この世から、欲望産業を撲滅する事は、事実上不可能に等しい。
例えば性風俗、例えばキャバクラ、例えばホストクラブ、例えばテレフォンクラブ、例えばSMバー、例えばアダルトビデオ。
彼らは皆、世間一般から白い目で見られるビジネスの代表格だ。にも関わらず、彼らは社会から消え去る事無く、社会の風紀を乱している。
それは、経済の大原則に等しい、需要と供給をこの産業が満たしているからに他ならない。何も需要供給の関係は、物資や健全なサービスだけに限らない。
若くて綺麗な女性と酒を飲みたい、話をしたい、チヤホヤされたい。そして、彼らと一夜を過ごしたい、それが無理なら、彼らの痴態を目の当たりにしたい。
そう言った欲求を抱いている、或いは抱いているが叶えられない人間と言うものが、この世には大勢いる。これは古今東西、何処でも変わらない。
需要とはとどのつまり、人の欲望と欲求をもといとしている。それらを解消する為に、この世で欲望産業と言うものが成立しているのだ。
人が人である限り、これらの退廃的な産業は、影のように社会に付き纏うのである。

 ――だが、蔑まれつつもある程度の市民権を認められているそんな欲望産業の世界に於いてすら。
これが『同性愛』に関わる話となると、話はまた変わってくる。途端に、市民権を失ってしまうのだ。
それは、諸々の事情により、性産業に身を落とさざるを得なくなった人間達ですら、軽蔑される事もある。

 同性愛と言う概念に対して世間が向ける目線は、冷たく、辛辣だ。
同性愛は精神疾患の類では断じてありえず、治療の対象に当たらないと、WHO(世界保健機構)が宣言してからすでに二十年以上の時が流れた。
ではこの宣言で、彼らに対する誤解は解けたのか、と問われれば、首を傾げざるを得ないと言うのが現状であった。
二十一世紀になってから十年以上も経過した現在においてすら、彼らは倒錯した性趣向の持ち主、精神に異常を抱えた者、マッドである、と言う目で見られている。
建前の上では、彼らは市民権を得た事にはなっている。しかし、本音の部分では、いつだって彼らは馬鹿にされている。
汚く、醜く、産めよ増やせよ地に満ちよの教えに反する背徳者、と言う目線に、今でも彼らは晒されている。

 このような評価や迷信、偏見が蔓延る社会である。
これで、ゲイ・バーやビアン・バー、そう言った風俗やヘルスで働いている人間が其処にいようものなら、それこそその人物は、人格は愚か骨まで馬鹿にされる。
人格破綻者、社会に迎合出来なかった不適格者、人間の屑……本人の人格など一切顧みられず、好き勝手に言われ放題。
彼らに発言権など、認められない。黙して耐える事しか出来ないのだ。だって、自分がそう言う位置にいると言うのは、事実なのだから。
彼ら自身が、自分がどう言った目線で見られているのか、よく解っているのだから。

 ――此処、<新宿>に存在する丁目の一つ、新宿二丁目は、一般の人間には何て事はない歓楽街である。
居酒屋もあれば、食事処もある。ファミリーレストランだってある。ごく普通の街だ。
だが、知っているものは知っている。この街が特に名の知れた、『ゲイ・タウン』である、と言う事を。
この街は、世間的に低く見られがちな同性愛者達が集う、数少ないアジールの一つであると言う事を。

 今でこそそう言った街として名が知れ渡ってしまい、物見遊山に来た観光客の目を避けるように、往年のような勢いを失ってしまった新宿二丁目。
この街につい最近現れた、とある二人の男の話をしよう。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 新宿二丁目に建てられた、とあるバー。
表向きはバーと言う体裁を保っているが、此処に来る客層は……まぁ、そう言う事である。
先ず店長が、如何にもと言うか、何ともホモっぽい容姿の男である。厚みのある鍛えられた身体、毛深い身体、堀の濃い顔立ち。ウケそうな身体ではある。

 時勢の流れもあって、往年のような勢いは減ったが、そう言った客達の出会いの場として、十と幾年もの歴史がある、ちょっとした名店だ。
幾人ものカップルを輩出してきた、知る人ぞ知る店である。今でもたまにお中元やらお歳暮が届く事がある。まだまだ店は、畳む気はない。
しかし、そう言った目的だけで運営するバーでは、今も昔も自営業の世界は乗り切れない。揃えている酒の種類や、手がける料理の方にも、自信アリ、だ。
これでも店長は、自分の手がけるスパイシーチキンは、そんじょそこらのフランチャイズの居酒屋はもとより、歌舞伎町の名店にも負けない味だと自負している。
これを筆頭とした洋風のつまみの数々は、所謂ノンケの客にも評判が良い。店の目的は……まぁ理解して貰う事は難しいとは店長も理解している。
見せに来て、自分の料理を美味しいと言って貰えるだけで、結構嬉しかったりする。バーを開いた当初の目的とは違う目的で来た客だとしても、客は客だ。邪険にはしない。

 仕込みも終わり、店を開ける店長。
そろそろ自分も、歳であると言う事を認識せざるを得ない機会が多くなってきた。
ビール瓶の入ったケースを持ち運ぶ時、昔日に比べ重さが増していると感じる時など、特にそうだ。
バイトの一人を雇った方が良いのか、でも来てくれるかなぁと思いながら、カウンターに戻る。リン、と、入り口のドアに取り付けた子鈴が、洒落た涼しい音を響かせる。

「いらっしゃ~い!!」

 言って店長は、何と形容するべきか……如何にも、オカマっぽい、女に近付こうと努力しているのだなぁ、と言う事が解る声音で客人を迎える。
しかし、どんなにクマが努力しても、ヒバリの声は真似出来ないように、この店長がどんなに努力しても、女性の声を再現する事は出来ない。
店長の声帯は、あまりにも男性フェロモンに満ち溢れていた。女の声を真似た所で、余人は鳥肌しか立たせる事は出来ないだろう。無論それは、悪寒から来る鳥肌だが。

「あら、『ゴウ』くんに『レイ』ちゃんじゃな~い、常連さんに先駆けて来るなんて、ウチのファンになっちゃった~?」

「どうもこんちゃ~っす」

「ど、どうも……」

 店内に入って来た客は、男の二人組だった。この店にこの組み合わせで入って来るのだ。
「あっ……」、と、誰もが思うやも知れない。しかしそれにしては、奇妙な組み合わせの男二人だ。

 一人は、白い半袖のシャツに、少し白みがかった青色のジーンズを穿いた、良く日焼けた肌に長い金髪をした、所謂サーファー系の男だ。
一目見て、「ああチャラ男なんだな」と言う事が標識のように解りやすい男だった。しかし、顔は整った方に位置する。
少し服装を綺麗なものにすれば、ホストクラブでも働く事が出来るだろう。フレッシュで若々しい、プレーボーイ風だ。
こう言った場所には慣れているのだろう、実に自然体の装いだ。

 もう一人の方は、背丈も金髪の男よりやや小さく、身体の方は店長はもとより連れの男よりもなお薄い、少年のような男だ。
黒いリボン付きのフリル付きカッターシャツを身に付けた、黒スラックスの男性。店長は今でこそ男性だと知っているが、初めて彼を見た時、女性が男装していると思った程だ。
それ程までにこの男は、魅力的で、女性的で、中性的な容姿をしていた。これよりも女性的でない女性など、世に掃いて捨てる程存在しよう。
その『ケ』がない男も『覚醒』させてしまいそうな、罪深い容姿。魔性の男だと店長は思った。チャラついた方の男性とは違い、彼はこう言った店に慣れていないのだろう。
表情も挙措も、カチコチである。無理もない、明らかにこう言う店に入り慣れてないのは店長にも解る。育ちの良い貴族みたいだと本当に思う。きっとこんな店が世にある事など、ある時まで知りすらしなかった事であろう。

 チャラついた方の男の名前は、『豪』。もう一方の線の細い男の方を、麗、『神楽麗』と言うらしい。
だから、『ゴウくん』に『レイちゃん』なのである。なんともはや、直球なあだ名であった。

「いや~、此処のおつまみ本当に美味しいね。何度も来ちゃうよ、おまけに俺達だけ特別価格だし」

「ご、豪殿……親切に縋る姿勢は褒められた事じゃ……」

 豪の無遠慮な発言を嗜めようとする麗だったが、店長は快活とした笑い声を上げる。

「いいのいいのレイちゃん!! サービス価格よサービス価格、それに、アタシも馬鹿じゃないから、損をするようなサービスなんかしないわよぉ!!」

「だってさ、麗君。良かったじゃないか。俺も君もそんなお金ないんだし、親切心には甘えておこうぜ」

「そ、それは……そうなのだが」

「うし決まりっ、マスター、スパイシーチキンとスパイシーポテトをつまみに、俺はビール、麗君には何かジュースでも」

「はぁい」

 と、嫌な艶のある声で早速調理に取り掛かる店長。
このやり取りを皮切りに、続々と店内に客が入って来る。男二人組の、そう言った客。男一人の、今一目的の掴めない客。
料理目当ての男女や、若い学生。色々な者が来るが、この店本来の目的を楽しむ者は、皆奥の専用の男専用個室へと足を運ぶ。予約制である。
ちなみに麗達はカウンター席である。麗が何故かいやがった為である。

 業はカウンターに置かれた、王冠の開けてないビール瓶の結露を指で弾いて弄んでいる。
麗の方は、チビチビと、ロックドアイスの入ったオレンジジュースをストローで飲んでいる。
御通しの、カマンベールチーズと新鮮な生野菜を和えたサラダを、豪は既に平らげている。麗の方はまだ口にしていない。

「お待ちどうさま~、此方スパイシーチキンとスパイシーポテトよぉ~」

 つまみ、と聞くと、何だかケチくさい量のそれを連想するが、この店のチキンとポテトは、他の居酒屋のそれに比べて量が割り増しだ。
美味い上に、量も多い。人気の秘訣である。皿に盛りつけられた、一人で食べたら腹が十分膨れる量のチキンとフライドポテトが、麗達のカウンター席に置かれる。
親切に縋るのは良くないと口にした麗ではあるが、これを見ると、やはりそう言った気魄も霧散してしまう。美味しそうなのだ、やはり。次も来たくなるし、サービスに甘えたくなる位には、だ

「それじゃ、食べようか麗君」

「あ、あぁ」

 言って、豪と麗がそのつまみに手を伸ばした、その時。
バァンッ!! と言う乱暴な音を立てて、バーの入口の扉が開かれた。音と、店内に伸びた膝から先。蹴破った事は明白だ。
ツカツカと、男四名が店内に入って来た。主格は、射干玉のように黒いスーツ、クシでなでつけた様に整えられた髪の男とみても良い。
店内の客を見渡す、威圧的な目線。ヤクザである。途端に、店内の静かな和気藹藹としたムードが、委縮した様に縮こまるのが解る。
皆ヤクザと目を合わせないようにしている。が、豪と店長だけが、その無粋な闖入者に平時と変わらない目線を送り続けるのだ。

「みかじめ料はアンタらには払わないわよ」

 おねぇ言葉を真似する時のような声音ではなく、男としての声で店長が応対する。低く、クマが唸るような威圧的な声音だった。

「アンタにゃ用はねぇよ、今日の所はな」

 後でお前と話がある、と暗に言っているようなものだ。
黒スーツの男が、豪達の方へ近付いて行く。ポン、と豪の肩を軽く叩いた。

「おたくが『ゴウ』だな」

「違うけど」

「嘘を吐いちゃいけねぇよ。俺の舎弟に今から聞いても良いんだぜ」

 言って、後ろに控えているアロハシャツの金髪の男を指差すヤクザ。顔面が酷く腫れている。青あざだらけである。
ヤクザと言うよりは、末端のチンピラと言う言葉相応しい小物である。何故か指を指され、そのチンピラはビクッと震えていた。彼の目線は、豪の方に釘付けであった。
「穏便に済ませたかったんだけどねぇ」、と口にする豪。観念したかのような声音である。

「ご飯食べてからじゃ駄目? 俺ら腹空いてんだけど」

「後で食べられるだろ」

「短い時間で済む?」

「『済ませる』さ。ほら、立ちな」

 言って、豪を無理やり立たせる、チンピラ以外のヤクザ三人。
仕方ない、とでも言うオーラを身体から醸す豪。「麗君」、豪の言葉に漸く反応した、それまで茫然としていた麗が、弾かれたように立ち上がる。
ズルズルと引き摺られながら、豪は店長に向かって口にする。

「俺のビール来るまで冷やしといて」

 と。驚く程余裕な態度であった。
マネキンでも引き摺るかのように、ヤクザに連れて行かれる豪。慌てて彼らに追従するのは、神楽麗その人だった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 これは<新宿>に限った事ではないが、何処の商店街にも、みかじめ料と言うシステムがある。
暴力団は縄張り、もとい自己の勢力範囲で資金活動を行うのだが、、この縄張り内で営業を行おうとしている者或いは行っている者に対して、
その営業を認める対価として、または、その用心棒代的な意味をもたせて、挨拶料やショバ代など様々な名目で金品を要求する。
この時支払われる金品こそがみかじめ料であり、これを月々に払わせるのである。

 無論、こんな物は違法も甚だしい集金手段であり、現行法では当たり前の事であるが、禁止されているシステムだ。
にも拘らず、彼らに金品を献上する店は多い。無知だからではない、彼らとてそのシステムが違法のそれである事は理解している。
知っていて払う訳は、単純明快、相手が暴力団、アウトロー集団だからだ。拒否されたら、何をされるか解ったものではない。
暴力団の営業に於いて最大の武器は、恐怖である。恐怖を以て人を支配し、利益を上げる、それが暴力団の核であり、本質だ。
昔と違い暴対法の整備で遥かに生き難い時代になったと言うのに、未だに彼らが路地裏に生しているコケみたいに存続している訳は、
彼らに対して恐怖を抱いている市民が、一定数以上いるからに他ならない。彼らがいる限りは、暴力団は生きて行けるのだ。

 事の発端は、あのバーがみかじめ料を拒否した事から始まる。
元々はあの店も、その料金を払っていた。払わなければ、何があるか解ったものではなかったからだ。
月数万円、これで済むのであれば、安いものだった。だが、最近になって、そのみかじめを要求していた組が、別の組に吸収されたらしい。
この組と言うのが<新宿>の裏社会でも、特に評判も悪く経済のいろはも解らない粗忽者の集団なのだ。
そんな、新しく生まれ変わった組の者が、新しいみかじめ料の内訳を教えて来た。今時笑ってしまう位法外な値段だった。五十万など、馬鹿げている。
これをあの店長は突っぱねた。案の定とも言うべきだが、当然嫌がらせをされた。
店に一番人が来る時間帯を見計らってやって来て、何処ぞにいたであろうゴキブリを摘まみの上に載せ、「この店は客にゴキブリを食わすのか」とがなり立てられた事がある。
店の住所を使用され、頼んでもいないピザを何枚も何枚と注文された事がある。謂れのない金を返せと言う張り紙も、張られた事がある。

 店の繁忙する時間帯にやって来て、いちゃもんをつけられたその時に、このいやがらせをスッパリと解決してくれた二人がいた。
実はそれこそが、豪と麗の二人組なのだ。彼らはその時に見せにやって来た暴力団の組員三名と話をしたいと言って店の外に連れ出し、数分で戻って来た。
そして不思議な事に、それ以降毎日続いた嫌がらせが、止んだ。店長は感心と感動でいっぱいだった。こんな優男の二人組が、一体如何なる技でヤクザと話を付けたのか。
常連でもないのにこの二名が、店長からつまみをサービス価格で提供されている訳が、これであった。店長のお礼なのだ。

 人目のつかない裏路地に、豪と麗の二人は連れられた。
前には店内の時よりもいっそう威圧的な雰囲気を放出しまくって、主格のヤクザが豪達を睨んでいた。
麗の視界にいるヤクザは三人。残りの一人は、路地に人が入って来ない為の監視である。

「んで、要件って何?」

 ヘラヘラとした笑みを浮かべて、豪が訊ねる。

「ウチの組の奴を何処にパクった」

 ドスを利かせた低い声で主格の男が訊ねた。

「お宅の所にやって来た人から聞いてない?」

「聞いた。『テメェに殺された』って言ってたよ。それですら眉唾なのに、こいつはテメェの事を『神』だと言いやがった。ムカつくから何遍も殴っちまったよ」

「酷い事するねぇ。だからこの人こんな痣だらけなんだ」

 豪がアロハシャツのチンピラに目を向ける。酷い恐れを抱いた目で、豪の事を見ていた。
この男こそが、豪と麗がいやがらせを辞めるように交渉した、三人の組員の一人なのである。残りの二名は、果たして何処に? そして、殺されたの意味は?

「お前が神だぁ? 笑わせる、ジュク(新宿)じゃお前みてぇな箸にも棒にもかからねぇチャラ男を何人も見て来たぜ。自分を神だと言わないだけ、マシだったがな」

「悪いけどさ、事実なんだよね。俺が神だっての。信じてくれれば有り難かったけど、ま、そう簡単には行かないか」

 はぁ、と溜息を深く吐く豪。「豪殿……」と言う心配そうな麗の声が聞こえてくる。

「実演しなきゃだめかぁ」

 チラッ、と豪が、アロハシャツのチンピラの方に目線を向ける。
嫌な光を感じ取ったのか、そのチンピラは「ヒィ!!」と言う情けない声を上げて、後じさった。

「た、頼む!! やめて、やめてくれ!! あいつらみたいな死に方、イヤだ!!」

「大丈夫だって安心しろよぉ。本当ヘーキヘーキ、ヘーキだから」

 その言葉の後、豪は、楽しそうな声音で、次の言葉を続けた。

「痛くない死に方にするから」

 豪がそう告げた、次の瞬間。アロハシャツの男の声が、消失した。
いや、性格には、喋れなくなったと言うべきか。――『豪に懇願していた体勢のまま、生きたまま全身を石にされていた』のだから。

「!?」

 その場にいた二人のヤクザが、舎弟の余りにも超常的な変化に目を剥いた。あまりにも非日常的な光景の為、我が目を信じる事が、出来なかった。

「チャカとかドスとか持ってないの?」

 スタスタと豪がヤクザ達に近付いてくる。完全にパニック状態に陥った主格のヤクザが、懐に隠し持っていた匕首を引き抜いて、豪の腹部に突き刺した。
――肉を貫いた感触がない。霞や空気を貫いた感覚と一緒だ。まるっきり、手ごたえが、ない!! そして、血の一滴も、流れていない!!

「ど、どうして……」

「もっと滅多刺しにして、どうぞ」

 その言葉に反応、弾かれたように、主格のヤクザは何度も何度も何度も豪の腹部を貫く。
しかし、男は相も変わらずヘラヘラとした表情を浮かべたまま。三十回程、主格の男が貫く動作をし終えたろうか。
疲れたようで、腕をダラリと下げていた。ありえないものを見る様な目で、豪を見上げている。

「……お、後ろの君は、俺の事を『神』だって信じてくれるみたいだね」

 ビクッ、と豪に言われて身体を震えさせる、舎弟の一人。幹部に近い男らしく、スーツでキメていた。

「それじゃ、布教に使わせて貰おうかな」

 豪がそう言うと、その舎弟の身体が浮かび上がった。まるで見えないワイヤーにでもつるされているかのように、数mも。
その地点で、舎弟は停止。――彼の身体は空気のいれられた風船が如く膨らんで行き、そして、破裂した。肉と骨の破片が飛び散る。
が、それらは建物や地面、豪達人間の体に当たる前に、白色の焔となって燃え尽き、消えてなくなる。辺りには血の一滴すら、付着していない。

「おっと、大人しくしろよ。あと、この場から動くな」

 今度は、豪の方が低い声音になる番だった。
彼がそう言ったその瞬間、主格の男は一切その場から動けなくなる、だけじゃない。口を動かす事が出来ない。真一文字に閉じられた状態のまま、上げる事すら出来ないのだ。

「さっきみたいな死に方をしたくないだろ? 命は欲しいだろ? ジタバタすんじゃねぇ」

「……!!」

 ジタバタしたくても動けないだろうが、と、抗議も出来ない。

「あのチンピラに言わせても説得力はなかったみたいだったからな。アンタ、組の偉い者なんだろ? アンタなら、仕事を果たしてくれそうだ」

 チラッ、と、後ろで、ビクビクと怯えている神楽麗に目線をやる豪。その後で、動けない男に目線を移す。

「麗君はこう言う死なせ方は本当に駄目みたいだからさ、俺も穏便に済ませてやるよ。安心しろ、命だけは助けてやる。感謝しろよ」

 そう言った次の瞬間、主格の男の見えない拘束が、解けた。目から光が失われた状態であった。
が、次の瞬間、その目に光が灯される。決して宿してはいけない類の光。狂信と妄信のそれだ。きっとカルト教団を漁れば、何人も同じ目の者は見つかるだろう。

「GO is God」

「うーしそうだ、それを組の奴らに広めろよ。解ったな」

「Go is God」

 それが、返事の代わりだったのだろう。「んじゃもう行ってね」、と豪に言われ、主格のその男は、何事もなかったように裏路地から去って行く。
見張りをしていた連れのヤクザの一人が、「話は済みましたか?」とその男に訊ねた。「Go is God」と、訳の分からない返事をしていた。連れは首をかしげていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「あれしかなかったのか……」

 先程いたバーの所まで移動しながら、心底ゲンナリした口調で、麗は隣を歩く豪にそう言った。何処となく非難がましい、豪を責めるような光がその瞳に宿っている。

「冗談言わないでよ麗君、明らかに話し合いで解ってくれる人達じゃなかったでしょ」

 麗の言わんとする事を察したのか、豪が反論する。彼の言葉を正論と思ったらしく、「それはそうだが……」、と麗は大人しく引き下がる。
当然と言えば当然だ、あのような殺る気満々の手合いと、話し合いをしようと言うのがおかしいのだ。何をされるか、解ったものではない。

「いいじゃん別に、麗君が手を汚してる訳でもなし、罪を背負うのは全部俺。それで割り切りなよ」

「……そうした方が、楽なのは確かだが……。貴殿は、それで良いのか?」

「良いよ、別に。それで結果として、俺の……『宝具』って言うんだっけ? それを使える布石も一応打てるし、麗君も命が助かる可能性もあがるんだぜ? 良い事しかないって」

 そうは言う豪だったが、やはり、全面的に肯定する事は、麗には出来ずにいた。

「仕方がない事とは言え、迂遠な作業だ。……豪殿に直接戦う力がないのは解ってる、だがこんな事をしていてはサーヴァントどころか……」

「そりゃー言わない約束だよ麗くん。俺だってチャチャチャッと相手を倒せる力が欲しかったけどさ、そう言う訳にもいかないって」

 二名は、聖杯戦争の参加者であった。表向きは、麗が育ちの良い美青年、豪がそれとつるむ悪友と言う関係にしか見えないが、しかしそれは見当違いも甚だしい。
麗こそが、聖杯戦争に際して呼び出されたサーヴァントである豪のマスターであり。
豪こそは麗のサーヴァント――『デミウルゴス』と言うエクストラクラスを与えられた存在なのである。
麗が殺されれば、豪も自動的に聖杯戦争の舞台である<新宿>から退場する。つまりあの時ヤクザ達は、豪になど目もくれず、麗をドスで刺せばその時点で豪も殺せたのだ。
……尤も、それをNPCに理解しろと言うのが、酷な話ではあるのだが。

「までも、さっきのは儲けだよ儲け。俺の方から何もせずして、相手は神だって思い込んでくれるんだぜ? こんなおいしい話はないぜ麗君」

 先程ヤクザ達は、豪にドスが通用せず、そのまま素通りして行ってしまったと言う事実から、彼の事を神だと誤認した。
だがこのトリックは、聖杯戦争の参加者、或いは魔術師であれば数秒かからずにそのタネを看破出来る。
超近代の存在であるとは言え、豪はサーヴァント。サーヴァントには、神秘のない攻撃は通用しないのである。
だからこそ豪は、あそこまで鷹揚と態度を取れたのだ。敵対した相手が本物のサーヴァントであったのなら、豪は急いで麗を抱えてその場から逃げ去っていた。
何れにしても、殆どノーダメージで、豪の宝具を発揮できる環境を大きく整えられるのは、瓢箪から出たコマと言う他ない。豪が儲けと言うのも、頷ける話だった。

 デミウルゴスのクラスのサーヴァントである豪が、聖杯戦争に参加している全参加者の中でも特に弱い部類に入る事は、
マスターである麗は愚か、サーヴァント本人である豪ですら自覚していた。
恐らく豪は、何かの間違いでキャスターと殴り合いに発展したとしても、勝ちを拾える可能性は少ないだろう。
そんな彼の唯一の勝利筋が、彼を神であると『誤認』する事であった。豪は紛れもなく元人間のサーヴァントであるが、
戦う相手が彼を神に類する存在だと誤認した時に限り、豪は聖杯戦争の全参加者の中で最強を誇る程の強さへと昇華される。
しかし実際に、神秘に対して造詣の深い魔術師のマスターや、況してや神秘そのものであるサーヴァントを欺く事は至難の技。
だからこその布教活動なのだ。NPCに『豪(ゴウ)教』と呼ばれる宗教を布教する事で、『豪と呼ばれる神が<新宿>にいる』と言う噂を、
マスターやサーヴァントの耳にも入る規模にまで拡大させる。こうする事で、元々発動する可能性が極めて低い宝具の発動率を、高めさせる。

 初めて契約者の鍵が、デミウルゴスのサーヴァントである豪を引き寄せた、彼らは本気でどうやって勝ちに行くか悩んだ。
マスターには魔術の才能もない、取り立てた運動能力もない。そしてそれは、サーヴァントである豪ですらも同じと来ている。
ただ、発動すれば兎に角強い宝具だけがあるだけ。ならばその宝具の発動に全てを賭けるしかないし、その宝具を発動する環境を本気で整えるしかない。
二人の長い話し合いは、それで決着がついた。裏社会を起点として、豪と言う『神』がいると言う噂を広めさせる。
本当の聖杯戦争が彼らにとって幕を開けるのは、普通のサーヴァントよりも遥かに遅い時の話になるのである。

 ……それに、神楽麗は人を殺したくない。豪が宝具を発揮できれば、どんなサーヴァントだって真正面から迎撃出来る強さを誇る。
しかしそれとは逆に、どんなサーヴァントの手傷だって癒せる程の力をも秘めている。
麗は、マスターを殺して聖杯を手に入れ、元の世界に帰るのではない。圧倒的な力を以て相手を降参させ、平和的に聖杯戦争を解決出来ないかと本気で考えていた。
だが非力な麗と豪では、その手法は絶対に取れない。だから何に変えても、豪に力を蓄えさせる必要があるのであった。

「私の考えは、甘いのだろうか、豪殿?」

「ん~、まぁ甘いんじゃない? まぁでも良いじゃん、俺の為に必死に頑張ってくれてるんだし。俺は信じるぜ?」

 落ち込む麗を見て、豪がそんな事を言う。チャラい見た目が抱かせるイメージを全く裏切らない。
豪は事実本当にチャラい。が、悪いチャラさではない。これでも麗に対しては割と親身に接してくれている。少しだけ、麗は救われていた。

 目的の場所であるバーに到着する二人。
バーの扉を豪が開けた。「ただいま」、目立った傷もなくそう告げた豪を見た店内の一同は、ノンケやゲイ・カップルの隔てなく、ワッと沸き立った。
豪達の据わっていた席に、王冠のついた状態のビール瓶が新たに三本、麗のいた席に、オレンジジュースの瓶が新たに二本置かれていた。
それが、マスターの誠意の現れだと言う事に豪と麗が気付いたのは、殆ど同時の事なのだった。






【クラス】

デミウルゴス

【真名】

豪@真夏の夜の淫夢シリーズ

【ステータス】

筋力D 耐久E 敏捷D 魔力C 幸運A+ 宝具EX

【属性】

中立・中庸

【クラススキル】

神性(偽):E-(A+++++)
神霊適性を持つかどうか。
自らの存在が知られるに至った原因となった出演作、及び彼の身体を体験した者の話で、デミウルゴスは神として扱われていたり、形容されていたりする。
しかし極めて最近の偽神(神格)の為神秘の積み重ねが全くなく、実体化したデミウルゴスを確認しても、精々「不思議な何かを纏った人間」程度にしか認識されない。
後述する宝具の効果が発動した際に、神性ランクはカッコ内のそれへと向上。一創作体系の中で唯一の神として扱われている存在に相応しい力と権能を発揮出来る。

【保有スキル】

無辜の神格:EX
――ホモビに出ただけで神に列せられる男。
生前自らが出演していた同性愛者向けのアダルトビデオが一部のホモガキに目をつけられ、ただの人間にも関わらず神格として祀りあげられた。
デミウルゴスの信仰説は諸説あり、善神でもあり悪神でもある、光の神である一方で闇の神である、創造神の側面もあるし破壊神の側面もあると、一定しない。
宝具の効果が発動しない時のデミウルゴスには、神であると言う自覚が希薄で、特定状況下以外では能力・姿・人格が変貌する事はない。
このスキルは外せない。

カリスマ:E(EX)
軍団を指揮する天性の才能。根拠もなければ理由もないのに、いつの間にか神として認められ、人々の信仰を集めていた事実を指す。
デミウルゴスには軍事的知識が皆無の為、平時の状態では不思議と人を惹きつける程度の才能に留まっている。宝具効果が発動した際には、カリスマランクはカッコ内のそれに修正される。

話術:E+
言論にて人を動かせる才。
デミウルゴスは元々人気の男娼であった為か顔は良く、それを利用する事で、多少此方に有利な展開に進ませる事が可能。
また、相手が現在の状況に不満を覚えている時には、話術の成功率が上昇する

【宝具】

『人から神へと至る者(Go is God)』
ランク:EX 種別:神霊昇華宝具 レンジ:- 最大補足:自身
元々ただの人間であったデミウルゴスが、同性愛者向けのポルノビデオに出演している様子を一部の趣味人に目をつけられ、
遂には神に祀り上げられてしまったエピソードの具現。デミウルゴスを『神霊』そのもの、或いは化身かそれに準ずる存在と認識した者に対して、デミウルゴスは、
聖杯戦争及びサーヴァントとしての範疇を逸脱しない限度であれば、まさに神の如き力を発揮する事が出来る。
全てのステータスをAランク以上に修正する事も可能であるし、魔力を無尽蔵に取り出す事も、キャスターランクを上回る威力と性能の魔術を連発する事も、
実戦向けのスキルの数々を獲得する事も、相手の傷を癒す事も、この状態のデミウルゴスには造作もない。

 発動さえしてしまえば対峙したサーヴァント相手にはほぼ勝利が確定されるも同然の凄まじい宝具であるが、
この宝具を発動するにはデミウルゴスを『神霊』として認識する必要があり、発動時に彼を『人間由来のサーヴァントである』と認識、
反論した瞬間、この宝具の効果は消滅する。更に、この宝具を発動した時に殺す事の出来る相手は、デミウルゴスを『神と認識した本人だけ』であり、
『デミウルゴスを神だと認識していない相手』に対して、この宝具の発動時のデミウルゴスが攻撃を仕掛けたとしても、攻撃は素通りされるだけである。

【weapon】

無銘・ビデオカメラ:
生前本人が所有していたとされる物の中で特に知られているもの。
199X年と言う極々最近の代物の為、神秘など当然ある筈もないのだが、趣味人はこれを神器だと捉えている。
デミウルゴスはこれを投影する事が出来る。

【人物背景】

神。彼をそれ以外の言葉で形容出来るだろうか。いや出来ない、ハッキリわかんだね。
小遣い稼ぎにしかならないバイトに精を出すSIYに簡単で割の良い、30分で5万のバイトを紹介する程に慈悲深く、心優しい神格。
しかしこのエピソードには異聞が伝わっており、その後SIYを巧みな言葉で操りオナニーをさせたり、そのSIYの童貞(前の方とは言ってない)を奪ったり、
そもそもその5万円と言うのは、正統な報酬額である10万円のピンハネして差し引いた額であったりと、邪神・悪神としてのエピソードも伝わっている。
またある時期、人間界の視察の為、東京大学の大学生としての姿で地上に顕現した事もあるが、こちらの逸話は余り人々に伝わっていない。
善悪様々な側面が世に残っており、そもそも神ではなく神の名を騙る愚か者(ヤルダバオト)であるとも言われている。
しかし、アポロンに例えられる肉体と顔つきは本物。多くの同性愛者達を魅了してきた。
さぁ君も、GOの裸をみて…ゴー、ゴッ、ゴー!






 焼けた肌と金髪が特徴的な、世間的に見ればイケメンに近い顔立ちをした男性。それが彼、GOと呼ばれる男性である。
表に決して出て来てはいけない同性愛者向けのポルノビデオの男優、しかもネットも黎明期であった時代の人物の為、
本名は当然の事、出生地も過去も定かではない。言うまでもないが、彼自身はれっきとした普通の人間である。
そのまま黙っていれば普通の生活を送れそうな風貌の彼が、何故同性愛の道に走ったのか、それは誰にも解らない。
2015年現在、彼の消息は不明。信憑性のない目撃談になるが、エイズに掛かっていたようであり、医者から薬を処方されている姿を確認されている。
このせいで死亡説が広く流れている。が、この手の死んでいると言うゴシップは、ゴムもなしで肛門性行に及ぶポルノ男優には極々当たり前の事であり、珍しい事ではない。

【サーヴァントとしての願い】

不明。




【マスター】

神楽麗@アイドルマスターSideM

【マスターとしての願い】

誰一人殺さず、元の世界に戻りたい。

【weapon】

【能力・技能】

アイドルとして修行中。その歌声は光る所こそあれど、まだまだ成長段階。それよりも彼の武器は、素晴らしいヴァイオリン奏者としての腕前と、絶対音感である。
ただこれが、聖杯戦争に於いて役に立つ技能であるかどうかは不明。

【人物背景】

中性的で、女性と見紛う様な容姿を持った少年。真面目で音楽に真摯。信頼を大切にし、人の心に寄り添う音を奏でたいと願っている。犬と馬(意味深)がすき。

【方針】

GOの力を発揮させる為、当分は布教活動に専念。その際、敵サーヴァントに合わないように祈る。