――英純恋子、578万円

 洋の東西を問わず、茶の世界と言うものは、凝り出すと金がどんどん消えて行くものである。
少し知識が付いて来れば、茶葉に凝り出し、良い茶葉を美味しく味わおうとすると、今度は茶器等の道具類を選び始め、
皆で一緒に茶を楽しもうと考え出すと、茶菓子の類にも手を伸ばして見たり、と。この世界は非常に奥深いのである。
奥深さは、金銭がどの程度必要になるのかと言う事の証明だ。内奥まで足を運ぼうとすると、趣味と言うのは往々にして金と言うものが入用になる。茶と言うものも、それは同様である。

 純恋子も、茶は好きである。日本茶でも中国茶でも、ハーブティーでも。
嫌いなものはないが、好きなものはなんといっても紅茶である。茶会だって何度も開いた事がある程度には、知識もあるし愛着もある。
英財閥の令嬢が開催する茶会ともなると、皆が「英財閥が主催する茶会なのだから、何かしらある筈」と言うバイアスに囚われる。
早い話、期待されるのだ。用意する茶葉、茶うけ菓子、紅茶器の類、そして、余興等々。英財閥程にもなると、茶会は開いて単に終わり、では済まされない。
開いた以上は、客に百点満点のサービスを提供せねば、失格なのである。その事を純恋子は、よくよく認識していた。

 純恋子が拠点とするハイアットホテルのワンフロア。
其処には彼女らがプライベートを過ごすスィート・ルームの他に、夕食や朝食を楽しむ為の専用の一室が用意されていた。
本来此処は宴会場と言うべき施設であり、その名の通り団体客がパーティを楽しむ時、或いは、企業が会議を行う為に提供される物である。
このようなサービスは一流ホテルでは珍しいものではなく、ハイアットはこの他にも結婚式場の提供サービスも行っている。
ハイアットホテルに幾つもある宴会場の内一つは、現在純恋子が宿泊しているフロアに存在し、彼女がフロア丸ごと借り切っている為、
当然、彼女はこの宴会場のサービスを当然の様に享受する権利がある。つまりホテルの側は、現在その宴会場を彼女に貸し切っている状態と言っても良い。

 その一室に、純恋子と、彼女が呼び出したアサシンのサーヴァントである、レイン・ポゥの二人がいた。
五百平方mと言う、キャッチボールすら普通に出来そうな程広々とした一室の真ん中に、純白のテーブルクロスを敷いた長大なテーブルが用意されており、
その上に、レイン・ポゥ、もとい生前の三香織が購入していた衣服の数十~数百倍の値段はあると言うカップやソーサーが幾つも並んでいた。
カップには格調高い香りを放出する琥珀色の液体が注がれており、その傍に置いてあるソーサーには、単体で食べても満足出来そうなアップルパイが置かれている。

「足りないのであれば、幾らでもかわりを用意いたしましてよ」

 カップの指かけに指を通しながら、純恋子は言った。当然用意はこれだけで終わりではない。まだまだ紅茶にも茶菓子も、控えがあるらしい。
レイン・ポゥは純恋子の真向いの席、つまり、長方形のテーブルの縦の辺に座っている事になり、純恋子から最も遠い位置にある。

 ああ、確かに。高い茶葉を選んだのだろう、紅茶は非常に美味しい。茶菓子のアップルパイだって、何枚でも食べられる。
とても贅沢だと思うし、実際、楽しめた筈なのだ。この部屋が、本当に、二人だけしかいないのならば。

 ――レイン・ポゥの隣で、カタカタと物と物とがぶつかり合う音が小刻みにかつ連続的に響き渡っていた。
カップから唇を離し、ソーサーにおいてから、彼女はテーブルの両サイド、横辺に座る人『物』達に目をやった。

「美味シイ紅茶」

「流石デスワ純恋子様……」

「ウン、美味シイ……」

 極めて抑揚のない声で、それらは言葉を口にしていた。
身に着けている衣服は紅茶で濡れている。口元までうまく紅茶が運べず零してしまったのと、縦しんば口まで運んだとしても、紅茶が呑めず、唇から顎、顎から首へと、
紅茶が伝い落ちて、その衣服やテーブルクロスを汚してしまうのである。

「ねぇ、一つ聞いていい?」

「何でしょう?」

「このガラクタ達、何?」

 努めて触れないようにしていたが、もう流石に無視出来ない領域に至ってしまったので、レイン・ポゥは訊ねてみた。
二人だけで茶を楽しむのであれば、自室のスウィート・ルームででも出来る。宴会場を貸し切ってお茶会を開くと純恋子が言いだした時、何で其処にしたんだろうと、
レイン・ポゥは疑問だった。そして指定場所に辿り着いた時、更に意味が解らなくなった。テーブルには既に、十二『体』の人形が席に付いていたのである。めいめいの服装を身に着けた、十二人の、女性を模した人形が。

「場のにぎやかし、ですわ。二人だけでは味気ないですし、急遽、私の友人を模してつくらせましたの」

「すっごい目障りなんだよね」

 目の前で堂々と紅茶を零したりする人形と同席するのは、正直気が滅入るなんてレベルじゃない。
紅茶の味が感じなくなるレベルで不愉快なのだ。おまけにとってつけた様な機械音声。堪らなく破壊したくなってくる。
と言うより、場を賑やかしたいのであれば、別所で待機している執事や財閥の構成員でも呼べばいいではないか。まだエルセンと一緒の方が、百億倍マシであった。

「前々から思ってたけど、マスター……頭おかしいとか言われない?」

「そんな事はないですけれど。座学の類は得意ですわよ」

「一般的な常識とやらを私は身に――」

「ウン、美味シイ……」

 話を遮られた事に腹を立てたのと、いい加減目障りなのとで、レイン・ポゥはカッとなって、掌から七色の虹の剣を、
十m程も伸ばしそれを横薙ぎにブンッと振るった。人形が一切の抵抗を許さず、胸部の辺りから切断され、床の上に転がった。
その様子を、何て事をするのだこのサーヴァントは、と言った風な、野蛮人を見る様な目で見つめる英純恋子。
「お前が言えた義理か」、と声を大にして言いたいレイン・ポゥ。切断されてもなお、床に転がった人形が機械音声を止めないので、イライラは更に募るばかりだった。




 ――ソニックブーム、1万3千円

 ある時期までこの男、シガキサイゼン(志垣最善)と呼ばれる男は、実に不幸な男であった。
元々は都内の美術大学に通い、一流の画家にならんと夢を追い続けていた若者だった。
特に墨絵には自信があり、何時の日かきっと、この絵で以て大成するのだと言う野望を抱いていた。
しかし美術の世界は、兎角道具に金が掛かる世界だ。筆、絵具、描く為の紙。何をするにも金が要る。
だからシガキは美大に通う傍ら、高給ではあるが労災の危険性が高い工場で、道具代を稼いでいた。

 当たり前の事であるが、美術の世界は『腕』が命である。腕が物理的に動かなくなったとあれば、それは最早美術の世界では死んだも同然だ。
その工場で働く以上は、命よりも大事な腕が危険に晒される事をも意味する。だがその時のシガキはこう思っていたのだ。
自分だけは、大丈夫。ちゃんと気を付けるから。命よりも大事な腕や指を、危険に晒すようなマヌケはしないから、と。
その余りにも無根拠な自信のツケを、彼は己の身体で支払う事となった。不注意で手首から先をプレス機で挟み、骨や神経をズタズタにされたのは、数年前。
右手首は最早、何十年とリハビリを積もうが動かす事すらままならない程の重傷になってしまい、切除するしかないと告げられた時、シガキは本気で死のうとすら思った。
しかし、そんな度胸もなかった。会社から降りた労災補償で、シガキは、腕の神経と同調し、辛うじて指先を動かす事が出来る義手を取り付けたが、
これが実に、苛々する。元々値段相応の性能しかない義手である事もそうなのだが、やはり、生まれ持った生身の手に比べれば、その性能は格段に落ちる。
ましてや墨絵の世界は、繊細と言う言葉でもなお足りない程の細々とした技量が求められるのである。
義手などと言う大味な動きしか出来ないそれで墨絵を描く事など、不可能だ。

 ある時期までは、親からの仕送りでヤケ酒を呷り、大学にも行かない日々が続いた。
俺には生きる希望なんてもうないんだ、それが一人になった時のシガキの口癖であった。
そんな生活が二か月程続いたある時、大学で取っていた墨絵の講義で、提出物を求められている事を、親しい友人のメールから知った。
この講義担当は優しい性格で、シガキの現在の境遇を慮り、本来は出席を取るのだが彼に関しては出席しなくても良く、最低限の提出物だけを出せば単位を出してやる、
と言うらしいのだ。此処で、そう言った配慮を無碍にはしたくないと思う中途半端さが、シガキの特徴であった。
此処で彼は、何を思ったか、右手の義手で筆を取り、墨絵を描き、それを提出したのである。――それが、その教授の琴線に触れた。
絵自体の上手さは、他の生徒のそれよりも当然ながら格段に落ちる。しかし、それを補って余りある、迫力と言うべきか、兎に角ダイナミズムに溢れていたのだ。
義手と言う動かすのに不自由する部位で描く以上、描く側も必死になる。だが必死に描いた所で、所詮は義手なので、綺麗な絵は絶対に掛けない。
実際に仕上がった墨絵も不細工な物であったが、それ故に見る者に伝わる気魄や鬼気は、尋常のものではない。
黒い墨からいやがおうにも香る、描き手の必死さ。其処に教授は惹かれた。そして、シガキを大学まで呼び出し、彼にこうアドバイスした。「お前はこのまま、その義手を誇りに思い、墨絵を描いて行くのだ」、と。

 ――そして、現在に至る。
教授からアドバイスを貰い、しょうがなく義手で墨絵を描き始めてから、六年近い歳月が経った。
普通の墨絵師がかける時間の倍以上の時間を掛けて墨絵を仕上げ、それをコンクールに提出する。
それが、最優秀賞に輝き、名が売れ始めたのが、五年前。審査員は障碍者である自分に配慮しているのだ、と言う同じ絵師の誹りも随分受けて来た。
こう言った心無い批判に叛骨心を抱いたシガキは、怒りを抱き、更に墨絵を仕上げて行く。そしてそれがまた、優秀な賞を受賞する。それが、繰り返される。
気付いた時には、シガキは日本は愚か世界でも著名な美術家の一人になっていた。不自由な動きしか出来ない義手で墨絵を仕上げる、叛骨の画家。
何時だったかそんな風な説明をされていた。今では自分を慕う芸術家は相当数に上るらしく、障碍者の希望としても、機能しているらしい。

 思わぬ形で、夢が叶ってしまった。
当時は憎い憎いとすら思っていた右手の義手も、今では自分になくてはならない相棒だった。
これ以外の義手は、もうつけない事としている。一つは、自分の不注意で本来の右手を失ってしまったと言う戒めの意を込めて。
一つは、これからも墨絵師としての自分を支えてくれるであろう、大事な仲間として。

 現在では頻繁にテレビにも出る事があるシガキは、お忍びで、<新宿>某所に存在する寿司屋に足を運んでいた。
金にゆとりが出来、目立ったコンクールも無い暇な時期は、インスピレーションを高めると言う意味でも、身体を休める事がシガキには多くなった。
そんな彼の趣味は、寿司の食べ歩きである。魚市場へ足を運び、評判の高い寿司屋や、世間的には名の知られていない店など、自分好みの店を見つけるのだ。
今彼がいる店の評判は、聞いた事がない。この街では飲み屋の方が儲かる上に、立地条件が立地条件だ。寿司屋は少ないし、人の入りもそれなりだ。
なのに今シガキがその店にいるのは、野暮用を終えて帰路へとつく時に、洒落た外観のこの店を発見したからである。ここで夕食を取ろう、そう考えた。

「タマゴ……いや、中トロだ」

 大将に注文を頼むシガキであったが、ついつい、貧乏であった時期の名残で、タマゴを最初に頼みそうになった。
最早やけ酒を呷り、親の仕送りがなければ生活が出来ない苦学生であったシガキサイゼンは死んだのだ。
少しぐらい、贅沢をしても良いではないか。そう思い、中トロを頼んだ。手際よく、店主がそれを差し出して来た。
キラキラと光る油がピンク色の魚肉にこれでもかとのった、美味そうな中トロ。それを手で掴み、醤油につけ、口元に彼は運んで行く。
美味い。この店は当たりであった。自分以外の人の姿が少ないのが、信じられない程であった。仕込みも良くしているし、シャリの管理も万全なのだろう。
良い隠れ家を発見したと喜びながら、シガキは今度は旬のものを頼み始めたのだった。

 ――一方、その隣に座るフマトニこと、ソニックブームは何を頼むか悩んでいた。
ここの所は懐事情が宜しくない。元々金は潤沢にあった訳でもないのに、寿司を頼んでばかりいては、懐が寂しくなるのは当たり前の話だった。
ソウカイヤと言う一大メガコーポと言う後ろ盾が存在しない以上、この世界に於けるフマトニの立場は、元の世界よりも一段も二段も弱くなるのは当たり前の話だ。
それにも関わらず、ソニックブームが寿司を頼む訳。それはひとえに、ニンジャにとってスシが重要な意味を誇るアイテムである、と同時に。
元の世界ではそれなりの身分であった、と言う思いがフマトニからは未だに消えていない事が大きかった。とどのつまりは――見栄だ。

「サンマ……いや、赤身だ」

 大将にオーダーを行うフマトニ。それを受けて彼は、慣れた手つきで握り始めた。
【……妥協してそれですか】、と言う声が念話で聞こえて来た。放っておけ、セイバー=サン。




 ――アイギス、1万円

 秋せつらと言うサーヴァントは生前、人捜し(マン・サーチャー)である以上に、せんべい屋だった事を強く主張している。
本当ならばこんな職業は引退したいところだったらしいが、需要と供給のバランスがそれを許さない。
せつらの人捜しの腕前は、区内は愚か区外でも評判が高く、<新宿>で探してほしい者や物があるのならば、この男に頼めば間違いないと言われる程だ。
そして事実、せつらは様々な依頼を遂行してきた。その実力には、異論が挟まる余地がない。それを本人は時々嘆いていた。
いい加減僕にせんべいを焼かせるのに専念させてくれないのかな、と。せんべい屋としてのせつらの年収は三千万円程だったが、人捜しとしてのせつらの年収は、
その十倍以上に達する程だ。それだけ需要があると言う事だ。そしその需要はついに、彼の命が潰えるその時までなくなる事はなかった。

 聖杯戦争の舞台である仮初の<新宿>においても、せつらは人捜しのサーヴァントとして、その実力を発揮せねばならなくなっていた。
流石にせんべい屋のサーヴァント、ボイラーなどと言うクラスで呼ばれるのは御免蒙る所であるが、聖杯にからすらも、サーチャーとして認識されていたとは。
色々と、複雑な気分になると言うものであった。

「それで、で、あります。サーチャー」

「何かな」

 相好を崩しながら、せつらは言った。
進化の過程で、或いは、どのような遺伝子の配列になれば、このような男が生まれるのか、と思わざるを得ない、そんな美に、アイギスも戸惑う。
美は追及をし過ぎると、美しいとすら認識されなくなる。極め過ぎた美は、純度が高すぎるが故に、人間的な要素とは隔絶した所に位置づけられる。
美の究極地に到達した時、人は、人として認識されなくなる。怪物として、認識されるようになるのだ。その事をせつらを呼び出してからアイギスは強く認識していた。

「……何故、せんべいを焼いているのでしょうか?」

 アイギスにはそれが疑問であった。
ホームセンターから取り寄せた七輪と、墨。ネットの通販でやはり購入したうるち米と、醤油等々。
それを巧みに利用し、せつらは流れるような動きでせんべいの型を作り、七輪でそれを焼き、次々に仕上げていた。
香ばしい香りが、部屋の中に溜まって行き、換気の為に空けた窓からその匂いがふんわりと外へと出て行く。
今のアイギスの拠点にカウンターの類があれば、人の一人や二人、誘蛾灯に誘われる虫の様に購入しにくるのではないかと思われる程の、せつらの手腕であった。

「もしも聖杯に辿り着いたら、僕もどうしようかなと考えていてね――」

 せつらは語り始める。

「大それた願いもないし、受肉でもしようかな、ってね。今度こそは、平凡にせんべいを焼くのも、いいかなって」

「だから、今練習していると?」

「君も食べるかい?」

「私は……食べる機能が存在しませんので」

「冗談だよ」

 笑みを浮かべてせつらは、次の煎餅を焼き始める。誰に与えるでも売るでもないのに、一袋分の煎餅を焼くとは、物好きな男だった。

 ――やはり、好意でせんべいを渡したのが間違いだったのでしょうか……?――

 せつらが呼び出されてから一日たった頃、アイギスはせつらに煎餅を渡した事を少し後悔する。
「まずい」、と言った時のせつらの顔が忘れられない。不興を買ったのだろうかと思いその時は内心恐れたが、そんな事はなくてその時はほっとした。
……今にして思えば、怒られた方が、マシであったのかも知れない、と思わざるを得ないアイギスであった。




 ――佐藤十兵衛、8800円

 不安な気持ちで、佐藤十兵衛は自宅の一室でスマートフォンを弄っていた。
受験の結果待ちの時ですら、此処まで緊張をした事はなかった。何せ彼にとって中高受験等、それこそ遊びにも等しかったからである。
落ちる気がしなかった、と言うのは十兵衛の言だ。プレッシャーや緊張には、強い。そんな自負が、この青年にはあった。

 それが今は、嘘の様に緊張している。
心臓に陰毛並の剛毛が生えているのではと思わざるを得ないこの男が、何故此処まで緊張しているのか。
それはひとえに、自分のサーヴァントが今現在行っている行為の顛末を案じているからに他ならない。

 結論から言えば、十兵衛が引き当てたサーヴァントである比那名居天子は、現在近所のスーパーに買い物に行っている
無論、そんな事をした時のリスクが計算出来ない程十兵衛は愚かではない。絶対やめろと断ったが、相手は世間知らずの問題児、嵐を呼ぶ不良天人比那名居天子だ。
そんな事を素直に聞くようであれば、誰も不良だとは言わない。外界の様子をこの私が見に行くっていってんのよ、素直に認めなさい童貞と言われた時には、
睾丸がないと解っていても高山で意識を昏倒させてやりたかった程である。が、このサーヴァントの不興を買うのはハッキリ言って面倒極まりない。
仕方ないから外面上はひきつらせた笑みを浮かべつつ、十兵衛はそれを了承。但し、そのままの服装では天子のそれは目立ちすぎる為に、現在の住まいに置いてあった、
妹の萌の服装に着替えさせつつ、近所のスーパーに向かわせた。

 これで、誰が見た所で今の天子は、外面だけは無駄に綺麗なガキにしか認識されないだろう。
だがそれはNPCが見た時の場合であり、聖杯戦争の参加者が視たらその時点で、アウト。それを十兵衛は危惧していた。
要するに比那名居天子は、元々住んでいた所がド田舎――と言う認識――であった事も相まって、現在の外界、つまりそのド田舎の外側の世界について、
興味津々なのである。だったら俺が案内してやると言っても、私は一人で<新宿>を散策してみたいの一点張り。
プライドが高く、お嬢様気質。そんなキャラクターは、二十一世紀の創作物を漁れば幾つも出て来るが、実際にそんな存在と話して初めて解った事が、一つ。
ハッキリ言って、面倒くさい事この上ないと言う事だった。ストレスが順調に蓄積されて行くこの感覚、かなりどうにかなりそうな十兵衛であった。

「――戻ったわよ~」

 ノックも何も無しに、天子は室内に入って来る。完全に、自分の部屋と言う認識であった。
手に持ったビニール袋ははちきれんばかりに膨らんでおり、俺の金で随分買いこんできやがったな、と言う事を一目で十兵衛は見抜いた。

「……そんで、何を購入されて来たんだ? お嬢様」

「そりゃもう、日々の糧よ」

「菓子は糧って言わねーよ、間食だ」

 サーヴァントは食事の必要もないし、況してや天子は、安い弁当は肌に合わないと言って憚らない。
そんな彼女が唯一認めるのは、所謂御菓子の類。こればかりは、天界で供される菓子とは一味違って、悪くはないのだとか。

「まぁまぁいいじゃない。もうすぐ昼食でしょ? 十兵衛のご飯も買ってきて上げたから」

 自分の菓子と俺の弁当の比率が9.999:0.001の癖によく言いやがるぜ、と言いたい十兵衛だった、グッと堪えた。

「ほう、そりゃ助かるわ。んで、何を買って来たんだ」

「はいこれ」

 言って天子は、ビニール袋から、スーパーの惣菜弁当に売っている典型的な唐揚げ弁当と、大量の春菊が入ったビニール袋を十兵衛の前に差し出した。

「ちょっと待って!! 何コレ」

 唐揚げ弁当は、まあ異存はない。問題は、春菊の方であった。

「春菊だけど」

「いや、俺、ピーナッツと春菊嫌いなんだが」

「知ってるけど」

「知ってる」

「いつもピーナッツを私に食べさせたでしょ」

「食べさせた」

「その意趣返し」

 人の金で何晒してんだと、流石に十兵衛も切れた。天使も逆切れし始めた。
双方共に我儘で、プライドが高い。どちらも全く、精神レベルが似通った主従だと、二人は気付かないのであった。




 ――雪村あかり、2000円

 茅野カエデこと雪村あかりは、自分の演技力に絶対の自信を持っている。
幾つものドラマに出演、遂にはレギュラーポジションとしての地位を勝ち取る程であり、自らのうなじに埋め込まれた、
触手兵器が齎す凄まじい激痛を、全く痛くないと思わせる程の凄まじい精神力。
それら全ては、今もエンドのE組で、何食わぬ顔で教鞭を執っているあの破壊兵器、通称殺せんせーを殺す為に、現在は発揮されている状態だ。
姉の仇を取るまでは、あかりは自分を偽り続ける。そう、全てはその為の演技なのだ。
彼女の無念を晴らそうと、あかりは死を覚悟で必殺の触手を埋め込んだ。例え後々に待ち受けている物が避け得ぬ破滅だと知っていても、
彼女はそれを承知で受け入れた。それ程までに、彼女の覚悟は深く、重い。そして現在、あの地球破壊兵器はそれを全く認識出来ていない。
殺るなら、今しかない。そんな時期に、彼女は<新宿>へと呼ばれたのだ。全く想定外のエラーだったが、聖杯が、どんな願いでもかなえると言うのなら。
この世界でもやる事は変わりはない。全ての参加者を殺しつくし、聖杯へと至るまで。自分が引き当てた手札は、恐ろしいまでの存在だ。
勝ちの目がゼロだと言う事はあり得ない。後は勝って勝って、勝ちまくる。それしかなかった。

 ――それはそれとして、だ。

「……」

 黙々と、雪村あかりは、コンビニで購入したプリンやゼリー類を口に運んでいた。
後にはグミの類も控えており、幾ら年頃の女子中学生の食事とは言え、糖分に偏り過ぎている、と。
思わざるを得ない、そんな三時の一幕だった。

「……何か言いたそうだね、アーチャー」

 言ってあかりは、真正面で、壁に背を預け瞑目しているバージルを見て、言った。

「……何も言うつもりはない」

「……そう」

 再び、腹の中に石でも詰め込まれたような静寂が、場を支配した。
一分程経過して、再びあかりが口を開いた。

「そんなに財政的に余裕がない筈なのに、なんでそんな菓子なんて喰らってるんだ……って、突っ込むのなら今の内よ」

「黙って食え」

 今にも宝具である閻魔刀を抜きはらいかねない程の気魄で、バージルが言った。
黙々とプリンを口に運び続けるあかり。買っておいたそれがなくなったので、今度はティラミスを取り出した。
チョコ味のそれは、如何にも万民受けする味なんだろうと、あかりは勝手に想像した。

「……正直ね、何か小言の一つや二つ言ってくれないと、凄い居た堪れないんだけど」

 流石にもう面倒くさくなったのか、バージルはその場で霊体化をし、あかりの目の届かない別室へと移動し始めた。
正直自分だって、食べたくてこう言ったプリンなどを食べているのではない。

 確かにプリンやゼリー、ティラミスは好物と言えば好物だった。
元は天才子役と言えども、雪村あかりは女の子である。年相応のものは好きであるし、年相応の悩みだってある。
甘いもの、取り分けて柔かい触感のものが好きになったのは、何時頃の事だったろうか。考えるまでもない。触手兵器を埋め込まれてからだった。
あれを埋め込んで以降あかりは水に対して本能的な忌避感を抱くようになったし、甘いものが特に好きになった。
これは触手兵器を埋め込む前にデータを閲覧していた為に、あかりもそう言ったリスクは認識していたが、此処まで強くなるとは思わなかった。

 激痛に比べればまだ我慢出来る餓えではあるが、それでも、限界は来る。
と言うよりも、激痛に比べて、耐えねば死ぬ、と言う程でもない程度の苦しみだからこそ、解消したいのである。
前者の方は耐えられねば本当に死ぬ為に、必死に耐える事が出来るのだが、後者の方は、別段耐えられなくても死ぬ訳ではないから、ついつい解消に走ってしまう。
その結果が今の、大量のプリンやゼリー、ティラミス等であった。

 つくづく、触手兵器としての本能が憎い。
口にこそ、武士の情けのつもりなのかは解らないが、バージルは全くあかりの現在の食事に突っ込まなかった。
それがかなり悲しいと言うか、哀れっぽいと言うか。まだ小馬鹿にする発言の一つや二つ、送ってくれた方が、まだ救いがあると言うものであった。

「……おいし……」

 プラスチック製のスプーンで、ティラミスを掬って、あかりは口へと運んで行った。
如何にもなジャンクフードと言った風情でありながらも、チョコの味とココア味のスポンジのバランスが実に素晴らしい、研究された味だった。
一人で食べる甘味は美味い……訳もなく。はあ、と大きなため息が口から漏れ出るあかりであった。




 ――伊織順平、1200円

 W大学の御膝元の街である高田馬場周辺は、数多くの食事屋が店を開く場所である。
ラーメン屋もあればカレー屋もあり、大衆食堂もあるし、夜になれば居酒屋も暖簾を出し始める。
それだけに、伊織順平はゲーセンが終わるといつも、何処で何を食べようか迷うのだ。
S.E.E.Sと忘れられない体験を送った、あの埋め立て島の繁華街よりも賑やかな、高田馬場の街並み。
今は昼飯時なのか、道すがらサラリーマンよりも、明らかな学生風の男女の姿が目立ち始める。
この時間になるとそろそろどの店も混み始める頃合いだ。なるべくならば早く決めたい所である。

「今日は何喰いたいよ、えーこー」

 今順平が言ったえーこー、本来ならば栄光と書いてはるみつと読む。
彼は順平が呼び出したサーヴァントであり、例え真名とは違う読み方であろうとも、クラス名で呼ばない、いやそれどころか、
自らのサーヴァントを実体化させると言う愚を、リアルタイムで彼は犯している事になるのだが、露呈する心配は全くない。
と言うのも、彼、ライダーのサーヴァントである大杉栄光は極めて隠匿性の高いサーヴァントであり、余程相手がそう言ったスキルについての看破能力が高くない限り、
先ず一目でサーヴァントだと露見しない。それを解っているからこそ順平は実体化させているのである。

「そうさなぁ……正直この街は初めてだし、お前に任せる気でいたんだが、たまには俺が決めないとな。お前にばかり決めさせるのも、しんどいだろうしな」

「おっ、配慮してくれるって訳? 照れるね~、この色男」

「ハッハッハ、生きてた頃は両の指でも数え切れない程の女と付き合って来たからな……っと、アレが良いんじゃないか?」

 と言って栄光はある一方向を指差した。
それは、小洒落たカレー屋であり、聞いた事もない店名から推測するに、フランチャイズの類でない事が解る。
カレーショップ『じゅんぺい』。それが店の名前らしい。こいつ絶対に俺と同じ名前だから選んだな、と順平は思った。
ぞろぞろと人が並び始めている。並んでしんどくならないのは、今のタイミングを置いて他にない。
栄光が食いたいと言っているのだから、それでいいだろうと思い、順平達は並び始めた。

「見ろよ順平、食の殿堂。辛党が行き着く究極の境地だとよ。大きく出たな。食ってみたくねぇか?」

「ハハハ、お前、一番辛いカレーって言うのはさ、俺も一度食った事あるよ。スパイスでルーがペースト状になってんだよ。もう辛くて食えなくてよ、翌日トイレに行くのも苦痛なレベル何だぜ?」

「へー……や、ビビってる訳じゃないが、今日は中辛程度で済ませてやるよ」

「はは、そうすっか。辛すぎる奴食うと数時間後に後悔するからな、俺もそれ位の辛さにするか」

 店の回転率は速いらしく、順平達はすぐに店内のカウンター席に案内された。
自分達のすぐ後ろに並んでいた男二人組は、テーブル席へと案内された。何を頼もうかなと思いメニューに目を通すと、自分達の後ろにいた男達が、それなりに大きな声で話を始めた。

「私達は、辛党を自称しているんだが、もうこの世の中にある辛いと言われる物は全て食べつくしちゃ、しまったんだよ。なぁ?」

 言って、スーツを着た男は付添と思しき青年に同意を求めた。コクコクと男は頷いた。

「はぁ……そうですか」

 店員の、不良風の男が興味無さそうに返事した。

「で此処では、そんな僕らでも食べた事のない、と言う極上のカレーを提供していると聞いたんだが?」

「ありがとうございます。仰る通りでございます。ン゛ン゛ッ」

 其処で少したんが絡んだのか、一拍置いてから、その店員は話を続けた。

「お客様に相応しいカレーを、提供しておりますので。どうぞお楽しみ下さいませ」

「もう待ちきれないよ、早く出してくれっ!!」

 どうやら、此処のカレーはそんなに美味しいらしい。
やはり辛い方が美味しいのだろうかと思い、順平は頼み直そうとしたが、もうメニューは注文してしまったし、厨房で作っている店員達も早速手をつけ始めた。
今更頼み直すのは、少々勇気がいるところだった。

 待つ事、数分。順平達の下に、オーソドックスなカレーと、グリーンカレーが届けられた。
それに遅れて、一番辛いカレーを頼んだ客二名に、件のカレーが運ばれて来た。

「おっ、確かに辛いし汗もかくが……これはこれで美味いな」

 適度に水が欲しくなる辛さ、スパイスがしみ込んだビーフ。そして、研究された堅さの米。成程、これは美味い。満足の行く味である。

「ヒー、辛ぇ……。グリーンカレーって言うからには控えめだと思ったのによ~……」

 初心者が陥りがちな間違いである。
野菜を使ったカレーだからそんなに辛くないと思われがちであるが、実際グリーンカレーと言うものはどのカレーショップでも怏々に、
中々辛い位置にポジショニングされている物である。「頼んで失敗したなぁ」と順平は笑っているが、此処で彼に食べさせるのも、栄光の男が廃る。何とか完食しようと、スプーンを動かし始めた。

「あー、もう勘弁してくれ……!!」

「勘弁してくれ、と言うのは、私達のカレーにケチをつけると言う事で、宜しいんですかね?」

「お客様いけませんねぇ、最初に言ったはずですよ、御残しは一切許しませんと」

「誰か殺してくれ……」

「これでは辛党の名が泣くな!! なお前もそう思うよな!!」

「全くで御座います。この程度で辛党などと……」

「素晴らしい……これこそ辛党だな!!」

 向こうは向こうで、想定外の辛さであったらしく、かなりの地獄絵図が展開されていた。
このカレーに限り頼んだ以上は完食前提(意味不明)らしく、店員が必死に彼らにそのカレーを食べさせている。
無論手ですくったりではなく、ちゃんとスプーンを使っている。食品衛生法に触れるからだって、ハッキリわかんだね。

「……頼まなくて良かったな、順平」

「……あぁ」

 両者共に、コップの中の水をグイッと一杯あおりはじめる。
熱くなった口内に、冷たい水の心地よさが、とてもよく染みるのであった。




 ――ルイ・サイファー、780円

「マスター」

「何かな?」

 エクトプラズム製の椅子に腰を下ろし、その金髪の紳士は優美な笑みを浮かべて言葉を返した。
中世魔女狩りの時代に、当時の異端審問官やその母体である基督教の幹部達が、その尽くを焚書したとされる、幻の書物を、彼は読んでいた。
黒山羊の頭に人間男性の胴体と言う、邪悪で冒涜的な姿をした邪神・バフォメットとの乱交会であるサバトに参加した一人の魔女が著したとされる書物。
彼の邪神と饗する暗黒の晩餐の様子と、彼から授けられた様々な冒涜的な魔術の数々を記したとされるその幻の魔術書(グリモア)に、彼は目を通していた。

 何故、当時の歴史の覇者が、影も形も残すまいと努めた魔術書が、このメフィスト病院に存在するのか?
そして、この病院に君臨する、白き闇が形を成したとしか思えない魔人は、どのような手練手管を用いてこれを手に入れたのか?
恐らくその謎を解明出来る者は、誰一人としているまい。何故ならば、思考の海に潜った所で、その院長の姿を見れば、謎など吹っ飛んでしまうからだ。
――ああ、この男ならば、手に入れてしまうかも知れないと。その畏怖すべき美を以て、彼の邪神の方から魔術書を献上しに来ても、おかしくないのだ、と。
悪魔を魅了し、邪神を惑わし。夢魔(リリス)をも嫉妬に狂わせかねない程の美を持つ男、ドクター・メフィストなら、と。

「貴方は食事を摂らなくても問題はないのかね?」

「機を見て近くの食事屋に足を運ばせて貰っているよ」

「嘘は吐かない方が身の為だ。それとも、君には食事の必要性はないのかな」

 フフッ、と不敵な笑みをルイは返すばかり。身体が焼かれんばかりのメフィストの美を受けても恬淡とした態度を崩さぬ、底なしの精神力だった。

「天使はその位階が引き上げられればられる程、身体を構成する要素が物質的なそれから、霊的なものに変化して行く。エーテル、霊素、炎、雷、光。
特に熾天使ともなれば身体の全てが余す事無く神聖かつ霊的なそれであるから、生の人間はそれを直視すれば精神的な均衡すらも崩れかねない。
つまりは、飢えや老い、病の苦しみとは無縁と言う訳だな。……貴方にそれを説明するのは、天使に讃美歌の意味を聞かせる様なものであろうがな」

「いや勉強になったよ、流石だなメフィスト」

 と、ルイは言うが、本当に参考になったのかどうかは、解らない所であった。

「マスターの身体は特に劣化が著しい。無理やり此処に来た代償だ。本来は必要ないのだろうが、今は、人間が食べるような食事を摂ってみるのも、良いのではないかね」

「少しの酒があれば、如何にでもなるさ」 

「禁酒は健康な身体への第一歩だ、マスター」

「ルキフグスみたいな事を言わないでくれたまえ……おっと」

 余計な事を言ってしまったと言った風に、少し悪戯っぽい笑みをルイは浮かべた。
茶目っ気のつもりであろうが、既にメフィストは、この男の正体を解き明かしている。
今のメフィストにとってルイと呼ばれる男は、xやyの解き明かされた方程式の様なものなのである。

「まぁ、食事を摂る分には問題はないか。頼むものは、君に任せるとしよう」

「ほう、宜しいのかね」

「君が何を好む所とするのか、気になるのでね。まさか霞を食べている訳でもあるまい?」

「理想とする所ではあるがな。解った、そう言う事ならば、十数分程待ちたまえ」

 そう言ってメフィストは、黒檀の机の上に置かれた内線で、メフィスト病院の何処かに連絡。
子機を元の場所に置き始めてから、十数分。緩やかな時間が流れ始めた。メフィストは、黒檀の机に置かれた、エドガー・ゲイシーが著したとされる、
アカシックレコードについて記された三十ページ程の小冊子に目を通し、ルイの方は先程の書物に目を通す。
そんな時間が流れていると、空気分子をスクリーン代わりに、映像が、メフィストの目の前に展開された。
「出前の方がお見えになられました」、若い男性のスタッフはそう告げた。

「此処に転移させたまえ」

 言ってからのスタッフの行動は迅速だった。
すぐに、メフィスト病院に届けられた、出前の商品が、黒檀の机の上にまで転移させられた。
魔術書をパタンと閉じ、ルイはその方向に目をやった。中華風の丼にはラップがかけられており、その内部で蒸気が蟠っている事がルイにも解る。
成程、確かに美味しそうではある。――が。

「これは何かな、メフィスト」

 この男に口説かれれば、至上の幸福を味わった末、石ころですらその場でダイヤに代わるのではないか、と言う程の美を持った男が頼むものとは思えなかったので、ルイは改めて問うてみた。

「タンメン、だが」

「好物なのかね?」

「如何も、私に勝手なイメージを当て嵌める輩が多くて困るのだがな」

「成程、失礼した」

 言ってルイはにこやかな笑みを浮かべて、黒檀の机に近寄って行く。
丼は、二つあった。ルイの分、メフィストの分。時刻は、十二時を回っていた。院長にしても、昼食時であるらしかった。




 ――北上、400円

 一人で自炊して解った事であるが、スパゲティと言うのは本当に偉大な発明だと北上は思う。
必須栄養素である炭水化物を摂取出来る点が先ず良い。つまりは、米やパンの代替物になる。
次に、安い。有名会社が打ってある、一束を細い紙で纏めてあるタイプは通常よりも割高になるが、それ以外、茹でる量を自分で決められる、
結束以外のタイプの奴は、量も多い上に値段も通常より安い。これを北上は購入している。
お次に、手軽に作れる。今ではスーパーに行けば、パスタを電子レンジで茹でる事が出来る専用の容器と言うものが売られており、
それを利用すれば鍋に水を張ってゆで上がるのを待つ、と言うのではなく、レンジでチンすれば二分か三分其処らで出来上がるのだ。
そして何よりも、それなりに美味い事である。但しこれはパスタソースに左右されるが、それを差し引いても、美味いのである。
正直北上からすれば、イタリア人が発明したものの中では、ピザと並んで偉大な発明と言っても良いだろう。こればかりは、評価をせざるを得ない。

 <新宿>で演じるロール上、北上が使う事を許されている金銭量は少なめである。
故にそれなりに節制を志さねばならない。しかし、艤装を外されたとは言え、艦娘は本質的には人間に限りなく近い生命体である。
通常は燃料やボーキサイトが一番効率の良いエネルギー摂取源であるのだが、彼女らの優れた所は、人間が摂取する食事からでもエネルギーが賄える事に在る。
サイボーグと言うものは、電気や石油で動くよりも、人間が取る食事からエネルギーを摂取できるタイプが科学的にも一番の理想体である。
故に彼女らは兵器と言う観点から見れば、極めて高い完成度を誇る決戦兵器でもあるのだ。
艦娘がそう言った目で見られていた事は、北上に限らず艦娘の誰もが否定しないし、それは仕方がない事だとも考えていた。
だが多くの艦娘は、食事は、次の戦闘に繋がる栄養摂取プロセスとみるよりも、艦娘の人間としての欲求を満たす重要な行為であると認識していた。
これは彼女らを指示していた提督にしても同様で、彼女らの休息時間、特に食事や睡眠、風呂回り等、かなり気を使っていた程である。
それ程までに、艦娘にとって食事と言う行為は重要なのである。

 だがそれにしても……。

「随分とグレード下がったな~」

 苦笑いを浮かべて、ちゃぶ台の上に置かれたスパゲティを見つめる北上。
赤々としたミートソースが乗っかった、オーソドックスなそれ。ソースは通常スパゲティと別売りである事が殆どで、だからこそ北上は、
そう言ったソースを買わず、家に買い置きしてあった醤油とシーチキンを混ぜたものをかけて食べていたのだが、今回は、ちょっと奮発した。
所謂、ちょっとした贅沢と言う奴ではあるが、艦娘として働いていた時期に比べれば、随分と食事の質が落ちたものだ。
あの頃はしっかりと栄養が考えられた食事の他に、間宮がとても美味しいデザートを作ってくれたりもした。
そして、同じ艦娘と笑いながらそれらを口にしていた。あの頃はもう戻らない。皆艦娘としての役目を終え、各々の道に進み始めた今となっては、だが。

「もう少し栄養を考えてみたらどうなんです? マスター」

 ちゃぶ台の向かい側に座る、アサシンのサーヴァント、ピティ・フレデリカが進言する。
彼女の机の方にも、スパゲティが置いてあった。北上のそれと同じ、ミートソースだ。

「栄養バランスを考えた食事だと、金銭のつり合いがねー……」

 栄養バランスと言う物を考慮した場合、必然的に野菜を購入しなければならなくなるのだが、この野菜と言うものがまた安くはない。
今の北上の所持金では、少し購入するのが躊躇われる。確かに栄養を万遍なく摂取した方が良いと言うのは正論中の正論だが、それは理想論でもある。
バランスをしっかり考えるとなると、相応の出費が必要となる。つまり、健康な肉体と言うものは、ある程度の金をかけねば、買えないのだ。
少なくともこの聖杯戦争中においては、北上は健全な食生活は買えない。悲しい話であるが。

「マスター、健康な食生活は十分な睡眠と十分な洗髪に並んで、重要な要素です」

「洗髪……? 何で其処で洗髪が出てくるの」

「髪が傷みますから」

「はぁ」

 肉体面の健康に訴えるのではなく、髪の綺麗さに訴えかける理由が、北上には理解不能だった。
北上も艦娘であり、女である以上、美容にだって拘りたい。だが、美容を志すと言うのは、健康な食生活以上に金が掛かるものだ。
少なくとも、聖杯戦争中はそれ程神経質になる要素でもない。北上はそう意見した、が。

「駄目です」

 一蹴された。

「北上さん、貴女は私のマスターであると同時に、一人の女性なのです。女であると言う事は、そう簡単に捨てて良い事柄ではありません」

「や、捨てるつもりはないんだけど」

「少なくとも、です。女である以上は、最低限美容には拘りましょう。食生活はその一歩。明日からで宜しいですから、改善して行きましょう」

「うーん……うん」

 どうにも釈然としないが、食生活を正そう、と言う意見は正直尤もな所はある。
他ならぬ自分が呼び出したアサシンの進言である。はいはいといって、無視するのも心苦しい。
スパゲティを購入した近所のスーパーでは、ブロッコリーが安かったはず。あれを茹でてマヨネーズをかけるだけでも、大分違うだろう。
そんな事を思いながら、北上は、湯気を今も立たせるスパゲティをフォークで巻き、口元へと運ぼうとした。それに倣いアサシンも、スパゲティを巻き始めた。

「あれ? ねぇ」

「如何かしましたか?」

「や、気のせいかな? 一瞬アサシンのスパゲティに黒くて細いパスタが混じってた気がするんだけど……気のせい?」

「気のせいでは?」

「そうかな……おっかしーなぁ、焦げた奴何てない筈なんだけど」

 アサシンが問題ないと言うのならば、そうなのだろうと思い、取り敢えずパスタを口に運ぶ。
北上の髪の毛が十本ほど、フレデリカのパスタに混じっている等、まさか夢にも思うまい。




 ――セリュー・ユビキタス、330円

 立場上地方から上京し、親の援助で一人暮らし、警察官を目指していると言うセリューは、必然的に使える金額が限られてくる。
この<新宿>におけるロールは、そのまま使える金額や、行使出来る権限にダイレクトに関わってくると言っても良く、セリューは特に、制限を多く受けていた。
使用可能な金銭などその最たる例で、必然、切り詰めなければならなくなる。

 人間、思わぬアクシデントで懐に入る金額が減った時、真っ先に切り詰める候補に挙がるのは、食費である。
人と食は切っても切り離せない重要な要素であるが、生活を送る上で絶対に欠かせないインフラ料金などとは違い、即座に切り詰められる上に、
目に見えてその効果が表れるのが、食費なのだ。だから人間は、生活のグレードを落とさねばならない局面に直面した時、先ず食事から如何にかしようとするのだ。

 元々、もといた所でセリューが職務を全うしていた、帝都警備隊も、其処まで給金が良かったわけではない。
何せ彼女は下っ端だ。公務員とは言えど、そう言った給金の格差はある。だからこそ、一部では汚職と言うものが罷り通っているのだが。
尤も、給金が少ないからと言って、文句を垂らした事はあれど、今の仕事を辞めようと思った事は一度もない。
何せセリューは、正義を全う出来れば、それで良いのだ。正義を成す事が出来れば、サラリーの低さの不満など、吹っ飛んでしまう。
セリュー・ユビキタスと言う女性は、そんな女だった。

「さ、出来ましたよ!!」

 言ってセリューは、如何にも安っぽい、ニトリか何処かの家具量販店で購入したちゃぶ台の上に、今日の昼食を広げ始めた。
電子レンジで温め直した今朝の米、インスタント味噌汁。そして、カットされたキャベツに辛味噌を乗っけた物。
……以上、七月某日の、セリュー・ユビキタスの昼食だった。

「……」

 セリューのサーヴァントであるバーサーカー、バッターは寡言である。多くを語らず、必要な時しか言葉を喋らない。出来る者は多くを語らないのである。
ジッと、セリューはバッターの事を見つめていた。真珠の様に白い瞳が、セリューを射抜く。

「……毎度思うが、質素な食事だな」

「何も食べられないよりはマシですって!!」

 それはそうである。何も食べられない人物からすれば、セリューの食事は豪華なものに見えるだろう。
他人の食事をとやかく言う筋合いは、バッターにはない。極端な話、セリューがカップヌードルを啜っていた所で、何の興味もない。だが――

「何故俺も付き合わねばならない、お前の食事に」

「食べられる時に食べないと、いざという時に身体が動きませんよ。帝都警備隊時代も、その教えは徹底されてましたから」

 セリューの様な、緊急出動が多い職場だと、食事は愚か睡眠ですらも不定期な事が多い。
その為、眠れる時には眠り、食べられる時には食べる、と言うのは彼女の様な職業に就く人間には、基本中の基本であるのだ。
そう言った仕事を行っていた時期があるセリューにとって、このように、好きな時に食べ好きな時に眠れる時間と言うのは貴重なそれである。
貴重ではあるが、それをかまけてダレた生活を送るのは宜しい事ではない。決められた時間に、三食食べる。それがセリューの<新宿>での日常だった。
好ましい事ではある。だが――

「俺は食事を摂る必要がない」

 鉄の様に厳しい口調でバッターが言った。
ちゃぶ台には、食事が二人分用意されていた。一つは言わずもがな、セリュー・ユビキタスのもの。
そしてもう一つ、セリューの物より多めに米が盛られた茶碗側が、バッターのもの、であった。
バッターにそもそも食事が不要と言う訳ではなく、サーヴァントはそもそも魔力で構成された存在の為、食事の必要性がないのだ。
その事をセリューに何度も訴えているが、彼女はそれを憶える気配が全くない。寧ろ、一緒に食べた方が美味しいじゃないですかと言う始末だ。

 ――存外、我が強い女なのかも知れないな……――

 バッターの事を見つめるセリューの瞳に、悲しいものが過り始めた。
このまま拗らせるのも面倒なので、仕方なくバッターはちゃぶ台に近付き腰を下ろした。彼女の笑顔に、晴れやかな物が戻りだす。
頂きます、と言う元気な声が、狭い部屋中に木霊しはじめるのであった




 ――遠坂凛、0円

 現代の科学では人間の身体の六割近くが水で構成されていると証明されている事からも解る通り、人にとって水分はこれ以上となく重要な要素である。 
尤もこれに関して言えば、現代の科学で説明せずとも、例え千年二千年前の人間に説明しても、皆は納得するであろう。
最古の哲学者である古代ギリシアのタレスが、万物のアルケー(根源)は水であると説いていた。
四大文明と言うものの多くが、潤沢な水量を誇る大河の付近で栄えていた。これらの事柄から、古の人々もまた、水がなければ生きて行けないと本能で察知していたのだ。

 人の身体には脂肪と言う緊急のエネルギー源が備わっており、例え何も口にする事がなくとも、数十日は生きられるメカニズムになっている。
しかし、水を口にしないで生活するとなると、生存可能日数は、食物を口にしないで生きられる日数の十分の一を切る可能性が高いのだ。
人の身体は水で以て、生きる上で欠かせない化学反応を起こすシステムになっているからである。これらの事実から解る事は、つまり人は、
例え食事を摂っていなくても、水だけはあれば、何とか一月近い日数を凌ぐ事が出来ると言う事であった。

 だが、遠坂凛は、まさか自分が、其処までの極貧生活に陥る事はないだろうと思っていた。
馬鹿な弟弟子のせいで家の財政は往時に比べかなり悪化したが、それでも、食う物に困る程生活に困窮した事はただの一度としてなかった。
それも凛が、しっかりと家計をつけ、生活に必要な金銭と、魔術師として活動するのに必要な資金を用意調達していたからである。
真面目に打ち込んでいれば、生活に困る事はない。況してや自分が、明日食う物にも困る程落ちぶれるなど、ない筈だ。そう思っていたのだ……。

 現在凛は、死体だらけであった居間にちょこんと座っていた。
此処も昔は死体で溢れていたが、流石に気が滅入るので、自分が呼び出した最悪のバーサーカーに片付けさせた。
それでも、畳に染みついた血痕は消えない。うっかり死体の破片の名残であった大脳の破片を踏んだ時は、本気で絶叫しそうになった。
かなり、現状での遠坂凛の精神は危うい所まで来ている。冬木での堂々とした、如何にも育ちの良いお嬢様然として気風は最早存在しない。
あのバーサーカーの気まぐれに神経質になり、何時誰が此処を襲撃して来るか、と言った不安に押し潰されそうになる一人の少女が其処にいるだけだった。

 それだけでなく最近は、碌に睡眠もとっておらず、食事も摂っていない為か、栄養状況も酷い。
その食事であると言うのだが、不幸な事に、黒贄が奪ったヤクザの邸宅には食糧がそれ程存在しなかった為、食べ置きも出来ない。
何か外で買いに行こうにも、自分の顔と名前は全国規模で売れてしまった為に、それも事実上不可能。黒贄に買い物に行かせるなど以ての外。論外だ。
ヤクザの死体から財布を奪い、出前を頼む……と言った事も考えたが、それだけは、最後のプライドが許さなかったので、やめた。

 では現在、遠坂凛は何を口にしているのか。彼女は今湯呑を手にしていた。其処には氷を入れた水が、張られている。
其処に、食塩を数g入れたもの。それが、現状の凛の昼食であった。現状、持ち金も少なく、邸宅に備蓄されている食料もかなり少ない
一日一食生活。それが、今の遠坂凛の基本であった。彼女は己の資材を一切無駄に出来ない状態なのだ。それが故に、この食事とも言えない食事だ。
塩分は人体の必須栄養素の一つ。水分は、最早説明不要。その二つの栄養素を無駄なく摂取できる食塩は、何と優れた食物か――。

 と言う自己暗示が、通用する訳がない。
どう足掻いても食塩水は食塩水だ。腹は膨れないし、そもそも本当に栄養を摂取出来ているのかも解らない。
本当に……どうしてこうなってしまったのだろうかと、考える事が凛には多くなる。完全に、末期の人間の思考であるとは、彼女は気付いていなかった。

「……はぁ……」

 食塩水の入った湯呑をテーブルに置き、其処に凛は突っ伏した。夜までは動くのをよそう。エネルギーの無駄であった。

 ちなみに黒贄は別室で、相変わらず自分だけの作業に没頭していた。
金に困ったら食塩水が良いと言うのは、実は彼のアドバイスであった。水と塩だけで四十日弱も生活していたと、彼は誇らしげに語っていた。
当然、お前のせいでいらない困窮を味わっているのだと、遠坂凛は身体の中のエネルギーが無駄に消費される事をお構いなしに、激怒したのだった。




 ――ジョナサン・ジョースター、0円

 新宿御苑周辺を拠点にし、子供達と遊び始めてから幾日か経った頃。
子供達の母親と一緒に、昼食をこの場所で食べる事がジョナサンには多くなった。
断るのも失礼だと思い、一緒に食べる機会がジョナサンには多い。この申し出はありがたくもあった。
この世界に於いてジョナサンのロールと言うものは、もといた世界の時の様な、名家の生まれと言うそれではないのだ。
有体に言えば、元の世界での潤沢な財力と言うものが、この世界で消滅している状態と言っても良い。
今日の糧に困る程困窮している、と言う訳ではないが、それでも、なるべくの節約は志したい状況である。
そんな中で、子供達の母親の申し出は、有り難く頂戴するべき干天の慈雨であった。空腹も満たせるし、子供達や親との親交も深められる。悪い事ではなかった。

「お料理が上手ですね、宮城さん」

「あら御上手ですわね、ジョースターさん」

 言って、まだまだ三十にもならないだろう若い女性が、照れ臭そうにそう言った。
彼女が持って来たタッパーには卵焼きやタレのかかったミートボール、ドレッシングのかけられたレタスやキュウリ、トマトのサラダ等、
色取りも良く栄養もしっかりしてそうで、何よりも美味しそうな雰囲気がこれでもかと漂っていた。
他の母親が持って来た弁当箱やタッパーにも、めいめいの料理が中に込められており、各々の家庭の雰囲気と言う物を、ジョナサンは感じ取る事が出来た。

「へへ、こうは言ってるけど、母さんは余り料理得意じゃなくて、何品かは冷凍食品なんだぜ、ジョジョ」

「コラ、圭介!!」

 言って、宮城と呼ばれた母親は、自分の子供である、如何にも腕白そうな風貌をした子供を叱った。
顔が赤らんでいる所から、どうやら本気で恥かしかったらしい。周りの母親達も、クスッと笑い始める。

「はは、圭介君。お母さんが折角お料理を作ってくれてるんだ。そう悪く言うもんじゃあないよ」

「はーい」

 如何にも悪ガキそうな風貌をしているが、圭介と呼ばれたこの少年が素直な性格をした子供である事はジョナサンも、当然母親の宮城も知っている。
若い時分に親に隠れてタバコを吹かしていた自分に比べれば、全然可愛げがある方だと、ジョナサンも思っていた。

 宮城が握ったお握りのサランラップを剥がし、口に運んでいると、近くで「コラッ」と、またしかる声が聞こえてきた。
今度は宮城のものではなく、別の母親からだった。この声は、佐藤と呼ばれる、やや小太りの女性のものだったか。

「駄目でしょう奈美。お箸の使い方がまた間違ってる」

「だって~……」

 言って奈美と呼ばれた黒髪の少女は、面倒くさそうな表情を浮かべた。
如何も話を推測するに、子供の箸の使い方が間違っている事を、佐藤は叱りつけているらしかった。
ジョナサンが生きた時代に於いて、日本と言う国は極東の一島国であり、まだまだ取るに足らない小国と言う認識であった。
<新宿>に導かれ、現代の日本と英国の関係を歴史書で学んでみた所、百年以上前と比較した場合、完全に立場は逆転していると見て間違いはなかった。
自分の死後に一次大戦と言うものが勃発し、イギリスの国力は疲弊。それを皮切りには、イギリスは沈んでは少し浮かび上がり、また沈むを繰り返しているらしかった。
永遠の絶頂など存在しない、と言う事をまざまざと見せつけられたジョナサン。やはり、紳士的に、そして、謙虚に生きるのが重要だと言う事を認識させられた瞬間だった。

 少なくともジョナサンの生きた時代では日本と言う国の立場はまだまだ弱小のそれであった為に、彼は日本の文化についてまだまだ勉強不足な側面が多い。
食の様式についてもそれは同様で、箸だなどと言う道具など、つい最近知った位であった。
見た所細長い木の棒で食事を挟むと言う単純な道具であるらしいが、どうやらそんな道具にも、正しい使い道と言うものが有るらしい。食文化とはつくづく、面白いものだ。

「だって~、これでもちゃんと食べられるもん」

 そう言って奈美は自分の箸の握りを母親に見せる。
正直何処が間違っているのかジョナサンには皆目見当もつかないが、この国の常識に照らし合わせれば、間違った握り方らしい。

「全く、そんな握り方じゃ笑われるわよ。皆見てないようで、そう言う所はしっかりとみてるものよ」

「え~……」

 言って奈美は、ジョナサンの方に目線を向けた。助け船を出してほしい、と言う事だろうか。

「奈美ちゃん、お母さんの言う通りだよ。テーブルマナーって言うのにはね、皆はうるさいんだ。今から学んでおかないと、大きくなってから笑われるよ」

 フォローしてくれるかと思いきや、逆に母親の方に加勢した為、一瞬だけ驚いた表情を奈美は浮かべる。
やがて、観念したように、箸の持ち方を母親のそれに似せて持ち始める。彼女にはかなり難しいらしく、かなり四苦八苦していた。

「ありがとうございますジョースターさん。流石はテーブルマナーの国ですわね」

「本当ですね。きっと子供の頃から厳しく仕込まれて、さぞ食事時のマナーもしっかりなさっていたのでしょうね」

「……ハハハ、お恥ずかしい」

【何で乾いた笑みを浮かべるんだ、マスター】

 誰がどう見たって褒められているのに、何故か複雑そうな笑みを浮かべるジョナサンであった。
まさかテーブルマナーに関しては昔は本当にダメダメで、父親からも厳しい折檻をされていたなど、まさか言える筈がないのであった。