「ゆ~めならさ~めればい~いのにな~、……っと」

 小唄でも口ずさむようなリズムで、少女は言葉を紡いで行く。
声質はまだ熟れきっておらず、瑞々しい若さに満ち溢れており、それでいて、絶妙な色気が香気となって漂ってきそうな、艶やかな声。
端的に言えば、少女の声は、良い声であった。なのにその声には、隠したくても隠し切れない程の、憂いと恐怖が宿っているのだ。

「現実逃避はよしなさいな」

 少女の背後から、若々しい青春時代は当に過ぎた、と言った風な、如何にも大人の女性と言った声質の声が聞こえて来た。
声だけでも、男性を魅了しかねない程の香しい色気が漂っていた。二十歳にも満たないこの少女には、出そうと頑張っても、体験して来た年齢と言う壁のせいで出せる事はありえない。場数を踏んだ女性の声だ。

「……逃避行したい気持ちも解るでしょ~」

 言って少女が、声のした方向を振り返ると、果たして、その女性は、下草の上に座り込む学生服の少女を見下ろしていた。
女性美とはかくあるべし、と見た者に強く思わせる程の、怜悧で艶やかな美しさに溢れた顔つきをした麗女であった。
辞書の編纂者が彼女の姿を見たのであれば、『美女』と言う名詞の関連語句に、この緩やかな銀髪を一本三つ編みにした女性の名前を記すに相違ない。

 少女、『一ノ瀬志希』まだまだ駆け出しとは言え、芸能業界に生きる人間にカワイイと言わせしめる程の顔立ちを持った、アイドルである。
プロダクションにいると、カワイイ女の子だとか、綺麗な大人の女性だとか、エロチックな人だとか、沢山見かける機会がある。
しかし目の前の銀髪の女性は、カワイイと綺麗とエロチックの三つの概念、全てを極めてハイスタンダードに内包した美しい人だった。
世の女性から見れば、『ズルい』と思われても已む無しの人物。この絶世の美女の名前を、『八意永琳』と言う。いかにも気取った名前であるが、外見が外見だ、名前負けしていない。

「愚痴なら一日五分くらいは聞いてあげても良いけど、いい加減覚悟を固めたら?」

「ご、五分? いくらなんでも短すぎじゃ……ってそうじゃなくって~。そう簡単に覚悟何て決められないよアーチャー……」

 言って志希は、深い溜息をつきながら、永琳の方から、先程までじっと見つめていた前方の方へと視線を移す。

 深い亀裂が、地面に刻みつけられていた。幅二十m、深さ推定五十㎞以上。地の底どころか、地獄へと続いていてもおかしくはない深さだ。
夜の闇よりなお暗い本物の暗黒が、亀裂の底で蟠っている。神の怒りの産物と言われても、今の志希には信じる事が出来た。

「……凄いものね。永く生きて来たけれど、こんな現象は初めてよ」

 後ろで永琳が感心したように呟いた。彼女にしても、この<亀裂>は驚きに値する代物であるらしい。

 <亀裂>は、今から三十年程前に生じた大地震によって生まれたものであり、航空写真によると、この亀裂。
新宿区と其処を隣接する他区の境界線を寸分違わずなぞって走っているらしい。そんなバカな話があるものか。
事と次第によっては、ひょっとしたら、そう言った亀裂が生まれるかも知れない。だが、その確率は甚だ天文学的確率と言う他なく、常識的に考えれば、成立する事はまずないとみて間違いないのだ。

 その奇跡が、成立しているのだ。驚く以外に、どんな反応を取れと言うのか。
そしてこの奇跡が成立している以上――この<新宿>は志希が知っている新宿区ではあり得なく、そしてこの場所に彼女がいる以上、彼女は聖杯戦争に巻き込まれた哀れな女性だった。

 仕事がちょっと面倒になったからと言って、収録を終えた直後に失踪などするものじゃないなと、自分の悪癖を志希は深く反省した。
今時珍しい露天商が、プロダクションを飛び出し、気のすむままに街を歩いていた志希の興味を引いたのだ。
少女の視線に気付いた露天商が、「そこのお嬢ちゃん、ちょっと買ってみないかい? 掘り出し物が多いよ!!」と言っていたのを思い出す。
暇つぶしには良いかと思い、志希は露天商の所へと近付いていった。珍妙なデザインのカップや、奇妙な文様の彫られた皿やスプーン、フォーク。
色とりどりの、何処ぞの河原か何かで拾って来たような小奇麗な石を千円と言うぼったくりも甚だしい値段で売り捌こうとしていたのを思い出す。
ガラクタばかりか、そう思う志希だったが、小物――店主はパワーストーンで出来ていると言って憚らなかった――の中に一つ、
奇妙な煌めきを放つ鍵があったのを志希は見たのだ。
宝石を煮詰めた雫のようだった。朝の光に照らされて輝く朝露のようだった。夜の空に輝く一等星のようだった。
サファイアに似たその石で出来た鍵が気になり、思わず手を伸ばしてしまう志希。――まさかそれが、この<新宿>への招待券だとは、夢にも思わなかっただろう。

 区内のアパートの一つに住むアイドル候補生、と言う設定の志希の前に、契約者の鍵が呼び寄せたサーヴァントは、この八意永琳だった。
アーチャー(弓兵)としてのクラスでこの世界に現れ、志希をサポートするその姿勢に、聖杯をめぐる邪な考えはない。
掛け値なしに、良いサーヴァントであり、善い人だとは思う。だが、同時に苛烈な側面も持つ。
肉体も精神面も単なる少女に過ぎない志希に対し、聖杯戦争に参加する覚悟を固めろと促す事からも、それは容易に解る事だろう。
負けず嫌い、なのだと言う。外見の割には意外と子供っぽい側面を持つ。これも魅力の内なのだろうか?
どちらにせよ、そんなのに付き合わされるなど、堪ったものではなかった。

「……何でアーチャーは、私のもとに来たの?」

 地面に落ちていた小石を<亀裂>に放り投げながら志希が訊ねた。
大地が口を開いたような大穴に小石が吸い込まれる。あの石が<亀裂>の底に到達するのには、果たしてどれ程の時間が掛かるのか。

「私じゃ不満かしら?」

 むくれたように永琳が言った。

「だってアーチャーって、美人だし、強そうだし、魔法だってちちんぷいぷ~い、って感じで使えるんでしょう?」

「美人で強いのは認めるけど、魔法はそう簡単には使えるものじゃないわよ」

「美人で強いのは否定しないんだ……」

「事実だもの」

 自信満面と言う言葉が肉を得た様な人物だった。

「それにアーチャーは、私と違ってさ、聖杯戦争を切り抜けようとする覚悟も、ちゃんとある」

「貴女にはそれがない。だから、私が貴女に従うのも、不思議って事かしら」

「うん。よく解ったね」

「顔に出てるもの」

「そんなに出やすいかな、私」

「私が毎日相手にしてるお姫様に比べたらずっと」

 クスッ、と妖艶に笑いながら、永琳が言葉を返した。

「別に、貴女に従いたくて従ってる訳じゃないわ。全てなりゆきよ」

 表情を真面目なそれに戻してから、永琳は<亀裂>の方に視線を送った。
その様子は、美しい自然の風景を見ながら、詩歌を形にせんと頭の中で言葉をこねくり回す、美人詩家さながらであった。

「貴女に導かれてこの<新宿>にいるのも、聖杯戦争だなんて言う下らない催しに付き合わなくちゃいけないのも、全部なりゆき。まあそう言う事もあるか、って思って納得してるわ」

「なりゆきで人を殺すのは、その……」

「一理あるけれど、そうしなきゃ帰れないんでしょう? 特に貴女は」

「うぅ……」

 痛い所を突かれて志希は呻いた。聖杯戦争は、最後の一人にならねば『生きて』元の世界に帰れないらしい。
ドロップアウトは、出来はしない。参加した以上は勝つ以外の道はない。何と酷いイベントであろうか。

「まあ、貴女が殺す訳じゃなし、私が手を汚すんだからそれで良いでしょう? それに私も、一応医者だから。そんな無暗矢鱈に殺すような真似はしないわよ。殺さずに聖杯戦争を終わらせる方法があるのなら、一応それも模索するわ」

 強い女性だと、志希は感じた。
美人で、芯もあって、その上魔法も使えて。本当にズルい人だと、志希は思った。
美貌が欲しいとも、魔法が使えるようになりたいとも言わない。ただ、ほんの少しだけ、永琳のような度胸が、欲しかった。

「アーチャーが羨ましいな」

「肝が据わってるから?」

「うん」

「誇れるべき事じゃないわ」

 バッサリと永琳が否定した。

「普通の人より永く生きて、普通の人より汚い事をやって来たから、そう見えるだけ。貴女の方が普通なのよ。それを誇りなさい」

「ひょっとして、私の方が、羨ましかったり?」

「……二度と、貴女のような綺麗な状態に戻れない、って意味ではそうかも知れないわ」

 永琳は肯定する。鋼のように強い声だった。自分を偽っていない。

 新宿御苑から見る、<亀裂>の向こう側の渋谷区は、いつも通りの東京の日常が展開されていた。
煌びやかな夜景と、行き交う車のライト。新宿区が<新宿>になっても、この東京は今では何事もなかったかのように復興し始めたのだ。
その平和が、今から脅かされようとしている。そしてその一端を、志希達は担おうとしている。
死ぬのも怖い、殺すのも怖い。だが……自分が、平和を乱す一因になってしまうのでは、と言う懸念もまた、志希には恐ろしいのだった。

 茫洋とした態度で、<亀裂>の先で蛍のように動いているカーライトを追う志希。
彼女の背後にいた永琳が、落ち着くまで待つか、と言った様子で、志希から目線を外し、背後の、<新宿>の夜景に目を移した。
夜空の星々を地上に映したような、百万の光が<新宿>には広がっていた。<魔震>だか何だか知らないが、<亀裂>の外側も<亀裂>の内側も、今は平和なのだ。

 それを自分が乱す事になるのか、と思うと。
何だか永琳は、酷くやるせない気分になる。彼女の気持ちもまた、志希と同じなのであった。






【クラス】

アーチャー

【真名】

八意永琳@東方Projectシリーズ

【ステータス】

筋力D 耐久B 敏捷C 魔力A++ 幸運B 宝具-

【属性】

中立・善

【クラススキル】

対魔力:A+
A+以下の魔術は全てキャンセル。事実上、魔術ではアーチャーに傷をつけられない。
最低でも数千年の時を生き、正真正銘月の世界の住人であったアーチャーが積み上げて来た神秘は、破格の値である。
なお本人の発言を鑑みると、本当は数億年以上の時を生きて来たそうであるが、確かな確証は全くない。

単独行動:A
マスター不在でも行動できる能力。

【保有スキル】

蓬莱人:A
人の姿をしていながら、人間とはその性質を根本的に異にする存在、蓬莱人であるかどうか。
アーチャーは自らが仕えている姫と呼ばれる人物の助力で蓬莱の薬を完成させ、それを服用した、不老不死かつ不滅の存在である。
Bランク相当の再生と戦闘続行スキルを兼ね、肉体の損壊を回復するのに必要な魔力が通常の1/10で済み、霊核ごと消滅させられたとしても、
マスターの魔力を多大に消費してリスポーンが可能。そう言った肉体の性質上、ランク問わず全ての『毒』を無効化するが、全ての『薬効』も無効化してしまう為、薬による回復は出来なくなっている。

魔術:A+
数千年以上の時を優に生きる月人として、地球文明よりも遥かに優れた霊的・科学的技術や教育水準を誇る月人達の中にあって天才と称される人物として。
非常に優れた魔術の数々を使用する事が出来る。医療に転用させられる魔術は勿論の事、攻撃の魔術や認識阻害などの魔術、時空にすら作用する魔術など行使可能な魔術は多岐に渡る。

月の頭脳:A+
アーチャーは月にいた頃、月の指導者である月夜見が頼りにする、月夜見の摂政或いは補佐的な立場の家柄の一人であった。
地球の文化水準、知的水準を遥かに超える程の文明を築いた月人の中にあって、賢者と称される程の頭脳を誇る程の天才。
同ランクの高速思考、軍略、計略、分割思考を内包した複合スキル。

道具作成:C++
アーチャーは現在は薬師を営んでいるが、それ以前に優れた発明家でもあり、科学的、魔的なそれを問わず、ありとあらゆる道具を作成する事が出来る。
但しキャスタークラスではなくアーチャークラスでの召喚、及び聖杯戦争の制限もあり、作成出来る物は薬のみにとどまり、その薬にしても、
霊薬や神話に出てくるような神々の薬の作成は、実際の所は不可能或いは非常に難しくなっている。材料面の問題により、蓬莱の薬は無条件で作成不可。

【宝具】

『蓬莱の魂』
ランク:- 種別:魂 レンジ:- 最大補足:-
嘗てアーチャーが、自分が仕えるべき主人の後を追うようにして、自ら服用した禁断の薬・蓬莱の薬を服用した事により変質したアーチャー自身の魂が宝具となったもの。
蓬莱の薬と言うのは厳密には肉体に不老不死の性質を与えると言う物ではなく、永劫不滅の存在である魂を本体とさせ、魂の入れ物である肉体が、
何らかの外的要因で滅んだ時、任意の場所に任意の時間で肉体を再構築させ、その肉体に魂を入れさせて、不老不死を体現させるのである。
蓬莱の薬を飲んだその時点で、アーチャーは老化及び病とは一切無縁の肉体を手に入れたが、痛覚は機能している為、肉体が破壊されれば恐ろしく痛いし、
空腹感も暑さ寒さも感じる上、何よりも体力や持久力も無限大はなっておらず、激しく動き回れば当然に疲労する等、肉体の機能性自体に然したる昇華はない。
本来ならば殺された際の肉体の再生はノーリスクで行えるのであるが、聖杯戦争による制限により、殺されてからの再生にはマスターから大量の魔力が徴収され、
それが足りないのであればアーチャーは聖杯戦争の舞台から退場。また、マスターが死亡してからアーチャーが殺された場合も同様に、舞台から退場する。

【weapon】

無銘・弓矢:
アーチャーが用いる名前のない弓矢。和弓。宝具ではないが、性能自体は高い。

【人物背景】

この世界の何処かにあると言われる、妖怪と人間とが共存する、結界で外と内とを隔絶された世界、幻想郷。
幻想郷の領域の一つである、迷いの竹林と呼ばれる深い深い竹林の奥に静かに存在する館、永遠亭に住まう医者。或いは、薬屋である。
その正体は今も月に存在するとされている月の都の住人の一人。つまるところ、正真正銘本物の宇宙人である。
数十万年以上を生きて来たような発言をする事があるが、実際の所は定かではない。確実に言えるのは、数千年の時を生きている事は確実であると言う点。
嘗ては、月の都の姫であった蓬莱山輝夜の教育係を務めていたが、ある日彼女の能力を利用し、蓬莱の薬と言う、飲めば不老不死を得られる薬を製薬。
それを輝夜に飲ませるが、蓬莱の薬は服用する事は勿論の事、作る事自体が以ての外の禁断の薬で、これを飲んだ輝夜は地上へと追放。
永琳は輝夜に唆されたとされ無罪になる。が、永琳は輝夜が薬を飲む事を止められなかった事と、自分が無罪になってしまった事とを後悔。
その後、地上人として生活を送っていた輝夜を月へと迎えに行く為、月の使者のリーダーも務めていた永琳は地上へと輝夜を迎えに行くが、
この時に他の使者を皆殺しにして月から逃げる道を選ぶ。完全な裏切り者となった永琳達は、追手の追跡を撒く内に、やがて輝夜と共に幻想郷の迷いの竹林に行き着く。
以降はその世界でひっそりと隠居の生活を送っていたが、永夜異変と呼ばれる異変の後に、長年人々の目から隠れる様な生活を輝夜共々止める。それからは、妖怪や人里の人間達と折り合いを付け、幻想郷での生活を送るのであった。

【サーヴァントとしての願い】

ない、が。自分は優れている存在だと思っているので、負けたくはない。




【マスター】

一ノ瀬志希@アイドルマスターシンデレラガールズ

【マスターとしての願い】

元の世界に帰りたい

【weapon】

【能力・技能】

化学知識:
化学的な知識に長けており、若干十八歳で様々な薬を手掛ける事が出来るが、効能の程は不明。
だが、頭の方は非常に良いのは事実で、過去に海外の大学に留学、飛び級が出来る程には優れた知能を持つ。

アイドルとしての素質:
歌唱力と、ダンスの技術に優れる、かも知れない。

【人物背景】

岩手県出身の、トップアイドルの卵。十八歳。
能天気な口調と性格、それでいて非常にマイペースな少女。そんな人物からは想像も出来ないが過去に海外の大学に進学、飛び級が出来る程優れた知能の持ち主。
が、つまらないと言う理由で大学を辞め、日本に戻って来てフラフラしていた所を、プロデューサーにスカウトされ、何だかんだでアイドルの仲間入りを果たす。
得意分野及び科目は化学。製薬も出来ると言うが、効能の程は期待はしない方が良いかも知れない。後、驚く程集中力がなく、待ち時間に対する耐性が極端にない。
そんな性格からか、よくレッスンを抜け出し街に失踪、ブラブラする事が多い問題児。

【方針】

永琳を頼る。



時系列順


投下順



Character name Next→
一ノ瀬志希 全ての人の魂の夜想曲
アーチャー(八意永琳)