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追想のディスペア」(2021/03/31 (水) 18:37:22) の最新版変更点

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地獄だ。これ以上の地獄はないと、遠坂凛は心の底からそう思う。 体を循環する血液と言う血液が丸ごと溶けた鉛に置き換わってしまったかのように身体はただただ重く、疾走の息継ぎで酷使した喉は乾いて裂けるような痛みを伝えてくる。 何か考えなければならないと頭では分かっているが、考えれば考えるほど胸の奥で暴れている心臓が鼓動を強めて凛を追い詰めるのだった。 人気のない路地裏に入り込み、凛は歩調を緩めてようやっと少し体力を回復する。 ――兎にも角にも、先ずはこれから何処に向かうかを明確化しなければ。 衣服の調達には、一応成功した。外面を取り繕う認識阻害の魔術の恩恵もあって、これで少しは人目に付いても問題なくなる。 だからと言って、凛は呑気に大手を振って久方振りの娑婆を満喫するような阿呆ではない。そも、新国立競技場のあの惨状を前にしても尚その近辺に留まれる等、とんでもない胆の座りようだ。在り方としては、最早自殺に近い。 恐ろしい戦いだった。聖杯戦争を侮っていた訳では絶対にないが、それでも、あの戦いは凄まじいの一言に尽きた。 どこもかしもも神秘で満ちている、神話の大戦めいた光景が彼処にはあった。 並のサーヴァントであれば最低でも三度は死んでいるような傷を負って尚、知ったことかと暴れ回る黄金の英雄。 奇矯な歌を響かせて敵の動きを止め、止まっている間に撃ち込むと言う恐るべき戦法を駆使した艦装の少女。 深淵に繋がる闇の湖面を形成し、激烈なる大戦争を事実上終結させた魔王の如き少年。 凛が集中して観察していた面子だけでも、これなのだ。にも関わらずあの場には、少なく見積もってもその倍ほどのサーヴァントが揃っていた。セオリー通りの聖杯戦争ではまずお目にかかれない光景だったと言える。虚無の湖面により全員が散開したように思われるが、この近くに残留している者もまだ多く居るだろう。お尋ね者の身としては、そういう意味でもとてもじゃないが長居したいとは思えない。 ――では、何処へ向かう? それが問題だった。何だかずっと前のことに感じられるが、そもそも自分は漸く見つけた新たな拠点を早々に後にし、新たな"最低限、家の体裁を保った"拠点を探すべく動いていた所だったのだ。其処まで思い返すと、今後の方針は自ずと浮かび上がってくる。 "出来るだけ競技場から距離を取りつつ、新しく拠点に出来そうな場所に当たりを付ける事……ね" 忌まわしい偽物に罪を被せ、少なくとも聖杯戦争に噛んでいる人間からの関心を反らす目論見は失敗に終わった。 凛とて、全部が全部上手く行くと思っていた訳ではないが、彼処まで何もかも上手く行かないと一周回って可笑しくなってくる。凛はあの競技場で無駄な徒労と心労を背負わされただけで、何一つ現状を変える事が出来なかった。貴重な時間と魔力を使って、無駄に疲れに行ったような物だ。 そう考えると元凶の偽黒贄、ひいてはそれを生み出したステージ襲撃の首謀者に八つ当たりじみた怒りが沸々と湧き上がってくる。お前達さえ居なければと、そう思わずにはいられない。感情の薪を燃やした所でどうにもならないとは分かっていても、割り切れるかどうかはまた別の話である。 無論、何時までも終わった事を引き摺っていても仕方のない事。失敗は素直に失敗と受け止めた上で、これからその損した分をどうやって挽回していくかが肝要だ。 其処で凛は、行動の方針を元に戻す事が一番だろうと判断した。触手遣いのマスターとの戦闘もあった以上、何処かで暫く身体を休めつつ魔力の回復に努めたい。その為にも、やはり拠点……最悪そうとまでは行かずとも、人目を凌げ、腰を落ち着けられる場所は確保しておきたかった。 「浮かぬ顔ですなあ」   まるで他人事のように、凛から一歩引いた位置で、気怠げな瞳のバーサーカー……黒贄礼太郎がへらへら笑っていた。 その緊張感も責任感も皆無と言った振る舞いに、凛はもう怒りすら湧いてこない。いや、事実、彼にとっては他人事のような物なのだろう。不死の性質を持ち、聖杯戦争にも凛程の執着はない異端のサーヴァント。規格外の狂化ランクをあてがわれるのも頷ける、狂気の権化。彼にも自分の怒りや焦りを共有して欲しいなどとは、今や凛は全く思っていなかった。それは無駄な事で、疲れるだけだと遅まきながら理解したからである。 「……最低限、気だけは張っておきなさい。それとなるべくなら、私の盾になるような感じで歩いて。もう大分離れたとは思うけど、サーヴァントにしてみればこのくらいの距離、殆ど無いも同然だろうから」 あの状況で自分達を追い掛けてくる程余裕のある主従が居たかは定かではないが、警戒するに越した事はない。内に居たサーヴァントでなくとも、外で虎視眈々と待ち受けていた輩が居ないとも限らないのだ。黒贄にアサシンの襲撃を予見するなんて働きは期待していないが、正面戦闘と耐久競争に於いてだけは、この狂戦士はまさに天下一品の怪物だ。肉盾として活用すれば、実質絶無に近い消耗で得意の真っ向勝負に持ち込める。 其処まで考えて、凛は足を一瞬止め、乾いた唇を血が出そうなくらい噛み締めた。 後ろを歩いていた黒贄の歩みが予期せず追い付いて、彼も足を止める。殺人鬼は今、凛の隣に居た。「どうしたのですかな?」と問い掛けてくる黒贄に、凛は「何でもない」とぶっきらぼうにそう返す。此処で要らぬ追及を掛けてこない、掛けようという気にならない所だけは、今の凛にとっては少しだけ都合が良かった。 "……慣れたわね。色々と" 遠坂凛と言う魔術師は、超を付けてもいいくらい優秀な人物だ。 冬木の御三家が一角である遠坂の姓を持つ時点で、家柄が重視される魔術師の世界では誰もが無視出来ない。その上凛は自分の才能に驕って研鑽を怠るでもなく、自分の身に流れる血統に誇りと責任を持ち、より素晴らしい魔術師になるべく前進を続ける模範的な性分の持ち主でもあった。 異世界の<新宿>で行う聖杯戦争と言う舞台設定には、簡単に慣れる事が出来た。然し彼女は――この街に招かれたマスターの中でも一二を争う位に、兎に角運がなかった。戦力面以外は最悪の一言に尽きる殺人鬼のバーサーカーを引き当てた挙句、何一つ自分の思い通りに行かない。聖杯戦争に於いて忌避される民間への露出と不要な殺戮を、出だしから己のサーヴァントの手で行われてしまった。 血と臓物の臭いが常に隣り合わせの、想像していたのとは全く別な意味で過酷過ぎる聖杯戦争。 事実常人なら、最初の大虐殺の時点で精神を病み、首を括っていてもおかしくはないだろう。 然し遠坂凛は優秀だった。聖杯を獲らねばならないと言う想いも人一倍強く、故にその感情を支柱にして、壊れかけの精神を繋ぎ止める事が出来た。そして、それだけではない。時間は大分掛かったし失敗も山ほどしたが、凛はこの血腥い現状に段々自分が順応し始めているのを感じていた。 素直に喜べる事では、無いだろう。それは裏を返せば、真っ当な人間の範疇から現在進行系でどんどん逸脱していることの証左に他ならない。魔術師の中には世間一般に人でなしと呼ばれるような人間も決して少なくはないが、それでも黒贄レベルの凶行に及ぶ者はまず居ない。そういう意味では今の凛は、魔術師基準でも"異常"な精神に成長しつつあるのだった。 ああ、どうしてこんな事になってしまったのだろう。 忘れもしないあの時――今思えば明らかに曰く付きの代物だった――最上のサファイアに手を掛けさえしなければ、自分はこんな冗談みたいな世界に迷い込むは無かったのだろうか。きっと、そうに違いない。何故なら今も手元にある"これ"はサファイア仕立ての宝石細工等ではなく、契約者の鍵。<新宿>と言うワンダーランドで執り行われる、聖杯戦争と言う名のティーパーティーへの招待状。 数百万ぽっちでこんな上物を買えるなんてと喜んでいた自分を殴り飛ばし、ありったけのガンドで蜂の巣にしてやりたい。あの時、凛は"買った"のではない。"売った"のだ。たった数百万円ぽっちで、凛は自分の未来を悪魔に売り渡してしまったのだ。契約者の鍵と言う、代金を受け取って。 『人殺し!!』 走馬灯のように、脳裏に甦る声がある。 『あなたのせいで、皆死んだ! あなたさえ来なければ、皆で楽しく、素晴らしくライブが終われた筈なのに!! 辛かったトレーニングが実を結んだんだって笑いあえたのに!!』  あの時、凛は違うと言った。事実として、それは正しい。 悲痛に叫びながら滂沱の涙を流す少女の仲間達を殺したのは黒贄礼太郎を騙った何某かであって、遠坂凛はあの一件に関しては被害者だった。其処については、何の間違いもない。だが、ああ。それがどうしたと言うのだろう。 本物の黒贄が殺した人間の家族や友人が凛を見たとしても、きっと同じ反応をした筈だ。 要は橘ありすは、そう言った人達の代弁者でもあった。何十、下手をすれば百にも届くような人間が、この世界の何処かで遠坂凛と言う人間……もとい殺人鬼に対して、彼女と同じ感情を抱いている。母を、父を、姉を、兄を、弟を、妹を、祖父を、祖母を、友を、恩師を、返せと哀しみに震えている。   人間は、人の事を声から忘れていくと言う。 なのに凛は、あの時の少女の声を今も頭の中で再生する事が出来る。 それ程までに深く、橘ありすの訴えは凛の心に突き刺さった。返しの付いた針のように、それが抜ける気配もない。 それが抜けた時が、遠坂凛が完全に戻れなくなる時だ。人倫の外にある、人でなしの精神性を手に入れる時だ。そうはなりたくないと、凛はまだ辛うじてそう思う。 そんな事を考えながら歩いていると――どん、と何かにぶつかった。 「痛ってえな! てめえ、どこ見て歩いてやがんだ!?」 人だった。ガタイのいい、凛よりも背の高い男。男とは言っても、歳は凛より下だろう。背は高いが、顔立ちと声の調子を聞く感じは、精々中学生くらいと思われる。 いきなり声を荒げた彼に驚いた様子で、後ろを歩いていた取り巻きらしい少年の一人が彼を止めに掛かった。 「とと、すいません! おい寺坂あ、気持ちは分かるけど誰彼構わず喧嘩売んのは止めろって!!」 「うるっせーぞ村松ゥ! 俺ぁな、今虫の居所が悪いんだよ!!」 ……凛の抱いたイメージは、"典型的な不良学生"だった。親か、或いは学校か。どちらかは分からないが、今の現状に強い不満なり劣等感なりを抱いているのだろう。そのストレスを不良行為で発散する、テンプレートじみた思春期の子供。それは合っていたが、然し厳密には違っていた。 彼らは、黒贄の殺戮とはまた別な、<新宿>を襲った災禍に依って友人を奪われた被害者であった。 時は遡る事数時間前。何ら変哲のない住宅街の一角が、黄金の極光で無惨に焼き尽くされた。犠牲者の数はとんでもない人数に達しており、その中に、少年達がよくつるんでいる友人も含まれていたのだ。正確な安否を確認したくても、爆心地の周辺が警察に封鎖されているからどうにもならない。 やり場のない怒りと遣る瀬無さを抱えながら当てもなくぶらついている時に、彼らはこうして凛と遭遇するに至ったのだった。認識阻害の魔術が掛かっている為、一目見られただけで素性が割れるような事はない。――ない、が。 「はは、謝る事はありませんよ。どうかお気になさらず」 「いや、ホントすんません! ……って、あれ? アンタ、確か――」 何か言いかけた、村松と呼ばれた少年の首が、一瞬にして百八十度回転した。 激昂する事も忘れて、何が何だか分からないと言った顔で、寺坂少年が「あ?」と呟く。次の瞬間には、二人の後ろ側にいた、やはり彼の取り巻きの一人なのだろう少女の頭がスイカのように潰されて、残った少女の首から下がハンマーのようになって寺坂の頭部をやはり果実のように粉砕した。 此処まで、僅か四秒程だ。凶行を終えた黒贄は血塗れ姿で凛へと振り返り、その顔を見て「むむ?」と呟く。 「おや、ひょっとして拙かったでしょうか? 先程工面してやると言われた分を、今殺させて戴いたのですが」 遠坂凛には、少年達に警告する事が出来た筈だ。何を言っているのかと言われてでも、逃げろと口にする事が出来た。 まず人は通らないだろうと思っていた薄暗い路地裏で誰かと遭遇するなんて思わなかった――そうだとしても、やはり警告する事は出来た筈だ。然し凛は、そうしなかった。"殺人鬼・遠坂凛"の動向が早速漏れてしまうのと、少年達の命。それを天秤に掛けた結果、凛は前者の方を重視したのだ。 此処が人気のない路地裏である事。少年達が少数である事。 そして――先程競技場で、その場凌ぎの口約束とは言え、黒贄に"後で人命を工面してやる"と発言した事。後々変な場面でその約束を履行されるよりかは、何かと都合が良い今この時に済ませてくれた方が幾らかマシだ。そんな、凡そ真っ当な良心を持つ人間とは思えない考えの下に、凛は三人の中学生を犠牲にしたのだった。 「……行くわよ」 擦り切れそうな精神を爆速で摩耗させながら、遠坂凛は往く。もう戻れない、"人殺し"の道を、着々と。   その事を、他ならぬ凛当人も実感していた。だって今、中学生達が目の前で殺された時、凛はこう思ったのだ。 自分の行いを嫌悪するよりも先に。仕方のない事だと自分に言い聞かせるよりも先に。   ――ああ、代えたばかりの服が汚れなくて良かったな……と。 ---- 【霞ヶ丘町方面(路地裏)/1日目 午後3:30】 【遠坂凛@Fate/stay night】 [状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(小→中)、魔力消費(中)、疲労(大)、額に傷、絶望(中) [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]いつもの服装(血濡れ)→現在は島村卯月@アイドルマスター シンデレラガールズの学校指定制服を着用しております [道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ) [所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない [思考・状況] 基本行動方針:生き延びる 1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう 2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない 3.聖杯戦争には勝ちたいけど… 4.今は新国立競技場から逃走 5.それと並行して、新たな拠点にも当たりをつけておきたい [備考] ・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました ・豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります ・魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。 ・精神が崩壊しかけています(現在聖杯戦争に生き残ると言う気力のみで食いつないでる状態) ・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。 ・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)が<新宿>衛生病院で宝具を放った時の轟音を聞きました ・今回の聖杯戦争が聖杯ではなく、アカシックレコードに纏わる操作権を求めて争うそれであると理解しました ・新国立競技場で新たに、ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。後でバーサーカー(黒贄礼太郎)から詳細に誰がいたか教えられるかもしれません ・あかりが触手を操る人物である事を知りました ・現在黒贄を連れて新国立競技場から距離を取っています。何処に移動するかは次の書き手様にお任せします 【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】 [状態]健康 [装備]『狂気な凶器の箱』 [道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器 [所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり [思考・状況] 基本行動方針:殺人する 1.殺人する 2.聖杯を調査する 3.凛さんを護衛する 4.護衛は苦手なんですが… 5.そそられる方が多いですなぁ 6.幽霊は 本当に 無理なんです [備考] ・不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました ・アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました ・百合子(リリス)とルイ・サイファーが人間以外の種族である事を理解しました ・現在の死亡回数は『2』です ・自身が吹っ飛ばした、美城に変身したアサシン(ベルク・カッツェ)がサーヴァントである事に気付いていません ・ライダー(大杉栄光)が未だに幽霊ではないかと思っています **時系列順 Back:[[自由を!]] Next:[[修羅の道行]] **投下順 Back:[[波紋戦士暗殺計画]] Next:[[ 流星 影を切り裂いて]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |51:[[波紋戦士暗殺計画]]|CENTER:遠坂凛|60:[[第一回<新宿>殺人鬼王決定戦]]| |~|CENTER:バーサーカー(黒贄礼太郎)|~|
地獄だ。これ以上の地獄はないと、遠坂凛は心の底からそう思う。 体を循環する血液と言う血液が丸ごと溶けた鉛に置き換わってしまったかのように身体はただただ重く、疾走の息継ぎで酷使した喉は乾いて裂けるような痛みを伝えてくる。 何か考えなければならないと頭では分かっているが、考えれば考えるほど胸の奥で暴れている心臓が鼓動を強めて凛を追い詰めるのだった。 人気のない路地裏に入り込み、凛は歩調を緩めてようやっと少し体力を回復する。 ――兎にも角にも、先ずはこれから何処に向かうかを明確化しなければ。 衣服の調達には、一応成功した。外面を取り繕う認識阻害の魔術の恩恵もあって、これで少しは人目に付いても問題なくなる。 だからと言って、凛は呑気に大手を振って久方振りの娑婆を満喫するような阿呆ではない。そも、新国立競技場のあの惨状を前にしても尚その近辺に留まれる等、とんでもない胆の座りようだ。在り方としては、最早自殺に近い。 恐ろしい戦いだった。聖杯戦争を侮っていた訳では絶対にないが、それでも、あの戦いは凄まじいの一言に尽きた。 どこもかしもも神秘で満ちている、神話の大戦めいた光景が彼処にはあった。 並のサーヴァントであれば最低でも三度は死んでいるような傷を負って尚、知ったことかと暴れ回る黄金の英雄。 奇矯な歌を響かせて敵の動きを止め、止まっている間に撃ち込むと言う恐るべき戦法を駆使した艦装の少女。 深淵に繋がる闇の湖面を形成し、激烈なる大戦争を事実上終結させた魔王の如き少年。 凛が集中して観察していた面子だけでも、これなのだ。にも関わらずあの場には、少なく見積もってもその倍ほどのサーヴァントが揃っていた。セオリー通りの聖杯戦争ではまずお目にかかれない光景だったと言える。虚無の湖面により全員が散開したように思われるが、この近くに残留している者もまだ多く居るだろう。お尋ね者の身としては、そういう意味でもとてもじゃないが長居したいとは思えない。 ――では、何処へ向かう? それが問題だった。何だかずっと前のことに感じられるが、そもそも自分は漸く見つけた新たな拠点を早々に後にし、新たな"最低限、家の体裁を保った"拠点を探すべく動いていた所だったのだ。其処まで思い返すと、今後の方針は自ずと浮かび上がってくる。 "出来るだけ競技場から距離を取りつつ、新しく拠点に出来そうな場所に当たりを付ける事……ね" 忌まわしい偽物に罪を被せ、少なくとも聖杯戦争に噛んでいる人間からの関心を反らす目論見は失敗に終わった。 凛とて、全部が全部上手く行くと思っていた訳ではないが、彼処まで何もかも上手く行かないと一周回って可笑しくなってくる。凛はあの競技場で無駄な徒労と心労を背負わされただけで、何一つ現状を変える事が出来なかった。貴重な時間と魔力を使って、無駄に疲れに行ったような物だ。 そう考えると元凶の偽黒贄、ひいてはそれを生み出したステージ襲撃の首謀者に八つ当たりじみた怒りが沸々と湧き上がってくる。お前達さえ居なければと、そう思わずにはいられない。感情の薪を燃やした所でどうにもならないとは分かっていても、割り切れるかどうかはまた別の話である。 無論、何時までも終わった事を引き摺っていても仕方のない事。失敗は素直に失敗と受け止めた上で、これからその損した分をどうやって挽回していくかが肝要だ。 其処で凛は、行動の方針を元に戻す事が一番だろうと判断した。触手遣いのマスターとの戦闘もあった以上、何処かで暫く身体を休めつつ魔力の回復に努めたい。その為にも、やはり拠点……最悪そうとまでは行かずとも、人目を凌げ、腰を落ち着けられる場所は確保しておきたかった。 「浮かぬ顔ですなあ」   まるで他人事のように、凛から一歩引いた位置で、気怠げな瞳のバーサーカー……黒贄礼太郎がへらへら笑っていた。 その緊張感も責任感も皆無と言った振る舞いに、凛はもう怒りすら湧いてこない。いや、事実、彼にとっては他人事のような物なのだろう。不死の性質を持ち、聖杯戦争にも凛程の執着はない異端のサーヴァント。規格外の狂化ランクをあてがわれるのも頷ける、狂気の権化。彼にも自分の怒りや焦りを共有して欲しいなどとは、今や凛は全く思っていなかった。それは無駄な事で、疲れるだけだと遅まきながら理解したからである。 「……最低限、気だけは張っておきなさい。それとなるべくなら、私の盾になるような感じで歩いて。もう大分離れたとは思うけど、サーヴァントにしてみればこのくらいの距離、殆ど無いも同然だろうから」 あの状況で自分達を追い掛けてくる程余裕のある主従が居たかは定かではないが、警戒するに越した事はない。内に居たサーヴァントでなくとも、外で虎視眈々と待ち受けていた輩が居ないとも限らないのだ。黒贄にアサシンの襲撃を予見するなんて働きは期待していないが、正面戦闘と耐久競争に於いてだけは、この狂戦士はまさに天下一品の怪物だ。肉盾として活用すれば、実質絶無に近い消耗で得意の真っ向勝負に持ち込める。 其処まで考えて、凛は足を一瞬止め、乾いた唇を血が出そうなくらい噛み締めた。 後ろを歩いていた黒贄の歩みが予期せず追い付いて、彼も足を止める。殺人鬼は今、凛の隣に居た。「どうしたのですかな?」と問い掛けてくる黒贄に、凛は「何でもない」とぶっきらぼうにそう返す。此処で要らぬ追及を掛けてこない、掛けようという気にならない所だけは、今の凛にとっては少しだけ都合が良かった。 "……慣れたわね。色々と" 遠坂凛と言う魔術師は、超を付けてもいいくらい優秀な人物だ。 冬木の御三家が一角である遠坂の姓を持つ時点で、家柄が重視される魔術師の世界では誰もが無視出来ない。その上凛は自分の才能に驕って研鑽を怠るでもなく、自分の身に流れる血統に誇りと責任を持ち、より素晴らしい魔術師になるべく前進を続ける模範的な性分の持ち主でもあった。 異世界の<新宿>で行う聖杯戦争と言う舞台設定には、簡単に慣れる事が出来た。然し彼女は――この街に招かれたマスターの中でも一二を争う位に、兎に角運がなかった。戦力面以外は最悪の一言に尽きる殺人鬼のバーサーカーを引き当てた挙句、何一つ自分の思い通りに行かない。聖杯戦争に於いて忌避される民間への露出と不要な殺戮を、出だしから己のサーヴァントの手で行われてしまった。 血と臓物の臭いが常に隣り合わせの、想像していたのとは全く別な意味で過酷過ぎる聖杯戦争。 事実常人なら、最初の大虐殺の時点で精神を病み、首を括っていてもおかしくはないだろう。 然し遠坂凛は優秀だった。聖杯を獲らねばならないと言う想いも人一倍強く、故にその感情を支柱にして、壊れかけの精神を繋ぎ止める事が出来た。そして、それだけではない。時間は大分掛かったし失敗も山ほどしたが、凛はこの血腥い現状に段々自分が順応し始めているのを感じていた。 素直に喜べる事では、無いだろう。それは裏を返せば、真っ当な人間の範疇から現在進行系でどんどん逸脱していることの証左に他ならない。魔術師の中には世間一般に人でなしと呼ばれるような人間も決して少なくはないが、それでも黒贄レベルの凶行に及ぶ者はまず居ない。そういう意味では今の凛は、魔術師基準でも"異常"な精神に成長しつつあるのだった。 ああ、どうしてこんな事になってしまったのだろう。 忘れもしないあの時――今思えば明らかに曰く付きの代物だった――最上のサファイアに手を掛けさえしなければ、自分はこんな冗談みたいな世界に迷い込むは無かったのだろうか。きっと、そうに違いない。何故なら今も手元にある"これ"はサファイア仕立ての宝石細工等ではなく、契約者の鍵。<新宿>と言うワンダーランドで執り行われる、聖杯戦争と言う名のティーパーティーへの招待状。 数百万ぽっちでこんな上物を買えるなんてと喜んでいた自分を殴り飛ばし、ありったけのガンドで蜂の巣にしてやりたい。あの時、凛は"買った"のではない。"売った"のだ。たった数百万円ぽっちで、凛は自分の未来を悪魔に売り渡してしまったのだ。契約者の鍵と言う、代金を受け取って。 『人殺し!!』 走馬灯のように、脳裏に甦る声がある。 『あなたのせいで、皆死んだ! あなたさえ来なければ、皆で楽しく、素晴らしくライブが終われた筈なのに!! 辛かったトレーニングが実を結んだんだって笑いあえたのに!!』  あの時、凛は違うと言った。事実として、それは正しい。 悲痛に叫びながら滂沱の涙を流す少女の仲間達を殺したのは黒贄礼太郎を騙った何某かであって、遠坂凛はあの一件に関しては被害者だった。其処については、何の間違いもない。だが、ああ。それがどうしたと言うのだろう。 本物の黒贄が殺した人間の家族や友人が凛を見たとしても、きっと同じ反応をした筈だ。 要は橘ありすは、そう言った人達の代弁者でもあった。何十、下手をすれば百にも届くような人間が、この世界の何処かで遠坂凛と言う人間……もとい殺人鬼に対して、彼女と同じ感情を抱いている。母を、父を、姉を、兄を、弟を、妹を、祖父を、祖母を、友を、恩師を、返せと哀しみに震えている。   人間は、人の事を声から忘れていくと言う。 なのに凛は、あの時の少女の声を今も頭の中で再生する事が出来る。 それ程までに深く、橘ありすの訴えは凛の心に突き刺さった。返しの付いた針のように、それが抜ける気配もない。 それが抜けた時が、遠坂凛が完全に戻れなくなる時だ。人倫の外にある、人でなしの精神性を手に入れる時だ。そうはなりたくないと、凛はまだ辛うじてそう思う。 そんな事を考えながら歩いていると――どん、と何かにぶつかった。 「痛ってえな! てめえ、どこ見て歩いてやがんだ!?」 人だった。ガタイのいい、凛よりも背の高い男。男とは言っても、歳は凛より下だろう。背は高いが、顔立ちと声の調子を聞く感じは、精々中学生くらいと思われる。 いきなり声を荒げた彼に驚いた様子で、後ろを歩いていた取り巻きらしい少年の一人が彼を止めに掛かった。 「とと、すいません! おい寺坂あ、気持ちは分かるけど誰彼構わず喧嘩売んのは止めろって!!」 「うるっせーぞ村松ゥ! 俺ぁな、今虫の居所が悪いんだよ!!」 ……凛の抱いたイメージは、"典型的な不良学生"だった。親か、或いは学校か。どちらかは分からないが、今の現状に強い不満なり劣等感なりを抱いているのだろう。そのストレスを不良行為で発散する、テンプレートじみた思春期の子供。それは合っていたが、然し厳密には違っていた。 彼らは、黒贄の殺戮とはまた別な、<新宿>を襲った災禍に依って友人を奪われた被害者であった。 時は遡る事数時間前。何ら変哲のない住宅街の一角が、黄金の極光で無惨に焼き尽くされた。犠牲者の数はとんでもない人数に達しており、その中に、少年達がよくつるんでいる友人も含まれていたのだ。正確な安否を確認したくても、爆心地の周辺が警察に封鎖されているからどうにもならない。 やり場のない怒りと遣る瀬無さを抱えながら当てもなくぶらついている時に、彼らはこうして凛と遭遇するに至ったのだった。認識阻害の魔術が掛かっている為、一目見られただけで素性が割れるような事はない。――ない、が。 「はは、謝る事はありませんよ。どうかお気になさらず」 「いや、ホントすんません! ……って、あれ? アンタ、確か――」 何か言いかけた、村松と呼ばれた少年の首が、一瞬にして百八十度回転した。 激昂する事も忘れて、何が何だか分からないと言った顔で、寺坂少年が「あ?」と呟く。次の瞬間には、二人の後ろ側にいた、やはり彼の取り巻きの一人なのだろう少女の頭がスイカのように潰されて、残った少女の首から下がハンマーのようになって寺坂の頭部をやはり果実のように粉砕した。 此処まで、僅か四秒程だ。凶行を終えた黒贄は血塗れ姿で凛へと振り返り、その顔を見て「むむ?」と呟く。 「おや、ひょっとして拙かったでしょうか? 先程工面してやると言われた分を、今殺させて戴いたのですが」 遠坂凛には、少年達に警告する事が出来た筈だ。何を言っているのかと言われてでも、逃げろと口にする事が出来た。 まず人は通らないだろうと思っていた薄暗い路地裏で誰かと遭遇するなんて思わなかった――そうだとしても、やはり警告する事は出来た筈だ。然し凛は、そうしなかった。"殺人鬼・遠坂凛"の動向が早速漏れてしまうのと、少年達の命。それを天秤に掛けた結果、凛は前者の方を重視したのだ。 此処が人気のない路地裏である事。少年達が少数である事。 そして――先程競技場で、その場凌ぎの口約束とは言え、黒贄に"後で人命を工面してやる"と発言した事。後々変な場面でその約束を履行されるよりかは、何かと都合が良い今この時に済ませてくれた方が幾らかマシだ。そんな、凡そ真っ当な良心を持つ人間とは思えない考えの下に、凛は三人の中学生を犠牲にしたのだった。 「……行くわよ」 擦り切れそうな精神を爆速で摩耗させながら、遠坂凛は往く。もう戻れない、"人殺し"の道を、着々と。   その事を、他ならぬ凛当人も実感していた。だって今、中学生達が目の前で殺された時、凛はこう思ったのだ。 自分の行いを嫌悪するよりも先に。仕方のない事だと自分に言い聞かせるよりも先に。   ――ああ、代えたばかりの服が汚れなくて良かったな……と。 ---- 【霞ヶ丘町方面(路地裏)/1日目 午後3:30】 【遠坂凛@Fate/stay night】 [状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(小→中)、魔力消費(中)、疲労(大)、額に傷、絶望(中) [令呪]残り二画 [契約者の鍵]有 [装備]いつもの服装(血濡れ)→現在は島村卯月@アイドルマスター シンデレラガールズの学校指定制服を着用しております [道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ) [所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない [思考・状況] 基本行動方針:生き延びる 1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう 2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない 3.聖杯戦争には勝ちたいけど… 4.今は新国立競技場から逃走 5.それと並行して、新たな拠点にも当たりをつけておきたい [備考] ・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました ・豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります ・魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。 ・精神が崩壊しかけています(現在聖杯戦争に生き残ると言う気力のみで食いつないでる状態) ・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。 ・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)が<新宿>衛生病院で宝具を放った時の轟音を聞きました ・今回の聖杯戦争が聖杯ではなく、アカシックレコードに纏わる操作権を求めて争うそれであると理解しました ・新国立競技場で新たに、ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。後でバーサーカー(黒贄礼太郎)から詳細に誰がいたか教えられるかもしれません ・あかりが触手を操る人物である事を知りました ・現在黒贄を連れて新国立競技場から距離を取っています。何処に移動するかは次の書き手様にお任せします 【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】 [状態]健康 [装備]『狂気な凶器の箱』 [道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器 [所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり [思考・状況] 基本行動方針:殺人する 1.殺人する 2.聖杯を調査する 3.凛さんを護衛する 4.護衛は苦手なんですが… 5.そそられる方が多いですなぁ 6.幽霊は 本当に 無理なんです [備考] ・不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました ・アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました ・百合子(リリス)とルイ・サイファーが人間以外の種族である事を理解しました ・現在の死亡回数は『2』です ・自身が吹っ飛ばした、美城に変身したアサシン(ベルク・カッツェ)がサーヴァントである事に気付いていません ・ライダー(大杉栄光)が未だに幽霊ではないかと思っています **時系列順 Back:[[自由を!]] Next:[[修羅の道行]] **投下順 Back:[[波紋戦士暗殺計画]] Next:[[流星 影を切り裂いて]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |48:[[明日晴れるかな]]|CENTER:遠坂凛|60:[[第一回<新宿>殺人鬼王決定戦]]| |~|CENTER:バーサーカー(黒贄礼太郎)|~|

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