そこは一分の隙もなく塗りつぶされた闇だった。
 気が付けばそこは尋常な空間ではない。店内の様相はそのままに、その周りの景色は、闇の荒野に浸食されていた。
 砂色の荒野が地平線まで続き、空は、彼方は、ただ一面の闇だった。
 荒野にはオベリスクのような奇妙なオブジェが点々と続き、それがただの荒野よりもなお荒涼とした雰囲気を強調していた。

 それは石のようでもあり、金属のようでもあった。
 また彫刻のようでもあり、機械のようでもあった。
 真新しいようでもあり、風化しているようにも見える。
 目的があるようにも見え、無意味にも見える。

 荒野にはひたすら、そんな物体が重力を無視して伸び上がり、斜めに傾ぎ、あるいは大きく弧を描いて、廃墟の如く彼方まで点々と続いていた。
 闇だというのに、荒野は地平線まで見渡すことができた。月明かりでも照らしているように、大きな篝火でも燃やしているように、どこまでも見渡せた。それでいて光など、どこにも存在しない。

「……それでは幻想と願望、そして宿命についての話をしようか」

 そこは自分ひとりではなかった。その声が聞こえた途端、周囲の闇の気配が一つの人間の形へと集束した。
 少女と背中合わせに立つ、黒衣の男の気配。
 それは影、それは幻、夜色の外套を纏った黒の男。
 振り向かずとも分かる。三日月に歪んだ嗤い顔が。彼を成すあらゆる全てが。
 それは大昔から知っている知識のように、本能的に理解できる。それはあたかも彼が、人間の潜在意識に刷り込まれている普遍の存在であるかのようだった。

「……あなたが、私のサーヴァント?」
「その通り。私の名前は神野陰之。君の認識で言う《キャスターのサーヴァント》だ」

 暗鬱とした声が響く。それは無明の闇に沈むように、広陵の空間に溶けて消えていく。
 全てが歪だった。男の嗤い声はそのままに、唐突に尋ねてきた。

「君は、定命の存在をどう思うかね?」
「羨ましいです」

 即答だった。定命、すなわち寿命のある生き物。それがとても羨ましいのだと、影に相対する少女はそう言った。
 男の笑みが深みを増す。少女には、それが黒に浮かぶ切り絵のようにはっきりと幻視できた。

「実直だね。そして賢明だ。永遠に意味など存在しない。死が無意味であるならば、その生もまた無意味であるのだから。
 では君は、世界というものがたった二つの要素で構成されていると感じたことはないかね? すなわち―――『出会い』と、『別れ』に」
「どちらも同じだと思います」

 だって、私は永遠に追いつくことができないから。
 喉元まで出かかった言葉を、すんでのところで呑み込む。そんなことまで言う必要など何処にもないのだから。
 男はくつくつと嗤う。こちらの意図を見透かして、それを睥睨しているかのように。

「なるほど、君は真に賢明な者であるようだ。しかし悲しいかな、君に狩人の素質はないらしい。
 優秀な狩人は君と同じ答えを返すが、真実として語られるそれとは違い、君の答えは単なる結果論だ」

 未だ嗤い続ける影と違い、少女のほうは理解できない、という表情をしていた。この状況も、質問の意図も、何もかもが不透明だ。

「……あの、質問はもういいです。それよりも」
「それよりも、自らの願望を叶える方法を知りたい。そんなところかな?」

 瞬間、少女の背筋に激しい怖気が奔った。
 その甘い、纏わりつくような声が、どろりと粘性を帯びて耳の中を流れたのだ。その異様な感覚に、生理的な悪寒が駆け巡る。

「だが、私が君の願望を叶えることはない。何故なら、君では『願望』が足りないからだ」
「それは、私に従うことはできないということですか?」
「いいや違うとも。君と私の間には既に主従の契約が結ばれている。この聖杯戦争において、少なくとも君の身の安全は約束しよう。
 無論、この契約をも超える願望が現れない限りは、だが」

 はぐらかすような言葉だった。
 背後の闇が蠢き、腕を動かすような気配を感じ取る。

「宿命の話は終わり、既に願望へと話は移った。
 君は願いを叶えたいのだと言ったね。自らにないものを手に入れようとする行為は、しかしこの魔都新宿においては闇の中を手探りに彷徨うことに等しい。人間の目は二つしかなく、闇を見通せる猫の目でもない以上、それは自殺行為と言える。
 その場合……そう、闇の中を真っ直ぐ進みたいのなら、君はどのような対策を取るかね」

 少女は少しだけ考える。少し、精神が落ち着いた。

「……明かりをつけます」
「正解だ」

 ぼぉ、と少女の手の中に微かな光源が生まれた。それは不思議と熱くなく、しかし心地よい暖かさを少女に与えた。

「ひとつの篝火では闇の全てを払うことは叶わないが、それでもしるべとすることはできる。
 勿論、物理的な闇をどうこうするような代物ではないが、少なくともこの篝火は君を導いてくれるだろう。呪具のようなものだ、受け取りたまえ」

 言葉が終わると同時、少女の掌で揺蕩っていた光はすぅ、とその内に吸い込まれるように消えて行った。
 困惑する少女を知ってか知らずか、男は更に言葉をつづけた。

「ある特定の地域において、篝火は豊穣と再生の象徴だったそうだ。だが同時に、篝火は死の象徴でもある」

 死。それは少女が追い求めてやまないものだ。勿論ただの死ではない。それは、魂を得ることだ。
 キカイ人間の少女には魂がない故に。果て無く、それを追い求める。

「篝火は死の属性を持つが、それが意味するのは供儀の象徴だ。迎え火や送り火とも呼ばれるそれは、すなわち魂の導き手ということだね。彷徨える死者を導き、あの世とこの世の架け橋となる。
 ならば、君を導く『それ』は、果たして生と死のどちらへ誘うのだろうね」

 豊穣の生か、供儀の死か。
 少女は何も答えない。男はただ嗤うだけだ。

 それは人のような嘲笑であって。
 しかし闇のような胎動であった。

「私は『名付けられし暗黒』にして『全ての善と悪の肯定者』。あらゆる願望は、その当人の手によって成就されなければならない。
 君は、あくまで君の手によって聖杯を獲得したまえ。君の物語は永遠に続く。ならばそれに終止符を打つべきは、やはり君しかいないのだから」

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 ……気が付けば。
 私は、元の雑貨屋の椅子に座っていて、どうやら眠りこけていたようだった。

 ここは新宿の一角にある寂れた雑貨屋。商品はそれこそ手当り次第集めてきたと言わんばかりに溢れていて、正直私の目からすればガラクタにしか見えないものばかりだ。
 中には当然ぼろぼろに古びたものもあって、見様によっては道具の墓場のようにも思えてくる。

「……そういえば」

 そういえば、昔店長が言っていた。「長い歳月を経れば道具にも魂が宿ることがある」と。
 ここにあるのは正真正銘長い歳月を経てきたものばかりだ。けれど、どうにも魂が宿っているような気配はない。

「やっぱり、嘘だったのかな、あれ」

 膝を抱え込んで顔を埋める。意味などないけど、そうしていると少しは気が紛れた。

 永遠を生きるのも、聖杯を得るのも、どちらも気の遠くなるような話だ。
 けれど、それでも。いつか私にも魂が宿ることがあれば。

 それは至上の幸福だと、私はそう思うのだ。






【クラス】
キャスター

【真名】
神野陰之@missing・夜魔

【ステータス】
筋力??? 耐久??? 敏捷??? 魔力??? 幸運??? 宝具EX

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
陣地作成:EX
独立した異界を創造可能。

道具作成:A++
魔力を帯びた呪術的器具を作成できる。

【保有スキル】
精神汚染:EX
精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を完全にシャットアウトする。ただし同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しない。
彼が話す言葉は真実なれど、その実態は狂人の戯言にも等しい。そも、既に彼の自我は消え失せている。

神性:EX
神霊適性を持つかどうか。

遍在:EX
キャスターは他者の認識によって存在するため、観測者と成り得る者がいればどこにでも現れる。故に、キャスターに時間や距離などといった概念はなく、滅びるということもない。およそ人の手の及ぶあらゆる場所に遍在していると言っていい。

夜闇の魔性:EX
キャスターの姿を目撃した者に精神・幸運判定を行う。
この判定に失敗した場合、最小では恐怖で体が硬直する程度の、最大では発狂する程度の精神ダメージを与える。
精神耐性系スキルで無効化可能。

???:EX
??????

【宝具】
『名付けられし暗黒』
ランク:EX 種別:概念宝具 レンジ:不明 最大捕捉:不明
かつてキャスターが手に入れた、闇という概念が保有する権能。これによりキャスターは極めて概念的な存在となっている。
キャスターは自身の願いを持たないが、故に他者の願いを自動的に叶える存在でもある。叶えるべき願望が湧きあがった際、距離や時間を無視してその当人の前に姿を現す。
ただし、彼が叶える願望はそれ自体が強い力を持っていることが前提となる。正気にては大業ならず、狂気にまで堕ちぬ願望など願望ではない。故に、些細な願いすら無制限に叶えて回るということでは断じてない。
なお、願望の叶え方にしても順序や手順を無視して最終の結果だけ叶えることはない。あらゆる願いはその当人によって叶えられなければならないという関係上、彼が成すのはあくまでその手助けのみ。最後は自分で歩まなければならない。
また叶えるべき願望同士が衝突してしまった場合、より強い願望を優先して成就させる。

【weapon】
影で覆うことで生皮を引っぺがす。すごく痛い。

【人物背景】
名付けられし暗黒。夜闇の魔王。原初の魔人。叶える者。受肉した神の片鱗。いと古き者の代行者。全ての善と悪の肯定者。
かつて"根源"へと行き着き、闇に自らの名を売り渡した魔術師。今や彼の名前を呼ぶことは闇の名を呼ぶに等しい。
願いを叶えるべく魔法へと至ったが、彼自身が魔法になったことで自分の願いを失ってしまった。故に、彼は他者の願いを叶えるだけの現象と成り果てている。

【サーヴァントとしての願い】
彼は自身の願いを持たない。

【運用方針】
キャスターを能動的に活用するのは非常に難しいと言わざるを得ない。
誘蛾灯に集る虫のように、願望に惹かれてはあっちにふらふらこっちにふらふら。サーヴァント契約に基づきマスターを守護してはいるが、自発的に戦闘することはまずないため専守防衛となってしまう。




【マスター】
キカイ人間の少女@あかりや

【マスターとしての願い】
置いて行かれたくない。

【weapon】
なし。

【能力・技能】
人間ではなくキカイ人間。つまりロボットに近しい存在。経年により確固たる自我を有し、しかし魂は存在しない。

【人物背景】
永遠を生き、自死することもできない機械人間。元々自我は薄かったが、時を経るごとに人間らしさを獲得していった。
目的は、かつて置いて行かれ永遠に追いつけなくなってしまった人たちとの再会。死者の門の向こうに行くために死者のランプを探し求めていたが、魂がない故に門を超えた先には何もなかった。

【方針】
自らの願いを叶えたい。しかし誰かを犠牲にすることには躊躇いを覚える。