「……妙だな」

 と、神妙そうに、液晶テレビの映像を眺めるのは、西新宿はホテルセンチュリーハイアットに居を構えるアサシンのサーヴァント、レイン・ポゥだ。
どうにも怪訝そうな表情を浮かべながら、彼女はテレビに映し出された映像に目線を送り続ける。
これまでの情報を振り返ると言う意味で、昼のニュースを見ていたレイン・ポゥだったが、突如、緊急ニュースと言う名目で、ニュースキャスター達が慌ただしい様子で、それまで伝えていた内容とは異なるニュースを伝え始めた。その内容を要約すれば、新国立競技場での大虐殺事件だ。
レイン・ポゥ及びそのマスターの英純恋子は、その新国立競技場でアイドルのライブコンサートがある事を知っていた。
知っていて無視していたのは、純恋子がそう言うのがあまり好きじゃない、と言う個人的な好みに起因している。レイン・ポゥもそれは同じ。
一大イベントではあるが、数万人規模で人が集まる所でサーヴァント同士が戦う筈がないだろうと思っていたのだ。――だが、それが現実になっていた。
アイドルのライブの様子を映していたカメラの映像には、上空から飛び降りて着地、アイドル達を物の数秒で雷で消し炭にしている、黒礼服のバーサーカー。
黒贄礼太郎の姿が映し出されているではないか!! 逃げ惑う観客、それまでステージ上で歌い踊っていたアイドル達。
此方側に伝えられている映像は、黒贄がアイドル達に稲妻を今まさに落としているその瞬間で終わっているが、これは編集だろう。
つまりこの後――TVの放送コードに完全に触れる程凄惨無比な光景が繰り広げられていた、と見て間違いない。

 きっと誰もが、こう思う事であろう。黒贄礼太郎なら、やりかねないと。あの狂ったようなバーサーカーなら、やってもおかしくないと。
実際一度戦ったレイン・ポゥも、そう思っている。あの男は人命と言う物に全く重きを置いていないサーヴァントだ。
人の命など、紙風船よりもなお軽い。それが黒贄の人命観だとすら彼女は思っている。――だが、レイン・ポゥの優れた人間観察能力が、違和感を鋭敏に感じ取っていた。
『あの黒贄礼太郎は、黒贄礼太郎ではないのではないか』、この虹の魔法少女はこう考えていたのだ。何故か。
答えは単純明快、メインステージに落とした『雷』だ。誰がどう見ても、あの稲妻は黒贄が落としたと見て間違いない。其処がおかしい。
先にも述べた通りレイン・ポゥは既に、令呪すら一画失う程激しい死闘をあの殺人鬼と繰り広げていた。だからこそ、解る。
黒贄はレイン・ポゥとの戦いで、あんな魔法めいた技術を使った事がなかったと。何故、レイン・ポゥとの戦いの時に、黒贄は使わなかったのか? 焦点はそこになる。
使えなかった事情がある? まさかそんな事はあるまい、事情と言う物を勘案出来るサーヴァントなら、大通りで大虐殺などする筈がない。
マスターの事を揣摩して? それもない。黒贄のマスターである遠坂凛は、マスターとしては極めて優れた資質の持ち主、魔術の一つや二つ、使えるサーヴァントなら使わせているだろう。……となれば、答えは一つ。

 ――今の映像が映した黒贄礼太郎は、『本物の黒贄礼太郎ではなく、あれを模した何らかの存在』と言う事だ。
残念な事に映像は、仮の黒贄がメインステージを破壊したその瞬間で途切れている。だが、それで諦めるレイン・ポゥではない。
彼女は直に、純恋子から手渡されたタブレットを操作し、Twitter等のSNS、まとめブログの類を見てみる。やはり何処に行っても、目立ちたがり、伝えたがりはいるもの。
TVではこれ以上放映出来ない様子の映像や画像をアップしているアカウントやページが、出てくる出てくる。さぁ、これを吟味する時間だ、そう思っていた時だった。

「……行きたいな」

 レイン・ポゥの後ろで、隙があれば殺してやりたい程ムカついている、最強の魔法少女・魔王パムが火照った声でそう呟いた。最近は無視するようにしている。

「行きましょう」

「は?」

 純恋子が合いの手を入れ始める。これも無視して――いや、出来なかった。思わずこの虹のアサシンは、頓狂な声を上げて、純恋子の方に顔を向けてしまった。

「……行くか!!」

「行きましょう!!」

「は?」

 レイン・ポゥがそう口にした瞬間、魔王パムは純恋子を抱き抱え、そしてレイン・ポゥの魔法少女コスチュームの襟を引っ掴み、
風の様な速度で移動、部屋を後にし始めた。カタン、先程までレイン・ポゥが情報収集をしようとしていたタブレットが、操作していたままの状態で虚しく床に落ちたのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ロベルタを処理し、再び遠坂凛と黒贄礼太郎と言う真名のバーサーカー、及びセリュー・ユビキタスと彼女の従えるバーサーカーの捜索を行っていた時であった。
場所は、信濃町からやや距離を離し、<新宿>駅の近く。此処にはいないかと思い、次なる場所に移動をし始めた時だった。大通りの様子がやけにおかしい。
多くのNPCが移動せずに立ち止まり、上空を見上げていたのだ。いや、上空ではない。彼らは、<新宿>アルタの巨大な街頭テレビに映し出された映像を見ているのだ。
ライドウ達がこの場所についた時には、年端もいかない若い少女や娘達が、華やかで可愛らしい衣装を着て、歌って踊っている映像が流れていた為、彼らは無視を決め込んでいた。

 それが今になって、全く異なる映像を映し出していた。黒礼服のバーサーカー――そう、黒贄礼太郎が競技場内で暴れ狂っているではないか!!
死体が競技場の芝生内から観客席に至るまで、あらゆる所に転がっているその様子は、とても地上波で映せるものではない。
余りにも唐突に表れて、編集が追いつかなかった事は明白だ。と言う事はつまり、この様子は生中継である事の何よりの証左であった。
実を言うとライドウ達は、アルタの街頭TVが今まで何を映し出していたのか知っていた。今日、新国立競技場で行われている、
346プロダクションと言う芸能事務所のアイドル達のライブコンサートである。人がたくさん集まる事も想像に難くない。知っていた事である。
知っていて無視していた理由は、こんなにNPCが密集している所でサーヴァント同士が戦う訳がないと言う事、そしてもう一つは、そうなる前に自分達が脅威となる存在を、叩き潰して見せると思っていたからだ。だが、現実はどうだ。ライドウ達が、起る筈がないと思っていた事が現実の物となっている。
それも、最優先で倒すべきバーサーカーだと認知していた、黒贄礼太郎の手によって、多くのNPCに被害が出ている。

 帝都の騒乱を処理するのがライドウの仕事であるのなら、今起っているこの事態を解決しないのは、嘘だ。
そう思いながら、マントを翻して移動を行おうとしていた、その時だった。映像の中の黒贄が、突如として何者かの手によって吹っ飛ばされ、アルタのそれと同じ位大きいステージ上のバックスクリーンに衝突をしてしまったではないか。移動をし始めようと思っていたライドウだが、立ち止まる。

【……どう見る】

 霊体化しているダンテに、所見を求める。

【TV越しじゃ、何が何だかわからねぇな。少なくともわかるのは、とても高度な術で自分の姿を見えなくさせている誰か、と言うのは確かだ】

【俺も、同じ意見だ】

 ダンテの目でも見えぬ何かは、非常に強かった。
塞の話は『フカシ』か、と思える程に黒贄は弱く、目に見えぬ何らかの存在に雷を落としたりして抵抗をするが、最早蹂躙とすら言える程の速度で殺され、消滅。
余りにも呆気なさ過ぎて逆に何かあると疑わざるを得ない程、アッサリとした最期だった。――が、やはりあれで終わりではなかったらしい。
新たに突然表れた、黒灰色のローブを纏った偉丈夫が、今度は目で見えぬ何かと、死闘を演じ始めたではないか。
ダンテよりも優れた体格をした男が、余人には黒色の残像としか映らぬ程の速度で、大剣を振い始めた。軌道上には誰もいない、彼は虚空に向かって剣を振っていた。

 偉丈夫の男による二本の大剣を使った演武だと、多くのNPCは思うだろう。しかし、ダンテとライドウには違う。
黒灰色の男が振う大剣の軌道、体捌き、そして目線の動きから、二人はスクリーン越しで戦っている偉丈夫が明白に透明な誰かと戦い、そして、
透明な男がどんな戦い方をして、どんな動きを描いて戦っているのか、その様子を朧げながらに掴んでいた。ライドウとダンテの二名をして、その戦いの全貌を悟らせないとは、双方ともにただ者ではない。

 ――そして、決着の時が訪れる。
ローブの男は重い一撃を身体に貰うが、如何やら、攻撃を受ける事が前提だったらしい。
肉を切らせて、骨を断つ。偉丈夫はカウンターの要領で目に見えぬ誰かの身体を引っ掴む。喉であったらしい。
そうと解るのは、男に掴まれたせいで、それまで透明化の処理を施していた件の人物の姿が露になっていたからだ。オレンジがかった茶髪が特徴的な青年。
「ライダー」、ライドウが呟いた。一瞬であるが、クラス名がテレビ越しでも理解出来たからだ。如何やら透明化の他に、情報誤認の処理も行っていたらしい。窮状に陥ったせいで、透明化と一緒にその誤認処理もあやふやになったようだ。

 いざ、偉丈夫の男が相手を殺そう、としたその時。
スクリーンに浅葱色の何かが高速で飛来して行き、ブツン、と言う音を立てて真っ暗になる。
何だ何だ、と、食い入るように街頭TVを見ていたNPC達が困惑する。NPCの中でもフットワークの軽い者は、スマートフォンを取りだし始めていた。

【向うぜ、少年】

 そう提案を始めたのは、ライドウではない。ダンテの方だった。

【無論そのつもりだ。あの騒動、このまま終わる筈がないからな。だが……セイバー。如何した、声にやけに覇気が漲っているが】

 流石に当代最強のデビルサマナー。使役しているサーヴァントの心の機微を明確に感じ取っていた。
普段は余裕綽々、大人然とした態度で振る舞うダンテから、その大人然とした要素が失われ、対象の命を無慈悲に刈り取る『悪魔狩人』としての声音で、ライドウに語りかけていたのだ。

【見えたか? 一瞬だがテレビに、蒼い色の何かが映ったのを】

【……いや。情けない話だが、あのライダー達の立ち回りに集中していて、見逃した】

【そいつは、サーヴァントだ】

【……根拠は?】

【今は回路を組み替えて目が良い状態にしてるんでね、瞬間の事なら捉えられる。蒼い何かは、人の形をしていた】

【それだけか?】

【もう一つある】

 其処で、ダンテが告げる。新国立競技場に向かわなくてはならない理由を。
ライドウの持つ信念など全く関係ない、完全なる個人的事情。帝都の守護よりも、ダンテにとっては重視せねばならない、余りにも身勝手な因縁を。

【俺の見間違いでなければ――】

 言った。

【アレは、俺の兄貴に相当する人物だ】



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 其処が、ほんの十分前まで、光り輝く未来が約束されていると誰もが疑わない少女達が歌い、踊っていた場所であると、果たして誰が思おうか。
彼女達の誰もが、愛くるしい衣装を身に纏い、衣装を際立たせる愛らしい容姿を惜し気もなく披露し、此処に集まった数万もの観客を楽しませる為、この日の為に鍛えたと言っても過言ではない程見事な歌唱力で、多くの人物を楽しませていたのだ。此処は、つい先ほどまでは、斯様な夢の世界の空間だったのだ。

 今は、どうだ。
彼方此方には赤黒く変色した肉の塊が転がっている。その全ては、人の死体だった。
いや、最早死体と言う言葉を使う事すら烏滸がましいかも知れない。人の姿を留めている死体の数など、もう稀なものだった。
多くの死骸は、近くで爆発に直撃したとしか思えぬ程粉々に粉砕されたようにバラバラで、酷い物となると、火で長時間炙られたように黒く焦げたものまで存在する。
競技場内のインフィールド、観客席、そして、アイドル達が踊っていたメインステージ。全てに等しく、死が存在した。何処にも等しく、正義がなかった。

 此処は地獄だった。黒贄礼太郎に扮したタイタス10世によって齎された、死の世界だった。
目視で数える事など不可能に等しい程の数がいた大量のNPC達は、既に競技場内から逃げ切り終えたらしい。観客席やフィールド内に、一人として存在しない。
此処は既に、末法その物の空間であった。人がおらず、死体だけが存在する。そんな世界は、末法の世界以外に何と形容するべきか。

 ――その末世の如き空間に於いて、人っ子一人存在しない空間に於いて。二人は戦っていた。
その戦いを観る者もいなければ、見事だとか凄いとか言う称賛を投げてくれる者も、此処にはいない。
戦いの果てにあるのは、どちらか、或いは双方の死と言う共倒れの結末だけ。戦いの果てに彼らは、戦士の誉れたる勇名も栄誉も、得られないのだ。
ただ徒労だけが身体を包み込み、哀しみだけが胸中に去来する。そんな結果に終わる事は、出会った時から二人は理解していた。
理解していてなお二人は、互いを殺す為に剣を振い続ける。――ダンテとバージルは、同じ父と母の血が流れている双子の兄弟であるのに、互いを殺そうとする。その様子は宛ら、絡み合って殺し合う二匹の蛇の様子に似ていた。

 一つの巨大な鋼の塊をそのまま剣の形に加工して見せたような、武骨な大剣の形を取る魔剣・リベリオンを振う紅コートの男は、ダンテだった。
数百、数千年もの間金属を打ち続けて来た鍛冶が、何十、何百年もの間鍛え続けて来た風な技術の粋を香らせる魔剣・閻魔刀を振う蒼コートの男は、バージルだった。
振う武器、纏うコートの色。それを除けば、二人の背格好と顔付きは、鏡写しとしか思えない程そっくりだった。双子である以上、それは当然の事だろう。
だが、名を聞くだけで千年生きた大悪魔が恐怖で震え上がる程の魔剣を手足のように扱う、神域に至っているとしか思えぬその技倆すら、二人は近しかった。

 剣身の色の残像すら見る事が叶わない程の速度で、二人はリベリオンと閻魔刀を振っていた。
互いに、疾風としか思えぬ程の速度で得物を振り回し、急所目掛けて攻撃を続けている。恐らくサーヴァントであろうとも、二人の攻防の様子を見る事は叶うまい。
ただ、剣と剣が衝突する際に生じる、戛然とした金属音と、家に火すら点けられそうな巨大な火花が散った瞬間に辛うじて、攻撃が防がれたと知るのである。

 防御をすると言う発想が、今の二人には無い。
では、それで互いにダメージがあるのかと言えば、何とないのだ。防御もしていないのに、何故か?
何て事はない、互いが攻撃の為に魔剣を振うと、その攻撃の軌道上に相手の魔剣が存在するのだ。必然、剣身と剣身が衝突する。
余りにも攻撃のレベルが高すぎる上に、余りにも双方の攻撃の狙いが一致し過ぎて、意図せず攻撃が防御になっているのだ。故に、攻撃が身体に届かない。
そんな奇跡の様な攻防が、既に四百合目にまで達していた。換言すれば、四百回にも渡る攻防が繰り広げられていると言うのに、二人には未だ傷が負わされていないと言う事である。

 リベリオンを上段から振り下ろす、一方のバージルは、下段から掬い上げるように閻魔刀を振り上げる。剣身と剣身が、衝突する。 
大脳が頭蓋骨ごと震えるような馬鹿でかい金属音と、付着した所から肌が黒く焼けるのではないかと思う程の火花が飛び散った。
防がれたと判断した瞬間、また二人は腕を引き、次なる攻撃に備える。今度は袈裟懸けだった。ダンテが上段左から、バージルが上段右から各々の魔剣を振うも、やはり攻撃が防がれる。こんなやり取りを、一秒の間に平均して二十回程も行っているのだ。
この超速の攻防の前では、大剣と刀と言う質量の違い過ぎる武器が何故打ち合えるのかだとか、何故ダンテはリベリオンを小刀を振うが如き器用さと速度で振るえるのか、などと言う根本的な疑問すらが、最早瑣末で、指摘するのは野暮だった。二人が悪魔の仔であるからこそ成立する光景、それで、全ての疑問は解決するのであった。

 そのような一進一退の攻防を繰り広げている内に、二名は悟るのだ。埒が明かない、と。
技量はほぼ互角。双方共に攻めあぐねている状態だ。こんな時如何するか、と言えば答えは一つ。アプローチを変えるのである。
バージルの方が、その行動にシフトするのが速かった。瞬間移動を駆使し、一瞬でダンテの目の前から姿を消し、紅コートの魔剣士の二十m程背後にバージルが回った。
その地点でバージルが、超絶の居合の技量と閻魔刀の力が合わさる事で成立する、空間を切断する絶技・次元斬を放つ。狙いは当然、宿敵たる紅の魔剣士。
空間に走りまくる、青とも紫色とも取れる線、それは空間に走った斬撃だ。空間そのものを切断するこの技は、直撃すれば対象の物理的特性を完全に無視して斬り崩す事が出来る。対魔力の高低ですら、問題にならない。

 ――次元斬が走った瞬間ダンテは、リベリオンを握ったまま腕を罰点状に交差させた。
誰が、信じられようか。直撃さえすれば強度や物理的性質は勿論の事、対魔力ですら一方的に無効化する空間の切断が、ダンテの身体に直撃した、にも拘らず。
彼の身体のどの部位も斬り飛ばされていないばかりか、その皮膚、そしてコートすら傷がついていないではないか!! その輝くばかりの銀髪すらも、切れていない!!
バージルは眉を顰める。驚愕はしないが、防がれた事が不快な様子だった。彼は何故、ダンテが次元斬を防げたのか、そのカラクリを看破していた。
ダンテが駆使する、父スパーダの闘法の一つ、ロイヤルガード。彼とその子供に流れる悪魔としての力と、超常の技術が高いレベルで組み合わさる事で初めて成立する、防御の技の究極系の一つ。
これを極める事で、ありとあらゆる攻撃を無傷で防ぎ切る事が出来るのだ。究極の攻撃の一つである次元斬ですらも、例外ではない。
ダンテは、バージルが消えた瞬間から、彼が何を行うのか理解し、体中の回路を組み替え、次元斬に備えていたのである。

 次元斬を防御したその直後に、ダンテは攻勢に移った。
身体中の魔力回路を、攻撃に最も適したそれ――ソードマスターと呼ばれるスタイルに配置換えさせ、旋風の如き勢いでバージルの方に振り向いた。
其処から、重さ数十kgは下らない大剣であるリベリオンを、野球選手が硬球でも投げるような容易さで、蒼いコートの魔剣士目掛けて放擲。
投げ始めたその時点で音の速度に達したそれは、バージルまであと五mで到達と言う所になった頃には、音の四倍強の速さにまで達していた。
即座に対応し、閻魔刀の柄でリベリオンを頭上にまで弾き飛ばすバージル。しかし、投げられた魔剣の余りの速度と勢いの故に、バージルの体勢が、常人ではそれとは解らない程微かであるが、よろめいた。この隙を縫って、ダンテがまたしても体中の回路を組み替え、バージルの方へと瞬間移動。
移動と回避、そして攪乱に最も適したスタイルである、トリックスターによる空間転移だった。転移場所は、バージルから五m程離れた地点。
その時には既に、バージルによって弾き飛ばされたリベリオンは、元の担い手の左手にアポートされていた。そんな状態なのに、何故ダンテはもっと距離を詰めなかったのか。
彼程のサーヴァントであるのならば距離など問題にならない程の絶技を持っているとは言え、近付いた方が効果の上げられる攻撃の方がダンテには多い。
それなのに距離を詰めなかった理由は、単純明快。バージルの四肢に纏われた、厳めしい具足と籠手のせいである。黒光る籠手の表面には、規則正しい時間間隔で光の筋が煌めいている。これこそは、バージルが持つ第四宝具、ベオウルフ。生前葬った上級悪魔の魂が武器の形に昇華された、魔具と呼ばれる兵装である。

「ハッ、サーヴァントになっても義理立てしてんのか? あのウスノロは。大した忠犬ぶりだな」

 ダンテは、バージルが装着した宝具・ベオウルフの事を知っていた。知っていて当たり前だった、何せこの魔具は嘗てダンテの武器だった事があるからだ。
最終的には二十代半ばぐらいの頃に、金策に困ってどっかの質屋に売り飛ばしたきりだったが、それでも所有していた時期はバージルよりもダンテの方が長い。
ならば此方の宝具になるのが筋であると言う物だが、何故か現実はバージルの宝具になっていると言う始末。世の中、どう転ぶか解らないものである。
この魔具の元となった上級悪魔の姿や性格、魔具にならざるを得なかった経緯も、ダンテは全て知っていた。当然、使っていた時期もある為、性能も知っている。
魔術的な性質や付随効果を除いた単純な一撃当たりの威力は、閻魔刀やリベリオンを超える。ベオウルフとはそう言う魔具である。
効果範囲こそ拳の届く範囲と短いが、直撃すればダンテとて膝を折る程の一撃をベオウルフは連発が可能なのだ。迂闊に近付くのは愚の骨頂。
バージルの四肢にその様な驚異的な武器が装着された事に気付いたからこそ、ダンテは彼から距離を取ったのであった。

「動けんか?」

 バージルが、挑発めいた口ぶりで言った。

「動いて欲しいのか?」

 自分は挑発しまくるのに、相手が挑発しても一番乗って欲しいタイミングで乗らない。ダンテと言う男は、そう言う人物だった。

「好きにしろ」

「そうさせて貰うぜ」

 其処で、両者が共に動いた。
五mも離れた地点で、ベオウルフを装着した両腕を思いっきり動かす。フック、ジャブ、ストレート。ボクサーのシャドートレーニング宛らだ。
当たる筈がない――と考えるのは素人考えだ。実際には、シッカリと攻撃の体を成している。ダンテの下へ、指向性を伴った衝撃波が向かって行っているのだ。
直撃すれば、人間は勿論の事、サーヴァントですら良くて骨が砕け、最悪喰らった部位が砕け散る程の威力だ。
それをダンテは、リベリオンを片手で動かしながら、衝撃波の尽くを砕いて行く。砕きながら、いつの間にかガンホルスターから引き抜かれていたアイボリーで、バージルの方に弾丸を発砲しまくる。魔力が纏われた必殺の弾丸は、バージルの下へと餓えた蛇の如く向かって行くが、バージルはこれを、
ベオウルフを纏わせた両腕で弾き、砕く。防ごうと思って防いでいるのではない、ダンテに対して攻撃を行うのと、迫る弾丸を砕く、と言う動作を両立させているのだ。

 バージルが、ベオウルフを装着させた右腕をストレートの要領で放つ。
衝撃波がダンテへと向かって行くが、これを彼は、一個の金属の塊を思わせるような巨大な魔剣・リベリオンを振い破壊。
破壊するのと全く同じタイミングで、アイボリーから弾丸を連射し続ける。否、正確には、破壊してから弾丸を発砲しているのではない。
バージルの攻撃を破壊するのと『並行して』、弾丸を雨霰と連発させ続けている。三秒しか今の攻防が続いていないと言うのに、
ダンテの放った銃弾の数はとうに二五〇発を容易く超えていた。これだけの数を、フルオートの銃であるのに一々トリガーを引いて弾丸を乱射するダンテもダンテなら、
眉一つ動かさずベオウルフを纏わせた両腕を動かしてその全てを砕き、弾を破壊するのと同時に攻撃も行うバージルもバージルだった。

 放たれた弾丸の数が千発を超えたその時、ベオウルフを装着した右足で、蒼の剣士が地を蹴った。
宛ら燕の如き勢いで高く跳躍したバージル。その高度、優に十五m。助走もなく、膝の力だけでこれだけの跳躍力が生めるのは、悪魔の力か、ベオウルフの力か。
それ程までの高度にまで飛び上がったバージルは、ベオウルフに内包された光の魔力を増大させ、急降下。上方向に魔力を噴射させ、隕石めいた勢いで地面に落下。
拳を芝生に叩き付けた、その瞬間。拳がぶち当たった箇所を中心に、直径二十m超にも渡って地面に亀裂が走り始め、其処から溢れんばかりの光が溢れ出た!!
ただ眩いだけの光ではない。その正体はベオウルフが有する神聖な光の魔力。死徒等の類やゾンビ等の不死者に対して非常に高い威力を発揮する魔光なのだ。
例え相手が不死者でない普通の人間であろうとも、内包された超高熱のエネルギーは、人体を炭化させてなお余りある程の力を発揮する。
これをダンテは、体中の回路をロイヤルガードのそれに組み替え、防御。ベオウルフの極光をノーダメージにまで低減させた。
光を無力化させたと同時に、着地したバージルがその体勢のまま地面を蹴り、大陸間弾道ミサイルめいた速度と勢いでダンテの方へ突進。
その勢いを乗せて、ベオウルフを装着させた右拳で彼にストレートを放つ。それに反応したダンテが、先程ガードした次元斬の威力と、今しがた防御したベオウルフの魔光。
この二つの攻撃の威力を乗せた右拳を突き出した。ロイヤルガードは、特殊な防御法で防御して来た攻撃の威力をそのまま相手に叩き帰す、最も攻撃的なスタイル。閻魔刀による次元斬とベオウルフの攻撃を防ぎ、その二つの攻撃の威力の『リリース』なら、成程、ベオウルフの攻撃を迎撃するのに適している。

 双方の右拳が衝突する。
拳と拳の衝突箇所から、凄まじいまでの衝撃波が生まれ、会場全体を狂った獣の如くに駆け抜けた。
国立競技場と言う建造物全体が大きく揺れるばかりか、地すらも振わせる程の、圧倒的衝撃。それが、ダンテとバージルの膂力と技のみによって生み出されたと、信じる者は果たしてどれだけいるであろうか。

 互いの攻撃が迎撃されたと悟った瞬間、バージルが空間転移の技術を用い、瞬間移動を行う。
消えた、と殆ど同時としか思えぬ程のタイミングで、ダンテの回りに円陣を組むようにして、魔力を練り固めて作った浅葱色の魔剣、幻影剣が取り囲んだ。
そして、囲んだ、と見た瞬間に、一斉に幻影剣がダンテ目掛けて射出される。バージルが消えてから、幻影剣が射出されるまでに掛かった時間は、半秒を遥かに下回る。
これが並のサーヴァントならば、バージルが消えたと認識する事も出来ずに、幻影剣に串刺しにされ果てていた事だろうが、相手はバージルの攻撃にも対応出来るダンテ。
リベリオンを思いっきり振り回し、迫りくる幻影剣を破壊。無論、バージルの攻撃はこれだけに終わらない。
恐るべき大剣を振り切り終えたダンテ、その瞬間を狙って、彼がいる空間に幾本もの空間の断裂が走りまくる。奥義・次元斬、何処からか放っている様子だった。
これを、魔力回路をトリックスターの配置に電瞬の速度で組み換え、瞬間移動で回避。次元斬は、何も無い空間を引き裂くだけに終わる。

 バージルが転移した所に、一瞬で睨みを付けるダンテ。閻魔刀の担い手は、ダンテが睨めつけている観客席頭上の『屋根の上』にいるのだ。
その方向目掛けて、ダンテがリベリオンを振う。振い始めのその瞬間には、巨大な剣身には赤黒い魔力が大量に纏われていた。
そんな状態で剣を振うや、可視化された赤黒の衝撃波が剣身から射出されたではないか!! 極超音速で飛来するその衝撃波が、屋根へとぶち当たる。
構造力学的に頑丈な設計の筈のそれは、衝撃波に当たった途端砂糖を練り固めた菓子のように砕け散り、衝撃波は全く勢いを止める事無く、遥か青空に吸い込まれて行く。

 破壊された屋根の瓦礫が舞い散る蒼い空を背に、一際蒼いコートを纏った剣士が、瓦礫が舞っているのと同じ高度地点に存在した。
バージルである。如何やら、ダンテの放った衝撃波、ドライブを回避する為、空中に身を投げていたらしい。
その姿を捉えたダンテが、再びドライブをバージルの方に放つ。迫る赤黒い衝撃波をバージルは、手身近に存在した瓦礫を蹴り抜き、頭上に跳躍すると言う、物理法則を完全に無視した避け方で回避。ドライブが行き過ぎたのを直感的に理解するや、閻魔刀をダンテの方に超高速で振るった。
バージルの技量と閻魔刀の力が合わさる事で成立する、不可視の斬撃エネルギー、これを射出した。
何かを斬り裂き続けてエネルギーの全てを使い果たすか、外部から力を加えられて破壊されるか。
そして、放ったバージルが消えろと命じない限り、∞の距離を等速直線運動し続ける、と言う恐るべき技である。
この目に見えぬエネルギー体をダンテは、未だ赤黒い魔力が張り付いているリベリオンを振り上げて破壊。
すかさずバージルが、閻魔刀を超高速で振るいまくり、その度に不可視の斬撃エネルギーを放ち続ける。
攻撃はこれだけに終わらない、そのエネルギーに合わせて、幻影剣も雨あられと射出させているのだ。
これがバージルの本気の立ち回りだった。スパーダ直伝の剣術で閻魔刀を操るのと並行して、幻影剣を対象目掛けて撃ち放ち続ける、と言う二段構え。
単純な数の暴力だが、バージル程の男がこれをやるから驚異的なのだ。大抵の相手は、この暴力的なまでの波状攻撃に抵抗すら出来ずに葬られる。大抵の、相手なら。

「Break Down!!」

 裂帛の叫び声を上げながら、ダンテはリベリオンに更に魔力を纏わせる。
どれだけ膨大な魔力を、其処に込めているのか。剣身の色が一瞬で、静脈血のように赤黒くなったばかりか、魔力が飽和し剣身の周りをスパークが迸り始めた。
普通の剣であれば、ダンテが込める暴力的なまでの魔力量に耐え切れず自壊する所だが、そうなるどころかより一層力が高まるのが、リベリオンの性質である。
リベリオンの柄に凝らされた、髑髏の衣装から、歓喜の雄叫びの様な物が張り上がる。この魔剣もまた、主にこう使われる事を望んでいるらしい。
この状態のリベリオンを、横薙ぎに一閃。放たれたのは、赤黒い衝撃波。だが質量と密度、そして飛来する速度が、先程とは段違いだった。
ダンテの放った衝撃波は、バージルが連発した斬撃エネルギー、及び飛来して行く幻影剣の全てを尽く砕いて行き、一切減速せぬまま、バージルの所へと猛速で向かって行く。
迫りくるそれに対し、バージルは瞬間移動で軌道上から逃れる事でやり過ごす。
閻魔刀で迎撃し、ダンテの放ったドライブを破壊して己に魔力供給をしても良かったが、ダンテは自分がそう動くのを読んでいるとバージルは踏んでいた。
この魔剣士達の戦いは、百分、いや、千分の一秒と言う短い時間の奪い合いと言っても良い。そんな短い時間で容易く、守勢と攻勢が入れ替わる。
自分の優位を保ちたいバージルは、安易に魔力回復を行う、と言う選択を排していた。そして、ダンテとしても当てが外れたらしく、バージルが転移するであろう方向に、二丁拳銃の弾丸を見舞う心算だったのだろう。その両手にはいつの間にか、エボニーとアイボリーが握られていた。

 予定を修正し、ダンテが雨あられのように二丁の拳銃から弾丸を連射しまくる。放たれる弾丸の一つ一つに、ダンテの魔力がはち切れんばかりに内包され、纏われている。
迫りくる魔弾の弾幕を、身体の周囲に幻影剣を縦向きに展開させ、それを超高速で回転させる事で全て弾き飛ばす。
こう言った防御を行いながら、バージルは目にも留まらぬ速さで居合を行いまくる。その度に、ダンテのいる空間に断裂が生じて行く。
これを時に走って避け、時に空間転移で避け、時にロイヤルガードで防御し、時にその断裂をリベリオンで逆に破壊して、ダンテは事なきを得ている。
そして、一撃でも貰えばスパーダの寵児とて致命傷は免れぬ次元斬を回避しながら、エボニーとアイボリーの弾丸を連発し続ける事を忘れない。
Eランク相当の神秘しか有していないながら、Aランクの宝具とも打ち合える程の強度を持つ幻影剣であるが、ダンテの魔弾を防御し続けて無事で済む筈がない。
最初の百発までは無傷であったが、其処から先となると、亀裂が生じ出し、不穏な気配を漂わせ始める。
これ以上はもたないとバージルは判断し、幻影剣を防御から攻撃の配置に変更させる。幻影剣の剣先が、ダンテの方に照準を合せ、その瞬間音の数倍の速度で射出される。
迫る浅葱色の殺意に対し、エボニーとアイボリーの弾丸を発砲して迎撃、総計十本の幻影剣を逆に破壊し返す。
そして、神憑り的な速度で二丁の拳銃をホルスターにしまった後、リベリオンを手元にアポートさせ、これを大上段から振り下ろした。

 ――そして響き渡る、かん高い金属音!!
ダンテがリベリオンを振り落とした方向にはバージルがおり、彼は閻魔刀を弟の首目掛けて振り上げていた。先程の音は、リベリオンと閻魔刀がかち合う音だった。
そして、攻撃が防がれたと知るや、バージルは空間転移を連発させて距離を離す。約三十m程。この二名であれば、十分互いの必殺の技が届く圏内であった。

 此処で、奇妙な沈黙と睨み合いの時間が生まれた。同じ容姿、同じ程の程の技量を持ち、そして同じ師を持つ剣士達だ。考えも、似通っていると言う事か。
生前の技量は、全く衰えてすらいない。ダンテもバージルも、同じタイミングでそんな事を考えた。差があるとすれば、自分達を駆るマスターの腕前であろう。
やはり、互角になってしまうかと、双方は考える。ダンテとバージル、この二名は父である偉大な魔剣士・スパーダを同じ師とするサーヴァントだ。
同じ人物に師事した人物が互いに争えば、どうなるか? 今の様な、傍目から見れば激しい戦いに見えるが、その実両者共倒れになりかねない泥仕合に陥るのだ。

 結論から言えばダンテもバージルも、互いがどんな戦い方をし、どんな技を使うのか。その全てを熟知していた。
技を知っているだけではない、ダンテもバージルも、互いの技を使う事すら出来る。
無論、ダンテが閻魔刀を握ってもバージル程の腕前には達さないし、その逆、バージルがリベリオンを振ってもダンテ程卓越した剣捌きは出来ない。
それぞれを象徴する魔剣に関して言えば、本来の所有者の方が段違いに扱いに長けている。だが兎に角、ダンテもバージルも、お互いの使う技を全て知り尽くしているし、使う事だって出来ると言うのは事実だ。

 これでは、千日手になるに決まっている。 
同じレベルの技量の持ち主が、互いが知っている技術で事を争うと言うのだから、戦いが長引くのは道理と言うもの。
では、こんな時にはどうすれば良いのか。決まっている、技量が全く同じなら、その技を操る素の力、即ち地力とも言うべき身体能力で差を付ければよい。
ダンテにもバージルにも、切り札となる宝具があった。魔帝をも上回る力を秘めた大悪魔、スパーダの血を引き金(トリガー)に、悪魔として覚醒する宝具。これを使う。
当然二人は、今雌雄を決さんとしている宿敵が、その宝具を使える事を知っている。知っていても対応が出来るか如何かと言う程、その宝具は強力なのだ。
バージルは、ダンテさえ倒してしまえば最早自分が聖杯に王手をかけたも同然とすら思っている。逆説的に、此処で倒しておかねばならぬ程の強敵だと認めているに等しい。
ダンテにしてもそれは同じ。つい先程激戦を繰り広げた銀鎧のセイバー、シャドームーンも掛け値なしの強敵だったが、バージルはあれとは別ベクトルで倒しておきたい敵なのだ。
此処で倒しておけば、幾許か肩の荷が下りるだろう。そんな事を、ダンテは考えていた。

 ――使うか? 此処で……――

 使っても、ライドウは自分を咎めまい。今から戦う相手は、自分ですら苦戦を強いられる強敵だと予めあの書生には説明している。
当のバージルは知らないだろう。ダンテが有している宝具の中に、自身が生前求めて已まなかった『力』。
偉大なる大魔剣士にして、バージルもダンテも誇りに思っている父が振っていた最強の魔剣・“スパーダ”を、ダンテが宝具として所持しているなど、知る由もないだろう。
自身が有する、父の名を冠するこの宝具は、此度の聖杯戦争に於いて最強の一つに数えられる宝具だろうと、ダンテは考えている。
強力ではあるが、その分の魔力消費も大きい。ライドウと言う最良のマスターの下でなら長時間振う事も可能だろうが、出来ればそれは避けたい。
可能なら使わずに倒したい所だったが、バージル相手ではそれも厳しかろう。

 ――迷いは、一瞬だった。
バージルとは生前袂を分かったが、その理念や実力について、ダンテは深い敬意を表している。
表しているからこそ、全力を以って葬る。元々手を抜いて倒せるような相手ではない事は、他ならぬダンテ自身がよく理解している。
序盤にバージルを倒せれば、これ以上となく事は有利に進むであろう。精神を統一させ、嘗て父が振っていた最強の魔剣を招聘させようとした――その瞬間だった。

「――!!」

「――!!」

 それは、予め打ち合わせをしておいたとしか思えぬ程の同一性だった。
頭上を仰ぎ見るタイミングも、空間転移を行うタイミングも、ダンテとバージルは全く同じであった。
観客席を覆う屋根から、男が飛び降りて来たのである、そして、黄金色に光る刀を、此方目掛けて振り払った。
これと同時に両名は、それまで睨み合っていた所から空間転移を行い、それから万分の一秒程遅れて、頭上から、神が下した裁きの極光めいた、黄金色の光帯が光に等しい速度で降り注いだのだ。天然芝の生えたインフィールド内にそれが着弾した瞬間、核爆弾でも炸裂させたような大爆発が発生。
大音響と衝撃波が国立競技場全体を激震させる。まるで巨人が、国立競技場と言う『ハコ』を揺すっているかのように、デタラメなまでに揺れまくっていた。

 競技場の両端に、それぞれダンテとバージルが転移。爆風の範囲外まで逃げ切った。
爆発自体は既に終わったが、朦々と立ち込める土煙は未だ止む事がない。天まで昇らんばかりに立ち昇るその茶けた煙は、爆発の規模と威力を雄弁に語る何よりの証左だ。
直撃していれば、どうなっていた事か、と両者に思わせる程の威力を、あの黄金光は内包していた。「何が起りやがった」、とダンテは呟く。
ダンテはこんな調子だが、バージルだけは、何が起こったのかを理解していた。理解していたからこそ、静かな怒りが体中から発散されていた。
爆熱を内包したあの光を放つサーヴァントと、バージルはつい数時間前戦ったばかりだからだ。

 その男はカリスマ性やオーラと言うものが黄金色の光になって発散されているような、英雄的魅力に溢れた男だった。
その男は人間の可能性と言う物の先の先、その更に先に君臨する、市井の中から生まれた怪物だった。

 その男は――狂人だった。

「避けたか。流石はその身の怪物を御せる勇者達」

 今も朦々と立ち込める砂煙が、一瞬で吹き飛んだ。
先程まで煙が上がっていた場所には、輝く様な金髪を持った男がいた。
黒い厚手の軍服の上からでも鍛えられた身体つきが解る、銅像のような肉体を誇る男だった。
極めて強い意思と烈しい気性が示されたその整った顔立ちは、ありとあらゆる困難を己の力のみで乗り越えて来た事を如実に表す、力の具現そのもの。
金髪の男――クリストファー・ヴァルゼライドは、ガンマレイを纏わせた黄金刀を右腕で握り、それを横薙ぎに振るって土煙を払い除けたらしい。
ダンテの方も、眼前に佇むバーサーカーのサーヴァントの正体に気付いたらしい。この男は、ライドウから直々に説明された、最優先討伐対象者の一人だった。

「だが、その怪物と向き合う苦しみも、今日で終わる。この俺が、お前達を苦しみと慟哭の彼方に導いてやる」

 そして、今この瞬間、ライドウが何故このバーサーカーを見つけ次第即殺す、と言ったのか、その訳をダンテは理解した。
成程、こいつは確かに今此処で殺された方が良い。余りにも、人の話を聞かない上に、余りにも自分の見ている風景のみを優先する。
この男は自分のやる事が、結局は全て正しいと心から思っている『気違い』だった。正味の話、悪魔の方がずっと物わかりが良いと思う程、目の前の男はタチが悪い。
元々は、放置しておくには余りにも危険が過ぎる、と言う理由からライドウはこのサーヴァントをマークしていた。
今初めて、ヴァルゼライドを目の当たりにしたダンテは、それとは別の理由で彼を殺そうとしていた。放っておけばこのサーヴァントは、その性根の故に<新宿>中に禍を招く。それは、ライドウのサーヴァントとして、嘗て悪魔から人間を護った大魔剣士の息子として、防がねばならなかった。

「OK、良く解ったぜ、バーサーカーの坊や」

 其処で、ダンテとバージルは、己が命よりも重視する魔剣を引き抜き、その切っ先をヴァルゼライドの頭に向けた。

「「You shall die(此処で死ね)」」

 かくて、英雄は二人の魔剣士を敵に回し、立ち回る羽目に陥るのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 三人の少女が、地面にへたりこんで泣き続けていた。止まれ止まれと思っても、この涙は何処から溢れて来るのか。
もう出ないだろうと傍目から見えても、涙と言うものは、身体中の中の水を全て使い果たすような勢いで、三人の瞳から溢れ続けるのだ。

 赤城みりあと佐々木千枝、城ヶ崎莉嘉は、殺人鬼・黒贄礼太郎によって殺された安部菜々の死体を見て、大声を上げて泣いている。
同じアイドル仲間だった年上の女性は、黒贄の火かき棒の一閃で、首を捩じ切られて即死。今もその頭は、三人からそう遠く離れていない場所に転がっていた。
俯せに倒れた、嘗て安部菜々であったものは、千切れた首から大量の血液を流すだけでなく、体中から堪え難い程の死臭を放つ穢れに変わっていた。

 それが、三人には受け入れられなかった。
つい先程まで、菜々は普通にライブコンサートで実力を発揮して、恙なく自分の出番を終えられた事を仲間と喜び合い、そして次の出番が来るであろうアイドル達に、まだまだ長いから頑張ろうとエールを送っていたのだ。先程まで、彼女は生きていたのだ。それが、唐突に死んだ。
神が、お前の命はこれまでだと急に横から口を挟んだかのように。読んでいた小説が途中で酷い落丁をしていて、其処で物語が終わっているかのように。菜々は、息絶えた。
その事を、年端の行かない少女は理解したくなかった。さりとて、死を覆させる力など、彼女達にある筈もない。だから、身体を震わせて泣くしか出来なかった。

 競技場の方で、凄まじいまでの轟音が起った。
その音に驚き、反射的に三人は競技場の方に顔を向ける。何が起こったのか、解らない。
もっと上の方で何かが起っているのだろう、と思ってみりあが頭上を仰ぎ見る――「あっ」、と思わず口にした。
三人を一時に押し潰して余りある、競技場の屋根の瓦礫が此方目掛けて落下して来ているのだ。
動こうにも、もう身体が動かなかった。何かを考えようにも、余りにも事態が早く動き過ぎる為に、脳が働くのが遅くなってしまった。

 自らに迫る死すらも認識出来ずに、此処で、死ぬ。
――瓦礫が彼女らを押し潰すまで後三十cm、と言う所で、その瓦礫が粉々に砕け散った。
ボグンッ、と言う音が響いたと同時に、巨大な建材の塊は、小石程度の大きさの破片に代わり、三人と、菜々の死体に降り注いだ。この程度なら、浴びても何の支障もない。
破片が降り注いだ事で漸く、莉嘉と千枝の方が、自分達の身に何かが起っていた事に気付いたらしい。命の危機が迫っていた事を知るみりあは、あの瓦礫がどうして、小さい破片になってしまったのか、その訳を理解していた。

「大丈夫かしら? お嬢ちゃん達?」

 と、如何にも大人びた、しかしそれでいて、優しさを感じさせる声で、その女性は言った。
肌の露出が職業上避けられないアイドル達でも、着る事すら躊躇われるコスチュームを纏っていた。殆ど半裸と言っても過言ではない露出度の高さで、紐や暖簾で、女性が見られて『恥』と感じる局部を辛うじて隠している様な衣装を、恥ずかしげもなくその女性は纏っているのだ。
だが何よりもみりあ達の目を引くのが、頭に生えている二本の黒い角、尖端が槍の穂先のように鋭く尖った尻尾、そして――『二』枚の黒くて大きい、菱形の羽。
この人は人間ではない、悪魔だ、と。三人の誰もが思った。諸人が抱く女の悪魔のイメージの一つに、余りにも彼女は合致し過ぎていた。
が、その女性の浮かべる、柔和な微笑みはどうだ。素の表情は、キリリと引き締まった凛々しいそれなのだろう事が、三人には解る。
そんな女性が、今の様な慈母めいた笑みを浮かべている為か、その笑みの中に頼り甲斐と言う物を、見出してしまった。この女性が誰なのか、と言う事も知らないのに。

「此処はもう危ないから、早くお逃げなさい。アイドル、の子達よね? 向こうにテレビの中継車があったから、そこに保護をして貰えれば、もう安心よ」

「で、でも……」

 と、莉嘉が涙ぐみながら、死体となった菜々の方に目線を向ける。女性の方も、中々三人の踏ん切りがつかない訳を理解したようだ。

「祈っておきましょう」

「祈る……?」

 みりあが、呆然とした様子でオウム返しする。

「私じゃ、不幸にも亡くなった目の前の人をどうする事も出来ないけど、今は祈って、此処を後にする事が、彼女に対する手向けだと思うの。多分、目の前の彼女も、貴女達が死ぬ事は本意ではなかった筈よ」

 女性の言葉を聞いて、三人は黙りこくる。そして、考える。菜々は今わの際に、自分達だけは逃げて欲しいと言っていた。
今となってはそれが、安部菜々と言う女性の遺言になってしまった。なら、彼女のその意思を果たさねばならないだろう。
みりあは目を瞑り、莉嘉は合掌の要領で拝み、千枝の方も莉嘉に倣った。数秒程経過した後、三人は、自分達を此処まで案内してくれた菜々に対する黙祷を終えさせ、今度は、自分達の傍に佇む悪魔の様な風貌の女性に顔を向けた。

「その、お姉さんはこれからどうするんですか……?」

 千枝が、至極当然の疑問を投げかけた。
自分達は女性の言う事を従い大人しく中継車の方に向かうが、目の前にいるこの痴女めいた服装の女性は、明らかに此処に用があると言う風なのが解るのだ。
今更、此処に何の用があるのかと思うのは至極当然の理屈だろう。何せ今此処は、地獄と言う言葉ですら軽く見える程の戦場になっているのだから。

「一応、雇われの警備員なの、私。職務を放棄して逃げ出すのはアレでしょ? だからもう少し、残るわ」

 警備員、と来た。幾ら目の前の三人が年端もいかない少女達とは言え、流石にこんな恰好をした警備員などいる筈がないと言う事位は解る。
訝しそうな目線を女性に送るが、それが少々やりずらかったか。女性の方も、次の言葉に言い淀んでいた。

「大丈夫、身の危険を感じたらすぐ私も逃げるから。ほら、速く行きなさい」

 と、女性は三人を急かす。はい、と精彩の余り感じられない声でそう返事をしたみりあ達は、急いでその場から離れた。
軽く女性は、背を向けて走る彼女らに手を振っていたが、もう彼女らが振り返らない事が悟ると、ふぅ、と一息吐き、それまで浮かべていた笑みを消した。

 戦士の顔つきだった。
柔和さの欠片も、女性――魔王パムには存在しない。ナイフの切っ先より鋭い光をその双眸は湛えており、体中から発散されるそれは臨戦態勢を取る獅子の物と同じ。
百戦、千戦の死闘を掻い潜った兵士の様な立ち居振る舞いだった。これが、パムの平時の姿である。こんな姿を見せては、NPC、況してや幼い少女達はきっと泣く。だからこそ、子供には優しい魔王パムとしての仮面を、先程まで被っていたのである。

「何か言いたそうな顔をしてるな」

 パムは振り向きながら、そんな事を口にした。
目線の先には、同盟を結んだアサシンであるレイン・ポゥと、彼女の手綱を握るマスターである英純恋子が佇んでいた。

「……別に」

 拗ねた様子でレイン・ポゥは口にする。反抗期の子供宛らの態度だった。

「まぁ良い。不問にしてやる。それより、お前はどう感じる。『虹の道化師』」

「そのだっさいコードネームやめてくれない? アサシンって呼んでよ」

「貴様、私の名前が気に喰わないのか? 第一、『虹の道化師』か『虹殺者』かのどちらかを選べと言われて、お前が前者を選んだのだろうが」

「何でその二択なんだよ!! 普通にアサシンって呼べや!!」

 パムが総長を務める魔王塾の塾生は、パムから直々に名前と言うか、一種の通り名のような物を与えられる、とは聞いた事がある。
まさか自分が、よりにもよって反吐が出る程嫌いなその女からコードネームを与えられるとは思わなかった。しかも普通に陳腐でダサい。
ネーミングセンスがないと指摘したら、本気で怒った顔をして張り手を喰らわせようとしてきた。これが逆鱗であったらしい。
あの時パムの初動に気付いて、身体を屈めていなければ、張り手で頭が飛んでいたかも知れなかった。
仕方なしに虹の道化師で良いよとは言ったが、やはり外でそう呼ばれるのは普通に恥ずかしい。正直やめてほしいが、やめろと言ってやめるタマではパムはない事は、レイン・ポゥ自身がよく知っているのだった。

「まぁ良い。お前のヤンチャぶりにも困ったものだな、虹の道化師。今一度訊ねるぞ、お前は、この競技場について、どう感じる」

 あぁ、何言ってもそのコードネームで通すつもりなのかと、レイン・ポゥも諦めた。
胃を直接針でチクチク刺されるような凄まじいストレスを気合で抑えつつ、虹の魔法少女は所感を口にする。

「どうもこうもないでしょ。私にだって、この内部がヤバい事位解る」

 レイン・ポゥには、卓越した超感覚を保証するスキルはない。魔法少女と言う生物が有する、一般の人間の何倍も優れた知覚能力と、暗殺者として過ごして来た時に培った勘が備わる程度に過ぎない。そんな彼女にすら解る。此処新国立競技場の内部は、明らかに危険であると。
歴戦の魔法少女であるレイン・ポゥですら、内部に立ち入る事を戸惑う程の殺意と敵意が、狼の群れが駆け巡るかの如くに荒れ狂っているのだ。
殺意と敵意に質量はない。そんな重さもなく、触れる事も出来ないその意思で、競技場と言うハコが、吹っ飛んでしまうのではないか? そう、思わずにはいられなかった。

「そうだ、この内部は既にサーヴァント同士の戦場と化している。私も一人の魔法少女として、生前は様々な戦場に赴いたが……その全ての戦場を上回る覇風が、此処には吹き荒んでいる。私ですら、此処までのものは経験せなんだ」

「滾りますわね」

「全くだ」

「帰りたい」

 パムが乗り気なのは、風聞と生前の付き合いで解っていたから最早諦めるしかないとして、何で生身の人間である純恋子が強い意欲を示しているのか。
レイン・ポゥには全く理解が出来ない。アサシンのサーヴァントである彼女は、直接戦闘は避けた方が良いサーヴァントである事は幾度も説明した通り。
遠くから眺めて漁夫の利を得る、と言うやり方が一番利に適っている筈なのに、何故純恋子達は自分を直接戦わせようとするのか。本気で理解が出来なかった。

「んで、さ。魔王様。ノリノリで此処に来たのは良いけど、私達まで拉致する必要性なくない?」

「今更何かと思えば。新生魔王塾最初の塾生であるお前を試す為に決まっているだろう」

「ちょっと待てや、あの話マジだったの!?」

 レイン・ポゥが口角泡を飛ばして喰い付いた。拠点であるセンチュリーハイアットで、純恋子と話していた内容は、全てパムは本気だったらしい。

「本来ならば入塾テストのような物を行う所なのだが、お前の強さはこの私は良く解っている。試験なしでの入塾を特例で許すが、それでもやはり、お前としては箔が欲しいだろう」

「全然」

「其処で、今回の戦闘だ。虹の道化師。この魔王パムが認める程の熾烈なこの戦場で戦い、生き残れた。お前にはぜひその事実を打ち立てて欲しい。そうなれば、塾生が増えるだろう新生魔王塾の中にあっても、お前の立ち位置は強くなるだろうよ」

「良いのではありませんこと? アサシン」

「良い訳あるかこのメスゴリラ共!!」

 もう何から何まで無茶苦茶な上に、突っ込み所も余りにも多すぎる為にレイン・ポゥも何処から突っ込んで良いのか解らない。究極ノーガード理論だった。
何時の間にやら新生魔王塾などと言う意味不明なグループの第一塾生に迎えられているわ、いつの間にかレイン・ポゥですら踏み入れる事が憚られる地獄と化した新国立競技場の中に入って生き残らねばならない流れになっていたりと、余りにもレイン・ポゥの知らない所で話が勝手に進み過ぎている。しかもこの上、純恋子がその流れに同調していると来ている。誰だって、激怒の一つ、したくもなるであろう。

「どうせお前も、この女王厨と同じで、真正面から戦えって言うんだろ!!」

「言わんぞ」

 と、パムが余りにもあっさりと否定した為、唐突に柄杓の水を浴びせ掛けられたような表情をレイン・ポゥは浮かべてしまった。

「言っただろう、お前はただ、この戦場で生き残れば良い。機会があれば、お前はサーヴァントを殺しても良いのだぞ? その方がより箔が付くだろうからな」

「……どんな下心があるのさ、アンタ」

「私は魔法少女の強みを潰すような女じゃないと言う事だ」

 腕を組み、尊大そうな風を醸し出すパム。レイン・ポゥが一番嫌いとする態度だった。

「無論、真正面から堂々と戦うのなら、それは喜ばしい事だが、お前の事だ。そんな事をやる性格でもないし、仮に私がそう命令しても、素直に頷く性格じゃないだろう。故に、勇ましく戦えとは言わない。お前はお前なりのやり方で、この内部をやり過ごせば良いのさ」

「だから、それ自体が頭の悪い選択なの。解る?」

「それは、お前に強い後ろ盾がなかったからだ」

 パムの即答に、ピクリとレイン・ポゥが反応した。

「お前がこの<新宿>で辿った軌跡から考えるに、お前に一番足りなかったものは強いサーヴァントの後ろ盾だ。お前の自身の勝ち筋は不安定な事も然る事ながら、失敗した時のリスクが大きい事が弱点だ」

 それは、パムに言われるまでもなくレイン・ポゥ自身が良く解っている事だ。
アサシンクラスはマスターを暗殺する事が出来ればベストなのだが、事はそう簡単ではない。
実際にはマスターの傍には大抵の場合サーヴァントが寄り添っており、マスター一人だけの状況と言うのは滅多な事では訪れない。
そして、アサシンクラスと言えど、彼らもまた他のサーヴァント同様マスターの魔力に依拠する身。
いつまでも自身のマスターを放っておけないし、アサシンクラスもまた他のサーヴァントと同じくマスターを護衛しなければならない。
そう、マスターを狙った方が速いと言うのは、何もアサシンに限った話ではない。三騎士のサーヴァントについても同じ事が言えるのだ。
仮に、三騎士がマスターである純恋子を狙っていたとして、レイン・ポゥが彼女を守れるのかと言えば、疑問が残る。
レイン・ポゥの魔法――宝具――は、他人に胸を張って強力と言えるような能力ではないのだ。守れるか如何かで言えば、恐らくは六割、最悪七割程の確率で、純恋子を守り損ねる。

 レイン・ポゥの勝ち筋は、他の多くのアサシン同様マスターを暗殺出来る機会が転がり込んだらそれを最大限利用するか、自身の演技力を駆使して有効的な風を装い、油断した所を一撃で、と言うものである。
レイン・ポゥも解っている事だが、かなり安定しないやり方だ。しかも失敗した時のリスクもかなり大きい。
仮に純恋子の性格がレイン・ポゥにとって都合の良いものであったと仮定するとして、それでも、順当に事を運べる作戦であるとは端からレイン・ポゥも思っていない。
この勝ち筋を安定させる方法があるとすれば、そう。パムの言った通りである。強いサーヴァントと同盟を組み、立脚している基盤部分を強固にする他ないのである。

 ……レイン・ポゥとしては、その組む相手がよりにもよってパムと言う所が、一番勘弁して欲しい所であるのだが。

「実を言うとお前に望むのはそれでな。内部に入って、サーヴァントの様子を探って来い。どう言うサーヴァントがいるのか如何か、だけで十分だ。それを私に報告しろ、私がそれらと戦って楽しむ。お前は傷付く事なくサーヴァントを減らせ、私は戦いたいと言う欲求を満たせる。Win-Win、と言うのだろう? こんな関係を」

 考えるレイン・ポゥ。
魔王パムは確かに、この虹の魔法少女がとことん嫌う魔法少女ではあるのだが、その強さに関しては一点も疑う所がない。
戦闘狂であると言う点についても、それは同じ。レイン・ポゥでは到底処理出来ない程強いサーヴァントを、パムに肩代わりさせると言うのは、成程レイン・ポゥにしても美味しい話だ。――一つ、腑に落ちない所がある事を除いて。

「『報告しろ』、って言うのはどう言う事よ。戦闘狂のアンタの事だ、一緒に行くんじゃないのかよ?」

 そう、今のパムの言い方だと、まるで自分は競技場の中に入らずに、此処で待っているかのような言い方だ。
それは通らないだろう。そして、疑問が残る。パム程戦闘に対して強い意欲を見せるサーヴァントが、自分から此処に入って行かないのか。

「最初はそのつもりだった。が、そう言う訳にも行かなくなった」

 其処までパムが言った瞬間、彼女を中心としたかなり広範囲の部分まで、緑色に光る線が、3Dのワイヤーフレームの要領で走って行く。
地面を伝っているそれは、フレームの進行上に建造物や樹木があればそれに沿って伝い上って行く性質があるらしい。屋台や植え込み、競技場の壁面にもそのような風であった。
――それが走り始めて、レイン・ポゥも純恋子も気付いた。パムから三十m程も離れた一地点。誰もいない、何もない筈のその地点から、緑色の線が『伝い上がって』いた。
「其処か」、そうパムが呟いた瞬間、緑色のワイヤーフレームが輝きを増させた――刹那。誰もいなかったその地点に、人間が現れた。
右眼を眼帯で覆い隠した、黒い長髪と黒い軍服を身に纏う、凛とした美貌の女性。そして、そんな女性に付き従う、小柄な緑髪の女性。

 「サーヴァント!!」、と純恋子が叫ぶ。
レイン・ポゥも臨戦態勢を取った。あのサーヴァントは如何やら、何らかの術を使って自分の身体を透明化させてから、この競技場に近付いているようだったらしい。
つまり、パム達には気付いていなかったと言う事だ。突如として透明化の技が解除された事に驚いたらしく、バッと辺りを見渡す両名。
如何やら魔王は、サーヴァントに備わる知覚範囲外から此方に迫ってくるこの二人に、既に気付いていたようであるらしかった。

「私は暫し、あの戦士と戯れている。虹の道化師、お前は中に入って行け」

 そうパムが宣言すると、この新国立競技場に着いたと同時に、自身の黒い羽の内一枚を今まで『此方に近付いてくるサーヴァントの探知機能』として使わせていたものを、元の黒羽に戻させ、今度は再びそれを変形させる。すると、レイン・ポゥの傍に、彼女と同じ程の身長をした、黒い影法師の様なものが姿を現す。
全体的に人の形を模しているが、間接等の角ばった部分は何処にもなく、全てが全て丸みを帯びたフォルムを、その影法師はしていた。

「私とお前の命令に従順に従う一種の自律兵器だ。お前の意思次第で小さくなり、懐にも隠せる。危機に陥ったらその影法師と二対一で戦え。ステータス、だったな。全てのステータスがAランクまでのサーヴァントなら互角に渡り合える。ある程度は信頼出来るぞ」

 と、当たり前のようにパムが言った。宝具で創り上げた単純な人型自律兵器が、サーヴァントであるレイン・ポゥよりもステータス上で勝っているのだ。全く、デタラメとしか言いようがなかった。

「さぁ行け!! 案ずるな、認識阻害の結界に変形させた私の羽の影響で、我々の声も姿もあのサーヴァントには知覚出来ていない。憂いはない筈だ!!」

「行きましょう、アサシン。女王らしく勝ちに行きますわよ!!」

 レイン・ポゥの言葉も聞かず、純恋子が警備員の詰所へと通じる扉から勝手に内部に入って行く。もう、腹を括るしかないようだ。
パムの言う事が本当であれば、レイン・ポゥの姿が見えていない事になるし、今まで話していた事柄も向こうには届いていない為、
自分達の手札をあちらは知らないと言う事になる。一応の準備は、不承不服であるが、整ってしまった。

「派手に戦ってとっとと死ね!!」

 言ってレイン・ポゥはパムに悪態を吐いてから、純恋子の後を追い、競技場の内部へと消えて行った。
それに続く様に、黒い羽から変形させた人型自律兵器も中に消えて行く。それを見届けた後、今まで展開させていた、自分達の姿をNPCやサーヴァントから見えなくさせ、自分達が発させる音も聞こえなくさせる結界に変化させていた黒い羽の状態を解除。その瞬間、パムの姿が真実誰の目にも見えるよう露になる。当然、その姿を敵サーヴァント――チトセ・朧・アマツは視認した。

「良い面をしているな。私好みの、鼻っぷしの強そうな顔だ」

 長年の経験から、解るもの。魔王パムは、目にした魔法少女の強さと言う物を、黒い羽を使わずとも解るようになってしまった。
発せられる空気や自信、立ち居ぶるまい、そして、醸し出される独特のオーラ。こう言ったある種の雰囲気は、口ほどに物を言う。
レイン・ポゥは生前これを巧妙に隠していたからこそ不覚を取ったが、目の前に佇むサーヴァントは、解りやすい程強者特有のオーラを発散させている。
魔王塾にですら彼女、チトセの様な傑物は滅多にいなかったし、入塾もしなかった。言葉を発さずとも解る。チトセ・朧・アマツは、パムにとって好みのタイプである、と。

「お前の方も、良い顔をしているよ。今は遭いたくなかった顔だ」

 言ってチトセは、懐に差していた鞘から剣を引き抜き、その剣先をパムの眉間の方へと向けた。
新国立競技場の異変にチトセらが気付いたのは、先程の事だった。此処から逃げるNPC達のただならぬ様子を見て、確実に何か大事件が起こった事をチトセらは推理した。
間違いなく、聖杯戦争の参加者が何かを起こした。その真実を確かめ、そして、来るであろうクリストファー・ヴァルゼライドを待ち受ける為に、チトセは己の星辰光を用いて光の屈折率を調整、ある種のステルス迷彩を施させ、内部に侵入する予定だったのだ。結果としてそれは、パムの黒羽の走査能力で水泡に帰してしまったが。

「生憎、無意味な消耗はしたくない性格でね。本命との戦いまで傷を負いたくないんだ。退いてくれ、と言われて素直に退いてくれれば嬉しいのだが」 

 偽らざるチトセの本音である。
火の粉の方から振りかかって来るのならば、武人であるチトセはそれを払い除ける。
だが、要らぬ火の粉を蒙りたくないと言うのも本音の所であるし、何よりも目の前の存在、アーチャー・魔王パムは桁違いに強い。
チトセの目測では、先ず間違いなくヴァルゼライドと同格である。それ以下は断じてあり得ない。可能なら、戦わずにその場をやり過ごしたい相手だった。
ただ、それも難しいだろう事は、チトセも薄々であるが予測出来ている。パムから発散される、戦いたくて戦いたくてしょうがないと言う疼きに気付けぬ程、チトセの勘は鈍ってはいないからだ。

「断る、と言えば如何する」

「目の前に広がる炎の壁に、大人しく焼き尽くされるような愚物に見えるか?」

「成程。無意味な質問、失礼した」

 案の定、パムの答えは決まっていたらしい。心底気が乗らないが、降りかかる火の粉――いや、火の雨を払わねばならないらしい。
健在の左目を鋭く引き絞らせて、パムの方を睨みつけるチトセ。その態度を見て、フフッ、と魔王が笑みを零した。やはり、こうでなくては。
実を言えばパムとて、意地悪をせずに退いてやっても良かった。チトセが取るに足らない存在であったのならば、そうしたかも知れない。
だが、チトセがパムの想像以上に強く、そして好みであったから、そんな精神が吹っ飛んだ。パムの嗅覚は、チトセと言うサーヴァントが明白な強者であると嗅ぎ取っていた。

 生前のパムは、何かと不自由な存在だった。
曰く、外交部門の最終兵器。曰く、魔王塾の総長。曰く、大量破壊が可能な魔法少女。
パムと言う魔法少女は、魔法少女の中にあって特に強壮な存在であり、常に本気を出すか、出さないかと言う事で注目されていた女であった。
その余りにも他の魔法少女とは隔絶された強さの故に、パムは本気が出せない機会が多かった。彼女が本気を出せば、地上の文明圏など容易く崩壊させられる。
当然、本気で戦う機会は限られる。パムもまた、魔法の国と言う塊に組みする女であり、そうであると言う事は、ある程度は組織の意向に従って行動せねばならない。
それが、パムにとって窮屈でなかったか、と言えば嘘になる。本当を言えば窮屈だった。パムは馬鹿ではない、自分の上に君臨する魔法の国の上層部や、己が所属している外交部の思惑や、政治的な力学の数々が見えていなかった訳ではない。見えてはいたが、敢えて無視していたのだ。
パムであろうとも絶対ではない。ひょっとしたら判断を間違えてしまい、その力の故に甚大な被害を各所に齎してしまうかも知れない。
無関係の者に危害を加える事をパムは由としないが、己の能力はそれを平然と可能とする。大量破壊が可能な魔法少女、と言うあだ名は世辞でも何でもないのだ。
これを恐れていたからこそ、唯々諾々と上の者の命令に従っていたのだ。そしてそれは、嘗ての塾生であった『森の音楽家』の起こした事件以降、顕著になった。
彼女、クラムベリーは、他人の事を考慮せず、人情や倫理など知らぬ、と言うフシがあった。パムは、自分はそうではないとは思っていた。
しかし、それも絶対ではない。何かの間違いで自分にも、クラムベリーと同じ様な魔が差さないとは限らない。だからこそ自分は、魔法の国の装置の一つになりきり、強い者と戦いたいと言う思いを必死に殺していたのである。

 ――此処には、その魔法の国が存在しない。魔王パムと言う、魔法少女が誇る究極の暴力機構を、何処かに組み込む者もいない。彼女は完璧な自由だった。
だからこそ、羽目が外れた。自分を御す者もおらず、そして何よりも、自分と同じ程に強い存在が、この<新宿>の街には闊歩していると言う。
その事実が、魔王パムの抑圧されていた部分を解放的な物にした。此処でなら、思う存分自分の力を奮う事が出来るのだ。
無論、この街に住むNPC達や、街の景観をなるべく破壊しないように努力はする。するが、ひょっとしたらそれも無意味になってしまうかも知れない。
そんな努力をしては勝てぬ程の強敵が、いるかも知れない。恐ろしいと思う反面、ドキドキとワクワクが止まらなかった。
何のしがらみもない、完全なゼロからの地位のスタートが、これ程までに気持ちが良いものだとは思わなかった。この解放感を是非にパムは、チトセ・朧・アマツと言うサーヴァントにぶつけたかったのである。チトセからすれば、いい迷惑以外の何物でもないのだが。

「お待ち下さいませ、お姉様」

 パムを迎え打つタイミングを計っていたチトセを制止する様に、チトセの従者であり宝具でもある女性、サヤ・キリガクレがズイ、と前に出た。

「先程も申し上げました筈です、露払いは私めにお任せあれ、と。お姉様は本命である、あの英雄との戦いまでお力を蓄えておいて下さいませ」

「ほう。この私を前座だと言うか、小娘」

 と言うパムであったが、その口ぶりは言っている内容程、怒りを感じさせない。寧ろその口の端は、笑みでつりあがっていた。
生前は誰もが、魔王パムの名を恐れたものだった。自分の実力に自信のある跳ねっ返りの魔法少女で、パムの名を知らぬ者などいなかったろう。
皆、パムの勇名や活躍を知っていたからこそ、誰も彼もが彼女を恐れ、そして強さの目標としたものだが、この世界では元居た世界で培った活躍や勲功など意味がない。
魔王パムの名前など、生前付き合いがあった存在を除けば誰も知らないからである。それが、パムには新鮮だった。
己の強さに自信を持っていた魔法少女でも、パムの強さを知っていたからこそ、降参する魔法少女の数も、ゼロではなかった。
その度に消化不良をよく起こした物だが、この世界ではそれが絶対に起り得ない。自分の名前が知られていないからだ。
故に、パム程の魔法少女を前座扱いするなどと言う、あってはならない事が平気で起る。これをパムは、侮辱だと思っていなかった。名が知られていないのだ、当然と言えば当然だ。寧ろ、何て新鮮で、楽しい感覚なのだろうと、喜びが抑えられなかった。

「お姉様はこれから、生前から打ち倒す事を悲願としている存在を倒さねばならないのです。お姉様の手を煩わせるまでもありません。貴女如き、この私が退けさせて見せましょう」

「勇ましいな。嫌いじゃないぞ、そう言う言葉は」

 腕を組み、サヤの方に目線を向け続けるパム。

「己の名を名乗っておいた方が良いぞ。名も知られず葬られるのは、戦士にとって屈辱的だからな」

「これから敗れる相手にそれを語っても、詮無き事でしょう?」

 そうサヤが告げると、三つの球が、彼女の頭上に展開される。
ただの球ではない。紫からオレンジ、オレンジから紫と、色が絶えずこの二色にグラデーションし続ける、直径にして三m程の球体だった。
それが、凄まじいまでの熱エネルギーを内包したプラズマ球だとパムが認めたのは、生前の経験の賜物だった。あれは一種のプラズマの爆弾である。
着弾すれば、容易く人体など粉々に出来る程の爆発を発生させる事が出来る上に、恐らく高い確率で、相手はこれを精妙に操作も出来るだろうとパムは推理する。

「御覚悟を」

 そう言ってサヤは、目にも留まらぬ速さで、発生させた爆熱の球体をパムの方へと飛来させる。
一つは真正面から、そしてもう二つはパムの背後を挟み込むように。パムの予想通り、極めて精緻な操作であった。
それらを避ける事すらパムはせず、直撃。地面の石畳を容易く粉砕し、埋め込まれた街路樹の葉々は愚か、幹すらも激震させる程の爆発が、パムを中心に発生。
凄まじい威力だ、手榴弾を十個纏めて炸裂させたとて、こうも上手く行くだろうか。

「やりましたか!?」

 朦々と立ち込める砂煙と、収まりつつある爆風の残滓を眺めてサヤが叫ぶ。
その中を平然と歩きながら、此方へと迫る人影を、チトセとサヤが認める。カッと、目を見開かせるのはサヤの方だった。
無傷のパムが、土煙と砂煙の中から現れたのである!! その白絹のように美しい柔肌にも、身に纏う布きれ同然のコスチュームにも、傷一つ、焼け焦げた跡一つ残していないではないか!!

「下らん技だな、埃を巻き上げるだけか?」

 身体についた土の汚れを払いながら、パムは口にする。
無論、直撃して無傷であった訳ではない。黒い羽の一枚を、自らの身体をドーム状に覆うバリケードとして展開させ、防ぎ切ったのである。
直撃する前に、迎撃して粉砕しても良かったが、どんな技か興味があったので防いでみれば、結局パムの予想を1%も裏切れていなかった。
典型的な爆発による殺傷手段。余りに面白みもなく、そして予想通り過ぎる攻撃。挑発しておいてつまらない攻撃しか出来ないのは、パムの怒りのツボを突く行為だが、流石にこれは、怒る気もない程であった。哀れにすら感じられる。

「足運びと気配の消し方から、お前は暗殺者なのだろうが、お前の能力は余りにも暗殺者向きの能力ではない。能力が派手過ぎる。これでは暗殺に向くまい。その上、プラズマの球を生みだし、操作出来る数が少なすぎる。せめて一時に五十個は操作出来るようになってから、私に戦いを挑むのだな」

 その上、この駄目出しである。魔王塾の総長として、塾生の改善点を強い言葉で批判すると言う癖をつい行ってしまった。
「暗殺者向けじゃない、何て人の気にしている事を……!!」とサヤが怒りに身体を震わせるが――

「サヤ。退いていろ」

 チトセが、簡潔にそう告げた。

「お姉様――!?」

「邪魔だと言っている。退け」

 強い語調でチトセが言ったので、サヤが固まった。親に軽い張り手を貰って呆然とする子供のような態度で彼女は主を見上げる。

「勝てない事は端から解っていたよ。お前と、目の前の悪魔(ディアブロス)が相手では、明らかに実力が違い過ぎるからな」

「中々性格が悪いじゃないか。なら何故、戦わせた?」

「部下の活躍する場を用意したり、顔を立ててやるのも、出来る人間の仕事でね。まぁその結果が、ご覧の通りの訳だが」

 上司であり、敬愛と敬服と親愛の念が已まない理想の女性からも、こんなダメ出しをされる物であるから、サヤは完璧に涙目だった。
が、直に、自分を殺させない為にチトセは自分のフォローに回ったんだ、とサヤは推理、自己完結した。次はより一層頑張ろうと思った。

 サヤを己の後ろに下がらせた後で、チトセは、隻眼となった左目に鋭い眼光を宿らせる。
この瞬間、彼女の身体から、洗練された魔力が発散される。パムは唸る。
中身の解らないオモチャの箱を今まさに開ける子供の様な心境で、何が起こるのか心待ちにしていた。根っこの所から、彼女はつくづく戦闘狂であった。

「加減は出来ない。殺されそうな段になって、みっともない真似だけは晒してくれるなよ」

「ああ、それだけは気を付ける」

 ニッ、とパムが笑みを強めた瞬間――チトセから発散される魔力が、剃刀に似た鋭さを増させた。
そして、チトセは紡いだ。己を一つの『星』と定義し、地上を己の星の法則で塗り替える為の、必勝の詠唱(ランゲージ)を。

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」

 その、経を読み上げるような独特な韻律の呪文を聞いたその瞬間、パムはピクッと反応した。

「ああ懐かしき黄金の時代よ。天地を満たした繁栄よ。幸福だったあの日々は二度と戻らぬ残照なのか」

 言葉を一つ一つ紡ぐ度に、チトセの中を循環する魔力――星辰体(アストラル)――が、密度を増させ、質量を帯びて行く。
単なるエネルギー体に過ぎぬそれらが、チトセの意思次第で、容易く五体を粉微塵にする兵器へと急速に変わって行く。パムも、只ならぬチトセの様子に既に気付いていた。

「時は流れて銀、銅、鉄――荒廃していく人の姿、悪へ傾く天秤に私の胸は切なく激しく痛むのだ。人の子よ、なぜ同胞で憎み合う。なぜ同胞で殺し合う」

 気付いてはいたが、パムの驚きは、其処には無かった。

「正義の女神は涙を流して剣を獲る。ならばその咎、この手で裁こう。愛しているゆえ逃さない。吹き荒べ、天罰の息吹。疾風雷鳴轟かせ鋼の誅を汝へ下さん」

 ――何だ、この詠唱は……!!――

「――悪を討て……!!」

 ――か……――

  Metalnova       Libra of the Astrea
「――超新星―――無窮たる星女神、掲げよ正義の天秤を」

 ――かっこいい……!!――

 魔王パム。
魔王塾総長として、常に語彙力を磨き、各地の神話や伝承学び、そして華麗なレトリックの習得等に余念のないこの魔法少女の感動の琴線に触れるには、チトセ・朧・アマツの詠唱は、十分過ぎる程の威力があるのだった。「そうか、こんな表現の仕方もあるのか……」、とパムは感心しっぱなしだ。

 突風が一個の巨大な塊になって、パムの方に突っ込んで来た。チトセの宝具による攻撃だ、直撃すれば体中の骨格が粉々にされ、クラゲの様な惨状になる威力を内包している。
黒羽の一枚を硬化、縁の部分を刃のように薄く鋭くさせると言う二つの変化を一瞬で行わせ、目に見えぬ風の塊目掛けてそれを振うパム。
ボンッ!! と言う破裂音を立てて、大量の空気が四方八方に噴出する。星辰光による攻撃が防がれたと思った瞬間、チトセがパムの方へと向って来た。
走っているのではない、足は動かしておらず、寧ろ地面から数cm程チトセは『浮いて』いた。
能力で身体を浮かせ、局所的な気流を生み出させそれに乗って移動しているのだろう。これなら普通に走るよりも速い。事実、三十m程の距離が一瞬で、十m以下にまで縮まった。

 そしてその十mが、チトセの武器のリーチでゼロになった。
チトセの握っている武器がただの武器ではない、特殊な『仕込み』がある事にパムは気付いている。そしてその仕込みが今初めて、開帳された。
剣の長さが、物理的に延長したのである。いや、剣身を構成するパーツそのものの長さは変わっていない。正確には、剣身が幾つにも分割し、その一部が此方に飛来して来た、と言うべきか。

 チトセが握るその長剣には、等間隔で幾つもの『節目』が刻み込まれており、チトセの操作次第でその節目から剣身が分割する。
分裂した剣身と剣身は伸縮性と靱性に富んだワイヤーのような物で連結されており、これを利用する事で、アウトレンジから鞭のように剣を伸ばして攻撃する事も、変幻自在の軌道をワイヤーに描かせてそれを以て相手を攪乱させるような一撃を見舞う事も、チトセの技量なら容易いだろう。
蛇腹剣……それを操る技量をパムは認めながら、此方の喉を抉らんと迫るチトセの得物の剣先をサイドステップを刻んで回避。
魔法少女の中でも特に優れた身体能力の持ち主であるパムなら、ギリギリを演出して回避する事も容易かったが、剣身自体に真空刃が纏わされていると言うのならば話は別だ。寸でで回避していれば、その付近の筋肉が血を撒き散らしながら吹っ飛ぶからである。

 パムが回避した先目掛けて、蛇腹剣と言う名称が全てを表しているように、正しく意思を持った一匹の蛇の如く剣身が伸びて行く。
物理的にかなり無茶な軌道を描いているのは、チトセの剣術の技量が卓越している事もそうだが、気流を操って強制的にそんな軌道を描かせている事も大きいであろう。
気流操作――いや、能力の範囲が狭義的過ぎる。本質はもっと広義の概念を操る能力なのかも知れないと、高速でパムは思考、推理する。
そうしながら、硬質化させている羽を蛇腹剣の軌道上に配置させ、防御。羽の硬さは、鋼を思いっきり叩いた時のそれよりもずっと堅牢であると、腕に伝わる羽の感覚からチトセは推理した。
蛇腹剣を元の長剣の状態に戻した、その瞬間を狙って、パムが攻勢に出た。

「水刃(アロンダイト)」

 そう呟くと、硬化させていた黒羽から、色素が消滅して行くかのように黒味が失われて行き、羽を通した向こう側が完全に透けて見えるような透明な状態に変貌。
透明な羽を通した向こう側の風景が、揺らめいた。水を満たした水槽から眺める風景に似ている。否、真実、パムの羽は透明な『水』になっていた。
その羽から、細い水の糸が勢いよく噴出されたのを、星辰光で強化されたチトセの反射神経が認識し、突風を巻き起こして水の進行ルートを大きく逸らさせる。
細い水糸は街路樹の幹の中頃を掠った――其処から、街路樹がズレて行き、地面の上に大仰な音を立てて倒れ込んだ。ある種のウォーターカッターであったらしい。

「一本は回避出来るか。だが、複数になるとどうかな」

 案の定、一本だけが攻撃の限界と言う訳ではないらしい。
パムがそう告げるや、水の羽から幾つものウォーターカッターが射出されて行く。掠っただけで街路樹が真っ二つになるのだ、人体に直撃すれば言わずもがな。
強化された身体能力を駆使して回避したり、突風を巻き起こして軌道を逸らさせたりする事で攻撃を回避して行く。
避けながら、目に見えぬ真空の刃をパムの方へ飛来させるが、本来不可視の筈のそれを、色が塗られていてそれで判別しているかの如き余裕さと容易さで、当たり前のようにパムは目に見えぬ攻撃を回避していた。
チトセからは、攻撃が予め見えているどころか、何処からどう攻撃を仕掛けるのか予め解っている、としか思えぬ程完璧に、パムは回避行動を行っているのだ。

 埒が明かない。そう考えたチトセは、アプローチを変えようと思い立ち、ブーツの靴裏に、空気の噴出点を生みださせる。
迫りくるウォーターカッターを回避した次の瞬間、チトセは跳躍。上昇させた身体能力プラス、噴出点から噴射される空気の力を借り、チトセは十数m上空まで飛翔。
パムがチトセの方を見上げると同時に、チトセは突風を放つ。攻撃に気付いたパムが、水に変化させていた黒い羽を、元の形に戻させた後で、今度はそれを己の手足に纏わせて、籠手と具足の形状に変化させる。その状態の右腕で突風を殴るや、風が千々と砕けて無害化された。
チトセの姿を認識すると、パムは己の羽の一つに、幾つもの穴を刻んだ。穴、とは言うが、それを通じて羽の向こう側はみる事は出来ず、寧ろ、羽の表面に月面の様なクレーターが幾つも刻み込まれた、と言った方が適切か。そのクレーターから、夜闇色の光線が、チトセ目掛けて放射される。
何かが放たれると言う予兆を読んでから、チトセは気流操作を用い、地面の上でも走るかのような軌道と動きで、空中を移動。パムの光条を回避して行く。
空を舞う燕のように、黒軍服の戦士はレーザーを回避して行き、そうしながらも、パムの方へと気圧差を利用した空気の刃を放ち続ける。
最も、魔法少女の優れた身体能力と、幾多の戦場を潜り抜けた事で培われた戦闘に対する直感で、パムはその攻撃を尽く捌き続けているのだが。

 空中から地面に向かい急降下、着地するチトセ。パムとの距離は七m程離れていたが、この二人のサーヴァントでは、全く安全出来ないだろう。両者共に、攻撃を問題なく命中させられる間合いであった。

 強い相手だと、此処でパムとチトセが評価する。一目見て抱いた、ただ者ではないと言う評価は、正しいものであった。だが、余裕があるのはパムの方である。
元々のステータス差もそうだが、実戦を積んだ経験数がチトセよりも遥かに長く、そして多いと言う事実が、心のゆとりをパムに約束させていた。
それでも、油断はしていないし、遊んでいる気も毛頭ない。チトセはまだまだ本気ではない事など、パムには御見通しだ。
今はまだ、<新宿>と言う環境に配慮してチトセも本気を出してはいないのだろうが、その『配慮』と言う枷が外れれば、とんでもない威力の攻撃が飛んでくるのは、想像に難くない。その本気が何時見れるのか、パムは心底楽しみにしていた。

 ――楽しみにしながら、背後に勢いよく振り返り、自分に飛来するプラズマの爆弾を、黒羽を変化させた籠手を纏わせた左のストレートを放ち、粉砕。
籠手には不思議な力が纏わされているのか、爆発現象が起らず、凍り付いた果実を槌で叩いて見せた様に砕け散った。
何処からか狼狽する気配をパムは感じる。チトセが飛び上がった瞬間からだったろうか、腰巾着――とパムは考えている――であるサヤの姿が消えたのは。
取るに足らない相手とサヤの事を認識しているパムであったが、警戒をしていなかった訳ではない。何処かに消えた瞬間から、何かを仕掛けてくるだろう事は予測していた。
二対一で挑みかかる事については卑怯だとは思わない。チトセが平然とそう言った事をやってくる手合いだろう事は、劈頭の段階で見抜いていたし、勝ちたいが為に徒党を組んで戦うと言うのは、余りにも戦術として理に適っている。

 ――サヤめ、しくじったか――

 心中そう毒づくが、如何せん相手が悪い。責めるのは酷か、とチトセは思い直す。
敵に襲われた際の作戦をチトセは此処に来る前から考えており、それを実行に移したが、結果は失敗である。
自らの星辰光の本質である気流・大気操作を応用し、光の屈折率を操りある種のステルス迷彩をサヤに施させ、この上で卓越した気配遮断能力での不意打ちを行う、と言うのが実行した作戦であった。今回の失敗、サヤを責められまい。相手の実力が余りにも高すぎるのだ、こう言う事もある。

「……ままならぬものだな」

 ボソリ、とチトセが呟く。

「……良いだろう。望みとあらば、本気を見せてやろう」

「まるで、今までが本気ではなかったような口ぶりじゃないか」

「全力だったさ。私が要らぬ傷を負わない範囲での話だがな」

 精神を統一、研ぎ澄まさせるチトセ。対するパムの方は、千年の時を経た大樹の様な自然体。落ち着き払った余裕のある態度で、このような緊迫した場においては理想形とすら言える立ち居振る舞いだった。

「先程も言ったが、どうしても倒したいサーヴァントが存在するんだ。笑ってしまう程強い男でね、ベストの状態で戦いを挑みたい。だから、私も手傷を負うまいとやや消極的に戦っていた」

 「――だが」

「お前は嫌になる位強い上に、私をみすみす逃すつもりもないらしいのでな」

 抜き払われていた蛇腹剣に、自らの星辰体(アストラル)を纏わせ、チトセが更に言葉を紡ぐ。

「ヴァルゼライドの事は、今は忘れる。当初の目的が水泡に帰すかも知れん」

「……」

 無言を貫くパム。

「最後通牒だ。退く気はないか?」

「お前の強さを見てみたい」

「そうか」

 其処で、チトセの身体から、烈風の如き勢いの殺意が放出される。これを受けて、ニッ、とパムが嗤った。猛獣の笑み。

「最後の一線を越えたな。火遊びが過ぎた事を悔いながら、私の星辰光で五体を砕かれてしまえ」

 厳かなその声音はパムに、鋼で出来た巨大な崖を幻視させた。相手の悪行や涜神の数々を裁き、法と掟を遵守する女神(テミス)の姿をチトセに見た。

 地を蹴り、思いっきりチトセからパムが距離を離した。
只ならぬ予感を感じたからであり、その予感に従ったのである。そして、その勘は正しかった。
パムが先程まで佇んでいた地点に、石畳を一瞬で砂粒に変える程の凶悪な威力を誇る竜巻が巻き上がったからだ!!
直径にして凡そ二十数m、威力の程は、地面が粉砕されていると言う光景の通り。竜巻の範囲内に直撃、或いは付近に存在していた街路樹が深くに根ざした根っこごと、大地から引っぺがされ、竜巻に巻き上げられ、粉々のチップ上にされて砕かれて行く。
凄絶な威力だ、羽で何らかの防御措置を取っていなければ、間違いなくパムですら大ダメージを負っていた事は想像に難くない。

 攻撃はこれだけではない。
竜巻の範囲外まで逃れたパム目掛けて、何処かからかサヤが、プラズマの爆弾を飛来させている。
これ自体は物の数ではない、現にパムは、籠手を纏わせた腕を動かし、尽くを破壊、無害化させており、傷どころか埃一つ付けられていない。
破壊され続けてもなお、サヤは高速でプラズマの球体を飛来させ、その度にパムは球を破壊している。
この攻撃を放っている人物も、これで仕留められるとはまさか思っていないだろうと、パムは判断している。
事実、仕留められれば儲け物とは思ってはいるが、サヤ自身もそう思っていない。この火球は、パムの移動ルートを制限させたり、一ヶ所に彼女を縫いつける為の援護射撃。本命の攻撃を仕掛けるのは、勿論、サヤの主である、チトセ・朧・アマツだった。

 黒羽に自動防御機能を付与し終えたと同時に、黒羽が早速凄まじい速度で、パムの頭上を覆う傘状のバリケードとなった。
バリケードになり終えたのと、頭蓋が揺れんばかりの轟音が鳴り響いたのに、時間的な差は殆どと言っていい程存在しなかった。
破裂音とも形容してもよいこの大音が、雷鳴である事にパムは気付く。気象に付随する現象を操る能力か、と、パムは事此処に至って結論付けた。
雷鳴を超至近距離で耳にした事で、視界が揺れ、聴覚が著しく狂わされる。二つの感覚にパムが苦しむその様子を見逃す、チトセとサヤではなかった。

 雷鳴を防いだ黒羽が勝手に動き出し、パムから見て右方向から迫る不可視の刃を防御する。チトセの放つ、真空の刃であった。
羽の一つに防御を行わせながらパムは、残った一枚の羽根に、ギョロリ、と動く眼球を水泡のように幾つも浮かび上がらせる。
一つ一つが天体望遠鏡並の視力を持ち、かつ、スキャニング(走査)の性質を持たせた眼である。魔術的な隠蔽等、この眼に掛かれば裸も同然である。
眼と、パムの視界は同期しており、眼に映った物がパムの目にも映ると言う寸法だ。これを以って、辺り一帯をスキャン。
ゼロカンマ一秒後に、光の屈折率を操って不可視の状態になっていたチトセとサヤの姿が、パムの目に飛び込んできた。
チトセの方はパムの右十二m程先、サヤの方に至っては、パムから五十m程も離れた遠隔地から、攻撃を行っていたようである。
位置を特定したパムが、それまで四肢に纏わせていた籠手と具足を解除、今度は羽をバルカン砲に酷似した重火器に変化させ、これを地面に設置。
それと同時に、羽で作り上げられたバルカン砲が火を噴き、音の数倍の速度で弾丸を幾つも発射。
弾丸はそれ自体が意思を持っているらしく、銃身は一方向を向いていながら、放たれた弾丸はそれぞれ別の方向にいる筈のチトセとサヤの方に正確に向かって行く。
チトセは急ぎ、目の前に風防の様な物を創り上げ、弾道を大きく逸らさせ事なき事を得、一方サヤの方は危なっかしい動きで弾丸を回避している。パムがチトセの方が厄介だと認識し、彼女の方に九割近い弾丸を放っていると言う事実がなければ、今頃蜂の巣になっている事だろう。

 弾丸をあさっての方向に吹き飛ばし続けながら、パムの頭上から再び雷を落して見せるチトセ。が、やはり自動防御の機構を備えさせた黒羽がこれを防御する。
一発一発づつの攻撃では、永久にあの魔王の身体を害せない事を理解したチトセは、矢継ぎ早の攻撃を叩き込む方向性に変更。
真空の刃を飛来させながら、先程現出させ今もその場に蟠っている竜巻を、パムの方へと接近させる。真空の刃や雷は、黒い羽で防げるが、竜巻の方は防ぐ事は難しいらしい。
チトセの狙いに気付いたパムが、固定砲台と化したバルカン砲をそのまま地面に置きながら、竜巻の範囲外まで飛び退いて逃れる。
地面を新幹線じみた速度で走ったり、時には黒い四枚の羽とは別に備わる、魔法少女としての姿が持つ二枚の小さな羽を使って空を鳥のように飛んでみせたりして、チトセの放つ雷撃や真空刃、サヤの放つプラズマの爆弾を、パムは実に器用に回避し続けていた。発生させた竜巻が最早追い縋れない程だった。
実際チトセは、竜巻をもっと早く動かす事も出来ない事は無いが、この規模の竜巻を動かせば甚大な被害を辺りに蒙らせてしまう。環境に対する被害を思えば、この移動速度が最大限の譲歩であった。

 チトセには切り札と呼べる宝具がもう一つある。
この宝具こそが奥の手、チトセの有する最強の武器だ。凄まじい威力を誇るだけでなく、燃費も良く、連発も利くと言う、ワイルドカードの名に恥じぬ宝具。
だが、読まれやすい。一度発動の前兆を見てしまえば、余程の物好きでなければ受けてはくれない。そんな宝具だ。間違ってもパムは、それを受けてくれる性格ではない。
嘗てアマツで信仰されていたとされる、シナドの神の名を冠するその宝具を命中させられるその隙を、チトセは窺っていた。パムを討ち滅ぼすには、それしか手立てがないからだ。

 敢えて、一度その切り札を見せて、警戒させておいて動きを鈍らせる、と言う方法を取るか、とチトセは考えた。
威力については、比類がないとチトセは確信している。パム程の魔法少女にもそう思わせられる事は間違いないと思っているのだ。
ならば、それだけの宝具。一度目にしてしまえば、相手は警戒するし、それを意識した立ち回りを行う事は必定である。
地力では、相手の方に遥かに分があるのだ。技術を生かさねば勝利は拾えないだろう。

 ならば、と思い、眼帯に手をかけるチトセ。
これに触れる度に、遠い所に行ってしまった銀狼の事を思わずにはいられない。もう戻らないとは解っていても、そう思う時がチトセにはある。
<新宿>での戦いは、生前果たせなかった大いなる目的を果たす為だけの戦いになるだろう。そしてそれに、意味などない。
目的を果たした所で、その意味を理解している者など殆どおらず、そもそも異世界であり過去でもあるこの世界で、ヴァルゼライドを斃したとて何も変わるものはない。
己の溜飲をただ下げるだけの戦い。それでも良い。最早ない筈だと思っていたのに、降って湧いた未練。これを果たす為だけに、チトセは目の前の魔王を殺す。
それは、遥かに遠い特異点に消えてしまった、ゼファー・コールレインに自慢出来るような事を一つでもしておきたい、と言うチトセ・朧・アマツの子供心であった。

 眼帯を外し掛けた――その時であった。遥か彼方から、一条の蒼白いレーザーのような物が放たれたのは。
それは、パムの方目掛けて発射されたらしい。自動防御の機能を付与させていた羽が、凄まじい速度で光線の軌道上に配置され、これを受け流す。
受け流された先はチトセが生み出した竜巻の方角で、そのレーザーが竜巻の中に吸い込まれた瞬間、砂で作った城が砕かれるが如く、竜巻が雲散霧消されてしまう。

「何ッ」

 驚きの声を上げるのはチトセである。これは間違いなく、パムの手による攻撃ではない。
第三者、もっと言えば、この場にいる二名とは別のサーヴァントの攻撃。自身の攻撃を一方的に破壊する手腕、ただ者ではない。
警戒しろ、とサヤに目配せするチトセ。一方でパムの方は、攻撃を放った者が佇むその場所に、正確に鋭い目線を送り続けていた。

「何者だ、姿を見せろ!!」

 そう言ってパムは、先程までバルカン砲に形状を変化させていた黒羽を、透明な霧状にして散布させる。
黒羽で出来た霧は、パムを中心とした直径数十mにまで展開される。すると、その霧の満ちた空間で、明らかに人型に歪んでいる所をチトセとパムは捉えた。
その瞬間正体不明の人の形をした朧げな何かが、姿を現した。弓を構えた、銀髪の美しい女性だった。
チトセやパム、サヤも美貌に関してはかなりのものであるが、その銀髪の女性は、その三者すら超えかねない程の、玲瓏たる美貌の持ち主である。
これでは、女性――八意永琳の後ろで不安そうな態度を見せ続けている、彼女のマスター・一ノ瀬志希は、さぞ肩身が狭いだろう。何せ、嫉妬深い女性であっても高嶺の花と認識する程に美しい女性が、自分のサーヴァントであるのだから。

「派手に戦うわね、お嬢さん方。ついつい、不意打ちをしてしまったわよ」

 そう言葉を告げながら、永琳の手には、新しい矢が握られている。あのレーザーは、彼女の放つ矢であったのか、とこの時皆が察知した。

「卑怯、とは謗らんぞ。寧ろ、その弓術の腕前。見事な物だと誉めてやろう」

「痛み入るわ。私も、倒されそうになって卑怯だ何だと口汚く罵るようなサーヴァントが相手じゃないから、思う存分戦えるわね」

「ふ、ハハハ!! まるで自分が絶対に勝つ、とでも言いたそうじゃないか。久しく、そんな態度の言葉は言われた事がなかったぞ」

「貴女の弱さに配慮してたのかしらね、その人達」

 その一言で、パムを取り巻く周りの空間の温度が、恐ろしいまでに下がった。
喜びを湛えていたパムのその瞳に、冬の昏黒の夜のように冷たい暗黒が漲り出したのは、錯覚ではないのだろう。

「……今の冗談は、面白くなかったぞ。アーチャー」

 タッ、と地面にパムが降り立ち、その背に三枚の黒い羽を従えさせる。
表情は、顔を構成する筋肉が全て凍結した様に動きがなく、石か鉄を思わせるような無表情であった。
なまじ感情の起伏が見られないだけに、怒りの相を浮かべられるよりも、ずっとそれは恐ろしかった。

「生意気で、はねっかえりたがりの者は好ましい所だが、放っておくとつけあがるからな。どちらが上なのか、思い知らせてやろう」

「貴女に教えられる事なんて何もないわ。寧ろ、此方から教える事がある位」

「ほう、何だ。言ってみろ」

 クスリ、と永琳が微笑んで、口を開いた。

「格の違い」

 それを聞いた瞬間、パムの羽の内一枚が、パムから分離され、上空数十mにまで浮遊。
するとそのサイズが突如として、他の羽の二十倍程の大きさにまで拡大され、巨大になったその羽から、幾つもの銃口や砲口が、雨後の筍の如くに伸びて行く。
それらは全て、下界。もっと言えば、チトセや永琳、サヤの方に向けられている。マスターである志希の方を一つも銃口が向いていないのは、パムに残った理性が働いているからだった。

「全く、聖杯戦争――面白い所じゃあないか!!」

 無表情から、怒気と狂喜の入り混じった表情と声音で、そう叫びながら、パムが黒羽から幾千もの砲弾や銃弾を雨あられと発射し続ける。
魔王パム。<新宿>にはなるべく被害を出さないと言う当初の心構えが、ゆっくりと破綻しかけているのを、パム自身が気付いていないのであった。