☆アサシン

  魔法少女の強さを表す表現に『世界観が違う』という表現がある。
  言い得て妙な表現だと思う。
  魔法少女はとにかく能力の幅が大きい。
  『ご近所の問題解決をする魔法少女』から『宇宙空間で邪神と殴りあう魔法少女』まで、世界には多種多様な魔法少女が存在していた。
  思うに、サーヴァントというのもそういうものなのではないだろうか。
  如何に伝説を残し歴史に名を残した英雄だろうと、その幅は広い。
  歴史書を紐解けば『神話の大英雄』も『後世でようやく評価を得たしがない童話作家』も同じ英雄と扱われる。
  そして、同じ英雄なのだから英霊として聖杯にその名を刻まれサーヴァントとして聖杯戦争の地で相まみえることもある。
  サーヴァント同士の争いというのは、まず『世界観』という壁がある。
  聖杯が欲しければ『しがない童話作家』は『神話の大英雄』に勝たなければならない。

  アサシンは自身のことを確認する。
  アサシンは、ベテラン魔法少女であるが強い魔法少女というわけではない。
  上を向けばいくらだって強い魔法少女は居た。
  実力なんて高く見積もっても下の上くらい。魔法少女内だってヨーイドンで戦えば勝てる相手のほうが少ない。
  『童話作家』と同じ程度と考えたほうがいいだろう。
  この地にどれほどの英霊が顕現しているのかは知らないが、『神話の大英雄』クラスもごろごろ居るだろう。

  右手の薬指から人差し指にチャンネルを切り替える。
  水晶玉の中に映る映像が切り替わる。
  『童話作家』が『神話の大英雄』に勝つにはどうすればいいのか。
  普通ならば無理だ。
  割り箸で作ったゴム鉄砲で空母に勝てるわけがない。
  戦闘に対する意識が違う。
  持ち込める機能が違う。
  戦闘の次元が違う。
  戦力の規模が違う。
  全くもって、『世界観が違う』。
  じゃあ、どう立ち回るか。それを考えるのが『童話作家』たちの最初の課題だ。

  市販のインスタントコーヒーを一口飲む。味が尖っていて違和感がある。
  サイフォンとお気に入りの豆が欲しいが、生憎アサシンのマスターはコーヒーを嗜まないので無理は言えない。
  サーヴァントも魔法少女も食事は必要はないので、実際はコーヒーを飲む必要すらないのだが、そこはそれ、生前の嗜好である。
  生前からの嗜好や癖は変えられない。たとえ英霊になっても、アサシンはアサシンなのだから。
  もう一口コーヒーを飲んで、やはり微妙な味にちょっとだけ辟易する。
  次があれば別の種類を買ってこよう。


  マグカップをおいて水晶玉に向き直る。
  『童話作家』はどう戦局を作り、立ち回るべきか。
  答えは簡単だ。
  戦わないように立ちまわる。それしかない。
  勝つだ負けるだは結局、同じ舞台に立っている者同士でしか成立しない。アサシンが不用意に土俵に立てばものの一薙で勝負すらなく消滅する。
  ならば舞台には立たない。
  舞台の上では『神話の大英雄』同士で戦ってもらって、両者に潰し合ってもらって、アサシンは最後の最後まで舞台裏に居続ける。
  そして舞台裏で動きまわって戦争を進め続け、最後の最後で舞台の上で幕引きを告げる。
  潰し合って弱った英雄を後ろから刺すもよし。がら空きのマスターを襲撃するもよし。
  そういう、正々堂々とか騎士道とか、そういった精神を持つ人間には『姑息』と謗られるような戦い方をする。
  というより、正面からやって勝てるわけがないのでそうする他ない。
  その方針が顕著に現れているのが『暗殺者(アサシン)』のクラスだと思う。
  気配遮断のスキル。暗殺特化の宝具。こんなものを渡している以上はアサシンたちにとっては『そういう戦い方』こそが王道と言える。
  アサシン組の基本方針は、『神話の大英雄』同士の潰し合いを発生させること。もしくは、どこかで自然発生したその潰し合いに生じて両者を潰すこと。
  可能ならば、優れた能力を持つ『神話の大英雄』と手を組み、彼らを支援して他の組を駆逐しつくしてもらい、最後の最後で寝首をかくというのが一番望ましい。

  聖杯戦争に呼び出されながら聖杯戦争にかかわらず、そして聖杯戦争で勝利するためにはどうする必要があるか。
  そのためには、情報を集める必要がある。大小問わず、この<新宿>の全ての情報を。
  どんな相手とも手を組めるだけの。どんな相手でも殺せるだけの情報を収集する。
  敵の察知を情報で逃れ、敵の追走を情報で撒き、敵の攻撃を情報で躱し、敵の喉元を情報で締め上げて殺す。
  英霊ならば正面から向き合うことなく搦手で、的確に弱点だけを突いて殺せる準備をしておく。
  マスターならばもっと簡単。寝ている彼の枕元にそっと爆弾を一個おいてあげればいい。不眠不休や爆弾で死なない化物がいれば話は別だが、おおよそはこれで片がつく。
  物事にはいずれも規格外というものが存在するが、規格外だけを見つめ続ければきりがない。
  ならばしばらくは堅実に行こうじゃないか。不意討ちでは倒せない規格外ばかりの聖杯戦争とぶち当たっていたならばその時は、北上にも『運がなかった』と割りきってもらうしかない。

  指に巻きつけた髪の毛の一本を確認し、水晶玉に翳す。
  割りきってもらうしかないなんて考えたが、アサシンはそこまで薄情な人間ではない。
  全力で手を貸すと誓った以上、八方手を尽くして聖杯奪取のために働く所存ではある。
  先に上げた情報収集のための秘策も、まあないわけではない。
  NPC。ノンプレイヤーキャラクター、この<新宿>に再現された戦争に直接関わることのない『意志を持たない住民』たち。
  この<新宿>には数万か、数十万か、あるいは更に多くか、とにかく途方も無い人数のNPCたちが生活している。
  これはアサシンにとって、願ってもみない状況だった。
  もしも無人島に集められてのスタートだったら早々に白旗を振って座に帰ったことだろうが、彼らが居るならば話は違う。
  アサシンはこの地、この戦争に限り、数万か、数十万か、あるいは更に多くの目を持って<新宿>をつぶさに見続けることが出来る。

  これまでも、これからも、この聖杯戦争中も当方もない回数、水晶玉に幾つもの現在と過去を見ることになる。
  アサシンはまた、過去と現在に焦点を絞った。


  右手の中指に意識を向ける。
  アサシンの宝具であり魔法である『水晶玉に好きな相手を映し出せるよ』を発動する。
  しかし水晶玉に移る景色は変わらない。この髪の持ち主は既に死んでいるからだ。アサシンの魔法は、死者を覗きこむことはできない。
  この髪の持ち主だった女性はサーヴァントによって殺された。彼女以外にも、同一の主従の犯行によって無辜のNPCが百二十人程死んでいるらしい。
  痛ましい事件だ。まだ被害者が増えているというのだから、更に心が痛む。
  アサシンは彼女の生活を見るのが大好きだった。貧困にあえぎ、やくざ者たちの暮らす通称『ヤクザマンション』で暮らしていたが、それでも悪行に手を染めず慎ましやかに生活を続けていた。
  そして、ある日殺された。突如飛び込んできた殺戮者の手によって殺されてしまった。罪状は分からない。この水晶玉は音を通さないので、肝心なところを掴みそびれてしまった。
  もう彼女たちの慎ましやかな生活はどこにもない。それは非常に悲しいことだが、彼女はアサシンの目として立派に役目を果たしてくれた。  
  感謝の言葉は胸のうちに秘め、括ってあった彼女の髪の毛を捨てて、別の指―――右手の小指にチャンネルを切り替える。
  すると今度ははつらつとした少女―――セリュー・ユビキタスが水晶玉に映る。
  アサシンの宝具は彼女が手を突っ込むまで知覚されることがない。セリューもまさか見られているなんて思ってもいないことだろう。無警戒とも取れる足取りで、喜々として(とアサシンには見える)道を歩いている。
  もしここでアサシンがひょいと腕を突っ込んで彼女の首をへし折れば、それだけで奇襲成功だ。

  先ほどのNPCの髪を利用し、セリューの喉元まで迫った。かいつまんで説明すれば、まるで魔法のようだが、実際はそんなにファンシーではない。

  先のNPCの髪を用いて彼女の生活を眺めていると殺戮者が押し入ってきたというのまでは先程通り。
  そこから、下手人がたらたらと長口上を並べているうちに、視点を切り替えて下手人の死角に回り込み、ぷつりと一本髪の毛を拝借した。昔から、他人に気づかれず近寄り、痛みどころか違和感すら残さずに髪を抜くのが得意だったので、この程度造作も無いことだった。
  一つ気がかりだったのはセリュー自身が勘良く気づくことだったが、なけなし程度の気配遮断スキルのおかげか、それとも随分気が大きくなっていたからか、セリューは気づくことなく口上を並べ続けていた。
  ありがたいことだ。水晶玉にかざしていた右手の髪の毛の一本を巻き直し、水晶玉に映す。感度良好、セリューの後頭部とその先に広がる血だまりが映った。
  どうやらちょうどのタイミングで見る相手を変えられたらしい。
  まるでヤドカリだな、などと思いながらも、首尾よく宿り木を飛び移れたことに内心喜びながら揺れるポニーテールを目で追う。
  下手人は、顔貌こそ憤怒に染まっていたものの容姿は整っていた。
  ただ、髪はいまいちパッとしない。彼女の髪は煤けた戦場と機械油とを混ぜた、戦車のような臭いがした。ストレスか、食生活か、文化の違いか、あるいは他の原因か、髪全体に艶も少ない。中の下くらいだ。
  それから彼女がサーヴァントと合流し、帰宅し、以後数日他の者を殺しに繰り出すところを折を見ては観察し続けた。
  なんというか、元気な少女だ。やくざ者、与太者、浮浪者、悪徳業者、総じて悪側の人間に裁きの鉄槌を下し続けている。
  ふと、最愛にして最後の弟子である白い魔法少女の顔が思い浮かんだ。この場に彼女が居れば、セリューをどう評しただろうか。『悪を許さず、力を欲する者』同士、分かり合えることがあるだろうか。
  くすりと笑ってセリューを映している角度を変える。
  セリュー・ユビキタス。正義の御旗をあちこちに立てまわることに余念のない少女。名前は通達で知った。
  セリューは、ワニのような頭の男と楽しげに(少なくともアサシンにはそう見える)話していた。
  此方のワニのような頭の男はセリューのサーヴァント、クラスは狂戦士。これも通達で知った。
  狂戦士であるにもかかわらず自我を残し、自我を残しているにもかかわらず凶行を繰り返す。ある種異例なサーヴァントといえるかも知れない。
  ともあれ、手際の良さや殺しに対する倫理観など、非力なアサシンが素面で接してはいけないタイプの最たる例のようなサーヴァントだ。
  そして、なにより特筆すべきは、彼と彼女はとても仲がいいということか。

  まるで良き師匠、良き弟子のような関係を築いている。彼女らの行動と世間一般における善悪のベクトルがどうあれ、いつでも二人揃って同じ方向を向いて互いを高め合っているというのは素晴らしいことだと思う。
  この二人はきっと途方も無く強い。『魔法少女は思いが全て』なんて声高に叫ぶ魔法少女が居たが、別に魔法少女にかぎらずとも、強い思いを持つ者は相応の強さを発揮するものだ。
  強い意志同士が同じ方向にむけて統率されているとなると、その強さはどれほどか。きっと、放っておけば二人で結束を高め続けそのうち街中の悪を根絶することだろう。
  そのことを脅威と捉えたから、主催者も『討伐令』を下した。報酬付きで。
  だからこそ、アサシンはこの二人には一切手出しをしない。
  討伐令が出された以上、彼女らは近い未来に、必然、他サーヴァントと接触し刃を交えることになる。
  そして、その狂おしい正義の鉄槌を持って他者の願望に殴りかかってくれる。
  頼もしいことじゃないか。ありがたいことじゃないか。
  そうやって誘発される争いと犠牲こそが、アサシンの望むところだ。生き残れるよう細々と助けさえすれ、害してなんの特もない。
  アサシンは、彼女らを通して他の主従を確認し、時には彼女らを助けながら、彼女らが力尽きるその時まで彼女らの聖杯戦争を眺め続ける。
  もし、彼女らが死の淵に立ったならば……その時はまた、他の参加者に止まり木を変えるだけだ。

  他の参加者。
  その存在を思い出し、ため息を一つ零す。
  開幕初日の朝っぱらだというのに血気盛んな参加者たちが色々な方面でいろいろな事件を起こしている。
  というより、開幕以前から厄介事ばかり起こしている。
  今アサシンが注目しているセリュー・ユビキタスだけではない。
  もう一人の討伐令の相手、遠坂凛とバーサーカーは、大々的にニュースで取り上げられるほどに無辜のNPC大虐殺している。
  更に『局地的な気象異常』。『肉体を細分化された死体』。『ヤクザの事務所を壊滅させたメイド』。『黒いクラゲのような頭の人間』。『巨大なハンマーで頭を潰された死体』。『街中を走る馬』。大きな異変から小さな違和まで、数え上げればきりがない。
  これらと無力なマスター一人に身ひとつ水晶玉一つで対等に渡り合えというのだから、聖杯もなかなかの無茶を言うものだ。

  そんな奇妙な出来事の中で特に目を引いたのは、当然というべきか、もっとも目立つ『陣地』の件だ。
  『メフィスト病院』。
  予選期間中、突然K義塾大医学病院とそっくりすげ変わり、代わりに現れた病院であり、昼夜を問わず強い魔力反応を示し続ける場所。
  陣地作成を行っているということは、まず間違いなく魔術師のクラス―――キャスターのサーヴァントなのだろうが。
  それにしては、陣地の作成が早すぎる。それに、陣地をさらけ出しているというのもまた奇妙だ。
  魔術師のクラスは暗殺者同様、スペックではセイバー・ランサー・アーチャー(いわゆる三騎士とよばれるクラス)から遥かに劣る。
  そのため、他者から隠れて機を伺うのが鉄則となる。はずだ。
  そんな『推定キャスター』が街のど真ん中にでかでかと陣地を立てて誰でもウェルカムな雰囲気を醸し出すのはなんとも腑に落ちない。
  聞いた話によれば作り上げた陣地を利用して戦争に勤しむわけでもなくNPCたちの治療を行っているそうじゃないか。
  しかもその医療技術は、世界のトップクラスを軽々飛び越えた、まさに神業としか言いようのない水域に達しているという。
  そして、様々なうわさ話は、必然一人に収束する。
  『ドクター・メフィスト』。様々な『曰く』の付いた、メフィスト病院の院長。
  曰く、顔に手をかざしただけで全身に転移していた悪性腫瘍が消えた。
  曰く、喋る人面疽が儚げな愛の言葉を残して崩れ去った。
  曰く、余命幾許ほどしかなかった末期患者を一日で全快まで持ち直させて退院させた。
  上げれば切りのない『曰く』の全てに共通するのは、彼こそが陣地『メフィスト病院』の主であり、『人間には到底辿りつけない技術』を持つ、という現代に蘇った逸話の数々。
  間違いなくサーヴァントだろう。

  お茶請けに用意した市販のせんべいをかじる。
  「コーヒーに合う」と書かれている割には、塩味が濃すぎる気がした。


  アサシンが目の前であけっぴろげになっている陣地と、正体がほぼ暴かれているサーヴァントを前にたたらを踏んでいる理由。
  それもまた、彼の持つ『特異性』が関わっている。
  メフィストと呼ばれるその院長には、医師としての神憑り的な才能の他に一つ、天から才能を与えられていると聞く。これも医療技術と同じ程に……いや、場合によってはそれ以上に、そこかしこで噂になっていた。
  神が悪魔に与えたもう一つこそ、アサシンの最も警戒するもの。それは『美しさ』だ。
  たかが美しさと侮ってはいけない。
  曰く、湖面に写った満月が、自身の醜い痘痕面(あばたづら)を恥じて逃げ出すほどの美貌。
  曰く、朝靄が、山の霞が、そろって彼を隠すことを拒んでたちまち雲散霧消するような美貌。  
  曰く、部屋に踏み込んだだけで空間の明度が一つ二つ上がるような美貌。
  医術と同じく、様々な『曰く』で彩られた彼の正体。
  美貌の表現にしては行き過ぎだと思うが、誰も彼もが口をそろえて『自身の知っていた極上の遥かに上』と称する以上、警戒せざるを得ない。

  『傾国の美女』という言葉がある。文字通り、『国を傾けるほどの美しい女』という意味だ。
  冗談のような話だが、歴史上には、『あまりの美しさで』国を崩壊寸前まで追い込んだ人物が存在するのだ。
  もし、その『傾国の美女』が英霊として呼びだされたのならば、まず確実にその美貌はスキルか宝具として持っていることだろう。
  アサシンが思うに、件のドクター・メフィストも何らかの美にまつわる逸話を持ち、それがスキルとして表出しているものではないか。
  だとすると、これは非常に危険だ。
  単純な美貌ならばまだ対応できる可能性がある。魔法少女はほとんどの代謝活動が大幅に減退しており、性欲もさっぱり減退してしまっているので、魅了の類はある程度軽減できると予想できる。
  仮に、そのドクター・メフィストがスキルとして美貌を持ち込んでいるとするならば、完全に無効化はできずともAランクと非常に高い魔法少女性を持ってその魅力が軽減ができるなら、アサシンの魔法で逃走は可能だ。
  ただ、問題は貌とは別にある。麗しきかのドクターの髪の毛だ。
  髪の毛は拙い。非常に拙い。
  情報によると、ドクター・メフィストは髪も貌に負けず劣らず美しく、生糸のようにたおやかで、艶めいていて、しゃらりと揺れればそれだけで人の心を締め付けるとか。
  自分で言うのも何だが、アサシンは堪え性がない。生前、計画の途中で髪に目がくらんで手を出してしまい、その結果襲撃を察知されることになった、なんていう情けない逸話も残っている。
  もし、そこまで上等な髪を一目でも見てしまったら、アサシンは耐え切れるだろうか。
  ……きっと耐え切れない。アサシンは自分のことをよく分かっているから、取り繕うつもりはない。
  アサシンの方針上警戒すべきは、『自身が予期せぬ形で相手の前に引きずり出されること』だ。
  そして、アサシンにとって美しい髪とは、全てをなげうってでも飛びつきたい至上の餌だ。
  当然、その世にも美しい医師は、戦闘力に優れた参加者とはまた違う意味でのアサシンの天敵となる。
  時が満ちるまでは彼らを視界に入れることすらしてはならない。

  だが、だからといって無視はできない。
  むしろ、彼や彼の陣地は、アサシンの今後に大きく関わってくるだろう。
  開幕早々運がいいことに参加者の一人であるセリュー・ユビキタスの視点は確保した。だが、それではまだ足りない。
  情報を制するためにはもっと多くの目が、もっと多くの視点が必要だ。それも、NPCだけではなく、いまこの場で戦争に望んでいる参加者たちの目が。
  それを見ると、あの『メフィスト病院』はとても都合がいい。
  あれだけ大きく、あれだけ噂になっているのならば、<新宿>内の参加者たちに様々な思惑が走り抜けて、彼らはそのつま先をメフィスト病院の門口に向けてくれるだろう。
  戦闘を望むものかもしれないし、同盟を望むものかもしれない。ひょっとするとすでに何らかの負傷を受け、二進も三進も行かなくなって治療を受けに来たものかもしれない。
  どんな意思のもとであれ、様々なサーヴァントとマスターが集まるならばアサシンの望む情報収集のこれ以上ない機会になる。アサシンがその機会を見逃す道理はない。
  開始直後のこの段階・この病院にまつわるやりとりこそ、アサシンにとって最初の山場と言っても過言ではない。
  アサシンが参加者としてこの聖杯戦争に関わっている以上。アサシンが北上が聖杯をつかむことを望んでいる以上。そして、晒されている情報が少ない現状。
  アサシンは『メフィスト病院』に忍びこむ必要がある。
  ならば当然、忍びこむ準備を整えておく必要がある。
  今は院長を視界に入れることすらままならずとも、道筋は確保しておき、いつでも出入りできるホットラインを繋いでおく必要がある。
  予選開始からこれまで変わらずに経営してきているのだからいきなり雲隠れされるようなことはないだろうが、早ければ早いだけ機会を逃さずに済む。



  ならば、どうやってそのホットラインを用意するか。
  とくと考え、水晶玉に向き合う。
  彼の奇跡をその身に授からんと、今や<新宿>区内どころか国内を飛び越えて国外からも彼の陣地に足を運ぶものは多い。
  最初はそういった『未来の患者』の髪の毛を盗んで新たな目を作って侵入しようと思ったのだが、アサシンがいま把握しているNPCたちは病人にあえて近寄るようなことはしないので、この方法が使えない。
  弱いアサシンが身を晒すことが出来ない以上、アサシン自身が出向いて髪を回収するということも不可能。
  取れる方法はかなり限られている。
  例えば……
  三度チャンネルを切り替える。  
  スーツに身を包んだ名前も知らない男性が歩いているのが見える。
  彼がもし、『不慮の事故』を起こせば。
  彼は善意の一般人によって呼ばれた救急車に乗り、近場のメフィスト病院へと搬送される。
  そうすればアサシンはこの場にいながら病院の中を監視することが出来るようになる。
  搬送作業を行っている人物の髪の毛を一本頂戴する。もしくは看護婦の髪の毛を一本拝借する。
  そうすれば、勝手に動きまわってくれる新たな偵察が完成する。
  労せず病院内の情報を手に入れる下地ができる。メフィストという人物について知る機会が格段に増える。
  だが、そんな『不慮の事故』が偶然起こってくれるはずがない。

  ため息をまたひとつ。
  水晶玉を眺めながらせんべいをかじりつつコーヒーを飲む。
  やはりこのコーヒーはアサシンの舌に合わない。砂糖やミルクで味を調整してみるべきか。
  この戦争がいつまで続くかは分からないが、まだ買って一二杯しか飲んでいないから、これからしばらくはこのコーヒーと付き合っていかなければならない。
  再び水晶玉に目を向ける。角度を切り替えて周辺を見る。人目はない。そして丁度のタイミングでトラックがウィンカーを出しながら走ってきている。
  傍においてあった物を手に、素早く水晶玉に手を入れて抜き出す。
  映像を確認し、もう一度水晶玉に手を入れ、向こう側においてきたものを回収する。


「んー、おはよー」

  不意に声をかけられた。
  振り返ると、パジャマを着た北上が目元をこすりながらこちらに歩いてきていた。

「おはようございます。いつもより少し早いですね」

「ん、なんか目が覚めちゃってさぁ」

「通達があったからかもしれません。戦争が始まったので気をつけてくださいね」

  へらりと笑った北上に、預かっていた『契約者の鍵』を渡す。
  北上は物珍しそうに翳したり透かしたりしたあとで、通達の内容を確認した。

「うわ、なにこれ……三百人くらい死んでるじゃん」

「非道い事件もあったものです。マスターも注意してください」

「注意ったってさぁ、NPCを無差別に殺すってなると、もうどうしようもなくない?」

「そうなったら、全力で逃げ、令呪を持って私の名を呼ぶんです。私を呼んでくれれば、たとえそこがどこであろうとマスターを救ってみせます」

「救ってみせる、ねえ。でも、アサシンって―――」

  北上の言葉を遮るように、遠くで救急車のサイレンの音が響いた。
  北上が、そして北上に釣られる形でアサシンも、音の方を向く。

「……何かあったのかな」

  北上が不安そうな声をあげた。
  だが、アサシンはさほど困惑していなかった。
  この街において救急車が動いているということは、間違いなく相手は生きていると断言できるからだ。
  今はどうあれ、救急車で運ばれた先のメフィスト病院で確実に完治して明日には動き出すだろう。
  そのことを告げると、北上はまたへらりと笑って「まるで高速修復材だ」とよく分からない感想を漏らした。


「こんな朝早くに災難だね。死なないだけましかもしれないけどさ」

「ひょっとすると、どこかの男性が出勤途中で石にけつまずいて事故に合われたのかも」

「なに、その具体的な例」

「例えばですよ、例えば」

  笑ってみせると、北上も眠そうな目で笑った。少しは緊張もほぐれたらしい。

「ところでアサシン、その石なんなの」

  北上が、アサシンの傍に置いてあった人の頭ほどの大きさの石を指して問う。
  「ああ、これ」と石を持ち上げ、靴墨のようなものが付いているのに気づいた。
  この程度で確たる証拠にはならないだろうが、一応消しておこう。
  持ち上げるついでに靴墨の汚れを拭き取り、和やかな笑顔で答えた。

「日中に漬物を漬けようかと」

「ちょっとぉ、戦争の方はいいの? 始まったんだよね?」

「もとより、能力が一回りも二回りも劣る『暗殺者』のクラスは序盤に動きまわるのを得意としません。
 しばらくは諜報に徹し、他者が疲弊するのを待つのが得策なのです」

  幾分噛み砕いて説明すると、北上は納得したように笑った。
  ひょっとすると、やる気のない人間の言い訳として受け取られてしまったかもしれない。

「嘘じゃありませんよ。これは立派な作戦ですから。マスターにもいずれ分かってもらえるはずです」

「はいはい。信じてるよ。いざとなったら救ってくれるってのもねー」

  北上はまた笑った。
  動きに合わせてしゃらりと髪が揺れる。
  愛らしい笑顔に愛おしい髪。そして、アサシンに深入りしない大らかな性格。
  本当に、いいマスターに巡り会えたものだ。


  北上と詳しい情報交換するつもりは、今はまだない。
  予選期間中に起きた事件に関しても『テレビで入手できる範囲まで』しか伝えていない。
  最低限、『令呪が刻まれている背中は誰にも見せないように』と『人の流れに逆らわず歩くように』、そして『窮地に陥ったら令呪を何画使おうと生き抜くことを優先するように』『黒衣礼服のバーサーカーを見つけたらなりふり構わず逃げるように』だけは伝えてある。
  これを守っていれば、即座に相手に殺されるということはない。北上に望むのは、今のところそれだけで十分だ。

  彼女がアサシンの集めた情報を知ると逆にこちらの不利に働く可能性のほうが高い。
  敵が出た時に余計な行動を起こせばそれだけで殺されてしまうかもしれない。
  彼女に望むのは、NPC北上某としての生活だけだ。流れに棹さすことなく、他のNPC同様流れ流れてくれればいい。
  生半可な精神で戦争に参加してはいけない。戦争に参加させないと決めたならば、一切かかわらせないべきだ。
  戦争が始まったからこそ、ノンキに高等学校に通うべきだ。
  聖杯戦争というものを舐め腐り、慢心し、平和ボケを重ねることで、徹底的にNPCに擬態するべきだ。
  およそ全ての参加者が抱いている緊張感を無視し、戦闘の意識なんか持つことなく優勝というぼたもちが棚から落ちてくることを待ち続けるべきだ。

  高等学校という場所は、なかなかどうして便利が良い。人目が多く、不用意に襲撃した場合関係のない被害者が出る可能性もまた高く、そして何かあった場合マスコミの追跡も過激。
  NPCを無闇矢鱈に殺せばどうなるかが通達された今、襲撃場所として選ばれにくい場所を考えるなら学校施設は上位に入るだろう。
  だからあえて、高等学校に通わせ、日中は他のNPC同様の生活を送ってもらう。
  理想は、彼女がNPCという仮初の殻から抜けださずに戦争が終わること。
  彼女がマスターであると誰も気づくことなく、彼女自身がマスターとしての自覚や確固たる信念を得ることなく戦争を終えること。
  その理想を遂行するためには、彼女がNPCでありつづけられる土壌作りが必要だ。

  セリュー・ユビキタスを陰ながら助力するのも、やや婉曲ながらそこに繋がっている。
  セリューが暴れれば暴れるほど、市井の高校生北上某は影に埋もれていくことになる。非常に都合の良い目眩ましだ。
  勿論、いくら上手く無辜のNPCに化けていようと討伐令を受けている遠坂凛組のような無差別殺人鬼が現れればひとたまりもない。
  だが、北上を救う方法もまた、確立してある。
  北上の髪の毛は左手の薬指に結んである。
  なにかあればこの髪の毛を使って北上をこちら側に引き摺り戻す。
  逆にアサシンが何かに襲われれば、北上の元に飛び込む。
  どちらもピンチなら、アサシンが別のNPCの元へ行き、北上を引きずり込む。
  そこも駄目なら別の場所、ダメなら次、ダメなら次の次。
  アサシンの武器はマスターと自身を窮地から逃す力と、瞬時に移動できる十個の拠点。
  集めた髪の毛は目についたもの全部。確認した髪の持ち主は公務員からホームレスまで。
  つまり移動できる拠点は各公共施設から、路地裏のホームレスのたまり場まで。<新宿>の端から端まで。場所の位置も方向性も多様を極めてある。
  非力さ故に居場所が割れれば不利になる暗殺者のクラスとしては及第点だろう。

「それじゃあ、朝ご飯の用意をしますね」

「んー」

  出歩く機会を最小限に抑え、人目にも触れないよう気を払い、いつかのように水晶玉を手放すような失態を演じることはない。
  北上の髪だって予備を何本も拝借した。(その際少し味も楽しんだが、これは役得だ)
  アサシンの魔法は、対象の髪の毛と水晶玉さえあればたとえ対象が別次元に居ようと、電脳世界に居ようと、虚数空間に逃げ込もうと、こちら側に引きずり出すことが出来る。
  この黒曜のように輝く北上の黒髪は、かの『妖糸』ほど強くはないし、針金ほど固くはない。
  だが、この髪の毛数本分の絆を断たないかぎりは、誰も北上とアサシンを引き離すことはできない。






【歌舞伎町・富山方面(新宿三丁目周辺、北上(ブ)の暮らす安アパート)/一日目 早朝 AM7:55】


【北上@艦隊これくしょん(ブラゲ版)】
[状態]寝ぼけ
[令呪]残り三画、背中中央・艤装との接合部だった場所
[契約者の鍵]有(ただしアサシンに渡してある)
[装備]最寄りの高等学校の制服
[道具]なし
[所持金]戦勝国のエリート軍人の給料+戦勝報酬程度(ただし貯金済み)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯が欲しい
1.アサシンにまかせて普段通りの生活を続ける。
2.危機に直面した場合、令呪を使ってでも生き延びる。

【アサシン(ピティ・フレデリカ)@魔法少女育成計画】
[状態]健康
[装備]魔法の水晶玉、NPCの髪の毛×8、北上の髪の毛、セリュー・ユビキタスの髪の毛
[道具]NPCの髪の毛を集めたアルバム、北上の髪の毛予備十数本、セリューの髪の毛予備一本、契約者の鍵
[思考・状況]
基本行動方針:北上の願いを肯定、聖杯を渡してあげたい
0.北上の周囲を警戒。なにかあれば北上を引き戻す。
1.情報収集に徹する。しばらくはNPCを用いた情報収集の傍らでセリューを眺めて楽しむ。
2.頃合いを見計らってメフィスト病院に送り込んだNPC越しに病院内の諜報体制を整える。
3.NPC・参加者問わず髪の毛を収集し、情報収集の幅を広げる。

[備考]
※セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)を一方的に確認しました。しばらくは彼女らを陰ながら助力する方向で動きます。
※予選期間中に起こった事件のうち、NPCが認知している事件は全て網羅してあります。
※メフィストの噂(医術・美貌)をかなり詳細に把握しています。同時に彼を『要警戒対象』であると判断しています。
 髪の魅力には耐え切れないと確信しているので、視界に入れないよう努力します。
※髪を回収しているNPCに『偶然の事故』を起こし、『メフィスト病院』に送り込みました。



時系列順

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投下順



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00:全ての人の魂の夜想曲 北上 43:推奨される悪意
アサシン(ピティ・フレデリカ)