メフィスト病院の白亜の大伽藍を後にし、何台もの車両が停めてある駐車場を出た瞬間の事であった。

【狭いんだなぁ、『新宿』は】

 と言う声が、アイギスの頭の中に響いて来た。

【それは、今更な事かと思われますが……?】

【狭いのは新宿さ。<新宿>は、もっと広い様に思えたが……<魔震>の影響が希薄だと、こんなにも狭いんだな、ってさ】

 宛ら禅問答めいた事を感慨深げに口にするのは、アイギスに従うサーヴァント。
サーチャー(探究者)と言う、聖杯戦争の常道の七クラスに外れたクラスで、彼女の声に応えて召喚された、美しき魔人であった。
鷹揚として、掴み所がなく、そして、時折美しさの中に掠める隠し切れぬ魔の香りが恐ろしいその男が発した言葉を、今一アイギスは理解出来ていない。

【それで、何が言いたいのでしょう?】

【サーヴァントがいるよ。向こうも僕らに気付いてるし、寧ろ此方に誘ってる】

 目を見開かせ、アイギスは周辺を見渡した。
だが、それらしい存在は、遠近距離に対して優れた視認・識別能力を発揮するアイギスの瞳のカメラレンズを以ってしても確認出来ない。

【無理だよ、敵は相当の手練だ。君の目程度じゃ話にならない位隠れるのが上手い。今は僕の『糸』で場所が解るが、タチの悪い事に、向こうはこの糸にも気付いてるみたいだ】

 それを聞いて更にアイギスは驚いた。
サーチャー、秋せつらの操る糸の細さは一ナノm、つまり分子と同じ小ささのそれであり、アイギスの瞳の顕微能力を用いても、視認不可能な細さなのだ。
その糸について気付く事が出来る何て、一体そのサーヴァントは、何処まで恐ろしい存在なのか。機械の心に、一抹の不安が過る。
一昔前ならそんな感情も感じなかったのだろうが、この不安を感じると言う事柄もまた、有里湊達との体験を経て得た、掛け替えのない財産だった。

【病院の関係者、でしょうか?】

【ないな。病院の中じゃない事は糸で確認済みだし……そもそもあの社会不適合医は、自分の病院内で戦う事を許さない奴だからね】

 本当に生前からの付き合いだったのかと疑問に思う程に、せつらのメフィストに対する物の言い方と評価は、辛辣を極るものだった。
一体如何なる付き合い方をすれば、医者として信頼する一方で、悪態を吐けるこのような関係になるのだろうか。

【マスターに念話をしたのは、結局、そのサーヴァントの下に行くか如何かを聞きたいからでね。どうする?】

 成程、とアイギスは思う。確かに、マスターに忠実な性格をしたサーヴァントとしては、訊ねておきたい事柄であろう。

【サーチャーとしては、向かった方が良いと思いますか?】

【どうでもいいよ。マスターが向かいたいと言うのなら向かうし、距離を取りたいと言うのならそうする……って言うと、主体性がないって言われそうだからね。
僕個人の意見を言うのであれば、向かった方が良いのかな、って思う。向こうは僕らに気付いてるし、向こうから人ごみに入った僕らを攻撃して来たら、拙いだろうしね】

【大衆の前で攻撃する主従は、流石に……】

【いない、と言いきれるのかな? いいや、いるさ。この街が本当に<魔界都市>になったのならね。現に契約者の鍵でそう言う主従がいた事は明らかになったんだ、道理の通りに物事が運ぶと思わない事だ】

 恐らくは全ての主従が知る所であろうが、此処<新宿>には聖杯戦争参加者であると言う事実が明らかになった殺人鬼が二組存在する。
一組は、遠坂凛が引き当てた黒礼服のバーサーカー。そしてもう一組が、セリュー・ユビキタスが召喚したワニの頭のバーサーカー。
共にバーサーカーがサーヴァントであると言う事は、二名とも狂戦士のクラスを全く御せていない可能性はゼロではない。
しかし、それが故意にしろそうでないにしろ、彼らは百名以上もの無辜のNPCを殺して回っているのだ。
この聖杯戦争の参加者の中に、このような指名手配を恐れて人の集まる所で戦闘を行わない組が出ないと言う可能性は、全く排せない事になる。

【ま、危なくなったら逃げればいいよ。僕はマスターに、勇ましく戦え何て言わないからさ】

 サーチャーはこの辺りの融通の利く男だった。
神に祈れば、例えどんな理不尽な要求を頼み込もうと神の方から万難を排してくれそうな程の美の持ち主ではあるが、その性格は驚く程気さくで接しやすい。
戦おうが逃げようが、別段この男は嫌な顔をしないし、その様な態度も見せはしない。ただ、最終目標である聖杯に辿り着ければよい、と言うスタンス。
だからこそアイギスも、少し気を許してコミュニケーションを取る事が出来るのだ。

【……解りました。彼を……湊さんと会う為に、私はもう、逃げない。戦うと誓いました】

 口に出さない。心の中で思った事を直接相手の頭に響かせると言う念話であるが、アイギスの――機械の乙女の口ぶりも立ち居振る舞いも、全て本物だった。
せつらからしても、見事な物だった。彼女は、生身の部分など何一つとして存在しない、完全なる機械なのだ。
それなのに有機物と無機物を、生命と物を、人と機械とを隔てる唯一にして最大の大壁、それら二つの間に立ちはだかる絶対的な概念。
『心』だけが、完全たる人間のそれであった。彼女は人だった。身体の全てが機械であろうとも、脳も無ければ心臓も無い機械であろうとも、彼女は、心が在ると言うその一点のみにおいて、確かに人間であった。

【行きましょう、サーチャー。その場所に、案内して下さい】

【はいはい。それじゃぁ、僕の指示に従って欲しい】

 かくのような会話を行い、一人と一機は、目的の場所へと歩んで行く。
向かう先は、信濃町に隣接した南元町、食屍鬼街(オウガーストリート)。そして其処に待ち受けたるは、影の月の名を冠した、一人の戦士。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 魔界都市<新宿>が魔界都市であった所以とは、百年二百年をあの地で生きた古株ですら、その街の全貌を把握し切れていない、と言う点にある。
都市とは一つの生き物である。住む人間の生活様相、人口の増減、地方・外国を問わぬ人間の行き交い、と言った生活を行う生命体を包含する事で、
都市開発や不要な施設等の淘汰が行われる事で、町や都、県や州、ひいては国は、ある種の原形質の生き物のようにその姿を刻一刻と変化させて行く。
<新宿>も同様に、秒ごとにその街の全貌を変え、時には不要な物を『<新宿>自らの意思』で消し去り、その地に息づく者達の前に姿を現す。

 例えば――。
歌舞伎町のコマ劇場、新宿ミラノ座、ニュー地球座の三つの建物に取り囲むように存在する、噴水広場。
<魔震>の影響で、水を供給する為の水道管が断裂、使い物にならなくなったにも関わらず、『何故か』、氷を入れたコップに淹れて飲んでも問題がない程、
衛生的にも安全な真水が無限に湧き出てくると言う現象が起っていた。一説によれば別世界の真水を供給しているだとか、
異次元の狭間に広がる無限大の海が異次元を通る際に何らかの『網』がフィルター代わりになる事で塩分が排され真水になるのだ、と言う意見もあったが、真相は闇の中であった。

 例えば――。
同じく歌舞伎町の片隅に生えた、一本の果樹。
魔界都市に於いても、いや、魔界都市であるからこそ、退廃と悪徳の坩堝となったその街の中に生えているにも拘らず、枝の一本も折られていないばかりか、
学のある者がみれば余りの品のなさに溜息を吐いてしまいそうな品のない下品で卑猥な冗談も幹に刻まれていないと言う不思議な樹木であった。
その果樹の枝には、リンゴやナシ、ブドウにカキ、と言った果樹が日ごと夜ごとに生え変わるのだ。
余りの不気味さから、その木に触れた者はその日の内に不幸になると評判になり、核戦争が起っても男性器をいきり立たせ女と性行するような『豪の者』ですら、不吉と捉え近付かない程であった。

 例えば――。
高田馬場に存在する、『滑り家』。
魔界都市に於いても極めて安全な区画として知られる高田馬場であるが、あの街では安全である事が不思議ではない、と言う方程式は成立しない。
高田馬場には傾度『70度以上』の坂が存在し、その坂の両脇に家が建設されているのだ。
通称滑り家と呼ばれるこの家は、滑落防止の為頑丈な鎖で家全体を縛り付けており、実際そのような住宅環境に生活する人間も存在すると言う。
この不思議な景観は区外から観光に訪れた客が目にしたいと言う程の人気スポットになっており、区の財政を潤す景観の一つとなっていた。

 何が起きても、不思議ではない街だった。
<魔震>によって刻まれた地面の断層から、最低でも十万~一千万年前の超古代文明の産物が出土された事もある。
殆ど地球の裏側に存在する龍脈が<魔震>の影響で、<新宿>に繋がった事もある。
陽炎が沸き立つ程の歩道に、突如として海が現れた事もある。珍しくない、そんな事など珍しくないのだ。
そう、あの街は魔界都市<新宿>であるから。最早誰もが、何が起っても不思議ではないと、諦観にも似た悟りを得ていた街。其処こそが、<新宿>であるのだから。

 ――そんな街で一生涯を終えた秋せつらであるから。
聖杯戦争を行っている<新宿>の元々の不思議程度など、微風程も感じない。と言うより、この程度を不思議だとか不気味だとか、せつらは思いもしないのである。

 <新宿>は南元町。其処が、秋せつらがサーヴァントの反応を捉えた地点であった。
せつらは世界史が割と得意な男であったが、日本史、特に、<魔震>が起こる前の<新宿>の事など、余り覚えていない人物だった。
そんな人物ではあるが、流石に、<魔震>前の<新宿>に、食屍鬼街なる意味不明な名前の通りは存在しなかった事位は解る。
その通りは如何も話を聞くに、ビザの切れたり不法入国をした外国人の溜まり場であったり、ヤクザやチンピラの集会場として、
<新宿>でも特に治安の悪い場所とされているのだそうだ。一説によれば、歌舞伎町よりも酷いとされていると言う。
成程確かに、普段アイギスが拠点としている西新宿の住宅通りに比べれば、明らかに世界が違う。
日当たりが悪く、じめじめとして、そこらじゅうにゴミが散らばり、そして、アイギスの事を注視する男達の目線よ。
どれもこれもが、カタギの人間ではないし、レールから外れたアウトローばかりであると言う事が一目で解る連中であった。

「おい、何だよあの別嬪の嬢ちゃん……!!」

「一人だぜ……ありゃ誘ってるぜ、俺には解る」

「あの歳で欲求不満かよ、ヘヘッ、勃ってきやがった……」

「スゲェ美しいッ!! 百万倍も美しい……!!」

 冷静に考えれば、当たり前の反応である。
見るからに女日照りの酷そうな場所だ。幾ら機械とは言え、傍目から見れば美少女としか思えない外見をしたアイギスが単身で此処に来れば、
このような卑猥な反応など、にべもないと言う奴であった。無事に帰してくれそうにない、と言うオーラがヒシヒシと男達から伝わってくる。
治安最低の場所、と言う札に偽りなし、と言う感じの場所であったが、これでもまだ、せつらには平和な所としか見えなかった。
自分の感覚が麻痺してると言う事を、この場に足を運んで改めて思い起こされて、戦闘に入る前からせつらはやるせなくなっていた。

【あまり面倒を起こすのは、得策ではありませんね】

【そりゃそうだ。こんな奴らでも、面倒を起こしたらルーラーから茶々入れかねないしね】

 そして、せつらがやるせなく思っているのは、もう一つある。
断言してもよかった。此処にいる全員が、何らかの『精神操作』を受けていると。瞳を見ただけではそれと解らぬ程、超高度な精神干渉である。
だが、せつらの糸探りの前には、そんな誤魔化しは無意味である。彼の糸は、精神の違和感すらも感じ取れるのだ。
NPCの精神を操る本音は決まっている。要するに彼らは、此処を拠点としている何らかのサーヴァントの体の良い奴隷か何かだ。
本体が危機に陥れば身を挺してその本体を守る肉の壁となるも、非力なマスターを集団で叩いて殺す暴徒となるも、全て指揮権を持つそのサーヴァントの自由だ。
だからこそ、憂鬱なのだ。――時が来れば、このNPC達も殺さねばならないと言う事実が。そしてそれが、アイギスの願いに反すると言う事が。

【穏便に済ませてやるか】

 そう言って、アイギスの目の前に立ち、その背で彼女を守るかのようなポジショニングで、せつらが実体化を始めた――その瞬間であった。
下卑た笑みを浮かべていた食屍鬼街の男達の表情に、嘗てない驚きが刻み込まれる。
生きとし生けるもの等何一つとして存在しない空間の中にいるかのような静寂を切り裂くが如く、ガラスの砕ける音が聞こえた。
それは、アイギスに下品な言葉を投げ掛けていた男が、持っていた酒瓶を驚愕の余り地面に落として壊してしまった音であった。
先程までアイギスにエールを送っていた男達は、せつらの顔と姿をみて、凍結した様にその場から動けずにいた。
性差を超越し、万民に美とは何かと言う事を雄弁に物語らせる、秋せつらのその美しい姿を見れば、斯様な反応は当たり前のものだった。
人間である以上、せつらの美を見て、何も思わぬ者など、存在する筈がないのだから。

「隠れてちゃコミュニケーションが取れんぜ、出てきなよ」

 せつらは、例え南元町の食屍鬼街だろうが、五匹集まれば数分と経たずに人間を丸ごと食い殺すドブネズミが徘徊する魔界都市の下水道だろうが、
春風の最中にいるような春風駘蕩とした雰囲気を崩さない。此処を拠点としているであろうサーヴァントととも、戦いたい、と言うよりは寧ろ、
会って煎餅でも齧りながら茶でも啜りたい、とでも言いたそうな程雰囲気すら醸し出していた。
そんな彼の意向を理解したのか、はたまた、そうではないのか。兎に角、せつら達をこの場に招いた張本人が姿を現した。

 空間が人の形に歪む。まるでその部分だけが、スチームにでも覆われているかのようであった。
空間はやがて銀の色味が強く、そして濃くなって行く。頭に類する部分だけが、エメラルドに似た輝きの緑光を放っているのが特徴的だ。
そしてついに、件のサーヴァントがその全貌を露にした。それは、銀色の鎧を纏っているが如き姿をした存在だった。
バッタに似た昆虫のフルフェイスへルムの様な物をそれは被っており、緑色の輝きを放っていた物の正体とは、その兜に取り付けられた緑色の複眼の故であった。

「ッ……!!」

 アイギスの身体に叩き付けられる、目の前のセイバーから放たれる、磁力にも似た凄まじい気風。
戦わずとも、内蔵された戦力概算の為の様々な機構を用いずとも解る。目の前のサーヴァントは、桁違いに強い。
それこそ、彼女が今まで戦って来た、如何なるシャドウよりも、ずっと。ずっと。

 せつらの目から見ても、それは同じだった。
魔界都市には種々様々な人体改造手術が蔓延っていた。下は千円と言うタバコ三箱も買えないような値段で、上は数千万~数億円と言う超法外な価格で、
人間の身体を改造させてくれる闇医者が存在したものだった。改造によって得られる恩恵は様々だ。
犬にも似た嗅覚や兎にも似た聴覚は当然の事、ヒグマの如き腕力やハヤブサの如き移動スピードなど珍しくもない。
金をもっと積めば、細胞レベルで行われる超高速の人体の自己再生能力や、音速超の速度での移動をも可能とする手術が出来た程だ。
目の前のサーヴァントが明らかに、極めて高度な科学技術によってその身を改造された存在である事をせつらは見抜いたが、次元が違う。
魔界都市の中でも、この男を生み出す外科手術は、あの性根の捻じ曲がった藪医者の所以外にはありえなかったろう。
それ程までに、別格の技術で生み出された男と言うだけでなく、その技術に負けない程の力と技術をこの男は有していると言う事が、糸探りを用いずともせつらには解るのだ。

 強者は、自分と同じ強者は一目見ただけで解ると言う。
せつらはその言葉通り、目の前のセイバー……シャドームーンを、油断の出来ぬ程の強敵だと認めた。

「要件があるのなら、早めに口にした方が良いよ」

「その必要性はないな。お前が此処に足を運んだ瞬間から、目的は達成された」

 その言葉を聞いた瞬間、溜息と同時に、せつらはその頭を掻き出した。

「やんなるね……連れてこなかった方がマシだったのかな」

 と言って、自身のマスターであるアイギスの方にチラリと目線を送るせつら。
アイギスは静かに、首を横に振るった。せつらの忠言を別に責めてはいない、と言う合図だった。

「安全な所まで距離を取ると良い。マスター。其処のサーヴァントは僕が食い止める」

「そうはさせない」

「いいや、させるよ」

 と、せつらが口にした瞬間だった。
食屍鬼街に存在する、アイギスに――いや、今はせつらの美に目線が釘付けになっていた男達か。
彼ら全員が、唐突に地面に倒れ伏したのだ。両腕が後ろ手に縛られているかのような体勢で、全員が前のめりに、仰向けに。
それが、せつらの操る一ナノmのチタン妖糸に身体中を雁字搦めにされたからだと気付いているのは果たして何人いただろうか。

「NPCを操って、マスターを袋叩きにするつもりだったんだろうが、こっちから手は封じさせて貰った」

「元より期待していない。こいつらが百人揃った所で、貴様のマスターは殺せないだろうからな」

 其処で言葉を区切り、銀鎧のセイバー――シャドームーンは言った。

「人ではないのだろう、其処のマスターは」

 ゴルゴムの数万年の叡智の結晶である科学装備、マイティアイは見抜いていた。
アイギスの中に備えられた指銃、そして、人間の内臓器官が一つたりとも彼女が有していない事を。
彼女が、一つの蒼白い巨大なエネルギー塊から供給されるエネルギーを動力源に動くアンドロイドであると、シャドームーンは知っている。
内部構造の精緻さと、其処から発揮されるであろうスペック考えれば、南元町のチンピラが百人どころか千人居た所で、目の前の機械の乙女を破壊する事など不可能だ。
機械ですらマスターになれるのかと驚きはしなかった。彼は先のメフィスト病院で知っているのだ。人間以外の怪物が、マスターになれる可能性が十分にあると言う事を。

「人さ」

 即座に、せつらは切り返した。

「少なくとも、僕は人間だと思ってる」

 別に、機械だろうが人形だろうが、自分が人だと思っているのならば、特にせつらは差別もしない。
彼が元々魔界都市の住民であったと言う事もそうである。しかし、せつらがアイギスの事を人間だと認識しているのは、彼自身、
アイギスとよく似た少女の事を知っているからに他ならない。四千年の時を生きた大吸血鬼に葬られた、プラハ最大最強の老魔女。
数百年の時を生きた、高田馬場を根城にしていたあの魔女が作り上げた、最高のオートマタの事を知っているからこそ。せつらは、アイギスの事を差別しなかった。

 せつらの言葉に対して、シャドームーンからの返事はなかった。
彼の返事は、右手を水平に伸ばすと言う行為だった。刹那、右手周りの空間が棒状に歪み始め、それは、実体化を始めた。
実体化が終わると、ルビーの如く透き通ったロングソードが、シャドームーンのその手に握られていた。
豪奢な飾り気など何も存在しない。ただただ、相手を斬ると言う事の一点に特化されたその剣は何処か、秘密結社ゴルゴムが神器と崇める、サタンサーベルに似ていた。
その名をシャドーセイバーと呼ぶ、宝具・キングストーンの霊力を練り上げて作り上げた、宝具に限りなく近い武器であった。

「世紀王の力をその目に焼き付け、座にでも還るが良い」

 その一言と同時に、南元町の数百~千m以上上空地点『だけ』に、黒い雨雲が凝集し始めたのだ。
其処以外は、雲一つ覆われていない見事な快晴である。なのに、広い青空の一点のみに雨雲が集中する光景はまるで、タバコを押し当てて出来た黒い灼き焦げのようであった。
これを、怪異と呼ばずして何と呼ぶ。これを、奇々怪々と呼ばずして、何と呼ぶ!!

「成程、魔界都市らしくなってきたじゃないか」

 垂れ込める黒雲を見てせつらが浮かべたのは、彼らしくない微笑みだった。
この魔人の知る魔界都市に近付いたような気がして、彼は少しだけ郷愁の笑みを作ってしまったのだ。
黒いコートのポケットに入れていた両手を引き抜き、せつらが構えた、と同時にアイギスがこの場所から離れんと動き始めた。
ポツポツと、針のように細い雨糸が黒雲から落ちて行き、湿った地面に黒い染みを作った――と見たのはほんの一瞬。
直に、ザァと言う音と同時に、指と見紛うような太い雨が降り注ぎ始めたのである。それと同時に、せつらが、シャドームーンが。共に動いた。
魔人共の饗宴が今、幕を開けた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 十m先は愚か、伸ばした手の先を見る事すら難しい程の豪雨であった。
バケツの水をそのまま被った方がまだ濡れずに済むと思われる程の雨粒が、地面に当たり、砕けて弾け、水煙を生じさせる。
まるで、この南元町の食屍鬼街で起った様々な悪徳を洗い流すかのような、凄まじい雨のフィールド。
そんな、最早戦うには到底適さない場所で、水煙にその身を煙らせながら、舞うように動く銀鎧のセイバーと、黒いコートの魔人が、人外の戦いを繰り広げているのだ。

 豪雨の紗幕で霞んで見えるシャドームーンは、煙った様に見えるせいで赤熱した棒としか見えぬシャドーセイバーを虚空に向かって振り抜いた。
傍から見れば、見当違いの方向に攻撃をした様にしか見えないだろう。しかし、せつらには解るのだ。今の一振りで、シャドームーンに向かわせた、
八十二条のチタン妖糸の尽くを切断されたと言う事を。やはり、見えている。自身の操るナノmの魔糸を、だ。

 ――やはりあの目か――

 常識的に考えれば、其処以外に考えられないだろう。
降り注ぐ雨幕越しからでもよく目立つ、蜻蛉の複眼にも似た、シャドームーンのあの緑色の眼。
其処に、自身の妖糸を視認する何かがあると、せつらは睨んでいた。

 事実、その推論は当たっていた。
せつらが宝具か何かと推察しているこの緑色の複眼はシャドームーンと言う、ゴルゴム、いや、創世王と呼ばれる高位次元存在が生み出した最高傑作に備わる、
戦闘を有利に進める機能の一つ。マイティアイと呼ばれる物が、それなのだ。
戦闘データの収集、相手の動きをモニタリング等は勿論の事、天体望遠鏡レベルの遠方視認能力や物体の透視、
果てはマイクロレベルの点すらも容易く目視出来る程の顕微機能など、まさにマイティの名に違わぬ様々な力を内包している。
このマイティアイによりシャドームーンは、せつらがナノレベルの細さをしたチタン製妖糸を巧みに操って攻撃を行うサーヴァントだと即座に看破した。
空気よりも軽い、分子レベルの金属糸を巧みに操って攻撃すると言うその技量にはシャドームーンも驚かされている。

 切断性を伴わせて此方に向かわせるだけではない。
見るが良い。今の秋せつらを。これだけの豪雨にも関わらず、せつらの身体は全く濡れていないではないか!!
射干玉の如く黒い髪からは水の一滴も滴っておらず、コートの一部分にも水の染みが出来ていない。
雨は、秋せつらを避けて降り注いでいた。極めて不自然な事に、雨粒はせつらの頭上二十cm程にまで到達した瞬間、見えない屋根でもあるかの様に何かの上を伝って行き、
あらぬ方向にやがては弾き飛ばされてしまうのだ。まるで、神の与えたもうた美を誇るせつらに対して、礼節を弁えているかの如き、意味不明な軌道である。
無論シャドームーンは、雨粒が独りでに意思を持ち、せつらを汚す事を恐れていると言う訳ではない事を知っている。
せつらは周辺にチタン妖糸を蜘蛛の巣の如き張り巡らせ、雨粒で身体が濡れる事を防いでいるのだ。
ナノレベルの細い糸にも拘らず、千を超し十万粒にも上ろうかと言う水滴を全て防ぎ切る等、並の技量ではない。
チタン妖糸をせつらは、己の身体の周辺にバリケードの要領で張り巡らせている。下手な攻撃を仕掛ければ、何が起きるか解ったものではない。
攻防一体を成す極めて完成度の高い戦闘技術。シャドームーンはそう推測するのであった。

 実を言うとシャドームーンは、秋せつらの存在に早くから気付いていた。 
聖杯戦争が始まるまでの期間、散歩をしに<新宿>中を霊体化して移動していた訳ではない。
サーヴァントの知覚範囲外からマイティアイで、具にその動向を観察し、どのような存在なのか、そして、如何なる戦い方をするのかと言う事を、
彼は予めプロファイリングしていたのだ。しかし、存在に気付いていたから、と言って、その全員の戦い方を頭に叩き込んでいる訳ではなかった。
単純である。そもそも戦うと言う局面に全く陥ってくれなかった主従がいると言う事だ。戦う場面を見せなければ、データの収集も出来る筈がなく。
故にシャドームーンは、せつらの戦い方を今知った事になる。並大抵のサーヴァントであれば、何が起ったのかすら解らず殺されていたであろうせつらの糸使いに、此処まで対応出来るとは、シャドームーンの方も、並外れた怪物と言う他ない。

 剣を握っていない左手を、せつらの方に伸ばした――その瞬間。
シャドームーンの指先から、若緑色の、稲妻にも似たスパークが迸る。せつらの周りを取り囲むナノの魔糸に直撃した瞬間、スパークが爆発を引き起こした。
爆発の光量は閃光弾にも匹敵し、降り注ぐ雨を爆発部の熱量で一瞬で蒸発させる程の熱エネルギーを有している。
生身に直撃していたら、肉体は粉微塵に砕け散っていただろう。現に、至近距離からのマグナムですら物の数にならない程の強度と靱性を有している筈の、
せつらのチタン妖糸が熱で焼き切れている事からも、その威力の程は推して知れるであろう。

 軽くせつらは、ダイヤモンドを削って作り上げたような細く白い指を動かす。
すると、その動きを契機に、チタン妖糸の一本が軽く地面に落下した、刹那。
その動きを契機に、地面を張っていた妖糸の全てが音もなく跳ね上がり、一斉にシャドームーンの方に向かって行くではないか!!
余りにも、物理的法則を無視したチタン妖糸の動きに、世紀王は驚愕した。如何なる力が働けば、このような軌道が出来ると言うのか!!
糸の軌道上から、シャドームーンは空間転移を行い、事なき事を得る。しかし、せつらは既にシャドームーンの移動地点を看破していた。
何故なら既にせつらは、食屍鬼街中にチタン妖糸を展開させ、誰が何処にいて、そして如何なる事をしているのかが手に取るように解るのだから。

 送電線や水道が機能しているのか疑わしい、如何にもボロボロな幽霊ビルのコンクリ壁を貫いて、先程のスパークがせつらに向かって放射された。
それをせつらは、見抜いていたとでも言う風に、目にも留まらぬ速度でその場から移動し回避。
その回避先を読んでいたと言わんばかりに、回避した先に、シャドームーンの獲物であるシャドーセイバーの剣身を短くした、ナイフのような剣が音速の三倍の速度で迫る。
ナイフは、せつらに命中するまで残り三十cm程と言う所で、三cm間隔で輪切りにされ、無害化。光の粒子となって降り注ぐ雨粒に溶けて行った。

 カシャン、カシャン、と、アスファルトを穿つが如き勢いの雨の中にあっても、その音は良く聞こえて来た。
水で煙って揺らめく蜃気楼の先から、緑色の複眼をもった戦士が近付いてくる。せつらが気を引き締める。
シャドームーンが左腕の肘から先をを上に伸ばす。それを合図に、シャドームーンの周囲の空間が、揺らめいた。それは、豪雨が見せた錯覚でも何でもない。
強いて言うのならば、揺らめいた、と言うよりも、水面に小石を投げ入れた時の如き波紋が、空間に波を打ったとでも言うべきなのだろう。
広がった空間の波紋から、幾つもの、赤い殺意が生まれて来た。赤い剣身の長剣やナイフ、大斧に槍、矢の類が、その切っ先をせつらの方に向けていた。

 腕を、下ろした。その合図を待っていたと言わんばかりに、シャドームーンが生み出した武器の数々が先程のナイフと同様の速度で射出される。
最も早く自分に到達するであろう最初の一本を妖糸で斬り刻み破壊してから、せつらは凄まじい速度で射出された武器の軌道上から消え失せる。
身体に巻き付けたチタン妖糸を別所に巻き付けて、それを収縮させる力を利用した高速移動であった。
シャドームーンが射出させた大斧は地面に当たるや、地面のアスファルトを原形を留めない程、それこそ、『粉』々にする程破壊してしまい、
コンクリ壁に直撃したそれは、鉄骨で補強されている筈のそれを薄紙の様に貫いて彼方へと消えて行った。

 三十m頭上に飛び上がったせつらは、軽く指を動かし、二百九十一条のチタン妖糸をシャドームーンの下へと襲来させる。
銀鎧の戦士は、自らの周りに紅色の壁を作りだし、迫りくるチタン妖糸を防御しようとする。
壁は数百片も斬り刻まれて破壊されるが、壁自体が熱エネルギーの様な物を内包しているらしく、チタン妖糸も溶けて蒸発してしまった。

 シャドームーンのマイティアイが、せつらの着地点を数か所予測し終えたその瞬間。
地面が波を打ち、アスファルトに幾つもの波紋が浮かび上がった。其処から大量の武器の切っ先が現れる。やはりすべて、紅色だった。
それが、せつらが黒い怪鳥の如く舞い飛んでいる上空へとロケットめいた勢いで上昇して行く。
美魔人はこれを、自身を振り子の要領で高速移動させる事で尽く回避。銀鎧のセイバーが生み出した、血紅の武器共は、雨雲を貫くだけの結果に終わった。

 シャドームーンの背後に存在する、住居と一体化した酒店の屋上に着地した、と同時にであった。
黒雲から白色に光り輝く稲光が、秋せつら個人目掛けて、文字通りの稲妻の速度で煌めいたのは。
遠くから見れば空に亀裂が生じたような稲妻は、一切の反応を許さずせつらの脳天を粉々にする筈であったが、此処で、保険として頭上に展開させていたチタン妖糸が活きた。
鼓膜を引き裂き、三半規管にすら重大な障害を残してしまいかねない程の轟音がせつらの耳に響き渡る。
電熱により妖糸は完全に焼き切れ、最早障壁としての体を成さなくなっていたが、それでも、稲妻の直撃と言う消滅不可避の事象を避ける事が出来たのは、凄まじい。

 防がれる可能性を読んで、二の手――寧ろ此方の方が本命なのだが――を打っておいたとは言え、現実に防がれるとシャドームーンとしても驚きは凄まじい。
宝具、陰る月の霊石で生み出された雷霆は、生半な対魔力程度等何の問題にもせず、相手を分子と見紛う程の肉の粉にする程の威力を有している。
キングストーンは、人間が生み出された歴史と殆ど同等、或いはそれ以上の期間か。兎に角、数十万年もの間地球上で暗躍して来た秘密結社ゴルゴムが、
神器とすら崇める規格外と断じて良い宝具である。古ければ古い程、崇められれば崇められる程神秘は蓄積される。
単純に数万年もの間受け継がれ、崇められてきた事によってキングストーンに蓄積された神秘は埒外のそれとも言うべき物で、
そんな神秘の結晶体から生み出される武器や現象の一つ一つには、凄まじいレベルの神秘が内包されている。だから、下手な対魔力など意味を成さない。
このような経緯のキングストーンから生み出された攻撃の数々を防御出来る。それは、チタン妖糸が凄い代物と言う事もあろうが、それ以前に、それを操作する操り手、
秋せつらの神技的技量が関係していると、シャドームーンは睨んだ。やはり、聖杯への道のりは険しい。しかし、勝ちの芽は此方にもあるのだ。
二の手を、今正にシャドームーンは開帳した。

 せつらの周辺を取り囲むように、現れたるは紅色の剣達。
切っ先は、それが当たり前とでも言うように全てせつらの方に向けられている。
彼は易々と、シャドームーンの宝具が生み出した神秘の結晶体達を斬り裂いてはいた。傍目から見れば研ぎたての包丁で野菜でも斬るかのような容易さで、
対応していたように見えたが、現実はそんな物じゃない事は防御したせつらがよく知っている。
武器一つを斬り裂こうにも、常人では考えられないような『工夫』した斬り方を行わねばならない程で、ハッキリ言って複数本射出されれば、
とてもではないが全部斬り裂くなど正気の沙汰とは思えない。だからこそ、なるべく武器の射出は回避するように心がけていたが――。この物量と配置では、厳しい物がある。

「拙いなぁ」

 降り頻る豪雨で身体が濡れる事を、最早せつらは気にも留めていない。
場違いな程のんびりとしたこの一言を契機に、武器は射出された。
何も抵抗を行わねば、放たれた速度と勢い、武器自体が有する神秘により塵殺は免れないであろう。
無論、無抵抗を貫き通すせつらではない。不可視の糸を武器の軌道上に展開させ、音に倍する速度で迫る武器達の軌道を逸らす、余裕があれば破壊する、など。
妖糸で行う事が可能な種々様々な防御を行い、捌いて行くが、全てを防ぎ切れた訳ではなし。
短剣が糸の合間を縫ってせつらの方に向かって行くが、彼はこれを身体を強く捩じらせる事で直撃を避ける。
だが短剣の剣身は、彼の身体をコートごと斬り裂き、せつらの胸部から血が噴き出た。豪雨に、薔薇の如くに赤い血が溶けて行く。
雨も幸せな事であろう。美しき魔人の血と、そのまま合一が出来たのであるから。

 せつらが佇んでいるであろう酒屋の屋上を見上げるシャドームーン。
生きている事が手に取るように解る。障害物による視覚遮蔽など、マイティアイの前では無力と言う他なかった。
しかし、手傷を負わせたのも解る。決して深い傷ではないが、これを重ねて行けば、相手が倒れるものだ。浅い傷を笑う者は、その傷の差に敗れ去る事となる。
指先をせつらのいる所に向けた――瞬間だった。背後から迫る殺意に気付いたシャドームーン。
急いでその方向を振り向き、今も右手に握っていたシャドーセイバーを上段から振り下ろす。金属の結合が破壊され、砕け散る音が鳴り響く。
此方に向かって高速で飛来して来た物は、自分が先程せつらに射出させた赤色の剣身のロングソードに他ならなかった。
破壊されて消滅される際に、その剣の柄に、チタン妖糸が巻き付けられていたのをシャドームーンは見逃さなかった。
此方に向かって迫りくる武器の一本に妖糸を巻き付けて置き、それを巧みに操り、シャドームーンの下へと向かわせたのだろう。何たる――何たる神技か!!

 急いで背後を振り返るシャドームーン。 
黒いコートを魔鳥が羽ばたく様にはためかせ、魔人、秋せつらが飛び降りた瞬間を銀蝗の戦士は見た。
天使の翼の色が白だと最初に定義した者は、誰だろうか。きっと今の光景を見たら、最初にそれを決めた者は、自身の定義を即座に覆すに相違あるまい。
世界に言葉を投げ掛ければ、その言葉通りに世界の方から世界自らを変えてしまいかねない程の美の持ち主が、頭上から降りてくれば、或いは。
いや、場合によりては、悪魔はその美を以て人を誘惑するのだと、言い訳をするのかも知れなかった。

 地上に着地する前にせつらは、二百十一条のチタン妖糸をシャドームーンの上空から、百四条のチタン妖糸シャドームーンの足元から、彼の方へと向かわせた。
計三百十五条の、殺意を滾らせたチタン糸が、銀鎧の戦士を細切れにせんと迫り来るが、シャドームーンは裂帛の気魄を込めて、
シャドーセイバーごと自らの身体を一回転させ、迫る妖糸を全て弾き飛ばし、事なき事を得る。

 せつらが地面に着地しようとする、その隙を縫って、シャドームーンが指先から稲妻状の光線を放射させる。
しかし、せつらが着地しようとしたのは完璧なフェイントだった。彼は地上まで後二m程と言う所でチタン妖糸の一本を浮かせており、其処に浮かせていた妖糸を足場に、
思いっきりそれを蹴って跳躍。見事にレーザーを回避して見せたのだ。シャドームーンの放った光線が、建物に当たり、
家屋一つを丸々呑み込む程の大爆発を引き起こしていると言う地獄絵図を背後に、せつらはシャドームーンまで残り五m程と言うところで着地する。

 それを見るやシャドームーンは、エルボー・レッグの両トリガーを超々高速で振動させる。
凄まじい唸りの音を上げるそれは、只でさえ尋常ではない威力を誇るシャドームーンの格闘技の威力を更に向上させるシステムの一つである。
無論高速の振動は手に持っているシャドーセイバーにも適用され、その切れ味もまた倍加する事は、言うまでもない事柄であった。

 地を蹴り、生半な武人程度なら認識すら出来ない程の速度で、剣と拳を共に叩き込める間合いにまでシャドームーンは接近。
せつら目掛けて左のストレートを放つ。しかし、張り巡らせていたチタン妖糸にぶつかり、せつらには攻撃がまるで届かない。
刹那感じた、左の拳面の鋭い痛みに、シャドームーンは腕を引いた。砲弾ですら弾き返す程の金属上の外皮、シルバーガードに覆われた拳に、切れ目が入っているのだ。
痛みに反射的に腕を引いていなければ、拳が二つに割れていたかも知れない。触れたと同時にチタン妖糸が砕かれたは良いが、
無数に展開出来る妖糸の破壊と引き換えに拳を失うのは、割に合わない賭けであった。

 再び、シャドームーンの方に魔糸が迫るが、彼はこれを、キングストーンが内包する能力の一つである瞬間移動で回避する。
場所は捉えている。その方向に糸を向かわせようとした瞬間、凄まじい衝撃が糸に叩き込まれ、その余波でせつらが吹っ飛んだ。
壁に背面から叩き付けられるが、受け身を取っていたのでダメージは軽微で済んだ。懐かしい感覚だった。
魔界都市では一山いくらの特殊ドラッグか改造手術で、誰もが獲得出来る、念動力、つまりPSYの類だ。
しかし、今せつらに叩き込まれたそれは、せつらがかつて経験した念動力の中でも特に痛烈無比な物であった。糸を貫いて、余波だけでこの威力は尋常の物でない。

 再び糸を全面に張り巡らせるように展開させると同時に、せつらが再び吹っ飛んだ。再び念動力だ。
鉄筋コンクリートの壁をスポンジケーキの生地の如く破壊しながら、せつらは吹っ飛んで行き、建物内部に膝を付いて着地する。
糸を纏わせて鎧代わりにしていなければ骨の一本以上はオシャカになっていたであろう。

 三度念動力が発動される前に、人差し指を軽く動かす。
すると、念動力の放たれるスパンが一秒程遅れた。その機を狙ってせつらは、空いた鉄筋コンクリートの穴から外へと飛び出た。
あのセイバーの事だ。空間転移の移動先に配置していた糸を動かし攻撃を仕掛けたが、全て対応したに違いないとせつらは推理。そして事実それは当たっていた。
頭上からキングストーンの力で生み出された稲妻が、轟音を上げてせつらの脳天に堕ちて行く。張り巡らせていたチタン妖糸に当たり、雷は無害化される。
前後左右に一本づつ、赤色の剣や大斧が配置され、全てせつらの方に射出されるが、軽く右斜め前方にステップを刻んで、焦る事無くこれを避ける。
その先に――シャドーセイバーを両手に構えた銀蝗の戦士が、空間転移で現れ出でた。

 左手に持った一本を下段から振り上げる。糸が尽く切断される。
此処でせつらが動いた。後方に飛び退こうとするが、シャドームーンは目にも留まらぬ早業で右腕のシャドーセイバーを左中段から水平に振り払う。
切っ先が浅く肉を裂いた感覚を彼が捉える。鳩尾の辺りを一~二mm程度切ったのだ。サーヴァントならばまだまだ動ける程度の手傷だろう。

 今度は、せつらの方が攻勢に転じる方であった。
雨の当たる勢いを精密に計算してから、四十条程の銀糸を空中に軽く舞飛ばせ、シャドームーンの方向に正確に向かって行くようにした。
只人が投げた所で、チタン妖糸は単なる屑糸以外の何物でもなくなる。しかし、此処にせつらの超常たる技倆が加わる事で、
鋼をも紙の如くに斬り裂く殺意の断線にそれは変化するのである。

 シャドームーンが、今も降り頻る豪雨に何の抵抗も出来ず、雨に打たれるだけの、せつらが糸を巻き付かせ地面に倒れさせた先程のチンピラの一人に、
念動力をかけ浮遊させる。人差し指を指揮棒の如く動かし、凄まじい勢いで、その茶髪のアウトローを糸が舞っている方向に突撃させた。
ピゥンッ、と言う、彼の身体に巻きつけられた糸と、空中を舞う殺意の断線がぶつかり、共に切断される音が響いた。
――と、同時だった。その男の身体が、二十以上の大きな肉片に分割され、内臓と血液をぶちまけて落下を始めたのは。
糸は全て切れた訳ではない。残った糸に、男は身体を斬り刻まれたのだ。

 シャドームーンの凄絶な糸の対策に目を見開かせるせつら。
それと同時に、この銀鎧の戦士が動いた。空いた左手を、雨に濡れて女性美にも似たエロスを醸し出している、白皙の美貌を持つせつらの方に突き出すと、
ドンッ!! と言う音が響いたのだ。せつらは勢いよく十m程も吹っ飛ばされるも、何とかアスファルトの上に膝立ちの状態で着地。
彼の口の端からは、血が少し流れ出ていた。シャドームーンの、鋼をも砕く念動力。それを喰らってまだ生きていられるのは、偏に腕を突き出す前にせつらが糸を何とか展開していたからに他ならない。それでも、展開の仕方が粗雑で、衝撃を少し貰う形になってしまったが。

「あんまりな防御方法を選ぶじゃないか。其処の不良達は、君の精神干渉を受けて、君に忠誠を誓っていたのだろう?」

「サーヴァントとの戦いでは、役に立つか否か程度の働きしか俺は期待していない」

 NPCに、サーヴァントとの戦いで何らかの役に立たせると言うのは、かなり難しい注文だった。
況してや、せつらの超絶の美に、立ち眩みを起こすような連中では、想定よりも遥か下に設定された期待以下の働きしか出来なさそうなのは、当然の予測だ。

「だから、肉の盾にした、と」

「それが悪い事だとでも?」

「――いいや」

 その瞬間だった。……『シャドームーンのマイティアイが、ERRORを吐いた』のは。
予期しなかった自身のセンサーの反応に、シャドームーンは愕然とした。こんな事態、日に二度も起こる訳がないのだとタカを括っていたシャドームーンには、この結果は衝撃的なそれだった。

「それで勝てると思ったのならば、存分にそうするが良い」

 確かに、目の前に佇む男は、先程までシャドームーンが激戦を繰り広げていた秋せつらに他ならなかった。
何も、変わっていない。頭から角が生えた訳でもなければ、背なから翼が出た訳でも、その血管が透けて見えそうな程白い皮膚に鱗が生え揃った訳でもない。
月の輝き、夜闇の暗黒、夜の颶風の叫び声を結晶化させた美貌。そしてそれを支える美しい黄金比と、青春美の面影を残した肉体。
そして、目の前の銀鎧のセイバーを見つめる荘厳な瞳。そう、何も変わっていないのだ。

 ――ただ、その声の恐るべき冷たさと、無慈悲極まる人間性(なかみ)を除いては。

 せつらの糸縛りで縛られた不良やチンピラ、アウトロー達の瞳には、シャドームーンとせつらの姿は、水煙に煙った銀と黒の幻影にしか見えなかっただろう。
だが今、彼らはしっかりと認識していた。彼らですら理解していた。黒い幻影の存在感が遥かに増し、そして、彼が姿をそのまま、全く別の生き物に変わった事を。
不良の一人の、豪雨に濡れたその瞳に、恐怖から来る涙が流れ落ちる。組を破門されてその日暮らしを続けているヤクザ崩れの股間から、黄色い液体が流れ出た。
せつらの存在感を認知したのは、人だけではない。突如の豪雨に驚き、ゴミ袋や樋、物陰に隠れていた無数のゴキブリやネズミ、ダニやノミに至る生物までが一斉に、
雨に濡れる事すら厭わず、道を駆け抜け、逃走を始めたのである。人以外の生き物の間にも、愚鈍さや要領の悪さはあるらしい。
在るネズミやゴキブリは、まだ殺意を残していたせつらの糸に運悪く触れてしまい、身体を真っ二つにされたりする者も存在した。
せつらよ、お前の美は、人以外の生き物にすら左右するのだろうか。いや違う。今この場にいる皆が、せつらの事を美しいと思っていなかった。

 氷の夜に浮かぶ、星々を凌駕する輝きを誇る月輪の如き美を持った男が、シャドームーンの方を見て、口を開く。

「だが、覚えておけ。お前がそのような考えで戦いを繰り広げるのであれば、お前と戦うのは、“僕”ではない」

 シャドームーンは大気に象嵌されたように、せつらの変化に目を奪われ動けなくなりながらも、彼の身に何が起ったのかを推理していた。
自身が最初に戦った、あの大斧を振り回すバーサーカーのマスターの内部には、あの人格とは別に、もう一つの人格が恐怖で震えているのを見た。
あれは二重人格、と呼ばれる物だったのだろう。メフィストも、それを仄めかすような発言をしていた。
では、この月光の具現たる黒い男も、同じような物なのだろうか。似ているとは思う、しかし、違うとも思う。
一体、この男は誰なのだ。人の姿をしていながら、誰しもに、人間以外の何かであると思わせる力を発散し続ける、この男は、誰なのだ。

「不運だな、セイバー」

 そう、彼こそは、魔人・秋せつら。
かの魔界都市に於いて、絶対に敵に回しては行けない男とされた人間。
風を斬り、海を断ち、神や悪魔をも真っ二つに裂いて殺す程の技量を持った、天地人のどれにも当てはまらぬイレギュラーの男。







「お前は“私”と出会った」







 そして――。
魔界都市その物とすら言われた、美しくも無慈悲な黒い天使であった。
<新宿>が今、魔界都市の具現たる男を受け入れ、歓喜に打ち震えている事を、シャドームーンは知らない。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 降って湧いたような不自然な雨雲を疑問に思ったのは、せつらだけではなかった。
食屍鬼街から外に出ようと走るアイギスもまた、奇妙に思っていたのだ。と言うより、誰とて不思議に思うのは当たり前だろう。
黒雲が自分達の居る地域だけを多い、それ以外は胸が空くような快晴なのだ。これを、奇妙だ不気味だと思わない方が、どうかしている。
これが、あの銀鎧のセイバーの能力なのだろうかと推理もするが、今は距離を取る事が優先だ。
幸いせつらは、高ランクの単独行動を持ったサーヴァントだ。自分が距離を離しても、そうそう技術や力の劣化は起らない。安心して、距離を取れる。

 進路上には、食屍鬼街の住民であるアウトロー達が、せつらの糸によって雁字搦めにされた状態で地面に倒れているのが見える。
気を効かせてせつらは、この街の住民全てにこのような処置を行っていたらしかった。
この豪雨を何の対策すら出来ず、夏の軽装の状態で一身に浴びている彼らの現状を哀れだとは思うが、今は助けている暇はない。今は、自分の事を優先する他なかった。

 ――雨に煙り、蜃気楼のように揺らめく向こう側で、糸に雁字搦めにされていない人間が佇んでいた。
迷い込んだ人間だろうかと、センサーを働かせる。ウールかアクリルかの素材で出来た、大きくて特徴的な帽子を被った外人の男だった。
よく鍛えられた身体つきをしており、それを目立たせるように、身体のラインが良く浮き出るタイトで、黒い上下を着用している。
だが何故か。この雨の中、男は傘をさしていなかった。この雨を自ら受け入れているとでも言うように、彼は平然とこの豪雨の中で立ち尽くしていた。

「人は何で、傘を生み出したと思う」

 低い声音で、男が語り始めた。

「濡れるのが嫌だったからか? 冷たいのが嫌だったからか? それもあるだろうな」

 「俺は違うと思っている」

「雨は涙だ、天使の尿(Piss)だと言う奴がいるが、雨を受けるとな、人は感傷的になるんだよ。悲しくなったり、逆に、不気味な程ハイになったりな。そんな自分を見せたくないから、人は傘を生み出した」

 其処で男は、アイギスの方にゆっくりと目線を落とした。
一目で、アイギスは理解した。この男は正気ではない。瞳が、余りにも据わり過ぎている。
余りにも、覚悟と凄味で溢れている。

「俺もアンタも、どれが涙でどれが小便なのか解らない位びしょ濡れだな」

 フン、と鼻を鳴らした後、男は間髪入れず言葉を投げ掛けた。

「アンタは雨に濡れて、どんな本音を曝け出す? ミス・アイアンメイデン。嬉しくなるのか悲しくなるのか。それとも、お前の指に装着された銃で、人を殺したくなるのか?」

「雨宿りの場所を探します」

「そんなもん、この雨で流されちまったよ。諦めるんだな」

 耳朶を打つどころか耳朶を裂かんばかりの豪雨の音の中にあって、二人は、二人自身の声を不気味な位よく聞き取れていた。
目の前の相手に強く、強く集中していると言う事実がそれを成すのか。それとも、二人が超常の能力の持ち主と言う事実からか?
雨は今も、強く降り続けている。アスファルトを穿ち、水たまりを生みそうな程に。それ程までの強さの雨に打たれながら、二人は、互いの顔を見つめていた。
正確に言えば、アイギスの方は悲しそうな顔で男――ウェザーの方を。ウェザーの方は、殺意に濁った瞳で、アイギスの方を。見ていた、と言った方が良いのかも知れなかったが。

 雨音が万物を打ち叩き、全てのものを鵐(しとど)に濡らし、この世の悪徳と不義の塵埃を洗い流すかのような時間が、ゆるりと流れた。
夏の最中に降る雨だと言うのに、水の冷たさは温いどころか、震えを憶える程冷たく、体温をこれでもかと奪って行く無慈悲なそれであった。
そのような雨など問題にもならないと言う風に、アイギスとウェザーは互いから目線を外さない。
大地が揺れるような感覚を彼らは憶える。二人を取り巻く空間にだけ、殺意と敵意が加速度的に高まって行くのを感じる。
そしてその殺意を放射する存在は、ウェザー・リポート。彼一人だけだった。

 ――殺意が、最高度にまで漲り、達した瞬間。
殺気で空間が張り裂け、それを契機にするが如く、アイギスとウェザーが、動いた。

「ウェザー・リポートッ!!」

「アテナ!!」

 世界に対して訴えかけるのではなく、まるで己を賦活するかの如く、両者は共に叫んだ。
言い放たれた言霊に呼応して、二人の精神は共にエネルギーを燃やし、物質世界に姿形(ヴィジョン)を伴わせて顕現する。

 アイギスの側から現れたのは、白装束を身に纏った女性のような人形だった。
古代ローマの戦士が被るような、盾に羽飾りが広がった兜を装備し、その手に輝くような槍を持った女性。
これこそは、彼女の有する『ペルソナ』。彼女が元居た世界で経た様々な体験から鍛え上げられた、彼女だけの仮面。
ギリシャ神話に於ける無比の戦神、常勝の戦乙女。身体の周りにイージス(Aegis)を旋回させるこの仮面なるは、『アテナ』その人であった。

 対するウェザーの側から現れたのは、頭に小さい角を生やした人型であった。
雲か乱気流が人の形を取って現れたような存在で、身体の色は積乱雲の様に白かった。
口元を覆うフェイスガードをつけており、白を基調とした体色の中にあって、血の様に赤いその瞳だけが、良く映えて目立っている。
これこそは、彼の有する『スタンド』。困難に立ち向かう為の精神の具現であり、術者の覚悟の精神が人の形を取って現れた鎧。それがスタンドだ。
彼のスタンド、『ウェザー・リポート』は、果たしてどちらの側なのか。深い絶望からこのスタンドを編み出した、この男の場合は。

 同じ様な技術を使うのだ、と認識したのはほんの一瞬。
直にウェザーの方が、相手を破壊せんと動き始めた。それを受けて、アイギスも動き出す。
雨は、止まない。ウェザーの意気に呼応して、彼の生み出した豪雨は、より強くなるばかりであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 人が変わった、と言う表現がある。
この表現を使う時と言うのは、大抵の場合は外見の変化か性格の変化の両方を指す。
貧相な体格だった者が、身体を鍛える期間を経て逞しくなる。色白だった者が、夏の一時を経て身体を焼いて来る。
優しかった性格の者が、壮絶な体験を経て性悪になる。やんちゃだった性分の者が、人と触れあい性格を矯正して行く。
恐らくは誰もが、話している相手や他人の又聞きで聞いた相手の、このような変化に直面した時、人が変わった、と思う事であろう。

 今、秋せつらと熾烈なる戦いを繰り広げる、銀蝗の戦士シャドームーンもまた、相対する黒いコートの魔人を見て、人が変わったと思っていた。
――いや違う。人が変わった等と言う物ではない。そもそも、表現すら不可能であった。
外見自体は全く変化がない。常なる秋せつらだが、放たれる雰囲気が、桁違いだった。覇気が違う、敵意が違う、神韻が違う。
彼の身体に神が降ろされたと思い込まねば、説明も納得も出来ない程の、人の変わりようであった。

 そして、変わったのが性格と口調だけならば、シャドームーンはどれ程楽だっただろうか。
せつらの操る妖糸の技量は、“僕”が“私”に変わった瞬間、倍等と言うレベルでは過小評価にも程があるレベルで跳ね上がっていた。

 三十から成る紅色の剣身をしたナイフやロングソードを音速の十倍の速度で射出させるシャドームーン。
せつらはふわり、と右腕を上げた。百名超から成る奏者で構成されたオーケストラを滞りなく司会させる指揮者めいた動きであった。
その動作を見た瞬間、シャドームーンはせつらの視界上から瞬間移動をして消え失せる。別所にシャドームーンが移動し終えた頃には、
キングストーンの魔力で創造された武器の全てが、何十もに割断されてしまっていた。内部が朽ちて腐っている薪ですら、まだ頑丈だろうと思わせる程呆気なく斬られた。
先程は、あの武器一つ破壊するのにも苦労していたと言うのに、一人称が“私”に変わってから、明らかに簡単に斬るようになっている事に、銀鎧の戦士は気付いている。
多重人格で、人格が変わった瞬間ありえない力を発揮すると言うのは珍しくない。だがそれは、本来人間の脳がリミッターを掛けている、
人間本来の身体能力のタガを外しているからだ。如何に多重人格になったからと言って、人は人を越えた力を発揮出来ない……筈なのだ。
せつらの場合は、これが説明がつかない。彼の場合は、糸を操る『技量』が明らかに跳ね上がっている。
人格を変えて向上出来る力としては、納得が出来ないし、上がり方も異常であった。何が、この男の内面で起っているのだと。
シャドームーンは、今も秋せつらを分析しようとしてもERRORとしか表示されない自身のマイティアイに、苛立ちを覚え始めていた。

 瞬間移動先である、せつらの背後に在る建物の内部から、攻撃を仕掛けようとした、その瞬間、シャドームーンは気付いた。
それまで何も張り巡らされていなかったその室内に、ゼロカンマ一秒程で、ナノサイズの銀線があらゆる所に張り巡らされていると言う事に。
展開する速度が、異常過ぎる。あの魔人は、シャドームーンが此処に行く事を読んでいたのか。それとも、移動し終えた後で、張り巡らせていたのか。
どちらにしても、シャドームーン程の男が展開されていると気付くのに時間が必要であった程の速度で糸を用意しておく等、並の事ではなかった。

 せつらの操る糸が、ちょっとした契機で、鉄をも破壊する脅威の断線に変貌する事は“僕”の時点でシャドームーンも理解している。
例えば微風、例えば呼吸、例えば少しの歩み。何をきっかけとするか解らないが、兎に角、このチタン糸を操るのに、力は不要。
少しきっかけを与えるだけで、相手を殺し得る最大の力になるのだから、単純な腕力など、必要がないのだ。だからこそ恐ろしい。
……何がきっかけとなって、室内に張り巡らせたこの一二七七条の魔線が、一斉にシャドームーンに向かって来るのか。想像だに出来ないのだから。

 シャドーセイバーを強く握り、影の月の名を冠するこの戦士は、縦からそれを振り下ろした。
振り下ろされる紅色の剣は、深紅色をした極細の流線と化し、せつらが縦横無尽に張り巡らせた糸を数十本程斬り断ち、百本程斬り裂いた所で、
得物の剣身がとうとう断線の斬れ味に負け、斬り飛ばされてしまった。そして、これを契機に、残り千条以上から成る妖糸が、シャドームーン目掛けて殺到する!!
糸と糸との間を縫って移動する等不可能な為、やはりシャドームーンは、此処も瞬間移動に頼った。
音もなくその場から消え失せたシャドームーンは、せつらの頭上地点に転移先を指定し、其処に移動する。
せつらが、頭上を見上げる。せつらの美しい貌を見下ろすシャドームーンと目があった、その瞬間。
銀蝗が伸ばした右腕の指先から、緑色のスパークが迸り、放電状のビームがせつら目掛けて放たれた。

 ――ここから先は、百分の一どころか、千分の一にも届くであろう短い時間に起った出来事である。 
シャドームーンの指先から放たれる破壊光線――シャドービーム――が放たれた事に気付いたせつらは、瞬き一つせず、小指を微かに動かしたのだ。
すると、まるで煙で出来た蛇のように、するすると、チタン妖糸はシャドービームに『巻き付いて』行き――急激に収縮。
刹那、実体のない破壊光線は無数の残骸に割断され、空中で分解。シャドームーンには笑えない冗談にも程があるが、あらゆる物質を爆散させる破壊光線が逆に、破壊されて消え失せてしまったのだ。

 事態を認識した瞬間、シャドームーンは戦慄を覚えた。
破壊光線を回避すると言うのならば、驚きこそすれまだ納得が行く。当然、防御されても同じである。
だがまさか、実体のない物に糸を巻き付け、それが縮む勢いを利用して切断する等、思いも拠らなかった。

 深夜の時間に戦った、先のバーサーカーとは次元違いの強さを発揮する、サーチャーのサーヴァントにシャドームーンは何をするべきか考える。
セイバーのサーヴァント、シャドームーン。彼は掛け値なしに、優秀としか言いようのないサーヴァントだった。
一部の隙もない高いレベルで纏まったステータス、ステータスが高いだけでない事を証明する徒手空拳と剣術の冴え。
対魔力による高い魔術的防御力と、金属製外皮による物理的防御力。そして何よりも、キングストーンが成す数々の現象。
彼の強さとは即ち、本来他のサーヴァントであれば、『そのサーヴァント達が強み或いは切り札とする能力をシャドームーンは一人で、幾つも幾つも高レベルで操れる』事なのだ。

 その方向性こそ違えど、せつらもまた、同じ事が出来るのだ。
彼の場合は、応用性に恐ろしく富んでいる。超高範囲かつ高性能な察知能力、、糸を利用した高速移動、凄まじい切断性と破壊力、そして攻撃に対する防御力。
他者が操れば屑糸以外の何物でもないナノmのチタン妖糸は、彼の手に掛かれば恐るべき必殺と暗殺の道具に早変わりする。
恐らくは使う武器と実際にそれを操る技量の落差故に、不覚を取る主従もいるだろう。例え慣れたとしても、“僕”と“私”の技量の絶対差に驚愕し、
殺されるサーヴァントもいるかも知れない。そのどちらに不覚を取る事無く、苦戦程度で免れているシャドームーンは、驚く程幸運だっただろう。

 マイティアイはせつらの正体こそ判別不可能と言う結果を弾き出しているが、それ以外。
つまり、彼の張り巡らせたチタン妖糸だけは、その位置を特定させている。特定していなかった方が、幸運だったかも知れない。
なまじナノmの糸が見えてしまうから、よく解る。足の踏み場など存在しない程に、せつらが妖糸を張り巡らせていると言う事に。
下手に突っ込めば、それら一つ一つが殺意の断線となって相手に襲い掛かる事位は理解している。今のせつらが妖糸を操ろうものなら、
シルバーガードですらベニヤの板の如く切断されるかも知れない。

 だがこの程度で底を見せる程、シャドームーンは。キングストーンの力は、浅くない。
これを掻い潜る方法はある。早くから、キングストーンの超能力の中でも高等な技術の一つを使うとは思わなかったが、これしか現状方法がないのなら、仕方がない。
そう思いながらシャドームーンは、キングストーンに眠る力の一つを解放。その瞬間、彼のシルバーガードが黄金色に光り輝き始め、
やがて、彼自身の姿が完全に見えなくなる程強い光暈が彼を覆った。気付いた時には、ホタルの光を何万倍にも強めたような、光の球体が雨の中に浮いていたのだ。
せつらは訝しげにその光の球を見ていたが、直にそれは、行動に移した。一直線にそれは急降下していったのだ。
進路ルート上には、せつらの張り巡らせたチタン妖糸が相手を斬り刻み、何百分割とせんと待ち構えている。

 ――それを、光の球は嘲り笑うように通過したのだ!!

「成程、光になれるのか」

 思いも拠らぬ攻略の仕方に、せつらも驚きながらそう言った。
如何なせつらの魔糸と言えど、物理的に触れる事の出来ぬ相手を斬る事は叶わない。
刀で海は断てない。剃刀で風は斬れない。理屈はそれと同じだ。糸は光を裂く事は出来ないのだ。

 シャドームーンは直に、せつらのすぐそばで、光の球になった状態を解除。
徒手空拳で、せつらの胸部を打ち抜こうと、右ストレートを凄まじい速度で放つ――と見せかけて。
拳を途中で寸止めさせ、念動力をせつらの方向に扇状に放った。雨粒が砕け散るのは当然の事、地面のアスファルトが削れて抉れ、
アスファルトの下の土地が露見される程の威力だった。拳を直接当てなかったのは単純明快で、当てる事が不可能だからだ。
せつらは体中に妖糸を巻き付けており、下手に触れれば、指が切断されるのならばまだ良い方で、最悪拳が宙を舞うのであるのだから、これは仕方がない。
だから念動力等の、生身で触れない攻撃を行う必要があるのだが……何とせつらは、この念動力をも、妖糸を巻き付けて切断したのである。

 ――斬るか、念動力を――

 キングストーンの神秘の力から放たれる念動力は、数十トントラックの衝突等問題にならない程の衝撃を内包しており、
生半なサーヴァントであれば即座に全身から骨と内臓を飛び出させ即死させる威力を持つ。しかも、このエネルギーは目で捉える事すらも不可能なのである。
それをせつらは、斬った。不可視かつ実体を持たず、純粋な衝撃の塊を、割断して見せたのだ。
この男なら、その程度の事、出来て当たり前だろう。今やシャドームーンは、この男を敵として認めながら、その技量をも高く評価していた。
そうでなければ、自分が殺される。この男は決して過小評価してはならない。自身が今発揮出来る力を最大限に発揮する必要がある。

 せつらが行動を始める前に、自身は光の球となり、せつらに対して距離を離そうとする。
糸の一本が、撓りながらシャドームーンに向かって行く。それをそのまま透過しようとする、影の王子。

 ――そして、脇腹に、凄まじいまでの痛みが走った。

「ガァッ……!?」

 思わず光の球の状態を解除し、実体化を行ってしまう。
シルバーガードは腐った木の板の様に割断され、その内部の筋肉ごと切断されている。
脇腹を、斬られた。とめどなく血が流れている。しかも、ゴルゴムの改造人間が有している筈の、強い自己再生能力が全くと言っていい程働かない。
果たして彼は気付いているだろうか。偶然でも何でもなく、せつらは、シャドームーンが改造人間として有している『再生機構』を無効化する斬り方で、斬り裂いたと言う事実を。

「何をした」

 聞くのはシャドームーンだ。無意味だと解っているからこそ、斬られた左の脇腹を抑えない。抑えて血の量が収まるのなら、誰だってそうしている。

「生半な手は、“私”の前で二度も使わない事だ」

 返すのはせつらだ。雨の音が、恐ろしく遠い。
この男が口を開き、天琴の如くに美しい声を発しているのに、自分達の無粋な音でそれを邪魔する訳には行かないと。
この世の天地が全て、彼の行動を邪魔せぬよう協力しているかのように、余りにも、雨音が遠かった。

「『光の斬り方』を憶えた。それだけだ」

 何て事はない。
斬り難い、或いは、斬れない存在なら、『斬れるよう工夫を凝らせば良いだけ』。この美しき魔人が言っている事は、それだけの事なのだ。
たったそれだけで、物理的には接触等出来る筈がない、光の球の状態となったシャドームーンを斬り裂いたのだ。
せつらのこの発言を聞いた時、シャドームーンは、この言葉を冗談とも何とも捉えなかった。この男ならば、それが出来ても仕方がない。
そんな事すら、彼は思っていたのだ。そしてもう一つ。最早今のせつらの技量は、『神技』ではない。
神技とは、その生物が出来得る範囲と言う縛りの中で行われる事柄を指すのだ。それを越えて、この世の物理法則を覆すような事を行い、それを可能とするのは、
最早技ではない。それよりももっと悍ましく、そして神秘的な――奇跡と呼ばれる物なのである。

「……お前は」

 シャドームーン。

「お前は、何者だ」

 絞り出すような声でそう言ったシャドームーンに、凍て付いた石のような無表情を浮かべ、せつらは言った。

「不純物だ」

 1の次に来る数値は、2であると言う事を教えるかのような、当たり前の口ぶりでせつらは返事を行う。

「この平和な街に存在するには、余りにも歪んだ不純物さ。お前も、私も」

「俺はそうは思っていない」

「お前がそう言おうとも。<新宿>が我々を受け入れようとも、此処の民は我々を受け入れてくれんだろうさ。私達は、この<新宿>の夾雑物だ」

 そう言った瞬間であった。瞬きよりも早い速度で、シャドームーンを取り囲むように、チタン妖糸が一瞬で展開されたのは。
前後左右は勿論の事、頭上、果ては、瞬間移動先に最も適した地点にまで、それは張り巡らされている。
逃げ場は、ない。潜り抜ける事も切り払う事も最早不可能で、後はせつらが何かの、それこそ、小指を一cmでも動かす、靴の踵を鳴らすだけでも良い。
兎に角、シャドームーンが行える最速の動作よりも速く、そして一切の力の加減のないアクションで、せつらはこの銀鎧の戦士をバラバラに出来る。その事実を今、シャドームーンは噛みしめている。

「この街の人が私を受け入れぬと言うのなら、私は何れ滅び去る運命だろう。だがそれは、今でもないし、況してやお前に齎されるものでもない」

 次にせつらの口から紡がれた言葉は、罪を犯した咎人に、何の良心の呵責もなく有罪の判決を下す裁判官よりも厳格で、そして、突き放すような冷たさに満ち満ちていた。

「滅べ、セイバー」

 そう言ってせつらが、左手の人差し指を、動かそうとした――その瞬間を狙って、シャドームーンが叫んだ。
腰に巻き付けたベルト状の装置のバックル、通称シャドーチャージャー。その奥底に厳重に隠された宝具、キングストーンに魔力を込め、この銀蝗の王は、雨が吹き飛ぶ程の気合を込めて、叫んだ。




                              「シャドーフラッシュッ!!」




 そう叫んだ瞬間、シャドーチャージャーから青みがかった緑色の光が迸った。
カッと目を剥いたせつらは、急いで自分の身体の周辺だけに糸を展開させる。させ終えてから千分の一秒程遅れて、ピゥンッ、と言う音を数回程捉えた。
シャドームーンだった。いつの間にかシャドームーンは、一万条以上から成る糸の結界を抜け出し、せつらの方に接近。
シャドーセイバーを頭上から振り下ろしていたのだ。しかし、せつらの張り巡らせた銀線の余りの強度の故に、剣身は脳天に達しておらず、
彼の額に届くまで残り二十cmと言う所で勢いを止められていたのだ。

 シャドームーンが叫んだ時、せつらは、あのセイバーの周りに無数に展開させていたチタン妖糸が全て、『消し飛んだ』のを確認したのだ。
せつらは油断していなかった。シャドームーンを葬るのに万全の準備をしていた。例えその身を光の球に変えようが稲妻に変えようが。
斬り方を憶えたので、何をしてもあのセイバーには逃げ場などなかった筈。それなのに、彼はあのベルトのバックルから迸った光で、妖糸を消し飛ばして見せたのだ。
あれを消し飛ばされては最早せつらには、如何する事も出来ない。せつらのチタン妖糸が、シャドームーンには通用しない事を意味するのである。

 せつらの知らない所であるが、シャドームーンもまた本気であった。
あのチタン妖糸を消し飛ばすのにこのセイバーは、自身が行える切り札を初めて切ったのだ。
シャドーフラッシュ。それは、キングストーンを継承した世紀王のみが扱えると言っても過言ではない、奥義であり、特権である。
単体でありとあらゆる能力を内包したキングストーンは、太陽と月の二つの種類があり、その二つが揃いし時、全宇宙を統べる王、創世王の資格を得る神器。
しかしこの聖石は、それ単体だけで、継承した世紀王に尋常の生命を超越した力を約束する究極の一品なのだ。
そして、継承者に約束された数々の能力の中で、最も強力な物が、『あらゆる不条理と因果律を捻じ曲げ、奇跡を引き起こすと言う代物』。
それこそが、今しがたシャドームーンが放った緑色の光、シャドーフラッシュだった。彼はこの光を以て、チタン妖糸を消し飛ばした。
これが、せつらの魔糸を防いだロジックの全てである。つまりシャドームーンは、キングストーンが約束するあらゆる現象の中で、
『因果律すらも捻じ曲げる奇跡の光のみによってしか、せつらの魔糸を跳ね除けられなかった』のだ。

 どちらの方が、優れている? どちらの方が、劣っていた?
それは誰にも解らないだろう。ただ、単なるNPCは当然の事、聖杯戦争の参加者達ですら、今の光景の全貌を把握していたら、こう答えるだろう。
そのどちらもが、魔物であったと。そのどちらもが、神域、いや魔の領域の住民であったと。

 あの、シャドーフラッシュなる奥義を、何時使う。
せつらのそんな予想を裏切るかのように、シャドームーンは、その裏をかくが如き行動に打って出た。
彼は頭上二百m程の高さに、一本のシャドーセイバーを創造、固定化させたのだ。当然剣先はせつらの方に向いているのだが、何処か様子がおかしい。
豪雨に濡れ、雨粒を弾くその剣身。いや、その剣全体の魔力が、何処か危うげなのだ。その癖、魔力だけは無駄に潤沢で――。
それに気付いた瞬間、せつらはそのシャドーセイバーに剣身を巻き付け、切断、切断、切断。
ボンッ、と言う小爆発が頭上で気の抜けるような音を響かせる。あの程度で済んだのは、せつらの技があったからこそだ。
もしもチタン妖糸で、あのシャドーセイバーを一万近い破片に変貌させていなければ、南元町程度の区画など軽く吹き飛ぶ程の大爆発が起っていた事は想像に難くないからだ。

 シャドームーンが創造する武器の数々は、下手な宝具など軽く上回る神秘が内包されている、いわば準宝具に等しいものであると言う事は先述した通りである。
この時創造される武器に、過剰とも言える程の魔力を注入させ、それを爆発させる事で、高い神秘の塊とも言うべき大爆発を発生させる事が出来る。
これにより、どんなサーヴァントをも消滅、良くて生死にかかわる程の致命傷を負わせる事を、シャドームーンは可能としている。
このような攻撃手法を、壊れた幻想(ブロークンファンタズム)と呼ぶ事を、このセイバーは知らない。彼はそれを行い、せつらを撃滅しようとしたのだ。

 しかし、この程度でせつらを殺せぬ事は、シャドームーンも知っていたらしい。その証拠に――

「逃げられたか」

 シャドームーンが気位の高いサーヴァントである事は、一言二言会話を交わしたせつらでも理解する事が出来た。
だがそれ以上に、柔軟かつ機転が利き、怜悧で狡猾な判断を下せる男であるとも今知った。
このような手合いが一番やり難い。勝利する為ならば何でも行うと言う精神性は、敵に回したくないのだ。
自身のプライドを保つ事を固持する存在は御しやすいが、プライドが高く、目的達成の為なら何でもするような相手は、恐ろしい程厄介である。
その上に、せつらですら唸る程強いのだから更に始末が悪い。

 急いでせつらはその場から移動。シャドームーンの追跡に掛かった。
彼は、アイギスを狙おうとしていた。あのシャドーセイバーは、ダミーであった。囮であった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 やる気のない相手だと、ウェザーは考える。
尤も相手は機械であると言うので、やる『気』などと言う言葉が通用するとは思えないが、相手の方から攻めてくる、と言う気概が感じられない。
この事だけは、ウェザーは完全に理解していた。今殺そうとしている相手――アイギスは、ウェザー・リポートもといウェス・ブルーマリンを、全く攻撃するつもりがないと言う事を。

 ウェザーは自身が戦うべき相手であるアイギスが、人間的な臓器や部位を一切持たない機械である事を、彼女の組が食屍鬼街にやって来る前から知っていた。
と言うのも簡単な話で、シャドームーンが予めマイティアイによる調査の結果を、ウェザーに報告していたのだ。
だから事前に、アイギスとどう戦うか、と言う方策を立てる事が出来た。相手は機械だ。しかも、服を着ていれば誰もが人間と思う程精緻に作られた、と言う形容語句が付く。
つまりは、精密機械の塊である事を意味する。であるならばウェザーは、その機械としてのシステムを駄目になる戦い方を行えば良い。
この豪雨にはそう言った意味がある。精密機械は水に弱い。だが相手のシステムもそう単純ではなかろう。多少なりともの防水加工はしているかも知れない。
それを無にする程の豪雨を、スタンドであるウェザー・リポートで降らせ続け、勝利をもぎ取ろうとしたのである。

 だが結果の方は、目で追う事すら難しい程の複雑かつ高速の軌道で、ウェザーを翻弄し続けるアイギスを見れば、功を奏していない事が一目でわかる。
踵の辺りから噴き出しているスラスターかジェットの機構で、時には空を飛び、時には地面を滑り、時には壁を蹴って移動するアイギスの、その身のこなし。
動きが全く鈍っていない事からも、この雨を全然意に介していない事が解る。まさかここまで、水に対する耐性があるとは思ってなかった。この点は、完全に誤算であったと言えるだろう。

 そしてもう一つ、誤算があるのだが、これに関して言えば、ウェザーにとっては嬉しい何とやら、と言う物であった。
単刀直入に言えば、アイギスは此方に攻撃を仕掛けて来ないのだ。彼女がアテナと呼んでいた、スタンドに似たあの精神的ビジョンも、
最初に自分自身に何らかの魔術を掛けるだけに使い、それ以降は全く呼び出す気配すらない。シャドームーンが注意しろと忠告していた、
両手指に内蔵されていると言う銃も、撃つ素振りすら見せない。ただただ動き回り、ウェザーを攪乱するだけ。
現状攻勢に打って出ているのはウェザーの方だ。と言うより、向こうは攻撃するつもりがないのだから、一方的なウェザーのワンサイドゲームと言っても良い。
但し、攻撃は全く当たらない。稲妻はアイギスが激しく動き回る為照準が合せられず、突風も同じ。
雹を降らせてみるかとも考えたが、被害が甚大になりそうなので断念した。主にせつらの糸で身動きの取れなくなったNPCのせいだ。
こんな屑でも、死なれると討伐令の対象になり得る、と言うのが余計に苛々を助長させるのだった。

 単なる創作物の設定が、現実の世界の領域に侵食、重大な影響を与えた例の一つに、アイザック・アシモフのロボット工学三大原則がある。
要は、人の手によりて生み出された被造物であるロボットは、ロボットにとってはいわば神である人を殺してはならず、命令には服従であり、
かつ、ある程度の自律能力を持たねばならないと言う事である。戦争に用いられる殺傷目的のロボットに関しては、この原則は実質上形骸化しているも同然だが、それでも、ロボット工学においては無視出来ない概念の一つとなっている事は疑いようもない事実である。

 ウェザーは、もしかしたらアイギスはその縛りの中で行動しているのではと推理していた。
無論、聖杯戦争に招かれるような機械である。人を殺せる力はある筈だし、その証拠に彼女の体には銃まで内蔵されている。
それにもかかわらず此方に攻撃を仕掛けて来ないのは、人を殺せない大きな事情があるからでは? ウェザーはそう考えていた。

 ――好都合だな――

 ウェザーがそう考えるのも無理からぬ事。
強大な力を持っているにも関わらず、それを外敵の排除に用いないのは愚の骨頂である。
況してや今の状況は聖杯戦争。降りかかる火の粉を払うだけの力を有していながら、それを行使せず、火の粉が降り注ぎ終えるまで待つなど、阿呆の判断としか言いようがない。
今なら、勝星を付けられる。後は、如何にしてアイギスを破壊するかに全てが掛かっている。
シャドームーンは言っていた。今から戦うサーヴァントは、難敵になるかもしれないと。ならば、自分がそのマスターを葬り去り、サポートしてやる必要がある。

「それだけの力を持っていて、何故人を殺そうと動かない」

 故にウェザーは、精神的な揺さぶりをかけて、アイギスの動きを止めようと考えた。
今の状態ではウェザーはアイギスに攻撃を当てられない。間隙を生む必要があった。

「殺したくないからです」

 動き回りながらアイギスは直に答えた。予め返答する答えが決まっていたとしか思えない程の即答だった。
が、余りにも紋切り型めいた答え過ぎて、ウェザーは思わず、嘲笑でアイギスの答えを受けいれた。

「笑わせるなよ、機械風情が。一丁前に人間みたいな言葉を口にしないでくれ」

「人間である貴方から見れば、確かに私は人間未満どころか、生物ですらない存在なのかも知れません。ですがそれでも、私は貴方を殺したくありません」

「お前の決意何てちょっとしたパソコンか道具でもあれば書き換えられるプログラムの産物だろう。バーゲンセールのポップみたいに簡単に変えられるような信条を、一丁前に有り難がるな」

 そう、アイギスに纏わる事情を全く知らないウェザーにとって、アイギスの考えなどその程度の物としか思っていなかった。
人を殺したくないのは、本当に殺すのが嫌だからではなく、そうプログラミングされたから。自分を殺したくないとのたまうのは、自分が人間だから。
その程度の理由に過ぎないと思っている。アイギスの考えなど、今後の状況次第で幾らでも改竄が出来る程度の物。
自分達に牙をむく前に、此処で破壊しておく必要がある。これが、ウェザーの見解であった。

「私の心は、私の身体の中に埋め込まれた物の影響である事は、確かに否定しません。しかしそれでも、私に培われた経験と心だけは、本物です」

「それすらもが、プログラムだろうが」

「違います。其処は、譲りません」

 動きをアイギスはなおも止めない。相手が相当、揺さぶりに対する耐性が高い事の証左であった。
だがもう一つ。あの機械は余りにも自分の言葉に律儀に、そして柔軟に対応して返答して来ると、ウェザーは思っていた。
少なくとも、話し合いを行わせるだけの可能性は、ない事もない、と言う事をそれは示している。相手が話し合いの為に動きを止めた、その時こそが。勝ち星を拾える機会であろう。

「遠い所に行った俺の友人は、自分の知性と魂を、誇っていた」

 アプローチの仕方を変えるウェザー。
そして、アイギスを破壊する為の揺さぶり、その話題のオリジンとなったのは、死んだ自分の仲間であった。
嘗ては憎き黒い法衣の神父にDISCを差し込まれた、自我と意思無きプランクトンの集合体。それらがエートロと言う女囚の姿形を借りて動いていた存在。

「俺達は誰もが魂を持ち、誰もが知性と言うものを持つ。それは人である以上当たり前の事だが、その友人は違った」

 曰く、あの友人は――エートロの姿を借りていたF・F(フー・ファイターズ)は、憎むべきプッチ神父にDISCを埋め込まれて、
自我とスタンド能力を獲得したプランクトンの集合体であったと言う。嘗て、知性もなければ自我もなく。
ただ『生きる』と言う最も原始的(プリミティヴ)で機械的(システマチック)な本能に生きていた彼女にとって、突如与えられた知性と自我は、天与の贈り物であったと言う。
知性と自我は、F・Fに豊かな時間と思い出を育ませた。徐倫やエルメェス、エンポリオにアナスィと言った人物達との会話ややり取りは、彼女を変えたのだ。

「俺達にとっては当たり前過ぎて、それがあると言う事を認識出来ずに生涯を終える事もあり得る程に、普遍的な知性と魂を、奴は何よりの宝としていた」

 F・Fが亡くなった場面に、直接ウェザーは立ち会った訳ではない。徐倫と、アナスィが現場におり、その内の片方、アナスィから話を聞いたに過ぎない。
だが、F・Fと言う『人間』の性格を知り、その出自を知っている物ならば、その時の情景と言うものが目に浮かぶようであった。
嘗て単なる原形質の下等な生き物に過ぎなかった仲間は、風になった。今わの際に、己の知性と魂を、新しいおもちゃを買って貰った子供がそれを見せびらかす様に喜んでいた。
最後の最後に、自分の大切な仲間である徐倫にさよならを言えた自分に、死んだ仲間は安堵していた。

 F・Fは、彼女にとっての造物主であり神(デミウルゴス)あると言っても過言ではないプッチ神父に、反逆を行い、機会を徐倫達に繋ごうとした。
親に対して反旗を翻し、友の為に戦って死んだあの仲間に、ウェザーは敬意を払っていた。それ正しく、人にしか背負えぬ業である、人にしか出来ぬ所業なのだ。
だから彼女は、人であった。知性を持ち、魂を誇り、仲間に意思を表明出来、意志を誰かにリレーする事が出来る。それを如何して、機械的な生き物と言えようか。

「俺はお前を、人であるだなどと認めないし、況してや心が胸の中に在るなどと言う大法螺も、認めない」

 そんな仲間の離別を体験したウェザーにとって、プログラムに従って心が在るだなどと嘯くアイギスは、見ていてイラつく存在なのだった。
機械が思う以上に、心は尊い。ウェザーがプッチを殺して救われたいと願う黒くてひたすらな思いも、F・Fが知性を失いたくないと足掻いていた必死さも、
姉を殺した男を殺してけじめをつけたいと思っていたエルメェスの欲望も、惚れた女に良い所を見せたいと奮闘するアナスィの見栄も、
父親の為に戦おうと歩き続ける徐倫の覚悟も、彼らの戦いを見届けようとするエンポリオの決意も。
清濁の差こそあれど、全てが心から生まれ出でた、複雑な精神の在り方の一つだった。それは決して、人の手で設定されたプログラムには、表明出来ない、人だけの特権であった。
アイギスは、それが己にも備わっていると言うのだ。だからこそ、ウェザーは、この良く出来たダッチワイフに嫌悪感を覚えているのだった。

「お前は機械だ。お前が心と認識しているものは、最初から存在しない」

 だからこそ、冷徹にウェザーは言った。自分の言葉を認識、処理する。その瞬間に生まれる、駆動の停止か遅滞を狙う為に。

「……私は今まで、貴方の事を、酷い人だと思っていました。心無い事を、言う人だなって」

 そう言ってアイギスは、本当に高速の軌道を止め地面に着地。ウェザーの方に向き直った。
今が雷撃を放つ絶好の機会――などと、ウェザーは考えなかった。今放てば簡単に回避される。
豪雨の中を掻い潜らせるように放った、空気のセンサーで、ウェザーはその事を理解していた。だがそれ以上に――雨に濡れるアイギスの瞳が、恐ろしいまでに人間的な輝きを宿している事に、気付いてしまったのだ。

「でも、本当は違うんですね。貴方は本当は、とても友達思いな人。本当は、優しかった人」

 「――だって」

「そうじゃ無ければ、貴方が言っていた大切な友達の事を、誇らしげに語りはしないから」

「黙れ」

 全身の血液が煮え立ち、筋肉が燃え上がるような怒りをウェザーは感じていた。
表皮に張り付いた、ウェザー・リポートの呼び寄せた豪雨の粒が、蒸発しそうな程の怒りであった。
アイギスの動きを止めるべく、悪罵を手段として活用していた筈が、逆に、アイギスに煽られてしまった。
と言っても、言い返されたと思っているのはウェザーだけだ。アイギスは本心から、ウェザーと言う男の人格を認めていた。
悪い事もしているだろう。社会の通俗に照らし合わせても、好ましい人物では断じてないだろう。
しかしそれでも、彼には彼なりの考えと美学があり、それによって救われる者がいるのだと言う事を、アイギスは理解していた。
聖杯を求めると言う野望は諦めさせるが、それでも、殺したい程憎いような相手でもない。それが、彼女から見たウェザーもとい、ウェス・ブルーマリンと言う男だった。

「私は貴方とは戦いたくありませんし、殺したくもありません。私の本音です」

「俺はお前を殺す理由があるんだよッ!!」

 そう言ってウェザーは、己の傍に、雲か乱気流を人の形に固めたようなスタンド、ウェザー・リポートを顕現させる。
それと同時に、黒く分厚いあの雨雲が、ゴロゴロと帯電を始めた。綿に電気を通せば、あのような事になるのだろうか?
黒い稲妻から走る蒼白い放電。準備は整った。後はもう少し時間を稼げば、稲妻がアイギスを粉砕する。そうして、元の世界に帰る手筈がまた一つ整う。
不穏な空気を感じとったアイギスが、バッと上を見上げた。もう遅い。ウェザー・リポートが生み出した雷雲は、既にエネルギーを蓄え終えた。後は怒りを稲妻に変えて、相手を撃滅するだけだ。

「死んでろポンコツが!!」

 そういって稲妻が――迸らない!!
数億V、数十万Aにも達する極殺の稲妻は、アイギスの機械の身体を爆散させる。そんな風景を幻視したウェザーであったが、そんな光景がまるで訪れない。
それどころか、雨の勢いすらも弱まり、更に、陽の光を遮る程分厚い雨雲を展開させた筈なのに、太陽光が自分達を照らし始めている事も、知ってしまった。
建物に、アスファルトに、地面に倒れ込む人間達に、夏の強い日差しが差し込んでくる。上をバッと見上げると、雨雲が千切れているではないか。
まるでスポンジか食パンのように、黒雲は千切れて霧散して行き、消滅して行く。馬鹿な、と思ったのはウェザーだ。彼はこんな命令を下していない。
果たしてウェザーに言った所で、彼は信じられただろうか。彼のスタンドの手によって生み出されたあの雨雲は、一人の魔人の恐るべき糸の技によって割断された、と言うその事実に。

「横に飛び退けマスター!!」

 そして次にウェザーの感覚が捉えたのは、聞きなれた自身のサーヴァントである、セイバー・シャドームーンの声。
言葉の意味を問い質すよりも速く、ウェザーは慌てて右方向に飛び退いた、瞬間。
嘗て彼が直立していた所を、紅色の短剣がビュッと通り抜けて行く。但しウェザーからしたら、赤色の残像が超高速で通り過ぎて行ったようにしか見えない。
目線を頭上から真正面に向きなおしているアイギスに、その短剣が突き刺さろうとしていた。しかし、その短剣は、アイギスに当たるまで残り十と数cm程の所で勢いが急停止。
目に見えない壁の様な物に激突したか、同じく見えない何かに絡め捕られたようにしか見えない。そしてそのまま、短剣はゴボウかダイコンでも斬るように輪切りにされ、消滅した。

「シャドーフラッシュ!!」 

 そう叫びながら、ウェザーの直立していた地点に空間転移で現れたのはシャドームーンだ。
左の脇腹から血を流している、この優れたセイバーは、ベルト状の装置のバックル、シャドーチャージャーから青みがかった緑色の光を走らせる。
ウェザーは元より、アイギスにすら視認不可のナノmのチタン妖糸を弾き飛ばす為だ。目論見は成功で、シャドームーンと『ウェザー』の両方を細断しようと殺到した、二万と二百二条のチタン妖糸は一本と残らず消え失せた。

 シャドーフラッシュの光が迸り終えたのと、時間的な差が全く存在しないとしか思えない程の一瞬の時間の後で。
アイギスの傍に、水に濡れた大鴉が降り立ったようなビジョンを、ウェザーやシャドームーンは見た。それは錯覚だった。そして、錯覚であればどれ程良かった事だろうか。

 ウェザーの表情が、樹脂で塗り固められたように硬直した。地面に今も倒れている状態の数人の不良達に至っては、言葉もなく、慄然の表情を浮かべて呻くだけだ。
雨水に濡れたその黒髪の、何と艶やかな事か。水に濡れたその黒いコートの、何と神秘的な事か。
――水に濡れたその貌の、夢境の最中に人を立たせるが如き、美しさ。網膜に焼き付くその顔つきの美しさは、夢魔の世界の産物としかウェザーには思えなかった。
あのメフィスト病院の院長も、美しかった。目の前にいる黒コートの魔人とどちらが美しかったと言えば、ウェザーには比較衡量出来ない。
たが一つだけ、答えられる事があった。どちらの方が、恐ろしかったか? そう問われればウェザーは、迷う事無く、この男。
俗世の塵埃などとは無縁の、外宇宙の美しい星からやって来たとしか思えない程の存在感を放つ、秋せつらの方が、ずっと恐ろしいと答えるに相違ない。

 微笑みを浮かべれば、世の女性のみならず、男にも。その顔に朱を差させ、心に熱いものを湧き上がらせるその美貌を。
せつらよ。お前は何故、見る者の心胆を寒からしめる無表情から、動かそうとしないのか。
きっとこの男は、豊穣神に『お前が微笑まねば地上に荒廃を招き遍く泉に毒を吐かせる』と恫喝されようとも。この表情を変える事はあるまい。そう、目の前の二人を殺さない限りは、きっと。

「さ、サーチャー……なのです、か?」

 人外の美貌を誇りながら、気さくで、ウィットに富み、冗談だって口にする、親しみやすい性格。
それが、アイギスの知る秋せつらと言う男であり、共に聖杯へと走らんと頑張る相棒であった。
だが、今の彼は違う。今のせつらには、親しみやすさも、諧謔を理解する様な余裕もない。嘘のような話だが、自分のサーヴァントであると言う事を彼女は疑った。
徹底して敵対者を滅ぼさんとする超越者。人間と言う生命の枠組みの外に君臨する、一人の魔人。それが、アイギスが今のせつらに抱いたイメージだった。
替え玉でない事は、目で見ても、サーヴァントとマスターを通じさせるパスからでも解る。それなのに何故か、アイギスには、外見をそのままに魂ごと違う人間に変貌したとしか考えられない程、いつもの面影を感じ取れなかった。

「マスター」

 夏の強い日差しに当てられ、雨上がりの後の汗が噴き出るような不愉快な湿気が出来た空間を、せつらの短い言葉が冬の銀河の様に流れた。

「此処から退くんだ」

 言われてアイギスは、当初の目的を思い出した。元を正せば自分は、せつらに言われてこの南元町から距離を取ろうとしていた筈なのだ、と。
それを理解し彼女は、急いで駆け出して、その場から遠ざかって行く。何故だろう。人が変わったせつらから離れたい様な空気を、その走り方から感じ取る事が出来た。

「あの機械の女は、俺のマスターを殺したくないと言っていた」

「知っている」

 シャドームーンの優れた聴覚は、遠く離れた二人の会話すらもしっかりと認識していた。
せつらもまた、南元町中に張り巡らせた糸を伝う振動で、その会話を聞いていた。

「であるのに、殺そうとしたな」

 そう、シャドームーンのマイティアイは見ていた。
自分のみならず、その近辺にいたマスターをも細切れにせんと迫る、万を超す大量の銀線を、である。
自分だけに殺到していたのならば、他の手段で逃げようと彼は考えていた。マスターを同時に狙ったから、シャドーフラッシュと言う切り札を開帳せざるを得なくなった。
さしものシャドームーンとて、この有能なマスターがいなくなるのは、不都合しかなかったからだ。

「お前も、私のマスターを殺そうとしただろう」

 それに対するせつらの答えは、余分な措辞や遁辞を一切削ぎ落とした、無駄のない物だった。

「手が滑ったとでも言えば、言い訳が立つさ」

 言ってせつらは、コートのポケットから左手を引き抜いた。
シャドームーンは、今のせつらの発言を聞いて、この魔人の評価を修正する。厄介である事は身を以て思い知らされている所だが、それ以上に、
この男もまた狡猾であると言う事を初めて知ったからだ。化物染みた強さを誇りながら、性格面でも抜け目がない相手が危険と言う認識は、シャドームーンとて同じだ。

 そして訪れたのは、死そのもののような静寂だった。
ビルと家とが立ち並ぶ裏路地の最中であると言うのに、両者の間には、深山の湖水を思わせる静けさと、触れれば手が切れそうな張りつめた緊張感とが同居していた。
此処から二人がどう動くのか、ウェザーには全く見当もつかない。シャドームーンとてそれは同じだ。もしかしたら、せつらですらも。
この超常の世界に身を置く二人のサーヴァントは、互いが動いてから、何を行うのかを察知、理解し、後にその行動の攻略法を敷いているのだ。
先に動いた方が、この場合不利となる。しかし動かねば、両者の精魂が尽きるまで時間を浪費し続ける事となる。
誰が、動く。夏天の強い日差しが無慈悲にも、地上を灼くが如く降り注ぎ、豪雨の後の濡れた南元町に水蒸気めいた陽炎を立ち上がらせる。

 ロックアイスを何個も入れたミネラルウォーターが恋しくなる程の不愉快な暑さが場を支配してから、数分が経過した瞬間。
この拮抗を、石灰石の薄い板を金槌で打ち叩く様に破壊したのは、せつらであった。
腕が何十本にも増えたと見える程の動きで、両腕を動かし、糸と言う糸をシャドームーンの周りに張り巡らせ、即座にそれを殺到させる。
しかし、殺到させたと見えた瞬間には、シャドームーンは既に糸の結界の中から消え失せていた。糸が空間に固定された段階で、シャドームーンは場から逃れていたのだ。
転移先に選んだのは、せつらから数m離れた背後。いつも背を取るのは芸がないとシャドームーンも思ってはいるが、せつらは常に油断なく、
その身体に極めて高い防御性能の糸を纏わせている為、生半な攻撃ではまず害せない。先ずはその意図を剥がす必要があるが、これも容易ではない。
故にせつらを葬るとなると、対城宝具ですら害せるかどうかと言う防御力の糸をいったん剥がし、せつらが再びそれを展開するよりも早く攻撃を当てねばならないのだ。
それが、如何に困難を極めるかと言う事を、シャドームーンは痛い程思い知っている。せつらは人間的な腕力は兎も角、反射神経が異常の領域にある。
剥がし終えたその後で、即座に糸を展開する芸当などこの魔人にとっては造作もない事の上、そもそも、糸と攻撃が拮抗している間に追加の糸を展開させる事だって可能である。
そんな難しさを承知で、シャドームーンはせつらを葬らねばならないのだ。全く嫌な貧乏くじだと、シャドームーンも心の中で愚痴り出す。

 伸ばした右手指から、スパーク状の破壊光線が迸る。
到達する前に糸が光線に巻き付き、やはり、破壊光線が逆に割断されて破壊され返されてしまう。
踵で軽く地面を踏むせつらの様子を見た瞬間、シャドームーンが地を蹴って走った。
彼我の距離を、百分の一秒と掛からず一瞬で、如何なる攻撃がクリーンヒットで叩きこめる間合いにまで詰めるシャドームーン。
但し、致命的な一撃を叩きこめるのはせつらの方であって、この銀蝗の戦士の方ではない。無敵に等しい糸の鎧がある限り、シャドームーンは何も手出しは出来ない。
それは解っている。解っているからこそ、腹ただしい。シャドームーンともあろう英霊が、このような神風特攻めいた方法でしか、目の前の壁を打破不可能と言う事実に。

 此処でシャドームーンが、シャドーチャージャーから緑色の光を迸らせ、せつらに巻き付いた妖糸を全て消し飛ばそうと試みた。
キングストーンが放つ、因果律を捻じ曲げ奇跡を強引に呼び寄せる光、シャドーフラッシュを、浴びせ掛けようとしたのだ。
目を見開かせるせつら。目論見通り、彼の身体に巻き付いた糸が消し飛んで行く。好機、とシャドームーンが睨んだのは言うまでもない。
シャドーセイバーを生み出す時間すらが今や無駄である。エルボートリガーを火を噴くのではと言う程の勢いで駆動させ、超々高速振動を纏わせた拳で、
手刀を行おうと右腕を振り下ろそうとした。しかし、エルボートリガーを振動させたのと、せつらが此処から二百m程離れたビルの屋上の給水塔に糸を巻き付けたのは、殆ど同時であった。

 岩すらも熱した泥のように斬り裂く一撃が振り下ろされる。
しかし、シャドームーンの拳が感じたのは、繊維質の物を斬り裂いた感覚だけだった。
マイティアイは、凄まじい速度でこの場から遠ざかる秋せつらの残像を捉えていた。
残像ですらも、美しかった。空間が、何時までもその残像を思い出として永久に残しておきたいと世界に主張しても、何の文句も起らないであろう。
美の余韻が、シャドームーンのマイティアイと、ウェザーの網膜に焼き付いて離れない。

「……逃したか」

 冷静にそう判断を下したのはシャドームーンであった。
臆病者め、と詰る気力すら今の彼にはない。たったの一戦で、恐ろしいまでの集中力と魔力を酷使した。
魔力の方は宝具で幾らでも回復する為どうとでもなるが、この世紀王とすら言われた自分が、たかが人間との一戦で此処まで消耗するとは思ってなかったのだ。
やはり、聖杯戦争。最初の一戦が、面白い程噛み合っただけで、普通は一筋縄では行かないのだと言う事を、彼は身を以て解らされているのだった。

「……セイバー。お前にとっては、あのサーヴァントに逃げられて良かったのか」

 疲れたのは激戦を繰り広げた張本人であるシャドームーンだけに非ず。
そのマスターであるウェザーとて同じだった。銀鎧のセイバーと、黒コートの魔人の戦いは、見ていて驚く程疲れる。
スポーツなどとは違う、正真正銘の、真剣勝負の殺し合い特有の刹那性を孕んでいる為、緊張の糸は常にピンと伸ばされた状態なのだ。
戦っている当人は勿論の事、そのマスターでさえも、見ているだけで恐ろしく疲れる。シャドームーンの強さは信頼しているが、今回ばかりはウェザーも、敗れるのではと本気で思った程である。

「二度と戦いたくない相手だ。だが、あの男がそう簡単に後れを取るとは全く思わん。再び戦う事も、考えられるだろ。だからこそ、この場で俺が討ち倒しておきたかったが……」

 最後の玉砕にも等しい作戦は、シャドームーンとしても賭けだった。
キングストーンの放つ奇跡の光すらも、見切っていてもおかしくないと思わせる程の凄味が、せつらにはある。
シャドーフラッシュを破られてしまえば、本当にこのセイバーには勝利の芽がなくなってしまう。その為、一度の戦闘で三度も切り札を開帳し、見切られはしなかっただろうかと。内心で穏やかじゃなかっただろうと指摘されても、シャドームーンは何も言えなかった。事実、その通りであったからだ。

「……此処にはもういられなくなったか」

 辺りを見回しながら、ウェザーが言った。
真夜中ならば兎も角、陽も昇った内に大雨を降らした上に、シャドームーンの姿を見たNPC達も大勢だ。
秘密を知った人間を生かしておいて良い事など、一つとしてない。殺すが吉なのだろうが、指名手配のリスクを考えればそれは悪手だ。

「セイバー。俺達の姿を見たNPCの記憶の消去を行ってから、此処を立ち去るぜ。別の所に移動した方が良いだろう」

「そのようだな」

 そう言ってシャドームーンは、未だ糸を解除されていない状態のNPC達に近付いて行く。
彼らはせつらの美が網膜に焼きついたまま離れないらしく、シャドームーンのレッグトリガーの音を聞いても、全く反応していない。
それ故に彼もやり易そうであったらしく、直に記憶の消去を行い始めた。

「……友達思いで、優しかった人、か」

 ペッ、と、水たまりに唾を吐いてウェザーが小言を吐いた。
機械風情に何が解ると言う。結局自分が元の世界に帰りたいのは、憎んでも憎み切れない。
ウェス・ブルーマリンと言う人物の運命に過度に干渉し、その全てを台無しにした、聖職者気取りの悪に復讐を行いたいからだ。
漸く自分は、王手を彼に――エンリコ・プッチに掛けられた筈なのだ。徐倫がいる、アナスィがいる、エルメェスもいる。
自分の復讐に加担する人間だって、いるのだ。彼らもまた、プッチとの因縁を断ち切ろうと前に進む戦士達だった。
彼らの為に、死んだF・Fの為に、徐倫の父である承太郎の為に。そして、ペルラの為に。ウェザーは、今まで強いられて来た負債を全て叩き返さねばならないのだ。

 自分が優しい人間だなどとは、死んでもウェザーは思っていない。
彼の今の行動原理は、プッチに対する復讐と言う一点にある。彼を殺して、ウェザーは救われたいのだ。
救いとは、悪夢にうなされる事無く夜(ニュクス)眠れる事。そして、こめかみに銃口を当てて、直に死ねる(タナトス)事。
自分は余りにも罪を重ね過ぎた。そしてその果てに、兄弟殺しと言う罪まで背負おうとしている。
長く生き過ぎた男だとすら、ウェザーは思っている。自分は、もっと早くに死ぬべきだったとすらも。

「見る目がねぇよ、ポンコツ」

 チッ、と舌打ちを響かせ、ウェザーは空を見上げた。
太陽が熱い日差しを投げ掛けていた。強い光だった。きっと、それによって生まれる影も、濃い事であろう。

「俺は優しさの正反対にいる人間だ」

 その独り言を、シャドームーンが聞いていたかどうかは、ウェザーにも解らない。
雨上がりの後のすえた南元町の臭いは、また格段と酷いなと思いながら、ウェザーは、己のサーヴァントの仕事が終わるまでその場で待つのであった。





【四ツ谷、信濃町方面(南元町下部・食屍鬼街)/1日目 午前9:00】


【ウェス・ブルーマリン(ウェザー・リポート)@ジョジョの奇妙な冒険Part6 ストーンオーシャン】
[状態]健康、ずぶ濡れ、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]無
[装備]普段着
[道具]真夜のハンマー(現在拠点のコンビニエンスストアに放置)、贈答品の煎餅
[所持金]割と多い
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻り、プッチ神父を殺し、自分も死ぬ。
1.優勝狙い。己のサーヴァントの能力を活用し、容赦なく他参加者は殺す。
2.さしあたって元の拠点に戻る。
3.あのポンコツ(アイギス)は破壊する
[備考]
  • セイバー(シャドームーン)が得た数名の主従の情報を得ています
  • 拠点は四ツ谷、信濃町方面(南元町下部・食屍鬼街)でした
  • キャスター(メフィスト)の真名と、そのマスターの存在、そして医療技術の高さを認識しました
  • メフィストのマスターである、ルイ・サイファーを警戒
  • アイギスとサーチャー(秋せつら)の存在を認識しました
  • 現在南元町のNPCから、自分達の存在と言う記憶を抹消しています。後に、拠点を移動させる予定です



【シャドームーン@仮面ライダーBLACK RX】
[状態]魔力消費(中だが、時間経過で回復) 、肉体的損傷(中)、左わき腹に深い斬り傷(再生速度:低)
[装備]レッグトリガー、エルボートリガー
[道具]契約者の鍵×2(ウェザー、真昼/真夜)
[所持金]少ない
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者の殺害
1.敵によって臨機応変に対応し、勝ち残る。
2.他の主従の情報収集を行う。
3.ルイ・サイファーと、サーチャー(秋せつら)を警戒
[備考]
  • 千里眼(マイティアイ)により、拠点を中心に周辺の数組の主従の情報を得ています
  • 南元町下部・食屍鬼街に住まう不法住居外国人たちを精神操作し、支配下に置いています
  • "秋月信彦"の側面を極力廃するようにしています。
  • 危機に陥ったら、メフィスト病院を利用できないかと考えています
  • ルイ・サイファーに凄まじい警戒心を抱いています
  • アイギスとサーチャー(秋せつら)の存在を認識しました
  • 秋せつらの与えた左わき腹の傷の治療にかなり時間が掛かります






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「やれやれ、あの藪のコートを斬られるとは思わなかったな」

 そう言ってせつらは、雑巾のように自分の黒いシャツを絞り、豪雨を吸って重くなったそれから水分を排出させる。
コップ三杯分は余裕なのではないかと言う程の水が、ビル屋上の乾いたタイツに音を立てて落ちて行く。
コートはタイツの上に置かれ、シャツは見ての通りの状態。せつらは今上半身に何も着ていない状態だった。
健康な肉体美とは、かくあれかし。そう思わせる程の説得力が、せつらの肉体にはあった。
水滴の浮かぶ、鍛え上げられた彼の上半身はギリシャ彫像など及びも突かない程の若々しい青春美の結晶であり、スランプに悩む芸術家がこの光景を見ようものなら、
全財産を叩いてでもスケッチを取らせてくれと、三顧の礼を以て懇願するであろう。誰もいないビルの屋上であると言うシチュエーションを除けば、余りにも構図もモデルも、完成され過ぎていた。

 せつらのコートは、かの魔界医師の手による特注品であると言う事は余り知られていない。
あの堅物は、例えマンションが千軒購入出来る程の金額を積まれようが、面倒かつ興の載らない仕事は引き受けない。
患者の治療ならば兎も角、魔術的な物品をアレに作らせるなど、それこそ、彼のT大の席次を一位で卒業し、財務官僚になり、出世競争を勝ち抜き財務次官になる、
と言うルートを歩む事の方がまだ百倍も簡単であろう。如何なる手練手管を用いたかは既にせつらも忘れたが、兎に角、この黒いコートはメフィストに作らせた。
この世の如何なる毒液やマグマすらも弾き飛ばす程の撥水性や、対物ライフルですら受け流す程の対銃性、そして高速振動するナイフですら包んで受け止める程の対刃性能と、
流石に魔界医師の手によるもの。常人では如何なる技術を詰め込んだのか、想像も出来ない程の数々の力をこのコートは内包しているのだ。
それを、シャドームーンは斬り裂いた。恐るべき、あのセイバーの技量よ。

 だがそれ以上に恐ろしいのは、“私”のせつらの張り巡らせた糸を跳ね除けさせるあの光。
まさか初っ端から、あれ程の力を持った改造人間と激突する事になるとは、せつらとしても思っても見なかった。
あのまま戦っていれば、もしかしたら自分の方が地面を舐めていたかも知れないと、この魔人は考えている。
彼は此度の聖杯戦争の中でも特に強い存在なのだろう。上限がこれなのだ、他の実力帯も油断が出来ない。

「厄介な奴を呼んでくれるよなぁ」

 はぁ、と。“僕”のせつらが嫌々そう溜息を吐きながらそう言った。
ビルの屋上から眺める<新宿>は、平和そのものだった。せつらは<魔震>前の<新宿>の記憶が希薄だ。
元居た所では、当時を忍ぶ写真やその映像を見る事でしか、昔の<新宿>の様相を窺う事は出来なかった。
成程、<魔震>がなければ、此処まで毒気のない平和な街だったのかと、せつらは改めて思うのだ。妖物も無い、毒も湧き上がらない、未発見の毒草も時空間の乱れもない。
そんな街は、此処まで平和だったのだと、せつらは思い知らされた。

「……魔界都市、か」

 せつらのいた<新宿>は、悪徳の坩堝だと他区や他国から散々バッシングされていた。
しかしそれでもあの街の区長は、<新宿>の存続とその利益確保の為に、歴史上の如何なる名君と比較しても何ら遜色ない政治手腕を見せつけていた。
それでもあの街の住民は、<新宿>で生き続ける事を選んでいた。あの街に骨を埋めると決めていたせつらだから、そのバッシングの意味は余り深く理解出来ずにいた。
今ならば解る。平和な所からしたら、魔界都市<新宿>がどれ程恐ろしい所であったか。そして、あの街が如何に碌でもない街であったか、と言う事をだ。

「お前は、そんなに平穏と平和が気に入らなかったのか?」

 誰に、この言葉は投げ掛けたのだろう。
――<新宿>だ。せつらは今、<新宿>に対してそんな質問をして見せたのだ。平穏無事な日常に嫌気がさしたから、自分と言う混沌を此処に招き入れたのかと。
せつらは本気で考えていた。無論、<新宿>は、絶対に彼の問に答える事など、する訳がないのだが。

「厭な街なんだな、お前は」

 水を絞り終えた黒シャツをその身に纏いながら、せつらは突き放すように『<新宿>』にそう言った。
平和が、自分達の手で犯されてしまうと言う事は、彼としても納得が行かない。気分は何処までも、ブルーであった。






【四ツ谷、信濃町方面(須賀町)/1日目 午前9:00】


【アイギス@PERSONA3】
[状態]健康、ずぶ濡れ
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]自らに備わる銃器やスラスターなどの兵装、制服
[道具]体内に埋め込まれたパピヨンハート
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる
1.マスターはなるべくなら殺したくない
2.サーヴァントだけを何とか狙いたい
[備考]
  • メフィスト病院に赴き、その帰りです
  • メフィストが中立の医者である事を知りました
  • ルイ・サイファーがただ者ではない事を知らされました
  • ウェザー&セイバー(シャドームーン)の主従の存在を知りました


【サーチャー(秋せつら)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]肉体的損傷(小)
[装備]黒いロングコート(少し痛んだが魔力消費で回復可)
[道具]チタン製の妖糸
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の探索
1.サーヴァントのみを狙う
2.ダメージを負ったらメフィストを利用してやるか
3.ロクでもない街だな
[備考]
  • メフィスト病院に赴き、メフィストと話しました
  • 彼がこの世界でも、中立の医者の立場を貫く事を知りました
  • ルイ・サイファーの正体に薄々ながら気付き始めています
  • ウェザー&セイバー(シャドームーン)の主従の存在を知りました
  • 不律、ランサー(ファウスト)の主従の存在に気づいているかどうかはお任せ致します



時系列順


投下順



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21:餓狼踊る街 ウェス・ブルーマリン 40:Abaddon
セイバー(シャドームーン)
07:“黒”と『白』 アイギス 45:お話ししようか
サーチャー(秋せつら)


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最終更新:2016年11月04日 14:28