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  • 本名友利結。アメリカ人とのハーフ。
  • 2006年にメジャー挑戦を経て中日に入団。落合監督に「キャンプ見に来いよ。」と言われキャンプ場に行くと、「(背番号)何番がいいか選んでくれ」と言われ、テストなしで入団。そのまま入団会見を開くことになった。
  • 中日投手陣のまとめ役として、出陣式を取り仕切ったりしていた。
  • 2006年前半は被打率4割を超えるなど、パッとしなかったが、交流戦途中から安定し、勝ちのなくなった12回裏の登板なども任されるようになった。
  • 落合監督曰く「デニーは一番の強心臓」。
  • 2007年は序盤こそいい投球をしていたものの、投球中に背筋を痛め、ファーム中心の生活となり、40という年齢もあって戦力外通告を受けた。
  • 落合監督の計らいで2007年10月4日のナゴヤドーム最終戦で最終登板し、広島カープの栗原選手をサードゴロに打ち取った。
  • ドラゴンズ退団決定後も現役を続ける道を模索していたが、2007年11月28日、現役引退を発表。ストレートが150km/h出てもストライクが入らなくなったのが理由らしい。今更そこを気にするのか?というツッコミがD専に溢れた。元々人気選手ではあったが、ドラゴンズの在籍2年間も愛された投手であった。
  • レッドソックス松坂選手と親交が深く、松坂がメジャーで初勝利をあげた時、松坂は真っ先にデニーに連絡した。また、初敗戦した時はデニーの方から「そう甘くはねーんだよ、ザマー見ろ。」とコメントしている。
  • また、レッドソックスの抑え投手パペルボンと連絡を取り合っている仲でもある。