「ごちそうさまでしたっ!」

「いつもより、少し早いな」

食卓に響く合唱の余韻が消えるより早く、食器を重ねて立ち上がる。
一刻も無駄に出来ぬとばかりに台所に走り、食器を洗い始めるセリュー・ユビキタス。
それを無感情な、爬虫類の瞳で見つめる異形の男の名はバッター。
迅速に洗浄を終了し、水切り棚に食器を乗せてから洗面台へ歯を磨きに向かう己のマスターを見つめながら、彼は鼻腔を鳴らした。

「気が急いているのではないか、セリュー」

「もごもご……」

「昨日と今日の差異は、俺達の内にはない。外界の変貌に対応するためには、俺達は一定でなくてはならない」

バッターに話しかけられ、慌てて水を含んだ口を動かすセリュー。
ぷはぁ、と息を継いで口元を拭い、バッターに向き直る彼女の目には、確かに焦りが宿っているように見えた。

「はっ、はい。緊張してるのは否定できませんね……普段通りにすればいいって分かってはいますが!」

「お前の目的に対する克己心は好ましい。だがそれも過ぎれば任務に支障を来たすことになる」

「平常心、ですね!」

ビシッ、と敬礼を決めるセリュー。大きく深呼吸をして、ズサァァァ、と擬音が立つ勢いでちゃぶ台の脇に座り込む彼女は、落ち着く時でも全力だった。
当然のように正座しながら真剣な表情で正義への熱い思いを巡らせる彼女を見て、バッターはこれもこれで平常か、と頷いた。
数分の沈黙の後、バッターの顔色を窺うセリュー。余人が見ても分かるべくもない、狂人なりの平静を見て取ったバッターが口を開く。

「今日は、図書館に行く予定だったな」

「はい、この本を返さなければいけないので!」

セリューが取り出した、法律や警察権に関する数冊の書籍には、蔵書印が押されている。
警察官を目指して上京した蛍雪の功持つ女性、というロールのセリューに割り当てられていた住居には、当初より設置されていた物品であった。
掃除の際にその存在に気付き、一通り目を通した後で巻末に貼られた貸出期限の記録簿を見て返却の義務がある、と悟ったセリュー。

「連絡をしてみればこれ、本来貸し出せない種別の物を特別に預けていただいているらしくて……」

「便宜を図った労力に報いないのは、正義の行いとは言えないか」

「仰るとおりです! 借りる期間を延長するほど、興味を引く内容でもありませんでしたし」

あけすけに語るセリュー。バッターはそうだろうな、と心中で呟く。
多少の異状はあれど、現代日本を基幹とした<新宿>においてセリューのロールが目指す警察という機関、引いては国が持つ常識 = 世界観は、その水準に則ったものとなる。
民事不介入の原則がある時点で、セリューが列席を保てる組織ではないのだ。
彼女はむしろ積極的に民の抱える問題に首を突っ込み解決する事を生きがいとするタイプであり、属していた機関はそれを容認・助長するものであった。
己を改める気など毛頭ないセリューにとって自身のロールは完全に形骸化しているといっても過言ではない。
日々のニュースを見て、国や警察の不祥事とそれを正せない現実を覚知したセリューの表情は、それを思い出すたび曇りを深めていく。
元居た世界では決して見ることもなかった、セリューにとっては存在しない事象である。

「私がもっと頭がよければ、こんな悪法に惑わされているこの国の民の方々を助けてあげる事も出来たんでしょうか……」

「それはお前の任務でも、俺の任務でもないな。俺達には決して余裕はないぞ、セリュー」

「そうですね! 聖杯なんて物に頼らず、世界を正義に満ちたものにする為に戦う……それが私とバッターさんの使命でした!」

ばっさりと逡巡を断ち切るバッターの簡潔さに、セリューは我に返る。
脇道に逸れそうになる人間とそれを導く先達は、全くもって真っ当な関係と言えた。

「ああ、連絡といえば……」とセリューが携帯電話を取り出す。
化石のような旧機種のそれは、固定電話のない安アパートに住むセリューが契約から二ヶ月完全無料、という謳い文句に引かれて取得した端末である。
自身には想像すら出来ないほど電子機器が発達した<新宿>においても、この小さい機械で遠隔地にいる人間と意思疎通が出来るという事実は白眉の驚愕をセリューに与えていた。
半ば衝動買いのように入手した後で、自分がこの街で会話する相手がバッターしかおらず、己がサーヴァントとは念話で十分事が足りる事に気付いたという落ちなのだが。
それでもこの携帯のおかげで、セリューの情報収集や行動の幅には格段の広がりができた。
特別な権限や卓越した対話力があるわけでもない彼女だ、初期には聞き込みにもいまいち成果が上がらない事が多かった。それを補う為の役に立ったのだ。
ソーシャルメディアを利用するのはハードルが高かったが、匿名の掲示板などを端末から閲覧する事で、街の噂を知り、自分の足で確認するという手法。
そしてもう一つ、そういった掲示板にえっちらおっちら書き込みをしている中、出会い系じみた流れでセリューが通話による交流を持った男性が一人居た。

「ふーむ、電話はかかってきていないみたいですね……"るすでん"というのも、……なし、かな?」

「例の"足長おじさん"か。顔が見えない相手だ、それほどアテにはしないことだ」

「でもあの薄汚いマンションの情報といい、あの人は信頼できる方だと思いますよ!」

先日、悪の巣窟たるヤクザマンションを全滅に追い込めたのも、バッター言うところの"足長おじさん"からの無償の情報提供の甲斐あっての成果だった。
病院施設に逗留しているとの事でセリュー側から連絡することはできないが、時たま通話や留守録で世間話や新宿の危険なスポット(セリューにとっては狩場であるが)を教えてくれる彼に、
セリューはかっての師オーガ、その友人で自分に力を与えてくれたDrスタイリッシュ、そして最も尊敬するバッターに次ぐ信頼を感じていた。

「あっ、そうこうしている内にもう8時ですね、バッターさん! 図書館が開くのが9時ですから、そろそろ出かけないと!」

「図書館の位置は大久保か。歌舞伎町ほどではないが、ここから歩きでは少し遠いな」

「免許証がありますよ。これを使って、自動車というのに乗せてもらいましょうか? 20枚くらいあるから、行き帰りで2枚くらいなら使っても」

「この国の交通はそういう仕組みではない。電車を使うべきだな」

「そうなんですか! この街は私がいた帝都とは勝手が違いすぎて色々戸惑いますね……」

ちゃぶ台の上に置かれたのはセリューが殺したヤクザから強奪し、人別帳代わりにして次の標的を定める為に使っていた免許証の束。
バッターが僅かに首を傾げる。彼のマスターが清貧生活を送る理由の多くは、この紙片と最低限必要な武器以外に、殺した相手から金銭や物品を奪い取らない事にあった。
それどころか初期には、「悪党が不当に貯めこんだお金は、国庫に返還されるべきですよ」と語り、あろうことか警察機関に連絡して回収を依頼しようとしていたものだ。
バッターとしては生前……といっていいのかはともかく過去の経験から、浄化した相手にとって不要となった金品を奪うことは当然の権利だと考えるのだが。
文明への理解はバッターの方が深いだろう。社会への理解はセリューの方が常人に近いだろう。
しかし二人は共に、致命的に普通人からかけ離れていて、それでいてどうしようもなく、俗世からは解脱できない存在なのだった。



……俺が刑事になってから数年になる、と思うのだが。
張り込みというものは、何度やっても退屈で自分の人生を浪費させられているように感じるものだ。
しかも非番の日に、大量殺人鬼の塒を、明らかに危険であると知っていて、一人で張り込むとなれば、諸行の無常を嘆かずにはいられまい。

「まったく、世の中って奴は……」

だがしかし、今朝方入った情報を知った後では、休日の返上も止むを得ない。
刑事という職についていたのは全く持って幸運だった。他の誰よりも先んじるチャンスを得られたのだから。

セリュー・ユビキタス。この帰化外国人こそが、<新宿>を震撼させている大量殺人事件の一つ、「歌舞伎町マンション殺戮」の犯人である事を知るのは、新宿警察署の人間くらいのものだ。
防犯カメラの映像が残っていることから完全に断定されているにも関わらず、それが公表されていないのには、とても奇妙な事情があった。
重大犯罪に対し、警察組織はできる事ならば極秘裏に捜査を進め、犯人逮捕と同時に会見を行うことで自分たちの行動の成果を市民に示すといった結果を望む。
セリューに対してもそれは同様で、凶悪な殺人の手口を鑑みて十分過多な人数を動員し、万全な装備を整えての突入・制圧作戦が行われた。
しかし結果は、作戦に参加した全署員の行方不明という結果に終わる。あまりの異常事態に上層部は体勢を立て直すのに大わらわ、当然セリューを刺激するであろう大本営発表にも二の足を踏む。
暴力組織が関わる一件だけに、セリューの情報を完全に秘匿し、署内から外部に漏らさないようにしていたのが不幸中の幸いだった。
万が一裏社会の連中に知られることになれば彼らが報復の為に動き出し、現状なんとか捕捉できているセリューが拠点を移して『第二の遠坂凛』にもなりかねなかっただろう。
新宿警察署という組織が全霊を尽くして情報を隠匿すれば、ヤクザたちに情報が渡る事を防ぐ事は可能なのだ。大量殺人が多発し、署内で非常事態宣言が発令されているからこそでもあるが。

「もっとも、それはあちらも同じ事だろうけどねぇ」

異常な事態に突き落とされた<新宿>において、暗然と存在していた個人レベルでの警察と極道の温い癒着は完全に消滅していた。
平時に両陣営を行き来していた、利害関係を壊しすぎないリークが、今ではまるで回ってこない。
極端な物の言い方をすれば、<新宿>は紛争状態に片足を踏み込んでいるのではないか、と思えるような混沌に支配されているのだ。

「……出てきたか」

帝都の明日を憂う間もなく、安アパートの一室からポニーテールの可憐な少女が飛び出してくる。
肩掛けバンドがついた竹刀袋を背負い、世界に対して何一つ恥じる事などない、とばかりに胸を張り歩くその姿に、暗い犯罪の色を見て取ることは不可能だろう。
車道に走り出ようとする子供の首根っこを掴んで止めては諭す生真面目さ、横断歩道に踏み入っては老婆の手を引く優しさには周囲から微笑ましい視線が送られている。
虐殺の映像が残っているにも関わらず、あれは何かの間違いなのでは、と思ってしまうほど完成された擬態だ。
それでも、尾行には細心の注意を払う。数少ない報告ではセリューは尾行に気付き、撒こうとするような様子は一切見せた事がないとのことだが、間違っても油断していい相手ではない。

「遠出するみたいだな……面倒くせえ」

最寄の駅に向かっている事を察し、盗聴防止の対策を施した端末を取り出して通信、その旨を伝える。
きょろきょろと周囲を見回し、他の客に倣って切符を買うセリューの後方に回り、どのパネルを押しているか確認、「新大久保だ」と通達。
何食わぬ顔で同じ切符を購入して、同じ車両に乗って移動する。まさかここで殺しをおっぱじめないだろうな、と心配だったが、それは杞憂だった。
痴漢を見つけて捕らえ、駅員に突き出した以外は特に何事もなく新大久保駅で降りたセリューは、地図を広げながら休む事なく歩いていく。

「挙動にブレがない女だな……逆に薄気味悪い」

どうやら区立図書館に用があったらしく、ガラス張りの自動扉をくぐって丁度開館した施設へ入っていく。
駐輪場に放置され、撤去予告の張り紙が貼られた自転車の脇にしゃがみ、錆びたチェーンに携行していた油を注す。
長い用事ならまたここで張り込みだな、と思わず溜息が出たが、幸いにもセリューは数分で図書館を後にした。
駅とは逆方向に歩いていく……好都合だ。後姿がかろうじて見える、程度の距離が開くのを待ってから尾行を再開する。
まったく、単調な足取りだが、単調こそ順調の証。セリューに、じわじわと間合いを詰めるこちらに気付いた様子はない。

「このまま進むと……よし」

端末を通して相方に指示を出す。彼が選んだ待機場所にセリューは向かっている。
平時、パトロールのような行動を取っている彼女は、新しい場所に来ると高確率で小学校、幼稚園のような施設の外郭を一回りする。
侵入しようとしているわけでも、子供好きで子供を見に来ているわけでもなく、その姿は自警団のような印象を与える。
上層部に伝えても困惑されるだけだと判断し、主任か係長辺りが止めているとも聞く情報だが、末端なりの横の繋がりで聞き及んだのだ。
今回もそうするという確信があったわけではないが、相方が待機するにはこの辺りは丁度いい土地だった。

「……む」

周囲に建造物が多く、死角も多い小学校の西側にセリューが差し掛かった時だった。
ゴン、と鈍い音。数秒遅れて、ヒュゥゥゥゥ、と気の抜けた口笛のような響きが、セリュー以外に誰もいない通りに届く。
即座に異変を察知したセリューは誰何の声も上げず、一速足に音の発生源、路地裏に駆け込んでいく。
……ここで走って追いかけるのは素人のやることだ。セリューが飛び込んだ路地前まで静かに近づき、鉄火場の様子を窺う。
喧騒と同時に、アスファルト塀が崩れる音が響いた。何か、危険な事態が起きている事に疑いはない。
唇に舌を這わせて乾きという緊張を押さえ込んで、無言で路地裏に進む。
角から一息に身を出した俺の目に映ったのは、<新宿>においてもまさしく非日常の光景といえるだろう。

「ッッ!? 退っ……」

「■■■■■■ーーーーーーーーーッ!!!!」

まず目に入ったのは、市街地に居て良い存在ではない二体の猛獣だった。
片や四足で舗装された大地を踏みしめる、人面のヌエ。長い舌を伸ばし、全身から鬼気を放っている。"四凶"の一角、トウコツの名を冠する悪魔だ。
片や―――余りにも理解に苦しむ姿形なので我が目を疑う―――野球のユニフォームと、ありふれた金属製のバットを持った、ワニ頭の男。"バッター"だろうと、推察した。
トウコツの足元には、髪を逆立てた成人男性の無残な死体が転がっている。脇には、相方に持たせていた通信端末。
喉笛を噛み切られ、ハラワタを貪られたその酸鼻な末路は、まさに<新宿>で多発しているミンチ殺人の被害者だった。
位置的に俺に最も近い、ワニ頭の背後でトンファーを構えるセリューが、「逃げろ」と叫ぶ。
同時に巨獣が飛び上がり、セリューたちを飛び越して俺の目前に全長4mはあろうかという体躯を下ろす。
その口が喜悦に広がる前に、セリューのトンファーが放火を噴いた。ヤクザマンションの監視映像にも映っていた頓狂な武器による攻撃が、正確な狙いで目標に着弾する。

「■■■…~」

「バッターさん、代わります!」

「痛ましい姿をした、穢れた魂よ。俺はお前を滅ぼし、濁った悪意から世界を解放するために来た」

巨獣は唸り声を上げ、俺に背を向けながらその豪腕を頭上に掲げた。鋭利な爪が、報復の一撃を加えんと大気を裂く。
だが銃弾が悪魔の肌に難なく弾かれるのを見て取ったセリューは、素早く己の従者と立ち位置を入れ替えていた。
コンマ数秒でセリューの前に回りこんだ従者の、あまりにも早い走塁がアスファルトの地面を融解させてスチームじみた煙を生む。
指向性を持って殺到した熱煙が獣の本能を刺激し、速度を鈍らせた。しかし、獣の右腕は人間を五人引き裂いて余りあるほどの威力を残したまま揮われる。
間一髪セリューの前に出たワニ頭がバットを脇構えの変形に構えてその一撃を受け止める。
先端が垂直に地面を指す棒術の素人のような姿勢で、しかも片手で持たれているただの棒切れに、渾身の爪打が打ち込まれた。
しかしバットは折れるどころか傷の一つも残る事なく、その衝撃を受け止めた。持ち手の足元が沈み、無数の罅が地面に走るが、それだけだ。
煙の余波を避けるべく後退していた俺ですら直下型の地震かと思うほどの一撃を、男は容易く捌いたのだ。

「力は相当な物だ。……衝撃波の類に耐性があるようだな」

微塵の忍苦も感じさせない声色で、淡々と言葉を発する持ち手の目に、不気味な光が宿った。
敵を値踏みするように観察する鰐の瞳は、凶眼(エボニー・アイズ)と呼ぶに相応しい暴力的な怒気を孕んでいる。
前腕を下ろして体勢を立て直そうとするトウコツの、好戦的な笑気を絶やさぬ顔面にバットが打ち込まれる。
ホームランを確信させるような快音と共に、その下顎が跳ね上がった。
細身の男に殴られたとは思えぬほど軽々と、巨体が宙に舞う。戦闘中に出来た数秒の猶予を逃さず、打ち上げた男は手首を回すような仕草を取る。
瞬間―――まるで最初からそこにいたかのように、男の周囲に光体が存在していた。
リング状のそれは三対在り、グルグルと旋回して光子を撒き散らしている。

「―――――っ」

その名状しがたい光輪が視界に入った時、俺は意識せず崩れ落ちていた。腰が抜けた、という奴だ。初めての体験、初めての体感。
全身から力が抜ける。触れてはならないもの、見てはならないもの、聞いてはならないもの。
それらに同時に接してしまったかのような言語化できない、神仏に対する畏れと錯覚するほどの何かを、魂が識っている。
光輪が動きを止める。中空から獣ならではのボディバランスで着地したトウコツもまた、その威容に目を見張っていた。
だが、中原の四方に放たれた悪神の一柱であるトウコツに、戦いから逃げる選択肢など存在しない。
己を鼓舞するかのごとく咆哮し、その爆音の中に衝撃系の魔術を織り交ぜながら突進する。
殺人鬼のセリューですら息を呑み、常人なら生じた威圧に触れただけで魂魄が消し飛ぶであろう猛進を前に、"バッター"は眉一つ動かさない。動いたのは、光輪だけだ。

「■■……■■■■■■ーーーーーーーーーッ!!!!!!」

「臆病者ではないらしいな。だが、穢された魂の起こす行動になど、一遍の実も結ばせてやるものか」

三つの光輪が同時に輝く。見た目上なんの差異もないそれらから、まったく異なる三つの現象が解き放たれた。
光の鎖が巨獣に纏わりつき、動きを封じると同時に発光して皮が焼け焦げるような臭いを撒き散らす。
何の抵抗もなく空間上に突如出現した数枚の極薄板が、トウコツの鋼鉄のような骨ごと四肢の半分、右腕と左足を切り落とす。
輝きと音を認識しただけで一幕の劇を想起させるような超自然的念動波が、板が開いた傷口から侵入して霊肉と神経を破壊していく。
吶喊も虚しく、トウコツはその場に停止した。バチッ、とその身体を紫電が走る。限界が来ているのか。

「セリュー。お前に殺せる程度にまで弱らせた。今後の為にも、一度霊的存在を浄化してみろ」

「はいっ! ご配慮、感謝します!」

消えていく光輪の一つが去り際に光を放ち、セリューの身体が霊気に包まれる。
憎憎しげに視線を飛ばすトウコツを相手に、全く怯むことなくセリューが飛び掛る。
四肢の損壊により立つ事すらできず、寝そべったまま応戦している現状でも、トウコツの攻撃は人間に耐えられる威力ではない。
ヤクザマンションを襲撃した時とは一線を隔す敏捷性を何らかの秘術で得たとはいえ、セリューの表情に余裕はない。
鞭のように自在に振るわれる尻尾。不意に繰り出される、衝撃系の魔術。
一撃でも貰えば致死の攻撃を回避するセリューの体術は、俺の目から見れば従者のそれより洗練されていた。
トウコツや"バッター"とセリューでは技術以前に『数値』があまりにも違いすぎるので、その部分だけが優れていても大した意味は感じないのだが。
それでも、攻撃に関してのセリューの『手の多さ』には目を見張るものがある。

「はっ!」

背負っていた竹刀袋から匕首を取り出し、トウコツの顔に向けて投擲。
それを打ち払った際に一瞬動きを止めた尻尾を、纏う霊気によって強度を増したトンファーで斬り落とす。
全体の五分の四ほどの長さの尾を鞭のように扱い、強かにトウコツの目を打ち据え、隙を生じさせる。
素早くコンクリート片を蹴り上げ、鞭の先端に結び付けて振り回し、遠心力を利用した一撃を敵の頭に叩き込む。
砕けた塀から鉄製の芯棒を抜き出し、身の丈程のそれを槍のように構えて尻尾を失ったトウコツを安全域から痛めつけていく。

「ドクターが開発していた新しい武器を使いこなす為、課された訓練の成果だ! 罪もない人を喰らう悪め、これこそが正義の裁きィ! 正当な苦痛を受けて、死ね!」

「的確な攻撃だ。言葉とは裏腹に、迅速に浄化をこなせ、という教えも守っている。……導くとは、こういう気分になるものか」

一度劣勢に回れば、手負いの猛攻すらできなくなるのが現実。
トウコツはやがて抵抗の兆しすら見せなくなり、力なく首を垂れた。
容赦なく襲い掛かるセリューの手が止まる。慈悲など当然ない。
手心を加えたのではなく、突如トウコツの身体を走る紋様に異変を察したのだ。
様子を窺うセリューの前で、トウコツの身体が萎んでいく。
数秒後、トウコツの居たところに横たわっていたのは、魔獣が受けていたのと等しい瑕疵を負った……小学生低学年ほどの子供だった。
無言で駆け寄って、手足を失った少年を抱き起こすセリューには慈悲など、当然、ない。

「正体を現したな、悪め」

目の前の子供にどんな事情があろうがその事情も悪に墜ちた事も許さないという意思が、彼女の表情をそれこそ悪魔的な狂笑に変える。
セリューは怯えた表情を浮かべる子供の口腔にトンファーを押し込み、即座に発砲した。
脳を貫いた弾丸は頭蓋を貫通して上空に抜けた。激しく痙攣する少年を放り投げ、確実に絶命させるために、砕けた頭に更に弾丸を撃ち込むセリュー。

「まさか悪党が危険種みたいな化け物に変わるなんて……驚きましたね!」

「恐らくはキャスターのクラスのサーヴァントの仕業だろう」

「まったく!主催者の思惑に乗ってなんて傍迷惑な事を……そのサーヴァントは悪、間違いないですよ!」

「亡霊を生み出す存在だ。必ず滅ぼすぞ」

狂人たちが、狂った正義を語っていた。
腰を抜かした俺に気付き、困ったような笑みを浮かべてセリュー・ユビキタスが近づいてくる。

「怪我はありませんか!? ……な、なんと言ったらいいのか……この件は忘れてくださいね、じゃ済みませんよね……」

「いや……心配することはないよ」

そうだ。聖杯戦争の秘匿など、気にする事はない。俺は既に知らされているのだから。
先の出来事の全ては予定調和……計算外だったのは、セリュー達と俺達の戦力差だけだ。
二人が俺の平静すぎる態度に反応するより早く、身体に紋様が走る。
今日の俺は刑事として行動していたわけではない。非番の日に滅私奉公するほど、立派な人間ではない。
何せ"あの女"から悪魔の力を得てからというもの、両手足の指では足りないほどの人間を殺して喰らってきたんだからな。
今しがた始末された俺の相方……両親を殺した後、実験台として"あの女"に差し出した孤児も同じだ。
悪魔化し、俺に脅されるがまま凶行を重ねていたあのガキも、所詮は醜い人間。他者を蹴落として力を得る事に快感を覚えていたに違いない。

「……まさか!」

頭のない、異形の蛇のような姿を強く連想する。
コンマ数秒で変身は完了し、力ある言葉を放ち眼前のセリューを攻撃できるだろう。
どれだけの手傷を負わせられるかはわからない。仮に殺せたとしても、次の瞬間バッターに殺害される事は容易に想像できる。
だがその結果は、この場を切り抜けたとしても同じ事。自分より強い悪魔を預けられておきながらヘマをして死なせてしまった俺を、あの女は決して許すまい。
俺にとって生き残る道は、今日この場でセリューたちを殺し喰らう、それだけだったのだ。
あの女が知った、聖杯戦争なる闘争の参加者と、俺が知っていた殺人事件の犯人が重なった事が、そもそも不幸だったと諦めるしかない。
それならば、せめてその相手に吠え面をかかせてから……死んでやろうじゃないか。

「マハ――」

呪文を解き放とうとする刹那に、走馬灯のように過去の映像が浮かぶかな、と思ったが、そんな事はなかった。
思い出すのは、あの女に出会ってからの記憶だけ……逆らえない屈辱と見下される羞恥に苛まれる日々の記憶だけだった。
脳裏に僅かな疑問が浮かぶ。疑問の本質すらはっきりと分からないような、小さな違和感。
俺は、俺の命を生きていたのだろうか。何もかも忘れたまま、他人の生を歩んでいたのではないだろうか、というような。
自分なら、この状況になれば必ず言うはずの心の底から湧き出すような言葉。
それに鍵がかかっていて、もどかしく腹立たしい、そんな。
そんな疑問は――――――。


「ドーモ、セリュー・ユビキタス=サン。ソニックブームです」


文字通りの爆音に、かき消された。
何かが飛来して、頭を踏まれた……それが俺の最期の認識で。

「っヨッ…世の……ナ…カ……マッポー!!マッポーーーー!!!!!アイエエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

その"何か"を認識した瞬間に全身を支配する、冒涜的ニンジャ・リアリティ・ショック。
どこかの異世界から響いているのではないかと思うほど自分の声には聞こえないそれが、俺の最期の言葉になった。




【……本当に行くんですか?】

「おい、おい、セイバー=サンらしくもねえ。何度も説明する気はねえぜ」

【理屈はわかったんですがね……】

ありふれたマアマア・タカイビルの前にありふれたサラリ・マン。
独り言を呟いているのも、近頃のシンジュクではそう珍しくはない。
僅かに往来を歩く者の目を引くのは、サラリマンのスーツの下から覗き見える金糸のシャツくらいのものだろうか。
アント行進めいてビルに群がる経済戦士たちは、彼の顔を見てアイサツを交わす。
柔和な笑みを浮かべて応じ、誰も居なくなればハンニャもブルーフェイスになるコワモテ男に戻るサラリマン、名をフマトニ。
しかしサラリマンとしての名前はあくまで擬態。ソウカイ・シックスゲイツのニンジャネーム・ソニックブームこそが彼の本名なのだ。

「今日で見納めなんだ、固い事は言いっこなしって決まっただろうが、エエッ?」

【決まったときには本戦は始まってませんでしたがね】

「サイオー・ホース! ま、丁度いい区切りになったと思おうぜ、セイバー=サン」

<新宿>の聖杯戦争に望み、記憶を取り戻したフマトニ=ソニックブームは、勤務していた商社に退職願を出した。
受理されたのが三日前、最後のタダメシ・サラリー消化が昨日。
最後にお世話になった職場の皆さんにアイサツをしてから去る、とソニックブームがセイバー・橘清音に告げたのが、二日前の夜である。
仮初とはいえ組織に属していたのだから何も言わず去るのはスゴイ・シツレイに当たる、というソニックブームの言葉に同調したセイバーではあったが、その時とは状況が変わってしまった。
聖杯戦争本戦の開始の通知、そして危険な主従の情報開示と討伐令を受け、自分たち以外のサーヴァントとマスターも積極的に動き出すだろう。
令呪が極めて分かりやすい位置にあり、本人にコソコソと隠すつもりがまるでないソニックブームは、最も捕捉されやすいマスターだと言える。
本戦が始まるまでに三度も主従に襲撃されたのがいい証拠だ。

【そう思うようにしますよ。これまで倒した人たちに仲間がいた時の為に拠点も変えずに誘いを打っていましたが、杞憂だったみたいですしね】

「アー……そうだな。南元・マチのなんとかってストリートが実際住みやすそうな噂を聞くが?」

【いえ、先ほど不動産屋に行って新居の用意はしておきました。俺は今からそっちに移りますから、貴方もNOTEを閲覧して住所を確認してください】

「流石セイバー=サン、仕事が早ぇ。俺の荷物は?」

【必要なら梱包して運んでおきますが】

「任せた」

マイドの名残でタイムカードを押しそうになり、受付嬢と談笑してから社内に入るソニックブーム。
エレベーターを使わず階段を上がり、脳内にセイバーの宝具、『目覚めた自由の翼(むげんまあいのNOTE)』のイメージを浮かべる。
セイバーがNOTEに書き込んだ新居の住所を文字として認識した。実際シンジュクに来るまでは考えもしなかった体感だ。
七階の踊り場から自分の勤めていた部署に通じる廊下に入る。
挑戦的かつ意欲的な売り上げ努力への喚起を誘うスローガンが無数に張られた掲示板を脇目に、ガラガラと引き戸を開けて神聖な職場に踏み入った。

「ドーモ、ミナサン」

「オオッ」「フマトニ=サンだ!」「ワーーッ!」

「おーおー、フマトニさん。よく来たねえ。優秀な君が退社とは困ったが、部長の私は良き先輩として君の門出を祝うしかない立場上」

その仕事ぶりから職場で信頼を得ていたソニックブームの周囲に、同僚たちが集まってくる。
しかし始業時間まで間もない割には、その人数はソニックブームの予想を超えてまばらだった。
普段ならズラリと並んだデスクが満員だというのに、今は半分も埋まっていない。
ところどころに置かれる花瓶を見れば、ジュンショク・シャが昨今の新宿環境問題で出ていると察しはつくが、それを差し引いても欠席が多い。
ドタドタと足音を立てて近づいてくる部長に一礼し、ソニックブームはこの奇妙な現象の訳を尋ねてみた。
肥満体の部長は、汗を拭きながらデスクを見渡して言った。

「それがさっぱり分からんのだ。誰からも連絡がないし、他の部署でもこの有様だそうでな」

「電車でも脱線したのでは?」

「いや、来てない奴が皆同じ方面に住んでるからそうじゃないかと思って問い合わせたんだが、違うらしい」

「それはかなり奇ッ怪ですね……」

まあともかく、と部長は困り顔から満面の笑みに戻り、分厚い茶封筒を差し出した。
フマトニの一ヶ月分のサラリーの半分ほどの額だがカンパ餞別だ、と遠慮するソニックブームの懐に金をねじ込む。
さらに今夜は丁度週末なので送別会という名目で飲み明かそう、と誘う。

「ユウジョウ!」「ユウジョウ!」

「ハハ……」

和気藹々とした同僚たちのアトモスフィアに愛想笑いを返すソニックブーム。
内心では、真面目に生きているモータルの皆さんとユウジョウはできねえよ、などと悪態をついていたのだが、空気を破壊するような事はしない。
ニンジャも時には奥ゆかしいのだ。
十分礼儀は果たしたと判断して別れのアイサツと共に部署を後にするソニックブームに、部長が一人見送りだと言って着いてくる。
並んで階段を降りながら、彼は感慨深げに切り出した。

「なあ、フマトニさん。君は退社してこれからどうするんだい?」

「特には考えてませんが、新宿でお目にかかる事はもうないでしょう」

実際、会社を出ればフマトニの姿はソニックブームへと変わり、再度出現することはない。
両者を結び付けられる者が余人にいない以上、フマトニはこの街から消えると考えてもいいだろう。
部長はその言葉を額面通りに受けとったようで、「確かになぁ」と頷いて困ったような笑みを浮かべた。

「何せ、今の新宿は酷い有様だ。こんな街を出て行きたいって気持ちも、分からんじゃあないよ」

「恐縮です」

「ま、それでもフマトニさんが我が部署で立派に働いてくれていたのは事実。街が静かになって、都合が合えばいつでも戻ってきてくれ。上へは私が口利きする」

「感謝の極みです、ブチョウ=サン」

ニンジャとして暴力の世界に生きる事を是とするソニックブームだが、フマトニとして過ごした経済生活も決して悪いものではなかった。
重金属酸性雨も降らず、暗黒メガコーポに支配されているわけでもない平穏な国が嫌いな者などいるものか。
しかしこの街が平穏を取り戻す時、ソニックブームはこの街にはいない。
醜くもすっかり馴染んだ己の生き場所・ネオサイタマに戻るか、一敗地に塗れて死んでいるだろう。
ソウカイ・シックスゲイツのニンジャ、ソニックブームに迷いや未練など微塵もない。生き残って最後に笑うよう努力するのみだ。
一階エントランスに到着し、部長に向き合ったソニックブームは最後のサラリマン・オジギを交わす。

「ブチョウ=サン、見送りはここまでで結構です。オタッシャデ!」

「サヨナラ!」

爽やかな気持ちでフマトニとしてのロールに別れを告げ、ソニックブームは商社を後にした。
スーツを脱ぎ捨て、天を衝くヘアー・スタイルを醸成し、メンポを被りながら気を吐く。
これにて現世のしがらみは清算。聖杯戦争に専念するのだ。

「と、いっても願いも決まっちゃいねえんだがな……ン?」

とりあえず、連絡もなく休んでいる同僚達が住む西新宿方面にでも行ってみるか…と考えた直後だった。
商社を離れてブラブラと歩くソニックブームの常人より三倍は優れた聴力が、喧騒を聞きつける。
バイオ・スモトリよりも凶暴そうな獣の声。明らかに尋常な事態ではないと察したソニックブームは即座に足を地面に踏みしめた。
直後、彼の身体は野鳥のごとく飛翔。ビルの三階ほどまで跳ね上がり、群列するアパート・マンションの壁に足をつけた。
目撃者がいればニンジャを想起せざるを得ないほどの機動性で壁を駆けるソニックブーム。
市街地におけるショートカット・ワザマエにおいてニンジャを凌駕する者はとても珍しいのだ!
パイプや室外機を踏みつけ、眼にも止まらぬ速度で音源地に到達する。その場には、怪物の死体と、見覚えのある者たちの姿があった。
一瞬の逡巡もなく、ソニックブームは彼らが敵対していると判断したモノノケじみて変化しようとする男の頭を踏みつけにして、その場に足を下ろす。
息を呑む女をもう一度眺めてその素性を確信、セイバーに念話を送りながら、ソニックブームはニンジャとしてのアイサツを行う。

「ドーモ、セリュー・ユビキタス=サン。ソニックブームです」

足元の男が何か呟こうとするのを最期まで聞く事なく、ソニックブームはその頭を踏み砕いた。


ニンジャが出て挨拶された。
あまりに突飛な出来事に、セリューは数秒硬直していたが、自分の前に出たバッターの姿を見て我に帰る。
悪党を仕留めたと思ったら、目撃者もまた悪党。その目撃者が牙を剥くと同時に殺害したニンジャは敵か味方か……。
セリューの名前を知っているという事は、討伐令を確認した聖杯戦争の参加者に相違あるまい。
いかにもチンピラのような暴力的な様相だが、ニンジャとしか形容しようのない不気味さをも全身から放っている。
しかし、巧妙に擬態しセリューの隙を突いてきた敵を排除するというニンジャ・ソニックブームの行動が、セリューの判断の撃鉄を留めていた。

「俺は"バッター"だ。神聖な任務を果たす為に来た」

「ドーモ、バッター=サン。……そこのガキと男はテメエ等が殺ったのか?」

「子供は、何者かに魂を穢された怪物だ。我々が浄化した。男はその被害者だ」

「その通りです! ええと、ソニックブームさん。確かに私はセリュー・ユビキタスです、よろしくお願いします」

動じる事なく自己紹介を行ったバッターに倣い、セリューも敬礼と共に名乗りを上げた。
対するソニックブームは、悪魔と人間の合間のような形態になって死んでいる足元の男をぐい、と担ぎ上げて横目でまじまじと眺めている。
完全に絶命したにも関わらず、並みの使い魔のように魔力が霧散して消滅しない事例は、ソニックブームも幾度か目にしていた。

「こいつらも例のミンチ殺人事件の下手人ってわけだな、エエッ?」

「殺された者の死体の状況を見れば、そう考えるのが妥当だろう」

哀れ血肉を貪られた青年の死体のような者は、今や新宿の至る所で発見されている。
あまりに広範囲で起きている為カルト教団か都市テロ集団か、と恐れられる事件の真実は、こういった悪魔たちが各地で暴れまわっているという事なのだろう。
組織的でない多数の犯人が存在する同じ手口の殺人、と当たりをつけられる者はいるかもしれない。
しかしそれら犯人たちが人外の魔物だと想定できるのは、聖杯戦争の参加者くらいのものだった。
……数秒の後、緊迫する空気を打ち破るように、ソニックブームが突如声を上げる。

「アッアッ……うちのサーヴァント=サンがテメエ等に聞きてえ事があるってんで、代弁するぜ」

「霊的存在はお前の傍にはいない。少なくとも、念話が届く距離にはな。虚勢を張っているのか?」

「ウルッセー、色々とあるンだよ。エー……【何故<新宿>の住民を百名以上も殺した?】だとよ、バッター=サン、セリュー=サン」

バッターの持つスキル、対霊・概念に対する知覚力は、ソニックブームのサーヴァントを捉えていない。遠く離れている事は明白だ。
しかしハッタリを見破られた様子など微塵も見せないニンジャに対し感知力を深めたバッターは、何らかの宝具の発動を見て取っていた。
本来のランクより大きく下がっているとはいえ対霊・概念スキルは極めて強力かつ有用なスキルではあるが、決して絶対ではない。
先ほどの男が本性を現すまで悪魔であることに気付けなかったのも単にファンブルの問題なのか、男が何らかの秘匿スキルを用いていたのかも分からない。
優れた感覚だからこそ過信は禁物なのだな、と肝に命じたバッターは、それゆえにサーヴァントを侍らせていないソニックブームにも警戒を怠らなかった。
セリューに念話を飛ばして【お前が応対しろ】と指示を出し、自身は臨戦態勢を保つ。セリューは【お任せあれです!】と返し、隠すことない本音でニンジャの問いに答えた。

「何故って、あいつらが悪だったからですよ! 私たちは無差別に人を殺す遠坂凛とは違います!」

「……【悪とは、どういう意味だ?】だってよ」

「善良な民を苦しめる、反国家的な集団や個人です。主に正義を執行した相手は、この国で俗に言うヤクザですね」

「おお、ひょっとしてヤクザ・クランを壊滅させたってのはてめェ等の……【どういう権利があって、ヤクザたちを殺している?】」

「正義を体現する者として行動した、それだけです! 権利や義務なんて大層な話じゃなく、当然のことをしたまでですよ!」

「【善良な人を助けるのはこの国では警察の仕事であり、彼等の職責だ。この<新宿>にとって部外者の貴女がやっていい事ではない】」

「前者は知っていますが、後者は間違っていますよ! 警察の方が私が来るまで行動していなかったから私がやっているだけで、正義を名乗って正義を為してはいけないのは、悪だけです!」

【会話をするだけ無駄なようですね……理屈が合わない相手との会話は生前嫌というほど経験しましたが、ここまでの人相手では俺にはちょっと……】

「ハッハッハッ! ま、後は俺に任せな、サーヴァント=サン」

「??」

サーヴァントの暴走など何か事情があって殺人を犯したのではないか、と討伐令を出された主従との対話を試みたセイバー=清音だったが、特別な事情はないと悟ると対話を諦めた。
自分が悪と認めた者を殺す、という意思がもはや生態に近い域に達しているセリューと、それを助長するバッター。
杓子定規な性格のセイバーでは彼等の考えを改めさせることはできないし、生前の経験から歩み寄る気がない人間の区別は本能的につく様にもなっていた。
怪訝な顔のセリューに、豪放に笑うソニックブームが語りかける。所謂「こだわり過ぎない」彼のような人間の方が、狂人の相手には向いているのかもしれない。

「オッケー、オッケー。バトンタッチだ、セリュー=サン。次は俺様とお話しようぜぇ」

「サーヴァントさんの方は分かってくれたみたいですね。 ええ、構いませんよ、ソニックブームさん!」

「お前サンは自分が正しいと思っているみてぇだが、社会には秩序ってもんがある。それを破ったから、討伐令を出されたわけだが、それについてはどう思う、エエッ?」

「正義を為した結果崩れる秩序なんて、在ること自体が間違いなんですよ。そんな理不尽を平然と敷くこの聖杯戦争の主催者を、私とバッターさんは絶対に許しません!」

「ヒュー、吹くじゃねえか。聖杯争奪の相手を前に、先にシャチョサンに喧嘩を売るってかぁ?」

ソニックブームは、湧き上がる嘲笑と苛立ちをメンポで口元に留めながら、セリューの青すぎる危険な主張を聞き続ける。

「聖杯争奪……やはりソニックブームさんも、聖杯を求めてこの戦争に?」

「いや、気付いたらこのシンジュクにいた。聖杯に届ける願いは、考え中ってとこだ」

「正義を否定する主催者の口車に乗るなんて、いけませんよ! 聖杯は諦めて堅実に生きるべきです!」

「疑いだすとキリが無い、ってコトワザがあるが……まあ一理はあるように聞こえるな、エエッ」

願いが希薄なソニックブームだからこそ、セリューの妄言に一定の理解が得られた。
確かに、強制的に連れてこられて言うことを聞いて勝ち残れば願いを叶えてやる、などという仕打ちはマッポーのネオサイタマでもそうはない。
聖杯戦争を仕組んだ連中の腹積もりくらいは探ったほうがいいのかもしれないが、ソニックブームとしては特に興味はそそられなかった。
暴れられればそれでいいとすら思える。

「じゃあてめェ等は聖杯じゃなくて何が目当てでこのシンジュクにいるんだ、エエッ?」

「正義に満ちた世界を作る……それが私とバッターさんの目的です!」

「成る程、立派じゃねえか」

心にもない賛辞を送りながら、ソニックブームは心中でセリュー達をどうするか、と思案していた。
令呪を使う予定がない以上、戦いを挑まなくてはならない理由もないし、彼個人としてはセリューたちの思考はともかく行動に干渉して阻む確固たる理由もない。
己のサーヴァント・セイバーはヤクザ相手でも虐殺はやめさせたいし、聞き入れないならば実力を行使するのも構わないとの意見だ。しかし、これも現状では超積極的ではない
何よりソニックブームにとって重要な、戦って楽しめるか?という所に、セリューたちが十分に応えてくれるとは彼には思えなかった。
目の前の狂人二人はワザマエは十分だろうが、戦いではなく処刑に喜びを覚える人種だと、無意識の内に看破したのだ。
彼等と戦うよりは、彼等を狙ってくる主従を狙っていた方が、実りある戦争の日々を過ごせると結論したソニックブームは、一つの提案を持ちかけた。

「セリュー=サン、お前の正義感にはほとほと感服したぜ、どうだ、俺と組まねえか、エエッ? 」

「協力する、という事ですか?」

「オオ、スカウトって奴だ。討伐報酬目当てに寄って来る連中を俺が受け持ち、そっちは主催者ってのを倒すのに専念する。どうだ?」

ソニックブームの魂胆は、無論言葉通りのものではない。
共に行動すれば隙を突くことも容易く、令呪が必要になった時に補充するアテが出来る。
主催者だけに目を向けさせれば、セイバーが懸念している悪党狩りも少しは減らせるだろう、と考えての同盟の持ちかけであった。
だが、セリューに意見を求められたバッターは、無言で首を振る。

「それは出来ない。穢れた魂と歩む選択肢は、ない」

「バッターさん?」

「ソニックブーム。お前には亡霊の魂が宿り、もはや分離できない程に混ざり切っている」

「ニンジャ・ソウルの事か。それがどうした? 俺は俺だぜ、バッター=サン」

「お前は穢れた魂だ。浄化を免れることはできない」

セリューの同意を待たず、バッターが己が凶器を構えて駆け出した。
常人ならば瞬きする間に間合いをゼロにするサーヴァントの突撃に、しかしソニックブームはバック・ステップで対応することが出来た。
ニンジャ動体視力の恩恵か、死への時間を零から一瞬延ばす事に成功した後退。
だがその一瞬を、英霊の具現たる者たちは即座に零に引き戻す。故に、本来意味のない抵抗―――。
そう、ソニックブームのサーヴァントが他ならぬ橘清音でなければ、意味のない一瞬の抵抗である。

「ッダテメー!スッゾオラー!」

「!?」

追いすがるバッターの手を止めたのは、空気を振るわせるニンジャの怒号ではない。
怒号を喚び水にするように、ソニックブームの周囲から菱形の非実体がバッターに向けて殺到したのだ。
手裏剣のようなそれをバットで弾いたバッターは、それが刀剣による斬撃に近い性質を持っていると看破した。
その威力も、瞬発的に放たれた物として人間が届き得ない域にあり、サーヴァントの攻撃としか思えない。
だが、バッターが油断なくソニックブームの周囲を注視しても霊的存在はどこにもいない。
"圏境"に準えられるほどの気配遮断スキルを持ってしても、バッターの概念感知力から こうは隠れ得ないだろう。

「ザッケンナ、このバケワニが……交渉は決裂ってわけだな、エエッ!?」

「……」

「チッ……セリュー=サン、せいぜい気張るんだな、アバヨ!」

バッターの足が止まる。相手の手の内が読めない以上、当然のことではあるが、バーサーカーというクラスにはあり得ない冷静さだ。
目に見えない存在が、遠隔地からこの場に干渉している。そうとしか思えない現象を前に、バッターは警戒のレベルをMAXにしていた。
ソニックブームはそんなバッターを見て、壁を縦横に蹴って飛び上がり、道路脇の電柱の頂点に着地した。
半悪魔化した男の死体を担いだニンジャが、捨て台詞を残してその場を去っていく。
ソニックブーム・遁走だ。瀑布の烈風と共に駆けるその姿は、モータルでは目で追うことすらできまい。
建物から建物へと飛び移り、やがて廃工場のトタン屋根の上で腰を下ろす。
バッター達が追ってきていないことを確認し、死体の服をまさぐる。果たして、目当ての物は見つかった。

「やはりマッポだったか。アトモスフィア直感で分かるってもんだぜ」

ソニックブームはこの悪魔刑事の頭を踏み砕く瞬間、官憲特有のオーラを感じていた。
元ヤクザ・バウンサーならではの後天的嗅覚であるといえよう。
取り出した警察手帳には、いくつかの連絡先の中にセリュー・ユビキタスの名と現住所が記されていた。
彼女達を狙っている主従に対する交渉条件にするもよし、周辺を張り込んで嗅ぎ付けて来たハンターを強襲するもよし。

「しかし一体何匹いやがるんだ、このモノノケ共は、エエッ?」

【無作為に放たれている、という俺の推測は間違いだったかもしれませんね、あの正義の味方気取りの連中を狙っていたわけですし】

「モータルを改造する親玉がいるとして、それがこうゴロゴロとシティをうろついているとなると……厄介だな」

【拠点を移したところでどこで見つかるか分かりませんね。寿司を食べに外出するの、やめませんか?】

「スシはやめねえ」

決然と言い放ち、死体を担ぎなおしてニンジャが再び走り出す。
聖杯戦争を勝ち抜く為の謀を適当に立て、暴れる算段を思うがままに立てる。彼らしく、彼のままに。
フマトニを脱したソニックブームは実際、<新宿>を吹き荒れる音速戦闘機となっていた。






【西大久保二丁目 移動中/1日目 午前9:20分】


【ソニックブーム@ニンジャスレイヤー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ニンジャ装束
[道具]餞別の茶封筒、警察手帳、悪魔(ノヅチ)の屍骸
[所持金]ちょっと貧乏、そのうち退職金が入る
[思考・状況]
基本行動方針:戦いを楽しむ
1.願いを探す
2.セリューを利用して戦いを楽しめる時を待つ
3.セイバー=サンと合流
[備考]
  • フマトニ時代に勤めていた会社を退職し、拠点も移しました(過去の拠点、新しい拠点の位置は他の書き手氏にお任せします)。
  • セリュー・ユビキタスとバッターを認識し、現住所を把握しました。
  • 新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています。

【???/1日目 午前9:20分】

【橘清音@ガッチャマンクラウズ】
[状態]健康、実体化、変身中
[装備]ガッチャ装束
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯にマスターの願いを届ける
1.自分も納得できるようなマスターの願いを共に探す
2.セリュー・バッターを危険視
3.他人を害する者を許さない








「消えたか。人間とは思えない素早さだ」

「バッターさん、あの人は悪なんですか?」

「浄化の対象だ。その問いには、お前が自分で答えを出すといい」

路地裏に取り残されたセリューとバッターは、被害者の死体を簡単に弔いながら会話をしていた。
バッターの手に触れた死体が黴とも塵ともつかぬものに代わり、風に乗って消えていく様を見ながら、セリューは腕を組んで考え込む。

「あの怪物たちと同じ、何かに憑りつかれている……それなら、彼もいつかは暴走して他人を襲うんでしょうか?」

「否定はできないな。だが、奴は強靭な精神力で亡霊の魂に負けず、己を保っている。俺も、これまで見たこともない例だ」

「だったら……」

「それでも、穢れた魂は浄化されなくてはならない。神聖なる任務は、果たさなくてはならない」

断言。バッターは常に、自分の意見を曲げずに言い放つ。
不変不動の狂気。それはスキルで保障される以前に、彼の魂の在り方だった。
その力強さに、セリューも頷いた。

「そうですね、正義に満ちた世界を作るためには、悪や亡霊を一掃しなくちゃならない、そうでした」

「お前は、ソニックブームを殺すことができるか?」

「……あの人は今は悪ではないと思います。でもいつか悪に染まるのが決まっているなら、正義を執行することに迷いはありません」

「そうか」

セリューは、どこか恩師に似た雰囲気を持つソニックブームに心からの好感を覚えていた。
一件強面で、言葉遣いも粗暴だが、セリューとバッターの理想を立派だ、と言ってくれた彼の心の中にも、きっと正義があるに違いない、と。
しかし、絶対的に信頼するバッターの言葉、彼がニンジャソウルなる亡霊に憑りつかれてあの悪の獣たちのようになるというのならば。
その前に自分の手で殺すことも、一種の救いと言えるのだろう。セリューはそう考えることで、悪を殺す自身の理想と、世界を浄化するバッターの理想の齟齬から目をそらす。
そして目を逸らした先で、由無し事を一つ、思い出した。

「……あ、スカウト、って……」

ソニックブームがふと漏らした言葉と同じそれを、つい近日耳にした覚えがあったのだ。
<新宿>に来てからセリューが穏便に会話をした相手は相当数いるが、会話の内容を思い出せるほど何度も話した相手は限られる。
姿も名前も知らない電話だけの付き合いの情報提供者。その穏やかな声に不思議と信頼を覚える、セリューの名前も知らないはずの男性。
彼との世間話の中で、最近<新宿>に来たという共通点があることに会話が及んだことがあった。
もちろんセリューは割り当てられたロールを語ったが、相手の男は珍しく少し抽象的な言葉で、自分が新宿に来た目的を語ったのだ。

『まあ、他人から見たら遊興なのだろうがね』

『傍観でもあり、俯瞰でもあり……そうだな、最終的には……』

君達をスカウトに来たことになるのかも知れんな、と男性は語っていた。
きょとんと沈黙するセリューに『まあ、今はまだ手段も何も変えられる、それくらいのつまらない目的だよ』と言って次の話題に移ったものだ。

「いい人は言葉も似てくるのかもしれませんね!」

その事については深く考えることもなく、セリューは己の精神を狂った正常値に保ち、帰路に着いた。


―――もう九時だというのに。空に、明けの明星を望みながら。






【西大久保二丁目 路地裏/1日目 09:20】


【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]この世界の価値観にあった服装(警備隊時代の服は別にしまってある)
[道具]トンファーガン、体内に仕込まれた銃 免許証×20 やくざの匕首 携帯電話
[所持金]ちょっと貧乏
[思考・状況]
基本行動方針:悪は死ね
1.正義を成す
2.悪は死ね
3.バッターに従う
[備考]
  • 遠坂凛を許し難い悪だと認識しました
  • ソニックブームを殺さなければならないと認識しました
  • 主催者を悪だと認識しました
  • 自分達に討伐令が下されたのは理不尽だと憤っています
  • バッターの理想に強い同調を示しております
  • 病院施設に逗留中と自称する謎の男性から、<新宿>の裏情報などを得ています
  • 西大久保二丁目の路地裏の一角に悪魔化が解除された少年(トウコツ)の死体が放置されています
  • 上記周辺に、戦闘による騒音が発生しました


【バーサーカー(バッター)@OFF】
[状態]健康 魔力消費(小)
[装備]野球帽、野球のユニフォーム
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:世界の浄化
1.主催者の抹殺
2.立ちはだかる者には浄化を
[備考]
  • 主催者は絶対に殺すと意気込んでいます
  • セリューを逮捕しようとした警察を相当数殺害したようです
  • 新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています
  • 自身の対霊・概念スキルでも感知できない存在がいると知りました
  • ………………………………



時系列順


投下順



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00:全ての人の魂の夜想曲 ソニックブーム(フマトニ) 38:仮面忍法帖
セイバー(橘清音)
05:全方位喧嘩外交 セリュー・ユビキタス 38:仮面忍法帖
バーサーカー(バッター)