南元町での一戦後、せつらの麗姿は再びメフィスト病院院長室にあった。
僅かな時間に、二度の美影身の来訪を受けた、メフィスト病院院長室は、室内に満ちた蒼い光も、大気を構成する原子すらもが、歓喜に打ち震えているように、せつらと並んでソファに座るアイギスにはそう思えた。

「あの、ドクターは、まだ?」

「一般の病院を『待ち時間が長い』とか言ってくおいて、自分が待たせていれば世話は無いよ」

天候を操るマスターと、白銀のセイバーとの魔戦の後、アイギスと合流したせつらは、迷うこと無くメフィスト病院へ引き返した。
受付で名乗ると、院長室で待つように言われ、そのまま一時間が過ぎようとしていた。

「まあ大方、聖杯戦争に関係した患者だろうね。厄介な呪いでもかけられたとか」

「私達以外にも、既に交戦している人達が居るのですね」

考えてみれば…いや、考えるまでも無く当然のことであった。〈新宿〉に何組の主従が居るかは不明だが、舞台の狭さとサーヴァントの索敵能力を考えれば、既に戦端を開いた者が、自分たち以外にも複数居ると考えるのが当然だろう。
沈痛な面持ちで俯いたアイギスを横目で見ながら、せつらは“少しは減ってると楽で良いんだけどな”等と考えていた。

「待たせたな」

院長室に現れる白い影。黒い客人と並ぶ美の帰還に室内の空気原子の一つ一つが輝き出す。そんな錯覚を抱くアイギスを横目にせつらが悪態を吐く。

「腕が落ちたな。廃業を考える時期じゃ無いのか」

「患者の治療に必要な時間を掛けただけだ」

どうだか。と呟くと唐突にせつらは話題を変えた。

「先刻、サーヴァントに襲われた」

「ほう、もう交戦したのか」

「惚けるなよ。お前があんなあからさまな監視に気づかないわけが無い」

「どんなサーヴァントだった?」

「バッタみたいな顔の銀色のセイバーだった」

「我が病院に新鮮な臓器を提供してくれた有志だ」

げっ、とわざとらしく仰け反って、メフィストを指差し。

「昔馴染みに忠告もしないのか。藪」

言っている事は糾弾だが、口調は春うららといった風情なので、全く糾弾に聞こえない。

「私は患者以外の全てに平等かつ中立だ」

「世界中の女性に言ってやれよ」

「あの、サーチャー。此処へは文句を言いに来たわけでは……?」

放っておいては話しが進まないと思ったのかアイギスが割って入った。

「本当に人間が出来ている。見習うべきだろうな」

「お前がな」

「あ…あの、本題を……」

「聞かずとも解っている。あのセイバーと戦ったのなら無傷では済まん」

「ああ、お前謹製のコートをざっくりやられたよ」

「すぐに治そう、後は魔力の補充かね」

「ああ」

頷いたせつらに。

「依頼したいことが有る」

と、メフィストは切り出した。

「断る」

「つれないな」

「毎度録でもない事をしでかしてくれる依頼人はお断りだ」

「聖杯戦争に関わる依頼だが」

「聞かない」

「ふむ…そちらのお嬢さんは」

「えっ!?」

いきなり話を振られてアイギスがキョトンとする。

「私は…話を聞いても良いと思いますが」

しかめっ面をするせつらをよそに、得たりとばかりにメフィストは語り出した。何らかの手段を用いて〈新宿〉の住民を昏睡させ、〈アルケア〉という共通の夢を見させて、何らかの目的を果たそうとしているサーヴァントの事を。

「ここまでの事をする手合いだ。知らぬ存ぜぬでは済むまい。事を為す目的はこの聖杯戦争に勝つ事。成就の暁には他の主従を皆殺しにしようと動き出すだろう」

「不安を煽るなよ。患者の為なら本当になんでもやるんだな。お前」

「私は事実を述べているだけに過ぎん」

「あの、サーチャー。患者とは、どういう事でありますか?」

「こいつが患者以外のことで依頼する訳がない。それにしても予測が外れたな。バーサーカーに患者を殺されて、鶏冠に来たのかと思ったけど」

アイギスは無言で考えていたが、せつらに向き直った。

「サーチャーはこの現象をどう思います?」

「陣地作成スキルかそれに類する宝具の一種だろうね。夢を実体化させる為か、現実を夢にする為かは解らないが」

「現実を夢に……でありますか」

「生前に夢になったことが有ってね」

驚愕の表情を浮かべるアイギスを余所にメフィストが話を続ける。

「依頼したいのはこのサーヴァントの捜索だ」

「マスターはどうしたい?」

答えなど分かり切っているという口調でせつらがアイギスに尋ねる。

「……………」

アイギスは考える。聖杯を得る為にはどのみち戦わなければならない相手。ならば向こうの準備が終わる前に攻めるのが正しいだろう。
それにこの相手と戦う時はメフィストの助けを得られる。依頼を受受けた場合勝算はかなり高くなると言えるだろう。

「私は受けるべきだと思います」

せつらは嫌そうに天井を見上げたが、観念したのか

「了解したよ。マスター」

と呟いた。

「礼を言う。報酬として情報を教えよう」

「何だ?」

「招かれたサーヴァントに浪蘭幻十がいる」

アイギスはその瞬間にせつらが抱いた感情を理解できなかった。
複数の感情がない混ぜになったそれは、人生経験を豊富に積んだ者でも理解し難い、複雑なものだった。


時系列順

投下順

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31:機の律動 アイギス 45:インタールード 黒
サーチャー(秋せつら)
24:満たされるヒュギエイア キャスター(メフィスト) 45:インタールード 白

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最終更新:2016年11月04日 02:45