスター】  ……反応がない。再び念話で呼びかけてみる。ビクッ、と肩を跳ねさせて、志希が返事をした。 【な、何……?】  こっぴどく叱られるのも已む無しの悪戯が親にバレた子供の様に、ビクビクとした声音で志希は言った。 【貴女の判断に任せるわ。あの医者を『倒すか』どうか?】  一瞬、志希の思考がフリーズしたのは、言うまでもない。 余りにも永琳が凄まじい事を口にしたので、志希の思考処理能力が何とか処理出来る閾値の限界を越え、完全に頭が真っ白になってしまったのだ。 そして、二秒程経って、漸く意味を咀嚼した瞬間、志希の顔が青ざめた。 【戦うって、アーチャー!?】 【戦わざるを得ない局面を作ってしまった事は謝るわ。もしも、貴女が私に戦えと言うのならば、私は全力であの男を排するつもりよ】  勝算は、ない訳ではなかった。 自身の対魔力の高さと、思考速度。そして、魔術の腕前と、志希が健在でかつ魔力さえあれば正真正銘の不老不死であると言う肉体的特性を活かせば。 活路はあると、永琳は踏んでいた。無論、それだけでは勝算は五分五分、最悪六対四でしかない。勝つか負けるかの確率は半々。 確率論的には悪い賭けではないが、勝手な判断でこの賭けに挑むような真似はしない。だからこそ、志希に判断を任せたのだ。 戦うのか、それとも、それ以外の選択肢を模索するのか、と。 【その、戦わない方向で、お願い出来るかな……?】 【解ったわ】  本音を言うと、そっちの方がまだ気が楽だと永琳は思っていた。 メフィストを相手に戦っても、勝ちの目がないわけではないが、要らないリスクは背負い込みたくない。 況してや今は序盤も序盤。サーヴァント同士の戦いも頻繁に起きると知った以上、無駄に消耗はしたくない。寧ろ、消耗をさせる側に回らねばならないのだ。 だから此処は―― 「知らなかったとは言え、大変な非礼を致しました。如何かこの場は、怒りをお抑え下さいませ」  と、永琳は深々と上半身を折り曲げて、謝罪の言葉を送った。 驚いたのはジョニィらよりも寧ろ、志希の方だった。何処か居丈高な空気を隠さない自身のサーヴァントが、こうまであっさりと謝る性格だとは思わなかったのだ。 が、そんなイメージは永琳と付き合って間もない志希の勝手な空想である。そもそも永琳は確かに高貴な身分ではあるが、 その更にまた高貴な身分である『姫』に仕えていた存在であり、月の世界を追放される以前は宮仕えとしてかなり長く月の支配者に従っていた程である。 人間が連想する所の処世術等、彼女は凡そ全て身に付けている。窮地を脱する為に頭を下げる等、永琳にしてみれば、苦も無い事なのだ。  値踏みする様な瞳で、メフィストは永琳の事を見ていた。 人の価値を図る様な目。しかし、この男がそれをやると、人の心の中に眠る善性を推し量る天使か神の様に見えてならない。 美しいと言う事は得であった。一般的にマイナスの解釈で見られる様な行いも、その美の下に、正当化されるのであるから。 「いいだろう。実際治療には及んでいないのなら、不問にしよう。次は気をつけたまえ」 「有り難い配慮、痛み入りますわ、ドクター」  言って永琳は、再び恭しく頭を下げる。数千年とその者に従って来た、忠臣のような立ち居振る舞いであった。  メフィストは興味の対象を永琳達から、ジョナサン達の方に移した。慌てて、ジョニィが人差し指をメフィストへと向けた。 美しいとは、ジョナサン達も聞いていた。そもそも彼らがアレックス達をメフィスト病院に連れて来た訳は、新宿御苑で遊んでいた子供達の親御から、 この病院の評判を聞き及んでいたからに他ならない。名前だけでも怪しいと思い、聖杯戦争開催以前にその病院に近付いてみれば案の定、 其処はサーヴァントの領地であった。黒い噂も、NPC達からの悪い声も、全く聞かなかったからその時は見逃した。態々襲撃をかける必要もなかったからだ。 が、胡散臭いと言う印象はその時は消えていなかった。名前の時点でそれは当たり前だ。怪しいと解っていてアレックスらを此処に連れて来たのは、サーヴァントの怪我を一般の病院が治せる訳がないと言う極めて常識的な判断からであった。  ――そして、この病院を統べる主を見て、ジョニィは確信した。 この男が、魔界医師メフィストが、想像を絶する程の怪物であると言う事を。凄味、脅威、覇気。 人間がおよそ物怖じし、脅威を感じるであろう諸々の要素を一時に叩き付けられた様な感覚を彼は憶えていた。 そしてそれが、威圧や恫喝によって齎されたそれではなく、その美を以てただ佇み、此方を見るだけで人に錯覚させている、と言う事実が最も恐ろしかった。 だからこそ、頭で物を考えるより爪弾の照準を向けてしまった。其処にジョニィの意思はない。完全なる、生物学的な反射によるものであった。 「銃弾が体内に混入しているな。成程、其処の女史は見る目はあるようだ」 「恐縮です」  ――と、何気なく返事をした永琳の瞳の奥で、静かに敵対心が燻っていた事を、果たしてこの場にいる誰が、見抜く事が出来たであろうか。 「治して下さるのですか、メフィスト先生」  神の威風に呑まれたクリスチャンの様な敬虔さを以て、ジョナサンが訊ねる。 「銃創など……、指が何万本あっても足りない位には治して来た。この病院で凡そ外敵が与えた怪我の類を治せぬ医者などいない。来たまえ、案内しよう」  言ってメフィストはケープを翻しながら一同に背を向ける。 目線だけをこの魔人は永琳達の方に送る。それだけで、氷で出来た剣で脊椎や脊髄ごと貫かれるような感覚を、志希は憶えるのだ。 美しい。だが、それ以上に、恐ろしい。サーヴァントも生身の人間も、この魔人を見て考える所は、かなり似通っていた。 「病院の前に張った認識阻害の結界、見事な腕前だ。かの魔界都市にすら、君程見事な魔術を操る魔術師は、高田馬場の二人をおいて他にいなかっただろう」  「だが」 「いつまでも張られると患者に迷惑だ。解除し次第、可及的速やかに此処を去りたまえ」 「何故かしら、ドクター」 「解っているのに理由を訊ねるのは褒められた事ではない」  メフィストが、永琳達の方に向き直った。冷風を浴びせられる感覚。 「此処は病める者達の城だ。立ち入る事が許される健康な者は、患者の関係者とスタッフだけしか私は許さない。もう一度言う、去りたまえ」 「非常に申し訳ないですが、私共はこの病院に故あって伺いに来ましたの」  と言うが、その言葉からは申し訳なさは全く感じ取る事が出来ない。 いつもの八意永琳、と言う女性の『らしさ』が、此処に来て漸く発揮され始めて来た。 「その故だけは、聞いておこうか。中に入れるかどうかは別としてだがな」  ――勝った、と。永琳は思った。 伊達に永く生きてはいない。交渉事には万斛の自信を持っている。永琳レベルの女性にとって、交渉で重要な事は、 最早『相手を交渉のテーブルに立たせられるか』と言う事なのだ。それが、何を意味するのか。『交渉にさえ移れれば、ほぼ有利な条件を引き出せる』事を意味するのである。 「――魂を彼岸へと連れ去る眠りの呪いについて、伺いたい事が御座います」  メフィストの、優れた流線を描く眉がピクリと反応を示した事を、八意永琳は、見逃さなかった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「……医者が使うべき言葉ではないとは百も承知ですが……敢えて言わせて頂きましょう」  紙袋の中で、直立すれば天井に頭が届かん程の細長い体躯の男、ファウストが溜息を漏らした。 「お手上げです」  気だるげな、それこそ、何十年と生きて来て、もう生きるのにも飽いたと言うような風情でファウストは言葉を告げる。 それを見て、彼のマスターである、白衣を着た老爺、不律は何も咎める事はない。希代の名医であるファウストがそう言うのであれば、そうなのであるから。  ファウストの近くのベッドに、一人の少女が眠っていた。先程まで彼は、この少女を見ていたのである。 綾瀬夕映と言う名前のこの中学生の女こそが、先程不律と中原が話していた件の患者であり、曰く、魂を抜き取られ何処かに隠されていると言う人物である。 その姿だけを見れば、最も適切な反発力を自動調整する事で患者に安眠を約束するマットレスのベッドで、気持ちよさそうに眠っている風にしか見えないだろう。 立てられる寝息も健康者のそれであるし、実際レントゲンや触診と言ったありとあらゆる方法を用いても、彼女は『肉体的には』健康そのものである その、肉体的に健康な少女は、優に五日はこのような状態であった。現代医学的には彼女は正しく健康であったが、『心霊科学的』には彼女は死んでいるに等しい状態だった。 綾瀬夕映には現在、魂がない。中原の言によれば、何処かに在ると言うが、それも定かではない。 実際今の綾瀬夕映は何をしても起きない状態に陥っているらしく、例え腹を掻っ捌いた所で、魂が体内にない為に常時全身麻酔を掛けられているに近い状態であるのだ。 当然、食事も摂れない。仕方がないので、点滴で彼女は栄養を補給している形になる。完全に、九十歳を過ぎて病床に臥せる老人と同じ生活形態であった。 「ランサーの目から見て、綾瀬夕映は如何映った」 「前にも申しました通り、裏でサーヴァントが暗躍している事はほぼ確定的かと。それが解っていて治せないのは、実にもどかしい。怪我や病気の治療なら出来ますが、解呪(ディスペル)となると……それは最早私の領分を外れます故」  「全く、もどかしい事です」、と、最後にファウストが言葉を継ぎ足した。 その気持ちは不律にも解る。医者と言うのは総じてプライドがかなり高い人種である。 地頭は相当高く、倍率何倍~何十倍とも言える試験を医者になる過程で幾つも受け、凄まじい量の金額を投資し、厳しいスケジュールの勉強を何千時間とこなし続け。 そう言った事を経て、人は一端の医者になるのである。積み上げて来た実績、幾つも用意された篩に残ったと言う自負。そう言った所からか、医者はプライドが高い。 そのプライドの高さと言うものは二つに大別され、一つは自分が医者、つまり優秀な人種であると言う上流階級意識。 そしてもう一つは、優秀な人間であるからこそ、患者が治せないのが腹ただしいと言う強すぎるプロフェッショナリズム。メフィストも、そしてファウストも、どちらかと言えば此方に属する人物だった。 「一番良い解決方は、根元を叩く。つまりは、この呪いの大本であるサーヴァントを断つ事です」 「それで良いのか?」 「無論、それすらも未知です。が、少なくとも被害の拡大は食いとめられます」  それはその通りである。不律としても、綾瀬夕映の様な患者がこれ以上<新宿>の内にも外にも増える事は、聖杯戦争参加者以前に、医者として好ましくない。 早い所その大本を排除したい気持ちもあるが、如何せん、情報が余りにも少なすぎる。その事を、ファウストに伝える。 「推理が必要ですな。この場合、大幅な発想の転換が必要になるかと」 「それは?」 「この呪いの正体ではなく、『何故そのサーヴァントは綾瀬夕映さんに呪いをかける必要があったのか』? 此処に、謎を解く鍵があると睨んでおります」 「口封じか?」 「それは、ありえないと思います。何故ならば――!! 失礼、マスター、壁際まで移動して頂ければ幸いです」  空いた紙袋の穴から覗く、発光体の瞳が一際激しく輝いたその後で、ファウストは虚空から長い長い得物を取り出した。 ファウストの身長程もある長さをした長大な『メス』。丸刈太と呼ばれるこれこそが、ファウストがランサーとして呼び出された原因となった武器であり――思い出したくもない殺戮の時代に、何人もの無辜の人間の血を吸った忌むべき凶器だった。 「どうした」  ファウストについては信頼している為、大人しく不律も壁際に移動するが、突如として武器を出されれば、身体を強張らせるのは無理もない事だった。 「サーヴァントの気配です。Dr.メフィストのものと一緒に……それとは別の主従が近付いてきます」  これには不律も目を見開いた。メフィストは基本的には孤高の存在である。切り立った崖(きりぎし)に一厘だけ咲く薔薇の様な男だ。 他の医者や看護師を引き連れて移動すると言った事はせず、移動したい時に移動し、興味のある患者だけを診て、即時的に治療させる。 そんなスタンスの男だ。この病院に勤務してからあの男が、マスターと共に行動している場面すら、不律は見た事がなかった。 斯様な男が、他のサーヴァントと共に行動して、此方に近付いてくる。サーヴァントが近付いてくると言う事以上に、その事が一番の驚きであるのだ。 「確かなのか、ランサー」 「元々この病院はこの世の空間ではございません。現在地がワンフロア違うだけで、サーヴァントが放つ霊体や魔力の気配の察知が不可能に近しくなるレベルです。 逆に言えば、同じフロアにサーヴァントがいるとなると、まだ察知は出来ますが、それも階によってはまちまち。が、此処まで接近してくれば、私も把握が出来る程です」 「敵性存在の確立は?」 「ゼロではない。が、極めて低いかと。Dr.メフィストは病院内での争いを嫌っているようですから。その当人が近くにいる以上、暴れる事はないと思います。最悪暴れれば、院長と一緒にねじ伏せればいいだけですので」 「違いない」  言いながらも、不律もファウストも警戒を緩めない。 不律は白衣の裏に仕込ませた刀の柄に手をかけ、ファウストは身体を屈ませた状態で槍を持ち構えると言う、独特の構え(フォーム)で、来たるべき人物を待ち受けていた。 ――気配が、自動ドアの向こう側にまで接近する。扉の向こうの人物は、一切の逡巡も溜めの時間もなく、ドアを開かせた。 それが、これより患者の診察に入る医者として、当たり前だと言わんばかりに。  ファウストと不律の目には、百万日以上連続で見続けたとして、美しいと言う認識が絶対に揺らぐ事はない程の美を誇る、白いケープの魔人が先ず映った。 そして、次に目に映ったのは、その魔人が引き連れるには余りにも不相応な、学校指定の制服を着用した、歳にして十六~十八程の少女だ。 酷く怯えている。親からブギーマンの話を聞かされる、臆病な子供さながらであった。 二人が部屋に入るなり、その少女の近くで、赤と紺のツートンカラーの衣服を身に纏った、長い銀髪を三つ編みにした女性が霊体化をといて現れた。 女性は、街を歩けば男性は愚か、女性ですらその美しさに一度は振り向くであろう程の、存在感の強すぎる可憐さを持っていたが、生憎と、同じ部屋にいる相手が悪い。 性別の垣根など容易く超える程の美貌の持ち主であるメフィストの隣に並べられれば、折角の美も、霞んでしまおうと言うものだった。 「何かの間違いかと思っていたけれど……本当だとは思わなかったわ」  はぁ、と溜息をついて、銀髪の麗女である、八意永琳は口を開く。 「節操がないのではなくて? ドクター。此処の病院はサーヴァントも雇用するのかしら」 「我が目に適う優秀な存在であれば、サーヴァントであろうが、医療免許を不所持であろうが、四十年も職歴が無かろうが私は構わん。それに、彼は君と同じ程には優秀な医者だと思っているが」 「あら、面白い冗談」  上品に笑って見せる永琳であったが、その瞳は全く笑っておらず、メフィストに至っては愛想笑い等微塵にも浮かべていない。 ……此処に来るまでの間に何があったのかと不律もファウストも思わざるを得ない。肌を筋肉ごと針で刺されるような冷たい空気が、両者の間から吹いてくる。 それを直に浴びている、永琳のマスター、一ノ瀬志希など、完全に泣きそうな表情であった。 「……成程。それが、『用事』、であった訳ですか」  ファウストが言葉を放った。先に彼と不律を綾瀬夕映の所にまで行かせたのは、永琳達を迎えに行く為であったと、この時彼らは気付いたのだ。 「今朝の七時頃に思ったのだ。我が病院とその周辺にサーヴァントがいて、私がそれに気付かないのは不気味だとな。 だからこそ、八時半過ぎに我が病院の技術部を動かし、霊体や魔力の気配を察知する装置を病院の敷地に設置しておいた。上手く稼働されている。見事なものだ」  永琳以上に、この事を脅威だと思ったのは寧ろファウストと不律の方だ。 このような装置を作れた技術力に、ではない。メフィストと、彼の薫陶を受けた医者が活動するこの病院であるならば、その程度の装置など創れよう。 問題は、不律やファウストですら感知出来ない、そのような道具を作っていると言う噂すら流させない、病院の統制システムの完璧さだった。 メフィスト病院には、サーヴァントですら立ち入る事が出来ないブラックボックスの領域が余りにも多すぎる。 不律らですら、この病院の全貌は愚か、実質的な診療科の総数と、それに纏わる専用治療室などを把握出来ていない程だ。これを、自分達の排除の為に転用させに来たら、と思うと、彼らですら身体を冷たいもので撫で上げられる感覚を隠せない。 「さて……。自己紹介をして置きたまえ。穏便に、な」 「かしこまりました」  と言って永琳は一歩、メフィストの先を行き、不律とファウストを交互に一瞥してから、口を開いた。 「お初にお目に掛かりますわ。真名を明かせぬ非礼を先にお詫びさせて頂いた上で、自己紹介をさせていただきます。クラス名はアーチャー。 当病院の院長の大赦を賜り、我が主の関係者を襲う眠りの呪いについての情報を共有して貰いに来たサーヴァントに御座います」 「主の関係者を襲う、眠りの呪い……と言うと、まさか」 「えぇ、そのまさかです」  不律の予想は、正しくその通りだと言わんばかりに永琳は言葉を続けた。 「マスターの関係者が現在、そちらのベッドで昏睡している少女と同じ様な状態に陥っているのです」  一瞬驚きかけた不律とファウストだったが、よくよく考えれば、あり得た話の為に直に平静を取り戻す。 一人いれば二人いて、二人いれば同じような症状の者は、その倍いるかも知れない。統計上のデータは取れていない、無根拠の予測に過ぎないが、念頭に入れておく必要性があるだろう。 「患者の方は、ランサーに診させたのかね、不律先生」 「結果の方は芳しくない。生粋の医者であるが故にな」  言外に、医術と魔術等と言うオカルトは違う、と言う事を不律は言っているに等しかった。 それを聞き、フム、と言葉を漏らしたのはメフィストであった。 「科学万能主義は改めておきたまえ。世界には、科学と等価の法則など、幾らでも見られる。未知の知識と真理を、貪欲に求め続ける事だ、ランサー 「肝に銘じておきましょう」  会話を終えた後、メフィストは綾瀬夕映の方へと、薄い薄い絹の織り物の上を歩くが様な優雅さで近付いて行く。 「同じ症状の患者を診た、と言ったな。アーチャー」 「ええ」 「何処まで、その謎を解き明かした」 「先程も述べた通り、極めて高度かつ大掛かりな、離魂の呪いの類だと私は見ております。その魂の所在については、流石に、と言った所ですが」 「上出来だ。我々病院側の見解と一致している。そして現状では、恐らくはこれ以上の情報は得る事は出来ないだろう。尋常の方法では、だが」  其処まで言うと、メフィストは、綾瀬夕映の広めの額にその人差し指を当てる。 「きゃっ……!?」、と言う悲鳴が漏れたのは、一ノ瀬志希の口からだった。両手で口を当てる。 綾瀬夕映の額に、メフィストの左手が、水に手を入れて行くように没入して行くからだ。まるで彼女の身体が、蛋白質ではなく沼の成分にでもなったかのようであった。 本当に大丈夫なのかあれは、と常識的な判断で志希は考える。手首までメフィストの繊手が、完全に入り込んでいる。当然、頭蓋も大脳もタダでは済まない。 引き抜いたその瞬間あの少女は死んでしまうのではないか、と言う危惧すら志希にはあった。チラッ、と心配げな目線を永琳に送る。 彼女は平然と、メフィストの行為を見つめていた。不律も、彼の従えるランサーも同じような態度であった。この場でおろおろしているのは、志希ただ一人だ。 【安心なさい、あれもあの男の医療よ】  と、念話で志希を諭す永琳。 「魂がこの少女の身体の中に存在しない以上、何を問いかけようが無意味だ。だが、肉体的には彼女の体は健在の状態だ。大脳も機能し、心臓も搏動している。これを、逆手に取ろう」 「脳の記憶を読み取りますのね? ドクター」 「その通り」  空いた右腕を、ドアの方向に伸ばしながら、メフィストが返事を行う。 「今私は、綾瀬夕映の海馬に触れている。人間の記憶を司る箇所の一つだ。其処に収められた、昏睡するまでの間の、ほんの短期の記憶を私が映像化して投影させる。其処から、情報を得られるかも知れん」 「その術を、大掛かりな装置を用いず成すなど、流石は音に聞こえたドクターメフィスト、と言うべきなのかしら?」 「道具を用いて魔術や秘儀を成そうとする者は二流。私が唯一認める老魔術師が述べた言葉だ。私もその通りだと思っているし、ある程度は己の手で成さねばな」  と、会話を行う永琳とメフィストであったが、何故だろうか。 志希はどうも、己のサーヴァントである永琳から、メフィストに対する敵愾心と言うか、ライバル意識と言う物を感じ取れていた。 同じ医者であるから、ライバル意識を燃やしているのだろうか。元々かなりプライドと言うか、気位が高い女性であるとは思っていたが、此処でそれが反映されるとは思っても見なかった。 「では――始めよう」  其処まで言った瞬間だった。メフィストの右手薬指に嵌められた、無色の宝石が美しい指輪から、光の壁のような物が噴き出始めたのは。 ビクッ、と志希は反応する。不律も一瞬身体を強張らせる、直にその正体を看破する。遅れて志希も、その光の壁の正体を見抜いた。 それは、スクリーンだ。紙や布ではなく、光の膜で出来た銀幕であった。何処かで似たようなものを見た事があると思ったが、そう。契約者の鍵から投影されるホログラムだ。  乳白色の光の膜に、様々な映像が流れてくる。 家族との食事の様子、通学の様子、授業を受ける様子、体育のプールの授業で疲れてばてている様子、友人たちと会話している様子。 ここ数日の物と思しき、綾瀬夕映が体験した事柄の中から、特に怪しいと思われる物をメフィストはピックアップして、光のスクリーンにその映像を流す。 しかし、素人の志希にも解る。明らかに、この少女が昏睡に至る直接の原因と思しき映像が、全く見当たらない事に。 それを認識した瞬間、メフィストは映像を高速化。二倍速を越え、四倍速を超過し、十六倍速を超越する、一万倍速に映像を早送り。 瞬きする間に情景が目まぐるしく変化して行く。余りにも速過ぎて、残像が繋がっている程だった。目を回しそうになる。 志希は当然の事、鷹の様に鋭い瞳を持った不律、果てはファウストですら、何の映像を流しているのか解らないと言った様子だった。 この映像の早回しを平然と眺めているのは、メフィストと永琳の二名だけだ。この二人は、何の映像を流しているのか理解しているらしい。怪物であった。  と、思ったのも束の間。突然、メフィストが映像を通常倍速に切り替えたと見るや、巻き戻し。 一万倍速の映像を認識出来ていなかった三名の為に、何の映像をメフィストと永琳が見ていたのか、それを解りやすく伝えようとする。 光のスクリーンは、綾瀬夕映と、目が隠れる程前髪の長い、彼女と同じ制服を着た少女を映していた。綾瀬夕映はテーブルに座り本を読んでいる。 薄いカーテンから透けて見える空の色は、燃えるような茜色。夕方の映像である事は明白であった。二人の少女は、本がぎっしりと詰まった広い一室にいるらしい。 彼女たちの通う学校の図書室であろう。二人以外に、人はいない様子だった。 「目の隠れているあの娘は誰?」  と、志希が疑問を口にする。 「宮崎のどか。綾瀬夕映の同級生であり、友人だ。今日も友人が心配だったらしく見舞いに来たので、儂が応対した」  それに答えたのは不律だった。「あ、ありがとうございました」とぎこちなく口にし、志希も映像に集中する。ファウストも不律も、そして永琳も。 「ゆえー……図書委員の皆もう帰ったよ~?」  内気な性格が、一日と付き合わないでも解る、そんな声だった。 「先に帰っててもいいですよ、のどか。後十ページ程読んだら、私も帰ります」  一方、綾瀬夕映の方は、かなり神経質と言うか、気難しがり屋で、理屈屋なのだろう、と言う事が一時間と一緒に過ごさないでも解る声だった。 「そんな事言って、いつもその三倍読み進めないと腰上げないのに~……」 「十ページも三十ページも大して変わりません」 「変わるって変わるって……」  どうも、綾瀬夕映と言う少女はかなりの書痴らしい。何だかこの読書に対する入れ込みぶりを見ると志希は、自分の所のプロダクションに所属するアイドルの一人を思いだす。鷺沢文香と言う名前の、大人しい少女の事を。 「……あれ? ねぇ、ゆえ。その本って、学校の本じゃないよね?」 「えぇ。よく解りましたね」 「だってラベルシール貼られてないし……持ち込みの本? 何だかやけに古いけど……」  志希が綾瀬夕映の持っている本を注目する。紙の色は完全に酸化し切ってヤケており、表紙もかなりゴワゴワとしている。 ちょっと小突けば風化して崩れ去ってしまうのではないか、と余人に思わせる危うさに溢れている。 「これはですね、のどか。私が数日前に西早稲田の古書店に足を運んだ時に、三千円程で手に入れた歴史書です」 「歴史書……? ゆえ、期末テスト日本史も世界史も赤点だった筈じゃ……」 「何度も言うように、学校の勉強が嫌だから本気出してないだけです。流石に常識レベルの歴史は理解してます」 「ふ、ふ~ん……。で、でだよ。ゆえ。その歴史書って、何処の国の歴史書なの?」 「……のどか。一つ聞きたいですが……」 「? なに?」 「――『アルケア』と言う国について、知っていますか?」 「……アルケア?」  のどかはうーんと考え込むが、ややあって口を開いた。 「ちょっと、聞いた事がないかな……」 「そうですよね、実は私も聞いた事がないんです」  其処で一拍置いてから、綾瀬夕映は再び続ける。 「この歴史書は、そんな、『地球上のどの歴史の教科書にも学術書にもこれまで記述のなかった』、アルケア帝国の成り立ちを記したものなのです」 「ちょ、ちょっとゆえ。それ本当に、歴史書なの? 何だか話だけ聞くと……ゆえは偽物を掴まされたような気が~」 「……怯えて言わなくても大丈夫ですよ。普通は皆そう思う所でしょうし、そもそも私も、面白半分でこれを購入したようなものですから」 「面白半分で?」 「のどか、そもそも歴史書の古書何て、普通三千円何て捨て値で買えませんよ。どんなに安くても数万円、モノによっては五十万以上がザラの世界です。 そんなの、私のお小遣いが全部吹っ飛びます。では何で、この古書を扱っていた人は、三千円でこれを売っていたのか? 多分この人も、これが本物の歴史書だと、信じてなかったと思うんです」 「でも、その歴史書、仮に書いてある事が全部デタラメだとしても、三千円はちょっと高すぎる気が……」 「其処なんです」  ピッ、とのどかの方に人差し指を指して、綾瀬夕映は言った。 「何故、この本が三千円もしたのか。のどか、見れば解りますがこの本、相当古い事が解りますよね?」 「うん。何て言うのかな……数百年は普通に経過した本みたいな……」 「実家に何冊も古い本がありますから、真実経年で劣化した本と言うのは私はよく解ります。本物の歴史書に見せかける為に作られた贋物は、 紅茶に紙を浸したり天日干しにさせたりするものですが、やはり慣れた人間の目は誤魔化せません。ですがこれは……」 「本当に、数百年位経過してるって事?」 「数百年所か、下手したら千年以上かも知れません。本当に千年以上前の書物なら、例えデタラメの歴史について記した書物であろうとも、それだけで価値があります。 ですが、古い事は確実だけれど、内容に確証が全くない。これが、三千円と言う値段で売られてた訳なのですよ」 「何だか、二重の意味で冒険だね……」 「否定しません」 「……ねぇ、ゆえ。その歴史書って、どんな事が書かれてるの?」  のどかが漸く、その内容について踏み込み始める。 「内容については、実はあまり読み進められていない、と言うのが現状です。恐らくは原典に当たる物を古英語に訳した写本なのでしょう。 辞書を引きながらで相当難航しています。解読できた所で良ければ、お教えしますが?」 「おねがい」  呼吸一つ分くらいの間をおいて、綾瀬夕映が言った。 「アルケアと言う国が実際に存在した、と言う過程で言いますが、ハッキリ言って内容は眉唾ものですね」 「どうしてわかるの?」 「歴史書、と言うより神話の側面が強いと言いますか……古事記と言えば、伝わりますか?」 「え~っと……神様とか魔術とか、そう言うのが出て来るのかな?」 「出て来るどころか、話の大筋に絡んでいるレベルですよ。今見ている『神帝紀』……と訳すべき書物は、事実上の帝国の始祖とも言うべき初代皇帝、タイタス一世についての活躍を記した書物なんです」  聞いた事はあるか、と言う疑問の目線を、不律が部屋の全員に投げかけて来る。 答えは、ない。志希は当然の事、永琳や、世界の全てを解体し尽くした賢者とも言うべき立ち居振る舞いのメフィストですら、全くの反応を見せなかった。 「この皇帝は、小王国が群雄割拠していた時代に、周辺のあらゆる王国を武力と知略で支配……しただけならば勢力図を最大にした偉大な王、で終わったのですが、 其処からがおかしいんです。初代のタイタスは妖精族とその王を支配し、魔女を嫁にし、巨人族を従え、竜族を打ち倒し、度量衡を定め、暦や星々の運行を解明し、宗教の礼拝を一つに定め、治水と灌漑の方法を民草に教え……」 「ちょ、ちょ、ちょっとまってゆえ……」  目をグルグル回しながら、のどかが言葉を遮った。 「幾らなんでも、盛りすぎって言うか……」 「私もそう思いますよ。自分がどれだけ偉大かを後世に残す為、美談や武勇伝で飾り立てた歴史書何て珍しくないですが、これはハッキリ言って常軌を逸しています。それ以前に、妖精に魔女に、巨人に竜ですよ。指輪物語ですかこれは」  ふぅ、と一息吐く綾瀬夕映。同時に、本をパタンと閉じ始めた。 「……これを、頭がちょっとおかしい人が書いた架空の書物、と断じるのは容易いです。ですが、私にはそうは思えないんですよ」 「? 何で?」 「文章が理路整然としていますし、言葉の選びも悪くありません。当時としては、それなりに学のある人間が書いた事が解ります。 次に、竜や巨人と言うフレーズですが、これは、恐らくは敵対していた国家や民族の事を婉曲的に指していた、と考えれば辻褄が合います。つまり、半々の確率で、この書物はある程度事実を記しているのでは、と言う事になります」 「は、はぁ……」  付いていけない、と言う風にのどかが言うと、綾瀬夕映はすっくと席から立ち上がり、件の古書を隣の席に置いていた学生鞄の中に入れ込んだ。 「? もういいの?」 「話していたら少し疲れちゃいました。続きは家に帰ってからでも読みますよ。帰りましょうか、のどか」 「う、うん」  其処で、映像が途切れた。と言うよりは、メフィストが中断したと言うべきか。 指輪の宝石から投影されていた光のスクリーンは音もなく消えて行き、後には何もない空間だけが、同じ人の指とは思えぬメフィストの繊指の上で蟠るだけであった。 「此処までだ」  ぴしゃり、と鞭を打つようなメフィストの声であった。 これと同時に、彼は綾瀬夕映の額から左手を引き抜いた。彼女の額に、水面の様な波紋が生じた。 呼吸一つするか否かと言う短い時間で波紋は収まり、元の彼女の顔の状態に戻った。そして、何事もなく、寝息の音が病室に木霊するようになる。 先の数分間、彼女の額に魔人の白腕が没入していた、と言われて、果たして誰が信じようか、と言う程、綾瀬夕映は平然としていた。 「私は綾瀬夕映の海馬に触れ、この十日間に彼女が体験した記憶を映像化した。これ以前にサーヴァントが召喚され、そして、彼女に接触したとは考え難い。 故に、その指定の日数の範囲内で記憶を探した所、怪しいと思った記憶を発見した。それが、今の映像だ」 「地球上で今まで見られなかった文明についての歴史書、其処に出て来る妖精や巨人、竜と言うワード。成程、確かに、疑うに足る材料ですわね」  志希は化学や数学等、理系の分野を得意とする為、世界史については余り自信がない。 しかし、アルケア帝国等と呼ばれる文明が存在した等、少なくとも彼女は聞いた事もないし、そもそもあのスクリーンで宮崎のどかと綾瀬夕映が口にした言葉が、竜や妖精である。成程確かに、サーヴァントが絡んでいると見るのは、自然な事だろう。 「情報を整理しよう」  この場にいる主従が考える、めいめいの事を打ち切るように、メフィストが言った。彼はこの病室における議長(チェアマン)であった。 「当病院に来て間もない女史は知らないだろうが、この綾瀬夕映と言う患者を、我が病院の様々な診療科の腕利きが診察した所、奇妙な夢に囚われている事が解った」 「夢に囚われる……?」  何だか詩的で、耽美的で、幻想的な表現だと志希は思った。そして同時に、嫌な表現だとも。 夢に囚われると言う事は、アイドルの、いや。芸能の世界ではおよそ普遍的で、そして、誰もが囚われる『魔』の姿であるからだ。 「要するに、魂は身体の中にないけれど、脳は生きているから、無意識の内に夢を見ている、と言う事ね?」 「意識がないのに夢を見る、ですか。何ともまぁ、医学の常識を超えた現象です」 「ドクター、この患者は、どのような夢を見ているのかしら?」 「我々ですらも聞いた事がない王国の中を、おろおろと歩いている夢だ」 「あの映像の中で綾瀬夕映が語っていた、聞いた事のない帝国についての書物。そして、今昏睡中の彼女が見る夢が、貴方達ですら未知の国のそれ。成程、確かに、きな臭いわね」 「アルケア、だったか。其処に類似した異空間に、彼女の魂が囚われている可能性は高いだろう」 「其処なのですが……」  此処で、ファウストが挙手をし、意見の表明を行う。 「私には如何にも、このサーヴァントが綾瀬夕映さんをこのような状態に至らしめたのか、解らないのですよ」 「く、口封じ、とか……?」  恐る恐ると言った風に、自分の思う所を志希は告げる。 それを、首を横に振るって否定したのは、誰ならん、彼女のサーヴァントである永琳であった。 「ないわね」 「私も、女史と同意見だ」  メフィストの言葉に、不律の主従も首を静かに縦に振った。 此処まで全員に即否定されると、流石の志希もショックを受ける。強ち間違いではないと思っていただけに、衝撃は大きい。 「ど、如何して、ですか?」 「口封じ、と言う事は、知られたくない秘密を知られたから行う。知られて困る秘密を余所に知られた場合、私ならば、その人物を生かしておかない」 「私もドクターと同意見よ」  冷たい何かで、背中を撫で上げられる様な感覚を志希は憶えた。こう言う感覚を、ゾッとする、と言うのだろうか。 自分とは考える所も価値観も違い過ぎた。怜悧な美貌の持ち主であるメフィストならば、然もありなんで済ませたろうが、永琳ですらが、 同じ考えを持っていたと言う事に、志希は戦慄を覚えていた。此処で初めて、志希は理解した。八意永琳と言うサーヴァントは、必要に迫られれば折衷案や同盟など、 他者に譲歩する様な考えや行動を行える一方で、何の躊躇いもなく人間を殺す事が出来る、極端な二面性を持った人物である、と。 「冷たい考え、と思っているのでしょうね。マスター」  ビクッ、と、冷や水でも浴びせられたように身体を跳ねさせ、志希が反応する。声と同様、怜悧な感情を宿した瞳で、彼女は志希の事を見ていた。 「でも、口封じにしてもおかしいのよ。仮に貴女の言った事が真実だったとして、何で態々、『昏睡にとどめる必要がある』の?」 「そ、それは……」  説明が、出来ない。永琳の言われた通り、少し考えると確かに妙なのだ。 知ってはいけない事を知った人物を、殺さないで敢えて昏睡の状態に留めておく。聖杯戦争でこの処置は、致命的ではないだろうか。 サーヴァントとは文字通り超常の存在。御伽噺と神話の登場人物。人知の及ばぬ神秘の具現。そしてそれは戦闘のみならず、治療にも発揮される事があると、 志希は己のサーヴァントを通じて身を以て知っている。万が一そう言う存在が、秘密を知って昏睡状態にあるNPCを治療してしまえば、その人物は秘密を喋る事だろう。 そうなってしまえば、不利を蒙るのは昏睡させたサーヴァント達の方だ。そうなる位ならば、人道面の問題はさておいて、永琳達の言う方に、殺害して死人に口なしにした方が、遥かに合理的であった。 「……儂が思うに――」  と、口火を切ったのは不律であった。 「昏睡させる事が目的ではなく、『このような夢を見させる事』が目的だったのでは?」 「だろうな。そうでなければ、このような迂遠な方法に説明がつかん」  メフィストが肯定する。「では、何の為に」。このまま数秒程の時間を置いていれば、誰かがそんな疑問をぶつけに来た事であろう。 しかし、この魔人は、そう言った疑問をぶつけられる事を予測していたらしい。一つの分野に打ち込む事幾十年と言う碩学者が、己の知見を語る様なスムーズさで、メフィストは言葉を発し始めた。 「夢とは、精神が織りなす一つの閉じた世界の事であり、遍く生物が持つ、自己の領域の事を指す。 私は胎児が見る夢を記録した事もあるし、獣や虫、魚に貝の見る夢も目の当たりにした事がある。夢とはつまり、眠る生き物である以上、誰もが垣間見る泡沫の一瞬の事なのだ」  「そして、それは同時に――」 「ある種の精神世界でありながら、現実の肉体や世界にも影響を与え得る、特異の世界でもある。 西欧に淫魔や夢魔と言う名で伝わる、インキュバスやサキュバスは、夢を通じて女を孕ませ、夢の中で男の性を受け悪魔の子を産む事が出来る。 その一方で夢は神や天使の啓示に使われる事もある。聖パトリックは夢の中に現れた大天使であるヴィクターを通じて悟りを得、死後聖人に祀り上げられた。 場所を変え、インドのヒンドゥー教においては、この世はなべて、維持の神であるヴィシュヌの夢に過ぎないと語る一派も存在する。 更に場所は東に行き、中国においては蜃と呼ばれる、夢を見る蛤(ハマグリ)の伝承が伝わっている。海の底深くで眠るこの蛤は眠ると同時に気を吐き出し、現実に触れも出来る楼閣を生み出すと言う」 「つまり、どう言う事だ。院長」 「超常存在は人の夢に干渉が出来、神仏の見る夢に至っては、本来ならば精神の活動でありながら、それだけで現実世界に実体を伴って影響を与える事が可能と言う事だ。 そして、極々稀であるが、薬物の力を借りるか、特殊な寄生虫に脳を犯されるか、或いは、天与の才によりて、妄想や夢想を現実化(マテリアライゼーション)させる人間が、少なからず存在する。我々はその様な能力者を、チェザーレと呼ぶ」 「よ、要するに……どう言う事、ですか?」  恐る恐る、と言った風に志希が訊ねる。眼前の、白い闇が蟠ったような魔人を相手に言葉を発するのは、何㎞も走り続ける事よりも労力を使う程であった。 「夢を用いた術など、珍しくも何ともないと言う事だ。魂だけを別所に隠させ、機能している意識で夢を見させる。この様な遠回りな方法を取る理由は、恐らくは此処にあるとみた」 「今までの話を統合するに……、夢を以て現実世界に何かしらの干渉を行おうとしている、と言う事でしょうかな?」 「然り」 「その様な事、簡単に出来るのでしょうか?」 「無理だ」  それまで長々と口にして来た講釈を全て台無しにする、余りにも短い一言だった。 「夢とは、確かに特殊な世界である。だが同時に、人間の見る夢が世界に与える影響など、余りに儚く、か弱い。 そもそも彼らは、数分前に見ていた夢ですらも、朝起き、歯を磨き、顔を洗うその時には忘れているだろう。その程度なのだよ、夢と現実の関連性などは」 「それでは――」 「但し」  ファウストの異議を封殺するように、メフィストが素早く補注を付け加える。 「現実世界に影響を与える夢を成す魔術を、人の夢を以て成就させる方法は、ないわけではない」 「……まさか」 「その通りだ、女史」  一同に、氷の針で出来た様な鋭い目線を投げ掛けた後、メフィストは口を開いた。 「『遍く多くの人間に、同じ夢を見させればいいのだ』」  二人のサーヴァント達は、全てに得心が言ったような反応を取った。遅れて、不律が反応を示す。志希は最後まで、反応を取れずにいた。 「夢とは人の精神や意識が見せる発露の一つだ。だが、人間、いや、NPCが見る夢の影響力など、先述したように、それは儚いものだ。 だが、これが複数人……千、万、いや、十万と集えば話は変わってくる。それだけの人数が一時に『同じ夢を永続的に見させ続けられる事が出来たのなら』。 特に『夢を見る力の強い人間が何人も同じ夢を見たのであれば』? この空論が仮に正しかったとしたら、精神世界或いは、虚空と思しき空間に、 極めて強い精神的実像が結ばれる事になる。こうなれば、後はほんの少し、後ろから手で押してやれば良い」 「ドクター。貴方の概算では、このまま推移すれば、どうなるかお分かりなのかしら?」  「仮に、の話だが。もしも、<新宿>の全人口三十と余万の内、十万人の人数が、綾瀬夕映の様な症状で、かつ、彼女の夢の中に登場した未知の国ではなく、東京の夢をその十万人が一斉に見ていたとしよう」 「……如何なるのだ? 院長」 「簡単だ。東京の上空に『東京』が生まれる。その本質は人が見る夢なれど、実際に見て触れ、歩く事すら出来る東京が、東京の上に成就される」 「……信じられない話ですな、Dr.メフィスト」 「少なくとも、これを仕組んだサーヴァントは、その絵図を、綾瀬夕映が見聞した王国で成そうとしている可能性が高い。敵の目的は、十中八九はそれと見て良い。だが問題は――」 「『その目的が果たされた時に何が起こるのか』? そして、『そもそもどう言う手段で綾瀬夕映を昏睡させたのか』? これが解らない内は、まだまだ敵の手札は明かされていないに等しいですわね」 「大本を断つ、これが一番確実な方法なのだろうが、敵の姿はまだまだ未知の上に、私が述べた事も、まだまだ推論の域を出ない。相当な手練だな、相手は」   その声は微か憂いを帯びていたが、表情は全くの無感動と無表情の象徴の様なそれだった。 つまりは、平素と変わらぬ顔と言う事である。その表情のまま、メフィストは、我関せずと言った風にベッドの上で寝息を立てる綾瀬夕映の方に向き直り、口を開く。 「彼女と同じ様な症状の患者が、恐らくはこれから運ばれて来る事だろう。彼女の魂を肉体に呼び戻す薬を作っては見るが、 魂を囚われていては効果は期待出来まい。陳腐な言葉だが、最善を尽くすしか、私には出来んな」  如何にもなげやりな風に永琳には聞こえたが、この場合、メフィストを責める事がどうにも彼女には出来なかった。 寧ろ、この医師をして此処まで言わせしめ、月の賢者である永琳をしてその実態の全貌を掴ませない、昏睡を引き起こした下手人のサーヴァントの手練手管をこそ、恐れるべきであろうか。  相手の力量を認めつつ、内心で歯噛みしていると、メフィストが此方の方に向き直った。 それまでは、唐突にその美相を向けられると、全身が総毛立つような感覚を覚えたものであるが、永琳の方も伊達に数千年以上の時を生きてはいない。 積み重ねて来た経験と、それによって鍛えられた不動の精神で相手を見据えるまでに成長した。……主の方は未だに、彼の美貌に慣れておらず、硬直とドギマギを隠せないようであるが、それを責めるのは、少々酷であろう。 「時間だ」  そろそろ来る頃合いだと思っていた。 メフィストが何を言おうとしているのか、永琳も理解している。理解していてなお、飛び出して来たのは次の言葉であった。 「何の意味ですの?」 「惚け過ぎは命を縮めるぞ。呪いの正体についての所見は、私も述べた。これ以上の事は、呪いをかけた当人にしか最早解るまい。呪いについての事を知りたい、と言う君の目的は、果たせた事になる。去りたまえ、アーチャーと、そのマスターよ」  この程度のすっ呆けが通じる相手ならば、苦労はしない。メフィストは眉一つ動かさず、永琳の誤魔化しを斬り捨てた。 永琳には、此処の院長とナシを付けておきたい、と言う打算があった。病院内部に入った時から、軽い探知の魔術で病院の内部を探ってみたが、結果は、 ワンフロア上の階所か、部屋の内部すら見通せない始末だった。大掛かりな魔術を使えば数階程度は探知出来るだろうが、 メフィストに気付かれないレベルの探知の魔術の精度等、たかが知れている。が、其処は腐っても永琳の魔術だ。 彼女の術ですら、その全貌を全く掴ませないと言う事は、この病院に施されている空間的・霊的防衛システムは、下手をしたら月の都のセキュリティと並ぶかも知れない。 つまりは、こと防衛に関しては、この病院は凄まじい程の能力を誇ると言っても良い。これが、何を意味するのか? 己の手綱を握るには余りに頼りないマスター、一ノ瀬志希を守る為の一時的な拠点には、持って来いと言う事を指す。 もっと言えば、もしも関係が深まれば、この病院に貯蔵されている――と、永琳は見ている――霊的な材料を用いて、霊薬の類を作成出来るかも知れないのだ。  つまり永琳が望むのは、メフィストとの『同盟』だ。もっと言えば、メフィスト病院の設備と備蓄を利用してやろうと思っているのだ。 しかし、そう簡単に事は運ばない事も、永琳はとうの昔に気付いていた。彼自身の性情が、それを許さないと言う事もある。 だがそれ以上に――何故かこの男は、自分に対して敵意を抱いているような気がして、ならないのだ。 【マスター】 【――えっ、あっ、何?】  やはり、メフィストの美に当惑としていたのだろう。反応するのに、やや間があった。 【貴女も気付いている通り、今の<新宿>はいつ何処で戦いが勃発するか解らない所よ。貴女に下手に出歩かれるよりは、こう言った定まった、それでいて安定感のある拠点にいて貰う方が、私としては都合が良いの、解る?】 【え? そ、それは~……解るけど、出来るの?】  その疑問は至極当然のものと言えた。 誰がどう見た所で、メフィストの意思を曲げさせる事は、不可能なように思える。この男は否と一度口にすれば、ジャハンナムの業火に焼かれようとも、己の意思を変えたりなどしないと言う、不撓不屈の心構えすら見て取る事が出来た。 【念話している時間すら惜しいわ。どう、乗る? 乗らない?】 【……アーチャーを、信じる】    【解ったわ】、と言う言葉を最後に念話を打ちきり、永琳はメフィストの方に毅然とした目線を向けた。 此処に来て初めて永琳は理解した。今までメフィストの美に慣れていたのは、少しだけ彼の顔から目線を外していたからであって――。 真正面から彼の事を見据えると、その余りに完成され過ぎた人体と顔つきで、正気を保つ事すら精一杯である、と言う事に。 それでもなお、永琳はその様な気配を億尾にも出さない。 「ドクター。貴方の目には、私のマスターは如何映るかしら」 「君と言うサーヴァントを御すには、余りにも力不足と言わざるを得ないな」 「全くですわ。何処までも力が足らなくて、私も苦労が絶えませんの」  「うっ……」、と言う苦しげな声が背後から聞こえて来た。想像だにしなかった、永琳からのキラーパスに、ショックを受けている事がすぐに解る声音だった。 「ですけれど――、駄目な子程可愛い、と言うでしょう? 私のマスターとしては確かに力不足の大失格のマスターですけれど、其処がまぁ、庇護欲をそそる、と言いますか」 「単刀直入に言いたまえ」 「此処で私達を保護してくれません?」  弾丸の如く真っ直ぐで、物質的な圧力を伴ったメフィストの目線に射抜かれたその瞬間、永琳は極めて明快かつ、これ以上解釈の余地等ないとしか思えない、シンプルな言葉を言い放った。 「無論、タダで、とは言いませんわ」  メフィストが断る、と言うよりも速く、永琳は彼の言葉尻を奪った。 「私の故郷の技術の一部を、ドクターにお教えする、と同時に、此処で医者としての実力を奮わせて貰いますわ」 「ほう」  食い付いた、と永琳は見るや、直に畳み掛けに掛かる。後ろで志希が「えっ、嘘っ」、と戸惑いの言葉を上げていたが、無視する事とした。 医者として此処で活動すると言えば絶対に混乱するだろうと思っていたからこそ、永琳は敢えて念話での会話の時に黙っていたのだ。 「不老の薬を――」 「不要だ。医者としての修業時代に、師から学んだ」 「空間の謎を――」 「無用だ。我が病院に既に施されている」 「量子に携わる発明を――」 「いらぬな。量子の謎など、遥か昔に解き明かしている」  ……よもや此処までとは、と永琳は舌を巻いていた。 永琳の想像を絶する知識量の持ち主である事は、薄々ではあるが彼女も察していた。まさか、普通の人間であれば、劫と言う時間を消費しようとも、 解き明かせるかどうかは神が振う賽子次第の、量子の謎すらも解き明かしていたとは、思いもよらなかった。永琳の瞳には、微かな驚愕の光が灯っていた。 「御帰りの時が来たようだな、アーチャー」  暗に、次の言葉が浮かばないのなら帰れ、と言う意味が言外からヒシヒシと、永琳は感じ取る事が出来た。 次をしくじれば、同盟の話は水泡に帰す事であろう。――其処で永琳は、敢えて、切り札を切った。本人自体は二度と作る事もないと信じていた、あの薬の名を。 「――『蓬莱の薬』」 「……ほう」  反応の質が、明らかに違うものになった事が、不律やファウストは勿論、志希にも解った。 明らかに、興味を示していた。表情は依然として変わる事のない、石のような無表情であったが、永琳とファウストには、違った感情が今、彼の美貌に過っているのが解るのだ。 「月の都の姫が、当代の帝に与えたと言う不死の薬か」 「製法を教えるだけよ。作るのは、この世界に協力者がいないと無理だから」  これは、嘘でも何でもなく事実だった。『あらゆる薬を作る程度の能力』、と言っても全能ではない。 薬を作るとある以上、材料が不可欠であるのは言うまでもなく、それがないのであれば、無い袖は振れないのだ。 蓬莱の薬を作るのに必要な協力者とは、永琳が一生涯仕えると決めた、蓬莱山輝夜ただ一人。彼女の能力がないのであれば、蓬莱の薬は、作れない。 嘘偽りのない、厳然たる事実を、メフィストよ。お前は、どう受け止めるのか。 「その条件で、構わん」  魔界医師は、一切の迷いも見せる事無く、永琳の提示した条件を受け入れた。 「作る事は、出来ないのに、かしら?」 「知識として記録しておく事の、何がおかしいのかね? 医者はプライドが高く、知識と経験に貪婪でなければ務まらない」 「……」  沈黙の時間が流れた。永琳とメフィストの目線が交錯する。二名の身体から発散される、凍土の最中の様に冷たい空気に、他の三人の皮膚が粟立つ。 サーヴァント同士の睨み合いは、それだけで常人を気死させる圧迫感がある。この二人の場合は、サーヴァントである事を抜きに――自身の存在の格も関わっているであろう事は、想像に難くなかった。そんな時間が、数秒程続いた後で、永琳がこの空気を打ち破った。 「解ったわ。折を見て、御教授して差し上げますわ」 「痛み入る」  簡潔な、メフィストの言葉であった。間髪を入れず、彼は「次の話だが――」と切り出した。 「我が病院で医療スタッフとして働く、と言うのは、どう言う事だね?」 「教えただけで「はい、終わり」、と言うのは矜持に反しますので。蓬莱の薬の製法を教えただけでは、この病院に彼女を匿って貰えないと思いましたが、違いますか?」  と言い、永琳は志希の方を軽く一瞥する。何と反応すれば良いのか解らず、当惑で目を回し気味の志希の姿が其処に在った。 「我が病院は優秀な医者は常に受け入れている。優秀であると言う条件を満たす者ならば、我が病院の門戸を叩く者は、誰であろうと歓迎しよう」 「恐縮で――」 「但し」  最後まで永琳が言い切る前に、メフィストは言葉を遮った。そう簡単には行かせるか、と言う強い意思が声音からも感じ取れる。 「登用の為の簡単な面接は受けて貰おう」  「面接があるのか」、と不律は一瞬驚いたが、そもそも彼は<新宿>にやって来た瞬間に、メフィスト病院の専属医としてのロールを与えられた人物である。 つまり、来たその時から病院のスタッフの一人なのだ。普通に考えれば、登用試験や面接の類があるのが、当たり前なのである。 「お時間は何分取るおつもりなのかしら?」 「一分と掛からん」  ――不律は、この病院も存外まともかも知れない、と、頭の中で一瞬湧いた考えを一瞬で払拭した。  一分で終わる面接など、今日日アルバイトですらあり得ないだろう。魔人の運営する病院は、その採用試験も常軌を逸したものであるらしい。 「……面接は、何時?」 「もう始まっているよ」  そう言うとメフィストは、目も眩まんばかりの白いケープの袖を、永琳の方に向けた――刹那だった。 ビュンッ、と言う音を立てて袖から、音速を超える程の速度で黄金色の細い何かが放たれ、それが、寸分の狂いもなく永琳の心臓を貫いた。 黄金色のラインが永琳を貫く前に、その正体に気付けたのはファウストだった。貫いたその瞬間に、何かの正体に気付いたのは不律だった。 永琳の心臓を貫き、背中までラインが貫通してから数秒経過して、漸く、自分のサーヴァントに起った異変に気付いたのは、志希であった。 「あ、アーチャー!?」  口元を覆い、灰の空気を全て使い潰す程の大声で志希が叫んだ。 永琳は、メフィストのケープから放たれた、黄金色の針金で心臓を刺し貫かれていた。 金メッキの放つ、チープな輝きではない。輝きから質まで、その針金は文字通り、本物の黄金で出来ているとしか思えない程、 限りなくAuの元素記号で表記される金属に等しかった。  戦慄の時間が、緩やかに、そして、忙しなく流れて行く。 メフィストの袖から寸分違わぬ直線に伸びた黄金の針金は、永琳の心臓を撃ち貫いている。 そして、永琳は、自身の心臓を貫いているメフィストの事を、無感情に眺めている。ややあって、永琳は口を開いた。『開いた』。 「人を試し過ぎるのは、長生き出来ません事よ。ドクター」 「因果だな。今朝私も、同じ事を言った」  そう言って、メフィストは、永琳の身体から針金を引き抜いた。 ――誰が、信じられようか。メフィストのケープの中にシュルシュルと、訓練された一匹の金蛇のように巻き戻って行く針金には、血の一滴すら付着していない。 それどころか、彼女の身体を貫いていた筈の先端部が、完璧に乾いた状態であるのだ!! そして、心臓を穿たれた筈の永琳の服には、血の一滴どころか、衣服に穴が空いた様子すら、見られない!!  誰もが忘我の域に誘われるであろう程凄絶な、あの数秒の短い時間は、魔人同士がお互いの実力を図る為に行った刹那の一時であると認識出来た者は、この部屋には二名いるのであった。 「アーチャー!! だ、大丈夫!?」  この病院に来てから、取り乱す事が多くなった事を志希はもう認識出来ない。 無理もない、余りにもこの病院の中で起る事は、志希の知る常識を遥かに逸脱した現象ばかりであるからだ。 だがそれは、当たり前の事なのだ。この病院は<新宿>のものではなく、<新宿>の中にあって、『魔界都市』と呼ばれたある街の則によりて運営される魔城なのだ。 余人の常識が一切通用しないのは、嘗てあの街に住んでいた住人であるならば、誰もが理解する所なのであった。 「痛みもない、流血もない、そもそもあの針金は体内に入った瞬間軌道を変えて、心臓を避けるように背中を突き抜けた。あの針金は治療の為の道具、痛み何て全く与えない。でしょう? ドクター」 「その通りだ」  腕を下げながら、メフィストが口にする。 「この針金に驚き、目を見開かせる様な存在ならば、我が病院のスタッフになる資格など与えないつもりであったが。優秀だな、君は」 「其処が、セールスポイントですから」  一切の臆面もなく、永琳は口にした。それを受けて、メフィストは肯じる。 「いいだろう。今から君は、臨時のメフィスト病院の専属医としての地位を与える。責任を以て、職務を遂行したまえ」 「解りましたわ」 「案内板に従って、ロビーの方に移動し、待機していなさい。じきに案内役の看護士の一人を呼ばせる」 「畏まりました。……出るわよ、マスター」 「……えっ? あ、え、う、うん」  要領を得ない、と言った風に志希は頷き、永琳の後を追い、部屋から退室。 後には、腰に刀を差した老医と、長躯のランサー。そして、白いケープを身に纏った、汚れ無き天国の威光のみで身体が構成されているのではないかと言う、美貌の魔人のみが、部屋に残された。 「彼女を採用されて、良かったのですか。Dr.メフィスト」  と言うのはファウストだ。無理もない。誰が見ても明らかに、八意永琳と言うアーチャーは怪し過ぎる。 彼も、そしてマスターである不律も。永琳は、その美貌の中に、ギラリと光る白刀を身体の中に隠し持った、一癖も二癖もある難物である事を見抜いていた。 明らかに、何かしらの下心がある事は解るのだ。目の前の、聡明な院長がそれに気付かぬ筈もない。 「優秀な医者は、いつでも求める所。其処に嘘はない」 「彼女は、優秀な医者ですか」 「君にも言った所だが、優秀な医者は見るだけで解るのだよ。面接と言う茶番など、用意するまでもなかった。女史は、この病院のあらゆるスタッフの中でも、最も優秀な人物かも知れんな」  それが、メフィストが送る最大限の賛辞であると言う事を、不律もファウストも知らない。 この病院の設備と、其処に勤務する医者の実力を何処までも信頼しきっているメフィストが、外様の医者を此処まで褒め称えると言う事は、ありえない事なのだ。 「……仮に、裏切って、院長にその矢を向けたらどうするつもりだ?」 「その時に対処するさ。私は、私に故意を以て襲い掛かる存在には、相応の対価を支払って貰う事にしている」  いつも通りの無感情な言葉だが、それが、嘘でも冗談でもなく真実であると言う事を、二人は理解している。 メフィストは、普段通りの声のトーンであるのに、放つ言葉によって、自由自在に威圧感と冷たさを調整出来るのだ。 言霊の謎を解明し、言葉を自由自在に操る吟遊詩人(トルバドゥール)のような男だった。二人は今の彼の、そんな発言に、背骨を濡れた氷で撫で上げられる様な悪寒を感じた。 「では、患者に対し悪意を以て――」 「それは、ないな」  ファウストの懸念を、メフィストは素気無く斬り捨てる。まさに、即答であった。 「何故、そう言えるのでしょう?」 「プライドが高いからだ」 「……プライドが?」 「本物の医者と言うのは、プライドが高くなければならない。己の患者に一切の怪我も病気も許さず、己が管理する病院の全てに万斛の自信を抱いていなければならない。 それを以て初めて、真実の医者になれるのだ。彼女は、私の理想に限りなく近しい思想の持ち主だと思っている。つまりは、私に敵対する事はあれど、患者には慈悲深い性格である、と言う事だ」 「それが本当であれば……確かに、優秀な医者であろうな」 「その通りだ、が。神は何時だって、人に全てを与えない物だな」 「と、申しますと?」 「彼女には欠点がある」 「はて?」 「医者としての資質も十分、見識も極めて深く、魔術にも造詣があり、有事の際の荒事にも長ける。まさに、医者の鑑とも言うべき人物だ。が、唯一の欠点を上げるとするならば……」 「上げると、するのならば。何です、ドクター?」  ふぅ、と溜息をついてから、メフィストは解を告げた。 「『女であると言う事だ』」 「えっ」 「えっ」  両者とも、殆ど同時のタイミングだった。 「女であると言う事実だけが、嘆かわしいな。女のインテリと言うものは、如何にもプライドが無駄に高い。男であればそれも可愛げがあると言うものだが、女になった瞬間それが失われる。実に、嘆かわしいな」 「……院長は、衆道の方が好みなのか」 「悪いかね」 「……いえ」  歯切れの悪い返事だと不律も思う。仕方があるまい。 想像だにしていなかったメフィストの性趣向に、困惑してしまったからだ。目の前で刀を突然、急所目掛けて振るわれる事よりも驚いている。 そう言った人物がいる事も知っているし、実際軍医を務め、曲りなりにも軍属であった不律には解る。同性愛は思った以上に普遍的な性癖なのだと。 ――だが、メフィストがまさかそうだったとは、思いもよらなかったのだ。その気になれば、世界中の女のほぼ全てを我が物と出来る男は、その実、女に全く興味を示さない男色家であったのだ。誰も、想像が出来まい。  何処か気だるげな装いで佇むメフィストであったが、何かに気付いた様に面を上げ、先程、綾瀬夕映の海馬の記憶を投影させるのに使った、 右手の薬指に嵌められた指輪から、何かの映像を投影。年配の、髭を蓄えさせた中年男性の顔が、立体映像となって指輪から発せられる光に映った。 「何事かね」 「突然申し訳ございません。実は先程、院長が私共に預けた、『北上』と言う患者ですが……」 「治せなかったのかね?」 「……面目ない。彼女に合った義腕を選ぼうとしたのですが……傷口が余りにも特殊で、腕に合う義腕が見繕えないのです」  酷く無念そうな顔で、その中年男性は口にした。そして、覇気のない子供の様に、委縮している。 まるで、初めて問題に誤答してしまい、親か教師にそれを咎められる優等生のような心境である事は、容易に想像が出来ようと言う物だ。 「直に向かおう。不律先生、事後処理は任せた」 「心得た」  任せた、と言ってからのメフィストの行動は迅速であった。 足早に部屋を去り、部屋の内部と言う空間を悲しませるだけ。この男は、世界を構成する空間の一部など一顧だにしない。 どれだけ空間が待てと言われようが、待たない。自身の患者に異変が起これば、そちらの方を優先する。メフィストと言う男は、そんな男であった。 後には、不律とファウスト、そして、この部屋で起った魔人達の会話の事など一切知らずに、夢を見続ける眠り姫。綾瀬夕映だけが、残されるだけだった。 「人は見かけによらぬな……」  と言う言葉は、メフィストに対して向けられたそれである事は、明白だった。 「……同性愛は一応病気では御座いませんから」  動揺した風にファウストは言う。寧ろ彼の方が、衝撃を隠せていないようなのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【勝手に話を進めて、悪かったわね】  と言って、志希に詫びの言葉を念話で投げ掛けるのは、八意永琳だった。 彼女は今、実体化の状態で病院を歩いている。今より病院の臨時専属医として働く事になっているのだ。 霊体化をした状態では差支えがでる。だからこそ、こうして実体化の状態で病院を歩く事にしたのだ。 廊下ですれ違う患者や看護師、医者が、永琳の方に顔を向ける。この病院で働くスタッフ達は、こと、美しいと言う概念を審美する時は極めて厳格だ。 何せ主である院長が、この世の美の基準点のような男なのだ。必然、此処で働く者は審美と言う行為にうるさくなる。 そんな彼らですらも、思わず目を引く程の眉目秀麗たる容姿を誇る女性。それが、八意永琳だった。メフィストと言う男が全てを支配する病院の中でも、 彼女の華麗さは褪せる事はない。八意永琳は、メフィストと言う日輪に対する、月輪のような存在感の女であった。 【アーチャーが必要だって思った事なんでしょ? だったらあたしも、それに従うかな~……って】  そう、確かに必要な事だった。と言うよりは、戦略上、此方に着いた方が有利だと永琳は認識したのだ。 住宅街で起ったサーヴァントとの交戦とその戦闘の後、そして、繁華街ですら大規模な戦闘が起ったと言う事実を聞いた瞬間、永琳は真っ先に考えた。 それは、『家に籠城する』と言う作戦は最早何の役にも立たないと言う事だ。この狭い街で、頻々と戦闘が起こる以上、明日は我が身になる可能性は極めて高い。 そうなった場合、何の才能もない自身のマスターは真っ先に殺される可能性が高い。何処か安全な場所を探そうにも、聖杯戦争が始まった以上、 絶対的に安全な場所など存在しない。自分の実力で、マスターを守らなければならない。ある時まで永琳はそう考えていた。  その負担が楽になるかもしれないと思ったのは、メフィスト病院内部に入った時からであった。 この病院が保有する霊的・空間的な防衛システムは、主の保護に打って付けであるし、何よりも、上手く院長と話を付けられれば、 自身の道具作成スキルを最大限に活かせる、霊薬を製作する為の材料ですら工面して貰えるかもない。 そうなれば、後の可能性は無限大だ。永琳は、魔力がほぼ枯渇寸前の状態から魔力を、肉体的な怪我ごと全回復させる霊薬(エリクサー)だって造り出せるし、 ワニザメに皮を剥がれた因幡の白兎の傷を治した大国主が用いた薬だって、製作が出来る。拷問に用いる自白剤も作成出来れば、肉体を瞬時に溶かす毒薬の類だってお手の物。  そう戦略上、永琳は必要な事だと思っていた。 無論、リスクがないわけではない。腐っても此処は、他のサーヴァントの拠点である。いわば、敵の腹中で文字通り自分達は活動している事になる。 メフィストが何らかの心変わりを起こして、自分達に牙を向く可能性だって、ゼロではない。そうなったら、さしもの永琳ですらどうなるか解らない。 その危険性を加味してなお、得られるリターンの大きさが魅力的なものに永琳は思えた。だからこそ、あのような話を進めたのだった。  ……しかし、本当はそれだけではなかった。 単純に言えば、かなり『腹が立った』から、この病院で働く、と言う下心が永琳にあったのも事実である。  メフィストは狂人だった。疑いようもなく、彼の心は破綻していた。 余りにも断固としたプロフェッショナリズムの持ち主の為に、彼は人の心の在り方と言うものから何処までも浮いているのだ。 患者を愛し、病院を信頼し、自分達の患者を害する者は一切許さない。それ自体は、医者として当然の在り方だ。だがあの男は、その度合いが異常過ぎる。 プロフェッショナリズムを求めに求め、求め過ぎた結果。彼の心は、『人間の可能性』とも言えるべき極北の地点の更に先に、向かって行ってしまった。 永琳から見た、メフィストと言う男は、そんな人物であった。  そして、驚く程あの男は気位が高い。 感情のない天使にすら恋慕の情を抱かせる程のあの美貌と、確かな医療技術を持っているのだ。 プライドが高くない方がおかしいし、事実医者と言う者はメフィストが言うように、新たな知識に貪欲で、医者としての矜持にプライドが高くなければ務まらないのだ。 解っていても『ムカついた』のは、自分の事を値踏みする様な、あの瞳と態度だった。本質的にあの男は、自分と自分の病院以外で働く医者を見下している。 そんな態度が、透けて見えるようだった。永琳は、自分が医者としても、戦士としても、優秀であると言う自負があった。 自分でも自覚している所だが、プライドは高い方だと思っている。だからこそ、許せないのである。戦闘能力で見下されると言うのならば兎も角、 医術の腕前で馬鹿にされるのは、沽券に係わるのだ。あの男は、その永琳の沽券を簡単に見下した。それが、永琳には耐え難かった。  ――……言える訳がないわよね――  まさか志希に、そう言った感情もあってメフィストの所に着いたなどとは、言えなかった。 諸々のメリットの比較衡量も当然行ったが、それ以上に、斯様な感情があったなどと、まさか永琳の口から説明出来る筈もなし。 医者として働く以上は、適当な事は出来ない。自分があの男以上に優れている事を、これを機会にその一端だけでも発揮できれば、と、永琳は思っていた。  ――……子供ね――  後で冷静に自分を俯瞰して、何とも幼稚な考えだと思っていた。 比較衡量の部分がなければ、完全にこらえ性のない子供とほぼ同義であった。 数万年以上の時を経てなおこの精神性とは、笑わせる、と。皮肉気な笑みを浮かべる永琳。 彼女らの横を、黄金色の髪をした、ブラックスーツの男性が過った事に彼女らは、全く興味も示さなかった。 ---- 【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院)/1日目 午前9:20】 【一ノ瀬志希@アイドルマスター・シンデレラガールズ】 [状態]健康、廃都物語(影響度:小) [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備] [道具] [所持金]アイドルとしての活動で得た資金と、元々の資産でそれなり [思考・状況] 基本行動方針:<新宿>からの脱出。 1.午後二時ごろに、市ヶ谷でフレデリカの野外ライブを聴く?(メフィスト病院で働く永琳の都合が付けば) [備考] ・午後二時ごろに市ヶ谷方面でフレデリカの野外ライブが行われることを知りました ・ある程度の時間をメフィスト病院で保護される事になりました ・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません ・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました ・メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました 【八意永琳@東方Project】 [状態]十全 [装備]弓矢 [道具]怪我や病に効く薬を幾つか作り置いている [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:一ノ瀬志希をサポートし、目的を達成させる。 1.周囲の警戒を行う。 2.移動しながらでも、いつでも霊薬を作成できるように準備(材料の採取など)を行っておく。 3.メフィスト病院で有利な薬の作成を行って置く [備考] ・キャスター(タイタス一世)の呪いで眠っている横山千佳(@アイドルマスター・シンデレラガールズ)に接触し、眠り病の呪いをかけるキャスターが存在することを突き止め、そのキャスターが何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だ明白に理解していません。 ・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません ・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました ・メフィストに対しては、強い敵対心を抱いています ・メフィスト病院の臨時専属医となりました。時間経過で、何らかの薬が増えるかも知れません 【不律@エヌアイン完全世界】 [状態]健康、廃都物語(影響度:小) [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]白衣、電光被服(白衣の下に着用している) [道具]日本刀 [所持金] 1人暮らしができる程度(給料はメフィスト病院から出されている) [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を手に入れ、過去の研究を抹殺する 1.無力な者や自分の障害に成り得ないマスターに対してはサーヴァント殺害に留めておく 2.メフィスト病院では医者として振る舞い、主従が目の前にいても普通に応対する 3.メフィストとはいつか一戦を交えなければならないが… 4.ランサー(ファウスト)の申し出は余程のことでない限り認めてやる [備考] ・予め刻み込まれた記憶により、メフィスト病院の設備等は他の医療スタッフ以上に扱うことができます ・一ノ瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました ・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません。 ・メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました 【ランサー(ファウスト)@GUILTY GEARシリーズ】 [状態]健康 [装備]丸刈太 [道具]スキル・何が出るかな?次第 [所持金]マスターの不律に依存 [思考・状況] 基本行動方針:多くの命を救う 1.無益な殺生は余りしたくない 2.可能ならば、不律には人を殺して欲しくない [備考] ・キャスター(メフィスト)と会話を交わし、自分とは違う人種である事を強く認識しました ・過去を見透かされ、やや動揺しています ・一ノ瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました ・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「……凄いな。痛みも何もない」  心底感心した様にそんな事を言うのは、診療室で、包帯の巻かれた左腕を軽く動かすジョナサンだった。 全く痛みがない。其処が、驚きの最たる所だ。と言うのもジョナサンの左腕には、つい先刻までロベルタが発砲した凶弾が体内に埋め込まれていたのだ。 更に胴体には銃弾による怪我もあり、歩くのも中々どうして、苦労した程である。その労苦が今、完全に消え失せていた。 驚くべきはメフィスト病院の医療設備と、スタッフの優秀さだ。評判は、前々から聞いていたが、此処までその高さを見せつけられると、敵対心など抱く気もなくなる。 自分達の生きていた十九世紀のイギリスの医療技術が、未開の民族の怪しげな民間治療にしか思えない程であった。 「Mr.ジョナサンの身体の壮健さと、自然治癒力は目を瞠るものが有りますね。この調子なら、一時間後にはラグビーだって出来る程ですよ」  と、太鼓判を押すのは、自身の治療を務めてくれた、月森と呼ばれる若い、眼鏡をかけた男の医者だ。 若いながら優れた医術を持ち、たったの数分で弾丸の摘出と、事後の毒素処理を行った医者である。 「いえいえ、先生の優れた医術があればこそですよ」 「ハハハ、お褒めの言葉は嬉しいですが、まだまだ僕もこの病院では若輩者でしてね。先輩方には、負けてしまいますよ」  謙遜としては良く使われるタイプのそれであったが、これが嘘ではない事をジョナサンもジョニィも知っていた。 恐らく月森は本気で言っている。サーヴァントの運営する病院に集まるのが、普通の医者しかいない訳がない。 特にそう疑っているのはジョニィの方だ。ジョニィは生前、泉と、其処に生える巨大な大樹自体がスタンド、と言う、つまり、 場所がスタンドその物と言う相手と関わった事がある。メフィスト病院とはまさに、場所そのもののスタンド、つまり、宝具なのではと考えていた。 そう言ったスタンドにありがちな事であるが、その場所スタンドの内部で起る事は、基本的には何でもアリで、外の世界の常識など通用しない。 このメフィスト病院が宝具であるとするのならば、其処に勤務するスタッフも、宝具の一部である。つまりは、何かしらの『力』を付与されている可能性が高い。つまりは、月森とは別の、或いは、彼をも超える医療技術の持ち主は普通にいるし、場合によっては戦闘すらもこなせる医者も存在していると、二人は推測していた。 「院長先生には、やはり勝てませんか」 「メフィスト院長ですか……あの御方は最早別格ですね。私も彼の技術を目の当たりにした事がありますが……私では、例え千年研鑽を積んだとて、彼の領域には至れない。そう思い知らされました」  と、過去の事を思い描く様な口調で月森は語る。真実の事を語っているらしく、遠い目で語るその喋り口に、嘘は見られなかった。 ジョナサンらは未だに見ていないが、やはりこの病院を運営する院長の技術は、想像を絶するそれであるようだった。 「……話は変わりますが、先生」 「何でしょう?」  神妙な顔付きのジョナサンに対して、月森の方は、柔和な表情のままであった。 「私と一緒に付いて来た、北上、と言う少女の件ですが……」 「北上……あぁ、あの右腕の肘から先がない女の子ですね?」  眠り病と呼ばれる聞いた事もない病気の事を知りたいと言ったあのアーチャーは、メフィストの案内に従い移動。ジョナサンと北上は別れて、別の所に案内された。 ジョナサンが案内された場所はごく一般的な外科であるが、北上の方は、身体の義部を作る為の診療科に案内され、そのサーヴァントであるアレックスは、 専門の、霊体治療の為の診療科に案内されているとの事。現在彼女らは、全く別々の所を行動していると言う事だった。 元々、ジョナサン達が見た時から、欠損した部位も見た所持っていなかった為に、治療は不可能であり、仮初の部位を作る事で治療を施そうと言うメフィスト病院の意思は、 理解していた。それでもやはり、心配になる。ジョナサンは思い出していた。時折北上が見せる、親類の全てが死に絶え、頼るもの縋るものもなくなったような、深い絶望に彩られた彼女の顔を。 「当病院の技研の腕前は頗る評判です。人によっては、元々の自分の手足よりもよく動くと言われる方もいる程ですよ。技研の先生方の腕前を、信用して下さい」 「いえ、そうではなく……ですね。聞かれないのでしょうか? 腕のなくなった理由を」  ジョナサン達も、それについては何の憂いも無い。この病院の事だ、上手くやってくれるだろうと言う無根拠な信頼すらあった。 だが、不気味なのが、この病院の誰もが、『如何して四肢がなくなったのかと言う事に興味を払わない事』である。 普通の病院であれば、間違いなく四肢を失った理由を訊ねるだろうが、この病院はそれをしない。此処を頼る患者ならば、誰でも治療する。 その様な意思を、ジョナサン達はこれ以上となく感じ取れていた。そして其処こそが、この病院がサーヴァントの運営する魔窟たる所以なのだろう。 「これは、メフィスト院長の自論なのですが……。自分を頼りにやって来た患者は、誰であろうと治せ、と言うのが、あの方にはありまして……」  滔々と、月森は語り始めた。 「例え後に、自分の敵に回るような人物でも治療せよ、と言う事らしいのです。それこそが、医道の扉を叩いた物の宿命であり、運命なのだ、と」 「……と、言いますと?」 「私が思うに、院長にとっては、怪我を負った理由よりも、怪我を負った結果こそが大事なのだと思っているのです。それを治す事こそが、医者の仕事。 それは、私共にも徹底されております。故に我々は、怪我を負った理由を敢えて聞きません。何事も、話したくない事は、あるでしょうから」  傍から見れば、聖人の言葉にしか聞こえない月森の発言であったが、時と場合にそれはよる、と言わざるを得ない。 人の言う事を全て疑う人間は病気であるが、人を疑う事を一切知らない人間もまた病気である。何故、四肢の一部を失ったのか? それは、人間である以上、況してや医者である以上当然疑って然るべき事柄であり、彼らはそれを訊ねようともしない。 ジョニィは、やはり此処は、危険と安全と紙一重の場所だと、再認した。此処で働くスタッフ達は、正常と異常の境を彷徨う、魔界の住民なのだ。  怪我だけを治したら、さっさと距離を離す事が一番だろう。それが彼の思う所であったが――ジョナサンは、月森の言葉に感銘を受けている様子であった。 「実に素晴らしい、紳士の鑑のような人達だ」、とすら言う始末だ。ジョニィは、此処をもう少し改善してくれたら、と思わずにはいられない様子なのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  此処が、義肢や義眼の作成担当の為の場所だと認識した瞬間、北上は思った ああ、自分の腕はもう、何をしても治らないのだ、と。涙は最早出ないので、虚無感だけが胸中を支配した。 予測出来なかった事ではない。何せあそこまで細切れに、自分の腕はなったのだ。普通は無理であろう。 どんな名医でも、失った腕を元に戻せと言われれば、匙を投げてしまう。北上の負った傷とは、つまりそんなものだ。  事実、自分の事を担当していた、髭を蓄えた中年男性もお手上げと言った調子であった。 「切断の傷が異常だ」、「如何してこう言う傷を負ったのか理解が出来ない」、小声で男はそんな事を告げ、ある程度傷を見終わってから、 「少しお待ちを」と言って、部屋を後にした。北上は、用途すら及びもつかない大仰な機械の数々と、壁掛けのコンソールスクリーンが至る所に設置された部屋で、 ぽつねんと一人残されるだけとなった。  アレックスは今、何処にいるのだろうか。自分を守り、要らぬ怪我を負った、あの頼りない勇者は。 自堕落でスケベで、それでいて、いざという時には『勇』ましき『者』の名に恥じぬ動きを見せぬ、未だ姿形の定まらぬ男は。 あの男の負った損傷も酷かった。メフィストの案内で今彼は、『心霊科』と呼ばれる、その名を聞くだけで胡散臭い診療科に案内され、霊体の治療を受けているらしい。 自分よりも境遇が心配だった。この世界で彼に死なれてしまえば、真実北上は一人ぼっちだ。そうなってしまえば、もうこの世界で生きる術はないに等しい。  いやであった。 死ぬ事よりも、一人で、しかも、鎮守府の皆に死んだと言う事をも認識されずに消えてなくなるのが、何よりも怖かった。 元の世界に帰りたい。そして、アレックスにも無事でいて欲しい。目を瞑り、その事を必死に祈る彼女であったが、その行為は、自動ドアの開く気配で中断される。  ハッとした表情を浮かべ、その方向を見つめた。 不思議なものである。自分を担当していたあの中年男性が戻って来たのではない事を、直感で北上は理解していた。 部屋の白さと言うよりも、明度が極端に上がったような気配を彼女は憶えた。部屋に満ちる電子機器の数々が上げる稼働音が、 喜びの讃美歌を上げているようなそれに変貌した様な錯覚を感じた。彼女の目線の先にいる、白く輝く美貌の男の姿を見て、硬直する。 この男は――地球から何万光年と離れた恒星の放つ、汚れ無き白い光を集めて作ったような、この男は。 「気分がすぐれないかね」  そう言って此方に近付いてくる男の名は、メフィスト。 この病院の院長でありそして、別所に向う為に病院に入ってすぐに解れて行動していた白の美人であった。 「四肢を失う事は、当人にとっては心に穴が空いた様なショックを受ける。当然の事だ。だが、安心したまえ。我が病院に救いを求めた以上、私は誰であろうともその思いを無碍にはせん」  此方に歩み寄りながらそんな言葉を口にするメフィストは、誰が聞いても、聖人の様にしか見えぬであろう。 断固としたプロフェッショナリズムは、見る者によっては狂気の権化に見える一方で、人によっては天より遣わされた天使のように映る。 特に患者には、メフィストの姿は、聖母の如き慈愛性を誇る救い主に見えるに相違あるまい。事実、多くの患者は、彼の事をそんな目で見ていた。  嗚呼、だが、北上よ。 何故お前は、メフィストをそんな瞳で見る。美貌に対して陶酔とする感情でメフィストを見る一方で、何故、彼の美貌を極度に恐れるような瞳で。 「腕を見せたまえ」  と言う、メフィストの言葉を認識するのに、数秒は掛かった。 のろのろと右腕を上げ、その姿をメフィストに見せる。二の腕を軽くメフィストは掴む。 耐えがたい至福の陶酔感が、彼女の腕から身体全身に伝わった。本当に美しい物の手に触れられたものは、それだけで歓喜の念を隠せない。 その事を今彼女は、自身の身体で実感させられていた。しかし、メフィストには彼女を喜ばせると言う気概など欠片も無い。 ただ冷徹に、北上の怪我の原因を調べるだけ。それを精査する為、彼女の腕を見るメフィストの目に――驚愕の光が、誰の目から見ても明らかな程しっかりと刻まれていた。 「……成程、北里先生では治せぬ筈だ」  そっと手を腕から離し、メフィストは、北上の方に向き直る。 メフィストの美は、正視するのとしないとでは、精神に対する影響力がまるで違う。 北上のような女子には、目線を全力で外し、顔を俯かせて話す事が、現状の精一杯であった。 「私は余り、患者の怪我の原因を聞かない事としている。見ただけで何が原因なのかが解るからだ。これに関しても、何が原因でこのようになったのかは解る」  「――だが」 「解っていても、聞かざるを得ん。北上さん」 「……はい」  声と言う声を出しつくし、声帯が極限まで擦り減ってしまったような、掠れた声であった。 「何時、何処で。そして、何者の手によってその傷を負った」  一切の嘘は許さぬと言う、厳然たる口調でメフィストは詰問する。 恐る恐る、と言った風に、北上は、その原因を語ろうとする。ラダマンテュスの審判を受ける死者もまた、今の北上のような心境であるのだろうか? 「七時半より少し前に、落合の家で……です。黒いコートを着た、先生みたいな綺麗な人に……」 「下手人の一人称は解るかね」 「……『僕』、でした」  顎に手を当てて考え込むメフィスト。 彼は、北上の傷を見て一瞬で、それが細さ千分の一ミクロンのチタン製妖糸によるものだと看破した。 見間違えようがない、腐れ縁でもあり思い人の男が傷付けた痕と同じ物であるのだから。 だが、違う。確かにそれは、メフィストの知るチタン製妖糸によりて傷付けられた傷であるが、問題は、それを負わせた張本人だ。 断言しても良かった。それは間違いなく、彼が懸想する、この世で最も黒が似合う男、『秋せつら』のものではなかった。 しかし北上は、彼の一人称を『僕』と言っていた。其処が引っかかる。『僕』のせつらが操る糸は、『私』のそれに比べて格段に技倆が落ちる。 それなのに今の北上の右腕の傷痕は、『僕』のせつらの操るそれよりもかなり複雑怪奇で、腕前が良いのである。 「君の義腕は、私が担当しよう。それまで少しだけ、この病院のリハビリルームで待機していてくれたまえ」 「……はい」  と、北上は口にした。 メフィストは考える。確かにこれは、この病院の手に余る傷だった。 秋せつらが、絶対に再生させないと言う意思の下で操った妖糸によって傷付けられた者は、この病院のスタッフの手でも『治せない』。 『僕』の人格までなら、メフィストも治せる。だが、『私』に変わった瞬間、最早メフィストでも匙を投げる程の傷痕と化し、二度と治療が出来なくなる。  北上は、下手人の事を黒コートの美人で、かつ僕と自分を呼んでいた男にやられた、と言っていた。 一瞬せつらの事を考えたが、彼らは、北上達を襲撃した後で、この病院にやって来たのだろうか? 時間的に無理があるように思えるし、 そのサーヴァントが戦闘を事前に行って来たのかどうかは、特に、秋せつらに関しては手に取るようにわかる。 断言しても良かった。せつらは明らかに、戦闘を終えてからこの病院にやって来ていなかった。 それを加味して、『僕』の人格より一段階上の糸の技量を持ちながら、その『一人称が僕』である、同じ黒コートの人物。  ――思い当たるフシが、一つだけあった。 魔界都市の住民の誰にも認識されず、覚えている者も最早絶無に等しい青年の事を。 メフィストが認める、この世で唯一、黒一色の服装の似合う男。せつらに並ぶ美貌を持ちながら、せつらとは比較にならぬ邪悪な性格を持つ男。 嘗て魔界都市の王になり損ねた、黒いインバネスコートの魔人の事を、今メフィストは思い出していた。  ――……君がいるのか、浪蘭幻十――  改めて、罪な街だとメフィストは思った。 魔界都市の具現である、黒コートの魔人を呼び寄せる。メフィストからしたら、魔界都市“<新宿>”の住民であった彼からしたら、『<新宿>』の判断は、 当然のものと言えた。だがこの街は、彼の魔界都市よりもずっと、悪辣で、嫌味な性格であるらしかった。 秋せつらの影であり、妖糸を操る一族の内で滅びた片翼。そして、魔界都市の亡霊とも言うべき、あの男を呼び戻す。 <新宿>よ、お前は此処で、何を成そうとする。そして、此処を舞台にして役者達を踊らせて。我が主は、何を成さんとするのだ。 懐かしい傷跡の感触を一度指でなぞってから、メフィストは静かに瞑想を止め、北上の義腕の制作に、取りかかろうとするのであった。 ---- 【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院)/1日目 午前9:20】 【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]健康、魔力消費(小) [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]不明 [道具]不明 [所持金]かなり少ない。 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。 2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。 3.外道に対しては2.の限りではない。 [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 ・ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました ・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました ・ロベルタ戦でのダメージが全回復しました。一時間か二時間後程には退院する予定です 【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]魔力消費(小) [装備] [道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類 [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する 2.マスターと自分の意思に従う 3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。 ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 ・ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました ・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました ・アレックスの事をランサーだと未だに誤認しています ・メフィスト病院については懐疑的です 【キャスター(メフィスト)@魔界都市ブルースシリーズ】 [状態]健康、実体化 [装備]白いケープ [道具]種々様々 [所持金]宝石や黄金を生み出せるので∞に等しい [思考・状況] 基本行動方針:患者の治療 1.求めて来た患者を治す 2.邪魔者には死を [備考] ・この世界でも、患者は治すと言う決意を表明しました。それについては、一切嘘偽りはありません ・ランサー(ファウスト)と、そのマスターの不律については認識しているようです ・ドリー・カドモンの作成を終え、現在ルイ・サイファーの存在情報を基にしたマガタマを制作しました ・そのついでに、ルイ・サイファーの小指も作りました。 ・番場真昼/真夜と、そのサーヴァントであるバーサーカー(シャドウラビリス)を入院させています ・人を昏睡させ、夢を以て何かを成そうとするキャスター(タイタス1世(影))が存在する事を認識しました ・アーチャー(八意永琳)とそのマスターを臨時の専属医として雇いました ・ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の存在を認識しました ・浪蘭幻十の存在を確認しました ・現在は北上の義腕の作成に取り掛かるようです 【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】 [状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、精神的ダメージ(大)、右腕欠損 [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]鎮守府時代の緑色の制服 [道具]艦装、61cm四連装(酸素)魚雷 [所持金]一万円程度 [思考・状況] 基本行動方針:元の世界に帰還する 1.なるべくなら殺す事はしたくない 2.戦闘自体をしたくなくなった [備考] ・14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました ・幻十の一件がトラウマになりました ・住んでいたマンションの拠点を失いました ・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)の存在を認識しました ・現在メフィスト病院に入院しています。時間経過次第で、身体に負った損傷や魔力消費が治るかもしれません ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ――これで、宜しいのかね?――  と言ってメフィストは、ルイ・サイファーの方に向かって、一匹の線虫めいた物を差し出した。 クリーム色に輝く装甲上の外皮に覆われた、虫のような生物で、ダンゴ虫の様に今それは丸まっていた。 その丸まっている様子が、メフィストの目には、古代日本で使われた祭器の一つであり、現在でもモチーフに使われる事が多い呪物、『勾玉』を連想させる。 成程。だから、マガタマなのか。だからこそ、『禍玉』なのか。  ――素晴らしい、完璧な出来栄えだ――  と言ってルイは、マガタマの尻尾に当たる部分を掴む。キィキィと言う泣き声を上げて、ブンブンとそれは暴れ始めたが、 掴んでいる人物がルイであると認識した瞬間、途端に大人しくなり、元の勾玉状のそれに形を戻す。よしよしと言う風にルイは笑みを浮かべ、それをポケットの中にしまい込んだ。  ――君に、このマガタマの名付け親になって欲しいんだが、メフィスト――  ――それに意味はあるのかね?――  ――からかってはいけないよ。名は、最も強力な呪(しゅ)の一つだ。全人類が、才能の隔てなく使用出来る、ある意味で最強の『魔法』だ。 名は物を定義する。広大かつ渺茫たる存在を有限かつ有形のものに。形無き水を桶に汲み入れるように。定義された存在は、本来の力を限定的に制限される物さ。 人の信仰に定義される神霊程、名に弱い者はない。全知全能を司る存在が、名前一つで落魄して行き、名前一つで、異教の魔王に変じて来た例を、私は飽きる程見て来たのでね――  ――成程、一理あるな――  と言った後で、メフィストは少し考えてから、脳裏に浮かんだその名を言葉にすべく、口を開いた。  ――『シャヘル』、と言うのはどうだね――  ――ハハハ、皮肉が上手い。ウガリットの神話に於ける『明星』の神じゃないか――  ――皮肉を理解するだけのウィットはあるようだな――  ――面白いものは素直に面白いと認めるよ、私は――  相も変わらず、その内心を悟らせない微笑みを浮かべて、ルイは楽しげに言った。 何時みても、心の内奥を悟らせない男であった。メフィストですら、この男の正体は掴めれど、その目的を認知するまでには至っていない。 つまるところ、この男を理解する事は、誰にも不可能と言う事になる。  ――但し、このマガタマ、『寄生』させるには、いくつかの条件がある――  ――その条件を御教授して貰いたい――  ――絶対条件は、『人間』である事だ。人間以外の生き物である場合、その『因子』が、君の力を受け入れられず、拒絶反応を起こして、狂死する――  ――人間であるのなら、サーヴァントでも構わないのかい?――  ――魔力で構成こそされているが、性質は人間のそれだ。問題はない――  ――まだ、条件はあるのかい?――  ――人間ならば誰でも良いと言う訳ではない。可能性の分岐が多い存在でなければならない――  ――比喩的な意味ではなく、それは、『不確定性』と言う意味かな?――  ――そうだ。可能性の分岐とはとどのつまりは不確定性だ。人間以外の何かになれる程、それこそ魔王や悪魔にもなれる程のランダム性。言うなれば、『万民の雛形』と言う奴だな――  ――後はあるかね?――  ――マガタマの寄生には耐え難い苦痛と激痛を伴う。肉体的にある程度頑強でなければ、痛みに耐えられずショック死を起こす――  ――全く厳しいな――  ――元が、最高位の悪魔の力で作られたマガタマだ。条件は厳格を極めるだろう――  ――私は悪魔でもなければ、其処まで強い自覚もないのだが、まぁそれは兎も角。もしも、その様な存在が患者として此処に搬入され、完治させたら、私に教えてくれないかね――  ――構わん――  フッ、と笑みを零し、ルイは笑った。 秋せつらが去ってから、ニ十分程経過した時の会話であった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  アレックスは無力だと思っていた。 何処までも弱い自分と言うサーヴァントについて、だ。  黒いインバネスコートのアサシンに、手酷過ぎる敗北を喫した事は、座とやらに還っても忘れられないだろう。 マスターに要らない損傷を与えた事など、悔やんでも悔やみきれない。 灰胴色の鬼と戦った時の恐怖など、想像を絶する程のものであった。生前に戦ったドラゴンやゴーレムなど、及びもつかない覇気と迫力。 その時の戦いで自身が負った、手酷過ぎる手傷。あの時の痛みは、今でも身体が覚えており、脳の忘れろと言う命令を無視する程だった。 そして、何よりも惨めなのが、その傷を、何処の馬の骨とも知らないサーヴァントの御情けで、彼が運営する病院のスタッフで治療されると言う事だ。 『心霊科』だのと呼ばれる胡乱な診療科に案内されたアレックスは、余りにも見事な手腕で、失った霊体部分と、消費された魔力を補填され、 召喚された当時の十全な状態と寸分違わぬコンディションで、診療室で一人待機していた。その時になって、思考の海に沈んだ時、勇者はまざまざと、己が無力であると言う事実を、ハンマーで頭をブン殴られたように認識させられていた。  アレックスは、弱かった。出来る事は多いが、それだけだった。 敵を打ち倒すだけの力が、自分には備わっていない。その事を、痛い程彼は思い知らされた。 黒いインバネスのアサシンには傷一つつけられず、鬼との戦いの時には全く彼の動きを阻害させられなかった。 勇者は、勇ましい者の事を指すと言うが、それは嘘だ。そんな物は単なる言葉遊びに過ぎない。 世間は勇者と言う役割に、力強さを求めるし、勇者自身もそれを強く認識している。力がなくても良いと嘯く者など、勇者などでは断じてありえない。 自身に備わる力の量が自信に繋がり、自信の強さが『勇気』に直結する。身体を鍛え、力を付けると言う事は、言葉通りの『勇ましい者』になる事への布石なのだ。 故に、力がなくても勇者になれると言う言葉は、アレックスにとっては虚言妄言の類以外の何者でもない。力を備える事を止めた勇者は、その時点で、勇者ではなくなるのだから。  それを解っていたからこそ、アレックスは、力を欲した。 勇者として。北上に召喚されたサーヴァントとして。何者にも屈する事のない、不撓不屈の意力をそのままに、万軍を一人で鎧袖一触する聖なる力が。 いや――負けない為の、力が欲しい。北上を守り、向かい来る敵を打ち倒す為の力であるのならば、アレックスはそれを受け入れるつもりでいた。 力さえあれば――それが、アレックスの胸中を占めていた、そんな時であった。自動ドアの扉が開かれ、廊下の空気と室内の清浄な空気が撹拌されたのは。 「失礼しよう」  入って来た男は、後ろ髪の長く伸ばした金髪の男だった。 夜空を鋏で切り取り服の形に誂えた様なブラックスーツを身に纏った、一目見て、紳士だと解る大人の男性。 身体から発散される、教養のオーラと、貴族めいた気風。一目見て、ただ者ではない事が窺える、謎の男であった。 誰もが美男子と認める程の整った容姿を持つ男であったが、インバネスのアサシンと、メフィスト、と、天界の美を立て続けに見せられてきたアレックスは感覚が麻痺していた。目の前の紳士を見ても、普通の男だ、と認識する程度には。 「私が何者か、と言う君の疑問に答えるとしよう」  アレックスの誰何を予測した男が――ルイ・サイファーが、直にそんな事を口にした。 「私の名はルイ。ルイ・サイファー。此処の病院の主である男のマスターだ」  それを認識した瞬間、アレックスは剣を引き抜く。それをルイは、微笑みを浮かべるだけだ。 「争うつもりは私にはない。無論、君をどうこうしようと言う考えもないよ」 「如何信じろって言うんだよ」 「マスターが一人で、サーヴァントに会いにくる。これが正気の考えだと思うかい? 君を滅ぼそうと考えるのならば、僕はメフィストを連れて来るよ」  「――尤も」 「この病院の中で死人は出さない、争いなど引き起こさせない、と言うのがメフィストの意向でね。仮に此処で戦えと私が令呪を用いても、言う事を聞きそうにないよ、彼は」  と言って、大げさに嘆いた様な素振りをルイは見せる。 メフィストの意向の真贋は別にするとして、冷静に考えれば、その通りだとアレックスは考えた。 自分と戦うのであれば、サーヴァントを連れて来るのが道理である。なのに付近には、メフィストの気配もない。美が世界を浸食するような雰囲気も、感じられない。 「それじゃあんたは、正気の人間じゃない、って事か?」 「正気と狂気は紙一重だ、サーヴァント君」  どうにも、掴み所がない相手だとアレックスは思った。 まるで、人の形になった雲霞とでも話をしているような、そんな感覚だ。言葉を返して来るが、どうにもその真意を掴ませてくれない。 要するに、話していてかなり疲れるタイプの人物だ。 「俺に何の用だ」  アレックスが、要件を単刀直入に問い質した。 「力が、欲しくないかい?」  『力』。その単語に、アレックスは少しだけ、興味を持った。 「何で、俺が力を欲してるような奴だと解るんだ?」 「経験に基づく、勘と言うべきものかな。私自身、過去に手痛い敗北を喫した身でね。負けを味わった人物は、大体解る物なのだよ」 「適当だな、アンタ」 「そうでもないよ。これでも考えて動いている」  ふぅ、と息を一吐きしてから、かぶりを二、三度振った後。 射殺すような鋭い目線をルイに投げかけるアレックス。飄々とした態度を、黒スーツの紳士は、崩しすらしない。 気持ちの良い春の微風を真っ向から受け止めるような風に、男はアレックスの敵意に当てられていた。 「俺に力を与えて、何をするつもりだ」 「理由が必要かね」 「当たり前の事を抜かしてんじゃねーよ。無償の善意何てこの世界にある訳ないだろ」 「成程、それはそうだ」  考え込む仕草を見せるルイだったが、アレックスの疑いの気配が最高潮に達したのを感じるや、彼はその訳を話し始めた。 「君に同情を禁じ得ないからさ」 「……何?」 「君が何に負けたのかまでは、私の知る所ではないが。敗北が意味する所ならば、私は君よりもずっと詳しい」  その男は、静かに語り始めた。 「敗北した、と言う事実は絶対に拭えぬ汚点になり、癒せぬ傷となる。熾烈な政争に敗れ、落ちぶれた貴族や大臣、王侯がこの世に何人いた? 派閥争いに敗れ、神の座を追われ、邪神や魔王に身を落とした神は? 自分達こそが正しいと信じて来た天使の何体が、地の底に叩き落とされたのだ?」  タンッ、と、靴底でルイはリノリウムの床を叩いた。部屋の中にその音が良く通った。 「敗北で得られるものなどこの世で一つたりとも存在しない。敗北が意味するのは権威の失墜、力の喪失だ。負けたくないのならば、努力をするしかない。負けたくないのならば、考え続けねばならない」  ルイの語り口は、熱を伴った感情も込めていなければ、人々が魅了されるような言い回しでもない。ただ事実を語るだけ。 だが、不思議だった。まるで、心の何処かに生じた亀裂から、針で刺したような小さな穴の中から染み透って行き、心の中に浸透し、胸中に響く様な、そんな弁舌だった。 如何なる経験を積めば、この男のような不思議な弁舌能力を得られるのだろうかと、世の政治屋は己の立ち位置固めの為に躍起になって彼を研究する事であろう。 「我がサーヴァントは、病める者を愛している」  部屋の中を見回しながら――いや、違う。 部屋と言う匣の中を取り囲む壁の、その先の先。ルイはきっと、メフィスト病院を見ているに相違ない。 「そして私は、力のある者と――敗北から立ち直ろうとする者を、評価している」  其処でルイは、目線を真っ直ぐとアレックスの方に向け、間断なく言葉を投げ掛ける。 「君には力がある。だが、何故か負けてしまった。君は、それを事実として受け入れるかね」 「……当たり前だろうが。あれを事実として受け入れられなきゃ――!!」 「ならば君には、資格がある。明星の加護を受ける資格が。人より修羅となる権利を、君は得られる」 「人から――何だ……?」  懐に手を入れ、ルイは一匹の、虫のようなものを取り出した。 クリーム色に光り輝く外殻で身を鎧った線虫に似た生物で、ダンゴ虫の様にそれは身体を丸めさせている。 その様子が、アレックスには、勾玉のようなそれに見えた。ルイはその、薄気味の悪い生物の尻尾を摘まんで、これをアレックスの方に手渡した。 怪訝そうな顔で、彼はそれを眺めた。 「――呑めるかね」  信じられないような事をルイが口にするので、思わず目を剥いた。 「猛毒かも知れないだろ」 「先にも述べたが、この病院でそんな事をすれば、私の命がないのでね。例えマスターと言えども、メフィストは容赦がないのだよ」  ……確かに、それは解るかも知れない。 病院の玄関先で見かけ、彼の語り口を見させてもらったが、患者の治療に一切の妥協がない、そんな印象をアレックスは受けた。 そんな男が支配する病院で、スタッフ以外の余人が死者を出したと知れれば、確かに、メフィストは容赦も何もしないかも知れない。そんな凄味が、あの男にはあった。 「心配しなくても、これはメフィストが手ずから作り上げた逸品だよ。力は確実に得られるし、力を得たとしても、メフィストの支配下に置かれるわけでもない。 飲んだ際に恐ろしい激痛が走るが、それもすぐだ。君のマスターは依然として君のマスターのままで固定される。誰も君を害さない。意思をそのままに、君は力を得る事が出来る」  ルイの顔と、手渡されたマガタマを交互に見渡す事、十度程。その時になって、アレックスは、口を開く。 「俺が力を得た、としよう」 「うん」 「その俺にお前は、どんな働きをする事を望むんだ」 「働き、か。君の自由に――」 「見え透いた嘘を吐くんじゃねぇ。嘘を吐く位なら、時には正直に本音をぶちまけた方が信頼を得られる。アンタなら解らない事じゃないだろ」 「それもそうか」  敵わないな、とでも言う風にルイは肩を竦め、その心の裡を語り始めた。 「君には、『きっかけ』になって欲しいのだよ」 「きっかけ……?」  予想をしていなかった言葉に、アレックスは小首を傾げそうになる。 無論ルイの方も、アレックスが理解をしているとは思ってないらしく、直に補足をするべく口を開いた。 「私はね、自身のサーヴァントが今の様に病院を運営している状態だから、中々此処から出られない。聖杯戦争にも、参加が出来ない」  「だから、ね」 「せめてこの病院の薫陶を受け、十全の状態になった君達に、聖杯戦争を謳歌して貰いたいのだ。君に、その『マガタマ』で力を得て欲しいと言うのはね、私の単なるつまらない拘りさ」 「拘り?」 「私のサーヴァントが時間を見つけて作った器物で得た力を、他のサーヴァントがどの様に発揮し、何処までやれるのか。それを見てみたいのさ、私は。 ……まぁ要するに、この病院から一歩も動けない暇人の、つまらぬ御節介と思っておきたまえ」  キョトンとしたような表情で、ルイの顔を見つめるアレックス。 あるかなしかの薄い微笑みを浮かべ、ルイは、最後の一言と言わんばかりの言葉を、勇者に目掛けて射放った。 「君は今、あらゆる敵を倒すきっかけの直前にいる。此処以外にそのきっかけは、もしかしたら転がっているのかもしれないが、此処を逃せば、次に同じような機会があるとは、限らないよ」  痴呆のように呆然とした表情が、皮肉気で、自嘲する様な笑みへとアレックスは変わって行った。 すてばちな笑みとは、きっと今のアレックスの事を言うのだろう。 「嘘だったら、この病院の中だろうとアンタを殺して見せるからな」 「構わないよ」  其処まで言った瞬間――アレックスは躊躇いも逡巡も捨てて、マガタマを一呑みした。 その瞬間であった。視界の端に、赤色の亀裂が走った。空間全体に、割れたガラスの器を糊で張り合わせたように不細工なヒビが生じ始めるや否や、 目に映る全ての物が赤く染まった。筆で直接眼球を赤い絵の具で塗られたように、何も見えない。 皮膚が張り裂け、筋肉が断裂する様な凄まじい激痛が体中に走る。骨が凄まじい悲鳴を上げる。メキメキと言う音を響かせながら、別のものに変容して行く感覚が、 身体全身に襲い来る。うなじの辺りが、恐ろしく痛い、身体の中から剣が飛び出しているが如き痛みは、常人であれば十回、いや、百回は狂死している程のそれだった。 「ごっ、あっ……があぁああぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁああぁっ!!!!!」  恥も外聞もない苦鳴を上げ、アレックスが顔面を抑え近場の壁に身体を預け、悶絶する。 地面をのた打ち回らないのは、最後の理性とプライドが強要したちっぽけな維持であった。 身体の中に、特別な力が湧き上がる。そんな感覚をアレックスは憶えていた。今俺は、痛みと引きかえに、力を自分は得ている。 そんな実感が、今の彼に湧いてくる。耐えろ、耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!! 今度こそ自分は、力を得る。勇者になる。自身のマスターを、元の世界に戻して見せる。――憎らしい美貌のアサシンに、力を叩きつける。 こんな痛みなどでくたばって等いられない。カキンッ、と言う音が奥歯から響いて来た。余りにも強く顎を噛みしめてしまった為に、奥歯の何処かが欠けてしまったのだ。 「――これで、君も■■になるんだ」  ルイが、何かを言った気がする。何かは、自分の悲鳴に掻き消された。 視界が完全なる紅色に染まる直前、彼の笑みに、何か名状し難い感情が宿っていたのは、果たして、見間違いだったのであろうか? ---- 【四谷、信濃町(メフィスト病院)/1日目 午前9:20分】 【ルイ・サイファー@真・女神転生シリーズ】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]ブラックスーツ [道具]無 [所持金]小金持ちではある [思考・状況] 基本行動方針:聖杯はいらない 1.聖杯戦争を楽しむ 2.???????? [備考] ・院長室から出る事はありません ・曰く、力の大部分を封印している状態らしいです ・セイバー(シャドームーン)とそのマスターであるウェザーの事を認識しました ・メフィストにマガタマ(真・女神転生Ⅲ)とドリー・カドモン(真・女神転生デビルサマナー)の制作を依頼しました ・マガタマ、『シャヘル』は、アレックスに呑ませました ・失った小指は、メフィストの手によって、一目でそれと解らない義指を当て嵌めています ・?????????????? 【“魔人”(アレックス)@VIPRPG】 [状態]全回復、激痛(極限)、人修羅化 [装備]軽い服装、鉢巻 [道具]ドラゴンソード [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:北上を帰還させる 1.幻十に対する憎悪 2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る 3.力を……!! [備考] ・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです ・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。 ・幻十の武器の正体には、まだ気付いていません ・バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました ・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、メフィストのマスターであるルイ・サイファーの存在を認知しました ・マガタマ、『シャヘル』の影響で人修羅の男になりました **時系列順 Back:[[絡み合うアスクレピオス]] Next:[[オンリー・ロンリー・グローリー]] **投下順 Back:[[絡み合うアスクレピオス]] Next:[[虹霓、荊道を往く]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:ジョナサン・ジョースター|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |~|CENTER:アーチャー(ジョニィ・ジョースター)|~| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:一ノ瀬志希|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |~|CENTER:アーチャー(八意永琳)|~| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:不律|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |~|CENTER:ランサー(ファウスト)|~| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:ルイ・サイファー|45:[[インタールード 白]]| |~|CENTER:キャスター(メフィスト)|45:[[お話ししようか]]| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:北上|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |~|CENTER:モデルマン(アレックス)|~| ----
 佇むだけで、その場の空気と雰囲気を支配し、自らの中に統合する男であった。 この男の眼前で、例え誰が騒ぎを起こそうとも、問題にならないだろう。例え近くで爆弾が発破されたとしても、注目を浴びるのは、 爆音でもなければ爆発した後の跡地でもなく、この白いケープの魔人であろう。人の目を引き、獣を注視させ、星辰の目線すらも掻き集める美の男。 魔界医師・メフィストだからこそ、その場に現れるだけで場の雰囲気を制する事が出来るのだ。例え、超常の存在の見本市であるサーヴァントが集う、この場に於いてすらも。  ハッ、と。一番最初に正気に戻ったのは永琳の方であった。 数千年の時を伊達に生きてはいない。何時までも魅了された状態の訳ではないのだ。 まだ顔が赤らめられている状態のまま、チラッ、と目線を、自身のマスターである志希の方にやった。 全身の細胞が完全に凍結してしまっているかのように、表情も身体も動いていない。美しいものを見て、顔を赤らめる、と言う極めて人間的な反応をした永琳は、 マシな方だったのだ。耐性のない人間は、メフィストの美を見ただけで、固まる。アイドルと言えど、所詮は一介の人間の女が、 狐狸妖怪、悪魔や天使の類すら忘我の境地へと誘う彼の美貌に、耐えられる訳がなかった。そしてそれは――波紋使いとして、筆舌に尽くし難い死闘を潜り抜けたジョナサンや、スタンド使いと熾烈な争いを繰り広げたジョニィにしても、同じ事だった。  何らの強化措置も手術も施していないにもかかわらず、百分の一マイクロ秒を超える程の高速思考能力を有するに至った、その月の脳髄が、次に移るべき行動を弾き出す。 メフィストの気配に気付かなかったとは、迂闊だったと言う他ない。そして、メフィストが此処まで断固としたプロフェッショナリズム、いや、 此処まで独占欲の強い医者だとは、予想だにしていなかった。自分が治すべき患者を、他の医者に横取りされると言うのは、確かに永琳としてもカチンと来る。 しかし、メフィストのそれは常軌を逸していると言わざるを得ない。横取りされれば、その医者には死で贖わせる。これを独占欲が強いと言わずして、何と呼ぶ。 虎の尾を期せずして踏んでしまった事を、永琳は素直に認める。となれば、此処から何を成すべきか。 【マスター】  ……反応がない。再び念話で呼びかけてみる。ビクッ、と肩を跳ねさせて、志希が返事をした。 【な、何……?】  こっぴどく叱られるのも已む無しの悪戯が親にバレた子供の様に、ビクビクとした声音で志希は言った。 【貴女の判断に任せるわ。あの医者を『倒すか』どうか?】  一瞬、志希の思考がフリーズしたのは、言うまでもない。 余りにも永琳が凄まじい事を口にしたので、志希の思考処理能力が何とか処理出来る閾値の限界を越え、完全に頭が真っ白になってしまったのだ。 そして、二秒程経って、漸く意味を咀嚼した瞬間、志希の顔が青ざめた。 【戦うって、アーチャー!?】 【戦わざるを得ない局面を作ってしまった事は謝るわ。もしも、貴女が私に戦えと言うのならば、私は全力であの男を排するつもりよ】  勝算は、ない訳ではなかった。 自身の対魔力の高さと、思考速度。そして、魔術の腕前と、志希が健在でかつ魔力さえあれば正真正銘の不老不死であると言う肉体的特性を活かせば。 活路はあると、永琳は踏んでいた。無論、それだけでは勝算は五分五分、最悪六対四でしかない。勝つか負けるかの確率は半々。 確率論的には悪い賭けではないが、勝手な判断でこの賭けに挑むような真似はしない。だからこそ、志希に判断を任せたのだ。 戦うのか、それとも、それ以外の選択肢を模索するのか、と。 【その、戦わない方向で、お願い出来るかな……?】 【解ったわ】  本音を言うと、そっちの方がまだ気が楽だと永琳は思っていた。 メフィストを相手に戦っても、勝ちの目がないわけではないが、要らないリスクは背負い込みたくない。 況してや今は序盤も序盤。サーヴァント同士の戦いも頻繁に起きると知った以上、無駄に消耗はしたくない。寧ろ、消耗をさせる側に回らねばならないのだ。 だから此処は―― 「知らなかったとは言え、大変な非礼を致しました。如何かこの場は、怒りをお抑え下さいませ」  と、永琳は深々と上半身を折り曲げて、謝罪の言葉を送った。 驚いたのはジョニィらよりも寧ろ、志希の方だった。何処か居丈高な空気を隠さない自身のサーヴァントが、こうまであっさりと謝る性格だとは思わなかったのだ。 が、そんなイメージは永琳と付き合って間もない志希の勝手な空想である。そもそも永琳は確かに高貴な身分ではあるが、 その更にまた高貴な身分である『姫』に仕えていた存在であり、月の世界を追放される以前は宮仕えとしてかなり長く月の支配者に従っていた程である。 人間が連想する所の処世術等、彼女は凡そ全て身に付けている。窮地を脱する為に頭を下げる等、永琳にしてみれば、苦も無い事なのだ。  値踏みする様な瞳で、メフィストは永琳の事を見ていた。 人の価値を図る様な目。しかし、この男がそれをやると、人の心の中に眠る善性を推し量る天使か神の様に見えてならない。 美しいと言う事は得であった。一般的にマイナスの解釈で見られる様な行いも、その美の下に、正当化されるのであるから。 「いいだろう。実際治療には及んでいないのなら、不問にしよう。次は気をつけたまえ」 「有り難い配慮、痛み入りますわ、ドクター」  言って永琳は、再び恭しく頭を下げる。数千年とその者に従って来た、忠臣のような立ち居振る舞いであった。  メフィストは興味の対象を永琳達から、ジョナサン達の方に移した。慌てて、ジョニィが人差し指をメフィストへと向けた。 美しいとは、ジョナサン達も聞いていた。そもそも彼らがアレックス達をメフィスト病院に連れて来た訳は、新宿御苑で遊んでいた子供達の親御から、 この病院の評判を聞き及んでいたからに他ならない。名前だけでも怪しいと思い、聖杯戦争開催以前にその病院に近付いてみれば案の定、 其処はサーヴァントの領地であった。黒い噂も、NPC達からの悪い声も、全く聞かなかったからその時は見逃した。態々襲撃をかける必要もなかったからだ。 が、胡散臭いと言う印象はその時は消えていなかった。名前の時点でそれは当たり前だ。怪しいと解っていてアレックスらを此処に連れて来たのは、サーヴァントの怪我を一般の病院が治せる訳がないと言う極めて常識的な判断からであった。  ――そして、この病院を統べる主を見て、ジョニィは確信した。 この男が、魔界医師メフィストが、想像を絶する程の怪物であると言う事を。凄味、脅威、覇気。 人間がおよそ物怖じし、脅威を感じるであろう諸々の要素を一時に叩き付けられた様な感覚を彼は憶えていた。 そしてそれが、威圧や恫喝によって齎されたそれではなく、その美を以てただ佇み、此方を見るだけで人に錯覚させている、と言う事実が最も恐ろしかった。 だからこそ、頭で物を考えるより爪弾の照準を向けてしまった。其処にジョニィの意思はない。完全なる、生物学的な反射によるものであった。 「銃弾が体内に混入しているな。成程、其処の女史は見る目はあるようだ」 「恐縮です」  ――と、何気なく返事をした永琳の瞳の奥で、静かに敵対心が燻っていた事を、果たしてこの場にいる誰が、見抜く事が出来たであろうか。 「治して下さるのですか、メフィスト先生」  神の威風に呑まれたクリスチャンの様な敬虔さを以て、ジョナサンが訊ねる。 「銃創など……、指が何万本あっても足りない位には治して来た。この病院で凡そ外敵が与えた怪我の類を治せぬ医者などいない。来たまえ、案内しよう」  言ってメフィストはケープを翻しながら一同に背を向ける。 目線だけをこの魔人は永琳達の方に送る。それだけで、氷で出来た剣で脊椎や脊髄ごと貫かれるような感覚を、志希は憶えるのだ。 美しい。だが、それ以上に、恐ろしい。サーヴァントも生身の人間も、この魔人を見て考える所は、かなり似通っていた。 「病院の前に張った認識阻害の結界、見事な腕前だ。かの魔界都市にすら、君程見事な魔術を操る魔術師は、高田馬場の二人をおいて他にいなかっただろう」  「だが」 「いつまでも張られると患者に迷惑だ。解除し次第、可及的速やかに此処を去りたまえ」 「何故かしら、ドクター」 「解っているのに理由を訊ねるのは褒められた事ではない」  メフィストが、永琳達の方に向き直った。冷風を浴びせられる感覚。 「此処は病める者達の城だ。立ち入る事が許される健康な者は、患者の関係者とスタッフだけしか私は許さない。もう一度言う、去りたまえ」 「非常に申し訳ないですが、私共はこの病院に故あって伺いに来ましたの」  と言うが、その言葉からは申し訳なさは全く感じ取る事が出来ない。 いつもの八意永琳、と言う女性の『らしさ』が、此処に来て漸く発揮され始めて来た。 「その故だけは、聞いておこうか。中に入れるかどうかは別としてだがな」  ――勝った、と。永琳は思った。 伊達に永く生きてはいない。交渉事には万斛の自信を持っている。永琳レベルの女性にとって、交渉で重要な事は、 最早『相手を交渉のテーブルに立たせられるか』と言う事なのだ。それが、何を意味するのか。『交渉にさえ移れれば、ほぼ有利な条件を引き出せる』事を意味するのである。 「――魂を彼岸へと連れ去る眠りの呪いについて、伺いたい事が御座います」  メフィストの、優れた流線を描く眉がピクリと反応を示した事を、八意永琳は、見逃さなかった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「……医者が使うべき言葉ではないとは百も承知ですが……敢えて言わせて頂きましょう」  紙袋の中で、直立すれば天井に頭が届かん程の細長い体躯の男、ファウストが溜息を漏らした。 「お手上げです」  気だるげな、それこそ、何十年と生きて来て、もう生きるのにも飽いたと言うような風情でファウストは言葉を告げる。 それを見て、彼のマスターである、白衣を着た老爺、不律は何も咎める事はない。希代の名医であるファウストがそう言うのであれば、そうなのであるから。  ファウストの近くのベッドに、一人の少女が眠っていた。先程まで彼は、この少女を見ていたのである。 綾瀬夕映と言う名前のこの中学生の女こそが、先程不律と中原が話していた件の患者であり、曰く、魂を抜き取られ何処かに隠されていると言う人物である。 その姿だけを見れば、最も適切な反発力を自動調整する事で患者に安眠を約束するマットレスのベッドで、気持ちよさそうに眠っている風にしか見えないだろう。 立てられる寝息も健康者のそれであるし、実際レントゲンや触診と言ったありとあらゆる方法を用いても、彼女は『肉体的には』健康そのものである その、肉体的に健康な少女は、優に五日はこのような状態であった。現代医学的には彼女は正しく健康であったが、『心霊科学的』には彼女は死んでいるに等しい状態だった。 綾瀬夕映には現在、魂がない。中原の言によれば、何処かに在ると言うが、それも定かではない。 実際今の綾瀬夕映は何をしても起きない状態に陥っているらしく、例え腹を掻っ捌いた所で、魂が体内にない為に常時全身麻酔を掛けられているに近い状態であるのだ。 当然、食事も摂れない。仕方がないので、点滴で彼女は栄養を補給している形になる。完全に、九十歳を過ぎて病床に臥せる老人と同じ生活形態であった。 「ランサーの目から見て、綾瀬夕映は如何映った」 「前にも申しました通り、裏でサーヴァントが暗躍している事はほぼ確定的かと。それが解っていて治せないのは、実にもどかしい。怪我や病気の治療なら出来ますが、解呪(ディスペル)となると……それは最早私の領分を外れます故」  「全く、もどかしい事です」、と、最後にファウストが言葉を継ぎ足した。 その気持ちは不律にも解る。医者と言うのは総じてプライドがかなり高い人種である。 地頭は相当高く、倍率何倍~何十倍とも言える試験を医者になる過程で幾つも受け、凄まじい量の金額を投資し、厳しいスケジュールの勉強を何千時間とこなし続け。 そう言った事を経て、人は一端の医者になるのである。積み上げて来た実績、幾つも用意された篩に残ったと言う自負。そう言った所からか、医者はプライドが高い。 そのプライドの高さと言うものは二つに大別され、一つは自分が医者、つまり優秀な人種であると言う上流階級意識。 そしてもう一つは、優秀な人間であるからこそ、患者が治せないのが腹ただしいと言う強すぎるプロフェッショナリズム。メフィストも、そしてファウストも、どちらかと言えば此方に属する人物だった。 「一番良い解決方は、根元を叩く。つまりは、この呪いの大本であるサーヴァントを断つ事です」 「それで良いのか?」 「無論、それすらも未知です。が、少なくとも被害の拡大は食いとめられます」  それはその通りである。不律としても、綾瀬夕映の様な患者がこれ以上<新宿>の内にも外にも増える事は、聖杯戦争参加者以前に、医者として好ましくない。 早い所その大本を排除したい気持ちもあるが、如何せん、情報が余りにも少なすぎる。その事を、ファウストに伝える。 「推理が必要ですな。この場合、大幅な発想の転換が必要になるかと」 「それは?」 「この呪いの正体ではなく、『何故そのサーヴァントは綾瀬夕映さんに呪いをかける必要があったのか』? 此処に、謎を解く鍵があると睨んでおります」 「口封じか?」 「それは、ありえないと思います。何故ならば――!! 失礼、マスター、壁際まで移動して頂ければ幸いです」  空いた紙袋の穴から覗く、発光体の瞳が一際激しく輝いたその後で、ファウストは虚空から長い長い得物を取り出した。 ファウストの身長程もある長さをした長大な『メス』。丸刈太と呼ばれるこれこそが、ファウストがランサーとして呼び出された原因となった武器であり――思い出したくもない殺戮の時代に、何人もの無辜の人間の血を吸った忌むべき凶器だった。 「どうした」  ファウストについては信頼している為、大人しく不律も壁際に移動するが、突如として武器を出されれば、身体を強張らせるのは無理もない事だった。 「サーヴァントの気配です。Dr.メフィストのものと一緒に……それとは別の主従が近付いてきます」  これには不律も目を見開いた。メフィストは基本的には孤高の存在である。切り立った崖(きりぎし)に一厘だけ咲く薔薇の様な男だ。 他の医者や看護師を引き連れて移動すると言った事はせず、移動したい時に移動し、興味のある患者だけを診て、即時的に治療させる。 そんなスタンスの男だ。この病院に勤務してからあの男が、マスターと共に行動している場面すら、不律は見た事がなかった。 斯様な男が、他のサーヴァントと共に行動して、此方に近付いてくる。サーヴァントが近付いてくると言う事以上に、その事が一番の驚きであるのだ。 「確かなのか、ランサー」 「元々この病院はこの世の空間ではございません。現在地がワンフロア違うだけで、サーヴァントが放つ霊体や魔力の気配の察知が不可能に近しくなるレベルです。 逆に言えば、同じフロアにサーヴァントがいるとなると、まだ察知は出来ますが、それも階によってはまちまち。が、此処まで接近してくれば、私も把握が出来る程です」 「敵性存在の確立は?」 「ゼロではない。が、極めて低いかと。Dr.メフィストは病院内での争いを嫌っているようですから。その当人が近くにいる以上、暴れる事はないと思います。最悪暴れれば、院長と一緒にねじ伏せればいいだけですので」 「違いない」  言いながらも、不律もファウストも警戒を緩めない。 不律は白衣の裏に仕込ませた刀の柄に手をかけ、ファウストは身体を屈ませた状態で槍を持ち構えると言う、独特の構え(フォーム)で、来たるべき人物を待ち受けていた。 ――気配が、自動ドアの向こう側にまで接近する。扉の向こうの人物は、一切の逡巡も溜めの時間もなく、ドアを開かせた。 それが、これより患者の診察に入る医者として、当たり前だと言わんばかりに。  ファウストと不律の目には、百万日以上連続で見続けたとして、美しいと言う認識が絶対に揺らぐ事はない程の美を誇る、白いケープの魔人が先ず映った。 そして、次に目に映ったのは、その魔人が引き連れるには余りにも不相応な、学校指定の制服を着用した、歳にして十六~十八程の少女だ。 酷く怯えている。親からブギーマンの話を聞かされる、臆病な子供さながらであった。 二人が部屋に入るなり、その少女の近くで、赤と紺のツートンカラーの衣服を身に纏った、長い銀髪を三つ編みにした女性が霊体化をといて現れた。 女性は、街を歩けば男性は愚か、女性ですらその美しさに一度は振り向くであろう程の、存在感の強すぎる可憐さを持っていたが、生憎と、同じ部屋にいる相手が悪い。 性別の垣根など容易く超える程の美貌の持ち主であるメフィストの隣に並べられれば、折角の美も、霞んでしまおうと言うものだった。 「何かの間違いかと思っていたけれど……本当だとは思わなかったわ」  はぁ、と溜息をついて、銀髪の麗女である、八意永琳は口を開く。 「節操がないのではなくて? ドクター。此処の病院はサーヴァントも雇用するのかしら」 「我が目に適う優秀な存在であれば、サーヴァントであろうが、医療免許を不所持であろうが、四十年も職歴が無かろうが私は構わん。それに、彼は君と同じ程には優秀な医者だと思っているが」 「あら、面白い冗談」  上品に笑って見せる永琳であったが、その瞳は全く笑っておらず、メフィストに至っては愛想笑い等微塵にも浮かべていない。 ……此処に来るまでの間に何があったのかと不律もファウストも思わざるを得ない。肌を筋肉ごと針で刺されるような冷たい空気が、両者の間から吹いてくる。 それを直に浴びている、永琳のマスター、一ノ瀬志希など、完全に泣きそうな表情であった。 「……成程。それが、『用事』、であった訳ですか」  ファウストが言葉を放った。先に彼と不律を綾瀬夕映の所にまで行かせたのは、永琳達を迎えに行く為であったと、この時彼らは気付いたのだ。 「今朝の七時頃に思ったのだ。我が病院とその周辺にサーヴァントがいて、私がそれに気付かないのは不気味だとな。 だからこそ、八時半過ぎに我が病院の技術部を動かし、霊体や魔力の気配を察知する装置を病院の敷地に設置しておいた。上手く稼働されている。見事なものだ」  永琳以上に、この事を脅威だと思ったのは寧ろファウストと不律の方だ。 このような装置を作れた技術力に、ではない。メフィストと、彼の薫陶を受けた医者が活動するこの病院であるならば、その程度の装置など創れよう。 問題は、不律やファウストですら感知出来ない、そのような道具を作っていると言う噂すら流させない、病院の統制システムの完璧さだった。 メフィスト病院には、サーヴァントですら立ち入る事が出来ないブラックボックスの領域が余りにも多すぎる。 不律らですら、この病院の全貌は愚か、実質的な診療科の総数と、それに纏わる専用治療室などを把握出来ていない程だ。これを、自分達の排除の為に転用させに来たら、と思うと、彼らですら身体を冷たいもので撫で上げられる感覚を隠せない。 「さて……。自己紹介をして置きたまえ。穏便に、な」 「かしこまりました」  と言って永琳は一歩、メフィストの先を行き、不律とファウストを交互に一瞥してから、口を開いた。 「お初にお目に掛かりますわ。真名を明かせぬ非礼を先にお詫びさせて頂いた上で、自己紹介をさせていただきます。クラス名はアーチャー。 当病院の院長の大赦を賜り、我が主の関係者を襲う眠りの呪いについての情報を共有して貰いに来たサーヴァントに御座います」 「主の関係者を襲う、眠りの呪い……と言うと、まさか」 「えぇ、そのまさかです」  不律の予想は、正しくその通りだと言わんばかりに永琳は言葉を続けた。 「マスターの関係者が現在、そちらのベッドで昏睡している少女と同じ様な状態に陥っているのです」  一瞬驚きかけた不律とファウストだったが、よくよく考えれば、あり得た話の為に直に平静を取り戻す。 一人いれば二人いて、二人いれば同じような症状の者は、その倍いるかも知れない。統計上のデータは取れていない、無根拠の予測に過ぎないが、念頭に入れておく必要性があるだろう。 「患者の方は、ランサーに診させたのかね、不律先生」 「結果の方は芳しくない。生粋の医者であるが故にな」  言外に、医術と魔術等と言うオカルトは違う、と言う事を不律は言っているに等しかった。 それを聞き、フム、と言葉を漏らしたのはメフィストであった。 「科学万能主義は改めておきたまえ。世界には、科学と等価の法則など、幾らでも見られる。未知の知識と真理を、貪欲に求め続ける事だ、ランサー 「肝に銘じておきましょう」  会話を終えた後、メフィストは綾瀬夕映の方へと、薄い薄い絹の織り物の上を歩くが様な優雅さで近付いて行く。 「同じ症状の患者を診た、と言ったな。アーチャー」 「ええ」 「何処まで、その謎を解き明かした」 「先程も述べた通り、極めて高度かつ大掛かりな、離魂の呪いの類だと私は見ております。その魂の所在については、流石に、と言った所ですが」 「上出来だ。我々病院側の見解と一致している。そして現状では、恐らくはこれ以上の情報は得る事は出来ないだろう。尋常の方法では、だが」  其処まで言うと、メフィストは、綾瀬夕映の広めの額にその人差し指を当てる。 「きゃっ……!?」、と言う悲鳴が漏れたのは、一ノ瀬志希の口からだった。両手で口を当てる。 綾瀬夕映の額に、メフィストの左手が、水に手を入れて行くように没入して行くからだ。まるで彼女の身体が、蛋白質ではなく沼の成分にでもなったかのようであった。 本当に大丈夫なのかあれは、と常識的な判断で志希は考える。手首までメフィストの繊手が、完全に入り込んでいる。当然、頭蓋も大脳もタダでは済まない。 引き抜いたその瞬間あの少女は死んでしまうのではないか、と言う危惧すら志希にはあった。チラッ、と心配げな目線を永琳に送る。 彼女は平然と、メフィストの行為を見つめていた。不律も、彼の従えるランサーも同じような態度であった。この場でおろおろしているのは、志希ただ一人だ。 【安心なさい、あれもあの男の医療よ】  と、念話で志希を諭す永琳。 「魂がこの少女の身体の中に存在しない以上、何を問いかけようが無意味だ。だが、肉体的には彼女の体は健在の状態だ。大脳も機能し、心臓も搏動している。これを、逆手に取ろう」 「脳の記憶を読み取りますのね? ドクター」 「その通り」  空いた右腕を、ドアの方向に伸ばしながら、メフィストが返事を行う。 「今私は、綾瀬夕映の海馬に触れている。人間の記憶を司る箇所の一つだ。其処に収められた、昏睡するまでの間の、ほんの短期の記憶を私が映像化して投影させる。其処から、情報を得られるかも知れん」 「その術を、大掛かりな装置を用いず成すなど、流石は音に聞こえたドクターメフィスト、と言うべきなのかしら?」 「道具を用いて魔術や秘儀を成そうとする者は二流。私が唯一認める老魔術師が述べた言葉だ。私もその通りだと思っているし、ある程度は己の手で成さねばな」  と、会話を行う永琳とメフィストであったが、何故だろうか。 志希はどうも、己のサーヴァントである永琳から、メフィストに対する敵愾心と言うか、ライバル意識と言う物を感じ取れていた。 同じ医者であるから、ライバル意識を燃やしているのだろうか。元々かなりプライドと言うか、気位が高い女性であるとは思っていたが、此処でそれが反映されるとは思っても見なかった。 「では――始めよう」  其処まで言った瞬間だった。メフィストの右手薬指に嵌められた、無色の宝石が美しい指輪から、光の壁のような物が噴き出始めたのは。 ビクッ、と志希は反応する。不律も一瞬身体を強張らせる、直にその正体を看破する。遅れて志希も、その光の壁の正体を見抜いた。 それは、スクリーンだ。紙や布ではなく、光の膜で出来た銀幕であった。何処かで似たようなものを見た事があると思ったが、そう。契約者の鍵から投影されるホログラムだ。  乳白色の光の膜に、様々な映像が流れてくる。 家族との食事の様子、通学の様子、授業を受ける様子、体育のプールの授業で疲れてばてている様子、友人たちと会話している様子。 ここ数日の物と思しき、綾瀬夕映が体験した事柄の中から、特に怪しいと思われる物をメフィストはピックアップして、光のスクリーンにその映像を流す。 しかし、素人の志希にも解る。明らかに、この少女が昏睡に至る直接の原因と思しき映像が、全く見当たらない事に。 それを認識した瞬間、メフィストは映像を高速化。二倍速を越え、四倍速を超過し、十六倍速を超越する、一万倍速に映像を早送り。 瞬きする間に情景が目まぐるしく変化して行く。余りにも速過ぎて、残像が繋がっている程だった。目を回しそうになる。 志希は当然の事、鷹の様に鋭い瞳を持った不律、果てはファウストですら、何の映像を流しているのか解らないと言った様子だった。 この映像の早回しを平然と眺めているのは、メフィストと永琳の二名だけだ。この二人は、何の映像を流しているのか理解しているらしい。怪物であった。  と、思ったのも束の間。突然、メフィストが映像を通常倍速に切り替えたと見るや、巻き戻し。 一万倍速の映像を認識出来ていなかった三名の為に、何の映像をメフィストと永琳が見ていたのか、それを解りやすく伝えようとする。 光のスクリーンは、綾瀬夕映と、目が隠れる程前髪の長い、彼女と同じ制服を着た少女を映していた。綾瀬夕映はテーブルに座り本を読んでいる。 薄いカーテンから透けて見える空の色は、燃えるような茜色。夕方の映像である事は明白であった。二人の少女は、本がぎっしりと詰まった広い一室にいるらしい。 彼女たちの通う学校の図書室であろう。二人以外に、人はいない様子だった。 「目の隠れているあの娘は誰?」  と、志希が疑問を口にする。 「宮崎のどか。綾瀬夕映の同級生であり、友人だ。今日も友人が心配だったらしく見舞いに来たので、儂が応対した」  それに答えたのは不律だった。「あ、ありがとうございました」とぎこちなく口にし、志希も映像に集中する。ファウストも不律も、そして永琳も。 「ゆえー……図書委員の皆もう帰ったよ~?」  内気な性格が、一日と付き合わないでも解る、そんな声だった。 「先に帰っててもいいですよ、のどか。後十ページ程読んだら、私も帰ります」  一方、綾瀬夕映の方は、かなり神経質と言うか、気難しがり屋で、理屈屋なのだろう、と言う事が一時間と一緒に過ごさないでも解る声だった。 「そんな事言って、いつもその三倍読み進めないと腰上げないのに~……」 「十ページも三十ページも大して変わりません」 「変わるって変わるって……」  どうも、綾瀬夕映と言う少女はかなりの書痴らしい。何だかこの読書に対する入れ込みぶりを見ると志希は、自分の所のプロダクションに所属するアイドルの一人を思いだす。鷺沢文香と言う名前の、大人しい少女の事を。 「……あれ? ねぇ、ゆえ。その本って、学校の本じゃないよね?」 「えぇ。よく解りましたね」 「だってラベルシール貼られてないし……持ち込みの本? 何だかやけに古いけど……」  志希が綾瀬夕映の持っている本を注目する。紙の色は完全に酸化し切ってヤケており、表紙もかなりゴワゴワとしている。 ちょっと小突けば風化して崩れ去ってしまうのではないか、と余人に思わせる危うさに溢れている。 「これはですね、のどか。私が数日前に西早稲田の古書店に足を運んだ時に、三千円程で手に入れた歴史書です」 「歴史書……? ゆえ、期末テスト日本史も世界史も赤点だった筈じゃ……」 「何度も言うように、学校の勉強が嫌だから本気出してないだけです。流石に常識レベルの歴史は理解してます」 「ふ、ふ~ん……。で、でだよ。ゆえ。その歴史書って、何処の国の歴史書なの?」 「……のどか。一つ聞きたいですが……」 「? なに?」 「――『アルケア』と言う国について、知っていますか?」 「……アルケア?」  のどかはうーんと考え込むが、ややあって口を開いた。 「ちょっと、聞いた事がないかな……」 「そうですよね、実は私も聞いた事がないんです」  其処で一拍置いてから、綾瀬夕映は再び続ける。 「この歴史書は、そんな、『地球上のどの歴史の教科書にも学術書にもこれまで記述のなかった』、アルケア帝国の成り立ちを記したものなのです」 「ちょ、ちょっとゆえ。それ本当に、歴史書なの? 何だか話だけ聞くと……ゆえは偽物を掴まされたような気が~」 「……怯えて言わなくても大丈夫ですよ。普通は皆そう思う所でしょうし、そもそも私も、面白半分でこれを購入したようなものですから」 「面白半分で?」 「のどか、そもそも歴史書の古書何て、普通三千円何て捨て値で買えませんよ。どんなに安くても数万円、モノによっては五十万以上がザラの世界です。 そんなの、私のお小遣いが全部吹っ飛びます。では何で、この古書を扱っていた人は、三千円でこれを売っていたのか? 多分この人も、これが本物の歴史書だと、信じてなかったと思うんです」 「でも、その歴史書、仮に書いてある事が全部デタラメだとしても、三千円はちょっと高すぎる気が……」 「其処なんです」  ピッ、とのどかの方に人差し指を指して、綾瀬夕映は言った。 「何故、この本が三千円もしたのか。のどか、見れば解りますがこの本、相当古い事が解りますよね?」 「うん。何て言うのかな……数百年は普通に経過した本みたいな……」 「実家に何冊も古い本がありますから、真実経年で劣化した本と言うのは私はよく解ります。本物の歴史書に見せかける為に作られた贋物は、 紅茶に紙を浸したり天日干しにさせたりするものですが、やはり慣れた人間の目は誤魔化せません。ですがこれは……」 「本当に、数百年位経過してるって事?」 「数百年所か、下手したら千年以上かも知れません。本当に千年以上前の書物なら、例えデタラメの歴史について記した書物であろうとも、それだけで価値があります。 ですが、古い事は確実だけれど、内容に確証が全くない。これが、三千円と言う値段で売られてた訳なのですよ」 「何だか、二重の意味で冒険だね……」 「否定しません」 「……ねぇ、ゆえ。その歴史書って、どんな事が書かれてるの?」  のどかが漸く、その内容について踏み込み始める。 「内容については、実はあまり読み進められていない、と言うのが現状です。恐らくは原典に当たる物を古英語に訳した写本なのでしょう。 辞書を引きながらで相当難航しています。解読できた所で良ければ、お教えしますが?」 「おねがい」  呼吸一つ分くらいの間をおいて、綾瀬夕映が言った。 「アルケアと言う国が実際に存在した、と言う過程で言いますが、ハッキリ言って内容は眉唾ものですね」 「どうしてわかるの?」 「歴史書、と言うより神話の側面が強いと言いますか……古事記と言えば、伝わりますか?」 「え~っと……神様とか魔術とか、そう言うのが出て来るのかな?」 「出て来るどころか、話の大筋に絡んでいるレベルですよ。今見ている『神帝紀』……と訳すべき書物は、事実上の帝国の始祖とも言うべき初代皇帝、タイタス一世についての活躍を記した書物なんです」  聞いた事はあるか、と言う疑問の目線を、不律が部屋の全員に投げかけて来る。 答えは、ない。志希は当然の事、永琳や、世界の全てを解体し尽くした賢者とも言うべき立ち居振る舞いのメフィストですら、全くの反応を見せなかった。 「この皇帝は、小王国が群雄割拠していた時代に、周辺のあらゆる王国を武力と知略で支配……しただけならば勢力図を最大にした偉大な王、で終わったのですが、 其処からがおかしいんです。初代のタイタスは妖精族とその王を支配し、魔女を嫁にし、巨人族を従え、竜族を打ち倒し、度量衡を定め、暦や星々の運行を解明し、宗教の礼拝を一つに定め、治水と灌漑の方法を民草に教え……」 「ちょ、ちょ、ちょっとまってゆえ……」  目をグルグル回しながら、のどかが言葉を遮った。 「幾らなんでも、盛りすぎって言うか……」 「私もそう思いますよ。自分がどれだけ偉大かを後世に残す為、美談や武勇伝で飾り立てた歴史書何て珍しくないですが、これはハッキリ言って常軌を逸しています。それ以前に、妖精に魔女に、巨人に竜ですよ。指輪物語ですかこれは」  ふぅ、と一息吐く綾瀬夕映。同時に、本をパタンと閉じ始めた。 「……これを、頭がちょっとおかしい人が書いた架空の書物、と断じるのは容易いです。ですが、私にはそうは思えないんですよ」 「? 何で?」 「文章が理路整然としていますし、言葉の選びも悪くありません。当時としては、それなりに学のある人間が書いた事が解ります。 次に、竜や巨人と言うフレーズですが、これは、恐らくは敵対していた国家や民族の事を婉曲的に指していた、と考えれば辻褄が合います。つまり、半々の確率で、この書物はある程度事実を記しているのでは、と言う事になります」 「は、はぁ……」  付いていけない、と言う風にのどかが言うと、綾瀬夕映はすっくと席から立ち上がり、件の古書を隣の席に置いていた学生鞄の中に入れ込んだ。 「? もういいの?」 「話していたら少し疲れちゃいました。続きは家に帰ってからでも読みますよ。帰りましょうか、のどか」 「う、うん」  其処で、映像が途切れた。と言うよりは、メフィストが中断したと言うべきか。 指輪の宝石から投影されていた光のスクリーンは音もなく消えて行き、後には何もない空間だけが、同じ人の指とは思えぬメフィストの繊指の上で蟠るだけであった。 「此処までだ」  ぴしゃり、と鞭を打つようなメフィストの声であった。 これと同時に、彼は綾瀬夕映の額から左手を引き抜いた。彼女の額に、水面の様な波紋が生じた。 呼吸一つするか否かと言う短い時間で波紋は収まり、元の彼女の顔の状態に戻った。そして、何事もなく、寝息の音が病室に木霊するようになる。 先の数分間、彼女の額に魔人の白腕が没入していた、と言われて、果たして誰が信じようか、と言う程、綾瀬夕映は平然としていた。 「私は綾瀬夕映の海馬に触れ、この十日間に彼女が体験した記憶を映像化した。これ以前にサーヴァントが召喚され、そして、彼女に接触したとは考え難い。 故に、その指定の日数の範囲内で記憶を探した所、怪しいと思った記憶を発見した。それが、今の映像だ」 「地球上で今まで見られなかった文明についての歴史書、其処に出て来る妖精や巨人、竜と言うワード。成程、確かに、疑うに足る材料ですわね」  志希は化学や数学等、理系の分野を得意とする為、世界史については余り自信がない。 しかし、アルケア帝国等と呼ばれる文明が存在した等、少なくとも彼女は聞いた事もないし、そもそもあのスクリーンで宮崎のどかと綾瀬夕映が口にした言葉が、竜や妖精である。成程確かに、サーヴァントが絡んでいると見るのは、自然な事だろう。 「情報を整理しよう」  この場にいる主従が考える、めいめいの事を打ち切るように、メフィストが言った。彼はこの病室における議長(チェアマン)であった。 「当病院に来て間もない女史は知らないだろうが、この綾瀬夕映と言う患者を、我が病院の様々な診療科の腕利きが診察した所、奇妙な夢に囚われている事が解った」 「夢に囚われる……?」  何だか詩的で、耽美的で、幻想的な表現だと志希は思った。そして同時に、嫌な表現だとも。 夢に囚われると言う事は、アイドルの、いや。芸能の世界ではおよそ普遍的で、そして、誰もが囚われる『魔』の姿であるからだ。 「要するに、魂は身体の中にないけれど、脳は生きているから、無意識の内に夢を見ている、と言う事ね?」 「意識がないのに夢を見る、ですか。何ともまぁ、医学の常識を超えた現象です」 「ドクター、この患者は、どのような夢を見ているのかしら?」 「我々ですらも聞いた事がない王国の中を、おろおろと歩いている夢だ」 「あの映像の中で綾瀬夕映が語っていた、聞いた事のない帝国についての書物。そして、今昏睡中の彼女が見る夢が、貴方達ですら未知の国のそれ。成程、確かに、きな臭いわね」 「アルケア、だったか。其処に類似した異空間に、彼女の魂が囚われている可能性は高いだろう」 「其処なのですが……」  此処で、ファウストが挙手をし、意見の表明を行う。 「私には如何にも、このサーヴァントが綾瀬夕映さんをこのような状態に至らしめたのか、解らないのですよ」 「く、口封じ、とか……?」  恐る恐ると言った風に、自分の思う所を志希は告げる。 それを、首を横に振るって否定したのは、誰ならん、彼女のサーヴァントである永琳であった。 「ないわね」 「私も、女史と同意見だ」  メフィストの言葉に、不律の主従も首を静かに縦に振った。 此処まで全員に即否定されると、流石の志希もショックを受ける。強ち間違いではないと思っていただけに、衝撃は大きい。 「ど、如何して、ですか?」 「口封じ、と言う事は、知られたくない秘密を知られたから行う。知られて困る秘密を余所に知られた場合、私ならば、その人物を生かしておかない」 「私もドクターと同意見よ」  冷たい何かで、背中を撫で上げられる様な感覚を志希は憶えた。こう言う感覚を、ゾッとする、と言うのだろうか。 自分とは考える所も価値観も違い過ぎた。怜悧な美貌の持ち主であるメフィストならば、然もありなんで済ませたろうが、永琳ですらが、 同じ考えを持っていたと言う事に、志希は戦慄を覚えていた。此処で初めて、志希は理解した。八意永琳と言うサーヴァントは、必要に迫られれば折衷案や同盟など、 他者に譲歩する様な考えや行動を行える一方で、何の躊躇いもなく人間を殺す事が出来る、極端な二面性を持った人物である、と。 「冷たい考え、と思っているのでしょうね。マスター」  ビクッ、と、冷や水でも浴びせられたように身体を跳ねさせ、志希が反応する。声と同様、怜悧な感情を宿した瞳で、彼女は志希の事を見ていた。 「でも、口封じにしてもおかしいのよ。仮に貴女の言った事が真実だったとして、何で態々、『昏睡にとどめる必要がある』の?」 「そ、それは……」  説明が、出来ない。永琳の言われた通り、少し考えると確かに妙なのだ。 知ってはいけない事を知った人物を、殺さないで敢えて昏睡の状態に留めておく。聖杯戦争でこの処置は、致命的ではないだろうか。 サーヴァントとは文字通り超常の存在。御伽噺と神話の登場人物。人知の及ばぬ神秘の具現。そしてそれは戦闘のみならず、治療にも発揮される事があると、 志希は己のサーヴァントを通じて身を以て知っている。万が一そう言う存在が、秘密を知って昏睡状態にあるNPCを治療してしまえば、その人物は秘密を喋る事だろう。 そうなってしまえば、不利を蒙るのは昏睡させたサーヴァント達の方だ。そうなる位ならば、人道面の問題はさておいて、永琳達の言う方に、殺害して死人に口なしにした方が、遥かに合理的であった。 「……儂が思うに――」  と、口火を切ったのは不律であった。 「昏睡させる事が目的ではなく、『このような夢を見させる事』が目的だったのでは?」 「だろうな。そうでなければ、このような迂遠な方法に説明がつかん」  メフィストが肯定する。「では、何の為に」。このまま数秒程の時間を置いていれば、誰かがそんな疑問をぶつけに来た事であろう。 しかし、この魔人は、そう言った疑問をぶつけられる事を予測していたらしい。一つの分野に打ち込む事幾十年と言う碩学者が、己の知見を語る様なスムーズさで、メフィストは言葉を発し始めた。 「夢とは、精神が織りなす一つの閉じた世界の事であり、遍く生物が持つ、自己の領域の事を指す。 私は胎児が見る夢を記録した事もあるし、獣や虫、魚に貝の見る夢も目の当たりにした事がある。夢とはつまり、眠る生き物である以上、誰もが垣間見る泡沫の一瞬の事なのだ」  「そして、それは同時に――」 「ある種の精神世界でありながら、現実の肉体や世界にも影響を与え得る、特異の世界でもある。 西欧に淫魔や夢魔と言う名で伝わる、インキュバスやサキュバスは、夢を通じて女を孕ませ、夢の中で男の性を受け悪魔の子を産む事が出来る。 その一方で夢は神や天使の啓示に使われる事もある。聖パトリックは夢の中に現れた大天使であるヴィクターを通じて悟りを得、死後聖人に祀り上げられた。 場所を変え、インドのヒンドゥー教においては、この世はなべて、維持の神であるヴィシュヌの夢に過ぎないと語る一派も存在する。 更に場所は東に行き、中国においては蜃と呼ばれる、夢を見る蛤(ハマグリ)の伝承が伝わっている。海の底深くで眠るこの蛤は眠ると同時に気を吐き出し、現実に触れも出来る楼閣を生み出すと言う」 「つまり、どう言う事だ。院長」 「超常存在は人の夢に干渉が出来、神仏の見る夢に至っては、本来ならば精神の活動でありながら、それだけで現実世界に実体を伴って影響を与える事が可能と言う事だ。 そして、極々稀であるが、薬物の力を借りるか、特殊な寄生虫に脳を犯されるか、或いは、天与の才によりて、妄想や夢想を現実化(マテリアライゼーション)させる人間が、少なからず存在する。我々はその様な能力者を、チェザーレと呼ぶ」 「よ、要するに……どう言う事、ですか?」  恐る恐る、と言った風に志希が訊ねる。眼前の、白い闇が蟠ったような魔人を相手に言葉を発するのは、何㎞も走り続ける事よりも労力を使う程であった。 「夢を用いた術など、珍しくも何ともないと言う事だ。魂だけを別所に隠させ、機能している意識で夢を見させる。この様な遠回りな方法を取る理由は、恐らくは此処にあるとみた」 「今までの話を統合するに……、夢を以て現実世界に何かしらの干渉を行おうとしている、と言う事でしょうかな?」 「然り」 「その様な事、簡単に出来るのでしょうか?」 「無理だ」  それまで長々と口にして来た講釈を全て台無しにする、余りにも短い一言だった。 「夢とは、確かに特殊な世界である。だが同時に、人間の見る夢が世界に与える影響など、余りに儚く、か弱い。 そもそも彼らは、数分前に見ていた夢ですらも、朝起き、歯を磨き、顔を洗うその時には忘れているだろう。その程度なのだよ、夢と現実の関連性などは」 「それでは――」 「但し」  ファウストの異議を封殺するように、メフィストが素早く補注を付け加える。 「現実世界に影響を与える夢を成す魔術を、人の夢を以て成就させる方法は、ないわけではない」 「……まさか」 「その通りだ、女史」  一同に、氷の針で出来た様な鋭い目線を投げ掛けた後、メフィストは口を開いた。 「『遍く多くの人間に、同じ夢を見させればいいのだ』」  二人のサーヴァント達は、全てに得心が言ったような反応を取った。遅れて、不律が反応を示す。志希は最後まで、反応を取れずにいた。 「夢とは人の精神や意識が見せる発露の一つだ。だが、人間、いや、NPCが見る夢の影響力など、先述したように、それは儚いものだ。 だが、これが複数人……千、万、いや、十万と集えば話は変わってくる。それだけの人数が一時に『同じ夢を永続的に見させ続けられる事が出来たのなら』。 特に『夢を見る力の強い人間が何人も同じ夢を見たのであれば』? この空論が仮に正しかったとしたら、精神世界或いは、虚空と思しき空間に、 極めて強い精神的実像が結ばれる事になる。こうなれば、後はほんの少し、後ろから手で押してやれば良い」 「ドクター。貴方の概算では、このまま推移すれば、どうなるかお分かりなのかしら?」  「仮に、の話だが。もしも、<新宿>の全人口三十と余万の内、十万人の人数が、綾瀬夕映の様な症状で、かつ、彼女の夢の中に登場した未知の国ではなく、東京の夢をその十万人が一斉に見ていたとしよう」 「……如何なるのだ? 院長」 「簡単だ。東京の上空に『東京』が生まれる。その本質は人が見る夢なれど、実際に見て触れ、歩く事すら出来る東京が、東京の上に成就される」 「……信じられない話ですな、Dr.メフィスト」 「少なくとも、これを仕組んだサーヴァントは、その絵図を、綾瀬夕映が見聞した王国で成そうとしている可能性が高い。敵の目的は、十中八九はそれと見て良い。だが問題は――」 「『その目的が果たされた時に何が起こるのか』? そして、『そもそもどう言う手段で綾瀬夕映を昏睡させたのか』? これが解らない内は、まだまだ敵の手札は明かされていないに等しいですわね」 「大本を断つ、これが一番確実な方法なのだろうが、敵の姿はまだまだ未知の上に、私が述べた事も、まだまだ推論の域を出ない。相当な手練だな、相手は」   その声は微か憂いを帯びていたが、表情は全くの無感動と無表情の象徴の様なそれだった。 つまりは、平素と変わらぬ顔と言う事である。その表情のまま、メフィストは、我関せずと言った風にベッドの上で寝息を立てる綾瀬夕映の方に向き直り、口を開く。 「彼女と同じ様な症状の患者が、恐らくはこれから運ばれて来る事だろう。彼女の魂を肉体に呼び戻す薬を作っては見るが、 魂を囚われていては効果は期待出来まい。陳腐な言葉だが、最善を尽くすしか、私には出来んな」  如何にもなげやりな風に永琳には聞こえたが、この場合、メフィストを責める事がどうにも彼女には出来なかった。 寧ろ、この医師をして此処まで言わせしめ、月の賢者である永琳をしてその実態の全貌を掴ませない、昏睡を引き起こした下手人のサーヴァントの手練手管をこそ、恐れるべきであろうか。  相手の力量を認めつつ、内心で歯噛みしていると、メフィストが此方の方に向き直った。 それまでは、唐突にその美相を向けられると、全身が総毛立つような感覚を覚えたものであるが、永琳の方も伊達に数千年以上の時を生きてはいない。 積み重ねて来た経験と、それによって鍛えられた不動の精神で相手を見据えるまでに成長した。……主の方は未だに、彼の美貌に慣れておらず、硬直とドギマギを隠せないようであるが、それを責めるのは、少々酷であろう。 「時間だ」  そろそろ来る頃合いだと思っていた。 メフィストが何を言おうとしているのか、永琳も理解している。理解していてなお、飛び出して来たのは次の言葉であった。 「何の意味ですの?」 「惚け過ぎは命を縮めるぞ。呪いの正体についての所見は、私も述べた。これ以上の事は、呪いをかけた当人にしか最早解るまい。呪いについての事を知りたい、と言う君の目的は、果たせた事になる。去りたまえ、アーチャーと、そのマスターよ」  この程度のすっ呆けが通じる相手ならば、苦労はしない。メフィストは眉一つ動かさず、永琳の誤魔化しを斬り捨てた。 永琳には、此処の院長とナシを付けておきたい、と言う打算があった。病院内部に入った時から、軽い探知の魔術で病院の内部を探ってみたが、結果は、 ワンフロア上の階所か、部屋の内部すら見通せない始末だった。大掛かりな魔術を使えば数階程度は探知出来るだろうが、 メフィストに気付かれないレベルの探知の魔術の精度等、たかが知れている。が、其処は腐っても永琳の魔術だ。 彼女の術ですら、その全貌を全く掴ませないと言う事は、この病院に施されている空間的・霊的防衛システムは、下手をしたら月の都のセキュリティと並ぶかも知れない。 つまりは、こと防衛に関しては、この病院は凄まじい程の能力を誇ると言っても良い。これが、何を意味するのか? 己の手綱を握るには余りに頼りないマスター、一ノ瀬志希を守る為の一時的な拠点には、持って来いと言う事を指す。 もっと言えば、もしも関係が深まれば、この病院に貯蔵されている――と、永琳は見ている――霊的な材料を用いて、霊薬の類を作成出来るかも知れないのだ。  つまり永琳が望むのは、メフィストとの『同盟』だ。もっと言えば、メフィスト病院の設備と備蓄を利用してやろうと思っているのだ。 しかし、そう簡単に事は運ばない事も、永琳はとうの昔に気付いていた。彼自身の性情が、それを許さないと言う事もある。 だがそれ以上に――何故かこの男は、自分に対して敵意を抱いているような気がして、ならないのだ。 【マスター】 【――えっ、あっ、何?】  やはり、メフィストの美に当惑としていたのだろう。反応するのに、やや間があった。 【貴女も気付いている通り、今の<新宿>はいつ何処で戦いが勃発するか解らない所よ。貴女に下手に出歩かれるよりは、こう言った定まった、それでいて安定感のある拠点にいて貰う方が、私としては都合が良いの、解る?】 【え? そ、それは~……解るけど、出来るの?】  その疑問は至極当然のものと言えた。 誰がどう見た所で、メフィストの意思を曲げさせる事は、不可能なように思える。この男は否と一度口にすれば、ジャハンナムの業火に焼かれようとも、己の意思を変えたりなどしないと言う、不撓不屈の心構えすら見て取る事が出来た。 【念話している時間すら惜しいわ。どう、乗る? 乗らない?】 【……アーチャーを、信じる】    【解ったわ】、と言う言葉を最後に念話を打ちきり、永琳はメフィストの方に毅然とした目線を向けた。 此処に来て初めて永琳は理解した。今までメフィストの美に慣れていたのは、少しだけ彼の顔から目線を外していたからであって――。 真正面から彼の事を見据えると、その余りに完成され過ぎた人体と顔つきで、正気を保つ事すら精一杯である、と言う事に。 それでもなお、永琳はその様な気配を億尾にも出さない。 「ドクター。貴方の目には、私のマスターは如何映るかしら」 「君と言うサーヴァントを御すには、余りにも力不足と言わざるを得ないな」 「全くですわ。何処までも力が足らなくて、私も苦労が絶えませんの」  「うっ……」、と言う苦しげな声が背後から聞こえて来た。想像だにしなかった、永琳からのキラーパスに、ショックを受けている事がすぐに解る声音だった。 「ですけれど――、駄目な子程可愛い、と言うでしょう? 私のマスターとしては確かに力不足の大失格のマスターですけれど、其処がまぁ、庇護欲をそそる、と言いますか」 「単刀直入に言いたまえ」 「此処で私達を保護してくれません?」  弾丸の如く真っ直ぐで、物質的な圧力を伴ったメフィストの目線に射抜かれたその瞬間、永琳は極めて明快かつ、これ以上解釈の余地等ないとしか思えない、シンプルな言葉を言い放った。 「無論、タダで、とは言いませんわ」  メフィストが断る、と言うよりも速く、永琳は彼の言葉尻を奪った。 「私の故郷の技術の一部を、ドクターにお教えする、と同時に、此処で医者としての実力を奮わせて貰いますわ」 「ほう」  食い付いた、と永琳は見るや、直に畳み掛けに掛かる。後ろで志希が「えっ、嘘っ」、と戸惑いの言葉を上げていたが、無視する事とした。 医者として此処で活動すると言えば絶対に混乱するだろうと思っていたからこそ、永琳は敢えて念話での会話の時に黙っていたのだ。 「不老の薬を――」 「不要だ。医者としての修業時代に、師から学んだ」 「空間の謎を――」 「無用だ。我が病院に既に施されている」 「量子に携わる発明を――」 「いらぬな。量子の謎など、遥か昔に解き明かしている」  ……よもや此処までとは、と永琳は舌を巻いていた。 永琳の想像を絶する知識量の持ち主である事は、薄々ではあるが彼女も察していた。まさか、普通の人間であれば、劫と言う時間を消費しようとも、 解き明かせるかどうかは神が振う賽子次第の、量子の謎すらも解き明かしていたとは、思いもよらなかった。永琳の瞳には、微かな驚愕の光が灯っていた。 「御帰りの時が来たようだな、アーチャー」  暗に、次の言葉が浮かばないのなら帰れ、と言う意味が言外からヒシヒシと、永琳は感じ取る事が出来た。 次をしくじれば、同盟の話は水泡に帰す事であろう。――其処で永琳は、敢えて、切り札を切った。本人自体は二度と作る事もないと信じていた、あの薬の名を。 「――『蓬莱の薬』」 「……ほう」  反応の質が、明らかに違うものになった事が、不律やファウストは勿論、志希にも解った。 明らかに、興味を示していた。表情は依然として変わる事のない、石のような無表情であったが、永琳とファウストには、違った感情が今、彼の美貌に過っているのが解るのだ。 「月の都の姫が、当代の帝に与えたと言う不死の薬か」 「製法を教えるだけよ。作るのは、この世界に協力者がいないと無理だから」  これは、嘘でも何でもなく事実だった。『あらゆる薬を作る程度の能力』、と言っても全能ではない。 薬を作るとある以上、材料が不可欠であるのは言うまでもなく、それがないのであれば、無い袖は振れないのだ。 蓬莱の薬を作るのに必要な協力者とは、永琳が一生涯仕えると決めた、蓬莱山輝夜ただ一人。彼女の能力がないのであれば、蓬莱の薬は、作れない。 嘘偽りのない、厳然たる事実を、メフィストよ。お前は、どう受け止めるのか。 「その条件で、構わん」  魔界医師は、一切の迷いも見せる事無く、永琳の提示した条件を受け入れた。 「作る事は、出来ないのに、かしら?」 「知識として記録しておく事の、何がおかしいのかね? 医者はプライドが高く、知識と経験に貪婪でなければ務まらない」 「……」  沈黙の時間が流れた。永琳とメフィストの目線が交錯する。二名の身体から発散される、凍土の最中の様に冷たい空気に、他の三人の皮膚が粟立つ。 サーヴァント同士の睨み合いは、それだけで常人を気死させる圧迫感がある。この二人の場合は、サーヴァントである事を抜きに――自身の存在の格も関わっているであろう事は、想像に難くなかった。そんな時間が、数秒程続いた後で、永琳がこの空気を打ち破った。 「解ったわ。折を見て、御教授して差し上げますわ」 「痛み入る」  簡潔な、メフィストの言葉であった。間髪を入れず、彼は「次の話だが――」と切り出した。 「我が病院で医療スタッフとして働く、と言うのは、どう言う事だね?」 「教えただけで「はい、終わり」、と言うのは矜持に反しますので。蓬莱の薬の製法を教えただけでは、この病院に彼女を匿って貰えないと思いましたが、違いますか?」  と言い、永琳は志希の方を軽く一瞥する。何と反応すれば良いのか解らず、当惑で目を回し気味の志希の姿が其処に在った。 「我が病院は優秀な医者は常に受け入れている。優秀であると言う条件を満たす者ならば、我が病院の門戸を叩く者は、誰であろうと歓迎しよう」 「恐縮で――」 「但し」  最後まで永琳が言い切る前に、メフィストは言葉を遮った。そう簡単には行かせるか、と言う強い意思が声音からも感じ取れる。 「登用の為の簡単な面接は受けて貰おう」  「面接があるのか」、と不律は一瞬驚いたが、そもそも彼は<新宿>にやって来た瞬間に、メフィスト病院の専属医としてのロールを与えられた人物である。 つまり、来たその時から病院のスタッフの一人なのだ。普通に考えれば、登用試験や面接の類があるのが、当たり前なのである。 「お時間は何分取るおつもりなのかしら?」 「一分と掛からん」  ――不律は、この病院も存外まともかも知れない、と、頭の中で一瞬湧いた考えを一瞬で払拭した。  一分で終わる面接など、今日日アルバイトですらあり得ないだろう。魔人の運営する病院は、その採用試験も常軌を逸したものであるらしい。 「……面接は、何時?」 「もう始まっているよ」  そう言うとメフィストは、目も眩まんばかりの白いケープの袖を、永琳の方に向けた――刹那だった。 ビュンッ、と言う音を立てて袖から、音速を超える程の速度で黄金色の細い何かが放たれ、それが、寸分の狂いもなく永琳の心臓を貫いた。 黄金色のラインが永琳を貫く前に、その正体に気付けたのはファウストだった。貫いたその瞬間に、何かの正体に気付いたのは不律だった。 永琳の心臓を貫き、背中までラインが貫通してから数秒経過して、漸く、自分のサーヴァントに起った異変に気付いたのは、志希であった。 「あ、アーチャー!?」  口元を覆い、灰の空気を全て使い潰す程の大声で志希が叫んだ。 永琳は、メフィストのケープから放たれた、黄金色の針金で心臓を刺し貫かれていた。 金メッキの放つ、チープな輝きではない。輝きから質まで、その針金は文字通り、本物の黄金で出来ているとしか思えない程、 限りなくAuの元素記号で表記される金属に等しかった。  戦慄の時間が、緩やかに、そして、忙しなく流れて行く。 メフィストの袖から寸分違わぬ直線に伸びた黄金の針金は、永琳の心臓を撃ち貫いている。 そして、永琳は、自身の心臓を貫いているメフィストの事を、無感情に眺めている。ややあって、永琳は口を開いた。『開いた』。 「人を試し過ぎるのは、長生き出来ません事よ。ドクター」 「因果だな。今朝私も、同じ事を言った」  そう言って、メフィストは、永琳の身体から針金を引き抜いた。 ――誰が、信じられようか。メフィストのケープの中にシュルシュルと、訓練された一匹の金蛇のように巻き戻って行く針金には、血の一滴すら付着していない。 それどころか、彼女の身体を貫いていた筈の先端部が、完璧に乾いた状態であるのだ!! そして、心臓を穿たれた筈の永琳の服には、血の一滴どころか、衣服に穴が空いた様子すら、見られない!!  誰もが忘我の域に誘われるであろう程凄絶な、あの数秒の短い時間は、魔人同士がお互いの実力を図る為に行った刹那の一時であると認識出来た者は、この部屋には二名いるのであった。 「アーチャー!! だ、大丈夫!?」  この病院に来てから、取り乱す事が多くなった事を志希はもう認識出来ない。 無理もない、余りにもこの病院の中で起る事は、志希の知る常識を遥かに逸脱した現象ばかりであるからだ。 だがそれは、当たり前の事なのだ。この病院は<新宿>のものではなく、<新宿>の中にあって、『魔界都市』と呼ばれたある街の則によりて運営される魔城なのだ。 余人の常識が一切通用しないのは、嘗てあの街に住んでいた住人であるならば、誰もが理解する所なのであった。 「痛みもない、流血もない、そもそもあの針金は体内に入った瞬間軌道を変えて、心臓を避けるように背中を突き抜けた。あの針金は治療の為の道具、痛み何て全く与えない。でしょう? ドクター」 「その通りだ」  腕を下げながら、メフィストが口にする。 「この針金に驚き、目を見開かせる様な存在ならば、我が病院のスタッフになる資格など与えないつもりであったが。優秀だな、君は」 「其処が、セールスポイントですから」  一切の臆面もなく、永琳は口にした。それを受けて、メフィストは肯じる。 「いいだろう。今から君は、臨時のメフィスト病院の専属医としての地位を与える。責任を以て、職務を遂行したまえ」 「解りましたわ」 「案内板に従って、ロビーの方に移動し、待機していなさい。じきに案内役の看護士の一人を呼ばせる」 「畏まりました。……出るわよ、マスター」 「……えっ? あ、え、う、うん」  要領を得ない、と言った風に志希は頷き、永琳の後を追い、部屋から退室。 後には、腰に刀を差した老医と、長躯のランサー。そして、白いケープを身に纏った、汚れ無き天国の威光のみで身体が構成されているのではないかと言う、美貌の魔人のみが、部屋に残された。 「彼女を採用されて、良かったのですか。Dr.メフィスト」  と言うのはファウストだ。無理もない。誰が見ても明らかに、八意永琳と言うアーチャーは怪し過ぎる。 彼も、そしてマスターである不律も。永琳は、その美貌の中に、ギラリと光る白刀を身体の中に隠し持った、一癖も二癖もある難物である事を見抜いていた。 明らかに、何かしらの下心がある事は解るのだ。目の前の、聡明な院長がそれに気付かぬ筈もない。 「優秀な医者は、いつでも求める所。其処に嘘はない」 「彼女は、優秀な医者ですか」 「君にも言った所だが、優秀な医者は見るだけで解るのだよ。面接と言う茶番など、用意するまでもなかった。女史は、この病院のあらゆるスタッフの中でも、最も優秀な人物かも知れんな」  それが、メフィストが送る最大限の賛辞であると言う事を、不律もファウストも知らない。 この病院の設備と、其処に勤務する医者の実力を何処までも信頼しきっているメフィストが、外様の医者を此処まで褒め称えると言う事は、ありえない事なのだ。 「……仮に、裏切って、院長にその矢を向けたらどうするつもりだ?」 「その時に対処するさ。私は、私に故意を以て襲い掛かる存在には、相応の対価を支払って貰う事にしている」  いつも通りの無感情な言葉だが、それが、嘘でも冗談でもなく真実であると言う事を、二人は理解している。 メフィストは、普段通りの声のトーンであるのに、放つ言葉によって、自由自在に威圧感と冷たさを調整出来るのだ。 言霊の謎を解明し、言葉を自由自在に操る吟遊詩人(トルバドゥール)のような男だった。二人は今の彼の、そんな発言に、背骨を濡れた氷で撫で上げられる様な悪寒を感じた。 「では、患者に対し悪意を以て――」 「それは、ないな」  ファウストの懸念を、メフィストは素気無く斬り捨てる。まさに、即答であった。 「何故、そう言えるのでしょう?」 「プライドが高いからだ」 「……プライドが?」 「本物の医者と言うのは、プライドが高くなければならない。己の患者に一切の怪我も病気も許さず、己が管理する病院の全てに万斛の自信を抱いていなければならない。 それを以て初めて、真実の医者になれるのだ。彼女は、私の理想に限りなく近しい思想の持ち主だと思っている。つまりは、私に敵対する事はあれど、患者には慈悲深い性格である、と言う事だ」 「それが本当であれば……確かに、優秀な医者であろうな」 「その通りだ、が。神は何時だって、人に全てを与えない物だな」 「と、申しますと?」 「彼女には欠点がある」 「はて?」 「医者としての資質も十分、見識も極めて深く、魔術にも造詣があり、有事の際の荒事にも長ける。まさに、医者の鑑とも言うべき人物だ。が、唯一の欠点を上げるとするならば……」 「上げると、するのならば。何です、ドクター?」  ふぅ、と溜息をついてから、メフィストは解を告げた。 「『女であると言う事だ』」 「えっ」 「えっ」  両者とも、殆ど同時のタイミングだった。 「女であると言う事実だけが、嘆かわしいな。女のインテリと言うものは、如何にもプライドが無駄に高い。男であればそれも可愛げがあると言うものだが、女になった瞬間それが失われる。実に、嘆かわしいな」 「……院長は、衆道の方が好みなのか」 「悪いかね」 「……いえ」  歯切れの悪い返事だと不律も思う。仕方があるまい。 想像だにしていなかったメフィストの性趣向に、困惑してしまったからだ。目の前で刀を突然、急所目掛けて振るわれる事よりも驚いている。 そう言った人物がいる事も知っているし、実際軍医を務め、曲りなりにも軍属であった不律には解る。同性愛は思った以上に普遍的な性癖なのだと。 ――だが、メフィストがまさかそうだったとは、思いもよらなかったのだ。その気になれば、世界中の女のほぼ全てを我が物と出来る男は、その実、女に全く興味を示さない男色家であったのだ。誰も、想像が出来まい。  何処か気だるげな装いで佇むメフィストであったが、何かに気付いた様に面を上げ、先程、綾瀬夕映の海馬の記憶を投影させるのに使った、 右手の薬指に嵌められた指輪から、何かの映像を投影。年配の、髭を蓄えさせた中年男性の顔が、立体映像となって指輪から発せられる光に映った。 「何事かね」 「突然申し訳ございません。実は先程、院長が私共に預けた、『北上』と言う患者ですが……」 「治せなかったのかね?」 「……面目ない。彼女に合った義腕を選ぼうとしたのですが……傷口が余りにも特殊で、腕に合う義腕が見繕えないのです」  酷く無念そうな顔で、その中年男性は口にした。そして、覇気のない子供の様に、委縮している。 まるで、初めて問題に誤答してしまい、親か教師にそれを咎められる優等生のような心境である事は、容易に想像が出来ようと言う物だ。 「直に向かおう。不律先生、事後処理は任せた」 「心得た」  任せた、と言ってからのメフィストの行動は迅速であった。 足早に部屋を去り、部屋の内部と言う空間を悲しませるだけ。この男は、世界を構成する空間の一部など一顧だにしない。 どれだけ空間が待てと言われようが、待たない。自身の患者に異変が起これば、そちらの方を優先する。メフィストと言う男は、そんな男であった。 後には、不律とファウスト、そして、この部屋で起った魔人達の会話の事など一切知らずに、夢を見続ける眠り姫。綾瀬夕映だけが、残されるだけだった。 「人は見かけによらぬな……」  と言う言葉は、メフィストに対して向けられたそれである事は、明白だった。 「……同性愛は一応病気では御座いませんから」  動揺した風にファウストは言う。寧ろ彼の方が、衝撃を隠せていないようなのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【勝手に話を進めて、悪かったわね】  と言って、志希に詫びの言葉を念話で投げ掛けるのは、八意永琳だった。 彼女は今、実体化の状態で病院を歩いている。今より病院の臨時専属医として働く事になっているのだ。 霊体化をした状態では差支えがでる。だからこそ、こうして実体化の状態で病院を歩く事にしたのだ。 廊下ですれ違う患者や看護師、医者が、永琳の方に顔を向ける。この病院で働くスタッフ達は、こと、美しいと言う概念を審美する時は極めて厳格だ。 何せ主である院長が、この世の美の基準点のような男なのだ。必然、此処で働く者は審美と言う行為にうるさくなる。 そんな彼らですらも、思わず目を引く程の眉目秀麗たる容姿を誇る女性。それが、八意永琳だった。メフィストと言う男が全てを支配する病院の中でも、 彼女の華麗さは褪せる事はない。八意永琳は、メフィストと言う日輪に対する、月輪のような存在感の女であった。 【アーチャーが必要だって思った事なんでしょ? だったらあたしも、それに従うかな~……って】  そう、確かに必要な事だった。と言うよりは、戦略上、此方に着いた方が有利だと永琳は認識したのだ。 住宅街で起ったサーヴァントとの交戦とその戦闘の後、そして、繁華街ですら大規模な戦闘が起ったと言う事実を聞いた瞬間、永琳は真っ先に考えた。 それは、『家に籠城する』と言う作戦は最早何の役にも立たないと言う事だ。この狭い街で、頻々と戦闘が起こる以上、明日は我が身になる可能性は極めて高い。 そうなった場合、何の才能もない自身のマスターは真っ先に殺される可能性が高い。何処か安全な場所を探そうにも、聖杯戦争が始まった以上、 絶対的に安全な場所など存在しない。自分の実力で、マスターを守らなければならない。ある時まで永琳はそう考えていた。  その負担が楽になるかもしれないと思ったのは、メフィスト病院内部に入った時からであった。 この病院が保有する霊的・空間的な防衛システムは、主の保護に打って付けであるし、何よりも、上手く院長と話を付けられれば、 自身の道具作成スキルを最大限に活かせる、霊薬を製作する為の材料ですら工面して貰えるかもない。 そうなれば、後の可能性は無限大だ。永琳は、魔力がほぼ枯渇寸前の状態から魔力を、肉体的な怪我ごと全回復させる霊薬(エリクサー)だって造り出せるし、 ワニザメに皮を剥がれた因幡の白兎の傷を治した大国主が用いた薬だって、製作が出来る。拷問に用いる自白剤も作成出来れば、肉体を瞬時に溶かす毒薬の類だってお手の物。  そう戦略上、永琳は必要な事だと思っていた。 無論、リスクがないわけではない。腐っても此処は、他のサーヴァントの拠点である。いわば、敵の腹中で文字通り自分達は活動している事になる。 メフィストが何らかの心変わりを起こして、自分達に牙を向く可能性だって、ゼロではない。そうなったら、さしもの永琳ですらどうなるか解らない。 その危険性を加味してなお、得られるリターンの大きさが魅力的なものに永琳は思えた。だからこそ、あのような話を進めたのだった。  ……しかし、本当はそれだけではなかった。 単純に言えば、かなり『腹が立った』から、この病院で働く、と言う下心が永琳にあったのも事実である。  メフィストは狂人だった。疑いようもなく、彼の心は破綻していた。 余りにも断固としたプロフェッショナリズムの持ち主の為に、彼は人の心の在り方と言うものから何処までも浮いているのだ。 患者を愛し、病院を信頼し、自分達の患者を害する者は一切許さない。それ自体は、医者として当然の在り方だ。だがあの男は、その度合いが異常過ぎる。 プロフェッショナリズムを求めに求め、求め過ぎた結果。彼の心は、『人間の可能性』とも言えるべき極北の地点の更に先に、向かって行ってしまった。 永琳から見た、メフィストと言う男は、そんな人物であった。  そして、驚く程あの男は気位が高い。 感情のない天使にすら恋慕の情を抱かせる程のあの美貌と、確かな医療技術を持っているのだ。 プライドが高くない方がおかしいし、事実医者と言う者はメフィストが言うように、新たな知識に貪欲で、医者としての矜持にプライドが高くなければ務まらないのだ。 解っていても『ムカついた』のは、自分の事を値踏みする様な、あの瞳と態度だった。本質的にあの男は、自分と自分の病院以外で働く医者を見下している。 そんな態度が、透けて見えるようだった。永琳は、自分が医者としても、戦士としても、優秀であると言う自負があった。 自分でも自覚している所だが、プライドは高い方だと思っている。だからこそ、許せないのである。戦闘能力で見下されると言うのならば兎も角、 医術の腕前で馬鹿にされるのは、沽券に係わるのだ。あの男は、その永琳の沽券を簡単に見下した。それが、永琳には耐え難かった。  ――……言える訳がないわよね――  まさか志希に、そう言った感情もあってメフィストの所に着いたなどとは、言えなかった。 諸々のメリットの比較衡量も当然行ったが、それ以上に、斯様な感情があったなどと、まさか永琳の口から説明出来る筈もなし。 医者として働く以上は、適当な事は出来ない。自分があの男以上に優れている事を、これを機会にその一端だけでも発揮できれば、と、永琳は思っていた。  ――……子供ね――  後で冷静に自分を俯瞰して、何とも幼稚な考えだと思っていた。 比較衡量の部分がなければ、完全にこらえ性のない子供とほぼ同義であった。 数万年以上の時を経てなおこの精神性とは、笑わせる、と。皮肉気な笑みを浮かべる永琳。 彼女らの横を、黄金色の髪をした、ブラックスーツの男性が過った事に彼女らは、全く興味も示さなかった。 ---- 【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院)/1日目 午前9:20】 【一ノ瀬志希@アイドルマスター・シンデレラガールズ】 [状態]健康、廃都物語(影響度:小) [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備] [道具] [所持金]アイドルとしての活動で得た資金と、元々の資産でそれなり [思考・状況] 基本行動方針:<新宿>からの脱出。 1.午後二時ごろに、市ヶ谷でフレデリカの野外ライブを聴く?(メフィスト病院で働く永琳の都合が付けば) [備考] ・午後二時ごろに市ヶ谷方面でフレデリカの野外ライブが行われることを知りました ・ある程度の時間をメフィスト病院で保護される事になりました ・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません ・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました ・メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました 【八意永琳@東方Project】 [状態]十全 [装備]弓矢 [道具]怪我や病に効く薬を幾つか作り置いている [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:一ノ瀬志希をサポートし、目的を達成させる。 1.周囲の警戒を行う。 2.移動しながらでも、いつでも霊薬を作成できるように準備(材料の採取など)を行っておく。 3.メフィスト病院で有利な薬の作成を行って置く [備考] ・キャスター(タイタス一世)の呪いで眠っている横山千佳(@アイドルマスター・シンデレラガールズ)に接触し、眠り病の呪いをかけるキャスターが存在することを突き止め、そのキャスターが何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だ明白に理解していません。 ・ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません ・不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました ・メフィストに対しては、強い敵対心を抱いています ・メフィスト病院の臨時専属医となりました。時間経過で、何らかの薬が増えるかも知れません 【不律@エヌアイン完全世界】 [状態]健康、廃都物語(影響度:小) [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]白衣、電光被服(白衣の下に着用している) [道具]日本刀 [所持金] 1人暮らしができる程度(給料はメフィスト病院から出されている) [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を手に入れ、過去の研究を抹殺する 1.無力な者や自分の障害に成り得ないマスターに対してはサーヴァント殺害に留めておく 2.メフィスト病院では医者として振る舞い、主従が目の前にいても普通に応対する 3.メフィストとはいつか一戦を交えなければならないが… 4.ランサー(ファウスト)の申し出は余程のことでない限り認めてやる [備考] ・予め刻み込まれた記憶により、メフィスト病院の設備等は他の医療スタッフ以上に扱うことができます ・一ノ瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました ・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません。 ・メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました 【ランサー(ファウスト)@GUILTY GEARシリーズ】 [状態]健康 [装備]丸刈太 [道具]スキル・何が出るかな?次第 [所持金]マスターの不律に依存 [思考・状況] 基本行動方針:多くの命を救う 1.無益な殺生は余りしたくない 2.可能ならば、不律には人を殺して欲しくない [備考] ・キャスター(メフィスト)と会話を交わし、自分とは違う人種である事を強く認識しました ・過去を見透かされ、やや動揺しています ・一ノ瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました ・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「……凄いな。痛みも何もない」  心底感心した様にそんな事を言うのは、診療室で、包帯の巻かれた左腕を軽く動かすジョナサンだった。 全く痛みがない。其処が、驚きの最たる所だ。と言うのもジョナサンの左腕には、つい先刻までロベルタが発砲した凶弾が体内に埋め込まれていたのだ。 更に胴体には銃弾による怪我もあり、歩くのも中々どうして、苦労した程である。その労苦が今、完全に消え失せていた。 驚くべきはメフィスト病院の医療設備と、スタッフの優秀さだ。評判は、前々から聞いていたが、此処までその高さを見せつけられると、敵対心など抱く気もなくなる。 自分達の生きていた十九世紀のイギリスの医療技術が、未開の民族の怪しげな民間治療にしか思えない程であった。 「Mr.ジョナサンの身体の壮健さと、自然治癒力は目を瞠るものが有りますね。この調子なら、一時間後にはラグビーだって出来る程ですよ」  と、太鼓判を押すのは、自身の治療を務めてくれた、月森と呼ばれる若い、眼鏡をかけた男の医者だ。 若いながら優れた医術を持ち、たったの数分で弾丸の摘出と、事後の毒素処理を行った医者である。 「いえいえ、先生の優れた医術があればこそですよ」 「ハハハ、お褒めの言葉は嬉しいですが、まだまだ僕もこの病院では若輩者でしてね。先輩方には、負けてしまいますよ」  謙遜としては良く使われるタイプのそれであったが、これが嘘ではない事をジョナサンもジョニィも知っていた。 恐らく月森は本気で言っている。サーヴァントの運営する病院に集まるのが、普通の医者しかいない訳がない。 特にそう疑っているのはジョニィの方だ。ジョニィは生前、泉と、其処に生える巨大な大樹自体がスタンド、と言う、つまり、 場所がスタンドその物と言う相手と関わった事がある。メフィスト病院とはまさに、場所そのもののスタンド、つまり、宝具なのではと考えていた。 そう言ったスタンドにありがちな事であるが、その場所スタンドの内部で起る事は、基本的には何でもアリで、外の世界の常識など通用しない。 このメフィスト病院が宝具であるとするのならば、其処に勤務するスタッフも、宝具の一部である。つまりは、何かしらの『力』を付与されている可能性が高い。つまりは、月森とは別の、或いは、彼をも超える医療技術の持ち主は普通にいるし、場合によっては戦闘すらもこなせる医者も存在していると、二人は推測していた。 「院長先生には、やはり勝てませんか」 「メフィスト院長ですか……あの御方は最早別格ですね。私も彼の技術を目の当たりにした事がありますが……私では、例え千年研鑽を積んだとて、彼の領域には至れない。そう思い知らされました」  と、過去の事を思い描く様な口調で月森は語る。真実の事を語っているらしく、遠い目で語るその喋り口に、嘘は見られなかった。 ジョナサンらは未だに見ていないが、やはりこの病院を運営する院長の技術は、想像を絶するそれであるようだった。 「……話は変わりますが、先生」 「何でしょう?」  神妙な顔付きのジョナサンに対して、月森の方は、柔和な表情のままであった。 「私と一緒に付いて来た、北上、と言う少女の件ですが……」 「北上……あぁ、あの右腕の肘から先がない女の子ですね?」  眠り病と呼ばれる聞いた事もない病気の事を知りたいと言ったあのアーチャーは、メフィストの案内に従い移動。ジョナサンと北上は別れて、別の所に案内された。 ジョナサンが案内された場所はごく一般的な外科であるが、北上の方は、身体の義部を作る為の診療科に案内され、そのサーヴァントであるアレックスは、 専門の、霊体治療の為の診療科に案内されているとの事。現在彼女らは、全く別々の所を行動していると言う事だった。 元々、ジョナサン達が見た時から、欠損した部位も見た所持っていなかった為に、治療は不可能であり、仮初の部位を作る事で治療を施そうと言うメフィスト病院の意思は、 理解していた。それでもやはり、心配になる。ジョナサンは思い出していた。時折北上が見せる、親類の全てが死に絶え、頼るもの縋るものもなくなったような、深い絶望に彩られた彼女の顔を。 「当病院の技研の腕前は頗る評判です。人によっては、元々の自分の手足よりもよく動くと言われる方もいる程ですよ。技研の先生方の腕前を、信用して下さい」 「いえ、そうではなく……ですね。聞かれないのでしょうか? 腕のなくなった理由を」  ジョナサン達も、それについては何の憂いも無い。この病院の事だ、上手くやってくれるだろうと言う無根拠な信頼すらあった。 だが、不気味なのが、この病院の誰もが、『如何して四肢がなくなったのかと言う事に興味を払わない事』である。 普通の病院であれば、間違いなく四肢を失った理由を訊ねるだろうが、この病院はそれをしない。此処を頼る患者ならば、誰でも治療する。 その様な意思を、ジョナサン達はこれ以上となく感じ取れていた。そして其処こそが、この病院がサーヴァントの運営する魔窟たる所以なのだろう。 「これは、メフィスト院長の自論なのですが……。自分を頼りにやって来た患者は、誰であろうと治せ、と言うのが、あの方にはありまして……」  滔々と、月森は語り始めた。 「例え後に、自分の敵に回るような人物でも治療せよ、と言う事らしいのです。それこそが、医道の扉を叩いた物の宿命であり、運命なのだ、と」 「……と、言いますと?」 「私が思うに、院長にとっては、怪我を負った理由よりも、怪我を負った結果こそが大事なのだと思っているのです。それを治す事こそが、医者の仕事。 それは、私共にも徹底されております。故に我々は、怪我を負った理由を敢えて聞きません。何事も、話したくない事は、あるでしょうから」  傍から見れば、聖人の言葉にしか聞こえない月森の発言であったが、時と場合にそれはよる、と言わざるを得ない。 人の言う事を全て疑う人間は病気であるが、人を疑う事を一切知らない人間もまた病気である。何故、四肢の一部を失ったのか? それは、人間である以上、況してや医者である以上当然疑って然るべき事柄であり、彼らはそれを訊ねようともしない。 ジョニィは、やはり此処は、危険と安全と紙一重の場所だと、再認した。此処で働くスタッフ達は、正常と異常の境を彷徨う、魔界の住民なのだ。  怪我だけを治したら、さっさと距離を離す事が一番だろう。それが彼の思う所であったが――ジョナサンは、月森の言葉に感銘を受けている様子であった。 「実に素晴らしい、紳士の鑑のような人達だ」、とすら言う始末だ。ジョニィは、此処をもう少し改善してくれたら、と思わずにはいられない様子なのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  此処が、義肢や義眼の作成担当の為の場所だと認識した瞬間、北上は思った ああ、自分の腕はもう、何をしても治らないのだ、と。涙は最早出ないので、虚無感だけが胸中を支配した。 予測出来なかった事ではない。何せあそこまで細切れに、自分の腕はなったのだ。普通は無理であろう。 どんな名医でも、失った腕を元に戻せと言われれば、匙を投げてしまう。北上の負った傷とは、つまりそんなものだ。  事実、自分の事を担当していた、髭を蓄えた中年男性もお手上げと言った調子であった。 「切断の傷が異常だ」、「如何してこう言う傷を負ったのか理解が出来ない」、小声で男はそんな事を告げ、ある程度傷を見終わってから、 「少しお待ちを」と言って、部屋を後にした。北上は、用途すら及びもつかない大仰な機械の数々と、壁掛けのコンソールスクリーンが至る所に設置された部屋で、 ぽつねんと一人残されるだけとなった。  アレックスは今、何処にいるのだろうか。自分を守り、要らぬ怪我を負った、あの頼りない勇者は。 自堕落でスケベで、それでいて、いざという時には『勇』ましき『者』の名に恥じぬ動きを見せぬ、未だ姿形の定まらぬ男は。 あの男の負った損傷も酷かった。メフィストの案内で今彼は、『心霊科』と呼ばれる、その名を聞くだけで胡散臭い診療科に案内され、霊体の治療を受けているらしい。 自分よりも境遇が心配だった。この世界で彼に死なれてしまえば、真実北上は一人ぼっちだ。そうなってしまえば、もうこの世界で生きる術はないに等しい。  いやであった。 死ぬ事よりも、一人で、しかも、鎮守府の皆に死んだと言う事をも認識されずに消えてなくなるのが、何よりも怖かった。 元の世界に帰りたい。そして、アレックスにも無事でいて欲しい。目を瞑り、その事を必死に祈る彼女であったが、その行為は、自動ドアの開く気配で中断される。  ハッとした表情を浮かべ、その方向を見つめた。 不思議なものである。自分を担当していたあの中年男性が戻って来たのではない事を、直感で北上は理解していた。 部屋の白さと言うよりも、明度が極端に上がったような気配を彼女は憶えた。部屋に満ちる電子機器の数々が上げる稼働音が、 喜びの讃美歌を上げているようなそれに変貌した様な錯覚を感じた。彼女の目線の先にいる、白く輝く美貌の男の姿を見て、硬直する。 この男は――地球から何万光年と離れた恒星の放つ、汚れ無き白い光を集めて作ったような、この男は。 「気分がすぐれないかね」  そう言って此方に近付いてくる男の名は、メフィスト。 この病院の院長でありそして、別所に向う為に病院に入ってすぐに解れて行動していた白の美人であった。 「四肢を失う事は、当人にとっては心に穴が空いた様なショックを受ける。当然の事だ。だが、安心したまえ。我が病院に救いを求めた以上、私は誰であろうともその思いを無碍にはせん」  此方に歩み寄りながらそんな言葉を口にするメフィストは、誰が聞いても、聖人の様にしか見えぬであろう。 断固としたプロフェッショナリズムは、見る者によっては狂気の権化に見える一方で、人によっては天より遣わされた天使のように映る。 特に患者には、メフィストの姿は、聖母の如き慈愛性を誇る救い主に見えるに相違あるまい。事実、多くの患者は、彼の事をそんな目で見ていた。  嗚呼、だが、北上よ。 何故お前は、メフィストをそんな瞳で見る。美貌に対して陶酔とする感情でメフィストを見る一方で、何故、彼の美貌を極度に恐れるような瞳で。 「腕を見せたまえ」  と言う、メフィストの言葉を認識するのに、数秒は掛かった。 のろのろと右腕を上げ、その姿をメフィストに見せる。二の腕を軽くメフィストは掴む。 耐えがたい至福の陶酔感が、彼女の腕から身体全身に伝わった。本当に美しい物の手に触れられたものは、それだけで歓喜の念を隠せない。 その事を今彼女は、自身の身体で実感させられていた。しかし、メフィストには彼女を喜ばせると言う気概など欠片も無い。 ただ冷徹に、北上の怪我の原因を調べるだけ。それを精査する為、彼女の腕を見るメフィストの目に――驚愕の光が、誰の目から見ても明らかな程しっかりと刻まれていた。 「……成程、北里先生では治せぬ筈だ」  そっと手を腕から離し、メフィストは、北上の方に向き直る。 メフィストの美は、正視するのとしないとでは、精神に対する影響力がまるで違う。 北上のような女子には、目線を全力で外し、顔を俯かせて話す事が、現状の精一杯であった。 「私は余り、患者の怪我の原因を聞かない事としている。見ただけで何が原因なのかが解るからだ。これに関しても、何が原因でこのようになったのかは解る」  「――だが」 「解っていても、聞かざるを得ん。北上さん」 「……はい」  声と言う声を出しつくし、声帯が極限まで擦り減ってしまったような、掠れた声であった。 「何時、何処で。そして、何者の手によってその傷を負った」  一切の嘘は許さぬと言う、厳然たる口調でメフィストは詰問する。 恐る恐る、と言った風に、北上は、その原因を語ろうとする。ラダマンテュスの審判を受ける死者もまた、今の北上のような心境であるのだろうか? 「七時半より少し前に、落合の家で……です。黒いコートを着た、先生みたいな綺麗な人に……」 「下手人の一人称は解るかね」 「……『僕』、でした」  顎に手を当てて考え込むメフィスト。 彼は、北上の傷を見て一瞬で、それが細さ千分の一ミクロンのチタン製妖糸によるものだと看破した。 見間違えようがない、腐れ縁でもあり思い人の男が傷付けた痕と同じ物であるのだから。 だが、違う。確かにそれは、メフィストの知るチタン製妖糸によりて傷付けられた傷であるが、問題は、それを負わせた張本人だ。 断言しても良かった。それは間違いなく、彼が懸想する、この世で最も黒が似合う男、『秋せつら』のものではなかった。 しかし北上は、彼の一人称を『僕』と言っていた。其処が引っかかる。『僕』のせつらが操る糸は、『私』のそれに比べて格段に技倆が落ちる。 それなのに今の北上の右腕の傷痕は、『僕』のせつらの操るそれよりもかなり複雑怪奇で、腕前が良いのである。 「君の義腕は、私が担当しよう。それまで少しだけ、この病院のリハビリルームで待機していてくれたまえ」 「……はい」  と、北上は口にした。 メフィストは考える。確かにこれは、この病院の手に余る傷だった。 秋せつらが、絶対に再生させないと言う意思の下で操った妖糸によって傷付けられた者は、この病院のスタッフの手でも『治せない』。 『僕』の人格までなら、メフィストも治せる。だが、『私』に変わった瞬間、最早メフィストでも匙を投げる程の傷痕と化し、二度と治療が出来なくなる。  北上は、下手人の事を黒コートの美人で、かつ僕と自分を呼んでいた男にやられた、と言っていた。 一瞬せつらの事を考えたが、彼らは、北上達を襲撃した後で、この病院にやって来たのだろうか? 時間的に無理があるように思えるし、 そのサーヴァントが戦闘を事前に行って来たのかどうかは、特に、秋せつらに関しては手に取るようにわかる。 断言しても良かった。せつらは明らかに、戦闘を終えてからこの病院にやって来ていなかった。 それを加味して、『僕』の人格より一段階上の糸の技量を持ちながら、その『一人称が僕』である、同じ黒コートの人物。  ――思い当たるフシが、一つだけあった。 魔界都市の住民の誰にも認識されず、覚えている者も最早絶無に等しい青年の事を。 メフィストが認める、この世で唯一、黒一色の服装の似合う男。せつらに並ぶ美貌を持ちながら、せつらとは比較にならぬ邪悪な性格を持つ男。 嘗て魔界都市の王になり損ねた、黒いインバネスコートの魔人の事を、今メフィストは思い出していた。  ――……君がいるのか、浪蘭幻十――  改めて、罪な街だとメフィストは思った。 魔界都市の具現である、黒コートの魔人を呼び寄せる。メフィストからしたら、魔界都市“<新宿>”の住民であった彼からしたら、『<新宿>』の判断は、 当然のものと言えた。だがこの街は、彼の魔界都市よりもずっと、悪辣で、嫌味な性格であるらしかった。 秋せつらの影であり、妖糸を操る一族の内で滅びた片翼。そして、魔界都市の亡霊とも言うべき、あの男を呼び戻す。 <新宿>よ、お前は此処で、何を成そうとする。そして、此処を舞台にして役者達を踊らせて。我が主は、何を成さんとするのだ。 懐かしい傷跡の感触を一度指でなぞってから、メフィストは静かに瞑想を止め、北上の義腕の制作に、取りかかろうとするのであった。 ---- 【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院)/1日目 午前9:20】 【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]健康、魔力消費(小) [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]不明 [道具]不明 [所持金]かなり少ない。 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。 2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。 3.外道に対しては2.の限りではない。 [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 ・ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました ・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました ・ロベルタ戦でのダメージが全回復しました。一時間か二時間後程には退院する予定です 【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]魔力消費(小) [装備] [道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類 [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を止める。 1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する 2.マスターと自分の意思に従う 3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません [備考] ・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。 ・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。 ・ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました ・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました ・アレックスの事をランサーだと未だに誤認しています ・メフィスト病院については懐疑的です 【キャスター(メフィスト)@魔界都市ブルースシリーズ】 [状態]健康、実体化 [装備]白いケープ [道具]種々様々 [所持金]宝石や黄金を生み出せるので∞に等しい [思考・状況] 基本行動方針:患者の治療 1.求めて来た患者を治す 2.邪魔者には死を [備考] ・この世界でも、患者は治すと言う決意を表明しました。それについては、一切嘘偽りはありません ・ランサー(ファウスト)と、そのマスターの不律については認識しているようです ・ドリー・カドモンの作成を終え、現在ルイ・サイファーの存在情報を基にしたマガタマを制作しました ・そのついでに、ルイ・サイファーの小指も作りました。 ・番場真昼/真夜と、そのサーヴァントであるバーサーカー(シャドウラビリス)を入院させています ・人を昏睡させ、夢を以て何かを成そうとするキャスター(タイタス1世(影))が存在する事を認識しました ・アーチャー(八意永琳)とそのマスターを臨時の専属医として雇いました ・ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の存在を認識しました ・浪蘭幻十の存在を確認しました ・現在は北上の義腕の作成に取り掛かるようです 【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】 [状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、精神的ダメージ(大)、右腕欠損 [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]鎮守府時代の緑色の制服 [道具]艤装、61cm四連装(酸素)魚雷 [所持金]一万円程度 [思考・状況] 基本行動方針:元の世界に帰還する 1.なるべくなら殺す事はしたくない 2.戦闘自体をしたくなくなった [備考] ・14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました ・幻十の一件がトラウマになりました ・住んでいたマンションの拠点を失いました ・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)の存在を認識しました ・現在メフィスト病院に入院しています。時間経過次第で、身体に負った損傷や魔力消費が治るかもしれません ---- ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ――これで、宜しいのかね?――  と言ってメフィストは、ルイ・サイファーの方に向かって、一匹の線虫めいた物を差し出した。 クリーム色に輝く装甲上の外皮に覆われた、虫のような生物で、ダンゴ虫の様に今それは丸まっていた。 その丸まっている様子が、メフィストの目には、古代日本で使われた祭器の一つであり、現在でもモチーフに使われる事が多い呪物、『勾玉』を連想させる。 成程。だから、マガタマなのか。だからこそ、『禍玉』なのか。  ――素晴らしい、完璧な出来栄えだ――  と言ってルイは、マガタマの尻尾に当たる部分を掴む。キィキィと言う泣き声を上げて、ブンブンとそれは暴れ始めたが、 掴んでいる人物がルイであると認識した瞬間、途端に大人しくなり、元の勾玉状のそれに形を戻す。よしよしと言う風にルイは笑みを浮かべ、それをポケットの中にしまい込んだ。  ――君に、このマガタマの名付け親になって欲しいんだが、メフィスト――  ――それに意味はあるのかね?――  ――からかってはいけないよ。名は、最も強力な呪(しゅ)の一つだ。全人類が、才能の隔てなく使用出来る、ある意味で最強の『魔法』だ。 名は物を定義する。広大かつ渺茫たる存在を有限かつ有形のものに。形無き水を桶に汲み入れるように。定義された存在は、本来の力を限定的に制限される物さ。 人の信仰に定義される神霊程、名に弱い者はない。全知全能を司る存在が、名前一つで落魄して行き、名前一つで、異教の魔王に変じて来た例を、私は飽きる程見て来たのでね――  ――成程、一理あるな――  と言った後で、メフィストは少し考えてから、脳裏に浮かんだその名を言葉にすべく、口を開いた。  ――『シャヘル』、と言うのはどうだね――  ――ハハハ、皮肉が上手い。ウガリットの神話に於ける『明星』の神じゃないか――  ――皮肉を理解するだけのウィットはあるようだな――  ――面白いものは素直に面白いと認めるよ、私は――  相も変わらず、その内心を悟らせない微笑みを浮かべて、ルイは楽しげに言った。 何時みても、心の内奥を悟らせない男であった。メフィストですら、この男の正体は掴めれど、その目的を認知するまでには至っていない。 つまるところ、この男を理解する事は、誰にも不可能と言う事になる。  ――但し、このマガタマ、『寄生』させるには、いくつかの条件がある――  ――その条件を御教授して貰いたい――  ――絶対条件は、『人間』である事だ。人間以外の生き物である場合、その『因子』が、君の力を受け入れられず、拒絶反応を起こして、狂死する――  ――人間であるのなら、サーヴァントでも構わないのかい?――  ――魔力で構成こそされているが、性質は人間のそれだ。問題はない――  ――まだ、条件はあるのかい?――  ――人間ならば誰でも良いと言う訳ではない。可能性の分岐が多い存在でなければならない――  ――比喩的な意味ではなく、それは、『不確定性』と言う意味かな?――  ――そうだ。可能性の分岐とはとどのつまりは不確定性だ。人間以外の何かになれる程、それこそ魔王や悪魔にもなれる程のランダム性。言うなれば、『万民の雛形』と言う奴だな――  ――後はあるかね?――  ――マガタマの寄生には耐え難い苦痛と激痛を伴う。肉体的にある程度頑強でなければ、痛みに耐えられずショック死を起こす――  ――全く厳しいな――  ――元が、最高位の悪魔の力で作られたマガタマだ。条件は厳格を極めるだろう――  ――私は悪魔でもなければ、其処まで強い自覚もないのだが、まぁそれは兎も角。もしも、その様な存在が患者として此処に搬入され、完治させたら、私に教えてくれないかね――  ――構わん――  フッ、と笑みを零し、ルイは笑った。 秋せつらが去ってから、ニ十分程経過した時の会話であった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  アレックスは無力だと思っていた。 何処までも弱い自分と言うサーヴァントについて、だ。  黒いインバネスコートのアサシンに、手酷過ぎる敗北を喫した事は、座とやらに還っても忘れられないだろう。 マスターに要らない損傷を与えた事など、悔やんでも悔やみきれない。 灰胴色の鬼と戦った時の恐怖など、想像を絶する程のものであった。生前に戦ったドラゴンやゴーレムなど、及びもつかない覇気と迫力。 その時の戦いで自身が負った、手酷過ぎる手傷。あの時の痛みは、今でも身体が覚えており、脳の忘れろと言う命令を無視する程だった。 そして、何よりも惨めなのが、その傷を、何処の馬の骨とも知らないサーヴァントの御情けで、彼が運営する病院のスタッフで治療されると言う事だ。 『心霊科』だのと呼ばれる胡乱な診療科に案内されたアレックスは、余りにも見事な手腕で、失った霊体部分と、消費された魔力を補填され、 召喚された当時の十全な状態と寸分違わぬコンディションで、診療室で一人待機していた。その時になって、思考の海に沈んだ時、勇者はまざまざと、己が無力であると言う事実を、ハンマーで頭をブン殴られたように認識させられていた。  アレックスは、弱かった。出来る事は多いが、それだけだった。 敵を打ち倒すだけの力が、自分には備わっていない。その事を、痛い程彼は思い知らされた。 黒いインバネスのアサシンには傷一つつけられず、鬼との戦いの時には全く彼の動きを阻害させられなかった。 勇者は、勇ましい者の事を指すと言うが、それは嘘だ。そんな物は単なる言葉遊びに過ぎない。 世間は勇者と言う役割に、力強さを求めるし、勇者自身もそれを強く認識している。力がなくても良いと嘯く者など、勇者などでは断じてありえない。 自身に備わる力の量が自信に繋がり、自信の強さが『勇気』に直結する。身体を鍛え、力を付けると言う事は、言葉通りの『勇ましい者』になる事への布石なのだ。 故に、力がなくても勇者になれると言う言葉は、アレックスにとっては虚言妄言の類以外の何者でもない。力を備える事を止めた勇者は、その時点で、勇者ではなくなるのだから。  それを解っていたからこそ、アレックスは、力を欲した。 勇者として。北上に召喚されたサーヴァントとして。何者にも屈する事のない、不撓不屈の意力をそのままに、万軍を一人で鎧袖一触する聖なる力が。 いや――負けない為の、力が欲しい。北上を守り、向かい来る敵を打ち倒す為の力であるのならば、アレックスはそれを受け入れるつもりでいた。 力さえあれば――それが、アレックスの胸中を占めていた、そんな時であった。自動ドアの扉が開かれ、廊下の空気と室内の清浄な空気が撹拌されたのは。 「失礼しよう」  入って来た男は、後ろ髪の長く伸ばした金髪の男だった。 夜空を鋏で切り取り服の形に誂えた様なブラックスーツを身に纏った、一目見て、紳士だと解る大人の男性。 身体から発散される、教養のオーラと、貴族めいた気風。一目見て、ただ者ではない事が窺える、謎の男であった。 誰もが美男子と認める程の整った容姿を持つ男であったが、インバネスのアサシンと、メフィスト、と、天界の美を立て続けに見せられてきたアレックスは感覚が麻痺していた。目の前の紳士を見ても、普通の男だ、と認識する程度には。 「私が何者か、と言う君の疑問に答えるとしよう」  アレックスの誰何を予測した男が――ルイ・サイファーが、直にそんな事を口にした。 「私の名はルイ。ルイ・サイファー。此処の病院の主である男のマスターだ」  それを認識した瞬間、アレックスは剣を引き抜く。それをルイは、微笑みを浮かべるだけだ。 「争うつもりは私にはない。無論、君をどうこうしようと言う考えもないよ」 「如何信じろって言うんだよ」 「マスターが一人で、サーヴァントに会いにくる。これが正気の考えだと思うかい? 君を滅ぼそうと考えるのならば、僕はメフィストを連れて来るよ」  「――尤も」 「この病院の中で死人は出さない、争いなど引き起こさせない、と言うのがメフィストの意向でね。仮に此処で戦えと私が令呪を用いても、言う事を聞きそうにないよ、彼は」  と言って、大げさに嘆いた様な素振りをルイは見せる。 メフィストの意向の真贋は別にするとして、冷静に考えれば、その通りだとアレックスは考えた。 自分と戦うのであれば、サーヴァントを連れて来るのが道理である。なのに付近には、メフィストの気配もない。美が世界を浸食するような雰囲気も、感じられない。 「それじゃあんたは、正気の人間じゃない、って事か?」 「正気と狂気は紙一重だ、サーヴァント君」  どうにも、掴み所がない相手だとアレックスは思った。 まるで、人の形になった雲霞とでも話をしているような、そんな感覚だ。言葉を返して来るが、どうにもその真意を掴ませてくれない。 要するに、話していてかなり疲れるタイプの人物だ。 「俺に何の用だ」  アレックスが、要件を単刀直入に問い質した。 「力が、欲しくないかい?」  『力』。その単語に、アレックスは少しだけ、興味を持った。 「何で、俺が力を欲してるような奴だと解るんだ?」 「経験に基づく、勘と言うべきものかな。私自身、過去に手痛い敗北を喫した身でね。負けを味わった人物は、大体解る物なのだよ」 「適当だな、アンタ」 「そうでもないよ。これでも考えて動いている」  ふぅ、と息を一吐きしてから、かぶりを二、三度振った後。 射殺すような鋭い目線をルイに投げかけるアレックス。飄々とした態度を、黒スーツの紳士は、崩しすらしない。 気持ちの良い春の微風を真っ向から受け止めるような風に、男はアレックスの敵意に当てられていた。 「俺に力を与えて、何をするつもりだ」 「理由が必要かね」 「当たり前の事を抜かしてんじゃねーよ。無償の善意何てこの世界にある訳ないだろ」 「成程、それはそうだ」  考え込む仕草を見せるルイだったが、アレックスの疑いの気配が最高潮に達したのを感じるや、彼はその訳を話し始めた。 「君に同情を禁じ得ないからさ」 「……何?」 「君が何に負けたのかまでは、私の知る所ではないが。敗北が意味する所ならば、私は君よりもずっと詳しい」  その男は、静かに語り始めた。 「敗北した、と言う事実は絶対に拭えぬ汚点になり、癒せぬ傷となる。熾烈な政争に敗れ、落ちぶれた貴族や大臣、王侯がこの世に何人いた? 派閥争いに敗れ、神の座を追われ、邪神や魔王に身を落とした神は? 自分達こそが正しいと信じて来た天使の何体が、地の底に叩き落とされたのだ?」  タンッ、と、靴底でルイはリノリウムの床を叩いた。部屋の中にその音が良く通った。 「敗北で得られるものなどこの世で一つたりとも存在しない。敗北が意味するのは権威の失墜、力の喪失だ。負けたくないのならば、努力をするしかない。負けたくないのならば、考え続けねばならない」  ルイの語り口は、熱を伴った感情も込めていなければ、人々が魅了されるような言い回しでもない。ただ事実を語るだけ。 だが、不思議だった。まるで、心の何処かに生じた亀裂から、針で刺したような小さな穴の中から染み透って行き、心の中に浸透し、胸中に響く様な、そんな弁舌だった。 如何なる経験を積めば、この男のような不思議な弁舌能力を得られるのだろうかと、世の政治屋は己の立ち位置固めの為に躍起になって彼を研究する事であろう。 「我がサーヴァントは、病める者を愛している」  部屋の中を見回しながら――いや、違う。 部屋と言う匣の中を取り囲む壁の、その先の先。ルイはきっと、メフィスト病院を見ているに相違ない。 「そして私は、力のある者と――敗北から立ち直ろうとする者を、評価している」  其処でルイは、目線を真っ直ぐとアレックスの方に向け、間断なく言葉を投げ掛ける。 「君には力がある。だが、何故か負けてしまった。君は、それを事実として受け入れるかね」 「……当たり前だろうが。あれを事実として受け入れられなきゃ――!!」 「ならば君には、資格がある。明星の加護を受ける資格が。人より修羅となる権利を、君は得られる」 「人から――何だ……?」  懐に手を入れ、ルイは一匹の、虫のようなものを取り出した。 クリーム色に光り輝く外殻で身を鎧った線虫に似た生物で、ダンゴ虫の様にそれは身体を丸めさせている。 その様子が、アレックスには、勾玉のようなそれに見えた。ルイはその、薄気味の悪い生物の尻尾を摘まんで、これをアレックスの方に手渡した。 怪訝そうな顔で、彼はそれを眺めた。 「――呑めるかね」  信じられないような事をルイが口にするので、思わず目を剥いた。 「猛毒かも知れないだろ」 「先にも述べたが、この病院でそんな事をすれば、私の命がないのでね。例えマスターと言えども、メフィストは容赦がないのだよ」  ……確かに、それは解るかも知れない。 病院の玄関先で見かけ、彼の語り口を見させてもらったが、患者の治療に一切の妥協がない、そんな印象をアレックスは受けた。 そんな男が支配する病院で、スタッフ以外の余人が死者を出したと知れれば、確かに、メフィストは容赦も何もしないかも知れない。そんな凄味が、あの男にはあった。 「心配しなくても、これはメフィストが手ずから作り上げた逸品だよ。力は確実に得られるし、力を得たとしても、メフィストの支配下に置かれるわけでもない。 飲んだ際に恐ろしい激痛が走るが、それもすぐだ。君のマスターは依然として君のマスターのままで固定される。誰も君を害さない。意思をそのままに、君は力を得る事が出来る」  ルイの顔と、手渡されたマガタマを交互に見渡す事、十度程。その時になって、アレックスは、口を開く。 「俺が力を得た、としよう」 「うん」 「その俺にお前は、どんな働きをする事を望むんだ」 「働き、か。君の自由に――」 「見え透いた嘘を吐くんじゃねぇ。嘘を吐く位なら、時には正直に本音をぶちまけた方が信頼を得られる。アンタなら解らない事じゃないだろ」 「それもそうか」  敵わないな、とでも言う風にルイは肩を竦め、その心の裡を語り始めた。 「君には、『きっかけ』になって欲しいのだよ」 「きっかけ……?」  予想をしていなかった言葉に、アレックスは小首を傾げそうになる。 無論ルイの方も、アレックスが理解をしているとは思ってないらしく、直に補足をするべく口を開いた。 「私はね、自身のサーヴァントが今の様に病院を運営している状態だから、中々此処から出られない。聖杯戦争にも、参加が出来ない」  「だから、ね」 「せめてこの病院の薫陶を受け、十全の状態になった君達に、聖杯戦争を謳歌して貰いたいのだ。君に、その『マガタマ』で力を得て欲しいと言うのはね、私の単なるつまらない拘りさ」 「拘り?」 「私のサーヴァントが時間を見つけて作った器物で得た力を、他のサーヴァントがどの様に発揮し、何処までやれるのか。それを見てみたいのさ、私は。 ……まぁ要するに、この病院から一歩も動けない暇人の、つまらぬ御節介と思っておきたまえ」  キョトンとしたような表情で、ルイの顔を見つめるアレックス。 あるかなしかの薄い微笑みを浮かべ、ルイは、最後の一言と言わんばかりの言葉を、勇者に目掛けて射放った。 「君は今、あらゆる敵を倒すきっかけの直前にいる。此処以外にそのきっかけは、もしかしたら転がっているのかもしれないが、此処を逃せば、次に同じような機会があるとは、限らないよ」  痴呆のように呆然とした表情が、皮肉気で、自嘲する様な笑みへとアレックスは変わって行った。 すてばちな笑みとは、きっと今のアレックスの事を言うのだろう。 「嘘だったら、この病院の中だろうとアンタを殺して見せるからな」 「構わないよ」  其処まで言った瞬間――アレックスは躊躇いも逡巡も捨てて、マガタマを一呑みした。 その瞬間であった。視界の端に、赤色の亀裂が走った。空間全体に、割れたガラスの器を糊で張り合わせたように不細工なヒビが生じ始めるや否や、 目に映る全ての物が赤く染まった。筆で直接眼球を赤い絵の具で塗られたように、何も見えない。 皮膚が張り裂け、筋肉が断裂する様な凄まじい激痛が体中に走る。骨が凄まじい悲鳴を上げる。メキメキと言う音を響かせながら、別のものに変容して行く感覚が、 身体全身に襲い来る。うなじの辺りが、恐ろしく痛い、身体の中から剣が飛び出しているが如き痛みは、常人であれば十回、いや、百回は狂死している程のそれだった。 「ごっ、あっ……があぁああぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁああぁっ!!!!!」  恥も外聞もない苦鳴を上げ、アレックスが顔面を抑え近場の壁に身体を預け、悶絶する。 地面をのた打ち回らないのは、最後の理性とプライドが強要したちっぽけな維持であった。 身体の中に、特別な力が湧き上がる。そんな感覚をアレックスは憶えていた。今俺は、痛みと引きかえに、力を自分は得ている。 そんな実感が、今の彼に湧いてくる。耐えろ、耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!! 今度こそ自分は、力を得る。勇者になる。自身のマスターを、元の世界に戻して見せる。――憎らしい美貌のアサシンに、力を叩きつける。 こんな痛みなどでくたばって等いられない。カキンッ、と言う音が奥歯から響いて来た。余りにも強く顎を噛みしめてしまった為に、奥歯の何処かが欠けてしまったのだ。 「――これで、君も■■になるんだ」  ルイが、何かを言った気がする。何かは、自分の悲鳴に掻き消された。 視界が完全なる紅色に染まる直前、彼の笑みに、何か名状し難い感情が宿っていたのは、果たして、見間違いだったのであろうか? ---- 【四谷、信濃町(メフィスト病院)/1日目 午前9:20分】 【ルイ・サイファー@真・女神転生シリーズ】 [状態]健康 [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]ブラックスーツ [道具]無 [所持金]小金持ちではある [思考・状況] 基本行動方針:聖杯はいらない 1.聖杯戦争を楽しむ 2.???????? [備考] ・院長室から出る事はありません ・曰く、力の大部分を封印している状態らしいです ・セイバー(シャドームーン)とそのマスターであるウェザーの事を認識しました ・メフィストにマガタマ(真・女神転生Ⅲ)とドリー・カドモン(真・女神転生デビルサマナー)の制作を依頼しました ・マガタマ、『シャヘル』は、アレックスに呑ませました ・失った小指は、メフィストの手によって、一目でそれと解らない義指を当て嵌めています ・?????????????? 【“魔人”(アレックス)@VIPRPG】 [状態]全回復、激痛(極限)、人修羅化 [装備]軽い服装、鉢巻 [道具]ドラゴンソード [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:北上を帰還させる 1.幻十に対する憎悪 2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る 3.力を……!! [備考] ・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです ・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。 ・幻十の武器の正体には、まだ気付いていません ・バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました ・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、メフィストのマスターであるルイ・サイファーの存在を認知しました ・マガタマ、『シャヘル』の影響で人修羅の男になりました **時系列順 Back:[[絡み合うアスクレピオス]] Next:[[オンリー・ロンリー・グローリー]] **投下順 Back:[[絡み合うアスクレピオス]] Next:[[虹霓、荊道を往く]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:ジョナサン・ジョースター|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |~|CENTER:アーチャー(ジョニィ・ジョースター)|~| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:一ノ瀬志希|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |~|CENTER:アーチャー(八意永琳)|~| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:不律|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |~|CENTER:ランサー(ファウスト)|~| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:ルイ・サイファー|45:[[インタールード 白]]| |~|CENTER:キャスター(メフィスト)|45:[[お話ししようか]]| |24:[[絡み合うアスクレピオス]]|CENTER:北上|46:[[It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)]]| |~|CENTER:モデルマン(アレックス)|~| ----

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