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征服-ハンティング-」(2021/03/31 (水) 18:32:49) の最新版変更点

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 有里湊が目を覚ました時には、朝の七時だった。 港区巌戸台の月光館学園に通っていた時は、電車通勤かつそれなりの広さの人工島を移動しなければならなかった上、寮住まいであった為か、 寮則に従った生活を送る事を義務付けられていたせいで、早起きと言う物を常に心掛けさせられていた。 それ故に朝は何時だって余裕がなかった。同級生のゆかりは、今時の女子高生と言った容姿をしているにもかかわらず、あれで中々生活面はキッチリとしていたし、 反対に順平の方はと言うと、影時間のない所謂オフの日は、夜中までゲームをやって眠そうにしていたな、と言った事を、湊は思い出していた。  そんな生活が、自分にもあった事を、湊は改めて思い知った。 そして――そんな、些細で、苦しくて、しかし、楽しい事もたまには転がって来る生活が、一年経たずに終焉を迎える事も、また。  鉛を巻き付けられているかのような鈍重な動きでベッドから起き上がり、背を伸ばす湊。 本当を言うともっと寝ていても、学校に向かうには十分間に合うし、ロール上両親は遠方に出張していると言う設定になっている為、 事実上今の湊は、学校に向かおうが向かうまいが、全く問題がない立場であるのだ。 しかし、生活習慣の方は、元の世界でずっとその習慣を続けて来たが為に、一日二日の自堕落な生活で消える物でもないし、 例え学校をサボって自宅に連絡が来ようとも、そもそも両親がいないので、実質上問題がないのだが、どうにも学校に行ってないと締りが悪い、 と言う理由から湊は律儀に学校へと毎日向かっていた。そう、聖杯戦争が今日の深夜零時から始まった事を、知ってしまったとしても、だ。  深夜零時から体感時間一時間の間だけ、世界に挿入される、この世の時間とは別の一時間、通称影時間。 その隙間の時間の謎を解明するべく組織された、S.E.E.Sのリーダーであって湊は、深夜零時までは起きている事が半ば、義務染みた習慣になっている。 その様な生活スタイルの為、湊達は契約者の鍵から投影された、通達事項――今回は主に、ルーラー直々の指名手配がなされた二組の情報がメインであったが、 それを知る事が出来たのだ。家の中であったから波風が立たなかったものの、これが人目のつく繁華街の只中であったと思うと、湊でもゾッとしない話だった。 「本戦が始まるって解っても、学校に行くのか。律儀だな」  と言うのは、湊が引き当てた、セイヴァー(救世主)のサーヴァント、アレフである。霊体化していて見えないが、今も彼は湊の傍で彼を守っている。 「まぁ、惰性だよ。自分が思うに、学校に行く行かないに、初動のミスって言うのはないと思う。肝心なのは、最初に遭ったサーヴァントへの対応じゃないかな」  アレフは確かに強いサーヴァントであるが、キャスター等が行うような、籠城作戦は余り向かない、 積極的に出て行って相手を倒しに行く、と言うのが常道のサーヴァントだが、家に籠って待ちの一手でも、消耗を抑えられる為に一概に悪手とも言えない。 結局は、外に出るか出ないか、と言う最初の一歩は、アレフ程のサーヴァントにとっては、その戦闘能力を発揮するか否かの違いでしかないのだ。 「兎に角、サーヴァントと出会ったら、先ずは交渉、駄目だったら、後はお願い」 「了解」  特に何の異議反論もなく、アレフは湊の要求を呑んだ。 元より、湊を元の世界に送り返す事を彼は目的としているし、その過程で、何かと戦う事についても、別段彼は厭な思いはしない。 共に戦うに値する相手には、交渉を。そうでなければ戦い、殺し、勝てそうにないなら逃げる。生前日常茶飯事的に行っていた事を、此処でもやるだけだった。 「マスターに聞いて置きたいんだが、この指名手配犯達についてはどうするつもりだい?」  恐らく全主従、それも指名手配犯本人も知る情報であろうが、現在聖杯戦争参加者は、二組の主従について既知の状態にあると言っても良い。 つまり殆ど全員が、この令呪と言う賞金付きのお尋ね者について、何らかの処置を立てている筈なのだ。 積極的に狙って行こうとする者もいるだろう、無視を決め込むものだって、ゼロじゃないかも知れない。自分達も、これについて決めておかねばならないのではと、アレフは考えた。 「遭わない事を祈るしかないんじゃないかな」 「適当だなぁ」 「そりゃ、何人も人を殺すのは許せないけれど、だからと言って、積極的に倒しに行く義務は僕らにはない筈だよ」  月光館学園の制服、ではなく、新宿の某高校の指定制服に袖を通しながら、湊は言った。 「目の前にセリューって言う人や遠坂凛がいれば、僕らも何か考えなくちゃいけないけど、そうじゃないんだったら、別段躍起にならなくても良いんじゃないかな。 そもそも、僕らは今目の前の課題を片付けるのに忙しいんだ。現状脅威にならない主従を相手に、時間を奪われるのは、どうかと思うよ」 「成程ね、正しい判断だ」  本心からアレフは言っていた。  人間に出来る事など、たかが知れている、と言う事をアレフはよく知っていた。 救世主等と呼ばれ、他者を超越する程の力を誇っていたアレフであろうとも、出来なかった事は多いし、救えなかった者も多い。 結局、救世主も英雄と呼ばれる者も、目の前の出来る事を粛々と処理していった末に、偶然それが世界の為になる結果に繋がっただけなのではないかと。 アレフは時たま、考える事があるのである。何せ、彼ですらが、そうであったのだから。  「そろそろ朝食を摂るよ」、と言って湊は自分の部屋を出た。 聖杯戦争、と言う名の熾烈な殺し合いはもう始まっていると言うのに、何処までもこの青年は、恬淡とした雰囲気を崩しもしないのだった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  此処で、とある主従の裏事情――つまり、その名をタイタス帝と呼ぶキャスター達の裏事情を語らねばならない。 初代皇帝タイタスを御する、マスターのムスカは、タイタス帝の真なる陣地である、古王国アルケアの首都であるアーガデウム。 この顕現の為にムスカは、己が人脈と財力を擲ち、タイタスをして「尽瘁した」と言わせしめる程の働きを示した。 だが、そんな彼の働きを裏切るかの様に、アーガデウムは顕現しない。そう、何時だって不測の事態は起こるもの。 アーガデウム顕現の為に必要な、タイタス帝と古王国アルケアに纏わる伝説を人々に播種させる、と言う過程が実を結ぶのは、 それがあくまでも『正真正銘本物の人間のNPCの時だけ』であり、人間以外の存在には無効なのである。 そう、ムスカ達は知る由もなかったが、実は<新宿>には、彼ら同様裏で跋扈するあるキャスターの存在があり、彼らがNPC達を怪物に仕立て上げているせいで、 彼らの聖杯獲得への第一歩は、思わぬ形で頓挫させられてしまったのである。  自分らの予想を超える謎の妨害に、ムスカは狼狽したが、流石に智慧者であるタイタスは冷静であった。 元々、真名とその顔がより広く知れ渡られる、と言う、通常聖杯戦争においてデメリットとなる事柄が、逆にメリットに働くタイタスにとって、 寧ろ自らの名とその活躍が知れ渡る事は、好都合な事柄なのだ。つまり、契約者の鍵を通して投影される指名手配通告ですらが、デメリットにならない。 であるのならば、それを活かさぬ手はない。故に彼が打った手段は、人が集まる場所に於いて自らの手の者を送り込み、メディア媒体を通じてより広く、己が名を売らせると言う作戦であった。  しかし、完璧を予想してムスカに行わせた作戦が、思わぬ横槍で失敗に終わった、と言う前例があるのも事実。 これだけでは不十分ではないだろうかとタイタスは思い、同日の深夜四時頃に、もう一つの算段を実行に移していた。 タイタスは、己が忠実な手足であり、友である、魔将を運用する事にしたのだ。  タイタスのスキルである魔物作成は、夜種と呼ばれる魔物を文字通り生み出す事を可能とするスキルだ。 この夜種と呼ばれる生き物達は、元を辿ればタイタス統治下の時代のアルケアで考案された、ある種の人造奴隷と言うべき存在だ。 人の血肉や汚泥、塵等と言った不浄な構成物から彼らは生み出され、しかし、それでいて主君に忠実な性格をした彼らは、当時の帝国の兵隊として、時には帝国の下部労働者として、国自体を支えていた。  魔将とは、この夜種と呼ばれる存在とは一線を画した存在である。 彼らは血肉や汚泥などと言った、『物』から生み出される存在ではなく、れっきとした一人の人間を用い、彼らの個我を色濃く残した状態で生み出される、 幽鬼の様な存在と言っても良い。その戦闘能力は元となった人間の強さに比例し、モデル次第では、夜種とは別次元としか言いようのない強さを発揮する事がある。  タイタスは生前、五体の魔将を従えており、その五体とも、後世数百~千年後にまで伝わる程関わりが深い存在であった。 では、その存在を聖杯戦争の舞台に呼び寄せられるか――と言えば、それは通常不可能であると言う他ない。 何故ならばその五体の魔将とは、今となっては『それぞれが英霊の座へと登録されている存在達』であり、彼らを呼び寄せると言う事は、つまり、 『サーヴァントの身でありながらサーヴァントを呼び寄せる』、と言う事を行うに等しいのだ。 そう、その五体の魔将とは今や音に聞こえた英雄或いは反英雄であり、例え主君であるタイタスであろうとも、彼らを召喚する事は不可能に等しい事柄なのだ。  ――但しそれは、『通常』不可能なのである。逆に言えば、二つの問題さえクリアすれば、召喚は可能となる。 一つ、魔力的な問題。サーヴァントになる前のタイタスならばいざ知らず、サーヴァントとしてその力を制限されている今の彼の身では、 魔将程の存在を維持するのは困難な筈なのだが、彼は運よくこれをクリアした。先ず、ムスカ自体が、やや貧しいとは言え魔力を有する人間であった事。 次に、彼の身を粉にする活躍の甲斐があって、宝具・『廃都物語で多くの魔力を徴収出来た事』。これで、魔力面の問題はクリアした。 そしてもう一つ、魔将の再現である。夜種とは別格の強さを誇り、かと言って、自分の霊を引き継いだ歴代のタイタス帝とは違う存在である彼らは、 尋常の手段では生前の様な強さを発揮出来ないし、そもそも召喚すらもままならない。タイタスは、其処を妥協した。 つまり、生前の強さを完全に再現すると言う事を捨てたのだ。彼ら魔将を、『最上位の強さを誇る夜種の一角と定義』、ワンランクその格を落とす事で、その召喚と維持を簡易的な物とさせた。  タイタス自身の顕界にも必要な、基本にして最大のリソースである魔力を引き換えに、本来想定された強さよりも一段劣る強さになった魔将を、 <新宿>の地に招聘させた理由は、先の通り、アーガデウムの顕現を速めさせる為に他ならない。 現在この地には、ムスカ自身が提案した、アルケア文明を想起させる様な、現代メディアを通したマーケティング・ストラテジーの他に、 タイタス自身が行っている、古流の切り込み方。即ち、アルケア由来の古美術品を現世に流通させると言うやり方であるが、魔将はこの延長線上の存在だ。 タイタスが流布させた古美術品の中には、戯曲や彼自身の活躍を記した叙事詩の様な物が存在し、その中に魔将が記述されている書物は少なくない。 魔将を<新宿>に出現させる事で、彼らの記述のある書物を呼んだNPCをアンテナ代わりに、より広く噂を流布させ、アーガデウム現界を早めさせると同時に、 魔将自体にも広く動き回って貰い、聖杯戦争の他参加者の早期発見及び、アーガデウムの出現を早めさせる役割を果たさせて貰う。 このような仕事を期待して、タイタスは魔将を世に放った。こう言う事である。  そして、その大任を先ず任された魔将の一人が現在、<新宿>は花園神社の境内で、タイタスの生み出した夜種に下知を飛ばしている事を、恐らくは誰も知らないであろう。  境内には現在、タイタス縁の魔術道具を使った人払いの術が行われている為、参拝客は当然の事、花園神社と言う宗教施設の関係者ですらが、 此処にいる魔将の存在を認知出来ていないであろう。境内の至る所を忙しなく、トールキンの小説に出て来るゴブリンの様に醜い生物が駆け回り、 境内上空は、人の顔を持った巨大な怪鳥が飛び回っている。彼らを率いる隊長格と思しき、獣と人の相の子の様な様相をした大兵漢は、 花園神社の拝殿の前に威圧的に佇むその存在に、恭しく礼儀をし、世にもおぞましい怪物的な響きの言葉で何かを報告していた。  その報告を受けとる存在――つまり魔将であるが、一目見ても、明らかに夜種共とは一線を画した存在である事が窺える姿をしていた。 毛並みのよい灰黒の雄馬に跨る、漆黒の外衣(ローブ)を身に纏った長身の男で、その手にはハルバードに似た武器を携えていた。 彼こそは、始祖帝タイタスが従える五の魔将が一人。アルケアと同年代の王国である、ウーに生まれた双子の兄弟の弟を由来とするこの魔将の名を、『ナムリス』。 人の手には殺されぬと言う託宣を授かり世に生まれ、そして事実その通りとなった、不死身の戦士であった。 「捜せ……サーヴァントを……そして、皇帝陛下に上奏せよ……」  酷くくぐもった声で、ナムリスが言葉を告げる。 今や此処花園神社は、一人の魔将の陣地であり、そして、タイタスが効率よく聖杯戦争参加者の情報を集める為の電波塔の一つとなっていた。 人に化けた夜種を<新宿>にある程度撒き、古美術の類を<新宿>に流通させる傍らで、聖杯戦争参加者の情報を集める事を忘れない。 生前同様、ナムリスは完全にタイタス帝の傀儡以外の何物でもなかった。  ナムリスが花園神社を拠点としてから、既に三時間程は経過した。 古美術品の流通はある程度は進んでいるだろうが、未だにサーヴァントの情報は集まって来ない。 タイタスに曰く、サーヴァント達は霊体化と言う技術を用いる事が可能な為、下等な夜種ではその気配を認知出来ない可能性が高いと言う。 一行に、サーヴァントを目撃した、と言う情報を配下から聞かないので、ナムリスはもどかしくなる。  そんな折であった。 慌ただしい様子で上空から、人間の胴体と顔、鳥類の翼と脚を持った夜種である、告死鳥が急降下して来たのは。 「ほ、報告いたします将軍閣下!! サーヴァントがこの拠点に気付きました!!」  何、と言うよりも速く、大鳥居の方から配下の夜種達の悲鳴が上がった。 目を凝らして見て見ると、小鬼型の夜種の首を跳ね飛ばし、身体中をサイコロ状に切り刻みながら、此方に歩んでくる剣士と、彼の背後を歩く青年の姿を、ナムリスは認めた。  ――ゾッとする程冷たい何かが、魔将の身体を貫いて行くのを、ナムリスは感じるのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  自転車を漕ぎ、目的地である学校へと向かおうとしていた矢先の事だった。 霊体化していたアレフが、花園神社の方角から魔力の強い香りを嗅ぎ取ったのは。 無視出来る範疇を越えた魔力量であるのと、それが目の前あった事の二つの要因から、湊達に素通りと言う選択肢は端からなかった。  自転車を適当な場所に停めて、改めて花園神社の方に目を向ける二名。 不思議な程、通行人達は神社の方に目線の一つもやらない。ある者はスマートフォンを歩きながら動かし、ある者はイヤホンを耳にし、またある者は、 同僚やクラスメイトと話しながら道を歩く。誰も彼もが自分達の事情を優先、と言った風であるが、それでも、皆示し合わせたように神社の方に顔を向けない。 その方向以外に顔を向ける事はあれど、此処まで道を歩く全員がその方角を気にも留めないと言うその光景に、湊は異様な物を感じる。 【そう言う術なんだろうね、珍しい事じゃないさ】  と、湊に伝えるのは、霊体化をしたアレフだった。 恐らくは、人間の認識に訴えかける術を神社全域に施しているのだろうが、どうにもお粗末なのか。この程度の練度ではサーヴァントには気付かれてしまうだろう。 尤も、今回これを認知しているサーヴァントは、千では足りない程の天使や悪魔を斬り捨てて来たアレフである。彼の優れた神魔の察知能力を掻い潜って、陣地を維持しろ、と言う方が、無茶なもの、と言う奴だった。 【どうする、マスター? 君が望むのなら、俺も向かうけど】 【行こうか、セイヴァー】  湊は、即答した。 【会って話だけでもして来ようか。駄目なら、後処理は頼むよ】 【了解】  言って湊は、神社の境内に足を踏み入れるや、叩き付けられる濃密な敵意と殺意。 此処でアレフが、霊体化を解き実体化。境内の内部でならば、霊体化を解いても誰も気にしないと判断した故であった。 「どうやらあまり歓迎されていないようだね」  湊にも、それが理解出来る程であった。 小屋の内側や影、鳥居の死角、果てはアレフ達の上空まで。ありとあらゆる方角から、殺意を叩きつけられている。 瞬間、鳥居の死角と、売店と思しき小屋の影と小屋のなかから、数匹の何かが勢いよく飛び出して来た。 アレフと湊はそれが、土色の体表を持った、小さな鬼の様な生物と、オレンジ色の皮膚を持ち、身の丈以上の剣を持った長身の鬼であると認める。 数はそれぞれ四匹。狙いはアレフ、ではなくそのマスターであるらしい。如何やらマスターを狙えば何が起こるか、と言う事を予め知らされているとアレフは一瞬で看破。  湊にその怪物達――夜種が到達するまで後五m程、と言う所で、四体の怪物達は粉微塵に砕け散った。武器を持った者は、武器ごと、だ。 アレフは、湊が認識出来ない程の速度で二m程先の地点まで踏み込んでおり、いつの間にか、今まで背負っていた鞘から刀を引き抜いている。 鋼色の刀身と、其処に波打たれている刀紋が非常に美しい太刀で、一目でそれが、業物と解る程の逸品だった。  何が起ったのかは、湊には解らない。 人間の認識出来る速度の更に先の速度でアレフが動き、その移動速よりも更に速いスピードで刀を引き抜き、夜種目掛けて振り抜いて、彼らの身体を粉微塵にさせたなど。 湊には解る由もないだろうが、特に彼も驚いていない。自分のサーヴァントが、己を守ってくれた。その事実だけで、最早充分であった。 「この調子じゃ、話も聞いて貰えそうにないかな、セイヴァー」 「だろうなぁ」  一昨日の夕食何を食べた、とでも言うような口ぶりでそう話す湊と、それに答えるアレフ。 境内の死角の至る所から現れる夜種の面々を見ても、平然とした素振りを貫き通す二名。 湊もアレフも、現れた夜種達に目を配らせる。先程爆ぜさせた小鬼に似た物から、剣を持った長身の鬼。 槍を持ち簡易な鎧を身に纏った矮躯のゴブリンから、力士の様な体格をした紫色の鬼、果ては空には、人間の胴体と顔を持った鳥の様な生物まで此方を睨んでいた。  先手必勝と言わんばかりに、腰のホルスターに掛けられたブラスターガンを引き抜いて、上空を飛ぶ三体の告死鳥目掛けてトリガーを引いた。 ブラスターガンとは元を正せば、天使が統治するディストピアであったミレニアムのセンターが作り上げた最新鋭の銃で、既存の銃の様に、 質量を持った弾丸ではなく、質量のない光を銃弾として放つタイプの銃である。一般的には、光線銃と言った方が解りやすいか。 質量のない弾丸――つまりそれは、『光速』で飛来する弾丸その物とほぼ同義であり、トリガーを引いた瞬間実質ほぼ命中しているも同然の銃なのだ。 必然、直撃する。アレフの放ったブラスターガンは、告死鳥の額を寸分の狂いなく撃ち抜き、一瞬でそれらを汚泥の塊に変貌させる。 此処まで掛かった時間は、ゼロカンマ二秒程。雑魚を相手に本気になるのは労力の無駄だとアレフは考えた為、余力は残してある。つまり、まだまだ時間は詰められる。  頭上の告死鳥が死んだ事に気付かず、此方に特攻を仕掛ける夜種達。 土色の体表を持った小鬼が、腕を振り被る、よりも速く、稲妻の如き速さでアレフが刀を縦に振り下ろす。 小鬼の頭頂部から股間までを完璧な垂直に刀を走らせたアレフは、左方向を振り向き、そのまま刀を下段から上段へと勢いよく斬り上げ、 鎧を纏った鬼をその鎧と構えた槍ごと切断、股間から頭頂部までを斬り裂いた。そのまま勢いよく右方向を振り向いたアレフが、袈裟懸けに刀を振り下ろし、 力士の様な体格をした大兵漢の鬼を斬った。内臓器官をズタズタにされて、うげっ、と言う悲鳴を上げてその鬼は即死した。 邪魔だ、と言わんばかりにアレフが、先程上段から剣を振り下ろして見せた小鬼を蹴飛ばす。今まさに斬られた所から真っ二つになり掛けていたその鬼が、岩をも砕く程の威力を誇るアレフの蹴りを受けて粉微塵に爆散。そのまま塵となって風と共に消えた。  異変に気づき始めたのは、他の夜種達だ。 傍から見れば、瞬きを終えた瞬間には先陣を切った三匹が、一瞬で斬り殺された風にしか見えないだろう。 事実アレフは、先程ブラスターガンで葬った三匹の告死鳥の分も含めて、ゼロカンマ五秒程の時間もかけていない。 歩き慣れた道を歩くかのような様子で、アレフは石畳を歩いて行く。呆然とその様子を見守る夜種達。 アレフが愛刀である将門の刀を振るう。前方にいた、鎧を纏った小鬼の夜種の首が刎ね飛ぶ。 再び刀を振るう。縦幅も横幅も大きな鬼が、二十三分割されて即死する。 振う。体中が一辺十cm程のサイコロ角にされて鬼が死ぬ。 振う。音速を超える速度で振るわれた剣身に直撃した瞬間、ゼロ距離で爆弾を炸裂させたように身体が粉々になる。  将門の刀を振るい、散歩をするかのように石畳の上を歩き、夜種達を斬り殺して行く今のアレフの姿は、 死神ですらが泣いて逃げ出す程の悍ましい何かとしか映らなかった。夜種達の腰が引けて行き、ある者は背を向けて、拝殿にいるナムリスの方へと逃げようとする。 逃がさないと言わんばかりに、アレフがホルスターからブラスターガンを引き抜き、背を向けた夜種へと発射。光速の弾体が、後頭部を貫き、夜種を瞬時に塵と化させた。 今や夜種達にはアレフとそのマスターを倒すと言う気概はなく、何とか、この迫りくる死その物から逃げよう逃げよう、と言う心持ちしかないようであった。 「これ以上は労力の無駄なんじゃないのかな、セイヴァー」 「かもな」  そう言ってアレフ達は、歩くペースを速めた。 これ以上徒に夜種に構って、魔力を消費するのは得策ではない。何故ならば目線の先――つまり拝殿方向であるが、其処に佇む、黒馬に跨るローブの戦士を見つけたからだ。  夜種達の妨害も最早なく、スムーズにアレフ達は本殿の方に向う事が出来た。 彼らを見下ろすナムリスからは、途方もない敵意が横溢している様子で、今にも、不意打ちの一つや二つは、アレフが油断をすれば行ってきそうな様子であった。 魔将を見上げるアレフと、救世主を見下ろすナムリス。その様子を、配下の夜種達が、火中の三名を取り囲むように見守っていた。 「――控えよ」  そう言ってナムリスは、ハルバードを持っていない側の手を水平に伸ばし、夜種達を制止させる。 取り囲んだ夜種の中には、未だアレフ達に襲いかかろうと言う気概を持った者もいたが、それは少数派だった。 殆どの者は、自分では敵わぬと、戦う気概すら最早ない状態だ、と言っても良い。 「この者の相手は我が行うとしよう」  言ってナムリスは馬ごと、石段の最上段から馬を跳躍させ、境内地面に着地。アレフ達と同じ目線に今降り立った。 「セイヴァー。其処のサーヴァント、ステータスが見えないよ」  不思議そうに湊が告げる サーヴァントと対峙したらクラスとステータスが明示されると聞いたが、目の前の黒馬の騎士には、それが見えないのだ。 さもあらん、目の前の存在はそもそもサーヴァントでなく、サーヴァントが生み出したある種の使い魔である。見えなくて当たり前なのである。 「サーヴァントじゃなくて、その眷属なのかも知れないな」  意識を湊の方から、ナムリスの方に向けて、アレフは言葉を続ける。 「サーヴァントが使役する使い魔、って事で良いのかな、君は」 「答える義理もなく」 「まぁ、そう言わないで。数分だけ付き合おうよ」  友好的にアレフは言葉を投げ掛け続けるが―― 「配下の『夜種』を殺戮した者の……話を聞くと思ったのか」  ハルバードを構え、ナムリスが語る。 もう次の言葉には応じない、と言うような心意気が、身体の端々から発散されているのが、アレフ達には解る。 「駄目だね、話が通じない」 「みたいだね。後は頼むよ」 「了解。じゃあ死ね」  其処までアレフが言った瞬間、全身が朧と消えた。 夜種達は当然の事、湊、果ては魔将たるナムリスですら、何処に消えたかも判別出来ない程の移動スピード。 何て事はない、アレフはナムリスの真正面一m圏内まで、踏み込んでいたのだ。彼我の距離は、アレフが詰めるまでは十m程あったが、この程度の距離など、 人智を逸した身体能力と、人間の常識を超えた死闘を日常茶飯事的に繰り広げて来たアレフには、離した内にも入らない。  将門の刀を大上段から振り下ろすアレフ。 音に数倍する速度で振り下ろされたそれは、ナムリスの騎乗していた灰黒の獣毛を持った騎馬を、鼻頭から臀部まで斬り断ち、真っ二つにする。 刀の剣尖が石畳に触れた瞬間、刀に秘められた運動スピードが爆発。凄まじい轟音を立てて、刀の切っ先が触れた所を中心に、石畳に直径十五mにも達する程のクレーターが生まれた。  違和感を誰よりも速く感じたのは、他ならぬ刀を振るったアレフだ。 生身を斬った手ごたえは、刀を通じ腕全体に伝わったが、それはあくまでも馬体を斬った感触であり、本命のナムリスの手ごたえは、殆どゼロだった。 この感触に覚えがある。生前戦った悪魔の中には、物理的な干渉力を持った攻撃の効果が薄い、最悪、全く効果がない敵と言う者は、珍しくなかった。それに、アレフは似ていると推理する。  騎乗していた馬が左右に真っ二つになり、血と臓物を撒き散らして倒れ込む。 石畳の上に散らばった内臓器官の真上に、ナムリスが背中から落下する。ナムリスからしたら、何が起こったのか、理解の到底及ばない事柄であったろう。 事実彼は、自分の身に何が起ったのかすら、理解出来ていなかった。この思考の漂白状態を逃すアレフではない。 ホルスターからブラスターガンを引き抜き、目にも留まらぬ速度で心臓、大脳、肝臓の位置に光線を放つ。 確かに、光速の熱線は寸分の狂いなく急所を撃ち抜いたが、全く効いていると言う様子がない。 剣がダメなら、銃を撃つ。アレフのいた世界では鉄則どころか、最早戦士の常識レベルの理であったが、これすらも通用しないとなると、新たに自分に設定された虎の子を開帳しなければならないな、とアレフは一人愚痴った。  ナムリスが急いで立ち上がり、手にしたハルバード状の武器を、横薙ぎに振るう。 ――遅い、と感じたのはアレフではなく、ナムリスである。平時の自分の力からは想像も出来ない位、威力も速度も衰退している。 今の自分の実力が、生前のそれから劣化していると言う事は聞かされているし、事実どの程度劣化しているのか、ナムリスは確認している。 最後に確認した時から、明らかに劣化が進行している。今の自分ならば、末端の夜種が数に物を言わせて襲いかかってきたら、忽ち殺されてしまうのではと思わざるを得ない程だった。  刀を振るい、アレフはナムリスの攻撃を迎撃。ナムリスが手にするハルバードを数十に輪切りさせる。 ナムリスがハルバードを持っていた腕ごと輪切りにしては見たが、やはり、剣身は素通りするだけだった。 馬を殺され、武器すらも瞬く間に破壊された。雄叫びを上げてナムリスは質量とエネルギーを伴った闇の帳をアレフの周りに出現させ、 それを纏わせようとするが、目にも留まらぬ速度で刀を一薙ぎさせ、彼は退屈そうにそのカーテンを斬り裂いた。 魔術の威力ですらもが、著しく劣化している。自らのあらゆる能力の劣化が、まさかアレフのスキルに起因している等、ナムリスには想像すら出来ないだろう。 これこそが、人間の救世主であるアレフの象徴とも言うべきスキル、『矛盾した救世主』。 人の思念が生み出した究極の存在、救済の願望器とも言うべき神格であるYHVHを、『人間の世界を救う為に斬り殺した』と言う矛盾に満ちた行動の末に獲得した、 彼だけの聖痕。人間の人間による人間の為の世界を導いた救世主の前では、あらゆる超常的存在は委縮する。その神威も、その邪悪さも、彼の前では色褪せる。  一方でアレフの方も、ナムリスに攻撃が通用しない、と言うロジックが解らずにいた。 魔将・ナムリス。古王国のウーの双子の王子の片割れとして生まれたこの男は、生前、『人間の手には絶対に殺されない』と言う託宣を受けていた。 事実彼は、如何なる神か諸仏か、それとも悪魔かの加護かは知らないが、人間の用いるあらゆる武器や魔術が通用しない神代の肉体を持っていた。 ナムリスにアレフの攻撃が全く通用しないのはひとえに、そう言った裏事情があるからに他ならないのだが、当然彼はそんな事を知る筈もなく。 寧ろ、マスターである湊の攻撃なら通用するのだろうかとすら考えていたが、マスターに危険な橋は渡らせたくない。だとするならば――自分がケリを付けるしかないか、と、アレフは結論付けた。  ナムリスは攻撃の矛先をアレフからマスターの湊に変更、先程アレフに行った様な闇の帳を投影させるが、それを許す彼ではない。 地面を蹴り、残像を見る事すら難しい速度で湊の眼前に立ち、闇の投影を将門の刀を振るって祓う。 湊は湊で、何かしら迎撃をするつもりだったらしく、懐から、ペルソナなる技術を用いる為に必要な拳銃型のデバイスを取り出していた。 【苦戦してる?】  と、念話で湊が語りかけてくる。 【切り札を使えば倒せるよ。俺の攻撃が通用しない事を除いたら、大した存在じゃない】  アレフはナムリスの事を、耐性だけが全ての悪魔だと考えていた。 悪魔を使役し戦う、デビルサマナーとしての側面を持つアレフにとって、あらゆる攻撃に強いと言う悪魔は、それだけで十全の価値がある存在として、 認めてこそいるが、逆を言えば、それだけしか取り得のない悪魔は、強い攻撃の属性以外の攻撃で攻められると、呆気なく落ちる事も良く知っている。 折角、サーヴァントになって得た宝具なのだ。使わない事には損であるし、どのような感じなのか、試して見たくもなる。 【使って良いよ、宝具】 【ありがとう、マスター、それじゃ試しに……】  言ってアレフは、将門の刀を正眼に構え、ナムリスの方を見た。 睨むような目でもなければ、敵意を感じさせる様な感情も宿っていない。 ただただ、目の前の存在を、邪魔な敵、歩く道を妨害する障害物程度にしか見ていないような瞳であった。 邪魔をしたから、処理をする。行く先を妨害するので、殺して黙らせる。その程度の感情しか宿っていない瞳で、ナムリスを見つめる。 それが――魔将と化し、尋常の人類の理解の範疇の外の精神性を持つに至ったナムリスや、人間としての感情を欠片も有さない筈の夜種達にすら、例えようもない恐怖を抱かせるのだ。       ア レ フ                               「――神魔よ、黄昏に堕ちろ」  そうアレフが告げた瞬間だった。 彼の姿が消えた――と認識するよりも速く、ナムリスの視界がグルンッ、と縦に一回転する。 回転は目にも留まらぬ勢いで続いて行く。二回転、三回転、四回転。回転する己の視界に、直立した状態のまま、胴体から首より上が綺麗になくなっている、 己の身体をナムリスは見た。嗚呼まさか――自分は首を跳ね飛ばされたのか。  刀を横に振るったアレフは、そのまま刀を上段へと持って行き、ナムリスの首の切断面から刀を振り下ろす。 手首に独特の力を込めているのか、ナムリスの身体はローブと着衣物ごと『ひらき』になり、綺麗に左右に真っ二つになり、石畳に転がった。 悪魔の中には、斬り殺して尚、再生機能が働き、殺したと思ったら再び活動を再開する者も少なくない。そう言った存在に対抗して、 再生能力を封じる斬り方と言う物も、アレフは終わりの見えなかった戦いの最中で学んでいた。  ナムリスの頭部が、石畳の上に転がった。 今の彼は、アレフの事を、サーヴァントだと見ていない。それ以上の、何かだと見ていた。 ……怪物だ。ナムリスはこの期になって、生前――魔将にその身を堕とすよりも以前の記憶。初めて、始祖帝と顔を合わせた時の事を思い出していた。 初めて、遠からん国々にもその名を轟かせる、アーガの帝王タイタスの姿を見た時に感じた、例えようもない畏怖と、この救世主のサーヴァントを見た時の感情に。嘗てない程の、デジャヴュを感じていた。 「我が名は……『ナムリス』。始祖帝の従える、魔将が一柱……」  其処で、ナムリスの視界に、黒々とした墨が塗られた。 如何なる光を差そうとも、晴れる事のない暗黒が、彼の視界と思考を覆った。 彼の頭部と胴体が、蒼白い炎を上げて燃え上がる。纏っていた外衣だけは、完全なる形で残っているにも拘らず、肉体だけが、跡形もなく消え失せた。 灰すらも残らず、魔将ナムリスはこの世から消え失せた。始祖帝に魂を縛られた魔将の第二の生は、かくの如くに幕を下ろした。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  この騒ぎを、何と例えるべきか。 耳障りな声を上げて、ナムリス達の周りを取り囲んでいた夜種達が、悲鳴を上げていた。 自分達を率いていた統率者である魔将が、いとも簡単に斬り殺されたと言う事実を認識した瞬間、夜種達の心は恐怖で支配された。 夜種は完璧に人間の奴隷であるかと言えばそうでもなく、柔軟性を持たせる為、彼らには一定の自由意思と言うものが設定されている。 指揮者を失い逃げた夜種の中には、野性に帰り、自分なりの生活を送っている、と言う者も、嘗ての世界では珍しくなかった。 つまり彼らは、頭を失うと途端に混乱する習性がある。今等は正しくそうで、統領であるナムリスを失った瞬間彼らは、潰乱状態にも等しい騒ぎになっていた。 「逃げられると面倒そうだし、逃がさないで欲しい、セイヴァー」 「そうだね」  冷静に湊は指示を下す。それを受けて、アレフの姿が掻き消える。次の瞬間には、夜種の一団が吹っ飛んでいた。 手足や首が切断されて、中空に四散される。アレフの神速の一振りを受けて、身体全体が粉々に爆発する。十以上のパーツに、身体が分割される。 自分達に何が起っているのかと言う事すらも認識出来ずに、彼らはその命を、無慈悲な救世主に刈り取られて行く。 三十以上にも上る夜種の一軍は、五秒と掛からずアレフ一人によって皆殺しにされ、空中を浮遊する告死鳥すらも、逃さない、と言わんばかりに、ブラスターガンで狙撃され、塵にされる。  刀を鞘にしまい、ブラスターガンをホルスターにかけ、そして最後に、宝具を解除。 後には何事もなかったかのように、アレフは石畳の上を歩いて行き、湊の下へと向かって行く。 「血もなければ肉の破片も無い。薄々は思っていたが、如何やらあの使い魔達は、砂やら塵やらで出来ているらしい」  冷静にアレフは周りを見渡し分析する。そして、夜種と言う存在の本質を、直に看破する。 彼の言う通り、夜種とは、古代の魔術師達が使役した、労役の為の道具であり、彼らを構成する要素は塵や泥等と言った不浄の物だった。 であるのならば、成程、殺したとしても目立たない。血や肉が周辺に散らばるよりは、余程人目がつかないと言う物だ。 「ナムリス……そう言ってたね」  今わの際に、自身の事をそう言っていたのを湊は思い出す。 何故、最期の最期になって、その様な事を口にしたのか。湊は愚か、アレフですら理解が出来ていない。 二人は、境内に残った、ナムリスが羽織っていた漆黒の外衣を見下ろした。 「セイヴァーは聞いた事あるかな、そう言う存在」 「ないかな、心当たりもまるでない」  その戦い方の都合上、神話伝承の類に詳しくなければならないアレフですら聞いた事がないとなると、尋常の事ではない。 ナムリス、と言う名前から、彼を嗾けた大本の存在を推察するのは、現状では不可能、と言う結論に至った。 「これだけの使い魔を生み出せるサーヴァント……となると、油断は出来ないかな。俺じゃなかったら、サーヴァントでも苦戦は免れなかったかも知れない」 「遭わないようにしたいなぁ、僕も」 「俺もさ」  其処まで言ってアレフは霊体化を行い、その姿を透明な状態にさせる。 【人払いが晴れたかもしれない。早い所境内から逃げた方が、人目もつかなくて済むと思うよ、マスター】 【そうだね】  会話も短く、湊は元来た大鳥居の方に身体を向け、足早に其処から去って行く。 ……その身体に、アルケア帝国の記憶と言う、決して消せぬ魔痕が刻まれていると言う事実を、知る事もなく。 ナムリスは、最期の最期で、大役を果たしたのだ。タイタスから下された任務――自らが滅びる時が来れば、己が名前をサーヴァント達に告げ、アルケアの記憶を流布させよ、と言う命令を。ナムリスは、忠実に果たしていた。  夢の都はなお遠く。人々の心の奥底に、無意識の国の水底に。今はまだ沈んでいる。 しかして、着実に。その版図を広げて行っている事を、今はまだ、誰も知らない。 ---- 【歌舞伎町、戸山方面(花園神社)/1日目 午前8:00】 【有里湊@PERSONA3】 [状態]健康、魔力消費(極小)、廃都物語(影響度:小) [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]<新宿>某高校の制服 [道具]召喚器 [所持金]学生相応 [思考・状況] 基本行動方針:元の世界に帰る 1.可能なら戦闘は回避したいが、避けられないのなら、仕方がない [備考] ・倒した魔将(ナムリス)経由で、アルケア帝国の情報の断片を知りました ・現在<新宿>の某高校に通い、其処に向かっております ・拠点は四谷・信濃町方面の一軒家です ※現在<新宿>中に、人に変装した夜種がおり、ナムリスの命令を受けて行動をしています。また花園神社に、魔将の外衣が放置されています 【セイヴァー(アレフ)@真・女神転生Ⅱ】 [状態]健康、魔力消費(極小) [装備]遥か未来のサイバー装備、COMP(現在クラス制限により使用不可能) [道具]将門の刀、ブラスターガン [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:マスターを元の世界に帰す 1.マスターの方針に従うが、敵は斬る [備考] **時系列順 Back:[[さよならレイ・ペンバー]] Next:[[カスに向かって撃て]] **投下順 Back:[[戦乱 剣を掲げ誇りを胸に]] Next:[[超越してしまった彼女らと其を生み落した理由]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:有里湊|| |~|CENTER:セイヴァー(アレフ)|~| ----
 有里湊が目を覚ました時には、朝の七時だった。 港区巌戸台の月光館学園に通っていた時は、電車通勤かつそれなりの広さの人工島を移動しなければならなかった上、寮住まいであった為か、 寮則に従った生活を送る事を義務付けられていたせいで、早起きと言う物を常に心掛けさせられていた。 それ故に朝は何時だって余裕がなかった。同級生のゆかりは、今時の女子高生と言った容姿をしているにもかかわらず、あれで中々生活面はキッチリとしていたし、 反対に順平の方はと言うと、影時間のない所謂オフの日は、夜中までゲームをやって眠そうにしていたな、と言った事を、湊は思い出していた。  そんな生活が、自分にもあった事を、湊は改めて思い知った。 そして――そんな、些細で、苦しくて、しかし、楽しい事もたまには転がって来る生活が、一年経たずに終焉を迎える事も、また。  鉛を巻き付けられているかのような鈍重な動きでベッドから起き上がり、背を伸ばす湊。 本当を言うともっと寝ていても、学校に向かうには十分間に合うし、ロール上両親は遠方に出張していると言う設定になっている為、 事実上今の湊は、学校に向かおうが向かうまいが、全く問題がない立場であるのだ。 しかし、生活習慣の方は、元の世界でずっとその習慣を続けて来たが為に、一日二日の自堕落な生活で消える物でもないし、 例え学校をサボって自宅に連絡が来ようとも、そもそも両親がいないので、実質上問題がないのだが、どうにも学校に行ってないと締りが悪い、 と言う理由から湊は律儀に学校へと毎日向かっていた。そう、聖杯戦争が今日の深夜零時から始まった事を、知ってしまったとしても、だ。  深夜零時から体感時間一時間の間だけ、世界に挿入される、この世の時間とは別の一時間、通称影時間。 その隙間の時間の謎を解明するべく組織された、S.E.E.Sのリーダーであって湊は、深夜零時までは起きている事が半ば、義務染みた習慣になっている。 その様な生活スタイルの為、湊達は契約者の鍵から投影された、通達事項――今回は主に、ルーラー直々の指名手配がなされた二組の情報がメインであったが、 それを知る事が出来たのだ。家の中であったから波風が立たなかったものの、これが人目のつく繁華街の只中であったと思うと、湊でもゾッとしない話だった。 「本戦が始まるって解っても、学校に行くのか。律儀だな」  と言うのは、湊が引き当てた、セイヴァー(救世主)のサーヴァント、アレフである。霊体化していて見えないが、今も彼は湊の傍で彼を守っている。 「まぁ、惰性だよ。自分が思うに、学校に行く行かないに、初動のミスって言うのはないと思う。肝心なのは、最初に遭ったサーヴァントへの対応じゃないかな」  アレフは確かに強いサーヴァントであるが、キャスター等が行うような、籠城作戦は余り向かない、 積極的に出て行って相手を倒しに行く、と言うのが常道のサーヴァントだが、家に籠って待ちの一手でも、消耗を抑えられる為に一概に悪手とも言えない。 結局は、外に出るか出ないか、と言う最初の一歩は、アレフ程のサーヴァントにとっては、その戦闘能力を発揮するか否かの違いでしかないのだ。 「兎に角、サーヴァントと出会ったら、先ずは交渉、駄目だったら、後はお願い」 「了解」  特に何の異議反論もなく、アレフは湊の要求を呑んだ。 元より、湊を元の世界に送り返す事を彼は目的としているし、その過程で、何かと戦う事についても、別段彼は厭な思いはしない。 共に戦うに値する相手には、交渉を。そうでなければ戦い、殺し、勝てそうにないなら逃げる。生前日常茶飯事的に行っていた事を、此処でもやるだけだった。 「マスターに聞いて置きたいんだが、この指名手配犯達についてはどうするつもりだい?」  恐らく全主従、それも指名手配犯本人も知る情報であろうが、現在聖杯戦争参加者は、二組の主従について既知の状態にあると言っても良い。 つまり殆ど全員が、この令呪と言う賞金付きのお尋ね者について、何らかの処置を立てている筈なのだ。 積極的に狙って行こうとする者もいるだろう、無視を決め込むものだって、ゼロじゃないかも知れない。自分達も、これについて決めておかねばならないのではと、アレフは考えた。 「遭わない事を祈るしかないんじゃないかな」 「適当だなぁ」 「そりゃ、何人も人を殺すのは許せないけれど、だからと言って、積極的に倒しに行く義務は僕らにはない筈だよ」  月光館学園の制服、ではなく、新宿の某高校の指定制服に袖を通しながら、湊は言った。 「目の前にセリューって言う人や遠坂凛がいれば、僕らも何か考えなくちゃいけないけど、そうじゃないんだったら、別段躍起にならなくても良いんじゃないかな。 そもそも、僕らは今目の前の課題を片付けるのに忙しいんだ。現状脅威にならない主従を相手に、時間を奪われるのは、どうかと思うよ」 「成程ね、正しい判断だ」  本心からアレフは言っていた。  人間に出来る事など、たかが知れている、と言う事をアレフはよく知っていた。 救世主等と呼ばれ、他者を超越する程の力を誇っていたアレフであろうとも、出来なかった事は多いし、救えなかった者も多い。 結局、救世主も英雄と呼ばれる者も、目の前の出来る事を粛々と処理していった末に、偶然それが世界の為になる結果に繋がっただけなのではないかと。 アレフは時たま、考える事があるのである。何せ、彼ですらが、そうであったのだから。  「そろそろ朝食を摂るよ」、と言って湊は自分の部屋を出た。 聖杯戦争、と言う名の熾烈な殺し合いはもう始まっていると言うのに、何処までもこの青年は、恬淡とした雰囲気を崩しもしないのだった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  此処で、とある主従の裏事情――つまり、その名をタイタス帝と呼ぶキャスター達の裏事情を語らねばならない。 初代皇帝タイタスを御する、マスターのムスカは、タイタス帝の真なる陣地である、古王国アルケアの首都であるアーガデウム。 この顕現の為にムスカは、己が人脈と財力を擲ち、タイタスをして「尽瘁した」と言わせしめる程の働きを示した。 だが、そんな彼の働きを裏切るかの様に、アーガデウムは顕現しない。そう、何時だって不測の事態は起こるもの。 アーガデウム顕現の為に必要な、タイタス帝と古王国アルケアに纏わる伝説を人々に播種させる、と言う過程が実を結ぶのは、 それがあくまでも『正真正銘本物の人間のNPCの時だけ』であり、人間以外の存在には無効なのである。 そう、ムスカ達は知る由もなかったが、実は<新宿>には、彼ら同様裏で跋扈するあるキャスターの存在があり、彼らがNPC達を怪物に仕立て上げているせいで、 彼らの聖杯獲得への第一歩は、思わぬ形で頓挫させられてしまったのである。  自分らの予想を超える謎の妨害に、ムスカは狼狽したが、流石に智慧者であるタイタスは冷静であった。 元々、真名とその顔がより広く知れ渡られる、と言う、通常聖杯戦争においてデメリットとなる事柄が、逆にメリットに働くタイタスにとって、 寧ろ自らの名とその活躍が知れ渡る事は、好都合な事柄なのだ。つまり、契約者の鍵を通して投影される指名手配通告ですらが、デメリットにならない。 であるのならば、それを活かさぬ手はない。故に彼が打った手段は、人が集まる場所に於いて自らの手の者を送り込み、メディア媒体を通じてより広く、己が名を売らせると言う作戦であった。  しかし、完璧を予想してムスカに行わせた作戦が、思わぬ横槍で失敗に終わった、と言う前例があるのも事実。 これだけでは不十分ではないだろうかとタイタスは思い、同日の深夜四時頃に、もう一つの算段を実行に移していた。 タイタスは、己が忠実な手足であり、友である、魔将を運用する事にしたのだ。  タイタスのスキルである魔物作成は、夜種と呼ばれる魔物を文字通り生み出す事を可能とするスキルだ。 この夜種と呼ばれる生き物達は、元を辿ればタイタス統治下の時代のアルケアで考案された、ある種の人造奴隷と言うべき存在だ。 人の血肉や汚泥、塵等と言った不浄な構成物から彼らは生み出され、しかし、それでいて主君に忠実な性格をした彼らは、当時の帝国の兵隊として、時には帝国の下部労働者として、国自体を支えていた。  魔将とは、この夜種と呼ばれる存在とは一線を画した存在である。 彼らは血肉や汚泥などと言った、『物』から生み出される存在ではなく、れっきとした一人の人間を用い、彼らの個我を色濃く残した状態で生み出される、 幽鬼の様な存在と言っても良い。その戦闘能力は元となった人間の強さに比例し、モデル次第では、夜種とは別次元としか言いようのない強さを発揮する事がある。  タイタスは生前、五体の魔将を従えており、その五体とも、後世数百~千年後にまで伝わる程関わりが深い存在であった。 では、その存在を聖杯戦争の舞台に呼び寄せられるか――と言えば、それは通常不可能であると言う他ない。 何故ならばその五体の魔将とは、今となっては『それぞれが英霊の座へと登録されている存在達』であり、彼らを呼び寄せると言う事は、つまり、 『サーヴァントの身でありながらサーヴァントを呼び寄せる』、と言う事を行うに等しいのだ。 そう、その五体の魔将とは今や音に聞こえた英雄或いは反英雄であり、例え主君であるタイタスであろうとも、彼らを召喚する事は不可能に等しい事柄なのだ。  ――但しそれは、『通常』不可能なのである。逆に言えば、二つの問題さえクリアすれば、召喚は可能となる。 一つ、魔力的な問題。サーヴァントになる前のタイタスならばいざ知らず、サーヴァントとしてその力を制限されている今の彼の身では、 魔将程の存在を維持するのは困難な筈なのだが、彼は運よくこれをクリアした。先ず、ムスカ自体が、やや貧しいとは言え魔力を有する人間であった事。 次に、彼の身を粉にする活躍の甲斐があって、宝具・『廃都物語で多くの魔力を徴収出来た事』。これで、魔力面の問題はクリアした。 そしてもう一つ、魔将の再現である。夜種とは別格の強さを誇り、かと言って、自分の霊を引き継いだ歴代のタイタス帝とは違う存在である彼らは、 尋常の手段では生前の様な強さを発揮出来ないし、そもそも召喚すらもままならない。タイタスは、其処を妥協した。 つまり、生前の強さを完全に再現すると言う事を捨てたのだ。彼ら魔将を、『最上位の強さを誇る夜種の一角と定義』、ワンランクその格を落とす事で、その召喚と維持を簡易的な物とさせた。  タイタス自身の顕界にも必要な、基本にして最大のリソースである魔力を引き換えに、本来想定された強さよりも一段劣る強さになった魔将を、 <新宿>の地に招聘させた理由は、先の通り、アーガデウムの顕現を速めさせる為に他ならない。 現在この地には、ムスカ自身が提案した、アルケア文明を想起させる様な、現代メディアを通したマーケティング・ストラテジーの他に、 タイタス自身が行っている、古流の切り込み方。即ち、アルケア由来の古美術品を現世に流通させると言うやり方であるが、魔将はこの延長線上の存在だ。 タイタスが流布させた古美術品の中には、戯曲や彼自身の活躍を記した叙事詩の様な物が存在し、その中に魔将が記述されている書物は少なくない。 魔将を<新宿>に出現させる事で、彼らの記述のある書物を呼んだNPCをアンテナ代わりに、より広く噂を流布させ、アーガデウム現界を早めさせると同時に、 魔将自体にも広く動き回って貰い、聖杯戦争の他参加者の早期発見及び、アーガデウムの出現を早めさせる役割を果たさせて貰う。 このような仕事を期待して、タイタスは魔将を世に放った。こう言う事である。  そして、その大任を先ず任された魔将の一人が現在、<新宿>は花園神社の境内で、タイタスの生み出した夜種に下知を飛ばしている事を、恐らくは誰も知らないであろう。  境内には現在、タイタス縁の魔術道具を使った人払いの術が行われている為、参拝客は当然の事、花園神社と言う宗教施設の関係者ですらが、 此処にいる魔将の存在を認知出来ていないであろう。境内の至る所を忙しなく、トールキンの小説に出て来るゴブリンの様に醜い生物が駆け回り、 境内上空は、人の顔を持った巨大な怪鳥が飛び回っている。彼らを率いる隊長格と思しき、獣と人の相の子の様な様相をした大兵漢は、 花園神社の拝殿の前に威圧的に佇むその存在に、恭しく礼儀をし、世にもおぞましい怪物的な響きの言葉で何かを報告していた。  その報告を受けとる存在――つまり魔将であるが、一目見ても、明らかに夜種共とは一線を画した存在である事が窺える姿をしていた。 毛並みのよい灰黒の雄馬に跨る、漆黒の外衣(ローブ)を身に纏った長身の男で、その手にはハルバードに似た武器を携えていた。 彼こそは、始祖帝タイタスが従える五の魔将が一人。アルケアと同年代の王国である、ウーに生まれた双子の兄弟の弟を由来とするこの魔将の名を、『ナムリス』。 人の手には殺されぬと言う託宣を授かり世に生まれ、そして事実その通りとなった、不死身の戦士であった。 「捜せ……サーヴァントを……そして、皇帝陛下に上奏せよ……」  酷くくぐもった声で、ナムリスが言葉を告げる。 今や此処花園神社は、一人の魔将の陣地であり、そして、タイタスが効率よく聖杯戦争参加者の情報を集める為の電波塔の一つとなっていた。 人に化けた夜種を<新宿>にある程度撒き、古美術の類を<新宿>に流通させる傍らで、聖杯戦争参加者の情報を集める事を忘れない。 生前同様、ナムリスは完全にタイタス帝の傀儡以外の何物でもなかった。  ナムリスが花園神社を拠点としてから、既に三時間程は経過した。 古美術品の流通はある程度は進んでいるだろうが、未だにサーヴァントの情報は集まって来ない。 タイタスに曰く、サーヴァント達は霊体化と言う技術を用いる事が可能な為、下等な夜種ではその気配を認知出来ない可能性が高いと言う。 一行に、サーヴァントを目撃した、と言う情報を配下から聞かないので、ナムリスはもどかしくなる。  そんな折であった。 慌ただしい様子で上空から、人間の胴体と顔、鳥類の翼と脚を持った夜種である、告死鳥が急降下して来たのは。 「ほ、報告いたします将軍閣下!! サーヴァントがこの拠点に気付きました!!」  何、と言うよりも速く、大鳥居の方から配下の夜種達の悲鳴が上がった。 目を凝らして見て見ると、小鬼型の夜種の首を跳ね飛ばし、身体中をサイコロ状に切り刻みながら、此方に歩んでくる剣士と、彼の背後を歩く青年の姿を、ナムリスは認めた。  ――ゾッとする程冷たい何かが、魔将の身体を貫いて行くのを、ナムリスは感じるのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  自転車を漕ぎ、目的地である学校へと向かおうとしていた矢先の事だった。 霊体化していたアレフが、花園神社の方角から魔力の強い香りを嗅ぎ取ったのは。 無視出来る範疇を越えた魔力量であるのと、それが目の前あった事の二つの要因から、湊達に素通りと言う選択肢は端からなかった。  自転車を適当な場所に停めて、改めて花園神社の方に目を向ける二名。 不思議な程、通行人達は神社の方に目線の一つもやらない。ある者はスマートフォンを歩きながら動かし、ある者はイヤホンを耳にし、またある者は、 同僚やクラスメイトと話しながら道を歩く。誰も彼もが自分達の事情を優先、と言った風であるが、それでも、皆示し合わせたように神社の方に顔を向けない。 その方向以外に顔を向ける事はあれど、此処まで道を歩く全員がその方角を気にも留めないと言うその光景に、湊は異様な物を感じる。 【そう言う術なんだろうね、珍しい事じゃないさ】  と、湊に伝えるのは、霊体化をしたアレフだった。 恐らくは、人間の認識に訴えかける術を神社全域に施しているのだろうが、どうにもお粗末なのか。この程度の練度ではサーヴァントには気付かれてしまうだろう。 尤も、今回これを認知しているサーヴァントは、千では足りない程の天使や悪魔を斬り捨てて来たアレフである。彼の優れた神魔の察知能力を掻い潜って、陣地を維持しろ、と言う方が、無茶なもの、と言う奴だった。 【どうする、マスター? 君が望むのなら、俺も向かうけど】 【行こうか、セイヴァー】  湊は、即答した。 【会って話だけでもして来ようか。駄目なら、後処理は頼むよ】 【了解】  言って湊は、神社の境内に足を踏み入れるや、叩き付けられる濃密な敵意と殺意。 此処でアレフが、霊体化を解き実体化。境内の内部でならば、霊体化を解いても誰も気にしないと判断した故であった。 「どうやらあまり歓迎されていないようだね」  湊にも、それが理解出来る程であった。 小屋の内側や影、鳥居の死角、果てはアレフ達の上空まで。ありとあらゆる方角から、殺意を叩きつけられている。 瞬間、鳥居の死角と、売店と思しき小屋の影と小屋のなかから、数匹の何かが勢いよく飛び出して来た。 アレフと湊はそれが、土色の体表を持った、小さな鬼の様な生物と、オレンジ色の皮膚を持ち、身の丈以上の剣を持った長身の鬼であると認める。 数はそれぞれ四匹。狙いはアレフ、ではなくそのマスターであるらしい。如何やらマスターを狙えば何が起こるか、と言う事を予め知らされているとアレフは一瞬で看破。  湊にその怪物達――夜種が到達するまで後五m程、と言う所で、四体の怪物達は粉微塵に砕け散った。武器を持った者は、武器ごと、だ。 アレフは、湊が認識出来ない程の速度で二m程先の地点まで踏み込んでおり、いつの間にか、今まで背負っていた鞘から刀を引き抜いている。 鋼色の刀身と、其処に波打たれている刀紋が非常に美しい太刀で、一目でそれが、業物と解る程の逸品だった。  何が起ったのかは、湊には解らない。 人間の認識出来る速度の更に先の速度でアレフが動き、その移動速よりも更に速いスピードで刀を引き抜き、夜種目掛けて振り抜いて、彼らの身体を粉微塵にさせたなど。 湊には解る由もないだろうが、特に彼も驚いていない。自分のサーヴァントが、己を守ってくれた。その事実だけで、最早充分であった。 「この調子じゃ、話も聞いて貰えそうにないかな、セイヴァー」 「だろうなぁ」  一昨日の夕食何を食べた、とでも言うような口ぶりでそう話す湊と、それに答えるアレフ。 境内の死角の至る所から現れる夜種の面々を見ても、平然とした素振りを貫き通す二名。 湊もアレフも、現れた夜種達に目を配らせる。先程爆ぜさせた小鬼に似た物から、剣を持った長身の鬼。 槍を持ち簡易な鎧を身に纏った矮躯のゴブリンから、力士の様な体格をした紫色の鬼、果ては空には、人間の胴体と顔を持った鳥の様な生物まで此方を睨んでいた。  先手必勝と言わんばかりに、腰のホルスターに掛けられたブラスターガンを引き抜いて、上空を飛ぶ三体の告死鳥目掛けてトリガーを引いた。 ブラスターガンとは元を正せば、天使が統治するディストピアであったミレニアムのセンターが作り上げた最新鋭の銃で、既存の銃の様に、 質量を持った弾丸ではなく、質量のない光を銃弾として放つタイプの銃である。一般的には、光線銃と言った方が解りやすいか。 質量のない弾丸――つまりそれは、『光速』で飛来する弾丸その物とほぼ同義であり、トリガーを引いた瞬間実質ほぼ命中しているも同然の銃なのだ。 必然、直撃する。アレフの放ったブラスターガンは、告死鳥の額を寸分の狂いなく撃ち抜き、一瞬でそれらを汚泥の塊に変貌させる。 此処まで掛かった時間は、ゼロカンマ二秒程。雑魚を相手に本気になるのは労力の無駄だとアレフは考えた為、余力は残してある。つまり、まだまだ時間は詰められる。  頭上の告死鳥が死んだ事に気付かず、此方に特攻を仕掛ける夜種達。 土色の体表を持った小鬼が、腕を振り被る、よりも速く、稲妻の如き速さでアレフが刀を縦に振り下ろす。 小鬼の頭頂部から股間までを完璧な垂直に刀を走らせたアレフは、左方向を振り向き、そのまま刀を下段から上段へと勢いよく斬り上げ、 鎧を纏った鬼をその鎧と構えた槍ごと切断、股間から頭頂部までを斬り裂いた。そのまま勢いよく右方向を振り向いたアレフが、袈裟懸けに刀を振り下ろし、 力士の様な体格をした大兵漢の鬼を斬った。内臓器官をズタズタにされて、うげっ、と言う悲鳴を上げてその鬼は即死した。 邪魔だ、と言わんばかりにアレフが、先程上段から剣を振り下ろして見せた小鬼を蹴飛ばす。今まさに斬られた所から真っ二つになり掛けていたその鬼が、岩をも砕く程の威力を誇るアレフの蹴りを受けて粉微塵に爆散。そのまま塵となって風と共に消えた。  異変に気づき始めたのは、他の夜種達だ。 傍から見れば、瞬きを終えた瞬間には先陣を切った三匹が、一瞬で斬り殺された風にしか見えないだろう。 事実アレフは、先程ブラスターガンで葬った三匹の告死鳥の分も含めて、ゼロカンマ五秒程の時間もかけていない。 歩き慣れた道を歩くかのような様子で、アレフは石畳を歩いて行く。呆然とその様子を見守る夜種達。 アレフが愛刀である将門の刀を振るう。前方にいた、鎧を纏った小鬼の夜種の首が刎ね飛ぶ。 再び刀を振るう。縦幅も横幅も大きな鬼が、二十三分割されて即死する。 振う。体中が一辺十cm程のサイコロ角にされて鬼が死ぬ。 振う。音速を超える速度で振るわれた剣身に直撃した瞬間、ゼロ距離で爆弾を炸裂させたように身体が粉々になる。  将門の刀を振るい、散歩をするかのように石畳の上を歩き、夜種達を斬り殺して行く今のアレフの姿は、 死神ですらが泣いて逃げ出す程の悍ましい何かとしか映らなかった。夜種達の腰が引けて行き、ある者は背を向けて、拝殿にいるナムリスの方へと逃げようとする。 逃がさないと言わんばかりに、アレフがホルスターからブラスターガンを引き抜き、背を向けた夜種へと発射。光速の弾体が、後頭部を貫き、夜種を瞬時に塵と化させた。 今や夜種達にはアレフとそのマスターを倒すと言う気概はなく、何とか、この迫りくる死その物から逃げよう逃げよう、と言う心持ちしかないようであった。 「これ以上は労力の無駄なんじゃないのかな、セイヴァー」 「かもな」  そう言ってアレフ達は、歩くペースを速めた。 これ以上徒に夜種に構って、魔力を消費するのは得策ではない。何故ならば目線の先――つまり拝殿方向であるが、其処に佇む、黒馬に跨るローブの戦士を見つけたからだ。  夜種達の妨害も最早なく、スムーズにアレフ達は本殿の方に向う事が出来た。 彼らを見下ろすナムリスからは、途方もない敵意が横溢している様子で、今にも、不意打ちの一つや二つは、アレフが油断をすれば行ってきそうな様子であった。 魔将を見上げるアレフと、救世主を見下ろすナムリス。その様子を、配下の夜種達が、火中の三名を取り囲むように見守っていた。 「――控えよ」  そう言ってナムリスは、ハルバードを持っていない側の手を水平に伸ばし、夜種達を制止させる。 取り囲んだ夜種の中には、未だアレフ達に襲いかかろうと言う気概を持った者もいたが、それは少数派だった。 殆どの者は、自分では敵わぬと、戦う気概すら最早ない状態だ、と言っても良い。 「この者の相手は我が行うとしよう」  言ってナムリスは馬ごと、石段の最上段から馬を跳躍させ、境内地面に着地。アレフ達と同じ目線に今降り立った。 「セイヴァー。其処のサーヴァント、ステータスが見えないよ」  不思議そうに湊が告げる サーヴァントと対峙したらクラスとステータスが明示されると聞いたが、目の前の黒馬の騎士には、それが見えないのだ。 さもあらん、目の前の存在はそもそもサーヴァントでなく、サーヴァントが生み出したある種の使い魔である。見えなくて当たり前なのである。 「サーヴァントじゃなくて、その眷属なのかも知れないな」  意識を湊の方から、ナムリスの方に向けて、アレフは言葉を続ける。 「サーヴァントが使役する使い魔、って事で良いのかな、君は」 「答える義理もなく」 「まぁ、そう言わないで。数分だけ付き合おうよ」  友好的にアレフは言葉を投げ掛け続けるが―― 「配下の『夜種』を殺戮した者の……話を聞くと思ったのか」  ハルバードを構え、ナムリスが語る。 もう次の言葉には応じない、と言うような心意気が、身体の端々から発散されているのが、アレフ達には解る。 「駄目だね、話が通じない」 「みたいだね。後は頼むよ」 「了解。じゃあ死ね」  其処までアレフが言った瞬間、全身が朧と消えた。 夜種達は当然の事、湊、果ては魔将たるナムリスですら、何処に消えたかも判別出来ない程の移動スピード。 何て事はない、アレフはナムリスの真正面一m圏内まで、踏み込んでいたのだ。彼我の距離は、アレフが詰めるまでは十m程あったが、この程度の距離など、 人智を逸した身体能力と、人間の常識を超えた死闘を日常茶飯事的に繰り広げて来たアレフには、離した内にも入らない。  将門の刀を大上段から振り下ろすアレフ。 音に数倍する速度で振り下ろされたそれは、ナムリスの騎乗していた灰黒の獣毛を持った騎馬を、鼻頭から臀部まで斬り断ち、真っ二つにする。 刀の剣尖が石畳に触れた瞬間、刀に秘められた運動スピードが爆発。凄まじい轟音を立てて、刀の切っ先が触れた所を中心に、石畳に直径十五mにも達する程のクレーターが生まれた。  違和感を誰よりも速く感じたのは、他ならぬ刀を振るったアレフだ。 生身を斬った手ごたえは、刀を通じ腕全体に伝わったが、それはあくまでも馬体を斬った感触であり、本命のナムリスの手ごたえは、殆どゼロだった。 この感触に覚えがある。生前戦った悪魔の中には、物理的な干渉力を持った攻撃の効果が薄い、最悪、全く効果がない敵と言う者は、珍しくなかった。それに、アレフは似ていると推理する。  騎乗していた馬が左右に真っ二つになり、血と臓物を撒き散らして倒れ込む。 石畳の上に散らばった内臓器官の真上に、ナムリスが背中から落下する。ナムリスからしたら、何が起こったのか、理解の到底及ばない事柄であったろう。 事実彼は、自分の身に何が起ったのかすら、理解出来ていなかった。この思考の漂白状態を逃すアレフではない。 ホルスターからブラスターガンを引き抜き、目にも留まらぬ速度で心臓、大脳、肝臓の位置に光線を放つ。 確かに、光速の熱線は寸分の狂いなく急所を撃ち抜いたが、全く効いていると言う様子がない。 剣がダメなら、銃を撃つ。アレフのいた世界では鉄則どころか、最早戦士の常識レベルの理であったが、これすらも通用しないとなると、新たに自分に設定された虎の子を開帳しなければならないな、とアレフは一人愚痴った。  ナムリスが急いで立ち上がり、手にしたハルバード状の武器を、横薙ぎに振るう。 ――遅い、と感じたのはアレフではなく、ナムリスである。平時の自分の力からは想像も出来ない位、威力も速度も衰退している。 今の自分の実力が、生前のそれから劣化していると言う事は聞かされているし、事実どの程度劣化しているのか、ナムリスは確認している。 最後に確認した時から、明らかに劣化が進行している。今の自分ならば、末端の夜種が数に物を言わせて襲いかかってきたら、忽ち殺されてしまうのではと思わざるを得ない程だった。  刀を振るい、アレフはナムリスの攻撃を迎撃。ナムリスが手にするハルバードを数十に輪切りさせる。 ナムリスがハルバードを持っていた腕ごと輪切りにしては見たが、やはり、剣身は素通りするだけだった。 馬を殺され、武器すらも瞬く間に破壊された。雄叫びを上げてナムリスは質量とエネルギーを伴った闇の帳をアレフの周りに出現させ、 それを纏わせようとするが、目にも留まらぬ速度で刀を一薙ぎさせ、彼は退屈そうにそのカーテンを斬り裂いた。 魔術の威力ですらもが、著しく劣化している。自らのあらゆる能力の劣化が、まさかアレフのスキルに起因している等、ナムリスには想像すら出来ないだろう。 これこそが、人間の救世主であるアレフの象徴とも言うべきスキル、『矛盾した救世主』。 人の思念が生み出した究極の存在、救済の願望器とも言うべき神格であるYHVHを、『人間の世界を救う為に斬り殺した』と言う矛盾に満ちた行動の末に獲得した、 彼だけの聖痕。人間の人間による人間の為の世界を導いた救世主の前では、あらゆる超常的存在は委縮する。その神威も、その邪悪さも、彼の前では色褪せる。  一方でアレフの方も、ナムリスに攻撃が通用しない、と言うロジックが解らずにいた。 魔将・ナムリス。古王国のウーの双子の王子の片割れとして生まれたこの男は、生前、『人間の手には絶対に殺されない』と言う託宣を受けていた。 事実彼は、如何なる神か諸仏か、それとも悪魔かの加護かは知らないが、人間の用いるあらゆる武器や魔術が通用しない神代の肉体を持っていた。 ナムリスにアレフの攻撃が全く通用しないのはひとえに、そう言った裏事情があるからに他ならないのだが、当然彼はそんな事を知る筈もなく。 寧ろ、マスターである湊の攻撃なら通用するのだろうかとすら考えていたが、マスターに危険な橋は渡らせたくない。だとするならば――自分がケリを付けるしかないか、と、アレフは結論付けた。  ナムリスは攻撃の矛先をアレフからマスターの湊に変更、先程アレフに行った様な闇の帳を投影させるが、それを許す彼ではない。 地面を蹴り、残像を見る事すら難しい速度で湊の眼前に立ち、闇の投影を将門の刀を振るって祓う。 湊は湊で、何かしら迎撃をするつもりだったらしく、懐から、ペルソナなる技術を用いる為に必要な拳銃型のデバイスを取り出していた。 【苦戦してる?】  と、念話で湊が語りかけてくる。 【切り札を使えば倒せるよ。俺の攻撃が通用しない事を除いたら、大した存在じゃない】  アレフはナムリスの事を、耐性だけが全ての悪魔だと考えていた。 悪魔を使役し戦う、デビルサマナーとしての側面を持つアレフにとって、あらゆる攻撃に強いと言う悪魔は、それだけで十全の価値がある存在として、 認めてこそいるが、逆を言えば、それだけしか取り得のない悪魔は、強い攻撃の属性以外の攻撃で攻められると、呆気なく落ちる事も良く知っている。 折角、サーヴァントになって得た宝具なのだ。使わない事には損であるし、どのような感じなのか、試して見たくもなる。 【使って良いよ、宝具】 【ありがとう、マスター、それじゃ試しに……】  言ってアレフは、将門の刀を正眼に構え、ナムリスの方を見た。 睨むような目でもなければ、敵意を感じさせる様な感情も宿っていない。 ただただ、目の前の存在を、邪魔な敵、歩く道を妨害する障害物程度にしか見ていないような瞳であった。 邪魔をしたから、処理をする。行く先を妨害するので、殺して黙らせる。その程度の感情しか宿っていない瞳で、ナムリスを見つめる。 それが――魔将と化し、尋常の人類の理解の範疇の外の精神性を持つに至ったナムリスや、人間としての感情を欠片も有さない筈の夜種達にすら、例えようもない恐怖を抱かせるのだ。       ア レ フ                               「――神魔よ、黄昏に堕ちろ」  そうアレフが告げた瞬間だった。 彼の姿が消えた――と認識するよりも速く、ナムリスの視界がグルンッ、と縦に一回転する。 回転は目にも留まらぬ勢いで続いて行く。二回転、三回転、四回転。回転する己の視界に、直立した状態のまま、胴体から首より上が綺麗になくなっている、 己の身体をナムリスは見た。嗚呼まさか――自分は首を跳ね飛ばされたのか。  刀を横に振るったアレフは、そのまま刀を上段へと持って行き、ナムリスの首の切断面から刀を振り下ろす。 手首に独特の力を込めているのか、ナムリスの身体はローブと着衣物ごと『ひらき』になり、綺麗に左右に真っ二つになり、石畳に転がった。 悪魔の中には、斬り殺して尚、再生機能が働き、殺したと思ったら再び活動を再開する者も少なくない。そう言った存在に対抗して、 再生能力を封じる斬り方と言う物も、アレフは終わりの見えなかった戦いの最中で学んでいた。  ナムリスの頭部が、石畳の上に転がった。 今の彼は、アレフの事を、サーヴァントだと見ていない。それ以上の、何かだと見ていた。 ……怪物だ。ナムリスはこの期になって、生前――魔将にその身を堕とすよりも以前の記憶。初めて、始祖帝と顔を合わせた時の事を思い出していた。 初めて、遠からん国々にもその名を轟かせる、アーガの帝王タイタスの姿を見た時に感じた、例えようもない畏怖と、この救世主のサーヴァントを見た時の感情に。嘗てない程の、デジャヴュを感じていた。 「我が名は……『ナムリス』。始祖帝の従える、魔将が一柱……」  其処で、ナムリスの視界に、黒々とした墨が塗られた。 如何なる光を差そうとも、晴れる事のない暗黒が、彼の視界と思考を覆った。 彼の頭部と胴体が、蒼白い炎を上げて燃え上がる。纏っていた外衣だけは、完全なる形で残っているにも拘らず、肉体だけが、跡形もなく消え失せた。 灰すらも残らず、魔将ナムリスはこの世から消え失せた。始祖帝に魂を縛られた魔将の第二の生は、かくの如くに幕を下ろした。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  この騒ぎを、何と例えるべきか。 耳障りな声を上げて、ナムリス達の周りを取り囲んでいた夜種達が、悲鳴を上げていた。 自分達を率いていた統率者である魔将が、いとも簡単に斬り殺されたと言う事実を認識した瞬間、夜種達の心は恐怖で支配された。 夜種は完璧に人間の奴隷であるかと言えばそうでもなく、柔軟性を持たせる為、彼らには一定の自由意思と言うものが設定されている。 指揮者を失い逃げた夜種の中には、野性に帰り、自分なりの生活を送っている、と言う者も、嘗ての世界では珍しくなかった。 つまり彼らは、頭を失うと途端に混乱する習性がある。今等は正しくそうで、統領であるナムリスを失った瞬間彼らは、潰乱状態にも等しい騒ぎになっていた。 「逃げられると面倒そうだし、逃がさないで欲しい、セイヴァー」 「そうだね」  冷静に湊は指示を下す。それを受けて、アレフの姿が掻き消える。次の瞬間には、夜種の一団が吹っ飛んでいた。 手足や首が切断されて、中空に四散される。アレフの神速の一振りを受けて、身体全体が粉々に爆発する。十以上のパーツに、身体が分割される。 自分達に何が起っているのかと言う事すらも認識出来ずに、彼らはその命を、無慈悲な救世主に刈り取られて行く。 三十以上にも上る夜種の一軍は、五秒と掛からずアレフ一人によって皆殺しにされ、空中を浮遊する告死鳥すらも、逃さない、と言わんばかりに、ブラスターガンで狙撃され、塵にされる。  刀を鞘にしまい、ブラスターガンをホルスターにかけ、そして最後に、宝具を解除。 後には何事もなかったかのように、アレフは石畳の上を歩いて行き、湊の下へと向かって行く。 「血もなければ肉の破片も無い。薄々は思っていたが、如何やらあの使い魔達は、砂やら塵やらで出来ているらしい」  冷静にアレフは周りを見渡し分析する。そして、夜種と言う存在の本質を、直に看破する。 彼の言う通り、夜種とは、古代の魔術師達が使役した、労役の為の道具であり、彼らを構成する要素は塵や泥等と言った不浄の物だった。 であるのならば、成程、殺したとしても目立たない。血や肉が周辺に散らばるよりは、余程人目がつかないと言う物だ。 「ナムリス……そう言ってたね」  今わの際に、自身の事をそう言っていたのを湊は思い出す。 何故、最期の最期になって、その様な事を口にしたのか。湊は愚か、アレフですら理解が出来ていない。 二人は、境内に残った、ナムリスが羽織っていた漆黒の外衣を見下ろした。 「セイヴァーは聞いた事あるかな、そう言う存在」 「ないかな、心当たりもまるでない」  その戦い方の都合上、神話伝承の類に詳しくなければならないアレフですら聞いた事がないとなると、尋常の事ではない。 ナムリス、と言う名前から、彼を嗾けた大本の存在を推察するのは、現状では不可能、と言う結論に至った。 「これだけの使い魔を生み出せるサーヴァント……となると、油断は出来ないかな。俺じゃなかったら、サーヴァントでも苦戦は免れなかったかも知れない」 「遭わないようにしたいなぁ、僕も」 「俺もさ」  其処まで言ってアレフは霊体化を行い、その姿を透明な状態にさせる。 【人払いが晴れたかもしれない。早い所境内から逃げた方が、人目もつかなくて済むと思うよ、マスター】 【そうだね】  会話も短く、湊は元来た大鳥居の方に身体を向け、足早に其処から去って行く。 ……その身体に、アルケア帝国の記憶と言う、決して消せぬ魔痕が刻まれていると言う事実を、知る事もなく。 ナムリスは、最期の最期で、大役を果たしたのだ。タイタスから下された任務――自らが滅びる時が来れば、己が名前をサーヴァント達に告げ、アルケアの記憶を流布させよ、と言う命令を。ナムリスは、忠実に果たしていた。  夢の都はなお遠く。人々の心の奥底に、無意識の国の水底に。今はまだ沈んでいる。 しかして、着実に。その版図を広げて行っている事を、今はまだ、誰も知らない。 ---- 【歌舞伎町、戸山方面(花園神社)/1日目 午前8:00】 【有里湊@PERSONA3】 [状態]健康、魔力消費(極小)、廃都物語(影響度:小) [令呪]残り三画 [契約者の鍵]有 [装備]<新宿>某高校の制服 [道具]召喚器 [所持金]学生相応 [思考・状況] 基本行動方針:元の世界に帰る 1.可能なら戦闘は回避したいが、避けられないのなら、仕方がない [備考] ・倒した魔将(ナムリス)経由で、アルケア帝国の情報の断片を知りました ・現在<新宿>の某高校に通い、其処に向かっております ・拠点は四谷・信濃町方面の一軒家です ※現在<新宿>中に、人に変装した夜種がおり、ナムリスの命令を受けて行動をしています。また花園神社に、魔将の外衣が放置されています 【セイヴァー(アレフ)@真・女神転生Ⅱ】 [状態]健康、魔力消費(極小) [装備]遥か未来のサイバー装備、COMP(現在クラス制限により使用不可能) [道具]将門の刀、ブラスターガン [所持金]マスターに依存 [思考・状況] 基本行動方針:マスターを元の世界に帰す 1.マスターの方針に従うが、敵は斬る [備考] **時系列順 Back:[[さよならレイ・ペンバー]] Next:[[カスに向かって撃て]] **投下順 Back:[[戦乱 剣を掲げ誇りを胸に]] Next:[[超越してしまった彼女らと其を生み落した理由]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |00:[[全ての人の魂の夜想曲]]|CENTER:有里湊|59:[[The proof of the pudding is in the eating]]| |~|CENTER:セイヴァー(アレフ)|~| ----

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