いきなり剣を身体に突き立てられたような驚きが、レイン・ポゥを襲っていた。
生前、自らが生み出した虹色の凶器で、何人もの魔法少女を葬って来た。だから、解るのだ。
クリティカルヒットの手ごたえと言う物を、である。よもや間違えようもない。あの時彼女が放った虹は、寸分の狂いなく黒贄の心臓を断ち、
内臓器官をズタズタにした。如何に頑強な魔法少女と言えど、内臓を破壊されれば即死する。此処で初めて、純恋子が告げた、
黒贄のステータスの不透明な部分を認識した。『耐久値EX』、もしや、これが関係しているのか? と、レイン・ポゥは睨んだ。

「おや凛さん、何とか生きておりましたか」

 久方ぶりに出会った旧友の調子でも尋ねるような呑気な口調で黒贄が言った。
薄い笑みは崩れない。能天気を通り越して、最早気狂いの域にある現状の認識能力のなさであった。
そんな彼でも、今はいた方がマシの人物だった。慌てて彼の下へと近付いて行く、と言うよりは、彼の右斜め後に隠れた。
黒贄の真正面に立って居たら、自分も殺される可能性が高いからである。

「ば、バーサーカー……、そ、その傷、大丈夫なの?」

 黒贄のせいで、死体は既に見慣れている。純恋子やレイン・ポゥから逃げる間に、何人も見てきた。
しかし、自分が引き当てたサーヴァントがこうなっているとなると、流石の凛も動揺を隠せない。
「あぁ」、と気付いた様に黒贄が言った。

「ご心配なく。場面転換してたら治る傷ですから、と言っても、如何もここではそうも行かないようですが。それと、私の名はバーサーカーではなく黒贄です。お間違えようのなく」

「(場面転換……?)」

 黒贄の言っている事の意味は理解出来なかったが、さしあたって無事である、と言う事だけは凛は認識出来た。
ちなみに、黒贄が己の真名を敵のサーヴァントの前で口にしている事は、普通に無視している。指摘した所で黒贄が凛の言う事を聞くとは、思わなかったからだ。
真名を、公共機関に自分の名前を告げるような感覚で言い放った黒贄に、敵であるレイン・ポゥは驚きを隠せていないようであったが。

「さて、そちらの方は、どなたでしょう?」

 と言って黒贄は、レイン・ポゥの方に目線を送った。
暗殺者の魔法少女、レイン・ポゥが、液体窒素を浴びせ掛けられたような、冷たすぎる悪寒を感じる程の瞳だった。
川底の淀んだ泥のような瞳をした魔法少女を見た事もあるし、ドブ川のような臭いと性格の魔法少女を見た事もある。
この男は、別格だった。瞳は淀んでいない、寧ろ冷たく澄んでいる位だ。腐ったドブのような臭いだって、欠片も感じ取れない。
――『死』だ。純度の高い、『死』の香りが、黒贄からは漂っていた。この男は、善だの悪だのと言う、二元論的な概念を超越している。
あの大量虐殺は、この男にとっては善も悪もなかったのだ。ただ、自身がそうしたいと思ったから。楽しいと思ったから。
そうしただけなのだ。ただ無邪気に、自分がしたかったから人を殺しただけ。この男は悪でもないし、況してや善ですらない。

 ――『災厄』。そう、この男を言い表すならば、この二文字が、何よりも相応しいと、レイン・ポゥは即座に理解してしまった。
黒贄は、人の意思を持った大地震だった。黒贄は、恣意的な感情で動き回るタイフーンだった。

「敵よ、敵!! 討伐令の報告を見て、私達を殺しに来た!!」

 現状を理解していない黒贄に焦りを覚えた凛は、慌ててレイン・ポゥ達の素性を説明する。
「ははぁ」、と、やはりこの黒礼服のバーサーカーは呑気だった。

「護衛の任務を果たす時、と言う奴ですな」

「そうよ、今こそ――」

「安心して下さい凛さん。この方は――『そそられます』」

 ――そそられる。
その言葉の意味を、殆ど同時と言うタイミングで、人の身である遠坂凛と、暗殺を重ねて来た魔法少女であるレイン・ポゥは理解してしまった。
つまり、レイン・ポゥは、黒贄礼太郎と言う、希代の殺人狂の眼鏡に、適ってしまったのである。

「えーっと、初めまして。私の名前は黒贄礼太郎、くらちゃんで結構ですよ。あ、バーサーカーで呼ばれてます」

 真名を語るにしても、クラス名と逆に言うべきだろうと、この場の誰もが思わない。
完全に、黒贄礼太郎と言うバーサーカーの度を過ぎたマイペースさに呑まれているだけであった。
「そちらは?」、と、黒贄は自己紹介を促すが、やがて、正気、もとい、レイン・ポゥもいつもの調子を取り戻したらしく、ハッ、と黒贄の言葉を鼻で笑った。

「馬鹿じゃないのアンタ? 言う訳ないっしょ」

「成程、馬鹿じゃないのアンタ? 言う訳ないっしょさんと言うのですね。よくその名前を市役所は受理したものですなぁ」

 本人はいたって大真面目に言っているのだが、真っ当な精神の持ち主からしたら、人をおちょくっているとしか思えない。
それに、今の黒贄の姿は、余りにも隙だらけだった。だからレイン・ポゥは、次に何かアレが言葉を口にしたら、虹の刃で切り裂こうとすら思っていた。

「ところで――」

 其処まで言った瞬間だった、レイン・ポゥの身の回りの虚空から現出した偏平状の虹が、時速数百㎞と言う殺人的な速度で伸びて行ったのは。
肉を切り、骨を断つ音が、再び黒贄の胸部から響いて来た。彼女は今度は、虹の向きを横ではなく、『縦』にして伸ばして見たのだ。
胸から血が噴き出、紅色の霧霞が黒贄の周りに舞い散った。手ごたえだけはある。あるのに……死んだ、と言う一番欲しい時間が、如何にも希薄で曖昧だ。
「黒贄!!」と言う凛の悲痛な叫び声が聞こえて来たが――

「凛さん、くじを引いて貰いたいのですが」

 何事もなかったかのように、いつもの薄笑いを浮かべながら、黒贄は言葉を発していた。
明らかに虹の幅的に、肺を切り潰しているにも拘らず、何故この男は、平時と変わらない声量で喋れているのか。

「くじ、くじ!?」

 と、凛は、黒贄の胸部に突き刺さった虹の凶器に驚くのと、黒贄が言い出した突拍子もない事に対する呆れとが入り混じった声で叫ぶ。
この期に及んで黒贄は、宝具である凶器くじを凛に引かせようと言うらしい。そんな事をしている時間は、ないに決まっているだろう。
だが実際には――その時間は存在した。レイン・ポゥが、完全に黒贄の異常性に動揺していたからだ。
どんなナイフよりも、どんな銃よりも信頼している、自らの虹で、急所を切り裂いた筈なのに、何故、このバーサーカーは生きている。
耐久EX。これが、何に起因する高さなのか、全く分からない。宝具か、それとも、スキルか。そんな事を考えているレイン・ポゥを、凛は見た。
その一瞬を、彼女は見逃さなかった。念話で【出して!!】と急いで告げるや、黒贄はどこからか、立方体のくじ箱を取り出した。
箱の上面に、人が腕を余裕で入れられる穴の空いたそれは、くじ箱だ。正確には、黒贄礼太郎が用いる、凶器を呼び出す狂気の箱。
通称を、『凶器くじ』。凛は急いで其処の中に右手を入れ、真っ先に手に触れた紙を摘まみ、取り出した。

「77!!」

 凛が叫ぶ。そして、何時までも、黒贄の不死性について思案し続けるレイン・ポゥではない。
レイン・ポゥは、黒贄がダメなら、マスターである凛の方へと、虹の刃を向かわせた。マスターが死ねば、マスターの魔力で現界しているサーヴァントは、
滅びを待つだけだからだ。「あ」、と言う一言を口にするしか、彼女には出来ない。自らの主目掛けて、虹の刃が音も立てず、熱も生じさせず、殺意をも伴わせず。
ただ、対象に到達する、と言う意思だけを以て向かって行く。主が真っ直ぐに迎えと念じれば、その念のみに従い真っ直ぐ向かって行く、この世の誰よりも愚直な、七色の従者。

 その軌道上に、黒贄が立った。
腰の部分に、虹の刃が食い込む。血飛沫が舞い、骨盤が破壊される音が響いた。
ほんの少しであるが、生身のサーヴァントに直撃してしまうと、虹は本来の進行速度から減速してしまう。況してや相手が、頑強なサーヴァントともなると猶更だ。
その一瞬の減速に、凛は救われた。急いで横っ飛びに飛び退き、迫りくる七色の殺意を回避する。

「く、黒贄……」

 一瞬だが、自分を守ってくれたのか、と凛は思った。
自分がいなければ殺人を行うと言う欲求を満たせないからだ、と解っていても、殊勝な心掛けだとは思うが――それですら、なかった。
黒贄は、今まで突っ立っていた玄関の靴置場に置いてあった、ゴム製の長靴を屈んで拾い取り、その一部分を指の力で破り取った後で、
長靴めい一杯広げ、それを被った。指で破り取った所が丁度、黒贄の目の位置に来ており、まるで長靴の被り物を被っているかのようだった。
舐めるな、と思いながら、虹の刃を、今度は首目掛けて射出させるが、黒贄は横に移動し、自らの身体を突き刺す虹の刃から身体を引きあがす。
無理に身体を虹から離れさせたせいで、骨盤は最早元の形を留めない位に砕かれ、虹が突き刺さった足と腰の境目付近は、九割程も切り裂かれてしまっていた。
ほんの少しの衝撃を加えるだけで、足と胴体を繋いでいる肉の繋ぎ目から千切れ落ち、上半身が地面に落ちてしまいそうであった。

 そう言えば、以前、黒贄の口から語られた事があった。
殺人鬼には幾つかの美学がなければならず――理解が出来ない――、彼は特に、『仮面』と『奇声』に拘ると言う。
ではあの長靴は、仮面なのか? 仮に仮面だとしたら次に行う事は――。

「長靴を被っていますからね、今日は『な』で行きますか」

 レイン・ポゥは、待たない。黒贄の頭蓋目掛けて虹を放つ。
額の真ん中の辺りに虹の縁が直撃し、頭の皿の部分が頭上に空中に素っ飛んで行く。
自身の呼び寄せたサーヴァントの、余りに凄絶な状態に、凛は堪らない嘔吐感を覚えるが、気合で、それらを抑え込んだ。

「ナャルテュー、ナミムメー、ナミミミム、ナノモヤエ、ナナコプフー……よし、これに致しましょう」

 そう黒贄が告げた、その瞬間だった。





                                  「ナナコプフー」





 驚く程気の抜ける声だった。身体の裡で気張らせた感情が一つ残らず殺されるような。
腹の中に隠し持っていた刀が一瞬で錆びて使い物にならなくなるような。この世の全てが、全て無意味であると説かれてしまうような。
だが――あの目は何だ。レイン・ポゥだけが、長靴の仮面から覗く黒贄の瞳を見ている。
この世の全ての命の意味を否定する瞳をしていた。万物の存在する意味とは何か、と問いかける瞳をしていた。
蒼い空と言うヴェールを剥ぎ取り、宇宙の暗黒を剥き出しにした様な、絶対零度の冷たさを宿した瞳で。黒贄は、レイン・ポゥ――獲物――を見ていた。

「ナナコプフー」

 気の抜ける奇声を上げながら、黒贄が走った。
初速の時点で時速百kmを超える、凄まじい速度の移動速。レイン・ポゥの下に近付くまでに、彼は何時の間にか、凛が引いた凶器くじに対応する武器を握っていた。
黒贄が今手にしているのは、境界標だった。材質はコンクリートらしく、長さは一m程。家屋や建物との土地境界を確約させる重要なものであるが、
実物は長い。普段は土に埋まっているからこそ、実感が湧かないのである。そして、重い。二十~三十kg、場合によってはそれ以上の重さは下るまい。

 それを黒贄は、子供が小枝を無邪気に振り回すような感覚でレイン・ポゥの脳天目掛けて振り落とした。
焦らずに彼女は、境界標の振り落とされる軌道を読み、其処に虹を生み出す。形容の出来ない程の大音を立てさせて、コンクリートの殺意と七色の殺意が激突する。
埒外の筋力の衝突を喰らう虹であるが、それはビクともしなかった。レイン・ポゥは、自らの生み出す虹の強度に全幅の信頼を置いている。
物理的な攻撃であれば、砲弾やミサイルによる一撃ですら、防いで見せる程の防御力を虹は有していた。

「ナナコプフー」

 達人めいた速度で黒贄は腕を引き、横薙ぎに境界標を振った。風のような速度だった。
これだけの重さの物を全力で振り落とせば、腕に衝撃が走り、痺れて動けなくなるのが当然の運びになるのだが、この男にはそれがなかった。
いや、既に感覚と言うものを、感じないのかもしれない。

 レイン・ポゥは黒贄のこの一撃を、やはり、信頼する虹のバリケードを展開させて防ぎながら、後ろの方にバックステップをし、距離を取る。
虹の刃が殺人的な加速度を伴って黒贄の首目掛けて放たれる。――殺人鬼は、避けなかった。いや、厳密に言えば、少しだけ上体を横にずらした。
レイン・ポゥが本来意図した直撃の仕方をすれば、黒贄の首が刎ね飛んだのだが、黒贄は、そうならないように上半身を少々右に傾ける事で、この事態を防いだ。
しかし、虹の縁は確かに首に直撃。全体の七割が、剃刀の万倍の鋭さを誇る虹の縁に斬り裂かれる。常人であれば首を刎ねられなくとも、死んでいる程の致命傷。

 この状態で黒贄は、変わらぬ笑顔を浮かべてレイン・ポゥの方へ猛進して来た。

「ナナコプフー」

 境界標を振り落とし、レイン・ポゥの頭を潰そうとする黒贄。
まだまだ軌道が大ぶりな為、余裕を以てレインポウは後ろに飛び退き回避する。
着地ざまに虹を、境界標を持つ右腕の肘方面に放つが、黒贄はこれを、右脇の壁を体当たりで破壊し、隣の部屋に移動する事で躱す。
進行ルートを予測し、その方向に幅一m半程の虹のバリケードを幾つも展開させる、と同時に、その予測した方角から、壁の砕ける音が勢いよく響いた。

「ナナコプフー」

 境界標で思いっきり、虹のバリケードに刺突を放つが、七色の壁に阻まれる。
レイン・ポゥの生み出した虹は全く微動だにすらせず、黒贄の一撃を防いでしまう。

「ナナコプフー」

 右斜めから振りおろし、激突させる。やはり破壊されない。

「ナナコプフー」

 左斜めから振り落とす。衝突、壊れない。
此処で、黒贄の背後から虹が不意打ち気味に現出、彼は成す術もなく肝臓の辺りを、幅三十cm程の大きさの虹に貫かれる。

「ナナコプフー」

 それすらも意に介さず、黒贄は、滅茶苦茶に境界標を振り回しまくり、虹の壁を破壊しようとする。
彼が虹の破壊に夢中になっている間、レイン・ポゥは素早く移動。虹の壁や橋は、レイン・ポゥの目から見た場合透明に映るのではなく、
しっかりと壁として機能する為、視界より大きな虹を作った場合、自らの視界をも阻害されると言う欠点を持つ。
だがこれは言い換えれば、上手く使えば虹の壁は視界を妨害する為の一種の魔法としても機能する事を意味する。
殺人意欲が極限まで達し、そう言った瑣末な事に頭が回らなくなっている黒贄には、これ以上となく良く機能する妨害作戦となっていた。今の彼は、虹の向こうにレイン・ポゥがいない事に気付いていなかった。

 虹の壁が崩れ去る。黒贄の蛮力に破壊されたのではない事は言うまでもない。
生み出した主であるレイン・ポゥが用済みと判断して消え失せさせただけだ。此処で初めて黒贄は、先程まで殴打しまくっていた虹の壁の向こうに、
殺すべき魔法少女がいない事に気付いた。――瞬間、黒贄の臍より上の上半身が、宙を舞った。
黒贄のいる位置からは見えない位置に移動したレイン・ポゥが、七m程伸ばした虹の刃を横薙ぎに振り回し、壁や調度品ごと巻き込んで黒贄を切断したのである。

「黒贄!!」

 と、凛が叫んだ刹那、彼女の背後に、何かがスタリと着地する様な音が聞こえて来た。
バッと振り返ると其処には、機械式の右義腕の付け根近くから、火花をスパークさせる亜麻色の髪をした少女がいた。
暗殺者の魔法少女、レイン・ポゥのマスター、英純恋子である。従者であるレイン・ポゥの邪魔にならないようなルートで大回り、邸宅の二階部分から、凛の近くに降り立ったのだ。

「貴女の相手はこの私でしてよ、遠坂凛!!」

 言って純恋子は地面を蹴って、凛の方へと向かって行く。人の話を全く聞かない女だった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 焦らなかったと言えば、嘘になる。実際は相当焦った。
魔法と言う御伽噺の中の技術を苦もなく操る点を筆頭に、魔法少女は基本何でもアリの存在だ。
そんな魔法少女の中に、度を越した再生能力の持ち主がいるであろうと言う事は、常々レイン・ポゥは意識していた。
と言うのも自身の魔法は、そう言った能力に弱い。鋭い切れ味を持っているが、それだけであり、再生技術の持ち主が相手では、殺し切るには威力が不足しているのだ。
但しそう言った存在に対する対抗策も実際彼女は考えていたし、そもそも今まではそう言った魔法少女と相対して来なかった。

 まさかその最初の相手が、よりにもよって魔法少女ではなくサーヴァントだったとは、さしものレイン・ポゥも予想外だった。
魔法少女である自分よりも優れた腕力や瞬発力、そしてあの滅茶苦茶なタフネスには、肝を冷やした。
しかし、それだけだった。身体能力は戦闘を円滑に進める上で重要な要素ではあるが、それと同じ程に、超常的な特殊能力も重要なウェートを占める。
これを活かしたからこそ、自分は勝ったと思っていた。だが、まだ油断は出来ない。黒贄を斬り裂いた実感はあったが、死んだかどうかは解らない。
すぐに黒贄の位置が見える場所へと、廊下を通じて移動。曲がり角を丁度曲がった先十m程に、いた。
上半身と下半身が泣き別れにされており、黒贄の上半身は板張りの床に俯せに倒れ伏している。虹に斬り飛ばされた頭の皿部分から、大脳がドロリと落ちている。
この邸宅の死体にこれよりももっと酷い死に方をしてるそれがあるのを見て来ている以上、まだ綺麗な死に方だとすら、レイン・ポゥは思っていた。

「ナナコプフー」

 ……冗談のような声が聞こえた。
先程と同じ様な、気の抜ける声。だからこそ、恐ろしいのだ。……『生命力が衰えている気配が全くしない』。
十全の状態で発した時と、何ら変わらない調子の、黒贄の声が聞こえて来たのである。

 黒贄の死体にずっと目を凝らしていた事。その事が、レイン・ポゥの命を救った、と言っても過言ではなかった。
でなければ、腕の力だけで、『時速三百㎞』で板張りの床を這いずり回る黒贄に、対応出来なかったかも知れないからだ。

 レイン・ポゥの脛目掛けて握っていた境界標を横薙ぎに振るう。
それを思いっきり、曲がり角に近付く時に移動した経路方向に飛び退く事で、レイン・ポゥは回避。
黒贄が振った境界標の衝撃で、彼を中心とした半径三mの全ての壁や調度品が吹っ飛び、破壊される。妙だ、と、歴戦の魔法少女が訝しむ。
明らかに、威力が上がっている。常識的に考えれば、威力が下がってなければおかしい筈だと言うのに。

 上半身だけで動き回る黒贄目掛けて、真正面と左右、頭上からこれでもかと言う程虹を射出させまくる。
それを彼は、あの「ナナコプフー」と言う気の抜ける奇声を上げながら、床を思いっきり左腕で叩き、粉砕。
邸宅の床下の基礎建築部分に逃れる事で、事なき事を得る。気のせいか、黒贄が床を叩いた瞬間、邸宅全体が、揺れた様な気がした。

 ――急速に嫌な予感を感じ取ったレイン・ポゥが、思いっきり頭上に飛び上がった。
天井にぶち当たり、其処を突き破って、お手伝いの女性やもとは組の構成員だった男達の死体で埋め尽くされた宴会場に、レイン・ポウは移動する。
そんななりふり構わぬ行動を取って、正解だった。彼女が今まで直立していた地点の床が粉々に破壊されたのである。
破壊された先で、長靴を仮面代わりに被った男の姿を見た。空けた穴から、宇宙の黒の様に無機的な、絶対零度の瞳が覗いている。

 細い虹を雨の様に、そして、弾丸のような速度で降り注がせ続けるレイン・ポゥ。
虹が、ほんの数十cm移動した所で、黒贄の姿が掻き消えた。移動の余波による衝撃で、先程までいた廊下の板張りが全て吹っ飛び破壊された。
移動速度が、明らかに跳ね上がっている、と認識した次の瞬間、壁を隔てた先で、何かが床を突き破る音が聞こえて来た。

「ナナコプフー」

 そして、宴会場を仕切る壁を突き破って、黒贄が亜音速で突進してきた。単純な左腕の腕力で床に力を込め、跳躍するように彼は移動していた。
移動の際の衝撃で、或いは、黒贄の上半身との衝突で、床に転がる屍体は、至近距離で爆発にでも直撃した様に粉々に爆散している。
最早、境界標の直撃を経ずとも、単純な体当たりで魔法少女に大ダメージを与えられる程であった。

 虹の障壁を、殆ど反射的に展開するレイン・ポゥ。
ベシャァンッ、と言う音が先ず響いた。境界標、ではなく、黒贄自体が虹にぶつかる音だった。
その後、ゼロカンマ五秒程の時間を経ずして、境界標で虹をぶん殴る音が響き始める。

「えっ」

 と、言う、久しく上げた事もなさそうな頓狂な声を思わず上げてしまう。
我が目を、信じられなかったのだ。黒贄が恐らく境界標で殴った所を起点に、虹に亀裂が入り始めていたのだから。

「ナナコプフー」

 再び虹を殴った。亀裂が広がる。また殴る。――虹が、氷柱の様に破壊された。
驚愕に顔が歪んだのと、黒贄の奇声と同時に境界標が音速の三倍の速度で振るわれたのは。殆ど同時だった。
黒贄が腕を振うと思われる全ての方向に、二枚重ねにして強度を倍増させた虹を展開させ、レイン・ポゥは防御を試みる。
境界標が衝突する。一枚目の虹が薄焼きの煎餅の様に砕かれた事を直感で理解、二枚目の虹にしても、ヒビのような物が衝突点から生じている。

 レイン・ポゥが生み出す虹の強度は凄まじい物だ。
人智を逸した身体能力の持ち主である魔法少女が踏み抜いても破壊されないのは当然の事、それが物理的な攻撃であるのならば、
例え戦車砲だろうがミサイルであろうが、全方位にそれを張り巡らせる事で、その威力と衝撃を遮断させる事が出来る。
ありとあらゆる人物から距離を置いていたレイン・ポゥが、全幅と言っても良い程の信頼を置く能力。それが、彼女のこの魔法なのだ。
その信頼が今、砕かれた。神秘もなければ裏もない。ただただ原始的で、野蛮で、純粋な、腕力一つで、虹が砕かれたのだ。
それが、この魔法少女にとって、どれだけ。どれだけの衝撃を与えるものなのか。ただ殺意の赴くがままに、腕力を以て死を振り撒くこの魔王には、解る事はないだろう。

「ナナコプフー」

 世界で一番気の抜ける、しかしそれでいて、世界で一番殺すと言う意思に満ち溢れた死刑宣告は今も途切れなく黒贄の口から紡がれている。
これと同時に、境界標を再び虹に激突させる。脆いコンクリートの様に虹が砕け散ったのと殆ど同時に、レイン・ポウは頭上目掛けて、
自らの魔法が設定できる最大限の幅の虹を幾つも射出させて、天井を破壊。畳を蹴り、垂直に十数m程も飛び上がった。
すんでの所で、横薙ぎに振るわれた黒贄の境界標を回避する。判断がもう少し遅れていれば、膝から下が消え失せていたかも知れない。
跳躍が最頂点に達し、後は引力に従い落ちるだけ、と言う所で、レイン・ポゥは虹を足元に生みだし、足場を形成。
まさに彼女は、即興の虹の橋(ビフレスト)を作り上げた。再び虹の足場を蹴って、跳躍、また、適度な高さまで到達したら虹の足場を作り、再び其処を蹴り跳躍。
これを繰り返す都度四回ほど。既に彼女は、黒贄が這いずる地点から六十m程頭上、地上から七十m弱の所に、虹を足場に佇んでいる形となった。

 そして其処から、幅一m半程の、剃刀のような切れ味の縁を持った虹の雨を、機関銃の如くに降り注がせる。
狙いは勿論、眼下の、上半身だけで怪物じみた機動力を発揮する、バーサーカー黒贄礼太郎であった。
水分を伴わない、七色の雨が屋根を貫き、天井を破壊し、床を斬り裂き、地面に幾つも突き立って行く。
しかし、黒贄に命中する気配はない。「ナナコプフー」などと言うふざけた奇声を上げながら、右に左に。
飛び跳ねながら虹を避け、時に境界標を振り抜いて虹を破壊し回避し続ける。

 疑惑が確信に変わった瞬間だった。明らかに、腕力が上昇し続けている。 
段階的に本気を出しているのか、それとも筋力が永続的に上昇しているのか。それは解らない。
だが少なくとも、初めて出会った時と、現在とでは、明らかに腕力が違うのだ。
もしも永久に力が上がり続けるのであれば、背筋も凍る話であるし、しかも今の腕力は『下半身のない状態で発揮されているもの』なのだ。
あれで、五体満足の状態だったらと思うと、ゾッとしない話だった。

 しかし何よりも謎なのは、黒贄のあの、常軌を逸した生命力だった。
今の黒贄の状態は、下半身がなく、心臓や肺、肝臓などと言った主要臓器を虹で破壊され、首が殆ど落ちる寸前で、大脳を全て欠いている、と言う、
サーヴァントでも既に死んでいてもおかしくない程の重傷なのだ。それなのに彼は、相も変わらず元気に奇声を上げ続け、縦横無尽に腕の力だけで動き回っている。
戦闘続行能力が高すぎる、と言う言葉の問題ではない。『不死』――そんな単語が、レイン・ポゥの脳裏を掠めた。

「ナナコプフー」 

 崩落しきった邸宅の屋根、床下に散らばる建築材の瓦礫。
落下するそれらと、レインポゥが降り注がせる虹の雨を回避し切った黒贄が、奇声を上げながら境界標を、レイン・ポゥが佇立する、
高度七十m地点の所に投擲する。初速の段階で音の五倍にも達したそれは、余りの移動速度に全体が赤熱し、焼けた鉄棒の様に赤々とした色をしながら、
レイン・ポゥの下へとありったけの殺意を渦巻かせて向かって行った。

 最早レイン・ポゥは、殆ど反射的に行動していると言っても良い状態であった。
つまり、境界標の移動スピードをその目で捉えられていない。だが身体は、思考するよりも速く動いてくれていた。
魔法少女の肉体は、一瞬で五枚重ねにした虹を、境界標の弾道ぴったりの所に配置するよう生み出したのである。
境界標がブチ当たる。三枚目までを紙でも貫くかのように押し通り、四枚目を粉々に。最後の一枚で漸くその勢いが止められたが、
それにしたって、全体に亀裂が生じている。首の皮一枚で、繋がった、と言う所か。

「ナナコプフー」

 展開させた虹の壁で、視界を遮られてしまったせいで、黒贄の動向が見えない。
急いで視界を覆う、境界標を防御した虹を消した、と同時だった。ズゥンッ、と言う音と同時に、上半身だけの黒贄が、
レイン・ポゥと同じ高さにまで移動していたのは。ズゥンッ、と言う音は、黒贄がこの高度まで跳躍するのに必要なエネルギーを生む為に、
それまで這いずり回っていた床を右手で叩いた音だった。但し叩かれた二階の床部分は無事では済まなくなっており、床・調度品・死体、全てが崩落。
香砂会邸宅は今や完全に、住居と言う体を成していなかった。

 黒贄の左手には、唇から上の部分が鋭利な刃物で切断された死体が握られていた。
乳房がある所を見ると、女性の物だ。足首から掴んだその死体を、黒贄はレイン・ポゥの『脳天目掛けて振り落とした』。
余りにもあんまりな攻撃に、目を見開かせる。攻撃が大振りだった為に、まだ体が反応してくれた。
軌道上に虹の壁を生みだし、死体による攻撃を防御。音速超の速度で振るわれた事によるGと、その速度での衝突の為、死体は原形を留めぬ程に砕け散り、
高度七十mの空を筋肉の破片が舞った。死体は振い始めた瞬間から崩壊を起こしていたらしく、そのせいで威力は境界標程ではなかった為か、虹には亀裂が入っていなかった。

「ナナコプフー」

 そんな事などお構いなしと言わんばかりに、黒贄は、空中で、水の中を泳ぐように腕を掻き、レイン・ポゥの下に近付いて行くや、そのまま、
肉片のこびり付いた虹を殴打する。一mmしかない氷の板の様にそれは砕かれた。三枚重ねだった。
四mと距離の離れていない至近距離からレイン・ポゥは、真正面から一本、頭上から三本、真下から三本。黒贄に目掛けて虹を放った。
真正面の一本は、脳を欠いた黒贄の頭をザクロの様に斬り裂き、上下から迫る六本は、胴体部を貫いた。

 これ以上黒贄と付き合っていては、もう埒が明かないとレイン・ポゥは判断した。
間違いなくこの男の戦闘続行能力は、何らかの宝具或いはスキルに依拠したそれである。
その正体が何なのかが解らない以上、アサシンクラスであるレイン・ポゥは無理な事をしたくない。
故に彼女は、最も確実に、目の前のバーサーカーを相手に勝利をおさめられる方法を実行する。

 マスターの暗殺。それは、レイン・ポゥを含めた殆ど多くの聖杯戦争参加者の敗北条件であり。
そして、アサシンクラスの王道にして必勝の勝ち筋であった。

 頭を下、足裏を斜め右上、と言うような体勢を空中で整えた後、足元に小さい虹を生みだし、それを蹴り抜きレイン・ポゥは急降下して行く。
身に纏う可愛らしい服装のせいで、地上から見たら今のレイン・ポゥは、地上に堕ち行く一条の桜色の流星にしか見えなかった事だろう。
その流星は、虹を生みだして死を与える魔星だった。狙うは、狂人を従える魔術師の女、遠坂凛。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ガンドとは元を正せば北欧の地に伝わる魔術体系の一つであり、ルーン魔術には一歩劣るが、それでも、無視出来ない影響力を持っていた体系であった事は事実だ。
元々北欧にはガンドの他にセイズと呼ばれる魔術が伝わっており、これらは広義の意味での呪術に属しており、嘗てはヴォルヴァと呼ばれる巫女が操っていた。
セイズ魔術とは所謂『憑依』を主体とした魔術だ。自らをトランス状態にさせ、神々や祖霊等を我が身に降ろさせる、いわば降霊術を主軸にしている。
一方ガンドの奥義は『幽体離脱』だ。元々ガンドとは『杖と狼』と言う意味であり、その名の通り、杖が重要な意味を持つ。
幽体離脱を行った巫女は杖を以て空を飛ぶ、狼に変身が出来るなど、様々な魔術を行使する事が出来た。
また、呪術の奥義である『共感』も、ガンドは得意とする。杖で殴る振りをすれば鈍器で殴られたような痛みを相手に与える事が出来るし、
優れた術者は呪殺も病魔をけしかけるなど、思いのままだ。一口にルーン、セイズ、ガンドと言っても、先人達が築き上げた魔術の奥義は、一生涯をかけても極め尽くせるか解らない程に、奥深いのである。

 遠坂凛もガンドを学んでいる。但し、使用出来るのはガンド撃ちと言う、自らの魔力を呪詛にして相手に放つ、門派の中でも初歩中の初歩の魔術だ。
それより先の、ガンドの神髄たる幽体離脱や共感魔術は、学んでいない。自身の才能の資質から言って合わないし、時間が掛かるのえ、学んでいない。
だからこそ、攻撃を行うには極めて便利な、ガンド撃ちだけを、摘まみ食いがてらに習得した。
確かにこのガンド撃ちは体系の魔術の中でも初歩中の初歩だが、同時に奥深い。威力を自在に調節できるし、優れた術者が放つガンドはライフル並の威力を発揮する。
これが、彼女がガンド撃ちを学んだ理由である。弛まぬ研鑽の甲斐もあり、今の彼女のガンドは人体を貫いて余りある威力を秘めるに至っていた。
聖杯戦争の為に学んだ技術である事は言うまでもない。マスターである魔術師同士の殺し合いを制する為に、彼女は技術の一つとしてこれを昔に学んだのだ。

 ――それを披露する聖杯戦争の参加者第一号が、よりにもよって身体の一部を機械化させたサイボーグなど、誰が予想出来ようか。
真正面から展開させた、赤黒いガンドの弾幕が、亜麻色の髪をした少女目掛けて放たれる。
もう、なりふり構って居られなかった。目の前の人物、英純恋子は、完璧に自分を屠ろうと言う動きで此方を追い立てている。
狙いは既に、機械化された四肢を絞ったそれではない。頭や内臓器官等と言う、直撃すれば死は免れない位置にまで、ガンドの弾丸は放たれていた。
弾幕を、舌を出せば土すら舐められるのではないかと言う程の低姿勢のタックルで、純恋子は掻い潜った。

 タックルは相手の腰に突進し、姿勢を崩す事を主軸にした技術である。
そのタックルに合わせ、凛は鋭い膝蹴りを純恋子の顔面に放つが、ガンドに打ち抜かれていない機械の左手で、純恋子はこれをガード。
鈍い痺れが、凛の右脚全体に走る。それに苦しみ動きが鈍ったその隙を縫って、純恋子は素早く、遠坂凛の足首を左足でガッと掴み、
人形を振り回すかのように、遠坂凛を、ジャイアントスウィングの要領で、一回転、二回転、三回転、と、自らの身体ごと振り回す。
遠心力が頂点に達した所で、純恋子は凛を投げ飛ばす。受け身すら取れずに彼女は後頭部と背後から地面に衝突。
よく手入れのされていた芝生だったから、大事には至らなかったものの、それでも、背部と後頭部を強かに打ち付けてしまい、目を回すような痛みと
呼吸困難に拠る苦しさが彼女を苛んでいた。

 混濁した視界で立ち上がろうとする凛。
斯様な状態の凛の視界に映る、水中から通して見た様にグニャリと歪んでいる純恋子の様子は、何処か妙だった。
ガンドで撃ち抜かれたせいで動かす事が出来なくなった右腕の腋に左腕の下腕を挟んでいる、ように見えるのだ。
凛の聴覚がこの音を捉えたかは定かではないが、プシュン、と言う音が、純恋子の左腕から生じた。
視界が明瞭になって行く。その時には既に、純恋子が、左腋に挟んで『取り外した』右下腕を、芝生の下に落とした時であった。
――彼女の左腕の肘から先には、長大な鉄の棒が伸びていた。それを、銃口であると凛が認めたのは、一瞬の事である。

「ッ!?」

 慌てて芝生を横転した瞬間、純恋子は躊躇なく凛の胴体に、予め腕に仕込んでおいた対物ライフルを発砲。
銃声と言うよりは一種の小爆発と言うべき音響が鳴り響き、超音速に等しい速度で弾丸が飛来する。
幸いにも凛は、発砲前に弾道から逃れていた為、事なき事を得たが、もし、直撃していたら如何なっていたか。
それは、幹を貫通し、その際の衝撃で破断して芝生に倒れ込んだ松の木と、それを貫いて尚余りあるエネルギーで、屋敷を囲う塀を破壊し通り抜けたと言う、弾丸が齎した現状からも、推測が出来よう。

 凛の方に目線を向け、再びライフルを発砲させようとする純恋子だったが、それよりも先に、凛が、ガンドの弾幕を展開。
純恋子は発砲を中断させ、大きく横っ飛びに移動。回避がやや遅れたらしく、既に機能不全になっていた右機械腕が、ガンドにこれでもかと貫かれる。
最早一目見て義腕と解らない程の屑鉄になったそれであるが、左腕が銃になっている現状では、取り外す事も出来ない。
やや不便そうな表情をしながら、再び凛の方にライフル弾を発砲。ガンドを避けたら撃って来る、とアタリを付けていた凛は、これも、
地面に不様に転がりながらであるが、回避する。邸宅のガラス窓を容易く破壊し、それは邸内を突き抜けて行く。

 再び撃とうと構える、凛がガンドの準備を行う。
それと同時に、邸宅の二階部分から、凄まじい轟音が鳴り響いた。その音源が何なのか、一関係上凛には窺う事が出来ない。
邸宅側ではなく、邸宅から離れた所で待機していた純恋子は、その原因が何なのか認めているらしく、驚いた様な表情を浮かべていた。
それを見逃す凛ではない。ガンドの弾幕を展開させ、純恋子の方へと走り寄って行く。
しまった、と言うような表情で凛の方を見る純恋子。最早ライフルで狙撃するには遅すぎる。そして、回避行動に移るのも、遅すぎた。
慌てて右方向にサイドステップを刻むが、左胸をガンドが捉え、撃ち抜いた。苦悶と、笑みが入り混じった複雑な表情を、凛に向ける。

「お見事!!」

 と言い、純恋子は近付いて来た凛の脚目掛けて、機械の脚によるローキックを放つが、凛は大腿部にガンドを幾つも放ち、純恋子の機械の脚を破壊する。
此処でガンドを撃てば、純恋子は殺せる。だが――凛は躊躇した。その躊躇の末が、純恋子の顔面を右拳で殴り抜く、と言う決断だった。
自己強化を施した凛の拳が純恋子の顔に突き刺さり、彼女は数m程吹っ飛ばされる。一瞬地面に仰向けに倒れ込むが、直に片足だけで立ち上がった。
鼻血を左肩で乱暴に拭い、実に愉しそうな笑みを浮かべる凛を見る純恋子を、凛は、狂人でも見るような瞳で見ていた。

 最早、殺すしかない、と思った凛が、ガンドを撃とうとしたその時だった。
「手を出さないで下さいな!!」と純恋子が一喝し始めたのだ。瞳には、まるで無粋な者を咎めるような光が宿っていた。
明らかに自分に向けて口にした言葉ではない。バッと背後を振り返り――雨樋に起用に直立したレイン・ポゥの姿を見て、
恥も外聞もないと言った様な体で凛は地面を転がった。そして、彼女が直立していた所に、虹の殺意が突き刺さる。もしも、純恋子が一括して、凛に気付かれていなければ、この希代の女性魔術師は、虹に貫かれ即死していた事だろう。

「馬鹿かお前は!! んな事言ってる場合じゃないでしょ!!」

 当然、レイン・ポゥは猛り狂う。烈火の如き怒りとは正しく今の彼女の浮かべる表情の事だろう。
あの怪物じみた強さを誇るバーサーカーのマスターを殺せる千載一遇のチャンスだったのだ。それを、よりにもよって自身のマスターに潰されてしまった。
日頃の純恋子の行いの事もあり、この魔法少女の怒りのボルテージは最高潮にまで達していた。

「貴女の役目はサーヴァントを相手に華々しく立ち回る事です、マスターは私に任せなさいな!!」

 「そのマスターにボコボコじゃないかアンタは!!」、と至極正論を叫ぶレイン・ポゥ。
吐く息が火炎にでも生じかねない程の怒りぶりである。遠坂凛の頭の中の、冷静な方な遠坂凛が、あちらもあちらで苦労が絶えないらしいと場違いな事を考える。
が、直に、そんな事を言ってられないような局面に陥る。レイン・ポゥは雨樋からすぐに芝生に上に着地し、虹の刃をその右掌から伸ばした。
幅一m、長さ十m程にもなるそれを、今まさに彼女は振おうとしていた。腕を今まさに振おうとした――その時だった。

「ナナコプフー」

 それは、万象一切の意味性と言う物を否定する、まるでやる気の感じられない声だった
春風の心地よさに、何も詩歌を紡ぐ事も出来ない詩人が口にするような、駘蕩とした声ではない。
この世の全ての現象を知りつくし、味わい付くし、最早何もする事がなくなった人間のような、覇気も何も感じられない、そんな声。
声の主は、芝生に上に勢いよく着地した。いや、転がったと言うべきか。その男には足がない。下半身がない。
上半身だけしかなく、しかもその上半身にしても、レイン・ポゥが生み出した虹によって斬り刻まれた跡だらけ。
地面に落ちる際に、頚骨と両腕が圧し折れたらしく、絶対に曲がってはいけない方向にそれらが曲がっていた。
だが何よりもその男の頭だ。眉から少し上の所から、頭の皿が消失しており、しかもそこから覗く頭の内部は、空洞。そう、大脳が収まっていないのだ。
魔王、黒贄礼太郎は、そんな状況下でも、平然と、薄い笑みを浮かべてレイン・ポゥを見つめていた。その目に、絶対的な虚無を宿して。

「ナナコプフー」

 黒贄礼太郎が地面を、折れた腕を駆使して這いずり回った。時速、五百㎞。
地面目掛けて、大量の虹を降り注がせるが、Wの形状に折れ曲がった左腕を用いて、左方向に跳躍。
先程純恋子が放った対物ライフルで圧し折れた松の木を、右手で掴み、持ち上げた。

「ナナコプフー」

 まるで小枝でも振り回すような感覚で、圧し折れてなお樹高七m程の高さを保っていたそれをブン回し、レイン・ポゥの方へと特攻した。
摩擦熱に耐え切れず、枝葉の所が炎上を引き起こし、まるで、樹木自体が巨大な松明にでもなり、それを振り回しているかのようだった。
距離が六m以上離れた所から、黒贄が松を振り回すものであるから、対応がやや鈍った。

「マズッ――!!」

 虹の展開が遅れたレイン・ポゥは、慌てて腕を交差させる。
燃えあがる松の枝葉に直撃した彼女は、大砲から放たれた砲弾の如き勢いで水平に吹っ飛んで行く。
凛と純恋子の間の空間を吹っ飛び、塀に衝突。カステラ生地の様に鉄筋を基礎にしたコンクリートの塀が崩壊し、更に先の、マンションの一階部の外壁に衝突。
其処にめり込んで漸く、彼女の勢いが止まった。

「ナナコプフー」

 燃える松の木を片手に持ちながら、黒贄は、先程と同じ移動速度で、レイン・ポゥの下に向かって行く。
めり込んだ壁から苦しげに抜け出た時には、既に彼は松の木の間合いにいた。

「ナナコプフー」

 それを、レイン・ポゥに振り抜く黒贄。
痛みに苦しみながらであるが、どんな攻撃をして来るのか、という予測が出来ていた為、今回は対応が早かった。
松の幹の中頃を虹で切断し、ゴトンッ、と、燃え上がる松の木の、幹の中頃より上の部分を地面に落下させ、何とか攻撃を中断させられた。
そして、跳躍。香砂会の方へと一直線に虹の橋を伸ばし、其処を彼女は全力で駆け出した。

「ナナコプフー」

 黒贄が追う。運悪くその移動ルート上にセルシオが重なる。
黒贄の突進の勢いに車体が貫かれ、破断。そして、爆発。運転手と、助手席に座っていた誰かは即死したが、黒贄は、黒礼服を燃え上がらせながら、レイン・ポゥを追跡していた。

【マスター、聞いてる!?】

 と、執拗に追跡を続ける黒贄から逃げ回りながら、レイン・ポゥは自らの主に念話を試みる。
その間、凛に虹を放ちまくるのを忘れない。しかし、かなり狙いが雑な為か、身体強化を施した凛ですら、辛うじて避けられる程度である。
しかし、これで問題ない。いわばこの虹は牽制である。魔術を使えるマスターが、純恋子を狙わない為の示威行為だ。

 黒贄の余りにも野蛮な戦い方に目を奪われていた純恋子の反応は、レイン・ポゥが想定した時間よりも半秒遅かった。

「……ハッ、何でしょう?」

【念話で話せ念話で!! 状況が悪すぎる。このまま行ったら私達の姿が目立ちかねない、一端退却するよ!!】

 高度七十m地点から地上に急降下する際、レイン・ポゥは見た。
近隣住人及び、彼らが連絡を入れて要請したであろう、警察組織が明らかにこの場所目掛けてやって来ているのを。
ヤクザの邸宅で起る騒動だ。抗争か何かと勘違いしているのだろう。警察の、その場所に向かう本気の度合いが尋常のものではない。
このまま行けば、最悪自分達の姿がメディア上に露出する。それだけは避けたいから、レイン・ポゥは退却を純恋子に要請した。

【ですが、此処で倒しておかねば――】

【あれは桁違いの強さ!! 事前情報がなかったとはいえ、マスターの質もサーヴァントの強さもかなり纏まってる!!】

 そもそもの間違いは、遠坂凛が無力な一般人だと誤認していた時からだった。
そして最大の間違いが、黒贄礼太郎と言うサーヴァントが、常識を超えた、タフネスと言う言葉でも生ぬるい程の生命力の持ち主だった事。
予定していた運行は、大小の歯車の狂いで大きく暗雲を見せ始め、そして、現在に至っている。
完全に、純恋子とレイン・ポゥのミスだった。いや、遠征を行おうとした純恋子のミスだとレイン・ポゥは思い直す。
どちらにしてもこの魔法少女が言うように、今は状況が悪いのだ。どの道黒贄はあの状態。最早長くない。手柄――令呪――は、他の主従にでも譲ってやる、そんな考えでレイン・ポゥはいた。

【言っておくけど、まだ戦える何て言うなよ!! アンタ脚が破壊されてる状態なんだからな!!】

 と言い、純恋子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
今の純恋子の機動力など、たかが知れている。この状態では何をしようとも、ガンドを放てる凛には勝てないだろう。
その現実を認め、純恋子は、心底渋々と言ったように、念話でこう言った。【貴女の随意に任せます】、と。

【よし言質取った!! マスター、令呪を使って、私の虹の橋を生み出す力を強化して!!】

 令呪は、三画ある。これを、多いか少ないか、如何とるかは人の自由だろう。
しかし大半の人間は、少ないと取るに違いない。使い方次第では物事の通りを捻じ曲げる奇跡のタトゥーは、三回しか使えないのだから。
言うなればこれは虎の子。突発的で、予測も出来ないアクシデントに対応する為の最終兵器であり、狂気に囚われた自身のサーヴァントを消滅させる最終手段。
だから普通は、令呪をおいそれと消費する主従はいない。だが、純恋子は違った。彼女は、自分ならばサーヴァントを御せて当然だと、
その鋼の万倍も堅く揺るぎない心で思い込んでいた。自分ならば、サーヴァントに叛逆される訳がないと、本気で考えていた。
――故に彼女は、数秒の迷いもなく、自らの腹部に刻み込まれた、雲の上に虹のアーチが掛かったような意匠の令呪に力を込め、ただでさえ奇跡の存在である魔法少女に、より強い奇跡を成す力を付加させるべく、その言霊を紡いだ。

「――令呪を以て命じます」

 堂々とした、王が勅令を発布するような口調で、純恋子は言った。バッと、凛が顔を純恋子の方に向ける。

「虹を生み出すその力を極限まで高めなさい、アサシン!!」

 それを口にした瞬間――レイン・ポゥの体中に、これでもかと言う程魔力と力が漲った。
黒贄の進行ルート上に、幅一m以上の虹を三枚重ねにしたものを縦に突き立てさせる。移動を邪魔された黒贄は右に移動しようとするが、
其処にも三枚重ねの虹が突き立つ。後ろに移動――虹が突き立つ、左――突き立つ。

 機銃の乱射めいて虹は黒贄の四方に、ズガガ、と言う音を立てさせて突き立って行く。
今までずっと虹の橋を走っていたレイン・ポゥだけが、窺う事が出来る。黒贄は今、自らが生み出す虹の橋の檻――いや、結界に閉じ込められていると。
黒贄の四方を取り囲む、突き立った虹に、虹を更に張りつけさせ、張り付けさせ、張り付けさせる。
今や黒贄は、レイン・ポゥが生み出した虹が織りなす直方体に閉じ込められている体となっていた。これに並行して、直方体の上面も同じように虹の橋で蓋をする。

 二秒足らずで、虹の直方体結界が完成する。
一面に付き虹は四十二枚使っており、総計で二百十枚の虹を張り合わせて、黒贄を閉じ込めている形になる。
純恋子が令呪で虹を生み出す力を強化しているからこその芸当だった。そうでもなければ、黒贄の人智を逸した反射神経と移動力で、
結界を生み出すよりも速く逃げられていただろう。――そして、これすらも時間稼ぎにしかならない事をレイン・ポゥは知っている。
虹の箱がガタガタと動き始めた。内部から、「ナナコプフー」と言う奇声が響いている。悠長にしている時間はない。
彼女は急いで虹の橋から降り、凄まじい速度で純恋子の所にかけより、彼女を横抱きにし、急いで香砂邸の敷地から遁走する。

「ナナコプフー」

 それと同時に、虹の箱の一面を、黒贄のジグザグに曲がった腕が突き破った。
力を込めて、その腕を思いっきり下に降ろすと、クッキーの様に虹の板は破壊され、上半身だけの黒贄礼太郎の姿が現れる。
虹の蛹から現れ出でた男の、何と醜い姿よ。彼の瞳は、絶対零度の殺意で凍て付いていた。

「ナナコプフー」

 ……そう言って辺りを見回す黒贄であったが、誰もいない。
背後に佇立する、虹の箱もやがて消え失せた。完全に、逃げ果せらたらしい。「ありゃりゃ」、と、黒贄が口にする。
現状を理解したらしい。瞳に元の、気だるげで濁った光が宿り始めた。

「逃げられちゃいましたな」

 仕方のなさそうな笑みを浮かべて、黒贄は凛の方に顔を向ける。
一瞬だが、怯えのような物が彼女の顔を掠めた。今の黒贄の状態が状態である。当たり前だった。

「いやはや申し訳ございませんなぁ、凛さん。私としては頑張った方なのですが……」

「え? え、えぇ、そうね。随分とその……頑張ってたっぽいし」

 そもそもこんな状態になるまで戦い、そして、レイン・ポゥを確かに追い詰めていたのだ。これで頑張ってなかった、と言う方が寧ろ恐ろしい。

「いやいや、悔しいでしょうねぇ凛さん。私も悔しいですよ。あんなにそそられる人物を逃がしてしまうなんて、本当に、本当に、本当に本当に本当に本当に本当に、悔しいです」

 ゾワッ、と、肌が粟立つ感覚を凛は感じる。
やはり、このバーサーカーは普通ではなかった。不死のスキルと言うのも、今までは信じる事が出来ずにいた。
しかし今ならば、全て信じる事が出来る。このバーサーカーは、常軌を逸した戦闘能力と、一度殺すと決めた人物は、殺さずにはいられない性分を持つと言う事を。
絶対死なない、執念深い殺人鬼。創作の中に出すのも躊躇われる、今時の現代ホラーにも出せないような手垢のついた設定の人物。
しかしそれは、フィクションの中だからこそつまらないだけである。それが実際に存在し、目の前にいる……。それが、どれだけの恐怖を見る者に与えるのか、今凛はその事を、まざまざと実感しているのだった。

「そ、それより、黒贄。その傷、無事なの?」

 話を無理やり変更させ、凛は、自身のサーヴァントの安否を問うた。

「まぁ、場面転換をすれば治る傷ですので……と言っても、やはり少々不便ですなぁ」

 チラッ、と、邸宅の玄関の方に向き直った黒贄は、その方向に這いずって移動。凛も急いで、彼の後に追従する。
一体、どんな戦いが繰り広げられていたのか。邸宅の一階部は、二階の床部分を含めた天井の瓦礫が崩落しており、最早一歩も立ち入れない状態となっていた。
それを彼は、「お掃除お掃除~」と言う一秒で考えた様な歌を口ずさみながら、ぽいぽいと、綿埃でも掃除する様な勢いで除けさせてゆく。
瓦礫をどけさせた先には、それに埋もれていた、レイン・ポゥの虹で切断された黒贄の下半身と、額より上の頭の皿、そして、潰れた大脳があった。

「お、ありましたな」

 と言い黒贄は、頭の皿の方に近付き、それを頭に無理やりくっ付けた。大脳は無視である。

「凛さん、ちょっと私の下半身を持って頂きたいのですが」

「……えっ」

 余りにもトチ狂った黒贄の提案に、凛は頓狂な声を上げてしまう。

「凛さんは確か、治癒の魔術を使えましたな?」

「うん、余り得意じゃないけど……」

 霊体を治療するのは、それはそれは特別な技術が必要になる。これに関しては、あの疫病神一歩手前の弟弟子の方が上である。
と言うよりあの男は、そう言った事を習わねばならない立場なのだ。自分より技量が上でなければ、話にならない。

「その技術で、私の下半身と上半身を繋ぎ、頭を軽く治して頂ければ」

「わ、解ったわ」

 と言い、凛は懐から、虎の子とでも言うべき、魔力を十年以上も蓄えさせてきた秘蔵の宝石を取り出そうとする。
遠坂邸に複数個を置いて来たのが情けない。今も持っている事には持っているが、令呪の本来の画数同様、三つしか持ち合わせがない。
そんな秘蔵っ子を取り出そうとするが、黒贄はこれを制止させる。

「貴重なものみたいなので、それは使わないで結構ですよ」

「え? でも私、サーヴァントの治療はそれ程上手くないけど」

「ですので、雑で結構ですよ。雑な治療でも、場面転換してれば歩ける筈ですので」

「だから場面転換って何よ!?」

 今一黒贄の言っている事が理解出来ない凛。黒贄自身も、何を言っているのか理解出来ていない風であった。






【市ヶ谷、河田町方面(暴力団から奪った豪邸)/1日目 午前10:00】

【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、疲労(中)、額に傷、半ば絶望
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]いつもの服装(血濡れ)
[道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ)
[所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない
[思考・状況]
基本行動方針:生き延びる
1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう
2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない
3.聖杯戦争には勝ちたいけど…
4.今は此処から逃走
[備考]
  • 遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました。
  • 豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります。
  • 魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。
  • 精神が崩壊しかけています。
  • 英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。
  • 今回の聖杯戦争が何処か、冬木のそれと比べて異質であると認識。その正体を暴こうとしています。

※今回の戦闘の影響で、暴力団から奪った豪邸(香砂会@BLACK LAGOON)が崩壊、またその周囲に黒贄とレイン・ポゥの戦闘の名残が残っています




【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】
[状態]健康(肉体的ダメージ(超絶)、両腕複雑骨折、内臓器官の九割損壊、大脳完全欠損)
[装備]『狂気な凶器の箱』
[道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器
[所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり
[思考・状況]
基本行動方針:殺人する
1.殺人する
2.聖杯を調査する
3.凛さんを護衛する
4.護衛は苦手なんですが…
[備考]
  • 不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました
  • アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました
  • 現在の死亡回数は『1』です






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「車をお出しなさいな」

 黒贄達の拠点での戦いなど、如何と言う事はない、と言うような口調で立ち振る舞いで。
純恋子は、英財閥所有のセンチュリー以外何の車も止まっていない駐車場に現れ、車に乗るなりそう言った。
当然、車を出る前とは全く違う姿をした純恋子を見て、エルセンは驚きの表情を浮かべる。

「え……? あ、あー純恋子様……その傷は……」

「バーサー……あの黒礼服の殺人鬼に襲われました」

 事実ではあるが、半分は嘘だ。そもそも今の状態を生み出したのは、黒贄ではなく遠坂凛であるのだから。

「あー、何であの殺人鬼に襲われるような事が――」

「細かい事は良いでしょうエルセン。早く車を出しなさい。此処は危険ですよ? 貴方にまで危難が及びます」

 エルセンの至極尤もな疑問を、力技で純恋子は封殺。
エルセンは単純な男らしく、純恋子が黒贄に襲われたと言う疑問よりも、英財閥の令嬢があの殺人鬼に襲われ、そしてあの恐ろしい男が、
此処にやってくるかもしれない、と言う事態の方を、重く受け止めたらしい。「あー、はい……」、と怯えたように口にし、キーを回し、センチュリーを駐車場から出そうとする。

【ったく、令呪も一画失って、私もアンタもダメージを負って……骨折り損にも程があるよ】

 と、念話で愚痴を零すのは、霊体化したレイン・ポゥだ。
言葉の端々から、不満と言う不満を彼女は隠しもしない。当たり前だ。一人のお嬢様の我儘のせいで、ダメージは負うし令呪を失うし。
当初の予定である、令呪を一画貰う事も、あのバーサーカーを葬ると言う目的も全く達成出来なかった。完璧に、自分達の敗北だ。
この現実を純恋子には重く受け止めて貰い、次は自分の言う事に従って貰うよう、誘導しようとしたのだが……。

【貴女の仰る通りでしたわね、アサシン】

【はい?】

【情報の有用性、私も身を以て実感致しましたわ】

 正直、かなり意外だったので、レイン・ポゥは驚いた。
何を言っても暖簾に腕押し、と言うイメージで固まりつつあった純恋子が、此処に来て、素直に彼女の言う事を聞こうとしているのだ。
戦いを通して漸く成長したかと安堵する彼女であったが――。

【成程、あのような主従がこの<新宿>にはおりましたのね。臨む所です】

 一瞬で事態に黒雲が立ち込め始めた。

【私の傷と、貴女の傷の痛みが治まるまで、一先ずは拠点で待機していましょう。その間、<新宿>中で起ったサーヴァント同士の交戦を調査部に調べさせ、
私こそが真の女王になるに相応しいステップを、研究すると致しましょうか】

【なぁ、アンタ、頭の中に反省って言葉ない訳?】

【ありますわよ。でなければ、今回の件を省みた様な発言は出来ない筈です】

【省みるとこが違うんだよアンタは!!】

 胸をガンドで打ち抜かれ、顔面を殴り飛ばされ、令呪を失い。そして黒贄の狂気じみた性分と強さを見せつけられ。
それでなお、この性格。黒贄と純恋子。どちらが異常なのか、最早、解ったものじゃなかった。

 ――ああ、トコ。アンタが懐かしいよ……――

 気の違った性格の剣士に操られ、最後は自身の手で幕を下ろしてしまったあの妖精の事を、レイン・ポゥは懐かしく思っている。
あの時の事は百回程謝るから、トコには是非ともこの場に来てほしかった。純恋子が相棒では、正気を保てそうにない。
恐らくは、黒贄や凛に虹を放つよりも、今なら躊躇なく純恋子に虹を撃ち放つ事が出来る。

 内憂外患と言う言葉がある。
本当に噛み砕いて説明すれば、内にも外にも敵がいると言う状況の事を指す。
内に敵がいる事が厄介であると言う事を、如何して、もう一度復活の機会が与えられるこの聖杯戦争の舞台で、認識させられねばならないのか。
己の運命――いや、英純恋子と言う女ただ一人を、呪うような瞳で睨みつけるレイン・ポゥなのであった。






【市ヶ谷、河田町方面(ある駐車場)/1日目 午前10:00】


【英純恋子@悪魔のリドル】
[状態]意気軒昂、右義腕、右義足、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(小)、左胸部をガンドで貫通
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]サイボーグ化した四肢(現在右腕と右足が破壊状態)
[道具]四肢に換装した各種の武器(現在は仕込み式のライフルを主武装としている)
[所持金]天然の黄金律
[思考・状況]
基本行動方針:私は女王
1.願いはないが聖杯を勝ち取る
2.戦うに相応しい主従をもっと選ぶ
[備考]
  • 遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました
  • メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました
  • 自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました
  • 現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません
  • 遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
  • 次はもっとうまくやろうと思っています




【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]霊体化、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(小)、狂おしいまでのストレス
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠
2.コイツマジコイツ
[備考]
  • バーサーカー(黒贄)との交戦でダメージを負いましたが、魔法少女に備わる治癒能力で何れ回復するでしょう
  • 遠坂凛が実は魔術師である事を知りました



時系列順


投下順



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25:虹霓、荊道を往く 英純恋子 37:レイン・ポゥ・マストダイ
アサシン(レイン・ポゥ)
25:虹霓、荊道を往く 遠坂凛 39:有魔外道
バーサーカー(黒贄礼太郎)


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最終更新:2018年11月02日 21:15