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「君は、いつまでイラついてるんだい?」  人を小馬鹿にするような、おちょくったような。癪に障るトーンの声が、少女の心を苛立たせる。 苛々を助長させるその声は、年の若い、声変わりすらまだ訪れていないような、少年の声であった。 「……」  少年の問いかけを少女は、冷ややかな無視と言う応対で返してやる。 「無視かよ、つれないなぁ」  そうは言う少年だったが、それに対して残念がるような様子でもなければ語調でもない。寧ろ、少女の無視を楽しんでいる風すらあった。 「マスターのその辛気臭い顔見てると僕もイラつくし、大して『事』の解決能力もないくせに必死に考えてみてますよって言うアピール、正直見てて寒いんだよね。 早い所、聖杯戦争に乗りますよ、って表明してくれた方が動きやすいんだけどな」 「――黙れ、悪魔。斬り殺すぞ」  少女の口から紡がれる言葉は、少年に対する態度とは比にならない程冷たかった。 その冷やかさは、少年に対する敵意と嫌悪、そして殺意から来ており、冷たい、と言うよりは凍て付いていると言っても良い。 ――見よ。少女の左手に握られた、彼女の身長程はあろうかと言う刀の鞘を。斬り殺す、と言う言葉が嘘ではない事は、彼女が鯉口を切っている事からも証明済みだ。 杯に満たした水が凍り付きかねない程の、冷たい殺意の放射と、木の板すら貫きかねない程の鋭い目線。 そして今にも刀を抜きかねないと言う事実を、少年は飄々と受け止める。 少年期特有の、シミ一つない女のような白い肌をした、小柄で華奢そうな緑髪の少年だった。その声音に相応しい、子供のような風貌。 少女の言葉を受け、少年は肩を竦める。その後で、口を開いた。 「出来ない事は口にするものじゃないよ。――セッちゃん」  その言葉を聞いた瞬間、少女は何の予告もなく抜刀した。 刀を引き抜く少女の右腕には、緩やかさがなかった。速度、勢い、そして、彼女の身体から放出される気魄。 その全てが、対象を殺すと言う目的で横溢している。そしてその対象とは、目の前の少年であった。  真っ直ぐ、刀を振るう少女の方を見つめる少年。 彼は、彼女が振るう刀に一切目をくれる事無く、迫り来る鋼色の殺意を、右手の人差し指と親指でその剣刀身を摘まむ事で難なく受け止めてしまう。 愕然とする少女に対し、呆れた様な微笑みを向ける少年。少女の驚きは無理からぬ事だろう。 直撃すれば身体を寸断する程の勢いで放った一撃を、宙を舞う小さな羽毛を摘まむような容易さで、防いでしまったのだから。 少女がどんなに刀に力を込めても、万力に挟まれてしまっているかの如く動かない。少年の人差し指と親指には、果たしてどれ程の力が込められていると言うのか。  少年が、刀を摘まんでいる右腕を思いっきり引いた。 凄まじい力で身体ごと引かれてしまい、少女は俯せに倒れ込む。その拍子に、右手から刀がすっぽ抜ける。 頬に当たる板張りの床の冷たさが彼女に、今の状況は拙い事を告げる。立ち上がろうとするが、突如として背部に強い自重をかけられ、それがままならなくなる。 少年が、彼女の背中を右足で思いっきり踏みつけているのだ。 「出来ない事は口にするのは馬鹿だけど、実行に移すのは馬鹿を通り越して愚かなんだぜ? セッちゃん」  少年の声には、先程のような軽い雰囲気に、侮蔑の色が混じっていた 「君が僕に対してこんなにも強気なのは、君の右手に刻まれてる令呪のせいなのかな?」  少女の背中に一層強く体重を掛けながら、少年は、少女の右手甲に刻まれた、トライバルタトゥーめいた紋章に目線を移す。 射干玉のような黒髪をした、見るからにストイックで、凛とした雰囲気のこの少女には相応しくない紋章だった。 人間の頭蓋骨の下に、大腿骨が交差していると言う意匠のそれは、頭の悪い不良が刻んでいそうな、低俗な入れ墨にしか見えない。 しかし、これは入れ墨ではないのだ。これこそが、英霊及び超常存在の分霊を矮小化させた、サーヴァントと呼ばれる、人智を超越した存在を律する手綱。令呪なのである。 「それとも、君の剣術の腕前のせいかな?」  少女は答えない。少年に見えないよう、悔しさに歯噛みするだけだ。それに果たして、この意地の悪い少年が気付いているかどうか。 「どっちにしろ、君如きが僕を御する何て無意味だから止めた方が良い。僕は君が令呪を行使する前に殺せる自信があるし、君の剣術程度でも死にやしない」  少年は、それまで右手で摘まんでいた刀の持ち方を変え、柄を握り、その剣身を少女の細首に当て始める。少女の身体が強張った。 「僕はそんなに剣とか刀について詳しくないんだけどさ、人の身体っていざ斬るとなるとこれが中々難しいんだろ? どれぐらい難しいか、君の首で試していいかな」 「やってみたらどうだ。だがそんな事をしてみろ、マスターの私がいなくなれば、当然お前はこの世界から消え失せ、聖杯も手に入らなくなるぞ」  少しだけ強気を取戻し、少女が言った。「はっ」、と、少年は嘲笑で以て彼女の言葉を迎えた。 「別に僕は良いけど?」 「何……!?」 「聖杯は要らないって言ってるのさ。手に入れれば如何な願いも叶えられる神の杯? そして、それを手中に収める為に行う聖杯戦争? 確かに魅力的ではあるけど、それが要らない奴もまたいるって事さ。少なくとも僕は要らない。僕には聖杯は不要だから、聖杯が手に入れられなくなる、って言うのは脅しにならない」  「それに――」と、少年は更に言葉を続ける。 「僕が言った事をもう忘れたのかい。出来ない事は口にするものじゃないって。『やってみたらどうだ』、だって? 勇ましい言葉だね、セッちゃん。 僕には解るよ。君は本当は、絶対に死にたくないって思ってるって事が。この〈新宿〉から、絶対に脱出したいって事が」 「黙れ悪魔!! 私をその名前で呼ぶな!!」  立場の圧倒的不利を忘れて、少女が――桜咲刹那は叫んだ。 この少女には許せないのだ。本来斬り捨てるべき存在である悪魔に、刹那がこの世で誰よりも思っている幼馴染の少女が、刹那に対してかける呼び名で言われるのが。  魔震と呼ばれる大地震に見舞われた〈新宿〉へと足を踏み入れてしまった切欠は、今でも鮮明に思い出せる。 刹那が生徒として通っている麻帆良学園とは、公にはされていないが世界的に見ても大規模な魔法組織としての側面を有している。 市井で普通に過ごしていては解らない事実ではあるが、魔術の道を歩む者であれば、誰でも知っている事実だ。 学園には洋の東西問わぬ魔術書だけでなく、貴重なマジックアイテムをも保管している。これらを狙って、ならず者の魔法使いが侵入、襲撃すると言う事案は決して少なくない。 刹那は表向きは生徒と言う立場であるが、京都神鳴流の優れた使い手である彼女は、魔法に通じている教員や他の生徒と共に、 招かれざる客を撃退・排除するという任務を任される事もあるのだ。言い換えれば、学園からも強く信頼されている戦士であると言う事だ。 例に漏れず襲撃して来た魔法使いを処理する仕事に当たっていた時の事。相手は、ケルトのドルイドの流れを汲む魔法使いの一派だった。 麻帆良を襲撃する魔法使いと言うのは大抵が有象無象の集まりである事が多いのだが、今回は非常に統率の取れた相手だった為に、思わぬ苦戦を強いられた。 それでも、ベテランの魔法使いの教諭達や、安心して背中を任せられる同級生の助けもあり、無傷で刹那はその場を凌ぎ、彼らを排除出来た。 彼らを拘束しようと、魔法使いの一人に近付き、武器となる物を取り上げている途中で、その懐から、澄んだ青色をした鍵が転がり落ちるのを刹那は見た。 向こうの魔法使いは、オガム文字やルーン文字を用いた使った魔法と言うものを扱う事を彼女は知っていた。 この鍵には、そう言った文字が刻まれているのだろうか、とそれを手に取った瞬間――。 桜咲刹那は麻帆良学園の敷地から、並行世界の〈新宿〉へと招かれてしまったのだ。まさか彼女も、その時手に取った鍵こそが、聖杯戦争への参加切符である契約者の鍵であったなどとは、夢にも思うまい。  〈新宿〉へと招かれてしまった刹那は、困惑するしかなかった。麻帆良学園の敷地から、<新宿>区内の某女子中学の学生寮の一室に転移された、と言う事実もそうであるが。 自分はこれから麻帆良学園の生徒ではなく、<新宿>の私立の女子中学の生徒としてのロールを演じなければならない事、 この<新宿>がもといた世界の新宿区とは異なる歴史を辿った全く別の街だと言う事、そして、聖杯戦争に関する諸々の知識。 これら全ての情報が頭に刻み込まれ、その全てを一切の違和感なく受け入れている自分自身に、刹那は酷く困惑していた。 当惑が収まりきらぬそんな時に、この少年はやって来たのである。聖杯戦争における七つのクラスの内の一つ、槍兵(ランサー)のクラスを与えられたサーヴァント。 真名を、『タカジョー・ゼット』と呼ぶらしい。  神鳴流の剣士として、妖物とも斬り合うケースも少なくない刹那は、目の前に現れた自分のサーヴァントがいかなる存在なのか、その本質を一瞬で理解した。 人間ではない。いや、サーヴァントである以上、生身の人間ではないと言うのは当然なのだが、そう言う問題ではないのだ。 この少年は、外見こそ人間の子供のそれであるが、その中身は人間ではない。だが、人に仇成す妖怪や鬼と言った存在とも違い、かと言って人に対して性善な存在でもない。 人間に対して良い影響を与える存在では断じてなく、それでいて、妖怪や鬼よりも悪しき存在。少年は悪魔だった。 それも、今まで刹那が見聞し、戦って来た存在の中で、最強の力を誇る存在――『魔王』なのである。これは、少年自ら認めた事実である。 本来ならば敵対関係にある存在に、刹那が世界で一番大事に思っている幼馴染が使う呼び名で呼ばれるなど、彼女にしてみればおぞましい事この上ない。 タカジョーにせっちゃんと呼ばれる度に、刹那の心には、昏い怒りが沸々と湧き上がるのである。  刹那の怒りを更に助長させるのが、タカジョーの指摘であった。結論から言えば、タカジョーの指摘は刹那の痛い所を強かに突いていた。 刹那は死ぬのが怖かった。より正確に言えば、麻帆良学園の面影が影も形も無いこの世界で、誰に知られる事もなく死んでしまうのが怖いのだ。 近衛木乃香。刹那の幼馴染である少女であり、そして、刹那が命を懸けて守り通さねばならない主の名前である。 見知らぬこの地で木乃香に知られず、死んでしまうのが、怖い。それを思うだけで、身体中の毛孔から、粘ついた冷たい汗が噴き出て来る この地で果てる事。それは即ち、木乃香を守る為に今まで力を磨いてきた、と言う行為、のみならず刹那の全人生の否定に他ならない。 それを回避すべく、必死に思案を巡らせて……。此処で、冒頭のやり取りに繋がる、と言う訳だった。 結局打開策は、浮かび上がらなかった。悪魔が自分のサーヴァントになったという事実で生まれた苛々と、焦燥感が積もった現状で、その様なアイデアなど、浮かぶ筈もないが。 「で、結局君はどうしたいのかな、マスター? 死ぬのが御望みなら、一肌脱ぐけど」  踏みつける力を強めながら、タカジョーが言った。この少年は冗談でこのような事は言ってない事を、刹那は理解していた。 自分の返答次第では、本当に、首が飛ぶか、体中の臓器を潰されて即死する。その実感が、彼女にはあった。 「……私はまだ、やるべき事が残っているんだ……!! このような場所で死ぬ訳には……!!」 「初めからそう言えば良いんだよ。変に意地張らなきゃ、みっともない姿を晒さなくてすんだのに」  仕方がない、と言葉が続きそうな声音で、タカジョーは足を背中から退かした。 急いで刹那は立ち上がり、タカジョーの方に背を向ける。いつの間にか彼は、刹那から一mと半程距離を離していた。 まだその手には、刹那の愛刀、夕凪が握られている。タカジョー自身が認めるまで、返さないつもりなのだろう。 「僕としては戦う方が変に考える必要もなくて楽なんだけどさ、本当にそれで良いのかい? 他に何か、リクエストしたそうな目をしてるけど」  何から何まで、少年の姿をしたこの魔王には御見通しと言う訳なのだろうか? 非常に癪に障る話だが、タカジョーの言う通り、刹那にはもう一つの要求があった。これをタカジョーに対して口にしなかったのは、言えば絶対に彼からダメ出しを喰らう事が、火を見るより明らかだったからだ。 「……なるべくなら、人を殺さないで欲しい」 「へぇ、不殺主義かい? この刀は飾りなのかな?」  刹那に対して見せびらかすように、タカジョーが夕凪を掲げた。それが嫌味である事は、誰にでも解るであろう。 刀身に照明の光が当たって、鋭い銀光を放つその希代の名刀は、刹那の手に渡る以前に百を超える人間や妖怪を斬り伏せ、刹那の手に渡ってからも何十体もの妖物を斬り捨てて来た、歴戦を経た大太刀であった。今にも、血が香りそうである。 「人間は殺したくないだけだ。私が殺すのは……妖怪だ」 「成程ね。妖怪や悪魔は殺しても平気な訳だ。僕らだって人間と同じで、ちゃんと生きてるのにね。人の命と狐狸妖怪の命、重みで言えば同じ筈なんだけど」 「そうだ、私は身勝手な女だ。大切な人の為に、死ぬ訳にはいかない。その方の為ならば私は、どんな妖怪でもサーヴァントでも斬り捨てる。……だが……」  言葉を其処で区切り、刹那は、伏し目がちになった。 「人を殺したら私は、お嬢様に顔向けが出来なくなるかも知れない……。ただでさえ人と違う私だと言うのに、その上に人を殺してしまったら、優しいあの方は私の事を嫌うだろう……」 「だから僕にサーヴァントだけを殺せって?」 「甘いと思うのだったら罵ればいい、蔑みたいのなら蔑めばいいだろう、悪魔ッ」 「別にやってあげてもいいけど」  タカジョーのあまりの即断即決の返事に、刹那は目を丸くする。 嫌味の一つや二つ言われる事は元より、致命的な代償すらも求められる事を覚悟していたが、それらが全くなく、逆に困惑してしまったのだ。 「間抜け面して驚いちゃってまぁ、可愛い所あるじゃん」 「悪魔……何が目的だ?」 「別に? 僕だって久しぶりの現世だし、少しはブラブラしたいなって思っただけさ。観光出来ないで還るのも味気ないだろ? そのついでに、サーヴァントとも遊んであげるよ」  何とも軽い気持ちで聖杯戦争に乗るサーヴァントだろうか。 聖杯を欲するでもなく、この機に何かを表現するでもなく。ただ、久方ぶりに世界に現れる事が出来たから、そのついでに戦う。 それは果たして、他を隔絶する強さを持った悪魔である、魔王が故の余裕なのであろうか。 「悪魔って奴は気まぐれなんだ。礼や供物をどれだけ尽くしても願いを叶えてやらない事もあれば、視界の端にとまっただけの奴の願いを叶えてやる事もある。君の言う事を聞くのだって、単に気が向いてるだけ。他意はないよ」  言葉を切ると、今まで握っていた夕凪をフローリングに転がすタカジョー。「返すよ」、刹那の目を見てタカジョーが口にする。刀には目もくれない。 尊敬する近衛詠春から授かった大事な愛刀に対して、何ともぞんざいな扱いをする悪魔であったが、それに対する怒りの気持ちは、今の刹那には湧いてこない。 「外行ってさ、夜風に当たって来るよ。君もさ、不殺を誓うのもいいけど、場合によっては、人を斬る事も視野に入れておいた方がいい。 この戦い、甘い事ばっかり言ってちゃ乗り切れない。心を悪魔にして臨まなくちゃいけない局面だって来るんだから、覚悟しておこうね。セッちゃん」 「貴様、何度言えば解るんだ!! その名前で私を――」  口角泡を飛ばして怒鳴りかかろうとした瞬間、タカジョーの姿が、まばたきするよりも速く、その場から消えてしまう。 純粋な超スピードでの移動ではない。魔法の発展した刹那達のいた世界ですら、超高等技術とされる、瞬間移動。 それを事もなげにして見せるのは、人間とは構造が根本的に異なる生命体であり、人以上に魔法の造詣が深い魔王であるからこそ、なのだろう。 フローリングに死んだタチウオの様に横たわる、愛刀の夕凪を拾い、鞘に納める刹那。 瞳を静かに閉じ、握り拳を固く作り、今も元いた世界で楽しく過ごしているであろう大切な幼馴染の事を、刹那は思う。 「必ず戻ります、お嬢様」  一人そう口にする少女の態度は、巌の如く頑としていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  演じるロール上刹那が通っているとされる女子中学の学生寮の屋上で、タカジョーは夜風に当たっていた。 ただ屋上にいるのではない。この魔王は、電波受信の為のアンテナの上で佇立しているのだ。 細い枝を組み合わせて作ったような、細い金属棒で構築された頼りなさそうなそれは、人間の子供がその上に乗っかれば即座に圧し折れそうな脆さを醸し出しているが、 その上にタカジョーは、ポケットに手を入れた状態で器用に立ち尽くしていた。全体重をかけているにも関わらず、アンテナが折れる様子は欠片も見当たらない。 この少年魔王には重力が一切かかっていないのか、それとも彼は、この世を統べる物理法則の桎梏の外にある存在なのか。 「何で僕が言う事を聞くのか、不思議がってたな、あの女」  誰に言うでもなく、タカジョーが一人口にする。 この少年の独り言を聞いてやれるのは、紺碧の夜空に浮かぶ、疎らに散った星と欠けた月だけであった。 「……恥かしくて言えるわけ無いよな。下の名前が君と同じだったから、なんて」  タカジョーは言った。自分は聖杯になど興味がないと。それは確かな事実である。だが、刹那は知らなかっただろう。 もしも彼女が、『刹那と言う名前じゃなかったのならば』、彼に対して夕凪を振ったその時点で、一切の慈悲もなく彼女を細切れにされていたと言う事を。 あの部屋に数リットルもの血液と何十kgもの肉片が粉々になって四散しなかったのは、彼女の名前が、タカジョーの大事な友人と同じだったからである。 こんな事、タカジョーには恥かしくて言えたものではなかった。 「ったく……随分と僕も丸くなったなぁ? ……セッちゃん」  一人かぶりを振るって、タカジョーは一人言葉を紡ぐ。 今はこの場にはいない、タカジョーではなく、高城絶斗として生きて来た時に出来た友人である、甲斐刹那の事を、タカジョーは思っていた。 過酷な運命から逃げもせず、抗い、そして戦い、遂に平和を勝ち取ったあのデビルチルドレンの少年は、今の自分の事を見て、何を思うのだろうか。 らしくないと小馬鹿にするか、それとも優しくなったなと褒めるのだろうか。解らない。が、タカジョーは、今はこれで良かったのだと思う事にした。  タカジョーがアンテナから見下ろす<新宿>は、嘗て魔界で繰り広げた戦場もかくやと言う程の地獄にこれから変貌するとは思えない位に、平穏無事な東京都なのだった。 ---- 【クラス】  ランサー 【真名】  高城絶斗(タカジョーゼット)@真・女神転生デビルチルドレン(漫画版) 【ステータス】 -通常時  筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運D 宝具EX -深淵魔王・ゼブル時  筋力A 耐久A+ 敏捷A++ 魔力A++ 幸運D 【属性】  秩序・中庸 【クラススキル】  対魔力:B  魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。  大魔術、儀礼呪法などを以ってしても、ランサーに傷をつけるのは難しい。 【保有スキル】  反骨の相:B+  独自の行動原理に従い動く者。強い権力を持った者に従わない。  生前、ありとあらゆる陣営の前に姿を現し、適当に場を掻き乱し、翻弄してきた。  その在り方はトリックスターか、あるいは気分屋に近い。    魔王:C(A)  呼び出されたサーヴァントによって内包されるスキルが変わる複合スキル。ランサーの場合は、  ランク相当の飛行や瞬間移動、魔力放出、怪力、再生、戦闘続行のスキルを複合している。  ランサーは世界の創造主である「ホシガミ」と呼ばれる神から、世界の監視を言い渡された魔王  「ゼブル」の転生体である。  普段は魔王としての適性はCランクだが、ある過程を経ることで、Aランク相当に修正される。 【宝具】  『光も届かぬ泥の深淵(ディープホール)』  ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:50 最大補足:200~  ランサーが形成出来る、ある種の閉鎖空間のようなものが宝具となったもの。  固有結界とは違い、あくまでも対象をその世界へと引きずり込む入口を作るだけ。  ランサー自らの背中から展開させられる光の翼から、漆黒のタール状の物が滴ってゆき、それが  湖のような物を形成。其処に足を踏み入れた物は、一切の光も届かない、永遠の闇の世界へと  沈んでゆく。  沈ませられるのは生物だけではなく、形成させたタール溜まりが呑み込む物の大きさを超えるので  あれば、建造物すらも容易く呑み込み、闇へと沈めることが出来る。  生前ランサーはこの宝具を発動させ、1つの国を潰えさせたが、サーヴァントとしての召喚のため  格段に効果範囲が落ちている。  『魔王転生(深淵魔王・ゼブル)』  ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:自身  ランサーを、人間の姿から“深淵魔王”と称される悪魔ゼブルの姿へと変身させる宝具。  その変身プロセスとは、自分自身が一度『完全に殺される事』。  生前、魔界の大魔王であるルシファーの名を騙ったある1体の悪魔によって完全に葬られたことで、  ランサーは深淵魔王として完全覚醒した。  魔王として覚醒すると、ランサーのステータスと「魔王」スキルによって得られる各種スキルの  ランクが向上する。  さらにダークスピアと呼ばれる槍を使用可能となる上に、より高度な魔術も扱えるようになる。  凄まじい強さを得る宝具である一方、この状態から人間形態に戻ることはできず、魔力の消費量も  破格のものとなる。  また、マスターが殺され、それに引っ張られる形での消滅では、この宝具は発動しない。 【weapon】  ダークスピア:ランサーが深淵魔王と化した時に初めて使用可能となる黒色の槍。         ランサークラスとしての適性を満たす武器。         竜種を貫くほどの代物であるが、宝具ではない。 【人物背景】  元々はハラジュクに住んでいた少年で、主人公・甲斐刹那の幼馴染の一人。  気弱な性格で外見も少女的であり、刹那や同じく幼馴染の要未来の背に隠れていることが多かった。  その正体は「ゼブル」というデビルであるが、刹那と未来に関わったことで、人間としての心である  良心に目覚め、世界を救うことを決意する。  人間としての絶斗に眠っていたゼブルの力が覚醒したのは、小学校の初期の頃とのころ。  深淵魔王と呼ばれるほどの強大な力を誇るゼブルであるが、その本質は邪悪などではなく、むしろ  秩序を司る側の存在である。  世界の創造主たる「ホシガミ」によって世界を見守る役目を与えられた存在で、高城絶斗の姿も、  なるべく不干渉のまま世界を監視するためのものであった。  そういった性質上いかなる勢力にも与するつもりがなく、黒幕のアゼルや、そのアゼルに捕らえられた  大魔王ルシファー、魔王軍や反乱軍とあらゆる勢力の前に現れ、翻弄してきた、気分屋な性格。 【サーヴァントとしての願い】  特になし。 【マスター】  桜咲刹那@魔法先生ネギま!(漫画) 【マスターとしての願い】  元の世界に帰還する。 【weapon】  夕凪:刹那の愛用する巨大な野太刀。     かつて紅き翼の一員だった、近衛詠春から受け継いだ一振り。 【能力・技能】  京都神鳴流:妖と戦う退魔師の一族に伝わる剣術流派。        巨大な魔物を一刀の下に両断する技であり、その性質上、自らの背よりも大きい野太刀を        使うことが多い。        一方で対人戦にも特化しており、その場合は主として小太刀を用いた戦闘を行う。        手元に剣が無い場合には、氣を用いて棒状のものを強化させ、それを振るう。        また、体術にも造詣が深い。        とどのつまりは、全局面に特化した武術流派である。刹那はこの流派における優れた戦士        であり、凄まじい戦闘能力を誇る。  白い翼:刹那は鳥人と人間のハーフであり、その象徴である白い翼を展開することが出来る。      これを展開している間は、極めて自由に空を飛べる。      白い翼は鳥人の中でもタブーの象徴とされており、かつ鳥人という妖の血が混じっているため、      刹那はこれを深く恥じ、滅多なことでは展開しようとしない。      強靭さにも優れ、翼で自らを覆えば、高い防御性能を発揮する。  陰陽道:本家本元ほど洗練されてはいないが、補助程度に扱うことが可能。      インターフェース程度の役割しか期待できないが、通称ちびせつなと呼ばれる式神を作成可能。 【人物背景】  麻帆良学園の中等部に通う女子生徒。剣道部。両親はすでに他界している。  その実態は京都神鳴流の剣士であり、近衛木乃香とは京都での幼少時代からの幼馴染。  昔は一緒に遊ぶほどに仲が良かったが、過去の一件により、疎遠になる。以降は、木乃香からは一歩身を  引いた所で見守るという形で彼女と付き合うようになった。  これに加えて、鳥人であるという出自から、なおのことコミュニケーションを取ることが少なくなり、  会話が全くなかった。  白い翼が原因で里を追われた所を、日本へ帰国した近衛詠春に拾われ、現在に至る。  参戦時期は、ネギ・スプリングフィールドが麻帆良学園に赴任する前。  当然のように、パクティオーカードを用いた戦闘は不可能となる。 【方針】  何とかして生き残る。 **時系列順 Back:[[これ以上『街が』『不運』になる前に]] Next:[[不律&ランサー]] **投下順 Back:[[これ以上『街が』『不運』になる前に]] Next:[[不律&ランサー]] |CENTER:Character name|CENTER:Next→| |CENTER:桜咲刹那|[[全ての人の魂の夜想曲]]| |CENTER:ランサー(タカジョーゼット)|~| ----
「君は、いつまでイラついてるんだい?」  人を小馬鹿にするような、おちょくったような。癪に障るトーンの声が、少女の心を苛立たせる。 苛々を助長させるその声は、年の若い、声変わりすらまだ訪れていないような、少年の声であった。 「……」  少年の問いかけを少女は、冷ややかな無視と言う応対で返してやる。 「無視かよ、つれないなぁ」  そうは言う少年だったが、それに対して残念がるような様子でもなければ語調でもない。寧ろ、少女の無視を楽しんでいる風すらあった。 「マスターのその辛気臭い顔見てると僕もイラつくし、大して『事』の解決能力もないくせに必死に考えてみてますよって言うアピール、正直見てて寒いんだよね。 早い所、聖杯戦争に乗りますよ、って表明してくれた方が動きやすいんだけどな」 「――黙れ、悪魔。斬り殺すぞ」  少女の口から紡がれる言葉は、少年に対する態度とは比にならない程冷たかった。 その冷やかさは、少年に対する敵意と嫌悪、そして殺意から来ており、冷たい、と言うよりは凍て付いていると言っても良い。 ――見よ。少女の左手に握られた、彼女の身長程はあろうかと言う刀の鞘を。斬り殺す、と言う言葉が嘘ではない事は、彼女が鯉口を切っている事からも証明済みだ。 杯に満たした水が凍り付きかねない程の、冷たい殺意の放射と、木の板すら貫きかねない程の鋭い目線。 そして今にも刀を抜きかねないと言う事実を、少年は飄々と受け止める。 少年期特有の、シミ一つない女のような白い肌をした、小柄で華奢そうな緑髪の少年だった。その声音に相応しい、子供のような風貌。 少女の言葉を受け、少年は肩を竦める。その後で、口を開いた。 「出来ない事は口にするものじゃないよ。――セッちゃん」  その言葉を聞いた瞬間、少女は何の予告もなく抜刀した。 刀を引き抜く少女の右腕には、緩やかさがなかった。速度、勢い、そして、彼女の身体から放出される気魄。 その全てが、対象を殺すと言う目的で横溢している。そしてその対象とは、目の前の少年であった。  真っ直ぐ、刀を振るう少女の方を見つめる少年。 彼は、彼女が振るう刀に一切目をくれる事無く、迫り来る鋼色の殺意を、右手の人差し指と親指でその剣刀身を摘まむ事で難なく受け止めてしまう。 愕然とする少女に対し、呆れた様な微笑みを向ける少年。少女の驚きは無理からぬ事だろう。 直撃すれば身体を寸断する程の勢いで放った一撃を、宙を舞う小さな羽毛を摘まむような容易さで、防いでしまったのだから。 少女がどんなに刀に力を込めても、万力に挟まれてしまっているかの如く動かない。少年の人差し指と親指には、果たしてどれ程の力が込められていると言うのか。  少年が、刀を摘まんでいる右腕を思いっきり引いた。 凄まじい力で身体ごと引かれてしまい、少女は俯せに倒れ込む。その拍子に、右手から刀がすっぽ抜ける。 頬に当たる板張りの床の冷たさが彼女に、今の状況は拙い事を告げる。立ち上がろうとするが、突如として背部に強い自重をかけられ、それがままならなくなる。 少年が、彼女の背中を右足で思いっきり踏みつけているのだ。 「出来ない事は口にするのは馬鹿だけど、実行に移すのは馬鹿を通り越して愚かなんだぜ? セッちゃん」  少年の声には、先程のような軽い雰囲気に、侮蔑の色が混じっていた 「君が僕に対してこんなにも強気なのは、君の右手に刻まれてる令呪のせいなのかな?」  少女の背中に一層強く体重を掛けながら、少年は、少女の右手甲に刻まれた、トライバルタトゥーめいた紋章に目線を移す。 射干玉のような黒髪をした、見るからにストイックで、凛とした雰囲気のこの少女には相応しくない紋章だった。 人間の頭蓋骨の下に、大腿骨が交差していると言う意匠のそれは、頭の悪い不良が刻んでいそうな、低俗な入れ墨にしか見えない。 しかし、これは入れ墨ではないのだ。これこそが、英霊及び超常存在の分霊を矮小化させた、サーヴァントと呼ばれる、人智を超越した存在を律する手綱。令呪なのである。 「それとも、君の剣術の腕前のせいかな?」  少女は答えない。少年に見えないよう、悔しさに歯噛みするだけだ。それに果たして、この意地の悪い少年が気付いているかどうか。 「どっちにしろ、君如きが僕を御する何て無意味だから止めた方が良い。僕は君が令呪を行使する前に殺せる自信があるし、君の剣術程度でも死にやしない」  少年は、それまで右手で摘まんでいた刀の持ち方を変え、柄を握り、その剣身を少女の細首に当て始める。少女の身体が強張った。 「僕はそんなに剣とか刀について詳しくないんだけどさ、人の身体っていざ斬るとなるとこれが中々難しいんだろ? どれぐらい難しいか、君の首で試していいかな」 「やってみたらどうだ。だがそんな事をしてみろ、マスターの私がいなくなれば、当然お前はこの世界から消え失せ、聖杯も手に入らなくなるぞ」  少しだけ強気を取戻し、少女が言った。「はっ」、と、少年は嘲笑で以て彼女の言葉を迎えた。 「別に僕は良いけど?」 「何……!?」 「聖杯は要らないって言ってるのさ。手に入れれば如何な願いも叶えられる神の杯? そして、それを手中に収める為に行う聖杯戦争? 確かに魅力的ではあるけど、それが要らない奴もまたいるって事さ。少なくとも僕は要らない。僕には聖杯は不要だから、聖杯が手に入れられなくなる、って言うのは脅しにならない」  「それに――」と、少年は更に言葉を続ける。 「僕が言った事をもう忘れたのかい。出来ない事は口にするものじゃないって。『やってみたらどうだ』、だって? 勇ましい言葉だね、セッちゃん。 僕には解るよ。君は本当は、絶対に死にたくないって思ってるって事が。この〈新宿〉から、絶対に脱出したいって事が」 「黙れ悪魔!! 私をその名前で呼ぶな!!」  立場の圧倒的不利を忘れて、少女が――桜咲刹那は叫んだ。 この少女には許せないのだ。本来斬り捨てるべき存在である悪魔に、刹那がこの世で誰よりも思っている幼馴染の少女が、刹那に対してかける呼び名で言われるのが。  魔震と呼ばれる大地震に見舞われた〈新宿〉へと足を踏み入れてしまった切欠は、今でも鮮明に思い出せる。 刹那が生徒として通っている麻帆良学園とは、公にはされていないが世界的に見ても大規模な魔法組織としての側面を有している。 市井で普通に過ごしていては解らない事実ではあるが、魔術の道を歩む者であれば、誰でも知っている事実だ。 学園には洋の東西問わぬ魔術書だけでなく、貴重なマジックアイテムをも保管している。これらを狙って、ならず者の魔法使いが侵入、襲撃すると言う事案は決して少なくない。 刹那は表向きは生徒と言う立場であるが、京都神鳴流の優れた使い手である彼女は、魔法に通じている教員や他の生徒と共に、 招かれざる客を撃退・排除するという任務を任される事もあるのだ。言い換えれば、学園からも強く信頼されている戦士であると言う事だ。 例に漏れず襲撃して来た魔法使いを処理する仕事に当たっていた時の事。相手は、ケルトのドルイドの流れを汲む魔法使いの一派だった。 麻帆良を襲撃する魔法使いと言うのは大抵が有象無象の集まりである事が多いのだが、今回は非常に統率の取れた相手だった為に、思わぬ苦戦を強いられた。 それでも、ベテランの魔法使いの教諭達や、安心して背中を任せられる同級生の助けもあり、無傷で刹那はその場を凌ぎ、彼らを排除出来た。 彼らを拘束しようと、魔法使いの一人に近付き、武器となる物を取り上げている途中で、その懐から、澄んだ青色をした鍵が転がり落ちるのを刹那は見た。 向こうの魔法使いは、オガム文字やルーン文字を用いた使った魔法と言うものを扱う事を彼女は知っていた。 この鍵には、そう言った文字が刻まれているのだろうか、とそれを手に取った瞬間――。 桜咲刹那は麻帆良学園の敷地から、並行世界の〈新宿〉へと招かれてしまったのだ。まさか彼女も、その時手に取った鍵こそが、聖杯戦争への参加切符である契約者の鍵であったなどとは、夢にも思うまい。  〈新宿〉へと招かれてしまった刹那は、困惑するしかなかった。麻帆良学園の敷地から、<新宿>区内の某女子中学の学生寮の一室に転移された、と言う事実もそうであるが。 自分はこれから麻帆良学園の生徒ではなく、<新宿>の私立の女子中学の生徒としてのロールを演じなければならない事、 この<新宿>がもといた世界の新宿区とは異なる歴史を辿った全く別の街だと言う事、そして、聖杯戦争に関する諸々の知識。 これら全ての情報が頭に刻み込まれ、その全てを一切の違和感なく受け入れている自分自身に、刹那は酷く困惑していた。 当惑が収まりきらぬそんな時に、この少年はやって来たのである。聖杯戦争における七つのクラスの内の一つ、槍兵(ランサー)のクラスを与えられたサーヴァント。 真名を、『タカジョー・ゼット』と呼ぶらしい。  神鳴流の剣士として、妖物とも斬り合うケースも少なくない刹那は、目の前に現れた自分のサーヴァントがいかなる存在なのか、その本質を一瞬で理解した。 人間ではない。いや、サーヴァントである以上、生身の人間ではないと言うのは当然なのだが、そう言う問題ではないのだ。 この少年は、外見こそ人間の子供のそれであるが、その中身は人間ではない。だが、人に仇成す妖怪や鬼と言った存在とも違い、かと言って人に対して性善な存在でもない。 人間に対して良い影響を与える存在では断じてなく、それでいて、妖怪や鬼よりも悪しき存在。少年は悪魔だった。 それも、今まで刹那が見聞し、戦って来た存在の中で、最強の力を誇る存在――『魔王』なのである。これは、少年自ら認めた事実である。 本来ならば敵対関係にある存在に、刹那が世界で一番大事に思っている幼馴染が使う呼び名で呼ばれるなど、彼女にしてみればおぞましい事この上ない。 タカジョーにせっちゃんと呼ばれる度に、刹那の心には、昏い怒りが沸々と湧き上がるのである。  刹那の怒りを更に助長させるのが、タカジョーの指摘であった。結論から言えば、タカジョーの指摘は刹那の痛い所を強かに突いていた。 刹那は死ぬのが怖かった。より正確に言えば、麻帆良学園の面影が影も形も無いこの世界で、誰に知られる事もなく死んでしまうのが怖いのだ。 近衛木乃香。刹那の幼馴染である少女であり、そして、刹那が命を懸けて守り通さねばならない主の名前である。 見知らぬこの地で木乃香に知られず、死んでしまうのが、怖い。それを思うだけで、身体中の毛孔から、粘ついた冷たい汗が噴き出て来る この地で果てる事。それは即ち、木乃香を守る為に今まで力を磨いてきた、と言う行為、のみならず刹那の全人生の否定に他ならない。 それを回避すべく、必死に思案を巡らせて……。此処で、冒頭のやり取りに繋がる、と言う訳だった。 結局打開策は、浮かび上がらなかった。悪魔が自分のサーヴァントになったという事実で生まれた苛々と、焦燥感が積もった現状で、その様なアイデアなど、浮かぶ筈もないが。 「で、結局君はどうしたいのかな、マスター? 死ぬのが御望みなら、一肌脱ぐけど」  踏みつける力を強めながら、タカジョーが言った。この少年は冗談でこのような事は言ってない事を、刹那は理解していた。 自分の返答次第では、本当に、首が飛ぶか、体中の臓器を潰されて即死する。その実感が、彼女にはあった。 「……私はまだ、やるべき事が残っているんだ……!! このような場所で死ぬ訳には……!!」 「初めからそう言えば良いんだよ。変に意地張らなきゃ、みっともない姿を晒さなくてすんだのに」  仕方がない、と言葉が続きそうな声音で、タカジョーは足を背中から退かした。 急いで刹那は立ち上がり、タカジョーの方に背を向ける。いつの間にか彼は、刹那から一mと半程距離を離していた。 まだその手には、刹那の愛刀、夕凪が握られている。タカジョー自身が認めるまで、返さないつもりなのだろう。 「僕としては戦う方が変に考える必要もなくて楽なんだけどさ、本当にそれで良いのかい? 他に何か、リクエストしたそうな目をしてるけど」  何から何まで、少年の姿をしたこの魔王には御見通しと言う訳なのだろうか? 非常に癪に障る話だが、タカジョーの言う通り、刹那にはもう一つの要求があった。これをタカジョーに対して口にしなかったのは、言えば絶対に彼からダメ出しを喰らう事が、火を見るより明らかだったからだ。 「……なるべくなら、人を殺さないで欲しい」 「へぇ、不殺主義かい? この刀は飾りなのかな?」  刹那に対して見せびらかすように、タカジョーが夕凪を掲げた。それが嫌味である事は、誰にでも解るであろう。 刀身に照明の光が当たって、鋭い銀光を放つその希代の名刀は、刹那の手に渡る以前に百を超える人間や妖怪を斬り伏せ、刹那の手に渡ってからも何十体もの妖物を斬り捨てて来た、歴戦を経た大太刀であった。今にも、血が香りそうである。 「人間は殺したくないだけだ。私が殺すのは……妖怪だ」 「成程ね。妖怪や悪魔は殺しても平気な訳だ。僕らだって人間と同じで、ちゃんと生きてるのにね。人の命と狐狸妖怪の命、重みで言えば同じ筈なんだけど」 「そうだ、私は身勝手な女だ。大切な人の為に、死ぬ訳にはいかない。その方の為ならば私は、どんな妖怪でもサーヴァントでも斬り捨てる。……だが……」  言葉を其処で区切り、刹那は、伏し目がちになった。 「人を殺したら私は、お嬢様に顔向けが出来なくなるかも知れない……。ただでさえ人と違う私だと言うのに、その上に人を殺してしまったら、優しいあの方は私の事を嫌うだろう……」 「だから僕にサーヴァントだけを殺せって?」 「甘いと思うのだったら罵ればいい、蔑みたいのなら蔑めばいいだろう、悪魔ッ」 「別にやってあげてもいいけど」  タカジョーのあまりの即断即決の返事に、刹那は目を丸くする。 嫌味の一つや二つ言われる事は元より、致命的な代償すらも求められる事を覚悟していたが、それらが全くなく、逆に困惑してしまったのだ。 「間抜け面して驚いちゃってまぁ、可愛い所あるじゃん」 「悪魔……何が目的だ?」 「別に? 僕だって久しぶりの現世だし、少しはブラブラしたいなって思っただけさ。観光出来ないで還るのも味気ないだろ? そのついでに、サーヴァントとも遊んであげるよ」  何とも軽い気持ちで聖杯戦争に乗るサーヴァントだろうか。 聖杯を欲するでもなく、この機に何かを表現するでもなく。ただ、久方ぶりに世界に現れる事が出来たから、そのついでに戦う。 それは果たして、他を隔絶する強さを持った悪魔である、魔王が故の余裕なのであろうか。 「悪魔って奴は気まぐれなんだ。礼や供物をどれだけ尽くしても願いを叶えてやらない事もあれば、視界の端にとまっただけの奴の願いを叶えてやる事もある。君の言う事を聞くのだって、単に気が向いてるだけ。他意はないよ」  言葉を切ると、今まで握っていた夕凪をフローリングに転がすタカジョー。「返すよ」、刹那の目を見てタカジョーが口にする。刀には目もくれない。 尊敬する近衛詠春から授かった大事な愛刀に対して、何ともぞんざいな扱いをする悪魔であったが、それに対する怒りの気持ちは、今の刹那には湧いてこない。 「外行ってさ、夜風に当たって来るよ。君もさ、不殺を誓うのもいいけど、場合によっては、人を斬る事も視野に入れておいた方がいい。 この戦い、甘い事ばっかり言ってちゃ乗り切れない。心を悪魔にして臨まなくちゃいけない局面だって来るんだから、覚悟しておこうね。セッちゃん」 「貴様、何度言えば解るんだ!! その名前で私を――」  口角泡を飛ばして怒鳴りかかろうとした瞬間、タカジョーの姿が、まばたきするよりも速く、その場から消えてしまう。 純粋な超スピードでの移動ではない。魔法の発展した刹那達のいた世界ですら、超高等技術とされる、瞬間移動。 それを事もなげにして見せるのは、人間とは構造が根本的に異なる生命体であり、人以上に魔法の造詣が深い魔王であるからこそ、なのだろう。 フローリングに死んだタチウオの様に横たわる、愛刀の夕凪を拾い、鞘に納める刹那。 瞳を静かに閉じ、握り拳を固く作り、今も元いた世界で楽しく過ごしているであろう大切な幼馴染の事を、刹那は思う。 「必ず戻ります、お嬢様」  一人そう口にする少女の態度は、巌の如く頑としていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  演じるロール上刹那が通っているとされる女子中学の学生寮の屋上で、タカジョーは夜風に当たっていた。 ただ屋上にいるのではない。この魔王は、電波受信の為のアンテナの上で佇立しているのだ。 細い枝を組み合わせて作ったような、細い金属棒で構築された頼りなさそうなそれは、人間の子供がその上に乗っかれば即座に圧し折れそうな脆さを醸し出しているが、 その上にタカジョーは、ポケットに手を入れた状態で器用に立ち尽くしていた。全体重をかけているにも関わらず、アンテナが折れる様子は欠片も見当たらない。 この少年魔王には重力が一切かかっていないのか、それとも彼は、この世を統べる物理法則の桎梏の外にある存在なのか。 「何で僕が言う事を聞くのか、不思議がってたな、あの女」  誰に言うでもなく、タカジョーが一人口にする。 この少年の独り言を聞いてやれるのは、紺碧の夜空に浮かぶ、疎らに散った星と欠けた月だけであった。 「……恥かしくて言えるわけ無いよな。下の名前が君と同じだったから、なんて」  タカジョーは言った。自分は聖杯になど興味がないと。それは確かな事実である。だが、刹那は知らなかっただろう。 もしも彼女が、『刹那と言う名前じゃなかったのならば』、彼に対して夕凪を振ったその時点で、一切の慈悲もなく彼女を細切れにされていたと言う事を。 あの部屋に数リットルもの血液と何十kgもの肉片が粉々になって四散しなかったのは、彼女の名前が、タカジョーの大事な友人と同じだったからである。 こんな事、タカジョーには恥かしくて言えたものではなかった。 「ったく……随分と僕も丸くなったなぁ? ……セッちゃん」  一人かぶりを振るって、タカジョーは一人言葉を紡ぐ。 今はこの場にはいない、タカジョーではなく、高城絶斗として生きて来た時に出来た友人である、甲斐刹那の事を、タカジョーは思っていた。 過酷な運命から逃げもせず、抗い、そして戦い、遂に平和を勝ち取ったあのデビルチルドレンの少年は、今の自分の事を見て、何を思うのだろうか。 らしくないと小馬鹿にするか、それとも優しくなったなと褒めるのだろうか。解らない。が、タカジョーは、今はこれで良かったのだと思う事にした。  タカジョーがアンテナから見下ろす<新宿>は、嘗て魔界で繰り広げた戦場もかくやと言う程の地獄にこれから変貌するとは思えない位に、平穏無事な東京都なのだった。 ---- 【クラス】  ランサー 【真名】  高城絶斗(タカジョーゼット)@真・女神転生デビルチルドレン(漫画版) 【ステータス】 -通常時  筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運D 宝具EX -深淵魔王・ゼブル時  筋力A 耐久A+ 敏捷A++ 魔力A++ 幸運D 【属性】  秩序・中庸 【クラススキル】  対魔力:B  魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。  大魔術、儀礼呪法などを以ってしても、ランサーに傷をつけるのは難しい。 【保有スキル】  反骨の相:B+  独自の行動原理に従い動く者。強い権力を持った者に従わない。  生前、ありとあらゆる陣営の前に姿を現し、適当に場を掻き乱し、翻弄してきた。  その在り方はトリックスターか、あるいは気分屋に近い。    魔王:C(A)  呼び出されたサーヴァントによって内包されるスキルが変わる複合スキル。ランサーの場合は、  ランク相当の飛行や瞬間移動、魔力放出、怪力、再生、戦闘続行のスキルを複合している。  ランサーは世界の創造主である「ホシガミ」と呼ばれる神から、世界の監視を言い渡された魔王  「ゼブル」の転生体である。  普段は魔王としての適性はCランクだが、ある過程を経ることで、Aランク相当に修正される。 【宝具】  『光も届かぬ泥の深淵(ディープホール)』  ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:50 最大補足:200~  ランサーが形成出来る、ある種の閉鎖空間のようなものが宝具となったもの。  固有結界とは違い、あくまでも対象をその世界へと引きずり込む入口を作るだけ。  ランサー自らの背中から展開させられる光の翼から、漆黒のタール状の物が滴ってゆき、それが  湖のような物を形成。其処に足を踏み入れた物は、一切の光も届かない、永遠の闇の世界へと  沈んでゆく。  沈ませられるのは生物だけではなく、形成させたタール溜まりが呑み込む物の大きさを超えるので  あれば、建造物すらも容易く呑み込み、闇へと沈めることが出来る。  生前ランサーはこの宝具を発動させ、1つの国を潰えさせたが、サーヴァントとしての現界のため  格段に効果範囲が落ちている。  『魔王転生(深淵魔王・ゼブル)』  ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:自身  ランサーを、人間の姿から“深淵魔王”と称される悪魔ゼブルの姿へと変身させる宝具。  その変身プロセスとは、自分自身が一度『完全に殺される』こと。  生前、魔界の大魔王であるルシファーの名を騙ったある1体の悪魔によって完全に葬られたことで、  ランサーは深淵魔王として完全覚醒した。  魔王として覚醒すると、ランサーのステータスと「魔王」スキルによって得られる各種スキルの  ランクが向上する。  さらにダークスピアと呼ばれる槍を使用可能となる上に、より高度な魔術も扱えるようになる。  凄まじい強さを得る宝具である一方、この状態から人間形態に戻ることはできず、魔力の消費量も  破格のものとなる。  また、マスターが殺され、それに引っ張られる形での消滅では、この宝具は発動しない。 【weapon】  ダークスピア:ランサーが深淵魔王と化した時に初めて使用可能となる黒色の槍。         ランサークラスとしての適性を満たす武器。         竜種を貫くほどの代物であるが、宝具ではない。 【人物背景】  元々はハラジュクに住んでいた少年で、主人公・甲斐刹那の幼馴染の一人。  気弱な性格で外見も少女的であり、刹那や同じく幼馴染の要未来の背に隠れていることが多かった。  その正体は「ゼブル」というデビルであるが、刹那と未来に関わったことで、人間としての心である  良心に目覚め、世界を救うことを決意する。  人間としての絶斗に眠っていたゼブルの力が覚醒したのは、小学校の初期の頃とのこと。  深淵魔王と呼ばれるほどの強大な力を誇るゼブルであるが、その本質は邪悪などではなく、むしろ  秩序を司る側の存在である。  世界の創造主たる「ホシガミ」によって世界を見守る役目を与えられた存在で、高城絶斗の姿も、  なるべく不干渉のまま世界を監視するためのものであった。  そういった性質上いかなる勢力にも与するつもりがなく、黒幕のアゼルや、そのアゼルに捕らえられた  大魔王ルシファー、魔王軍や反乱軍とあらゆる勢力の前に現れ、翻弄してきた、気分屋な性格。 【サーヴァントとしての願い】  特になし。 【マスター】  桜咲刹那@魔法先生ネギま!(漫画) 【マスターとしての願い】  元の世界に帰還する。 【weapon】  夕凪:刹那の愛用する巨大な野太刀。     かつて紅き翼の一員だった、近衛詠春から受け継いだ一振り。 【能力・技能】  京都神鳴流:妖と戦う退魔師の一族に伝わる剣術流派。        巨大な魔物を一刀の下に両断する技であり、その性質上、自らの背よりも大きい野太刀を        使うことが多い。        一方で対人戦にも特化しており、その場合は主として小太刀を用いた戦闘を行う。        手元に剣が無い場合には、氣を用いて棒状のものを強化させ、それを振るう。        また、体術にも造詣が深い。        とどのつまりは、全局面に特化した武術流派である。刹那はこの流派における優れた戦士        であり、凄まじい戦闘能力を誇る。  白い翼:刹那は鳥人と人間のハーフであり、その象徴である白い翼を展開することが出来る。      これを展開している間は、極めて自由に空を飛べる。      白い翼は鳥人の中でもタブーの象徴とされており、かつ鳥人という妖の血が混じっているため、      刹那はこれを深く恥じ、滅多なことでは展開しようとしない。      強靭さにも優れ、翼で自らを覆えば、高い防御性能を発揮する。  陰陽道:本家本元ほど洗練されてはいないが、補助程度に扱うことが可能。      インターフェース程度の役割しか期待できないが、通称ちびせつなと呼ばれる式神を作成可能。 【人物背景】  麻帆良学園の中等部に通う女子生徒。剣道部。両親はすでに他界している。  その実態は京都神鳴流の剣士であり、近衛木乃香とは京都での幼少時代からの幼馴染。  昔は一緒に遊ぶほどに仲が良かったが、過去の一件により、疎遠になる。以降は、木乃香からは一歩身を  引いた所で見守るという形で彼女と付き合うようになった。  これに加えて、鳥人であるという出自から、なおのことコミュニケーションを取ることが少なくなり、  会話が全くなかった。  白い翼が原因で里を追われた所を、日本へ帰国した近衛詠春に拾われ、現在に至る。  参戦時期は、ネギ・スプリングフィールドが麻帆良学園に赴任する前。  当然のように、パクティオーカードを用いた戦闘は不可能となる。 【方針】  何とかして生き残る。 **時系列順 Back:[[これ以上『街が』『不運』になる前に]] Next:[[不律&ランサー]] **投下順 Back:[[これ以上『街が』『不運』になる前に]] Next:[[不律&ランサー]] |CENTER:Character name|CENTER:Next→| |CENTER:桜咲刹那|[[全ての人の魂の夜想曲]]| |CENTER:ランサー(タカジョーゼット)|~| ----

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