【来るかしらね】

 境内へと続く、数段しかない石段の真ん中の段に腰を下ろしながら、鈴仙が言った。

【ライドウの奴は確実に来るだろうさ。帝都、もとい東京か。此処を護ると言う意思は本気だったからな】

 言ってから、塞は一息で、ゼリータイプの速効の栄養食を吸引し終え、残った空のパックを書類ケースの中に適当に放り込んだ。
生きるか死ぬかの本気の戦いが、後十分もしない内に始まるかもしれない。言うなれば、塞にとって最後の食事がこの流動性に優れる栄養食品かも知れないのだ。
最後の晩餐にしては随分としまらないなと、鈴仙も塞も思った事は、言うまでもない。

【問題は、もう一方さ】

 それについては、鈴仙の方も同意していた。佐藤十兵衛と、比那名居天子。この主従の方が問題だ。
どちらも可愛げも何もあった物じゃない組み合わせだった。佐藤十兵衛など論外である。塞自体、上下関係は余り気にしない所が強いので、
多少の無礼は大目に見るが、十兵衛の場合は如何にも許してやろうと言う気になれない。聖杯戦争の参加者である、と言う色眼鏡を抜きにしても、可愛げも何もない。
だが佐藤十兵衛の方は、男の上一言二言言葉を交わせば性格の悪さが滲み出ている為、まだ解りやすい。タチが悪いのは天子の方だ。
令嬢と見紛うような気品ある風格と恵まれた容姿からの、天衣無縫の傍若無人を絵に描いたような自由な立ち居振る舞い。
鈴仙が如何してあのサーヴァントと関わり合いたくないのか、たったの数分で理解出来た程だ。要するに凄まじいまでのわがままなのだ。
第三者に近しい塞ですら、関わるだけでウンザリするレベルなのだ。それを御さねばならない十兵衛など、堪ったものではないだろう。その一点に関しては、同情する。

【あの我儘なお嬢ちゃんがダダを捏ねてるか、十兵衛のガキがつまらない作戦を考えでも実行に移したりなんかすれば、遅れるか、最悪バックれるかも知れないがな】

 正直、天子の戦闘能力に関して言えば、他ならぬ鈴仙のお墨付きがある為、この一点だけは信じても良いのだろう。
十兵衛や天子、双方の性格はハッキリ言って同盟に向いてるそれとは思えないが、今は兎に角頭数を揃えたかった。
三人揃えば、流石にあの化物も如何にかなるだろう。逆に言えば、最低でも三人はいなければ、恐ろしい相手と言う事を意味するのだ。

 白く輝く夏の太陽が、中天に達していた。
ギラつくような太陽は、うっかり目を合せてしまえば、角膜が焼けてしまうのではと思う程強く光り輝いている。
そんな強い夏の日差しを、二人は、矢来町の秋葉神社にて浴びていた。日差しも無ければ風もない。ハッキリ言って、待ち合わせ場所に使うには、失敗だったと塞は愚痴っていた。

 午前十一時に差し掛かる前に、ライドウや十兵衛の組と交わした、討伐令の主従を三組で叩くと言う作戦。それを塞達は、実行に移す算段でいた。
結論から先に述べるのであれば、三組は、遠坂凛と彼女が率いるバーサーカーである黒贄礼太郎を倒す、と言う事で合意した。
無論、この主従の脅威を紺珠の薬で身を以て知っている塞達は、乗り気である訳がない。それにもかかわらず、黒贄達を倒すと言う流れに逆らえなかったのは、幾つか理由がある。

 先ず、この流れを提案したのはそもそもライドウであったと言う事が大きい。
ただの学生に過ぎない十兵衛の意見を突っ撥ねるのと、悪魔を使役し、サーヴァントに劣らぬ強さを誇るライドウの意見を突っ撥ねるのとは、意味合いが全く違う。
此処はライドウの意見を呑んだ方が良いと、塞も、そして十兵衛自身も判断したのである。
二つ目に、黒贄を標的に選んだ理由は、このバーサーカーの危険度がセリューのそれよりも遥かに高いと言う事も無視出来ない。これもライドウの意見だった。
周知の通りこのバーサーカーは人目も憚らず、しかも魂喰いと言う理由づけすら超越し、意味なくNPCを殺戮すると言う危険極まりないサーヴァントだ。
対してセリューの方は、水面下で、NPCとは言えヤクザや悪漢を主なターゲットとし殺戮を重ねていると言う違いがある。
どちらも世間の道理に照らし合わせれば到底許せる存在ではないのだが、放置すればどちらの方が<新宿>に被害を加えるか、と考えた場合それは勿論黒贄の方だ。
実際に黒贄は正気のサーヴァントでは断じてなく、このまま放置していれば更に殺しを重ねる事は鈴仙達も知っている。
セリューと黒贄、どちらを殺すかを比較した場合、当然黒贄の方に天秤が傾くのは、当たり前の事であった。
三つ目に、塞達が黒贄がどう言うサーヴァントなのか、知っている事。紺珠の薬で観測したあり得た未来、その観測結果から持ち帰った黒贄の情報が、
逆に塞達の首を絞めてしまった、と言う訳だ。どんな戦い方をするのかわからないセリューの主従と、ある程度解っている黒贄達なら、当然後者の方に軍配が上がると言う事だ。
そして最後。これが最も大きい理由であるのだが……黒贄達は塞達がハイアットホテルで同盟についての交渉を行っている間に、香砂会の邸宅で暴れ回っていたらしいのだ。
散々暴れ回った後、彼らはその邸宅から北上。拠点を一時的に移し、時が過ぎているのを待っている……と、ライドウが語っていた。
信頼出来る情報筋からの情報と、探偵としての技量を合せて発見したと。表現をボカしていたが、恐らくは悪魔経由の情報だろう。全く便利な物だと塞も羨んだ。
拠点も解っており、つい今しがた暴れ回ったサーヴァント。当然それを、ライドウが許す筈もない。以上の四つの理由が組み合わさり、討伐令のサーヴァントの内、黒贄の方を葬る、と言う運びになったのだった。

 黒贄達は現在、此処矢来町のあるモデルハウスを拠点にしていると言う。
モデルハウスと言うからには当然、これを管理する会社の人間が当該住居の周りにいる事は明らかなのだが……恐らくその人物は、生きてはいまい。
無論の事、その家を見学に来るであろう人物も、である。そして、そのモデルハウスと、今塞達がいる秋葉神社は、丁度サーヴァントの知覚範囲外に在る。
黒贄が余程特殊なスキルを持っていない限りは、先ず気付かれる事はないし、そもそも紺珠の薬で観測した未来が、彼にそんなスキルも宝具もない事を塞達に教えている。
安心して秋葉神社を、十兵衛やライドウと落ち合う施設として利用出来る、と言う訳だ。

 表面上は平静を装っているが、鈴仙は緊張していると言う。
考えてみれば、サーヴァントとしてその力を戦闘と言う局面で振うのは、これが初めてと言う事になる。
鈴仙は生前、色々と荒事に首を突っ込んで来た方だと言うが、サーヴァント同士の戦いは完全なる異種格闘技戦に等しい。何が飛び出すか解らない。
況して相手は鈴仙ですら見た事がないと言わせしめる程の、フィジカルモンスターだと言う。直接戦闘に追い込まれれば、万に一つも勝ち目はない。
そんな相手が、よりにもよって初戦の相手なのである。鈴仙の気持ちは察するに余りある。悪いとは思うものの、この戦いを避けてしまうと、ライドウへの義理が立たない。
命が掛かっているのは、塞の方も同じ。同じ一蓮托生なのだから、それで溜飲が下がって欲しいものだが……。

【比那名居のお転婆娘と、あの赤いコートのサーヴァントが近付いて来るわ】

【ほう、来たか】

 其処から、一、二分程の時間が流れた。
通りを行く人の数が疎らになった頃の事。フォーマルな学ランに、無駄に鍛え上げられた身体の青年。塞の目の前に現れた最初の同盟者は、佐藤十兵衛の方だった。
流石に、あの自由なセイバーは霊体化している。これからサーヴァントと確実に戦うのだ、その配慮は当たり前の事だ。

 次いで現れたのは、同じ学生服でも、大正時代からタイムスリップしたとしか思えない程、バンカラチックなマントと書生服に身を包んだ青年。
十兵衛と比べてしまえば、線も細く華奢そうに見えるが、その実、見る者が見れば十兵衛の筋肉よりも高い運動能力を搭載していると一目で解る、天稟の身体つき。
これに加えて、<新宿>に来る前から、事実上サーヴァントを操る才能に長け、自前の使い魔を幾つも持ち込めて来ている、と言う塞からすれば反則も同然の主従。
聖杯を手に入れる事を念頭に置いた場合、目の前の主従は避けては通れぬ難敵になるだろう。葛葉ライドウは、そう評するだけの力があった。

「流石に来たんだな、ボウヤ」

 サングラスごしの魔眼を十兵衛に向けて、塞が言った。

「一体のサーヴァントを三人で叩く。誰がどう考えたってこっちが有利だろうよ。それに倒せればあわよくば令呪が全員に平等に貰えるかも知れないんだ。乗らない訳がないさ」

 「無論、東京を守りたいって気持ちもあるけどな」、と。
明らかにライドウに向けてのリップサービスを口にするが、それが本心から来た言葉でない事はライドウとて解るだろう。
損益を考えた場合、益の方が大きいと思ったから、十兵衛は此処に来たに過ぎないのだろう。褒められた事ではないが、黒贄は強壮なバーサーカー。
数を揃えて叩くと言う作戦が有効である以上、如何に下心からこの戦線に参加したとは言え、十兵衛は邪険にしてはならない戦力だった。

「それよか、葛葉よ。本当に、あの大量殺人鬼……黒贄だったか? いるのかよ、お前の見つけた地点に」

「あちらが拠点を移動していると言うのなら、その限りではない」

「いるわよ。それは、賭けても良いわ」

 ライドウと十兵衛。二名の会話に容喙をして来たのは、鈴仙だった。

「私の能力で、そのモデルハウスから黒贄達が其処から動いていないのは確認済み」

「モデルハウスっつーからには、それを管理してる会社の従業員がいる筈なんだが」

「……見てみない事には、解らないわ」

 十兵衛の言っている事は、従業員としての役割を与えられたNPCの生死に近しい。流石に其処までは、鈴仙も解らない。

「生きていない可能性の方が高いだろうな」

 さも当然のように。宛ら、今日の天気を口にするような様子で、ライドウはその現実を告げた。
十兵衛も塞も、少し驚いた様子だった。二人ともライドウの、帝都を護ると言う決意の固さと、それに掛ける本気の度合いを理解している。
だからこそのリアクションだった。そんなライドウであれば例え接点も縁も無いNPCであろうとも、殺されれば激怒すると、踏んでいたのだ。彼は、驚く程冷静だった。

「悪魔は、人を騙し、騙された人間が狼狽え、怒る様を見て愉悦に浸る。人を傷付け、殺し、自身の快楽を満たす。そう言う者が多い」

「碌でもねぇな」

 十兵衛。

「確かにそうだろうな。だが、悪魔はそれが仕事だ。時に人を騙し、犯し、殺し。そして、昼食は昨日と違う物を食べるか、と言う感覚で時には人助けをする事も多い。そんな気まぐれな奴らを相手にする仕事、それが俺達なんだ」

 場に、無言の帳が降りた。

「では人間はそんな奴らを相手に翻弄されるだけか、と言われればそれは違う。悪魔が人間に対して自由に振る舞っても良いように、俺達も悪魔に対して自由に振る舞っても良い。
向こうが俺達を騙すのなら、俺達も向こうの世故の疎さにつけこむ。向こうが俺達を犯すなら、俺達も向こうの持つ財産の全てを奪い尽くす。そして――向こうが俺達を殺すのなら、俺達は、死ぬ事すら許さず向こうを人の世界の礎にする」

 塞は、己の身体に空寒いものが走るのを感じた。
己が使役する悪魔に限っての事だろうが、それでも悪魔の事を仲『間』とすら呼んでいたのに。実態は、塞がイメージしていたそれよりも、かなり殺伐として血生臭いそれのようだった。

「何を悪魔とするかは、極論、その力を人の為に振うか、自己の悦楽の為に振るうかでしかない。慰撫し、崇め奉れば護国の為に力を振うと言うのならば、俺もそれに応えよう。
だが、その力を徹底して自己の悦楽の為に人を害する事に用いるのならば、やる事は何時だって一つ。『暴力』に訴えかける事は、神魔諸仏の世界にも通じると言う事だ」

 言葉を続けるライドウ。

「黒贄はまさに、その力を殺しの為に発散させる類なのだろう。そんな者だ、今更被害者が一人二人増える事は、珍しい事じゃない。当たり前の事さ。
だが、そんな存在が逆に、今更一人二人を気の迷いで救った所で、俺のやる事は変わらない。奴を葬り、座に叩き返さねばならない。殺しの因果は、何時だって早急に叩き付けられるものだ」

 学帽を目深に被り直し、ライドウは身体の向きを変える。その方向は、黒贄達が待ち構えるモデルハウスの方角だった。

「時間だ。そろそろ向かうぞ」

 言ってライドウは、先導役のつもりなのだろう。その方向へと先に歩み始めた。
「何か、あの紅白巫女の事を思い出さない?」と、霊体化している天子が鈴仙にそんな言葉を投げ掛けた。鈴仙はぶっきら棒に、そうね、と答えた。
あの怪物のような主従と、何れは矛を合せねばならないのかも知れないと思うと、気が滅入って来る。
結局この世界でも、穏当に物事が解決するワケには行かないようである。つくづく、ゲゼルシャフトの時と言い、トラブルと縁のある男なのだと、塞は改めて思い知らされたのであった。

 腕時計を見、現在時刻を確認する塞。
時刻は11:45分。50分になる頃には、モデルハウスについている事だろう。紺珠の薬で観測した未来のリターンマッチ、まさにその時なのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 目視が可能であり、かつ、サーヴァントの知覚範囲にギリギリ引っかからない程度の距離にまで、三組はやって来ていた。
人通りは少なくなって来たものの、それでも、ゼロと言う訳ではない。普通に、通りを人が行き交っている。
妙だな、と思ったのは塞だけではないだろう。黒贄がもしも人を殺したというのであれば、人の通りがゼロに近しいか、最悪、機動隊といった警察組織がモデルハウスの周りを、
包囲、絶対に立ち入れないと予測していたからだ。であるのに、そのような結果になっていないと言う事は、今のところは、波風を向こうは立たせていないと言う事になる。
――尤も、それでも黒贄が此処で始末する、と言う当初の目的を遂行する事には、変わりはないのだが。

「戦いが長引けば、外で戦う事になるのは確実か」

 ライドウが口にする。これも、ライドウは元より、塞や十兵衛も重々承知の上だろう。
塞はライドウから、黒贄達の立てこもっているモデルハウスの場所を知らされた時、その場所を直に調べ上げた。
新築一戸建ての、モダン風の一軒家であるのだが、東京の一戸建ての殆どに言えるように、欧米基準から見たらとても小さい、ウサギ小屋の如き家だ。
あの小ささで値段が一億円以上と来ている。一億円と言う値段の内、六割以上は土地の値段だろう。全く馬鹿みたいな値段だ。東南アジアであれば同じ値段でプール付きの豪邸が建つ。

 そんな小ささの家である。黒贄を含めて、四騎のサーヴァントが交戦出来る広さを満たしているとは到底言えない。
戦闘が長引けば、屋外で戦闘を行う事になるのは自明の利。即座にサーヴァントか、マスターのどちらかを始末する必要がある

「前線は俺と、佐藤の方のセイバーが引き受ける」

 ライドウの提案に、十兵衛は特に何の反論もなかった。
セイバーとは基本的には、前線で切った張ったをせねばならないクラス。此処を断れば、何の為に共同戦線を張ったのか、理解が出来ない。

「基本的にマスターを狙うかどうかは様子見だ。現状、遠坂凛はサーヴァントを使役する術を知らない無力な少女だと俺は思っている。
つまり、マスターに関しては、最初は狙わない。其処のアーチャーは、俺達が攻撃している所の後方支援を行い――戦闘が長引き、被害が拡大すると思ったら、マスターを狙って欲しい」

「それは構わんが、良いのかよ、ライドウくん。幾らサーヴァントの使役をミスったマスターとは言え、相手はお前と同じ位の女の子だぜ」

「それを考慮してるから、俺達は最初の内は遠坂を標的にしないと決めているのだ。戦局が長引き、帝都に被害が更に広がるのならば、是非もない。俺は葬る」

「らしいぜ、ライドウくんのセイバーよ」

 と、塞は話の矛先をダンテの方に切り替える。

「まぁ、そのトオサカ、とか言う嬢ちゃんだったか。ガキとは思えない位整った良い女だとは思うし、此処で殺すのも可哀相だとは思うが、事情が事情だ。言っちゃ悪いが、世の中、死んだ方が世の為になるし、死んだ方が当人の為になる、何て人間は少なくないしな」

 ライドウの忠実なサーヴァントであるダンテも、外見とは裏腹に、相当ドライな一面を持った男であるらしい。
とは言え塞も、ダンテのこの言葉に反発を覚える程、青い男ではない。彼の言う通りなのだ。人を殺す事は道徳的に、当然褒められた事ではない。
それは事実だが、時として、その道徳心を解っていて無視し、当該対象を殺さねばならない局面が、塞達の様な仕事をする者には訪れる。
遠坂凛は確かに、無辜に近しい人物なのかも知れないが、だからと言って、何の応報もなくのうのうと生きられる、と言う範疇を既に彼女は逸脱していた。
カティと年齢の近しい少女を手にかける事に、全く胸を痛めないかと言われれば嘘になるが、それはそれ、これはこれ、だ。いざとなれば、遠坂凛を殺さねば、ライドウと十兵衛に示しは付かないだろう。

「OK、解った。後方支援と、遠坂の嬢ちゃんの事は俺に任せてほしい」

「決まりだな。運の良い事に、今は人通りもなくなった。今しかないだろう」

 ライドウの言う通り、黒贄達の拠点であるモデルハウスと面した通り道には、御誂え向きとしか言いようがない程、人の通りがなくなった。
遠坂凛に騒がれる可能性も考慮した場合、闇討ちに行くならば、正に今しかないであろう。

 此処からの手筈は、ライドウ達は予め打ち合わせしており、その通りに彼らは事を進めようとした。
先ず鈴仙が、自身を含めたサーヴァントの波長を簡単に操り、ランクにすればD~Cランク相当の正体秘匿スキルを極一時的にダンテと天子に付与させる。
次に、ライドウを先陣にして、一気にモデルハウスへと彼が駆ける。それに追随するように、十兵衛と塞が後を追う。
重力と引力と言う不可避のエネルギーを敵に回すと言う、ビルを駆け上がる離れ業を見せた時ですら、ありえないような速度でライドウは走っていたのだ。
平地は言うに及ばず、もっと速い。三十mかそこらの距離が、ものの一秒程でゼロになる。
「ボルトも裸足で逃げ出すだろあんなの……」、と隣で十兵衛が驚き呆れたような言葉を零す。
確かにあんな走力、短距離走者ですら嫉妬の念も湧かないだろう。湧き上がってくるのは、同じ生物とは思えない、ある種の気持ち悪さか。

 一程遅れて、塞が。更に半秒遅れて十兵衛が、モデルハウスの入口まで到達。
モデルハウスと言う体を成す建物の都合上、普通は入口の扉が開け放たれている物だが、奇妙な事に扉は閉まっている。間違いなく遠坂凛か黒贄の手による物だろう。
「一階のリビングにいるわ」、と小声で鈴仙が皆に伝える。波長を操る程度の能力を応用し、波をソナーの要領でモデルハウスに投射、その位置を彼女は割り当てていた。

 鈴仙のこの言葉を聞いた瞬間、ダンテと天子が実体化を開始。
鈴仙の方も、拡声器に兎の耳を取り付けた様な意匠の銃を取り出す。彼女の武器である、ルナティックガンだ。
鈴仙が武器を取り出し終えてから、自らの能力を用い、モデルハウスの周りの波長を操作。これにより、操作範囲内でどれだけ物音を建てようが、範囲外に音が伝わる事がなくなった。此処までの手筈を終えた事を、鈴仙は小声で皆に伝えた。

 扉に鍵が掛かっている可能性を考慮。ライドウが、マントで隠された懐の赤口葛葉を引き抜き、目にも留まらぬ速度でそれを振った。
すると、曇りガラスと金属の枠で構成されたドアが、二十二分割されて崩れ落ち、入り口とは名ばかりの穴が開く。
それを受けて、ダンテが走り、急いで家の中に侵入。次いで、ライドウ、天子、十兵衛、そして、塞と鈴仙の順にモデルハウスの中へと押し入って行く。

 ――標的は、余りにもあっさりと見つかった。
実体化した状態で、リビングのソファに腰を下ろす黒贄と、ダイニングキッチンで蛇口を捻っている凛を、全員が認めた。
遠坂凛の姿も黒贄礼太郎の姿も、幾度となくニュースチャンネルで目にして来た、あの時のままの服装だった。服など着替える暇など、なかった事だろう。
心休まる時だって、黒贄が狂行に及んでから、遠坂凛には許されなかった事だろう。今こそ、それに幕が降ろされる時だった。

「く――」

「イイイィィィヤァッ!!」

 凛が何かを口にする前に、ダンテが動いた。
部屋中の調度品全てが小刻みに揺れる程の裂帛の気魄を声にし、背負っていた鋼色の大剣を構え、彼は黒贄の方へと突進。
いや、それは最早突進と言うより、猛進と言うべきだった。地面を駆けると言うよりは地面を超高速で滑っていると言っても過言ではない、不思議な走法だ。
時速にして五百㎞は優に超していると思しき突進の勢いを乗せて、ダンテは黒贄の胸部に、鋼色の剣――リベリオンを思いっきり突き刺した。黒贄には、反応すら許されない。
リベリオンは容易く黒贄の脊椎を破壊し、その剣身が中頃まで黒贄の背中から突き出る。余りの速度で剣身が突き出た為か、腰を掛けていた黒贄のソファは、
破裂するかのように爆散。即座にダンテはリベリオンを黒贄の身体から引き抜き、それを斜め右上段から超速で振り下ろし、主要内臓器官の全てを破壊。
とどめと言わんばかりに、ダンテは右足で黒贄の腹部を蹴り抜く。まさに矢の様なスピードで、蹴られた方向へと吹っ飛んで行く黒贄。
窓ガラスを突き破って、彼は庭の方へと仰向けに倒れ込む。最後に、おまけのつもりなのだろう、腰に巻いたガンホルスターから、
アメリカンサイズにしても規格外の大きさの拳銃を取り出し、躊躇う事無くそれを発砲。火薬の小山を発破させたような銃声と同時に、銃弾が放たれ、黒贄の眉間を貫いた。

 此処までに経過した時間は、一秒と半。まさに、目にも留まらぬ早業であった。

「な、な……」

 凛が、酸欠の魚の様に口を開閉させている。
そうする気持ちも解らないでもない。何せ塞や十兵衛だって、そうしたい気持ちであるのだから。
余りにも、ダンテが一方的に、そして、圧倒的な手際の良さで黒贄を殺したものだから、内心で驚いているのだ。
自分の引いた駒が、あそこまで一方的に、そして素早く殺されてしまえば、誰だってあんな反応を取ってしまうだろう。少なくとも塞だって、そんなリアクションを取る。

「サーヴァントが三体って……何で、黒贄が反応しなかったのよ……!!」

 そもそも黒贄がサーヴァントの存在に気付いた所で、マスターに正しくその情報を伝えるのか如何かが、鈴仙にとっては疑問だったが。
どちらにしても、黒贄達が自分達の存在に気付かなかったのは、当然の事と言えよう。何せ波長を操って、サーヴァントとしての気配を認識され難くしていたのだから。

「お前のサーヴァントは無効化した。大人しく降伏して欲しい。殺すつもりはない」

 と、本当に多感な時期の青年が口にしているとは思えない程、抑揚と感情の抑えられた言葉で、ライドウは凛に対して告げた。
殺すつもりはないと言いつつ、マントの裏から拳銃を取り出し、銃口を彼女の眉間に合わせる辺りが、実に抜け目がない。
十兵衛に至っては、まさか銃の類を持っていると思わなかったらしく、本気で唖然としている。塞だって、同じ気持ちになりたかった。

「三人纏めて、令呪を獲得するつもりかしら?」

 凛が訊ねる。かなり気の強い女性らしい。
サーヴァントを殺されたにもかかわらず、気丈な装いを保っている。それとも逆に、枷たる黒贄が死んで安心しているからこそ、このような態度に出れるのか。

「一応それも目的の内ではある。が、お前のサーヴァントを殺せば、お前を殺す必要性が俺達にはなくなる」

「令呪が欲しいのなら、当然ルーラーと打診する筈。ルーラーが、私を許すと思う?」

 成程、その可能性を考えていなかった。と言うより、考えてはいたが、どうしようもない事だったので考えるのを放棄していたと言うのが正解か。
此方に殺す気はないが、ルーラー達にその気がないとは限らないだろう。サーヴァントだけを殺し、遠坂凛をルーラー達に付き出しても、彼女が殺されない保証はない。

「そうならないように交渉は善処するつもりだ。元の世界に帰せるようならそうするし、それがダメなら、保護も吝かじゃない」

「貴方の提案は、事実上の同盟だと思ってるけれど、実際どうなの?」

 確かに、遠坂凛を此方の陣営で引き取ると言うのならば、それは実質的には同盟と見做してもおかしくはないだろう。
尤も、同盟と言うにも、今の凛にはサーヴァントがおらず、無力な状態も甚だしく、殆どお荷物に近い状態であるのだが。

「同盟ではない、保護だ。同盟は、戦力を持っている人物同士が結ぶからこそ同盟と言うのだ。今のお前にはそれがないだろう。
……話を戻す。もし、お前が生き残りたいと言うのであれば、お前に選べる選択は一つしかないと思え。サーヴァントが存在しない以上、お前に<新宿>の聖杯戦争を生き残れる可能性は万に一つもない」

 ライドウのこの口ぶり、これでは実質上の脅しである。が、ライドウが交渉下手だと、塞は思わなかった。 
時に恫喝や暴力による強硬手段は、腰を据えて話し合うと言う手段よりも有効で、これしか突破口がない局面だって怏々に存在する程である。
今は、ライドウが今言った様な脅しに近しい口ぶりが効果を発揮する局面だろう。こうでもせねば、凛は、折れまい。現状を受け入れてくれまい。

「……お断り」

 幾許かの迷いを置いてから、凛は答えた。

「お前にその選択肢があると思うのか?」

「同盟の申し出自体は嬉しいけどそれはそれ。誰が貴方の言い分を信じられると? 私が一番生き残れる可能性が高いのは結局……逃げ回って、聖杯戦争を勝ち残る事しかないと思うけれど」

「――成程な。ハッタリでもないようだぜ、少年」

「……そのようだな」

 示し合わせたようにダンテとライドウがそんなやり取りをした瞬間だった。
両者共に、拳銃の銃口を、黒贄が吹っ飛んだ影響で突き破られた、庭へと続くガラス戸の方に向け、共に同じタイミングで発砲。
二つの弾丸は、黒贄の胸部を寸分の狂いなく撃ち貫いた。『仰向けに倒れていた黒贄』ではなく、『直立した黒贄を』、だが。

「……冗談だろ」

 十兵衛が、幽霊でも見た様な声音でそう呟いていた。
塞にしても、同じだった。サングラスの奥で、きっと今の自分は、生涯で最も、と言っても差し支えのない程の驚きの感情を瞳が湛えているのだろう。
人間達は当然の事、サーヴァントである鈴仙や天子ですら、驚きを隠せていない様子だった。簡単である。それは――

「いやはや、見事な腕前で。その大きくて原始的な剣を使うのは良いですな、殺人鬼として好感が持てますよ。でも可能ならば、銃器はやめた方が宜しいかと」

 黒贄が、世間話でもするかのような雰囲気で、ダンテに言葉を投げ掛けているからだ。
何が面白いのか解らないのに、浮かべられている薄い微笑み。刻まれた笑みとは性質を全く異にする、瞳が宿す冷たい輝き。黒贄の顔つきはよく見ると整っていた。

 ――如何して、このサーヴァントが生きている?
魔剣リベリオンを突き刺した事によって胸部に開けられた、背中まで突き抜け後ろの風景が見える程の大きさの刺創。
今も血をとめどなく流し続けているだけでなく、一目見ただけで凡そ全ての内臓が破壊されていると素人にも解る、左肩から右腰までに走る斬傷。
そして、眉間に空いた、血色の穴。それこそが、ダンテの放った二丁拳銃の一丁、アイボリーによって開けられた弾痕だ。
誰がどう見たって、人間は勿論、サーヴァントだって生きて活動出来るか如何かと言う程の大ダメージ。それなのに、黒贄は当たり前の様に直立し、ダンテとコミュニケーションを取ろうとしているのである。

【アーチャー、お前の能力で気付けなかったのか!?】

 塞が念話で、鈴仙とコンタクトを取る。
鈴仙の能力については当たり前の事ながら、彼女のマスターである塞はいの一番に把握と理解に努めていた。
何せサーヴァントの固有の能力とは言わば個性そのものであり、選択肢。これを如何に運用するかで目標達成の難度が定まる為、直に塞はこれを聞いていた。
彼女の能力は、噛み砕いていえば物質的、精神的な『波』の操作だ。物質的な波を操って、物が存在する位相をズラす、精神的な波を操り、精神の操作を可能とするなど、
応用範囲が極めて広い。こう言った芸当を鈴仙は可能とするだけでなく、更に、彼女自身は波の察知に長ける。気配を察知する力に恐ろしく秀でた、
いわば生きたレーダーに等しい。そんな彼女が如何して、黒贄の死んだふりに、気付けなかったのか? 其処が、塞にとっては疑問だったのだ。

【ご、ごめんなさい。途中まで黒贄は、本当に『死んでた』から、気付くのと考えるのとで時間が遅れたの】

 塞も混乱していたが、なまじ能力で気配が察知出来る鈴仙は、より酷い驚きに陥っていた。
人間や動物は固有の『波長』を持っているのだが、動物の場合はそれ程波に個体差がない。人間は違う、一人一人が、全く違う固有の波を彼らは持っている。
厳密には精神性や心が多様な生き物が、波の種類に富んでいる、と言うべきなのだが、当然、それは『生きている間』にしか感じられない。
人も動物も妖怪も、死ねば『物』だ。生きた生物が放つ波長が完全に消失してしまう。これを以て鈴仙は、その存在が生きているか死んでいるかを察知しているのだ。

 途中まで黒贄は確実に、この『物』の状態だった。
しかしある瞬間になって、思い出したように『生きた生物の波長を取戻し』、復活。鈴仙ですら、このような変質は見た事がなかった。だから彼女は、混乱していたのである。
……だが彼女は、もっと根元的な事に気付けていない。サーヴァントは霊体の一種である以上、殺されれば死体は残らず、それを派遣した大本の場所へと還って行くのが常。
本当に殺したと言うのであれば、死体が残る事自体が、あり得ないのである。

「ところで、凛さん。此方の方々は――」

「サーヴァントよサーヴァント!! 見れば解るでしょ!?」

「ははぁ、また護衛ですかな?」

 こうして、自身のマスターと会話している様子を見ると、本気で、バーサーカーと言うクラスであると言う事自体が信じられない
十兵衛も、「本気で喋ってやがる」と驚いた風でボヤきながら、黒贄の事を見ている。視点の方はどちらかと言うと、彼の顔でなく、胴体に刻まれた深い傷の方に向いているようであるが。

「まぁ私も、先程戦った『馬鹿じゃないのアンタ? 言う訳ないっしょ』さんを殺さねばなりませんからなぁ。可能な限り努めますよ。それに――そちらの女性二人も、かなりまぁ、良いですなぁ」

 冷たく粘った目線を、鈴仙と天子の方に向ける黒贄。良い、と言う言葉の意味を察知した瞬間、背骨が凍結したような感覚を鈴仙は憶えた。
この瞳、本当に、この世の生物が出来るそれとは思えない。人喰いの妖怪ですら、もっとまともな瞳をしている。
バーサーカー、黒贄礼太郎の瞳と精神性、そして波長そのものも、鈴仙の目から見ても異常であると解る。
波長は通常長い短い、つまり、振幅の大きさで表されるのだが、黒贄のそれは、波長以前の問題として、位相がズレすぎている。
そう言った特徴の持ち主は、波をこそ放ちはするが、その在り方は妖怪と比しても特殊であり、鈴仙と言えど、長い経験の中で該当する人物は絶無に等しい。
このような特質の存在、彼女は一人だけ知っていた。名を『四季映姫』と呼ぶ、地獄の閻魔の一人である。
そう言った人を裁く事を生業とした高次の存在が、斯様な特質を持つに至るのだが、何故黒贄が、その様な性質を持っているのか、鈴仙にはそれが解らなかった。

「初めまして、私の名前は黒贄礼太郎と言います。くらに、ですよ。変換が面倒くさいからと言って『くろにえ』と言わないように」

 恐らくはライドウも十兵衛も、当然ダンテも天子も、どうやって鈴仙が目の前の黒礼服のバーサーカーの真名を知る事が出来たのか、それを把握出来た事であろう。
塞自身も、紺珠の薬で知り得た未来を鈴仙から教えられたに過ぎない為、事実上その現場を目の当たりにするのはこれが初めてと言う事になる。だから、塞もまた、驚いていた。
無理もないだろう。このサーヴァントは自分から、自らの真名を口にするのだ。しかも、名前を知られる事が何かに繋がると言う様子でもない。当たり前の様に、真名を自己紹介に使うのである。

「耐久値がかなり特殊だ。これに起因する頑丈さだろう」

 ライドウが冷淡に分析する。サーヴァント自身には、可視化された相手サーヴァントのステータスは見るべくもないが、マスターはこれが見れる。
彼の耐久力は、何のスキルか宝具に由来するのかは解らないが、既存のそれとは違う『EX』が割り当てられている。
何かに由来する特殊な頑丈さと言うのは、単純硬い柔いよりもずっと判別に困るし厄介だ。下手に攻め続け、虎の尾を踏む真似は、鈴仙は当然の事、ダンテも天子も避けたい所だろう。

「回数制限付きの復活か、それとも、桁違いの戦闘続行能力か……どっちかは解らないが。カカシになるまで斬りまくれば問題ないだろうぜ」 

「その方向性で頼む」

「Yes,My Master、ってか!!」

 そう言ってダンテは、ガンホルスターからもう一方の拳銃、エボニーを引き抜き、その銃口を黒贄の方に向けた
二丁の拳銃の銃身に、血の様に赤い魔力が纏われ始める。馬鹿げた量の魔力だった。弾丸の威力を向上させる為のそれである事は自明。
だが市販の銃に、ダンテレベルの魔力をこれだけ纏わせた状態で発砲しようものなら、弾丸が発砲される反動で銃身自体がバラバラに分解される。一発で、銃はオシャカだ。
一発と引き換えに、銃その物を壊すのは、割に合った取引ではない。そんな事など勘案せずに、ダンテはエボニーとアイボリーから弾丸を、マシンガン並の速度で連射し始めた!!

 部屋中に炸裂する、数百枚数千枚の紙火薬を一時に炸裂させたような馬鹿げた轟音。
鼓膜が馬鹿になる程の大音の期待を、エボニーとアイボリーから放たれる弾丸は裏切らない。
一種の爆発としか思えない程勢いと大きさの、紅色のマズルファイアが銃口から噴いていた。
放たれる弾丸は初速の時点で音速に三倍する程の速度となり、黒贄の胸部に親指数本分にも相当する風穴を何個も何個も空けて行く。
トリガーを引くダンテの人差し指は、消え失せたかのように見えなくなっている。それ程までの速度で、彼は拳銃を乱射しているのだが、驚くべきは、この拳銃はフルオートであるのに、一々トリガーを引き直しているにも拘らず、この連射力であると言う事だろう。

 ――皆の意識が、銃弾で撃ち貫かれまくる黒贄の方に、向いた。
その瞬間を狙って、凛が動いた。そして、真っ先にそれに反応したのが、ライドウ。不穏な魔力の波長を感じ取った鈴仙。そして最後に、天子だった。
此方目掛けて放たれる、赤黒い弾丸。明らかにそれは、ライドウや十兵衛、塞目掛けて指向性を持って放たれたそれであり、その出元は、遠坂凛意外にあり得なかった。
彼女の左腕が、手首から肘に掛けて薄い緑色に光り輝いているのが解る。それを理解した瞬間、ライドウが動いた。
腰に差していた鞘から赤口葛葉を引き抜き、腕全体が消し飛んだとしか思えぬ程の速度でそれを幾度も振う。
百にも届こうかと言う、赤黒の弾丸は、ライドウの一振り毎に八~十個程も砕かれて行き、ライドウが腕を振う事十一回目に差し掛かった所で、弾丸の雨霰は止まった。
唖然とする、塞や十兵衛、そして凛。正気に即座に戻ったのは、塞と凛だ。凛は急いで、傍に置いてあったガラスのコップを引っ掴み、ライドウ目掛けて放擲する。
つまらなそうに首を横に傾け、ライドウは容易くそれを回避。凛も、これでライドウがダメージを受けるとは思ってなかったらしい。
単純に彼女は隙を作りたかっただけらしく、急いで、黒贄の方向に駆け出し、ライドウ達から距離を取る。
そうはさせないと、ずっと手にしていたコルトライトニングの銃口を凛の後頭部に向け、全くの躊躇もなく発砲。
走りながらそれに気付いた凛は、ヘッドスライディングの要領で、突き破られた穴の空いた窓ガラスから外に出、地面を転がった。間一髪、コルトの凶弾から逃れられたらしい。

「……お前は知っていたのか、塞。遠坂凛が、魔術を使える事を」

 目線を凛の方に向けながら、ライドウが訊ねる。声音が、恐ろしく低い。
下手に嘘を吐けば、銃口が此方に向きかねない。そんな凄味が、今のライドウにはあった。

「誓っても良いが、全く知らなかった」

 塞が急いで答える。
鈴仙の方にも目配せをするが、彼女もまた、凛がこのような技術を使える事を知ったのは、今回が初めてだったらしい。
そもそも紺珠の薬で観測した未来では、凛はそもそも姿すら現さなかったのだから、凛が魔術を扱える事を鈴仙が知る筈もなく。
鈴仙がその事を知っていれば当然、塞にも話していたし、予めライドウや十兵衛に話していた。そして、それなりの対策をしてから此処に向かっていた。
もしもこの場にライドウがいなければ、完全に塞らは、凛に不意を打たれて殺されていたかも知れない。

「で、如何するよ、葛葉くんよ。向こうはアンタみたいな、奇天烈な魔術? が使えるらしいけど」

「向こうが一般人だったら、何とかしてサーヴァントだけを殺して生かす、と言う手段も取れた」

 十兵衛の言葉にそう返すライドウ。

「だが、相手が魔術の道に通暁しているとなるのならば、それに相応しいやり方がある」

 躊躇いなくライドウは再び、凛目掛けてコルトを発砲する。
それに気付いた凛が、急いで立ち上がろうとするが、横腹を弾に貫かれてしまう。

「か……ぁ……!?」

 弾を喰らった所を手で抑え、涙目になりながら、ライドウの方を、彼女は見た。
塞と十兵衛には、想像を絶する程凍て付いた表情を浮かべる、彼の姿があった。

「相手がそう言う存在だと解っているのなら、もう容赦は出来ない。下手に手加減すれば、俺もお前達にも累が及びかねないからな」

 銃口を、凛の額に合わせる。

「魔力を流す回路を一本残さず破壊するか、殺す。魔術を使えると解った以上、黒贄と言うバーサーカーをわざと、大量殺戮に嗾けさせた可能性もゼロじゃないからな」

「疑わしきは罰する、何だな。アンタは」

 十兵衛が言った。

「不満か?」

「まさか」

「正直、年端もいかない小娘を殺すのは俺も乗り気じゃないが、そう言う力を使える上に、こっちと敵対する気が満々なら、仕方がないな。ライドウくんの意向に合わせるぜ」

 塞も、ライドウの方針に賛同の意を示した。途端にライドウの瞳が、鷹もかくやと言う程鋭くなり――

「手足か頭は残した方が良いだろうな。令呪が望みの奴もいるだろうし、証拠があった方が令呪を得やすいだろう」

 ――悪魔みたいな人間とは、さても良く言ったり。そう考えずにはいられない、塞と十兵衛である。これではどちらが悪魔なのか、全く、解ったものではなかった。

 眉一つ動かさず、凛の眉間目掛けてコルトの弾丸を発砲するライドウ。 
迎撃代わりに、ガンドを連射させる凛だったが、何時までも棒立ちの状態の天子と鈴仙ではない。
天子は自分と十兵衛の所に向かって放たれたそれを、要石を石垣状にさせたそれで防御。鈴仙は、塞と自身の波長を操作。位相をズラし、弾丸その物を無干渉状態にさせた。
ライドウは、凛の放った弾丸――ガンドを、赤口葛葉で尽く打ち落とし、これを回避。凛の放ったガンドと、ライドウの銃弾が衝突。
凛は九死に一生を得るが、彼女はきっと、これを狙った訳じゃないのだろう。

「聞いてたぜ少年。話を聞くに、俺はあのイカれたバーサーカーを叩けば良いんだろ?」

 と言って、ライドウの方に目線を向けるダンテ。此処で漸く、エボニーとアイボリーの連射を止めていた。
ダンテの真正面には、頭部や胴体、手足に、五十や百では効かない程の風穴の開けられた黒贄礼太郎が佇んでいた。
顔面は既に皮を剥かれたトマトの様に赤くグズグズになっており、所々に白い骨が散見出来、胴体や手足に至っては、
少し体を動かせば弾みで千切れてしまいそうな程、穴だらけだ。そんな状態であるのに、黒贄は、何が面白いのか解らない笑みを浮かべていた。
「うぇっ……」と、本気で嘔吐しそうな鈴仙。あの状態でも、自身の能力で生きていると言う事が解るのが、怖かった。

「頼んだ、セイバー。俺は遠坂凛を狙う」

「やり過ぎるなよ、少年」

「前向きに検討する」

 二丁の拳銃をホルスターにかけ、ダンテは背負っていたリベリオンを構える。 

「あ、やっと動けるの? あー退屈だったわ、ずっと喋らないのって疲れるのよね」

 そう言って天子は大儀そうに両肩と首を回してから、右腕を水平に伸ばした。
握られたのは、何かの柄だった、と見るや。その柄から橙色に近い色味をした、エネルギー状の物が吹き上がり、全体的に、棒か剣に近い形状を成して行った。
初めて見る宝具の為、ダンテもライドウも凛も、天子が開帳した宝具に目線を配らせているが、鈴仙はその宝具の正体が何か解っている為全く眼中にない。
セイバークラスでの召喚と聞いた時から、凡そどのような宝具を持って来ていたか、予め予測が出来ていた。
天界に伝わる、天人にしか振えぬと言う宝剣・緋想の剣。神社倒壊の事件の際にも、はた迷惑な現象を幻想郷の住人に敷いたアイテムだったと鈴仙は記憶している。
不良天人にくれてやるには余りにも惜しい宝具だ。その性能は勿論の事、積み上げて来た神秘も半端な物ではない。と言うより鈴仙から言わせれば、サーヴァントとしての天子の能力の厄介な部分。その内の五~六割が、あの宝具に起因すると言っても良い程であった。

「初めての戦闘ね、十兵衛。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。自らを軍師と呼ぶのなら、相応しい下知を私に飛ばしてみなさいな」

「おうよ、任せときな」

 言って、天子が一歩前に出て、黒贄の事を睨めつけるのを見守る十兵衛。
前衛二人は既にやる気と言う佇まいだったが――後衛であると言う事を抜きにしても、鈴仙と塞は、一歩彼らから身を引かせた所から、二人の事を眺めていた。

【アーチャー、解ってると思うが、本気は出すな。消耗を避けて、しかし、十兵衛とライドウに『手を抜いて戦ってる』と思われないように演技して戦え】

【注文の多いマスターねぇ。まぁ、善処はするわ】

 塞の目的は聖杯の奪還である。聖杯にかける願いを持たぬとは言え、聖杯狙い、と言うスタンスに分類して間違いはない。
聖杯を欲するスタンスの主従にとって、聖杯を破壊し、聖杯戦争と言う枠組み自体を台無しにする事を目的とした主従は、聖杯をかけての敵対者よりもタチが悪い。
聖杯が欲しいから戦っているのに、それを壊される、それを奪い合う為の舞台をひっくり返されるなど、冗談では無いからだ。
京王プラザで初めてライドウと接触し、彼と話して解った事だが、高い確率でこの主従の最終目的は、聖杯戦争の枠組み自体の破壊だと塞は睨んでいた。
それを目的とする以上は、当然ライドウとは何れは敵対する運命に在るのだが、結論を言えばこの主従は強い。真正面から戦えば、勝ち目がないかも知れない。
だからこそ塞達は、ライドウ達がどう言った戦い方をするか此処で見極め、消耗させる必要があった。弱った所を狙うのは、戦いにおいては常道であるからだ。
なのでこの戦いにおいて塞達は、『ライドウや十兵衛達に不信感を抱かない程度に黒贄との戦いでそれなりに活躍しつつ、ライドウを消耗させる』事を念頭に置く必要があるのだった。

「ううむ、馬鹿じゃないのアンタ? 言う訳ないっしょさんの時もそうでしたが、凛さんはこのような魅力ある方々に言い寄られるとは、さぞやモテるんでしょうなぁ」

 聖杯戦争の主従から此処まで熱烈なアプローチをされてる原因の全てがお前にある、と、言外せずとも解る瞳で、凛は黒贄の事を睨みつけていた。
この態度の時点で、遠坂凛が自ら望んで大量虐殺を黒贄に嗾けてないと言う事は明白な事柄であった。

 ライドウが凛目掛けて、コルト・ライトニングの弾丸を発砲する。
明らかに、弾丸が放たれた事を見てから、黒贄は稲妻の如き速度で右腕を動かし、右手を弾道上に配置。人差し指と中指でコルトの弾丸を挟んで停止させた。
肉が抉れ、血が指から流れ出るが、黒贄は痛がる様子すら見せない。皮膚が裂け、筋肉が断ちきれ、頭蓋骨の一部すら確認出来る程になったグロテスクな顔には、今も薄い笑みが刻まれているのが解る。

「凛さん、くじを二枚引いて貰いた――」

「三十五番と七十三番!!」

 遠坂凛が何かを叫ぶのを見て、「うぅむ」、と黒贄が笑みを少し複雑そうに歪めた。無精ですなぁ、と言う黒贄の言葉と同時に、彼の両腕に、武器が握られ始めた。
――いや、武器なのか? と、一同は思ったに違いない。何せそれらは、武器と言うのも憚られるような代物だったからだ。
黒贄の右手に握られたそれは、一軒家などの建造物を解体する為のショベルカーのアーム部分だった。大きさは三m程、色は黄色。バケット部分はやや土で汚れている。
一方左手に握られたそれは、直径二m程の、ジャンボジェットのタイヤであった。飛行機と言う巨大な乗り物を支えるにしては、そのタイヤの大きさは、意外な程小さい。
それらを黒贄は握りながら、ダンテ達の事を見ていた。凍結した沼の様に、酷く冷たく粘ついた光を宿す瞳は、英霊の身ですら震え上がらせる程の、不気味な感情で横溢している。

「黒贄」

「何でしょう?」

「思いっきりやりなさい」

 そう言って凛は懐から、何百カラットあるのだ、と言う程の大きさの宝石を取り出した。
無色透明のダイヤモンドだった。彼女はそれを、勢いよくモデルハウスの方向に投擲。一直線にそれは、ライドウ達の下へと走って行く。

「防げ!!」

 ライドウが一喝した瞬間、宝石は千々と軌道上で砕け散る。
砕け散った所から、膨大なまでの光と熱エネルギーが迸り始め、極光が、ライドウ達のいるリビングを包み込んだ。

 端的に言えば、それは爆発であった。
宝石に溜めこんだ魔力と言うエネルギーを、熱や光、音響と言った爆発現象に付随するそれに変換させ、炸裂させる。
所謂宝石魔術と言う魔術だと、知っている者はライドウを含めてこの場に何人いると言うのか。

 轟音が轟く。白色の光が網膜を灼く。莫大な熱エネルギーを秘めた爆風が荒れ狂う。
リビング中のフローリングや壁、天井、調度品は砂で誂えた粗雑な作り物めいて砕け散り、吹っ飛んで行く。
人間は勿論、サーヴァントであっても直撃すれば相当の痛手を負う程の攻撃だ。その証拠に、モデルハウスは完全に吹き飛び破壊されていた。
辛うじて残っているのは、数本の柱と、基礎部分のみ。それ以外は、震災にでもあった後の様な瓦礫の山だ。

「向こうも必死だな、少年」

 しかし、サーヴァント連中には傷一つ存在しなかった。
ダンテは、リベリオンを猛速で振い、爆風を受け流し、自分は勿論の事背後のライドウにも事なき事を得させていた。
鈴仙は、自らの能力を用いて、彼女自身と塞の位相をズラさせ、爆風自体が物理的に干渉させられない状態をキープし、爆風をやり過ごした。
天子は、石の壁を四方に隆起させて、十兵衛と自身を宝石魔術の爆風を防ぎ切っていた。

「距離を離したようだ」

 ライドウが動揺した風もなく告げる。塞や十兵衛達の視界から、遠坂凛の姿が消えていた。あの宝石魔術による爆発の間に、何処かに身を隠したのだろう。

「腹部に銃撃を負わせたから、遠くまでは行ってないだろう。俺は奴を追う」

「任せ――」

「あーどっかん」

 気の抜ける声を上げながら、黒贄が動いた。
三歩だけ距離を詰めるや、黒贄は一気に右手で握ったショベルカーのアームを音速を越える程の速度で横薙ぎに振るったのだ。
軌道上にはダンテとライドウがおり、彼らを明確に狙った攻撃だった。

「チィ!!」

 リベリオンを上段から凄まじい速度で振り下ろし、アーム部分に振り下ろすダンテ。
ギィン、と言う耳をつんざくような金属音が響き渡り、剣とぶつかった部分に、火打石をぶつけた様な大きな火花が舞い散った。
ダンテと黒贄はその手に力を込め、拮抗を打ち破ろうとする。互いの得物の圧力で、空間自体が捻じ曲がりそうな程の力を、彼らは発揮していた

「アーチャー、遠坂凛は何処にいる!!」

 ダンテ達から距離を取りながら、ライドウが叫んだ。一度の跳躍で、彼はモデルハウスの敷地内から見事離れる事に成功した。

「今探知してるわよ!!」

 これは嘘だった。本当は既に探知している。遠坂凛は大して自分達から距離を置いてない。此処から精々十m程離れた所にある、アパートの敷地内に彼女はいた。
恐らくはバーサーカー、黒贄礼太郎が心配だったのだろう。無論、彼の身を案じて、ではなく、彼が齎す虐殺の被害を心配しているのだろうが。
此処まで探知していて敢えて嘘を言っているのは、塞の要望通りライドウとダンテをなるべく消耗させる事と、その戦いぶりを眺める為であった。

「どっかん」

 次の瞬間、遠坂凛を探知する暇が、真実なくなった。
黒贄が標的をダンテから、鈴仙に変更。ダンテの前から移動し、頭上からショベルカーのアームを落雷の如き勢いで振り落としたからだ。
慌てて鈴仙は、宝具である不可視のバリアー、障壁波動(イビルアンジュレーション)を展開させ、攻撃をやり過ごす。
幽霊の様に黒贄の攻撃は、鈴仙の身体を透過して行き、地面に激突。空爆宛らの如き爆音を立てて、地面に小規模のクレーターを刻んだ。
直撃していたら、無論の事、その惨状は語るべくもなく。妖獣に属する鈴仙であろうとも、木端微塵に砕かれて即死していただろう。
ダンテの滅茶苦茶な銃撃の雨霰を受け、彼の身体は文字通り『蜂の巣』になっている黒贄だったが、瞳だけは、運よく銃撃を逃れていた。
鈴仙と黒贄の目と目があった。恐怖を克服した、と思っていた鈴仙の心の奥底から、新たな恐怖が湧き上がって来るのを彼女は感じた。
人間的な感情や実利を得ようと言う観念がこの男からは余りにも感じられない。ただ、殺す。ひたすらに、殺す。それだけしか、男の瞳には渦巻いていなかった。だからこそ、恐ろしいのである。妖怪ですら、この男と同じ瞳を持った存在はいない。

「マスター、私から離れなさい!!」

 鈴仙が叫ぶや、即座に塞も跳躍、黒贄から数m程距離を離した。
遅れて十兵衛も、このような鉄火場にはいられないと考えたのか、急いでサーヴァント達のフィールドから距離を取る。
攻撃が鈴仙をすり抜けた事に、一抹の疑問も黒贄は憶えない。フリスビーでも振り回す様に、ジャンボジェットのタイヤを横薙ぎに振るい、鈴仙を打擲するが、やはり攻撃は透過する。

 此処に来て初めて天子が動いた。天子が動くのと同時に、ダンテもリベリオンを振り被った。
緋想の剣が黒贄の腹部に突き刺さる。リベリオンが上段から勢いよく振り落とされ、黒贄の背中に、脊椎や肋骨を破壊する程のダメージを負わせる。
リベリオンがどう言った効果を齎す宝具なのか鈴仙には解らないが、緋想の剣はよく解っている。
アレは本人の『気質』と呼ばれる独自のオーラを解析し、そのオーラが弱点とする気質を纏う事で、必ず特攻ダメージを負わせる事が出来ると言う優れものだ。
あの剣に直撃して耐えられた存在は、幻想郷においても片手の指で数えられる程だ。一撃耐えらればその時点で凄まじい存在、二撃目を耐えられるのは、最早同じ生き物なのかと疑う程、と言えばその威力が察せられよう。

「そうれ」

 だと言うのに、黒贄礼太郎は、気の抜けるような声を上げながら、小枝でも振り回すかのような感覚でショベルカーのアームを横薙ぎに振り回し、
ダンテ、天子、鈴仙を一掃させようとする。鈴仙は攻撃を直に受け止めた。障壁波動の攻撃透過機能が、この時点で消失した。 
ダンテは垂直に十m程も飛び上がる事で、アームを回避。天子は、分厚い要石の石垣を生み出す事で、アームを受け止めた。
アームのバケット部分と石垣が衝突する。凄まじい音響と同時に、要石の壁に亀裂が入った。

 鈴仙は軽く跳躍するや、数m頭上を浮遊。
ルナティックガンを黒贄の方に向け、それを連射。薬莢に似た形をした弾丸が、これでもかと言う程の弾幕を形成し、黒贄目掛けて殺到する。
対するダンテも黒贄のほぼ真上まで跳躍するや、リベリオンを背中にかけ直してから、其処で身体を逆立ちにさせ、ガンホルスターからエボニー&アイボリーを取り出す。
そして、ガドリング砲の要領で身体を回転させ始め、そのまま弾丸を連射させる。天子は、石垣に使った要石の結束を解き、それを高速で四方から黒贄に飛来させた。
急造の同盟サーヴァントとは思えない程のコンビネーション。この辺りは流石に、荒事に手慣れた三騎士達、と言うべき物だった。

 笑みを浮かべたまま、黒贄はジャンボジェットのタイヤを振い、ダンテの放った弾丸と、鈴仙の弾幕、そして天子による要石の攻撃の八割近くを粉砕する。
残った弾丸が黒贄の身体を貫き、要石の衝突が左肘と右膝蓋骨を破壊させる。それでもなお、黒贄は動いた。
膝蓋骨が砕かれた筈なのに黒贄は、当たり前の様に膝蓋骨を砕かれた側の脚を軸足にして、ショベルカーのアームを天子の方へと振り下ろした。
「ウッソ!?」と言いながら天子は慌てて飛び退いて、攻撃を躱す。クレーターが、嘗てモデルハウスが建てられていた敷地内全域まで広がった。
天界に生える桃を食べ、ナイフが刺さらない程身体が頑丈になった天子であろうとも、今の一撃を貰えば、どうなっていた事か。

 エボニーとアイボリーをしまったダンテが、リベリオンを引き抜き、上下逆しまの体勢を元に戻し、勢いよく急降下。 
落下の勢いを利用し、リベリオンを大上段から振り落とすが、黒贄はこれに反応。ジャンボジェットのタイヤを振り上げ、ダンテを迎撃しようとする。
しかし、ダンテはその先を行った。彼は足元に、魔力を練り固めて作った紅色の足場を生みだしそれを蹴り抜き、『空中』で跳躍。黒贄の一撃を回避した。

「ありゃ」

 攻撃がスカを食った事に気付いた黒贄だったが、もう遅い。
再び落下を始めたダンテが、今度こそ勢いよく、黒贄の身体にリベリオンを振り下ろし、地面に着地した。
リベリオンは黒贄の頭頂部から股間まで一気に斬り裂くが、当たる寸前に黒贄がやや後ろに後退していた為、真っ二つにするまでには至らなかった。
それでも、身体を七cm程も深く斬り裂いている。言うまでもなく、筋肉や血管のみならず、骨内臓に至るまで大損壊を与えている。普通ならば即死だろう。普通であれば。

「ほうりゃ」

 全く、自身のダメージなど意に介していないと言った風に、黒贄はアームを横薙ぎにぶん回す。
リベリオンの腹でダンテはその攻撃を受け止めるが、黒贄の腕力が余りにも強すぎた為か、踏ん張りが利かなくなり、アームの振るわれた方向へと勢いよく吹っ飛んだ。
空中で数回転程した後に、ダンテはアスファルトの地面の上に着地。立ち位置は、ライドウの右隣であった。

 ダンテの着地と同時に天子が黒贄に接近、やたらめったらに緋想の剣で黒贄に斬りかかるが、全く目の前のサーヴァントは止まる気配がない。
着用する略礼服は既にボロ雑巾同前に破れ、破れた所からは裂けた皮膚と赤黒く変色した筋繊維が露見。酷い所になると、白い骨が見えている部位まである。
左腕は肩の付け根辺りから既に千切れかけており、絶妙に腕が千切れて地面に落ちるかどうかのバランスを保っていた。
緋想の剣の直撃で血飛沫が舞い、抉り飛ばされた筋肉が地面に幾度も落ちるが、やはり黒贄は、笑みを絶やさない。
天子を迎撃せんと、左腕のジャンボジェットのタイヤを横薙ぎに振るい、彼女を吹っ飛ばそうとする。
腕が千切れかけて、神経が通っているのか如何かすら解らないのに、何事もないように黒贄は腕を振っていた。
凄い速度であった。優に音速の三倍以上は早さとしては出ている。天子も、ダンテ同様緋想の剣でこれを受け止め、防御しようとするが、
逆に黒贄の腕力に負けて吹っ飛ばされた。水平に十m程も勢いよく吹き飛んだ天子であったが、途中で勢いよく空中に飛び上がり、体勢を整える。

「オッサン、あのバケモンの体質については、知らなかったのか?」

 十兵衛が訝しげな目線を塞に送る。

「……すまないが、俺もこれに関しては本当に初見だ」

 ライドウと十兵衛との同盟に際して、塞は多かれ少なかれ、虚を交えた付き合い方をするつもりではいる。
しかし今回の、黒贄の現状については、真実塞も鈴仙も全く未知の事柄だった。と言うより紺珠の薬で観測した未来では、交戦の暇なく塞が殺されてしまったのだから、
黒贄が如何なる戦い方をするのか解らなかったのだ。知っていて黙っていた訳ではないのである。

 実在の人物の武勇伝や、創作や神話・伝承の双方を問わず、どんな傷を負っても死ぬまで戦い抜いた戦士のエピソードは枚挙に暇がない。
全身に矢が突き刺さったり、身体を幾度も斬られたり、内臓を破壊されたりなど、常人なら死んでいるであろう手傷を負ってもなお戦い続けた戦士の逸話は数多いもの。
そのような逸話を持つ者は、ステータスにおいては耐久が高かったり、スキルにおいては戦闘続行などと言った継戦能力に秀でたものを与えられたりする事が多い。
黒贄礼太郎も、その様な類なのだろうかと、当初は塞も思っていたが、今此処に至って確信した。恐らく、この場にいる全員も同じかも知れない。
このバーサーカーは確実に、継戦能力が恐ろしく高い、と言う言葉では済ませられない何かがある。
黒贄の戦闘、もとい殺人に対する意欲は異常だ。機能している内臓など、心臓や大脳を含め最早存在しないだろう。
信号を正しく受け取る事の出来る末梢神経など、果たしてどれだけあるものか。兎に角このサーヴァントは、最早意志力だけではどうする事も出来ない程のダメージを、
負っている筈なのだ。それなのにこのサーヴァントは、平然と動き、攻撃し、剰え攻撃の威力が全く損なっていない。いやそれどころか、上がっているような錯覚すら覚える。

 確実に、何らかのスキルか宝具を持っている。鈴仙・塞のみならず、この場にいる全員の共通見解であろう。
今になって塞と鈴仙は、如何して遠坂凛が、黒贄を一度殺したあの後で、自分達との同盟を断ったのか、その理由を初めて理解した。
これだけ異常な戦闘続行能力を持ったサーヴァント、並の手段では行動不能状態にすら持ち込めまい。
結局あの時凛が同盟を断ったのは、サーヴァントを無効化出来ていなかったと言う事実と、例え同盟を結んだとしても先の通りサーヴァントが復活するので、直に自分を殺したサーヴァントの下へとやって来て殺し合いを始めるからと言う二つの理由が大きいのだろう。

「要するに、復活する事が出来なくなるまで倒せば良いんでしょう? なら話は簡単、臆せず斬りかかりまくれば良いだけなのだから」

 ヒュンヒュンと、器用に手先だけで緋想の剣を回転させながら、天子が言った。
この少女らしい短絡的な考えであったが、今はその考えの方が正しいのかも知れないと、空を飛ぶ鈴仙は考えた。
確かにこのサーヴァントの行動能力は驚異的だが、これだけの戦闘続行能力、何かのスキルや宝具の裏打ちがなければ到底考えられない
況して、無限に行動し続ける、無限に復活し続けるなど、ありえない。そんな現象が魔力消費もなしに行える筈がないのだ。
手傷を負わせ続ければ、黒贄のマスターである遠坂凛の魔力がいつかは枯渇する。

 ――となれば狙うのは――

 末端への攻撃だ。正確に言えば、四肢を動かせなくすれば良い。
黒贄には如何なる力が働いているのか、神経も機能しているとは思えない、ジャンボジェットのダイヤを握った千切れかけの左腕を振う事が出来る。
しかし、流石に腕を切り離してしまえば、最早その部位は攻撃出来まい。それを考え、鈴仙は動いた。
主に左腕を重点的に狙い、弾幕を放つ鈴仙。右腕を狙わないのは、黒贄が攻撃に使える部位を残し、継戦能力を維持させる事で、ダンテの本気を引き出させようとする為だ。
鈴仙が弾幕を展開させるのと同時に、天子も動いた。彼女の方も、注連縄が巻かれた、先の極めて尖った要石の柱を何本も展開させ、それを高速で飛来させる、黒贄を串刺しにしようとする。

「折角良い武器を持っておられますのに、飛び道具に頼るのは勿体ないですよ」

 声帯や肺など既に、ダンテや鈴仙の放った弾幕で完全に破壊されているにも拘らず、何処から黒贄は平時と変わらぬ声を出しているのか。
黒贄の姿が、血濡れた黒色の残像となった。何と黒贄は、天子が高速で放った、現在進行形で彼へと向かって行っている要石の上に、その要石以上の速度で飛び乗り、
これを足場にして跳躍。まさに弾丸の如き速度で天子の方へと向かって行くではないか!!
彼に足場にされた要石は、原形を留めぬ程粉々になっている。如何なる脚力で、彼は石の足場を踏み抜いたのか。

「嘘!?」

 鈴仙が叫んだ時には、黒贄の姿は彼女の視界になかった。彼女の放った弾丸がスカを食い、地面に弾幕が突き刺さり、無意味な穴ぼこを何百個も生んでしまう。
妖獣の優れた反射神経を持つ鈴仙ですら、反応に遅れる程のスピードなのだ。黒贄の状態がこれで、五体満足の状態であったら、どれ程のスピードを叩き出していたのか。

 もっと驚いているのは、鈴仙やダンテ達よりも、天子の方だった。
カッと目を見開かせて、黒贄の事を見据えるそれは、正真正銘の化物でも見るようなそれであった。幻想郷にいた時ですら、天子があんな表情を浮かべたのを見た事がない。
「がっこん」と口にしながら、ショベルカーのアームを天子の脳天へと振り落とす黒贄。当然それを天子は防御する。
しかし、重さ二tは下るまいそれの、高速度と言う勢いを借りた振り下ろしを防いだものだから、天子は隕石もかくやと言う程の勢いで地面へと急降下。
思いっきりアスファルトに激突してしまう。アスファルトにめり込む程の勢いであったと言えば、天子の受けた衝撃と言う物が知れよう。

「痛ぅううぅぅうぅぅ……!!」

 涙目になりながら、真上にいる、高度二十m程の所から落下を始めた黒贄の事を睨みつける天子。
天界の桃を食べ続け、頑健な肉体を持つに至った彼女ですら、今の衝突は堪えたらしい。

「痛いじゃないのこの馬鹿!!」

 その高度から落下を始め、その勢いを利用してまたアームを、天子目掛けて振り落とそうとする黒贄だったが、何時までも痛がる程天子も甘いサーヴァントではない。
アスファルトから身体を脱出させ、体勢を整えてから、天子は緋想の剣を地面に突き立てた。その頃には黒贄は高度十m程の所まで下がっていた。
黒贄の硬度が七m程に差しかかった瞬間、アスファルトを突き破って、要石の柱が勢いよく出現。斜め四十五度の角度で隆起したそれに直撃。
彼は巨人の手で殴られたように凄まじい勢いで吹っ飛んで行く。外壁を突き破る程の勢いで、三十数m先の一軒家の中にまで彼は飛ばされてしまった。

「……拙いんじゃないのかあれは、少年」

 ダンテが、身体の中に溜めさせた魔力を、全身に循環させた。
紅色のコートのセイバーの懸念は、この場にいる全員が理解している事だった。

「……俺も、悪魔を使って遠坂を捜索しなかったのは、失敗だったな」

 そう言ってライドウが、懐から指位の太さをした、管状の物を取り出した。
高速で何らかの呪言(まじない)めいた物を口にすると、その管は自動的に開封。管の中から緑色の光が迸る。
緑光が晴れると、それは直に姿を現した。アジア風の民族衣装を身に纏う幼い少女で、長く伸ばした後ろ髪の中頃から先が、鳥の翼の様に左右に大きく広がっている。
そしてその後ろ髪の翼は、本当に鳥の翼と同じ効果を発揮しているらしかった。何故ならその少女は、その翼をはばたかせて空を飛んでいるのだ。

「やっほーライドウ!! 今度はサツリクだよね?」

「悪いが、また捜索だ」

「え~、また~? さっきもやったじゃんそれ~」

「事情が事情だ。急いで、腹部から血を流した、黒髪の少女を探してほしい。その少女に関しては、見つけ次第殺しても構わん」

「本当!? じゃあ私頑張る!!」

 年端の行かない子供宛らに、この少女はキャッキャと喜ぶ少女だったが、十兵衛と塞はそれを見て訝し気な顔を浮かべるだけだった。
恐らくはこの少女こそが、ライドウが使役する件の『悪魔』なのだろう。想像以上に人間に近しい姿をしていた為に、塞も面食らっているのだ。
これで何をするつもりなのか、と塞も思った瞬間だった、凄まじい悲鳴と轟音が、黒贄の吹っ飛ばされた方向から巻き上がった。

「やっぱりやりがったか」

 と、塞も、悪態を吐いてから、その方を睨んだ。無辜の人間が目の前で殺されるのを眺めて、何も心に情感が湧かない程、塞も人間を捨ててはいない。
黒贄が吹っ飛ばされた一軒家が、凄まじい音を立てて、砂の城めいて崩れて行く。家が崩れて行く音がまだ冷めやらぬ間に、再び轟音が鳴り響いた。
二度目の轟音は、崩れた家屋の一件先の家屋から鳴り響いており、その音の通りに、家屋は崩れていた。家が崩れるのと同時に、また悲鳴が其処から上がった。
そんな光景が、二件目の家の崩壊から七度続いた。ライドウ達のすぐ傍の、築五年も経過していないであろう真新しいアパートの一階から、
黒贄が壁を突き破って飛び出して来た。握っているジャンボジェットのタイヤには血肉と髪の毛がべったりと張り付いており、ショベルカーのアームのバケット部分には、血濡れた人間の頭や手足が大量に収まっていた。

「セイバー!!」

「Alright!!」

 言ってダンテが黒贄に突っ込んで行く。両者の攻撃の間合いに突入した頃に、アパートの倒壊が始まり、凄まじい音響を上げ始めた。
リベリオンを横薙ぎに振るうが、黒贄はアームでこれを受け流す。お返しと言わんばかりにジャンボジェットのタイヤを振り上げるが、
地面を滑るような独特な移動を行い、タイヤの一撃をダンテは回避。黒贄が腕を戻そうとするその瞬間を狙い、ダンテは黒贄の顔面の高さに、
丁度自分の足が来る程度の高さにまで瞬間移動。靴先が顔にめり込む程の勢いのトゥーキックを、黒贄の顔面に叩き込む。
余りの蹴りの強さに、頸の骨が直角に等しい角度で後方に折れ曲がり、その時の顔面を足場に、軽く跳躍。
千切れかけの左腕の、肩の付け根からリベリオンを勢いよく振り下ろし、ダンテは地面に着地した。ゴトンッ、と言う音を立てて、ジャンボジェットのタイヤを握った状態の左腕が、地面に落下した。

「モー・ショボー、急げ!!」

「う、うん!!」

 ライドウの叱責を受け、モー・ショボーと呼ばれた少女の悪魔は途端、鞭で尻を叩かれる馬の様に、急いで上空へと飛び上がった。
それを見届けた後でライドウは、ダンテと黒贄の方に鋭い目線を向ける。ライドウがモー・ショボーを見送ったのと同時に、天子が十兵衛の付近までやって来た。

 滅茶苦茶に黒贄が、ショベルカーのアームを振り回す。
凄まじい速度だが、余りにも雑な軌道であった。ダンテからすれば見てから避ける事は容易い一撃。事実彼は、簡単にその一撃を、スウェーバックの要領で回避した。
しかし問題は其処じゃない。此処まで手傷を負わせておいて、何故黒贄は、まだ行動が出来るのだ。

「拙いぜ、この騒ぎだったら確実に人が集まる」 

 そもそも今回の作戦は、住宅街で遂行されると言う事もあり、電撃戦の体を取らねばならないものであった。もたもたしていれば、NPCが集まるからである。
それが、黒贄の想像だに出来なかった戦闘続行能力と、遠坂凛が魔術を使えると言う想定外のアクシデントが重なり、このような騒ぎにまで発展してしまった。
NPCに配慮して鈴仙が展開した、音を遮断する為のフィールドも、黒贄がその範囲内で暴れてしまえば全く無意味である。十兵衛の言うように、このまま行けば間違いなく、自分達の姿までもが、あの鬼のバーサーカーの様に近代メディアに露出されかねない。それだけは、拙い。皆が御免蒙ると言うものだった。

「俺に任せろ」

 と言って、塞は一同に目配せした。

「出来るのかよ、オッサン」

「此処で俺の正体が大々的に流布されるのは困るんだよ。俺の能力だったら、NPCの被害を最小限度に抑える事は、やってやれない事はない」

「なら頼む、やってくれ」

「解った」

 ライドウの言葉を受け塞は、空に浮かぶ鈴仙の方に目線をやり、念話を飛ばした。

【て言う訳だ、頼まれてくれ】

【サーヴァント遣いの荒いマスターね、相当捷く動き回らなきゃ出来ないわよそれ!?】

【黒贄の標的になるのとどっちが良いんだ?】

【う、うぅ~……!! 解ったわよ。だけど、時間が掛かるのは本当だからね、戦線復帰はかなり遅れる事を覚悟しててよ!!】

【解った、こっちも上手く立ち回るぜ】

 言って塞は、目線を鈴仙から、リベリオンとショベルカーのアームを激突させている、ダンテと黒贄の方に向ける。
黒贄がアームを上から振り落とせば、ダンテがリベリオンを下段から振り上げ、攻撃を防御。
ダンテが横薙ぎにリベリオンを振えば、アームを寝かせるようにして軌道上に配置しこれをいなす。
黒贄がブンブンとアームを振り回せば、実体がないとすら攻撃した側が思うのではないかと言う程、見事にダンテがそれを回避して見せる。
二人の周りには、最早火炎と言うべき大きさの火花と、鼓膜が馬鹿になる程の金属音が踊っていた。如何なる膂力を持てば、あんな音と火花が出せるのか。

 あんな馬鹿みたいな大立ち回りをしている所に、如何に武術に秀でているとは言え、塞の入る余地など初めからない。
遠巻きにその様子を眺め、ライドウとダンテの動向を注視する事しか、今の所は出来なかった。

【それじゃ、今から行って――待って。新しいサーヴァントの気配が、こっちに向かって――!?】

【何っ!?】

 其処で、塞と鈴仙は念話を打ち切り、行動に移った。

 鈴仙は、自らの能力で、不自然なまでに急激な、自然界の波長の乱れを感じ、慌てて飛翔高度を上げさせていた。

 塞は、鈴仙の念話を受けて、反射的に後方に飛び退いていた。

 ダンテは、偶然体中の魔力回路を組み換え、遠方視認に適したそれに回路配置を変えさせていた為、標的の姿を視認、回避行動に移る事が出来た。

 ライドウは、ダンテが急に攻める事を止めたのを見て何かを察し、後方に宙返り、回避行動に移った。

 天子は、ライドウとダンテの両名の反応を見るや、嫌な予感を感じたのか。便乗と言わんばかりに十兵衛を抱え、空を飛びあがった。

 凛は、黒贄が破壊していなかった側のアパートの庭で、心配そうに彼の様子を眺めていた。

 黒贄は、「尺的に、そろそろ仮面と奇声を決めるタイミングでしょうなぁ」と口にしながら、ショベルカーのアームを振り回していた。

 ――刹那、黒贄から見て左側から、黄金色の煌めきが黒贄をアームごと呑み込み、光の如き速度で水平に通り過ぎて行った。

 溶かした黄金から不純物を取り除き、帯状に引き延ばしたようなその光は、黒贄程度等全く障害物とも思っておらず、そのまま通過。
光に直撃した黒贄は泡の様に溶けて行き、白煙の一つも、余韻となる様な音も一つとして立てず、影も形も残さず消滅した。
黄金色の審判光は一切の物理的干渉を受け付けず、黒贄を消滅させた後も一直線に進行し続け、やがて、黒贄が先程までアームを振り回していた地点から、
七十m先に建てられた、十~十四階建のマンションに激突。光は容易くマンションと言う構造物を貫通、その瞬間だった。
原爆でも落とされたかのような爆発が、マンション全体を覆い、凄まじい爆風と轟音がこの場にいる一同に叩き付けられたのは。
天地が鳴動し、砂塵と砂煙が高度数千mまで一気に巻き上がる。あの様子では生存者など、ただの一人も期待出来まい。

 瓦礫すら残らないのではあるまいかと言う程の爆発に目を剥く、ダンテ以外の一同。この紅コートのセイバーだけは、この爆光を放った張本人を捕捉していた。
遅れてライドウがダンテの目線の方に顔を向け、遅れて、天子と鈴仙達がその方向に目線を送った。

 黒いコートと、黒い軍服に身を纏った、金髪の男だった。コートの所々は破け、軍服も、一目見ただけで痛んでいる事が良く解る。所々が、裂けているのだ。
裂けているならばまだしも、所々に生乾きの血液が付着しており、痛々しい。この場にいるサーヴァント達は、その血糊が金髪の男自身のそれである事を理解した。
だがそれ以上に目立つのは、両手に握った、遠目からは黄金色に剣身が燃え上がっているとしか思えない様子をした、二振りの日本刀だろう。
よく見るとそれは、黄金色に燃えているのではなく、刀身が液状になった黄金宛らに光り輝いているのだと解る。光のない宇宙空間に持って行けば、忽ち暗黒は斬り裂かれ、眩いばかりの黄金色の光が何処までが煌めく事であろう。

 軍服で隠れて傷の酷さはよく解らないが、きっと酷いに相違あるまい。それでも、その金髪の男は、自身が負っているであろう並々ならぬ損傷など、
意にも介していないようだった。その男は悠然と、赤絨毯の上でも歩く様に此方に近付いてくる。その後ろに、マスターと思しき平凡な青年を引き連れて。
鷹の如く鋭い瞳をダンテらに向けながら、金髪のバーサーカーは近付いてくる。残り三十m、二十m、十m。其処で、彼らは止まった。

「市街地にも関わらず、随分と火遊びをし過ぎたようだな、サーヴァント共」

「……ハッ。オイオイ、聞いたかよ少年。其処の紳士は、自分が今しがたやった事が何なのかお分かりになってないんだとよ」

 ダンテが、嘲笑を隠せない様子で、自身のマスターに言葉を投げ掛けた。
暗に目の前のバーサーカー、クリストファー・ヴァルゼライドの事を小馬鹿にしてるのは良く解る。そして、鈴仙はダンテの口にした言葉に強く同意した。
要するにヴァルゼライドは市街地で大規模な戦闘を繰り広げ、戦火を広げさせようとしている自分達の事を咎めているのだろうが、
自分はあの黄金の光でマンション一つを消滅させておいて、よくもまぁ居丈高にそのような発言が出来るものだと、本気で鈴仙は、ヴァルゼライドの正気を疑った。
言葉に説得力が全くない。自分達の行う奴は別だと言うのならば、それはそれは見事なダブルスタンダードになる。
どっちにしろ、自身の能力で波長を確認した所、妖怪達の間ですら見られない程、桁違いに短い。いわば短気の極致である。
こんな男を相手に、まともに話が通じる訳がない。如何に正論を口にしようがこの波長では、敵対以外の道は全くないと言っても良いのだった。

「――セイバー。構わない。その男を殺せ。背後に控える、マスターも殺して問題ない」

「OKOK。そう言う訳で、ミスター達。俺はお前さんらの馬鹿を治さなきゃならん」

「下らん。俺が狂っているとでも?」

「まぁな。んで、治療法はこれだ」

 其処で言葉を切り、ダンテは、リベリオンの剣先をヴァルゼライドの鼻頭へと突き付けた。
ヴァルゼライドは、冷たい輝きを宿した光で、その剣尖を見つめていた。

「こいつは荒療治だが、どんな病気にも効くぜ。なんせアンタが死ぬんだからな」

「お前は勘違いをしているようだが、俺とて、死者を悼む文化には理解を示しているし、人並みに死を悲しむ感情もある。
俺の宝具で死んでいったNPCに、何も情感を憶えないのか、と言えば嘘になる。だがそれでも、俺は先を往き、世界と人理に平和の二文字を刻まねばならない。其処のセイバーと、空を飛ぶアーチャーとセイバー。人理の万年の平和の為に、此処で俺に斬られるのだ」

 聞いているだけで、頭が痛くなるような言葉だった。
塞の念話によると、この男もバーサーカーらしい。この際、普通に言葉を交わせていると言う事実はどうでも良い。
全く、話がかみ合わない。何処までも自分の都合を優先し、それ以外の価値観を全く彼は排している。
本人はそう言った価値観に理解を示しているつもりなのだろうが、全く理解していない事が子供にも良く解る。
結論を言えばこのバーサーカーは、やはりバーサーカーの御多分に漏れず、頭のネジがそもそも存在しない、完全な『イカレ』だった。
これに比べれば、天子の方がまだ人間味があると言うものだろう。実際天子も十兵衛も、ヴァルゼライドの姿を見て、完全に呆れた様子であるのが鈴仙にも良く解った。
ダンテの方も、これ以上の会話は最早無意味だと悟ったのか、腰を低くし、リベリオンを構え始めていた。

「生きてる人間は悪魔より怖いってのを、サーヴァントになってから思い知るとは思わなかったね」

 笑みを浮かべていたダンテだったが、途中で、それまでの陽気で気の良い青年風の表情が、一変。
氷塊を彫り上げて作り上げたような、冷たい瞳と表情になり、ヴァルゼライドの事を決然と睨んでいた。

「お前だけは特別に今日をドゥームズデイにしてやる、覚悟しな」

「――来い。貴様の屍を、俺とマスターの覇道の懸け橋にしてやる」

 そう言って、ヴァルゼライドが刀を構えた、その瞬間だった。先程黒贄が倒壊させた、あのアパートの方から、底抜けに気の抜ける声が、微かながらに聞こえて来たのは。

 ――今回の奇声は何にしましょうか。今日はメ、から初めて見ましょうか――

 ……その声の正体を、自身に備わった能力のせいで、誰よりも早くに知ってしまった鈴仙は、戦慄の表情を浮かべた。
その顔は青みを増し、信じられないような物を見るような瞳で、アパートの瓦礫が堆積した所を見つめていた。

 ――メニュー、駄目ですな。メンノラゲー、うーむ、キャラクターっぽい。メンノラズッズッズ、むぅ、ズッズッズは余計ですな。メンノラミー、メンノララー、メンノランヘ、メンノラトットーム、メンノラブンブンバ……。うむ、これに致しましょう――

 其処まで言った瞬間だった。黒贄が倒壊させ、嘗てアパートが建てられていた敷地に堆積していた、アパートそのものの瓦礫が、全て吹っ飛んだ。
瓦礫は高度数百m程の高さまで、嘗て其処の住民であったNPC達の死体ごと舞飛ばさせてしまう。
アパートの敷地の真ん中には、件の独り言を語っていた男が、一本の大樹のように立ちつくし、ダンテやヴァルゼライド達の事を見つめていた。

「メンノラブンブンバ」

 それは、聞く者の気勢や威勢、殺意を全て剥ぎ落すような、気の抜ける声であった。真剣に今を生きている者を心の底から茶化しているような、緩い声音。
しかし、嗚呼、しかし。その双眸に宿る、絶対零度の無機的な冷たさは、一体何なのか? 濡れた鴉の羽のような黒い瞳に宿る、底冷えする様な冷たい光は、一体?

 目が丁度位置する所をバイザー状に破った、学生がよく肩に掛けているエナメルバッグを顔に被って。
先程まで負わされた外傷が、着用している黒い略礼服ごと、欠損した左腕ごと。一切の例外なく全回復した魔人・黒贄礼太郎が、其処に佇んでいるのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 鈴仙の立ち位置の都合上、この場にいるダンテ、天子、ライドウ、十兵衛、ヴァルゼライドとそのマスターであるザ・ヒーローの表情は、一様に窺える事は出来ない。
出来ないが、彼らがどのような表情を浮かべているのか、どのような感情であるのか。見ないでも、能力を用いないでも、鈴仙には良く解った。
端的に言って彼らは、戦慄している。理由は勿論、言うまでもない。ヴァルゼライドの爆光に直撃し、影も形も残る事無く消滅した筈なのに、全回復して復活した黒贄の姿を見たからだ。

 初めて鈴仙が黒贄の姿を見た時のそれと、全く変わりがない。だからこそ、恐ろしい。
ダンテの銃撃を受けて、少し動けば身体が千切れて動けなくなりそうだった程の、あの身体に撃ちこまれた銃痕は何処へ?
リベリオンによって斬り落とされた左腕は、如何して完全な状態で戻っている? 身に付けている衣服も如何して元通りに?
間違いなく、黒贄礼太郎と言うバーサーカーは、ヴァルゼライドの極光の一撃に直撃し、消滅。霊核も完全に砕かれた筈だ。
霊核の砕かれたサーヴァントは、最早何があっても復活しないのが絶対則である。霊核は心臓や大脳以上の、言うなればサーヴァントの急所だからだ。
なのに黒贄は、その絶対原則を無視して、平然と復活しているのだ。戦慄を憶えない方がどうかしている。この男は――『死なない』のか?

「メンノラブンブンバ」

 気の抜ける声を上げ、黒贄が地を蹴った。十m近い距離が、百分の一秒を遥かに下回る速度でゼロになる。
一瞬でダンテとヴァルゼライドの目線がぶつかり合う射線上に到達する黒贄。ダンテは即座に黒贄に反応し、エボニーとアイボリーを引き抜き、
左手のエボニーでヴァルゼライドを、アイボリーで黒贄を狙い撃つ。トリガーを引く速度が速過ぎて、銃声に切れ目が発生しない程の連射速度だった。
しかし黒贄は瞬間的にアイボリーの弾丸以上の速度で動いて、その身をアイボリーの弾の射線上から逃れる事でやり過ごし。
ヴァルゼライドは宝具であるところのガンマレイを纏わせた刀を目にも留まらぬ速度で振るい、全ての銃弾を弾き返していた。

 黒贄は、殆ど音の速度で移動しているにも拘らず、一人だけ異次元の物理法則が適用されているとしか思えない程の凄まじい軌道で、移動ルートを修正。
その速度を維持したままダンテの方へと向かって行き、攻撃を叩きこもうとする。

 烈風の様な勢いで、握り拳を作った右腕をダンテの方に付き出す黒贄。
ボクシングのダッキングの要領でこれを回避したダンテは、避けざまに、紅色の魔力を銃身にこれでもかと纏わせたアイボリーで、黒贄の心臓を狙い打った。
黒贄の胸部に、野球ボール大の穴が空く。背中を突き抜た向こう側の風景が見える程だ。心臓を寸分の狂いもなく破壊した筈……なのだが、全く黒贄は意に介していなかった。

 ダンテの視界の先でヴァルゼライドが、ガンマレイを纏わせた刀を上段から振り被っていた。その姿を認めたダンテが、身体の魔力回路を一瞬で組み替えた後、瞬間移動。
黒贄も、ダンテを追うように右方向に跳躍。時速千百㎞の生きた弾丸と化した黒贄は、跳躍した軌道上に存在する大小の家屋の壁を突き破り、
百m右地点で着地。突き破られた家屋は全て、不吉な音を立てて崩壊と倒壊を始めていた。
両名がめいめいの場所に移動した瞬間、遥か天空から、あの黄金色の爆光が、光と見紛う程の速度で急落下。
着弾地点を中心として、信じられない程の激震と衝撃波が発生。十兵衛を抱えて空を飛ぶ天子達など、余りの衝撃波で空中での姿勢制御すら困難になっていた程だった。
分厚いアスファルトをベニヤ板一枚よりも容易く割り砕き、一瞬で気化させる程の、ヴァルゼライドのガンマレイの威力。直撃していたら、ダンテであっても、どうなっていたか。

 ガンマレイが地面に着弾したのと、ダンテが瞬間移動を終え、ヴァルゼライドから見て七m程先の地点に現れたのはほぼ同時だった。
ヴァルゼライドの方目掛けて、マシンガンに等しい速度でエボニーとアイボリーの速射を叩き込むダンテ。
これを神憑り的な反射速度で、腕が複数本あると錯覚させる程のスピードで刀を動かし、ヴァルゼライドは尽く弾丸を弾き飛ばして行く。

「メンノラブンブンバ」

 と、気の抜けるあの声を口にしながら、時速千三百八十二㎞の速度で黒贄が此方目掛けて走って来た。
音速以上の速度で移動する事で発生した衝撃波の影響で、先程の黒贄の跳躍の影響で、リアルタイムで倒壊を続けさせていた家屋が等しく粉砕、遥か彼方へと吹っ飛んだ。
真っ先に此方に迫る黒贄に気付いたダンテが、アイボリーの照準を黒贄の方に定め、エボニーの照準をヴァルゼライドの方に定めると言う体勢を取った。
そして、両方向に狙いを定めたダンテは、即座に発砲。連続的に鳴り響き続ける銃声。急所に迫りくる銃弾を弾くヴァルゼライド。弾雨に直撃しながら直進を止めない黒贄。

 此処で、天子が動いた。
黒贄の方には、先の尖った筍状の要石を十数発程高速で飛来させ、ヴァルゼライドの方には、赤色のレーザーを数本程照射させる。
ヴァルゼライドの方は、天子からの攻撃もしっかりと予測していたらしく、左方向にステップを刻む事で、急所目掛けて放たれたレーザーを回避。
黒贄は、胴体を狙った要石の一撃は、避ける事なくそのまま直撃を選んだものの、四肢、頭に向かって来た物は、蛇めいた軌道で腕を高速で動かし尽く粉砕。
胴体に突き刺さった一本の要石の注連縄を掴み、天子目掛けて、それを音の五倍強の速度で放擲した。
天人としての反射神経の限界ギリギリに迫るその一撃を、天子は慌てて、要石の障壁を生み出す事で防御。投げた方の要石は衝突した時の衝撃で粉々になったが、それは、障壁に使った巨大な要石にしても、同じ事であった。

 胴体に八本近い要石が突き刺さった状態でも、黒贄の移動スピードは全く衰えない。
天子との距離が残り三十m、天子と十兵衛が浮遊している高度も含めれば実質的に百m近くも距離を離した所で、黒贄が跳躍。
踏込の勢いでアスファルトは真っ二つになり、直径十m、深さ何mにも渡るクレーターが地面に生じる程の、黒贄の脚力。一瞬で、彼と彼女の高度が並んだ。
よく見ると黒贄の礼服やシャツ、被っているエナメルバッグには、真新しい血液がべったりと付着していた。吹っ飛ばされた先でも、殺戮を繰り返していたのだろう。
恥も外聞もなく、逃げるように天子が急降下。何せ十兵衛を抱えた状態である。
こんな状態で、鴉天狗の移動速度に鬼の膂力、吸血鬼の再生能力を兼ね備えた、化物の中の化物である黒贄礼太郎を、相手取れる訳がない。
地面に降り立った天子は、瞳だけで十兵衛に、塞と共に安全圏へ移動しろと合図。アイコンタクトを読み取った十兵衛は、直に天子達から距離を取る。

「上等よ。この私が脅せば、死神だって逃げ出す事を教えてあげるわ!!」

 緋想の剣を構え、落下運動を始める黒贄を睨む天子。此方は完全に、本気の殺し合いを行うつもりになったようだ。

【ど、如何するのよマスター!? この状況、どう考えても収拾つかないわよ!?】

 鈴仙が混乱した様子で塞に告げる。
彼の命令に従い、此処にやってくる野次馬のNPCを、自身の能力で洗脳、引き帰させる事を行おうとした鈴仙だったが、このような事態に発展してしまった為に、
全く動けない状態となってしまった。下手に動けば、塞の守りが疎かになる。イビルアンジュレーションは、三回が限度。
とても、鈴仙が帰ってくる間に三度も持つとは思えないし、そもそもNPCを精神操作で操って、と言う作戦自体が既に無意味に等しくなっていた。
単純明快、黒贄の行動範囲が余りにも広すぎる為に必然的に破壊範囲が凄まじい事になるのと、この場に現れたバーサーカー、ヴァルゼライドが危険過ぎるからだ。
黒贄は兎に角、凄まじい移動速度で、障害物、つまり人の住む建物を躊躇なく破壊しまくる為、指数関数的と言っても良い程NPCの殺害数が増加する。
一方ヴァルゼライドの方は、鈴仙どころか神霊の類ですら直撃すれば無事では済まない極熱光を平然と、ところ構わず放つと言う性格の持ち主だ。
つまり、今更鈴仙がNPCの下に向かい洗脳を行おうとしても、『そもそも洗脳を施さねばならないNPCが全滅してる』かも知れないのである。
鈴仙がライドウ達に、己の組の有能ぶりを見せつけて警戒心を緩めさせる、と言う作戦は、ヴァルゼライドの闖入によって完全に破綻してしまっていた。

【こうなったらもう仕方がない、アーチャー。あの赤いセイバーの方を重点的に援護しろ。黒贄の方は、正直不気味過ぎる、あまり刺激するな】

 それは確かに、鈴仙としても同意見であった。黒贄が五体満足の状態で復活したあのシーンが、今も鈴仙の脳裏に焼き付いて消えない。
鈴仙としても、黒贄とは戦いたくはなかった。だが塞の言う事は逆に、十兵衛と天子の主従を暗に、切り捨てる事も視野に入れている、と宣言しているに等しい。
改めて、天子と黒贄の方に目線を向ける。凄まじい速度で振るわれる緋想の剣。黒贄はそれを防御すらしない。
直接斬り付けられながら、攻撃を繰り返す。そしてそれを、間一髪で天子は回避するか、要石を生みだし攻撃の軌道上に配置する、と言う事を繰り返している。
今はまだ、天子の優れた身体能力で拮抗状態を維持出来ているが、天子の厳しそうな表情を見るに、正直現状でもかなり手一杯と見える。拮抗が破られるのも時間の問題だろう。

【それと、これはお前の独断で構わないが、戦況が著しく此方の不利に傾いたら、遠慮はいらない。遠坂凛を殺し、黒贄を消滅させろ】

【了解!!】

 塞からの指令を全てのみ込んだ鈴仙は、ヴァルゼライドの方に薬莢型の弾幕を展開、バラ撒いた。
ヴァルゼライドの方を先に倒せば、ダンテと鈴仙は黒贄を対処出来る。初めにヴァルゼライドを倒し、黒贄を次に倒す、と言う二方向作戦だった。
ダンテと、殺陣を演じていたヴァルゼライドが、迫りくる弾丸に気付いた。弾はご丁寧に、ダンテには当たらない軌道を読んで放たれただけじゃない。
ヴァルゼライドの後ろに控えていたザ・ヒーローにも放たれている。この主従を相手に時間はかけていられない。早々に、彼らには退場して貰う必要があった。

 迫りくる弾幕にヴァルゼライドが気付いたのは、音の壁を容易く突破する程の速度で振るわれたリベリオンを、左手に佩刀で防いだのとほぼ同時だった。
しかも弾幕は、ヴァルゼライドのみを明白に狙っており、射線上にダンテは全く重なっていない。完全にヴァルゼライドだけを撃ち殺すつもりの上、
更にその弾幕はマスターであるザ・ヒーローの所へも迫っている!! 拙い、と二名は思ったに違いない。
ヴァルゼライドは片方の刀で弾幕を弾こうとするが、片方を弾の防御、片方を攻撃、と言う半端な方針で、ダンテは対処出来ない。
それまで二刀流で攻め立てていたのに、片方の刀を多方面への防御に使うと言う事は、当然攻めの効率が半減すると言う事である。
ヴァルゼライドの行う二本の刀の猛攻を、一本の大剣を小枝の様に振って当然の様に凌ぎ、剰え反撃すらしていたダンテ。
一瞬にしてヴァルゼライドは劣勢にまで持ち込まれ、頭部を除くあらゆる部位を鈴仙の弾幕で撃ち抜かれ、ダンテに左わき腹をリベリオンで裂かれてしまった。

 ――だが鈴仙の顔は、手応えの良さに喜ぶそれになるどころか、より一層深い戦慄を刻んだそれになってしまっていた。
理由は、ヴァルゼライドのマスターであるザ・ヒーローのせいだった。懐から、剣身の燃え上がっている剣を取り出したザ・ヒーローは、
刃風が此方にも届く程の勢いでそれを振い、彼に迫りくる弾幕を一つ残らず雲散霧消させてしまったのだ。それは、ヴァルゼライドが弾幕に貫かれるのと殆ど同じタイミングだった。

「まだだ……!!」

 そしてヴァルゼライドは、全く戦闘意欲が衰えていなかった。
此処に初めてやって来た時点でも、戦えるのか如何か解らない程の大ダメージを既に負っており、その上にまたダメージを負わされたのに、全く戦闘能力に劣化が見られない。
焔が迸らん程の、決然とした光を双眸から放ちながら、ヴァルゼライドは、二本の刀を嵐の様に振い、ダンテに攻撃を仕掛けた。
横薙ぎに振るわれたヴァルゼライドの刀を、ダンテは軽く身体を反らせる事で回避。避けざまにリベリオンを下段から振り上げるも、
ヴァルゼライドは身体を半身にする事で回避。半身にした身体を元の姿勢に戻す勢いを利用して、ダンテの喉元に突きを放つが、これを彼は横転で逃れる。
しめた、と言わんばかりにヴァルゼライドが、姿勢を整え始めたダンテ目掛け、上段から刀を振り下ろし迎撃――を、行った瞬間には彼は空間転移で攻撃を避けていた。

「掃き溜めのゴミにしちゃそれなりにガッツがあるじゃねぇか」

 ダンテは、靴底がヴァルゼライドの肩の位置にくるような高さに転移していた。
彼は、ヴァルゼライドの両肩に両足を乗せ、其処を足場にヴァルゼライドを見下ろした。

「だが塵(ゴミ)は塵だな。大人しく、灰は灰にと俺に続けさせてくれ」

 其処でダンテは、ヴァルゼライドの脳天にリベリオンを突き刺そうとするが、直にヴァルゼライドは、後方にバックステップを刻み、それを回避。
空中に投げ出される体となったダンテは、魔力を練り固めた足場を空中に作り、それを蹴り抜き、空中を滑るように横に移動。
ヴァルゼライドがバックステップで稼いだ距離が一瞬で無意味のものとなり、再び、殺陣が始まった。ダンテは中空、ヴァルゼライドは地上。
夢幻の中でしかあり得ないような、人外魔境の剣劇を、二人は演じていた。

 鈴仙と塞が、ダンテとヴァルゼライドの攻防に目を奪われた、その一瞬を狙って、ザ・ヒーローが地を蹴り、動いた。
完全に、鈴仙は虚を突かれた形になる。燃える剣――銘をヒノカグツチと言う神剣を取り出した時点で、鈴仙もザ・ヒーローの事を警戒していた。
それでもなお、虚を突かれた理由は単純明快。彼の身体能力が、鈴仙の予想を超えて凄まじかったからである。
二輪車もかくや、と言う程の移動速で塞と鈴仙の下へと向かう。何と彼の狙いは、塞ではなく鈴仙であった。
反応が遅れ、急いで反撃を叩きこもうとする鈴仙だったが、ザ・ヒーローと彼女が向かい合っているルート上に、颯爽と躍り出た人物を彼女は認めた為、攻撃を中断。
黒いマントをはためかせ、懐に差した赤口葛葉を颯と引き抜き、ザ・ヒーローの頸を刎ねんと躊躇なく振うその男は、葛葉ライドウその人だった。

 赤口葛葉の一撃を、ヒノカグツチで急いで防御したザ・ヒーロー。
剣身と剣身が衝突した瞬間、ライドウは直に刀を戻し、再びそれを振う。下段左から中段右へと、掬い上げるような一撃だった。
それをヒノカグツチの剣身で受け止めると、今度はザ・ヒーローが攻勢にでた。ジャケットの裏に隠し持っていたベレッタを即座に引き抜き、ライドウの眉間に発砲。
この弾丸を、ライドウは思いっきり左方向にサイドステップを刻ませる事で回避。着地と同時に、懐から一本の管を取り出す。
何かの攻撃の合図だと思ったのだろう、防御の構えを取るザ・ヒーローだったが、それは見当違いの判断だった。
管の蓋は即座に開き、緑色の光を其処から迸らせ、管の中から彼の使役する悪魔が姿を現した。

「手短ニ頼ムゾ……」

 ライドウの傍に寄り添うように現れたのは、鋼色の毛並みを持った魔獣だった。
体高だけで二mにも届こうかと言う程大きく、これに全長を加えたら、数m。遠巻きに見たら、動物ではなく中型車であると、人は錯覚してしまうだろう。それ程までの、大きさだった。

「……ケルベロス」

 驚いた様子で、ザ・ヒーローが静かに呟いた。その声音には驚愕以上に、何処か懐かしみを憶えているような感覚を、鈴仙は感じ取った。

「神剣ヒノカグツチ。それを手にしている時点で、まさかとは思ったが。ケルベロスの事を知っている以上、やはりデビルサマナーだったようだな」

 ライドウが自然体の構えを取り、ザ・ヒーローを見据える。
平凡で、一見すれば隙だらけに見えるその構えの、何と言う凄さか。少し武術を齧った物であれば、下手に打ち込めば即座に首や手足が分離されてしまう事が、嫌でも理解出来よう。それ程までに、ライドウの構えには隙が見られないのである。

「どうした、悪魔を呼ばないのか。その召喚器は飾りか?」

 と言ってライドウは、ザ・ヒーローが左腕に装備している、通常よりキーの数が少ないキーボードの嵌め込まれた、ハンドベルトで固定された機械の様な物を見てそう告げる。話の内容を勘案するに、目の前の青年もまた、悪魔を使えるらしい。

「君を相手に呼ぶ必要はない」

「言ってくれる。悪魔を呼ばないからと言って、俺が手加減をすると思うな。お前は、死ぬべき男だ」

「まだ死ぬ訳には行かない。……まだ――」

 其処で、ライドウの姿が霞と消えた。
ザ・ヒーローは何かを語る途中であったが、そんな物を聞く程ライドウは悠長に事を構える男ではなかったと言う事だ。
十二~十三m近い距離を一瞬でゼロ近くまで、ライドウは十分の一秒にも迫る速さで縮め、ザ・ヒーローの心臓目掛けて赤口葛葉による一突きを見舞おうとする。
直撃すれば心臓が裂け、即死になるであろうそれを、彼は身体を半身にして回避。それと全く同じタイミングで、ザ・ヒーローの後方からケルベロスが、
巨体からは想像も出来ない程軽やかな速度で接近。彼に体当たりを見舞おうとするも、これも読んでいたらしく、ライドウのいない方向にステップを刻み、回避。まるで後ろに目があるかのような、危機察知能力であった。

「僕はケルベロスと戦い慣れている。ケルベロスをどう動かせば効率的かも、良く解る。無駄だよ、変えた方が良い」

 帰省した田舎で、変わらず残っている神社を見て懐かしがるような声音でそう言ってから、ザ・ヒーローがベレッタの弾丸をライドウ目掛けて発砲する。
そして、鈴仙は見た。ライドウが赤口葛葉を縦から振り下ろし、弾丸を真っ二つにし、弾を無理やりライドウの肉体から逸らさせたのを。

「お前の攻撃を無効化するには、ケルベロス程適した悪魔はない。挑発には乗らないぞ、素人め」

 ケルベロスを自身の真正面に配置させ、ライドウが言った。目深に被った学帽の奥で、黒い瞳が突き刺すような光を放っていた。
ライドウの口にしている言葉の意味は、恐らくは塞も鈴仙も十兵衛も、理解出来まい。
今の会話には、ライドウの言う所の悪魔召喚士(デビルサマナー)にしか解らない意味を多分に含んでいたのだろう。
事実、ライドウの言葉を受けたザ・ヒーローは、嘆息したような反応を取っていた。よく勉強している、とでも言うような風だった。そして彼は、その後口を開いた。

「君も、素人じゃないみたいだね。だけど、僕を相手にケルベロスを召喚するのは、本当に失敗だよ」

 言って、ザ・ヒーローが駆ける。対応するようにケルベロスは顎を大きく開かせ、彼に向かって行く。 
サバイバルナイフがチャチなオモチャにしか見えない程鋭く尖った牙が生え並ぶ、恐ろしい口腔だった。
たとえ甘噛みであろうとも、人がこれに噛まれてしまえば筋肉も骨も粉々になってしまうに相違ない。

 ザ・ヒーローが跳ねた。垂直に四m近くも跳躍した彼は、ケルベロスの眉間の辺りに着地。
そして、其処を足場に更に跳躍。向かう先は、ライドウのいる地点であった。跳躍の勢いを借り、ザ・ヒーローはライドウの頭目掛けてヒノカグツチを振り下ろす。
これすらもライドウは読んでいたらしく、赤口葛葉で防御。ギンッ、と言う金属音が鳴り響くと同時に、ケルベロスが尻尾を鞭の様に振った。
ライドウもライドウなら、ザ・ヒーローもザ・ヒーローだ。彼は即座にヒノカグツチを、ライドウの握る御佩刀(みはかせ)から離させケルベロスの尻尾の一撃を防御。
尻尾の勢いを受け、数m程左右の吹っ飛ばされたザ・ヒーローは、空中で体勢を整える。そして、地面に着地するまでの間に、ベレッタを引き抜き、ライドウ目掛けて数発発砲。
この銃撃も、ライドウは赤口葛葉で難なく弾き飛ばした。ザ・ヒーローが着地すると、今度は、薬莢型の弾幕が何百発も、彼の所に降り注いだ。
これは鈴仙の攻撃だった。今まで棒立ちの状態だったわけではない、塞を守りながら彼女は、ヴァルゼライド、ザ・ヒーロー、黒贄。
この三者を攻撃する隙を窺っていたのだ。今は、ザ・ヒーローが狙い目であったからこそ、彼女は攻撃を仕掛けたのである。今はヴァルゼライドはダンテに足止めされている、妨害は出来まい。

 ザ・ヒーローは二m程後ろに下がった後、ヒノカグツチを振い、自分に着弾する弾丸のみを破壊、事なき事を得る。
彼の身体能力を理解している今となっては、今のような行動も鈴仙は織り込み済み。後は、ライドウらが期待に応えてくれるかどうかだが、やはり鈴仙の望み通り、
彼らは期待を裏切らなかった。ライドウは召喚したケルベロスに下知を飛ばし、それを受けて鋼色の魔獣が、口腔から炎の塊をザ・ヒーローに放った。
彼がヒノカグツチを振い終えたタイミングを狙っての一撃の為、防ぐ事は困難を極める。しかし、流石にザ・ヒーロー。直にこれを振い、炎の塊を破壊する。
上段から振り落とされたヒノカグツチが、砂を練り固めた脆い構造物の如く炎の暴威を粉砕する。
剣身が炎に食い込み、爆散させたと同時であった。砕け散った炎の向こうから、ライドウが飛び出して来たのは。
そう、ケルベロスの放った炎の塊と、その後でザ・ヒーローの方へと猛進するライドウの二段構えこそが、彼らの狙っていた一連の目的だったのだ。
ヒノカグツチで迎撃するにも防御するにも、最早遅い。さりとて、大人しく斬られるザ・ヒーローでもなく。不様に地面を転がり、赤口葛葉の中段突きを彼は回避する。
回避した先に、ケルベロスが猛進、右脚を高く振り上げ、そのままザ・ヒーローの頭に振り下ろすが、彼は乱暴にヒノカグツチを振い、無理やりケルベロスの右脚を反らし、
寸での所で攻撃を躱す。急いで立ち上がり、姿勢を整えた時には、ライドウがコルト・ライトニングを引き抜き、照準をザ・ヒーローに合わせている。
今や誰が見ても、攻撃のイニシアチブはライドウ達が握っていると言う状態。これを見て鈴仙は、支援攻撃の対象を彼らからヴァルゼライド、黒贄にシフトチェンジしようとした。

 上空へと飛び上がり、ダンテとヴァルゼライド、天子と黒贄の方の二つの戦局を見据える鈴仙。 
ダンテの方は流石とも言うべきで、圧倒的な技量でヴァルゼライドを抑えている。鼓膜を斬り裂くような金属音と、火薬の小山を発破させたような銃声が、
此方にも連続的に聞こえてくる。しかし、ヴァルゼライドの方もかなりの物。ヴァルゼライドは今の所防戦一方と言う体であるが、ダンテの攻撃が全く有効打になってない。
殆どの攻撃を、両手の刀でいなし、そして身体を動かし回避する。そのやり取りを、幾度となく続けていた。

 問題なのは天子達の方だ。現在天子は、緋想の剣で黒贄を攻撃する事を止めていた。
彼女は、空中に飛び上がり、要石を飛来させたり、レーザーや魔力を練り固めた弾丸を弾幕にして放つ、と言う、攻撃の方針を飛び道具を主体としたそれに変えている。
天子の着用している衣服は所々が破けており、掠り傷や生傷が、手足や、破けた衣服から露出する白肌に刻まれている。
近接戦闘で完全に遅れを取っている事の証左でもあった。寧ろ黒贄を相手にこの程度の外傷で済んでいると言う事実が、驚嘆に値するであろう。
接近しての肉弾戦では先ず勝ち目がないと判断し、飛び道具で勝負を仕掛けようとする。成程、確かに黒贄が相手ならばそれは正しい判断だ。
鈴仙が見た所、黒贄は接近して己の手足で殴るか、何処からか取り出した凶器で直接攻撃を仕掛ける以外の、能動的な攻撃手段を持たない。
つまり飛び道具を持たないのだ。精々が、相手の放った、実体のある飛び道具を投げ返すか、地面に転がっているそれを相手に投擲する位しか出来ぬだろう。
そうなると、天子の行う事は正しい。何せ飛び道具がない以上、空を飛び、其処から飛び道具を連射していれば、完封が出来るのであるから。

 ――だがそれも、千日手と言う様子だった。
今や黒贄は天子の放つ要石の全てを完全に見切り、素手で破壊している。彼女の放つ飛び道具は、直撃しても殆ど無視。
黒礼服も、仮面代わりのエナメルバッグも今やズタ袋のような状態であり、肉体など着衣物よりももっと酷い。先程の復活前の状態と何ら変わりがない。
それでも、黒贄は生きているし、活動を続けている。サーヴァントが見なくても解る。天子の放つ攻撃は何一つとして効果的な結果を生みだせていない。
攻めているのは天子だが、攻めあぐねているのもその実天子、と言う奇妙にも程がある結果が、其処に生まれていた。

「メンノラブンブンバ」

 其処に穴の空けられた柄杓の様に、気力もやる気も抜けて行くような声で、黒贄が要石を天子目掛けてミサイルめいた勢いで投擲。それを彼女は緋想の剣で砕く。
現状、黒贄には直接天子を叩ける攻撃手段は少ない。精々が、飛来して来た要石をキャッチし天子へと投げ飛ばす位だ。
黒贄が投げ飛ばす度に、速度が跳ね上がっているのが気がかりだが、弾幕勝負に慣れっこの幻想郷の住民。今はまだ、避けたり緋想の剣で破壊したりで、対応出来ている。
だが、時が立てば天子の反応速度をも上回る速度で、黒贄が攻撃してくるかもしれない。持って一分程か。その間に、ヴァルゼライドかそのマスターを葬る必要がある。

 マスターを狙うのは簡単だが、ザ・ヒーローも一筋縄では行かない、サーヴァントに近しい強さを持つ恐るべきマスターだ。
彼を殺すには此方も工夫を凝らした、或いは広範囲に渡る攻撃を行う必要があるが、これをやるとライドウにまで危難が及びかねない。
必然的に、ヴァルゼライドの方に攻撃の矛先を向ける必要がある、と言う事だ。さりとて、単純に弾幕をばら撒いただけで、ヴァルゼライドを殺れるとは思えない。
本当に、工夫を凝らす必要があるのだ。つまり――自身の能力の真髄の一端を、この場で披露しなければならないと言う訳だ。

 ヴァルゼライドの目線が此方に向いていない、その一瞬を狙い、鈴仙は自らの能力を用いて、光の波長を操作し、自身の身体を完全な透明状態にする。
光学迷彩の原理の応用だ。現代科学でこれを再現するとなると、莫大なエネルギーが必要になるが、鈴仙はいとも簡単にこの奇跡を成す事が出来る。
そして彼女はそのまま、ヴァルゼライドの背後を取るように、即座に移動。地面に降り立つ。音は生じない。音『波』を操り、音そのものを消しているからだ。
鈴仙はアサシンクラスではない為、気配遮断スキルは当然使えない。が、自身の持つ『波長を操る程度の能力』を応用する事で、
本職のアサシンを凌駕する程の気配遮断スキルを、疑似的に発揮する事が出来るのである。

 ルナティックガンをヴァルゼライドの背に合せる鈴仙。彼我の距離は十m程、向こうが弾より速く動けるのでないならば、確実に着弾させられる自信が彼女にはある。
攻撃がヴァルゼライドを貫通し、ダンテに直撃しないよう、ダンテがヴァルゼライドと重ならないような位置に来る、その瞬間を鈴仙は見定めねばならない。
その瞬間が、今正にやって来た。何らかの攻撃を行うつもりだったのだろう。ダンテが横っ飛びに跳躍したその瞬間、鈴仙は、鳩の血の様に赤い瞳から、
凄まじい勢いで光線を放った。湧いて出て来たような攻撃に、一瞬ダンテは驚いた様な表情を浮かべた。ヴァルゼライドは、何が何だか解らないままに、肝臓をそのレーザーに穿たれた。

「ごふっ……!?」

 金色の熱光を纏わせた刀を地面に突き刺し、倒れる事を何とか防ぐヴァルゼライド。後ろを睨む。
その方角には鈴仙がいる筈なのだが、波長を操る能力で姿も音も消している、普通はヴァルゼライドの瞳からも姿は見えない。
しかし、レーザーと言う、何処から攻撃を仕掛けて来たのか即座に解る攻撃を見舞ったのだ。ヴァルゼライドの方も、此方が何処にいるのか、凡その予測を立てている事であろう。

 ガンマレイを纏わせた刀を振おうとするが、ダンテがそれを許さない。
ヴァルゼライドの背後に転移した彼は、そのままリベリオンを脳天から振り下ろす。気配に気づいたヴァルゼライドが、攻撃を中断。
左手に握った刀でダンテの攻撃を、防御する。ダンテの方も、今の攻撃が鈴仙の手によるものあると、気付いているのだろう。実に、見事なコンビであった。

 再び鈴仙が攻撃を仕掛けようとした、その瞬間だった。
彼女は視界の先で、戦いの様相がヒートアップを極めている、天子と黒贄の方を認めた。
鈴仙の目測よりも、ずっと黒贄の戦闘能力の上昇が著しい。最早この場にいる誰もが理解しているだろう。
黒贄が、戦局が長引けば長引く程、腕力や素早さが上がる、桁違いの怪物である、と。そんな怪物を相手に持久戦など、以ての外。
電撃戦に持ち込もうにも、黒贄自身が凄まじい戦闘続行能力の持ち主の為、如何しても持久戦にならざるを得なくなる。成程、確かに、怪物だった。

「――令呪を通してお前に命令する」

 そんな怪物と自分のサーヴァントが戦っている様子を眺めている十兵衛の心境など、如何程の物だったろう?
冷静で見ていられる筈がない、恐怖や不安などで、胸が押し潰されそうだったろう。況して天子は誰の目から見ても劣勢の状態。
次まばたきを終えた瞬間には敗北を喫していてもおかしくない死闘を、指を咥えて眺めているだけ。それは恐らく、この男、佐藤十兵衛の信条が許さなかったようである。
十兵衛は、聖杯戦争の参加者全員に平等に配られる、三つ限りの絶対命令権と言う、ワイルドカード中のワイルドカードを、今この瞬間一枚切ったのだ。

「そのイカレをぶっ殺せ、セイバー!!」

 恐らくは身体の何処かに刻まれたであろう令呪、その内の一画が消失したのだろう。
瞬間、天子の身体に、如何なる用途にも転用させる事の出来る、無色の魔力が漲って行くのが解る。

「良いわよ、十兵衛。貴方の期待に、応えてあげるとするわ!!」

 そう叫んで天子は、浮遊している高度を更に上げさせる。
上昇と言うよりは飛翔と言う程の勢いで、高度三百m程の高さまで飛び上がった天子。地上からは彼女の姿は、豆粒程度のそれにしか見えぬ事だろう。
この高度でもまだ、油断が出来ない。今の黒贄なら、助走の力も借りない垂直のジャンプで、この高度まで跳躍出来かねないのだから。
しかし天子は決して、逃げる為にこの高さまで飛んだ訳じゃない。攻撃を仕掛ける為に此処までやって来たのだ。鈴仙には、それが良く解る。
何せ彼女は――高さ二十m、幅四十mにも達するか、と言う弩級の大きさの要石を足下に敷きながら、凄まじい速度で落下して来たからだ。

 要石が創造されたその瞬間を認めた時、ライドウとケルベロス、ザ・ヒーローは、戦闘を中断。直に距離を取り、仕切り直しと言わんばかりに其処で戦闘を再開。
塞と十兵衛も、それが落下をし始めた瞬間に、急いで其処から距離を取り、攻撃の範囲内から逃れた。
塞達が、要石の範囲外から脱出したその瞬間に、天子の創造した弩級の大きさの要石と、黒贄が衝突した。
超質量の物質が落下した事で発生するクレーター、衝撃波。それらが等しく、この場にいる全員の身体を打ち叩く。
重さにして三百tに達するであろうそれの、高高度からの落下を、黒贄は両腕で受け止めた。流石に衝突の勢いに耐えられなかったらしい。
両肘の辺りから血濡れた骨が飛び出しているし、凄まじい衝撃を受け止めた影響で、時計の針が三時と九時を指す様に、両脚が真横に折れ曲がった。
今黒贄は足ではなく、『膝』で地面を踏みしめている状態だった。黒贄程の怪力の持ち主でも、流石にこれを無傷で堪える事は、不可能だったようである。

 ――逆に言えば、これだけの超質量の攻撃を喰らっても、黒贄を殺せなかったと言う事も、今の状況は示している。
四肢は、最早使い物にならない程圧し折れている。此方からは見えないが、胴体を構成する骨盤や肋骨、背骨なども、破壊されているかも知れない。
その程度では、黒贄の行動を封じた事には全くならないのを、鈴仙らは良く知っている。その証拠に――

「メンノラブンブンバ」

 あの気の抜ける特徴的な奇声を、黒贄は今も上げ続けているからだ。
やはり、一時的な戦闘不能にすら持ち込めていなかった。ダンテとヴァルゼライドの殺陣を支援するように、弾幕をばら撒きながら、鈴仙は思った。
左手に握った刀で、ダンテの攻撃を防御し、右手の刀で弾幕を全て弾き飛ばすヴァルゼライド。如何なる技倆の持ち主なのか、と鈴仙が唸る。
魔境に達したダンテの剣術と、弾幕勝負に慣れた鈴仙の弾幕配置を、片手間で防御するこの男は、本当に人間なのかと空寒くなる。少なくともこの男の剣理は、人間の定命の範囲で得られるそれでは断じてない。如何なる悪魔に、魂を売ったのか?

「メンノラブンブンバ」

 ガリッ、と言う音を鈴仙の優れた聴覚が捉えた。
それは、最早切断した方が痛みが少ないだろうと言う程、ありえない方向に折れ曲がりまくった黒贄の右手指が、要石にめり込み、それを陥没させて行く音だった。

「メンノラブンブンバ」

 ――瞬間、黒贄は、重さ三百と二十七tにもなる巨岩を、ゴムボールの様に振り回し始めた。
要石に乗った状態の天子は、突如としてそれが振り回される勢いにビックリし、慌てて飛び上がってその様子を見下ろした。

「嘘でしょ!? どんだけデタラメなのよコイツ!!」

 鈴仙には想像も出来ないような死線を潜り抜けて来たであろうダンテやヴァルゼライド、ザ・ヒーローにライドウも、戦闘を中断し、
ある種戯画めいた黒贄の信じられない行為を呆然と眺めていた。彼らですらこの有様なのだ、塞や十兵衛、鈴仙などは何が何だか解ってないような表情だった。
だが、現状を見て本当に信じられないような瞳をしているのは、誰ならん天子だ。今の彼女の言葉はきっと、彼女の現在における胸中をこれ以上となく代弁した、嘘偽りのないそれなのだろう。

 どんなに低く見積もっても、鬼以上の膂力の持ち主、だとは鈴仙もアタリをつけていた。
だがしかし、これはハッキリ言って異常としか言いようのない腕力だった。怪力乱神と言う言葉でも、限度がある。
世界には、宇宙をその肩に乗せ、永劫の時間を耐えねばならないと言う罰を言い渡され、それをやるだけの力があった巨人の伝承が残っている。
そんな逸話を、鈴仙は思い出してしまった。この男、黒贄礼太郎ならば、或いは? そう思わせるだけの凄味とオーラが、今の彼にはあるのだ。

「メンノラブンブンバ」

 数百tの重さの物体を勢いよく振り回した時に発生する大風に煽られ、塞や十兵衛は勿論、ライドウやザ・ヒーローも、体勢を崩して仰向けに倒れ込んだ。
天子の方も、空中での姿勢制御が覚束ない様子であり、浮遊するのも難しいと言った体であった。
振り回した数が二十を超えた辺りで黒贄は、野球に用いる硬球宛らにそれを、ヴァルゼライド達の方向に放り投げた!!
山なりではなく水平に、時速にして八百㎞の速度で一直線にダンテとヴァルゼライドの方に投げ放たれたそれは、道の両脇の塀や、或いは、
まだ無事な状態を保っている建造物を鎧袖一触と言わんばかりに粉砕させて行きながら、二名を殺害せんと迫って行く。

 ダンテは、体中の回路を瞬時に組み換えた後、即座に空間転移。岩の軌道上から消え失せ、そう離れてない別所に転移。
投げ放たれた岩の進行ルートに残るのは、後はヴァルゼライドと鈴仙だけ。鈴仙は直に、身体にイビルアンジュレーションを展開させ直す。
これで、三回までは如何なる直接攻撃も、完全に無効化出来る。棒立ちでも問題ない。これで、飛来する要石に直撃するのは、ヴァルゼライドのみとなった。

「おおおぉぉぉッ!!」

 ヴァルゼライドは、両腕で握った刀の黄金光を、地上に落ちた太陽の破片宛らに激発させ、雄々しい雄叫びを上げた。
人の声帯が紡げる声ではない、まるで獅子や邪龍が吼えているかのような、凄まじい叫びだった。
着弾まで残り十m程、と言う所で、ヴァルゼライドは左手に握った刀を横薙ぎに振るい、一直線に剣から、黄金色の爆光を亜光速で射出させた。
岩の小山とも言うべき巨大な要石を、爆光は、豆腐に針を刺す様に簡単に貫通――そして要石が、爆光の内包する高エネルギーの循環に耐え切れず、爆発。
大小さまざまな礫が四方八方に飛散、火山弾めいて降り注ぎ、石煙がスモークグレネードの如く朦々と立ち込める。

「メンノラブンブンバ」

 天使の昇天めいて遥か上空へと立ち昇って行く石煙を突き破り、黒贄がヴァルゼライドの方へと突進してきた。
膝より下が真横に折れていた脚は、いつの間にか無理やり真っ直ぐに戻されており、その足で黒贄は此方まで、音速を超す程の速度で走って来たのだ。
振り上げられた腕が、ヴァルゼライドの方へと叩き付けられんとしていた。ヴァルゼライドが、吼える。口から血色の口角泡を飛ばし、左手の刀を、
黒贄が振り下ろしている右腕目掛けて振るい、彼の肘より先の腕を斬り飛ばす。返す刀で、黒贄の顎から頭頂部にかけて縦に斬り裂く。
仮面代わりのエナメルバッグが、刀に纏われた光の熱で一瞬で燃えカスも残らず消え失せ、元の端正な顔が露になったと思ったのも束の間。
クレバスの様な黒色の裂け目が、彼の頭に刻まれ、直に、泉の様に赤黒い血液がたばしり出た。

 黒贄の頭を斬り裂いたのに使った刀の剣先を、ヴァルゼライドは誰もいない方向に向けた。
誰もいない、と言うのは嘘である。誰の目から見ても何もない、虚空しか広がっていないと思しきその方向には、波長を操る能力で姿を隠匿させた鈴仙が構えているのだ。
そしてヴァルゼライドは、透明化しているにも拘らず、鈴仙の居場所を完璧に、その剣先で指し向けていた。
剣先から、ガンマレイが亜光速と言う視認も反応も不可能な速度で射出される。如何に鈴仙であろうとも、この速度には反応も出来ない。
が、例え回避行動に移らなくても、張り巡らせたイビルアンジュレーションが、三度までなら如何なる攻撃も無効化する。だからこそ、動く必要がなかった。

 爆光が、鈴仙の脇腹を貫き、通り過ぎて行く。
いや、貫くと言うよりは寧ろ、透過と言った方が正しいかも知れない。煙か水に棒を突き入れるように、ガンマレイの光は彼女の身体を素通り。
一撃の威力が非常に高い攻撃は、鈴仙を相手にはまるで意味を持たない。直に攻撃に移ろうとした、刹那――脇腹から身体全身に、細胞の一つ一つが鑢に掛けられ、筋繊維の一本一本を丹念に千切って行くような激痛が、彼女の身体に走った。

「ぎ……ぁ……!?」

 突如として身体に舞い込んだ激痛に、思わず波長を操る能力を解除、その不様な姿を鈴仙は露にさせた。
瞳と口の端から血を流し、ガンマレイが通り過ぎて行った右脇腹を抑え、彼女は膝を付いている。
身体中を蝕む、病魔にでも掛かったような激痛。皮膚を剥ぎ、露になった皮下組織に塩を練り込んでも、これ程酷い痛みにはなるまい。
鈴仙の身体を包み覆う、今にも身体に火が灯り、鈴仙自体が炎の棒にでも変化してしまいそうな程の極熱。炎の中に飛び込んだとしても、こんな熱は味わえまい。
痛い、痛い、痛い痛い痛い!! 振り切ったと思っていた怯懦の念が、これを封印していた氷の棺が急速に溶けて行き、彼女の心と精神を支配して行く。
ヴァルゼライドの刀から放たれた光は、無効化した筈だ。その証拠に、あの光が左わき腹を通過した際、痛みもなければダメージも全くなかったのだ。
即座に鈴仙は、自分の身体を蝕むこの痛みが、直接相手を殴ったり剣で斬ったりと言った行為で与えられる、直接的なそれではないと理解した。
今自分を苦しめているこの痛みの正体を、自身の波長を操る能力で、悟ってしまった。ヴァルゼライドの放つ黄金光の正体は、『放射能光』。
α線、β線、γ線、中性子線などで構成された放射線を絶えず放射し続ける、死毒の光条。黄金色と言う荘厳な色からは想像もつかない、悪魔の光。
それこそが、ヴァルゼライドの放ったガンマレイの正体だった。無効化出来ない筈である。イビルアンジュレーションが無効化出来るのは、あくまでも直接攻撃のみ。
空気中に散布された毒や放射線汚染区域には無意味なのだ。今のガンマレイの様に特殊な性質の攻撃は、その攻撃の威力こそはゼロに出来るが、
その付随効果は無効化出来ない。ガンマレイ自体の攻撃力を無効化出来ていなければ、今頃鈴仙は塵一つ残らない、文字通り消滅していた。
ヴァルゼライドの放つ黄金光は、埒外の威力と放射線による二段構えの攻撃だったらしい。それを身を以て実感した時には、もう遅い。戦闘の続行すら覚束ない程のダメージと痛みを、負ってしまったからだ。

「アーチャー!!」

 立ち上がりながら、塞が叫んだ。
イビルアンジュレーションのカラクリを知っているからこその、この反応だった。無敵の盾ではなかったのか、と言う感情が表情からも簡単に見て取れる。

「メンノラブンブンバ」

 ヴァルゼライドが刀に纏わせた光が放射能光であると言うのならば、何故黒贄は、無事なのだ。
腕を斬り飛ばされ、頭を直接その刀で裂かれたにもかかわらず、何故あの気の抜ける声を上げられるのか。
そして何故、心臓を冷たい手で握られたような恐怖感を憶えさせる、絶対零度の冷たさの瞳が特徴的な、あの笑みを浮かべられるのか。
黒贄は全く、放射能光を纏わせたヴァルゼライドの一撃を見舞われても、意に介してすらいないようだった。

 腕を死神の振う鎌めいた勢いで振るい、ヴァルゼライドの左脇腹を黒贄は打擲する。
ゴシュッ、と言う音と同時に、ヴァルゼライドの身に纏う黒軍服とマントが消滅し、殴られた部位の筋肉が、黒贄の余りの膂力で千切り飛ばされていた。
三百t以上の超重量の大岩を投げ飛ばす黒贄の腕力で殴られてしまえば、内臓系も骨格も、ただでは済むまい。内臓はぐずぐずになり、骨も粉々の事だろう。
ヴァルゼライドはもうこの時点で、鈴仙以上に戦闘の続行が――不可能、の、筈なのだ。

「まだだァッ!!」

 内臓を磨り潰しながら、無理やり声を上げているとしか最早鈴仙達には思えなかった。
有らん限りの力で、黒贄の胴体を、黄金光を纏わせた刀で袈裟懸けにする。その動作に、果たしてヴァルゼライドは如何程の力を込めていたのか。
黒贄ともあろうものが、袈裟懸けの勢いで無理やり地面に俯せに押し倒されてしまったのだ。

「俺を間違いだと言うのなら、俺の心臓を抉り、心根を挫いて見せろ!! 押し通れ!!」

 その碧眼から大量の血の涙を流し、口の端から、内臓器官の損傷のひどさを表す程の量の血液を流させて、ヴァルゼライドが叫ぶ。
彼の心は未だ、激しく燃え盛る溶岩を流出させ続ける火山の如し、と言うべき物だった。これだけの肉体的損傷を受けても、全く戦闘を止める気配がない。
寧ろその逆。この場にいる四人のサーヴァント、四人のマスターを全員殺戮し、勝利を得るのは自分だ、と言うような気概で、今のヴァルゼライドは満ち満ちている。
ヴァルゼライドの烈しい心を代弁するかのように、両手で握った刀に纏われた、黄金の光が激発、唸りを上げる。

 やはりこの場は、黒贄を除いた三人で、一斉に畳み掛けた方が良いのかも知れない。
ダンテがリベリオンを構える。天子が空中で緋想の剣を取り出した。鈴仙は、体力を振り絞って、放射線に犯された身体に喝を入れ立ち上がる。

「メンノラブンブンバ」

 と言い、黒贄が立ちあがりかけたその時だった。
遥か空から、民族衣装に身を包んだ、ライドウが召喚したあの鳥と人の相の子ような悪魔、モーショボーが慌てた様子で主の所に戻って来たのは。

「遠坂凛は見つかったか」

 ザ・ヒーローと睨み合いを行いながら、ライドウは、モーショボーに言った。
ヴァルゼライドがガンマレイによって、要石を破壊した時から、ずっとこの調子だった。互いに隙がなく、打ち込めぬ状態、それが続いていた。
モーショボーがやって来て、ライドウと会話しているこの瞬間。これは、隙にはならない。ライドウが隙に見せかけているだけだ。
会話をしていて注意が散漫状態だと思い込み、ライドウに剣を打ち込めば、容易く返す刃で良くて手足、最悪首を持って行かれる。ライドウはそれ程までの技者だった。

「見つけたけど、もっと大変なの見つけちゃった!!」

「何?」

 モーショボーの表情は、本当に、焦りと緊張の感情で彩られていた。
悪魔の身であっても、恐怖の念を感じる何かを見て来たらしい。果たして、その正体は。

「『こんとんおー』が近付いて来るの!! お友達の悪魔から聞いてた姿とバッチリ合うから、間違いないよ!!」

「……『混沌王』?」

 疑問気にその名をライドウが口にしたその瞬間――世界の風景が、一瞬にして別の物へと塗り替わった。
垂らした大きな暗幕を剥がし、その後ろの風景を露にさせるが如く、それまで見ていた光景が一変。
血肉の香りと、破壊された家屋の数々、そして、ヴァルゼライドのガンマレイの影響で破壊された建造物等が目立つそれが、蕭殺たる荒野の広がるそれへと変貌。
空の色は、終末を思わせるように赤く、ダンテ達を取り囲むように、高さ数百mはあろうかと言う岩の崖(きりぎし)が聳え立っている。
凡そ、彼らから崖までの距離は、三㎞程、戦う分には不足がない程度の広さの空間が、保障されていた。

「異界だと……?」

 ザ・ヒーローを睨みながら、ライドウが言葉を続ける。その言葉の意味する所は、鈴仙には解らない。
しかし、ザ・ヒーローを警戒しつつも、自分達を取り巻くように展開された謎の風景にもライドウが気を配っているらしい事が、鈴仙には解る。
そして、燃え盛る剣を手にするザ・ヒーローもまた、その空間の事を具に観察していた。

「な、何よこれ……コレ、固有結界じゃないの……!!」

 と、驚いたような表情と声音で、遠坂凛が呟いた。 
ライドウに銃弾で撃ち抜かれた部位を今も抑えている。どうやら彼女も、ライドウが言う所の異界に引きずり込まれたらしい。
これで解った事が一つ。この異界を創り上げた存在は間違いなく、遠坂凛の存在を初めから知っていた事。
そして、推論に過ぎないが、高い確率で正鵠を射ているだろう事が一つ。この異界の主は、この場にいる全員を生かして帰さないであろう、と言う事だ。

 そして、その異界の主が、姿を見せた。
紫色の稲妻の様な物を伴って、遥かな頭上から急降下、着地。どんなに低く見積もっても五百m程の高さからの着地であると言うのに、その存在は砂粒一つ、
巻き上がらせる事がなかった。凄まじいまでの、身体能力。ダンテやヴァルゼライドと、並ぶかも知れない。

 片膝を付いた状態から、その存在は立ち上がり、この場にいる全員を一瞥した。 
幾何学的とも、曼荼羅に似たモチーフとも取れる入れ墨を身体中に刻んだ青年だった。
その入れ墨は黒色のラインで、そのラインを緑色に淡く光る発光素子に似た何かが縁取っていた。
背格好は、人間の青年とそれほど変わらない、中肉中背。しかし、地球の奥底で何億年もかけて錬成されたダイヤモンドの如く引き絞られた身体が、
その青年が幾千幾万、事によっては幾億、いや、一兆にも渡る死線を潜り抜けて来たのでは、と言う程の説得力を持たせていた。
使い古されたスニーカーとハーフパンツだけしか身に付けていないと言う、ラフにも程がある、蛮族めいた恰好をしているが――この場にいる全員が。
きっと一目で、この男が蛮族は愚か、サーヴァントと言う括りですら定義して良い存在か悩む事であろう。

 そう、悪魔。
完全かつ完璧、純然にして純粋たる死の具現。それが、鈴仙から見た、『人修羅』のイメージだった。
ライドウが使役するケルベロスとモーショボーが、畏怖の念の宿った瞳を、人修羅に投げかけている。信じられない大物を、見てしまった、と言うような風であった。

「驚いたな。感動の再開、とでも言うのか? 少年」

 いつも飄々とした態度で、何処か余裕を醸し出している雰囲気のダンテにしては珍しく、本当に驚いた表情と空気を一瞬皆に見せた。
旧知の友と十年ぶりに出会ったような、懐かしい再開を楽しむような声音とは裏腹に、鋭い瞳と、其処から放たれる殺意と言う磁力を孕んだ目線は、凄まじい物だった。
何か下手な動きを見せれば、その二丁拳銃が火を噴く。言外せずとも、そんな強い意思が伝わる佇まいだった。

「今はお前と会話している時間はない、『ダンテ』。俺は速やかに仕事を遂行しなければならない」

「SEXの前のフリートークも、後のピロートークも出来ない男はモテないぜ、少年。話してくれても良いじゃないか。神と悪魔の最終戦争は終わったのか?」

「途中さ」

「それなのに、こんな所で油売ってて良いのかよ、ルーラーさんよ」

 恐らくはライドウが念話によって、入れ墨の青年、人修羅のクラスをダンテに教えたのだろう。
驚いているのはこの場にいる、ライドウ組やザ・ヒーロー組を除く全員だ。この入れ墨の悪魔が、ルーラー?
笑えない冗談だ。身体から香る破壊と死の気配は、とてもルーラーと言うクラスに適しているとは思えない。
寧ろもっと悍ましい、それこそ、デストロイヤーだったりジェノサイダーだったり、と言うクラスの方が、余程信憑性がある。

「問題ない、俺はルーラーとしての仕事を遂行しに来た」

「ほう、お仕事ってのは?」

「この場にいる全員を葬る」

 その言葉の意味を理解した瞬間、ライドウ組、ザ・ヒーロー組、黒贄以外の全員の顔が引き攣った。
葬る、と口にした人修羅の本気の決意もそうだが、それ以上に、全員殺されてしまうと言う何よりも強い予感を、五名は感じ取っていたからだ。

「ハッハッハァ!! 随分と適当な仕事ぶりだな、ルーラーの少年!! アメリカ人だって其処までアバウトじゃないぜ!!」

「俺とて、自分の仕事が大雑把なのは承知の上だ。だが、俺にも俺の事情があるのでな。これ以上帝都を破壊され、NPCも殺されると、俺も後が怖い」

 途端に、人修羅の身体に漲って行く、身体が破裂せんばかりの大量の魔力(妖力)。
これを攻撃に転用されるとなると、一溜りも無い。急いで鈴仙は、塞と自身に、イビルアンジュレーションを張り直した。

「お前達が、其処のバーサーカー、黒贄礼太郎を倒す為に戦っていたのは良く解るが、出した被害が多すぎる。これでは俺も、ルーラーとしての権限を振わねばならなくなる」

 要するに、鈴仙達は、タイムリミットを余りにも超過し過ぎた、と言う事なのだろう。 
黒贄一人葬るのに時間をかけ過ぎた結果、NPCの被害はいたずらに増え、剰えヴァルゼライドの闖入により、被害者数は指数関数的に増加。
もしも、塞が早くに遠坂凛を殺していれば。ダンテの手札を確認しようと言う下心がなければ。もっと違った結末が、あったのかも知れない。

「耐えられるのなら、耐えてみろ。クリストファー・ヴァルゼライドと、黒贄礼太郎は俺が殺す。だがお前達三人は、俺の攻撃を耐え切れれば、罪を不問にしてやろう」

「笑止。我らのみを殺すのであればまだしも、無関係も甚だしいこのサーヴァント共をも殺さねばならないとは、公平さの欠片も無い。器が知れたな、ルーラー」

「お前にとっての公平さとは、サーヴァントを殺すが如く、罪のないNPCを殺し、建造物を悪戯に破壊する事を言うのか? そのまま返す、器が知れたな、ヴァルゼライド」

「ほざけよッ!!」

 言ってヴァルゼライドが、ガンマレイを纏わせた刀を強く握り、放射能を多分に含んだ黄金色の死を放とうとした、その時だった。
彼の身体が、たたらを踏んだ。それは、ヴァルゼライドの技量を肌で実感したダンテは勿論の事、遠巻きにそれを眺めていた遠坂凛以外の全員から見ても、
奇妙な光景であっただろう。果たして、この男程の武錬の持ち主が、よりにもよって地理的不利も何もない場所で、攻撃の失敗などするのか?

 よく見たら奇妙なのは、ヴァルゼライドだけではなかった。今までずっと大人しかった、バーサーカー黒贄礼太郎もそうである。
「メンノラブンブンバ」、と口にしながら、彼は俯せの状態から立ち上がろうとするのだが、まるで地面に油でも敷かれ、撒かれているかの如く、
両手足が何かで滑り、立ち上がる事が出来ていない状態なのだ。血で滑っている訳ではない事は、鈴仙の目から見ても明らかだった。

「――俺は『帝都の名代』として、お前達を討つと言った」

 其処で人修羅は、低く腰を下ろし、交差させた両腕を、頭の上へと持って来た。

「東京の敵たるお前達を滅ぼす為なら、『公』は、俺に最大の助力を惜しまない。疾く消えろ、都の――いや、世界の敵共め」

 其処まで語った瞬間だった。
ライドウが語るところの、異界。遠坂凛が口にしたところの、固有結界。兎に角、世界全体が、直立するのも困難な程の激震に見舞われたのは。
例え空に浮いていた所で、これだけの揺れ。地上を見ようものなら、大地が液の表面の様に揺れまくっているだろうこの光景を見れば、忽ち飛ぶ鳥ですら地に堕ちよう。

 激震から十万分の一秒後に生じたのは、亀裂だった。
旱魃の後のような亀裂が、砂地の地面に刻まれて行く。それは一瞬で、ライドウ達が現在直立している所から、彼らの周囲を取り囲む岩崖まで到達。
のみならず、岩崖すらも亀裂は侵食。瞬きするよりも速い速度で、人修羅を中心に生じた亀裂は岩崖を覆い付くし、其処から崖が、悲劇的結末を思わせる勢いで崩れて行く。
そしてその亀裂が、地面だけに走るそれならば、どれだけ良かった事か。その亀裂は、何もない空中の空間にすら、走り始めていた。
空間に一瞬だけ、マジックペンでなぞった様な黒い線が走ったと見るや、音も立てずその黒線が開いて行き、クレバスの様な物を空間に刻んで行くではないか!!

「少年、この攻撃は見た事ある、相当拙い!!」

 ライドウに対してそう叫びかけるダンテ。その言葉の意味を得心したライドウは、ダンテに何かの下知を飛ばした。
それを受けて、ダンテの右手に、全長にして二m程はあろうかと言う何かが形を成して行き、それを彼は握り始めた。

 ザ・ヒーローもヴァルゼライドの方に何かを叫び、それに答え、ヴァルゼライドも動こうとする。
嘗てない程、それこそ、太陽の放つコロナめいた勢いで、彼の握る刀が烈しく光り輝き始めた。

 十兵衛が天子に、もう一つの切り札を放てと叫んだ。
「やってみる!!」と叫び、緋想の剣から吹き上がるエネルギーが、噴火の如く強まった。

 「なんとかしなさいよ黒贄ぃ!!」、と言う悲痛な叫び声が聞こえて来た。
「メンノラブンブンバ」、黒贄礼太郎はやはり、何かの力が働いているのか、立ち上がれない状態だった。

 塞と鈴仙は、堂々と構える事にした。
自分達に展開された、無敵の障壁(イビルアンジュレーション)。それに、万斛の信頼を置く事にしたのだ。

 ――彼らの慌ただしい様相を嘲笑うかの如く、人修羅が叫んだ。

「――ジャッ!!」

 交差させた腕を解いた瞬間、イビルアンジュレーションですら無効化出来ない程の、極熱のエネルギーを内包した何かが、地面と空間から吹き上がって来た。
黒贄と凛、十兵衛は、そのエネルギーの直撃を受け、塵も影も残らず消滅していた。空を飛んでいた天子も切り札を放つ事も許されず、奔流を受け一溜りもなく消滅する。
「まだ……まだああああああぁぁぁぁぁぁ!!」と言う叫びが聞こえて来た。ヴァルゼライドは、エネルギーの奔流を紙一重で回避し続けているが、
直撃を貰ったのか、左腕が肩の付け根の辺りから完全に消滅していた。あれでは消滅するのも時間の問題だろう。ザ・ヒーローは、見えない、何をやっているのか。
ライドウの周りに転移したダンテが、噴き上がる超エネルギーを何かで斬り裂いていた。今まで背負っていた大剣じゃなく、ライドウの命令に呼応するように呼び寄せたあの切り札だろう。

 鈴仙が己の思考を保てたのは、八百分の一秒と言う、非常に短い時間だけだった。
今際の際に思ったのは、如何して、『イビルアンジュレーションを破られたのか』、と言う事だけだった。これでは、塞も即死であろう。
最後に彼女が見たのは、人修羅が生み出した亀裂から剥がれ落ちるかの如く、ルビーの様に赤い空が剥離して、青い青い空が見えて行く、と言う幻想的な光景なのだった。





          【佐藤十兵衛@喧嘩商売、喧嘩稼業 消滅】

          【比那名居天子@東方Projectシリーズ 消滅】

          【塞@エヌアイン完全世界 消滅】

          【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方Projectシリーズ 消滅】

          【遠坂凛@Fate/stay night 消滅】

          【黒贄礼太郎@殺人鬼探偵 消滅】


















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「……て言う、未来だったわけ、か」

 コクコクと、鈴仙が頷いた。
突然寒い所に放り出された時の様に、彼女はブルブルと震えていた。流石に、自分のサーヴァントがこんな様子なのは、正直見ていて塞としても痛々しかった。

「まぁ、その。何だ。アーチャーの持ち帰った情報は凄い有益だったから、それで溜飲を――」

「下げられないわよっ!! 凄く怖かったんだからぁ!!」

 涙目で鈴仙が叫ぶ。サーヴァントの身である鈴仙ですら、こんな調子。塞としては狼狽する他ない。一体、どんな恐ろしい未来だったと言うのか。

 十分に渡り、鈴仙の口から、紺珠の薬で観測した未来を聞き終えていた。
観測した時間の設定は、今日の11:45分~12時を回るか回らないかと言う時間。この時間に、黒贄とライドウ組、十兵衛組と共に自分達も戦う。
今回観測した未来とは即ち、そう言う設定であったと言う事だ。観測した未来の中での話だが、当初は黒贄礼太郎の抹殺だけを目的としていたのに、
黒贄は何故か『死なず』、モタモタしている内に、ヴァルゼライドと名乗るバーサーカーが乱入。戦況は混迷を極め、騒ぎを聞き付けたのだろう。
最終的にルーラーが一同を謎の閉鎖空間へと閉じ込め、全員を一網打尽に――と言うのが、紺珠の薬で観測した未来のあらましだ。

 鈴仙が此処まで怯えているのは、自分が成す術もなく殺された事も、確かにある。
だが本当に大きいのは、無敵の盾たるイビルアンジュレーションが、さしたる意味を持たない相手が、よりにもよってこの<新宿>に二人もいると言う事だ。
一人はルーラーと言う、余程の事がなければ敵対しない相手であるから、事実上無視しても良いが、もう一人はそうも行かない。
バーサーカー、ヴァルゼライドは狂犬などと言うレベルではない、狂える獅子であり、怒れる竜である。自身の勝利の為ならば、どんな破壊も厭わない、
ある意味黒贄と同じ程に吹っ切れたサーヴァントだ。今後はあのサーヴァントとも敵対せねばならないと思うと、頭が痛くなるし、胸も締め付けられてくる。

 再び、背中を氷で出来た蛭が這うような恐ろしさを、鈴仙は感じる。
自身のイビルアンジュレーションなど、知らぬ、とでも言わんばかりに無視し、自分と塞を葬った、あの恐ろしいルーラーの一撃。
文字通りアレは、桁の違う怪物だった。聖杯戦争の統治者(ルーラー)の名に違わぬ、正しく圧倒的な戦闘力。あれは、敵対してはならない相手だと、骨の髄まで鈴仙は教え込まれたのだった。

「兎に角、アーチャー。お前さんが持ち帰った情報を、整理するとしよう」

 そう言って塞は、紙とペンを取りだしメモの体勢を取った。
英国が誇る、イギリス情報局の凄腕のエージェントが、アナログでメモを、と思われるが、塞からしたらそれは違う。
蛇の道は蛇、競合する同業者がいた場合、デジタルに格納された情報は、傍受の危険性に付き纏われる。アナログで格納された情報には、その危険性がない。
前時代的な手法と、現代的な手法の二つを適宜使い分けられる。それこそが、塞が言う所の、プロなのである。

「先ず一番重要なのが、遠坂凛の主従についてだな。お前さんの話を聞くに、黒贄礼太郎は――」

「……えぇ。『死んでも復活する』」

 塞にとっては、俄かに信じ難い事だった。鈴仙からその概要を聞いていた時、真っ先に頭を過った単語は、『不老不死』だ。
嘗て塞の関わった、ペルフェクティ教団及びゲゼルシャフトに纏わる事件においても、槍玉に上がった事はないが、この不老不死と言う概念は裏で強く糸を引いていた。
事実上の、上の事件の黒幕とも言うべきムラクモ、及び完全者と名乗る中世の魔女は、寿命と言う問題を真っ先にクリアせねばならない課題として設定していた。
ムラクモは、自身と全く同じ身体能力と肉体年齢のスペアのクローンを用意、死ぬ度に自身の魂をそのクローンに固着させる事で、寿命の問題をクリアしようとしていた。
完全者と言う少女の方は、転生の法と言う、死に瀕した際、赤の他人の身体を乗っ取り続ける事で、寿命の問題をクリアした。
これらの事例からも解る通り、彼らであろうとも、寿命の問題をクリアするには、魔術、それも、その道においても極めて高度な術法に頼らねばならなかった程だ。
話を聞くに、黒贄のそれは、塞の見聞した不老不死の方法と、全く毛色が違うような気がしてならない。
心臓を抉られ、大脳を破壊され、内臓器官の殆どを磨り潰されても、戦闘を続行しようとし、完全に消滅させたら五体満足で復活を遂げる。
話を聞くだけならば、戯画的で、人を小馬鹿にした様なシュールな内容であるが、それがよりにもよって自身のサーヴァントである鈴仙から聞かされた事実だ。成程、冷静に考えれば、彼女が恐れるのも解る。こんな存在が<新宿>に犇めいていたなど、ゾッとしない話だ。

 そして、黒贄の不死の正体を、自身の知識の蓄積から、勝手に類推。そして、震えているのが鈴仙だった。黒贄のあの復活方法、見覚えがあるのだ。
自身の師である八意永琳が生み出した、禁断の薬。その存在の本体や、意思の宿る所在を肉体ではなく、永劫不滅の存在である魂に設定する神薬。
魂の物質化――第三魔法――を服用者に成す、神代の時代においても奇跡の中の奇跡、秘中の秘。蓬莱の薬を服用した者の復活法にそっくりなのだ。
あの薬を服用した人間は、八意永琳、蓬莱山輝夜、藤原妹紅の他には存在しない。故に黒贄がそれを服用していたと言う事実は、ありえない。
では何故あの男が、完全かつ完璧な状態で復活出来たのか。考えたくないが、これ以外に導き出せる結論がない。

 ――つまり、黒贄礼太郎は蓬莱の薬も服用せず、最悪生まれた時から理由もなしに、魂の物質化が予め成されていた、正真正銘の不老不死のサーヴァント。
と言う事だ。無論鈴仙にしてもこの推論は行き過ぎで、懐疑的ではあるが、もしも本当にそうであったのならば……!!
これ以上は、考えない事にした。黒贄をどれだけ攻撃しても、暖簾に腕押し糠に釘と言うのならば、今度こそマスターのみを狙って攻撃すれば良いのだから。

「例え不老不死だろうが、幸いにも聖杯戦争ってのは、マスターを殺せばその時点でサーヴァントも生きられない。次は、遠坂の嬢ちゃんを葬れば良いだけだろう? 向こうは、アーチャーの話を聞くに、魔術の類も使えたようだからな」

「えぇ。先んじてその事実を知れたのは、本当に大きいと思う。最大限利用しなきゃね」

 塞の今言った事柄も、鈴仙の面食らった事実の一つである。
まさか、今の今までバーサーカーを運悪く召喚した、一般人の少女だと思っていた遠坂凛が、その実魔術の道に通暁した少女だとは、思っても見なかったのだ。
不意打ちの魔術は、それこそ初見に限り凄まじいアドバンテージを誇るだろう。何せこの<新宿>にいる聖杯戦争の参加者の殆どが、遠坂凛は無力な女の子、と言う認識だ。
無力な少女だと言うバイアスを最大限利用すれば、運が良ければ遥か格上の主従ですら葬れた事だろう。
そのアドバンテージは最早、遠坂凛にはない。何故ならば、紺珠の薬で鈴仙達が、その事実を観測してしまったが故に。

「さて、問題の、ライドウ達についてだが……」

 ペンを手帳に走らせていた塞。これから口頭で述べる事柄を、頭の中で組み立てているらしい。

「先ず一つ。あの紅色のコートを纏ったセイバーの真名が、『ダンテ』であると言う事。そしてもう一つが、ライドウ自身も、凄まじく強いと言う事。纏めると、到底俺達が真正面から戦って、勝てる主従じゃないと言う訳だな」

「不服?」

「そう言う事もあるさ」

 ライドウの主従は、正直言って<新宿>の聖杯戦争参加者の中に於いても、最上位の強さを誇る一角であろう。
ダンテ自身の臨機応変の極みとも言うべき、魔人の如き強さも然る事ながら、彼を操るライドウの圧倒的な才能。
悪魔使役の天稟、サーヴァントに的確な指示を飛ばすマスターとしての才覚、ライドウ自身の桁違いの身体能力、そして、帝都の守護の為ならば非情にもなれる精神性。
ライドウの戦闘の様相を実際に目の当たりにした訳ではないが、紺珠の薬で観測した未来の話を鈴仙から聞くだけも、ライドウ自身も異常な強さである事が解る。

「それで、鈴仙。お前の率直な意見を聞きたいが、ダンテはお前の観測した未来の中で、全力を出してたか?」

「断言しても良いわ、出してない」

 紺珠の薬で見た未来で、特に鈴仙が気を配ったのは、ダンテの戦いぶりだ。
魔圏の域にある剣術、己の手足の様に拳銃を操るその銃捌き、身体中の魔力回路を瞬時に操って状況に適した戦い方を選ぶ反射神経及び状況に対する適応能力。
どれもこれもが、一流の域にあるサーヴァント。しかし、鈴仙から見ても明らかな程、ダンテはまだまだ全力を出していないと言う様子だった。
自身の魔力回路を操ると言うあの技能が、そもそも宝具なのだろうか。そして、あのルーラー、人修羅が最後に放ったあの高エネルギーを斬り裂いていた、
長大な剣状の何かの正体は? まさに謎が謎を呼ぶ。結局の所、一番塞と鈴仙が望んでいた情報についてが、一番不明瞭なのだ。非常に気持ちが悪かった。

 そして、気持ちが悪いと言えば、もう一つ。

「明らかに、ルーラーと関係の深いサーヴァントだったんだよな、ダンテは」

「えぇ」

 あの時、ルーラー、人修羅と、旧知の間柄の様に会話をしていたのは、誰ならんダンテその人だった。
明らかに彼らは、サーヴァントとして呼ばれる以前、即ち生前から面識があったとしか思えない程、打ち解けて話していたのだ。
ダンテと人修羅の関係性。これが、解らない。彼らの語っていた、『神と悪魔の最終戦争』とは、一体何なのか?
乳白色の濃い霧の中に、突如として放り出されたかの如く、推理の到達点や中継点が見当たらない。これが、塞達には非常に気持ちが悪かった。

「どちらにしても、ルーラーとダンテの関係性は、直接あいつらには聞けないだろう。ライドウもダンテも、勘が良いし切れ者だ。紺珠の薬の勘付かれ、知られちまったら全く笑えない」

「そうね」

 極めて不服だが、ダンテと人修羅の関係性は、胸中に秘めておく事にした塞と鈴仙。
紺珠の薬は、疑いようもない鈴仙の切り札。彼女は容易にそれを切りたがらないが、切り札の名に違わぬ程の、凄まじい能力をその薬は持つ。
この薬が他者に露見してしまえば、如何なる事か。この薬は鈴仙だけしか服用出来ぬわけでなく、鈴仙以外のマスターやサーヴァント、それに、
NPCにですら使用可能なのだ。未来を観測出来る、と言うアドバンテージを獲得する為に、複数のサーヴァント達から袋叩きにされるなど、御免蒙る。
故に、紺珠の薬は塞達にとってはトップシークレット。それこそ、命の次に守り通さねばならぬ、重要な情報と言う訳だ。

「まぁ、ライドウ達に関しては、ダンテ、と言う真名のサーヴァントを操る、と言うだけでも良しとするかね」

「えぇ、何に活用出来るかは、後で考えましょ」

「おう。んで次は、天子と十兵衛の方だが……」

「彼らは、いつも通りだったわ。あの我儘お嬢様の戦い方も、私の予測出来た範囲内だったし、十兵衛自身も、機転に富んでる、とは言えないわね」

「大方の予想通り、か。まぁ、話を聞く限り、俺達ですら余り気の利いた事は出来なかったみたいなんだ。十兵衛のガキを攻めるのも、酷かも知れないがな」

 三人で黒贄を叩く、と言うのならばまだ活躍の余地があったろうが、二正面作戦。
それに、黒贄に勝るとも劣らぬ強さのバーサーカーが乱入して来たとあれば、誰だって混乱するであろう。
とは言え、此処で混乱するようなら、やはり塞の思った通り、十兵衛は適度に頭のまわる無能であったようだ。

「さて、次は、突如現れたバーサーカー……ヴァルゼライド、だったか?」

「えぇ」

 正味の話、鈴仙としてはこのサーヴァントの乱入が、一番予想外だった。
黒贄と同じバーサーカー、しかも言葉を発せるが意思の疎通が全く出来ない。そして何よりも、ダンテと真っ向から渡り合っても遜色のない戦闘の練度の持ち主。
もしも彼がいなければ、観測した未来の中で、鈴仙達は死ぬ事はなかったであろう。この男が散々暴れたせいで、ルーラーが赴いて来た可能性が高いからだ。

「アーチャーの話を聞くに、このバーサーカーは、圧倒的なまでの武術の冴えを持ち、凄まじい威力を誇る、凄まじい量の放射能を内包した光芒を放つ事が出来、しかも放射能は残留する。そんな物を、ところ構わず、自身の勝利の為に撃ち放つサーヴァント、と」

「まぁ纏めると、そう言う事になるわね」

「馬鹿なんだな」

「そうとしか言いようがないでしょ」

 要するに、比那名居天子と言うセイバーの性格を、百億倍ぐらいタチの悪いそれにした様な性格の持ち主。
それが、クリストファー・ヴァルゼライドと言うサーヴァントなのだ。死んでも関わりたくないと、塞も鈴仙も思うのだった。
しかもこれで強いのだから始末に負えない。勝手に自滅してくれる事を、切に祈るだけだ。

「自滅を祈ろうにも……よりにもよってこの馬鹿のマスターも、ライドウ並に強いと来てる。下手したらしぶとく生き残るかもな」

 ライドウの呼び寄せた強壮な悪魔との二対一の戦いでも、ヴァルゼライドのマスター、ザ・ヒーローは一歩も引かない所か、互角に渡り合っていたと来ている。
それに、鈴仙をサーヴァントと解っていながら、観測した未来の中で、彼が鈴仙目掛けて猛進していた場面を、彼女は思い出す。
つまり、サーヴァントと互角に渡り合えるだけの力量を、自分は持っていると言う自信があの男にはあるのだ。
そしてそれが、伊達でも大法螺でもない事を、彼女は知っている。事によってはあの主従は、しぶとく生き残り、ライドウとダンテに並ぶある種のダークホースの一組となるかも知れない。

「この主従、気になるのは、アーチャーが観測した未来よりも以前に、明らかに『ルーラーと揉め事を起こした』ようなやり取りがあったって、お前が言ってた事何だがな」

「あの二人に何があったかまでは、流石の私も解らないわ。紺珠の薬は、過去を観測する力がないもの。でも確実に、一悶着あったのは確実ね」

「大方、あの性格が災いしたんだろう。あれだけところ構わず派手に喧嘩をおっぱじめるような奴だ。ルーラーとしても、放置出来なかったんだろう」

 こんな冗談みたいな推論が、一番事実に近しいと思ってしまう辺り、正に冗談の様な主従だ。
警戒をせねばならない主従になるだろう。そして、どうやって彼らを攻略するかも、並行して考えねばならない。

「さて……紺珠の薬で見た、ルーラーについて、何だが」

「……少なくとも、人間じゃないわ。妖怪でもない、況してや天使や神霊ですらない」

「じゃあ、何だと言うんだ?」

「解らない、と言うのが本当の話。でもどんなに甘く見積もっても、神霊に並ぶ程の強さを誇る化物なのは変わりないわ。本体で召喚されなかったのが唯一の救いだけど、そんなの私達も同じだから、何が弱点だ、って話になるけれど」

 あの時、鈴仙は、ルーラー・人修羅の波長を解析していた。結果は、彼女ですら今まで見た事のない、初めてお目に掛かる波長だった。余りにも安定しないのだ。
しかし、安定しないと言っても、精神の波長は恐ろしく安定していた。その安定性は、ライドウや、ヴァルゼライドのマスターであるザ・ヒーローのそれに近い。
安定していないのはそれでなく、存在を存在足らしめる独自の波長である。波長が突然濃くなる事もあれば、薄くなる事もあり、突如長くなれば短くもなる。
酷く、『混沌』とした波長だった。余りにも特徴的過ぎて、間違えようのない波長だが、それが、鈴仙には酷く不気味なのだった。

「あのルーラーは、恐ろしい戦闘能力を持っている事もそうだけど、此方の真名を自動的に看破出来る何かを持っていたわ」

「まぁ、ルーラー、だからな。要するに特権だろう」

 塞の言う通り、人修羅に備わる真名の看破能力は、恐らくはルーラーとして滞りなく聖杯戦争を運営する為の、便利な特権か何かなのだろう。
何れにしても、人修羅のこの能力のおかげで、鈴仙はダンテとヴァルゼライド、二名の真名を知る事が出来たのだ。この辺りは、ルーラー様様、と言うべきか。

「これはあくまでも私の推測だけど……あのルーラーの口ぶりを考えるに、彼は、『帝都の守護』を最大の仕事としているように見えたわ」

「黒贄とヴァルゼライドに、帝都の名代としてお前達を殺す、と言ったんだったな。ライドウみたいな奴だな、職務に忠実な事で」

「恐らく、だけど……ルーラー自体は、余程此方が<新宿>に危害を及ぼさない限り、特に無視しても構わない、貴方の聖杯奪還の障害にならない存在じゃないのかしら」

「それを考えるのは時期尚早かも知れないが……どちらにしても、悪戯にNPCや建造物に被害を出させて、ルーラーの目の敵にされるのは避けたい所だな」

 鈴仙からその強さを知らされた今では、猶更そうである。

「どちらにしても、ルーラーとは絶対に敵対しない方が良い、と言う事だけは事実だな。相手が<新宿>の保護に努めてるのなら尚の事だ。なるべく事を荒立てず、ルーラーにマークもされないよう、勝ち残る必要がある」

「難儀ねぇ」

「全くだ」

 今後ますます、<新宿>での聖杯戦争が激化していくのは、誰の目から見ても避けられない事柄だ。
NPCや建造物に、被害を出さずに戦闘を行うなど、不可能に近くなってくるだろう。何せ、一日目の時点で、既に目立っている主従が幾つもいるのだから。
そう言った、ルーラーの設定するタブーを犯さず、聖杯まで向かうとなると、命が幾つあっても足りない。結局、塞と鈴仙には、幸運に恵まれるよう、祈るしか出来ないわけだ。

「さしあたって、紺珠の薬で観測出来た未来は、こんな所、か」

「えぇ。……所で、メフィスト病院に纏わる話題についてだけど」

 鈴仙が話題を変える。
メフィスト病院に纏わる新情報を鈴仙に提供するか、紺珠の薬で鈴仙が未来を観測する。このどちらかを先に行うか、彼らはコイントスで決め、結果、鈴仙の方が先に紺珠の薬を服用する、と言うババを引いてしまったのである。

「あぁ。此処を張らせていた使い走りが、この病院へと向かうジョナサン・ジョースターを確認したらしい。右腕の肘から先がない少女も連れて、だ」

「貴方はどう見てる訳?」

「言うまでもなく怪しいだろ。十兵衛の話を聞くに、お人好しな性格をしてるらしいから、ただのNPCを保護しただけかも知れんが、それなら、メフィスト病院に連れて行く理由が説明出来ない」

 メフィスト病院が怪しい事など、最早聖杯戦争に参加した主従であれば周知の事実、暗黙の了解であろう。
此処がサーヴァントの根城である事は疑いようもないが、仮にその右腕が欠損した少女がNPCであったとして、そんな所に無策で、NPCを連れて行くなど正気を疑う。
恐らくはこの病院が、どんな病気や怪我でも治すと評判高いから、頼り、縋ってみたのだろう。それにしたって、腕の欠損など、それこそ腕を再生でもさせない限りは、不可能としか思えないが。

「それで、マスター。貴方としてはメフィスト病院、どう付き合っていくつもり?」

「今までは敢えてスルーを決め込んで来たが……ここいらで、コンタクトを取ってみるのも、吝かじゃないかもな」

 其処で塞は押し黙り、鈴仙の方に目線を投げた。
何故沈黙した状態で此方を見るのかと思った彼女だったが――直に、その理由を悟った。

「れ、連発はいやよ!!」

「解ってる。正直な所、結構紺珠の薬って奴は魔力を持ってかれる。連発が苦しいのはアンタだけじゃないのさ。だから、たまには自分の脚で、情報を集めなきゃならんらしい」

 紺珠の薬は、あり得た未来をノーリスクで観測出来ると言う凄まじい宝具ではあるが、その効能に見合った魔力が、当然塞から徴収される。
紺珠の薬で未来を観測し過ぎて、戦えない程魔力を消費してしまう。こんな間抜けな事態は避けたい。故に此処からは、自分の脚で情報を集めなければならない。塞はすっくとクラブチェアから立ち上がり、サングラスの位置を整えた

「出るぜアーチャー。援護は任せた」

「了解」

 其処で鈴仙も立ち上がり、髪をふわり、と掻き揚げた。
向かう先は、メフィスト病院。サーヴァントの腹中、魔人の巣窟。――白き美魔の、恐るべき魔城。






【西新宿方面/京王プラザホテルの一室/1日目 午前10:40】


【塞@エヌアイン完全世界】
[状態]健康、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いスーツとサングラス
[道具]集めた情報の入ったノートPC、<新宿>の地図
[所持金]あらかじめ持ち込んでいた大金の残り(まだ賄賂をできる程度には残っている)
[思考・状況] 
基本行動方針:聖杯を獲り、イギリス情報局へ持ち帰る
1.無益な戦闘はせず、情報収集に徹する
2.集めた情報や噂を調査し、マスターをあぶり出す
3.『紺珠の薬』を利用して敵サーヴァントの情報を一方的に収集する
4.鈴仙とのコンタクトはできる限り念話で行う
5.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める
[備考]
  • 拠点は西新宿方面の京王プラザホテルの一室です。
  • <新宿>に関するありとあらゆる分野の情報を手に入れています(地理歴史、下水道の所在、裏社会の事情に天気情報など)
  • <新宿>のあらゆる噂を把握しています
  • <新宿>のメディア関係に介入しようとして失敗した何者かについて、心当たりがあるようです
  • 警察と新宿区役所に協力者がおり、そこから市民の知り得ない事件の詳細や、マスターと思しき人物の個人情報を得ています
  • その他、聞き込みなどの調査によってマスターと思しき人物にある程度目星をつけています。ジョナサンと佐藤以外の人物を把握しているかは後続の書き手にお任せします
  • バーサーカー(黒贄礼太郎)を確認、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
  • 遠坂凛が魔術師である事を知りました
  •  ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
  • セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を警察内部から得ています
  • <新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
  • <新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
  • 佐藤十兵衛の主従と遭遇。セイバー(比那名居天子)の真名を把握しました。そして、そのスキルや強さも把握しました
  • 葛葉ライドウの主従と遭遇。佐藤十兵衛の主従と共に、共闘体制をとりました
  • セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
  • ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています


【アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)@東方project】
[状態]魔力消費(中)、若干の恐怖
[装備]黒のパンツスーツとサングラス
[道具]ルナティックガン及び自身の能力で生成する弾幕、『紺珠の薬』
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:サーヴァントとしての仕事を果たす
1.塞の指示に従って情報を集める
2.『紺珠の薬』はあまり使いたくないんだけど!!!!!!!!!!!!
3.黒贄礼太郎は恐ろしいサーヴァント
4.つらい。それはとても
[備考]
  • 念話の有効範囲は約2kmです(だいたい1エリアをまたぐ程度)
  • 未来視によりバーサーカー(黒贄礼太郎)を交戦、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
  • 遠坂凛が魔術師である事を知りました
  •  ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
  • この聖杯戦争に同郷の出身がいる事に、動揺を隠せません
  • セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
  • ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
  • ダンテの宝具、魔剣・スパーダを一瞬だけ確認しました





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「では、次のお便り。トットお姉さんこんにちは、は~いこんにちは~。実は私、夫が大事にしているマグカップを洗っている時にうっかり割ってしまいました。トットお姉さん、何か言い謝り方はありませんか? うーん、成程ね~――」

「まぁルーラー。謝り方を教えて下さるようですよ。将門公に謝罪する時のシミュレーションと思って、聞いてみたらどうでしょう?」

 眉間に皺を作りながら、何かを考えていた人修羅が、ジトついた瞳で、エリザベスの事を睨んだ。

「……お前ひょっとして、意外と地雷踏んだり、空気読まなかったりするタイプだろ」

「はて、私はそうは思っておりませんが?」

 これ以上話しても無駄だと思った人修羅は、再び考えると言う作業に没頭した。ラジオからは、寧ろ将門公の怒りを買いかねない謝り方を、トット姉さんが披露していた。

 時刻は十一時。黒贄の大量殺戮や、ジャバウォックの破壊劇をどう言い繕うか考えている人修羅だったが。
この後三十分後に、クリストファー・ヴァルゼライドが病院にやって来て、人修羅に胃痛の種を撒いて行くのを、彼はまだ知らない。



時系列順


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セイバー(ダンテ)
34:太だ盛んなれば守り難し 佐藤十兵衛 46:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)
セイバー(比那名居天子)
34:太だ盛んなれば守り難し 46:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)
アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)
25:殺人最高永久不滅 遠坂凛 42:復習の時間
バーサーカー(黒贄礼太郎)
26:戦乱 剣を掲げ誇りを胸に ザ・ヒーロー 28:超越してしまった彼女らと其を生み落した理由
バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)
00:月光宴への招待状 エリザベス 28:超越してしまった彼女らと其を生み落した理由
ルーラー(人修羅)


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最終更新:2021年03月31日 20:08