「お前を呼んだ覚えはない」

 扇情的な仕草で座る姫に対し、メフィストが告げる。一km以上も距離が離れているにも拘らず、メフィストの声は驚く程良く通った。
花神、花中の王、百花の王、天香国色。それら全ては、牡丹の別名である。中国史における美女の代名詞の一人である楊貴妃も、嘗てはこの花に例えられていた。
牡丹と言う花はまさに、美しい花の代表格とも言うべき花であり、それ故に女の美を表現する手段としては極めてオーソドックスである事の裏返しでもある。
有り触れた美のレトリックでは、姫の仕草の美しさを表現出来ない。座れば牡丹、と言う言葉があるが、彼女の艶やかさを大輪の牡丹で表現するのは、余りにも陳腐だった。詩才がないとすら、罵られるであろう。

「警報の音が煩過ぎて起きてしまったわ。下郎の始末すら密に済ませられぬのか?」

 言って姫が、船首から床に飛び降りると、それを契機に黒い船の威容が、空気に溶けるかのようにその場から消失した。彼女の声も、不気味な程よく届く。
ジャバウォックが病院にやって来るまで、宝具である船の中で微睡んでいた。姫は、興が乗れば数週間も風呂に入っていない浮浪の者に股を開き、
恥垢の溜まるその股間に奉仕をする程の淫売である。しかしそれと同時に、下賤の者との交流を何よりも嫌う女でもあると言う、相反する性質を秘めた貴女であった。
この街は自分が出歩くに値せぬつまらぬ街。それが、姫の下した決断。故に彼女は病院の地下の、誰も来る事のない宝具の船を修められるだけのスペースで今まで惰眠を貪っていたのだ。

 その惰眠が、ジャバウォックの来襲を告げる警報で破られた。例え目の前で核爆弾を炸裂させようとも、眠る彼女の興味など引けはしない。
生前の経験から、その警報が何らかの敵襲を告げる物である事を理解していたから、姫は覚醒したのである。メフィスト病院に、敵意をぶつける者。それに興味が湧き、その根源へのコンタクトを取りたくなった。事のあらましは、そんな所である。

「何者だ、女」

 憎悪で練り固められた暴虐の魔獣が、姫に対して言った。
メフィストと、姫。人外の美の極致にある麗魔二名が同時にいる空間は、それだけで、正気を保てぬ程の緊張と重圧感が世界を支配する。
常人であれば、自分が此処にいると言う事に先ず疑問を覚え、最終的には、この空間に自分は相応しくないと思い始め、手元にナイフでもあれば迷わず首筋にそれを突き立てる。
しかし、今やこの魔獣は、二名の誇る美が問題にならない程、憎悪が昂ぶっていた。特に、メフィストへの。

「己が身体を金属に変じさせる術か。三六〇〇年程前、ヒッタイトの国で同じような物を見た事があるぞ」

 姫は、ジャバウォックの言葉をあからさまに無視し、メフィストの方へと言葉を投げた。下郎は、相手にするに値しないらしい。
憎悪の魔獣の身体に纏われる極熱が、上がった。姫の高慢な態度に対して、憤懣を抱いたらしい事は明白だった。

 ヒッタイト。それは世界史に曰く、紀元前約千六百年にアナトリア半島に築かれたとされる王国の事である。
この時代、世界のどの都市国家や諸国を見ても、全ての国が青銅器文明であった。ヒッタイトはその優れた製鉄技術を以て、世界で最初に鉄器文明を築いたとされる、
世界史上のターニングポイントにも設定されている重要な古代国家である。戦争においても、当時多くの国が青銅器文明の中一国だけ鉄器文明の為大層強く、
あのメソポタミアを征服しただけでなく、最も偉大なるファラオとすら称されるオジマンディアスが率いたエジプトを相手に優勢を保っていた程の強国である。
しかし、それが彼の鉄の国の全てではない。姫は知っている。あの国がどのようにして優れた鉄器文明を築けたのかを。
あの国は時の魔術師千人が持てる全ての力と命と引きかえに大魔術儀式を行い、アカシア記録へと無理やり接続、鉄器の知識を引き出させ、当時最強の国家になったのである。
歴史書は語らない、現在の歴史家も信じない。しかし姫は見た事があるし、知っている。遺伝子組み替えで生み出された全長三十m以上のスフィンクスや、
数千度の炎を身体に纏わせ音速の数倍の速度で移動する巨大なハヤブサを兵器として用いていた当時のエジプトを相手に、ヒッタイトがどう渡り合っていたか。
彼の国ではマッハ二十の速度で弾丸を放つライフルが兵士の標準装備だった。現代では実現不可能なレール・ガンも存在し、これは四十㎞以上先の相手でも狙撃出来た。
最高時速七〇〇〇㎞以上の鉄の戦闘機が実用化され、王の近衛兵は全て全長二十m以上の鉄巨人だった。
現存する如何なる技術でも作成不可能とされる完全完璧な球体や、深度六千m以上を簡単に潜る事の出来る潜水艦をも作成出来た、鉄の大王国。
それが、姫の知るヒッタイトだ。その国では細胞と金属を融合させる手術が既に確立化され、自らの意思で己の身体を銃器にさせる事も、剣に変える事も出来る兵士が量産されていた。全身を金属で出来た鬼に変える者も、姫は見た事がある。それとの類似性を、メフィストに指摘した。

「現存する如何なる技術、如何なる魔術でも、目の前のサーヴァントを生み出すのは不可能だ。ヒッタイト王国ですらこれは産み出せん」

「ほう、ではお前は目の前の存在をどう思っておるのじゃ」

「如何とも思わん」

 メフィストの言葉は、姫の予想を裏切るものだった。 

「これから滅びを与える者に、抱く感慨は何もない。私の怒りを買った事を後悔させながら、地獄の釜底へと叩き落とすだけだ」

 その一言を聞いた瞬間、ジャバウォックが動いた。
メフィストが先程放ったレール・ガンの技術を応用、右腕を銃口状の器官に変形させ、其処にローレンツ力を働かせ、体内で精製させた金属の砲弾を発射させる。
弾体と魔界医師との距離感が半分以下にまで縮まった頃には、砲弾はマッハ五十と言う破壊的な速度になっていたが、
時間制御で量子コンピューター並の思考速度を得ていたメフィストは、これに対応。ケープ部分に砲弾が直撃するも、砲弾が即座に腐敗し塵になり、消滅してしまった。

「ほほほ、メフィストの怒りを此処まで買うとは、余程の事をしたらしいの、この鉄の獣(けだもの)は」

「これを葬り終えたら、次はお前だ姫よ。魔界都市にも、せつらにも袖にされた孤独の女王よ」

 メフィストが姫に送る言葉には、一切の親しみもない。ジャバウォックと接する時の声のトーンとまるで変わらない。
お前も裁きの対象だと言わんばかりの声音である。メフィストの今の態度は、この吸血姫を御す事など、どんな手段を用いても不可能だと知っているからと言うのもある。
だがメフィストが激怒するのも当たり前の話で、彼は気付いているのだ。この女は、ただ歩くだけで死を生む魔性の女、このロビーに来るまでに、メフィスト病院のスタッフを何人か殺めている事に気付けぬ程、メフィストの目は節穴ではなかった。

「……つまらぬ冗談だけは得意な男よ」

 メフィストの口にした言葉は、ただでさえ我儘で気の短い姫の逆鱗を破壊する程の言葉だったらしい。無論彼は、それを選んで彼女を悪罵した。
この場の気温が、零下を割りかねない程の凍結した怒気を放ちながら、姫はメフィストの方を睨みつけていた。殺意が可視化し、重みを孕んだかのようだった。
NPCや、並のサーヴァントであれば、姫が身体から放ち続ける無限大に近い総量の殺意に気死、この怪物を敵に回した事を心の底から悔悟してしまうだろう。
しかしメフィストは、全くそんな事を意に介さず、これから屠殺される牛や豚でも見るような目で、姫の事を横目で見ていた。姫の殺意を感じても、平然とした様子のサーヴァントはメフィストだけじゃない。彼女が鉄の獣と呼んだバーサーカーも、また然りだ。

 ㎞単位の距離を一秒を遥かに下回る速度でゼロにし、ジャバウォックが姫の方へと肉薄。
頑強な力場をも紙のように裂き、空間すらをも引き裂いて見せる爪の生え揃った右腕を、この魔獣は竜巻めいた勢いで振るった。
直撃するまで後数十cm、と言う所で、腕が止まった。姫の繊手が、ジャバウォックの右手首を万力の如き力で抑え込んでいるからだった。

「痴れ者が、実力の差をも理解出来ぬか」

 そう言って姫は手に力を込め、何と素の腕力で、ジャバウォックの右手を捩じ切ったのである。
ピクッ、と反応するジャバウォック、このサーヴァントもまた、怪物か。言葉には出さぬがそう思ったのは間違いない。
捩じ切られた右手はいつでも再生出来る。お構いなしにジャバウォックは、口から燃え盛る火炎を吐き出した。今やその摂氏は一万度にも達する。
それを真正面から受けてしまう姫、身に纏う衣裳が灰も残らず燃え失せ、彼女もまた瞬きよりも早い時間で燃え盛る人の形となった――燃えていた時間も、一緒だったが。

 ジャバウォックが今度こそ、驚愕に目を瞠若させてしまう。
その瞬間を縫って、メフィストが動いた。足元に針金で銃座を再び作っていた彼は、またもジャバウォックの方に、メスによるレール・ガンを発射する。
今回は運良く、メフィストがこれを形成させる瞬間を目の当たりにしていた魔獣は、自らの真正面に局所的ではあるが極めて強い磁場を形成させる。
レール・ガンがマッハ数百の速度でジャバウォックを貫かんと向かうが、磁場に直撃した瞬間、あらぬ方向に大きい角度で逸れて行く。
如何なレールガンと言っても、電磁誘導の力を用いての実体兵器と言う枠からは脱し切れていない。ならば、それを兵器足らしめている電磁誘導の力を狂わせてしまえば、恐れるに足らないのだった。

 ――それよりも脅威と感じたのが、燃え盛る妖姫の方であった。

「ハハハハハ!! 懐かしい焔よ!! この獣、竜の火炎を吐きおるぞ!!」

 姫に纏われた炎が沈静化して行く。冷静に考えればあり得ない話である。
一万度を超える超高温の炎を浴びていて、『人の形を保てている』と言う事自体が既に常軌を逸した光景だ。普通ならば、人の形すら保てず一瞬の内に、灰も残らず消え失せる。
人の形の炎が、水が引いて行くように消えて行く。露になる、この世の『白』の見本のような色をした柔肌、悠々と風に任せるがままたなびいている射干玉の如き黒髪。
股座に生える、見るだけで盛りの男を射精に導く黒い陰毛。そして、気高さと淫売さが同居した、神ですら裸足で逃げ出すその美貌。真の美しさは、地獄の業火ですら害せる事が出来ぬのか。炎ですら意思を持ち、焼き殺す事を躊躇うのか。そう感じずにはいられない。姫は、無傷であった。

 時間制御で魔境の速度を得たメフィストが、此方へと駆け寄って行く。
その手には、メスが握られていた。空間は元より、神や悪魔ですら切断出来ると言われたメスだ。戦闘に用い、斬られれば何が起こるか解らず、
その全てを理解している物はメフィストだけとすら言われた、メフィスト謹製のメスである。

 一瞬でジャバウォックの下へと肉薄したメフィストが、メスを振った。
この一撃を喰らうのは拙いと判断したジャバウォックは、受ける事すらせず彼から飛び退き、回避する。この何気ない仕草ですら、音の速度を超えている。
――それに、裸身の姫が追いすがる。白色の残像を夢魔の残滓めいて世界に残しながら、彼女はジャバウォックに匹敵する程の速度で接近した。
この時には既に魔獣の右手は再生を終えており、それを姫の方へと振るった。明らかに、珪素と炭素の魔獣が腕を振った後で、姫もその左の繊手を優雅に振るった。
腕と腕が衝突する。瞬間、衝撃がジャバウォックの右腕全体に伝わった。衝撃が走った所から、砲弾でも跳ね返す程の強度のジャバウォックの身体に数千分の一秒で亀裂が生じ、
其処から粉々に砕け散った。あり得ない程の衝撃と威力だった、攻撃を受けたのは右腕で、しかもその部位が破壊されたにも拘らず、痺れにも似た鈍い感覚の遅れが、魔獣の身体を打ち据えていた。これこそが、吸血鬼の頂点に立つ者の腕力。核シェルターですら容易く粉砕する、人の形をした自然災害が振う恣意的な暴力だった。

 メフィストが針金を空中に抛り、再び針金細工を形成させる。今回は、空を舞う巨大な鷲だった。メフィストの手から成る針金細工だ、嘴から何を吐き出してもおかしくない。
それを見たジャバウォックは、姫とメフィストの双方を攻撃すると言う選択を取った。残った左腕が茫洋と霞んだ瞬間。
Hiiiiii――――――nnnnnnと言う高音がさくかに響いた、瞬間。姫の身体が蒼白く激発し始めた。
あらゆる細胞を麻痺させ、神経を狂わせ、組織を完全に破壊してしまう超高速振動波。それを叩きつけられた事によって、肉体が電離化を始めていた。
針金の巨鷲も、その直撃を受け、何らの役割を果たさせる事なく身体を爆散させる。蒼白く輝く欠片が床に墜落するその中で、メフィストの方は平然とした様子だった。
その振動波の波数を一瞬で解析、それを中和する波長の震動を身体を纏わせているからだった。

「見た目に違わず随分多芸ではないか、この獣は」

 進行する身体のプラズマ化以上の速度で、肉体の再生を終えた姫が、面白げに呟いた。
サーヴァントであろうとも肉体が粉々に砕け散る超振動を受けていたとは到底思えない程に、姫の身体には傷がなかった。

 生前から付き合いのあるメフィストは既に知っていた事柄だが、此処に来てジャバウォックも気付いたらしい。姫の驚くべき再生能力に。
一万度を超える火炎、身体を瞬時にプラズマ化させる程の高速震動。そして、ジャバウォックの身体に纏わせた、近付くだけであらゆる金属を蒸発させる超高温。
これらに直撃し、何故無傷でいられるのか。無傷、と言う言い方は実は正確ではなかった。厳密には姫は、ダメージを負っている。
『受けた損傷以上の速度で傷が再生する為、傍目から見れば無傷に見える』のである。高位の吸血鬼は、灰になった状態からですら完全なる復活を遂げられる。
夜の覇王たる吸血鬼、その中でも最上位の強さを誇る姫の再生速度は常軌を逸する。分子、原子レベルにまで粉々にされても、次の瞬間には平然と復活出来る程なのだ。サーヴァントになりその存在が著しく劣化したとしても、それでもなお圧倒的な再生力。これが、姫の防御力の正体であった。

 スッと、メフィストが人差し指をジャバウォックの方に伸ばす。
その動作に不穏な空気を感じ取ったバーサーカーが、空中へと飛び上がりつつ、その身体の周辺に強い電磁シールドを纏わせた。
これと同時に、メフィストの人差し指から、数千万Vもの放電現象が発生。元々は患者の心臓マッサージ用に編み出した魔術だが、これを対象の抹殺用にまで昇華させている。
紫色の放電は、ジャバウォックと『姫』の方に、毒蛇が対象を噛まんとするような動きで迫ってくる。ジャバウォックの方は電磁シールドに阻まれ、スパークが砕け散るが、
姫の方はまともに直撃。人を一瞬で焼死させる程の超高電圧に直撃しても、炭化どころ皮膚の焦げた跡すら、彼女には見当たらなかった。
あわよくば、ジャバウォックと一緒に殺す、と言うメフィストの考えが、これでもかと言う程露になった瞬間である。

「サーヴァントの身の上は、貴様であろうとも盲いさせるか。私がこの程度で滅ぶと思っておったか!!」

 無論、そんな事は言われるまでもない。姫の恐ろしさを知っているメフィストである。この程度で死ぬような相手ではない事は、百も承知だ。

 高度二百m程上空まで浮上したジャバウォック。この瞬間右腕は再生を終えており、復活した両腕から細い針の魔弾を射出させる。
ケルトの地の神話に伝わる光神・ルーが用いた、魔王バロールを打ち倒すのに使った魔弾と同じ名前のその攻撃を、タスラムと呼ぶ。
姫の方は、気まぐれからか、思いっきり地を蹴り、一瞬でジャバウォックと同じ高さまで並び、其処で浮遊した。
メフィストの方は、裏地を強調するように白いケープを大きく開くと、その内部に、タスラムが吸い込まれていった。広大無辺な亜空間のゲートなのか、ケープの裏側に吸い込まれたタスラムは爆発したのかどうかすら余人には解らない。

 一切の浮力もなしに空を飛べるのは、この世の物理法則に囚われぬ姫であればこそだった。ジャバウォックも最早、驚くには値しないらしい。
左腕の肘から先を銃口の形状に変えるジャバウォック。両腕を霞ませる姫。攻撃を初めに仕掛けたのはジャバウォックだった。
メフィストから学んだレール・ガンの原理を自ら適用させ、体内の金属細胞で精製させた砲弾をマッハ三十の速度で射出させる。
それに対するカウンターのように、姫の行動が次に重なった。砲弾が、姫の身体に届く前に粉々に破壊されたのである。馬鹿な、とジャバウォックが驚いた。
姫もまた、ジャバウォックが使って見せた様な、超高速振動を使って見せたのである。振動させる部位は、己の両腕。その振動波に直撃すれば、物は分子レベルで破壊される。
急いでジャバウォックは、放たれた振動波を無効化させる振動を全方位に放ち、高速振動を中和、無効化させる。

 その間、何もしないメフィストではない。
メフィストはケープの裏地から、野球ボール大の大きさの鉄球を取り出し、それを高速で、姫とジャバウォックの間の空間に飛来させて行く。
魔獣と吸血姫が殴り合いを行おうとしていた、正にその寸前で、鉄球に亀裂が入り始めた。それを見た瞬間、ジャバウォックが鉄球から急速に離れた。
無論放り投げたのはただの鉄球ではない。周囲二百mに渡り、最高三億度の熱を撒き散らす特殊反応弾である。
炸裂させれば、閉鎖的な性質を持った空間や固有結界すらも焼き尽くす、メフィストのみが使用出来る恐るべき兵器。人体に放てばどうなるかは最早説明するべくもない。
彼の魔界都市でも、使用は絶対的に禁止。メフィスト病院及び、これに比肩する強固な閉鎖空間の中でしか使用が許されなかった、禁断の兵器である。

 割れた箇所から、無色の焔が迸った。億の温度を生み出す特殊成分、それによって生じる炎には、色など存在しないのである。
炎の直撃を受けた姫は、数万分の一秒と言う短い時間で、身体が炎上し始めた。三億度と言う灰どころか魂すら残らぬ程の超高熱を受け、塵一つ残らず消滅するのと、
姫に生来備わる常軌を逸した、それこそ英霊の座を見渡しても屈指の再生力が拮抗している瞬間だった。対魔力スキルを持っていなければサーヴァントですら即死である。
一方、ジャバウォックの方は、亀裂を見てから動き始め、一㎞以上も離れた所へと退避していた。熱を利用した兵器は本来魔獣には通用しない所か、
逆に自らの力の呼び水にする程であるのだが、流石に億の温度は真正面から受け切れない。何せ太陽表面の五万倍の温度だ。
直撃しても多少はその熱エネルギーを吸収できるだろうが、サーヴァントとして矮小化された身では逆に吸収し過ぎで破裂しかねない。

 ジャバウォックに備わる、生理現象とも言うべき熱エネルギーの吸収能力が、メフィストの放擲した特殊反応弾の熱を吸収し始めた。
熱エネルギーが放出されていた時間は、およそ四秒。たった一秒で、無尽蔵とも言うべきジャバウォックの吸収能力が吸い過ぎの状態を発生させてしまった。
拙いと思い、更に熱から距離を取りながら、吸収し過ぎたエネルギーを荷電粒子砲やレール・ガン、と言った攻撃に変換、総量を減少させる。
狙った先は無論メフィスト、そして、今も三億度の熱の爆心地に居ながら、人の形を保っている姫の方だ。
全体的に人の形を保った燃焼と言う現状が一番相応しい姫が、雨霰と放たれるレール・ガンを腕を振って木端微塵に破壊する。メフィストの方は、針金の壁を作り出し、何十発にも及ぶ荷電粒子砲を防ぎ切った。

 特殊反応弾の熱が収まり、過吸収分のエネルギーも漸く問題ない値まで減らす事が出来たジャバウォック。 
これと同時に、メフィストの方へとロケットの如き勢いで向かって行く。そして、移動ルート上で右腕の形を変形させて置く。
それは、肘の辺りから三本に枝分かれした、木肌の荒い大樹と言うべき様相をしており、この状態になった腕を、最大限共振させて行く。
攻撃の正体に既に気付いたメフィストが、何を思ったか、両目に人差し指を突き入れ、即座に引き抜いた。
彼我の距離が、百フィートを切った辺りで、メフィストが虚空目掛けてメスを振った。あの時、目に指を突き入れ、両目を手術。
手術によってBランク相当の千里眼を獲得していたこの美魔人には映っていた。空間に走る、白々と光る細線。
ジャバウォックは、物理的特性を無視する空間の切断現象、それを範囲内に、回避不可能なレベルの密度でバラ撒いていたのだ。
地球上の如何なる生物、赤外線すら視認出来る昆虫ですら不可能な空間の切断線、それを『視る』為に即席の手術を行い、それがどのような角度で放たれたかを認識してから、メフィストは手に持ったメスで空間の切断を逆に斬り返したのだ。

 接近しながら、嘗てチェシャ猫の名を冠していたARMSが切り札としていた、空間を切断する魔剣を再び発動させるジャバウォック。
魔獣は、右腕を魔剣(アンサラー)を放つ為の機構に、左手首より先をコンセントに似た二本の刃が突き出た様な形に変形させていた。
後者の方は、余剰エネルギーを高圧電流に変換させ、空間に放電現象として放出させるらしかった。――この時、三億度の熱から完全に復帰した姫が、此方へと急降下して行った。向かう先は、ジャバウォック。

 空間に、目に見えぬ魔剣の剣線が閃いた。物理的特性を無視して如何なるものをも切り裂くこの一撃を、今ジャバウォックが放った密度のまま人間が直撃すれば、
待っている未来は挽肉だった。これをメフィストは、ジャバウォックですら右肘より先が霞んでしか見えぬ程の速度でメスを持った右腕を動かし、迫る剣線を逆に切断して行く。
姫もまた、その攻撃に常人には理解出来ぬ、不可視かつ不思議な力を纏わせているのだろうか。花しか手折れず、椀と箸と匙しか持った事のなさそうな程か弱い繊手の一撃は、
空間に刻まれたアンサラーを尽く破壊して行った。メフィストが空間の切断を斬り返し、姫が此方に迫るその最中に、第二陣、超高電圧の放電を魔獣は開始した。
閃くのは、眩いばかりの電光。夜の闇の中でその一撃を放ったら、突然昼になったような錯覚を覚えるだろう。それ程までの電圧と出力の強さだった。
直撃すれば鋼すら蒸発する。意思を持ったようにケープが勝手に動き、メフィストに迫りくる放電を、白布は忠臣の如く明後日の方向に跳ね除けさせる。姫に至っては、身体が焼ける事など構いなしに、ジャバウォックの方へと突っ込んで行く。

 接近した姫が、その繊手を振った。傍目からはゆっくりと振っているように見えるが、その実、音の十倍にも届こうかと言う破壊的な速度で行われる白腕の打擲だ。
一万t以上にも達する衝撃を耐える分厚いデューム鋼を、薄焼きの煎餅の様に破壊する恐るべき一撃である。ジャバウォックですら、最早直撃してはならないと思っている。
バッと距離を離し掛けたその時、凄まじい衝撃が魔獣を右から打ち叩いた。新幹線の衝突を思わせる程の威力に、魔獣の重圧な身体が水平に吹っ飛んで行く。
吹っ飛びながら、姿勢の制御を試みているジャバウォックが、見た。どんな貴い血(ブルーブラッド)の女ですら、跪いてキスをさせて欲しいと懇願するに相違ない、
メフィストの輝ける右手が、空間にパントマイムの要領で手を当てているのを。空間振動の類か、ともジャバウォックは思ったが、実態は違う。
空間にも脈拍と言う物があり、人間は元より、ヒトよりも遥かに優れた感覚器官をもつ動物や昆虫ですら、空間の搏動を感じ取る事は出来ない。
その空間の心拍を、メフィストは一時的に増大させたのだ。ジャバウォックが感じた衝撃の正体は、強くなり過ぎた空間の脈拍であった。

 ジャバウォックが吹っ飛んだ先に、姫が向かって行く。
裸を露にした、姫の身体。首筋、肩、乳房、腰、そして、尻から太腿を伝って足首、爪先に至るまで、美の精髄足らぬ箇所など一つもない。
人類史に名を刻む如何なる美術家・芸術家でも、姫の身体の一部を再現する事など不可能だろう。彼女はまさに、美と言う概念の始原にして全てだった。
そんな美しい肢体の何処に――音に数倍する速度での奔走を可能とするだけの力があると言うのか。

 姫の移動ルートと、ジャバウォックが飛び退いているルートが丁度重なった、その瞬間をメフィストは狙った。
針金を以って銃座を作りだし、白く、そして淡く輝くメスを、其処にセットした。今回使うメスは、ただのメスではない。
此処メフィスト病院に頼ってやってきた患者の、生への希求。そして、己を蝕む病と怪我が治った時の、生きる時の喜びを、メスの形に固めたものである。
これをメフィストは、マッハ百と数十の速度で射出した。放たれたメスは、若返りの秘香油でも塗った様に輝く姫の白肌に包まれた鳩尾を貫通し、
そのままの勢いを減速させるどころか更に加速させて、ジャバウォックの腹部に類する所を貫いた。貫かれればそのポイントにマイクロ・ブラックホールを生みだし、
対魔力の値など構いなしに、生じた極微の黒点に、肉体を破砕させながら吸引させる。その恐怖を知っているジャバウォックは、真っ先にその除去に取りかかり、
穿たれた所を抉り取り地面に投げ捨てた。無論、この一撃を以ってジャバウォックを破壊しようと言う意図もあった。だがそれ以上に今の一撃は――姫に対するものでもある。

「メフィスト……貴様ッ!!」

 ダメージは寧ろ、ジャバウォックよりも姫の方が深刻な物であった。
姫もまたジャバウォック同様、メスに貫かれた部位を、内臓である胃や膵臓ごと削って抉り出し、地面に叩き付けていた。
白いものも混じっている。姫自らの手で圧し折った、己の脊椎の一部だ。
内蔵を外部にえぐり出される程度なら吸血鬼の再生能力でどうとでもなる――メフィストが今与えた傷を除けば。
生の希求とは即ち、死霊・悪霊、屍食鬼(グール)等の不死者の類にとっては対極にある概念である。これを練り固めたものをぶつければ、どうなるか。
大抵の存在は、そのまま蒸発して消え失せる。常夜と常闇の中に於いて無敵の存在たる、闇の覇王種・吸血鬼もまた同様。
メフィストの誂えたメスで身体を斬られれば、吸血鬼であろうとも生来備わる再生力をそのまま根こそぎ無効化され、存在の格が低い場合そのまま塵となり灰となり即死する。
そんな状態に今姫が陥っていないのは、彼女が歴史上存在するあらゆる吸血鬼の中で唯一無二にして、最頂点の存在であるからに他ならない。
その存在の格が、メフィストのメスによる消滅と言う結果を捻じ曲げ、堪え難い程の激痛と一時的な再生能力の無効化と言う結果程度に押しとどめていた。
恐るべしは、そんな物を振うメフィストか。それとも、そんな物ですら消滅を齎せぬ姫の方か。どちらにしても言える事は、姫は、メフィスト病院のスタッフを悪戯に殺戮した時点で、メフィストは彼女の味方になる事など断じてあり得ず、敵としてこの場でジャバウォックと同時に始末する心構えを決めていたと言う事だった。

 怒りに全てを委ね、姫が、両腕のみならず、両脚、そして身体全体を振わせた――と見るや。
床が、常人の目には捉えきれぬ程の速度で液化と蒸発のプロセスを経始めた。先程ジャバウォックに対して披露した、超高速振動攻撃である。
姫は今回は本気の出力で行っているらしい。まともな防備なしにこれに直撃すれば、瞬きを遥かに下回る時間で、素粒子のレベルにまで身体が分解されてしまう。
急いでジャバウォックとメフィストが、波数を解析し、振動を中和させる振動を逆に纏わせ、姫の攻撃を無効化させた。

 そしてその間、ジャバウォックが、考えた。
誰に憚る事無く、ジャバウォックですらが美しいと判断する裸身を曝け出すライダーも。自分を殺すと宣言した、神の如き美を誇る白きキャスターも。
両者とも、恐るべき強さを誇る、魔界の住民だった。しかし、両者には違いがある。ライダーは自分と同じだった。破壊と、暴力、そして死。
姫が司るものは正しくそれだ。彼女は生きている限り、何かを破滅させずにはいられない、何かに死を齎せずにはいられない。姫は、ジャバウォックと同じ宿業を抱いていた。
メフィストは、違う。あの男が司るものは、生、治癒、そして審判。何かを治し、誰かを癒す。それが、メフィストの存在意義。つまりメフィストは、姫とジャバウォックの、対極、アンチに当たる存在だった。

 メフィストは、己の邪魔立てをする者に対して、一切の慈悲はない。
メフィストのルールを冒せば、最後。メフィストが発明した超科学の品々、そしてメフィストが操る恐るべき魔術を以って、自らの尊厳を踏み躙った者の抹殺に掛かるのだ。
あの男は何処までも敵対者には無慈悲であり、そして自分は、あの美魔人が無慈悲に振る舞わねばならぬラインを飛び越えてしまったのだと。今更ながらに理解した。

 尋常の手段では、先ず勝てない。
あのサーヴァントは、クラスがどうだとか言う問題を超越している。キャスターと言うクラスで呼び出された、怪物(モンスター)であった。
メフィストを滅ぼせる可能性があるとすれば、一つ。自らが生成出来る物質の中で、究極とも言えるそれ――反物質砲を用いるしかなかった。
それですらも、メフィストは対応してしまうのではないかと言う懸念があった。直に放っても、意味がない。

 圧倒的な暴力と火力による蹂躙を至上とするジャバウォック、それらに反する事であるが、此処でこの魔獣は二重にそれらの宗旨を破る事とした。
一つ、小賢しいフェイントを使う事。そしてもう一つ、自分の技術ではなく、『他者から学んだ技術』を利用する事。

 思い立った瞬間が、実行に移す時だ。ただでさえ神域にあるメフィストの思考速度は、時間制御で平時の七倍と言う、光すら認識しかねない程のそれにまでなっている。
躊躇している時間など絶無だ、即断即決が求められる。ジャバウォックは形状を元に戻させた左手を伸ばし、其処から、
爪だけに特殊な回転を加えさせてマッハに倍する速度で射出させる。それを見たメフィストが、殆ど反射の要領でケープを動かした。
ケープは城塞の様な堅固さらしく、軽く爪をいなしただけでそれを破壊して見せた。

 ……直に、それが迂闊な判断だったとメフィストは気付いたらしい。メフィストへの殺意を露にしていた姫にしても同じだった。
白いケープに、渦巻く黒い孔が三つ刻まれていたのだ。それは、ネズミ花火様にスルスルと、メフィストのケープを伝って移動して行き、彼の肉体の方へと向かって行く。
その過程で、一つの孔、いや、弾痕が消えた。メフィストの手による物だろう、二つだけが残った、その時。ボグオォンッ!! と言う音と同時に、メフィストの身体に風穴が二つ空いた。血色の、穴だった。

 ――――――――――薔薇が、咲いた。

 二人はそう思った。メフィストの胸部に刻まれた、二つの血色の孔。
其処から、燃えるような薔薇の大輪が咲き誇り、咲いたその瞬間に、夕焼けの空の破片を思わせるようなその花弁が散ってしまったように、二人には見えた。
実際には違う。メフィストの身体から咲いていたのは、ルビーの様に輝く彼自身の熱い血潮であり、花弁と見ていたのは、本物の薔薇よりなお赤い血液だった。
真の美しさを持つ者は。造詣を司る神の寵愛を受けた者は、血を流したとて、血を噴き上がらせたとて、見る者にそうとは思わせない。
あのような男が、血など流す筈がない。あの者は血ではなく、代わりに薔薇の花びらを流すのだ、溶かしたルビーを流すのだ、と錯覚させる。姫もジャバウォックも、その錯覚に一瞬囚われた。

 攻撃を行ったジャバウォック当人ですら、瞬間の事ではあるが、信じられなかった。ダメージを、負わせられるとは、と。他ならぬ魔獣自身が信じていなかったのだ。
姫自身も同じである。いや、魔界都市<新宿>に、彼女からすれば瞬きにも等しい短い時間とは言え滞在していた、彼女だからこそ理解出来る。
メフィストの身体を害する事が、どれだけの難事である事かを。あの街の住民が、メフィストを恐れたのは、彼自身が<新宿>区長よりも上位のVIPであったからではない。
無敵のスーパーマンになれる薬を服薬しても、米軍を半壊させる程のサイボーグ手術を受けても、神から直々に伝えられた魔術を操っても、問題にならない強さ。
それをメフィストが持っていたからに他ならない。魔界都市であろうとも、いや、魔界であったからこそ、単純な力の優劣は区外よりも特別な意味を持つ。
それから考えれば、メフィストは、触れてはならぬ魔人の一人だったのだ。――その魔人に、傷を負わせたばかりか、血を流させた。もしも此処が魔界都市であるのなら、ジャバウォックの名は永久(とこしえ)まで語り継がれ、誰もがジャバウォックと同じ力を得る事を望むであろう。

 常人ならもんどり打って倒れる所を、メフィストは、現在進行形で血孔の治療を進めると言う行為で耐えていた。
白皙の美を誇る魔人は、ジャバウォックがどのような術を使ったのか、その正体を看破していた。姫もまた、それを理解している。
彼女の方は、実際に幾度となくその身で使われていたからだ。メフィストも姫も、ジャバウォックが此処まで芸達者だとは思わなかった。
あの魔獣が使ったものこそは、螺旋、即ち、この地球上で最も生命の成長に適した形を応用した技術。魔獣は、回転の妙技を以ってメフィストに傷を与えたのだ。

 黄金長方形と呼ばれる形がある。辺の比が、1:1.1618、即ち黄金比になる長方形である。
この長方形は古の昔より、この世で美しいものの基本の比率として考えられ、現存世界で傑作と呼ばれているあらゆる美術、芸術に、この形は隠されて用いられてきた。
何故、この形は美しいのか。それはこの形は、生命エネルギーの象徴であるからだ。黄金長方形に線を引き、最大の正方形を作成する。
すると、残った長方形がまた黄金長方形の比率になり、そこからまた最大の正方形を描くと、また残った長方形は黄金長方形になり、永遠に相似な図形ができていく。
この時、正方形の列において角の点を滑らかに繋いで行くと、渦巻が出来て行く。これこそが、対数螺旋。生命エネルギーの象徴とも言える、∞を象徴する回転だった。
対数螺旋とは、その形状を有する存在に、内側外側とも等しい比率で成長する事を許し、即ち、最もバランスの取れた存在と化せしめる。
既に死滅したアンモナイトと、その同族オウムガイ。どちらも美しい螺旋を描きながら、前者が遥か古に絶滅し、後者が今なお人間の目に息づくのは偶然ではない。
きつい巻きの螺旋と緩やかな対数螺旋の差、アンバランスとバランスとの差であるからだ。アンモナイトは、螺旋に愛されなかったが故に、絶滅を避けられなかった。
理想的な成長形をなぞって中心より生まれる生命エネルギーは、常に最強の力を発揮する。もしもこの力を正しく発揮出来るのならば――メフィストは元より、姫ですらが消滅を免れない。対数螺旋の力を本当に引き出せる存在は、無限の力を得たに等しく、言ってしまえば、根源への到達者なのだ。

「過小評価を改めよう」

 対数螺旋を利用した攻撃が出来るとは、メフィストは思っていなかった。誰から学んだかは解らないが、恐るべきサーヴァントだ。
だが、知っている。今放ったジャバウォックの攻撃は、余りにも練度が低すぎる。恐らくはこっちの気を引く為の、フェイントだったのだろう。
本命は、この後放たれるであろう攻撃。メフィストの瞳は、ジャバウォックの右手に収束して行く、エネルギーの粒子を捉えていた。
それを解析し、今度こそメフィストは、嘗てない程の驚きに、瞳をカッと見開かせた。そのエネルギーは実際に魔界都市でも使われている。
但しそれは、発電などの生活エネルギーの産出の為である。凡そこのエネルギーが、攻撃に使われたなど、聞いた事がない。使えば、使った側も自滅すると解っていたからだ。
地球上でそれを攻撃用エネルギーとして利用する事は、魔界都市でも禁則事項だった。あの魔界でも使われる事が許されなかったそのエネルギーの名を――『反物質』。
あの怪物は、正に息を吸うようにそのエネルギーを己の身体の中で生み出す事が出来るのだ。

 ――今、反物質砲が、放たれた。
メフィストのダメージを信じられないものを見るように見ていた姫。ジャバウォックの放った反物質砲を見て、初めて彼女は、『回避』に移った。
持ち前の不死が、通じるかどうか解らぬと判断したからだ。右方向に飛び退くが、時間が遅かった。反物質砲が、究極美の結晶とも言える肉体に衝突。
結果、左の方の脇腹を半分近く消滅させられた。そしてそのまま、姫にリアクションを許させない程の速度で、それはメフィストの方へと向って行く。
バッ、と、メフィストは纏っていたケープを脱ぎ取り、反物質砲へと放り投げた。ケープの裏地が、反物質砲を吸収する。
ジャバウォックが放った、総量次第では文明を地球ごと破壊させる程の魔光が全て、メフィストが身に纏う、天の光を編んで創ったような白いケープに吸収された。
それから、数千分の一秒経った頃だった。ケープそのものに、陶か磁器に生じた亀裂めいた物が走り始め、其処から凄まじい光が漏れだしたのは。
その亀裂から、ケープが爆ぜた。光から、直径数十m規模の爆発が発生し、轟音と爆風が轟く。

 反物質砲を、吸収されたとみて驚くのはジャバウォックだ。
魔獣は、<新宿>所か東京、関東、いや、日本列島の三割以上は優に焼け野原に出来る程の出力で、あの魔光を放った。
それなのに、あのケープに吸収され、無効化された。この男は、何者なのだ。本当に、同じサーヴァントなのか!?
だが、魔界都市を知る者が見れば、ジャバウォックが行った攻撃によってメフィストに齎された結果の方も、信じられないものだと言う事をこのバーサーカーは知らない。
メフィストのケープを破れると言うだけで、あの世界では恐るべき強者だった。言ってしまえばこの時点で、メフィストを殺せる可能性が多分にあると言う事である。
そしてこの事柄も、ジャバウォックは知らなかったろうが、メフィストは、己の身に纏うケープと言う礼装を犠牲にする事によってでしか、反物質砲を防げなかった。
ジャバウォックはメフィストにダメージを与えられただけでなく、身に纏う、如何なる鎧よりも堅固な白のケープをも破壊して見せたのだ。このバーサーカーもまた、希代の怪物であった。

「馬鹿なッ!!」

 ジャバウォックが吼える。
対城宝具以上の出力どころか、神造兵器ですら及ばぬかもしれぬ威力で放たれた反物質を、礼装を犠牲にしたとは言え無効化されるなど、本来あってはならない事なのだ。

 メフィストがジャバウォックの方へと駆け寄って行く、速度は、音の四倍強。
拙いと思い、ジャバウォックが、戦いの最中で獲得――進化――した力を発動させる。
発動させた瞬間、ジャバウォックの身体から熱の代わりに、漆黒の瘴気めいた物が噴出、それが纏われ始めた。
当然の事ながら、ただのこけおどしではない。触れたものの結合力を破壊し、分子レベルまで瞬間的に分解させる波動のような物である。
RPGすら跳ね返す重戦車だろうが、数十の編隊を組んで向って行く戦闘機だろうが、一瞬のうちに分解させる恐るべき破滅の雲だ。
無論、これすらも、何らかの魔道の技で捌くのだろうと魔獣はアタリを付けている。近付いてきた所を、今度こそ反物質砲で消滅させる――筈だった。

 腹部の辺りに、凄まじいまでの衝撃が走った。
背部まで伝わった衝撃で、そのまま身体が真っ二つに折れてしまいかねない程の威力。余りのインパクトに、痛みが遅れてしまった、どころか、痛みを感じなかった。
ジャバウォックはその衝撃のベクトル方向へと亜音速で吹っ飛ぶ。その最中に見た、右の蹴り足を伸ばした状態の、姫の姿を。あの衝撃は彼女の蹴りによる物だった。
結合崩壊の波動を受けた姫は、当然の事その影響を受け、身体の一部の結合が破壊され、大ダメージを受けた筈なのだが、
受けた傍から結合が崩壊する以上の速度で肉体は回復していた。それなのに――ジャバウォックの反物質砲に直撃した左脇腹だけが、未だに寒々しい空白を晒していた。

「破壊の神を気取る愚か者めが……私の玉体に醜い傷を負わせたな」

 そう口にする姫の表情は、余りにも冷たく、凍て付いていた。
臨界点を超えた怒りの余り、憤怒の相が刻まれていなかった。凄まじい怒りに、姫は真顔になっている。一切の感情を宿さぬ無表情でも、姫の美貌が褪せる事はない。
凛冽たる美であった。繚乱と咲き誇る花畑の中に彼女が分け入ろうものなら、花の方が美の敗北を悟り、その場で枯死する道を選ぶだろう。
そんな表情のまま、姫は、遥かな沖から押し寄せる津波のように、その身体から一つの感情を湧き上がらせ、この広大無辺の空間をそれで満たさんとしていた。その感情の名は、殺意だった。

 天与の美、と言う言葉が自惚れでも世辞でもなく、正しく真実であるとしか言いようのない姫の身体。それを、下郎如きに傷を負わされた。
その事実に、姫は赫怒を覚えていた。しかし、姫が此処までの怒りを覚えている理由は、もう一つある。それがなければ、姫が抱いた感情は、激怒で終わっていただろう。
思い出してしまったのだ。夜香と言う名の小癪な吸血鬼の祖父に当たる、長老と呼ばれる吸血鬼に傷を負わされた時の事を。
――今この空間で同じ敵の抹殺に燃える、純白の医魔の姦計によって、二目と見られぬ醜い相貌にされた事を。姫は、事此処に至って思い出したのだった。
その時の怒りも、ジャバウォックにぶつけるつもりでいた。言ってしまえば――国士無双の大英傑、天下無敵の大英雄ですら震え上がる程の、究極の八つ当たりだった。

 足を地面につけ、吹っ飛ばされた勢いを急激にゼロにしようとするジャバウォック。
この時魔獣は、此方目掛けて走って行く姫を見た。――彼女と並走するようにメフィストも、此方に向かってきている。悪魔的な光景だった。
反物質砲を放とうと右腕を伸ばすが、この瞬間、メフィストの走る速度が、更に跳ね上がった。「何」、と口にする事すらジャバウォックには出来ない。
メフィストは此処に来て、己の全ての動作の加速度を、それまでの七倍から更に引き上げさせたのだ。今の彼の加速度は、十倍にまで達する。
一瞬でジャバウォックの下へと接近したメフィスト、それが当たり前であるかのように、ジャバウォックが纏う分子分解雲に触れても無傷だった。
それもその筈で、移動する最中に魔界医師は、その雲を中和する白い霧を、魔術で生み出して己に纏わせていたからだ。
左腕を振り上げ、迎撃しようとするバーサーカー。するとメフィストは、魔獣の厳めしい左腕を、繊手で触れ始めた。手のメンテナンスに平気で百万以上の金をかける、一流の手品師やピアニストが、嫉妬どころか羨望の念すら覚える事を忘れる程の、白く透き通った手であった。

 触れた箇所から、急激に、ジャバウォックの左腕が金色に輝き始めた。 輝いたという言い方は正確ではない。
ジャバウォックの身体を構成する金属部、即ち珪素が、金色の金属に変わり始めたのだ。――否。真実本当の『黄金』だった。
ジャバウォックの身体は、メフィストが触れた左腕の下腕の辺りから、急速にAuを元素記号とする金属に変換され始めているのだ!!
触れたものを黄金に変えるなど、まるで酒と狂気の神であるディオニュソスに嘆願してその力を得たミダス王宛らだ。
この男なら、或いは。そう思わせるだけの魔力を、メフィストは有している。この男が触れてくれるのならば、鉛ですら、自らの意思で黄金に変わるかも知れない。
錬金術は卑金属を黄金を変える為の試行錯誤だったと知恵者は言う。実際は違う。彼らもまた多くの魔術師同様、『真理』を求めて知識の海を彷徨する、学究の徒であった。
真実の錬金術師は、石を黄金に変える元素転換の術を当の昔に編み出しており、メフィストも当然の如くこれを修めている。

 己の身体が変容していく様子に、絶望と驚愕を抱くジャバウォック。幾ら元素転換と言っても、生の人間を黄金に変える事は難しい。
生体を黄金化させるのは難なのが通常である。が、ジャバウォックにとって不幸だったのは、このバーサーカーが金属生命体としての特質も持っていたと言う事だろう。
故に、元素転換が驚く程良く通るのだ。このまま行けばジャバウォックの全身は一瞬で黄金と化し、生きたまま黄金色の美しいオブジェにされかねない。
そうはさせじと、ジャバウォックは、黄金化が左肩の付け根まで侵食しかけようとしたその時、空間の切断で左肩を切断、黄金化を無理やり食い止める。
ゴトンッ、と言う音と同時に、地面に金色の腕が落ちた。――それと同時に、メフィストの右腕が、ジャバウォックの巌の如き胸部に埋没していた。

「――!!」

 凄まじい相で、ジャバウォックはメフィストの方を睨んでいた。
水に腕でも突き入れるように、ジャバウォックの胸部に腕が半ばまで没入しているその様子は、ジャバウォックに取っては絶望のメタファー以外のなにものでもなかった。

「終わりだ」

 触診をした時、ジャバウォックの体内には、霊核とは別に、彼を彼足らしめている核(コア)のような物がある事にメフィストは気付いていた。
これを破壊しない限り、驚異的なまでの再生能力と暴力を誇るバーサーカーは殺せないだろう。それを、メフィストは己の手で破壊しようとしていたのだ。
メフィストがコアを探った。患者の胸や腹を切開し、患部を触る外科医宛らの動作だった。その様子を姫が、無感動に眺めている。もう、自分が手を下すまでもなく、終わり。そう思ったに相違ない。

 ――その、筈だったのだ。

「……そうか」

 そうメフィストが告げた。ジャバウォックに対する、無慈悲を通り越して冷酷無比な態度とは一転した、患者に対する慈愛の声音だった。

「救いを求めるか、バーサーカー」

 そこまでメフィストが言った瞬間、バーサーカーが動いた。この機を逃す訳には行くまいと、ジャバウォックは急速に暴れ始めたのだ。
拙いと思い、メフィストは腕を引き抜き、振り下ろされた魔獣の剛腕を、針金で形成させた壁で防いだ。
再び、この珪鉄のバーサーカーの方へと向かおうとした、刹那だった。魔獣の姿が、夢か、幻か。白昼夢から覚めるように、メフィスト達の視界から消え失せたのだ。
瞬間移動。違う。メフィストの思考は、一瞬でその正体を看破した。無理にならない範囲ならば、ある程度の事は出来るとは思っていたが、此処まで応用の範囲が広かったとは。

「令呪か」

 苦々しく呟くメフィスト。
姫が、役立たずめがと小声で呟いたのを、この魔界医師が、聞き逃す筈もないのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 かれこれ十分は、二階からロビーの方へ降りようと画策していた筈である。
時間にして一分もいらない。降りるだけなら二十秒、ロビーに行くのなら其処から更に二十秒。その程度の時間で移動出来る筈なのだ。
――なのに、如何して。

「全然辿り着けねぇんだよッ!!」

 十兵衛が叫ぶのも無理はない。全く、ロビーに辿り着けないのだ。
最初の方はノリノリだった天子の方も、時間が数分経過する頃には無言を保ち始めるようになっていた。
飽きて来たのだろうか。その割には、不平を漏らさないな、とは十兵衛も思っていた。これは飽きて来たと言うよりも、何かを考えているような風である。

【十兵衛、間違いないわ。私達は百億年かけても、ロビーには辿り着けない】

【どうしてだ】

【崑崙、って知ってるかしら?】

【わからねぇ】

【有体に言えば、中華版の楽園よ。この国では高天原とも言うのよね】

【それが此処だと?】

【ううん、違うわ。こんな誰でも辿り着けるようなところが、楽園な筈がないもの。重要なのは、楽園って言うのは『辿り着けない場所』って事】

【今一そう言うのは学んでないんだ。解説ヨロ】

【貴方みたいな悪漢でも解るでしょうけど、天国とか楽園って言うのは、誰でも行ける訳じゃないの。清く正しく美しく、功徳を積んだ者だけが辿り着ける、苦労に苦労を重ねた者だけが辿り着ける、彼らの為に用意された所なのよ。おわかり?】

 ああ、と生返事する。それだと十兵衛は元より、天子だって行ける筈がないのだが。

【言っちゃうと楽園や浄土と言う世界は、パスワードとか割符的な物がいるの。それこそが、生前或いは過去に乗り越えて来た苦労だとか、積んで来た功徳。これがない限りは、人は高位次元に存在する楽園には踏み入れられない】

【話の流れから推測するに、俺達にはそれがないから……】

【そう、ロビーに辿り着けない】

 十兵衛は考える。
けたたましい警報が鳴り響き、自分達はずっと、ロビーの方へと足を運ぼうとしていた。
しかし、明らかに何かの妨害にあっているかの如く、下階におりると言う行動が阻害されていた。
例えば、アクリルよりもずっと透明な、十兵衛は愚か天子ですら目に見えず、そして天子でも破壊出来ない謎の壁が、一階へと通じる区画を閉鎖していたり。
またある時は、二階から階段を降りたにも拘らず、何故か四階に移動していたり。またある時は、曲がり角を曲がったのに、何時の間にか男子トイレに飛ばされていたり。
空間どうしの繋がりが滅茶苦茶になっているかのように、十兵衛達はロビーの方に辿り着けないのだ。現在彼らは、五階小児科及び子供が遊ぶ為の遊戯室前で会議をしていた。
窓から見る遊戯室には、幼稚園生が楽しむようなチャチなオモチャから、小学校高学年向けにTVゲームまで一通り完備していた。後者の方に至っては、現行世代のゲームハードから過去隆盛を誇っていたゲームハードまで全て揃っている。此処で遊ばせたら寧ろ子供は帰りたくなってしまうような空気すら感じられる。

【そう思った根拠はあるのか?】

【一言で言うなら勘。だけど適当に言った訳じゃないわ。そっくりだもの。人を寄せ付けないその方法論が、私の住んでた所と】

 其処まで天子が言って、納得した。そうだ、この少女は――全然信じられないが――天人、いと貴き天の住民だったと言うではないか。
天界、桃源郷、非想非非想天。言い方は人それぞれだが、共通して言えるのは、只人には絶対に辿り着けない場所と言う事である。
どんなに歩いても距離が縮まらない。まっすぐ進んでいる筈なのに不思議な力で移動ルートが捻じ曲げられる。そもそも辿り着けない場所に存在している。
凡そ、人を遠ざける手段としてはこう言った所であろうか。十兵衛と共にロビーへと向かい、その度にあらぬ場所に飛ばされるのを見て、天子は、もしかしたら、と思っていた。
確信にも近い勘があった。間違いなく、この病院に適用されているメソッドは、人には絶対に足を踏み入れられない場所に適用されているそれと、同じであると。

【どっちにしても、私達がロビーに辿り着けないのは、私達がこの空間の主に認められてないからね。こんな状態じゃ、向こうが認めるか消滅するかしない限り、目的地には向かえないわ】

【理屈としては良く解ったが……このまま無手、ってのも癪だな。泣きの一回、これがラストだ。ロビーに降りて良いか?】

【諦め悪いわね、十兵衛】

【出るまで回せば百%。回転数と実行数が全てだ】

 実体化させずとも、天子の呆れた様子が伝わってくる。
十兵衛は再度、階段の方へと向かって行く、階段を三段を一足で駆けおりて行き、ロビーの方へと急いで向かって行く。
一階の階段踊り場から一階へと向かい、階段の二段目辺りから一階の床に足を触れた、その瞬間だった。
十兵衛の頭上に広がっていたのは、白い天井と煌煌と光る証明ではなく、抜けるような青い空。十兵衛の視界に広がるのは、四方を取り囲むフェンスと、
フェンス越しに広がる<新宿>の街並み。チュンチュンと泣き声を上げながら、スズメが跳ねている様子が微笑ましい。つまるところ此処は――屋上だった。

「ほんと見事に飛ばされたわねー」

 誰も見ていないと判断したか、実体化を始め、能天気に天子が告げた。
この少女が、敵ながら天晴と言っているも同然の言葉を口にするとは珍しいが、実際こうも言いたくなる。
十兵衛ですら、最早怒りの念よりもそう言った旨の言葉しか口に出来ない。ずっとずっと、こうだった。一階の床に足が触れた瞬間、
初めから自分達の向かう場所は此処であったかのような違和感の無さで、十兵衛らは別所へと飛ばされる。
転移の術と言う奴らしい。これは実現させるだけでも凄まじい御業なのであるが、転移されたと言う実感すら抱かせぬ程の転移の術は、最早神の領域の技であるらしい。
実際聞いただけではどれだけ凄いのかは理解出来なかったが、味わってみると成程、その凄さが良く解る。
もしもこの技術を本気で、敵対者の抹殺に向ければ、目的地に向かう過程で不届き者を牢屋か、恐るべきトラップが満載の場所に気付かぬ内に転送させる事だって訳はないだろう。屋上に飛ばされる程度で済んでいるのは、この上ない幸運、と見るべきか。

「こりゃこっちの認識が甘かったかね……」

 はぁ、と溜息を吐き、十兵衛は空を見上げた。
サーヴァントの居城である、何某かの仕掛けが施されているのが常である。それがあまりにも高度かつ巧妙過ぎた。
此方の準備不足が祟った。今回は完全に、メフィスト病院のテクノロジーの認識不足であった。仕方ない、戻るか、と天子に言いかけた、その時だった。

「十兵衛。捨てる神あれば何とやらよ」

「あん……?」

 天子は十兵衛の方には目もくれず、フェンス越しの<新宿>の風景を眺めていた。
何だ何だと思いながら、十兵衛はその方向に目を凝らしてみて――大いに驚いた。天子が見ている側のフェンスへと駆け寄り、その網目越しの光景を凝視する。
確証が持てないので、懐に忍ばせていた双眼鏡――手下をパシらせ用意した――を用意し、その方向を眺める。見間違いではない。
建物の屋上で、当たり前のように人影が二名、空中戦でチェイスを繰り広げているではないか。それは、血の様に紅いコートを羽織った銀髪の男性と、金属に覆われた様な右腕を持った青年だった。後者の方は、成人女性を一人抱えながら応対している。

「大当たり、って奴だな……」

 そう呟く十兵衛の顔には、悪い笑みが刻まれていたのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「悪いな。ちと、手洗いに行って来る」

 言って塞は、席を立った。 
テーブルの上には、日本の代表的な料理の一つである、うどん……の、食べた後である丼が乗っていた。摂った昼食は、山菜うどんである。
関東特有の、醤油をこれでもかと利かせたうどんつゆは残されている状態だ。エージェントである塞は、一応は長く働けるよう健康にも気を使っている。塩分の取り過ぎなど、注意すべき最たる項目だ。

「構わないよ」

 と、ジョナサンが言った。彼も、うどんを食べていた。彼の場合は具も何もない、麺の量だけを大盛りにしたかけうどんだった。
塞がトイレの方へと向かって行くのを見送りながら、黒礼服を身に纏う紳士の脳内に、念話が届いた。自分が従えるサーヴァント、ジョニィ・ジョースターから。

【警戒はしておいた方が良い、彼は抜け目のない男だった】

【解ってるよ、アーチャー】

 ジョニィの言う通り、塞と言う男は利発的な男で、一挙手一投足に隙がない。彼からは目を離してはならない。
この辺りは流石、英国のエージェントと言うべきものであったが、ジョナサンの時代からして見ればイギリス情報局は未来の組織。知る筈もないのだが。

 北上もまた、アレックスから念話で同じ様な旨を知らされていたらしい。 
この場に残っていた鈴仙の方にも気を配りながら、トイレの方へと歩く塞にも目線を投げ掛けていた。彼女の昼食は、天ぷらそばだった。

 場所はメフィスト病院から五十m程離れた所にある、全国規模で展開しているうどんのチェーン店だった。
三組が出会ってからかれこれ二時間、この店で打ち合わせをしていた。それ程までに、時間が掛かるのかと思うだろう。掛かってしまったのだ。
三組の主従はこの店のテーブル席で、お互いの事を話し合った。自己紹介――当然のように全員核心に迫る情報は伏せている――と、<新宿>で見聞きした事、戦った主従。
皆、それらを話し合った。いわば、情報交換だ。これだけならばもっと短い時間で済んだ事であろうが、時間が十二時に差し掛かった辺りで、予期せぬイベントが起こった。
ルーラー達からの、新しい討伐令の発布。これは大いにこの場の三組を驚かせるに足る出来事だった。クリストファー・ヴァルゼライドと言う真名のバーサーカー、
それを従える、英雄(ザ・ヒーロー)と言う冗談のような名前の青年。彼らについての会議も行った結果、これ程までに時間が経過してしまったのだ。

 それが、円滑に出来たのか、と思うだろう。ジョナサンは<新宿>二丁目で起きた事件の影響で、顔が売れすぎてしまっている。
いわばちょっとしたお尋ね者である。何せ彼はバーサーカー・高槻涼との一件における重要参考人だ、何らの変装もなしに表を出歩けば、直に警察の手の者がやって来る。
それなのに何故、何の変装もなしにジョナサンが公の場で食事を出来ているのか。此処に塞が、ジョナサンは自分達と同盟を組むしかないと仄めかしていた全てがある。
ジョナサンにNPCの誰もが気付いていない理由は、塞が従えるアーチャー、鈴仙の能力のおかげであった。
そう、彼女自身の能力で、NPCはジョナサンの事を気付けていないのだ。だから、大手を振って通りを歩けたし、チェーンの飲食店でこうやって食事が出来るのだ。
成程、確かに同盟相手としては魅力的だ。素の状態のジョナサンでは、表通りを歩くと言う何気ない事ですら、既に難しい状態だ。そんな時に、塞のアーチャーの力は、是非とも借り受けたいものであろう。

 ――しかし、それが罠である可能性を否定出来ない。
確かに、鈴仙の能力は現状の自分達にとっては有利に働く。だからこそ、立ち止まって考えるべきだ。そう提案したのはジョニィだった。
便利過ぎる能力と言うものは、往々にして依存の様な状態を作り上げてしまう。本人にはその気がなくても、無意識の内にそれを使って頼ってしまうと言う事だ。
これが自分の持っている力であるのならばまだカバーが出来るが、問題はその依存の対象が見知らぬサーヴァントの力であると言う事である。これが拙い。
相手の力に頼りきりになった所を切り捨てられてしまえば、その後やってくる状況は目も当てられない程悲惨なそれになる事だろう。その危険性をジョニィは説き、ジョナサンもまた、それを考えた。

 同盟は、組むべきなのであろう。
警戒はするべきだが、ジョナサンには現状、塞とそのサーヴァントと手を組む以外に道はないのではないかと考えている。
ジョナサン側は余りにも不利過ぎる。此方は太陽の下を出歩けるかどうかと言う身分なのに対し、塞はそんな事はない所か、情報面でも何らかの手段で有利に立てている。
ジョニィとて、警戒はするべきだと言っているが、手を組む事のメリットは否定していない。ジョニィですらそう考える程に、鈴仙の能力は魅力的だった。
更に言えば、数で以て敵を倒すと言う事は、最もシンプルかつ有効的な戦略である。<新宿>二丁目で戦ったバーサーカーは、
ジョニィに「あのまま行っていたら殺されていた可能性の方が高い」ですら言わせしめるほどの難敵であったと言う。
それ程までの強敵が何人もいるのであれば、ある時期までは同盟を組んでいた方が、良いのかも知れない。その時期を何時に設定するかが、問題なのだが。

「……」

 鈴仙は手元のコップに注がれた水を飲みながら、ジョナサン達の方に目線を抜け目なく送っていた。
実体化し、NPCだと誤認させる力を現在進行形で発揮させている為か、当然彼女も食事をとっている。月見うどんだった。
恐らくは向こうも念話で、作戦会議をしている事だろう。覚と違い、鈴仙には心を読む能力はないが、凡その察しは付けている。此方が信頼出来るか出来ないか。争点は正しく、其処となるであろう。

【アーチャー】

 トイレに行った筈の塞から念話が届いて来た。
言うまでもなく用を足しに其処に向かった訳ではない。ザ・ヒーローと言う青年の情報と、北上と言う少女から聞かされたアサシンのマスターの外見の情報を、
<新宿>中に散らした情報屋や記者達に教える為に、態々トイレへと向かったのだ。そして、鈴仙と念話で打ち合わせをする為にも、此処に足を運んだ。

【お前の所見を聞きたい】

【手を組むにしても、早い段階で縁切りの算段を付けておいた方がいいわよ。特に、ジョナサン】

【全くの同意見だな】

 皮肉な事だが、ジョナサン同様塞達の方も、二組の事を信じていなかった。
但し塞達の方が否定の度合いも、手を早めに切りたいと言う計算を行う本気さも、ずっと上である。

 聖杯を破壊する。それが、ジョナサン達の願いであるらしい。冗談ではない。
聖杯の回収を目的とする塞の主従、それを破壊する為に協力して欲しいなど、承諾出来る訳がなかった。
目標の到達地点が、一mmたりとも掠っていない相手とは、共闘は不可能に等しい。であるのに塞は、同じような目的を掲げるライドウの主従とは、
手を組む姿勢を崩さないのに対し、ジョナサンの主従には如何してこうも対応が厳しいのか。ダブルスタンダードも良い所だろう。
この態度の違いは単純明快で、相手の強さに現れている。ライドウの主従は、サーヴァントどころかマスターですら、掛け値なしの強敵であり、
その上情報収集能力においても塞達の上を行くか同等と言う凄まじいペアである。彼らとは可能な限り波風を立たせず、持ちつ持たれつの関係を保ちたい。
対してジョナサンの主従の方は、目視出来るステータスの面からもそれ程強くないのである。無論、スキルや宝具が何なのかが解らない以上油断は出来ないが、
自分達の力を借りねば行動が大幅に制限される、と言う時点でお荷物も同然である。穀潰しを飼う程の余裕はない、ある時点で切り捨てねばならぬ主従だろう。ジョナサン達も、そして北上達も。

【「君も僕と同じような敬虔なキリスト教徒なら、聖杯をこんな事に使われて義憤が抱くだろう。だから共に戦おう」……か】

 情報交換の最中、ジョナサンが口にした事を塞は思い出す。
こんな恥かしい言葉を口にしても、くささも嫌味も全く感じさせない人徳の高さを、塞は感じる事が出来た。思い出すだけで、苦笑いを浮かべてしまうが。

【立派だと思うよ、ミスターの事は。だが、駄目だ。あれは俺達でも受け入れられん】

 ジョナサンは間違いなく、日本のヤマトナデシコ同様、向こうでも絶滅したに等しい英国紳士その物の様な男ではあるが、それが如何したと言う話だ。
今はその、騎士道精神の鑑の様なものの考えが一番困る。ジョナサンは自分の中の正義の意思で物を考えるが、塞は今イギリスと言う国の国是で動いている。反りが合う訳がない。

【それにしても、どうするの? 私達で密に処理出来るのならばいいけど……】

【あぁ、それが問題だ。『ライドウに知られたら』どうするか、だな】

 そう、それが目下最大の問題の一つだった。
推測だが、この聖杯戦争、仮に参加している組数がキリよく二十組だと仮定して、その内聖杯を求めている主従は八割の十六人程であろうと塞は考えている。
実際の参加主従数は知らないが、少なくとも八割。聖杯を求めている主従がいる筈なのだ。ジョナサンが聖杯と、この戦争を裏から操る存在を憎む気持ちも解る。
解るが、彼の様な存在は絶対に少数派でなければならない筈なのだ。当たり前だ。全員が聖杯戦争の主催憎しと言う気持ちであれば、
全員が一致団結、主催の方に反旗を翻す筈なのだ。それこそ、先程討伐令を敷かれたクリストファー・ヴァルゼライドのように――本当にそう思っていたかは知らない――
仮に聖杯戦争を破壊する主従の事を対主催と呼ぶ事にして、聖杯戦争を管理運営する側としては、この対主催側よりも聖杯を求める主従の方を多く集める必要がある。
無論、全員が聖杯を求める主従ならばなおよい、バトル・ロワイヤルの形式としては問題がないからだ。対主催とはいわば、面子を集めた主催側の不手際。
この人物ならば企画を上手く回してくれる、良い道化になってくれると見込んだ人物が、主催の想定を裏切る人物であった。こう言う風でなければならないのだ。
そしてこの対主催は、主催の側からしたら、少数派なだけでなく、弱く、運営側の力で一掃出来る程度の者でなければならない。対主催の方が強ければ企画が成り立たない。
<新宿>における聖杯戦争の主催、その思惑は塞ですらも未知だが、彼としても聖杯戦争を台無しにするような主従の存在は許容出来ない。対主催の存在は、弱ければ弱い程都合が良い。

 ――その対主催の側に、よりにもよって『ライドウ達』がいる。これが問題なのだ。
断言しても良かったが、あの主従は間違いなく今回の聖杯戦争における最強の主従の一角である。
サーヴァント同士での戦いでも、鈴仙曰く『勝てない可能性が高い』と言わせしめ、よりにもよってマスター自体も下手なサーヴァントを上回る強さと来ている。
塞も強さには自信がある方だったが、ライドウを相手に勝ちを拾えるか、と言われれば、即座にNOと答える。最悪魔眼の事も気付かれている可能性すらある。
こんな主従達でも、塞達が勝機を見いだせているのは、先の通り対主催側は絶対数が少ないと言う理由がある。つまり最悪は、数の暴力や消耗戦で押せると言う事だ。
その少数派が、出会おうとしている。ジョナサンのサーヴァントが弱いと言ったのはステータス面だけで、実際はどんなスキル構成、どんな宝具なのかは未知なのだ。
無論それは、ライドウの従えていた紅コートのセイバーにも同じ事が言える。しかもあちらは、ステータス面だけを額面通りに受け取っても強い事が解ると言う最悪の存在。
そんな者達が手を組まれたら、塞としても頭の痛い事態に陥ってしまう。しかもここで更に問題になるのが、ジョナサンの性格だ。
塞から見ても気持ちの良い程の好青年である。謹厳実直を絵にした様なライドウは間違いなく、ジョナサンの事を不快に思うまい。つまり、反りが合う。手を組む可能性も高い。

 絶対に、ジョナサン達とライドウ達は会わせてはならない。
だからこそ、塞は情報交換の際に、敢えて自分達が『ライドウや十兵衛と同盟を組んでいる事を隠した』。
彼らに話した事柄は、黒贄礼太郎と言うバーサーカーの情報だけである。それ以上の事は一切話していない。
唯一の懸念は、ライドウが提案していた、討伐令の対象となっているサーヴァントのどちらかに攻撃を仕掛けると言う作戦だったが、向こうの側にも悶着があったらしく、
それが先延ばしになっていた。機運は完全に此方に傾いている。ジョナサンの組と北上の組とは仮初の同盟を組みつつも、ライドウ達からなるべく遠ざける。これを、徹底させる必要があるであろう。

【こっちは方々に情報を伝えておく、そっちは適当に話を持たせとけ】

【了解】

 其処で鈴仙は念話を打ち切り、情報交換の最中からずっと気になっていた事を、口にし始めた。

「一つ良いかしら」

「どうぞ」

 と、答えるのはジョナサンだった。

「貴方達がメフィスト病院の足を踏み入れる際に見たって言う、女子高生が従えてたアーチャーのサーヴァント。ちょっと詳しく聞きたいと思って」

「詳しくって言ってもな……先程ミスター・塞に話した以上の事はないよ」

 それが、鈴仙には引っかかっていた。自分の記憶の中に確かに存在する、自らが師匠と呼んで敬愛する人物にそっくりだったからだ。
流れるような銀髪を一本三つ編みにした、見た事もない程の美女。特徴的な帽子で、赤と青のツートンの服。そして、和弓を武器とするアーチャー。
初めて見た時の印象は、とても利発そうで、知恵が回りそうで、ハッキリ言って権謀術数や弁論では到底勝ち目がなさそうな程、インテリであったと言う。

 ――何から何まで、鈴仙の師匠、月の都における大賢者にして、神霊の系譜に連なる者の一人、『八意永琳』にそっくりではないか。
まさか、あれが呼ばれていると言うのだろうか? ……まさか、それはあり得ないだろう。彼女は地上人が言う所の神そのものであり、況してや彼女は死なないのだ。
死ぬ可能性がある存在だからこそ英霊やサーヴァントになれるのだ。つまり、端から『死ぬ可能性にない存在はそう言った存在にも普通はなれない』。
よって、聖杯戦争に呼ばれる可能性もない。……だがもしも、本当に永琳が呼ばれていて、そしてもしも、自分と鉢合わせになったら、どうなるのだろうか。
味方になってくれるか? 月の都から逃げて来た自分を保護し、永遠亭の家族の一員として受け入れてくれた恩は、今でも忘れない。仲間になってくれれば心強いだろう。
だが、敵になる可能性も捨てきれない。鈴仙が月にいた頃の永琳に対する評判は、裏切ったのが惜しい程の賢者であり、仲間を殺した大悪党で完全に二分されていた。
実際永琳はかなり容赦のない性格をした人物だ。此方の出方、今までの動向次第では、直に敵対の意思を見せる可能性だって無きにしも非ず。

 どちらにしても言える事は、一つ。永琳と戦闘の状態に陥ったら、万に一つも鈴仙には勝てる可能性がないと言う事。
紺珠の薬が宝具になっている事までは流石に解らないだろうが、これにしたって気付かれる蓋然性は極めて高い。紺珠の薬を持っている事に気付かれたら、もう無理。
単純な戦闘の技能も向こうが遥かに上回っているだけでなく、此方のやる事なす事を全て知っているにも拘らず、鈴仙は未だに永琳の出来る事を知悉していないのだ。
これでは勝てる筈がない。故に今出来る事は、ジョナサンらがメフィスト病院で出会ったサーヴァントは、八意永琳のそっくりさんである事を祈るだけである。

「そのアーチャーは、君と知り合いなのかい?」

「それに似てる可能性があるだけ。呼ばれてたら驚くでしょ? 生前の知り合いどうしが、サーヴァントとして招かれてたら」

「それもそうだ」

 英霊の座や、サーヴァントとして招かれうる存在の数は膨大である。
座の存在意義に照らして考えれば、永琳も呼ばれる可能性は必ずしもゼロではないが、確率は低い。
何よりも、聖杯戦争に参加出来るサーヴァントの席数は限られており、座に登録されている膨大な人物の中から、知り合い同士が同じ聖杯戦争に招かれるなど、
天文学的な数値とすら言えるだろう。故に、端から永琳が此処<新宿>にいる可能性は、低い。そう鈴仙は考える事にするのだった。

 次は、どんな話で、塞が来るまで間を持たせようかと。
考えていたその時だった。自身の持つ能力も相まって、高範囲まで索敵を可能とするサーヴァントの察知能力が、サーヴァントがこの場に出現するのを捉えた。
突如として真率そうな表情になった鈴仙の態度の変化を、ジョナサンも北上も見逃さなかった。「サーヴァントだ」、と、北上が従えるサーヴァントが口にする。彼もまた捉えたらしい。

【マスター、サーヴァントがこの場所に近付いてる!!】

【何ッ!?】

 と、トイレにて手足となる人物達に連絡を入れている塞に、そう念話した瞬間だった。
店内の様子がにわかに騒がしくなる。店内で食事をしていたNPC達の様子を見るに、外の様子が気になるらしかった。
大窓の側からやや近い席だった為にすぐ、一同は騒動の原因を発見出来た。向かいの喫茶店の大窓を突き破り、通りに倒けつ転びつと言う様子で躍り出た女性がいたのだ。
レディースのジャケットに、簡素な白いシャツを身に着け、藍色のジーンズを穿いたロングヘアの女性だ。日本人ではない。肌の色こそ白いが、恐らくはヒスパニックである。

「アーチャー、君の力でNPCからどこまで僕の認識を阻害させられる」

 あの女性は誰だと考える前に、霊体化しているジョニィがそんな事を訊ねて来た。

「早く答えてくれ」

「NPC程度なら、姿を完全に認識出来なくするのは簡単な事だけど」

 光波を操り、屈折率を調整すれば、疑似的な光学迷彩を施す事も鈴仙には可能だ。

「それをやって欲しい」

「は?」

「良いからやるんだ」

 何をするつもりだ、と思いながらも、鈴仙は、適当な空間の光の屈折率を操った。
「此処に入れば外部からは貴方の姿が見えなくなるわ」、と説明した瞬間、ジョニィはその内部で実体化を始めた。

 出現したジョニィの波長を改めて確認して、背筋が凍った。それまでは特筆に値する波長ではなかったのに、事此処に至って激変していた。
波長が桁違いに短い。それ自体は、別に珍しい物でもない。波長が長さと言うのは個人の性情を示す。長ければ暢気である事を意味し、短ければ短気である事を意味する。
ジョニィの場合は、それが余りにも短すぎる。とは言え、人間の中ではジョニィレベルの波長の短さは、珍しいとは言え滅多に見れぬものではなく、
妖怪に至ってはザラにあるタイプである。鈴仙が違和感を覚えたのは、これに加えてジョニィの波長の位相が、ありえない程にズレていると言う事だった。
この波長の特徴、何処かで見た事があると思ったら、これは黒贄礼太郎の波長である。あの殺人鬼も波長の位相がズレていたが、振幅自体は極端に長かった。
あの殺人鬼の場合は言うなれば、草や花などの、ストレスを感じる事のないものと同じ波長である。
長い波長と短い波長と、一見すると正反対に見えるだろう。それだけならば接点はゼロだが、波長がズレていると言う特徴が加わると、ある一つの共通点が追加される。
人の波長と言うものは精神や心の活動から来る余波であり、言うなれば性格そのものだ。それズレていると言う事は、価値観やものの考え方が決定的に違うと言う事である。
常人とは余りにもかけ離れた物事の考え方。これは所謂、神仏に見られる波長であり、正真正銘の人間には殆どと言っていい程見られない。

 仮に、だが。この波長を人間が有するに至ったら、どのような者が誕生するのか。
高い確率で、真正の『サイコパス』が誕生する。黒贄は、人命に対する考え方が、常人とはかけ離れていた。

 ――ジョニィの場合は、目的の達成についての価値観が、常人とは一線を画していた。

 躊躇う事無く、右手指から爪を三発、ライフル弾の如き勢いで射出させるジョニィ。
NPCとNPCの間を縫い、三発の爪弾は窓ガラスを貫通、破壊させ、その内の一発が、ヒスパニック系の女性――ロベルタの腹部に命中した。
残りの二発は、ロベルタが破壊した店の窓から店内まで直進。店内のNPCの女性の頬を掠めて、壁に激突するのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 結論を述べればロベルタは嘗てない程苦しい状態にあった。
食屍鬼街から高槻をメフィスト病院に送り込み、然程あの大医宮から離れていない場所に建てられた、チェーンのファーストフード店で彼女は待機していた。
世界のあらゆる所に店舗展開していると言う、サブマリンサンドイッチの店だ。店の名前こそ違うが、似た様な店は彼女の元居たベネズエラでも見た事がある。
こんな店にいるのは、自らが引き当てた、暴力の具現とも言っても良いバーサーカーが、魔力と言う略奪品を持って凱旋するのを待つ為だ。絶対に出来る、ロベルタはそう思っていたのだ。

 ――店に入った瞬間、魔力の消費速度が此方でもよく感じ取れる程速くなっていた。
昼食を注文し、テーブル席でクラブサンドを口にしたその瞬間、魔力の消費量が倍以上に跳ね上がった。
その状態のまま、魔力の消費スピードは減速するどころか時間が経過する毎に上昇して行き、討伐令の対象になる事を覚悟で行った、
南元町の食屍鬼街のゴロツキ達で行った魂喰い、これによって得た魔力は五分前に完全に枯渇。今は食屍鬼街での魂喰いより遥か以前、聖杯戦争の本開催前に魂喰いで徴収した魔力で糊口を凌ぐ形となっている。

 それにしたって、今や枯渇一歩手前の状態であった。
そもそもバーサーカーのコンセプトは、宝具もイマイチステータスも低い、と言う英霊を狂化と言う下駄を履かせて強くさせると言うもの。
強くなる事は事実であるが、これを行うとマスターからの制御も利かなくなるばかりか、魔力の消費量も狂化していない他クラスと比べて格段に悪くなる。
狂化と言うのはそれ程までにマスターに負担を強いる手段なのだ。況してや高槻涼は元から弱いサーヴァントどころか、狂化していなくても強いサーヴァント。
強いサーヴァント程、平時及び戦闘時の魔力消費が高くなるのは当たり前の事。元から強いサーヴァントを更に狂化させて手綱を握るのだ。
魔力消費が暴力的なそれにならない訳がない。当然、魔術の素養もない、魔力の代わりになるリソースがゼロのロベルタの負担になる。高槻涼と言うバーサーカーは、ロベルタの手に到底負えるサーヴァントではないのだった。

「何を手間取っている……ッ!!」

 だが、ロベルタの魔術の素養と言う物を抜きにしても、バーサーカー・高槻涼、或いはジャバウォックの強さは絶大なそれ。
彼女は本気で、あのバーサーカーは此度の聖杯戦争においても最強のサーヴァントであると信じていた。
軍人の目線から見ても、ジャバウォックの有する火力や攻撃力は絶大。たとえ世界中の軍隊を敵に回しても、勝利するのはジャバウォックの方であろう。
それ程までの強さならば、たかがキャスターの居城如き、有している圧倒的な火力で破壊し、其処に溜めこまれた魔力を強奪すると言う芸当など、出来て当たり前の事なのだ。
それなのに、何を苦戦している!? あれからじき、十分が経過しようとしている。都市を制圧すると言うのならばまだしも、あの程度の病院など、サーヴァントの力ならば十分もいらないだろう。自分がやっても、それ位の時間で済むとロベルタは思っている。

「早く、事を済ませろ……!!」

 購入したクラブサンドが、全く口に入らない。ハム、レタス、チーズにトマトを挟んだそれも、アイスコーヒーも、完全に手つかずの状態である。
食べる事も出来ない程、魔力消費が苦しいのだ。魔力消費も度が過ぎれば命に係わる。魔力と言う、血液などと違って自分の身体を循環している自覚がこの上なく薄い、
存在するかどうかすら解らない上に本当に命に関係しているとは思えないリソースを奪われているにも拘らず、大量の血を失っているかのようなこの倦怠感はどうだ。
奪われてる実感も湧かない架空の何かを奪われ、自分は本当に死ぬと言うのか!? 絶対に、それだけはあってはならない。生きねばならないのだ。自分は、絶対に。

 握り締めていた、アイスコーヒーの入ったプラスチックの使い捨て容器に力がこもる。
容易く変形し、トレーの上に黒く冷たい液体が零れた。その様子を見て、近くの席に座っていた他のNPCの客が、不審そうにその様子を眺めている。
それすらも気にならない程、ロベルタは今必死に耐えていた。持ってあと、二分。その間にケリを付けて貰わねば、本当に、自分が死んでしまう。
衆人の目線など知った事かと、歯を食いしばり、ロベルタは耐えに耐えていた。

「すいませェん、この席空いてますか?」

 明らかに、自分に対して向けられた声。
俯いていたロベルタが、顔を上げた。平凡な、何処にでもいそうと言う事が最大の特徴とも言うべき、没個性の女子高生が、ロベルタの隣に立っていた。
あんな危ない人物に話しかける何て、勇気あるな、と言う目線が近くのNPC達から寄せられる。

「……他に、空いてる席ならあるでしょう」

 努めて平静を装いながらロベルタが口にする。彼女の言う通り、テーブル席ならば兎も角、カウンター席ならば全然余裕がある。

「ああ、それもそうですね」

 かなり天然の入った人物であるらしい。漸く、店内に座れるスペースがある事に気付く。これで用は済んだだろうと言わんばかりに、再び顔を俯かせるロベルタ。

「あの、すいませェん」

 「今度は何……!!」、そう言って顔を見上げさせたその瞬間だった。
ロベルタの右眼を、何かが貫いた。瞬間、ロベルタの思考も、あらゆる感覚器官も完全に焼き尽くされたように、一切が消え失せ、白紙に等しい状態になった。
店内にしても同じだった。彼らは、間の抜けた女子高生の狂行に、目を完全に丸くしている。世界から一切の生き物が死に絶えた様な静寂さが、店の中を包み込んだ。

 ――遅れて、ロベルタの右眼から、激痛と鮮血が零れ落ちた。
「こいつ、まさか!!」、そう思った瞬間に、ロベルタの右眼を貫いていた、女子高生が右手で握っていた物が引き抜かれる。何処にでも売ってそうな、先の尖った鉛筆だ。これを以て、ロベルタの目を貫き潰したのである。

 凄まじい勢いで右眼から零れ始める血液を見て、店内に女性の悲鳴が木霊した。
サーヴァントの敵襲と判断したロベルタが、座っていたテーブルの縁を引っ掴み、片腕で易々と持ち上げ、女子高生の身体に叩き付けようとした。
しかし、軽くその細腕を、テーブルに合わせて振るい、衝突させた瞬間、テーブルの方がバラバラに砕け散り始めたのである。何たる腕力であろうか。
慌ててロベルタは背を見せて逃走。このチェーン店の店名とロゴを宣伝がてらに大っぴらにプリントした窓ガラスに突進、ガラスが皮膚を傷付ける事すら厭わず叩き割り、
この場から彼女は急いで逃走した。後ろの方で、「待てエエエエェェェェ!!」、と言う叫び声が聞こえてくる。あの女子高生の声と同じであった。
こんな街中で襲撃されるとは思わなかった。しかもあの迷いも躊躇もない行動ぶり、此方が聖杯戦争の参加者だと解っていなければ出来ない事だ。
化粧もある程度施し、服装も変えると言う努力をしていたにもかかわらず、こうまでアッサリと気付かれるとは、尋常の事ではない。どちらにしても、早く距離を取らねば。

 ――そう思ったその時だった。向かいの窓ガラスを貫いて、何か弾丸状の物が、ロベルタの腹部を貫いた。
残り二発は、ロベルタの体勢の問題からスカを食い、店内へと消えて行く。腹部に、火箸で貫かれたような熱く焼けるような激痛が走ったのは殆ど同時だった。
何だ、と思い向かいのうどん屋の方に目線をやり――戦慄の表情を浮かべた。店内に、馬に跨り爪を放つアーチャーのマスター、ジョナサン・ジョースターの姿を認めたからだ。

 ――拙いッ!!――

 あの女子高生程度ならば、まだ逃げ切れるし倒せる。
ジョナサンは無理だ。あの男は元居た世界に置いて来た重火器の類が此方になければ、対等な勝負にすら持ち込めない。
しかも見るに、向こうにはサーヴァントもいるだろう。これでは勝てる筈がない。故に、逃げる、全速力でだ。
人だかりを無視し、ロベルタは疾風の様な勢いで通りを走って行く。「ウオオオオオオォォォォオォオォ!!」、と言う、およそ女が上げるような、
勝鬨めいた声が、何故か遠ざかって行く。チラリと後ろを見ると、ロベルタの向うルートとは逆方向を、あの狂人は爆走していた。
血濡れた鉛筆を振り回しながら向かうその様子に、NPCは気圧されたらしく、怯えた様子で彼女から遠ざかって行く。

 しめた、とロベルタは思った。NPCの目線は完全に、あの女子高生の方に向いている。
今なら、自分の脚力で逃げられる可能性が高い。……但し別の存在に追いつかれる可能性の方が高いか。
店の入り口から、見事にアイロンのかかった黒礼服を身に纏う、長身で、恵まれた身体つきに大量の筋肉を搭載した欧州紳士が躍り出た。
ジョナサン・ジョースター、である。あの時ロベルタに、本物の殺意をぶつけに来た男。理想主義的で甘い性格でコーティングされた層の下に、途方もない修羅を飼う戦士。

 あれに追いつかれては本当に死んでしまう。そう思いロベルタは、ペース配分などを無視した全力疾走でこの場から遠ざかる。
この<新宿>の地理は既に頭に叩き込んでいる。後で追跡されないよう、腹部から流れる血を左手で、右眼をハンカチを持った右手で抑えながら、
歩きなれた道のように見知らぬ街を走って行き、遂にロベルタは、人通りが少ない住宅街の方へと逃げ切る事が出来た。しかも幸運にも、人通りがないではないか!!

「ヘイ。セニョリータ。追いかけっこはおしまいだぜ」

 軽い調子をした、若い男の声が聞こえて来た、その時だった。
鋼色の風が、ロベルタの前面を凄まじい勢いで凪いだ。何が起こったのか考えるよりも速く、右腕の肘から先が、極熱を帯びた激痛を内包し始めた。
痛みの原因を見て、目を見開く。右肘から先が消し飛んでおり、血潮が噴出しているではないか。ロベルタの右手は、ハンカチを握ったまま宙を舞っていた。
噴き出る血の向こう側で、裸の上半身の上に、ロベルタの血よりもなお紅いコートに袖を通す、銀髪の伊達男が佇んでいた。
その手に、男の身長程もありそうな凄まじい大きさの剣を握っており、それを振ってロベルタの腕を斬り飛ばしたらしい。

 思考が急速に加速する。死を前にして、あらゆる事象がカタツムリめいてスローになる。その世界の中で、彼女の思考だけが平常通りのそれになる。
先ず、目の前の存在は、セイバークラスのサーヴァントだった。ステータスだけを見ても、恐ろしく優秀なサーヴァントだ。
狂化していないと言う事実から、ジャバウォックより強い可能性すらある。柔軟性についてなど、最早論ずるに値しない。

 ジャバウォックがメフィスト病院を制圧するまで持ち堪えられるか。
不可能に決まっている。相手の目を見るだけで解る。紅コートのセイバーは確実に、此方を殺害する気概で満ち満ちていた。
如何にジャバウォックが任務を遂行出来たとしても、ロベルタが死んでは何の意味もない。となれば、取るべき手段は一つだった。

「令呪を――!!」

 其処まで言った瞬間だった。ジョニィの爪弾によって損傷した腹部に、凄まじい衝撃が走った。
ダンテのミドルキックがロベルタの腹部に突き刺さった瞬間だった。乾いた息を吐いて、ロベルタが蹴られた方向に吹っ飛ぶ。
蹴られた方向には、一軒家を囲う塀があり、其処に背中から激突。後頭部も思いっきり打ち付けられ、大脳がプリンかゼリーのように頭蓋骨の中をシェイクしていた。
道路の溝に尻を突いた瞬間、大量の血液をロベルタは口腔から吐き出した。余りの蹴りの強さに、大腸の一部が千切れ、潰されたのが解る。

「惜しいな。令呪を奪おうとしたんだが、もうちっと上だったか」

 地面に落ちたロベルタの腕を確認しながら、セイバー、ダンテが口にした。
彼の言う通り、ロベルタに刻まれた令呪の位置は、両の下腕には無く、右上腕二頭筋に刻まれている。
憎悪と憤怒を水に溶かし、刷毛で塗ったような表情を作りながら、懐から拳銃を取り出しそれを発砲するも、ダンテは身体を軽く半身にしていとも簡単に回避して見せた。跳弾の音が虚しく、響き渡る。

「Hm……黙ってた方が美人だって言われないか? おたく」

「黙れ!!」

 と言ってまたしても、拳銃を発砲しようとするが、ブーツを履いたダンテの爪先が、ロベルタの左手に飛んで来た。
靴先が、命中。手の骨ごと、拳銃を破壊。粉々になった拳銃のパーツが宙を舞い、ロベルタの掌からは折れた骨が突き出た。
苦悶に顔を歪ませるロベルタ。体中から噴き出る、精神的・肉体的なストレスから来る、ナメクジが這い回ったような粘ついた汗が、衣服に沁みて行く。
今や彼女にとっては夏の暑さすらも遥か遠い。身体が感受しているのは、肉体的な痛みだけであった。

「女に優しい模範的アメリカ人に手を上げさせないで欲しいな、セニョリータ」

 ダンテとしては、ロベルタはこれで黙ると思っていたのだろう。
悪魔狩人(デビルハンター)であるダンテは、悪魔の討伐には極めて積極的である。タダ同然の値段でも喜んでその仕事を引き受ける。
では、人の場合は如何なのか、と言えば、気乗りがしないと言うのが率直な所だ。だが、殺さないとは言ってない。
悪魔に関わり、人や世界にとって癌となる事が解り切っているのならば、ダンテは躊躇なくリベリオンを振り下ろし、エボニーとアイボリーのトリガーを引く。
これだけ痛めつければ、ロベルタも黙る。ダンテは、そう思っていた。そしてそれは、ロベルタと言う女性を、余りに過小評価し過ぎていた。

「……ずる……」

 小声で、かつ早口で、ロベルタが何かを言っているのをダンテは聞き逃さなかった。
そしてその内容も。だからこそ驚いた。此処まで痛めつけられておいて――まだ、令呪を使える程の活力があったのか、と。

「この場に来い、バーサーカー!!」

 ロベルタがそう叫んだ瞬間、瞬間的な速度で、彼女の従えるバーサーカーが姿を現した。
ダンテから見たそれは正しく、古い日本の戯画に登場する様な鬼だった。灰胴色の巨躯、人を何人も喰らっていそうな凶相、丸太のような四肢。
――身体から発散される、尋常ではない殺意。悪魔を身体に宿すダンテですら、身震いせざるを得ない程の覇気を、目の前のバーサーカーは放出していた。

「ヒュー、ジャパーニズ・KAIJUか!!」

 そんな恐るべき相手が敵に回った時にこそ、悪魔狩人ダンテの心は最大限に昂ぶる。
名のある悪魔と戦いこれを狩る、それこそが悪魔狩人の本懐なれば。ハントする相手が魔王や魔神であればある程、ダンテの心は燃え上がるのだ。
身体を金属で構成した鬼。成程、相手にとって、一切の不足なしである。

 ダーツの要領で、手にしていた大剣、リベリオンを、マッハの速度で、ジャバウォックの顔面に投擲。
そうしながら、空いた左手でガン・ホルスターからアイボリーを取り出し、それをロベルタの方へと発砲。
ダンテはロベルタの心臓を狙っていたらしかったが、思いの外彼女が頑丈であった為に、狙いが逸れた。
既に彼女は立ち上がりダンテ達から距離を離そうとしていた為、アイボリーから離れた凶弾は、ロベルタの左上腕二頭筋の半ばに命中。
弾丸の余りの威力に、命中したポイントから腕が千切れ飛び、更に威力を一切減退させず、塀に命中。四角形をした塀の、弾丸が命中した側の面全てが、バラバラに崩壊してしまった。

 ジャバウォックの方は、左腕を無造作に振い、アイボリーの弾丸以上の速度で投げ放たれた魔剣・リベリオンを弾き飛ばす。
事此処に来て、全ての状況を得心したらしい。殺意のこもった目線を明白に、ダンテの方に向けながら、魔獣は口角泡の代わりに火の粉を口から散らして叫んだ。

「小僧、破壊の権化を相手にその態度を何処まで維持出来ると思っている!!」

「お前が消滅したら悲しんでやってもいいぜ」

 言ってダンテは、弾き飛ばされたリベリオンを手元にアポート(転移)させ取り寄せる。
その瞬間、ジャバウォックが動いた。たった一歩の踏込で、音速超の速度を獲得し、十m程の距離をゼロにする。

 ――速いッ!!――

 ダンテが唸った。見た目からは想像もつかない程の敏捷性。全身が殆ど金属で、しかもダンテよりも二回り程大きいと言う体格。
それなのにこのスピードなのだから、驚嘆せざるを得ない。ダンテでなければ、反応すら出来なかっただろう。
リベリオンの腹の部分で、ジャバウォックの右腕の横薙ぎを防御するダンテ。凄まじい衝突のインパクトであった。
爪と剣の衝突部から、家屋に火が付かんばかりの大きな火花が飛び散り、吹っ飛ばされまいとダンテが踏ん張った影響で、彼の足とアスファルトの接地点が削れてしまった。
己の一撃を防がれるとは思ってなかったらしく、ジャバウォックもアテが外れた。直にダンテは、リベリオンを構え下段からそれを振り上げる。
この男、アレだけの衝撃を防御して、腕が痺れていないらしい。自らの頭を縦に斬り裂かんと迫る魔剣の剣先から、ジャバウォックは飛び退き、
飛び退きざまに口腔から火炎を吐き出した。摂氏八千度にも達する業火を、リベリオンを超高速で縦にプロペラ回転させ、その勢いと風圧で炎を全て散らして見せる。

 ジャバウォックが突っ込む、ダンテも駆ける。近付くなり、ダンテはリベリオンを恐るべき速度で振るい、ジャバウォックもこれに腕を振って対応する。
時に魔獣は火炎を吐き出したり、腕から針状の体毛を飛ばしたりすると言う芸当を見せるが、ダンテは魔人染みた技倆で剣を振いそれらを跳ね除ける。
最優のサーヴァント。それがセイバーであるらしいが、成程その評価の意味が良く解る戦闘光景(プロモーション)だった。

 バーサーカーは、片手間に倒せるような弱い存在ではないらしく、ロベルタへの意識がダンテはかなり薄れている。
このままジャバウォックに戦わせ続ければ、ダンテを倒せる可能性だって、あるかもしれない。しかしそれは、ロベルタの勝利に繋がらない。
例えダンテを倒した所で、後に待っているのはどうしようもなく魔力を消費しきったロベルタだけであり、そもそもダンテの持ち堪える時間次第では、失血死しかねない。
今ロベルタは、両腕がない状態なのだ。しかもリスクは失血だけでなく、ダンテとジャバウォックの余波も含まれる。己のサーヴァントの巻き添えで死ぬことほど、馬鹿らしいものはない。

 勝つまで待っても地獄、負けても地獄。フローレンシアの猟犬とまで呼ばれ、敵味方からも恐れられた女傑に残された選択とは、
到底思えない程悲惨な状況だった。結局今のロベルタには、絶望の度合いがやや軽そうな選択を、選ぶしかない。そうとなれば、選ぶ道は一つ。

「――契約者の鍵に命ずる」

 小声で、かつ早口で、ロベルタが告げた。
それと同時に、ジャケットのポケットに隠していた契約者の鍵が、ランタンの様に強く群青色に輝き始めた。
その光に気付かぬ程ダンテは愚鈍ではない。意識を此方に向け始めたのを、ロベルタは感じた。

「今の姿から元に戻り、私を連れてこの場から離れろ!!」

 そう叫んだ瞬間、ジャバウォックは苦しみの怒号を上げた。
凄まじい叫びであった。人に火を押し付けた様な叫びでありながら、声の大きさは落雷にも勝りそうな程のそれ。
声の凄まじい大きさに、周辺の建造物の窓ガラスに亀裂が入り始める。何が起こると思いながら、ダンテは空いた手でアイボリーを引き抜き、
身体を構成する珪素部分が風化し剥がれ落ちて行っているジャバウォック目掛けてそれを発砲。
ほぼゼロ距離に近い速度から放たれた弾丸が、ジャバウォック――いや。大柄な金属の鎧の中にいた少年に向かって行く。
鬼と言う言葉がこれ以上となく相応しい巨躯を誇っていた魔獣、その本体とも言える少年は、世間並みの体格こそしているが、あの恐るべきバーサーカーに比べれば、
貧相な痩せた男としか見えぬだろう。今この瞬間、ジャバウォックは消え失せ、高槻涼の姿にバトンタッチした。
迫りくる弾丸を、ジャバウォックの面影を残す右腕で弾いて破壊し、凄まじい速度でロベルタの方へと駆けだす高槻。
そしてそのまま彼女を横抱えにし、跳躍。一瞬で右脇の、六階建てのアパートマンションの屋上へと到達。――それに、ダンテが並走していた。

 手に持ったリベリオンを高槻の方へと、槍投げの要領で投擲。
悪魔の膂力と言う推進力を借り、初速の時点で音速の二倍と言う殺人的な加速を得たリベリオンが迫る。高槻はこれを、バッと左方向にステップを刻んで回避。
リベリオンが向かった先は、今二名が戦場にしているのと同じ様なアパートマンションだった。其処の屋上に備えられた給水タンクに直撃、貫通し、向かい側へと消え失せる。
高槻はロベルタを抱えている為攻勢に出れないと判断したダンテは、強気に攻める姿勢を崩さない。エボニーとアイボリーをガンホルスターから引き抜き、
対象の抹殺に臨むが、とことん逃走の姿勢に出る高槻らの方に、今回は分があった。ダンテが二丁の愛銃を取り出したと同時に、高槻は地面を蹴って逃走。
瞬きするよりも速い速度で、リベリオンが破壊した給水タンクのあるアパートマンションの屋上に着地、そして、此処でまた跳躍し、一気に距離を離そうとした。

 ――その時に、ロベルタは、見た。敵はもう一人いたのだ。それは、今自分達がいる所。
即ち、ダンテが破壊した給水タンクのあるアパートマンションの屋上の陰に、彼は巧妙に隠れていたのである。

 見よ。自分の右眼を突き刺した女子高生を傍に侍らせる、黒いマントと黒い学帽の学生を。
見よ。男性器をモティーフにした様な卑猥な造形の頭を持った、日の当たらない洞窟に生息する白蛇のような皮膚と、長躯を持った悍ましい何かを従える青年を。

 ――見よ。絶対零度もかくや、と言う冷たい瞳で此方を睨みながら、拳銃を突きつける書生の姿を。

 口上も何もなく、黒い書生、葛葉ライドウが、愛銃であるコルト・ライトニングから、凶弾を発砲した。
ただの凶弾ではない。己が従える悪魔の一柱である、雷電属または邪神とも呼ばれる神格、『ミジャグジさま』の力を込めてある。
放たれた鉛弾はミジャグジさまの力によりあり得ない加速を得ただけでなく、雷の力も纏われていた。二千万ボルトにも達する超高圧電気を内包した弾丸だ。
それが、高槻の脚部に命中した。まだ此処から跳躍する前だった。高圧電流が、体中のナノマシンの機能を鈍らせる。

 それを受けて、ミジャグジさまは、鈴口にも似た口から、稲妻を束ねた様なレーザーを放射させる。
寸での所で高槻は、身体を大きく半身にさせる事でその一撃を躱すが、今度は赤口葛葉を引き抜いたライドウと、
いつの間にかリベリオンをアポートさせたダンテが此方に向かって来た。高槻の決断は早かった。掻き消えたとしか思えぬ程の速度で、その場から移動。
ダンテが壊した給水タンクの傍まで場所を移す。高槻の動きに気付いていたダンテは、左手に持ったアイボリーを高槻の方目掛けて連射。
弾丸を危なげに回避すると同時に、このバーサーカーはタンクを蹴り抜き、時速数百㎞の速度でそれをダンテ達の方に蹴り飛ばした。
水を撒き散らせて迫るそれを、ライドウは赤口葛葉で、まだ内部に溜まっていた真水ごと切り裂き、直撃を防いだ。
両断されたタンクが屋上の地面に衝突し、マンション全体を緩く振動させる。屋上全体が池にでもなった様に、大量の真水が足元に広がった。

「殺せ」

 そうライドウが命令した瞬間、ミジャグジさまが口腔に雷電の力を収束させ始めるが、時既に遅し。
ナノマシンが不調状態ではあるが、回復するまで待っていたらロベルタが危ないと考えたか、地を蹴って跳躍。一気に、百m程も向こうの建物の屋根に着地。ライドウ達から逃走した。

「追うか?」

 ダンテがリベリオンを構えて訊ねて来る。

「やめておく。放っておいても、二分かそこらの命だ」

 ライドウの口ぶりは、限りなく冷たく、そして、慈悲がなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「悪いな少年、殺せなかった」

 リベリオンを背負い直してから、ダンテが先ず口にした事はそれだった。
本当に悪びれているのかは一見すれば解らないが、ライドウには何となく解る。これは本当に悪く思っていると。

「お前の意思を尊重し、あの女を半殺しに済ませろと言った俺の落ち度でもある。セイバーが気にする事でもない」

 ライドウはダンテが、人殺し、即ち、マスターに対して攻撃を仕掛けると言う事柄に乗り気な性格ではない事は解っていた。
だからこそ、「反抗の意思がなくなる程度には痛めつけろ、殺した方が良いと思ったのならば殺しても構わない」と言う命令に留めておいたのだが、それが裏目に出たらしい。
で、あるのならばダンテが出向くよりもライドウが出向く方が良かったのではないかと思われるが、それはやめておいた。
聖杯戦争に於いて、マスターが誰であるのか露見するのと、サーヴァントが誰なのか露見するのとでは、圧倒的に前者の方が危険である。
マスターの方が遥かに弱いのだからこれは当然だ。サーヴァントが出向いても戦い方や宝具がバレる可能性もなくはないが、ダンテの戦闘の神髄は、
一度の戦闘で全て理解出来る程底の浅い物ではない。つまりライドウは、ダンテに全幅の信頼を置いていたからこそ、彼にロベルタの抹殺を命令したのである。

「この場から様子を眺めていたが、あの女、ただの女ではなかった。身のこなし、走り方。元々は軍属だろう」

「俺も気付いたのは腕を斬り飛ばす直前だったな。筋肉の質と量が全然違うから驚いたぜ」

 ここからして、読み違えていた。
バーサーカーの力を借りてヤクザの事務所を襲撃し、武器を蓄えておくだけの、か弱い女かと思ったが、まさか本当は戦闘経験すらある女だったとは。
もしもこの事を知っていたら、対応も変わって来たのだが、今更言っても、詮無き事か。

 銀鎧のセイバー、シャドームーンとの戦いを終えた後、ライドウは疾風属の仲魔であるモー・ショボーを駆使し、<新宿>を偵察させた。
偵察する事柄は、セリュー・ユビキタス、遠坂凛、先程のロベルタが何処にいるのかと言う事。
特に前二名を重点的に叩きたいライドウであったが、間の悪い事に二人は既に移動を始めた後。ロベルタも同様だった。
しかしモー・ショボーがロベルタがアジトにしていた直近の雑居ビルに、薬物と、ヤクザから押収した銃器を大量に隠し持っていたと言う報告を受け、方針を変更。
ロベルタの方から先ずは重点的に叩かねばなるまいと考えた。そうライドウに思わせた決定的な要因が、薬物だ。まさか物珍しいから隠してました、等と言う事はあるまい。
確実に常習している可能性が高い。セリューや遠坂の二人とロベルタ、どちらの方がサーヴァントを操るに適さぬ精神状態かと考えた時、ライドウはロベルタを考えたのだ。
そしてロベルタの捜索をモー・ショボーに頼み、再び<新宿>を捜索。これに時間が掛かった。その間ライドウらも、セリューと遠坂の行方を捜してはいたが、
その行方は杳として知れず。結局、ロベルタの行方を知るのに、これだけの時間を喰ってしまったのである。

「ご苦労だった、ミジャグジ、『イッポンダタラ』」

「ホホホ、お前さんの頼みならお安い御用じゃて」

 と言って、ミジャグジさまと言う名前をした、白い陰茎の様な悪魔が言葉を返した。外見の割に、その口調と声音は好々爺めいていて、親しみ易さを感じる。
しかし、だからと言って本当に親しみを覚えてはいけない。この悪魔こそ、諏訪の地に伝わる由緒正しき地祇の一柱。
鬼神である建御名方と嘗ては一戦を交えた事もある荒ぶる御霊であり、アマテラスを主神とする大和神族の敵対者とも言えるまつろわぬ祟り神。
菊の御紋をシンボルとする『あの一族』を大本の主とするライドウに、地祇たるミジャグジさまが従う訳は、偏にライドウの実力と帝都、ひいては護国に対する心構えを認めているからである。ライドウの更に上の上司は信条上決して認めぬが、ライドウ自身は認める、と言う所が実に悪魔らしいものの考え方だった。

 ――だが、ライドウが言っていたもう一体の悪魔。『イッポンダタラ』、とは一体?

「ウオオオオォォォォ、不承不服だが女装してやったぜえええぇぇぇ!!!」

 と、頭の悪い叫び声を上げながら、ロベルタの右眼を突き刺した女子高生が、その正体を現した。
黒色の前掛けを身に着けた、片目だけを空けた銅製の仮面を被る、一本足の悪魔だった。その名を、技芸属、或いは邪鬼、イッポンダタラ。
日本の和歌山県に伝わっているとされる、鍛冶を得意とする鬼の一族で、一説によれば天目一箇神の落魄した姿とも言われる悪魔だ。

 技芸属と言う悪魔は変身能力に極めて長けるだけでなく、術者にも変身能力を与えさせる特別な悪魔である。
ライドウにとってこのイッポンダタラには戦闘よりも、潜入捜査に於いて切り札と設定しており、今日初めて此処<新宿>で彼を活用した。
適当な女子高生にイッポンダタラを化けさせ、ロベルタに攻撃を仕掛けた訳は、決してふざけていた訳ではない。
ロベルタがあのファストフード店にいた訳は、NPCが溜まっている場所であるからだろう。此処であるのならば、迂闊に攻撃は出来ないと思ったに相違あるまい。
実際その選択は正しく、この場にいられてはライドウも手出しが出来ない。だからこそ、イッポンダタラを使ってランダムな人物に変身させて、ロベルタに攻撃。
あの場から引きずり出した。当然彼女は、これをサーヴァントによる追跡だと思うだろう。となれば次にやる事は、人目のつかない所への逃走である。
大量のNPCを殺し過ぎれば目立ちすぎると言うリスクが付き纏う、故に戦闘するにしても、人の密集していない所まで彼女は逃げる筈である。
此処で、ライドウとロベルタの意見の一致があった。ライドウとしても、人目の付かない所にロベルタが逃げるのは賛成であった。その方が此方も始末しやすいからだ。
NPCが下手にロベルタを追跡しないように立ち回れ、女子高生に変身させたイッポンダタラにはこう言う命令を予め出していた。
『ロベルタが逃げた方向とは逆方向に移動し、ロベルタが目立たなくなる程大立ち回りをしろ』、と。これによりNPCの注目はロベルタに集まらず、この悪魔に集まった。
後は、予め隠れていたライドウがイッポンダタラを回収、ロベルタを上回る速度で先回り――そうして、現在に至る。これが、全ての顛末だった。

「管に戻れ、ミジャグジ、イッポンダタラ」

「うむ」

「ウオオオオォォォォ、最初は嫌だった筈なのに何でかまた女子高生の姿になりたいのは何故なんだああああァァァァ????? 俺は……俺は、パッション属性のアイドルだった……?」

「消えろ」

 言ってライドウはイッポンダタラを急いで戻し、ミジャグジを次に戻そうとした所で、ダンテがちょっと待てと止めに掛かる。

「証拠隠滅だ、これも消しとけ」

 と言ってダンテは、己が斬り飛ばし、アイボリーの弾丸でちぎり飛ばしたロベルタの両腕を空中に放り投げた。いつの間にか回収していたらしい。
「ミジャグジ」、と口にすると、得心したと言うようにミジャグジさまは放電を迸らせ、分離され血塗れになった二つの腕を一瞬で炭化、消滅させる。何処までも二人は、仕事人の鑑のような男達なのであった。






【四ツ谷、信濃町方面(須賀町方面アパートマンション屋上)/1日目 午後1:40分】

【葛葉ライドウ@デビルサマナー葛葉ライドウシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(中の小)、アズミとツチグモに肉体的ダメージ(大→中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いマント、学生服、学帽
[道具]赤口葛葉、コルト・ライトニング
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の主催者の思惑を叩き潰す
1.帝都の平和を守る
2.危険なサーヴァントは葬り去り、話しの解る相手と同盟を組む
3.追って、討伐令を発布された主従(ザ・ヒーローの主従も含む)の居場所を探し、討伐する
[備考]
  • 遠坂凛が、聖杯戦争は愚か魔術の知識にも全く疎い上、バーサーカーを制御出来ないマスターであり、性格面はそれ程邪悪ではないのではと認識しています
  • セリュー・ユビキタスは、裏社会でヤクザを殺して回っている下手人ではないかと疑っています
  • 上記の二組の主従は、優先的に処理したいと思っています
  • ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ラクシャーサ)と交戦、<新宿>にそう言った存在がいると認識しました
  • チューナーから聞いた、組を壊滅させ武器を奪った女(ロベルタ&高槻涼)が、セリュー・ユビキタスではないかと考えています
  • ジェナ・エンジェルがキャスターのクラスである可能性は、相当に高いと考えています
  • バーサーカー(黒贄礼太郎)の真名を把握しました
  • セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を塞から得ています
  • セイバー(シャドームーン)の存在を認識しました。但し、マスターについては認識していません
  • <新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
  • <新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
  • バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)が逃げ込んだ拠点の位置を把握しています
  • 佐藤十兵衛の主従、葛葉ライドウの主従と遭遇。共闘体制をとりました
  • ルシファーの存在を認識。また、彼が配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました
  • ロベルタと、彼女が従えるバーサーカー(高槻涼)の存在を知りました


【セイバー(ダンテ)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]魔力消費(中)
[装備]赤コート
[道具]リベリオン、エボニー&アイボリー
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の破壊
1.基本はライドウに合わせている
2.人を悪魔に変身させる参加者を斃す
[備考]
  • 人を悪魔に変身させるキャスター(ジェナ・エンジェル)に対して強い怒りを抱いています
  • ひょっとしたら、聖杯戦争に自分の関係者がいるのでは、と薄々察しています


【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院周辺)/1日目 午後1:40分】


【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]健康、魔力消費(小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]不明
[道具]不明
[所持金]かなり少ない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。
2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。
3.外道に対しては2.の限りではない。
[備考]
  • 佐藤十兵衛がマスターであると知りました
  • 拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
  • ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました
  • 一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
  • ロベルタ戦でのダメージが全回復しました。一時間か二時間後程には退院する予定です
  • 塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の主従の存在を認識。塞と一応の同盟を組もうとは思っていますが、警戒は怠りません
  • 塞がライドウと十兵衛の主従と繋がりを持っている事を知りません
  • 北上&モデルマン(アレックス)と手を組んでいますが、モデルマンに起こった変化から、警戒をしています


【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(小)、漆黒の意思(ロベルタ)
[装備]
[道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する
2.マスターと自分の意思に従う
3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません
[備考]
  • 佐藤十兵衛がマスターであると知りました。
  • 拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
  • ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました
  • 一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
  • アレックスがランサー以外の何かに変質した事を理解しました
  • メフィスト病院については懐疑的です
  • 塞の主従についても懐疑的です


【塞@エヌアイン完全世界】
[状態]健康、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いスーツとサングラス
[道具]集めた情報の入ったノートPC、<新宿>の地図
[所持金]あらかじめ持ち込んでいた大金の残り(まだ賄賂をできる程度には残っている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲り、イギリス情報局へ持ち帰る
1.無益な戦闘はせず、情報収集に徹する
2.集めた情報や噂を調査し、マスターをあぶり出す
3.『紺珠の薬』を利用して敵サーヴァントの情報を一方的に収集する
4.鈴仙とのコンタクトはできる限り念話で行う
5.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める
[備考]
  • 拠点は西新宿方面の京王プラザホテルの一室です。
  • <新宿>に関するありとあらゆる分野の情報を手に入れています(地理歴史、下水道の所在、裏社会の事情に天気情報など)
  • <新宿>のあらゆる噂を把握しています
  • <新宿>のメディア関係に介入しようとして失敗した何者かについて、心当たりがあるようです
  • 警察と新宿区役所に協力者がおり、そこから市民の知り得ない事件の詳細や、マスターと思しき人物の個人情報を得ています
  • その他、聞き込みなどの調査によってマスターと思しき人物にある程度目星をつけています。ジョナサンと佐藤以外の人物を把握しているかは後続の書き手にお任せします
  • バーサーカー(黒贄礼太郎)を確認、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
  • 遠坂凛が魔術師である事を知りました
  • 、ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
  • セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を警察内部から得ています
  • <新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
  • <新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
  • 佐藤十兵衛の主従と遭遇。セイバー(比那名居天子)の真名を把握しました。そして、そのスキルや強さも把握しました
  • 葛葉ライドウの主従と遭遇。佐藤十兵衛の主従と共に、共闘体制をとりました
  • セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
  • ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
  • 、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の主従の存在を認識しました
  • 上記二組の主従と同盟を結ぼうとしていますが、ジョナサンの主従は早期に手を切り脱落して貰おうと考えています。また、彼らにはライドウと十兵衛とコネを持っている事は伝えていません


【アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)@東方project】
[状態]魔力消費(中)、若干の恐怖
[装備]黒のパンツスーツとサングラス
[道具]ルナティックガン及び自身の能力で生成する弾幕、『紺珠の薬』
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:サーヴァントとしての仕事を果たす
1.塞の指示に従って情報を集める
2.『紺珠の薬』はあまり使いたくないんだけど!!!!!!!!!!!!
3.黒贄礼太郎は恐ろしいサーヴァント
4.つらい。それはとても
[備考]
  • 念話の有効範囲は約2kmです(だいたい1エリアをまたぐ程度)
  • 未来視によりバーサーカー(黒贄礼太郎)を交戦、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
  • 遠坂凛が魔術師である事を知りました
  •  ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
  • この聖杯戦争に同郷の出身がいる事に、動揺を隠せません
  • セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
  • ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
  • ダンテの宝具、魔剣・スパーダを一瞬だけ確認しました
  • アーチャー(ジョニィ・ジョースター)に強い警戒心を抱いています


【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]精神的ダメージ(大)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]鎮守府時代の緑色の制服
[道具]艤装、61cm四連装(酸素)魚雷(どちらも現在アレックスの力で透明化させている)
[所持金]三千円程
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰還する
1.なるべくなら殺す事はしたくない
2.戦闘自体をしたくなくなった
[備考]
  • 14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました
  • 幻十の一件がトラウマになりました
  • 住んでいたマンションの拠点を失いました
  • 一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在を認識しました
  • 右腕に、本物の様に動く義腕をはめられました。また魔人(アレックス)の手により、艤装がNPCからは見えなくなりました


【“魔人”(アレックス)@VIPRPG】
[状態]人修羅化
[装備]軽い服装、鉢巻
[道具]ドラゴンソード
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上を帰還させる
1.幻十に対する憎悪
2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る
3.力を……!!
[備考]
  • 交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです
  • 右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。
  • 幻十の武器の正体には、まだ気付いていません
  • バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました
  • 一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、メフィストのマスターであるルイ・サイファーの存在を認知しました
  • マガタマ、『シャヘル』の影響で人修羅の男になりました

魔人・アレックスのステータスは以下の通りです
(筋力:A 耐久:A 敏捷:A 魔力:A 幸運:A。魔術:B→A、魔力放出:Bと直感:B、勇猛:Bを獲得しました)






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「貴様が愚かを見せるなど、珍しいの。明日世界が、何の理由もなく唐突に滅ぶ事よりも珍しいものを見れたわ」

 限りない嘲笑の言葉を隠しもせず、姫が口にした。他者を嘲るその姿ですら、匂う様な高貴さを漂わせるのは、彼女が本物の吸血鬼の故であった。
しかし、それにしても。嘲弄する相手が悪い。彼女が小馬鹿にする相手こそ、ドクターメフィスト。魔界都市の誰もが、敵に回す事を恐れた魔人であれば。

 玲瓏たる美貌を姫に向けるメフィスト。
象徴たるケープはない。先程の熾烈な魔戦により、失われた。予備はあるが、ケープを破壊する攻撃手段を有するサーヴァントが、此度の聖杯戦争に招かれていた。この事実だけで、聞く者が聞けば、戦慄を覚える事であろう。

「他に何か言いたい事がありそうだが」

 メフィストがただ美しいだけの愚者だけでない事の表れだった。
魔界医師の炯眼は、姫が何を言いたいのか、と言う事を完璧に看破していた。面白くなさそうな様子で、姫が口を開く。

「傷を治せ」

 散々メフィスト病院及び、その院長であるメフィストに迷惑をかけた女の言葉とは思えぬ程の内容だった。
スタッフを殺しておいて、戦いで負った傷を治せと言う余りにも居丈高なこの言葉。しかもよりにもよって、最高責任者であるメフィストにそれを吐いていると来ている。
盗人猛々しいを地で行く女だった。応報を司る神ですら、この態度には怒りを通り越して呆れてしまうだろう。

「自然治癒力も捨てた物ではないぞ」

 姫も姫なら、メフィストもメフィストだ。要するに、自分の免疫力で治せと言っているような物である。凡そ医者の口にしてよいセリフではなかった。換言すれば治す気はないと言っているようなものだ。

「医者の言う言葉とは思えぬな」

「どの道、この病院にはお前の自然治癒力を上回る薬は開発出来ん。不老不死に薬を与えるなど、ナンセンスだと思わないかね」

 姫は、己の左脇腹に目線を投げた。其処には、ジャバウォックの反物質砲で抉られた跡が痛々しく残っている。
血の一滴も流れない。喰らい付きたくなる程美味そうな、赤い肉が外部に露出していた。食人思考(カニバリズム)の気のない正常人ですら、姫の肉を喰らえると言うのならば、全財産どころか妻や子供、自分の魂ですら擲つであろう。それ程までに、魅力的だった。単なる肉の破片ですら、姫の美は、美しいと言う規矩を超越する。

「今治したい」

「治してもやっても良い。臓腑を焼かれても良いのならな」

 メフィストの言葉を聞いた瞬間、鉄をも断たんばかりの殺意が、姫の身体から爆発した。
彼の一言で思い出したのである。秋せつらとの最後の逢瀬の時に、この男が自分に何をしたのかを。

「どうした、治されたくないのかね」

 姫の性格を知っているからこその言葉であった。誰の目からも明らかな挑発の言葉は、およそメフィストらしくないものだ。

「見ぬ間に性格がねじくれたの」

「そうさせたのは君だ」

「食えぬ男よ、魔界医師。吸血鬼ですら、血を吸う事を躊躇う男」

 姫がそう言った瞬間、拡張されていた空間が、元のロビーに戻った。
空間操作の応用を利用した空間拡張が終わった瞬間だった。人間の身長程もある長方形のロボットが、廊下の方面から現れたのは。
メフィスト病院の床に塵一つない訳がこれである。巡回型の清掃ロボットである。時にはロビー、時には廊下を巡回、主に床を掃除するのである。
小児科を掃除する際はテレビモニターに子供向けのアニメを映し出す『粋』な面もあるが、其処はメフィスト病院のテクノロジー。
不届き者を発見した際には、内蔵されたビデオミサイルや、毎分一万発の弾丸を放つバルカン砲がこれを迎え撃つと言う殺人兵器の側面も有している。
尤も、これを使って姫を殺せる事は不可能であるし、メフィスト自身もその気はない。今は、メフィスト病院ロビーに付着した血糊を掃除させる為にこれらを招聘させたのである。

「入口を開けよ」

 姫が口にする。地球が誕生した頃から存在するのではないかと言う巨大な氷山さながらの、威圧的で重圧な言葉だった。

「今は昼だ」

 最強の種族の一角である吸血鬼は、その強さを制限させるかのように弱点も多い。
大蒜、十字架、流れ水。銀、白木、桃の種。だが最も有名な物は、陽光であろう。吸血鬼にもタイプと言う物があり、西洋系と中国系の二つに分かれる。
これらはそれぞれ弱点が違うが、どちらとも陽光が最大の弱点であると言う点は変わらない。しかし、姫程の吸血鬼となると、太陽の光の聖性すら跳ね除ける。
陽光の効かない吸血鬼。それは、あらゆる退魔士、あらゆるヴァンパイア・ハンターにとっては悪夢に等しい存在だろう。

 ――しかし、今の姫はサーヴァントの身。
その状態で果たして、本体の様に、自由に陽光の下にで、振る舞えるのか。姫よ。

「笑止なり、メフィスト」

 残虐な笑みを浮かべ、姫が言った。

「昼に外を出歩けぬ身なれば、私は永久にせつらの下に辿り着けぬ。この身が太陽にすら負けると言うのであれば、そう。私が此処に来て誓った大願は、初めから叶わぬものだったと言う事。陽の光など何するものぞ。重ねて言う。入口を開けよ、メフィスト。今なら私が滅ぶ様子を見れるかも知れぬぞ?」

 姫は、吸血鬼にとっての屈辱である死を覚悟で、陽光を浴びると言っていた。
ならば、これ以上の言葉は無用だと言わんばかりに、メフィストは、入り口を遮断させていたシャッターを開けさせた。
先程の戦いで証明が破壊され、窓も封鎖され。壁に埋め込まれた非常照明の薄暗い明かりだけが支配するロビーに、燦々とした夏の暑い光が流れ出た。

 ――姫よ、お前は果たして?



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 メフィストの戦闘の様子を見に行きたかったのは、永琳も不律の主従も同じであった。
病院内を見回り終えた後、いざロビーの方に行こうとしたら、そうは問屋が降ろさないと言わんばかりに、メフィスト病院の副院長から三名に命令が下された。
メフィスト病院の駐車場に赴き、やってきた患者を『外で治療しろ』、と言う物。余りにもあり得ない命令内容に舌を巻いた。
病院がテロに近い緊急事態で封鎖されていると言うのはまだ解るとして、そんな事態なのに患者を受け入れ治療すると言うその方針が驚きの一つ。
そしてよりにもよって、外で治療を行うと言うその命令。此処が本当に、この世全ての病院とは全く違う所であると、改めて四人は気付かされたのであった。

 結局命令に逆らった方が後で不利益を被ると考えた四名は、副院長の命令に唯々諾々と従った。現在永琳と志希、不律は炎天下の病院の外に赴き、患者の治療に当たっている。
自分達と同じ様な命令を下された医者は他にも大勢いたらしく、ベテランや若手を問わぬ多くのスタッフが患者の治療に骨を砕いている。
元々骨折やケロイド程度ならば待合室の時点で治す事も珍しくない病院である。彼らからしたら、それが外に変わっただけの様な物との事。
……だからと言って、ビニール製の無菌テントを展開し、外で手術をしている医者までいる、と言うのは如何かと思うが。
志希はそれを見て、「ブラックジャックの世界だぁ……」と口にしていたが、本当に漫画の世界の手術過ぎる。同じ病院スタッフは見慣れているらしいが、当然外からやってくる患者にとってはこの光景は未知その物。余りにも現実離れした治療風景に、皆空いた口が塞がらない様子だった。

 本職が薬師である永琳ではあるが、医術の方も堪能である。
病院側が用意した医療機器一式を使い、巧みに患者の骨折や火傷、労災で負傷した傷を治して行く。不律もまた、機器を使い、患者の治療に専念する。
志希の方は、病院の中ではかなり若手であると言う、利根川アンジュと言う名前をした金髪の看護婦と一緒に永琳や不律のサポートに徹していた。
何処で覚えたのか、基本的な手術器具や機器の名前は頭に入っているらしく、アンジュが言った機器を正確に手渡すその様子は中々どうして、堂に入っていた。

 どのようにして、メフィストの手の内を知ろうかと永琳は考えていた。
思い描いていたのは、襲撃者の情報を知りたいからその時の戦闘の模様を教えてくれ、と言って、メフィストに情報の開示を迫ると言う物だった。
話の流れとしてはこれで矛盾はないであろう。後はあの美しい魔人が首を縦に振ってくれるか、である。
襲撃者がメフィストの手によって葬られていれば、それを理由にメフィストも断るだろう。そうとなれば、話は途端に難しくなる。そうなったら……此方も手練手管を尽くすまでだ。

 ――病院の入口や、窓に降りていたシャッターが、今正に開けられた。
永琳も不律も気付いたろう。それは、メフィストが襲撃者を葬り終えた何よりの証左であると。
医療スタッフ達も当然気付いたらしい。後は、大本営からのアナウンスを待つだけである。であるのだが――。

 世界が急激に色あせて行くような感覚を、一同は憶えた。 
空気の分子に、果実とも、麝香とも取れる、気品漂う香気が結びついているような気がした。
自ら、風景の一部と化してしまい、存在感が根こそぎなくなってしまうと、一同は錯覚した。
シャッターが開け放たれたメフィスト病院の入口から、それは現れた。永琳も、志希も。不律もファウストも。病院のスタッフもNPCも。
――地上に、太陽が降りて来たようだと、皆思った。或いは、昏黒の夜空に於いて、星海に於いて雌黄色に輝く満月か。
星は空にあるからこそ美しいのである。手を伸ばしても届かない距離にあるからこそ尊いのである。星は、地上に降りて来てはならない。地上に住まう全ての物の存在感を奪ってしまうからである。

 その禁忌を、『姫』と言う名の星は冒していた。
太陽の光を、彼女は体中に受けていた。太陽が、己の生み出す全ての光を彼女に照射しているように見える。
この場にいる全員が同じ光を受けている筈なのに、自分達に配分される光だけが、弱く薄暗く見えるのは錯覚であろうか。
或いは、誰に恥じるでもなく、白日の下に裸身を晒している淫蕩で邪悪な美女を焼き殺す為であろうか。しかし、太陽の光を受ければ受ける程、姫は美しく輝くだけである。
天上に在って神の王と称される神格であろうとも、彼女の裸身を見れば魂を奪われ、彼女に耳を舐められれば忽ち彼女の言いなりになるであろう。
己が身に恥じるものなど何もないと言う様子で、姫は片腕を掲げた。太陽の光が万遍なく、しかし流れる虹の如くに全身を巡るその様子は、邪悪の象徴である彼女が、
正義や神格を相手に遂に勝ち取ったことのメタファーであるようにも思えた。次元違いの美貌に、NPC達は欲情する気にもなれない。
決して、姫の左脇腹に、抉るように刻まれた醜い傷跡があるから委縮しているのではない。それがあってもなお、美しいとしか表象しようがないからだった。
両腕の存在しないミロのヴィーナスの彫像、首より上がないサモトラケのニケの石像。欠損しているからこそ美しい芸術の代表格である。姫はまさにこの領域の美に存在し、しかし、その二つの芸術とは次元の違う所に存在する、恐るべき存在なのである。

 瞬間、姫の前面に、一艘の中国船が現れた。古代の中国で用いられた櫂船である。
黒い塗料を塗りたくった船体を持ったその船は、一目で貴人が乗る為のそれであると余人に知らせしめるパワーを内包していた。
船底に触れたものを真水、或いは川の流れと定義するそれを見て、姫は跳躍、船上に降り立ち、船の内部へと入って行く。
それを合図に、船が移動を始めた。風も何もないのに帆船が動くのは、果たして如何なる魔法であるのだろうか。
時の重みと威風を見る物に如実に伝えるその船は、数mと進んだところで、空気と同化するように消えて行き、遂には姫の気配も消えてなくなった。色あせていた世界が、元に戻り出す。心なしか、世界の方も、恐るべき魔人が消えてホッとしたように思えるのは、気のせいではないのだろう。

 時間にして一分に満たぬ短い時間。 
その恐るべき一分間を、不律もファウストも、そして永琳も。何百回も噛まねば味すら染みだして来ない保存食を味わうように、噛みしめていた。

「……厄介なのに目を付けられたわね、私も」

 あれが敵に回る事の意味を計算しながら、月の賢者八意永琳は、原初の吸血鬼の一柱たる姫を、如何滅ぼすか。
その算段を、急いで、しかして冷静に。頭の中で弾き出すのであった。






【四ツ谷、信濃町方面(メフィスト病院)/1日目 午後1:45】

【一ノ瀬志希@アイドルマスター・シンデレラガールズ】
[状態]健康、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]
[道具]服用すれば魔力の回復する薬(複数)
[所持金]アイドルとしての活動で得た資金と、元々の資産でそれなり
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>からの脱出。
1.午後二時ごろに、市ヶ谷でフレデリカの野外ライブを聴く?(メフィスト病院で働く永琳の都合が付けば)
[備考]
  • 午後二時ごろに市ヶ谷方面でフレデリカの野外ライブが行われることを知りました
  • ある程度の時間をメフィスト病院で保護される事になりました
  • ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません
  • 不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました
  • メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました
  • メフィスト病院での立場は鈴琳(永琳)の助手です
  • ライダー(姫)の存在を認識しました
  • メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません


【八意永琳@東方Project】
[状態]十全
[装備]弓矢
[道具]怪我や病に効く薬を幾つか作り置いている
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:一ノ瀬志希をサポートし、目的を達成させる。
1.周囲の警戒を行う。
2.移動しながらでも、いつでも霊薬を作成できるように準備(材料の採取など)を行っておく。
3.メフィスト病院で有利な薬の作成を行って置く
[備考]
  • キャスター(タイタス一世)の呪いで眠っている横山千佳(@アイドルマスター・シンデレラガールズ)に接触し、眠り病の呪いをかけるキャスターが存在することを突き止め、そのキャスターが何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だ明白に理解していません。
  • ジョナサン・ジョースターとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上とモデルマン(アレックス)の事を認識しました。但し後者に関しては、クラスの推察が出来てません
  • 不律と、そのサーヴァントであるランサー(ファウスト)の事を認識しました
  • メフィストに対しては、強い敵対心を抱いています
  • メフィスト病院の臨時専属医となりました。時間経過で、何らかの薬が増えるかも知れません
  • ライダー(姫)の存在を認識しました。また彼女に目を付けられました
  • メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません
  • 事が丸く収まり次第、メフィストから襲撃者(高槻涼)との戦闘の模様と、霊薬を作成する為の薬を工面して貰うよう交渉する予定です


【不律@エヌアイン完全世界】
[状態]健康、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]白衣、電光被服(白衣の下に着用している)
[道具]日本刀
[所持金] 1人暮らしができる程度(給料はメフィスト病院から出されている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、過去の研究を抹殺する
1.無力な者や自分の障害に成り得ないマスターに対してはサーヴァント殺害に留めておく
2.メフィスト病院では医者として振る舞い、主従が目の前にいても普通に応対する
3.メフィストとはいつか一戦を交えなければならないが…
4.ランサー(ファウスト)の申し出は余程のことでない限り認めてやる
[備考]
  • 予め刻み込まれた記憶により、メフィスト病院の設備等は他の医療スタッフ以上に扱うことができます
  • 一ノ瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました
  • 眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません。
  • メフィストが投影した綾瀬夕映の過去の映像経由で、キャスター(タイタス1世(影))の宝具・廃都物語の影響を受けました
  • ライダー(姫)の存在を認識しました。また彼女に目を付けられました
  • メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません


【ランサー(ファウスト)@GUILTY GEARシリーズ】
[状態]健康
[装備]丸刈太
[道具]スキル・何が出るかな?次第
[所持金]マスターの不律に依存
[思考・状況]
基本行動方針:多くの命を救う
1.無益な殺生は余りしたくない
2.可能ならば、不律には人を殺して欲しくない
[備考]
  • キャスター(メフィスト)と会話を交わし、自分とは違う人種である事を強く認識しました
  • 過去を見透かされ、やや動揺しています
  • 一ノ瀬志希とそのサーヴァントであるアーチャー(八意永琳)の存在を認識しました
  • 眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません
  • ライダー(姫)の存在を認識しました。また彼女に目を付けられました
  • メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません


【佐藤十兵衛@喧嘩商売、喧嘩稼業】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]部下に用意させた小道具
[道具]要石(小)、佐藤クルセイダーズ(9/10) 悪魔化した佐藤クルセイダーズ(1/1)
[所持金] 極めて多い
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争から生還する。勝利した場合はGoogle買収。
1.他の参加者と接触し、所属する団体や世界の事情を聞いて見聞を深める。
2.聖杯戦争の黒幕と接触し、真意を知りたい。
3.勝ち残る為には手段は選ばない。
4.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める。
[備考]
  • ジョナサン・ジョースターがマスターであると知りました
  • 拠点は市ヶ谷・河田町方面です
  • 金田@喧嘩商売の悲鳴をDL販売し、ちょっとした小金持ちになりました
  • セイバー(天子)の要石の一握を、新宿駅地下に埋め込みました
  • 佐藤クルセイダーズの構成人員は基本的に十兵衛が通う高校の学生。
  • 構成人員の一人、ダーマス(増田)が悪魔化(個体種不明)していますが懐柔し、支配下にあります。現在はメフィスト病院で治療に当たらせ、情報が出そろうまで待機しています
  • セイバー(天子)経由で、アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、バーサーカー(高槻涼)、謎のサーヴァント(アレックス)の戦い方をある程度は知りました
  • アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在と、真名を認識しました
  • ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(増田)と交戦、<新宿>にそう言った存在がいると認識しました
  • バーサーカー(黒贄礼太郎)の真名を把握しました
  • 遠坂凛、セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を塞から得ています
  • <新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
  • <新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
  • 塞の主従、葛葉ライドウの主従と遭遇。共闘体制をとりました
  • 屋上から葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)と、ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)が戦っていたのを確認しました
  • メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません


【比那名居天子@東方Project】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]携帯電話
[所持金]相当少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を異変として楽しみ、解決する。
1.自分の意思に従う。
[備考]
  • 拠点は市ヶ谷・河田町方面です
  • メフィスト病院が何者かの襲撃を受けている事を知りました。が、誰なのかはまだ解っていません


【ライダー(美姫)@魔界都市ブルース 夜叉姫伝】
[状態]左脇腹の損傷(大。時間経過で回復)、実体化、せつらのマスターに対する激しい怒り、
[装備]全裸
[道具]
[所持金]不要
[思考・状況]
基本行動方針:せつらのマスター(アイギス)を殺す
1.アイギスを殺す、ふがいない様ならせつらも殺す
2.ついでに見かけ次第ジャバウォックを葬る
[備考]
  • 宝具である船に乗り、<新宿>の何処かに消えました
  • 一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、不律&ランサー(ファウスト)の存在を認識しました






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 アメリカの辺鄙な片田舎、或いは、人に捨てられ、時の流れるに任せるがまま百年も経過したようなヨーロッパの寒村。
それが、敵対者の心象風景を見た男が、その場所に抱いた印象であった。

 雲一つない夜の空。なのに、星の明かりが一つも空に瞬いていない。月だけが、丸く輝き、王者の威風を星と言う臣下のいない空に示していた。
それが堪らなく、哀れで、虚しく、寂しかった。惻隠の念すら感じさせる程の、その世界の夜空は、なまじ月だけが目立つせいか、酷く虚無的で、寂寞としたものであった。

 教会を思わせる建造物の前に、ゴミやがらくた、流木を鎖で巻き付け固定させ、十字架の形にした様なものがあった。
聖なるシンボルとされる十字架を、このような適当で冒涜的な形に仕上げるとは、神からの罰は免れまい。

 ――況して其処に、一人の青年を磔刑にさせているのであれば、なおの事。

 その世界は初めから彼と、十字架の前で佇んでいた金髪の少女の二人だけしかいなかったらしい。
典型的な白人の子供とも言うべき姿をした金髪の童女が、ブギーマンでも目の当たりにした様な叫び声を上げた。
第三の闖入者が醜い出っ歯が特徴的なジャバウォックであった訳でもなければ、猛り狂うバンダースナッチだった訳でもない。

 恐るべき形相をした金髪の少女ですら、あどけない少女の顔に戻し、世故に限りなく疎そうなこの少女にですら、恐ろしいと思わせる程。その闖入者が、『美しかった』からである。

 鎖で磔にされた青年が、美しい魔人の方に弱弱しい動作で、顔を向けた。
酷く憔悴しきった顔立ちだ。永い間磔にされていたであろう事を魔人は認識したが、決してそれが衰弱した理由の全てではないのだと、心で理解してしまった。

「……俺を」

 遠くで鳴く虫の様な声で言った。

「俺を、助けて、欲しい……」

 言葉を受けて、白い魔人が口を開く。

「……そうか」

 そう男が告げた。これまでの彼に対する、無慈悲を通り越して冷酷無比な態度とは一転した、患者に対する慈愛の声音だった。

「救いを求めるか、バーサーカー」

 其処で、心象風景とのコネクトが切れる。
現実の世界へと引き戻された魔人の目に映るのは、暴れ狂うジャバウォックの姿であった。

 魔獣の胸の内に手を入れた事で、メフィストの脳裏に映された、ジャバウォック/高槻涼と言う少年の心象風景が、これである。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「君と出会って一ヶ月と経過してない、浅い付き合いの身で言うのも何だが、らしくないと私は思うな」

 エクトプラズムの椅子に座りながら語るルイ・サイファーは、書物を手にしていなかった。
書物より面白い事柄があったからか。黒檀の机に向って書を嗜むメフィストの美を目の当たりにして、平然とした態度を崩さないマスターは、この男ぐらいのものだろう。

「そう、思った訳は?」

「君は無慈悲だ。そして、我儘だ」

 魔界医師に真正面からこのような事を口にすれば、次に何かを喋ろうとした瞬間には心臓を止められていてもおかしくはないだろう。
しかしメフィストは、自らのマスターたる、この金髪の賢者が口にするだろう次の言葉を、ただ待つだけであった。

「魔界都市最高の名医だったからこそ、魔界医師。違うだろうな。君はどの世界に足を運んでも、何処までも魔界医師だっただろう。己の患者には聖母の如き慈愛を持って接するが、それ以外の存在には無慈悲を通り越して冷酷非道。キャスター、君にとって一番許せないのは、己のプライド……沽券だね。それを傷付けたもの。己のプライドに泥を塗り、己の敵に回った存在は、全て例外なく抹殺して来た。故にこそ、魔界医師。そうだろう?」

「そうだな、君と同じだよ。無意味にプライドが高すぎて、損をする事も珍しくなかった」

「敵わないなぁ」

 諸手を上げるルイの、何処まで本気か解らぬ微笑みと口ぶりよ。

「そんな君だからこそ、私は理解が出来ない。メフィスト病院を襲撃し、剰えスタッフを殺害し、愛してやまぬ患者と、その関係者に重傷を負わせた。腸が煮えくりかねない相手の筈だ。バーサーカー、高槻涼。彼を何故、みすみす逃してしまったのかな?」

 ルイの言った事は蓋し正しかった。メフィストの敵にまわり、嘗て無事であった者など、未だかつて存在しない。
ある者は己が手で葬り去り、ある者は<新宿>一のマン・サーチャーと共闘体制を取って。メフィストは己の敵を全て抹殺して来た。唯一の例外など、『姫』位のものだった。
敵対者に対して、メフィストは無慈悲であると言うこの言葉も正しい。神や仏ですら、どんな悪事を犯した人間にも、地獄と言う責苦は与えるが最後には救われる機会を与える。
魔界医師はそれすら与えない。己の敵に回った者は、宇宙が時間を使い果たしてなお、責苦を味わって貰わねば気が済まないのだ。ある意味で究極のサディストだ。
それ程までの男が、何故。高槻涼を逃すと言う、生前からはあり得ない程の大失態を冒してしまったのか。姫があの時、『明日世界が唐突に何の理由もなく滅ぶ方が珍しくもない程の失態』と口にしたのは、誇張でも何でもないのである。

「人の失態の理由を知りたいかね、ルイ・サイファー。天より堕ちたる熾天使の王よ」

 読んでいた書物から、ルイに向けられる目線の、何と恐るべきものか。
殺気など一かけらも込めていないのに、殺す、と言う意思が内包されたその目線。魔界都市の住民や妖物が、絶対に向けられたくないと思った目線を今、ルイは真っ向から受けとめていた。

「人の心が解らないのは医者としてどうかと思うよ」

 真正面から、ルイはメフィストに喧嘩を売った。

「知りたくないと思う者が、いる事の方が寧ろ罪だ。君は自分のネームバリューを良く解っているだろう。完璧と言う言葉が何よりも相応しい男のミス。知りたくない者がいない訳がない。だから、教えて欲しいな。魔界医師、その勲、その言寿ぎに何らの譎詐もない、死の具現よ」

 「言いたくないのなら」、言ってルイは、スーツの左袖を捲って見せた。
左手首から左肘に掛けて、赤く光り輝くトライバル・タトゥーが刻まれていた。一本の果樹に、狡猾そうな蛇が巻き付いているそのモティーフ。正に、ルイの正体を現すにこの上なく相応しいデザインだった。

「令呪を使った方が、言いやすいかな?」

 恐るべき時間が、ゆっくりと流れた。 
いや、時間すらも、恐れをなして停止してしまいかねない程の、凍て付いた瞬間だ。
類稀と言う言葉すら最早陳腐過ぎる程美しい貌をしていながら、一切の感情を宿さぬ表情でルイを睨むメフィスト。
『死』と言う概念が人の形を取って現れた様な美魔人の顔を見ても、不敵そうな微笑みを浮かべるルイ。
二名の目線の交錯の時間は、たった数秒と言う短い時間の間でも、永劫の時間を凝集して見せたかのように、終わる事がないのではと人に思わせるに足るものであった。

「……診療していた」

「診療?」

 語り始めたのはメフィストだった。折れたのも、メフィストだった。

「あの時、高槻涼と言う名前のバーサーカーに制裁を与えんと腕を突きいれた時、狂化していないあの男の真実の声が聞こえて来た」

「何て、言っていたのかな」

「救って欲しい、と」

 足を組むと言う座り方に姿勢を変える、ルイ・サイファー。

「あのバーサーカーは、この病院を襲う事が本意ではなかったのだろう。あの鋼の獣と言う鎧の下に隠された、高槻涼と言うバーサーカー。その更に下に隠された真実の姿を見て、少なくとも私はそう感じた」

「だから、見逃してしまったと」

「病気の内容を聞こうとして、其処で逃がしてしまった。君の言う通りだ。凡そ私らしくないミスだ」

 嘲るよりも先に、言葉を失う様な事柄を平然とメフィストは話した。
バーサーカー、高槻涼を逃がした訳は、恐るべき攻撃を放たれ距離を離したと言う訳でもなければ、誰かを人質に取られていたと言う訳でもない。
ただ、敵対者の問診をしていたから、逃がしてしまった。その余りの理由聞いても、ルイは、嘲笑すら浮かべていなかった。

「君にとって高槻涼は如何映った?」

「狂化が間違いなく負担になっている。或いは、理性を欠落したそのままに、暴威を振う自分を、許せなかった。そう、私は見た」

「ならば、其処で殺せば良かったのではないのかね?」

「言葉を続けたまえ」

「高槻涼と言うバーサーカーは、バーサーカーと言うクラスで呼ばれたそれ自体が既に苦しい。そして彼は、メフィスト病院に攻撃を仕掛け、剰え関係者の何人かを死なせた。其処で、死なせた方が治療になった様に私は思うが」

 パタンッ、と言う音がした。メフィストが、読んでいた書物を閉じる音だった。ルイを見るその瞳は、限りなく冷たい。
百回物事を教えても、一分程もその内容が頭に入っていない、出来の悪い生徒を見るような老碩学の目線とは、きっと今のメフィストのそれに似ているのだろう。

「先程の言葉をそのまま返そう」

「どうぞ」

「王は人の心が解らない」

 ほう、と言ったルイの口の端の、面白いものを見るような歪みかたよ。

「殺してでも貴方を救う。死なせた方が遥かに患者の為になる。そう言う医者は、私も知っている。無能だよ、医者を名乗る資格すら与えない。我が病院のスタッフがこれを口にしようものなら、私の方から死を与える」

「何故、そう言うのかね?」

「医者とは、救う者。患者に希望を与える者。死の国の使者から生者を遠ざける者。自らの患者を、冥府の国に近付ける者は、最早医者ではない」

「だが、君は高槻涼を殺すのだろう」

「殺す。それだけは事実だ」

 メフィストの言葉は鉄だった。余りにも矛盾した内容でありながら、その言葉に絶対不変の論拠があるのは、メフィストの語気の強さ故。
無論メフィストは、此処で話を終わらせない。「――だが」、魔人は即座にそう続けた。

「死を与える救いだけは、私は断じて認めない。死を与える事を救いと宣う愚か者は、世に死神のみ。そして私は、死神が嫌いだよ。愛する者を常に私から奪って行く商売敵だ」

 握り拳を作ってから、メフィストは口を開く。

「順序が違うのだよ、ルイ・サイファー。『殺して救う』のではない。『救ってから殺す』のだ。高槻涼は殺す。死の国に直ちに送らなければならない。だがその前に、治療しなければならない。彼の心の中に救う病魔を。彼を狂気に駆り立てる術を、私は解かねばならない」

「何故、其処までする義理がある?」

「私に救いを求めたからだ」

 席から立ち上がるメフィスト。直立する、ダイヤモンドで出来た一本の若木のようであった。

「病める者が私は好きだ。私を愛してくれるから。狂気に駆られ、私の殺意を受けて尚、高槻涼は私に救いを求めた。ならば、私はそれに報いる。報いた後に、殺す」

「本末転倒ではないのかね、それでは」

「彼は、狂化した自身の姿を恥じていた。狂化した状態のまま、消滅させる事。それは醜い姿のまま冥府に送る事と同義だ。それは、彼の本意ではないし、救った事にはならない」

 この世の誰もが理解出来ぬであろう、魔界医師・メフィストの論理。
平常な姿をした、この世で一番の狂人の言動を耳にし、一流のサイコメトラーが恐怖から発狂しかねない、異常な密度の狂気に直撃して――。
ルイ・サイファーがなお浮かべているのは、微笑みだった。原初の暗黒、世界に最初に生まれた悪と言うのは、きっと、彼の事だと思わせるには、十分過ぎる程の笑み。

「救うかね?」

「救う。魔界医師の名に懸けて」

「殺すかね?」

「殺す。魔界医師の名に懸けて」

「なら、君の意思を尊重しよう。先程の非礼を詫びよう、キャスター。だがこれで……私は君の理解者に一歩近づけたかね?」

「程遠い。貴方が悪魔である限り」

 無感動にそう告げて、足早にメフィストは出口へと歩みより、院長室から退室した。はためくケープが、シリウスの光のように淡く輝いていた。 
自動ドアを開かせ、院長室から出た先は、廊下ではなく、薄暗いメフィスト病院の地下であった。空気清浄器の駆動する、ブーン……と言う音だけが響く、
肌寒い空気。この空間の存在を知る者が、果たしてメフィスト病院に何人いる事か。地下には誰もいなかった。当然である。
此処が、メフィストが殺したい/治したいと思った人物が現れた時のみに訪れる、秘密の工房の手前であるからこそ。メフィストは物を作る際には、誰の手も借りない。己の手だけで、必殺或いは必癒のアイテムを、作り上げるのである。

「……ロザリタ・チスネロスか」

 それは、ジャバウォックの胸に手を入れた際に副次的に知った、あのバーサーカーのマスターの名。
此度の襲撃の計画犯。そして、魔界医師の手によりて死を与えねばならぬ、不倶戴天の仇敵。
地の果てまでも追い詰め、高槻涼のマスターは殺されねばならない。キャスターの戦いのセオリーである籠城戦、それを捨ててでも。傍目からみれば愚かだ、釣り合いが取れてないと後ろ指を指されようとも、制裁を加えねばならない。

「逃がさん」

 人を救う事に生き甲斐を感じる医者の顔と声で、メフィストはそう言った。
人に死を与えねば気が済まぬ魔人の顔と声で、メフィストはそう言った。






【四谷、信濃町(メフィスト病院)/1日目 午後1:50分】

【ルイ・サイファー@真・女神転生シリーズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]ブラックスーツ
[道具]無
[所持金]小金持ちではある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯はいらない
1.聖杯戦争を楽しむ
2.????????
[備考]
  • 院長室から出る事はありません
  • 曰く、力の大部分を封印している状態らしいです
  • セイバー(シャドームーン)とそのマスターであるウェザーの事を認識しました
  • メフィストにマガタマ(真・女神転生Ⅲ)とドリー・カドモン(真・女神転生デビルサマナー)の制作を依頼しました(現在この二つの物品は消費済み)
  • マガタマ、『シャヘル』は、アレックスに呑ませました
  • 失った小指は、メフィストの手によって、一目でそれと解らない義指を当て嵌めています
  • ドリーカドモンとアカシア記録装置の情報を触媒に、四体のサーヴァントを<新宿>に解き放ちました
  • デモディスクを集めて、ある人物に送る様です
  • ??????????????


【キャスター(メフィスト)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]健康、実体化、殺意(極大)
[装備]白いケープ
[道具]種々様々
[所持金]宝石や黄金を生み出せるので∞に等しい
[思考・状況]
基本行動方針:患者の治療
1.求めて来た患者を治す
2.邪魔者には死を
3.高槻涼を治療し、その後に殺す
4.ロベルタを確実に殺す
5.姫を確実に殺す
[備考]
  • この世界でも、患者は治すと言う決意を表明しました。それについては、一切嘘偽りはありません
  • ランサー(ファウスト)と、そのマスターの不律については認識しているようです
  • ドリー・カドモンの作成を終え、現在ルイ・サイファーの存在情報を基にしたマガタマを制作しました
  • そのついでに、ルイ・サイファーの小指も作りました。
  • 人を昏睡させ、夢を以て何かを成そうとするキャスター(タイタス1世(影))が存在する事を認識しました
  • アーチャー(八意永琳)とそのマスターを臨時の専属医として雇いました
  • ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の存在を認識しました
  • 番場真昼/真夜&バーサーカー(シャドウラビリス)の存在を認識しました
  • 浪蘭幻十の存在を確認しました
  • 浪蘭幻十のクラスについて確信に近い推察をしました
  • ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。
  • ライダー(大杉栄光)の記憶の問題を認知、治療しようとしました。後から再び治療するようになるかは、後続の書き手様にお任せします。
  • マスターであるルイ・サイファーが解き放った四体のサーヴァントについて認識しました
  • メフィスト病院が襲撃に会いました。が、何が起こったのかは、戦闘の余波はロビーだけで、院内の他の患者には何が起こったのか全く伝わっていません
  • ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)の存在を認識、彼らの抹殺を誓いました
  • 蒼のライダー(姫)の抹殺を誓いました



時系列順


投下順


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046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) 葛葉ライドウ 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
セイバー(ダンテ)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) 佐藤十兵衛 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
セイバー(比那名居天子)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) 一ノ瀬志希 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
アーチャー(八意永琳)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) ジョナサン・ジョースター 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
アーチャー(ジョニィ・ジョースター)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) 不律 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
ランサー(ファウスト)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) ルイ・サイファー 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
キャスター(メフィスト)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) キャスター(タイタス1世{影}) 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) ロベルタ 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) バーサーカー(高槻涼)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) 北上 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream
魔人(アレックス)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編) 蒼のライダー 046:It`s your dream or my dream or somebody`s dream


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最終更新:2018年11月02日 21:02