☆語るに及ばず。


<新宿>という街は、とにかく目の疲れる場所である。
耳目を惹き付ける為に奇抜さを追求した看板程度ならまだしも、建築法を逸脱している疑いすら浮かぶ間取りの鉄宿。
周辺事情を真面目に考察すれば、攻撃的な彩色がむしろ防衛的な虚勢に見える個人店舗は枚挙に暇がない。
そして何より、中身以上にカテゴリの数が多いと思わざるを得ない、道を行き交う人間の外見。
系統樹に埋没すまいと着飾り、かつ自分の内面を虚実交えて表現しようと工夫を凝らしている者。
熟慮の果てにそういった努力も女々しいと斬って捨て、独創性が暴走して自分でも訳の分からなくなった姿に落ち着いた者。
パーソナリティなど知ったことかと、その日の気分によって七変化するノン・ポリシーが体外にまで染み出した者。
各々の思想・事情が絡み合い、混沌のファッション・ショウと化したこの街。それ故に、歩く二人の少女も衆目を引きすぎることはなかった。

「ゆえっち、大丈夫なんかね。どう見ても普通の病気じゃなかったけどね」

「うつうつします……」

一人は、口元のピアスと肩口から腰に納まった、無骨な斧を連想させる髑髏付きのギターが特徴的な少女だ。
日系人ではないが流暢な日本語と、十人に聞けば七人は認める程度の整った顔立ちから常時作られる遠慮のない笑顔が、棘だらけのパンクな衣装の与える印象を中和していた。
一人は、水着だった。水着で出歩いていた。恥部を隠しているだけ<新宿>では遠慮しているのだと言わんばかりの格好である。
隣の少女とは対照的に"陰"のオーラを纏っている彼女を、往来を歩く男たちもそれほどまじまじと見つめはしない。服装と雰囲気とのギャップが、好色家の初動を止める役割を果たしている。

「しかしうっちゃん、本当に着いてくるのね。音楽とか好きだったっけ」

「トットが楽しそうだったから」

「なんせ、新宿きっての大イベントだからね。飛び入り魔としてはほっとけないからね」

「飛び入り魔?」

「正規の手段を取らずにステージに出て、盛り上げて去っていくお仕事のこと」

「お仕事……?」

「手順を丸暗記するくらい経験を積んで、下準備と逃走経路の想定をしっかりやれば、何でも仕事になるのね」

いずれ音楽界に革命を起こす、と豪語する親友を微笑ましげに見る水着の少女が、ふと腰に手をやる。
取り出した携帯には爆発事故発生、という物騒なニュースが入ってきていた。現在地からそう遠くはない。
このニュースだけでなく、最近新宿の街は物騒だ。保護者からも外出は極力控えるよう言われているが、友人の晴れ姿?は見逃せない。
しかし、この調子ではイベント自体が中止になってもおかしくない。

「可愛い後輩のお見舞いの後に無法者をやるんだから、そうなっても天命なのね。その場合はトットのオンリーステージになるのね。無人ライブ」

「一人でも聴くから、がんばって」

「うおお! あっ、師匠から電話なのね」


ライトハンド奏法でぎゃりぎゃり、とギターをかき鳴らした直後、慌てて電話に出る少女。
鋲・ベルト・皮・棘・包帯を多用した、正にステージ衣装と言った彼女の頬に朱が差す。
楽しげに談笑する友人を見て、水着の少女もまた笑顔になる。何事にも拘泥せず、己の心に正直に走り続ける。そんな彼女を見て思う。
なるほど、この友人ならば愛でられるアイドルでも、芸術という茨の道を歩むアーティストでもなく、満天に輝き全てを照らすスターになるのが相応しいのだろう、と。



☆北上



聖杯戦争のマスターに与えられる特権の一つに、己のサーヴァントとの念話能力の取得がある。
日常生活を送る上では便利なものだが、学校と自宅ほど距離が開くと不通となってしまう。
マスターの心体に著しい負荷がかかればサーヴァントは気付くというが、ちょっとした用件を伝えるにはやはり通信機器は必要だ。
例えば今日のように学食が混んでいる時、アサシンに連絡を入れれば彼女の宝具により家まで一っ飛び。
家にある余りものを適当に食べる事で食費を節約できる上、気分が乗らなければそのまま学校を脱けることもできる。
午前中の授業を受けている間は、耳に入ってくる噂話にとにかく気が気ではなかった。
自分が普段通りに生活しているというというのに、軍靴を並べて競い合う御同輩たちは<新宿>の至る所で大暴れ。
聖杯戦争の関係者であることを隠す為に市井に身を潜めるのはいいが、いつ"普段通りの日常"に宝具が飛んでくるのか分からないのでは困る。
アサシンを見れば、ペアで購入した携帯電話で誰かと談笑していた。いつになく楽しそうだ。
NPCに接触する事は控えると言っていたが、髪の毛収集で外出した際に綺麗な髪の子をナンパでもしたのだろうか。
純真一途というには気が多いこのサーヴァントが相方だ、常に自分だけを監視してくれているとは期待しない方がいいだろう。
咄嗟の事態で脱落するのに怯えなくてはならないほど切迫した今の<新宿>の状況では、むしろ自宅に籠もっていた方が安全かもしれない。
通話を切ったアサシンに、今後の戦略を相談する。彼女も同種の懸念を持っていたらしく、淀みなく言葉を紡ぐ。


「思ったよりも展開の変転が早いですからね。今日はもう学校に行かなくてもよいでしょう」

「専守防衛……って奴、やめてもいいの? このアパートで篭城ってあんまりいい結果になりそうには思えないんだけど」

<新宿>の時代観に合った受身の戦略を捨てて徹底防衛に回るには、自分とアサシンだけでは難しいといわざるを得ない。
逃げ回り、身を潜め、最小の労力で敵を仕留めるのに適したアサシンの能力ですら、防戦に徹し続けて勝利を掴むには足りないと北上は思う。
この街は狭いのだ。ここ半日で聞き知った事件の半分でも聖杯戦争の関係者の仕業だとすれば、戦場どころか狩場としても窮屈すぎる。
くだんの、一瞬で車両十数台を爆散させて交通網を遮断したテロ屋がサーヴァントだとすれば、四、五時間もあれば全域を廃墟に出来るだろう。
正午に発令された新たな討伐対象のサーヴァントに至っては、間違いなく現在進行形で廃墟の山を増やしている。討伐が済んだのなら、主催者からそれと伝えてくるだろう。
討伐令の意味するところ―――無法や騒乱への牽制など全く意に介さない主従がいて、それらを仕留めた善良な主従は未だ存在しない。
矢面には立たないにしても、前者が本格的に狩猟を開始する前に暗殺なり懐柔なりの対処をしなくては"詰む"という確信があった。

「もちろん、ただ逃げ腰でいるとは言いませんよ。どうやら街中に悪魔の類が放たれているようですし。私が偵察に出ましょう」

「……我慢が利かなくなってるわけじゃないよね?」

「まさか」

見破られるとは、と続くんじゃないだろうな、とアサシンの心中を探る。彼女の性格はマスターとして概ね理解しているつもりだ。
水晶玉で<新宿>のあちこちを眺めている中で、魅力的な髪の毛を持つ人々に魅了され陶酔している姿は何度も目撃している。
魔法少女、という職業に就いていた生前のアサシンは、雇い主の方針に従って隠密に徹していたという。
しかし英霊となり生前の制約から解放された今、憂慮すべきは彼女の生き様ではなく性格だ。
髪に対しては自制が利かなくなるアサシンに対しては、釘を刺しておく必要があった。
こちらの意を読み取ったのか、微笑を浮かべたアサシンが一礼して身支度を整え始める。
水晶玉で新宿の街を遠視して見つけた、気になるいくつかのポイントを伝え、それに関するニュースをチェックするよう言い残して姿を消す。
挙動に浮つきや油断は見られない。ならばひとまずは任せよう、とテレビの前に腰を下ろした。
昼のニュース番組では、<新宿>を襲う未曾有の緊急事態を声高に叫び、各方面を非難するコメンテーターが幅を効かせていた。
「まるで戦時下ですよ」という他人事のような言葉に、少し呆れて笑ってしまう。

「平和はやっぱり長続きしちゃダメだね」

本心から出た呟きに、何故かチクリと胸が痛んだ。






【歌舞伎町・富山方面(新宿三丁目周辺、北上(ブ)の暮らす安アパート)/一日目 午後 13:20】

【北上@艦隊これくしょん(ブラゲ版)】
[状態] サボリ 満腹
[令呪] 残り三画、背中中央・艤装との接合部だった場所
[契約者の鍵] 有(ただしアサシンに渡してある)
[装備] 最寄りの高等学校の制服
[道具] なし
[所持金] 戦勝国のエリート軍人の給料+戦勝報酬程度(ただし貯金済み)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯が欲しい
1.アサシンに偵察を任せ、テレビを見る。
2.危機に直面した場合、令呪を使ってでも生き延びる。





☆バッター

バッターとセリューが打たれた犬のような主従を拾ってから、三時間ほどが経過していた。
聖杯戦争の参加者に三時間も与えれば……特に、バーサーカーを有するマスターに三時間も与えれば、流血沙汰は一度や二度ではないはずだろう。
しかし彼らは汚泥で煉られた悪鬼、人魂を虫食む天魔、それらを産み出す魔人のいずれとも交戦せず、魔力の激突を感知してもそちらに穂先を向けていなかった。
二組の主従が集うは、四ツ谷信濃町方面……彼の『メフィスト病院』のお膝元、目と鼻の先といっても過言ではない、一軒の空家。
元は薬局だったのだが、店主一家が数日前に「存在する意味が分からない」と言う嘆きを残して夜逃げしたらしい。
困る人間もいるまい、と間借することになったのはバッターの提案によるもので、わざわざここを選んだのは、単純な理由。
番場とシャドウラビリスを襲ったセイバーの主従、そして聖杯戦争の競争相手を治療した『メフィスト』という男へ探りを入れる為であった。
怯える真昼と唸るシャドウラビリスを引きずって南元町の外れ"食屍鬼街"に向かったバッターの強行偵察は空振り。
日本国の常識から外れたような無法者の集団は、銀蝗の魔人に関する記憶を失って呆けていた。
数名を死なせないよう慎重に拷問して弱らせ、バッターが使役するAdd-Onsの所持するスキル"透視図法"により暗示を破ったが、去就は不明だった。
一方セリューは、元患者である番場組や保険証を持っていないバッターに代わり、メフィスト病院に隠密偵察を仕掛けていた。
元々昼間の<新宿>では精力的に慈善活動を行い、警察官を目指す女性という役割も生真面目にこなしていたセリューには、NPCの知り合いもいる。
その中にメフィスト病院で逗留している男性がいたのを幸いと、見舞いの形で正面から堂々と訪問したのだ。

「あの病院凄いですよ! 患者がみんな笑顔なんです!」

「落ち着けセリュー。メフィストとは接触できたのか」

「本人とは会えませんでしたが、お見舞いの帰りに気になって、という体で検査をしてもらったお医者様や患者さんから聞き込みをしてきました」

己のマスターがぶらぶらと振る右腕を凝っと見つめるバッター。
調査の取っ掛かりになれば、とセリューが自傷した上腕骨のヒビは、目視では完治しており、施術の痕もない。驚くべきは、そこに魔術の痕跡さえも一切存在しない事だ。
バッターの目から見れば、あの病院施設自体が魔術工房などという低レベルに収まらない"神殿"の域にあることは明白だった。
だがメフィスト病院が宝具でありスタッフもその付属品だったとしても、骨折を魔術の行使なし、手術なしで"復元"と言ってもいいほど完全に治療しているのは異常だ。
半死であった番場真昼をベスト以上のコンディションに戻している事から予想はしていたが、メフィストという医者のサーヴァントは相当に条理を超えた存在であるらしい。

己のマスターがぶらぶらと振る右腕を凝っと見つめるバッター。
調査の取っ掛かりになれば、とセリューが自傷した上腕骨のヒビは、目視では完治しており、施術の痕もない。驚くべきは、そこに魔術の痕跡さえも一切存在しない事だ。
バッターの目から見れば、あの病院施設自体が魔術工房などという低レベルに収まらない"神殿"の域にあることは明白だった。
だがメフィスト病院が宝具でありスタッフもその付属品だったとしても、骨折を魔術の行使なし、手術なしで"復元"と言ってもいいほど完全に治療しているのは異常だ。
半死であった番場真昼をベスト以上のコンディションに戻している事から予想はしていたが、メフィストという医者のサーヴァントは相当に条理を超えた存在であるらしい。

「えーとですね、話を聞いた方の半分以上が、ドクターメフィストの事を思い出すだけで絶頂したり失神したりして難航したのですが」

「口封じの呪いか?」

「いえ、普段からよくあることらしく、テキパキと処理はされていましたね。それで、悪い評判は一切ありませんでした」

「あ、あの病院は、おお医者さまをうやまってやがりになる人ばっかだって、(真夜が)言ってました」

「? 番場さんの言う通りでしたね。従業員は例外なくドクターメフィストに憧れ、患者さんは例外なく彼と病院に感謝している。理想的な医療施設じゃないでしょうか?
 まあ、妄信的すぎて少し怖い感じはしましたが……。腕前だけではなく、容姿もズバ抜けて優れているらしいので、不自然とまでは言えないかと」

言って、セリューが周囲を見渡す。元々真夜が本戦の開始前に集めていた情報、潜伏先の候補であったこの旧薬局には、薬や家具がそのまま残されていた。
そもそも鍵すらかかっておらず、一同は首を傾げたものだが、メフィストというサーヴァントの美しさに当てられて忘我した結果、と思えば納得が行く。
番場たちも恐怖や困惑が先に来なければ、時系列すら魅了されて殺到し、そこにいるだけで時の流れが崩壊してもおかしくないあの医師の虜になっていただろう。
バッターはセリューの報告を聞き、鰐の顎門を開閉する。思案する彼を尊敬の眼差しで見つめるセリューに、真昼が声をかける。

「セリューさん、すごい、です。私なんて、病院の中、全然見ずに出てきちゃったのに」

「いえ、番場さんは本当に怪我してたわけですし! 悪漢に襲われて助かった後だったんだから、動転してても恥じることはないですよ」

「ゥゥゥゥ……」

真昼の手を取って上下するセリューを見て、シャドウラビリスが間に入ってくる。
シャビリスには、セリューが己のマスターにスキンシップを取っていると割って入る癖があった。
セリューは苦笑しながら機械の少女の頭を撫で、「そうだ」と懐から何かを取り出した。

「これおみやげに……って、番場さんも貰ってますよね」

「あ……じゃあ、交換しましょう、煎餅」

メフィスト病院の受付で貰える贈答品、まったく変わりのないそれを意味なく取り替えるセリューと真昼。
微笑ましい光景だった。バッターの左腕が、その場の誰にも反応できない速度で得物(バット)を振るまでは。
片手とはいえ、掛け値なしの全力のスイングだった。ごうん、と風を切る音が薬局全体に轟く。

「バッターさん!?」

驚愕の声を上げるセリューが一拍遅れて気付く。"バッターの全力の一撃の後に、壁や床が崩れる音が聞こえなかった"事に。
バットの先端は、バッターの左後方の壁……その30cm手前で静止している。……否、静止させられている。
凶器が食い荒らした軌道上、一瞬カラにされた空間に大気が戻っていく。ありえない現象が生んだ在り得ない兇風を浴びて、壁の前に赤い影が浮かび上がった。
何故今までそこにいたのが分からなかったほどの長身。だらしなく伸びた髪、だらしなく開いたスーツの胸元。全身の気怠げな印象を、爛々と輝く瞳だけが否定している。

「ちょちょちょちょーいwwwwホントにいたのは良いけど勘よすぎですよバーサーカーくーんwwwwwww(SSが)もうはじまってる!wwwwwwwwwwwwwww」

「お前の叫びは何処にも届かない。呪われた旅人よ、お前を浄化する」

不快な嘲笑を上げる、性別も年齢も不詳な存在―――間違いなくサーヴァントだろう―――に、バッターが第二撃を喰らわせようと一歩踏み込んだ。

☆赤のアサシン

メフィスト病院を出て二十と三秒後、ベルク・カッツェは気配遮断スキルを存分に活かして―――喚き散らしていた。



「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!! ウッゼェェェエェェェェェエ!!!!!!!!!!!!!!!!」



周囲のNPCは咆哮……否、発狂しているカッツェに目を留める事もなく歩き続けている。
異形の両目を凝凝と見開き、憎悪と苛立ちを吐き出すカッツェは、これだけしても脳裏から離れない一人の男の代わりと言わんばかりに地面を踏みしめる。
アスファルトが足型に凹み、やがて粉砕されて白煙と異臭を上げてもなお、"赤"のアサシンの憤懣は滾っていた。
この道化じみた男がこれほどまで正直な怒りを発散しているのは、もちろん魔界医師メフィストのせいであった。
他者など、何の価値もない心とかいう物に感けた愚鈍な猿に過ぎないというベルク・カッツェの持論は、今しがた粉々に打ち砕かれた。
召喚された直後、メフィストの顔を一目見た瞬間に、「この男を、永遠に忘れたくない」と茹った脳に強制上書きされた感覚が彼にはあった。
今、あの男は何をしているのか。誰と一緒にいるのか。誰を見ているのか。誰に見られているのか。なんとしても知りたい。
カッツェに未来永劫生まれるはずのなかった、個人への固執……独占欲……恋! カッツェだからこそ、その感情は抑え込むことが困難だったといえる。
まともな情緒を育んだ人間や英霊ならば、対策とまではいかずとも、その経験からメフィストの美貌と自分の内面に"折り合い"のようなモノをつけることが出来たはずなのだ。

「糞がぁ……冗談じゃねぇぞぉ……」

心臓の鼓動が静まらない。暴れた為ではない、恋のせいだ。
他人の不幸を楽しむ事に対してはアクセル全開となるはずのカッツェの性癖と思考は、メフィストの不幸を想像することが出来なかった。
自分が変質していく、という危機感が苛立ちを加速させる。宝具である『幸災楽禍のNOTE』の衰えが感じられる。萎えている、のだ。
周囲のNPCにCROWDSアプリを配布して愚行に走らせるのがベルク・カッツェのやるべきことなのだろうが、それをやる気が起きない。
仮にこの新宿の全住民の悪意を束ねても、メフィスト一人に対する関心を上回る事はないとわかっているのだ。

「 」

もはや喋る意味もないな、と溜息をつくカッツェに、在りし日の面影はない。
最初に見つけたサーヴァントに殴りかかって脱落しようかとさえ考え始めていた。
そんなカッツェの肩が、背後から叩かれた。攻撃ではない。普通に、である。

「あ?」

「え? え? 手?」

気配遮断は機能しているし、サーヴァントも感知していない。
振り向いたカッツェの目には、30手前の、歩きスマホをしているOLが映る。NPCだ。
ただのNPCが、気配遮断中のアサシンを発見するなど……いや、発見していない。
OLはきょとんとして棒立ちになっており、その視線はカッツェに止まっていなかった。
そこでカッツェが気付く。自分の肩を叩いた手はOLの物ではない。宙に、手が浮かんでいた。
注がれるOLの視線を厭うように、浮かぶ手が振るわれる。手刀が、OLの首を切り裂く。
その人ならぬ力は、サーヴァントのそれだった。周囲の人間が悲鳴を上げ、OLが崩れ落ちる。
彼女が落とした携帯は通話状態になっていた。声が、カッツェの耳に届く。

『悪逆の英霊、ベルク・カッツェ。お目にかかれて光栄です』

「お目にかかってないでしょwwww誰wwww」

カッツェは、自然と口から出る嘲りに自分自身驚いていた。
先ほどまでは全くやる気がなかったというのに、精神テンションが少し上がっている。
NPCを伝書鳩以下の扱いで使い捨てて悪びれる風もない電話の先のサーヴァントから、痛快なまでの悪辣さを感じたからだろうか。

『<新宿>の聖杯戦争にアサシンとして召喚された、貴方の名声に及ぶべくもない小物のサーヴァントでございます』

「ミィと同じクラスっすかwwwwwwwwwwちょwwwwwwww非通知wwwwwwwww割と最近の英雄サン?wwwwwwwwww」

『余りお調子が良くないようなので、まずは用件だけお伝えします。貴方に会っていただきたい、面白い者たちがいまして……』

相手の不調を見透かすような慇懃無礼な態度……それを意図して行っている小賢しさ。
普段ならまだしも、悪意と煽りに餓えている今のカッツェには、その声は福音にすら聞こえた。
何故自分の真名を知っているのか。そもそも、どこで自分の存在を認識して接触して来たのか。謎だらけだが、今はどうでもいい。
つらつらと自分の都合を語る相手を軽口で囃し立てながら、少しでもあの美影身に引きずられる意識を縫い止める。
潔く諦めるなど、どれだけ変質しても、やはりベルク・カッツェには出来ないことであった。



☆セリュー・ユビキタス



突如出現した敵サーヴァントに対し、セリューは即座に両目を見開いてそのステータスを確認した。
特に突出した点はない。敏捷値を除けば全体的に己のサーヴァントに劣る能力の相手だ。
アサシンの強みのスピードも、室内という限定空間に加え数の利も自分達にあるこの状況ならば然程の問題でもない。
実際に、バッターの殴打を浴びて天井に激突し、受身すら取らずに薬品棚へと落下していくではないか。
しかしセリューは、痩躯の男に対し何とも言えない不吉な予感を感じ取っていた。
一目見ただけで看破できる悪人というのは、そうそういるものではない。
ただの市民にしか見えない人間が突如として悪の本性を現したりもするし、どう見ても尋常ではない格好の正義の味方も存在する。
悪党の取り締まりを生業とするセリューは、外見の第一印象に惑わされる事がないよう心がけ、相手が悪と分かれば即断罪してきた。
彼女なりの規律はしかし、目の前のサーヴァントによって脅かされつつあった。

「バッターさん、この敵は……」

「災害のような相手だ。世界をかき回しながらも、目的意識がない。どうやら、悪意だけがこいつに意味を持たせているようだな」

「なになにワニさんwwwそんなナリして~~~~……心療医かっ!wwwwカウンセラーかっ!wwwwwww病院にはもう寄ってきましたんーwwwwwww」

芸人のような声を上げながら、伏せていたアサシンがビデオ映像のコマ戻しの如く立ち上がる。
押し倒された薬品棚のガラスも、割れた瓶から零れ散った薬液も、バッターの猛撃も、その道化た動作に影響を与えていない。
セリューは、鼻歌を歌いながら踊り始めたアサシンを睨みつける。
あまりにも"人間性"から逸脱したその軽骨ぶりは、到底許容できるものではなかった。

「そこのふざけたアサシン! 貴様のマスターはどこにいる、サーヴァントに愚鈍な振る舞いを許す悪のマスターにこのセリュー・ユビキタスが鉄槌を……」

「だーれが愚鈍だゴルァァァァァ!」

不快も顕わに怒声が走る。一転して凶相を晒したアサシンが、手近な椅子をミサイルもかくやの速度で投擲したのだ。
息を呑むセリューの眼前に、シャドウラビリスが無言で躍り出た。人間の目には光の線が走ったとしか見えない斬影が走る。
大斧によってティッシュ箱から砂塵の一握ほどのサイズまで不揃いに寸断された木片は、セリューと背後で震える真昼に届く事なく地に落ちた。

「アアアアアアアアアアアアア!!!」

「ちょえwwww普通に喋ってもいいんやでーwwwバーサーカーだとしてもwwwwwww」

またも軽薄な態度に戻ったアサシンの挑発を聞いてか聞こえずか、シャドウラビリスが遮二無二吶喊を図った。
戦斧はフローリングに疵痕を残しながら、隙だらけのサーヴァントを脇腹から両断せんと迫る。
致命のタイミングで撃ち込まれた一閃が、アサシンを錐揉みに回転させて跳ね飛ばした。
シャドウラビリスの虚ろな目に、困惑の色が混ざる。その色彩を驚愕へと深める光景が、直後に訪れた。

「じゃんか♪じゃんか♪そいや♪そいや♪」

遠慮ない勢いで地面に激突し、うつ伏せになっていたアサシンが平然と立ち上がる。
バッター、シャドウラビリスというバーサーカークラスのサーヴァント二体の攻撃を受けてもまるで怯んだ様子がない。
最高水準の耐久力を持つ、鉄壁のサーヴァントなのか。否、剛健とは程遠い。
無窮の武錬を誇る、術理極めし求道の英霊だというのか。否、老練には程遠い。
それは偶然……適当にかざした防手や、力を受ける方向がたまたまに最高の結果を生んだかのような埒外だった。
しかし、アサシンは幸運のステータスが高いわけでもない。
セリューのマスターとしての眼力で推し量れない、スキル・宝具に、何らかのからくりがあるのは明白だった。

「はぁ~~~やっぱりバトルってつまらないよねぇ。観戦が一番ッすわ~~~www」

「お前の望みを叶える義理はない。何も見えず、誰にも見られない処へ還るがいい」

普通に考えるなら、得体の知れない能力からは一時撤退して敵サーヴァントの素性を探る、マスターを探し出して暗殺するという選択肢もあるだろう。
しかしバッターはその定石を頭の端にも留めず、兇眼を研ぎ澄ます。バーサーカーとして召喚された彼に、逃げの一手はない。
実力を異能という不確定要素で誤魔化す事が、いつまでも続くはずもない。多面的な攻撃を行えば、いずれは捉えられると判断したようだ。
己のサーヴァントを心の師と仰ぎ、全幅の信頼を置くセリューもまた、悪漢を前に退くつもりは毛頭なかった。

「始原光体アルファ」

ポウ、と光が灯る。何の前触れもなく出現したその球体は、並々ならぬ威容を発散していた。
ただの攻撃ではない―――そう察したのか、半歩下がったアサシンが息を呑む。
光球が、背後からアサシンを抱いている。転移としてもあまりに唐突な、理不尽すら感じる奇襲。
振り払い、真横に飛ぶアサシンに不調が見られた。右手が僅かに麻痺し、視界の半分が暗闇に覆われている。
光球が鎖を放つ。罪人捕らえるべし、とばかりに射出された白銀の鎖は、悪魔を拘束した際の数倍の速度でアサシンに迫る。

「デバフやっべwwwこれ絶対クールタイム12だわwwwwバフ……こっちもバフ…バフ……バ……バ……バード・グォォォォォwwwwwwwwwwwwwwww」

しかし、アサシンの余裕はまるで崩れない。片足を上げ、バレリーナのような動きで鎖を回避して宙に舞い上がる。
同時に、その全身を四条のリングが覆う。一瞬だけ鎧を纏った戦士の姿が映り……消えた。
完全に実体が隠れている。先だっての気配遮断などは比較するにも当たらない隠身術。
不快な笑い声は消えていないにも関わらず、アドオン・アルファは『敵はいない』と判断したのか鎖を引き戻す。
バッターが指示すれば再度の射出は可能だが、その事実はアドオンの強みである自律機能が今のアサシンには有効でないという事を示していた。
マスター二人の背中を冷や汗が伝う。暗殺こそアサシンクラスの真骨頂とはいえ、面と向かった状態でこれだけ完璧に姿を消せるとは。
今セリュー達に攻撃の矛先が向けられれば、サーヴァントの守りも追いつくまい。

「そこか」

「痛ったい! ウッソだろこいつwwwwww」

しかし、セリューの動揺は杞憂だった。
0コンマ数秒の目配りの後、あらぬ方向へ飛び上がったバッターの兇器が見えない何かを殴りつける。
轟音、驚笑と共に風を切って何かが壁に激突した。正体は、人間大の罅痕を見るまでもない。
セリューの目が、バッターの手に握られた数房の赤い髪を認めた。
あの長髪を掴み、引き寄せてバットで殴打したらしい。
汚らわしいとばかりに放られた髪が、追撃に走るバッターの猛進に煽られて四散する。
横顔を通り過ぎる髪を見ても、尚本体の存在は感知できない。バッターにしか見えていないようだ。

「鞭か」

バッターが腰を落とし、直後に彼の背後の壁に亀裂が入る。攻撃すらも、余人には気付かれずに行えるのか。
亀裂の位置から見えない何かが壁をなぞる様に天井に向けて破壊を拡げていく。
鞭のような武器と思しきそれは、再度バッターに向けて振り下ろされる。
セリューがそう理解したのは、バッターが横っ飛びに移動し、直後に床に陥没ができたからだ。

「バッターさん! 一体何が……」

「アムネジア・エフェクトだ。"管理者"の手で魂を変造された生物……ガッチャマンが得る異能の一つ」

「ちょちょちょwwwおかしいでしょwwwwなんで知って」

「お前の固有能力は特に万能だ。その本性がなければ、浄化が困難な存在だっただろうな……ベルク・カッツェ」

「……何だ、お前?」

真名を明かされたアサシン―――ベルク何某が、笑みを止めた。
セリューには見る術もないが、表情も恐らく笑ってはいまい。
バッターからの悪気ない軽視を察して苛立ったのか、材料すらなく真名を看破され不気味に感じているのか。
後者だとしたら、逃亡の恐れもある。セリューは番場に耳打ちして、シャドウラビリスに対し出口を固める指示を出すよう提言。

その間、バッターと姿なきアサシンは睨み合いを続けていた。
セリューの思考は未だ至っていないが、バッターがアサシンの素性を看破し得た裏付けは彼の持つ対霊・概念スキルと真名看破スキルにある。
戦闘開始の瞬間から、バッターはアサシンの真名を探り当ててその英霊歴を知ることで先手を取るべく、"ワイド・アングル"による看破を試みていた。
だが、アサシンの第一宝具が、バッターの狙いを崩すべく、真名秘匿の効果を発揮してそれを妨害していた。かの幸災楽禍は、特定の条件下において万能である。
こと騒乱・扇動を引き起こす為ならば……この場合は、バッターの実力を引き出して<新宿>を更なる狂騒に導くに足る存在かどうか見極める為にならば。
不発に終わった兇眼、しかしバッターはその眼光を緩めなかった。否、彼のアイデンティティゆえに、その暴力的な両眼は常に魔貌と共にそこに在ったのだ。
アサシンが最大戦闘力を発揮する姿、Gスーツを纏うガッチャマンへと変じた際に、その愚直なまでの選択が功を奏した。
ガッチャマンとして真っ向から戦う時、アサシンの力は確かに増すが、英霊としての本領を発揮できるとは言い難い。加えて、精神に常時の物とは別の異常を抱えていたのが災いする。
数多の文化を崩壊させた、宇宙をホームグラウンドにしながらも地球の英霊史に刻まれる規格外の道化……それ程の存在が一瞬見せた濁りが、バッターを彼の真名へと辿り着かせた。
真名が明らかになり、敵がガッチャマン……神に近い存在により、生前でありながら魂を加工された"霊"の属性を持つ相手と分かれば、対霊・概念スキルが活きてくる。
磐石のはずの気配遮断スキルは感知効果によって意味を成さず、肉持たぬ霊・魔・概念……優先して浄化すべき存在に対し、サーヴァントとしての霊器は強靭さを増していく。

「バッターさん、ステータスが凄い事になってますよ! 今こそ正義の鉄槌を!」

セリューが歓喜の声を上げる。それに応えるかのように、殺人バットが常時に倍する魔力を帯びた。
あまりにも狭いグラウンドを、バッターが進塁する。命というボールを、いかなる球種で逃げようと打ち果たす為に。



☆ベルク・カッツェ

カッツェもまた、セリューと同じく歓喜に心を震わせていた。
変な女の言うがまま、らしくもないガチバトルを挑んだ目的は達成されつつあった。
ノリの悪い、心の揺るがない、スカした気に食わないワニ野郎ではあるが、このサーヴァントは最高だ。
悪逆の徒であるカッツェは敏感に、バッターから発散される濃厚な『悪意』を感じ取っていた。
本人がどう思っているかまでは知らないが、挙動、言動の全てが暴力によって思いを遂げる外道のオーラを帯びている。
浄化がどうのと言っていたが、カッツェから見ればバッターの願いは破壊・粉砕・滅却。"全てを台無しにする"事に他ならない。

「うおおおおwwwみwwwwなwwwwぎwwwwっwwwwてwwwwwきwwwwwたwwwwwwwwww」

場を盛り上げるために一旦我慢して下げたテンションが再び最高潮に達する。
これこそ、ベルク・カッツェが求めていた展開だ。
未開の猿が踊る様は見ていて楽しいものではあるが、あの美影身に注がれる己の思いを止めるには至らない。
ならば、同じサーヴァント……それも自分と同質の存在から悪意を浴びるという手はどうか。
その試みは見事に成功し、彼の心には再び悪意の灯火が揺らめき始めていた。

「ミィはwwwwミィは元気ですwwwwwwwwww故にダッシュで脱兎wwwwwwwww」

カッツェのGスーツが、残像を残して廊下へ続く扉に駆け出した。
アムネジア・エフェクトを考慮に入れなくとも、サーヴァント以外には目でも追えない疾走。
だがそれを阻むように、マスターからの命令を受けていたと思しき機械少女のサーヴァントが行く手を塞いでいた。
速度を落とす事なく飛び上がる。バッター以外には、未だ気配遮断の効果は継続しているはず。
相手の防御など考慮に入れない、カッツェの全力の飛び蹴りがシャドウラビリスに迫り、同時にバッターが呟いた。

「撃て」

「アアアアアアアアアアア!!!!!!」

ビクン、と痙攣したようにシャドウラビリスの腕が跳ね上がる。
自分に向けられている拳を見てカッツェが身を捩ると同時、シャドウラビリスの肘先から青い蒸気が噴出された。
猛烈な勢いで放たれた攻撃の正体を、空中で反転する視界の端で捉える。その鉄塊は、華奢にも見える前腕だった。
鼻先を掠めるチェーンを、尻尾を変化させた鋭鞭で切り払う。ゴトン、と前腕が床に落ちる音がした。
からくり仕掛けの戦士も、サーヴァントであれば整備は必要ない。魔力さえ供給すれば破損した箇所を補うことはできる。
しかし、機構として霊器に染み付いた前提はある。カッツェとて、NOTEを破壊されれば仮に無限の魔力供給があっても消滅は免れない。
チェーンパンチもまた、線を断たれれば糸を繋ぐまでは本体に戻れないのが道理。
片腕を失ったシャドウラビリスを一蹴しようと回り込む。反応している様子はない。
ロケットパンチが放たれてから2秒半が経過しているが、バッターは急ぐ素振りもなくこちらへ歩いてくるだけ。
カッツェがシャドウラビリスの横面を殴り飛ばすのを阻む要素は、何一つないはずだった。

「ないはずだったーーーーーーwwwwwwwwwwwwwwぐええええーーwwwwwwwwww」

脇腹に鋼の感触が押し当てられていた。Gスーツが凹むほどの衝撃がカッツェを横転させる。
もんどりうったカッツェの目に映ったのは、空中で何の助けもなく浮かぶシャビリスの前腕。
ありえない光景だが、未だカッツェの喜悦を崩すには至らない。

「どういうことなのwww」

「餓えた鉄の豚には、過ぎた"エサ"を与えただけの事だ」

倒れ伏すカッツェに向けてか、シャドウラビリスに向けてか、バッターが唸った。
見れば彼女の肘先、ロケットパンチの射出口から光が走っている。
その光には、カッツェも見覚えがあった。バッターが侍らせていた光球の輝きに酷似しているではないか。
聖霊を思わせる威光が、彼女とその腕を繋いでいた。本来の機能を失ったチェーンは一瞬で錆びて、赤砂へと成り果てた。
耳を澄ませば、微かに歌劇が聞こえる気がした。光に乗って、迷宮に封じられた牛頭の王子の嘆きが轟いている。
アームがシャドウラビリスの頭上まで浮遊し、掲げられた肘先に再接続される。
身切れた箇所から漏れていた光は……聖霊の具現たる白き光は彼女の左目から一握だけ噴出して消えた。
右目には、黄色い破壊衝動の光が変わらず宿っているが、光を失った左目は正気の色を取り戻している。
機械少女のマスターが息を呑む気配がした。カッツェは、バッターの言葉の意味するところを理解した。

「なるwwwwサーヴァントをアップデートしたってわけですかwwwwwwww」

アサシンの女から得たバッターたちの情報と、実際に戦闘に入った印象を照らし合わせ、疑問に思っていた点があった。
それは、『あまりにも、無難に戦闘が進みすぎる。』―――という事。
バーサーカー同士が同盟を組むというのが、まず異常な事態なのだ。
だというのに互いに足を引っ張り合うこともなく、各々の役割を守っている。
異常ながら理性を残すバッターはともかく、シャドウラビリスにはマスターの細かい指示を受けることなど出来そうには見えない。
同盟を組んだ後、バッターが狂犬の手綱を握る為に何らかの手段を講じたのではないか、とは薄々勘付いていた。
気弱そうなマスターに令呪を使わせた、といった所ではないかと予想していたが、実体は想像を超えて驚嘆に値する。
カッツェにはあの光体の本質を推し量る程の知識はないが、それが自律している事は挙動から読み取れていた。
あのセベクの如き悪鬼は、知性を持つ霊体を仲間の霊器に直接組み込む事で、暴走の危険を軽減させたのだ。
英霊の矜持を理解する存在であれば忌避するであろう暴挙を平然と行うバッターは、やはり聖者などではない。
"自分と同じ存在"に相違あるまい、とカッツェは得心する。

「そこの可哀想なバーサーカーちゃんには、個人的に同情を禁じ得ないwwwww君には負けたよwwwwwwww許してwwwwww」

「姿は見えないけど、どうせ神妙な顔なんてしてないんでしょう! 惑わされずに正義執行してください、シャドウラビリスさん!」

「そ、それでお願いする……ます……」

「EEEEEE……εεεεァァァァ!!!!! 死……んド……きナ……!」

「ええええwww負けを認めた相手に攻撃とかwwww死体蹴りかwwwwww」

いやこれは第二ラウンドだ、とばかりに大斧を顕現させ、躊躇なく振り下ろすシャドウラビリス。
だが、その攻撃は地面を穿つ。カッツェはこの戦闘が始まってから一度も動揺していない。
全ては目的を―――バッターの悪意を堪能し、自分を取り戻すという目的を達成する為のお遊び。
幸災楽禍の加護が、『カッツェ自身の悪意』という騒乱に対する最大の火種を大火に導く為、その真価を発揮する。
極限まで上昇したカッツェの敏捷値は、強化されたバッターとシャビリスのそれをゆうに凌駕した。
バッターの目の前に、玩弄のGスーツが超高速で移動していた。
シャドウラビリスの攻撃の余波に対応しようとしていたバッターが、初めて虚を突かれる。
この隙を生む事だけが、カッツェの狙いであった。
バッターの悪意をより深く理解し、あの美影身の痕跡を完全に消すのだ。

「ミィは本当反省ぽんwwwwwww熱いベーゼで仲直りんwwwwwww」

Gスーツを脱ぎ捨て、バッターの厚い胸板にしな垂れかかる。
粘膜接触によってこそ相手の内面を深層まで理解できるという己が持論に従って、カッツェは鰐の下顎に唇を這わせた。
不浄不遜の接吻が、女三人の視線を引き付ける。理解不能な感情が飛び交う中、カッツェとバッターだけが、共有した"それ"を見ていた。





























 ――――――――――――――――――――――――――― スイッチは OFF になった。



☆バッター

「―――"見たな"」

問いに、答えは返されなかった。
土石流のように流れる嘔吐物を眺める。
自分と同じ姿になった道化が垂れ流す、後悔と絶望の混合物。
道化は、『信じられない』といった目つきで、こちらをただ見ていた。
不快な哄笑が聞こえなくなったのはいいが、全く不愉快だ。

「両目とも、恐怖で満たされた目だ」

かって、同じ言葉を吐き捨てた。その時と同じ思いを抱いている。
いや……自分自身の眼は、あの子のそれよりも……。詮無き事だ。
自分を模した"迫り来る災害"が、こちらから距離を取ろうとしている。
一歩、進む。二歩、退がられる。一歩、進む。二歩、退がられる。
鏡写しの存在は、必然的に離れていく。己の全体像が見える。

「ミィは……てめえは……」

「既に、"通り過ぎた災害"だ」

搾り出すように呟く道化に、繋がりを感じる。
目の前の存在は、自分の全てを知った。
あるいは未来永劫現れることのない、バッターという存在の真なる理解者なのかもしれない。
それでも、浄化は成されなければならない。神聖なる任務を果たさねばならない。

「『Demented Purificatory Incarnation ――――』」

バットを、脇に放る。
好んで使う武器ではある。だが、浄化は血塗られた両手の爪で行うべきだろう。
バーサーカーのサーヴァントとして召喚されたが故の、縛りのようなものだ。
迷い子に預けたエプシロン以外のアドオン球体を出現させる。
際限なく輝きを増す一対の父と子、アルファとオメガ。
セリューが、指示通りに退避を始めた。間に合えばいいのだが。
目の前の存在に歩み寄る。もはや、逃げる術はない。逃がす意思もない。
爪が届く位置まで来た。様子を窺う鉄の女の廃熱音だけが部屋に響く。
鰐の顔を天に向ける。唾吐く事なく、ただ牙のみを見せ付ける。

「―――― 『The Batter』」

自身の真名と共に、宝具の真名を解放する。不要な動作こそが、必要な運命を手繰り寄せるのだ。
この地を浄化させるという意思が世界を包む。楔となる存在を抹消する事で、人理を天意で塗り潰すのだ。
周囲が白く染まっていく。ベルク・カッツェが<新宿>に置いて占める何十分の一かを、白い世界に変えるのだ。
かって、ガーディアンを倒した時と同じように広がる光。"何か"を切るように、爪を振り下ろす。
しかし、その結果は。かってのそれとは、別の物になった。



☆セリュー・ユビキタス

『俺はバーサーカーだ。お前というマスターを護るのは向いていない』

バッターの言葉を思い出しながら、セリューは全力疾走で薬局の廊下を駆ける。
光球……バッター本人にも正体が分からない、"象徴する何か"がその光度を激しく増したのは、合図だった。
あの合図を見たら、どのような状況であれセリューはバッターから迅速に距離を取らなければならない。
世界に対する管理者……この<新宿>という閉鎖世界においては、自分達に対し討伐令を出した主催者か。
それらに致死の一撃を加えることで、バッターという存在"そのもの"である宝具は発動する。
バッターの言う浄化とは、具体的にはその宝具の発動によって世界を悪のない場所へと変えることを指すらしい。
生前にガーディアン、という存在を倒した時にはその支配下にあったエリアが一度に浄化されたという。

そこまで語ったバッターが、思い至った仮説があった。
契約者の鍵を見るまでもなく、サーヴァントの召喚に主催者の助力があったのは明白だ。
セリューや番場に、魔術的な知識は一切ない。魔術師としての素養も最低ライン上であろう。

『サーヴァントとして召喚された英霊に何か仕掛けをしているかも知れないし……相争わせて最後の一人を決めるという
 聖杯戦争の形式からして、サーヴァントが脱落する事に彼奴等の狙いが隠されている可能性は高い』

故にサーヴァントはガーディアンと同じ特性を持ち、管理者の権能の一旦を分け与えられているのではないか。
バッターの"浄化"によってサーヴァントを倒した時、この<新宿>のエリアの一部が浄化できるのではないか。
それを続けていけば、主催者に接触する機会も生まれるのではないか。聴くセリューは、相槌を打つのが精一杯だった。
セリューにとってはまったく畑違いの事というのもあり、とりあえず記憶だけして理解は後回しにしたのだが……。
背後に迫る神聖な気配を感じて、頭ではなく心で理解できた。バッターの推測は正しかったようだ。

「あれが、バッターさんのいう浄化された世界! 凄い!」

善も悪もない、等と謙遜していたが、セリューが背中から感じる新世界の鼓動はまさしく正義の為のもの。
悪の念が全くないあの世界には、きっと正しさが満ち溢れることだろう。しかし、今は見惚れている暇はない。
浄化に巻き込まれていく薬局の壁や床は一瞬で色を失い、"死"を連想させる。
飛び回る蝿も同様で、地に落ちて本来の色を失ったその姿からは意思の力が希薄に感じる。
魂が抜けかけている、とでもいうのか。目障りで不潔な蝿も、魂魄だけとなれば嫌悪感もなくなる。
人間もああなるとすれば少し物悲しくはあるが、悪が蔓延る現状の世界よりは遥かにマシというものだろう。
正義の意思を持つ罪なき者ならば、たとえ肉体を失っても健全な魂だけが住む社会を作り上げられると、セリューは信じていた。
とはいえ、今自分がああなるわけにはいかない。胸に燃える正義の炎を静めるとすれば、バッターと共に浄化を成し遂げた後だ。

「くっ……!」

だが、セリューの足取りは平時より重い。普段なら20秒もあれば抜けられる距離を、1分かけても半分しか移動できていない。
戦闘の余波で廊下が歪んで足場が悪く、さらに番場の手を引いているという事もあるが、バッターに供給する魔力の消費が主な原因だった。
バッター自身が持つ魔力が豊富な為、これまで感じたことの無かった消耗。
宝具が効果を発揮したからというだけでなく、シャドウラビリスと融合した光球に魔力が流れる感覚もある。
理性を僅かに取り戻したとはいえ、遠慮も躊躇もなく暴れるのが彼女だ。
アドオン球体の力を憚ることなく振るい、浪費しているあおりがバッターのマスターであるセリューに来ているのだろう。
バッターが浄化に全霊を傾けている今になって初めて感じたということは、普段は彼がこの消耗を肩代わりしているのか。
そう思うと、突き放したような態度を取る事もある己のサーヴァントへの信頼が増し……申し訳なくも感じる。

「あっ!?」

「セ、セリューさん」

足を掴まれたような感覚と共に、セリューが転倒した。
足元に目をやるが、躓くようなものは何も無い。断続する眩暈のせいか、と結論付けて立ち上がる。
あと十歩も駆ければ、薬局からは抜けられるだろう。だが、浄化がどこまで広がるかも分からない。
太ももに活を入れようとして、薬局から抜け出る前に浄化に追いつかれると悟る。
番場を見捨てて一人で逃げればそれを先送りには出来るだろうが、根本的な解決にならない。
一度保護すると決めた相手を切り捨てるなど、正当な理由も無く出来るセリューではなかった。
せめてと番場を抱き寄せ、自分の後ろに回らせる。浄化の見えない壁と対峙しながら、セリューの心に様々な思いが去来していた。
事を成せなかった無念もある、浄化を受ける不安もある。しかし何よりも、自分を信頼してくれたバッターの期待に応えられないのが悲しい。

「―――――ッ!?」

頬を伝う涙が、ぴちゃんと肌の上を跳ねた。
浄化の衝撃ではない……暖かい手が、愛しむようにセリューの耳を、額を、髪を撫でている。
視界に映るその手は、背後に居るはずの番場の物ではない。
困惑するセリューの耳に、鈴を転がすような美声が届いた。

「……やはり、手入れが足りませんね」

言葉の意味を考える間もなく、何かに引っ張られるような感覚がセリューを襲う。
番場の悲鳴が聞こえる、と気付いた直後、視界は一変していた。
屋外……薬局の反対側の歩道に、セリューはいた。膝の上では番場が目を回している。
浄化は薬局を丸々覆ったところで止まっていた。諦めた自分を恥じるセリューの背後から声がした。

「貴女のサーヴァントの力……なのでしょうが、凄まじい物ですね」

聖杯戦争の関係者―――そう気付き、弾かれるように向きなおる。
視界に捉えた女性は、御伽噺から抜け出したような美しさのサーヴァント……またもやアサシンだった。
柔らかい笑顔からは、敵意は感じられない。だが、油断は禁物だ。
バッターも、討伐令を出された自分達を狙う主従に注意しろと言っていた。
警戒の視線を飛ばすセリューに構わず、女性は更なる言葉をかけてくる。

「そう身構えなくてもいいでしょう。私は貴女の首を取りにきたわけではありません」

「その言葉を信じる根拠がどこにある」

「もう見せていますよ」

女アサシンが、白磁のような右手人指し指を唇に当ててセリューに示す。
指先には水滴が乗っていた。右手の中指に填められた指輪に、見覚えがある。

「私の能力で、貴女の窮地をお助けさせていただきました」

「自分の手で仕留めなければ、討伐報酬を得られないと思っての行動でないとは言い切れない」

「疑り深いですね」

じりじりと後ずさるセリューをにこやかに見つめながら、女アサシンは言葉を続けた。

「私がそのつもりで労力を割いたのなら、悠長に喋って好機を逃すような真似はしませんよ……ほら」

「!」

女アサシンが指差した先……薬局の扉が、巨大な腕に内側から破られる。
地面を掴み、這いずるように建物を破壊しながら現れたのは、上半身だけの雄牛の怪物だった。
両肩には、バッターとシャドウラビリスが騎乗している。バッターはもちろん、シャドウラビリスも浄化の影響を受けていない。
アドオン球体を取り込んだ恩恵か、と番場に安堵するよう伝えようとしたセリューの傍らに、いつの間にか近寄って来た女アサシンがいた。
番場の頭を撫でるその姿からは、悪意は感じられない。セリューは、この女アサシンを信用することにした。
雄牛が消え、バッターが猛然とこちらに駆け寄ってくる。問答無用で振り下ろしたバットは、しかし女アサシンに当たることはない。
その一撃が地面に向けられていたにも関わらず、アスファルトに破壊がもたらされていない様には、見覚えがあった。

「わかったわかったwwwwwもう本当にミィの負けでいいなりwwwwwwwwww」

嘲笑が遠ざかっていく。セリューが息を呑み、バッターを見遣る。
あの状況から、赤髪のアサシンは浄化から逃げ仰せたというのか。

「無事だったか、セリュー」

「は、はい。こちらのアサシンさんに助けられて……それより、浄化は発動してるのに何故あっちのアサシンは!?」

「霊魂を七割ほど削ったところで、奴が受肉している事がわかった。これは、サーヴァントとしてはありえない。ヒトの原型、アダム・カドモンに近い存在だ」

霊核の粉砕を消滅の目安として破壊を進めていたバッターの疑念に乗じ、本来在るべき霊核を持たないアサシンは宝具を展開、逃げおおせたという。
女アサシンに険しい視線を配りながらも、バッターはセリューにこれは重要だぞ、とばかりに言って聞かせる。

「浄化の範囲も異常に狭すぎる。奴は俺たちとは違い、聖杯戦争の主催者に召喚された存在ではないかもしれない」

「やはり……」

女アサシンの呟きに、バッターが眼光を強める。
仲裁しようと口を開きかけるセリューだが、ここは思いとどまった。
たまたま通りかかってセリューの危機を救った、などという事はありえない。
この女アサシンも、先の騒乱に一枚噛んでいる可能性は高い。
バッターもまた、その言質を取ってから対応を決めたいようで、相手の言葉を促すように首を鳴らした。

「私がここに来たのは、メフィスト病院を調べる為ですが……貴女方の内偵も、進めさせていただいておりました」

「アサシンならば妥当な動きだ。俺たちの情報を探り、何を企んだ」

「NPCを大量に殺しているという布告が真実かどうか確かめ、悪党の類なら誅罰を与えようと考えていました」

「それは誤解です! こんなおかしな討伐令を出す連中に騙されないでください! 私達は正義です!」

セリューが純粋な瞳で訴える。女アサシンは「わかっていますよ」と短く告げて、バッターを、そして無色に変貌した薬局を見た。

「真っ当な英霊ならば、褒章をぶら下げられたからといって討たれる謂れなき者を追ったりはしません」

「俺たちに討たれる謂れがない、と判断した理由があるのか」

「貴女たちが殺めたNPC、今朝の時点では121名、現時点では123名でしょうか? それら全てが、悪漢やその庇護を受けた者や……悪魔の類でしたからね」

女アサシンがバラバラ、とバッチのような物を落とす。ヤクザの代紋……全てセリューたちが潰してきた組のものだった。
聖杯戦争が始まって半日の間に起きた戦闘で討ったNPCまで把握されているのには、セリューも驚いた。
ここまで調べがついているのなら、自分達が正義の味方だということは誰にとっても明白だろう、と頷くセリュー。
だが、バッターはそう単純でもない。完全に動向を把握されている手段を置いても、目の前の女を信用できないと直感していた。

「セリューを助けたのは何故だ」

「打算ですよ。正義の使徒たる彼女とその仲間たちなら、私の懸念を祓う力になってくれるのではないか、と思いまして」

「一体どんなお悩みが? 主催者を倒すなら、是非……」

「それ以前の問題です。あのアサシン……ベルク・カッツェ。あの英霊は、本来サーヴァントとして魔術師に召喚できるようなものではありません」

それについては、バッターも同感だった。アレを御せるマスターなどいるはずもない。
自分の意思、または英霊より上位の存在に招かれなければ、召喚に応じるはずもないだろう。
聖杯という願望器でもなければ不可能であろう受肉を果たしていることから、後者の可能性が高い。
それが主催者の手によるものでないとすれば、事態はあまり面白くない。

「星亙りの災禍を召喚した者に、心当たりでもあるのか」

「御名答です。あれを召喚した者はメフィスト病院にいます……召喚した時刻は、今日の13時過ぎ。場所は、同じくメフィスト病院」

「えっ!? さっき潜入して捜査したけど、そんな気配は」

「召喚の瞬間、あの病院内に居なければ……そして、サーヴァントでなければ、察知は困難だったでしょう。しかも、カッツェ以外にも数体が召喚されているようです」

バッターが、カッツェの無意味な言葉の中に『病院』に寄った、というフレーズがあったと思い出す。

「街に蔓延る汚鬼や羅刹の根源ではなかったが、やはり唯の道楽でもなかったというわけか」

「令呪の縛りがないサーヴァントの厄介さは、それらの比ではないでしょう。このままでは、この街は魔界の有様になりかねません」

「バッターさん! いますぐメフィスト病院を攻めましょう!」

「落ち着いてください、セリューさん。まだ話は終わっていません」

女アサシンはハンドバッグから一枚の紙を取り出し、セリューに手渡した。
<新宿>の地図であり、多数の黒点と少数の赤点が書き込まれている。

「この地図には、先ほど話題に出た悪魔の出現ポイントと、その周辺を探索して私がサーヴァントの気配を感じた位置を記しています」

「こんなに沢山……」

「貴女方を見つけたのと同じ能力での調査ですので、信憑性はあると思いますよ。……もうお解かりでしょうが、私の懸念とはこの無軌道な連中が
 聖杯戦争そのものを破綻させ、NPCとはいえ無辜の民が血の海に沈むことです。それだけは、なんとしても止めたい」

「お前が惨劇を止めるための熱意を持ち合わせているようには見えないが」

「恥ずかしながら、若さを失って青春の情熱を保てなかった人間でして」

「いえ、まだまだお若いですよアサシンさん! 一緒に悪党を倒しましょう!」

「そうですね。でも私は、ベルク・カッツェ以外の病院産サーヴァントの足取りを追わなければならないので一旦……」

「ならば、俺たちはお前が調べた場所に赴こう。協力を感謝する」

だが、お前はここで浄化する―――その言葉を呑み込んで、バッターは女アサシンに向かって歩を進めた。
対霊・概念スキルは反応していない。このサーヴァントは、汚された魂の徒ではない。だが、度し難い毒婦だ。
バッターはこの女を浄化せねばならぬと強く直感していた。セリューを納得させる手間を考慮しても、今消せるならば消すべき相手だと。
迫るバッターの足を、女アサシンが止める。たった二言の呟きで。
          ........
「ああ、そうだ。バッターさん」

セリューも口にせず、本人も名乗らなかった真名を事も無げに呼ぶ、最初の呟き。
 ...................
「あなたの家族が来ていますよ」

そして最後の呟きは、バッターの思考を一瞬止めた。いかなる驚愕にも、いかなる疑念にも揺るがなかった、<浄化者>の思考がコンマ1秒にも満たぬ間凍りつく。
バットに手を伸ばした次の瞬間、女アサシンは消え遂せていた。霊体化しての移動、追えばあるいは捕らえられるかもしれないが、リスクの方が大きい。
訝しむセリューを「行くぞ」と促して、バッターは一瞬の凍結を過去の物とした。あの言葉が想起させた"それ"は、もう終わっていることだ。OFFになった結末以前の話だ。
自分の内面を完全に模したベルク・カッツェですら、"それ"に辿りつく事はない、人理から抹消された点に過ぎない。観測できるのは、同じく人理から消えた者のみ。
ほとんどの英霊は親、あるいは妻、そして子を持つヒトの大系に属する。天や地の属性にも、無から生まれた存在はそう多くない。
女アサシンは、大概の英霊が共通して持つ過去を揺さぶり、察した危険を脱しただけだ。バッターは至極冷静に結論付け、歩き出すのであった。






【四谷、信濃町(メフィスト病院周辺、薬局前)/1日目 午後1:45分】

【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]この世界の価値観にあった服装(警備隊時代の服は別にしまってある)
[道具]トンファーガン、体内に仕込まれた銃 免許証×20 やくざの匕首 携帯電話
     ピティ・フレデリカが適当に作った地図 メフィスト病院の贈答品(煎餅)
[所持金]素寒貧
[思考・状況]
基本行動方針:悪は死ね
1.正義を成す
2.悪は死ね
3.バッターに従う
4.番場さんを痛めつけた主従……悪ですね間違いない!!
5.メフィスト病院……これも悪ですね!!
[備考]
  • 遠坂凛を許し難い悪だと認識しました
  • ソニックブームを殺さなければならないと認識しました
  • 女アサシン(ピティ・フレデリカ)の姿形を認識しました
  • 主催者を悪だと認識しました
  • 自分達に討伐令が下されたのは理不尽だと憤っています
  • バッターの理想に強い同調を示しております
  • 病院施設に逗留中と自称する謎の男性から、<新宿>の裏情報などを得ています
  • 西大久保二丁目の路地裏の一角に悪魔化が解除された少年(トウコツ)の死体が放置されています
  • 上記周辺に、戦闘による騒音が発生しました
  • メフィスト病院周辺の薬局が浄化され、倒壊しました
  • 番場真昼/真野と同盟を組みました


【バーサーカー(バッター)@OFF】
[状態]健康 魔力消費(中)
[装備]野球帽、野球のユニフォーム
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:世界の浄化
1.主催者の抹殺
2.立ちはだかる者には浄化を
[備考]
  • 主催者は絶対に殺すと意気込んでいます
  • セリューを逮捕しようとした警察を相当数殺害したようです
  • 新宿に魔物をバラまいているサーヴァントとマスターがいると認識しています
  • 自身の対霊・概念スキルでも感知できない存在がいると知りました
  • 女アサシン(ピティ・フレデリカ)を嫌悪しています
  • 『メフィスト病院』内でサーヴァントが召喚された事実を確認しました。
  • …………………………………………


【番場真昼/真夜@悪魔のリドル】
[状態]健康
[令呪]残り零画
[契約者の鍵]無
[装備]学校の制服
[道具]聖遺物(煎餅)
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:真昼の幸せを守る。
1.<新宿>からの脱出
[備考]
  • ウェザー・リポートがセイバー(シャドームーン)のマスターであると認識しました
  • 本戦開始の告知を聞いていませんが、セリューたちが討伐令下にあることは知りました
  • 拠点は歌舞伎町・戸山方面住宅街。昼間は真昼の人格が周辺の高校に通っています
  • セリュー&バーサーカー(バッター)の主従と同盟を結びました


【シャドウラビリス@ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ】
[状態]健康、魔力消費(小)、Add-On(ε)により霊器強化(若干の理性獲得、(ε)のアビリティの一部を使用可能、チェーンナックルが無線パンチに変化、ステータス向上)

令呪による命令【真昼を守れ】【真昼を危険に近づけるな】【回復のみに専念せよ】(回復が終了した為事実上消滅)

[装備]スラッシュアックス Add-On(ε)
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者及び<新宿>全住人の破壊
1.全てを破壊し、本物になる
[備考]
  • セイバー(シャドームーン)と交戦。ウェザーをマスターと認識しました。
  • メフィストが何者なのかは、未だに推測出来ていません。
  • 理性を獲得し無駄な暴走は控えるようになりましたが、元から破壊願望が強い為根本的な行動は改めません。
  • ステータスが以下の値に向上
筋力C(A) 耐久C(B) 敏捷C→B(A) 魔力D→B(A) 幸運D→E(E) 宝具B



☆ピティ・フレデリカ

『えー! 師匠はライブ見に来ないのねー? こっちはもう会場に着くのよー』

「ええ。急用が出来てしまって。でも、動画サイトとかで中継しているんでしょう? 活躍、期待していますよ」

『師匠に借りた最新のギターが唸るよ! うおおおお!』

ギィィン、と電話の向こうからけたたましい音響が鳴り響く。
今朝会ったばかりの相手に対するとは思えない馴れ馴れしさ、いやこれは親しみ深さというのか。
ともかく、1NPCの少女のハイテンションぶりに、ピティ・フレデリカは頬を緩めた。
早朝、彼女はメフィスト病院に患者として送り込んだ男の周囲から少しずつ髪の毛を収集、映像を切り替えて内偵を進めていた。
奇病難病の患者を優先して取捨選択し、メフィストが直接診察したという少女に目を付けた矢先の事だった。
見舞い客の中に、自分の知る外見をしたNPCが居た。魔法少女として薫陶を与えた愛弟子、トットポップと瓜二つの少女だった。
自身が英霊となった今、驚くほどのことでもないが、本来の彼女は故人である。B市での騒動の際に、暗殺屋に殺されたのだ。

「私と同じ名前のアイドルもいるとか。よければ、サインでもお願いしておきましょうか」

『オーケーオーケー。弟子として師匠のお願いを聞くのは当然のことだものね』

「では、失礼しますね。宮ちゃんにもよろしく」

電話を切って、嘆息する。当然の事だが、トットポップに似たNPCは魔法少女ではない。外見と性格だけ同じの別人だ。
しかしそれでも、その似姿を見たフレデリカはいてもたってもいられなかった。
マスターが学校に行って一人きりだったという事もあり、リスクは承知の上で家を飛び出し、メフィスト病院の周辺で待ち伏せた。
偶然を装って接触した瞬間は、感極まって言葉も出なかった。フレデリカにとってトットポップは愛弟子の一人、というだけの相手ではない。
彼女の死が、自分を見つめ直して新たなステージへ進む切欠となったのだ。
生前の彼女を、NPCとはいえ生きている彼女と照らし合わせる事であの時の最初の想い……弟子への打算なき愛情を再認識する事が出来た。
それだけでも、<新宿>に来て良かったと言えるだろう。後は、あの時の第二の感情、弟子を殺された怒りを反芻する事が出来れば最高だ。

トットポップのNPCはギターの技量を完璧には再現していないようで、魔法少女として強化された身体機能・感覚機能をフル活用、
更にトットポップとの交流の中で記憶していたギターの奏術を再現する事で、謎の占い師ルック流れギタリストとして心酔を得ることが出来た。
師匠、師匠と呼んでくる可愛らしい姿にうっとりしながらも、彼女が独自に計画していたライブ乱入計画に色々と入れ知恵を行った。
二日前まであのライブに出るアイドルのマネージャーの髪がコレクションの中にあり、ライブ会場の詳細は記憶していた。
不慮の事態でマネージャーが死亡した際の映像を見て、担当アイドルの一人……奇しくも自分と同じ名を持つ少女に興味を持ち、色々と調べていたのが役に立った。
今日のライブも興味深く見物させてもらうつもりだったが、更に楽しみが増えたわけだ。

「……おっと、いけませんね。愉悦ばかりに気を取られず、サーヴァントとしての勤めも果たさなくては」

まずは、カッツェへのフォローだ。水晶玉を取り出しながら、携帯で電話をかける。
バッター達との戦闘の中で散らばったカッツェの毛髪を、セリューを救う際に回収しておいた。
ベルク・カッツェの素性を、その姿を見るだけで看破できたのは、彼の英霊に髪にまつわる逸話があったからだ。
『人の子に髪を切られ、取り込まれた』という逸話が。
しばらくコール音が続き、電話を取ったカッツェは意外と上機嫌だった。怖ろしい英霊だ。

『おいすーwwww』

「御無事でしたか。どうでしたか、件のサーヴァントたちは?」

『最ッッッ高に胸糞悪かったんだけどーwwwwwwwとんでもない奴に嗾けやがって、月夜の晩ばかりじゃねーぞwwwww』

「乱星の魔人、ベルク・カッツェほどの御方の力をお借りして対価を払わない、などとは言いません。これからは背中に怯えて過ごすとします」

『その隙だらけの背中でよく言えたものだな(キメ声)。wwwwwwwwwwwwそのうち見つけて遊びにいっちゃいますよーんwwwww』

心底楽しそうに嘲弄言語を投げかけ、通話を切断したカッツェは、フレデリカの居場所から半キロ程離れたビルの屋上に立っている。
バッターから全力で離脱し、深手を負っているがそれを欠片も匂わせないのは流石というべきか。
水晶玉でカッツェの動向を確認しながら、感心して両手を打つフレデリカは、怯えとは無縁であった。

「さて、こちらは……成る程、メフィスト病院に突撃してもらってもよかったけど……」

セリューに水晶玉のチャンネルを切り替え、バッター達が自分の渡したデタラメな地図に示された地点に向かっている事を確認する。
バッターはフレデリカが自分を利用しようとしている、と気付いたのか、バーサーカーならではの狂気からか、フレデリカを殺そうとしていた。
それを察して虚言で混乱を生じさせて逃走することに成功したフレデリカであったが、バッターたちがこう動く事は予想の範囲内。
彼らは、「目的の為に」「殺す」というシンプルな思考で動いていながら、その目的が他者に理解不能という壊れた歯車のような存在だ。
軌道がシンプルなのだから、多少疑わしい相手からの情報でも一応確認に向かうだろうとフレデリカは予想し、見事的中した。

「聖杯戦争を勝ち抜く為に、自分達を利用しようとしている……くらいの読みでいてくれればいいのですが」

協調という言葉から最も遠い位置にいるバッターとも、物分りがいいようでいつ爆発するか分からないセリューとも、一緒に行動することは避けたい。
あの主従が、件のライブ会場に介入するのは出来れば避けたかった。狂人が相手では、弟子を殺されて怒る正義の魔法少女が絵にならない。
その手の展開の怒りの対象としては分かりやすい悪人がベスト。次点で、悲しくも望まぬ力を与えられた悲劇のヒロインなどもいいだろう。
よって、ライブ会場から露骨過ぎない程度に離れたメフィスト病院や地図上の赤点のポイントに、バッターたちを導いたのだ。

「いくつかは、本当に怪しい場所もありますし……メフィスト病院に至っては、ね……」

フレデリカがベルク・カッツェの存在を感知したのも、メフィスト病院の中に手を伸ばし、髪を回収している瞬間だった。
召喚の瞬間に、病院内にいた感知能力の高いサーヴァント以外には気付きようもない魔力波動。"英霊召喚"。
カッツェと電話越しに交わした会話と、バッターの「受肉していた」という言葉から、マスターに依存しない規格外の存在として召喚されている事が分かる。
仮にあの魔界医師・メフィストがカドモン・サーヴァントを戦力として使うつもりならば、聖杯戦争の趨勢が傾く程度で済む。
だが何か別の目的で彼らを喚んだのならば、想定すら出来ない何かが起こる……ならば、同じく想定できない要素をぶつけてみたかったのだが。

「やはり、黒幕より正義の魔法少女を目指すべき、という天啓でしょうか」

思い通りにいかない状況に、妙な理屈を当てはめて頬を染めるフレデリカであった。






【四谷、信濃町方面/須賀町/1日目 午後1:45分】

【アサシン(ピティ・フレデリカ)@魔法少女育成計画】
[状態]健康
[装備]魔法の水晶玉、NPCの髪の毛×6、北上の髪の毛、セリュー・ユビキタスの髪の毛、番場真昼/真夜の髪の毛、ベルク・カッツェの髪の毛
[道具]NPCの髪の毛を集めたアルバム、北上の髪の毛予備十数本、セリューの髪の毛予備一本、ベルク・カッツェの髪の毛予備一本、契約者の鍵
[思考・状況]
基本行動方針:北上の願いを肯定、聖杯を渡してあげたい
0.北上の周囲を警戒。なにかあれば北上を引き戻す。
1.PM2:00に行われる、新国立競技場のコンサートを何らかの方法で観る。
2.メフィスト病院に最大限の警戒。
3.NPC・参加者問わず髪の毛を収集し、情報収集の幅を広げる。
[備考]
  • セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)を確認しました。
  • 番場真昼&バーサーカー(シャドウラビリス)を確認しました。
  • 赤のアサシン(ベルク・カッツェ)を確認しました。
  • 予選期間中に起こった事件のうち、NPCが認知している事件は全て網羅してあります。
  • メフィストの噂(医術・美貌)をかなり詳細に把握しています。同時に彼を『要警戒対象』であると判断しています。
髪の魅力には耐え切れないと確信しているので、視界に入れないよう努力します。
  • 『メフィスト病院』内の重篤患者(NPC)の髪の毛を入手し、内偵を進めています。
  • 『メフィスト病院』内でサーヴァントが召喚された事実を確認しました。






☆ベルク・カッツェ



「き……き……き……キターーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!wwwwwwwwwwwwww」

交差点で、突如中年男性が雄叫びを上げる。
動揺する周囲の人間に、男性は見境なく殴りかかる。
押し倒した老人の顔面を全力で殴打する男性の拳からは、骨が露出している。
動かなくなった老人を見て正義感に目覚めた若者が横合いから中年の男に蹴りを入れる。
次の瞬間、青年の脇から軽自動車が突っ込んだ。
信号を無視して人を跳ね飛ばした車は、ブレーキも踏まずに対向車線に飛び出す。
正面衝突した高級車からは近日の緊張から過剰になっているのが見て取れるSPが飛び出し、銃を抜いて軽自動車を包囲する。
銃声が鳴り響く。高級車の周りに陣取り、守りを固めていたSPの一人が、事もあろうに警護すべき車両の中に発砲していた。

「いや~~~~やっぱり好きなんすね~~~~こういうのが~~~~」

その場で最も目立つ長身でありながら、誰からも視線を浴びていない赤髪のサーヴァント、ベルク・カッツェ。
怒号と悲鳴が飛び交う地獄の光景をただただ楽しむその態度は、平時のカッツェのものであった。

「あのワニ野郎wwwwケダモノだけに空っぽの中身だったけどこうなるとありがたいわ~~wwwwwwwwww」

バッターの内面。通り過ぎた災害、と自称した、既に終わってしまっているそれは、カッツェに多大な驚愕と、倍する恩恵を齎した。
白い、白い世界。抑止力も及ばない、万物の営みが終息した、真の意味での原風景。
それを、バッターの心象を通して視たカッツェの心からは、メフィストへの恋の呪縛は消え去っていた。
もし再度メフィストの魔貌を目にしても、一度受けた屈辱を経験値として今度は受け流せるだろう。
宝具の力も、数分前の非ではなく高まっている。消滅を危ぶむほど著しく傷付いた霊器も、強く躍動を始めていた。

「んでんでんでんでーーーーwwwwwwwwwwwwwwwww自分らしくで行くにゃんwwwwwwwwwwwwww」

狂騒のサーヴァントは、<新宿>に混沌を撒き散らす。
……何者かの目論見通りに、己の意思で以て。






【歌舞伎町、戸山方面/1日目 午後1:45分】

【アサシン(ベルク・カッツェ)@ガッチャマンクラウズ】
[状態]実体化、肉体損傷(中)、霊器損傷(中)、魔力消費(大)
[装備]
[道具] 携帯電話
[所持金]貰ってない
[思考・状況]真っ赤な真っ赤な血がみたぁい!
基本行動方針:
1.血を見たい、闘争を見たい、<新宿>を越えて世界を滅茶苦茶にしたい
2.ルイルイ(ルイ・サイファー)に興味
3.バッターに苦手意識
[備考]
  • 現在<新宿>の街のあちこちでNPCの悪意を煽り、惨事を引き起こしています。



時系列順


投下順



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22:未だ舞台に上がらぬ少女たち 北上
アサシン(ピティ・フレデリカ)
38:仮面忍法帖 セリュー・ユビキタス
バーサーカー(バッター)
38:仮面忍法帖 番場真昼/真夜
バーサーカー(シャドウラビリス)
赤のアサシン 33:黙示録都市<新宿>