聖杯戦争と言う催しは、公正ではないが、建前上は、公平と言う事になっている。
建前の公平さの最たるものが、存在の格落ちであろう。当然の事ながら、生前の英雄譚や冒険譚が凄まじい存在程、強いサーヴァントと言う事になる。
生前に世界を支配した魔王を討ち滅ぼし、邪悪な法を世に敷こうとした魔神を葬った英霊程強くなるのは当然な訳で。
そう言った存在は確かに強いのだが、聖杯戦争の建前上の公平性の桎梏を、最も強く受ける存在と言っても良い。
その最たるものが、ステータス、スキル、宝具だ。恐るべき強さを持った英霊程、生前からの強さからの乖離が著しい。
生前程の身体能力を発揮出来ない、生前程特性の冴えが鈍い、生前程宝具、もとい切り札の威力が低いし燃費も悪い。
これは聖杯戦争、もとい、英霊達を再現する聖杯のスペックをオーバーするような存在は、格落ちを施した上で召喚させねばならないと言う、
意思無き聖杯の判断が故なのである。こうする事で初めて、弱小の英霊達や、土地柄の恩恵に中々与れない英霊達にも、付け入る隙が与えられるのだ。
……尤も、如何にスペックを下げられたと言っても、それでも強いサーヴァントは、強い。結局は、弱小の英霊は餌にされる宿命の方が強いのだが。建前上の公平と言った理由は、此処に起因する。

 良くて半神がそのスペックと箔の最高峰である、英霊と言うカテゴリですらこれだ。
本物の神霊や魔王の類など、他に類を見ない程の弱体化を聖杯から強要される。……いや、訂正するべきか。
彼らはそもそも呼ばれない。呼ばれる筈がない。彼らは単身で、聖杯以上の奇跡を、それこそ呼吸をするように地上に成す事が出来る存在達。
神秘の世界の貴種中の貴種なのだ。そもそも神霊を完全かつ完璧な状態で呼べるのであれば、聖杯など無用の長物であるし、そもそも格落ちした神霊魔王ですらが、尋常の手段で呼ぶ事は出来ないのである。

 身体を蝕む尋常ではない毒の痛みを堪えながら、タカジョーは考える。
何故自分は、此処<新宿>にいるのだと。自分は『魔王』である。魔界に於いてもその名を轟かせる深淵魔王。宇宙の創造主である大神霊・ホシガミの側近だ。
深淵魔王・ゼブルの転生体である高城絶斗として召喚されるのならば解る。だが、尋常の聖杯であれば、自身の深淵魔王としての力を再現させる事は不可能な筈。
それが今や、可能となっている。タカジョーからしたら屈辱以外の何物でもない手順を踏まねばならないとは言え、自分は深淵魔王への覚醒が可能となっている。
これはどうした事かと考えるも、身体を病魔が如く蝕む痛みに、一瞬だが思考が紛らわされる。

 ――チッ、想像以上に痛いなこれ……――

 そう心の中で愚痴り、女子トイレで、水に濡らしたタオルで打撲痕を拭く刹那に気付かれない程、小さな舌打ちを口の中で響かせるタカジョー。
自身に手傷を負わせた、あの金髪のサーヴァントから逃走した先のマンション、その中の公衆トイレの中に、二人はいた。
此処ならば、余程理性がぶっちぎれた主従でない限りは、騒ぎを起こせまい。人を殺し過ぎればルーラーからのペナルティが下されると解った今ならば、猶更だ。

 マスターとしての桜咲刹那には、タカジョーも一定以上の評価を下している。しかし、彼女は甘い。根本的に殺し合いと言う行為を甘く見ている。
一番後腐れもなく、後顧の憂いと言う物も沸き立たせないベストな方策は、相手を殺す事である。この少女は、その最後の一歩が踏み出せずにいる。
地面に刻まれた、只人と人殺しを区分する境界線。彼女は其処に近付く事こそは出来るが、其処を飛び越えると言う事が出来ない。
それは悪手だ。下手な慈悲は、本当につまらない結果しか招きかねない。その結果が、今の惨状だ。自分も傷付き、刹那自身も決して見過ごせるレベルではない怪我を負ってしまった。

 ――だから覚悟を決めとけと言ったんだがな――

 つくづく物覚えの悪いマスターだと呆れるタカジョー。
だからこそ、負う必要のないダメージを受けてしまうんだと、内心で毒づく。
が、今の刹那の現状は、無論彼女の性根のせいもあるが、それだけではない事も、タカジョーは知っていた。
刹那の事を小馬鹿にする一方で、タカジョーは刹那に対して一定以上の評価を下してもいた。豊富な魔力、高い戦闘能力。
下手な人物には後れを取らない。筈だったが、現状はこれである。如何に彼女が甘いと言えど、早々後れを取る事はない。
これに関して刹那に問い質した所、戦った敵マスターが単純に、自分の甘さ云々を抜きに、非常に強かったとの事。

 ――何者だそいつは――

 考察するタカジョー。
あの時、目も眩まんばかりの金髪の男は、自分の事を『蠅の王』と言っていた。
ケルベロスが、自分の事をそう言うのは解る。相手は悪魔であり、己の霊性を確かめる術を知っているからだ。
だが、あの住宅街で戦った男は、断じてそう言った超常存在の関係者ではなかった。極々普通の人間。それに間違いがない。
悪魔としての性質を多分に含んでいるとは言え、今のタカジョーは『高城絶斗』であり、深淵魔王・ゼブルの要素は薄い。
サーヴァントであろうとも、余程悪魔や天使と言った存在と関係が深くなければ、自身の正体を割り出せる筈など、ないのだ。
それを、あの男は覆した。お前の正体など御見通しだ、と、物的・人的証拠を全て揃えて取り調べに臨む刑事の如き口調で、あの男は自分の正体を口にした。

 あの金髪の男か、それともあの男のマスターの入れ知恵か。
それは解らない。どちらにしても、桜咲刹那程の手練を一方的に追い詰める程の強敵がマスターとなれば、打てる対策は二つ。
自身がマスターを葬りに掛かるか、そもそも相手にしないで逃げるか、だ。この場はタカジョーも、引いた方が良いと考えた。
ケルベロスならば兎も角、真っ当な人間のサーヴァントに自分の正体が露見された、と言う事が不気味過ぎる。機を窺う、いわば見の姿勢が、今は重要だろうとタカジョーは判断した。

 思考を進めるタカジョーだが、細胞の一つ一つが擦り減り、蒸発して行くような痛みに、顔を少しだけ歪ませる。
本当に、忌々しいサーヴァントだった。ケルベロスを相手にした時ですらまだ余裕があったのに、まさか只人の身で、此処まで自分から余裕を奪えるとは思わなかった。
特に、あの刀から迸った極光の斬撃だ。魔王の尋常ならざる反射神経があったから、直撃を前に瞬間移動で回避できたから良い物の、
真っ当なサーヴァントであれば反応すら許さずあの極光斬に呑まれて、形も残らなかった事であろう。
しかし、直撃こそ防げたが、あの斬撃は、微かにタカジョーの身体を掠めた。そう、ただ掠めただけ。
それだけなのに今のタカジョーには、尋常ならざる痛みが、毒が身体を巡り巡るように循環していた。
魔王の存在を許さない、と言うあのサーヴァントの裂帛の意思がタカジョーを消滅させんと奮闘しているかのようだった。
そうならないのは、タカジョーに備わる魔王としての身体能力と、再生スキルがあったればこそであるが、彼以外の下手なサーヴァントであれば、
この痛みに今頃狂っている事だろう。それ程までに、あの極光の痛みは凄まじい。

 存在の劣化が著しいと、タカジョーもゴチる。
高城絶斗と言う存在の格を誰よりも理解している彼だから解る。生前よりも自分の実力は大幅に弱体化している。
昔ならばこの程度の痛みはすぐに治ったが、如何もこの世界では――いや、サーヴァントの身ではそうも行かないらしい。
それでも、普通の再生スキル持ちに比べればずっと早い方である。何せ今のタカジョーには解らない事であるが、彼の身体を蝕む痛みの正体は放射線のそれである。
普通は治らない、自然治癒など以ての外。再生スキルで回復する可能性が多分にある時点で、既に異常と言う他がないが、それにしたって、悔しいったらないのだ。
人間に不覚を取ったと言う事実、そして、あのサーヴァント自体が、気に食わない。実物に出会った事はないが――そう、勇者だ。
まるで、光に愛され魔を蹴散らす、勇者とでも相対したかのような不愉快さが、タカジョーにはあった。魔王としての在り方は、そう言った存在を許せないのだろうか。

「それで、マスター」

 ひとまず、あのサーヴァントの事を考えるのは後にし、タカジョーは身体を拭き終えたマスターに対して声を掛ける。

「この後の動きとかは、何か考えてるのかい?」

「学校に向かう、と言う意思に変わりはない。いや、もとい、一ヶ所に留まり続けるのは危険だと判断している。
住宅街で、範囲攻撃を行おうとする程の危険人物だ。人の住むこのマンションだとて、攻撃を全く行わない保証はないだろう」

「ま、そりゃそうだな」

 刹那の人払いを、あの主従が認識していたかどうかはさておいて、あそこまでの範囲破壊力を秘めた攻撃を躊躇なくタカジョー達に放つ者達だ。
少なくとも、それが正常な人間のやる事だとはタカジョーも断じて思っていない。確かに刹那の言う通り、此処に留まり続けるのは、賢い判断とは言えなかった。

「逃げられるといいねぇ、此処からさ」

 おどけたような口調で、タカジョーは口にした。怪訝そうな顔で、刹那は彼の事を睨む。

「どう言う意味だ?」

「近付いてるんだよ。サーヴァントの気配がこっちにさ」

 カッ、と、目を見開かせる刹那。反射的に、夕凪を握る手の力が強まる。

「驚く事じゃないと思うね。ケルベロスの咆哮、あの狂人が放った閃光の規模。それを考えたら、サーヴァントが気配を察するのも珍しい事じゃない」

「此処に向かっているのか?」

「……いや、ちょっと待て。……ははーん、成程ね」

 刹那の目線から見れば、それはそれは、あくどいとしか言いようがない笑みを浮かべて、タカジョーは一人納得した。
タカジョーの性格を知らない一般人から見ても、ニヘラ、と言うオノマトペを幻視するのではないかと言う程の、ベタついた笑みだった。

「どうした、ランサー」

「こっちに向かって来てるんだ、確実にそのサーヴァントは僕らに気付いてる。
が、僕は転移で距離を離せば、サーヴァントが持つ気配の察知能力から余裕で逃げられるし、相手を振り切れる。
マスターにしたって空も飛べるし、飛ぶ前に見つかったとしても最悪シラを切ればいいんだ。実際は気配を掴まれたからとて、焦る事はない」

「それはそうだが、何が言いたい」

「こっちに向かう主従がもう一組増えた。そっちも、僕らの方に向かってきている」

「何!?」

 流石に二組同時にかかられては、刹那やタカジョーと言えどもなす術がない。
が、タカジョーは焦るな、と言わんばかりに刹那を制止。笑みはまだ崩れていない。

「まぁ落ち着きなよ。こっちに向かう主従は二つ。最悪僕らはその場から逃走する事に関してはとても優れているし、仮に僕らを狙って二組が合流したら、それはそれで面白い事になるんだ」

「……何?」

 ニィッ、と、タカジョーの笑みが強まった。

「同士討ちが、狙えるからね」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 雪村あかりが、サーヴァントとの戦闘を目撃したのは、全くの偶然と言っても良い。
戦闘を目撃したとは言うが、実際にサーヴァント同士が戦闘を繰り広げたのを見た、と言う訳ではなく、あくまでも彼女が見たのは、
戦闘の副次物と、戦闘が終わった後の場の被害であり、実際には、祭りの後を見たに過ぎない。
しかし、それが凄絶だった。あかりが見た副次物とは、自分は愚かバージルですら見切れない程の速度で天空へと伸びて行った黄金色の光の柱。
そして彼女が見た場の被害とは、巨人でも暴れ回ったのかと思わずにはいられない程滅茶苦茶になった、早稲田鶴巻町のある公園と、その周辺の住宅街。
公園は遊具と言う遊具、植え込みや樹木の類が全て、住宅は地下の基礎部分すら剥き出しにし、破壊されている程の有様で、大地震が起きたとて、こうは酷い様にはならないだろうと思わせる程の光景だった。

 何が起ったのか、と破壊された公園や住宅街に集まりつつある野次馬達。それに紛れて、あかりも近づこうとするが――。

【其処に向かうのはやめろ】

 と、頭の中に若い男の声が聞こえて来た。
念話。そう、自らのサーヴァントである、蒼コートの剣士、バージルが警告を発して来た。

【如何して?】

【悪魔の血がやけに警告を発している。その場所には、常人が触れれば身体に支障を来たす程の濃密な魔力が滞留している。中に入れば、兵器を埋め込んだ貴様どころか、俺ですら何が起こるか解らん】

 常ならば突拍子もない話だと思ったが、今は魔術が当たり前のように蔓延る聖杯戦争の最中なのだ。素直に、バージルの言う事に従うとした。

【NPCにも、当然被害が?】

【俺ですら無事では済まないのだ。何の力もない人間が耐えられる訳がないだろう。心配しているのか?】

【全然】

 素気無くあかりは否定した。彼女の心は冷え切っている。
今の彼女の究極の目標は、百億円の山を幾つ積んでもその価値を図れない、聖杯の獲得なのだ。
自分はそれを以て、あの地球破壊兵器を消滅させるのだ。その大業を秤に掛ければ……、縁もゆかりもないNPCが、千人死んだとて、あかりには如何でも良い事なのである。

【アーチャーは如何したい? 多分、まだこれをやったサーヴァントは近くにいると思うけど】

【敵に出会えば斬る。使えると判断したら、聖杯を獲得する直前までは利用してやる。だろう】

【そうね】

 一先ずは、この破壊を齎したサーヴァントに接触を試みようと、両者は判断した。
敵であるのならば、斬り殺せば良い。此方に友好的な素振りを見せたら、利用してやれば良い。いわば、同盟だ。
バージルもあかりも、その辺りの融通は利く。但し、聖杯の獲得だけは絶対に譲れない。機を見て殺す事に、何の躊躇も二人にはないのだから。

 通学途中で、聖杯戦争の一面に遭遇するとは、さしものあかりも予想は出来なかった。
これは大きな収穫と思いつつ、二人はサーヴァントの気配を頼りに、その場から立ち去り始めた。
消防か、警察かの車両のサイレン音が、うなじに埋め込まれた触手をフルフルと震わせるのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 立ちはだかる者は神だろうが悪魔だろうが斬り捨て地に伏せさせた、ザ・ヒーローでさえ。
立ちはだかる者は正義の極光で尽く焼き滅ぼして来た、クリストファー・ヴァルゼライドでさえ。
即ち、世にその名を轟かせる勇者であろうとも、ままならない事は多いものである。
主従合せた戦闘能力に関して言えば、類を見ない二人であるが、それでも、であった。
その代表的な物が、サーヴァントを発見・知覚出来る力であろう。

 結論から言えば、ヴァルゼライドは極限までに戦闘に特化した人間だった。
力もある、技術の練度も凄まじい、どんな巨悪や巨獣をも葬り去る一撃必殺の宝具だとて有している。
正しく戦闘に関しては凄まじい天稟を持った男であるが、戦闘以外に気の利いた小技など、てんでこの男は持っていない。
生前統べていた、アドラー帝国数千万人の国民を魅了していたカリスマは、バーサーカークラスの召喚の影響で翳りを見せ、完全に、
戦闘以外に役に立つスキルを持っていないと言う現状が、此処に来てこの主従にのしかかっていた。
気の利いた小技、つまりは、相手を知覚出来るスキルなり宝具と言う意味だ。二人にはこれがなかった。
彼らはサーヴァントに備わった素の知覚能力で、先程仕留め損ねた蠅の魔王、タカジョー・ゼットらを捜索しているのだが、全く知覚範囲のネットに引っかからない。
当たり前だ、相手は数十~百数十mもの距離を一瞬で転移すると言う芸当を、呼吸を行うかの如く行えるのだ。
つまり、逃げようと思えば簡単に彼らを振り切る事が出来る。こうなれば、二人はもうお手上げだった。追い縋れる筈もない。

 普通であれば、此処で諦めもするのであるが――。

【捜すぞ、マスター。機運は俺達に傾いている】

 この主従は諦めずに、あの主従を探していた。
<新宿>でのロール上賜られた名前を捨て、自身をザ・ヒーローと名乗る青年は、無尽蔵のスタミナで、辺りを走り回っていた。
敵は逃したくない、と言う根幹は同じだが、二人とも、何を思いタカジョーを討とうとしているのか、その方向性は違っていた。

 ザ・ヒーローの場合は、自身の宿命もあった。
彼は元居た世界で、分霊であったとは言え、正真正銘本物の蠅の王と戦い、これを打ち倒した事がある。
分霊であろうとも強かったのは言うまでもないが、此処で重要なのは、魔王とは種族的な特徴として、極めて暗黒面の荒廃を好む性質が強い者が多い事が上げられる。
魔王や邪神と言った存在は、人理の敵であり、人類種の存続すら場合によっては脅かす程の驚異的な存在である。
故に、討ち果たす必要があった。何故ならばザ・ヒーローこそは、人類を護る為に、人の世の存続を強く祈り、剣を握ったその腕を振い続ける英雄なのだから。

 一方でクリストファー・ヴァルゼライドの場合は、違った。
生前の行為を鑑みれば、間違いなくこの男は一線級の英霊であり、その魂の高潔さや、魂自体が発する光も、勇者のそれであった。 
アレがマスターの言う通り、本物のベルゼブブの分霊(わけみたま)であるのならば、責務を以て葬らねばならぬとヴァルゼライドは確かに思っていた。
そして確かに、あの魔王は強かった。実力が矮化されていると、ザ・ヒーローは口にしていたが、戦って初めて解った。
それを全く感じさせない技のキレ、自らの魔王としての力を効果的に、そして、要所要所で発揮する判断力。
魔王が持つ怪物性と、勇者が誇る技術の練度。その二つを両立させた、あのタカジョーに、ヴァルゼライドは心中で称賛していた。
魔王と言うプライドの高い種族でありながら、危機に陥れば躊躇なく逃走の選択を選ぶと言う思い切りも、戦術面で見れば間違っていない。
掛け値なしの強敵。それが、クリストファー・ヴァルゼライドからみた、タカジョー・ゼット評だ。
故に、あの魔王は討たれねばならない。魔王だからと言う事もある。汚れた蠅々が世に蔓延る前に、それを断ちたいと言う気持ちに嘘も無い。
だがそれ以上に、あの魔王は、聖杯に到達する過程の『聖戦』にくべられるに相応しい供物だった。その強さも、魔王としての魔性も。全てが、聖戦に馳せ参じるに相応しい魔物だった。

 ザ・ヒーローとヴァルゼライドの違いは此処だった。
前者は人理の固定化、人類種の存続を願い続けているのに対し、ヴァルゼライドは人類の為でもあり、自らの強烈な我欲を満たすと言う心に従い動いている。
ヴァルゼライドは強敵と認めた存在に立ちはだかれれば、その存在を斬り殺さずにはいられない、燃え盛る烈火の如き気性の男だった。
他の誰かが、あの魔王を倒すだろう。その為のお膳立ては既に整えられた。だから自分は今は退く。そんな思考回路は、ヴァルゼライドには存在しない。
逃げられた、だがあの状態ならば誰かが倒すだろう。それは甘えだった。逃げられた、許さないので追い縋り葬り去る。
それが今の、ヴァルゼライドの思考であった。要するにこの男は――極めて眩しい『短絡性』の下に、タカジョー・ゼット及び、桜咲刹那を追跡しているのであった。

【バーサーカー。あのベルゼブブの化身の強さは、如何だった】

【強かった】

 幾らなんでもそれは要領を得ない。更に詳しくザ・ヒーローは切り込んだ。
何せ彼は、直接あの少年と剣を合わせてもないし、強さを目の当たりにしてもいないのだから。其処は、聞いて置きたい。

【俺自身、悪魔と戦う等と言う前例がない。比較は出来ん】

 生前は悪魔と比して何ら遜色のない、悪鬼羅刹と見紛う様な存在を相手取った事があるヴァルゼライドであったが、
さしもの彼でも、本物の悪魔と事を争った経験はない。

【ただ決して、魔王を名乗るには役者としての器が小さい、と言う事はあり得なかった。それだけは確かだ】

【そうか。魔王が聖杯戦争に参戦する以上、相当な弱体化がされてる筈だけど、流石に蠅王。弱体化されても相当な手練みたいだ】

【案ずるな、マスター。相手が如何なる罠を用意し、如何なる力を発揮しようとも――勝つのは俺だ】

 木の葉は瀑布を上れない。火は水を掛けられれば消える。
そんな当たり前の事を口にするかのような語調で、ヴァルゼライドは言い切った。
英雄――ヴァルゼライド――にとっては勝利を求め、これを得る事は常態のそれであり、如何なる不確定要素や最悪のパターンが方々に見られても。
例えどんな敵が目の前に現れても。この男は、自身の勝利を疑わず、生前幾百幾千と口にして来た、勝つのは自分である、と言う旨の言葉を臆面もなく口にするのだ。そしてそれが、ハッタリでもでまかせでもない事を、ザ・ヒーローは知っていた。

 多くの人間が、道を走るザ・ヒーロー達とすれ違う。彼らは皆、ザ・ヒーローとは別の方向に向かっている様であった。
今走る早稲田鶴巻町は、本来今の時刻は人通りは少ない方である。それにも関わらず、まるで神輿か山車でも練り歩いているかのように人が多いのは、単純明快。
ヴァルゼライドが放った宝具によって齎された大破壊。それを見物、或いは様子見に行こうとしているからだ。早い話が、野次馬、と言う訳だ。
こう言った事が十分予測が出来たから、なるべく短期決着を心掛けていたが、その目論見は結局失敗に終わってしまった。
さりとて、ベルゼブブ程の大悪魔をそのまま逃がす訳にも行かない。見つけ次第、早急に処理せねばならない。

 そんな事を考えながら、英雄二人は走る、走る、走る。
早稲田鶴巻町の住民が皆、あの公園周辺に向かったのではと言う程、今走る地域には人気がない。
まるで森の深奥にでもいるかのような静けさ。周りに聳えるのは、マンションと、住宅街。

【――気配を見つけたぞ、マスター】

 遂に、ヴァルゼライドが敵の気配を捉えた。
空を飛べるマスターと、転移を自在に行えるサーヴァントの組み合わせからは考えられない程、騒動の場所であった公園周辺から距離が離れていない。
普通ならば、早稲田鶴巻町からは別の町に逃げるだろう。余程焦っていたのか、はたまた、自分達を迎え撃つ策があるのか。
ヴァルゼライドも考えたが、直にそれを捨てた。何が来るのかは解らないが、勝つのは自分だと、信じて疑っていないからだ。
ヴァルゼライドの感覚と指示頼りに、ザ・ヒーローも走るペースを引き上げる。

 走って、走って。そうして向った先には、確かに、サーヴァントがいた。
但しそれは、先程までヴァルゼライドが死闘を演じていたサーヴァントとは全く異なる男だった。
左右にマンションが立ち並んだ車道の真ん中に立つその男は――気障ったらしい青いコートに袖を通し、腰に、ヴァルゼライドと同じく刀を差しているのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 抜身の刀を思わせる男だった。
それもただの刀ではない。世にその勇名を轟かせ、そして、幾千幾万もの武芸者の血で剣身を濡らして来た、殺しの刀だ。

 鋼を思わせる銀髪をオールバックにした男で、顔つきを見れば若い事は確かなのだが、全くその年齢を悟らせない。
何が不機嫌なのか解らないが、鋭く威圧的な仏頂面が、状態であるかのように男の顔には刻まれており、それが正しい年齢を誤認させるのだ。
しかしその顔つきは、険が多いとは言え見事な物で、誰の目に映っても美青年と言う評価以外は下しようがなかった。
故に、昼の陽光を浴びた大海原のような青色のコートが、良く映える。普通人が着れば気障としか言いようがないそのコートが、その男にはよく似合っていた。

 英雄達の直感が告げていた。
目の前の男は、強い。特に、サーヴァントと二度も交戦する機会に恵まれたヴァルゼライドには解る。
この男が、一筋も二筋も行かない難物であり、生半な行為と決意では、勝利は当然の事、引き分け(ドロー)すら手繰り寄せられない程の存在であると。

 ヴァルゼライドが、腰に差した七本の刀の内の一本を引き抜き、実体化を始めた。
鷹が、同じ猛禽を相手に雌雄を決するかの様な瞳で、彼は、蒼コートの剣士、バージルを睨んでいた。
バージルは敵だった。餌でもなければ、聖杯/聖戦への前座でもない。れっきとした一人の、英雄を苦戦させる豪傑であろうと、ヴァルゼライドは認めていた。

「お前達が、あの場所を破壊したのか?」

 バージルが問うた。立ち居振る舞いと全く乖離しない、巌の如き意思を感じさせる言葉だった。
先の戦いで、バインドボイスに直撃し鼓膜を破壊されたヴァルゼライドだったが、此処に来て漸く、マスターの潤沢な魔力の影響で、音が聞こえる程度に回復を見せていた。

「そうだ、と言ったらどうするつもりだ?」

 ヴァルゼライドは、動じない。

「選択肢を二つくれてやる。俺達と組むか――」

「断る」

 全てをバージルが言い終える前に、ヴァルゼライドは即答した。
予めバージルが何を言うのかを予期していなければ、そう答えるのは不可能な程の、凄い速度の返事だった。

「俺達の目的は、全ての主従を斬り伏せ、聖杯へと到達する事だ。誰に与するつもりもなく、誰に頭を垂れる事もない」

 間髪入れずに、ヴァルゼライドは言い放った。

「この場で死ぬが良い、名も知らぬサーヴァントよ。俺達は貴様の屍を踏み越え、人理に万年の繁栄を誓うのだ」

 その言葉を聞いた瞬間、バージルの体中から、殺意や敵意、覇気と言った、敵対者に向けられる様々な感情が吹き上がって来た。
だがそれは、殺人鬼や狂人が醸すような、統一性や指向性の欠いたそれではない。
寸分の互いなく対象存在に向けられている上に、研ぎたての刃の様に鋭い、英雄や猛者だけが放つ事の出来るそれであった。

「……人目が付く程暴れ回る狂人に、話が通じる訳がないか」

 正味の話、バージルですら、この二名が同盟を受け入れるなどとは、露程も考えていなかった。
その理由は、彼の言葉の通り。一目のつく住宅街の真ん中に、最低でも対軍宝具規模の威力の一撃を打ち込むサーヴァントなど、正気の沙汰とは思えない。
話が通じる訳がないと言う前提で彼も話していたが、こうまで話が通じない、と言うより、我が強いと清々しさすら覚える程だ。
成程、これならば。躊躇なく閻魔刀の錆に出来る、と言うものであった。

「――You shall die」

 強い敵意を言葉にしたその時、戦端が開かれた。

 一切の気配もなく、ヴァルゼライドの周りを円形に取り囲むように、浅葱色の剣が現れ出でた。
まるで初めから其処に在ったとも言う様に、浅葱色の剣は宙空を浮遊、彼の身体の周りを旋回していた。
幻影剣と呼ばれる、銃と言う飛び道具を美学に反するとして、扱おうともしないバージルが用いる、魔力を練り固めて作った飛び道具だった。
旋回が停止すると同時に、ヴァルゼライドが音の速度でアダマンタイトで剣身が構築された刀を振るい、前方の四本を粉砕。直にその方向に移動した。
しかし、彼を囲んでいた幻影剣は後十本程も残っていた。そして、壊したのが前方向だけ、と言う事は、彼の背後にあった幻影剣は未だに健在と言う事を意味する。
音速を超える程の速度で、浅葱の魔剣が放たれる。ヴァルゼライドに、そして、マスターであるザ・ヒーローに。
ヴァルゼライドは背後から迫りくる幻影剣を、後ろ手に刀を振るう事で粉砕。彼のマスターであるザ・ヒーローは、ヒノカグツチを振り抜き、簡単に破壊して見せた。
そして残った幻影剣は、電柱や、建物の壁面に命中。剣身が全て、其処に埋もれてしまった。恐るべき、幻影剣の威力、直撃していれば、無事では済まなかっただろう。

 ヴァルゼライドの一刀の間合いに入るまで、後、四cm程。
ヴァルゼライドが其処まで到達した瞬間だった。バージルが腰に差した魔剣・閻魔刀の柄を握り、それを鞘走らせたのは。
刀を大上段から振い落そうとしたヴァルゼライドは、稲妻の如き反応速度で、刀を握っていない左腕を動かし、左腰に差した刀を鞘ごと、
乱暴にベルトから引き剥がし、鞘に納められた状態で、右腰の辺りに動かした。

 ――刹那、腕が圧し折れんばかりの衝撃がヴァルゼライドの左腕に走った。
そしてその衝撃は、彼の身体ごと、それが舞い込んで来た方向に水平に吹っ飛ばした。
そのまま行けば電柱にぶつかる所を、ヴァルゼライドは気違い染みた反応速度で、ブーツの踵をアスファルトと接地させ、摩擦を以て勢いを殺す。
この時、目線はずっとバージルの方に向けられていた。だからこそ、気付けた。彼の姿が霞と消えたのを。
消えたと同時にヴァルゼライドは考えるよりも速く、優れた体幹軸を利用して回転動作を行い、その勢いを以てアダマンタイトの刀を振り回した。
ギンッ、と言う金属の衝突音が響いた。バージルが、抜身の刀でヴァルゼライドの一撃を防いでいた。バージルは彼の背後に佇んでいた。

 大上段から刀を振り下ろす直前、バージルが、鞘に入れていた刀を引き抜こうとした動作を、ヴァルゼライドは見逃さなかった。
そう、あのヴァルゼライドですらが、腕を動かす動作が視認出来なかった程の動きで。頭が考えるよりも速く身体が行動していたのは、
ヴァルゼライドがこれまでに蓄積してきた異常とも言うべき戦闘経験があったればこそだった。
反応が遅れていたら、音に六倍する速度のバージルの神速の居合が、ヴァルゼライドの胴体を真っ二つにしていたのだから。
しかし、居合抜きは防げても、刀と刀が衝突した際に生まれる衝撃までは殺せない。その結果、ヴァルゼライドは吹っ飛ばされてしまったのだった。

 どうやらこの男も、瞬間移動の使い手らしいと、ヴァルゼライドは考えた。
傍目から見たら、バージルが行った、瞬間移動から背後にまわり、其処から宝具・閻魔刀による刀の一撃を防げた事は、奇跡にも等しい行動だったと見えるだろう。
しかしヴァルゼライドにとっては、寧ろ此方の方が防ぐのは容易かった。何故なら彼は先の戦いで、瞬間移動を用いた練達のサーヴァントと戦っている。
故に、対処が出来た。そう、ヴァルゼライドは此処に移動する傍ら、あの瞬間移動をどう攻略するかと言うシミュレートを、頭の中で凄まじい密度で行っていたのだ。必然、対策出来る。この男なら。クリストファー・ヴァルゼライドなら。

 閻魔刀とアダマンタイト刀に力を込め、鍔競り合いを行う二名。
如何なる圧力が込められているのか、刀と刀の接合面が、赫奕と赤熱し始める。
神速の居合を防いだ時点で解っていたが、この男、技術と力が極めて高いレベルで和合しあっている。
つまり、骨の髄まで、魂の底から戦闘者だ。一切の侮り、一切の油断は、してはならないと、改めてヴァルゼライドは強く認識した。
それと同時に、彼は大きく左方向にサイドステップを刻んだ。背後から一本の幻影剣が、己の心臓目掛けて射出された事を優れた勘が予期したからだ。
そしてそれは現実となった。貫くべき対象が消えた途端幻影剣は煙のように消え失せ、そしてバージル自身も、空間転移で移動し始めた。
転移先は、何処か。背後か、左右か。それとも頭上か、はたまた建物の中か。このような便利な力を持っているのならば、視界の死角に移動する事だろう。
――この男は違った。真正面だ。バージルは、クリストファー・ヴァルゼライドの正面地点を、移動先に選んだのだ。

「見事ッ!!」

 敢えて死角に回らず、小細工抜きに真正面から挑みかかる、バージルの精神性に惜しみない賛辞を与えつつ、ヴァルゼライドは、
アダマンタイトの刀の尖端を、バージルの心臓部目掛けて突き立てようとする。空気の壁を突き破る程のその一撃を、バージルは、眉一つ動かさず、
閻魔刀の柄頭で弾いた。勢いの強い攻撃程、弾かれた際に体勢が崩れやすい。気合で身体がよろけるのを、ヴァルゼライドは防ごうとした。
そして事実、それは功を奏したように思えたが、バージルの目には違った。この二名の戦いでは、ゼロカンマ一秒が隙になる。
余人が隙とすら認識出来ないほんの短い時間であるが、ヴァルゼライドの思考と肉体は、数瞬空白となった。これを狙わぬバージルではない。
電瞬の速度で、バージルは左腕の拳から肘部分を覆う、籠手の様な物を装着し始めたのだ。光の筋の様な物が籠手の表面を走る、神秘的な武器。
これぞ、バージルが持つ宝具、閃光装具・神韻剔抉。その真名を、ベオウルフと呼ぶ宝具だった。

 身体を動かそうとするヴァルゼライドだったが、もう遅い。
ベオウルフを纏ったバージルの左拳は、英雄の腹部を寸分の互いなく打ち抜き、颶風に飛ばされる紙片の様な勢いでヴァルゼライドは吹っ飛んだ。
右手に握った刀をアスファルトに突き刺し、吹っ飛ぶ勢いを一気にゼロにして、彼は殺し切った。
本来ならば二十mは吹き飛ばされて然るべき所を、その半分以下である七m地点で留まらせる事が出来たのは、彼がクリストファー・ヴァルゼライドだからこそだった。

「まだだ!!」

 ベオウルフを纏った左拳で殴られた腹部を中心に、全身に衝撃が伝播する。まるで修羅(アスラ)の拳にでも当たったかのようだった。
大腸が磨り潰されたような痛みは胴体を苛み、顔に走った刀傷を除けば極めて整った顔立ちであるヴァルゼライドの顔は、今や血まみれの状態だった。
殴られた衝撃で、鼻からは血が噴き出、瞳から血涙を流しているからだった。だがそれでも、英雄は止まらない。
痛み? それが如何した気合で耐えろ。内臓が悲鳴を上げている? 俺の身体の一部なら根性を見せてみろ。
俺の意思が挫かれない限り、俺に負けは訪れないし死にもしない。その証拠に、見よ。アスファルトに突き差した刀を引き抜き、戦う意思を更に滾らせる、この男の姿を。クリストファー・ヴァルゼライドは、まだ戦える。

 バージルの周辺の空間に、幻影剣が配置、固定化された。
その数、彼の左右に計十本。切っ先は全て、ヴァルゼライドの方に向けられていた。
英雄が走る、翠剣が飛翔する。右手に握った刀を一振り、それだけで幻影剣の内三本は砕かれ、先程居合を防ぐのに使った、鞘に収まった状態の刀を更に一振り。
再び三本の幻影剣が粉砕された。残りの四つは、最小限の動きで回避する。そうするつもりだったが、ヴァルゼライドはまたも見た。
鍔鳴りが遅れて聞える程の、バージルの神速の居合。それを何故、剣身の射程外で――全てに気付いた瞬間、ヴァルゼライドはそのまま移動速度を上げ、
バージルへの接近を急いだ。幻影剣の回避を完全に度外視してしまったが為に、右肩、左胸部、腹部、大腿に幻影剣が突き刺さる。この状態で、ヴァルゼライドはバージルに突進していた。

 それが結果的に、最善の方策だと解ったのは、次の瞬間だった。
先程までヴァルゼライドが疾駆していた地点に、青色の空間の断裂が何十本も走り始めたのだ。
もしも、もしもだ。ヴァルゼライドが移動スピードを速めていなければ、彼は空間の断裂に全身を斬り刻まれ、その場で即死していたに相違ない。
これぞ、バージルが有する本気の居合。音速を超え、神速を出し抜き、魔速の域に達した速度の居合を以て、空間や次元をも斬り断つ、
スパーダ直伝の剣術と閻魔刀の力が合わさった究極の居合。奥義、次元斬。果たしてこの技に掛かり、何体の悪魔が塵と化し穢土へと戻って行ったのか。
これをヴァルゼライドは、幾千も潜り抜けて来た死闘の経験が齎した野生の勘で回避したのだ。しかし、全く無傷だったわけじゃない。断裂の一本が、彼の左脹脛を捉えていた。結果、ホースの先から水が飛び出るかのように、彼の左足から血がたばしり出た。

 そんな痛みよりも、今のヴァルゼライドにとって重要な事柄は。アダマンタイトの刀の間合いに、漸く達したと言う事であった。

  Metalnova     Gamma・ray Keraunos
「――超新星―――天霆の轟く地平に、闇はなく」

 ヴァルゼライドの口から紡がれるは、必勝の詠唱(ランゲージ)。
あらゆる悪を討ち滅ぼし、己が意思を何処までも貫き、勝利と言う結果へと愚直に突き進む、クリストファー・ヴァルゼライドの星辰光。
常勝不敗の神話の体現たる星辰光(アステリズム)が今、<新宿>の地に二度煌めいた。

 バージルがベオウルフを装着したのと同じ程の速度で、ヴァルゼライドの手にした双刀に、黄金色の光が纏われた。
鞘に収まったままの状態だった左手の方の刀は、光が有する圧倒的なまでの高熱で、鞘が一瞬で蒸発、黄金光で眩い剣身の姿が露になった。
溶かした黄金の様に光り輝くその剣身の、なんと汚れの無い高貴さか。エデンの園を守り、焔で燃え盛る剣を持った大天使であるウリエルこそが、
この男だと言われても皆は無言で首を縦に振ろう。それ程までの威圧感。それ程までの厳格性。今のヴァルゼライドには、それらで満ち満ちているのだ。

 バージルの中のスパーダの部分、と言うよりは、悪魔の部分が、凄まじいまでの警鐘を鳴らし続ける。
あの黄金色の光は、危険過ぎる。あの光は生きとし生けるものに対する死そのものであり、それが例え悪魔や天使と言った超常存在にも、
等しく痛みを齎す魔の光であり、聖なる輝きであると。そしてバージルのその予感は、何処までも正しかった。
今ヴァルゼライドが二振りの刀に纏わせているその黄金光こそは、悪魔や天使どころか、無辜の人間にすらも死を与える、他ならぬ人類が生み出した、人類自身をも滅ぼす最悪の毒。放射線なのだから。

 左手に握った黄金色の刀を、横薙ぎにヴァルゼライドは振う。
焦らずバージルは、鞘から引き抜かれた、刀紋の美しい閻魔刀の剣身で防御する。アダマンタイトの刀に纏わせた黄金光が、火花みたいに飛び散った。
防御される事など織り込み済みだと言わんばかりに、ヴァルゼライドは、バージルが閻魔刀で攻撃を防いだのと全く同タイミングで、
右手の方の刀を胸部目掛けて突き刺そうとした。彼の姿が掻き消える。空間転移。これでバージルが攻撃の間合いから逃れたのだ。
これを卑怯だとは思わない。自分が生まれ持った能力を有効的に行使する。これを如何して、卑怯と言えようや。

 バージルはヴァルゼライドの真正面先三m地点に現れた。
腰を低く落とし、腰に差した閻魔刀の柄に右手をかけている状態。ヴァルゼライドが動いた。彼は不退転、後ろに引かず、真正面、バージルの方をただ往くのみ。
残像すらも捉えきれぬ速度で、バージルの右腕が霞んだ。そして、ヴァルゼライドは、それを見た瞬間、静かに瞑目を行った。何と、目を閉じたのだ!!
闇の中を走りながらヴァルゼライドが屈む、身体を半身にする、そして、地面を前転する。――果たして、誰が信じられようか。
彼はこう言った動作を行う事で――空間を紙の様に切断し、遠方にいる相手をも容易く斬り殺すバージルの絶技、次元斬を避けた。
空間に走る青色とも、紫色とも取れる色の空間の断裂が当たらない。当たったとしても、それはヴァルゼライドの軍服であったり、皮膚一枚である。

 一見すればバージルは無軌道に居合を走らせ、デタラメに空間の断裂を生み出していると思われるが、ヴァルゼライドはそれは違うと見抜いていた。
あの男は、此方の移動ルート、何処でどう回避するのかと言う予測を立て、空間を斬り裂いている。英雄はそう判断し、実際それはその通りだった。
高い技術を持った存在であればある程、バージルの絶技に引っかかる。しかし、ヴァルゼライドはその先を行く。
バージルの練度は恐るべきものだ。しかしヴァルゼライドもそれに追随する程の技量の持ち主。同じ程度の技量の持ち主だからこそ、解る。
相手が結局何を狙い、何がしたいのか、その為にはどのような行動を行うのかと言う事が。況してや相手は自分と同じく刀を操る。
故に、解る。発動までどのような軌道で走るのか解らない空間の断裂。バージルが何処に如何断裂を生み出すか、瞼を閉じた闇の中に白々と、次元斬が浮かび上がるかのようであった。

 一騎当千の英雄等と言う存在が神話や叙事詩と言ったフィクションの中の世界にしかありえなかった時代に、
単騎で千の軍を無双すると言う、未来に現れた神代に生まれるべきだった英霊・ヴァルゼライドもそうであるが、
その彼に此処までやらせねば彼の命をも一方的に奪う事が出来るバージルもまたバージルだ。
この男との戦いを行っていた時間は、二分にも満たない短い時だった。電車やバスの待ち時間よりも、ずっと短いそんな時間。
しかしその短い刻の間に行われた戦いは、確かに神話の戦いだった。聖戦だった。英雄が魔物を討ち滅ぼす瞬間だった。

 鞘に収まった閻魔刀を引き抜こうとバージルが柄に手を掛けたのと、裁きの光を纏わせた刀をヴァルゼライドが振り落としたのは殆ど同時の事。
バージルは思考速度よりも早く、自らの周りに幻影剣を円陣状に展開させる。剣身は自らの外側の方を向いており、この状態で幻影剣を高速で回転させた。
近付けば回転する幻影剣が、不用意に近付いて来た者の肉体をズタズタにしている事だろう。現にヴァルゼライドの腹部は、回転する幻影剣でズタズタにされていた。
大腸など最早機能しないのではと言う程の損壊を負っている。それが如何した。奥歯が割れんばかりに歯を食い縛るヴァルゼライド。
この程度で、刀を振り下ろす手を止めやしない。いや――気のせいか。振り下ろす速度が、途中で……『上がった』。

「ヌグアァッ!!?」 

 そしてとうとう、敵対者を滅ぼす裁きの剣(アストレア)が、バージルを捉えた。
先ず彼の身体に走ったのは、極熱。これは、ヴァルゼライドの刀自体が纏う光熱に拠るものだった。
それよりも問題なのは、バージルの身体を急速に伝播する、身体の細胞と言う細胞が泡のように弾けて行くような、正体不明の痛み。
酸を浴びせ掛けられるのとも違う、炎を浴びせられるようなそれとも違う。正体不明、原理不明の痛みに、バージルは苦しんだ。

 ヴァルゼライドは止まらない。目の前の敵は生かしては帰せぬ強敵であるが故に。
今度は左手の刀を振るい、バージルを消滅させようとするが、ヴァルゼライドの極光斬に直撃しても、彼の意思は萎えず、そしてまだ戦闘が続けられるのだ。
バージルの姿が霞と消えた。振るった刀がスカを食う。背後に感じる、あの男の気配。ヴァルゼライドは前方方向に跳躍しながら、身体を背後に向けた。
バージルはヴァルゼライドの三m程後ろの、高度十m地点に瞬間移動をしていたらしい。既に閻魔刀は鞘に仕舞われており、未だに彼の身体には幻影剣が円陣を組んでいる。

 ――違うのは。先程ヴァルゼライドを殴った時に纏わせた、閃光装具・ベオウルフ。
それと思しき宝具が、四肢に纏われていた事だろう。

「ハァッ!!」

 裂帛の気魄を声に出し、バージルが流星の如き勢いで斜め下に急降下していった。
正体不明の金属で出来たバトルブーツを纏わせた右足を伸ばし、ベオウルフから光の奔流を放出、それをブースター代わりにして。
正しくバージルは光の矢の如き速度で、アスファルトに衝突。地面が揺れる、アスファルトで舗装された分厚い道路が焼き菓子の様に真っ二つになる。
割れて真っ二つになったアスファルトは四m程も舞い上がる。もしも、この一撃に直撃していれば、ヴァルゼライドは如何なっていたか。
論ずるべくもない。肉体は欠片も残さず、血色の霧煙となっていた事だろう。バージルの放つ、スパーダ直伝の格闘術、流星脚には、それ程の威力があるのだから。

「俺には解せんよ、サーヴァント」

 油断なくバージルの方を睨み、黄金光を纏わせた刀で、それまでずっと身体に突き刺さっていた状態の幻影剣を砕きながら、ヴァルゼライドが言った。

「力もある、そしてただ単に、人智を逸した力を示威するように振うだけの愚か者でも貴様はない。其処に、確かな技倆を絡ませた、本物の戦士だ貴様は。その点に一切の疑いもない、俺は貴様を称賛しよう」

 「だが――」

「お前が磨き上げたのは、その内に眠る『人智を超えた領域だけ』だ。よくも此処まで磨き上げた物だよ。大した奴と言いたいが……お前は如何して、確かにお前と言う存在を構成している、人間の部分を軽んじている」

 厳密に言うのであれば、クリストファー・ヴァルゼライドと言う男は、本当の意味で人間ではない。
彼が操る超常の力、星辰光(アステリズム)とは、生前彼が統治していたアドラー帝国で、才能のある人間が強化手術を経ねば得られぬ力であり、
この手術を経た人間、つまりは星辰体感応奏者(エスペラント)と呼ばれる存在達は、ある意味で改造人間と言う事が出来る。
無論この能力を使う以上、ヴァルゼライドも当然手術を受けたのだが――彼の場合は、少々事情が異なる。
彼が受けた強化手術とは厳密には、人造惑星(プラネテス)と呼ばれる星辰体感応奏者(エスペラント)の上位種と言うべき存在になるべきそれであり、
とどのつまり星辰体感応奏者になる為の手術とは、人造惑星になる為の措置条件をより緩やかにしたそれに過ぎないのだ。

 そう、ヴァルゼライドは人間ではない。人造惑星(プラネテス)と呼ばれる、人間の遥か先を行くスペックを保有した改造人間なのだ。
とは言え、そんな存在になったから、今のヴァルゼライドが在る訳ではない。不撓不屈、人智を逸した光の意思。
それらは生まれながらにヴァルゼライドが有していた財産であり、これがあるからこそ、彼はゼウス-NO.γ 天霆(ケラウノス)ではなく、一人の人間、クリストファー・ヴァルゼライドとして活動出来るのだ。

 自身もある意味で人間を逸脱しているからこそ、ヴァルゼライドには解ってしまった。
目の前のバージルもまた人間ではない。正確に言えば人間と、ヴァルゼライドの知識にもない強大な力を秘めた『何か』との相の子である事を。
そしてバージルが、自身の人間的な部分を嫌い、自らの力の源泉である、悪魔としての部分を磨く事に全てを賭け、結果、極限閾まで達した存在である事も。ヴァルゼライドは解ってしまった。

「それでは、貴様は勝てん」

 冷徹に、ヴァルゼライドは告げた。

「勝つのは俺だと言う事実に一切の揺らぎはないが、人としての部分を誇りに思わぬ貴様では、俺は当然の事、他のサーヴァントにも後れを取ろう」

 それは、ヴァルゼライドの根幹でもあり、彼と言う存在を成す哲学だった。
自らで考える意思を持ち、逆境に遭えばそれを乗り越える不撓さを発揮する、と言う、己が人間であると言う絶対の事実に拘りを持ち続けた男。
そしてそれこそが、人を人足らしめる強さであると彼は堅く信じていた。だからこそ、ヴァルゼライドは高く評価していたのだ。自身の敵でもあった土星の人造惑星と、水星の人造惑星の誇りを、忘れた事など彼は片時もない。

 両手にそれぞれ握られた、黄金色の焔の剣を構え、ウリエルを幻視させる様な英雄は、更に続けた。

「貴様の屍(かばね)を踏み越えて、俺は貴様の先を往く。冥府に下る準備は出来たか、サーヴァント」

 余りにも一方的で、バージルに言葉と言う言葉を挟ませる隙もない弁舌。
しかしバージルは確かに、その言葉の意味を咀嚼していた。そして、その瞳にはヴァルゼライドを映していなかった。
生前の最期の光景――『バージル』としての意識が残っていた、最後の瞬間の事を思い描いていた。
何から何まで対照的だった、双子の弟とのやり取りを。

                   ――そんなに力が欲しいのか? 力を手に入れても、父さんにはなれない――

                             ――貴様は黙っていろ!!――

                   ――俺達がスパーダの息子なら……受け継ぐべきなのは力なんかじゃない!!――

                           ――もっと大切な……誇り高き魂だ!!――

                        ――その魂が叫んでる……あんたを止めろってな!!――

                           ――悪いが、俺の魂はこう言っている――

「……俺も覚悟を決めた」

 真っ二つに破断したアスファルトの真ん中で、ベオウルフを装着したバージルが、構えを取った。
ヴァルゼライドはその構えを見て、生前の知り合いである、ある事情で右腕を鋼のそれに変えさせた老拳士を幻視した。彼の構えと、瓜二つだった。

「貴様は生かして帰さん、人間」

 人の事情など一切知らず、ズカズカとその領域に土足で入り込み、剰え上から目線で御高説すら垂れるこの男を。
バージルは、断じて許さなかった。御高説を垂れるにしても、話す内容が悪すぎた。
何故ならば今のヴァルゼライドの高説は、バージルと言う男の決して触れてはならない琴線を、快刀で一閃する様な発言だったからだ。
バージルと言う男の生前を一切否定する内容であったからだ。

 殺意の光波を体中から発散させて、バージルは、射抜くが如き鋭い目線でヴァルゼライドを睨めつける。
生前の最期が最期だ。愚弟が口にした、人間としての部分も、尊重はしよう。それでも、バージルの認識はサーヴァントとなった現在でも、変わる事はない。

                                 ――もっと力を――

 これこそが、バージルが終生追い求めた、真理であり、不変の事実であるのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 此処に、一つの破片が宙を舞っていた。
材質はアスファルト。大きさは何処にでも転がっている小石と同じ程度の大きさ。
先程バージルの流星脚で割られた道路。それが力の掛かり方と加減の妙で、小石の様な形の破片を生み出したのだ。
高度五十m程の距離に達した途端、それは、上に上にと言う勢いを失って行き、地面への落下を始めた。

 高度十五m程の所に、その小石が差しかかった、瞬間だった。
円陣を組ませていた幻影剣を全てヴァルゼライドの方へと射出させると同時に、バージルが地を蹴って突進していったのは。
瞬間移動など用いずとも、悪魔の脚力が生み出す移動速度は、自動車やバイクのそれよりもずっと速い。
ヴァルゼライドはこれに反応、先ずガンマレイを纏わせた刀で幻影剣を全て砕いた後で、刀を横薙ぎに振るう。
が、バージルはこれを、ベオウルフの籠手を纏わせた右腕で防御。凄まじいまでの衝撃がバージルの腕に走り、途轍もない頑健さの金属を思いっきり打ち叩いた様な痺れがヴァルゼライドの腕を伝って行く。

 だが、片方の腕は動く。
ヴァルゼライドがそう思い、空いた左腕を動かそうとしたその時だった。バージルが装備するベオウルフから、
指向性と物質的質量を伴った眩い光が放出され、それにヴァルゼライドが吹っ飛ばされたのは。

 ベオウルフと呼ばれる宝具は、嘗て魔界に存在した同名の、光を操る上級悪魔の魂が武器へと変貌を遂げたものである。
そう言った悪魔は自ら認めた勇姿に魂を捧げ、武器に転生してその者の為に尽くす事が、極々稀な事例だが存在する。
実際には強制的に魂を武器に変貌させられると言う事例の方が殆どなのだが。ベオウルフと言う悪魔が光を操った事からも解る通り、この宝具も、
光を操る事をその神髄としている。ヴァルゼライドを吹き飛ばした質量を持った光とは、当然、ベオウルフの神髄の発露だった。

 数m程の距離をヴァルゼライドが吹っ飛ばされたのと、バージルが右腕のベオウルフに光の力を収束させたのに、殆ど時間的な差は存在しなかった。
そして、ヴァルゼライドが地面に足をつけ、体勢を整えたのと、収束させた光の力を放出させたのは、同時だった。
右腕を勢いよく突出し、光球を凄まじい速度でヴァルゼライドの方へと飛来させる。
光の刀をヴァルゼライドは振い、バージルが放った光球を斬り裂いた。そしてそれが悪手だったと、ヴァルゼライドは知る。
かなり無理な姿勢で右に横転する。彼が先程までいた空間に、青色をした幾十本もの空間の断裂が走った。バージルが放った次元斬である。
主要な臓器を斬り裂かれる事は防いだが、左肩を深く、断裂に斬られてしまった。
立ち上がろうとヴァルゼライドは体勢を整えるが、カッ、と目を見開かせる。そして急いで、身体や頭、四肢を絶妙に動かした。
バージルは、あの次元斬でヴァルゼライドを仕留められるとは欠片も思っていなかった。故に彼は――避けた先にも次元斬を放っていたのだ。
断裂が空間に走る。心臓や肝臓、肺や頸動脈と言った急所を寸分の互いなく狙うその断裂であったが、ヴァルゼライドは、未来予知染みた反射神経で、
そう言った急所に迫る断裂を尽く回避して行く。しかし、断裂そのものは全て回避し切れてない。
逆に言えば、急所以外の身体の部位は全て断裂の餌食になっているのだ。攻撃を行うに支障がない程度には、ダメージを受けているのだ。

 ――まだだ――

 ヴァルゼライドの心の熾火は消えない。
餓えたる獅子の如き眼光をバージルに向けながら、ヴァルゼライドは、ガンマレイを纏わせた右腕の刀を頭上目掛けて一振りさせた。
薄氷の砕け散る様な音が鳴り響いたのと時を同じくして、アスファルトに幻影剣が何本も突き刺さった。
バージルはヴァルゼライドの頭上に幻影剣を何十本も固定させ、それを五月雨の様に降り注がせたのだが、彼はこれを、刀を振るい、自分に刺さる物だけをピンポイントで破壊したのだ。

 ――此処までに経過した時間は、一秒。

 バージルの姿が掻き消えた。
ヴァルゼライドの視界の死角ではなく、敢えて真正面に立つと言うその選択。自分の技量に絶対の自信がなければ、選べぬ選択だった。
バージルの四肢から、ベオウルフが消え、閻魔刀の柄に手が伸ばされている。この男にとって、己が両腕両脚程信頼に足るもの、それこそが、この閻魔刀である事の証明だった。

 放たれた拳銃よりもずっと速い速度で、バージルが閻魔刀の柄頭でヴァルゼライドの胸部を打とうとする。
直撃すれば間違いなく胸骨が粉々になっている所を、ヴァルゼライドは刀の剣身で防ごうとするが、直撃するまで、まだ大分距離がある所でバージルが攻撃をやめた。

 誘導(フェイント)、と気付いた瞬間、漆黒の鞘の鐺(こじり)が、ヴァルゼライドの左大腿を打擲した。
どうやら刀だけでなく『鞘自体』も宝具に等しいらしい。脚に与えられた痛みが、半端なものではなかった。
そして放たれたのは、神速の居合。音の六倍にも達するスピードのその居合は、真っ当ならば、鞘で叩かれた痛みに苦しんでいる間に直撃。
直撃した存在は、余りの居合の速さの故に、自分が刀で斬られた事すら認識出来なかった事であろう。

 痛みから気合で覚醒し、ヴァルゼライドは黄金刀でバージルの居合に対応、防いだ。
それを防御するなり、この英雄は空いた方の手で握った刀でバージルを斬り殺そうと動かすが、それよりも速くバージルは閻魔刀を振い、その一撃を弾く。
体勢が崩れかける所を、培った技術と気合で持ち堪え、そのまま、先程バージルの居合を防いだ方の刀で彼に刺突を放とうとするが、
彼はこれを、閻魔刀でやはり弾いた。チンッ、と言う小気味の良い鍔鳴りの音。バージルが鞘に閻魔刀を仕舞い込んだ――刹那。
鞘から稲妻が迸ったのではと思う程の速度で彼は抜刀術を行い、ヴァルゼライドの首目掛けて居合を放つ。これを紙一重で防御するが、
バージルは防御されたと解るや、直に閻魔刀を、ガンマレイを纏わせたヴァルゼライドの刀から引き離し、閻魔刀を振り下ろした。今度は右肩の方だ。
英雄はこれも、左手で握った刀で防御するが、刀と刀が衝突した瞬間、間髪入れずにバージルは閻魔刀を引き離し、再び振う。
それをヴァルゼライドが防ぐ、再びバージルが閻魔刀を振う。防ぐ、振う、防ぐ、振う――。

 バージルが閻魔刀を、振るう。薙ぐ。振り下ろす。斬り上げる。突く。袈裟懸けにする。振う。振り下ろす。斬り上げる。袈裟懸けにする。
その全てが、一撃必殺の威力を内包した魔速の一振りであり、一つたりとも喰らって良い技ではなかった。
であるのにこの男は、ただ単に、速いだけの攻撃を繰り出しているだけではない。時には信じられない位遅く刀を振るいその落差でヴァルゼライドの瞳を狂わせ、
時にはバージルの技量からは信じられない位雑な軌道で刀を振るってヴァルゼライドの思考を漂白したりと。
ただ単に、人間を越えた存在が有する異能や身体能力だけで戦うのではない。努力によって獲得した超絶の術技と剣理で、相手を圧倒する。
それは正しく、ヴァルゼライドが理想とする所の、究極の戦闘者の戦い方であった。
放つ一撃、紡がれるコンビネーション。そのどれもが必殺、超速、そして玄妙。

 それを放つバージルもバージルなら、その一つ一つに対応して見せるヴァルゼライドもヴァルゼライドだ。
この男はバージルが放つ眩惑的な連続攻撃の数々を全て、両手で握った刀で防ぎきっていた。
頭で何かを考えるよりも速く、身体が対応する。最初の方は天運ありきで防げていた行動も、目が慣れ、シナプスが繋がって来るや、
確証を以て腕を動かし、バージルの絶技の数々を防げるに至っていた。しかし、相手の方も負けていない。
徐々に、居合のマックススピードが上がって来ている事を、ヴァルゼライドは認めていた。断言出来る、この男は未だ、本気で居合を放っていなかった。

 バージルの一撃をヴァルゼライドが防ぐ度に、衝撃波が彼らの周りを駆け抜ける。
アスファルトはそれに衝突し砕け散って行き、車道の両脇に建てられたマンションの壁面や電柱は、衝撃波で削られて行く。
この二人が本気で戦えば、今いる早稲田鶴巻町どころか、早稲田全域が砂地になるのではないのかと言う程の破壊の勢いが、
こんな限定的な被害で済んでいるのは、偏にバージルが閻魔刀の真の力とスパーダの血を解放させていないから。
そしてヴァルゼライドが、己が星辰光(アステリズム)の真なる一撃を放っていないからに他ならなかった。

 バージルの姿が消える。必然連撃が止む。
彼はヴァルゼライドの目線の先十m程の地点に佇んでいた。ヴァルゼライドが動くよりも速く、バージルが動いた。
英雄は動けなかった訳ではない。動かない方が、この場合は対応が上手く行くと判断したからだ。

 ――此処までに経過した時間は、二秒。

「Scum」

 バージルの身体が消えた。
瞬間移動、ではない。それと見紛う程の速度で、地面を蹴って駆けだしたのだ。
地面を滑っているとしか思えない程スムーズかつ高速のこの動きは、摩擦抵抗にこの男は害されないのか、としか思えないだろう。

 閻魔刀の間合いにバージルが入った瞬間、彼はそれを目にも留まらぬ速さで中段から横薙ぎに振るう。
ヴァルゼライドは即座にその攻撃に対応し、星辰光(アステリズム)を纏わせた刀で防御する。
ギィンッ、と言う金属音が生じると殆ど同時に、バージルは閻魔刀の刀身を引かせ、再び閻魔刀を振う。左上段から袈裟懸けに振り下ろす。
やはりヴァルゼライドは、人外の域にある反射神経で、先程の、中段からの攻撃を防いだのとは違う方の手で握った刀でバージルの攻撃を防御する。
今度は此方の番だと言わんばかりに、ヴァルゼライドは右手に握った刀を振り下ろそうとする。が、バージルはこれを防いだ。
しかも、閻魔刀ではない。バージルは何と、純度と密度を高めた幻影剣で、星辰光を纏わせたヴァルゼライドの鋭い一太刀を防いだのだ。
が、根本の宝具ランクの差故か、幻影剣は攻撃を受け止めた瞬間に亀裂が生じており、次バージルの膂力で振るおうものなら、その瞬間木端微塵になるだろう。

 そして躊躇いもなく、バージルはその幻影剣の一本を、超至近距離で爆散させる。
凄まじい熱量を伴った魔力の爆風は、主であるバージルの方には一切向かわず、全て、敵対者ヴァルゼライドの方に指向性を伴って向かって行く。
爆風にほぼゼロ距離で直撃、吹っ飛ばされながらも、ヴァルゼライドは根性で体勢を整え、ブーツの踵部分をアスファルトに無理やり接地させ、勢いを殺し尽くす。
軍服は所々が破れ、黒く焦げた生身の部分が露出されていた。それでも顔面が無事の状態なのは、幻影剣が爆発するその瞬間に、両腕で顔面を覆って頭に対するダメージを防いだからだ。

 ――見切った――

 次にバージルが行おうとした魂胆を見抜いたヴァルゼライドが、地を蹴り、彼の下へと急接近した。
即決即断、思い立ったらすぐに行動に移すと言うこの英雄の行動は、決して無鉄砲から来るそれではなく、バージルがやろうとしていた事を正確に読んだからの事だった。
簡単だ、バージルは今、ヴァルゼライドが吹っ飛ばされた所目掛けて、次元斬を放っていた。空間に刻まれる、魔速の居合によって生み出された空間の断裂は、
しかして、ヴァルゼライドの生身を斬り裂き抉る事無く、単なる虚空を裂くのみの結果に終わった。
だがバージルの方も、敵対するヴァルゼライドが次元斬を回避する事を読んでいたらしい。明らかに、断裂の数が少なく規模も小さかった。
本命は、彼が接近をする事に合わせて放つ、渾身の居合であろう。この悪魔はその準備をすでに終えており、腰を低くし、ヴァルゼライドの接近を待ち構えていた。
そうはさせじと、ヴァルゼライドが、アダマンタイトの刀の間合いの外で、それを振り被っていた。

 悪魔としての『直感』が風雲急を告げている。
居合を行う事を中断し、直に、瞬間移動で距離を離す。二十m、バージルの激しい気性からは信じられない程弱腰な選択で、距離を離し過ぎとしか思えないだろう。
そして、その選択が、最良だったと解ったのは、次の瞬間。天空から黄金色の光の柱が、嘗てバージルが佇んでいた所に亜光速で降り注いだのだ!!
余りの熱量で着弾点のアスファルトは沸騰、気化、蒸発の三プロセスを一瞬で経ただけでなく、そのポイント周辺の地面が、沸騰し溶岩化していた。
莫大なエネルギーを内包した超高速度の光の激突が生んだのは、熱量だけでなく、凄まじい衝撃波も生み出し、距離を離したバージルにすらそれが届いた程だ。
周辺のマンションはグラグラと、ヴァルゼライドの放った宝具の影響で激震しており、構造力学的に安定してかつ強固な筈のそれらは、
積木の建物みたいに不安定に揺れていた。これぞ、ヴァルゼライドの放った宝具の真骨頂。科学とヴァルゼライドの意思から成る、
『神』造兵装ならぬ『心』造兵装とも言うべきそれは、星ではなく、彼個人の心の在り方が生み出したと言っても良い、彼だけの雷霆(ケラウノス)だった。

 ――此処までに経過した時間は、三秒。

 カツーン、と言う小さな音を立てて、アスファルトの破片が道路に落下した。
以上が、この二人の怪物が、短い時間の間に行った殺意の応酬のあらましだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 自分のサーヴァントが強いと言う事は、解っていた。
最初の戦いの時に、あの生意気な年増の女魔術師が使役していたセイバーを苦もなく斬り殺した事からも、それは推察出来た。
しかし、その時に見せた自身のアーチャー――バージルの戦いぶりは、ほんの小手調べと言った風が拭えなかった。
今あの男は、間違いなくその神髄を見せて戦っている。今になって、バージルのマスターである雪村あかりは、自身が引き当てたサーヴァントの強さと、恐ろしさを知った。

 触手兵器を埋め込み、常人を凌駕する反射神経及び身体能力を手に入れたあかりですら、残像は愚か影すら追う事の出来ない速度の抜刀術。
弾丸を超える程の速度で幾つも射出される上、ライフル以上の威力を有する幻影剣。これらだけでも脅威なのに、瞬間移動を巧みに戦闘に組み込むその技量。
あれが自分の求めに応じて現れたサーヴァントなのかと、あかりは恐ろしくなった。
あの男ならもしかしたら、自分の仇敵であるあの地球破壊生命体を殺せるのでは、と、今の戦いぶりを見て幾度思った事か。
自分は当然の事、あのタコの化物のような男ですら、バージルの前に立てば、何の反応すらも許さず殺害出来るかも知れない。

 では――その悪魔と相対して、あそこまで持ち堪えられている、軍服のサーヴァントは、何なのか。
狂おしいまでの信念を軸に、バージルの超絶の猛攻を防ぎ続ける、あの金髪の男、クリストファー・ヴァルゼライドは、一体。

 自分が信じる最強のサーヴァントと、その敵対者の目まぐるしい攻防を、あかりは、彼らが戦っている近くのマンションの外廊下から観戦していた。
そんな場所から眺める理由は、単純明快。隙あらば、相手のマスターを自分が葬る気でいるからだ。
バージル自分から直接打って出る事を好む所とするサーヴァントであるが、しかし、正々堂々かつ騎士道精神に則った戦いを旨とした男と言う訳ではない。
つまり、雪村あかりがエンドのE組で今まで培ってきた、暗殺についてのノウハウを彼は否定しないのだ。
隙があれば、お前がマスターを暗殺しても良い。それが勝利に繋がるのならば、何も言う事はない。それが、バージルのスタンスだった。

 ――結論から言おう。その隙が、全くない。
雪村あかりはマンションの三階からずっと、ヴァルゼライドのマスターであるザ・ヒーローの動向を注視しているが、
全く付け入る隙が存在しないのだ。これは暗殺に限った事ではないが、相手に隙があればあるほど、暗殺も戦闘も、成功や勝利と言う結果で終わる可能性は高まる。
だからこそ、色仕掛けや酒による酩酊、情事などと言った営みの最中に、暗殺が行われる事は多いのである。
エンドのE組で、殺せんせーや烏間、イリーナ等と言った手練に、暗殺の戦闘の基礎応用を叩き込まれているあかりは、そう言った隙を観察する能力に、
普通人より長けている。それでも尚、あのマスターには隙らしい隙が見当たらないのだ。恐らくは、烏間やイリーナですら、あの青年に隙を見出す事は不可能だろう。

 年齢は、あかりと大差がない。中学生特有の幼さが消えつつ顔立ちを見るに、高校生か、大学生なのだろうか?
バージルの幻影剣を、燃え盛る剣で破壊する程の反射神経から、彼がただ者ではない事は一目でわかった。だが、此処までとは。
一体、どのような戦場を体験すれば、あの男の様な境地に至れるのか? あの男には、どのような過去があったのか?
解らない事が多すぎる。戦場では如何でも良い事など考えるなと、あの自衛隊からやって来た教員は厳しく指導していた。
それは当然解っているのだが、そんな事を思わず考えてしまう程には、隙がないのだから仕方がない。
今飛び掛かっても、返り討ちに遭うだけなのは解っている。何か、何かあの男の隙を生むような要素はないか。そんな事を考えるあかりであったが――。
それはすぐに、訪れる運びとなった。但しそれは、バージルとヴァルゼライドが今も行っている魔人同士の死闘の趨勢が変わったとか言う訳ではなくて……。

 第三者、それも、自分の知らないサーヴァントの闖入によって、であった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 それは、ザ・ヒーローにとっては殆ど不意打ちと言っても良かった。
蒼コートを纏ったアーチャーと、自身が信ずるバーサーカーの熾烈な戦いを見ながら、未だにこの場に姿を現さない、
敵アーチャー、バージルのマスターを目視と鋭い感覚で探していたザ・ヒーローの背後に、唐突に現れた強大な気配。
それを認識した瞬間、彼は急いで左方向に大きくサイドステップ――瞬間、ゴアッ、と言う音が鳴り響いたと同時に、白色のフラッシュが迸り、
彼が先程まで佇んでいたアスファルトの道路が大きく、地面ごと抉られた。それは、高熱と高エネルギーを内包した魔力だった。
そしてその出元は、先程ヴァルゼライドと戦っていた、少年の姿をしたランサーの右手からであった。
突如として場に現れたそのランサーこそは、高城絶斗。ザ・ヒーローの見立ての通り、深淵魔王・ゼブルと呼ばれる強大な蠅の魔王の転生体だった。

「へぇ、驚いたね。避けるんだ」

 普段通りの軽い口調でタカジョーは言ったが、それは軽口でもおどけでも何でもなく。
彼は本気で驚いていた。サーヴァントですら回避は不可能と言える程のタイミングでタカジョーは、魔力放出による一撃を見舞った筈なのに。
ヴァルゼライドのマスターは、危なげながらも回避したのだ。成程、刹那が敵わなかった筈であると、タカジョーは此処で初めて、刹那が見栄や嘘を言っていなかった事を知る。

 アスファルトが衝撃波で斬り裂かれる程のチャンバラを行っていたヴァルゼライドとバージルの動きが、停止する。
ヴァルゼライドは一気にバージルから飛び退き、バージルの方は空間転移でヴァルゼライドから距離を離す。二人とも、予期しなかった闖入者に警戒をしている事は明らかだった。

「小狡いな蠅の王。俺に勝てぬと解るや、マスターを狙うのか?」

 大上段に、ヴァルゼライドが挑発した。

「馬鹿には付き合ってられないんでね。楽したい時だってあるのさ、僕も」

 と、いつものようなヘラヘラとした表情で、おどけて見せるタカジョー。
ヴァルゼライドの強さを知っているにも拘らず、このような態度を取れるのは単純明快。
マスターである刹那がもう、このバーサーカーとザ・ヒーローでは追い縋れない距離まで逃げ果せたからだ。
だからこそ、タカジョーも余裕の態度でいられる。刹那がいないと言う事はつまり、自身もまた本気で逃走出来ると言う事を意味するからだ。
それ程までに、タカジョーの瞬間移動の距離と精度は優れている。少なくともこの場に於いて、この魔王に追随出来るサーヴァントは一人も存在しない。

 ヴァルゼライドとバージルの戦闘模様を遠方から眺めていたタカジョーだったが、一つ。ヴァルゼライドに関して解った事が一つあった。
それはこの男が、融通も利かなければ柔軟性もなく、そして、途方もないアホであると言う事だ。
タカジョーにとって最も選んで欲しくなかった選択は、一時的にバージルと共闘し、タカジョーを一緒に探しこれを叩くと言う事だった。
これが一番困る。さしもの魔王と言えど、深淵魔王として覚醒しているならばいざ知らず、高城絶斗の状態で二体のサーヴァントを同時に相手取る事は厳しいのだ。
ヴァルゼライドが共闘を選んだ場合、タカジョーは即座に、刹那と逃走を選んでいた。
結局この英雄は、魔剣士のサーヴァントと戦闘をするという選択を採ったのだが、これにしたってお粗末だ。
仮に交渉が決裂して戦うにしても、タカジョーの存在を気に掛けつつ戦うのが当たり前だ。にも拘らずヴァルゼライドの戦いぶりときたら、
タカジョーの事など完璧に忘れ、目の前の敵を討ち滅ぼすのに全身全霊、と言う有様だ。おかげでこの魔王としても、マスターを狙うのに苦労はしなかったが、
唯一にして最大の誤算があったとすれば、ヴァルゼライドのマスターが本当に、刹那の言う通り尋常な強さではなかった、と言う事だろう。これに関してだけは、本当に予想外であった。

 要するにヴァルゼライドと彼のマスターは、一事が万事を体現する男なのだ。
自分達を追跡し、これを叩くと言う目的を忘れ、目の前に突如として現れた強敵を打ち倒すのに、必死になる。
おかげで、刹那も無事に逃す事が出来た。本来は二人が戦っている所にタカジョーが乱入し、妨害や時間稼ぎを行う手筈だったのだが、その必要性がゼロになってしまったのだ。

 ――コイツ死ぬな――

 ヴァルゼライドの主従は自身が手を下さずとも、自滅して野垂れ死ぬ。
それが、タカジョーの判断だった。戦闘能力だけで見れば間違いなく強い方ではあるが、如何せん心構えが余りにも直線的かつ直情的過ぎる。
これでは聖杯戦争でも長生きは出来まい。しかし、その強大な戦闘能力と言う一点が厄介だ。此処で消耗させて置きたいと言うのも事実である。

「へい、其処の蒼コートの兄さん」

 そう言ってタカジョーは、バージルの方に目を付けた。

「苦戦しているようだね。手を貸そう」

 敵の敵は味方、と言う法則は魔界でも通用する共通原理だ
バージルもバージルで一癖も行かない難物である事は、彼らのやり取りを見ていたタカジョーには御見通しだ。
しかしそれでも、今なら組出来ると、この魔王は予測を立てていた。

「断る」

 バージルは、当然のように即答した。うむ、とヴァルゼライドが首肯する。よく答えた、と感慨しているかのような様子だった。

「貴様はこの狂人以上に信用が出来ん。失せろ、悪魔が」

 バージルにとっては、ヴァルゼライドと言う男は身体中を斬り刻み、首を刎ねても飽き足らない程立腹している存在であるが。
それでも、悪魔に比べればまだ信用してやっても良い程度の人物だった。そう、バージルはタカジョーが悪魔、それもかなり高位の位階に位置する存在だと見抜いていた。
悪魔に母を殺され、彼らを斬り殺す為だけに力をつけ、技に磨きをかけて来たバージルが、今更悪魔の誘いなど受ける筈もなく。
よって、この結果は必然。バージルにとっては、斬り殺さねばならない相手が一人増えただけに終わった。やれやれ、と言った風にタカジョーが苦笑する。

「嫌われたもんだね、僕も」

 自嘲気にそうボヤいた後――タカジョーは、自身が悪魔だからこそ解る、バージルの怒りの要訣を抉った。

「流石は出来損ない。この場の損得を無視して自分の意思を貫こうとする当たりに、その救えなさが透けて見えるようだ」

「――貴様。もう一度、今の言葉を口にして見ろ」

 キシリ……、と空気が凍結する様な感覚を、この場にいる、雪村あかりを含めた全員が錯覚した。
針で突けば音すら生じるのではと思う程緊密で、冷たい空気。それは全て、バージルが放射する絶対零度の殺意が故であった。
空間の全てを、己の殺意で塗り潰して行くその様子は、無限に水を湧き上がらせる泉を見ているようだと、この場にいる全ての者はそう思った。
バージルの顔をタカジョーが見た。いつも通りの仏頂面は変わる事がないが、彼のコートと同じ、蒼色の炎が、その瞳の中で燃え上がっているのを、タカジョーとヴァルゼライド、ザ・ヒーローは見逃さなかった。

「リピートするのかい。ああ、良いぜ」

 ニッコリと、百点満点の明るい笑みを浮かべながら、タカジョーは口を開いた。

「流石は半人半魔、半分人間の半端者だけあって、出来損ないにも程があるって言ったのさ。
その無能さは人間の要素から来るのかな? 何処の淫売の股座から生まれれば、何処の種馬から遺伝子を賜れば、君みたいな馬鹿が出来上がるんだろうな」

 其処まで言った瞬間、バージルの右手が霞と消える。
放たれた次元斬が、タカジョーの佇む空間を斬り刻むが、生憎タカジョーはバージルのこの絶技を遠目から何度も見ている上に、
この魔王自体が、バージルよりも優れた瞬間移動の使い手である。故に、回避出来る。一切の予備動作なく其処から消え失せたタカジョーは、
バージルの背後に転移。膝を大きく曲げた状態で、高さ一m程の所に現れたタカジョーは、グンッ、と脚を伸ばし、ドロップキックの要領でバージルに打撃を与え、彼を十数mと吹っ飛ばした。

「カッカすんなよ出来損ないくん、短気は損気って言うじゃないか」

 タッ、とヴァルゼライド達との戦いの影響で、切り刻まれたり崩れたアスファルトの上に降り立ちながら、タカジョーは言った。
ベオウルフを纏わせた右足をアスファルトに接地。摩擦を以て蹴り飛ばされた勢いを殺し、バージルは直立の姿勢に戻った。
タカジョーの煽りを受けても、バージルの技術には、全く鈍りも曇りもない。寧ろ技術の練度だけが上がって居るように見えた。
成程、強いとタカジョーは感じ入るが、絶対にそんな事はこの魔王は口にはしない。

「蠅の王、何の為に戻って来た。」

 腹部を筆頭とした内臓器官に重大なダメージを負い、目に見えて確認出来る肉体的外傷に至っては、素人目に見ても無事では済まないと解る程のそれが、
幾つも幾つもあるにもかかわらず、ヴァルゼライドの気魄は萎えてすらいない。どころか、新たなる敵であるタカジョーの姿を見て、敵意と覇気が、更に膨れ上がっている。

「僕に手傷を負わせたムカつくサーヴァントが、知らないサーヴァントと戦って、剰え苦戦してる所を見ればさ、遭いたくなるに決まってるじゃん? 挨拶のキス代わりにマスターを殺せれば良いと思ったが、中々の当たりくじを引けたみたいだね君は。ハッ、羨ましい事で」

 肩を竦めて、皮肉っぽく。自嘲っぽくタカジョーが言った。
その反応の対象が、此処にいる誰でもなく、自身のマスターである桜咲刹那に対してだとは、誰も知るまい。

「この場に来たのが、貴様の命運の尽き時と言う物だな。俺と、あの蒼コートの剣士。二人を相手に、勝利を奪えるとでも?」

「勝利? ハッ、何それ? 言った筈だぜ、僕は楽がしたいんだって」

 ヴァルゼライドの言葉を嘲り、タカジョーは言葉を続ける。

「そりゃ君みたいに、その力を揮って相手を殺し続けるのが一番気持ち良いんだろうが、僕は賢く生きるんでね。この場を適当に掻き乱して、君達を消耗させて、弱った所を他の誰かに叩きに来て貰うとするよ僕は」

 タカジョーの目的は、聖杯戦争を楽しむ事である。
それは勝利を得て優越感に浸る、と言う事柄も該当するが、相手が戦い争い、傷つき疲弊する所を見るのも愉悦の一つに入るのだ。
世界の管理者であるホシガミの懐刀であり、属性自体も明白に秩序の側に類するタカジョーであるが、本質的には彼は魔王である。
自分が良し、と認めた人間以外にはドライで、冷酷で、無慈悲な存在。それが彼、タカジョー・ゼットであり、深淵魔王ゼブルであるのだから。

「下らない存在だな、貴様は。腐肉を漁るハイエナと何も変わらん」

 唾棄するようにヴァルゼライドが言った。
自ら手足を動かし、剣を振い、アドラー帝国を鋼の王国へと叩き上げて来た男の目には、タカジョーと言うランサーは俗悪で醜怪な何かにしか見えなかった。
生前に兎に角嫌悪と軽蔑の対象として来た、実力も無ければそれを改善しようと言う意思もなく、国と民とに利益を還元させようと言う意思など論ずるに能わず。
自らの私腹を肥やさんが為に国益と血税を貪り、丸々と太った官憲の類を見ている様であった。

「好きに言ってろよ馬鹿が」

 そう言ってタカジョーは、ヴァルゼライド達の方――ではなく。
道路に佇む四人の両脇に聳えるマンション、その左脇のそれに、右掌を向け始めた。そして、掌に収束されて行く魔力。
目を見開いたのはバージルの方だった。タカジョーの意図する所を理解したその瞬間彼は、瞬間移動でその場から消失。
ヴァルゼライドも、彼のマスターのザ・ヒーローも、直に彼の気配を探ろうとする。バージルが空間転移を巧みに操り、
相手を翻弄するサーヴァントだと言う事がよく解っているからだった。しかし、今のバージルに、ヴァルゼライド達を攻撃する意思がない事を知っているのは、
タカジョーだけだった。そう、この魔王は遠くから一部始終を見ていたので知っていたのだ。今自分が掌を向けている方向には――バージルのマスターが息を潜めて隠れている事を。

 白色のフレアーが、タカジョーの掌から迸った。狙いは、雪村あかりが隠れているマンションの三階部分。
人体程度なら容易く一呑みする程の大きさのそれは、影すら残さず消滅させる程の威力をそれは秘めている。
攻撃の補助どころか、余りの精度と勢いの故に、攻撃そのものにも転化させられる程の、タカジョー・ゼットの魔力放出だった。

 その軌道上に、バージルが現れ、閻魔刀を勢いよく縦に振りおろした。
タカジョーの放った魔力放出は閻魔刀の剣身に触れた瞬間、大風に祓われる霧の如く、消えてなくなった。
ヴァルゼライドとの戦闘で失われた魔力の一部が回復して行くのが、バージルには解る。閻魔刀は魔力を喰らう魔剣である。
サーヴァントや魔術師を斬ればその魔力を自身のエネルギーに変換するこの魔刀に掛かれば、タカジョーの魔力放出を防ぐ事など訳はない。何せ魔力放出とはその文字通り、『魔力』そのものを形として放っているのだから。

【そのマンションから離れろ!!】

 念話でそう一喝するバージル。それを受けるのは当然、彼のマスターである雪村あかりだった。
突如としてこの場に現れた、少年の姿をしたランサーと、彼とヴァルゼライド、バージル達が行うやり取りを、白痴の様な態度で眺めていたあかりに、漸く自意識が復活してきた。自分は、タカジョーに攻撃されたのだと、この瞬間彼女は気付いたのだ。

 一瞬だが、タカジョーの瞳に驚きの感情が掠められる。
魔力放出が防がれる事は、織り込み済みだった。しかし、魔力と魔術を操る者の頂点とも言うべき、魔王の魔力察知能力は、見逃さなかった。
魔力放出をバージルが斬り裂いた瞬間、彼の失われた魔力が回復したと言う事実を。

 フッ、と言う音すら立たせず、タカジョーの姿がその場から消え失せる。
その後、刹那程の時間を置いて、彼の佇んでいた空間に、幾つもの空間の断裂が走った。空中でバージルが、次元斬を放った為である。
タカジョーはこれを読み、卓越した空間転移の技術で簡単に回避して見せたのだ。そして現れた先は、先程バージルが流星脚を見舞ったせいで、
真っ二つになったアスファルトがある地点。バージルが割り裂いたアスファルトに腕を突き刺し、それを、ザ・ヒーローの方に放り投げた。
軌道は放物線上でなく、完全な直線(ストレート)。重さは優に半tを超え、一t以上は下らないそれを、ボールでも投げるような感覚で投擲出来るのは、偏にタカジョーの怪力の故であった。

 鞘からヒノカグツチを引き抜き、飛来する六m超のアスファルトの分厚い板に、ザ・ヒーローはこれを振り下ろした。
音速を超過する速度で振り下ろされたヒノカグツチに触れた瞬間、アスファルトは先ず、大小の瓦礫に変貌し、その後で、
ヒノカグツチの剣身に纏われた灼熱で蒸発。一瞬で気化してしまう。

 今の攻撃で、タカジョーは確信した。ヴァルゼライドのマスターは、強い。
但しその強い、と言うのは、現生人類の中では、と言う意味ではない。『サーヴァントと比較しても何ら遜色がない程強い』、と言う意味だ。
ともすれば、英霊の座に登録されている下手な英霊や、生前に葬って来た上級悪魔ですらも、この男は眉一つ動かさず葬れるかも知れない。
しかも所持しているあの武器、つまり、ヒノカグツチであるが、明らかにあれは宝具級の一品の上、その宝具が齎す効果があるから、あの強さがあると言う訳でもない。
ザ・ヒーローの強さは、完全に自前の物であり、その上、確固とした戦闘経験が身体に培われているのだ。

 ――勝てない訳だな、こっちのマスターがさ――

 とどのつまりヴァルゼライドのマスターは、生きている英霊に近しい。
何処で何を経験すれば、斯様な強さが得られるのか、全く理解が出来ないが、それは確実だとタカジョーは睨んでいた。
これが、何を意味するのか。一つ、この主従に関しては、マスターにマスターをぶつける、と言うやり方は悪手以外の何物でもない事。
そしてもう一つ。此処でヴァルゼライドと事を争うのは、言ってしまえば、英霊二人と戦う事に殆ど等しいと言う事だ。
しかもこの場には、自分について恨み骨髄、そうでなくても滅ぼす気しかない、バージルと言うアーチャーまで存在する始末だ。
やはり、この三者相手に本気で争う事は愚の骨頂と言う自分の考えは正しかったのだと、タカジョーは改めて認識するのであった。

 地を蹴って、ヴァルゼライドが一直線にタカジョーの方へと向かって行く。
真っ当な三騎士でも、最早動く事すらままならないのでは、と言う程の外傷を負っているにも関わらず、先程戦った時と、
何ら変わらない移動速度で接近してくるヴァルゼライドの姿に、不気味な物をタカジョーは感じ取る。こいつ本当に人間か?
ケルベロスと一緒にあの公園で戦った時もそんな疑問を抱いたタカジョーであったが、事此処に至って、その思いは膨れ上がるばかりだ。

 間合いに入った瞬間、ガンマレイを纏わせた極光剣をタカジョー目掛けて振り下ろすヴァルゼライド。
この一撃には絶対に直撃してはならないと、文字通り、『痛い程』解らされているタカジョーは、魔王の反射神経で、サイドステップを刻む事で回避。
避けた先で、この魔王は空間転移を行い、ヴァルゼライドも、獣の反射神経で何を感じ取ったか、大きくバックステップを行い、その場から離れる。
何て事はない、バージルが着地したと同時に、次元斬を放ち、空間の断裂でタカジョーと、彼に接近したヴァルゼライドごと斬り殺そうとしたからである。
頭に血が上りつつも、纏めて二人を斬ろうと冷静な判断を行い続けるバージルも優れた戦士なら、彼の方に一切目をくれずとも、空間の切断の予兆を察知するタカジョーとヴァルゼライドもまた、人外の怪物であった。

 ザ・ヒーローの目の前に空間転移して現れたタカジョー。
一見すれば何処にでもいそうな佇まいのこの青年目掛けて、タカジョーは凄まじい速度の殴打と蹴りのコンビネーションを放った。
フック、ジャブ、ローキック、ハイキック、ジャブ、フック、ストレート、アッパー、エルボー、ローキック……。
人外の速度を前面に押し出しながらも、高い練度を感じさせる鋭い一撃の応酬は、ザ・ヒーローに反撃の余地を許さない。
許さないが、しかし。タカジョーの放つ攻撃の数々は全て、捌かれていた。
半身にする、身体を傾けさせる、ヒノカグツチの剣身や柄頭で往なす、弾く、等々。冷静に冷静に、ザ・ヒーローは、タカジョーの攻撃を処理していた。
彼が、反撃に転じられないと言うのは事実である。それ程までにタカジョーの攻撃は速く、カウンターすら狙えない程の練度で行っているのだから。
だが、これに持ち堪えられている、と言う時点で、ザ・ヒーローは既に人間ではない。魔力放出等を用いて速度や威力の底上げをしていないとは言え、
真っ当な英霊であれば、凌ぎ続ける事すら困難なタカジョーのコンビネーションを防げている。この時点で、ザ・ヒーローは最早異常であった。

 その事実を――バージルに気付かせる、と言う意味で、タカジョーは、ザ・ヒーローに攻撃を行っていた

 バージルも気付いたらしい。
今更気付いた、と言う訳ではない。初めてザ・ヒーローを見た時から、この男がただ者ではない事をバージルは見抜いていた。
しかしそれも、人間の中では、と言う括りの中での話で、率直に言えばバージルはザ・ヒーローの事をかなり見下して見ていた。
今は、違う。サーヴァント、しかも、生前はかなりの上級悪魔である事が窺えるタカジョーの攻撃を防いでいる、と言う現場を、バージルは今目の当たりにしている。
そう、漸くバージルも認識したのだ。ザ・ヒーローが、サーヴァント級の強さを持った男であると。
そして近い将来、英霊の座へと登録される事が、夢物語でも何でもない程の剛勇であると。そうと解れば、バージルは、いや、真っ当なサーヴァントなら如何動くか?
――そのマスターに、攻撃の矛先を変えるに決まっている。

 その事を悟ったヴァルゼライドが、猛速でバージルの方へと向かって行き、星辰光を纏わせた自身の刀を振り下ろす。
雲一つない澄んだ青い晴天から、敵を裁かんと亜光速で降り注がれる、黄金色の裁きの放射光(ガンマレイ)。
如何なバージルと言えど、これ程の速度の攻撃を見切る事など不可能である、が。その予兆を見て回避する事は出来る。
ヴァルゼライドが右手で握った刀を振り下ろそうとしている、と認識するや、空間転移を行いその場から移動。
その後、百万分の一秒と言う程の短い時間が経過した、その瞬間、ガンマレイが着弾。アスファルトを砕き、その下の土地を蒸発させ、忽ち、放射線汚染された死の領土へと変貌させる。

 タカジョーが狂的な笑みを浮かべその場から消え失せる。音速に相当する速度のミドルキックを、ヒノカグツチに弾かれたのと、殆ど同時だった。
消えた、と認識した瞬間、ザ・ヒーローは、上空に溜められた濃密な魔力を看破した。ヴァルゼライドは、魔力こそ見抜けなかったが、此方に向けられた、
暴力的なまでの殺意を感知した。二人が上空に何かがあると認識した瞬間だった。
正しく驟雨としか言いようのない程の速度、勢い、そして物量で、浅葱色の魔力剣が降り注がれてきたのは。
超絶の技量と速度を以て、ヴァルゼライドが両手で握ったアダマンタイト刀を振るう。
悪魔との苛烈なる死闘を繰り広げて来たと言う実戦経験から来る、化物染みた直感と人類種の限界点を超越した身体能力でヒノカグツチを振いまくるザ・ヒーロー。
物質的な強度も申し分ない幻影剣が氷柱の様に砕け散り、浅葱色の魔力の粒子が、ダイヤモンド・ダストめいて二人の周りに舞い散り出す。
降り注がれる幻影剣を全て砕いて防御する二人の技量も勿論の事、もう一つ、凄まじい点があった。
両者の肉体にではなく、地面に突き刺さる幻影剣が幾つも存在するのであるが、その全ては、地面に刺さるや即座に爆発していた。
何故か? 爆発の勢いを借り、亜音速超の速度で土片やアスファルトの礫を飛来させているからだ。言わば、手榴弾の要領と言うべきか。
これらもまた、ザ・ヒーローとヴァルゼライドの身体を害さんとする要素の一つと今やなっていたのだが、これすらも彼らは弾き飛ばし、破壊し、事なき事を得ているのである。

 幻影剣の雨が止む。
束の間の安堵、などと言う甘い考えを起こし、気を緩ませると言う真似を二名は絶対にしない。
ヴァルゼライドもザ・ヒーローも、即座に跳躍。一足飛びに、前者は後方十数mを、後者は前方数十mを移動する。
着地と同時に、空間に刻まれる、幾百もの空間の断裂。もしもザ・ヒーロー達があのまま跳躍していなければ、バージルの放った次元斬は、二名ごとその肉体を百以上の肉片に分割していただろう。

 音もなく、バージルが空間転移で、耕運機で耕された後としか思えない程、粉々になった道路に降り立った。
場所は、ヴァルゼライドとザ・ヒーローが佇む現在地点と現在地点を結ぶ線分の中間地点。
ヴァルゼライドが地面を蹴り、バージルの方へと向かって行く。腰を低く落とし、鞘にしまわれた閻魔刀の柄に手を伸ばすのはバージルだ。
両者の距離が五m程のそれに近づいた瞬間だった。――この場に、これまで静観を決め込んでいた第三者が、漸く躍り出たのは。

 それは、自身が今まで隠れていたマンションの屋上から、無事な状態の電線に触手を一本巻き付け、それを伸縮させる勢いを利用し、
ザ・ヒーローの方へと弾丸の如くに特攻していった。うなじから伸びる細い鞭のような触手は、少女にとっては不倶戴天の仇敵である地球破壊兵器と同種の物であり、
確かに忌々しいものである一方、この聖杯戦争では何よりも頼る事の出来る立派な武器の一つであった。
彼女こそは、世界で唯一の暗殺が教科として組み込まれた学校教室の生徒の一人であり、誰よりもその教室の究極目標殺害に燃えている少女。雪村あかりなのであった。

 驚いたのはザ・ヒーローとヴァルゼライドだ。
平時の彼らならば、この程度の不意打ちには反応出来たし、そもそも雪村あかりの射出の勢いだって、如何贔屓目に見ても、弾丸の速度に達していない。
にも拘らず、特に、ザ・ヒーローの反応が遅れたのは、やはり、バージルとタカジョーの超猛攻を防いだ後である、と言うのが一番大きい。
少し疲労が蓄積したのと、ヴァルゼライドとバージルの戦いの顛末を見届け、その後指揮を適宜下そうと考えていた、その瞬間を狙われた。
無論、あかりは当然、ザ・ヒーローの隙をラッキーで突けたのではない。その瞬間を敢えて狙ったのだ。
格上を暗殺するのに必要なのは、兎に角油断と隙を誘う事。例えば色仕掛け、例えば酒、例えば――隙を作ってくれる仲間と共にツーマンセルを組む。
全ては狙った事だった。タカジョーが此方に向けて放った魔力放出を、バージルが閻魔刀で斬り裂き無効化していたあの時。
本当に一瞬の時間だったが、念話経由であかりはバージルに、ザ・ヒーローを殺せる程度の短い隙を作って欲しいと頼んでいたのだ。
それを、バージルは忠実に実行した。この蒼コートのアーチャーの本命は、あかりによる不意打ちであったのだ。

 うなじから伸びるもう一本の触手を、音速を超える程の速度で振るい、ザ・ヒーローの心臓部を打擲しようとするあかり。 
回避しようと身体を捩じらせる彼であったが、触手の想定を超える速度に、判断を見誤った。
鞭の様なしなやかさを持ちながら、水銀の様な質感のあかりの触手は、彼の胸部を打ち抜き、凄まじい速度で吹っ飛ばした。
電柱に彼は背中からぶち当たり、血を吐いた。クッション代わりとなった電柱は直撃点から亀裂が生じ、ほんの少し衝撃を加えれば倒れそうな状態となる。

「マスターッ!!」

 流石のヴァルゼライドも焦る。
その一喝を受け、あかりは急いで、電線に今も巻き付けている触手を動かし、その場から移動。一秒程度の速度で、マンションの屋上まで逃走した。
しかしヴァルゼライドはあかりを見逃した。優先順位はマスターの無事を確かめる方が高い。
ザ・ヒーローの方へと駆け寄ろうとするが。歩みが止まる。簡単な話であった。目の前に――右掌を向けているタカジョーが佇んでいるのだから。
彼は、帰って来た。バージルが降り注がせた幻影剣の雨から逃れる為、二百m程離れた地点まで空間転移。頃合いを見て、この場に戻って来たのである。

「死ねよ」

 言ってタカジョーは、伸ばした掌から白色のフレアーを迸らせヴァルゼライドを消滅させようとする。
しかし、星辰光を纏わせた刀を目にも留まらぬ速度で振るい、彼はフレアーを斬り裂き、身体全てを呑み込むと言う事象だけは何とか回避した。
だがそれでも、振った側の右腕はフレアに呑まれ、軍服の袖が消滅、皮膚には、酷過ぎるにも程がある、黒々とした火傷が刻まれていた。

「まだだ!!」

 英雄は、止まらない。そして、負けてはならない。
瞳に裂帛の気魄と、眼球自体から火が噴きかねない程の闘志を宿し、ヴァルゼライドは、どんな苦境に陥っても、どんな絶望的状況に立たされようとも、一瞬で心を奮い立たせる、魔法の言葉(ランゲージ)を叫んでいた。

 ――コイツ狂ってるな……――

 改めて、その歪みもなければ曇りもなく、そして迷いなんて欠片もないヴァルゼライドの精神性を見て、そんな事をタカジョーは考える。
此方に向かおうとするヴァルゼライドを冷めた目で見ながら、タカジョーは空間転移。先程まで彼のいた空間に、燃え盛る剣が振り落とされた。
それこそは、記紀神話に於いてイザナミの股座から生まれ、陰部ごと女神を焼きつくした焔の神と同じ銘を冠した神剣、ヒノカグツチだった。
あかりの触手に打擲された痛みと衝撃から即座に復帰し、背後からタカジョーを斬り裂こうとしたのだが、魔王はこれを見抜いていた。

 裾の短いズボンのポケットに手を突っ込みながら、タカジョーは、如何なる浮力を生み出しているのか。
中空十m程の地点を浮遊しながら、一同を見下ろし、あの、皮肉気で、此方を嘲るような笑みを浮かべていた。

「お前達みたいな屑と出来損ないの集いでも、悔しいだろ? 僕みたいな劣化の著しい魔王に、此処まで場を引っ掻き回されて、さ」

 ケラケラと言うオノマトペが周りに浮かび上がりそうな程の笑みを浮かべて、タカジョーが言葉を続けた。
が、直に、虚無その物の如き無表情を形作りながら、タカジョーは、眼下の四名を見下ろした。

「お前達のやってる事は、この街の混沌を悪戯に助長させてるだけだ。契約者の鍵に投影された、遠坂凛とセリューとか言う女と、やってる事は何も変わらない」

「魔王である貴様がそれを説くのか、蠅の王。悪魔に人倫を説かれるとは、俺も思いも拠らなかったぞ」

 と、ヴァルゼライドも侮蔑の念を以てタカジョーに言葉を返すが、即座にタカジョーの方も、反撃を仕掛けて来た。

「悪魔に人倫を説かれる方が異常だと思わないの?」

 肩を竦め、タカジョーが言葉を続ける。

「何が、人理に万年の繁栄を誓うのだ、だよ。人の住居と街並みを破壊する恥知らずが良くも大上段にそんな事が言えたもんだ」

「悪いけど、君の挑発には乗らないよ、ベルゼブブ。敵の悪魔の言う事は、僕らは聞かない事にしてるんだ」

「正しいね、狂人のマスターくん。そう、悪魔に対しては、それが正しい反応だ」

 「ただ――」

「これだけは、覚えておきなよ。聖杯を求めるのは悪い事じゃないが、たまには何故自分が此処にいるのか、と言う事も考えた方が良い。案外、とんでもないものの為に、フルートを吹かされてるかも知れないんだから、さ」

「逃げ口上か?」

 と言うのは、バージルだった。

「解釈はご自由に、出来損ないくん。まぁ、身の振り方位は、考えときなよ。君達と戦って、僕も理解した――」

 其処まで言ってタカジョーの姿が消え失せた。と同時に、彼が浮遊していた空間に、無数の空間の断裂が刻まれ、黄金色の光の柱が亜光速で降り注いだ。
その予兆を読んで、タカジョーは消え失せたのである。斬り刻まれる空間、地面に着弾し、オモチャの様にアスファルトを砕き、土煙を巻き上げるガンマレイ。
それを嘲るが如くタカジョーは回避する。後には、あの魔王の声が、その場に響くだけであった。

 ――我々は、とんでもない混沌の世界に呼び出されたのではないか、とね――



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【追うぞ、バーサーカー】

 消え失せたタカジョーを視認するなり、即座にザ・ヒーローは決断を下した。
決して、当初の目的であった、タカジョーの追跡を思い出した、と言う訳ではない。
活動していた世界において、ザ・ヒーローが辿った道筋と、其処で体験した悪魔の恐ろしさを考えた場合、
ベルゼブブ程の最上位悪魔を見過ごす訳には行かなかったからだ。此処で自分達が戦った、蒼コートのアーチャーと戦うのも確かに急務である。
しかし、ザ・ヒーロー達にしてみれば、ベルゼブブの化身だと解っているサーヴァントの方が、優先処理順位が高い。
故に此処は、あの魔王のランサーの追跡を、ザ・ヒーローは急務とした。

【従おう、マスター】

 そう言ってヴァルゼライドは、ザ・ヒーローの下へと走る。
そしてザ・ヒーローは、目にも留まらぬ速度で拳銃を懐から引き抜き、敵アーチャーのマスターである、雪村あかりの脳天目掛けて早撃ち(クイックドロウ)した。

「!?」

 驚いたのはあかりの方だった。
年恰好も自分と同じ位、見た目に至っては、何処にでもいる普通の青年その物。
ザ・ヒーローと言う大仰な名前をしているが、結局、この男の容姿を一言で説明するのならば、そんな所に過ぎない。
であるのにこの男は、サーヴァントに匹敵する程の戦闘力を発揮するだけでなく、あろう事か、何処から入手したのか。
日本国内では所持自体が禁止に等しい拳銃を、仕入れていた。と言うその事実と、何の躊躇いもなく此方に発砲して来たと言う事実に、彼女は驚きを隠せなかった。

 眉一つ動かさず、バージルが弾丸の弾道上に立ち、閻魔刀を高速で、プロペラの如く回転させて弾を弾いた。
チィン、と言う小気味よい金属音が鳴り響き、弾丸は明後日の方向に弾き飛ばされる。
無論、ザ・ヒーローは、この程度の事など織り込み済みだ。この弾丸は、牽制。タカジョーの追跡を滞りなく行う為の、だ。

 ザ・ヒーロー達は、バイクか何かと見紛う程の速度で走って、あかり達から遠ざかる。
そしてザ・ヒーローは走りながら、凄まじい連射速度でベレッタ92Fの弾丸をあかり目掛けて発砲しまくる。
トリガーを引く速度が余りにも速過ぎるので、銃声が途切れる事無く連続して鳴り響く。百分の一秒以下の速度で、ベレッタに装填された弾丸は撃ち尽くされる。
放たれた弾丸は全て、あかりの急所、頭部や心臓、内臓が集中する胴体部を狙っているのだが、やはりバージルはこれを簡単に閻魔刀で弾く。

 拳銃で人間の急所を撃ち抜いた時、確実に殺せる距離は二百mとされている。但しこれは、拳銃の最大射程距離であり、言うなれば拳銃の射程のリミットだ。
アマチュア、プロ問わず、拳銃が最もその効力を発揮出来るとされる距離は、凡そ五~五十m程とされ、それ以上の距離を離すと、
運動エネルギーの低下による弾丸自体の威力低下や、外的要因、例えば横風などにあおられ弾道そのものがねじ曲がる、等と言う不可避の物理現象で弾の威力が損なわれてしまう。

 現在ザ・ヒーロー達は、バージル達から八十m以上離れている所まで移動し終えた。
それなのに、ザ・ヒーローは、凄まじい速度でマガジンに次弾を装填。途切れる事無く弾丸を放ち続ける。
既に拳銃の有効射程距離から大幅に離れた所から弾丸を発砲しているにも拘らず、命中精度が、全く落ちていない。
寸分の狂いなく、あかりの脳天や心臓目掛けて弾丸を殺到させているのだ。頭の中に、超精度の量子コンピューターが大脳の代わりに搭載されていると説明されても、
誰も疑わない程の命中率だった。そんなザ・ヒーローの超絶の技巧を、バージルはあざ笑うかのように弾き続ける。最早、流れ作業的とも言うべきだった。
しかし、これで良い。銃弾を防ぐのに閻魔刀を、腕を使わせていると言う事は、あの恐ろしい閻魔刀の居合を封じられていると言う事なのだから。
これがザ・ヒーローの狙いだった。幻影剣ならば彼も余裕を以て対処出来るが、閻魔刀の居合は、見るだに恐ろしい程の速度と技量から放たれるので、対処が困難だ。
これを封じるだけでも、此処からの逃走率は、グンと上がる。

 曲がり角を曲がり、即座にヴァルゼライドに霊体化を命令。ザ・ヒーロー達は走る速度を更に上げる。バージル達の視界からは、逃げ切った。
だが油断は出来ない。此処から猛速で、彼らを振り切る必要があるからだった。

【悪いね、バーサーカー。あのアーチャーとの決着をつけられなくてさ】

【構わん。あの男が俺の見立て通りの男なら、簡単に命を失う事はあるまい。その時まで、その首は預けておこう】

 ヴァルゼライドは思い出す。あの蒼コートの超絶の剣技と、技術を。
如何なる地獄を見、如何なる絶望から這い上がれば、あの男が完成するのか。如何なる運命を征服すれば、あれ程の個が、成る事が出来るのか。
面白い、と彼は思う。相手にとって如何程の不足もない。生前の時点ですら、体感した事もない強敵の出現に、身体の中の何かが震える/奮える/揮える。

 ――それでも

 ――勝つのは俺だ――

 この聖杯戦争に参加している全サーヴァントが自分を袋叩きにでもする、と言う行動でなければ、自分は死なない。
それどころか、そうでもしなければ、五分と五分の状況にすら自分を追い込ませる事は出来ないだろうと、この男は本気で思っていた。
如何なる願いでも叶う、聖なる杯。旧暦の時代に存在した基督教の中の伝説の一つの、その様な伝承が存在した事はヴァルゼライドも知っている。
それを以て、自身のアドラー帝国を――いや。人理の永久(とこしえ)の繁栄を願う事こそが、ヴァルゼライドの願いだった。
この願いが、簡単に成就されぬ事を彼は知っている。何時だって英雄譚の中の主人公は、順風満帆に目的を達成させられて来た訳ではない。
常人であれば即座に心も折れてしまうような艱難辛苦が、ある時は悪魔や竜と言う形で実体を伴い立ち現れ、ある時は運命そのものが敵として立ちはだかったりで。
彼らの邪魔をして来た筈なのだ。ヴァルゼライドを英雄と言う役柄に代入するのであれば、彼の覇道を邪魔する悪魔や竜とは、サーヴァントの事に他ならないだろう。
その敵を、ヴァルゼライドは全て砕いて見せると決意していた。如何なる悪魔が立ちはだかろうが、ガンマレイの極熱で塵一つ残さず消し滅ぼして見せよう。
どれだけの巨体を誇る竜が現れようとも、その顎を引き裂いて見せよう。

 そう、最後に勝つからこそ、英雄なのだから。最後にその場に立っているからこそ、英雄なのであるから。

 霊体化したヴァルゼライドも、街を走るザ・ヒーローも、青空を見上げた。
夏至も過ぎて間もない、夏の盛りの朝だと言うのに。明けの明星が、やけによく見える気がした。
太陽(カグツチ)の光に負けぬ存在感を醸して宙に浮くその星は、気のせいか。此方を見下ろし、笑って/嗤って/哂っているようであった。






【早稲田、神楽坂方面(早稲田鶴巻町・住宅街)/1日目 午前8:30】

【ザ・ヒーロー@真・女神転生】
[状態]健康、肉体的損傷(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ヒノカグツチ、ベレッタ92F
[道具]ハンドベルコンピュータ
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する。
1.一切の容赦はしない。全てのマスターとサーヴァントを殲滅する。
2.遠坂凛及びセリュー・ユビキタスの早急な討伐。また彼女らに接近する他の主従の掃討。
3.翼のマスター(桜咲刹那)を追撃する。
[備考]
  • 桜咲刹那と交戦しました。睦月、刹那をマスターと認識しました。
  • ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると推理しています。ケルベロスがパスカルであることには一切気付いていません。
  • 雪村あかりとそのサーヴァントであるアーチャー(バージル)の存在を認識しました


【バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]全身に炎によるダメージ、幻影剣による内臓損傷、右腕の火傷(大)、魔力消費(中)
[装備]星辰光発動媒体である七本の日本刀
[道具]なし
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:勝つのは俺だ。
1.あらゆる敵を打ち砕く。
[備考]
  • ビースト(ケルベロス)、ランサー(高城絶斗)と交戦しました。睦月、刹那をマスターであると認識しました。
  • ザ・ヒーローの推理により、ビースト(ケルベロス)をケルベロスもしくはそれと関連深い悪魔、ランサー(高城絶斗)をベルゼブブの転生体であると認識しています。
  • ガンマレイを1回公園に、2回空に向かってぶっ放しました。割と目立ってるかもしれません。
  • 早稲田鶴巻町に存在する公園とその周囲が完膚無きまでに破壊し尽くされました、放射能が残留しているので普通の人は近寄らないほうがいいと思います
  • 早稲田鶴巻町の某公園から離れた、バージルと交戦したマンション街の道路が完膚なきまでに破壊されました。放射能が残留しているので普通の人は近寄らない方がいいと思います






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「逃げられちゃったね……」

 と言うのは、バージルの近くに佇む雪村あかりだった。

「直に殺せる、と思ったが、予想が外れたな」

 マスターの中には、高い戦闘能力を持った存在がいる事自体は、バージルもあかりも織り込んでいた。
だが、あそこまでとは、思わなかった。高い存在がいるにしても、サーヴァントと交戦が可能な程度に強い存在など、居る筈がないと思い込んでいた。
その顛末が、今なのだろう。あかりは思い出す。そんな事、出来る筈がない、理論上不可能だ、と言うバイアスは危険なのだ。
暗殺と言うのは基本的に成功率が低い。常道の手段での暗殺など、余程の事がない限りは成功がしないのだ。
だからこそ、シチュエーションに合わせて奇を衒い、そんな事不可能だ、とタカを括っている所こそが、彼らの付け入る間隙となる。
今回は、逆に其処を相手に突かれる形となってしまった。悔しい、と思うのはあかりだけではない。バージルも同じだった。
いや寧ろ、バージルの方が悔しいだろう。その実、弟のダンテよりも父であるスパーダを尊んでいたバージルにとって。弟よりも母を愛していたバージルにとって。
その両者を、あの少年の姿をしたランサーに侮辱されたのであるから。

 ――しかし逆に言えば、この程度の被害で済んだのは、ある意味で幸運と言うべきか。 
あかりにはダメージらしいダメージもなく、バージルの損傷も、高い自然治癒能力で何とか治る可能性があるだろう。
何よりも二人は、あれ程の強さのマスターがいる、と言う経験もした。これが何よりも得難い財産だ。今回で一番の収穫だろう。
同じミスは二度と繰り返さない事は、勉強でも、戦いでも当たり前の事である。二人は、次は同じ轍を踏むまいと、決意する。

「次何て用意したのが、あいつらのミスだよ」

「同意見だな。此処で俺達を何としてでも殺さなかったのが、な」

 あの二人は危険だ。その戦闘能力も、その思想も。
生半な主従では、忽ちあの強さと意思の強固さの故に、瞬く間に敗れ去る事は必定だろう。
しかし、あの性情故に、あの主従は疾く滅び得るであろう。敵と出会えば真正面からそれに挑みかかり、その実力を如何なく発揮する。
そればかりでは間違いなく、あの二人は勝つ事はないだろう。余りにも堅固かつ強固な意思の強さ故に、それ以外の搦め手を使えず、その強すぎる意思の故に折り合いも付けられない。その柔軟性のなさは、間違いなく死を早める。下手をすれば、放っておいても良いかも知れない。

 ――だがそれよりも気になるのは、少年のランサーだ。
バージルは一目見た瞬間から、あのランサーが悪魔、それも、魔界でも類を見ない程の上級悪魔が転生した存在である事を見抜いていた。
其処が、引っかかる。英霊の座と言う物のシステムを考えれば、通常、あのような悪魔はそもそも登録すらされないのではないか?
いやそもそも、魔王と言う存在の格を考えれば、聖杯戦争に使われる魔力量では、召喚させる事すら困難なのではないか?
あのランサーは言っていた。自分が何故、此処にいるのか、それを考えろ、と。
悪魔が此方を惑わす為の発言である事は重々承知だが、それでも、引っかかる所はあった。何故、バージルは――俺は、聖杯戦争に呼び出されているのか、と。

 其処まで考えて……バージルは、直に思い直した。自分自身が此処にいて、自分の意思で聖杯を求めている。
その事実には、何の違いもなかったからだ。聖杯が存在し、それが、自分の願いを叶える。それだけが、重要な事柄ではないのか。
かぶりを振るい、バージルは直に、いつもの様な仏頂面を作りだし、霊体化を始める。

【俺達の戦いは目立ち過ぎた。早い所去らないと、人が集まるぞ】

【……そうだね】

 先程ヴァルゼライドが交戦したと思しき、早稲田鶴巻町の公園での顛末を見れば解る通り、派手過ぎる戦いを繰り広げると人が来る。
此処もじき、大勢の人間が駆け寄る事だろう。それを見越して、あかりは急いでその場から退散する。

 ――後には耕された後の様なアスファルトと土地の惨状と、目には見えない、放射線に汚染された道路とだけが、広がるだけであった。






【早稲田、神楽坂方面(早稲田鶴巻町・住宅街)/1日目 午前8:30】

【雪村あかり(茅野カエデ)@暗殺教室】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]なし
[道具]携帯電話
[所持金]何とか暮らしていける程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を絶対に手に入れる。
1.なるべく普通を装う
2.学校へ行くべきか?
[備考]
  • 遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました
  • 遠坂凛の住所を把握しましたが、信憑性はありません
  • セリュー・ユビキタスが相手を選んで殺人を行っていると推測しました
  • ザ・ヒーローとバーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の存在を認識しました
  • ランサー(高城絶斗)の存在を認識しましたが、マスターの事は知りません
  • この後何処に向かうかは、後続の書き手様にお任せ致します

【アーチャー(バージル)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]肉体的損傷(小)、魔力消費(小)、放射能残留による肉体の内部破壊、全身に放射能による激痛
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、力を得る。
1.敵に出会ったら斬る
2.何の為に、此処に、か
[備考]
  • ザ・ヒーローとバーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の存在を認識しました
  • ランサー(高城絶斗)の存在を認識しましたが、マスターの事は知りません
  • 宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』を纏わせた刀の直撃により、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。悪魔としての再生能力で治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ただいま」

 一切の音を立たせず、瞬間移動を駆使し、タカジョーは、マスターである刹那の下へと移動した。
場所は、BIGBOX高田馬場の利用客が用いる、立体駐車場の屋上。タカジョーがヴァルゼライド達の所へ向うその前に、刹那はこの場所まで距離を離していたのだ。
今の所、刹那以外此処に人はいない。人払いと言うよりは、自らの姿を認識され難くする魔術を、用いているのだろう。

「手傷がないようだが」

 訝しげに、タカジョーの事を注視する刹那の服装は、いつもの学校制服から、学校指定のジャージに着替えられていた。
先程、ヴァルゼライドのマスターと交戦した際に、ボロボロになってしまった為に、着替えておいたのだ。それ自体は、妥当な判断と言えようか。

「ま、適当に場を掻き乱して帰って来たからね。少なくとも、あの金髪のバーサーカーは、自滅を狙った方が良いよ。あれはそう遠くない未来に、滅びそうだからさ」

 ニッと笑った後で、タカジョーはケラケラ笑い始めた。
何がおかしいのか解らない。向こうで何が起っていたのかは解らないが、如何やら、タカジョーの溜飲を下げる何かだけは、あったらしい。

「いやぁ、良い物だね。人を追い詰めた人間の破滅が、確実な物になるって事が解るのはさ」

 顔を右手で抑えて、タカジョーがクツクツと忍び笑いを浮かべた。
それを、やはり、敵意に満ちた目で見る桜咲刹那がいた。やはりこの男は、悪魔なのだと、再認させられる。そんな瞬間であるのだった。






【高田馬場、百人町方面(BIG BOX高田馬場 立体駐車場屋上)/1日目 午前8:30】

【桜咲刹那@魔法先生ネギま!(漫画版)】
[状態]魔力消費(中)、戦闘による肉体・精神の疲労、左脇腹に裂傷(気功により回復中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]某女子中学指定のジャージ(<新宿>の某女子中学の制服はカバンに仕舞いました)
[道具]夕凪
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの帰還
1.人は殺したくない。可能ならサーヴァントだけを狙う
2.傷をなんとかしたい
[備考]
  • 睦月がビースト(パスカル)のマスターだと認識しました
  • ザ・ヒーローがバーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)のマスターだと認識しました。
  • まだ人を殺すと言う決心がついていません

【ランサー(高城絶斗)@真・女神転生デビルチルドレン(漫画版)】
[状態]魔力消費(中) 放射能残留による肉体の内部破壊が進行、全身に放射能による激痛
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ
1.聖杯には興味がないが、負けたくはない
2.何で魔王である僕が此処にいるんだろうね
3.マスターほんと使えないなぁ
4.いったいなぁ、これ
[備考]
  • ビースト(パスカル)、バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)と交戦。睦月をマスターと認識しました
  • ビーストがケルベロスに縁のある、或いはそれそのものだと見抜きました
  • ビーストの動物会話スキルには、まだ気付いていません
  • 宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』が掠ったことにより、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。再生スキルにより治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります
  • 雪村あかりとアーチャー(バージル)の主従の存在を認識しました



時系列順


投下順



←Back Character name Next→
13:DoomsDay 桜咲刹那 44:一人女子会
ランサー(高城絶斗)
07:君の知らない物語 雪村あかり 44:一人女子会
アーチャー(バージル)
13:DoomsDay ザ・ヒーロー 39:有魔外道
バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)


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最終更新:2021年03月31日 23:57