ある男の話をしよう。
生きる為の技を奪ってまで学び、人々を導こうとした男の話である。

 世界に嘗て、鉄と石の家がなかった時代。
青い海と巍々たる山々、海と山との間に無限にも思える程広がる緑の森に、草花の芽吹かぬ荒野、何時生まれたのかすら解らぬ程遥かな昔から存在する湖と大河だけが、その星を覆い尽くしていた。
陸地に広がる緑の海である森林と、陸地に興った神々の玉座である山嶺は、神々の系譜に連なる者の遊び場であり、
人々は荒地に住んでは土を耕し、川の泥を捏ねては家を作り其処に藁を敷いて眠る弱い種族に過ぎなかった。

 その弱さの故に、人々は愚かで、野蛮だった。
割拠する多くの都市国家は、いつ終わるとも知れぬ争乱と人の死を生み続け、夢目標としていた安寧と安息を、自分達の手で彼らは遠ざけていた。
彼らは当たり前のように自分と同じ似姿をした者を殺す。荒野の王者であるところの、あの恐ろしい獅子ですら腹が満たされれば、兎が目の前を通り過ぎても何もしない。
人だけが、今日を生きられる分の糧以上を望んだ。彼らは、満たされると言う事が何であるのかを理解していなかった。

 その弱さの故に、人は容易く生まれた。
弱いものは自らの種を保つが為に、沢山己の子供を産むもの。一度に大量の卵を産むウミガメもカマキリも、成体の姿を見せるのは数千匹の赤子達の中の数匹なれば。
女――人は、彼らが生きる為に多くの子を産んだ。そして、その内の多くが、死んで行く。粥の一かけらも食えずに死に、河に溺れて死に、崖から落ちても死に、野山を闊歩する恐ろしい獣に喰われて死ぬ。
彼らは虫と同じだった。その数の故に、嘴に啄まれその数を減らして行く小虫と何の違いもなかった。

 人が獣である事を許せなかった男がいた。
男は生まれたその瞬間から、天から、地から、人から、星から、英雄になるべき定めを与えられていた者だった。
男は聡明だった。十三の時には既に神からの託宣を授かる神官よりも賢くなり、天地の理にも通じていた。
男は屈強だった。荒地に君臨していた恐るべき人喰い獅子を身一つで殺して見せたのは、九歳の時だった。
その才気を持って、英雄はあらゆる技芸を学んだ。星を読む術を教えたのは彼だった。傷を癒す術を広めたのも彼だった。
堤防を作る術も、水を支配する術も、麦や稲を育てる技も、竪琴を奏で心を落ち着かせる技も、魔を操る術も。全て彼は惜し気もなく披露し、人々に分け与えた。
人を導く為ならばと、嘗ての友も師も裏切った。魔術の奥義や政の体系、竪琴や詩歌を教えてくれた森の住人である妖精族も、製鉄や鍛冶を教えてくれた太古の宇宙を知る者である巨人族も。人を獣にさせぬため、英雄は敢えて自分が獣になった。人の世の残酷な歴史の輪廻(サンサーラ)が、自分で終わるように祈って。

 しかしそれでも、人は変わらなかった。
殺す事を禁じる法を、男は十重二十重にも工夫した。人を傷付け、害する事がどれだけ罪深いのかを説く道徳だって必死に考えた。全ては、人の中の獣性を宥める為に。
だが、彼の齎した繁栄はより多くの死の業を齎し、彼の制定した法律はより多く、そして多様な残虐を人に見せつけただけだった。
法は理解する、道徳も暗記した、知識も習得し、生きる為の技術や人生を豊かにする芸術の技も人々は評価した。
だが、男が一番理解して欲しかった、慈悲と慈愛を、人々は嘲笑した。生きる上で何の役に立つものかと。

 だから、男は疲れてしまった。
やがて、人は何をしても変わらぬのだと悟った英雄は、狂気の赴くがままに己の欲するが所を満たし、遂には世界の果てに隠れてしまった。

 そんな男が、存在する。
――その男の名前は



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 意識が遠のく。身体の末端からどんどん冷えて行く。残った左の瞼がどんどん重くなる。
それでも、燻るどころか今でも身体を熱く燃えあがらせる、憎悪と闘争心だけは消えてなくならないのだから、恐ろしい物だった。

 満身創痍、と言う言葉ですらが最早生ぬるい程の状態にロベルタはあった。
ジョナサンが駆るアーチャーのサーヴァントに腹部を撃たれ、黒いマントの書生の操るセイバーのサーヴァントの蹴りで腸を断裂され。
更に、紅コートのセイバーは鋼を削り出したような武骨な大剣で此方の右腕を切断したばかりか、アメリカ人ですら気違い呼ばわりするであろう程のビッグ・サイズの拳銃で、
此方の左腕を千切り飛ばしてしまった。当然の事ながら、流れ出る血の量は著しい事この上ない。
失血死していないのは、偏にロベルタが、憎悪にも似た意思を体の中で燻らせ、辛うじて意識を持ち堪えさせているからだ。
戦場の最中であれば死んだも同然、銃口を口の中に突き入れて自殺した方が救いがある傷を受けても、まだロベルタは戦う気概でいるのだ。こうでもしなければ、到底耐えられないから。

 高槻涼に抱えられ、高田馬場方面までロベルタは移動していた。
黒衣のマスター、葛葉ライドウの弾丸を受けて機能に若干の陰りが見られるが、それでも、新幹線に匹敵する程の速度で、建物の屋上から屋上、屋根から屋根に飛び乗って、
他者では追いすがれぬ程の速度での移動は可能である。現にあのマスター達は、とうの昔に撒いていた。
だが、そんな事は最早問題ではないだろう。このまま行けばロベルタに待っているのは、確実な死だけだ。
病院襲撃前に使っていた四ツ谷駅周辺のアジトは最早使えまい。市井に溶け込んでいたロベルタをピンポイントで発見出来た程の手練である。
あのアジトを筆頭に、ロベルタが幾つも<新宿>中に作っていた他のアジトも抑えられていると見て相違ない。
それに、どの道アジトに戻っている程悠長な時間はない。両腕を失い、今も血を流しているこの状態、誰の目から見ても長くない事は明らかである。
では治療をしに病院に赴けるか、と言えば答えはNOであろう。信濃町の騒動で、自分の顔は割れている可能性が極めて高い。
そうなると医療機関で治療をした場合、警察機関に自分の情報が届いてしまう。こうなると、裏でヤクザで魂喰いをして来たと言う事実が足かせになる。
逮捕で済むのならば、まだ良い。最悪その医療機関に聖杯戦争の主従がやって来て、そのまま殺害される。今の自分には、ジャバウォックをまともに運用できる魔力は皆無。
結局、どう転んだところで、ロベルタは詰んでいる状態だ。

 ――何故、自分はこんな状況に陥っている?
働かない頭でその事を考える。立てたプランは完璧だった筈、自分にも落ち度だってない。となれば、行き着く結論は一つ。

 バーサーカー・高槻涼が無能だったからに他ならない。
思考能力がないバーサーカーの代わりに、自分が立案した完璧なプランが、こうも無惨に失敗したのはそう言う事だ。
計画の直接の実行役である高槻が失敗しなければ、今頃自分は聖杯へと辿り着けていた筈なのである。
それがこうも不様な醜態を晒しているのは、高槻涼が悪いとしか言いようがないし考えようがない。

「この役立たずが……!!」

 意識してそう悪罵してしまうロベルタ。
魔力も無ければ、体力も、剰え生命力も、底を突いて死にそうな状態。メフィスト病院から距離を離し続ける高槻は、変わらぬ表情で移動を続けている。
メフィスト病院で何が起こったのか、外にいたロベルタには知る術もないし、今後二度と知る事もないだろう。
だが、たかがキャスターの居城一つを占拠出来ないなど、バーサーカーの名折れも良い所である。許される事ではない。
信じて送り出した結果がこれでは、ロベルタとしては悪態も吐きたくなるものだ。自分が特攻した方が、まだ良い結果を残せたのではないのかとすら思っていた。

 自分の命は、最早もって一分程。
両腕を失った事による失血が、ロベルタの命の残りを制定する絶対の要素であった。
このまま聖杯戦争を脱落するのだけは、御免蒙りたい。大規模な病院ではなく、何処かの小さい診療所ならば、自分の情報についての伝達が多少は遅れるだろうか。
鈍りつつある頭で、その様な打算を考えていた。何にしても今は、一番身近な危難を解決せねばならない。そんな事を思いながら、ロベルタらは、建物の屋上に着地した。
周りの建物よりも一際高い建造物だった。遠巻きに見たらその様子は、立てられた鉛筆の中に一本だけ長さ一m以上もある鉄パイプが有る様なものだった。兎に角目立つ。
ヘリポートがある位だ、高さは百mなど優に超していようか。<新宿>の地理を頭に叩き込む過程で、一定以上の高さを誇る高層建築は、ロベルタは凡そ頭に入れている。
この建物は確か、<新宿>に幾つも点在する高級ホテルの一つだったか。無論、今は用などない。すぐに高槻に跳躍させて、飛び退くだけの通過点だ。

 ――其処で明白に、高槻の動きが止まった。

「どうした、早く移動しろ役立たず!!」

 女性特有のヒステリックを隠しもせず、ロベルタが罵る。
だが、彼女は果たして気付いているか。遥か眼下の往来に、人の通りが全く存在しない事に。自分達が、敵の腹の中に入り込んでしまったと言う事に。
それに気付けたのは、ナノマシンが不調の状態とは言え、優れた察知能力を持つ高槻涼であるが故だった。

「――!!」

 気付いた高槻が、ある方向目掛けて、銃口状の形状に変えさせた己の右腕から、圧縮空気を発射。
コンクリートを粉砕する圧縮空気が十数m程進んだところで、それが粉微塵に砕け散った。

「見事なり、余の隠形を見破るか」

 それは、聞くだに頭を垂れ、膝を地に付きそうになるような、万斛の威厳と自信に満ちた声だった。
過去にどんな偉業を成せば、このような威風を醸し出せるのか。生まれながらにして、王者となるべき星に生まれた者のみが、放つ事を許される王威を今、二名はその身に浴びていた。

 圧縮空気が破壊された地点の空間が歪む。
空間は人型に歪んでいる、とロベルタが気付いたのは、その主が直に姿を現してからだった。
この地球上の何処に、そんな輝きを誇るものがあるのだと思わずにはいられない程に、白く輝く鎧を纏った男だった。
全身を覆うようなその鎧は巧みに出来ており、着用者はまるで不思議な殻を持った優雅な昆虫に見える。甲冑に妨げられていても解る、見事な身のこなしをしていた。
だがそれ以上に目を瞠るのは、被っている兜の底で光る、王者の眼光であろう。赤とも、紫とも取れる輝きに満ちた瞳で射すくめられた時、ロベルタは奮えた。
心どころか、魂ですらも見透かされている。遠退きつつある意識であったが、そんな状態でもなお、そう思わせる程の魔力を、目の前のキャスターは有していたのだ。

「我が名を讃えよ」

 白甲冑のキャスターは言った。

「栄光に満ちた、並ぶ者なき我が名を讃えよ」

 世界中のあらゆる人間、いや、人どころか野を跳ねる兎から海を進む魚、空に漂う白い雲の中を泳ぐ鳥から草木の蜜を吸う昆虫。
果ては、川や荒れ地に転がる石までも、己に言寿ぎを投げ掛けねばならないと言う様な口調で、男は言った。

「――余の名はタイタス。時の初めに在った王。遥かな未来世までにも君臨する皇帝である」



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 ある男の話をしよう。
偉大なる帝国の始祖となった男の跡目を継いだ、仮初の初代の話を。

 男は尊大な性格だった。未来に無限の可能性を詰め込んだ若い男が、全てが自分の前にあると錯覚するような全能感を胸に抱くが如く。斯様な性格の持ち主だった。
そんな男の目から見ても、自らを産み出した始祖帝は優秀だった。妬みも嫉みも湧き上がらない程に、始祖帝は優れていたのである。
子が父と母とを尊敬するように、学徒が教書にも名を連ねる程の哲人を目標とするように、彼もまた自らを産み出した主に尊信を示した。

 始祖は、疲れていた。失望していた、と言うべきだったのかも知れない。
万古不変の繁栄を絶対のものとした都市を築いても、石すら欷泣させる竪琴や詩歌の技を身に着けても、天地(あめつち)に通ずる神通力を得ても、人の心は動かせなかった。
そう口にした始祖の顔は、酷く悲しげで、疲れ果てているようにも思えた。人類の繁栄を永久の者にした偉大なる者とは思えない、枯木の様な印象を男は抱いた。

 始祖の影、分身として作られた男は、若い頃の始祖に似て、野心に満ちていた。
彼は産み出された存在でありながら、自らを生み出した始祖よりなお偉大であろうとした。始祖は、それを見込んで男を自らの影に仕立てた。
世界の裏であり果てである世界に隠れた始祖を見送りながら、男は考える。偉大であった始祖を超えるには、何を成せばいいと。
偉大なる始祖が築き上げた帝国の素地は既に磐石でこれ以上変えようがなく、始祖が人に齎した業以上の業を新たに教える事など何もなく。
新たな偉業を成し遂げるなど、始祖の後に生まれたその身では、最早不可能だった。

 だが、男もまた聡明だった。
始祖を超えるには、彼が嘗て破れた、神ですらもが到達出来ぬ未踏の境地――全ての人を幸福にすると言う第六法。これに類する偉業を成せば良いのだと考えた。
第六法に挑まなかったのには、訳がある。人の多様性は既に始祖の手によって無限大にまで押し広げられ、個々人にとっての幸福や不幸もまた、無限大にまで広げられた。
己の力を過信するこの男ですらが、全ての人を幸福にする事とは、時計の針を戻す事、死した生命を蘇らせる事よりも遥かな難事だと考えていた。
故に、目指した。第六の法に比べて達成の見込みがあり、しかしそれでいて、世界の誰もがこれぞ偉業であると認める程の偉烈を。

 男は、この世の全てを支配しようと画策した。人も、鳥獣魚禽も、陸海空も、宇宙ですらをも庇護しようとした。
そして、世界に存在する土地を領土とするのではなく、過去から未来へと無限に続く時間をこそ己の領土としようとした。
人と世界を数百万年、数億年支配し続け、自分がこの宇宙で最後の人間となるまで生き続ける。これを以って男は、始祖を超える偉業とした。
その偉業は、如何なる書物にも記せぬ、時間と輪廻(サンサーラ)に対する挑戦だった。その勲功を余す事無く記述出来るものがあるとすれば、一つ。
宇宙の果てに存在するとされる至高天に存在する、遍く世界の知恵が収束する、全にして一なる門以外にはないだろう。

 世界を愛していたが故の選択だった。彼にもしも世界を愛する心がなければ、彼は暗愚な王としての評価を不変にさせたまま終わっていた事であろう。
だが男は、自らを生み出した始祖同様、世界を愛し、人を愛していた。愛していたが故に、彼は人の上に立とうとし、星の最後の霊長となるまで人を存続させ続けようとした。
彼もまた、始祖の如くに偉大なる者だった。――但し、男は、始祖が最も嫌悪し、この世から根絶させようとした、人の中で眠りこける獣性をも愛していた。

 これ以降人は、権謀術数と、社会の上部と下部構造が齎す搾取の体制。そして、いつ終わるとも知れぬ流血と死が渦巻く闘争の歴史へと突入する。
男が、人の中に眠る悪性を認めているからこそ起った、悲劇であった。その悲劇は、彼が肉体を失い、名すら失って数千年経とうとも、終わる事がないのであった。

 そんな男が、存在した。
――その男の名前は



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 全ては偶然が重なったが故に起った、奇妙な光景だった。
タイタスが<新宿>中に放っているのは、夜種だけではない。彼はともすれば、冠位(グランド)の名を戴いてもおかしくはない程の功績を世に示した、偉大なる魔術王である。
サーヴァントとしての召喚、そして今自身のタイタスの性質故に、その実力は劣化しているが、それでも、他者を隔絶した魔術の冴えを彼は誇っている。
彼は『召喚術』にも堪能だった。世界の裏側に隠れたとされる、世界ひいては自然を象徴する、四元素の精霊。それを使役する術を人に教えたのもまた、彼であった。
そう、タイタスは<新宿>中に夜種だけではなく、太古を知る精霊をも放っているのだ。

 四代元素の内風を司る精霊、『風に乗りて歩む者』はその名の通り、風を操り、風に乗って世界を駆け巡った、翼を持った聖馬(ペガサス)だった。
空気を操り己を不可視の状態にさせていたその聖馬は、空を飛び、外界の様子を見下ろしてはタイタスにこれを報告する、いわば哨戒機だ。
それが偶然、ロベルタと紅コートのセイバーとの間に起っていた騒動を発見してしまった。その事を聖馬は、タイタスに報告。
魔術王は視界を同期させる術を用い、その光景を眺め、「ほう」、と嘆息の域を吐いた。

 タイタス程のサーヴァントを感服させる程のものは、何であったか。
紅コートのセイバーの、直にその姿を拝するまでもなく解る程の超絶の強さか? それとも、彼を率いていた黒衣の若者の、年齢不相応過ぎる実力にか?
確かに、その二名も凄まじい存在だ。あのセイバーと自分、戦えば膝を折るのは自分ではなかろうかと、あのタイタスですら考えていた。
そのセイバーを従える黒衣の書生、あれは自分の憑代として、目下十六番目の皇帝の席に座る事を許しているロムスカと名乗る男よりも優秀だとも考えていた。
しかし、違う。彼らは確かに特筆に値する。だがそれは、決して存在を忘れてはならぬ者達としてしか認めない。
言うなれば彼らは、『敵』として認めているに過ぎなかった。風の精霊がタイタスに送った光景、其処に映っていた四人の中で一人。
タイタスの興味を極度に引き、そして、寵愛を授けてやりたいと思っていた人物がいたのだ。

 ――何て美しく、そして、愛おしいのだろうと、ロベルタを見て思った。
腕を斬り飛ばされてもなお、消える事のない闘争心と言う名の熾火。残った腕を失ってもなお、激しく燃え上がり続けるその憎悪。
それこそ、生前のタイタスが、人と言う生物の本質であるとその慧眼で認めたもの。
目を潰され、両腕を失ってもなお、闘争心と憎悪を燃やし続け、夢に向かって邁進しようとするその姿。それは、タイタスが若く、愚かだった時期によく似ていた。
だから、タイタスはロベルタに手を差し伸べてやりたかった。その飽くなき闘争心を、己の願いが向かって行くベクトルに働かせる事を赦した。

 だが、それも叶わぬ願いかともタイタスは考えていた。
彼女の両腕からたばしり出ている血液の量は、彼女の生命活動を停止させるに足る程のもの。
仮初の憎悪と闘争心を与えられた、つまらぬ青年のバーサーカーを用いて、紅いコートのセイバー達を振り切る事は出来たが、
これでは自分と邂逅する前に死んでしまうだろう。そうタイタスは考えていた。――此処で、第二の偶然が発生した。
バーサーカー・高槻涼の移動速度が想像以上に早かった事と、ロベルタの意思が自らの生命活動を延長させる程のものだった事。
そして、彼らの向う先が、何の運命のいたずらかタイタスが居城とするあの高級ホテルの方面だった事。
その事に気付いたタイタスは急遽、ロベルタらを迎え入れる準備をした。眼下の往来に人が全く通っていないのには訳がある。
タイタスは己の拠点であるホテルを中心とした、直径五十m圏内を魔術で以て異界に変貌させていた。
言うなれば異なる空間座標に、元となった空間をコピーペーストしたのである。これで、NPCは元より、サーヴァントクラスの神秘の塊であろうとも、自分達には気付けない。
かくして、ロベルタらを引き込む準備は、万全となった。そう、彼女は意識もしてない上に気付いてすらいないだろうが、通過点としか認識していなかったこのホテルは、既にタイタスと言う希代のキャスターの腹中であるのだ。

「タイ、タス……!?」

 血の失い過ぎて青みを帯びてきた顔で、ロベルタが呟く。
この世界の歴史に存在するかどうかも解らない名前なのにしかし、世界が四大文明であった頃から存在し、プラトンやソクラテスですら尊敬していそうな響きを誇っているのは、何故なのか。

「その身、最早戦える事能わぬ身になりてなお、修羅として振る舞わんとする者よ。そなたは、余の寵愛を受け、余の偉大な夢の為の礎石になる資格がある」

「軍門に、下れと言うの……!! この、私に!!」

「然り。そして、悠長にそれを選択出来る程、命の刻限がそなたにある筈もなく。はぐらかしていても、そなたに待っているのは、黄泉路への旅券のみ」

「黙れッ!! ジャバウォック!! このキャスターを殺せ!!」

「愚かであるが、見事な返事よ。その尽きる事なき泉の如き闘争心、盟友であるク・ルームにも劣らぬものなれば」

 ロベルタをヘリポートに置いた瞬間、高槻が走る。
しかし、三つ目の偶然が既に、二名の運命を決定づけている事を三人は知る由もない。高槻のナノマシンは著しい機能停止に陥らされている。
ライドウの放った高圧電流の弾丸によって、である。もしも、高槻が十全の状態であるならば、彼はタイタスを葬れたであろうし、異界も破壊出来た事だろう。
――そして、これはもしも、の話になるが。ロベルタの襲撃先が同じキャスターでも、タイタスの方であったのならば。
彼女が当初の目標としていた、キャスターの溜めこんでいた魔力のプールを自分達の物とさせ、聖杯への王手を急激に進められていた事であろう。

 高槻が動き始めたのを見るや、タイタスは腰に提げていた鞘から、一本の長剣を取り出す。
黒曜石に似た色と輝きを誇る美しい剣身に、隙間もない程ビッシリとルーン文字を刻んだ剣だった。生命シンボルである男根を象徴している様にも見えた。
芳一話に出てくる僧のように刻み込まれたルーンが激しく揮発し始めるや、タイタスは大上段からルーンの剣を振り下ろした。
ルーン文字の軌跡を空間に煌めかせながら、黒い剣身が高槻の右腕を付け根から斬り飛ばした。十全の状態の高槻涼ならば、信じられぬ程の失態。
これは、メフィストとの戦いで著しく体力・魔力を消耗した事と、ライドウの弾丸によって機能を低下させられていなければ、決してあり得ぬ展開だった。

 しかし、本来の実力を発揮出来ぬ状態でもなお、高槻涼は油断が出来ぬサーヴァントである事を、風の精霊の伝えた情報でタイタスは既に理解している。
故に、高槻が行動するよりも速く、高速で魔術を発動させ、それを高槻へと向かわせる。動こうとする高槻であったが、目に見えぬ空気の鎖で身体中を縛られた様に動けない。
手足は勿論の事、首も指すらもままならない。くくりの魔術を以って高槻の動きを阻害させた。ただでさえ弱っている上に、対魔力スキルもない高槻に、この魔術を防御出来る術がある訳がなかった。

 ――お前は己の主を殺したいのか?――

 タイタスは言葉ではなく、ジャバウォックの精神そのものに訴えかけた。悪鬼が如き高槻の顔から、険が抜けて行くのに、タイタスは精神に作用する魔術を使っていない。
魔術王にとって、言語のやり取りが出来ぬ事など瑣末なもの。例え狂化をしていようが、心と精神があるのなら。其処に直に訴えかける事が出来るのだ。
そしてそれは、言葉を介したやり取り以上に物事がよく伝わる。バーサーカーである高槻にはタイタスの行った、精神を通じての会話は効果覿面だった。
ナノマシンが漸く復調し始めたのに反比例して、高槻からは戦意が消失して行く。自分が足掻けば、ロベルタは苦しむどころか死ぬ事が確定する。
バーサーカーの身の上である高槻ですら理解してしまった。自分達には最早、タイタスに敗れ、傀儡になる以外の道は存在しないのだと。

「ジャバウォック……ジャバウォックウウウウウウゥゥゥゥゥ――――――!!」

 十秒後には死神が魂の尾を刈り取る事が確約された身の上、体中の血液の半分は失ったのではないかと言うその状態で。
ロベルタは、ありったけの憎悪を、己が引き当てたサーヴァント目掛けてぶつけ出した。何故、行動に移さない、自分はまだ戦えるのに、如何してお前が戦わないのだと。

「何故戦わない、何故動かないこの役立たず!! お前など、呼ばれねば良かった!! もっと私に従順で、強いサーヴァントが招かれれば良かった!!」

「その願いはこの瞬間に、成就する」

 タイタスは這いつくばるロベルタに対して腕を伸ばした。
甲冑に覆われていないその腕は、ともすれば病気としか思えぬ程白かった。タイタスは、白子(アルビノ)であった。

「そなたはより強いサーヴァントの庇護を得る」

 十全の状態より機能が八割も低下しているのではないのかと言う程、処理状態が落ち込んだロベルタの脳髄に、電光が閃いた。
溶接の際に飛び散った火花が、頭蓋の中でバチバチと輝いているかのようだった。思考が全く定まらない。
ごく初歩的な文法のみで構成された、子供に会話を教えるような文章ですらも思い描けない。

 しかしそれでも、彼女が忘れる事はなかった。
主君である、ディエゴを卑怯な手で爆殺し、その息子であるガルシアを悲しみの井戸に突き落とした、汚れた灰狐を。
そして、己に此処までの不様を晒させた原因である、ジャバウォック――高槻涼を。

「ジャバ、ウォック……!! 私を……救――――」

 其処で、スパークが止まった。
光の余韻も何もなく、ロベルタの意識は、闇に落ちた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 目が覚めてロベルタの目に飛び込んで来たのは、抜けるような、と言う表現以上に蒼い空だった。
ちぎったパンの様な白い雲が所々に見られる為、雲一つない快晴では断じてないのだが、白と蒼とのコントラストは、野獣の如きロベルタの心を無聊させるには十分なものがあった。

 ロベルタは地面に仰向けに寝転がっていた。
寝心地は、良いとは言えない。如何やら小石などの礫の上に寝ているようだった。体中が痛い。
――そう言えば、自分はどうなった!? 寝ぼけ気味だった頭が、それまで起っていた出来事をフィードバックさせ、記憶が彼女をバッと勢いよく立ちあがらせた。

 ――……<新宿>?――

 そう思う程、周囲の光景は、<新宿>とはかけ離れた物だった。
そこは川辺だった。ロベルタは如何やら下流と思しき川の傍で寝ていたらしい。この場で聞こえる音は、静かに流れる川のせせらぎの音のみ。
手で掬って飲めそうな程、川の水はよく透き通っていた。その透明さ故に、川の住民達の姿がよく目立つ。
自分達の世界だと言わんばかりに、川の中をニジマスに似た魚が泳いでおり、その中に一匹。虹色の鱗を持った、この世のものとは思えぬ程美しい魚が魚群に混じって泳いでいた。

 周りを見る。如何やら此処は森林の中であるらしい。猥雑で淀んだ<新宿>の空気とは比べ物にならぬ程、空気は良く磨かれいた。
空気の分子に、森の草木と土の香気がスープのように溶け合っているようで、草と土との味が、呼吸するだけで判別出来るようであった。

「此処は……?」

 <新宿>ではあり得ない。
こんな、景勝地などと言う次元では到底足りない程の自然が、<新宿>にあったなど聞いた事がない。
己をタイタスと呼んでいたキャスターの幻力(マーヤー)か、と思い、川縁に近付き、水を掬って飲んで見る。歯に染みて痛い程の冷たさ。
草の味が微かにするその水の感触は、完全なる現実のものであった。「馬鹿な」、と呟いたロベルタの方に、風が吹き込んで来た。
草が揺れ、立ち並ぶ木々の枝葉が軋む。ロベルタの方に吹いた風の感覚は、本物のそれであった。

 ――此処でロベルタは、今になって己の身体の矛盾に気づいた。
再びロベルタは、川の水を『掬った』。何故、掬えるのだ。自分の両腕は、紅コートのセイバーの手で、破壊され、切断された筈なのに!!
それに、目に映る光景も、両の瞳で見据えられるそれであり、腹部に負った傷も完全に回復した状態だった。つまり、何から何まで、メフィスト病院を襲撃する前の状態。

「これは一体……」

 そう思いながらロベルタは、穹窿の頂点に浮かぶ白い太陽を見上げる。
身体に浴びる白い日光の暖かさすらも、此処では真実のもの。故郷ベネズエラの太陽に比べて、此処の太陽は優しく暖かい。
このまま立ち止まる訳にも行かず、ロベルタは、川の流れる方向を確認する。流れが急湍な上流に向かう理由はゼロだ。
古の昔から、川の下流には都市が栄える事は常識である。氾濫等の危険性はあるが、それを承知の上で都市を建設する程、メリットの方が大きいのである。
暖かな木洩れ日を浴びながら、ロベルタは川の流れに沿って歩を進め始めた。

 歩き始めて、およそ数分。やはりここは、見れば見る程<新宿>所か、この地上のものではない。
都会から田舎に初めてやって来たような世間知らずのように、ロベルタは周囲を見渡していると、信じられないような物ばかりを目の当たりにする。
立派な角を携え、遺伝子の突然変異で起こった病気のような装いを感じさせぬ、純白の毛並みを誇る大鹿が茂みから姿を現したのを見た。白鹿は、ロベルタの姿を見た瞬間、バッと逃げ出した。
伝説や子供向けの絵本の中の存在としか信じていなかった、白い毛並みと、頭部に生える一本の角が特徴的な一角獣(ユニコーン)が、ロベルタを気にせず水を飲むのを見た。
――そして目線の先十m先に直立する、奇妙で、そして美しい樹木を見て、ロベルタは立ち止まった。

 茶けた木肌、枝から垂れ下がる緑の葉。それが一般的な、木のイメージの筈。しかし、ロベルタが今目線を注いでいる樹木は違った。
その幹は黄金、生えている枝は白金、垂れ下がる葉々は汚れ一つない純金、純銀、純銅と、全て貴金属で出来ているのだ。
名高い芸術家が拵えた美術作品ではないかと最初は思った。しかし違う、それは確かに大地に根付いた一つの植物、生命なのだ。
そよ、と風が水面を渡る。すると、ロベルタの見ている黄金樹の枝葉もまた揺れ、金銀銅の色彩の乱舞が彼女の目に煌めいた。
輝ける貴金属の光と色彩は、さざ波を打って周囲の空中に掠れて行き、そして光彩の揺らぎが鎮まると、一本一本の樹の映像が、それぞれ光の鎧にくるまって再び現われ、
木の葉が、あたかも潮解しつつある宝石を鏤められているかのように輝くのだった。

 この世のものとは思えぬ美の風景に、ロベルタは立ち止まり、思考も視界も全て奪われてしまった。
白痴の状態とは、この事を言うのだろう。だが、責められまい。彼女の目の前で行われる、乱舞する貴金属の光彩陸離を見て、誰が思考を奪われぬのか。
数秒程さらに経過し、漸く我を取り戻したロベルタが、更に歩を進める。黄金樹が生えている所まで、迫る。風が吹いた。再び、光の鎧を枝葉が纏い始めた。
それと同時に、ロベルタの身体が黄金細工の樹木を追い越した、その瞬間だった。――場所が、変わった。

「!!」

 突然の変化にロベルタが驚く。
自分の視界の先には確かに、いつ終わるとも知れぬ森と川の流れが続いていた筈。黄金樹の先の川の水面から飛び跳ねる一匹の川魚だって、彼女は見ていた。
それなのに、今自分の目の前に広がる光景は、どうだ。先程とは全く違う風景が広がっている。今来た道を振り返っても、其処には先程まで見ていた森も川もない。全てが、夢幻であったかの如くに。

 白茶けて、乾いた大地だった。
枯れ果てた樹木だけが、天で繰り広げられた戦いで破壊された槍が、地に堕ちて突き刺さっているかのように疎らに林立した世界だった。
空だけが、あの森の中でみたのと同じような蒼さなのがまた、怖いコントラストを保っている。
見ると周りには家らしき、ベネズエラの片田舎ですら最早絶滅したも同然の、泥と土を捏ねてうず高く固めた様な家が、幾つも点在している。
此処は、危惧されていた核戦争が起こった後の世界であると説明しても、通用してしまいそうな程、廃れた世界であった。

 このような未開の土地、現行の地球上の何処にも存在しないだろう。
しかし、そうではないらしい。この土地には、人が住んでいるようだった。

 腰布すら巻いていない複数人の裸の男の姿を、ロベルタは認めた。
彼らは傍から聞いたら気違いとしか思えぬような雄叫びや叫び声を上げる蛮族で、その手には原始的な武器であるところの棍棒や、磨製石器と思しき物を手にしていた。
泥の家の周りには若い男や屈強そうな中年が、頭を割られ、身体を裂かれ、首を斬られて死んでいる事に、今ロベルタは気付いた。これは、戦争と、その後に起る略奪だった。
家が、棍棒で破壊される。家の中には、弱者を絵に描いた様な、戦う事など出来る筈もない老婆と、その孫娘と思しき少女がいた。
二人は家を破壊した蛮族に命乞いをするも、男は老婆の顔面に思い切り棍棒を叩きつけた後、股間のものを隆起させ、少女に襲い掛かった。聞くに堪えぬ叫び声が上がった。
また別の方角を見ると、妊婦の腹を裂く若い青年の蛮人がいた。青年は妊婦の腹から血濡れた赤子を取り出すなり、蛮声を上げて赤子だったものを地面に叩き付けた。湿った嫌な音が響き渡る。

 此処は、神の見捨てた土地であった。
人間が有する邪悪と獣性。それは、人類が文明と言う物を得てから数千年と言う年月を掛けて磨き上げ、育て上げて来た物ではなく。
アダムとイヴが知識の林檎を齧り、楽園を追放されたその瞬間から、既に心の中に芽吹いていたのだ、と言う事を如実に表す光景だった。
この土地には慈悲がなかった。慈愛もなかった。あの蛮族共にそれを説いた所で、彼らはこれを嘲笑するだろう。そう言った餓狼染みた連中を知っているロベルタだから解る。
彼らにとって価値のあるものとは、金や銀。それに代わる価値のある貨幣と食物。そして、女と交わるよりも快楽を得られる、芥子の実から抽出出来る人の生み出した罪そのものなのだから。

 場面が、三度切り替わる。変化の時間は一瞬で、まばたきが終わったと同時に、辺りの風景は千変万化する。
其処は岸辺だった。靴底が僅かに浸かる程度の水深しかない水溜りの上に、ロベルタは立っている。
水の色はミルクを思わせるような乳白色で、顔を俯かせると、己の顔が映る程だった。

 ロベルタの視界の先には、渺茫たる白い湖が広がっていた。いや其処は、湖と錯覚する程に長大な幅を誇る大河なのかも知れない。或いは、海の上なのかも知れない。
水の色も曖昧で、ミルク色になる事もあれば、数千m其処まで見えてしまいそうな程透明になる事もあれば、黒メノウのように黒く変色したりと一定しない。
飲む事すら躊躇われるその水の上には、幾つもの島が点在していた。入り江を有する、なだらかな形をした小島が見えた。
物質化した闇が立方体を形作ったようなものに、漆黒の球体が自転する天体の如くゆっくりと回転していると言った巨大なオブジェが、数㎞先で確認できた。
鋭角の頂を持った、切り立った崖めいた急な山が見えた。山頂からは巨大な樹が浮かび、その枝は七つに分かれて燭台(メノラー)の形を作っていた。
上空が黒い雨雲のような物で覆われている島が見えた。其処はケーキめいた形をした円形の台地になっていて、その真ん中を切り分けるようにして深い裂け目が開いていた。

 ――『辺獄(リンボ)』。そんな言葉を、ロベルタは思い描いた。
其処はキリスト教の洗礼を受ける前、つまりキリスト生誕より以前に生まれた異教徒や徳の高い人物が堕ちる場所。
其処は、地獄に落ちる程の悪人ではないが、洗礼を受けなかったが為に天国へ行く事も出来ない者達の受け皿であった。
地獄に堕ちるものだと自分は思っていたが、如何やら此処に落ちたらしい。やはり、人を思う心は大事だった、と言う事だ。

 見るに、幾つもの島が浮かんでいる所は、正真正銘人の身長以上の深度を容易く有する湖の様なものであるらしい。
得体の知れない水の中を、泳ぐ訳にはゆかない。岸辺には船の一つも漂着していなかった。
仕方がなしに、浮島の多くに背を向けると、奇妙なものが浮かんでいる事にロベルタが気付いた。薄暗闇に、銀色の光の様なものが蛍めいて浮遊している。
誘蛾灯に引き寄せられる小虫のように、その光の方向に足を進めると、光の正体に気付いた。それは、一枚の大きな鏡だった。
厚みを持たない、ロベルタの身長程もある姿見が、ひとりでに宙に浮いているではないか。
更に、その方向に近付く。鏡には、彼女の姿が映っていなかった。西洋伝承における吸血鬼と、その特徴は良く似ていた。彼らもまた鏡に己の姿が映らない。
そんな事を考えていると、勝手にその鏡に、何某かの姿が映り始めた。ロベルタの代わりに鏡に映り出したのは、白い甲冑を身に纏った人物だった。彼女には、それが誰だか思い出せない。

【罪の上に罪を重ね、罰の上に更なる罰を重ねる悪しき魂よ。今お前は死に瀕している。未だ嘗てない艱難辛苦を歩む道か、人としての尊厳を保てたまま煉獄を歩む道か。その岐路にお前は立たされている】

 兜から見える男の顔は、若かった。そして、脳内に直接響いてくる声音も、また同様。
だが、その声から発せられる威風は、生まれながらの王者、世界の全てを支配するに値する者だけが発散出来るそれであった。

【悪しき業(カルマ)を積んで来たお前を最早、今の状態のまま地上に戻す事は出来ない。お前は英雄ではなく餓狼であるが故に。時と因果を捻じ曲げ、生死の理を超えてでも生き残れる存在は、宿命の星に生まれた者だけである】

 何を、言っていると。ロベルタは呟いた。

【お前は死ぬか、生きるかのどちらかしか選べぬ。此処で死ぬのであれば、お前には一握りの幸福が残される。しかし、そのまま生き続けるのであれば、一かけらの幸福すら許されず、嘲りと罵りの果ての死がやがて待ち受けるだろう】

 お前は、誰だ。

【咎人】

 白い甲冑の男は、短く簡潔にそう答えた。

【……人の命は、蒲公英の花に似たり。如何に劣悪な環境でも育ち、そして、風や潮と言う流れに乗って何処までもその勢いを強めて行く、弱さと強さの合わさった者達】

 男の言葉は、酷く謎めいていて、理解の余地を中々与えない。

【人の命は、蒲公英の花に似たり。何処にでも育つが、育つ数には限りあり。不要な蒲公英は、自然の摂理のままに間引かれる。全ての蒲公英が育てば、土の栄養が行き渡らず、全てが等しく死に絶えるなれば】

 鏡の光景が、変わった。白い甲冑姿の男から、いかにもアメリカ的な大量生産の工場のライン、そのスタート地点を映し出していた。
ロベルタの目が、零れ落ちんばかりに見開かれる。白衣を着た男達が、恐ろしく巨大なミートチョッパー状の機械に、腑分けした人間の死体を放り込んでいるのだ。
作業に従事する白人男性が、Corpseと記された袋の中から、内臓の一部を取り出し、口の中に放り込んだ。
「ほどほどにしとけよ、スティーブ」、と一緒に作業に従事していた男性が軽口を叩いた。「こうでもしないと給料分の働きにあわねーよ」、とスティーブと呼ばれた男が笑った。

【人は、容易く生まれ、容易く死ぬ。一億の卵を産む魚の稚魚が、鯱や鮫の糧になるが如く】

 再び、鏡の光景が変わった。
場面が変わり、今度はアジアの繁華街めいた街だった。しかし、一目と見ただけで解る。その繁華街の繁栄が、酷い欺瞞のペンキを分厚く塗りたくった、歪なものであると。
赤青黄色、時にピンクに黄金色のネオンライト、日本の花魁か芸者とも言うべき美女が映っている映像広告看板、空に浮かぶ河豚を模した飛行船。
鏡に映る光景が拡大されると、サングラスをかけた角刈りの、元となった人物のクローンが存在するとしか思えぬ程、画一的な容姿をした黒スーツのマフィア達がいた。
男達は懐から取り出した拳銃を持って、見るからに堅気には見えぬ男性複数名を射殺していた。射殺された側は、明白な感情がある人間だったらしい。
しかし、クローンとしか思えぬこのヤクザ達は、人を殺す事に何らの躊躇いがないのか。拳銃のトリガーを引いた時のその顔は、微動だにもしていなかった。

【人は人を当たり前のように殺す。それは、心の裡に潜む獣性があるからに他ならない。彼らが殺すのは、世界の摂理としてだった】

 三度、場面が変わる。
其処は何処か、中世より少し進んだ王宮の謁見の間らしい。
脂ぎった肉を喰らう、如何にも豪華そうなローブを身に纏った、肥満気味の中年男性が、王座に座る少年に何かを意見していた。
誰が見ても傀儡だと解る、純粋無垢そうな少年だった。これでは摂政或いはその補佐役が、全ての実権を握っている、と公言しているような物だった。
しかし、その様子を見ても近衛兵達は何の疑問も抱いていない。それどころか、恐怖に震えるような様子でその様子を眺めていた。
意見すれば、何らかの理由をつけて処刑されるのだろうと言う事が態度からも解る。中年男性の意見が終わる。
それは如何に政治に疎い者が聞いても明らかな、自身或いは自身に比肩する特権階級にのみ有利な政策であった。それを聞いて少年は、「うむ」、と口にするだけ。
これでは最早、この少年王がいない方がマシ、と言う物であろう。

【嘗て私は、神より授かった魔術の秘奥によって、宇宙の最奥に存在すると言われる至高天に到達し、知恵を得た。そして私は、私の生きる世界以外の世界をも見て、知ってしまった。人は、何処までも人なのだと】

 鏡の中の情景が変わる。昼なのか、夜なのか。最早そんな事など瑣末なものにしか思えぬ光景だった。
中世イタリアの伝説的な詩人、ダンテ・アリギエーリがこの光景を見たら、きっとこう表現するに相違ない。コキュートス、と。
太陽の光を完全に遮る程の厚さをした雲が全天を隙間なく覆い、地上の何処を見渡しても氷と雪の大地。風が吹けばそれは吹雪となり、風がやんでも降雪になる。
これでは最早、農作業など望めまい。核を搭載したミサイルによる核戦争とはまた違った形での、終末の世界だった。
しかし、そんな世界にすら人がいた。ロベルタの生きる世界から何百年時代を経たのだと言う程の装備を身に纏った兵士たちが、プラントの様な施設を包囲しているのが解る。

【世界がこうまで変わっても、人は生き続けるのだと知った。星が定命(さだめ)を使い果たし、死の星になろうとも人は生き続け、そしてそんな世界でも人は獣を心に飼うのだと理解してしまった】

 またしても鏡の光景が変わる。その世界は、今まで鏡が見せたそれとは全く違う。
真実核戦争が起こったとしか思えぬ程荒廃した街を、高さ数百mにもなろうかと言う程の巨大な津波が、今まさに全てを呑み込まんとしているのだ。
津波が全てを呑み込んだ。青色の波濤は一瞬にして、瓦礫や土壌で黒く変色し、何も見えなくなってしまう。
間断もなく場面がまた切り替わり、やせ細った男女が機械的な椅子に座り、完全に剃られた頭に電極を突き刺して、近くにあるパソコンから出力された何かを見ている、
と言う映像が映った。口々に彼らは、ギメル、と言う名前の誰かを称賛していた。酷く痩せ細った姿のイメージを裏切るように、その声が明朗快活しているのが、逆に不気味だった。

【私は、それが許せなかった。人が獣である事が。そして、それを理とする世界の残酷さが】

 映像が元に戻った。白い甲冑を身に纏う男の姿は、勇壮かつ威厳に満ち溢れているが、何処か、見ていられない程の悲愴さが漂っているのは、何故であろうか。

【だから、人を変え、世界の可能性を切り開こうとした。生きる為の技を友を裏切ってまで学び、殺す事を法と罰とで禁じ、言葉の限りを尽くして道徳を産みだし、彼らの獣性を宥めた】

 言葉に熱は籠っていない。しかし、その声は心に出来上がった僅かな亀裂、針で突いたが如き小ささの穴から浸みて行くような、不思議な何かを持っていた。

【しかし、私の力は人の心の前には余りにも無力だった。私の齎した知恵と繁栄は人の残虐さの可能性をも更に広げてしまい、齎した法律のせいで人はより狡賢くなり、そして彼らは道徳を諳んじるようになっただけで誰もがそれを嘲笑した】

 【――だから私は、全てに疲れ、狂気に身を任せるがまま己の欲するが所を満たし、そして、全てを己の影に託し世界の影に身を隠した】

【……名を、ロザリタ・チスネロスなる女よ。私が生み出したる影は、最早私の手を大きく離れ、その肉、その情報を滅ぼされてなお、嘗ての野望を果たさんと画策している】

 ロベルタを見据えるその男の瞳に、強い意思の光が宿り始めた。その感情の名が何であったのか。ロベルタは知らない。

【私は咎人。他ならぬ我が手で、全ての命を冒涜する『命』を生み出したその罪の故に、私は罰を科せられたのだ。果てなき輪廻と贖罪を、私は生き続けねばならぬ】

 そして、ロベルタに対して、白い甲冑の男は、叫んだ。腹の底から絞り出し、命と言う外皮に包んだ魂と言う果実を震わせるように、その本音を口にした。

【我が影に魅入られた哀れなる魂よ!! 選べ、お前はこのまま生きては地獄の道を往くか、それとも煉獄に往きては天への階段を目指すのか!!】

 全てを思い出した。自分はあの時、ある高級ホテルのヘリポートの上で、自らをタイタスと名乗る男に――。
ならば、此処は何処なのだろうか。<新宿>ではない。況してや、ロベルタ達のいた世界ではない。此処はある種の精神世界なのか、それとも、彼女の理解すら及ばぬ深淵世界なのか。

 解らない。解らない事だらけだった。この世界の九割九分九厘の事を、ロベルタは理解していない。
理解していないが、残りのたった一厘だけわかる事があった。そして彼女は、その一厘に、全てを賭けた。

「――私は生きる」

 そう言ってロベルタは、薄さゼロの姿見に、右の拳を叩き込んだ。
鏡はベニヤの板のように、拳が当たった所から砕け散り、樹氷のようにその破片を空中に散らした。
右拳にガラスの破片が突き刺さり、また破片が掠めて行き、拳を妖しく血で濡らす。不思議と、痛みはなかった。
足元の乳白色の水溜りの上に鏡の破片が落ちて行き、そして沈んで行く。破片の一つ一つに、白い甲冑の男が映っていた。

「死ぬなどと言う選択肢には私にはない。生きて生きて、生きて生きて生きて勝って勝って勝って!!」

 ひときわ大きい破片を、靴底で踏み潰した。
勢いよく水溜りを踏みつけた時の、バシャンッ、と言う音に紛れて、微かにパリンッ、と言う音が響いた、気がして。

「――自分の復讐を成し遂げる」

 破片の一つ一つに映る、甲冑の男は沈黙を保っていた。
――そして、またしても。ロベルタの周りを取り巻く空間が、変わり始めた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 見るからにボロだと解る小さな木の小舟に乗って、ロベルタは何処かを移動していた。
舟には藻のような物がびっしりとこびり付いており、船内には折れた櫂が乱暴に放り捨てられている。
櫂船なのに、漕がずとも船が勝手に動いているのは、潮、或いは水の流れが、彼女の望む方向に動いているからであった。

 自分はこれから、スナークと呼ばれる怪物を殺さねばならない。
ロベルタは知っているのだ。そのスナークと呼ばれる怪物こそが、当主であるディエゴを殺した灰色の狐の別名なのだと。
スナークは誰も見た事がない怪物であるらしい。見た事がある者はいないのだが、恐ろしいと言う事だけは確からしい。だからその噂には、葉が付き鰭が付き。
ある者は全長数十mの大蛇だと言っていた。ある者は巨大な蠅の怪物であると言っていた。ある者は対峙した人間の一番恐ろしい物に変身する不定形の怪物だとも。

 ……全く馬鹿ばかりだ。真実を解っているのは自分だけなのかと、ロベルタは頭が痛くなる。
スナークが恐ろしく、そして強い存在である事は事実だろう。しかし、その正体が何であるのかを知っているのは、彼女一人。
そう、スナークとは己の主君を殺したグレイ・フォックス襲撃群。スナークとは人であり、そして武装した複数人のプロフェッショナルなのである。
成程、これでは怪物と言われ恐れられるのも無理はない。向こうは何せ、銃で武装し、爆弾の類を幾つも持っているのだから。

 しかし、自分もスナーク共に負けぬ武器を用意している。
見よ、彼女の手にしているミニミ軽機関銃を。空いてもう片方の手にはフランキ・スパス12散弾銃。
そして極め付けには、その背中には対物ライフルであるバレットM82を背負っていた。これでもまだ、あちらの数の暴力には劣るだろう。
だが、自分には絶対に負けてはならないと言う意思がある。これがある限り、ロベルタは負けない。本気の度合いが、違うのだ。

 船底が、陸地に乗り上げた。陸地には、白く変色した白骨死体が堆く積もっていた。アラビア世界ならば、千夜一夜物語の題材にでもなりそうな場所である。
死の陰の谷この島の名前だった。女性器を連想させる様な亀裂が円形の台地の真ん中に開いていると言う所で、その谷の中をスナーク達は根城にしていると言う。
その方向目掛けて、ロベルタは走った。本気で、走っていた。総重量二十kgは優に超す程の銃器を装備しているにもかかわず、ペース配分を無視した走り方をしているのには、
訳がある。今の彼女は一切の疲れを知らない。フルマラソンを全力で走り続けても、息せき切らぬどころか、肩で呼吸をしなくても問題がない程の、
無尽蔵のスタミナを得ている。時間にしてたった二分で、彼女は台地を縦断する亀裂の中へと入り込んだ。そして入り込むなり、ロベルタは雄叫びを上げ、
ミニミ軽機関銃をところ構わず乱射した。陰の谷の名の通り、頭上には確かに空が広がっている筈なのに、其処は異様とも言う程に暗く、暗幕を垂れ下げた様に光がなかった。
それは、円形の台地の上に掛かる黒雲のせいだった。これがあるせいで、谷には光が一切射せないのである。
だからこうして、気配を察知する事なく銃を乱射するしかない。右手で持ったミニミが火を噴き、左手で持ったフランキ・スパスが広範囲に散弾をバラ撒いた。
命中している感覚が、確かに伝わる。銃声に混じって、悲鳴を上げて何かがバタバタと倒れて行くのをロベルタは感じていた。
ミニミの弾丸がない、彼女は地面にそれを捨て、背負っていたバレットM82を取り出し、ところ構わずバンバンとそれを乱射させて行く。
ドタドタドタドタ、何かが倒れ込んで行き、最後の一発を放ち終えた瞬間、一切合財の気配が消え失せた。

 ――その筈だったのに。一つの気配が、新たに生まれた。何だ、と思い、懐からナイフを取り出しその方向を向いた。暗闇の中だと言うのに、その姿はよく見えた。

「……」

 ナイフを向けた先にいたのは、幾度もロベルタを苦しめて来た、あのうだつの上がらない日本人のホワイトカラー。
白髪の大分混じった黒髪、白いワイシャツに、スラックス。正しく巻かれたネクタイと、首にぶら下げられた、何処かの会社の社員証。そして、貧相な身体つき。
何故こんな、搾取される弱者の象徴のような男に、今の今まで自分が苦しめられてきたのか、全く理解が出来ない。
何の感情も宿らぬ瞳で、此方の事を見つめているこの亡霊に対して、ロベルタは言った。

「私は勝った!!」

 開口一番に叫んだ事柄が、これだった。

「お前は私が裁かれて死ぬべき者だと言った、悪だとも言ったな!!」

 「だが、見ろ!!」

「お前の言う間違った選択をしても、私は目的を果たしたぞ!! 御当主様を卑怯な手で殺した狐共は、私が誅戮した!!」

「……」

 不気味な程、亡霊は沈黙を保っていた。
が、数秒程経過した後、亡霊の着用していた衣服が溶け始めた。いや、日本人男性の皮膚や肉、髪までもが、水を浴びせられた塩のように溶けて行く。
地面に血色の水溜りを作って行き、遂には完全にスープ状になり、彼の姿は跡形もなく消え失せる。血肉の溶けたものの間には、彼のものと思しき人骨が堆積していた。

「は、ハハ、ハハ……アハハハハ!! 遂に、遂に私は全てを成し遂げた!! スナークを狩り、私を苦しめる亡霊を祓い――若様の溜飲も下げて見せた!!」

 狂ったようにロベルタが笑いだすと同時に、彼女の今の晴れやかな心境を代弁するように、谷の頭上を覆う黒雲が晴れて行き、
全ての不浄と罪とを明らかにする太陽の光が、死の陰の谷の中を照らし始めた。己が裁いた獲物の姿を確認しようとロベルタが周りを見渡し――。誰の目にも明らかな程の絶望の表情を、白日の下に彼女は晒してしまった。

 そう、陽の光に晒されたロベルタが見た光景こそは。ロベルタが撃ち殺した者こそは――――――――――――――――――――――。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 風の乗りて歩む者が此方に送った光景を見て、タイタスは解った事がある。いや、再認した事柄と言うべきか。
聖杯戦争は一筋縄では行かないと言う、当たり前の事。しかし、その当然がどれ程のものだったのかを、改めてタイタスは知った。
決して、油断はしてはならない。これが、賢帝とも言われる程のタイタスの下した、余りにも有り触れた結論。
しかし、ただの凡愚がその結論に行き着くのと、魔術王であるタイタスがその結論に行き着くのとでは、意味合いが全く異なる。
それはつまり、この男程の実力を誇る程のサーヴァントが、この聖杯戦争では珍しくもないと言う事を意味する。

 実際、タイタスが此方に引き入れたロベルタと言う女が従えていたバーサーカー、高槻涼もそうだった。
このサーヴァントは間違いなく、この世界の住民が<新宿>二丁目と呼ぶところで大層暴れて見せたあのバーサーカーだ。
ロベルタの傷を治し、本拠地であるホテル地下の墓所にまで移動し、改めて彼を調査して解った事が一つ。
この男、明らかに大規模な戦いを経て魔力の多くを失い、しかも自分と戦う時には何らかの以上によって実力が大幅に低下した状態だったと言う事。
もしも十全の状態で戦っていたら、敗れていたのは自分の方だったであろう。であるのにタイタスが無傷で、しかも手駒を新たに増やせているのは、彼の運が、凄まじい程良かったからだろう。

 元より油断はしているつもりはなかった。
そもそも計画通りであるのならば、聖杯戦争の開催と同時に、<新宿>の頭上に真の本拠地であるアーガデウムが浮上していた筈なのだ。
これを妨害する粗忽者の正体も、未だ割り出せていない。こう言った存在がサーヴァントとして呼ばれている以上、タイタスとしても油断はしていたつもりはない。
だが、単純な戦闘能力面ですら、タイタスを隔絶する強さのサーヴァントがいるとなると、手は早めに打たねばならないだろう。
虎の子である魔将を<新宿>に放ったのもその為だ。だが、その魔将の一人であるナムリスなどいつの間にか死んでいると来ている。全く加護だけの輩はこれだから使えない。

 ――キャスターのサーヴァント、タイタス1世の本質は、魔術もそうだが、夢を介して真の領地である、アルケアの首都アーガを顕現させる事である。
もしもこれが現れれば、嘗て木星天を居城とする雷を象徴としていた神々の王・ハァルから盗み取った、究極の姿を現す事が出来る。
こうなれば最早、タイタスに勝てるサーヴァントは存在しない。だが、強力過ぎるあまりリスクが大きいのも否めない。
自らの最強の姿を<新宿>に顕現させるには、多くのNPCにアルケアの伝説を流布させ、己の存在を認知させねばならない。
今はまだ、自分の存在は御伽噺で済んでいるだろう。だが、時計の長針と短針とが右回りに回転すればする程、自分が<新宿>にいる事が露見し、叩かれる事になるだろう。
そうなる前に、己と、アルケアの伝説を爆発的に広めさせ、魔力を集めねばならない。――そして、その為の礎石に、ロベルタにはなって貰う。

 バーサーカー、高槻涼を傍に侍らせて、ロベルタは閉じた棺の上で気絶していた。
失った血は、タイタスが有している医術で以て回復させた。これから、失った腕を自分の手で作らねばならない。
ロベルタは礎石になって貰う、しかし、その礎石をタイタスは愛している。愛している者の腕を、野卑な部下達に作らせる訳には行かない。
太古の宇宙の体現者である巨人族から学んだ鍛冶の腕を以って、彼女の義肢を作ってやる時が来た。

「金床の用意をせよ」

 そう言うと、視界の先で、目深にローブを被った妙齢の美女がコクリと頷いた。
つい先ほど、新しい魔将をタイタスは手ずから創造した。名を『アイビア』と言うこの魔将は、嘗てタイタスの第二の妻だった女であり、
太古の昔に滅びた魔術師達の王の娘、いわば魔女その人物であった。魔将になって魂を縛られたとはいえ、彼女がタイタスを思う心は生前と変わらない。
忠臣のように、百億年も連れ添った妻のように、タイタスの言う事に従順に従い、直に金床と金槌を配下の夜種達に持って来させた。

 ――使う日が、また来るとは思わなかった。
この金床は、タイタスが本気で物を作る際にのみ用いられるものであり、マスターであるムスカに呼び出されてから、これを使って物を作るのはこれで二度目だ。
一度目にある物を四つ作った時点で、もう使う事はそれ程あるまいと思っていたが、まさかこうまで日を置かずに再び用意する事になるとは思わなかった。

 大河の女から譲り受けた、イーテリオの星がない以上、タイタスであろうともあれらを作る事は最早出来ない。
イーテリオがあるからこそ、あれは神器であった。それがない以上、タイタスには紛い物しか作れない。
しかし、その紛い物であるからこそ、安心が出来る。何故ならあの輝ける黄金の星がない以上、タイタスは無敵であるから。滅びる道理など、ある訳がないから。

 ロベルタの方に目線を送ると、彼女の額に、とても美しい装飾品が取り付けられていた。
大ぶりの翡翠が、何の光も受けずに煌めいており、好事家でなくとも、魂をベッドにしてでも欲しがる事は間違いない逸品だった。
そしてこれこそが、ロベルタの魂を縛るもの。最早彼女に人としての生を許さない道具。
嘗て妖精共の頂点に立つ種族であったエルフ、その王であるユールフィンデは、三千年もの間この秘石に魂を囚われ続けた。
彼の世界に於いて、魔術の頂点に立つ種族である森の住民・エルフですらが、抗えぬその魔力を発する呪物。

 ――タイタスはこれを、『翡翠のシルハ』と呼んでいるのであった。






【高田馬場、百人町方面(百人町三丁目・高級ホテル地下・墓所)/1日目 午前2:00分】

【キャスター(タイタス一世(影))@Ruina -廃都の物語-】
[状態]健康 『我が呪わし我が血脈(カース・オブ・タイタス)』を使用中(タイタス十世を召喚)
[装備]ルーンの剣
[道具]墓所に眠る宝の数々
[所持金]極めて多いが現貨への換金が難しい
[思考・状況]
基本行動方針:全ての並行世界に、タイタスという存在を刻む。
1.魔力を集め、アーガデウムを完成させる。(75%ほど収集が完了している)
2.肉体を破壊された時の為に、憑依する相手(憑巫)を用意しておく。(最有力候補はマスターであるムスカ)
3.人界の否定者(ジェナ・エンジェル)を敵視。最優先で殺害する。
[備考]
  • 新宿全域に夜種(作成した魔物)を放って人間を墓所に連れ去り、魂喰いをしています。
  • また夜種の他に、召喚術で呼び出した精霊も哨戒に当たらせており、何らかの情報を得ている可能性が高いです
  • 『我が呪わし我が血脈(カース・オブ・タイタス)』で召喚したタイタス十世を新宿に派遣していますが、令呪のバックアップと自力で実体化していたタイタス十世の特殊な例外によるものであり、アーガデウムが完成してキャスターが真の姿を取り戻すまでは他のタイタスを同じように運用する事は難しいようです
  • キャスター(ジェナ・エンジェル)が街に大量に作り出したチューナー(喰奴)たちの魂などが変質し、彼らが抱くアルケアへの想念も何らかの変化を起こした事で『廃都物語』による魔力回収の際に詳細不明の異常が発生し、魔力収集効率が落ちています
  • 現在作成している魔将は、ク・ルーム、アイビア、ナムリス(故)です
  • ロベルタ&バーサーカー(高槻涼)を支配下に置きました
  • 現在ロベルタの為の義肢を作っています
  • 葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)の存在を認知しました
  • まだ討伐令の事を知りません


【ロベルタ@BLACK LAGOON】
[状態]両腕欠損、重度の薬物症状、魔力消費(超極大)、肉体的損傷(極大)、意識不明
[令呪]残り一画
[契約者の鍵]無
[装備]銃火器類多数(現在所持している物はベレッタ92F)
[道具]『翡翠のシルハ』
[所持金]かなり多い
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲るために全マスターを殺害する。
1.ジョナサンを殺害する為の状況を整える。
2.勝ち残る為には手段は選ばない。
3.ジャバウォックは使えない
[備考]
  • 現在所持している銃火器はベレッタ92Fです。もしかしたらこの他にも、何処かに銃器を隠しているかもしれません
  • 高槻涼の中に眠るARMS、ジャバウォックを認識しました。また彼の危険性も、理解しました
  • モデルマン(アレックス)のサーヴァントの存在を認識しました
  • 現在薬物中毒による症状により、FARCのゲリラ時代に殺した日本人の幻覚を見ています
  • 昼過ぎの時間にメフィスト病院に襲撃を掛ける予定を立て、実行しました。失敗しました
  • メフィスト病院で何が起っていたのかを知りません
  • 葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)の存在を知りました
  • タイタスの傀儡になりました


【バーサーカー(高槻涼)@ARMS】
[状態]異形化 宝具『魔獣』発動(10%)、魔力消費(極大)
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:狂化
1.マスターに従う
2.破壊(ジャバウォック)
2.……(???)
[備考]
  • 『魔獣』は100%発動で完全体化します。
  • 黄金の回転を憶えました



時系列順


投下順


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046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) 葛葉ライドウ
セイバー(ダンテ)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) 佐藤十兵衛
セイバー(比那名居天子)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) 一ノ瀬志希
アーチャー(八意永琳)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) ジョナサン・ジョースター
アーチャー(ジョニィ・ジョースター)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編)
アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) 不律
ランサー(ファウスト)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) ルイ・サイファー
キャスター(メフィスト)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) キャスター(タイタス1世{影})
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) ロベルタ
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) バーサーカー(高槻涼)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) 北上
魔人(アレックス)
046:It's your pain or my pain or somebody's pain(後編) 蒼のライダー